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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10245号 判決 2016年8月24日

原告

訴訟代理人弁護士

山本健策

草深充彦

弁理士

山本秀策

石川大輔

被告

株式会社岡田製作所

訴訟代理人弁護士

冨宅恵

西村啓

弁理士

髙山嘉成

主文

1  特許庁が無効2015-800036号事件について平成27年11月11日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

主文同旨。

第2事案の概要

本件は,無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。争点は,①補正における新規事項の追加(特許法17条の2第3項)の有無,②サポート要件(特許法36条6項1号)の充足の有無及び③進歩性判断の是非である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,名称を「臀部拭き取り装置並びにそれを用いた温水洗浄便座及び温水洗浄便座付き便器」とする発明について,平成19年9月6日に特許出願(特願2007-232005号,請求項の数14)をし(甲1),平成22年9月3日に手続補正をしたが(甲2。以下,この補正を「本件補正」という。),同年10月7日に拒絶理由通知を受けたため,同年11月2日に手続補正をしたところ(甲3),同年12月10日,その設定登録(特許第4641313号,請求項の数30)を受けた(甲4,本件特許)。

原告が,平成27年2月23日に本件特許の請求項1,2,15,23,25~30に係る発明についての特許無効審判請求(無効2015-800036号)をしたところ(甲12),特許庁は,平成27年11月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件特許の請求項1,2,15,23,25~30に係る発明(以下,請求項の番号に従って「本件発明1」のようにいい,本件発明1,本件発明2,本件発明15,本件発明23,本件発明25~本件発明30を併せて「本件発明」という。)の各特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

(1)  本件発明1

「 便座を昇降させる便座昇降装置と一緒に用いられ,トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」

(2)  本件発明2

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

便座を昇降させる便座昇降部と,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」

(3)  本件発明15

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備え,

前記拭き取りアーム駆動部は,便器と便座との間隙を介して,前記拭き取りアームを移動させることを特徴とする,臀部拭き取り装置。」

(4)  本件発明23

「 さらに,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する制御部を備え,

前記制御部は,前記拭き取りアーム駆動部に,前記トイレットペーパーが取り付けられている前記拭き取りアームを便座の排便用開口まで移動させ,前記臀部を前記拭き取りアームに拭き取らせ,前記拭き取りアームを元の位置まで戻させることを特徴とする,請求項15に記載の臀部拭き取り装置。」

(5)  本件発明25

「 さらに,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する制御部を備え,

前記制御部は,ユーザからの指示に応じて,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御することを特徴とする,請求項15に記載の臀部拭き取り装置。」

(6)  本件発明26

「 ユーザからの指示に応じて制御された前記拭き取りアーム駆動部の動作を記憶する記憶部とを備え,

前記制御部は,前記記憶部に記憶されている情報に従って,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御することを特徴とする,請求項25に記載の臀部拭き取り装置。」

(7)  本件発明27

「 さらに,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する制御部を備え,

前記制御部は,前記拭き取りアーム駆動部を制御して前記拭き取りアームに前記臀部を拭き取らせた後,再度,前記拭き取りアーム駆動部を制御して前記拭き取りアームに前記臀部を拭き取らせることを特徴とする,請求項15に記載の臀部拭き取り装置。」

(8)  本件発明28

「 前記制御部は,ユーザの指示に応じて,再度,前記拭き取りアーム駆動部を制御して前記拭き取りアームに前記臀部を拭き取らせることを特徴とする,請求項27に記載の臀部拭き取り装置。」

(9)  本件発明29

「 さらに,

前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する制御部と,

複数の指示スイッチ部とを備え,

前記制御部は,押下された指示スイッチ部に対応する動作を行うように,前記拭き取りアーム駆動部を制御することを特徴とする,請求項15に記載の臀部拭き取り装置。」

(10)  本件発明30

「 請求項1~29のいずれかに記載の臀部拭き取り装置を備える,温水洗浄便座又は温水洗浄便座付き便器。」

3  審決の理由の要点

以下,本件の争点に関連する部分について摘示する。

(1)  証拠方法及び無効理由

甲5:中国実用新案第2682113号明細書

甲6:特開2000-93481号公報(審決では,甲7)

甲7:特開平11-178745号公報(審決では,甲8)

甲8:特開平8-280581号公報(審決では,甲9)

以下,上記各甲号証に記載の発明を,証拠番号に従い,それぞれ,「甲5発明」のようにいう。

【無効理由1】(新規事項追加)

本件発明15,本件発明23,本件発明25~本件発明30に係る特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

【無効理由2】(サポート要件違反)

本件発明15,本件発明23,本件発明25~本件発明30は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。

【無効理由3】(進歩性欠如)

① 本件発明1,本件発明2,本件発明15,本件発明23,本件発明25及び本件発明29は,次の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。

[1] 甲5発明と甲6発明

[2] 甲5発明と甲6発明及び甲7発明

[3] 甲5発明と甲6発明及び甲8発明

[4] 甲5発明と甲7発明及び甲8発明

② 本件発明1,本件発明2又は本件発明15に従属する本件発明30(以下,複数の請求項の記載を引用する従属項について引用に係る請求項を限定して表示する場合には,対象となる同請求項を括弧書きして「本件発明30(1,2,15)」のようにいう。)は,次の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。

[1] 甲5発明と甲6発明及び甲8発明

[2] 甲5発明と甲7発明及び甲8発明

(2)  無効理由1について

本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(甲1。以下「当初明細書等」という。)には,臀部拭き取り装置が,便座昇降部により便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーを露出させることが記載されている(【0015】【0016】参照)。

一方,当初明細書等には,拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーを露出させる間隙について,便座昇降部により便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙以外のものは,明示的には記載されていない(【0044】~参照)。

