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知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10019号 判決 2016年10月27日

原告

ボーズ・コーポレーション

訴訟代理人弁理士

村山靖彦

阿部達彦

黒田晋平

被告

特許庁長官

指定代理人

酒井朋広

森川幸俊

富澤哲生

田中敬規

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2014-21175号事件について平成27年9月7日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成19年9月26日を出願日とする特許出願(特願2007-249618号。パリ条約に基づく優先権主張:平成18年12月22日(以下「本願優先日」という。),優先権主張国:米国)の一部について,平成24年8月28日,発明の名称を「導波構造体を有するポータブルオーディオシステム」とする分割出願(特願2012-187311号。請求項の数9。以下「本願」という。)をした。

原告は,本願について,平成25年9月10日付けの拒絶理由通知を受け,同年12月16日付けで手続補正をしたが,平成26年8月27日付けで拒絶査定を受けた。

原告は,同年10月20日,拒絶査定不服審判を請求(以下「本件審判請求」という。)するとともに,同日付け手続補正書(甲6)により,特許請求の範囲の補正を含む手続補正(以下「本件補正」という。)をした。

(2)  特許庁は,本件審判請求について,不服2014-21175号事件として審理を行い,平成27年9月7日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年9月24日,その謄本が原告に送達された。なお,本件審決については,出訴期間として90日が付加された。

(3)  原告は,平成28年1月22日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件補正前のもの

本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正前の請求項1に係る発明を「本願発明」という。また,本願の明細書と図面を併せて,「本願明細書」という。)。

「【請求項1】

ハウジングと,

前記ハウジングに結合されている電子音響回路と,

前記ハウジングから出る音響出口であって,利用者の片手の複数の指でハウジングを把持可能な形状とされる前記音響出口と,

前記ハウジングの内側に位置するドライバーからの音響エネルギが放射される際に通過する,前記ハウジングの前面に形成されている網目状のグリルと,

を備えている装置において,

前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置しており,

前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも1つの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの後面に形成されていることを特徴とする装置。」

(2)  本件補正後のもの

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲6。以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。なお,下線部は,本件補正による補正箇所である。)。

「【請求項1】

ハウジングと,

前記ハウジングに結合されている電子音響回路と,

前記ハウジングから出る音響出口であって,利用者の片手の複数の指でハウジングを把持可能な形状とされる前記音響出口と,

前記ハウジングの内側に位置するドライバーからの音響エネルギが放射される際に通過する,前記ハウジングの前面に形成されている網目状のグリルと,

を備えている装置において,

前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置しており,

前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも1つの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの後面に形成されており,

前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されていることを特徴とする装置。」

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,要するに,①本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に当たるところ,本願補正発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である特開平11-308681号公報(甲1。以下「引用例1」という。)及び特開2005-269634号公報(甲2。以下「引用例2」という。)に記載された発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反し,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである,②本願発明の構成要素を全て含み,さらに他の構成要件を付加した本願補正発明が,引用例1及び引用例2に記載された発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることからすると,本願発明も,同様の理由により,引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,③したがって,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その余の請求項について言及するまでもなく,本願は拒絶すべきである,というものである。

(2)  本件審決が認定した引用例1(甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明

「スピーカを機器本体に一体的に構成したポータブルオーディオ装置において,

前記機器本体にスピーカダクトを設けて指で把持できる大きさである把持部を構成したポータブルオーディオ装置。」

イ 本願補正発明と引用発明の一致点

「ハウジングと,

前記ハウジングに結合されている電子音響回路と,

前記ハウジングから出る音響出口であって,利用者の片手の複数の指でハウジングを把持可能な形状とされる前記音響出口と,

を備えている装置において,

前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置しており,

前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングに形成されていることを特徴とする装置。」である点。

ウ 本願補正発明と引用発明の相違点

(ア) 相違点1

本願補正発明は,「前記ハウジングの内側に位置するドライバーからの音響エネルギが放射される際に通過する,前記ハウジングの前面に形成されている網目状のグリル」を備えているのに対し,引用発明は,スピーカについて具体的な特定がされていない点。

(イ) 相違点2

本願補正発明は,前記親指が前記ハウジングの「頂面及び前記前面のうち少なくとも1つ」の表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの「後面」に形成されているのに対し,引用発明は,音響出口が後面に形成されていない点。

(ウ) 相違点3

本願補正発明は,「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」のに対し,引用発明は,そのような特定がされていない点。

第3原告の主張

1  本願補正発明の独立特許要件の判断の誤り

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)

本件審決は,「前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置して」いること及び「前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングに形成されていること」を,本願補正発明と引用発明の一致点として認定するが,以下のとおり,引用例1には,親指を機器本体30の表面に添えること,利用者の片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することについては何ら記載されていないから,本件審決には,上記一致点の認定に誤りがあり,その結果,相違点を看過した誤りがある。

ア 親指を機器本体30の表面に添えることについて

(ア) 引用例1(甲1)には,機器本体30の把持部132の構成を示す図面として,図6ないし8(別紙2参照)が記載されている。

しかるところ,これらの図に示される構成についての引用例1の記載(図6について段落【0023】,図7について段落【0024】,図8について段落【0026】)をみても,把持部132に挿入する指の状態についての記載はあるものの,親指を機器本体30のいずれかの表面に添えることについては何ら記載されていない。

(イ) 被告は,機器本体30を持ち上げる場合には,親指を機器本体30の表面に添える方が安定し自然であるから,そのことは引用例1に記載されているに等しい事項である旨主張する。

しかし,引用例1の図6及び7に示される構成は,機器本体30の両側面部130に形成された把持部132それぞれに片手の指を挿入した状態を示しており,このように両手で機器本体30を保持する場合には,親指を機器本体30の表面に添えなくても,機器本体30を十分安定した状態で保持することができる。

また,引用例1の図8に示される構成は,機器本体30の側面部130に形成された把持部132に片手の指を挿入した状態を示しているところ,この場合,「指掛け部136に指を引掛けて支持できるので1つの把持部132を片手で把持するだけで機器本体30全体を吊り下げるように持てる」(段落【0027】)ことになるが,この状態では,指掛部136に指を引っ掛けていることから,親指を機器本体30の表面に添えなくても,機器本体30を十分安定した状態で保持することができる。むしろ,この状態で,機器本体30の表面に親指を添えようとすると,片手の親指に他の複数の指を引き寄せる必要が生じ,そのためにかけた力によって片手に負荷がかかってしまうから,そうしない方が自然である。

したがって,機器本体30を持ち上げる場合に,親指を機器本体30の表面に添えることが自然であるとはいえず,そのことが引用例1に記載されているに等しい事項であるとする被告の主張は失当である。

イ 片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することについて

(ア) 引用例1の図6及び7に示される構成では,機器本体30の両側面部130それぞれにスピーカダクト134及び把持部132が設けられており,両スピーカダクト134に両手の指を挿入し,機器本体30を抱え込むようにして持ち上げるものとされている。

したがって,上記構成においては,「片手で」機器本体30を把持することは想定されていない。

(イ) 他方,引用例1の図8に示される構成では,「片手で」機器本体30を支持することが一応記載されている。

しかし,引用例1の図8についての記載では,「指掛け部136に指を引掛けて支持できるので1つの把持部132を片手で把持するだけで機器本体30全体を吊り下げるように持てる」(段落【0027】)とされ,把持部132の指掛け部136に片手の複数の指を引っ掛けて機器本体30を吊り下げているのであって,「親指」を用いて把持部132を把持することを想定しているとはいえない。

