知財高等裁判所 平成28年(ネ)10046号 判決 2017年1月20日
控訴人
デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
訴訟代理人弁護士
大野聖二
同
大野浩之
同
木村広行
訴訟復代理人弁護士
多田宏文
訴訟代理人弁理士
松任谷優子
被控訴人
東和薬品株式会社
訴訟代理人弁護士
吉澤敬夫
同
川田篤
訴訟代理人弁理士
紺野昭男
同
井波実
補佐人弁理士
伊藤武泰
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録1ないし3の各製剤の生産,譲渡又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録1ないし3の各製剤を廃棄せよ。
4 訴訟費用は第1審,第2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(以下,略称は特に断らない限り原判決に従う。)
1 本件は,特許第3547755号(本件特許)の特許権者である控訴人(以下「一審原告」という。)が,被控訴人(以下「一審被告」という。)の製造販売に係る別紙被控訴人製品目録記載の各製剤(以下,同目録記載の番号に従い,「一審被告製品1」などといい,まとめて「一審被告各製品」という。)は,本件特許の願書に添付した明細書(本件明細書)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し,かつ,存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は,一審被告による一審被告各製品の生産,譲渡及び譲渡の申出(生産等)に及ぶ旨主張して,一審被告に対し,一審被告各製品の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。
本件特許権は存続期間が延長されており,一審において,存続期間が延長された本件特許権の効力が及ぶ範囲,すなわち,本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否かが争われた。そして,原判決は,その効力が一審被告各製品の生産等には及ばないとして一審原告の請求をいずれも棄却したため,一審原告がこれを不服として控訴した。
2 前提となる事実(当事者間に争いがない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
一審原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とするスイス法人,一審被告は,医薬品等の製造,売買及び輸出入等を業とする株式会社である。
(2) 本件特許権及びその延長登録
一審原告は,次の内容の本件特許の特許権者であり,別紙存続期間の延長登録の「出願番号(出願日)」,「延長の期間」及び「延長登録日」欄記載のとおり,本件特許権の存続期間の延長登録の出願をし,その登録(本件各延長登録)を受けた。本件特許の原簿に記録された本件延長登録1ないし同7の理由となった各処分(本件各処分)は,同別紙の「特許法67条2項の政令で定める処分の内容」欄記載のとおりである(甲1,2)。
なお,本件延長登録2に係る延長の期間は「11月21日」であり,平成28年7月28日の経過をもって,既にその存続期間が終了している。
特許番号 特許第3547755号
登 録 日 平成16年4月23日
出願番号 特願平8-507159号
(国際出願番号 PCT/IB1995/000614号)
出 願 日 平成7年8月7日
優先権主張番号 2462/94-6
優 先 日 平成6年8月8日
優先権主張国 スイス連邦
発明の名称 オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤
(3) 本件発明
ア 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」
イ 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A 濃度が1ないし5mg/mlで
B pHが4.5ないし6の
C オキサリプラティヌムの水溶液からなり,
D 医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,
E 該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
F 腸管外経路投与用の
(4) 一審被告の行為
ア 一審被告は,本件特許権について専用実施権の設定を受けた株式会社ヤクルト本社(ヤクルト本社)がオキサリプラチン(オキサリプラティヌムと同義である。)の製剤として製造販売する「エルプラット点滴静注液50mg」(エルプラット50),「エルプラット点滴静注液100mg」(エルプラット100)の各後発医薬品として,一審被告製品1,同2について,平成26年8月15日付けで厚生労働大臣から医薬品製造販売承認を得た後,同年12月12日付けの薬価基準収載を受け,同日からこれらの販売を開始した(甲6)。
また,一審被告は,その後,ヤクルト本社がオキサリプラチンの製剤として製造販売する「エルプラット点滴静注液200mg」(エルプラット200。以下,エルプラット50及びエルプラット100と併せて「エルプラット点滴静注液」ないし単に「エルプラット」と総称する。)の後発医薬品として,一審被告製品3についても,厚生労働大臣から医薬品製造販売承認を得た(甲5)。
なお,エルプラット50は,本件処分1,同3及び同5の対象となった医薬品であり,エルプラット100は,本件処分2,同4及び同6の対象となった医薬品であり,エルプラット200は,本件処分7の対象となった医薬品である。
イ 一審被告各製品の組成・性状,効能・効果及び用法・用量は,それぞれ以下のとおりであり(甲5),その効能・効果及び用法・用量については,それぞれエルプラット点滴静注液のそれと同一である(争いがない)。
また,一審被告各製品は,本件発明の構成要件A,同B,同E及び同Fを充足する構成を備えている(弁論の全趣旨)。
(ア) 組成・性状
file_8.jpg— Sc Wa 1 — Ses lh 2 Sei Wis 3 LSA 7 ht 10mL, 20mL 40mL LAA TUDO AEVYVUTIFY FAPVTIFY FAPVTIFY BBR 50mg - 100mg ~-200mg wR BAVEVY B7VeUY BRAVELY 50mg 100mg 200mg TER REBADK pH 4.0~7.0 BBE #90. 23 (ERBARIO RTH Hh)なお,一審被告各製品における添加物(濃グリセリン)の使用目的は,いずれも安定剤である(甲39)。
(イ) 効能・効果
治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌
結腸癌における術後補助化学療法
治癒切除不能な膵癌
(ウ) 用法・用量
「1.治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌及び結腸癌における術後補助化学療法にはA法又はB法を,治癒切除不能な膵癌にはA法を使用する。なお,患者の状態により適宜減量する。
A法:他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはオキサリプラチンとして85mg/m2(体表面積)を1日1回静脈内に2時間で点滴投与し,少なくとも13日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
B法:他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはオキサリプラチンとして130mg/m2(体表面積)を1日1回静脈内に2時間で点滴投与し,少なくとも20日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
2. 本剤を5%ブドウ糖注射液に注入し,250~500mLとして,静脈内に点滴投与する。」
3 争点
本件の争点は,次の4点であり,それぞれ,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の3(原判決6頁5~12行目)に掲げられた争点1ないし争点4に対応する。
(1) 一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か(構成要件C,D,Gの充足性)(争点1)
(2) 延長登録された本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否か(争点2)
(3) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(乙5又は乙9を主引例とする新規性又は進歩性欠如)(争点3)
(4) 本件各延長登録は延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(争点4)
第3当事者の主張
次のとおり,争点2について,それぞれ当審における追加的主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」(原判決6頁13行目~20頁2行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 一審原告の当審における追加的主張(争点2に関し)
(1) 延長登録された特許権の効力範囲について
延長登録後の特許権の効力が及ぶ均等物ないし実質同一物(以下,両者を併せて「実質同一物等」という。)に関して,原判決は,処分対象の「物」に対して,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏しないものであると解釈し,一審被告各製品に使用されている濃グリセリンは,周知技術・慣用技術の付加等ではなく,新たな効果を奏するものであるから,一審被告各製品は実質同一物等に該当せず,延長登録後の特許権の効力は及ばないと判示した。
しかし,実質同一物等は,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に基づいて検討すべきものである以上,問題とすべきは,「先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して,安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得ているかどうか」である。一審被告各製品のように,添加剤を異にする後発医薬品であっても,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた安全性の確認等の成果に全面的に依拠して,安全性の確保等に関して法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得て製造,販売しているものであれば,当然に実質同一物等に該当すると解釈すべきであり,原判決の実質同一物等の解釈は,明らかに誤っている。
