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知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10056号 判決 2017年9月11日

原告

三菱化学株式会社訴訟承継人

三菱ケミカル株式会社

(以下「原告三菱ケミカル」という。)

原告

三菱ケミカルフーズ株式会社

(旧商号:三菱化学フーズ株式会社)

(以下「原告三菱フーズ」という。)

原告ら訴訟代理人弁護士

北原潤一

同訴訟代理人弁理士

小林純子

丸山智裕

被告

理研ビタミン株式会社

訴訟代理人弁理士

岩谷龍

勝又政徳

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2014-800165号事件について平成28年1月19日にした審決のうち,「特許第5252873号の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  三菱化学株式会社(以下「三菱化学」という。)及び原告三菱フーズは,平成19年10月3日,発明の名称を「コーヒー飲料」とする特許出願(特願2007-259409号。優先日は平成18年10月4日,優先権主張国は日本国。)をし,平成25年4月26日,特許権の設定登録を受けた(特許第5252873号。請求項の数は4。以下,この特許を「本件特許」という。)。

(2)  被告は,平成26年9月30日,本件特許について無効審判請求をした。

特許庁は,上記無効審判請求を無効2014-800165号事件として審理し,平成27年7月17日付けで審決の予告をした。

これを受けて,三菱化学及び原告三菱フーズは,平成27年9月18日,本件特許について,特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。

特許庁は,平成28年1月19日,本件訂正を認めた上で,「特許第5252873号の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月28日,三菱化学及び原告三菱フーズに送達された。

(3)  三菱化学及び原告三菱フーズは,平成28年2月26日,本件訴訟を提起した。

原告三菱ケミカルは,平成29年4月1日に三菱化学を吸収合併したため,本件訴訟手続を受継した。

2  特許請求の範囲の記載

本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(甲52。下線部分は本件訂正による訂正箇所である。以下,各請求項に記載された発明を,請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,これらを総称して「本件発明」という。また,本件訂正後の明細書及び図面(甲52,41)を「本件明細書」という。)。

【請求項1】

重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%含有し,コーヒー飲料中の,マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が次の(A)及び(B)の条件の少なくとも1つを満足することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料。

(A)  ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する。

(B)  ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である。

【請求項2】

トリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであり,且つ,エステル置換度が30%以下である請求項1に記載のコーヒー飲料。

【請求項3】

コーヒー抽出物を温度20~80℃,pH3.0~8.0の条件下,マンナン分解酵素で15分以上多糖類低分子化処理し,次の(A)及び(B)の条件の少なくとも1つを満足する多糖類を含有するコーヒー抽出物を得,得られたコーヒー抽出物に,乳成分と,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法。

(A)  ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する。

(B)  ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である。

【請求項4】

トリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれるいずれかであり,且つ,エステル置換度が30%以下である請求項3に記載の乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法。

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであるが,その要旨は,以下のとおりである。なお,本件審決の判断に用いられた引用文献は,下記のとおりである。

甲1:特開2002-272375号公報

甲2:特開平7-184546号公報

甲3:特開2003-47406号公報

甲4:特開平10-165152号公報

甲5:特開平11-75683号公報

甲6:特開平11-75684号公報

甲7:特開平11-75685号公報

甲8:特開2004-229566号公報

甲9:缶詰時報, vol.84, no.10(2005 年 10 月) p.34-36

甲10:缶詰時報, vol.85, no.2(2006 年 2 月) p.50

甲11:日本缶詰協会第45回技術大会(平成8年11月14・15日)プログラム p.7

(1)  本件発明1について

ア 甲1ないし3記載の発明のいずれかに基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲1記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲1発明」という。),甲2記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲2発明」という。)又は甲3記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲3発明」という。)のいずれかと甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した上記各引用発明の内容並びに本件発明1と各引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 各引用発明の内容

