知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10252号 判決 2017年3月27日
原告
祐徳設備株式会社
訴訟代理人弁理士
有吉修一朗
同
森田靖之
同
遠藤聡子
被告
Y
訴訟代理人弁護士
青山隆徳
被告補助参加人
株式会社水系
訴訟代理人弁理士
戸島省四郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2014-800066号事件について平成27年11月16日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 前提事実(争いのない事実又は後掲の証拠等により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 被告補助参加人(以下「水系」という。)は,平成19年4月2日,浄化槽の設計,施工,販売,維持管理業務等を目的として設立され,平成27年9月28日に解散した株式会社である(甲57,58,弁論の全趣旨)。
イ 被告は,発起人として水系を設立し,同社の解散までその代表取締役を務めていた者である(甲57,58,弁論の全趣旨)。
ウ 原告は,土木工事業,管工事業,水道施設工事業等を目的とする株式会社である。原告は,昭和63年7月27日に設立された有限会社髙橋設備(以下「髙橋設備」という。)の商号を変更し,株式会社に移行したことにより,平成20年4月1日に設立された。(乙3)
エ M(以下「M」という。)は,原告の設立以前から髙橋設備の代表取締役を務め,原告の設立以降はその代表取締役を務めている者である(乙3,弁論の全趣旨)。また,Mは,平成21年10月1日から平成23年4月30日までの間,水系の取締役も務めていた(甲57)。
(2) 特許庁における手続の経緯等
ア 被告は,平成22年5月12日,名称を「浄化槽保護用コンクリート体の構築方法」とする発明についての特許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成25年12月13日,その設定登録を受けた(特許第5432814号。請求項の数3。以下,この特許を「本件特許」,本件特許に係る明細書(甲37)を「本件明細書」という。)。
イ 原告は,平成26年4月28日,本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし3に係る発明(以下,請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。)についての特許を無効とすることを求める審判請求をした。
ウ 特許庁は,上記請求を無効2014-800066号事件として審理した上で,平成27年11月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月27日,その謄本が原告に送達された。
エ 原告は,平成27年12月24日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし3の記載は次のとおりである(なお,便宜上,各構成を分説し,Aなどの記号を付する。また,以下,各構成を「構成A」などという。)。
(1) 請求項1
A 地中に埋設する浄化槽を土圧や地下水圧から保護する箱型の保護用コンクリート体の構築方法であって,
B 保護用コンクリート体となるコンクリート板を高さ方向に複数段に分割して製作しておき,
C 地盤を保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅に掘削し,
D その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み,
E そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を次段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削し,
F その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み,
G その落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を水密状に接続し,
H これらの掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの工程を必要深さに応じて繰り返し,
I その後内底にコンクリート基礎を形成するようにしたことを特徴とする,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法。
(2) 請求項2
J コンクリート板を左右に分割して製作しておき,落とし込んだ左右のコンクリート板同士とその上方の次段のコンクリート板同士を水密状に接続するようにした,請求項1記載の浄化槽保護用コンクリート体の構築方法。
(3) 請求項3
K コンクリート板が,その上端に吊下げ用のアイボルトを螺合するためのアンカーを備えた構造である,請求項1又は2記載の浄化槽保護用コンクリート体の構築方法。
3 本件審決の理由
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであるが,その要旨は,以下のとおりである。
ア 本件発明の発明者は,被告であると解するのが妥当であり,Mであると判断することはできないから,本件特許は,特許法(平成23年法律第63号による改正前のもの)123条1項6号に該当しない。
イ 本件発明1は,本件出願前の平成22年4月6日及び同月7日にN邸で行われた浄化槽設置工事(以下「本件工事」という。)において公然実施された発明(甲3の各写真から読み取れる発明。以下「甲3発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明2及び3は,本件発明1の構成を全て含み,更に限定を加える発明であるから,本件発明1と同様の理由により,甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2) 本件審決が上記(1)イの判断に当たって認定した甲3発明の内容,本件発明1と甲3発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲3発明
「a 地中に埋設する浄化槽を土圧から保護する箱型の保護用コンクリート体の構築方法であって,
b 保護用コンクリート体となるコンクリート板を高さ方向に4段に分割して製作しておき,
c 地面を保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さよりもやや浅めの深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅よりも大きい長さ及び幅に掘削し,
d その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み,そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を最下段のコンクリート板の高さと同じ深さまで掘削し,その掘削箇所に建て込み済みの最下段のコンクリート板を落とし込み,
e 落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を接続し,
g 最下段のコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を,建て込んだコンクリート板の高さと同じ深さまで掘削し,
f その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み,
h これらのコンクリート板の建て込みと,掘削と,コンクリート板の落とし込みの工程を,2段目から4段目のコンクリート板まで繰り返し,(h)その後,コンクリート板の内側が,最下段のコンクリート板の略高さ程度まで土砂で埋められ,土砂上に栗石を敷き詰め転圧し,栗石を土砂で目潰しして転圧し,土砂の上にモルタルを打設し,基礎コンクリート底盤を吊り込んで,コンクリート板の内側底面に据付けた,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法。」
イ 本件発明1と甲3発明の一致点
「A 地中に埋設する浄化槽を土圧から保護する箱型の保護用コンクリート体の構築方法であって,
B 保護用コンクリート体となるコンクリート板を高さ方向に複数段に分割して製作しておき,
C’地盤を掘削し,
D’その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み,そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を次段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削し,
G’その落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を水密状に接続し,(判決注:本件審決は,後記ウ(ア)のとおり,「上下のコンクリート板同士を水密状に接続する」点を相違点として認定しているから,上記一致点の構成中の「水密状に」との記載は,誤記と思われる。)
F’その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み,
H’必要深さに応じて繰り返し,
I その後内底にコンクリート基礎を形成するようにしたことを特徴とする,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法。」