仮に,原判決のとおり,実質同一物等とは,処分対象の「物」との相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと解釈したとしても,一審被告各製品で使用されている濃グリセリンは,医薬品添加物事典(甲34)に収載されており,かつ,当該事典に記載されている投与経路,最大使用量の範囲内で,同事典に記載されている安定剤の効果しか奏さないのであるから,実質同一物等に該当することは明らかである。
(2) 後発医薬品と添加剤
ア 後発医薬品である一審被告各製品の位置付け
一審被告各製品が本件発明の「実質同一物等」に該当するかどうかを判断するに当たっては,特許法(以下,条項を引くときは単に「法」という。)67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律」である医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)上における後発医薬品である一審被告各製品の正確な位置付けを理解する必要がある。
この点,後発医薬品は,新有効成分や新しい効能・効果等を有することが臨床試験等により確認され承認された先発医薬品の物質特許・用途特許が切れた後に,その先発医薬品と同一の有効成分を含み,同一投与経路の製剤であり,効能・効果,用法・用量も原則的に同一である医薬品で,生物学的同等性試験等にてその先発医薬品と治療学的に同等であることが検証されることによって,製造,販売の承認を得るものである(医薬品医療機器等法14条)。
また,後発医薬品は,法67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるもの」に該当する医薬品医療機器等法に基づく先発医薬品の承認の成果に全面的に依拠して,先発医薬品と治療学的に同等であることを確認して承認されるものである。この点は,先発医薬品と完全に同一の成分の後発医薬品であろうと,一審被告各製品のように,先発医薬品と添加剤を異にする後発医薬品であろうと,全く差異はない。
この点に関して,厚生労働省は,「医薬品の有効性,安全性を確認するために必要となる試験項目は,『有効成分に関する試験』と『製剤化された医薬品に関する試験』の大きく2つに分けられます。先発医薬品の承認審査の際には,毒性試験や薬理作用の試験及び治験と呼ばれる臨床試験等により,その医薬品の主成分(有効成分)と製剤の有効性や安全性の確認がなされています。一方,ジェネリック医薬品については,添加剤は異なるものの主成分そのものは先発医薬品と同じですので,主成分の有効性や安全性は,こうした『有効成分に関する試験』や,先発医薬品の市販後調査のデータにより,既に確認がなされています。あとは『製剤化された医薬品に関する試験』のデータにより,先発医薬品と同じ有効成分を同一量含有するジェネリック医薬品が,先発医薬品と同様の血中濃度推移を示すことが確認できれば,医薬品としての作用の強さや影響は同じということになり,治療効果すなわちヒトにとっての有効性や安全性は,先発医薬品と同等であると判断することができます。この判断を行うための試験が,生物学的同等性試験です」と説明し(甲30・厚生労働省パンフレット「ジェネリック医薬品への疑問に答えます」6頁),先発医薬品と添加剤を異にする一審被告各製品のような後発医薬品であっても,先発医薬品と成分が同一の後発医薬品と同様に,先発医薬品の安全性の確認に全面的に依拠して,製造,販売の承認がされるものであることを明確にしている。
なお,一審被告各製品は,「使用時に水溶液である静脈注射用製剤」に該当するので,生物学的同等性試験すら免除されており(甲31・薬食審査発0229号第10号,別紙19頁),有効性や安全性はもちろん,生物学的同等性に関するデータを提出することもなく,厚生労働省により承認されたものであり,本件発明の専用実施権者であるヤクルト本社の先発医薬品であるエルプラット点滴静注液の安全性に完全に依拠して承認されたものである。
イ 後発医薬品において使用が許可される添加剤
後発医薬品は,先発医薬品の安全性確保のための試験結果に全面的に依拠して承認されるものであり,使用される添加剤に関しては,厳格な規制がなされている。
すなわち,厚生労働省は,「添加剤は,製剤に含まれる有効成分以外の物質で,有効成分及び製剤の有用性を高める,製剤化を容易にする,品質の安定化を図る,又は使用性を向上させるなどの目的で用いられる。製剤には,必要に応じて,適切な添加剤を加えることができる。ただし,用いる添加剤はその製剤の投与量において薬理作用を示さず,無害でなければならない。また,添加剤は有効成分の治療効果を妨げるものであってはならない。」と規定している(甲32・第16改正日本薬局方〔平成23年3月24日厚生労働省告示第65号〕)。
この規定を受けて,実務上は,「日本で使用される医薬品添加剤は,『医薬品添加物事典』に収載されているものについては,使用前例があり,その用途,使用量等が確認されたものとして取り扱われ,当該事典に個別の添加物ごとに記載されている『投与経路』,『最大使用量』の範囲であれば,特別なデータを提出することなく認められる。医薬品添加物事典に収載されている医薬品添加剤及びその投与経路,最大使用量は,厚生労働省が医薬品添加物の使用実態調査を行い,その結果から作成されたリストに基づいているものであり,公的に示されたものである。…以上の通り,通常,日本で使用できる医薬品添加剤は『医薬品添加物事典』に収載されているもので,かつ当該事典に記載されている投与経路,最大使用量の範囲内のものである」(甲33・日本ジェネリック製薬協会「医薬品添加剤について」1頁)とされている。つまり,実務上は,医薬品添加物事典(甲34)で列記されていないような使用前例のない添加剤を用いたり,使用前例のある添加剤であっても使用前例として認められた用途,投与経路,最大使用量を遵守せずに用いたりする場合には,安全性等のデータを自らが取得し,承認を得る必要がある(甲37の1・2)。
一審被告各製品で添加剤として用いられている濃グリセリンは,医薬品添加物事典(甲34)において,【用途】として「安定(化)剤等」と記載され,【投与経路・最大使用量】として,「静脈内注射」では1日当たり「12.5g」までと記載されている。
一審被告各製品においても,濃グリセリンは,安定剤として使用され,記載された【投与経路・最大使用量】の範囲で濃グリセリンが添加されている(標準的な体表面積とされる値〔1.695m2〕で,1日当たりの最大投与量〔130mg/m2〕が投与された場合を計算すると220mg程度となる。)。しかも,前記したとおり,一審被告各製品において,濃グリセリンが薬理作用を有することはあってはならないとされているのである。
以上のとおり,一審被告各製品は,後発医薬品として承認されたものであり,添加剤として使用されている濃グリセリンは,厚生労働省が医薬品添加物の使用実態調査を行い,その結果から作成されたリストである医薬品添加物事典(甲34)に記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量を遵守して使用されているものであり,後発医薬品として製造,販売等の準備が開始された時点においては,少なくとも,周知技術・慣用技術が適用されたものにすぎないものである。
なお,医薬品添加物事典(甲34)は,医薬品製造者にとっては,その内容を知らない者が想定し得ないほど極めて広く一般に知られている書籍であり,そこに記載された添加物を記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量を遵守して使用することが,周知技術・慣用技術といえるのは,明らかである。
(3) 実質同一物等の範囲
法68条の2の延長登録された特許権の効力として,同一の成分,効能,効果,用法,用量の医薬品だけではなく,実質同一物等と評価される医薬品も含まれることは,裁判例から明らかである(知財高裁平成21年5月29日判決〔以下「パシーフカプセル事件知財高判」という。〕,知財高裁平成26年5月30日特別部判決〔以下「ベバシズマブ事件知財高判」という。〕)。
そして,実質同一物等の範囲は,延長登録の制度の立法趣旨に基づいて検討すべきであり,この点に関しては,ベバシズマブ事件知財高判が「薬事法の承認処分の対象となった医薬品における『政令で定める処分の対象となった物及び用途』の解釈については,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権の効力の範囲を,どのような事項によって特定すべきかの問題であるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との公平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである」と判示しているとおりである。
かかる見地からすると,法67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律」である医薬品医療機器等法上,先発医薬品と成分が同一の後発医薬品だけではなく,添加剤を異にするにすぎない後発医薬品も,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して,自らは安全性の確保等法令で定めた試験等を行うことなく,承認を得て製造,販売しているものにほかならないから,かかる添加剤を異にする後発医薬品は,実質同一物等に該当するとして,延長登録された特許権の効力が及ぶと解するのが,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨及び特許権者と第三者との公平を考慮すれば,合理的な解釈である。
一審被告のように,添加剤を異にする後発医薬品を製造,販売する者は,医薬品医療機器等法における承認を得る場面では,先発医薬品と実質的に同一なものであるとして,安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得ているにもかかわらず,特許権侵害訴訟の場面では,異なる添加剤を使用しているが故に,実質同一物等ではないとするような二枚舌の主張を認めることは公平に反することは明らかである。
原判決は,「特許期間の延長を認めることとした特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると,…存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと認められるなど,当該対象物件が当該政令処分の対象となった…均等物ないし実質的に同一と評価される物…についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的」であるとし(原判決23頁8~21行目),延長登録された特許権の効力が及ぶ実質同一物等は,処分対象の「物」に対して,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏しないものであると解釈した。
しかし,実質同一物等は,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に基づいて検討すべきものである以上,問題とすべきは,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して,安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得ているかどうかである。原判決は,実質同一物等を特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に基づいて検討すべきものであるとしながら,処分対象の物との相違に関する技術的評価を問題とし,技術的範囲の通常の理解に照らして検討しているものであり,失当なことは明らかである。