(a) 甲1発明

「コーヒー抽出液,牛乳由来の乳原料,及び乳化剤としてのショ糖脂肪酸エステルを含むコーヒー飲料の原料成分を,ガラクトマンナナーゼ活性及び酸性プロテアーゼ活性の両方を有する糸状菌(Aspergillus niger)起源の酵素セルロシンGM5Pで処理する工程を含む方法により製造されたコーヒー飲料。」

⒝ 甲2発明「

コーヒー抽出液を,マンナン分解酵素であるガマナーゼ1.5Lによる処理と,脱脂粉乳,全粉乳,砂糖,乳化剤としてのシュガーエステル,及びアルカリ性ナトリウム塩である炭酸水素ナトリウム添加による処理に付すことにより製造されたコーヒー飲料。」

⒞ 甲3発明

「コーヒー液の一部に事前にガラクトマンナン分解酵素セルロシンGM5を溶解してなる酵素液によるコーヒー液の処理工程を含む方法により製造された,砂糖,牛乳,シュガーエステル及び炭酸水素ナトリウムを含有するコーヒー飲料。」

b 本件発明1と各引用発明の一致点(いずれの引用発明についても同じ。)「乳化剤を含有し,コーヒー飲料中に,マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類を含む,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と各引用発明の相違点(いずれの引用発明についても同じ。)

(相違点1)

乳化剤が,本件発明1は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%」であるのに対して,各引用発明は「ショ糖脂肪酸エステル」である点。

(相違点2)

マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が,本件発明1は「(A)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する」,「(B)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である」という条件の少なくとも1つを満足するものであるのに対して,各引用発明はこの点が特定されていない点。

イ 甲4記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲4記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲4発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲4発明の内容並びに本件発明1と甲4発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲4発明の内容

「乳化剤としてのトリグリセリン脂肪酸モノエステルを100~5000ppm含有するコーヒー乳飲料。」

b 本件発明1と甲4発明の一致点

「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.01~0.5重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲4発明の相違点

(相違点3)

本件発明1は「マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類」が「(A)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する」,「(B)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である」という条件の少なくとも1つを満足するものであるのに対して,甲4発明はこの点が特定されていない点。

ウ 甲5記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲5記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲5発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲5発明の内容並びに本件発明1と甲5発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲5発明の内容

「重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル0.025%~0.3%及びショ糖脂肪酸エステル0.015%~0.3%を含有するミルクコーヒー。」

b 本件発明1と甲5発明の一致点

「ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.025~0.3重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲5発明の相違点

(相違点1)

ポリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明1は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステル」であるのに対して,甲5発明は「重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル」である点。

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記イ(イ)c)と同じ。

エ 甲6記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲6記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲6発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲6発明の内容並びに本件発明1と甲6発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲6発明の内容

「重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル0.02%~0.3%及びショ糖脂肪酸エステル0.03%~0.3%を含有するミルクコーヒー。」

b 本件発明1と甲6発明の一致点

「ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.02~0.3重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲6発明の相違点

(相違点1)

本件発明1と甲5発明の相違点1(前記ウ(イ)c)と同じ。

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記イ(イ)c)と同じ。

オ 甲7記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲7記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲7発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲7発明の内容並びに本件発明1と甲7発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲7発明の内容

「重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル0.025%~0.3%及びショ糖脂肪酸エステル0.005%~0.3%を含有するミルクコーヒー。」

b 本件発明1と甲7発明の一致点

「ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.025~0.3重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲7発明の相違点

(相違点1)

本件発明1と甲5発明の相違点1(前記ウ(イ)c)と同じ。

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記イ(イ)c)と同じ。

カ 甲8記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲8記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲8発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲8発明の内容並びに本件発明1と甲8発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲8発明の内容

「平均重合度が2~3のポリグリセリン脂肪酸エステル0.0001%~0.3%を含有するコーヒー乳飲料。」

b 本件発明1と甲8発明の一致点

「ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.3重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲8発明の相違点

(相違点1)

ポリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明1は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステル」であるのに対して,甲8発明は「平均重合度が2~3のポリグリセリン脂肪酸エステル」である点。

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記イ(イ)c)と同じ。

キ 甲9記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明1は,甲9記載の「コーヒー飲料」に係る発明(以下「甲9発明」という。)と甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲9発明の内容並びに本件発明1と甲9発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲9発明の内容

「牛乳13%及びトリグリセリン脂肪酸エステルである理研ビタミン製ポエムTRP-97RFを200若しくは300ppm添加したコーヒー,又は牛乳25%及びトリグリセリン脂肪酸エステルである理研ビタミン製ポエムTRP-97RFを300,400若しくは500ppm添加したコーヒー飲料。」

b 本件発明1と甲9発明の一致点

「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.02~0.05重量%含有し,乳成分を含有するコーヒー飲料」である点。

c 本件発明1と甲9発明の相違点

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記イ(イ)c)と同じ。

(2)  本件発明2について

ア 甲1発明,甲2発明又は甲3発明のいずれかに基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明2は,甲1発明,甲2発明又は甲3発明のいずれかと甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した本件発明2と各引用発明(甲1発明,甲2発明及び甲3発明)の一致点は,本件発明1の場合(前記(1)ア(イ)b)と同様である。

また,本件発明2と各引用発明の相違点(いずれの引用発明についても同じ。)は,以下のとおりである。

(相違点2)

本件発明1と各引用発明の相違点2(前記⑴ア(イ)c)と同じ。

(相違点4)

乳化剤が,本件発明2は「構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであり,且つ,エステル置換度が30%以下である重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%」であるのに対して,各引用発明は「ショ糖脂肪酸エステル」である点。

イ 甲4発明又は甲9発明のいずれかに基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明2は,甲4発明又は甲9発明のいずれかと甲1ないし3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した本件発明2と各引用発明(甲4発明及び甲9発明)の一致点は,本件発明1の場合(前記(1)イ(イ)b及びキ(イ)b)と同様である。

また,本件発明2と各引用発明の相違点(いずれの引用発明についても同じ。)は,以下のとおりである。

(相違点3)

本件発明1と甲4発明の相違点3(前記⑴イ(イ)c)と同じ。

(相違点4)

重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明2は「構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであり,且つ,エステル置換度が30%以下であるトリグリセリン脂肪酸エステル」であるのに対して,甲4発明は「トリグリセリン脂肪酸モノエステル」であり,甲9発明は「トリグリセリン脂肪酸エステルである理研ビタミン製ポエムTRP-97RF」である点。

(3)  本件発明3について

ア 甲1記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲1記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲1発明の2」という。)と甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲1発明の2の内容並びに本件発明3と甲1発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲1発明の2の内容

「コーヒー抽出液,牛乳由来の乳原料,及び乳化剤としてのショ糖脂肪酸エステルを含むコーヒー飲料の原料成分を,pH3~6,温度30~60℃及び反応時間30分間以上の条件下,ガラクトマンナナーゼ活性及び酸性プロテアーゼ活性の両方を有する糸状菌(Aspergillus niger)起源の酵素セルロシンGM5Pで処理する工程を含むコーヒー飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲1発明の2の一致点

「コーヒー抽出物を温度30~60℃,pH3~6の条件下,マンナン分解酵素で30分以上多糖類低分子化処理された多糖類を含有するコーヒー抽出物を得る工程と,乳成分と乳化剤を添加する工程を有する,乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲1発明の2の相違点

(相違点1)

乳化剤が,本件発明3は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%」であるのに対して,甲1発明の2は「ショ糖脂肪酸エステル」である点。

(相違点2)

マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が,本件発明3は「(A)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する」,「(B)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である」という条件の少なくとも1つを満足するものであるのに対して,甲1発明の2はこの点が特定されていない点。

(相違点5)