(ウ) したがって,引用例1には,図6ないし8に示されるいずれの構成に関しても,「片手」の複数の指及び「親指」で機器本体30を把持することについては何ら記載されていない。

ウ 片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持する構成とすることの困難性

上述のとおり,引用例1には,「片手の」複数の指及び「親指」で機器本体30を把持することは何ら記載されてはいないところ,引用例1の機器本体30が旧来のポータブルオーディオ装置であって,大型で重量があるものであることに鑑みると,引用例1の図6及び7に示された構成では,両側面部130の把持部132に各々の手の指を挿入した状態で機器本体30を持ち上げると,仮に親指を機器本体30の表面に添えた場合であっても,各々の親指は,機器本体30のうち把持部132が形成されている側面部130に添えられることが自然であり,親指を両側面部130以外の表面に添えることは想定されない。

また,引用例1の図8に示された構成においては,指掛け部136に指を引掛けて機器本体30を片手で吊り下げるように持つことになるが,その際,仮に親指を機器本体30の表面に添えた場合であっても,親指は,機器本体30の側面部130に添えられ,片手の複数の指と親指とで指掛け部136と外部とから側面部130を挟み込むことが自然であり,親指を側面部130以外の表面に添えることは想定されない。

したがって,引用例1の記載に基づいて,「片手の」複数の指及び「親指」で機器本体30を把持する構成とすることが,容易に想到できたものとはいえない。

エ 小括

以上によれば,引用例1には,「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置して」いること及び「前記親指が前記ハウジングの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングに形成されていること」については記載されていないから,これらの点について,本願補正発明と引用発明の一致点であるとした本件審決の認定は誤りであり,ひいては,相違点を看過するものである。

そして,上記相違点は,引用例1の記載に基づいて容易に想到できたものとはいえないから,上記の一致点の認定の誤り・相違点の看過は,審決の結論に影響を及ぼすものであって,審決の取消事由となる。

(2)  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)

本件審決は,相違点2に係る本願補正発明の構成(前記親指が前記ハウジングの「頂面及び前記前面のうち少なくとも1つ」の表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの「後面」に形成されている構成)について,引用例1の「スピーカで発せられる低温(判決注:低音の誤記)は指向性が乏しいので,スピーカダクト134は機器本体30の外表面の任意の所へ開口することができるから,ダクト穴134Aを有する把持部132を任意の位置に設けられる。」(段落【0027】)との記載を根拠として,引用例1の記載から当業者が容易に想到し得たことである旨判断する。

しかし,本件審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。

ア 引用例1の図6及び7の構成によれば,スピーカダクト134は機器本体30の相対向する2箇所に形成されるから,スピーカダクト134が機器本体30の後面部に形成される場合には,もう1つのスピーカダクト134が機器本体30の前面部に形成されることとなる。ところが,機器本体30の前面部にはオペレーションパネル32などが設けられていることから,図6及び7の構成において,スピーカダクト134を機器本体30の後面部に形成することは,非現実的であり,阻害要因がある。

イ また,引用例1の図8の構成によれば,スピーカダクト134が機器本体30に1つのみ形成されてもよいが,スピーカダクト134を機器本体30の後面部に1つ形成したとしても,指掛け部136に指を引っ掛けて機器本体30を片手で吊り下げるように持つことになることから,片手の親指が機器本体30の表面に触れることはないと考えられる。また,仮に親指が機器本体30の表面に触れるとしても,親指をスピーカダクト134が設けられた面に添えれば,親指と他の指で機器本体30を挟み込んで持つことができるから,親指をそれ以外の面に添えることは自然ではない。

したがって,引用発明において,引用例1の段落【0027】の記載から,機器本体30の後面部にスピーカダクト134が設けられるとしても,片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持する構成とする際に,親指の添えられる位置を,「ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも一つの表面」となるような位置関係とすることは,当業者が容易に想到できるものではない。

(3)  取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)

本件審決は,相違点3に係る本願補正発明の構成(前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている構成)について,引用例2に「音響ドライバーと幹開口部とを導波管を介して接続する」ことが記載されていることから,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することは低音域音響出力手段として普通に採用されている構成であるとした上で,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせて相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである旨判断する。

しかし,本件審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。

ア 本願明細書の「導波管202の開端部200がハウジング102の後面192に設けられている」(段落【0038】)との記載からすれば,本願補正発明における「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」との構成は,音響出口とドライバーとの間を導波管で接続していること,すなわち,音響出口とドライバーとの間に導波管以外のものが「介在していない」ことを意味すると解釈すべきである。

イ 一方,引用例2には,「ハウジング内の後方開口部406(開放部の例)は,いくつかの垂直開口部609(スロット)を備えており,空間610によって幹開口部604から分離されている。この例における空間610は,32ミリメートルであるが,ハウジングの構成に応じてより大きくあるいはより小さくすることができる。」(段落【0035】)として,後方開口部406が,空間610によって幹開口部604から分離され,幹開口部604に接続されていないものが記載されており,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することは記載されていない。

このように,引用例2には「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」ことについての記載はなく,また,音響出口を導波管に接続することが低音域音響出力手段として普通に採用されている構成であるとも認められないから,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせても,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることはできない。

ウ また,引用例1に,「スピーカで発せられる低温(判決注:低音の誤記)は指向性が乏しい」(甲1号証の段落【0027】)と記載されていることからすると,引用例2のオーディオ装置においては,幹開口部604から放射された低音は,その一部がハウジングによって遮蔽され,全てが後方開口部406を通って外部に放射されるようにはなっていない。したがって,引用例2のオーディオ装置は,空間610の存在によって後方開口部406から放射される低音の音響効果が劣化するものであるから,このような引用例2の記載事項を引用発明に適用することには阻害要因がある。

しかも,引用例2の装置は,そもそも後方開口部406が指を入れる形状となっていないものであるから,その点からも引用例2の記載事項を引用発明に適用することはできない。

エ 以上によれば,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせて相違点3に係る本願補正発明の構成とすることを,当業者が容易に想到し得たとする本件審決の判断は,誤りである。

(4)  小括

以上の次第であるから,本願補正発明について,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとして,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りである。

2  本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由4)

仮に,本件補正が却下されるとしても,前述の取消事由1及び2は,本願発明についても同様に妥当するものであるから,本願発明について,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断は,誤りである。

第4被告の主張

1  本願補正発明の独立特許要件の判断の誤りに対し

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)に対し

原告は,引用例1には,親指を機器本体30の表面に添えること,利用者の片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することについては何ら記載されていないから,本件審決には,一致点の認定に誤りがあり,その結果,相違点を看過した誤りがある旨主張する。

しかしながら,以下に述べるとおり,原告の上記主張には理由がない。

ア 親指を機器本体30の表面に添えることについて

引用例1の図6ないし8には,親指を添えることについての直接的な記載はないが,これらの図は,把持部132に入る指を示したものであって,機器本体30を持ち上げたときの指の状態を示したものではない。そして,機器本体30を持ち上げる場合には,把持部132内に入った指以外に,親指を使う(親指を機器本体30に添える)方が安定し自然であり,逆に親指が機器本体30のどこにも触れないように持ち上げる方が不安定さもあり不自然である。このように,引用例1においても,機器本体30を持ち上げる際には,親指が,把持部132以外の部分に触れ,機器本体30の表面に添うことは自明である。