以上のとおり,実質同一物等か否かは,後発医薬品が,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して,安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得ているかどうかで解釈すべきである。かかる解釈は,延長登録された特許権の効力に関する諸外国(米国,韓国等)の法制にも合致しており,極めて合理的である。
(4) 原判決の解釈の下でも延長登録後の特許権の効力が及ぶこと
仮に,原判決のとおり,実質同一物等とは,処分対象の「物」(ここでは,本件発明の専用実施権者であるヤクルト本社の先発医薬品であるエルプラット)との相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏しないものであると解釈したとしても,一審被告各製品には,延長登録後の特許権の効力が及ぶことは明らかである。
ア 既に述べたとおり,一審被告各製品と先発医薬品であるエルプラットとは,濃グリセリンが添加剤として使用されているという点で相違があるが,かかる相違は,一審被告各製品が後発医薬品として製造,販売等の準備が開始された時点においては,少なくとも,周知技術・慣用技術が適用されたものにすぎないものであり,安定剤としての効果も,新たな効果を奏するものではなく,原判決に従っても,実質同一物等に該当することは明らかである。
これに対して,原判決は,「一審被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく,むしろ,オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる」(原判決31頁1~7行目)として,一審被告各製品が実質同一物等に該当しないと判示した。
しかし,前記のとおり,一審被告各製品は,政令処分を受けるのに必要な試験は免除されており,一審被告各製品の製造,販売等の準備が開始された時点は,後発医薬品として承認を受けた時点と考えるべきである。そして,一審被告各製品は,厚生労働省が医薬品添加物の使用実態調査を行い,その結果から作成されたリストである医薬品添加物事典(甲34)に記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量を遵守して使用されている濃グリセリンが添加されただけのものであり,単なる周知技術・慣用技術の付加であり,新たな効果を奏しないことは明らかである。
原判決の前記認定判断は,「添加剤は,製剤に含まれる有効成分以外の物質で,有効成分及び製剤の有用性を高める,製剤化を容易にする,品質の安定化を図る,又は使用性を向上させるなどの目的で用いられる。製剤には,必要に応じて,適切な添加剤を加えることができる。ただし,用いる添加剤はその製剤の投与量において薬理作用を示さず,無害でなければならない。また,添加剤は有効成分の治療効果を妨げるものであってはならない。」(甲32)との厚生労働省の告示に反する失当なものである。
一審被告は,医薬品医療機器等法の承認手続においては,濃グリセリンは,「『医薬品添加物事典』に収載されているもので,かつ当該事典に記載されている投与経路,最大使用量の範囲内のものである」として,これに関するデータ等を提出せずに承認を得ておきながら,特許権侵害訴訟の場面では,濃グリセリンを添加剤として使用することは,周知技術・慣用技術の付加等に該当せず,新たな効果を奏すると主張しており,このような二枚舌の主張を認めることは,公平に反することは明らかである。
イ 一審原告は,オキサリプラチンが自然分解することを抑制する効果を見るために,一審被告各製品とエルプラットとを比較する試験を行った。
その結果は,別紙試験結果のとおりである。
ここで,下限値差①とは,長期保存後の数値の下限値から開始時の下限値を差し引いた数値を,上限値差②とは,長期保存後の数値の上限値から開始時の上限値を差し引いた数値を示す(一審被告各製品に関する試験結果は,一審被告が作成したインタビューフォーム〔甲39〕に基づく。)。
そして,下限値差①が小さいほど,また上限値差②が小さいほど,オキサリプラチンが自然分解することを抑制できているといえるところ,試験結果によれば,一審被告各製品における下限値差①がエルプラットにおける下限値差①よりも小さくなってはおらず,同様に,一審被告各製品における上限値差②がエルプラットにおける上限値差②よりも小さくなってはいないことが確認できる。
なお,同様に他の後発医薬品と比較しても,やはり一審被告各製品との間に有意な差は存在しなかった。
したがって,エルプラットと比較した場合,一審被告各製品に含まれるグリセリンがオキサリプラチンの自然分解を抑制する効果の差は存在せず,かかる試験結果からみても,原判決が,この点において「新たな効果を奏しているとみることができる」と認定したことは,明らかな事実誤認であるといえる。
ウ 一審被告各製品において添加剤として使用されている濃グリセリンは,医薬品添加物事典(甲34)に記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量を遵守して使用されているものであり,周知技術・慣用技術が適用されたものにすぎないことは前記のとおりである。
このことに加え,様々な量でオキサリプラチン水溶液にグリセリン(グリセロール)を含有させることは従前から一般的に行われていることであり(甲40の1ないし4),この点においても,オキサリプラチン水溶液に濃グリセリンを加えることは周知技術,慣用技術にすぎないといえる。
(5) 一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に入ること(一審被告の主張に対する反論の補充)
一審被告は,後記のとおり,本件発明は,水とオキサリプラチンのみからなり,添加剤や他の成分を含まない製剤であって,添加剤等の存在を排除している発明であると主張する。
しかしながら,この点は,別件の審決取消訴訟(知財高裁平成27年(行ケ)第10105号。以下「別件訴訟」という。)の判決(平成28年3月9日言渡し)において,既に決着済みの争点であり,添加剤を含む一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に属することは明らかである。
また,一審被告が問題とする本件意見書(乙13)の内容は,飽くまで本件明細書に記載された発明を説明したものにすぎず,本件発明が法29条2項に該当しない理由として,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」という点を引用文献との差を出すために主張したことはない。
2 一審被告の当審における追加的主張(争点2に関し)
(1) 延長登録された特許権の効力範囲について
一審原告の主張は,次のとおり誤りである。
第1に,本件発明は,水とオキサリプラチンのみからなり,添加剤や他の成分を含まない製剤であって(甲2・2頁43~46行目,3頁2,3行目),添加剤等の存在を排除している発明である。
これに対し,一審被告各製品は,添加剤としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むため,本件発明の技術的範囲に含まれないことが明らかである。
したがって,一審被告各製品は,もともと本件発明の技術的範囲に属さないものであり,「先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた安全性の確認等の成果」に全面的に依拠するものなどではない。
第2に,実質同一物等かどうかは,延長された特許発明の技術的範囲に属するかどうかの特許法上の判断において,延長された「特許発明の物」(処分の対象となった物による特許発明の実施行為)との関係で実質的同一性を論ずるものであるはずなのに,一審原告は医薬品の承認制度と特許制度を混同し,医薬品の承認制度において後発医薬品が先発医薬品の安全性の確認等の成果に依拠しているかどうかをその判断根拠として論じている(あたかも先発医薬品に対する承認制度上の依拠性を,発明に対する依拠性と同一に論じようとしている)点において誤っている。
第3に,一審原告は医薬品の承認制度を論ずることにより本件発明があたかもオキサリプラチンの基本特許としてその主成分の有効性や安全性について保護されるべきものであるかのように主張し,一審被告各製品が一審原告の医薬品の承認の成果に全面的に依拠して承認されているとして,実質同一物等と解釈すべきであるとしている。
しかしながら,本件特許出願時には,オキサリプラチンの薬効や基本的な安全性は既に確立されており,本件発明はオキサリプラチンの薬効によって特許されたものではない。一審原告の主張は,本件発明は,オキサリプラチンと注射用水のみを含みそれ以外の成分を含まない製剤という,単にその剤型に特徴がある製剤特許として特許されたものにすぎないことを完全に忘れている点において大きな誤りを犯している。
そして,本件発明に係る剤型変更にすぎないエルプラットは,後発医薬品の承認基準とほとんど変わらない承認基準において承認されたものにすぎず,後発医薬品も同然のものである。すなわち,エルプラットは,「剤型追加に係る医薬品」に該当するにすぎず,ほぼ後発医薬品と同程度の資料のみで申請が可能となっている(乙21の通知〔薬食発第0331015号〕「別表2-(1)医療用医薬品(7)剤型追加に係る医薬品」中「○」が付されている項目)。
このように,エルプラットの製造販売承認申請に必要な試験項目は限られており,エルプラットについて安定性試験がなされていたとしても,それは,オキサリプラチンと注射用水以外の成分を含まない製剤の安定性試験であるにすぎないのに対し,濃グリセリンを含む一審被告各製品に係る安定性試験は,一審原告の製剤の安定性試験とは別になされている(甲6「医薬品インタビューフォーム」7頁「5 製剤の各種条件下における安定性」)。
したがって,一審被告各製品において,本件発明に係る製剤の技術的特徴に係る試験などに依拠したような事実は一切ない。
第4に,延長された特許において,「本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった『当該用途に使用される物』」とは,オキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まない製剤であるところ,一審被告各製品は濃グリセリンを含むことによって「成分」を異にし,その成分によって,とりわけ毒性が懸念されるジアクオDACHプラチン二量体(例えば,乙22の米国公開特許公報〔US 2006/0063833 A1〕には,段落[0005]にオキサリプラチンからジアクオDACHプラチン二量体が生じること,段落[0034]に毒性があることについて,それぞれ記載がある。)の発生を抑制するという,本件発明の「当該用途に使用される物」とは全く異なる効果を奏するものであるから,実質同一物等とはいえないことも明らかである。
(2) 「後発医薬品と添加剤」に対し
一審原告の主張は,後発医薬品に用いられる添加剤についての承認制度における安全上の取扱いにおける基準と,本件発明及び延長された「特許発明の物」(処分の対象となった物による特許発明の実施行為)と一審被告各製品の添加剤(濃グリセリン)の関係とを混同するものであって,誤りである。