ウ 本件発明1と甲3発明の相違点
(ア) 相違点1
本件発明1は,地下水圧から保護し,上下のコンクリート板同士を水密状に接続するのに対し,甲3発明は,地下水圧から保護するかどうか不明であって,上下のコンクリート板同士を水密状に接続するかどうかも不明な点。
(イ) 相違点2
最初の地盤の掘削の範囲は,本件発明1は,保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅であるのに対し,甲3発明は,最下段のコンクリート板の高さより若干浅めの深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅よりも大きい長さ及び幅であって,さらにその後,そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削する点。
(ウ) 相違点3
必要深さに応じて繰り返す工程が,本件発明1は,掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの順番であるのに対し,甲3発明は,コンクリート板の建て込みと掘削とコンクリート板の落とし込みの順番である点。
4 取消事由
(1) 被告が本件発明の発明者であるとした認定判断の誤り(取消事由1)
(2) 本件発明1と甲3発明の相違点に関する認定判断の誤り(取消事由2)
第3取消事由に関する原告の主張
1 取消事由1(被告が本件発明の発明者であるとした認定判断の誤り)
冒認出願を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担すると解され,また,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し,その裏付け証拠を提出するような場合は,特許権者においてこれを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはない。
しかるところ,本件においては,以下に述べるとおり,原告は,Mが本件発明の発明者であること(すなわち,本件特許が冒認出願によるものであること)を裏付ける具体的な主張を行い,証拠を提出している一方,被告からは,被告が本件発明の発明者であることを示す具体的な主張や証拠の提出はなされておらず,被告が本件発明の属する技術分野に関して専門的な技術や知識を有する者であることも示されていないから,本件特許は冒認出願に対してされたものではないとした本件審決の判断は誤りである。
(1) Mが本件発明の発明者であること
ア 本件発明は,以下のような経緯により,Mが,平成19年5月ころまでに着想し,その後具体化したものであるから,その発明者はMである。
(ア) Mは,髙橋設備又は原告の業務として浄化槽の設置工事に従事し,「仮設矢板4方向切梁工法」と呼ばれる従来工法を用いて当該工事を行ってきたが,矢板を使用せずに安全かつ効率よく浄化槽を設置できる方法の検討を続けていた。
そして,Mは,平成16年ころには,矢板の代わりに略長方形のコンクリート体を箱型に形成し,浄化槽を覆うという構造を着想し,更に平成19年5月ころまでには,本件発明を着想し,これに用いられる浄化槽用コンクリート枠体の設計図面(甲45,46。以下,それぞれを「甲45図面」及び「甲46図面」といい,これらを併せて「甲45図面等」という。)を完成させ,本件発明の具体化を行っていた。
(イ) 本件発明の実施には,浄化槽保護用コンクリート体を構成するコンクリート製品を製造するための型枠が必要となる。そこで,Mは,平成21年8月,この型枠を製造するために,上記コンクリート製品製造のたたき台となる「平面図」(甲21。以下「甲21図面」という。)を作成した。ただし,甲21図面の内容は,甲46図面と同一である。
このように,Mが,水系の取締役に就任するよりも前の時期に,本件発明の実施に用いられるコンクリート製品についての図面を作成しているという事実は,本件発明を着想,具体化したのがMであることを示すものといえる。
(ウ) 以上のとおり,Mが本件発明の具体化作業を進めていたころ,かねてからMと業務上の面識があり,平成19年4月に水系を設立した被告が,原告の事務所等を訪れるようになり,Mが作成した図面を見るなどして,本件発明についての知見を得ることとなった。
そして,Mの技術,知識等に着目した被告の依頼により,Mは,平成21年10月1日,水系の取締役に就任した。その際,Mは,水系に対し本件発明についての技術提供を行うこと,原告が水系とは別途独立して本件発明の方法を行うこと及び水系の名義で本件発明に係る権利形成を行っていくことを被告に伝え,被告もその旨を認識した上で,本件発明の事業化に関する準備が進められていった。
(エ) その後は,以下のとおり,M及び原告が主体となって,本件発明の実施に用いられるコンクリート製品の製造に向けた準備が進められた。
すなわち,Mは,有明コンクリート工業株式会社(以下「有明コンクリート」という。)に対し,甲21図面に基づいて詳細図を作成することを依頼し,有明コンクリートは,甲22の詳細図(以下「甲22図面」という。)を作成し,平成22年4月6日及び同月8日,原告宛に同図面に係るデータを送信した(甲23,24)。
また,Mは,森山工業株式会社(以下「森山工業」という。)に対し,甲22図面に基づいて,本件発明の実施に用いられる浄化槽用コンクリート体を製造するための型枠の製造を依頼し,森山工業は,平成22年4月15日,甲22図面に基づく施工図(甲25)を作成した。
その後,森山工業が上記型枠を製作し,その型枠を使用して有明コンクリートが上記コンクリート製品の製造を行ったものであり,これらの経過は,森山工業から原告に送られた平成22年4月15日付けのメール(甲26),同メールに添付された森山工業から水系宛ての「新規取引条件」と題する書面(甲27),森山工業から水系宛ての上記型枠及びコンクリート製品に関する見積書(平成22年4月1日付け,同月7日付け及び同月8日付けのもの。甲28),原告から有明コンクリートに送られた平成22年4月8日付けのメール(森山工業の上記見積書を送信するもの。甲29)等の証拠から明らかである。
(オ) 他方,平成22年1月22日及び同年2月25日,本件発明についての特許出願のため,本件出願の代理人である戸島省四郎弁理士(以下「戸島弁理士」という。)とM及び被告との間で打合せが行われたが,その際には,Mが自ら作成した図面等に基づき,本件発明についての説明を行った。
イ 本件審決の認定判断の誤り
上記アのとおり,原告は,Mが本件発明の発明者であることを裏付ける具体的な主張を行い,証拠を提出しているところ,本件審決は,原告の主張及び証拠方法では,本件発明の真の発明者が,被告ではなく,Mであると判断することはできないとする。
しかし,以下に述べるとおり,本件審決の認定判断には誤りがある。
(ア) 甲21図面及び甲45図面等の作成時期について
原告がMによる本件発明の着想の事実を示すものとして提出した甲21図面及び甲45図面等について,本件審決は,これらの図面の原本となる電子データがないこと及びこれらの図面と平成22年2月8日に原告が外部に発信したファクシミリ書面(甲4)中にあるコンクリート体等の図面(以下「甲4図面」という。)を比較すると,甲21図面及び甲45図面等は甲4図面の後に完成したものと見られることから,甲21図面及び甲45図面等の作成時期は,各書面に記載された時期(甲21図面が平成21年8月,甲45図面等が平成19年5月)ではなく,平成22年2月8日以降と考えられる旨判断する。しかし,以下のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
a 電子データがない点について
まず,甲21図面の電子データがないのは,原告の情報処理端末が落雷により破損したため,データが消失してしまったからである。そして,印刷物としての図面の写しのみが原告の事務所に現存していたため,甲21として提出したものである。
また,甲45図面等についても,図面の作成場所であるO設備設計事務所における情報処理端末の入替え等でデータが消失したのであり,印刷物としての図面の写しのみが現存していたため,甲45及び46として提出したものである。そして,甲45図面等が平成19年5月の時点で完成していたことについては,O設備設計事務所のO(以下「O」という。)作成の陳述書(甲47)によって裏付けられる。
b 甲4図面との比較
本件審決は,甲4図面は,ベースコンクリートのサイズ等に手書きの修正が加えられた大雑把な図面であり,当該修正後のベースコンクリートのサイズは甲21図面に記載されたベースコンクリートのサイズと同じであるとした上で,仮に,甲4図面が作成される前に甲21図面が存在していたのであれば,甲4図面を作成する必要はなく,サイズを修正することにも妥当性はないから,甲4図面よりも後に甲21図面が完成したとみるのが自然である旨判断する。
しかし,甲4図面は,本件発明の実施に用いるコンクリート体の製造を依頼した場合の価格を確認する目的で,Mがコンクリート体の製造業者である株式会社ヘキサプラント(以下「ヘキサプラント」という。)宛てに送信した図面であるところ,Mとしては,甲21図面のような詳細な平面図を外部の業者に渡せば,これを元にコンクリートの型枠を製造し,コンクリート製品の製造が可能となってしまうことから,あえて甲21図面自体を送らなかったのであり,また,コンクリート体の価格の計算であれば,甲4図面程度の図面で足りると判断したものである。したがって,甲21図面が存在していたのであれば,甲4図面を作成する必要がないとする本件審決の判断は誤りである。