また,引用例1の段落【0027】には,「このように把持部132に指掛け部136を設けた場合には,使用者が把持部132から手が滑り出さないように指掛け部136に指を引掛けて支持できるので1つの把持部132を片手で把持するだけで機器本体30全体を吊り下げるように持てる。よって,機器本体30の外面上の任意の位置に把持部132を単数設けるように構成することが可能となる。」と記載されているが,このように片手で把持して持ち上げる場合には,親指と把持部132に入った指とで機器本体30を挟み込むようにして持ち上げることが自然であるから,親指は,機器本体30の表面に添うことになる。

以上によれば,親指を機器本体30の表面に添えることは,引用例1に記載されているに等しい事項であるから,本件審決の一致点の認定には,原告が主張するような誤りはない。

イ 片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することについて

上記アで述べたとおり,親指を機器本体30の表面に添えることは,引用例1に記載されているに等しい事項である。そして,引用例1のポータブルオーディオ装置は,図1から把握される機器本体30のサイズや外形形状からしても,また,一般的な持ち方からしても,これを「片手」で持ち上げる場合,把持部132に片手の複数の指を引っ掛けるだけで親指を離した(親指が機器本体30のどこにも添わない)持ち方では不安定と考えられるから,複数の指に加え,親指も用いて把持することになると考えるのが自然である。

したがって,片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することも,引用例1に記載されているに等しい事項であるから,本件審決の一致点の認定には,原告が主張するような誤りはない。

ウ 上記ア及びイで述べたとおり,本件審決の一致点の認定に誤りはないから,この点の誤りを前提とする原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)に対し

ア 原告は,引用例1の図6及び7の構成によれば,スピーカダクト134が機器本体30の相対向する2箇所に形成されることを前提に,スピーカダクト134を機器本体30の後面部に形成することは,非現実的であり,阻害要因がある旨主張する。

しかし,本件審決は,一致点の認定に際して,「…利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置しており,…」と認定することを前提に,相違点2の判断につき,引用例1の段落【0027】の記載(段落【0027】には「把持部132を単数設けるように構成することが可能」との記載がある。)に基づいて,後面部にスピーカダクトを設けることが容易想到であるとするものであって,2箇所のスピーカダクトのうちの一方を後面部に形成することが容易想到であるとするものではないから,原告の上記主張は理由がない。

イ また,原告は,引用例1の図8の構成において,指掛け部136に指を引っ掛けて機器本体を片手で吊り下げて持つ際には,親指をスピーカダクト134が設けられた面以外の面に添えることは自然ではないから,引用発明において,片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持する構成とする際に,親指の添えられる位置を,「ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも一つの表面」となるような位置関係とすることは,当業者が容易に想到できるものではない旨主張する。

しかし,一般に,機器本体を片手で持つ場合でも両手で持つ場合でも,把持部内の指と把持部外の指(親指)とで本体の一部を挟み込むようにして持つのが自然である。そして,親指の添え方は,把持部から該把持部が形成された面以外の面までの距離や手の大きさとの関係で決まるものであり,最終的には,把持部の形成位置に依存するものといえるところ,「片手の」複数の指及び「親指」で機器本体を把持する構成とする際に,親指が添えられる位置を,「ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも1つの表面」となるような位置関係とすることは,当業者が容易に想到することができたものである。

したがって,原告の上記主張も理由がない。

ウ 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)に対し

原告は,本願補正発明における「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」との構成は,音響出口とドライバーとの間に導波管以外のものが「介在していない」ことを意味すると解釈した上で,引用例2においては,後方開口部406が,空間610によって幹開口部604から分離されており,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することは記載されていないなどとして,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせることによって,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえない旨主張する。

しかしながら,以下に述べるとおり,原告の上記主張には理由がない。

ア 本願補正発明における「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」との構成は,「…を介して接続する」との表記の通常の用法からして,音響出口とドライバーとの接続経路に導波管以外のものが介在するか否かを問わないものと解される。

そうすると,引用例2には,空間610が介在するとしても,後方開口部406が導波管を介して左側及び右側音響ドライバー235a,235bと接続することが記載されており,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することが記載されているといえるから,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせることによって,相違点3に係る本願補正発明の構成が得られるものといえる。

イ また,引用例1の図1及び図6ないし8においては,機器本体30に,音響の通路である管状のスピーカダクト134の一端の音響出口が直接形成されていることが見て取れるから,引用例1及び2に接した当業者は,引用発明のスピーカダクトに引用例2に記載された技術事項を組み合わせる際,空間610を含めずに組み合わせ,スピーカダクトを導波管の一部とし,かつハウジングに音響出口が直接形成された状態を維持することも,当然に想定するといえる。

したがって,本願補正発明の「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」との構成について,音響出口とドライバーとの間に導波管以外のものが「介在していない」ことを意味するとする原告の上記解釈を前提としても,引用発明に記載されたスピーカダクトに引用例2に記載された技術事項を組み合わせて相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることといえる。

ウ また,原告は,引用例2のオーディオ装置においては,空間610の存在により放射される低音の音響効果が劣化するものであること及びそもそも後方開口部406が指を入れる形状となっていないものであることから,引用例2の記載事項を引用発明に適用することはできない旨主張する。

しかし,引用例2の「幹開口部は,該幹開口部から放射される音がハウジングの後方開口部を通って空間608内へ通過するように方向付けられている。音のより低い周波数成分は,全方向的に放射してリスニング領域に到達し,スピーカーから放射された音と結合する。」(段落【0036】)との記載によれば,空間610が存在しても,垂直開口部(スリット)609から放射される音による低音の音響効果は十分良好であると考えられる。

また,音響出口が「指を入れる形状」となっていることは,引用例1に記載されており,本願発明と引用発明との一致点となるものである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

エ 以上によれば,原告主張の取消事由3は理由がない。

2  本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由4)に対し

原告は,取消事由1及び2は本願発明についても同様に妥当するものであるから,本願発明について,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,原告主張の取消事由1及び2に理由がないことは,上記1(1)及び(2)で述べたとおりであるから,原告主張の取消事由4にも理由がない。

第5当裁判所の判断

1  本願補正発明の独立特許要件の判断の誤りについて

(1)  本願補正発明について

ア 本願補正発明に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,前記第2の2(2)のとおりである。

イ 本願明細書(甲5)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙1を参照)。

(ア) 【技術分野】

【0001】

音響導波管は,例えばBose社製のBose(登録商標) WAVE(登録商標)ラジオ,WAVEラジオ/CDやACOUS‘T’C WAVEミュージックシステムのようなオーディオシステムで利用される。

(イ) 【課題を解決するための手段】

【0007】

導波管は,利用者の片手の複数の指でハウジングを容易に把持可能な形状を有する開端部を含んでいる。…

【0008】

本発明の他の態様は,ハウジングを有している装置として実施される。電子音響回路はハウジングに結合されている。音響出口はハウジングから出る。音響出口は,利用者の片手の複数の指でハウジングを容易に把持可能な形状とされる。音響出口は,導波管又はポートに対する出口である。

【0009】

音響出口は,ハウジングの外面に隣接して位置している。ハウジングの外面及び開端部の形状は,利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングを容易に把持可能とする。一の実施例では,音響出口はフレア状の端部を含んでいる。音響出口の内面は網目状の表面を含んでいる。網目状の表面は,利用者の手の複数の指で音響出口の内面を容易に把持可能とする。