一審被告各製品が後発医薬品として先発医薬品の有効性や安全性に依拠しているかどうか,一審被告各製品の添加剤の安全性が承認制度上どのように取り扱われているかなどは,本件発明及び延長された「特許発明の物」(処分の対象となった物による特許発明の実施行為)との関係で,実質同一物等と判断されるかどうかの基準とは全く無関係である。
すなわち,一審被告各製品に濃グリセリンが添加されているのは,毒性が懸念されるジアクオDACHプラチン二量体の発生を抑制するために濃グリセリンを添加することが有効であるという新たな知見を,一審被告が見いだしたことによる(乙4・段落【0010】~【0014】等)。
一審被告は,かかる知見について平成24年7月9日特許出願し,平成25年7月12日特許権の設定登録を受けており(特許第5314790号。乙4はその特許公報である。以下,同特許を「一審被告特許」,同特許権に係る発明を「一審被告発明」といい,乙4を「乙4公報」という。),一審被告各製品はその実施品である。
ほかの多数の添加剤と同様,濃グリセリンについても,医薬品の製造承認に当たり安全性が認められる範囲においてこれを添加剤として使用することが許容されているが,だからといって,濃グリセリンが前記のような新たな効果を奏することが見いだされない限りは,これをオキサリプラチンの注射用水溶液に添加する必然性は全くない。
(3) 「実質同一物等の範囲」に対し
一審原告の主張は,延長に係る特許発明がどのような点に特徴がある発明であるかに関わらず,後発医薬品であれば,延長登録に係る特許との関係ですべからく実質同一物等であるといっているに等しく,本件発明及び延長された特許発明の権利範囲を論ずるのではなく,後発医薬品であることのみを根拠として実質同一物等の範囲を論じているもので,法68条の2の解釈としても明らかな誤りである。
すなわち,法68条の2の趣旨は,パシーフカプセル事件知財高判が判示するとおり,特許発明の技術的範囲のうち特許権の効力が延長される範囲を,特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲の物に限定するものである。したがって,一審被告各製品のように,「成分」を異にすることによって,特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲の物(処分の対象となった物)と異なる物には,法68条の2により延長された特許権の効力が及ばないことは明らかである。
そして,一審被告各製品が本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の実質同一物等に該当するかどうかという問題は,このように制限された特許権について,更に例外的に延長された特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討するものである。
したがって,本来,本件発明のうち存続期間の延長登録に係る「当該用途に使用されるその物」を特定する審査事項である「成分」がいかなるものであり,それと一審被告各製品における「成分」の相違が,発明の技術的範囲との関係で均等ないし実質的同一といえるかどうかを検討しなければならないはずである。
これに対し,一審原告の主張は,承認制度の上で,後発医薬品が「安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得て製造,販売しているもの」であれば,全て実質同一物等であると主張するもので,特許法上の権利範囲の解釈に,医薬品の安全性という別の観点から定められている行政上の取扱基準を持ち込むことにより,後発医薬品において「成分」の違いがあったとしても後発医薬品でありさえすれば,延長された特許権に含まれるとするものである。
しかし,このような主張は,最高裁平成27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁(以下「ベバシズマブ事件最判」という。)が,「医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。」と判示し,「成分」が異なることにより,実質的同一性も失われるとしていることに反している。すなわち,同判決によれば,先発医薬品に係る特許発明の技術的範囲のうち特許権の効力が延長される範囲は,実質的同一性のある範囲に限られると解され,「成分」が異なる後発医薬品との関係においては,実質的同一性が認められない。したがって,延長された本件特許権の効力は,一審被告各製品に及ぶものではない。一審原告の主張は,およそ特許法に基づく解釈ではなく,また法68条の2の趣旨をも没却するものである。
原判決は,本件発明及び延長特許の発明で特定される「成分」がいかなるものであり,それと一審被告各製品における「成分」の相違が,発明の技術的範囲との関係で実質同一物等といえるかどうかを正しく検討しているものであって,誤りはない。
また,一審原告は,一審原告の解釈は,諸外国の法制にも合致するとして,米国及び韓国の制度にも言及するが,これらの国における議論は,我が国におけるものとは,その前提となる法制度も形成されている判例法も大きく異なるものであるから,そのような主張自体全く無意味である。
(4) 「原判決の解釈の下でも延長登録後の特許権の効力が及ぶこと」に対し
ア 濃グリセリンが医薬品添加物事典(甲34)に収載されている医薬品において一般的なものであるとか,薬理作用に影響を与えず,無害である,などの事実は,延長登録された本件発明との関係においてその実質同一物等かどうかの判断とは関係がない。
原判決が認定するとおり,本件発明は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であり,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって,一審原告は,その実施として,オキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないとするエルプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けたものである。
これに対し,一審被告各製品は,オキサリプラチンと注射用水のほか,有効成分以外の成分として,オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有するもので,濃グリセリンを加えたのは,オキサリプラチン水溶液の保存中に,オキサリプラチンの分解により発生する類縁物質であるジアクオDACHプラチンやとりわけ高い毒性が懸念されているジアクオDACHプラチン二量体(乙22の米国公開特許公報の段落[0034])の生成を抑制することを目的としたものである。
乙4公報には,グリセリンを添加することで,ジアクオDACHプラチン二量体の生成が抑制されることが,次のとおり記載されている。
「【表3】
file_9.jpgAG. TOCCIAMRFLOM RMP O DM Mit R HAA | Rai | we | ems | was | HAS DF IEDACHI SFY pete cm) 0.41 | 0.28 | 0.22 | 0.12 | 0.15 | 0.12 8 HBR A HL (96) 773 [| 7.50 | 1.38 | 1.27 112【0033】
表3から明らかなように,対照製剤に比して,製剤1~5の何れにおいてもジアクオDACHプラチン二量体及び総類縁物質の生成割合が顕著に小さく,オキサリプラチン水溶液の安定化性が改善されている。また,安定性の改善とグリセリンの濃度との間に相関が見られる。」
「【表4】
file_10.jpgBREML 7 OC TI AMRERO MAINT © Mt Vara ost | asany Tat 2. 7 400.2500 22 | 0 139 1.98 La 1 2a 22 AS 0.10 0【0036】
表4に見られるとおり,対照製剤に比して,製剤1~5の何れにおいてもジアクオDACHプラチン二量体及び総類縁物質の生成割合が顕著に小さく,オキサリプラチン水溶液の安定化性が改善されていた。また,対照製剤及び製剤1~5における総類縁物質量が何れも,実施例1の場合(表3)と比べて減少しており,窒素ガス置換が,オキサリプラチンの安定性を高めるのに有効であることが確認された。」
これに対し,本件明細書や医薬品添加物事典(甲34)には,かかる知見は一切記載されておらず,また,エルプラットについて政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点のみならず,本件発明の優先日当時においても,オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることでこのような効果を奏することなどは知られていなかったのであるから,濃グリセリンを加えることが単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるなどということはできない。
また,医薬品医療機器等法の承認手続において,濃グリセリンの安全性について新たにデータの提出を要しないことと,本件発明の権利範囲の解釈において,濃グリセリンを添加した一審被告各製品が本件発明との関係で本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の実質同一物等に該当するかどうかは,全く別の問題である。
イ 一審原告は,一審被告各製品とエルプラットの保存による定量の数値を,それぞれの製品のインタビューフォームに記載された数値を用いて対比し,一審被告各製品に含まれるグリセリンがオキサリプラチンの自然分解を抑制する効果がないと主張する。
しかし,一審被告各製品が本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の実質同一物等に該当するかどうかは,本件発明との関係における権利範囲の解釈の問題であり,本件発明における「当該用途に使用される物」と対比されるべきである。そして,医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では,一審被告各製品は成分が異なる物であり,当該成分の相違は,本件発明との関係では,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえない,と原判決が判断したとおりであり,一審原告が主張するように,エルプラットと一審被告各製品を直接比較してその優劣を論じても意味がない。
一審原告が別紙試験結果で対比しているのは,オキサリプラチンの定量値(%)であって,ジアクオDACHプラチン二量体などの分解物の値ですらない。しかも,その定量値は,例えばエルプラットの2年後の定量値を見てもわかるとおり,「100.26~100.51」などと100%を超える数値が記載され,誤差を含む値であることが分かる。しかもその開始時の値は「99.87~100.32」というのであるから,この値が厳密なものであるとすると,エルプラットは2年の保存後において,オキサリプラチンが増加する,という奇妙な現象を示していることになり,全くつじつまが合わないことになる。