また,甲4図面について,Mが,ベースコンクリートの長さ2500,幅1400の各数値を,手書きで長さ2430,幅1250に修正したのは,当初記載されたベースコンクリートの長さ及び幅の数値が,コンクリート体の内側に設置する浄化槽のサイズのうち,最も大きい「10人槽タイプ」に対応する数値となっていたことから,この数値を,より普及率の高い「5人槽タイプ」及び「7人槽タイプ」に対応させるために行ったことである。したがって,甲4図面のベースコンクリートのサイズを修正することには妥当な理由が存在するのであり,この点に妥当性がないとする本件審決の判断は誤りである。
(イ) 原告が冒認出願の主張を行った時期について
本件審決は,原告が,被告が発明者とされている出願書類を確認できた時点の早い段階で不服を申し立てなかったこと及び平成25年6月7日に本件出願に関する刊行物等提出書(甲7)を提出した際に,本件発明が公然実施された発明である旨を主張するのみで,冒認出願である旨の主張を行っていないことを本件特許に冒認出願の無効理由が認められないことの根拠に挙げる。
しかし,原告が,被告が発明者として本件出願を行ったことを知った平成22年の時点においては,本件出願に対して冒認出願であることを根拠に不服を申し立てることが,本件発明の実施に用いられるコンクリート製品の販売先となった各事業者に対する裏切り行為となり,かつ,各事業者の事業活動に悪影響を及ぼすことが懸念されたため,不服を申し立てなかったものである。
また,本件出願に関する刊行物等提出書において,冒認出願の主張をしなかったのは,この点が出願審査段階の情報提供の対象とされていなかったからである(特許法施行規則13条の2)。
したがって,原告が冒認出願の主張を行った時期を冒認出願の無効理由を否定する根拠とする本件審決の判断は誤りである。
(2) 被告が本件発明の発明者であることについて,十分な主張立証がないこと
被告は,被告が本件発明の発明者であるとして,その発明の経緯等を主張するが,これによっても,被告が本件発明の発明者であることについて十分な主張立証があるとはいえない。
ア 被告が浄化槽設置工事の施工に関する知見を有していたとの主張について
被告が有する浄化槽管理士の資格は,定められた講習を受ければ誰しも取得可能なものであり,その資格を有していても,浄化槽の設置工事の技術を習得しているとはいえず,設置工事の現場で指揮監督を行うことはできない(浄化槽法に規定された浄化槽設備士の資格がない限り,設置工事を監督することは不可能である。)。
したがって,被告は,浄化槽設置工事について監督の経験を豊富に有していたなどとはいえず,本件発明をするのに必要な浄化槽設置工事の施工に関する知見を有していたともいえない。
イ 被告が本件発明を完成させた経緯の主張について
被告は,①ヘキサプラントの製品を見て本件発明を着想し,②同社に協力を依頼してコンクリートブロック体の形状を決定し,③同社から構造計算の結果を受領することによって,本件発明の完成に至った旨を主張するが,このような経緯によって被告が本件発明を完成させたとは認められない。
(ア) まず,上記①及び②の事実に関しては,被告とヘキサプラントとの間のやりとりとして,本件発明の構成や,コンクリートブロック体の施工方法の順序を具体的に示すような客観的な資料は全く存在しない。被告が証拠として示す水系とヘキサプラントとの間の覚書(甲68)は曖昧な内容しか記載されておらず,契約を交わした日付すらないものである。
(イ) また,被告は,上記の③の点,すなわち,ヘキサプラントに依頼して本件発明に用いるコンクリートブロック体に関する構造計算を行わせ,その結果(甲5のメール添付のもの)を確認したことを,被告が本件発明を完成させたことの重要な根拠としている。
しかし,本件発明の実施に用いられるコンクリートブロック体の構造計算は,飽くまでも製品の製造時に必須の作業となるものであり,本件発明を着想し,完成させるに当たって必要な情報ではない。本件発明の特徴は,箱状のコンクリート体を用いることやコンクリート体を構築する際の手順であって,製品の製造時に必要なコンクリートブロック体の構造計算は,製品を製造するコンクリート体の製造業者が行えば足りることである。
また,被告が本件発明について着想したとされるコンクリートブロック体は4段の構造のものであるところ,被告がヘキサプラントから得たとされる構造計算の結果(甲5のメール添付のもの)は3段の構造のものであるから,当該構造計算の結果は,本件発明に係るコンクリートブロック体の構造計算には該当せず,これを得たことをもって本件発明が完成したということはできない。
2 取消事由2(本件発明1と甲3発明の相違点に関する認定判断の誤り)
(1) 相違点2についての認定判断の誤り
本件審決は,本件発明1と甲3発明との相違点2として,最初の地盤の掘削の範囲について,本件発明1は,保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さ,且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅であるのに対し,甲3発明は,最下段のコンクリート板の高さより若干浅めの深さ,且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅よりも大きい長さ及び幅であって,さらにその後,そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削する点を認定した上で,甲3発明に基づいて,当該相違点に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得たこととはいえない旨判断する。
しかし,以下に述べるとおり,本件発明1における最初の地盤の掘削範囲は,現実的には,甲3発明における最初の地盤の掘削範囲と同一のものとなり,本件発明1と甲3発明との間に上記相違点2は存在しないから,本件審決の上記認定判断は誤りである。
すなわち,甲3発明では,最初に,最下段のコンクリート板の高さよりもやや浅めの深さに地盤を掘削するが,これは,その後に据え付ける最下段のコンクリート板の内側及び板直下の地盤を掘削して,最下段のコンクリート板の自重で下方に少しずつ落とし込んでいくことができるため,コンクリート板の高さと同じ深さまで掘削しないものである。また,コンクリート板の上端の地表面から露出した部分を確認しながら,徐々に深さ方向の掘削を行うことで最下段のコンクリート板の水平性を担保する狙いもある。また,甲3発明では,保護用コンクリート体の長さ及び幅よりやや広めに掘削するが,これは,最下段のコンクリート体を掘削孔に収容可能とし,更に,上下段のコンクリート板の外周面を接続プレートで接続しやすくするためである。このように埋設物よりも広範囲を掘削する手法を,土木工事では「余堀り」と呼び,一般的な手法とされている。現実的に,最下段のコンクリート板の高さ並びに保護用コンクリート体の長さ及び幅と全く同一のサイズで掘削しても,その掘削孔に最下段のコンクリート板が収まることはなく,必ずそれよりやや大きめの範囲を掘削しなければ,最下段のコンクリート板を埋設することは不可能である。更に,仮に,同一のサイズで掘削した孔に最下段のコンクリート板が収容可能であったとしても,重量のあるコンクリート板を水平に保つためには,板の建て込み後に更なる掘削を行い,高さ調節を行う作業を避けることはできないのである。したがって,掘削の深さ方向においても,一度の掘削で埋設物である最下段コンクリート板の水平性を担保して収容可能な掘削孔を掘ることは現実的に無理である。また,コンクリート体の水平性の確認には,地表面からコンクリート板の上端を露出させて,同部分をもって水平性の確認を行う必要がある。
以上のような土木工事に関する常識等に鑑みれば,本件発明1においても,最下段のコンクリート板を建て込むための最初の地盤の掘削範囲は,本件特許の特許請求の範囲請求項1(以下「本件請求項1」という。)に記載の文言どおりではなく,甲3発明と同一のものとなると認められるから,本件発明1と甲3発明との間に上記相違点2は存在しない。
(2) 相違点3についての認定判断の誤り
本件審決は,本件発明1と甲3発明との相違点3として,必要深さに応じて繰り返す工程が,本件発明1は,掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの順番であるのに対し,甲3発明は,コンクリート板の建て込みと掘削とコンクリート板の落とし込みの順番である点を認定した上で,甲3発明に基づいて,当該相違点に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得たこととはいえない旨判断する。
しかし,以下に述べるとおり,本件発明1における複数段のコンクリート板の設置の際に必要深さに応じて繰り返す工程の順序は,現実的には,甲3発明における工程の順序と同一のものとなり,本件発明1と甲3発明との間に上記相違点3は存在しないから,本件審決の上記認定判断は誤りである。
すなわち,甲3発明では,掘削及びコンクリート板の落とし込みの前に,次段のコンクリート板を下段のコンクリート板に据え付けるが,このような順序によるのは,コンクリート板全体の重量が増し,掘削後の自重を利用した落とし込みをスムーズに行ことが可能となるからである。このような方法は,重量のあるコンクリート体等を地中に埋めていく際に利用される土木分野における一般的な方法である。また,埋設するコンクリート板の水平性を保つ高さ位置を調整しながらの落とし込みが必要であり,この落とし込み時の調整の際には,地表面から露出したコンクリート板の部分を確認しながら水平性の確認作業を行う必要があり,最下段コンクリート板の上部に2段目のコンクリート板を建て込んで接続し,地表面から露出するコンクリート板の領域を確保した上で,コンクリート体を落とし込まないと,落とし込み時の高さ調整はできない。