(ウ) 【発明を実施するための形態】

【0017】

図1Aは,ポータブルオーディオシステム100の斜視前面図である。ポータブルオーディオシステム100は,ハウジング102及びドッキングクレードル104を含んでいる。例えばMP3プレーヤーのような携帯音楽プレーヤー106は,ドッキングクレードル104に接続されていることが図示されている。ドッキングクレードル104は,本明細書で以下に詳述するようにハウジング102に対して回転可能とされる。ポータブルオーディオシステム100は,ハウジング102の側面114に位置している1つ以上のコントロールボタン110,112を含んでいる。例えばコントロールボタン110,112は,音量コントロールボタン,トラック選択コントロールボタン,スキップボタン,停止ボタン,一時停止ボタン,巻き戻しボタン,早送りボタン,及び/若しくは再生ボタンであるか,又は任意の他の所望の機能を制御するように構成されている。さらに,コントロールボタンは,ハウジング102の任意の所望の表面に配置させることができる。…

【0034】

図5A~図5Cのそれぞれは,本発明のポータブルオーディオシステム100の上面図,前面図,及び側面図である。図5Aの上面図は,開位置に位置しているドッキングクレードル150を表わす。ポータブルオーディオシステム100の前面190は曲面である。前面190は,平面又は任意の他の所望の面形状であっても良い。図5Aには,携帯電源120がポータブルオーディオシステム100の後面192に取り付けられていることも図示されている。

【0035】

図5Bは,ポータブルオーディオシステム100の前面図である。網目状のグリル194が前面190に接着されている。ポータブルオーディオシステム100内側のドライバー(図示しない)からの音響エネルギは,実質的に阻害されることなくグリル194を通じて放射される。さらに,グリル194は,ポータブルオーディオシステム100の最終的な外観を提供すると共に,外部からのゴミからドライバー(driver)を保護するように構成されている。グリル194は,金属,プラスチック,布や任意の他の適切な材料から作られている。

【0038】

図6Aは,導波管202の開端部200がハウジング102の後面192に設けられていることも表わす。開端部200は,ポータブルオーディオシステム100のためのハンドルとして機能するような形状及び大きさとされる。類する位置及び形状であっても,導波管の代わりに開口された音響筐体(ported acoustic enclosure)(図示しない)を利用することによって,ポータブルオーディオシステムのポートの出口として利用可能とされる。導波管又はポートのいずれか一方の開口部は,一般に音響出口(acoustic exit)と称されている。例えば,開端部200は利用者の多数の指によって容易にハウジング102を把持可能な形状とされている。ハンドルはポータブルオーディオシステム100を移動させるために利用される。

【0040】

図6Bは,図6Aのポータブルオーディオシステム100の他の斜視背面図である。ポータブルオーディオシステム100を運搬する一の方法が表わされている。利用者の手206の1本以上の指204が導波管202の音響出口200に入れられている。利用者の手206の親指208は,ポータブルオーディオシステム100の前面190(図5Aを参照)に対して添えられている。代替的には,親指208は,ポータブルオーディオシステム100の頂面210に対して添えられている。

【0046】

図8は,導波管300を備えたポータブルオーディオシステム100内部の斜視図である。導波管300は,トランク導波管部302及び2つのブランチ導波管部304a,304bを含んだスプリット導波管構造体として示されている。ブランチ導波管部304a,304bの連結端306a,306bは,トランク導波管部302に結合されている。トランク導波管部の頂部308における開端部の断面の長辺は,連結端310における断面の長辺と異なる方向に向いている。トランク導波管部302が,この長辺の向きの変化によって,トランク導波管部302の頂部308における断面形状の短辺312を中心として屈曲されている。さらに,トランク導波管部302の連結端310における縦横比は,トランク導波管部302の連結端310における縦横比と異なる場合がある。

【0049】

ブランチ導波管部304a,304bのそれぞれは,内部通路を形成し,導波管のいずれか一方の端部でドライバー322a,322bを収容する第1の左部分320a及び第1の右部分320bの一方からブランチ連結部324まで延在し,且つ,折り畳まれた連続的な管である。トランク導波管部302は,ブランチ連結部324からフレア状の端部を有する単一のトランク開口部326まで延在している。前記折り畳まれた連続的な管のそれぞれは,各ブランチ導波管部304a,304b内部に小区画(subsection)を形成している。各小区画は,導波管の前方から後方に延在しているバッフル又はパネルによって区分されている。ハウジング102は,例えば一体型のMP3プレーヤー,CDプレーヤー,ラジオ,AMアンテナ,アンプ(amplifier)及び/又は電源のような他の構成部品を支持することもできる。

ウ 前記ア及びイの記載を総合すれば,本願明細書には,本願補正発明について,携帯音楽プレーヤー等を接続して使用する音響導波管を用いたポータブルオーディオシステムに関する発明であり,請求項1記載の構成を採用することにより,利用者の多数の指によって容易にハウジングが把持可能となり,ポータブルオーディオシステムを運搬することができるものであることが開示されていると認められる。

(2)  引用例1の記載事項について

引用例1(甲1)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図1,2,5ないし9については別紙2を参照)。

ア 【0001】

【発明の属する技術分野】この発明は,スピーカを有し,手で持ち運ぶための把持手段を備えたポータブルオーディオ装置に関する。

イ 【0002】

【従来の技術】従来のポータブルオーディオ装置には,図9に例示するような,MD(ミニディスク)記録,編集,再生機能,CD(コンパクトディスク)再生機能,及びラジオ受信機能を有するポータブルオーディオシステム機器(携帯用音響機器)がある。

ウ 【0009】

【発明が解決しようとする課題】…従来のポータブルオーディオ装置では,機器本体10の両横にそれぞれバスレフ用のダクト24が設けられてより大形化したスピーカ16部分を配置するという制限を受けるため,機器本体10の中央部に設定できる狭い範囲内に多数のスイッチ類20,大形のディスプレイ22と,機器本体10内に格納用の広い奥行きを必要とするCDディスクトレイ14,及びMD挿入口18を配置せねばならず,各スイッチ類20の配置が雑然となったり,機器本体10全体の大きさに制限が生じる等,デザイン上の自由度が制限されてしまう。

【0010】さらに,機器本体10を吊り下げて持ち運ぶため,図9に例示するような回動して収納可能なハンドル26を設ける場合,このハンドル26が機器本体10の中央部にあるスイッチ類20等を配置した部分に架け渡されることになる。このため機器本体10の中央部位に,ハンドル26の両端支持部を軸着する軸支部を配置するためのスペースと,このハンドル26を不使用のときにその握り棒部分26Aをディスプレイ22の後ろへ倒し込んで格納するためのスペースとを割かなくてはならないため,この機器本体10のスペース上の制限がより大きくなる。これとともに,ポータブルオーディオシステム機器全体について見ると,ハンドル26の本体とこれを軸着するための部品等の音声発生に関与しない付属的な部品点数が増え,オーディオ機能に対するコストパフォーマンスが悪くなるという問題がある。

【0011】本発明は上述の点に鑑み,機器本体の前側面又は上面部分におけるスペースを有効利用して設計上の制限の緩和を図り,さらには,ハンドルに関する部品点数を減じて製品のコストパフォーマンスを向上可能としたポータブルオーディオ装置を新たに提供することを目的とする。

エ 【0012】

【課題を解決するための手段】本発明の請求項1記載のポータブルオーディオ装置は,スピーカを機器本体に一体的に構成したポータブルオーディオ装置において,機器本体における相対向する2箇所に,それぞれ凹部を形成し,この凹部の一部にスピーカダクトを開口させ,又は凹部の全内周に渡って一連に連続するようスピーカダクトを設けた把持部を構成したことを特徴とする。

【0013】上述のように構成することにより,相対向して配置された把持部を両手で両側から挟み持つようにして機器本体を持ち上げ運搬できる。よって機器本体に軸支用取付部品を用いてハンドルを装着することを不用とし,ハンドル及び取付部品を削減可能とする。