一審被告各製品及びエルプラットがいずれも採用する液体クロマトグラフィーによる定量法における測定の精度は,「2.0%以下」とされているのが常識であり(乙23),これらのオキサリプラチンの「定量」の値は測定誤差を含むものである。一審原告が示す小数点以下のパーセントの値の差異などは,もともと測定誤差の範囲内の数値にすぎないものであるから,一審被告各製品とエルプラットとの効果の差異を示すものではあり得ない。このように測定誤差を含んでいるオキサリプラチンの数値の上限値や下限値の僅かな数値の差異を比較することで分解物の大小を論ずることなどはできず,一審原告の対比は全く意味がない。
乙4公報の【表3】及び【表4】に示すとおり,一審被告各製品においてジアクオDACHプラチン二量体の抑制効果は,グリセリンを添加しない対照製剤に比べ,0.2~0.3%程度の差異であり,一審原告のオキサリプラチンのインタビューフォームにおける値の対比によって,一定期間保存後のジアクオDACHプラチン二量体の量がどのように変化しているかは,一切明らかではない。
したがって,一審原告の対比は,一審被告各製品とエルプラットとの効果の差異がないことを裏付けるものではない。
ウ また,一審原告は,オキサリプラチン水溶液にグリセリンを含有させることは従前から一般的に行われているとして甲40の1ないし4などを挙げる。
しかし,これらの公報類は,乙4の一審被告特許の出願審査過程で引用されたものも含まれるが,いずれにも一審被告発明における濃グリセリンのジアクオDACHプラチン二量体の抑制効果などは記載も示唆もされていないのであって,一審被告発明はそれらの公知例の存在にかかわらず特許されており,その実施品である一審被告各製品が周知技術・慣用技術の付加等に当たるものではないことは明らかである。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,存続期間が延長された本件特許権の効力は,一審被告による一審被告各製品の生産等には及ばず,本件請求は理由がないものと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について
(1) 法68条の2の趣旨について
法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定する。
これは,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が,「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである」(ベバシズマブ事件最判)ことに鑑み,存続期間が延長された場合の当該特許権の効力についても,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。
同条は,かかる「政令で定める処分の対象となつた物」(「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。)の範囲内では,延長された特許権の効力を及ぼすことが,政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済するために必要であると認められる反面,その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは,期間回復による不利益の解消という限度を超えて,特許権者を有利に扱うことになり,前記の延長登録の制度趣旨に反するばかりか,特許権者と第三者との衡平を欠く結果となることから,前記のとおり規定されたものである。
(2) 法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」に係る特許発明の実施行為の範囲について
政令(特許法施行令2条)では,延長登録の理由となる処分は医薬品医療機器等法の承認と農薬取締法の承認の二つの処分に限定されている。本件のように「政令で定める処分」が前者の承認(医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認)に係るものである場合においては,次のとおりであると認められる。すなわち,
ア 医薬品医療機器等法14条1項は,「医薬品…の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定し,同項に係る医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(同法14条2項,9項)と規定されている。
このことからすると,「政令で定める処分」が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「用法,用量,効能及び効果」が審査事項とされ,「用法,用量,効能及び効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,法68条の2括弧書の「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。
医薬品医療機器等法の承認処分の対象となった医薬品における,法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」及び「用途」は,存続期間が延長された特許権の効力の範囲を特定するものであるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との衡平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである。
そうすると,まず,前記のとおり,医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」であり,これらの各要素によって特定された「品目」ごとに承認を受けるものであるから,形式的にはこれらの各要素が「物」及び「用途」を画する基準となる。
もっとも,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨からすると,医薬品としての実質的同一性に直接関わらない審査事項につき相違がある場合にまで,特許権の効力が制限されるのは相当でなく,本件のように医薬品の成分を対象とする物の特許発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項は,医薬品の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」である(ベバシズマブ事件最判)ことからすると,これらの範囲で「物」及び「用途」を特定し,延長された特許権の効力範囲を画するのが相当である。
そして,「成分,分量」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右する一方で「用途」に該当し得る性質のものではないから,「物」を特定する要素とみるのが相当であり,「用法,用量,効能及び効果」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右するものではないが,前記のとおり「用途」に該当するものであるから,「用途」を特定する要素とみるのが相当である。
なお,医薬品医療機器等法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」は,薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではないから,ここでいう「成分」も有効成分に限られないことはもちろんである。
以上によれば,医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である(ただし,延長登録における「用途」が,延長登録の理由となった政令処分の「用法,用量,効能及び効果」より限定的である場合には,当然ながら,上記効力範囲を画する要素としての「用法,用量,効能及び効果」も,延長登録における「用途」により限定される。以下同じ。)。
イ 上記アによれば,相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には,対象製品は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら,政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず,衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は,政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず,これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり,第三者はこれを予期すべきである(なお,法68条の2は,「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定しているけれども,同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては,「物」についての当該特許発明の文言どおりの実施と,これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。
したがって,政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。
ウ そして,医薬品の成分を対象とする物の特許発明において,政令処分で定められた「成分」に関する差異,「分量」の数量的差異又は「用法,用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり,他の差異が存在しない場合に限定してみれば,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは,特許発明の内容(当該特許発明が,医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか,医薬品の有効成分の存在を前提として,その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか,あるいは,その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。)に基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
上記の限定した場合において,対象製品が政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば,次のとおりである。
すなわち,①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において,有効成分ではない「成分」に関して,対象製品が,政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合,②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において,対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合で,特許発明の内容に照らして,両者の間で,その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき,③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合,④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども,「用法,用量」も併せてみれば,同一であると認められる場合(本件処分1と2,本件処分5ないし7がこれに該当する。)は,これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである(なお,上記①,③及び④は,両者の間で,特許発明の技術的特徴及び作用効果の同一性が事実上推認される類型である。)。