しかしながら,当初明細書等の記載によれば,①本件発明の目的は,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことができる臀部拭き取り装置及びそれを用いた温水洗浄便器を提供することであり(【0013】【0014】),②便座昇降部は,便座本体を傾斜させることによって,人が容易に立ち上がれるようにするためのものであること(【0006】)に照らせば,②のような人が容易に立ち上がれるようにするための便座昇降部は,上記①の本件発明の目的を達成するために必ずしも必要なものではなく,拭き取りアームを移動させるための間隙が便器と便座との間に形成されさえすればよいことは,当業者にとって自明の事項である。また,甲7には,汚物を受ける容器と座部との間に介護者が手を入れられる隙間を設けたことを特徴とするポータブルトレイにおいて,当該隙間を常時空いていることとすれば,汚物を受ける容器と座部との間に隙間を開ける操作をする必要がなくなり,介護者の作業動作を最小とすることができるとの記載があり(【0007】【0008】),便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けることは,本件特許出願前に公知であった。

そうすると,本件発明15の,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない「拭き取りアームを移動させる」「便器と便座との間隙」は,当初明細書等に実質的に記載されていたものといえるから,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,本件発明30(15)に係る特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものとすることはできない。

(3)  無効理由2について

上記(2)のとおり,本件発明15の,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない「便器と便座との間隙」は,当初明細書等に実質的に記載されていたものといえ,また,便座昇降部は,本件発明の目的を達成するために必須の構成ではなく,本件発明の課題解決手段とはいえないから,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,本件発明30(15)は,発明の詳細な説明に記載されたものである。

したがって,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明30に係る特許は,サポート要件を満たしていない特許出願に対してされたものとすることはできない。

(4)  無効理由3について

ア 本件発明15

(ア) 甲5発明の認定

甲5には,次の甲5発明が記載されている。

「 腰掛便器(1)内に装着され,ペーパーケース(3)内のトイレットペーパー(4)を掴むことができる機械式拭き取り装置(5)であって,

可動クリップ(a)と,スプリング(b)と,クリップパッド(c)と,中空シャフト(d)と,回転可能なピストンロッド(e)と,可動プルロッド(f)と,シリンダ(g)と,ピストン(h)と,ブレードモータシリンダ(i)と,ブレード付きシャフト(j)と,ソレノイド吸着装置(k)とからなり,

可動クリップ(a),クリップパッド(c),中空シャフト(d),回転可能なピストンロッド(e)はいずれも腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)を通じて腰掛便器(1)の便器空間内に伸入し,

可動クリップ(a)が可動プルロッド(f)のソレノイド吸着装置(k)の吸着連動によりペーパーケース(3)内のトイレットペーパー(4)を一枚掴んで,しかもクリップパッド(c)と,中空シャフト(d)とが共に,回転可能なピストンロッド(e)の連動により,腰掛便器(1)に設けられている穴(w)を通じて腰掛便器(1)の腰掛便器空間内に伸入して人体の関連部位を拭き取るものである,機械式拭き取り装置(5)。」

(イ) 一致点の認定

本件発明15と甲5発明とを対比すると,両者は,次の点で一致する。

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備えた,臀部拭き取り装置。」

(ウ) 相違点の認定

本件発明15と甲5発明とを対比すると,両者は,次の点で相違する。

本件発明15では,便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームが移動するのに対し,甲5発明では,腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)を通じて,拭き取りアームが移動する点。

(エ) 相違点の判断

a 甲6について

(a) 甲6技術

甲6には,次の甲6技術が記載されていると認められる。

「 水洗便器(9)にセットされる便座(12)がリフト装置(5)のリフター(5A)に着脱可能に構成され,リフト装置(5)を水洗便器(9)まで移動し,便座(12)を水洗便器(9)上に位置合わせし,便座(12)を下降させて水洗便器(9)に重ね,被介護者(M)に排便させ,用便後には,便座(12)と共に被介護者(M)を所定高さまで上昇させ,この状態で被介護者(M)のお尻を拭くこと。」

(b) 甲6技術の適用

甲6技術を甲5発明に適用した場合,便座(12)を下降させて水洗便器(9)に重ねた状態で,便器上の穴(w)を通じて,被介護者(M)のお尻を拭くことができるから,用便後に,お尻を拭くために便座(12)を上昇させる必要はなくなる。

してみると,甲5発明に甲6技術を適用することにより,腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)に代えて,便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームが移動するよう構成することは,当業者にとって容易に想到できたとはいえない。

b 甲7について

(a) 甲7技術

甲7には,次の甲7技術が記載されていると認められる。

「 介護者が,排便後被介護者を中腰の姿勢にさせることなく,被介護者のおしり及び局部を洗浄または拭けるように,座部3が昇降して,汚物を受ける容器6と座部3との間に,介護者が手を入れられる隙間を設けることのできるポータブルトイレ1。」

(b) 甲7技術の適用

甲5発明の機械式拭き取り装置(5)は,排便後,被介護者を中腰の姿勢にさせることなく,被介護者のおしり及び局部を拭けるものであるから,甲5発明において,甲7技術の昇降する座部3を適用する動機付けはない。

c 甲8について

(a) 甲8技術

甲8には,次の甲8技術が記載されていると認められる。

「 便器本体1の左右の側方に,右側の昇降ユニット3および左側の昇降ユニット4がそれぞれ配置され便座昇降装置A。」

(b) 甲8技術の適用

甲8技術を甲5発明に適用した場合,当業者は,便座が便器本体の上面に達した状態で,便器上に設けられている穴(w)を通じて便器内に伸入した可動クリップ(a)が掴んだトイレットペーパー(4)により臀部を拭き取るよう構成することを着想する。

また,甲8技術の便座昇降装置Aは,身体障害者や高齢者が便器に腰を下ろしたり,そこから立ち上がったりするときに,それらの動きを補助ないし介助するためのものであって,甲8には,便座と便器本体の隙間を介して拭き取りアームを移動させることを示唆する記載はない。

甲6技術及び甲7技術のように,便座を上昇させ,被介護者のお尻を拭く隙間を設けることが公知であることを踏まえても,これら技術は,甲5発明のような機械式拭き取り装置の設置を前提とするものではなく,甲5発明に甲8技術を適用した際に,便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームが移動するよう構成することの動機付けとなるものとはいえない。