オ 【0020】

【発明の実施の形態】以下,本発明のポータブルオーディオ装置の実施の形態について,図1乃至図8によって説明する。図1は,本実施の形態に係るポータブルオーディオ装置におけるオペレーションパネルを閉じた状態を示す全体斜視図で,図2はそのオペレーションパネルを開いた状態を示す全体斜視図であり,これらの図で30は機器本体,32はオペレーションパネルを示す。

【0021】この機器本体30は,全体が略三角柱と横に寝せた形状に構成され,その長手方向両横部にはそれぞれスピーカ部34が配設されている。この機器本体30には,その相対向する2箇所,例えばその長手方向両端に当たる各スピーカ部34の各側面部130にそれぞれスピーカダクトを利用した把持部132が設けられている。このため,図1,図5,及び図6に示すように各スピーカ部34のスピーカボックスの壁の一部を構成する側面視略三角形状の各側面部130の所定部を長円形状の凹部に形成し,この凹部の底面132Aの一部にスピーカダクト134のダクト穴134Aを開口させるよう構成されている。

【0022】このバスレフ用のスピーカダクト134は,種々の音響特性を考慮してその形状寸法等が設計されており,ダクト穴134Aの穴の形状寸法も大きな要因となっている。本実施の形態では,このダクト穴134Aを横長の楕円形に形成し,把持部132の凹部底面132Aの幅L1と同等に形成している。なお,このダクト穴134Aの開口形状は設計上の要請により任意に構成でき,把持部132の凹部の底面132Aの一部に形成するばかりでなく,この把持部132の凹部の全内周をダクト穴134Aの開口に構成しても良い。なお,この場合には,把持部132の凹部内に底面が形成されないことになる。さらに,ダクト穴134Aの開口の径を拡大したい場合には,把持部132の凹部を同様に拡径すれば良い。

【0023】この把持部132は,その凹部の底面132Aまでの奥行きを,指が十分に入り込んで把持できる大きさ,及び深さに構成する。この図6に図示する把持部132では,その底面132Aのダクト穴134A内に一部の指を深く挿入して掛け,底面132Aがある部分には浅く入れて掛けることにより把持するよう構成されている。

【0024】この把持部132は,図7に他の構成例を示すように,その凹部の底面132Aまでの奥行きを深く構成しても良い。この場合には,図7に示すようにダクト穴134Aの開口端近くの周壁の一部134Bを残し,凹部の底面132Aをダクト穴134Aの長さ方向へ指を伸ばして挿入できるように後退させた位置に一体形成する。すなわち,凹部の底面132Aからダクトの開口端近くの周壁の部分を延出させて,凹部の開放口側へダクト穴134Aを開口させるよう構成する。このように構成した場合には,ダクト穴134Aに入る指と凹部における底面132A側へ入る他の指との間にダクト周壁の一部134Bが挟まれた状態で把持されることになる。

【0025】このように,スピーカダクトのダクト穴134Aの全長を把持部132の凹部内まで延長して構成することにより,スピーカダクトの全長を把持部132の凹部開口近くから機器本体30内に渡って設定できるので(底面132Aから延出するダクト周壁の一部134Bの高さ分の距離の有効利用を図ることができるので),スピーカダクトの音響特性を十分に構成し,かつ機器全体の小型化を図ることができる。

【0026】また,把持部132は,図8にさらに他の構成例を示すように,その凹部の上側の側壁134Cの一部を矩形の凹部を形成するよう断面逆U字状に形成した指掛け部136を設けて構成しても良い。この指掛け部136は,図8に例示する如く,指の第1関節が入る程度の奥行きに形成されている。さらに機器本体30における各側面部130の外面から把持部132の指掛け部136内へ,把持する先端が回り込むようにして入れられるよう,それぞれ側面部130の外面近くの所定位置に形成されている。また,この指掛け部136は,把持部132内の底面132がある側に設けるばかりでなく,ダクト穴134Aの上側の側壁部分に設けても良い。

【0027】このように把持部132に指掛け部136を設けた場合には,使用者が把持部132から手が滑り出さないように指掛け部136に指を引掛けて支持できるので1つの把持部132を片手で把持するだけで機器本体30全体を吊り下げるように持てる。よって,機器本体30の外面上の任意の位置に把持部132を単数設けるように構成することが可能となる。なお,スピーカで発せられる低温(判決注:「低音」の誤記)は指向性が乏しいので,スピーカダクト134は機器本体30の外表面の任意の所へ開口することができるから,ダクト穴134Aを有する把持部132を任意の位置に設けられる。

【0028】また,この把持部132は,これを構成するダクト穴134Aの開口周部を含む凹部の開口周部を,側面部130の平面に向けてラッパ状に広がるよう滑らかに湾曲して形成し,この把持部132に手を掛けて把持するときに手が痛くないように形成してある。

【0029】この把持部132は,その側面部130における,図5の側面図の紙面に直交する方向で重心を通る直線が把持部132のダクト穴134Aを含む凹部内を通過する部位に配置することが望ましい。このように把持部132を,配置すれば,使用者がその両手で機器本体30の両端の把持部132を把持して機器本体30の全体を長手方向両端から挟み付けるように持った場合に,機器本体30の長手方向の中心軸の回りに回転するモーメントを抑制でき,バランス良く安定して機器本体30を持ち運び可能となる。

【0030】さらに,機器本体30が中心軸の回りに回動しないよう中心軸の回りのモーメントを打ち消すため把持部132を強く把持する必要がないから,機器本体30を軽く把持して持ち運ぶことができる。なお,機器本体30の相対向するよう対応した2箇所に把持部132を設けた場合には,両手で両側から把持部132を挟み持つようにする。

(3)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について

原告は,引用例1には,親指を機器本体30の表面に添えること,利用者の片手の複数の指及び親指で機器本体30を把持することについては何ら記載されていないから,本件審決が,①「前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置して」いること(以下「一致点①」という。)及び②「前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングに形成されていること」(以下「一致点②」という。)を,本願補正発明と引用発明の一致点と認定したことは誤りであり,その結果,本件審決には相違点を看過した誤りがあって,この点は,審決の結論に影響を及ぼす旨主張するので,以下検討する。

ア 本願補正発明の構成のうち,上記一致点①に対応する「前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置して」いるとの構成は,「音響出口」と「ハウジングの外面」との位置関係を特定したものであり,両者の位置関係が「隣接」するものであり,かつ,その「隣接」の状態が「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするよう」なものであることを規定したものと理解される。そして,本願補正発明の他の構成において,「音響出口」は,「利用者の片手の複数の指でハウジングを把持可能な形状」とされ,また,「前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも1つの表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの後面に形成され」るものとされていることからすると,「音響出口」と「ハウジングの外面」との「隣接」の状態が「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするよう」なものであるとは,利用者の片手の親指以外の「複数の指」を「音響出口」に挿入した際に,当該片手の親指が「ハウジングの外面」に添えられ,これらの指が協働して「ハウジングの把持を可能とするように」,「音響出口」と「ハウジングの外面」が隣接した位置にあることを意味するものと理解することができる。なお,ここで「把持」とは,「手にしっかり持つこと。手に握ること。」(広辞苑第6版)を意味するものと解される。