以上のような土木工事に関する常識等に鑑みれば,本件請求項1の文言どおりに,下方を掘削してコンクリート板を落とし込む工程を次段のコンクリート板の建て込みより先に行うことはあり得ず,必ず甲3発明の工程の順序で進められることとなる。したがって,本件発明1においても,複数段のコンクリート板の設置の際に,必要深さに応じて繰り返す工程の順序は,本件請求項1に記載の文言どおりではなく,甲3発明における工程の順序と同一のものとなると認められるから,本件発明1と甲3発明との間に上記相違点3は存在しない。
(3) 甲3発明が公然実施されたものであること
被告は,甲3発明は公然実施されたものではない旨を主張する。
しかし,本件工事を視察していた者のうち,原告の社員1名,P設備のP及び有限会社小城新生興業社(以下「小城新生興業社」という。)のQ(甲31,32)については,本件工事の内容に関して守秘義務を負っていたものではない。
したがって,甲3発明は公然実施されたものと認められる。
第4被告の主張(被告補助参加人の主張は,被告の主張とおおむね同旨である。)
1 取消事由1(被告が本件発明の発明者であるとした認定判断の誤り)に対し
冒認出願を理由として請求された特許無効審判において,特許権者が発明者であることについては,特段の事情がない限り出願の事実により推定されることから,特許権者が,正当な者によって当該特許出願がされたとの事実をどの程度具体的に主張立証すべきかは,無効審判請求人のした冒認出願を疑わせる事実に関する主張や立証の内容及び程度に左右されるのであり,冒認出願を主張する者が発明者であることについて,一定の主張立証責任が果たされない場合には,特許権者側の発明経過の主張立証の具体性に関わらず,冒認出願であるとの判断はできないものである。
しかるところ,本件においては,以下に述べるとおり,原告は,Mが本件発明の発明者であることについて何ら客観的な立証をしておらず,他方,被告は,被告が本件発明の発明者であることについて,着想の契機を得た場面,発明の具体化に不可欠な構造計算の場面などにおいて,被告こそが関係者との協力関係を構築し,課題を解決していった経緯を示しているから,被告が本件発明の発明者であることは十分に立証されている。
したがって,本件特許は冒認出願に対してされたものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
(1) Mが本件発明を行ったことは立証されていないこと
ア 甲21図面及び甲45図面等の成立経過が不明であること
原告は,Mが本件発明を着想,具体化したことの証拠として甲21図面及び甲45図面等を提出するが,これらは,その成立経過が不明であり,Mが本件発明を行ったことの証拠として用いることはできない。
(ア) 甲21図面及び甲45図面等は,いずれも写し(電子データのプリントアウト)であり,これらの図面の原本となる電子データは存在しないから,データのプロパティによって作成日を確認することができず,改ざんの可能性がある。
(イ) また,甲21図面と甲4図面を比較すると,甲4図面において,ベースコンクリートの長辺の長さが2500と印字されているものが,手書きで2430に修正され,更にベースコンクリートの2つの角について切り欠きを設ける修正が施されている。そして,これらの修正は,いずれも甲21図面の記載に合致する。
このような記載によれば,甲21図面は,Mが,水系による本件発明の事業化の準備過程において,水系の役員としてヘキサプラントとコンクリート体の設計について協議し,その過程で作成されたものである可能性が強く,そうであれば,甲21図面記載の「H21.8」との作成日は,後に改ざんされた疑いが濃厚となる。
(ウ) したがって,甲21図面及び甲45図面等は,Mが本件発明を行ったことの証拠として用いることができないものである。
イ 構造計算が実施されていないこと
本件発明が実施可能であることの確認には,専門家によるコンクリート体の構造計算が不可欠である。
ところが,本件審判での証拠調べにおけるMの陳述(甲124の同人に係る反訳書面)よれば,Mは,甲21図面の作成日とされる平成21年8月時点でそのような構造計算を行っていない上に,同人自身にそのような知識・経験はなく,同人が専門家として助言を得たとするOも構造計算ができる専門家ではなく,同人にそのような依頼もしていないとされ(上記反訳書面119,120及び122項),また,コンクリート体の最終的な構造計算は,ヘキサプラントにおける検討を踏まえ,Mと被告が戸島弁理士のもとに特許出願の相談を行った後,有明コンクリートが行ったものとされている(上記反訳書面112項)。
したがって,仮に,Mがコンクリートブロック体の構造等についての着想を行ったとしても,上記構造計算が未了の段階では,本件発明が実施可能な程度に具体化していたとはいえず,Mを本件発明の発明者と評価することはできない。
ウ 水系設立後のMの活動
Mは,水系の取締役への就任後,水系に原告の事務所を提供し,MのメールアドレスやFAXを水系に関する連絡のために用いていた(上記反訳書面104項)。
したがって,Mが水系の取締役への就任後に行ったヘキサプラント等の業者とのやりとりは,水系の取締役の業務として行ったものであり,Mが独自に本件発明を着想,具体化したことを示すものではない。
エ 戸島弁理士への説明
原告は,Mが戸島弁理士に本件発明についての説明を行ったとし,そのことをMが本件発明の発明者であることの根拠とする。
しかし,原告の上記主張には客観的な裏付けがなく,かえって,戸島弁理士は,被告から本件発明の説明を受けた旨を述べているから(丙1),原告の上記主張は理由がない。
オ 水系への参画自体の不合理性
原告は,Mが水系への参画以前に本件発明を完成していたにもかかわらず,その後水系へ参画し,同時に原告の事業としても本件発明の実施に向けた活動を行っていた旨主張する。
しかし,Mが,原告の事業として本件発明の実施に向けた活動を行うのであれば,原告と競合する水系の取締役に就任することは,既に開発した自らの発明の実施にとっての制約となるのであるから,合理的にみて考えられないことである。
カ 以上によれば,原告は,Mが本件発明の発明者であることについて,何ら客観的な証拠による立証をしていない。
(2) 被告が本件発明の発明者であること
ア 被告が浄化槽設置工事の施工に関する知見を有していたこと
被告は,浄化槽の設置工事を自ら行ってはいなかったが,以下のとおり,浄化槽の管理について継続的かつ長期にわたる経験を有し,浄化槽設置工事の監督の経験も豊富に有していたから,本件発明をするのに必要な浄化槽設置工事の施工に関する知見を有していた。
(ア) 被告は,昭和49年5月及び昭和50年2月に,浄化槽に関する講習の課程を修了した(乙4,5)。
(イ) 被告は,昭和61年5月6日,浄化槽管理士の免許を取得した(乙6)。
(ウ) その後,被告は,浄化槽保守点検業務等を行う小城新生興業社の代表取締役に就任し(乙7),また,これと前後して,平成3年2月19日,浄化槽設置工事を業として行う株式会社佐賀クリーン環境の取締役に就任した(乙8,9)。
(エ) 被告は,平成19年ころには,浄化槽設置の推進を活動内容とする全国環境整備事業協同組合連合会の理事にも就任している(乙10)。
イ 被告が本件発明を完成させた経緯
(ア) 被告は,本件発明に係る課題については,浄化槽管理の業務を通じて,以前より問題意識を有していた。
その中で,被告は,平成21年夏ころ,株式会社環境創社(以下「環境創社」という。)及びヘキサプラントと接触し,同社らが開発している浄化槽保護目的のコンクリートブロック体(甲67の写真に写っているもの)を確認した。これにより,被告は,浄化槽を保護する場合のコンクリートブロック体の大まかな構造について認識し,同時に,このような組み方であれば,本件発明のような潜函工法を用いることができるのではないかとの着想に至った。
(イ) その後,被告は,コンクリートブロック体の厚みを薄くすること,4段にすることなどの改良についての着想に至り,そのような仕様のコンクリートブロック体の製作をすることについて,水系と環境創社らが共同で行うことに合意した。この合意については,後日,継続的取引に関する覚書(甲68)をもって確認されており,その中で,環境創社らが水系に対し,コンクリートブロック体の構造計算の支援を行うことも明記された。
(ウ) 被告は,上記合意に基づき,平成21年11月から平成22年3月ころにかけて,ヘキサプラントのRに対して,上記構造計算を行うことを依頼し,同人から,当時水系の事務所が存在した原告の事務所宛にFAX,メール等で必要な資料が送付されたが(甲4ないし6),このうち,平成22年2月14日のメール(甲5)に添付されているのが,コンクリートブロック体の構造計算の結果(以下「甲5構造計算書」という。)である。
(エ) 被告は,平成22年1月22日,戸島弁理士に本件発明の特許出願についての相談をした。
その後,被告は,平成22年2月25日,ヘキサプラントからの上記構造計算の回答も踏まえ,再度戸島弁理士を訪問し,本件発明についての説明を行った。その際,被告は,戸島弁理士に対し,甲5構造計算書を含む資料(甲96ないし100)を交付した。
また,被告は,戸島弁理士への上記説明の際,本件発明の実施に用いられるコンクリートブロック体を模した発泡スチロール製の模型を用いて説明を行ったものであり,その際の模型を再現したものが甲91の写真に写っているものである。
(オ) 戸島弁理士は,被告から受領した上記資料を踏まえ,本件発明についての明細書を作成し,平成22年5月12日に本件出願を行った。
(カ) 他方,本件出願と前後して,被告は,森山工業に対し,本件発明の実施に用いるコンクリートブロック体を製造するための型枠を発注し(甲78),その後製品の販売を開始した。