そうすると,甲5発明に甲8技術を適用することにより,腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)に代えて,便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームが移動するよう構成することは,当業者にとって容易に想到できたとはいえない。

(オ) 小括

以上のとおりであるから,本件発明15は,甲5発明と甲6発明,甲5発明と甲6発明及び甲7発明,甲5発明と甲6発明及び甲8発明,あるいは,甲5発明と甲7発明及び甲8発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明1,本件発明2,本件発明23,本件発明25及び本件発明29について

本件発明1及び本件発明2は,「前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる」との特定事項を備えているから,相違点に係る本件発明15の「便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームが移動する」との特定事項を備え,更に「便器と便座との間隙」が「前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる」ものであることを限定したものである。

本件発明23,本件発明25及び本件発明29は,本件発明15を引用し,更に構成を付加したものであって,本件発明15の特定事項を全て含むものである。

そうすると,本件発明15が当業者において容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上,更なる限定が加えられた本件発明1,本件発明2,本件発明23,本件発明25及び本件発明29が当業者において容易に発明をすることができたものであるといえないことは明らかである。

ウ 本件発明30(1,2,15)について

本件発明30(1,2,15)は,本件発明1,本件発明2又は本件発明15を引用し,更に構成を付加したものであって,本件発明1,本件発明2又は本件発明15の特定事項を全て含むものである。

そうすると,本件発明30(1,2,15)は,当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないことは明らかである。

エ まとめ

以上から,原告の主張する無効理由によっては,本件発明1,本件発明2,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明30に係る特許を無効とすることはできない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(新規事項追加の有無に対する判断の誤り)

(1)  本件発明の目的・自明性について

審決は,便座昇降部は本件発明の目的を達成するために必ずしも必要なものではなく,拭き取りアームを移動させるための間隙が便器と便座との間に形成されさえすればよいことは,当業者にとって自明の事項である,と判断する。

しかしながら,当初明細書等によれば,本件発明は,便座に座ったままの状態で水滴や汚れの拭き取り作業を行うという課題を解決するために,その手段として,「便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙」を介して拭き取りアームを移動させることのみを開示しており,それ以外の間隙を介して拭き取りアームを移動させることについては,記載も示唆もしていない(【請求項1】【0015】【0016】【0042】【0047】~【0049】【0066】【0088】【図1】【図2】【図4A】【図4B】参照)。その上,便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けても,便座本体は上昇も傾斜もされないため,人が立ち上がることが容易にはなるという本件発明の目的を達成できない。

そうであれば,当初明細書等に接した当業者は,高齢者等が特段容易に立ち上がることができない構成である,便座昇降部を備えない装置が当初明細書等に記載されているとは理解しない。

(2)  実質的記載の有無

審決は,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない,拭き取りアームを移動させる便器と便座との間隙が,当初明細書等に実質的に記載されていた,と判断する。

しかしながら,当初明細書等は,便座に座ったままの状態で水滴や汚れの拭き取り作業を行うという本件発明の課題を解決するために,便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させることを解決手段とすることを開示したのである。したがって,便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けることが本件特許出願日前に公知であったかどうかは,当初明細書等の解釈とは無関係である。

そうであれば,当初明細書等に接した当業者は,便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させることによってのみ,便座に座ったままの状態で水滴や汚れの拭き取り作業を行うという課題を解決することができると認識する。したがって,当業者は,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されることなく,便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させるという技術事項を認識することはない。

(3)  小括

以上のとおり,審決の新規事項追加の有無の判断には,誤りがある。

2  取消事由2(サポート要件充足の有無に対する判断の誤り)

審決は,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,及び本件発明30(15)は,発明の詳細な説明に記載されたものであると判断する。

上記1のとおり,当初明細書等に接した当業者は,人が容易に立ち上がるように便座本体を傾斜させる便座昇降部を備える装置を前提として,便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させることによって,便座に座ったままの状態で水滴や汚れの拭き取り作業を行うという課題を解決することができると認識する。しかしながら,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されることなく,便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させるという技術事項を認識することはない。

そうすると,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,及び本件発明30(15)は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえないため,発明の詳細な説明に記載された発明とはいえず,サポート要件を充足しない。

したがって,審決のサポート要件充足の有無に対する判断には,誤りがある。

3  取消事由3(無効理由に対する判断の誤り)

(1)  本件発明15について

ア 甲6技術の適用について

原告は,審決の甲5発明の認定,一致点・相違点の認定,甲6技術の認定を争わないが,審決の甲6技術の適用に関する判断を争う。

甲5発明の便器の穴と甲6技術の便器と便座との間の間隙とは,いずれも,便器内に進退し用便者の臀部を拭き取るという同一の作用効果を奏するものである。そして,本件特許出願時において,用便者以外による臀部の拭き取り手段を便器の穴から通すか,便器と便座の間の間隙から通すかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得る単なる設計事項にすぎない(甲50の【0022】【0032】【図5】【図6】参照)。また,便器と便座との間の間隙を介して機械的装置を移動させることは,本件特許出願時の周知技術であり(甲51~甲56),便器と便座との間隙を介して,臀部を拭き取るための人工ハンドを便器内に移動させることも本件特許出願時の周知技術である(甲57)。

そうすると,甲6技術を甲5発明に適用して,便器と便座との間に間隙を形成し,その間隙を介して拭き取りアームを移動させる構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た。