乳成分と乳化剤を,本件発明3はマンナン分解酵素処理後に添加するのに対し,甲1発明の2はマンナン分解酵素処理前に添加する点。

イ 甲2記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲2記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲2発明の2」という。)と甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲2発明の2の内容並びに本件発明3と甲2発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲2発明の2の内容

「コーヒー抽出液を,温度40~50℃,pH4.5~5.5及び反応時間30分間以上の条件下,マンナン分解酵素であるガマナーゼ1.5Lにより処理し,その後,脱脂粉乳,全粉乳,砂糖,乳化剤としてのシュガーエステル,及びアルカリ性ナトリウム塩である炭酸水素ナトリウム添加による処理に付す,コーヒー飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲2発明の2の一致点

「コーヒー抽出物を温度40~50℃,pH4.5~5.5の条件下,マンナン分解酵素で30分以上多糖類低分子化処理された多糖類を含有するコーヒー抽出物を得,得られたコーヒー抽出物に,乳成分と乳化剤を添加する,乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲2発明の2の相違点

(相違点1及び2)

本件発明3と甲1発明の2の相違点1及び2(前記ア(イ)c)と同じ。

ウ 甲3記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲3記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲3発明の2」という。)と甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲3発明の2の内容並びに本件発明3と甲3発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲3発明の2の内容

「コーヒー液の一部に事前にガラクトマンナン分解酵素セルロシンGM5を溶解してなる酵素液により,pH4.5~5.8,温度30~40℃及び反応時間25~35分でコーヒー液を処理する工程,得られたコーヒー液に砂糖,牛乳,シュガーエステル及び炭酸水素ナトリウムを加える工程を含むコーヒー飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲3発明の2の一致点

「コーヒー抽出物を温度30~40℃,pH4.5~5.8の条件下,マンナン分解酵素で25~35分多糖類低分子化処理された多糖類を含有するコーヒー抽出物を得,得られたコーヒー抽出物に,乳成分と乳化剤を添加する,乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲3発明の2の相違点

(相違点1及び2)

本件発明3と甲1発明の2の相違点1及び2(前記ア(イ)c)と同じ。

エ 甲4記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲4記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲4発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲4発明の2の内容並びに本件発明3と甲4発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲4発明の2の内容

「コーヒー抽出液に牛乳,全脂粉乳,乳化剤としてのトリグリセリン脂肪酸モノエステルを100~5000ppm添加するコーヒー乳飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲4発明の2の一致点

「コーヒー抽出物に,乳成分と,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.01~0.5重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲4発明の2の相違点

(相違点6)

本件発明3は,コーヒー抽出物に,乳成分と,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを添加する前に,「コーヒー抽出物を温度20~80℃,pH3.0~8.0の条件下,マンナン分解酵素で15分以上多糖類低分子化処理し,(A)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する,(B)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000であるという条件の少なくとも1つを満足する多糖類を含有するコーヒー抽出物を得」るものであるのに対して,甲4発明の2はその点が特定されていない点。

オ 甲5記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲5記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲5発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲5発明の2の内容並びに本件発明3と甲5発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲5発明の2の内容

「コーヒーエキスに全脂粉乳,重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル(0.025%~0.3%)及びショ糖脂肪酸エステル0.015%~0.3%を含有するミルクコーヒーの製造方法。」

b 本件発明3と甲5発明の2の一致点

「コーヒー抽出物に,乳成分と,ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.025~0.3重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲5発明の2の相違点

(相違点1)

ポリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明3は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステル」であるのに対して,甲5発明の2は「重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル」である点。

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記エ(イ)c)と同じ。

カ 甲6記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲6記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲6発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲6発明の2の内容並びに本件発明3と甲6発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲6発明の2の内容

「コーヒーエキスに全脂粉乳,重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル0.02%~0.3%及びショ糖脂肪酸エステル0.03%~0.3%を含有するミルクコーヒーの製造方法。」

b 本件発明3と甲6発明の2の一致点

「コーヒー抽出物に,乳成分と,ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.02~0.3重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲6発明の2の相違点