これに対し,前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法,用量,効能及び効果」における差異がある場合は,この限りでない。なぜなら,例えば,スプレー剤と注射剤のように,剤型が異なるために「用法,用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は,その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり,また,対象とする疾病が異なるために「効能,効果」が異なる場合は,疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要であると解されるからである。
エ 最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁(ボールスプライン事件最判)は,特許発明の技術的範囲における均等の要件として,①特許請求の範囲に記載された構成と,対象製品等と異なる部分が,特許発明の本質的部分ではなく,②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき,との五つの要件(以下,上記①ないし⑤の要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)を定めている。そのため,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合にも,この要件を適用ないし類推適用することができるか否かが問題となる。
しかし,特許発明の技術的範囲における均等は,特許発明の技術的範囲の外延を画するものであり,法68条の2における,具体的な政令処分を前提として延長登録が認められた特許権の効力範囲における前記実質同一とは,その適用される状況が異なるものであるため,その第1要件ないし第3要件はこれをそのまま適用すると,法68条の2の延長登録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ,相当ではない。
すなわち,本件各処分についてみれば明らかなように,各政令処分によって特定される「物」についての「特許発明の実施」について,第1要件ないし第3要件をそのまま適用して均等の範囲を考えると,それぞれの政令処分の全てが互いの均等物となり,あるいは,それぞれの均等の範囲が特許発明の技術的範囲ないしはその均等の範囲にまで及ぶ可能性があり,法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲としては広がり過ぎることが明らかである。
また,均等の5要件の類推適用についても,仮にこれを類推適用するとすれば,政令処分は,本件各処分のように,特定の医薬品について複数の処分がなされることが多いため,政令処分で特定される具体的な「物」について,それぞれ適切な範囲で一定の広がりを持ち,なおかつ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように(例えば,本件各処分にみられるような複数の政令処分について,分量が異なる一部の処分に係る物が実質同一となることはあっても,その全てが互いに実質同一の範囲に含まれることがないように)検討する必要がある。
しかし,まず,第1要件についてみると,このような類推適用のための要件を想定することは困難である。すなわち,第1要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との差異が政令処分により特定される「物」の本質的部分ではないことと類推されるところ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように類推適用するためには,政令処分により特定される「物」の本質的部分(特許発明の本質的部分の下位概念に相当するもの)を適切に想定することが必要であると解されるものの,その想定は一般的には困難である。また,第2要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との作用効果の同一性と類推されるところ,これは,実質同一のための必要条件の一つであると考えられるものの,これだけでは実質同一の範囲が広くなり過ぎるため,類推適用のためには,第1要件やその他の要件の考察が必要となり,その想定は困難である。
以上によれば,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合には,前記の五つの要件を適用ないし類推適用することはできない。
オ ただし,一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば,延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,法68条の2の実質同一が認められることはないと解される。
(3) 対象製品が特許発明の技術的範囲(均等も含む。)に属することについて
法68条の2は,特許権の存続期間を延長して,特許権を実質的に行使することのできなかった特許権者を救済する制度であって,特許発明の技術的範囲を拡張する制度ではない。したがって,存続期間が延長された特許権の侵害を認定するためには,対象製品が特許発明の技術的範囲(均等も含む。)に属するとの事実の主張立証が必要であることは当然である。なお,このことは,法68条の2が政令処分の対象となった物についての「当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない」と規定していることからも明らかである。
2 本件についての検討
以上に基づいて,延長登録された本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否かについて判断する。
(1) 一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と同一であるか否かについて
医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶものである。
これを本件についてみるに,前記第2の2(4)アのとおり,本件処分1,同3及び同5の対象となった医薬品はエルプラット50,本件処分2,同4及び同6の対象となった医薬品はエルプラット100,本件処分7の対象となった医薬品はエルプラット200であるところ,証拠(甲3)によれば,その組成・性状は,次のとおりであると認められる。
file_11.jpgEVIFyb5O ENFFyb100 ENFFyb200 Le Ftp re 50mg/10mL. 100mg/20mL 200mg /40nl. PUSIFYER pH 4.0~7.0 BBE (ARE #30. 04file_12.jpgHICSS be) TER GHB) RABAORまた,証拠(甲3,4,11の1ないし11の6,乙3の1ないし3の3,17ないし19)及び弁論の全趣旨によれば,エルプラット50,同100及び同200は,「成分」及び「分量」のうち,「分量」のみが異なるものであって,「成分」はいずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まないものとされている(ただし,25℃±2℃/60%RH±5%RHの条件下で12か月及び24か月保存後には,0.1wt%を若干超える程度〔モル濃度換算で,5×10-5M~1×10-4Mの範囲〕のシュウ酸を含有するに至ることがある。これは,水溶液中のオキサリプラチンが時間を追って分解し,シュウ酸イオンが自然発生することに起因する。)ことが認められる。
延長登録された本件特許権の効力は,本件各処分の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ,本件各処分の「成分」は,文言解釈上,いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないものである。
これに対し,一審被告各製品の「成分」は,いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に,添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり,その使用目的が安定剤であることは,前記第2の2(4)イのとおりである。
そうすると,本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは,少なくとも,その「成分」において文言解釈上異なるものというほかなく,この点の差異が,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるとして,法68条の2の実質同一といえるのか否かを判断すべきことになる。
この点,一審原告は,一審被告各製品がいずれもオキサリプラチンを唯一の有効成分としているから,本件各処分の対象となった物に当たる旨主張する。しかし,政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった物を特定するための事項としての「成分」が有効成分に限られないことは,前示のとおりであって,採用できないというべきである。
(2) 一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるか否かについて
一審被告各製品と本件各処分における「成分」における上記差異が,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であり,実質同一の範囲内の差異か否かについては,本件発明の内容に基づき,その内容との関連で,本件各処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて,これを認定判断する必要がある。
ア 本件明細書の記載をみるに,証拠(甲2)によれば,次の記載が認められる。
「【発明の詳細な説明】
この発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。
オキサリプラティヌム…は,…ジアミノシクロヘキサン誘導体類(dach-白金)の混合物から製造した光学異性体の一つ…である。この白金錯体化合物は,例えばシスプラチンのような他の既知白金錯体化合物と同等またはそれ以上の治療活性を示すことが知られている。
…オキサリプラティヌムは,種々の型の癌…の治療的処置に使用し得る細胞増殖抑制性抗新生物薬である。