(キ) 以上の経過によれば,被告は,環境創社らのコンクリートブロック体を確認した平成21年夏ころには,本件発明を着想し,その後,浄化槽の保護に用いるコンクリートブロック体についての構造計算の結果を受領し,それが機能することを確認した平成22年2月の時点には本件発明を完成させたものである。
ウ 被告が本件発明をしたことについての客観的資料の存在
被告が本件発明を完成させた経過のうち,着想に至る部分については客観的な資料に乏しいところであるが,これは内心のみの問題であることからやむを得ないものである。
他方,被告は,本件発明の着想後,複数の関係者との間で発明の完成に必要となる情報の授受を主導し,それを踏まえて発明の実施のために必要な資材等を確保し,本件出願前には本件発明の技術を利用した試験的な工事も実施しているのであり,これらについては,いずれも客観的資料による裏付けがされている。
したがって,本件発明が完成に至る経過の全体をみれば,水系の代表者である被告が本件発明を完成させたことについては,数々の客観的資料が存在しており,被告の主張及び陳述(本件審判での証拠調べにおける被告の陳述(甲124の同人に係る反訳書面))は裏付けられている。
2 取消事由2(本件発明1と甲3発明の相違点に関する認定判断の誤り)に対し
(1) 相違点2についての認定判断の誤りに対し
原告は,土木工事に関する常識等に鑑みれば,本件発明1においても,最下段のコンクリート板を建て込むための最初の地盤の掘削範囲は,甲3発明と同一のものとなると認められる旨主張する。
しかし,原告が土木工事に関する常識等として述べることは誤りである。すなわち,コンクリート板については,掘削時に所定の深さまで掘り下げることが必要である。また,コンクリート板の自重で落とし込むことなど考えられないし,そのような方法で水平が担保されることもない。さらに,原告が指摘する「余掘り」は,地盤の状況等によっては必要となる場合もあるが,本件発明1の工法を用いる際に,いかなる地盤でも余掘りが必要となるものではなく,現に,本件発明1を用いた工事において,余掘りをしない事例も存在する。
したがって,原告の上記主張は理由がなく,本件審決の相違点2についての認定判断に誤りはない。
(2) 相違点3についての認定判断の誤りに対し
原告は,土木工事に関する常識等に鑑みれば,本件発明1においても,複数段のコンクリート板の設置の際に,必要深さに応じて繰り返す工程の順序は,甲3発明における工程の順序と同一のものとなると認められる旨主張する。
しかし,本件発明1に基づく施工は,本件請求項1に記載のとおり,「掘削,コンクリート板の落とし込み,コンクリート板の建て込み」の順序でなされている。また,原告が指摘するコンクリート板の自重を用いた落とし込みについても,必須の工程ではないし,コンクリート板の水平の確認のためにかかる工法を採用する必要性もなく,現に,そのような工法によらずに工事が実施された事例も数多く存在する。
したがって,原告の上記主張は理由がなく,本件審決の相違点3についての認定判断にも誤りはない。
(3) 甲3発明は公然実施されたものではないこと
発明の公然実施とは,ある程度の不特定又は多数の者に対し,特段の制限なく発明の内容が示された場合であり,かつ,発明を示された者が発表者に対し,何ら守秘義務等の制約を負わない場合をいうものと解される。
しかるところ,本件工事を視察した者は,本件工事と密接な関係を有する少数の者にとどまり,不特定又は多数の者が本件工事の状況を確認できたものではない。また,これらの視察者は,いずれも被告又は原告と密接な関係を有する者であり,かつ,業務に関して視察を行ったものであるから,何らの守秘義務等も負わないことは考え難い。加えて,実際にこれらの者が知得した内容だけで,本件発明1の工程や技術の詳細を知ることができるものでもない。
したがって,甲3発明は,公然実施されたものとはいえない。
第5当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。
また,本件明細書(甲37)には,次のような記載がある(図面については別紙参照)。
ア 技術分野
本発明は,地中に埋設する浄化槽を土圧や地下水圧から保護する保護用コンクリート体の構築方法に関する(段落【0001】)。
イ 背景技術
従来の保護用コンクリート体の構築方法は,掘削しようとする地盤の周囲に土留め用の矢板を打設し,その矢板で囲まれた内側領域の地盤を掘削し,その掘削穴の内周及び内底に型枠を構築してコンクリートを打設していた。しかし,この方法では,土留め工事と型枠工事に手間を要して工期が長くかかり,矢板の打設時は大きな騒音が発生するという問題もあった。(段落【0002】)
これに対し,保護用コンクリート体となるコンクリート板を予め工場で分割して製作しておき,これを現場に搬入して組み立て,その組み立てた保護用コンクリート体を掘削穴にクレーン等で吊り下げて設置することで,土留め工事と型枠工事を省略できるようにした技術が特許文献1に開示されている(段落【0003】)。
しかしながら,この技術は浄化槽の埋設深さまで掘削を完了した後に保護用コンクリート体を設置するから,掘削穴が深い場合は設置するまでに掘削穴の側壁が土砂崩れする危険があった。また,組み立てた保護用コンクリート体を吊り下げる大型のクレーンや広い作業スペースも必要であった。(段落【0004】)
ウ 発明が解決しようとする課題
本発明が解決しようとする課題は,従来のこれらの問題点を解消し,浄化槽の埋設深さが深くても土砂崩れなくコンクリート板を建て込むことができ,しかも小型のクレーンを用いて小スペースで作業できるようにすることにある(段落【0006】)。
エ 課題を解決するための手段
かかる課題を解決した本発明の構成は,
1) 地中に埋設する浄化槽を土圧や地下水圧から保護する箱型の保護用コンクリート体の構築方法であって,保護用コンクリート体となるコンクリート板を高さ方向に複数段に分割して製作しておき,地盤を保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅に掘削し,その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み,そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を次段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削し,その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み,その落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を水密状に接続し,これらの掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの工程を必要深さに応じて繰り返し,その後内底にコンクリート基礎を形成するようにしたことを特徴とする,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法
2) コンクリート板を左右に分割して製作しておき,落とし込んだ左右のコンクリート板同士とその上方の次段のコンクリート板同士を水密状に接続するようにした,前記1)記載の浄化槽保護用コンクリート体の構築方法
3) コンクリート板が,その上端に吊下げ用のアイボルトを螺合するためのアンカーを備えた構造である,前記1)又は2)記載の浄化槽保護用コンクリート体の構築方法にある(段落【0007】)。
オ 発明の効果
本発明によれば,分割されたコンクリート板の建て込みと浅い掘削を1段づつ交互に繰り返すようにしたから,一度に必要深さを掘削する必要がなく,浄化槽の埋設深さが深くても従来技術のように作業中に土砂崩れし難い。また,吊り下げるコンクリート板は分割されたものであるから,クレーンは比較的小型のもので済み,大きく旋回する必要もないから小スペースで作業できる(段落【0008】)。
カ 実施例
図1は実施例のコンクリート板の斜視図,図2は実施例のアンカーの説明図,図3~5は実施例の保護用コンクリート体の構築を示す説明図,図6は実施例の保護用コンクリート体の構築と浄化槽の埋設を示す説明図である。図中,1はコンクリート板,1a,1bはアンカー,2はアイボルト,3はI型鋼,4はロープ,5は接続プレート,6はセメント用ボンド,7は栗石,8はコンクリート,9は基礎コンクリート板,10は浄化槽,11は埋め戻し材,12はコンクリート,Gは地盤,Gaは掘削穴である(段落【0011】)。
本実施例のコンクリート板1は,図1,2に示すように,トラックで運搬可能な寸法に左右2分割に且つ構築しようとする保護用コンクリート体の1/4の高さの大きさに工場で製作し,現場に搬入する。コンクリート板1の寸法は,長さ2600mm,幅750mm,高さ500mm,板厚75mm,質量はおよそ350kgである。上端にはアイボルト2を螺合するためのアンカー1aを一体的に埋設し,内面には接続プレート5をボルト締めするためのアンカー1bを一体的に埋設している。アンカー1bはアンカー1aと同じ構造である。(段落【0012】)
以下,本実施例の保護用コンクリート体の構築と浄化槽10の埋設を図3~6に基づいて説明する。まず,図3(a)に示すように,地盤Gを油圧ショベルで最下段のコンクリート板1の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅に掘削する。このとき,掘削の深さは構築しようとする保護用コンクリート体の高さ(2m)の1/4で済むから,掘削穴Gaの側壁は土砂崩れし難く,安全に作業できる。(段落【0013】)