したがって,審決の甲6技術の適用に関する判断には,誤りがある。

イ 甲7技術の適用について

原告は,上記のとおり,審決の甲5発明の認定,一致点・相違点の認定を争わず,また,審決の甲7技術の認定を争わないが,審決の甲7技術の適用に関する判断を争う。

甲5発明の便器の穴と甲7技術の便器と便座との間の間隙とは,いずれも,便器内に進退し用便者の臀部を拭き取るという同一の作用効果を奏するものである。そして,上記アのとおり,本件特許出願時において,用便者以外による臀部の拭き取り手段を便器の穴から通すか,便器と便座の間の間隙から通すかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得る単なる設計事項にすぎず,また,便器と便座との間の間隙を介して機械的装置を移動させることも,本件特許出願時の周知技術であり,便器と便座との間の間隙を介して,臀部を拭き取るための人工ハンドを便器内に移動させることも本件特許出願時の周知技術である。

そうすると,甲7技術を甲5発明に適用して,便器と便座との間に間隙を形成し,その間隙を介して拭き取りアームを移動させる構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た。

ウ 甲8技術の適用について

原告は,上記のとおり,審決の甲5発明の認定,一致点・相違点の認定を争わず,また,審決の甲8技術の認定を争わないが,審決の甲8技術の適用に関する判断を争う。

甲5発明の便器の穴と甲8技術の便器と便座との間の間隙とは,いずれも,便器内に進退し用便者の臀部を拭き取るという同一の作用効果を奏するものである。そして,上記アのとおり,本件特許出願時において,用便者以外による臀部の拭き取り手段を便器の穴から通すか,便器と便座の間の間隙から通すかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得る単なる設計事項にすぎず,また,便器と便座との間の間隙を介して機械的装置を移動させることも,本件特許出願時の周知技術であり,便器と便座との間隙を介して,臀部を拭き取るための人工ハンドを便器内に移動させることも本件特許出願時の周知技術である。

そうすると,甲8技術を甲5発明に適用して,便器と便座との間に間隙を形成し,その間隙を介して拭き取りアームを移動させる構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た。

(2)  本件発明1について

本件発明1は,本件発明15に,①臀部拭き取り装置が,便座を昇降させる便座昇降装置と一緒に用いられる,②間隙が,便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙である,及び③拭き取りアームが,便座の排便用開口から拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーが露出するように駆動される,という構成が付加されたものである。

しかしながら,上記①②の構成は,甲6~甲8に顕れており,上記③の構成は,甲5に顕れている。

したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明することができる。

(3)  本件発明2について

本件発明2は,本件発明1と,④臀部拭き取り装置が便座を昇降させる便座昇降部を備えるという点において相違する。

しかしながら,上記④の構成は,甲6~甲8に顕れている。

したがって,本件発明2は,当業者が容易に発明することができる。

(4)  本件発明23について

本件発明23は,本件発明15に⑤「前記拭き取りアーム駆動部に,前記トイレットペーパーが取り付けられている前記拭き取りアームを便座の排便用開口まで移動させ,前記臀部を前記拭き取りアームに拭き取らせ,前記拭き取りアームを元の位置まで戻させる」制御部が付加されたものである。

しかしながら,上記⑤の構成は,甲5に顕れている。

したがって,本件発明23は,当業者が容易に発明することができる。

(5)  本件発明25について

本件発明25は,本件発明15に⑥「ユーザからの指示に応じて,前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する」制御部という構成が付加されたものである。

しかしながら,上記⑥の構成は,甲5に顕れている。

したがって,本件発明25は,当業者が容易に発明することができる。

(6)  本件発明29

本件発明29は,本件発明15に⑦「前記拭き取りアーム駆動部の動作を制御する制御部と,複数の指示スイッチ部とを備え,前記制御部は,押下された指示スイッチ部に対応する動作を行うように,前記拭き取りアーム駆動部を制御する」という構成が付加されたものである。

しかしながら,上記⑦の構成は,甲5に顕れている。

したがって,本件発明29は,当業者が容易に発明することができる。

(7)  本件発明30(1,2,15)

本件発明30(1,2,15)は,本件発明1,本件発明2又は本件発明15を引用して,更に⑧「温水洗浄便座又は温水洗浄便座付き便器」という構成を備えるものである。

しかしながら,上記⑧の構成は,甲5に顕れている。

したがって,本件発明30(1,2,15)は,当業者が容易に発明することができる。

(8)  小括

以上から,審決の進歩性判断には,誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1(新規事項追加の有無に対する判断の誤り)に対して

(1)  本件発明の目的・自明性について

本件発明の技術的課題は,当初明細書等の記載によれば,座ったままの状態で臀部の水滴や汚れを装置で拭き取ることであり(【0002】【0013】【0014】),当業者は,本件発明の目的が,拭き取りアーム駆動部によって,拭き取りアームが移動された上で拭き取りが行われるところにあると理解する。この理解の下では,当業者にとって,便器と便座との間に拭き取りアームを移動させるための間隙さえ形成されておればよく,その手段が明細書に例示されたもの限られないということは,自明の事項である。

本件発明において,人が容易に立ち上げるように便座本体を傾斜させることは,必須の課題として設定されているのではなく,かかる課題を解決する便座昇降部を備えることは,技術上の必須の前提ではない。当初明細書等の【0085】は,便座3が傾斜している状態で起立したいユーザのために,便座3が元通りになるまでに待ち時間を設けているだけでり,ユーザがいつ起立するかは決まっていない。

(2)  実質的記載の有無

当初明細書等に接した当業者の認識を判断するに当たっては,出願日前の公知技術の開示事項は重要である。甲7に,便座昇降部以外の手段で便器と便座との間に間隙を設ける技術が開示されているのであるから,当業者であれば,拭き取りアームを移動させる便器と便座との間隙は,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されないと理解する。

(3)  小括

以上のとおり,審決の新規事項追加の有無の判断には,誤りはない。

2  取消事由2(サポート要件充足の有無に対する判断の誤り)に対して

上記1のとおり,当初明細書等には,便器と便座との間隙が便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されないことが実質的に記載されていたものであり,また,便座昇降部は,本件発明の目的を達成するために必須の技術的構成ではなく,本件発明の課題解決手段でもない。

そうすると,本件発明15,本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,及び本件発明30(15)は,サポート要件を満たしていないものではない。