…現在,オキサリプラティヌムは,投与直前再構成用および5%ぶどう糖溶液希釈用の凍結乾燥物として,注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて,前臨床および臨床試験用に入手でき,投与は注入により静脈内に行われる。
しかし,このような投与形態は,比較的複雑で高価につく製造方法(凍結乾燥)および熟練と注意の双方を要する再構成手段の使用を意味する。さらに,実際上,このような方法は,溶液を突発的に再構成するとき間違いが起こる危険性があることが判明した;事実,凍結乾燥物から注射用医薬製剤を再構成するときまたは液剤を希釈するときに,0.9%NaCl溶液を使用するのはごく一般的である。オキサリプラティヌムの凍結乾燥形態の場合にこの溶液を誤って使用すると,有効成分に極めて有害であり,それはNaClで沈殿(ジクロローdach-白金誘導体)を生じ,上記製品の急速な分解を引き起こす。
それ故,製品の誤用のあらゆる危険性を避け,上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在) および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが,この発明の目的である。
この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。
従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。」(2頁11行目~3頁3行目)
イ 以上の本件明細書の記載によれば,オキサリプラティヌムは,種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり,本件発明は,そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である(1(2)ウの②の類型の特許発明に該当する。)。そして,本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
これによれば,本件発明においては,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,何らの添加剤も含まないことも,その技術的特徴の一つであるものと認められる。
以上によれば,本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する前記差異,すなわち,本件各処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し,一審被告各製品がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は,本件発明の上記の技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。
ウ よって,一審被告各製品は,作用効果の同一性などその余の点について検討するまでもなく,本件各処分の対象となった「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての本件発明の実施と実質同一なものとして,延長登録された本件特許権の効力範囲に属するということはできない。
(3) 技術的範囲の属否について
一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するかについても判断する。
本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との構成要件Cは,オキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であるのか,オキサリプラティヌムと水からなる水溶液であれば足り,他の添加剤等の成分が含まれる場合も包含されるのかについて,特許請求の範囲の記載自体からは,いずれの解釈も可能である。そこで,構成要件Cについては,本件明細書の記載及び出願の経過を参酌して判断する。
ア 本件明細書の記載については,前記(2)アのとおりである。
イ 証拠(甲1,2,乙12の1ないし3,乙13,14)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願経過は次のとおりである。
(ア) 一審原告は,平成7年8月7日,名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする発明につき,特許出願をした(本件出願)。
なお,本件出願は国際出願であった(国際出願PCT/IB1995/000614。特願平8-507159号。特表平10-508289号。優先権主張日:平成6年8月8日,スイス連邦。)。
(イ) 一審原告は,平成15年7月11日付けで,特許庁から法29条2項を理由とする拒絶理由通知(乙12の1)を受けた。
同拒絶理由通知は,特開昭53-031648号公報,国際公開第94/12193号パンフレット,特開平03-024017号公報を引用文献とするものであり(以下,それぞれ「引用文献1」ないし「引用文献3」という。),備考欄には,次の記載があった。
「引用例1には,オキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明が記載されているが,安定な水溶液を得ることは記載されていない点で,本願上記請求項(判決注:請求項1~9を指す。)に係る発明と相違する。
しかし引用例2には,シスプラチン及びオキサリプラティヌムからなる医薬組成物を,水溶液の形態で投与することが記載されている。また,引用例3には,シスプラチンの安定な水溶液を得る目的で,シスプラチンの濃度,及び水溶液のpHを調整することが記載されている。
したがって,引用例1に記載の発明において,オキサリプラティヌムの安定な製剤を得る目的で,オキサリプラティヌムの濃度,及び水溶液のpHを調整し,本願上記請求項に係る発明を構成することは,当業者が容易になし得た程度のことである。
また,効果についても,本願上記請求項に係る発明が,引用例1~3に記載された発明と比較して,格別有利な効果を有するとも認められない。」
(ウ) これに対し,一審原告は,平成16年1月21日付けで意見書(本件意見書。乙13)を提出し,次のとおり意見を述べた。
「[2] 本願発明の説明
本願発明の目的は,本願明細書(3)頁20行~(4)頁23行に記載のとおり,(1)オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること,かつ(2)該製剤のpHが4.5~6であることであり,さらに(3)該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである。本願の上記溶液のpHは該溶液に固有のものであり,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存する。オキサリプラティヌムは下記[3]に詳述するとおり,有機金属錯体であり,配位結合が非常に弱いという性質をもつ。このため,本願発明の構成においてのみ,安定な水溶液を得ることができる。」(2頁12~21行目)
「[3] 本願発明が特許法第29条第2項に該当しない理由
[3-1] 引用文献1について
…引用文献1はオキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明であり,安定な水溶液を得ることは記載されていない。
[3-2] 引用文献2について
引用文献2は,オキサリプラティヌムとシスプラチンを含む組成物が記載されている。該組成物は,請求項に記載のとおり,シスプラチンとオキサリプラティヌム,緩衝剤を含む凍結乾燥物であり,溶液とするための再構成を必要とする。
しかしながら,これらの化合物を含む,水溶液の『安定な』薬剤を得ることは記載されていない。さらに,…
[3-3] 引用文献3について
引用文献3にはシスプラチンの安定な水溶液を得ること,該水溶液がNaClおよびクエン酸を含むことが記載されている。
…しかしながら,当業者が引用文献3に記載されている方法に従って,オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ようとしても,オキサリプラティヌムでは困難である。なぜならば,
……上述の通り,オキサリプラティヌムは非常に弱く特にクエン酸に対して大変繊細であり,オキサリプラティヌムにおけるシュウ酸の配位はカルボン酸基のために他の配位子によって置換を受けやすい。
したがって,当業者が引用文献3に記載されている方法に従って,オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ることは非常に困難である。」(2頁25行目~4頁18行目)
「[4] まとめ
以上,[3-1]~[3-3]で述べたように,いずれの先行文献(判決注:「引用文献」の誤記と認める。以下同じ。)の場合も記載されている発明は,錯体の配位結合が弱い,特にクエン酸に対して非常に弱いというオキサリプラティヌムの固有の性質に対して,安定な水溶液を得るものではなく,これにより得られるオキサリプラティヌム水溶液の安定な製剤が,溶液の投与時の再構成を必要とせず,間違い・事故が起こる危険性が極めて低く,医療従事者が必要なときに直ぐに使用できるという本願発明が相する(判決注:「奏する」の誤記と認める。)格別な効果を開示ないし示唆する記載がない。
従って,本願発明は,先行文献1~3に記載される発明から当業者が容易に想到乃至到達できる発明はなく(判決注:「発明ではなく」の誤記と認める。),しかもこれらを組み合わせたとしても当業者が容易に想到乃至到達できる発明でもない。それ故,本願発明は先行文献1-3に対して特許性を有する。
以上のとおり,本願請求項1~9に係る発明は,引用文献1~3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることが出来たものではないので,特許法第29条第2項の規定に該当しない。」(4頁24行目~5頁10行目)
(エ) この後,一審原告は,平成16年3月19日付けで特許査定を受け,同年4月23日付けで本件特許権の登録を受けた。
ウ 以上の本件明細書の記載によれば,オキサリプラティヌムは,種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり,本件発明は,そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である。本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
他方で,本件明細書には,「該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含有する場合に生じる不都合についての記載はなく,実施例においても,添加剤の有無についての具体的条件は示されておらず,これらの添加剤を入れた比較例についての記載もない。