(相違点1)

本件発明3と甲5発明の2の相違点1(前記オ(イ)c)と同じ。

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記エ(イ)c)と同じ。

キ 甲7記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲7記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲7発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲7発明の2の内容並びに本件発明3と甲7発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲7発明の2の内容

「コーヒーエキスに全脂粉乳,重合度が2~4のポリグリセリン脂肪酸エステル0.025%~0.3%及びショ糖脂肪酸エステル0.005%~0.3%を含有するミルクコーヒーの製造方法。」

b 本件発明3と甲7発明の2の一致点

「コーヒー抽出物に,乳成分と,ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.025~0.3重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲7発明の2の相違点

(相違点1)

本件発明3と甲5発明の2の相違点1(前記オ(イ)c)と同じ。

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記エ(イ)c)と同じ。

ク 甲8記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲8記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲8発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲8発明の2の内容並びに本件発明3と甲8発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲8発明の2の内容

「平均重合度が2~3のポリグリセリン脂肪酸エステル0.0001%~0.3%を含有するコーヒー乳飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲8発明の2の一致点

「乳成分と,ポリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.3重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲8発明の2の相違点

(相違点1)

ポリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明3は「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステル」であるのに対して,甲8発明の2は「重合度が2~3のポリグリセリン脂肪酸エステル」である点。

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記エ(イ)c)と同じ。

ケ 甲9記載の発明に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明3は,甲9記載の「コーヒー飲料の製造方法」に係る発明(以下「甲9発明の2」という。)と甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した甲9発明の2の内容並びに本件発明3と甲9発明の2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

a 甲9発明の2の内容

「牛乳13%及びトリグリセリン脂肪酸エステルである理研ビタミン製ポエムTRP-97RFを200若しくは300ppm添加したコーヒー,又は牛乳25%及びトリグリセリン脂肪酸エステルである理研ビタミン製ポエムTRP-97RFを300,400若しくは500ppm添加したコーヒー飲料の製造方法。」

b 本件発明3と甲9発明の2の一致点

「乳成分と,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.01~0.05重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法」である点。

c 本件発明3と甲9発明の2の相違点

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記エ(イ)c)と同じ。

(4)  本件発明4について

ア 甲1発明の2に基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明4は,甲1発明の2と甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した本件発明4と甲1発明の2の一致点は,本件発明3の場合(前記(3)ア(イ)b)と同様である。

また,本件発明4と甲1発明の2の相違点は,以下のとおりである。

(相違点2)

本件発明3と甲1発明の2の相違点2(前記⑶ア(イ)c)と同じ。

(相違点4)

乳化剤が,本件発明4は「構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであり,且つ,エステル置換度が30%以下である重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%」であるのに対して,甲1発明の2は「ショ糖脂肪酸エステル」である点。

(相違点5)

本件発明3と甲1発明の2の相違点5(前記⑶ア(イ)c)と同じ。

イ 甲2発明の2又は甲3発明の2のいずれかに基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明4は,甲2発明の2又は甲3発明の2のいずれかと甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した本件発明4と各引用発明(甲2発明の2及び甲3発明の2)の一致点は,本件発明3の場合(前記(3)イ(イ)b及びウ(イ)b)と同様である。

また,本件発明4と各引用発明の相違点(いずれの引用発明についても同じ。)は,以下のとおりである。

(相違点2)

本件発明3と甲1発明の2の相違点2(前記⑶ア(イ)c)と同じ。

(相違点4)

本件発明4と甲1発明の2の相違点4(前記ア(イ))と同じ。

ウ 甲4発明の2又は甲9発明の2のいずれかに基づく進歩性欠如

(ア) 本件発明4は,甲4発明の2又は甲9発明の2のいずれかと甲2及び3記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