したがって,審決のサポート要件充足の有無に対する判断には,誤りはない。

3  取消事由3(無効理由に対する判断の誤り)に対して

(1)  本件発明15について

ア 甲6技術の適用について

甲6技術を甲5発明に適用した場合,便座(12)を上昇させずに,被介護者(M)のお尻を拭くことができるようになり,介助者の負担を軽減するという目的を達せられるから,さらに,腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)に代えて,便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームを移動するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたとはいえない。

イ 甲7技術の適用について

甲7技術は,甲5発明のような機械式拭き取り装置の設置を前提とするものではないから,甲5発明において,甲7技術の昇降する座部3を適用する動機付けは存在しない。

仮に,甲7技術の昇降する座部3を,甲5発明に適用したとしても,上記アと同様に,甲5発明の穴(w)によりお尻の拭き取りが実現できており,さらに,この(w)に代えて,便器と便座との間隙を介して甲5発明の可動クリップ(a)を移動させるような構成にする動機付けはなく,このように構成することが,当業者にとって容易に想到できたとはいえない。

ウ 甲8技術の適用について

甲8には,便器と便座との間隙を介して拭き取りアームを移動させることについての示唆は一切存在しない。また,甲6技術及び甲7技術は,甲5発明のような機械式拭き取り装置の使用を前提とするものではないから,便器と便座との間隙を介して拭き取りアームが移動するように構成することの動機付けとはならない。

そうすると,甲8技術を甲5発明に適用することによって,腰掛便器(1)上に設けられている穴(w)に代えて,便器と便座との間隙を介して拭き取りアーム移動するように構成することは,当業者にとって容易に想到できたといえない。

(2)  本件発明1,本件発明2,本件発明23,本件発明25及び本件発明29について

本件発明15には,進歩性欠如の無効理由は存在せず,本件発明1,本件発明2,本件発明23,本件発明25及び本件発明29は,本件発明15の発明特定事項を全て含むものであるから,無効理由は存しない。

(3)  本件発明30(1,2,15)について

本件発明1,本件発明2又は本件発明15には,進歩性欠如の無効理由は存在せず,本件発明30(1,2,15)は,本件発明1,本件発明2又は本件発明15の発明特定事項を全て含むものであるから,無効理由は存しない。

(4)  小括

以上から,審決の進歩性判断には,誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  当初明細書等の記載について

当初明細書等(甲1)には,次の記載がある。なお,下線部は,本判決で付したものである。

ア 特許請求の範囲

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

便座を昇降させる便座昇降装置と,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」(【請求項1】)

「 前記便座昇降部は,

前記便座を昇降させるためのジャッキ部と,

前記ジャッキ部の動きによって,前記便座を持ち上げるための土台となる堅固部材とを含み,

前記堅固部材は,その全部又は一部が着脱可能であることを特徴とする,請求項1に記載の臀部拭き取り装置。」(【請求項13】)

イ 明細書及び図面

(ア) 技術分野

「 本発明は,便器周辺の機器に関し,より特定的には,臀部の汚れや水滴を拭き取ることができる装置に関する。」(【0001】)

(イ) 背景技術

「 温水洗浄便器は,温水を臀部に噴射して,臀部を自動的に洗浄することができる。温水洗浄便器を用いれば,腰を上げずに,臀部を洗浄することができるので,高齢者や体が不自由な者などにとっては,非常に有用である。ところが,温水洗浄便器を用いた場合,臀部に水滴が残ってしまう。そのため,腰を上げて,臀部と便座との間に間隙を設け,手に持ったトイレットペーパーで,水滴を拭き取る必要がある。しかし,腰を上げて,臀部と便座との間に間隙を設ける作業は,高齢者や体が不自由な者などにとっては,困難である。」(【0002】)

「 特許文献3には,腹痛,膝,腰の弱い人や病人,便器から容易に立ち上がれない人のために,便座本体を傾斜させることによって,容易に立ち上がるようにする装置が提案されている。また,特許文献3の段落0007には,傾斜を作って中腰にすることによって,トイレットペーパーの使用が容易になることが記載されている。

なお,便座を傾斜させて,立ち上がりを容易にするための装置は,特許文献4~7にも開示されている。また,水滴の拭き取りとは直接関係はないが,トイレットペーパーを自動で巻き取ることができる装置が,特許文献8に開示されている。」(【0006】【0007】)

(ウ) 発明が解決しようとする課題

「 特許文献3~7に記載の装置のように,便座を斜めに傾ければ,中腰状態となるので,水滴や汚れを拭き取る際,臀部を便座から上げやすくなる。しかし,臀部と便座との間に,巻き取ったトイレットペーパーを手で持ちながら入れて,水滴や汚れを拭き取らなければならいことに変わりはない。この際,臀部を便座から離した状態をある一定時間維持しなければならない。このように離した状態をある一定時間維持することが,高齢者や体が不自由な者などにとっては困難である。

温風によって,水滴を乾かすという温水洗浄便器も存在する。しかし,トイレットペーパーで,しっかり水滴や汚れを拭き取りたいというニーズが存在することは否定できない。さらに,温風による乾燥には,時間がかかるという問題も存在する。

このように,従来の装置は,いずれも,高齢者や体が不自由な者などにとって,完全に,水滴や汚れの拭き取り作業を容易にしていたとは言い難い。便座に座ったままの状態で,すなわち,臀部と便座とが接したままの状態で,水滴や汚れを拭き取ることができれば,従来に比べ,格段と,水滴や汚れの拭き取り作業が楽になる。

それゆえ,本発明の目的は,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことができる臀部拭き取り装置及びそれを用いた温水洗浄便器を提供することである。」(【0011】~【0014】)

(エ) 課題を解決するための手段

「 上記課題を解決するために,本発明は,以下のような特徴を有する。本発明は,トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,便座を昇降させる便座昇降部と,トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,便座昇降部によって便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して,便座の排便用開口から拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーが露出するように,拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える。」(【0015】)