また,本願補正発明の構成のうち,上記一致点②に対応する「前記複数の指が前記音響出口に挿入可能とされるように,且つ,前記親指が前記ハウジングの…表面に添えられているように,前記音響出口がハウジング…に形成されて」いるとの構成は,「音響出口」が「ハウジング」に形成される態様について,前記のとおり「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持」を行う際に,片手の親指以外の「複数の指」が「音響出口に挿入可能とされるように」なっているとともに,当該片手の「親指」が「ハウジングの表面に添えられるように」になっていること(すなわち,片手の親指以外の指を音響出口に挿入した際に,当該片手の親指をハウジングの表面のどこかに添え得るような構成となっていること)を意味するものと理解することができる(本願補正発明においては,「音響出口」が「ハウジング」に形成される態様について,更に,「音響出口」が形成される「ハウジング」の位置を「後面」に特定するとともに,「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持」を行う際に,片手の「親指」が添えられる「ハウジングの表面」を「頂面及び前記前面のうち少なくとも一つ」に特定するものであり,これらの点は,本願補正発明と引用発明との相違点2に係る構成となる。)。

イ 以上のような理解を前提に引用例1に記載されたポータブルオーディオ装置の構成をみるに,スピーカダクトにより構成される把持部132(本願補正発明の音響出口に相当)は,機器本体30(本願補正発明のハウジングに相当)の相対向する2箇所,例えばその長手方向両端に当たる各スピーカ部34の各側面部130にそれぞれ設けられるものとされるところ(段落【0021】),各側面部130は機器本体30の「外面」の一部であるから,上記把持部132が機器本体30の外面に隣接して位置していることは明らかである。また,引用例1の図1,5ないし8に示されたポータブルオーディオ装置の構成によれば,利用者が上記把持部132を把持する際には,利用者の片手の親指以外の複数の指が把持部132に挿入されることとなるが,その際,当該片手の親指を機器本体30の「表面」に添え得るような構成となっていることは,優にこれを認めることができる。

そうすると,引用例1記載の発明においては,把持部132(音響出口)が機器本体30(ハウジング)の外面に「隣接」して位置しており,かつ,その「隣接」の状態は,利用者の片手の親指以外の複数の指を把持部132に挿入するとともに,当該片手の親指を機器本体30の表面に添えることにより,「利用者の片手の複数の指及び親指で機器本体30(ハウジング)の把持を可能とするよう」なものであると認められる。

また,把持部132(音響出口)が機器本体30(ハウジング)に形成される態様は,「利用者の片手の複数の指及び親指で機器本体30(ハウジング)の把持」を行う際に,片手の親指以外の「複数の指」が「把持部132(音響出口)に挿入可能とされるように」なっているとともに,当該片手の「親指」が「機器本体(ハウジング)の表面に添えられているように」になっているものであると認められる。

以上によれば,上記一致点①及び②は,いずれも本願補正発明と引用発明の一致点であると認めることができる。

ウ 原告の主張について

(ア) これに対し,原告は,引用例1の図6ないし8に示される構成についての記載(段落【0023】,【0024】及び【0026】)をみても,親指を機器本体30のいずれかの表面に添えることについては何ら記載されておらず,また,引用例1の図6ないし8に示される構成において,把持部132に片手の複数の指を挿入すれば,親指を機器本体30の表面に添えなくても,機器本体30を安定した状態で保持することができるから,親指を機器本体30の表面に添えることが自然であるとはいえず,そのことが引用例1に記載されているに等しい事項であるともいえないとして,本件審決の上記一致点②の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら,前記アで述べたとおり,一致点②に対応する本願補正発明の構成は,「音響出口」が「ハウジング」に形成される態様について,「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持」を行う際に,片手の親指以外の「複数の指」が「音響出口に挿入可能とされるように」なっているとともに,当該片手の「親指」が「ハウジングの表面に添えられるように」なっていることを規定したものと解されるから,前記イのとおり,引用例1に記載されたポータブルオーディオ装置の構成として,把持部132(音響出口)が同様の態様で機器本体30(ハウジング)に形成されていることが認められる以上,この点を本願補正発明と引用発明との一致点と認定することができるというべきであり,引用例1の記載中に,親指を機器本体30のいずれかの表面に添えることについての明示的な記載がないからといって,上記一致点②の認定が妨げられるものではない。また,原告が主張するように,引用例1に記載されたポータブルオーディオ装置について,把持部132に片手の複数の指を入れて把持する際に,親指を機器本体30の表面に添えなくても機器本体30を安定した状態で保持することができるとしても,そのことによって,当該装置の構成として,「親指」が「ハウジングの表面に添えられるように」なっていることが否定されるものではない。

したがって,原告の上記主張には理由がない。

(イ) また,原告は,引用例1の図6及び7に示される構成について,機器本体30の両側面部130それぞれにスピーカダクト134及び把持部132が設けられており,両スピーカダクト134に両手の指を挿入し,機器本体30を抱え込むようにして持ち上げるものとされ,「片手で」機器本体30を把持することは想定されていないから,上記一致点①に係る構成を有しない旨主張する。

しかしながら,前記アで述べたとおり,本願補正発明の構成のうち,一致点①に対応する「前記音響出口の形状及び前記外面が利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするように,前記音響出口が前記ハウジングの外面に隣接して位置して」いるとの構成は,「音響出口」と「ハウジングの外面」との位置関係について,両者が「隣接」するものであり,かつ,その「隣接」の状態が「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするよう」なものであることを規定したものであるところ,ここでいう「把持」とは,前記アで述べたとおり,「手にしっかり持つこと。手に握ること。」を意味する用語であり,手に握ったものを持ち上げることまでをもその意味に含む用語ではないから,「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするよう」なものの意味を,利用者がハウジングを把持した上でこれを持ち上げる際に,「片手」のみで持ち上げるようなものに限定しなければならない理由はない。

したがって,引用例1の図6及び7に示される構成が,両側面部の各スピーカダクト134に両手の指を挿入し,機器本体30を抱え込むようにして持ち上げるようなものであるからといって,上記一致点①に対応する構成を有しないものということはできない。むしろ,上記構成においても,両側面部の各スピーカダクト134及び把持部132は,それぞれが機器本体30(ハウジング)の外面に「隣接」して位置しており,かつ,その「隣接」の状態は,「利用者の片手の複数の指及び親指でハウジングの把持を可能とするよう」なものであることが認められるのであるから,上記一致点①に係る構成を有するものと認められる。

なお,原告は,引用例1の図8に示される構成についても,上記一致点①に係る構成を有しない旨主張するが,当該構成について検討するまでもなく,引用例1の図6及び7に上記一致点①に係る構成を有する発明が記載されていることは,上記のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

エ 以上によれば,本件審決が,上記一致点①及び②を本願補正発明と引用発明の一致点と認定したことに誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。

(4)  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)について

原告は,相違点2に係る本願補正発明の構成(前記親指が前記ハウジングの「頂面及び前記前面のうち少なくとも1つ」の表面に添えられているように,前記音響出口がハウジングの「後面」に形成されている構成)について,引用例1の記載から当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。

ア 引用例1の図1,6及び7に示される構成においては,スピーカダクトにより構成される把持部132(本願補正発明の音響出口に相当)は,機器本体30(本願補正発明のハウジングに相当)の相対向する各側面部130にそれぞれ設けられるものとされている。

他方,引用例1の段落【0027】には,把持部132に指掛け部136を設けた場合には,使用者が把持部132から手が滑り出さないように指掛け部136に指を引掛けて支持することができ,1つの把持部132を片手で把持するだけで機器本体30全体を吊り下げるように持てることになるから,機器本体30の外面上の任意の位置に把持部132を単数設けるように構成することが可能となること,スピーカで発せられる低音は指向性が乏しいので,スピーカダクト134は機器本体30の外表面の任意の所へ開口することができるから,ダクト穴134Aを有する把持部132を任意の位置に設けられることが記載されている。