次に,図3(b)に示すように,コンクリート板1のアンカー1aにアイボルト2を螺合し,そのアイボルト2にロープ4のフックを引っ掛けてコンクリート板1をクレーンで吊り下げる。一方のコンクリート板1の両端部には位置合せ用のI型鋼3を嵌合し,これを掘削穴Ga内に先に建て込み,その後他方のコンクリート板1をI型鋼3に嵌合しながら建て込む。このとき,コンクリート板1は左右に2分割及び高さ方向に4分割されたものであるから,クレーンは比較的小型のもので済み,大きく旋回する必要もないから小スペースで作業できる。(段落【0014】)
次に,図4(a)に示すように,建て込んだ左右のコンクリート板1同士を接続プレート5で連結し,続いてコンクリート板1で囲まれた内側領域の下方とその建て込み済みのコンクリート板1直下の地盤Gを次段の(構築後に上から3段目となる)コンクリート板1の高さと同じ深さに掘削する。コンクリート板1直下の地盤Gを油圧ショベルで掘削し難い場合は,人力による掘削を併用してもよい。このとき,建て込み済みのコンクリート板1は,掘削中に誤って掘削箇所に落下しないようにクレーンでそのまま吊り下げておく。(段落【0015】)
次に,図4(b)に示すように,その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板1をクレーンで吊り下げた状態で落とし込む(段落【0016】)。
次に,図5(a)に示すように,落とし込まれたコンクリート板1からアイボルト2を取り外し,上端に水密及び接着用のセメント用ボンド6を塗布する。次段となるコンクリート板1のアンカー1aにアイボルト2を螺合し,そのアイボルト2にロープ4のフックを引っ掛けてコンクリート板1をクレーンで吊り下げる。これを落とし込まれたコンクリート板1の上端に建て込んで接着する。(段落【0017】)
図5(b)に示すように,建て込んだ左右のコンクリート板1同士と上下のコンクリート板1同士を接続プレート5で連結する。その後,2段目と最上段となるコンクリート板1も前記の図4(a)~図5(b)の工程を繰り返して建て込む。(段落【0018】)
コンクリート板1の建て込みが完了すると,図6(a)に示すように,掘削穴Gaの内底に栗石7を厚さ150mmに敷設して地盤Gの凹凸を均し,その栗石7の上面に厚さ40mmのコンクリート8を平滑に打設する。そのコンクリート8の上面に工場で予め製作して搬入した厚さ80mmの基礎コンクリート板9をクレーンで吊り下げて据え付け,浄化槽10を設置するための下地を形成する。コンクリート8は,地表が駐車場など重耐仕様の場合は,鉄筋を配筋して強度を保持する。そして,基礎コンクリート板9の上面にFRP(繊維強化プラスチック)製の浄化槽10を設置して水平に固定し,その浄化槽10に水張りして漏水の有無を確認する。(段落【0019】)
(2) 以上によれば,本件明細書には,本件発明について,次のようなことが開示されているものといえる。
すなわち,地中に埋設する浄化槽を土圧や地下水圧から保護する保護用コンクリート体の構築方法について,従来,保護用コンクリート体となるコンクリート板を予め工場で分割して製作しておき,これを現場に搬入して組み立て,その組み立てた保護用コンクリート体を掘削穴にクレーン等で吊り下げて設置する技術があったが,この場合,浄化槽の埋設深さまで掘削を完了した後に保護用コンクリート体を設置することから,掘削穴が深い場合は設置するまでに掘削穴の側壁が土砂崩れする危険があり,また,組み立てた保護用コンクリート体を吊り下げる大型のクレーンや広い作業スペースも必要であるという問題があった。(段落【0001】ないし【0004】)
そこで,本件発明は,これらの問題点を解消し,浄化槽の埋設深さが深くても土砂崩れなくコンクリート板を建て込むことができ,しかも小型のクレーンを用いて小スペースで作業できるようにすることを課題とし(段落【0006】),その解決手段として,保護用コンクリート体となるコンクリート板を高さ方向に複数段に分割して製作しておき(構成B),地盤を保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅に掘削し(構成C),その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み(構成D),そのコンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を次段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削し(構成E),その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み(構成F),その落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を水密状に接続し(構成G),これらの掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの工程を必要深さに応じて繰り返し(構成H),その後内底にコンクリート基礎を形成するようにする(構成I)という各工程からなる浄化槽保護用コンクリート体の構築方法とした発明である(段落【0007】)。
その結果,本件発明は,分割されたコンクリート板の建て込みと浅い掘削を1段づつ交互に繰り返すようにしたため,一度に必要深さを掘削する必要がなく浄化槽の埋設深さが深くても従来技術のように作業中に土砂崩れし難く,また,吊り下げるコンクリート板は分割されたものであるから,クレーンは比較的小型のもので済み,大きく旋回する必要もないから小スペースで作業できる(段落【0008】)との効果を奏するものである。
(3) 以上のような本件明細書の開示内容からすると,本件発明の特徴的部分は,高さ方向に複数段に分割して製作しておいたコンクリート板を用い,構成CないしIの各工程に従って浄化槽保護用コンクリート体の構築を行う点にあるものといえる。
2 取消事由1(被告が本件発明の発明者であるとした認定判断の誤り)について
(1) 認定事実
前記第2の1の前提事実のほか,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件発明及び本件出願に関係する事実として,以下の事実が認められる(証拠等の表示がない事実は,当事者間に争いがない)。
ア Mが水系の取締役に就任するまでの経緯
(ア) 被告は,平成19年4月2日,浄化槽の設計,施工,販売,維持管理業務等を目的とする水系を設立し,その代表取締役に就任した(甲57,58)。
それ以前,被告は,一般廃棄物収集運搬業,浄化槽清掃業,浄化槽保守点検業等を営む小城新生興業社の代表取締役や廃棄物のリサイクル事業等を営む株式会社佐賀クリーン環境の取締役などを務め,これらの会社の業務に従事していた。また,被告は,昭和49年に「し尿浄化槽に関する専門的知識及び技能を有する者を養成する講習」を,昭和50年に「産業廃棄物処理業に関する専門的知識及び技能を有する者を養成する講習」をそれぞれ修了し,昭和61年には浄化槽管理士の免状を取得している。(乙4ないし9)
(イ) 原告は,土木工事業,管工事業,水道施設工事業等を目的とする株式会社であり,昭和63年7月27日に設立された髙橋設備が,平成20年4月1日に商号変更され,株式会社に移行したことにより設立された。
Mは,髙橋設備の代表取締役を務め,原告の設立以降はその代表取締役を務めており,これらの会社の業務に従事してきた。
(以上につき,乙3,弁論の全趣旨)
(ウ) 被告とMは,被告が小城新生興業社に在職中から,業務の関係で面識があったところ,水系の設立後,被告が原告の事務所に出入りするようになった。
その後,平成21年10月1日,Mは,水系の取締役に就任し,原告の業務のほか,水系の業務にも従事するようになった(甲57)。
イ 甲21図面及び甲45図面等の存在(甲21,45,46)
(ア) 髙橋設備を作成名義人とする浄化槽用コンクリート枠の図面2通の写し(甲45図面及び甲46図面)が存在するところ,これらの図面には,設計者として「M」の名が記載され,設計年月日として「H19.5」の記載がある。
これらの図面は,いずれも,高さ方向に4段に分割された長方形のコンクリート枠体の三面図や寸法等が記載された設計図面である。
(イ) 原告を作成名義人とする浄化槽用コンクリート枠の図面1通の写し(甲21図面)が存在するところ,同図面には,設計者として「M」の名が記載され,設計年月日として「H21.8」の記載がある。
甲21図面は,甲46図面と同一内容の設計図面である。
ウ 戸島弁理士が本件出願の手続を行った経緯
(ア) 被告とMは,平成22年1月22日,浄化槽のコンクリート保護の施工・埋設構造の発明に係る特許の出願のため,戸島弁理士のもとを訪れ,特許出願に関する相談を行った。
(イ) 戸島弁理士は,上記相談での説明を踏まえ,上記発明に関連する先行技術の調査を行い,平成22年2月2日付けで「特許調査報告書」を作成し,これを水系宛てに提出した。同報告書には,先行技術の公報が複数添付されるとともに,①浄化槽埋設の外周に単にコンクリート製保護壁・箱体を設ける技術的考えは既にこれらの公報により公知である旨,②貴社の浄化槽埋設技術と先行技術との構造・施工上の差異と,貴社の技術の方が優れた点の構造又は施工方法が主張できなければ,特許になりにくいので,貴社の技術の方が優れている利点を検討されたい旨が記載されている。(甲11)
(ウ) 被告とMは,平成22年2月25日,再び戸島弁理士のもとを訪れ,特許出願に関する協議を行った。
(エ) その後,戸島弁理士は,本件出願のための明細書の原案(甲13)を作成した。
また,戸島弁理士は,平成22年5月6日,水系宛てに,「発明者・特許出願人リスト」を送付し,そのリストに発明者及び出願人の氏名等を記載するよう求めた。これに対し,被告は,発明者及び出願人として,被告の氏名等を記載した上記リストを返信した。(甲101,102)
これを受けて,戸島弁理士は,同月12日,被告を発明者及び出願人として,本件出願の手続を行った。