しかしながら,前記出願経過において一審原告が提出した本件意見書には,本件発明の目的が,「オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること」及び「該製剤のpHが4.5~6であること」に加えて,「該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」点にあること,さらに,水溶液のpHが該溶液に固有のものであって,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存すること,オキサリプラティヌムの性質上,本件発明の構成においてのみ,「安定な水溶液」を得られることがわざわざ明記されており,これらの記載を受けて,審査官が引用する引用文献1ないし3では,そのような「安定な水溶液」は得られないこと,すなわち,緩衝剤を含む凍結乾燥物やクエン酸を含む水溶液では,「オキサリプラティヌムの安定な水溶液」を得ることは(非常に)困難である旨が具体的に説明されている。
その上で,本件意見書は,本件発明が法29条2項に該当しないとの結論を導いて審査官に再考を求めているのであり,一審原告はその結果として特許査定を受けているのである。
本件明細書の前記記載やこれらの出願経過を総合的にみれば,本件発明の課題は,公知の有効成分である「オキサリプラティヌム」について,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等の化学的純度及び治療活性を示す,そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ることであり,その解決手段として,オキサリプラティヌムを1~5mg/mlの範囲の濃度と4.5~6の範囲のpHで水に溶解したことを示すものであるが,更に加えて,「該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」ことをも同等の解決手段として示したものである。
以上によれば,本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」(構成要件C)との文言は,本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって,他の添加剤等の成分を含まないことを意味するものと解さざるを得ない。
これに対し,一審被告各製品は,オキサリプラチンと注射用水のほか,有効成分以外の成分として,オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有するものであるから,一審被告各製品は,その余の構成について検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属さないものといわざるを得ない(なお,(1)及び(2)のとおり,本件においては,法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲についての判断が先行したが,これは本事案の経緯とその内容に鑑み,そのようになったにすぎず,通常は,まず,相手方の製品が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを先に判断することも検討されるべきである。)。
(4) 小括
以上のとおりであるから,一審被告各製品に対し,延長登録された本件特許権の効力は及ばない。
3 当審における一審原告の追加的主張について,必要な限度で判断する。
(1) 一審原告は,延長登録された特許権の効力範囲における実質同一物等に当たるかどうかは,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に基づいて検討すべきものである以上,問題とすべきは,「先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた成果に全面的に依拠して,安全性の確保等法令で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得ているかどうか」であり,技術的範囲の通常の理解に照らして検討するのは誤りである,そして,一審被告各製品のように,添加剤を異にする後発医薬品であっても,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができなかったことにより得られた安全性の確認等の成果に全面的に依拠して,自らは安全性の確保等に関して法令で定めた試験等を行うことなく,承認を得て製造,販売しているものであれば,当然に実質同一物等に該当すると解釈すべきである旨主張する(その論拠として,後発医薬品としての一審被告各製品の位置付けや,後発医薬品において使用される添加剤に関し厳格な規制が存することなどを挙げる。)。
しかしながら,一審原告の主張は,要するに,医薬品の承認制度の面から,後発医薬品として承認されたものは全て実質同一物等に当たる(先発医薬品に係る特許発明の効力が及ぶ)と断じるに等しく,法68条の2の制度趣旨や解釈論を無視するものであって,採用することはできない。
すなわち,後発医薬品は,先発医薬品と同一の有効成分を同一量含み,同一経路から投与する製剤で,効能・効果,用法・用量が原則的に同一であり,先発医薬品と同等の臨床効果・作用が得られる医薬品をいい,両者の間に有効性や安全性について基本的な相違がないことが前提である。また,先発医薬品と異なる添加剤を使用することがあっても,薬理作用を発揮したり,有効成分の治療効果を妨げたりする物質を添加剤として使用することはできず,医薬品としての承認に当たっては,生物学的同等性試験により主成分の血中濃度の挙動が先発医薬品と同等であることの確認が求められるものとされている(甲30,弁論の全趣旨)。このように,後発医薬品は,先発医薬品と治療学的に同等であるものとして製造販売が承認されるものであり,先発医薬品と代替可能な医薬品として市場に提供されることが前提であるから,そもそも医薬品としての品質において先発医薬品に依拠するものであることは当然である。しかし,これは飽くまで有効成分や治療効果(有効性,安定性を含む。)が原則として同一であるということを意味するにすぎず,特許発明の観点からその成果に依拠するかどうかを問題にしているわけではない。
これに対し,延長登録された特許権の効力範囲における実質同一は,特許権の効力範囲を画する概念である。前記のとおり,①法68条の2の規定は,特許権の存続期間の延長登録の制度が,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであることに鑑み,存続期間が延長された場合の当該特許権の効力についても,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものであり,②医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当であるものの,③これらの各要素によって当該特許権の効力範囲が画されるとしても,これらの各要素における僅かな差異や形式的な差異によって延長登録された特許権の効力が及ばないとすることは延長登録の制度趣旨に反し,衡平の理念にもとる結果となるから,これらの差異によっても,なお政令処分の対象となった医薬品と実質同一の範囲で,延長された当該特許権の効力が及ぶと解すべきである。
したがって,延長登録された特許権の効力範囲における「成分」に関する差異,「分量」の数量的差異又は「用法,用量」のうち「効能,効果」に影響しない数量的差異に関する実質同一は,当該特許発明の内容に基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえてこれを判断すべきであり,これを離れて,医薬品としての有効成分や治療効果(有効性,安定性)のみからこれを論じるべきものではない。少なくとも,法68条の2が,およそ後発医薬品であるが故に,すなわち,先発医薬品と同等の品質を備え,これに依拠するが故に直ちに特許権の効力を及ぼそうとする趣旨のものでないことは明らかである。
しかるに,一審原告の主張は,当該特許発明の内容に関わらず,いわば医薬品としての有効成分や治療効果のみに着目して延長された特許権の効力範囲を論ずるものであり,これは前記のとおりの法68条の2の制度趣旨や解釈論に反することが明らかであって,採用することはできないというべきである。
(2) 一審原告は,一審被告各製品は,厚生労働省が医薬品添加物の使用実態調査を行い,その結果から作成されたリストである医薬品添加物事典(甲34)に記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量を遵守して使用されている濃グリセリンが添加されただけのものであり,単なる周知技術・慣用技術の付加であり,新たな効果を奏しないことは明らかであるから,仮に原判決に従っても,実質同一物等に該当する,また,オキサリプラチンが自然分解することを抑制する効果を見るために,一審被告各製品とエルプラットとを比較する試験を行ったが,その結果は別紙試験結果のとおりであり,これによれば,かかる効果の差は存在しなかった,などと主張する。
しかしながら,一審被告各製品がオキサリプラチンと注射用水のほかに,オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有するとの差異は,前記認定の本件発明の内容とその技術的特徴に照らし,僅かな差異や全体的にみて形式的な差異であるということはできないのであるから,これを実質同一とみることはできず,このことは,濃グリセリンの添加が単なる周知技術・慣用技術の付加にすぎないかどうか,オキサリプラチンが自然分解することを抑制する効果があるかどうかといったことによって影響されることではない。
よって,一審原告の主張はその当否について検討するまでもなく,採用することはできない。
(3) 一審原告は,特許請求の範囲における「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言の解釈は,別件訴訟の判決において,既に決着済みの争点であり,添加剤を含む一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に属することは明らかであるし,一審被告が問題とする本件意見書(乙13)の内容は,飽くまで本件明細書に記載された発明を説明したものにすぎず,本件発明が法29条2項に該当しない理由として,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」という点を引用文献との差を出すために主張したことはない,と主張する。
しかしながら,そもそも,一審原告が指摘する別件訴訟は,本件の一審被告とは別の当事者が提起した審決取消訴訟であって,同訴訟における理由中の判断は本件の審理判断に対して何ら拘束力を持つものではない。
また,前記2(3)ウで説示したところによれば,本件意見書における「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」とのくだりが,正に引用文献に記載された発明との差異を説明するために主張されたものであり,法29条2項に該当しない理由として主張されたものであることも明らかといえる。
よって,上記一審原告の主張もまた失当である。
第5結論
以上によれば,一審原告の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,一審原告の本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 清水節 裁判官 髙部眞規子 裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 寺田利彦)
file_13.jpg別紙