(イ) 本件審決が認定した本件発明4と各引用発明(甲4発明の2及び甲9発明の2)の一致点は,本件発明3の場合(前記(3)エ(イ)b及びケ(イ)b)と同様である。

また,本件発明4と各引用発明の相違点(いずれの引用発明についても同じ。)は,以下のとおりである。

(相違点4)

重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルが,本件発明4は「構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであり,且つ,エステル置換度が30%以下である重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%」であるのに対して,各引用発明は「ショ糖脂肪酸エステル」である点。

(相違点6)

本件発明3と甲4発明の2の相違点6(前記⑶エ(イ)c)と同じ。

4  取消事由

(1)  甲1ないし3記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り(取消事由1)

(2)  甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り(取消事由2)

第3取消事由に関する原告らの主張

1  取消事由1(甲1ないし3記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り)

本件審決は,本件発明1ないし4について,いずれも甲1ないし3記載の発明(甲1発明又は甲1発明の2,甲2発明又は甲2発明の2,甲3発明又は甲3発明の2)と比較して当業者が予想できる程度を超える顕著な効果を奏するとはいえないとした上で,本件発明1ないし4は,いずれも甲1ないし3記載の発明のいずれかと甲4及び9ないし11記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである旨判断する。

しかしながら,以下に述べるとおり,本件発明1の顕著な効果に係る本件審決の判断は誤りであり,このことは,本件発明2ないし4についても同様であるから,本件審決の上記判断は誤りである。

(1) 本件審決は,本件発明1と甲1発明ないし甲3発明(以下「甲1発明等」という。)との相違点1について,甲 1 発明等において,乳成分を含有するコーヒー飲料に添加する乳化剤として,ショ糖脂肪酸エステルに代えてトリグリセリン脂肪酸エステルを用いることは当業者が容易に想到し得ることであるとした上で,本件発明1に相当するもの(本件明細書の実施例1及び2)と甲1発明等に相当するもの(本件明細書の参考例1及び2)とでは,官能評価の結果において,前者は「「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みは弱い」との意見は多かった(約80%)」,後者は「「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みがある」との意見が多数(約80%)」との差異が示されているものの,乳成分を含有するコーヒー飲料に対して,ショ糖脂肪酸エステルが苦みを与えるおそれがあることが知られていたこと(甲11)からすると,そのような差異は当業者が予測できる範囲のものである旨判断する。

しかし,本件審決によれば,トリグリセリン脂肪酸エステル(以下「TP」という場合がある。)は飲料風味に影響を与えず(甲9),ショ糖脂肪酸エステル(以下「SE」という場合がある。)は,乳成分を含有するコーヒー飲料に対して苦味を与えるおそれがあるのであるから,甲 1 発明等において,乳化剤としてSEに代えてTPを用いる場合に当業者が予測し得る風味は,TPによっても影響が与えられていない風味,すなわち,乳化剤を含有しない「マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類を含む,乳成分を含有するコーヒー飲料」と同じ風味ということになる。

ところが,本件明細書の記載によれば,本件発明1の飲料の風味は,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱い点に特徴があるのであり,これは,乳化剤を含有しない上記コーヒー飲料の風味とは明らかに質的に異なる風味であって,乳化剤を含有しない「マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類を含む,乳成分を含有するコーヒー飲料」とTPとが揃うことによって初めて達成される効果ということができる。また,SEが乳成分を含有するコーヒー飲料に対して苦味を与えるおそれがあることを考慮しても,乳化剤としてSEに代えてTPを用いる場合に,コーヒー特有の「酸味」及び「渋み」が弱いという風味が生じることは,当業者が予測し得るものではない。

このように,本件発明1と甲1発明等との風味の差異は,当業者が予測できる範囲のものとはいえないから,本件審決の上記判断は誤りである。

(2)  本件審決は,本件明細書記載の官能評価について,評価段階が不明であること及び官能評価の条件(評価者の種類等)が不明であることから,そのような不明確な評価項目についての効果の差異をもって,本件発明1が甲1発明等と比較して当業者が予想できる程度を越える顕著な効果を奏すると認めることはできない旨判断する。