「 本発明に係る臀部拭き取り装置は,便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーを露出させることができる。トイレットペーパーが露出した状態で,臀部をユーザ自らが揺すり動かして水滴や汚れを拭き取っても良いし,後述のように自動で拭き取りアームを駆動するようにして水滴や汚れを拭き取っても良い。いずれにせよ,本発明によれば,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことが可能となる。」(【0016】)

(オ) 発明の効果

「 本発明によれば,便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーを露出させることができる。トイレットペーパーが露出した状態で,臀部をユーザ自らが揺すり動かして水滴や汚れを拭き取っても良いし,自動で拭き取りアームを駆動するようにして水滴や汚れを拭き取っても良い。いずれにせよ,本発明によれば,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことが可能となる。さらに,トイレットペーパーが拭き取りアームに自動的に巻き取られるので,ユーザがわざわざトイレットペーパーを巻き取って,拭き取りアームに取り付けるといった手間を省くことができる。本発明は,トイレットペーパーを自動で巻き取って,さらに,拭き取りアームを自動で駆動して水滴や汚れを拭き取るようにすることができるので,完全に座ったままの状態で,水滴や汚れを拭き取ることができる。拭き取りアームには,外側からトイレットペーパーが巻き付けられている状態になるので,衛生的である。また,デリケートな動きを実現するために,サーボモータによって,拭き取りアームの動きが制御されているので,事故等を防止することができる。また,本発明によれば,拭き取りアームの位置調整も可能であり,ユーザの好みに応じた拭き取りが実現される。このように,本発明は,高齢者や体の不自由な方にとって,非常に易しく機能するよう,あらゆる面で工夫されており,極めて有用である。」(【0042】)

(カ) 発明を実施するための最良の形態(第1の実施形態)

「 図1及び図2は,本発明の第1の実施形態に係る温水洗浄便器100の構成を示す図である。温水洗浄便器100は,便器1と,堅固部材2と,便座3と,ジャッキ部4と,拭き取りアーム駆動部5と,拭き取りアーム55と,トイレットペーパー6と,ペーパーホルダー7と,タンク部8と,スイッチ部9と,保護ケース10と,温水噴射部11とを備える。」(【0044】)

file_2.jpg「 図1及び2に示すように,取付部4bには,ジャッキ部4の先端部分が回動可能に取り付けられている。堅固部材2は,ジャッキ部4が昇降した際に,人の荷重が便座3を介して,加えられていたとしても,それ自身及び便座3を破壊しない程度の強度を有している。ジャッキ部4が昇降した場合,取付部4bに取り付けられた先端部分が回動しながら,堅固部材2及び便座3が傾斜するように昇降する。このように,ジャッキ部4及び堅固部材2は,便座3を昇降させるための便座昇降部として機能する。

堅固部材2及び便座3が上昇したときに生じる便器1と便座3との間隙12から,拭き取りアーム駆動部5によって操作された拭き取りアーム55が出てくる。拭き取りアーム55は,便座3に設けられた排便用開口3aから露出する。拭き取りアーム55には,筒状トイレットペーパー13が取り付けられている。拭き取りアーム55は,拭き取りアーム駆動部5によって,動きが制御される。拭き取りアーム55が動くことにより,筒状トイレットペーパー13は,臀部の水滴や汚れを拭き取る。

拭き取りアーム駆動部5及び拭き取りアーム55は,未使用時,保護ケース10に収納されている。堅固部材2及び便座3が上昇したときに生じる便器1と便座3との間隙12を介して,拭き取りアーム55が出ることができるように,保護ケース10は,少なくとも間隙12に対応する部分に開口部12aを有する。

図4Aは,便座3が水平の場合の側面概略図である。図4Bは,便座3が斜めに上昇した場合の側面概略図である。ジャッキ部4は,モーター等で駆動する電動式ジャッキや,油圧式ジャッキ等である。ジャッキ部4は,図示しない制御部からの指示に応じて,伸縮棒4aを伸縮させる。伸縮棒4aの先端は,堅固部材2に設けられた取付部4bを介して,回動可能に取り付けられている。図4Bに示すように,伸縮棒4aが伸びると,取付部4bの部分が回動して,便座3及び堅固部材2が傾斜するように上昇する。上昇後,便座3と便器1との間にできた間隙12から,筒状トイレットペーパー13が取り付けられた拭き取りアーム55が便器3の排便用開口3aから露出する。拭き取りアーム55は,拭き取りアーム駆動部5の制御によって,所定の動作を行い,臀部の水滴や汚れを拭き取る。」(【0046】~【0049】)

「 制御部111は,第5の関節部5iに含まれる第5のサーボモータを所定量だけ正逆両方向に回転させることを所定回数だけ繰り返し,筒状トイレットペーパー13と臀部とを繰り返し接触させる(ステップS113)。これによって,臀部の水滴や汚れが拭き取られる。当該所定量は,筒状トイレットペーパー13が露出している位置と臀部の位置とを考慮して,筒状トイレットペーパー13が易しく臀部に接触して臀部を傷つけない程度に設定されている。

制御部111は,第6の関節部5kに含まれる第6のサーボモータを所定量だけ回転させ,その後,第5のサーボモータを所定量だけ正逆両方向に回転させることを所定回数だけ繰り返す。制御部111は,第5のサーボモータを所定回数だけ正逆両方向に回転させたら,第6のサーボモータを逆方向に所定量だけ回転させて,同様に,第5のサーボモータを所定量だけ正逆両方向に回転させることを所定回数だけ繰り返す(ステップS114)。これによって,水滴や汚れが付着していない筒状トイレットペーパー13の部分を有効に用いて,水滴や汚れを拭き直すことができる。第6のサーボモータについての当該所定量は,第2の挟み部材5pが臀部に付着して不衛生とならないように設定されている。