しかるところ,引用例1の図1,6及び7に示される上記構成に,上記段落【0027】に記載された技術事項を適用すれば,把持部132に指掛け部136を設けることにより,両側面部に2箇所あった把持部を1箇所とし,かつ,その位置を任意に選択して,機器本体の後面に形成することは,当業者が容易に想到し得たことであるといえる。そして,このように,機器本体の後面に1箇所の把持部を形成した場合,任意に選択され得る把持部の位置いかんによって,利用者の片手の親指以外の複数の指が当該把持部に挿入される際に,当該片手の親指が機器本体の上面に添えられるようになることは,当然想定されることであり,また,そのような位置に把持部を設けることは,片手の親指以外の複数の指と親指とで機器本体の一部を挟み込むようにして把持することを可能にするものであるから,ポータブルオーディオシステムを手で把持して運搬するための把持部の構成として,自然なものということができる。

してみると,引用発明に引用例1に記載された技術事項を適用することにより,相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるといえる。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,引用例1の図6及び7の構成によれば,スピーカダクト(すなわち,把持部)は機器本体の相対向する2箇所に形成されることになるが,スピーカダクトを機器本体の後面部に形成すると,もう1つのスピーカダクトをオペレーションパネルなどが設けられた前面部に形成することとなるから,スピーカダクトを機器本体の後面部に形成することには阻害要因がある旨主張する。

しかしながら,上記アで述べたとおり,引用発明に引用例1に記載された技術事項を適用した場合に想定されるのは,両側面部に2箇所あった把持部を1箇所とし,それを機器本体の後面に形成する構成であるから,機器本体の相対向する2箇所に把持部を形成することを前提とする原告の上記主張に理由がないことは明らかである。

(イ) また,原告は,引用例1の図8に基づき,スピーカダクトを機器本体の後面部に1つ形成することを前提としても,その場合には,指掛け部136に指を引っ掛けて機器本体を片手で吊り下げるように持つことになることからすると,片手の親指が機器本体の表面に触れることはないと考えられ,あるいは,仮に親指が機器本体の表面に触れるとしても,親指をスピーカダクト134が設けられた面に添えれば,親指と他の指で機器本体を挟み込んで持つことができるので,親指をそれ以外の面に添えることは自然ではないから,親指の添えられる位置を「ハウジングの頂面及び前記前面のうち少なくとも一つの表面」となるような位置関係とすることは,当業者が容易に想到できるものではない旨主張する。

この点,引用発明に引用例1記載の技術事項を適用し,把持部に指掛け部を設けることにより,両側面部に2箇所あった把持部を1箇所とし,機器本体の後面に形成した場合には,把持部に挿入した片手の親指以外の複数の指を指掛け部に引っ掛けて機器本体を片手で吊り下げるように持つことが想定されることは原告主張のとおりである。しかし,このような持ち方の場合に,当該片手の親指が機器本体の表面に触れることはないなどと断ずることはできないというべきであり,むしろ,物を把持する際には,親指とそれ以外の指で物を挟み込むようにすることが通常であることからすると,上記のような機器本体の持ち方を前提としても,親指を機器本体の表面に添えるようにすることは,自然に考えられる状態ということができる。

また,親指を添える機器本体の表面上の位置については,原告主張のとおり,親指が機器本体のスピーカダクト(すなわち,把持部)が設けられた面に添えられるようにして,親指と他の指で機器本体の把持部付近を挟み込むようにして持つことも想定し得るが,だからといって,親指が機器本体の上面に添えられるようにして,親指と他の指で機器本体のより広い範囲を挟み込むようにして持つことが想定できないとはいえず,そのような持ち方が不自然なものであるともいえない。

したがって,原告の上記主張には理由がない。

ウ 以上によれば,相違点2に係る本願補正発明の構成について,引用例1の記載事項から当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。

(5)  取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)について

原告は,相違点3に係る本願補正発明の構成である「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」とは,音響出口とドライバーとの間に導波管以外のものが「介在していない」ことを意味するとした上で,引用例2においては,後方開口部406が,空間610によって幹開口部604から分離されており,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することは記載されていないから,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせても,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることはできないなどとして,本件審決の相違点3についての容易想到性の判断には誤りがある旨主張するので,以下検討する。

ア まず,本願補正発明における「前記音響出口が,導波管を介して前記ドライバーに接続されている」との構成は,「音響出口」と「ドライバー」とが「接続されていること」及び当該接続の態様が「導波管を介して」のものであることを規定するものであるところ,ここでいう「導波管を介して」の接続とは,「音響出口」と「ドライバー」の間に「導波管」が介在することを要する構成であることは明らかであるものの,「導波管のみを介して」の接続である旨の限定が付されていないことからすれば,原告が主張するように,「導波管」以外のものが介在しないことまで要する構成であると解することはできないというべきである。

この点,原告は,本願明細書の「導波管202の開端部200がハウジング102の後面192に設けられている」(段落【0038】)との記載をその主張の根拠とするところ,確かに,当該段落及びその説明の対象とされる図6Aには,導波管の一方の開端部が,空間等を介在させることなく,ハウジングの後面に設けられた音響出口に直接接続される構成のポータブルオーディオシステムが記載されているものといえる。しかしながら,当該記載は,一実施例の態様を説明する記載にすぎないから,当該記載のみを根拠に,本願補正発明の構成について,特許請求の範囲の文言からは直ちに導き出されない限定を付加する解釈をすることはできないというべきである。そして,本願明細書の他の記載をみても,本願補正発明における「音響出口」と「ドライバー」との接続が導波管以外のものが介在しないものでなければならないことを明示ないし示唆する記載は認められない。

したがって,相違点3に係る本願補正発明の構成を満たすためには,「音響出口」と「ドライバー」とが接続されており,かつ,その接続の態様が「導波管を介して」のものであることを要するが,原告が主張するように,「導波管」以外のものが介在しないことを要するものとはいえない。

イ そこで,以上の理解を前提に,引用例2(甲2)の記載事項について検討する。

(ア) 引用例2(甲2)には,次のような記載がある(引用例2の図5,6A,6B,7A,7C及び11については別紙3を参照)。

【0013】

ここで述べられる実施例にとって,「導波管」は,特定の特徴を有するように規定されている。具体的には,ここで使用される導波管は,該導波管の作動最低周波数に関連した長さを有する音響筐体のことを指し,該導波管の長さに沿って音波を伝播させるために音響エネルギー源に接続されるように適合している。導波管はまた,自由空気に面した横断面領域を有する1つ以上の導波管出口部あるいは開口部を備えており,前記横断面領域は,音響エネルギー源によって該導波管内に接続されたエネルギーが前記導波管出口部を通して自由空気に放射されることを許容する。…

【0024】

図6A~6Eと図7A及び7Cとをまとめて参照すると,導波管は,該導波管の左側及び右側部分に位置する左側及び右側フレーム230a,230bを備え,かつ,左側及び右側音響ドライバー235a,235b(概略的に示す)を備えている。ドライバーは放射面(図示せず)をそれぞれ備えており,該放射面は,自由空気の方を向く第1側面と,該第1側面とは反対側の,導波管内の方を向く第2側面とを有している。