しかし,本件発明1の効果は,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱い風味を有することであり,この効果は本件明細書の実施例に明確に記載されている(段落【0057】)。そして,コーヒーは,特有の風味を有する飲料として極めて一般的に知られた飲料であり,コーヒーを飲んだことがある人であれば,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」を認識できることは明らかである。したがって,当業者であれば,上記実施例に記載された官能評価(段落【0048】)を実施して,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いという結果が得られたとの記載から,本件発明1のコーヒー飲料の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いことを明確に把握できるのであり,当業者にとって,本件明細書における実施例の評価方法及びその結果は明確である。このことは,食品分野の専門家らによる技術鑑定書(甲54,55及び58)からも裏付けられる。

また,上記(1)のとおり,本件発明1の効果は,甲1発明等及びTPは飲料風味に影響を与えないという事実から予測される効果とは異質なものであるから,本件審決が指摘する評価段階等の評価項目に基づく定量的な差異を詳細に検討するまでもなく,当業者が予想できる程度を越える顕著な効果であるといえる。

(3)  さらに,本件明細書に記載された本件発明1のコーヒー飲料において,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いことが事実であることは,第三者機関である「一般社団法人おいしさの科学研究所」が実施した官能評価試験(甲56及び57。以下「甲56試験」という。)の結果からも認められる。すなわち,甲56試験においては,TPを含有する本件発明1のミルクコーヒー(試料Y)について,SEを含有するミルクコーヒー(試料L)及び乳化剤無添加のミルクコーヒー(試料Q)のいずれと飲み比べても,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという結果が得られている。

2  取消事由2(甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り)

本件審決は,本件発明1ないし4について,いずれも甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明(甲4発明又は甲4発明の2,甲5発明又は甲5発明の2,甲6発明又は甲6発明の2,甲7発明又は甲7発明の2,甲8発明又は甲8発明の2,甲9発明又は甲9発明の2)と比較して当業者が予想できる程度を超える顕著な効果を奏するとはいえないとした上で,本件発明1ないし4は,いずれも甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明のいずれかと甲1ないし3(本件発明3及び4については,甲2及び3)記載の事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである旨判断する。

しかしながら,以下に述べるとおり,本件発明1の顕著な効果に係る本件審決の判断は誤りであり,このことは,本件発明2ないし4においても同様に当てはまるから,本件審決の上記判断は誤りである。

(1)  本件審決は,本件発明1と甲4発明ないし甲9発明(以下「甲4発明等」という。)との相違点3について,甲4発明等において,沈殿を防止するために甲1ないし3に記載されたガラクトマンナン分解酵素処理を行うことは当業者が容易に想到し得ることであるとした上で,本件発明1に相当するもの(本件明細書の実施例1及び2(マンナン分解酵素処理有り))と甲4発明等に相当するもの(本件明細書の比較例1(マンナン分解酵素処理無し))とでは,静菌効果において差異はなく,両者の沈殿抑制効果における差異は,甲1ないし3の記載から当業者が予想できるものであるから,本件発明1は,甲4発明等と比較して当業者が予想できる程度を超える顕著な効果を奏すると認めることはできない旨判断する。

しかし,本件審決は,静菌効果及び沈殿抑制効果における本件発明1と甲4発明等との差異は検討するものの,飲料風味についての効果の差異を検討していない。すなわち,前記1(1)で述べたとおり,本件発明1の効果は,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱い風味を有することであり,この効果は,甲4発明等が有する静菌効果及び甲1ないし3の記載から当業者が予測できる沈殿抑制効果とは質的に異なる効果である。そして,この効果は,TPがマンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物及び乳成分を含有するコーヒー飲料に存在する場合に奏される効果であるところ,甲4ないし9には,TPを含有するコーヒー飲料の味については何ら記載されておらず,また,甲1ないし3には,マンナン分解酵素による多糖類低分子化処理(以下「マンナン分解酵素処理」という場合がある。)のコーヒー飲料の味への影響に関して何ら記載されていない。