制御部111は,第5のサーボモータを下方向に所定量だけ回転させて,その後,第7のサーボモータを第2の挟み部材5pが開く方向に所定量だけ回転させて,筒状トイレットペーパー13を振り落とす(ステップS115)。これによって,筒状トイレットペーパー13が拭き取りアーム55からはずれることとなる。第5のサーボモータについての当該所定量は,第2の挟み部材5pが開いた時に,筒状トイレットペーパー13が落下する程度に拭き取りアーム55が傾くように設定されている。なお,ステップS115における回転動作を早く行うことによって,筒状トイレットペーパー13を確実に振り落とすことができる。

次に,図13に示す動作に進む。制御部111は,第5のサーボモータを上方向に所定量だけ回転させる(ステップS116)。これによって,拭き取りアーム55が排便用開口3aから露出した状態に戻る。

制御部111は,第2~第5のサーボモータを所定量だけ回転させて,拭き取りアーム55を排便用開口3aから縮退させる(ステップS117)。当該所定量は,ステップS112で用いた所定量と逆方向の量である。

制御部111は,第1のサーボモータを所定量だけ回転させて,拭き取りアーム55を開口部12aに進入させる(ステップS118)。当該所定量は,ステップS111で用いた所定量と逆方向の量である。

制御部111は,第2~第5のサーボモータをそれぞれ所定量だけ回転させて,拭き取りアーム55を筒状巻き取り部51まで運ぶ(ステップS119)。当該各所定量は,ステップS109で用いた所定量と逆方向の量である。」(【0078】~【0084】)

「 制御部111は,ジャッキ部を所定量だけ下降させる(ステップS120)。当該所定量は,ステップS110で用いた所定量と逆方向の量である。これによって,便座3が元通りとなる。なお,ユーザは,便座3が傾斜している状況で起立することができるように,ステップS119とS120との間には,ある程度の待ち時間がある。また,ステップS120の動作の開始は,手動で行われても良い。」(【0085】)

「 このように,第1の実施形態によれば,便座が上昇された際に生じる便器1と便座3との間隙12を介して,排便用開口3aから筒状トイレットペーパー13が露出され,臀部の水滴や汚れが拭かれる。従って,便座3に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことができる。」(【0088】)

(キ) 発明を実施するための最良の形態(第2の実施形態)

「 このように,第2の実施形態では,拭き取りアーム駆動部5は,ユーザからの位置調整指示に応じて,拭き取りアーム55の位置を調整するように,少なくとも1つの関節部を駆動させる。したがって,初期状態の位置では,うまく水滴や汚れを拭き取ることができない場合,ユーザは,好みの位置で水滴や汚れを拭き取ることができる。これにより,ユーザの個体差による拭き取りの不具合を解消することができる。

また,第2の実施形態に係る臀部拭き取り装置113は,位置調整指示に応じて少なくとも1つの関節部を駆動させたときの回転量に関する情報を記憶しておく。次回以降,拭き取りアーム駆動部5は,記憶されている当該情報に基づいて,少なくとも1の関節部を駆動させる。これにより,ユーザの好みに応じた位置や動作を再び再現することができるので,利便性がより向上する。」(【0112】【0113】)

(ク) その他の変形例

「 堅固部材2及び2cは,O字状になっているが,便座3を持ち上げることができればよいので,O字状に限られない。堅固部材2及び2cは,小便が付着しやすい人の立ち位置側の先端が切り取られたU字状であってもよい。また,便座3を持ち上げることができる構造であれば,図16に示すように,コの字状堅固部材2iのみを堅固部材として用いても良い。」(【0118】)

「 また,本発明において,便座昇降部の機構は,ジャッキ部と堅固部材によるものに限られない。エアバックを用いて便座を昇降させてもよい。」(【0119】)

(ケ) 産業上の利用可能性

「 本発明に係る臀部拭き取り装置及びそれを用いた温水洗浄便器は,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことができ,水回り機器の分野や福祉介護機器の分野などにおいて,有用である。」(【0130】)

(2)  補正前発明について

上記(1)の記載によれば,当初明細書等に記載された発明(補正前発明)について,次のようにいうことができる。

すなわち,補正前発明は,①温水洗浄便器を用いた場合でも,臀部に水滴が残るため,腰を上げて臀部と便座との間に間隙を設け,手に持ったトイレットペーパーで水滴を拭き取る必要があるが,この作業は,高齢者や体が不自由な者などにとっては困難であること,②これに対し,従来技術として,便座本体を傾斜させて便器から容易に立ち上がれるようにする装置があり,この装置が,同時に,水滴や汚れを拭き取ることを容易にしているが,それでも臀部を便座から離さなければならず,十分ではないこと,③また,従来技術として,温風によって水滴を乾かす温水洗浄便器があるが,しっかりと水滴や汚れを取りたいというニーズには十分応えられていないこと,④そこで,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことができる臀部拭き取り装置及びそれを用いた温水洗浄便器を提供することを目的としたこと,⑤そのために,[1]便座を昇降させる便座昇降装置と,[2]トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,[3] 拭き取りアームを駆動させるものであって,かつ,便座の排便用開口から拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーを露出させる拭き取りアーム駆動部とを備えるようにした,トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置との構成をとり,⑥これにより,トイレットパーパーを巻くための手間を省けるほか,便座が上昇された際に生じる便器と便座との間隙を介して,拭き取りアームに取り付けられたトイレットペーパーが露出されるため,便座に座ったままの状態で,水滴や汚れの拭き取り作業を行うことが可能となるという効果を奏するものである。

上記認定によれば,補正前発明は,便座に座ったままの状態で水滴や汚れの拭き取り作業を十分にできることを目的としており,その便座昇降装置は,便座と便器との間に間隙を設けて,そこから拭き取りアームを露出させるという技術的意義を有するものと認められるが,当該装置を用いて,使用者が便器から容易に立ち上がれることを目的としているものとは解されない。