エ 浄化槽用コンクリート枠体の製造に係る経過
(ア) Mは,平成22年2月8日,コンクリート体の製造業者であるヘキサプラントに対し,高さ方向に4段に分割された長方形のコンクリート枠体の概略図(甲4図面)を示し,その構造計算を依頼した(甲4)。
これに対し,ヘキサプラントは,上記構造計算に係る設計計算書(甲5構造計算書)を作成し,同月14日,これを原告宛てにメールにより送信した(甲5)。
(イ) 有明コンクリートは,平成22年4月6日,Mからの依頼により,浄化槽用コンクリート枠体の試作品を製造してこれを原告宛てに納品し,その後,原告は,これを用いて,同月6日から7日にかけてN邸での浄化槽設置工事(本件工事)を施工した(甲1ないし3,30,39,弁論の全趣旨)。
その際,有明コンクリートは,当該コンクリート枠体の図面(甲22図面)を作成し,同月6日及び同月8日,これを原告宛てにメールで送信しているところ,その図面は,Mから有明コンクリートに交付された甲21図面に基づいて作成されたものである(甲21ないし24,143,144,150ないし152)。
(ウ) その後,原告又は水系から浄化槽用コンクリート枠体の製造依頼を受けた有明コンクリートが,その製造に使用する型枠を森山工業に製造させ,その型枠を用いて上記コンクリート枠体を製造し,水系が,当該コンクリート枠体を「テクサイド」の商品名を用いて販売するという取引が継続的に行われた(甲25ないし29,33ないし35,52,78ないし81,141ないし144)。
なお,有明コンクリートは,上記コンクリート枠体に関する構造計算書を作成し,平成22年6月30日,これを原告宛てにメールにより送信した(甲52)。
オ 本件出願後の経過
(ア) Mは,平成22年6月ころには,本件出願において被告が発明者及び出願人とされている事実を認識した(甲124のMに係る反訳書面)。
(イ) その後,原告は,平成25年6月7日,特許庁に対し,本件出願に関する刊行物等提出書を提出した。その中で,原告は,本件出願前の公知技術を複数示し,本件発明はこれらの公知技術から当業者が容易に発明することができたものである旨の情報提供を行った。(甲7)
なお,原告は,上記刊行物等提出書には,本件出願が冒認出願である旨を記載しておらず,原告が,特許庁に対して,当該主張を初めて行ったのは,平成26年4月28日に,本件の無効審判請求を行った際である。
(2) 検討
本件のように,冒認出願(平成23年法律第63号による改正前の特許法123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担するものと解するのが相当である。
もっとも,そのような解釈を採ることが,全ての事案において,特許権者が発明の経緯等を個別的,具体的,かつ詳細に主張立証しなければならないことを意味するものではない。むしろ,先に出願したという事実は,出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認させる上でそれなりに意味のある事実であることをも考え合わせると,特許権者の行うべき主張立証の内容,程度は,冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容,程度がどのようなものかによって左右されるものというべきである。すなわち,仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し,その裏付けとなる証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。
以上を踏まえ,本件における取消事由1(発明者の認定の誤り)の成否を判断するに当たっては,特許権者である被告において,自らが本件発明の発明者であることの主張立証責任を負うものであることを前提としつつ,まずは,冒認を主張する原告が,どの程度それを疑わせる事情(本件では,被告ではなく,Mが本件発明の発明者であることを示す事情)を具体的に主張し,かつ,これを裏付ける証拠を提出しているかを検討し,その結果を踏まえて,被告が発明者であると認めることができるか否かを検討することとする。
ア 原告の主張立証について
(ア) 甲45図面等及び甲21図面について
原告は,平成19年5月を作成日とする甲45図面等及び平成21年8月を作成日とする甲21図面を証拠として提出し,これらの証拠は,Mが,水系の取締役に就任する平成21年10月以前に,本件発明の実施に用いられる浄化槽用コンクリート製品に係る図面を作成していたこと,ひいては,本件発明を着想し,具体化していたことを示すものである旨を主張する。
しかしながら,これらの図面に示されているのは,浄化槽用コンクリート枠体を構成する高さ方向に4段に分割された長方形のコンクリート枠体の三面図及びベースコンクリートの平面図並びにそれらの寸法等であり,当該コンクリート枠体の構築方法等を示すような記載はない。他方,前記1(3)で述べたとおり,本件発明の特徴的部分は,高さ方向に複数段に分割して製作しておいたコンクリート板を用い,構成CないしIの各工程に従って浄化槽保護用コンクリート体の構築を行うこと,すなわち浄化槽保護用コンクリート体の具体的な構築方法にあるのであり,この点については,上記各図面から直接読み取れるものではない。
してみると,仮に,Mが,水系の取締役に就任する以前の時期に甲45図面等及び甲21図面を作成した事実が認められるとしても,そのことは,その当時のMが,浄化槽用コンクリート枠体を高さ方向に4段に分割して構成するというアイデア,すなわち,浄化槽保護用コンクリート体の具体的な構築方法に係る本件発明の着想の背景となり得るアイデアを有していたことをうかがわせる事実にすぎず,これによって,その当時のMが,本件発明の上記特徴的部分に係る着想を得ていたことが裏付けられるということはできない。
(イ) その他の主張立証について
そのほかに,原告は,Mが本件発明の発明者であることを示す事情として,①M及び原告が中心となって,本件発明の実施に用いられるコンクリート製品の製造に向けた準備を進めたこと,②本件出願のための戸島弁理士との打ち合わせにおいて,Mが本件発明についての説明を行ったことを挙げる。
そこで検討するに,まず,上記①の点は,前記(1)エのとおり,Mが主体となって,有明コンクリートへの浄化槽用コンクリート枠体の製造の発注を行うなどし,その際,有明コンクリートがMを設計者とする甲21図面に基づいて当該コンクリート枠体の図面(甲22図面)を作成するなどした経過を指すものであるところ,これらの経過は,本件発明の完成を前提として,これに用いられる製品の販売等に係る事業を具体化していく経過として把握すべきものであり,その中で,Mが主体的に活動していることが,その前提となる本件発明を着想,具体化した者がMであることを直ちに示すものとはいえない。むしろ,その当時(平成22年4月ころ)のMは,水系の取締役を務め,被告と協同して水系の事業を進めるべき立場にあったのであるから,仮に本件発明が被告によってされたものであるとしても,それを事業化するための活動にMが主体的に関与することは格別不自然なこととはいえない。したがって,上記①の点は,必ずしもMが本件発明の発明者であることを裏付ける事情といえるものではない。
また,上記②の点については,そもそも戸島弁理士に対する本件発明の説明を行った者がMであることを認めるに足りる証拠がない(被告は,当該説明を行った者は被告である旨を主張し,戸島弁理士も被告の主張に沿う供述(丙1)をするのであり,これらを覆して原告の主張を認めるだけの証拠はない。)。
したがって,上記①及び②の事情によって,Mが本件発明の発明者であることが裏付けられるとはいえない。
(ウ) 浄化槽保護用コンクリート体の構築方法に関する原告の認識及び本件における主張について
本件発明の特徴的部分は,構成CないしIの各工程に従って浄化槽保護用コンクリート体を構築する具体的な構築方法にあるところ,原告は,本件において,前記第3の2のとおり,このような構築方法を採ることは,原告が有する土木工事に関する常識等に反するものである旨を明確に主張している。
すなわち,原告は,まず,本件発明に係る方法のうち,「地盤を保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅に掘削し,その掘削穴に最下段のコンクリート板を建て込み」(構成C及びD)との工程については,最下段のコンクリート板の高さ並びに保護用コンクリート体の長さ及び幅と全く同一のサイズで掘削しても,その掘削孔に最下段のコンクリート板が収まることはなく,必ずそれよりやや大きめの範囲を掘削しなければ,最下段のコンクリート板を埋設することは不可能であり,土木工事では,埋設物よりも広範囲を掘削する手法(余堀り)を用いるのが一般的であるなどとして,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法として構成C及びDのとおりの工程を用いることはできない旨を主張している。