【0025】

図6A~6Eは,導波管幹状セクション255と左側及び右側枝状セクション240a及び240bとの詳細図を示している。各枝状セクションは,折り曲げられた連続するチューブであり,該チューブは,内部通路を画成し,導波管の両端部にドライバーを備えた左側及び右側フレームのうちの一方から枝接続部250まで延びている。幹状セクション255は,枝接続部からフレア形状の端部を有する1つの幹開口部260まで延びている。折り曲げ部のそれぞれは,各枝状セクション内にサブセクションを画成している。各サブセクションは,導波管の前部から後部まで延びる隔壁あるいはパネルによって境界が規定されている。導波管ハウジングはまた,例えばCDプレーヤー,AMアンテナ及び電源などのコンポーネントを支持することができる。図示された音響導波管システムは,枝状セクションにプログラム情報を供給するために音響エネルギー源を使用した電子装置(図示せず)をさらに備えていてもよい。

【0035】

ラジオが使用された図11及び12に示されるように,ドライバー235a及び235bは,一般にリスニング領域602に向かう方向600を向き,幹開口部604(導波管の音開口部の例)は,空間608の方向606を向いている。ハウジング内の後方開口部406(開放部の例)は,いくつかの垂直開口部609(スロット)を備えており,空間610によって幹開口部604から分離されている。この例における空間610は,32ミリメートルであるが,ハウジングの構成に応じてより大きくあるいはより小さくすることができる。前記空間を小さく維持することにより,統合化オーディオシステムのコンパクトな構成を許容する。しかし,前記空間が小さすぎると,複数のリブ611とそれらが分離させた複数のスロット609との構成が,後方開口部406から放射される音を歪ませる乱流を生じさせるかもしれない。したがって,そうしないと生じてしまうであろう歪みを減少させる(あるいは実質的に除去する)ために十分大きな空間を形成することが望ましい。幹開口部604は,放射される音における乱流の減少にも貢献するフレア形状を有している。幹開口部が後部を向いているため,前記フレア形状は,空間が貴重となる前部壁内に比べて容易に収容されることができる。後方開口部406は,従来の金属あるいは布の格子や,スロット,穴あるいは他の開口部などの他のパターンを含む様々な構成を有することができる。

【0036】

幹開口部は,該幹開口部から放射される音がハウジングの後方開口部を通って空間608内へ通過するように方向付けられている。音のより低い周波数成分は,全方向的に放射してリスニング領域に到達し,スピーカーから放射された音と結合する。より高い周波数歪み成分のような,幹開口部から放射された音のより高い周波数成分は,リスニング領域から離れる方向に放射される傾向にあり,より聞き取りにくくなる。

(イ) 以上によれば,引用例2には,音響放射を利用したオーディーシステム装置において,音響ドライバー(235a及び235b)に導波管(255,240a及び240b)が接続され,導波管の他端には音を放射する幹開口部(604)が設けられ,該幹開口部は,ハウジングの後方開口部(406)に向けられており,該幹開口部と該後方開口部との間には,空間610が介在する構成のものが記載されているものと認められる。

このように,引用例2記載の上記装置においては,音響ドライバーに接続される導波管の幹開口部とハウジングの後方開口部(本願補正発明の音響出口に相当)との間に,空間610が介在するところ,上記幹開口部は,該幹開口部から放射される音がハウジングの後方開口部を通って空間608内へ通過するように方向付けられているものであり(段落【0036】),また,上記空間610は,後方開口部に設けられた複数のリブ611とそれらが分離させた複数のスロット609との構成が,後方開口部406から放射される音を歪ませる乱流を生じさせるおそれがあることに鑑み,そのような歪みを減少させる(あるいは実質的に除去する)ために必要なものとして形成されるものであること(段落【0035】)からすると,上記空間610は,音響ドライバーから発せられる音響エネルギーが導波管及びその幹開口部を経て,後方開口部から空間608に放射されるまでの経路の一部をなすものであり,その存在によって,音響ドライバーと後方開口部との間の接続関係が否定されるようなものとはいえないから,上記装置の音響ドライバーと後方開口部は,導波管及び空間610を介して接続されているものと認めることができる。

そして,相違点3に係る本願補正発明の構成について上記アで述べたとおりの解釈を前提とすれば,引用例2には,オーディオシステム装置において,「音響出口が導波管を介してドライバーに接続されること」が記載されているものといえる。

ウ しかるところ,引用発明と引用例2記載の装置は,いずれもスピーカ部を備えたオーディオ装置という共通の技術分野に属するものであり,また,引用例1の「スピーカで発せられる低温(判決注:「低音」の誤記)は指向性が乏しいので,スピーカダクト134は機器本体30の外表面の任意の所へ開口することができる…」(段落【0027】)との記載からすれば,引用発明においても,引用例2の装置と同様に,スピーカダクト(引用例2の後方開口部に相当)は,低音域音響を出力することを想定していることが理解できるから,引用発明に対し引用例2記載の技術事項を適用することには動機付けがあるものといえる。

してみると,引用発明に上記イで認定した引用例2の記載事項を適用することにより,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであると認められる。

エ 原告の主張について

(ア) 原告は,引用例2には,音響出口を導波管を介してドライバーと接続することが記載されていないとの前提に立った上で,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせても相違点3に係る本願補正発明の構成とすることはできない旨主張するが,このような主張がその前提において理由がないことは,上記ア及びイで述べたとおりである。

(イ) また,原告は,スピーカから発せられる低音は指向性に乏しいとされていることからすると,引用例2のオーディオシステム装置においては,幹開口部604から放射された低音は,空間610が存在することにより,その一部がハウジングによって遮蔽され,全てが後方開口部406を通って外部に放射されないため,放射される低音の音響効果が劣化するものであるから,このような引用例2の記載事項を引用発明に適用することには阻害要因がある旨主張する。

しかしながら,原告主張のように,引用例2のオーディオシステム装置において,幹開口部604から放射された低音の全てが後方開口部406を通って外部に放射されないものであるとしても,そのことが放射される低音の音響効果にどれほどの影響を与えるのかは明らかでなく,少なくとも引用例2の記載事項を引用発明に適用することの阻害要因となるほどの音響効果の劣化を生じさせるものであることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(ウ) さらに,原告は,引用発明に引用例2の記載事項を適用できないことの理由として,引用例2の装置はそもそも後方開口部406が指を入れる形状となっていないものであることを挙げる。

しかし,ここで問題となるのは,片手の複数の指が挿入可能な形状の把持部132(音響出口)の構成を備える引用発明において,引用例2に記載の「音響出口が導波管を介してドライバーに接続される」という技術事項(すなわち,オーディオ装置のハウジング内の構造に係る技術事項)を適用することにより,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることの可否であるところ,当該技術事項の適用に当たって,両者の音響出口の形状に関する技術事項(すなわち,オーディオ装置のハウジングの外側の音響出口の形状に係る技術事項)が共通していなければならない理由は認められないというべきであるから,原告の上記主張も理由がない。

オ 以上によれば,引用発明に引用例2に記載された技術事項を組み合わせて相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。

(6)  小括

以上のとおりであるから,本願補正発明について,引用例1及び2に記載された発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,独立特許要件を欠くものであるとして,本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはなく,この点に関する原告主張の取消事由1ないし3はいずれも理由がない。

2  本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由4)について

原告は,本願補正発明の独立特許要件の判断に係る取消事由1及び2に理由があることを前提に,これらの取消事由は本願発明の進歩性の判断にも同様に妥当するものであるから,本願発明について,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,原告主張の取消事由1及び2に理由がないことは,前記1(3)及び(4)で述べたとおりである。

したがって,原告主張の取消事由4も理由がない。

3  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)

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