これに対して,原告は,便座昇降装置は,使用者が容易に立ち上げれるようにするとの本件発明の目的を達成するための構成であり,その旨の記載が当初明細書等にあると主張する。しかしながら,便座本体を傾斜させて便器から容易に立ち上がれるようにする装置の問題点を指摘する当初明細書等の記載(【0011】)は,補正前発明がその点も課題として採り入れたとする趣旨ではなく,単に,従来技術の一例を挙げているにすぎないと解される。また,補正前発明の一実施形態が使用者の立ち上がりを補助しているとする当初明細書等の記載(【0085】)は,便座昇降装置を採り入れた実施態様では,そのような効果も副次的に生じることを記載するにすぎないと解される。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

2  取消事由1(新規事項追加の有無に対する判断の誤り)について

(1)  補正の経緯及び審決の判断

当初明細書等の請求項1は,次のとおりである(他の請求項は,いずれも,直接又は間接に請求項1を引用する従属項である。)。(甲1)

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

便座を昇降させる便座昇降部と,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」

本件補正は,上記請求項1から便座昇降部や拭き取りアームを駆動させる「便座と便器との間隙」を除く等した,次のとおりの請求項15を新設するなどしたものである。(甲2)

「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,

前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,

前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備えることを特徴とする,臀部拭き取り装置。」

(なお,本件発明15は,平成22年11月2日付け補正により,上記請求項15と,同じく本件補正により新設された,拭き取りアームが移動するのが「便座と便器との間隙」とする請求項16とを併せて請求項15としたものである。〔甲3,4〕)

本件補正のうち,便座昇降部を除くとした補正事項は,当初明細書等の請求項1に記載された「便座と便器との間隙」が,便座昇降部により形成されるものには限定されないとするものであるから,便座昇降部以外の手段で間隙が形成されても,又は当初から間隙が形成されていてもよいことになる。このように,本件補正は,当初明細書等の請求項1の発明特定事項を削除し,発明を上位概念化したものである。

審決は,便座昇降部は本件発明の目的を達成するために必ずしも必要なものではなく,拭き取りアームを移動させるための間隙が便器と便座との間に形成されさえすればよいことは,当業者にとって自明の事項であり,公開特許公報(甲7,【0007】【0008】)によれば,便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けることは,本件特許出願前に公知であったから,拭き取りアームを移動させるための,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない便器と便座との間隙は,当初明細書等に実質的に記載されていたものといえると判断した。

そこで,以下,検討する。

(2)  検討

当初明細書等の記載には,前記1(1)のとおり,便器と便座との間隙を形成する手段としては便座昇降装置が記載されているが,他の手段は,何の記載も示唆もない。

すなわち,補正前発明は,便器と便座との間隙を形成する手段として,便座昇降装置のみをその技術的要素として特定するものである。

そうすると,便座と便器との間に間隙を設けるための手段として便座昇降装置以外の手段を導入することは,新たな技術的事項を追加することにほかならず,しかも,上記のとおり,その手段は当初明細書等には記載されていないのであるから,本件補正は,新規事項を追加するものと認められる。

(3)  被告の主張について

① 被告は,当初明細書等に接した当業者にとって,便器と便座との間に拭き取りアームを移動させるための間隙さえ形成されていればよく,その手段が当初明細書等に例示されたもの限られないということは,自明の事項であると主張する。

しかしながら,便器と便座との間の間隙を形成する手段が自明な事項というには,その手段が明細書に記載されているに等しいと認められるものでなければならず,単に,他にも手段があり得るという程度では足りない。上記のとおり,当初明細書等には,便座昇降装置以外の手段については何らの記載も示唆もないのであり,他の手段が,当業者であれば一義的に導けるほど明らかであるとする根拠も見当たらない。

② また,被告は,公開特許公報には,便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設ける技術が開示されているから,当初明細書等に便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設けることは,当初明細書等に実質的に記載されていると主張する。

しかしながら,上記の自明な事項の解釈からいって,他に公知技術があるからといって当該公知技術が明細書に実質的に記載されていることになるものでないことは,明らかである。のみならず,上記公報に記載された技術は,容器6と座部3との間に介護者が手を入れられる隙間を設けることを開示しているだけであり,便器と便座との間に機械的な拭き取りアームが通過する間隙を設けることとは,全く技術的意義を異にしている。

③ 被告の上記各主張は,いずれも採用することはできない。

(4)  小括

以上のとおりであるから,本件補正が,新規事項の追加にあたらないとした審決の判断には,誤りがある。

したがって,取消事由1は,理由がある。

3  取消事由2(サポート要件充足の有無に対する判断の誤り)について

上記2に説示のとおり,当初明細書等には,便座昇降装置により便座が上昇された際に生じる便器と便座との間の間隙以外の間隙を設ける手段の記載はないところ,本件発明に係る本件補正後の明細書及び図面(以下「本件明細書」という。甲4。)は,当初明細書等の発明の詳細な説明及び図面と同旨であり,本件明細書にも,便座昇降装置により便座が上昇された際に生じる便器と便座との間の間隙以外の間隙を設ける手段の記載はない。そして,本件発明15のような機械式拭き取り装置の設置を前提として,便器と便座との間の間隙をどのように形成するかに関して何らかの技術常識があるとは認められない。

そうすると,便器と便座との間の間隙を形成するに際して,便座昇降装置を用いるものに限定されない本件発明15は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではなく,サポート要件を充足しないものである。したがって,本件発明15の発明特定事項を全て含む本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,及び本件発明30(15)もまた,サポート要件を充足しないものである。

以上から,審決のサポート要件充足の有無に対する判断には,誤りがある。

したがって,取消事由2は,理由がある。

4  本件発明1及び本件発明2について

上記2,3のとおり,取消事由1及び取消事由2は理由があり,本件発明15は新規事項が追加されたものであるところ,審決は,この本件発明15に進歩性があることから直ちに,本件発明1及び本件発明2の進歩性があるとの結論を導いているから,その判断過程には,誤りがあることに帰する。

第6結論

以上のとおり,取消事由1及び取消事由2に理由があるから,取消事由3について判断するまでもなく,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 森岡礼子)

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