また,原告は,本件発明に係る方法のうち,建て込まれた最下段の「コンクリート板で囲まれた内側領域の下方及び建て込み済みのコンクリート板直下の地盤を次段のコンクリート板の高さと同じ深さに掘削し,その掘削箇所に建て込み済みのコンクリート板を落とし込み,その落とし込まれたコンクリート板の上端に次段のコンクリート板を建て込んで上下のコンクリート板同士を水密状に接続し,これらの掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの工程を必要深さに応じて繰り返し」(構成EないしH)との工程については,複数段のコンクリート板の設置の際に,必要深さに応じて繰り返す工程の順序に関し,①掘削後,コンクリート板の自重を利用したスムーズな落とし込みを行うためには,掘削及びコンクリート板の落とし込みの前に,次段のコンクリート板を下段のコンクリート板に据え付ける必要があり,このような方法は,重量のあるコンクリート体等を地中に埋めていく際に利用される土木分野における一般的な方法である,②埋設するコンクリート板の落とし込みの際には,地表面から露出したコンクリート板の部分を確認しながら水平性の確認作業を行う必要があり,最下段コンクリート板の上部に2段目のコンクリート板を建て込んで接続し,地表面から露出するコンクリート板の領域を確保した上で,コンクリート体を落とし込まないと,落とし込み時の高さの調整はできないなどとして,次段のコンクリート板の建て込み,掘削,コンクリート板の落とし込みの順序で行うことが必要であり,掘削,コンクリート板の落とし込み,次段のコンクリート板の建て込みの順序で行われる構成EないしHのとおりの工程を用いることはできない旨を主張している。
しかるところ,このような原告の主張は,原告の代表者であるMが認識する土木工事の常識等からすれば,浄化槽保護用コンクリート体の構築方法として,構成CないしHのとおりに特定される構築方法を採用することはあり得ない旨を述べるものにほかならず,ひいては,本件発明の特徴的部分である構成CないしIの各工程に従った浄化槽保護用コンクリート体の構築方法は,Mが着想,具体化したものではないことを自認しているに等しいものと言わざるを得ない(結局のところ,本件における原告の主張全体を総合して把握すれば,原告は,本件請求項1のとおりに特定される本件発明に係る浄化槽保護用コンクリート体の構築方法とは異なる内容の浄化槽保護用コンクリート体の構築方法(具体的には,原告が本件工事において実施し,本件審決が甲3発明として認定した方法)を想定し,これを本件発明と捉えた上で,その発明者がMである旨を主張しているのであって,本件請求項1のとおりに特定される浄化槽保護用コンクリート体の構築方法に係る発明の発明者がMである旨を主張しているのではないものと理解するほかない。)。
以上のような原告の本件における主張内容に鑑みると,原告は,そもそも,高さ方向に複数段に分割して製作しておいたコンクリート板を用い,構成CないしIの各工程に従って浄化槽保護用コンクリート体の構築を行うという本件発明の特徴的部分について,Mが発明者であることを主張するものではなく,むしろそうではないことを自認しているものということができる。
(エ) 以上を総合すれば,原告は,本件出願が冒認出願であることを疑わせる具体的な事情(すなわち,被告ではなく,Mが本件発明の発明者であることを示す事情)を的確に主張しておらず,これを裏付けるに足りる証拠を提出しているともいえないというべきである。
イ 被告が発明者であると認めることができるか否かについて
(ア) 上記ア(エ)のとおり,原告は,本件出願が冒認出願であることを疑わせる具体的な事情を的確に主張しておらず,これを裏付けるに足りる証拠を提出しているともいえないのであるから,本件において,被告が本件発明の発明者であるとの認定をする上で必要とされる主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるといえる。
そこで,これを前提に検討するに,被告は,本件発明を着想し,完成させた経緯について,環境創社及びヘキサプラントが開発していた浄化槽保護目的のコンクリートブロック体を確認した平成21年夏ころには本件発明を着想し,その後,ヘキサプラントからコンクリートブロック体についての構造計算の結果(甲5構造計算書)を受領して,それが機能することを確認した平成22年2月には本件発明を完成させた旨主張するところ,上記着想に係る経過については,これを直接裏付ける客観的な証拠があるものではなく,また,上記構造計算の結果の受領と本件発明の完成との関係も明確とは言い難いところである。しかし,前記ア(ウ)のとおり,本件発明の特徴的部分である構成CないしIの各工程に従った浄化槽保護用コンクリート体の構築方法については,原告においてMがその発明者ではないことを自認しているものと評価できるのであり,他方,前記(1)で認定した本件発明及び本件出願に関係する事実経過からすれば,上記構築方法を着想,具体化した者として想定し得る関係者は,Mのほかには,水系の代表者として本件出願の手続や「テクサイド」の販売事業に関与した被告しかいないことが明らかであるから,原告の上記主張を前提とする限り,被告が本件発明の発明者であると考えるほかはない。
また,そのほかにも,本件出願に至る経過において,被告は,戸島弁理士とのやりとりに終始関与し,同弁理士に対して自らが本件発明の発明者である旨を明示し,これを受けて戸島弁理士も被告を発明者及び出願人とする本件出願を行っていること,他方,原告(及びM)は,本件出願後の間もない時期(平成22年6月ころ)に被告を発明者及び出願人として本件出願がされた事実を認識しながら,平成26年4月28日に本件の無効審判請求をするまで,4年近くもの間(Mが水系の取締役を辞任した平成23年4月30日からでも約3年もの間),冒認出願であることを理由とした不服申立ての手続を行っていないことなど,被告が本件発明の発明者であるとする認定に沿う事情も存在する。
したがって,これらを総合すれば,被告が本件発明の発明者であることについては,少なくとも前記で述べた程度を満たすだけの主張立証はあるものというべきである。
(イ) これに対し,原告は,被告に本件発明をするのに必要な浄化槽設置工事の施工に関する知見がないことをもって,被告は本件発明の発明者たり得ない旨を主張する。
この点,確かに,前記(1)で認定した被告の経歴等によれば,水系設立以前の被告には,浄化槽の清掃業務や保守点検業務に従事した経歴及びこれらに関係する資格等を取得した事実は認められるものの,浄化槽の設置工事に係る業務に従事した経歴は認められず,被告が当該工事に必要な土木工事等に係る専門的知識を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら,本件発明の特徴的部分は,地中に埋設する浄化槽保護用コンクリート体を構築するに当たり,高さ方向に複数段に分割して製作しておいたコンクリート板を用い,掘削,コンクリート板の落とし込み,次段のコンクリート板の建て込みの各工程を順次行うという点にあるところ,その土木工事の内容や手順は格別複雑困難なものではなく,その目的や効果も常識的に理解し得るものであるから,これを着想するに当たり,必ずしも土木工事等に係る専門的知見や業務経験が不可欠であるとまで断ずることはできない。特に,前記(1)で認定したとおり,被告は,水系を浄化槽の設計,施工等をも目的とする会社として設立し,その後,土木工事業等に長年携わってきたMを水系の取締役に迎え,Mと共に浄化槽保護用コンクリート枠体である「テクサイド」の販売事業を進めてきた経過があることからすれば,水系設立後の被告が,Mから得た知識等をも参考にしながら,本件発明の特徴的部分に係る着想に至ることもあり得ないこととはいえない。
してみると,被告に浄化槽設置工事の施工に関する知見がないからといって,被告が本件発明の発明者とはなり得ないとまで断ずることはできず,この点が上記(ア)の判断を左右するものとはいえない。
(ウ) 以上によれば,被告が本件発明の発明者であることは,これを認めることができる。
(3) 小括
以上の次第であるから,本件発明の発明者はMではなく,被告であるとした本件審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1には理由がない。
3 取消事由2(本件発明1と甲3発明の相違点に関する認定判断の誤り)について
原告は,本件審決が,本件発明1と甲3発明との相違点として,相違点2及び3を認定した上で,これらの相違点に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到し得たことではないと判断したことについて,土木工事に関する常識等に鑑みれば,相違点2及び3に係る本件発明1の構成は,本件請求項1の文言どおりではなく,甲3発明における構成と同一のものであると認められるから,本件発明1と甲3発明との間に上記相違点2及び3は存在せず,本件審決の相違点の認定は誤りである旨を主張する。
しかしながら,本件請求項1の構成Cに係る記載によれば,本件発明1において,最初の地盤の掘削の範囲が,「保護用コンクリート体の最下段のコンクリート板の高さと同じ深さに且つ保護用コンクリート体の長さ及び幅と同じ長さ及び幅」であることは一義的に明らかであるから,本件発明1が本件審決の認定どおりの相違点2に係る構成を有することは明らかである。
また,本件請求項1の構成EないしHに係る記載によれば,本件発明1において,必要深さに応じて繰り返す工程が,掘削とコンクリート板の落とし込みとコンクリート板の建て込みの順番であることは一義的に明らかであるから,本件発明1が本件審決の認定どおりの相違点3に係る構成を有することも明らかである。
してみると,原告の上記主張は,本件特許の特許請求の範囲の記載から一義的に明らかな構成について,それが土木工事に関する常識等に反することを根拠に,当該記載とは異なる構成のものとして認定されるべき旨を主張するものといえる。しかし,特許発明の要旨認定が願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきことは当然であるから,原告の上記主張は,特許発明の要旨認定に係る原則を無視するものであって,根拠のない独自の主張というほかはない。
したがって,本件審決が,本件発明1と甲3発明との相違点として,相違点2及び3を認定したことに誤りはなく,原告主張の取消事由2には理由がない。
4 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)
file_2.jpg別紙