したがって,当業者は,甲4等の記載と甲1ないし3の記載を併せて考慮しても,甲4発明等に基づいて,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いとの効果を予測することはできないから,本件審決の上記判断は誤りである。

(2)  本件明細書に記載された本件発明1の「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みは弱い」との効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであることは,前記1(3)の甲56試験の結果に加え,次のような官能評価試験の結果から確認される。

ア 原告三菱フーズが実施した官能評価試験(甲59。以下「甲59試験」という。)の結果によれば,①本件発明1に相当するTP及びマンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(TP・あり),②乳化剤を含有せず,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(無・あり)及び③TP及びマンナン分解酵素処理されていないコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(TP・なし)を比較したところ,①が②及び③のいずれよりも「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いことが示された。この結果は,本件明細書に示された「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みは弱い」という効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであることを証明している。

被告は,甲59試験の結果について,①ないし③の間のいずれの組合せにおいても,15人中12人以上が「弱い」と回答した例はなく,有意差が認められない旨主張するが,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」という傾向が示されれば,本件発明1が「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」という効果を有することは認定できる。

イ また,原告三菱フーズが,官能評価試験結果の確からしさを高めるために,パネリストの人数を増やし,第三者機関に依頼して,①TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行ったミルクコーヒーと,②TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行っていないミルクコーヒーを比較する官能評価試験(甲68及び69。以下「甲68試験」という。)を実施したところ,16名中14名が,①の方が「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いと回答しており,この結果は,①が②よりも有意に「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いことを示している。

ウ(ア) 被告は,評価項目に「差がない」を入れ,「弱い」についても3段階に分けた官能評価試験(乙22。以下「乙22試験」という。)を実施した結果,①TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行ったミルクコーヒーと,②TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行っていないミルクコーヒーとで,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」において差がないとする結果が得られたことを根拠として,甲4発明においてマンナン分解酵素処理を適用することによって,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱くなることはない旨主張する。

しかし,被告の主張によれば,乙22試験では,パネラーには,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」について解釈を与えず,その意味について,パネラーごとに独自の解釈がされたものとされており,これを前提にすると,乙22試験に当たっては,官能評価試験に当然必要とされる,パネラーが味の差を認識できるかどうかの試験を行っていないものと認められる。してみると,乙22試験は,その試験方法に不備があるものであるから,これに基づく被告の上記主張には理由がない。

(イ) 他方,原告三菱フーズが,第三者機関に依頼して,乙22試験と同様の試験(甲77。以下「甲77試験」という。)を実施したところ,乙22試験とは全く異なる結果が得られた。すなわち,甲77試験においては,①TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行ったミルクコーヒー(TP・あり),②TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行っていないミルクコーヒー(TP・なし)及び③乳化剤を添加せず,マンナン分解酵素処理を行っていないミルクコーヒー(無添加・なし)をそれぞれ比較したところ,①と②について,延べ69名中,13名が「同じくらい」,33名が②よりも①の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が「やや弱い~とても弱い」と評価し,①と③について,延べ69名中,16名が「同じくらい」,32名が③よりも①の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が「やや弱い~とても弱い」と評価した。そして,これらの比較を,本件発明1のコーヒー飲料と本件発明1以外のコーヒー飲料との比較として総合的に評価すれば,延べ138名中,29名が「同じくらい」,65名が後者よりも前者の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が「やや弱い~とても弱い」と評価したことになるところ,この結果は,前者が後者と比較して,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が5%の有意水準で有意に弱いことを示している。

第4被告の反論

1  取消事由1(甲1ないし3記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り)に対し

原告らは,本件発明1の効果は,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという風味を有することであり,このような効果は,甲1発明等及びTPは飲料風味に影響を与えないという事実から予測される効果とは質的に異なり,当業者が予想できる程度を超える顕著な効果であるから,本件発明1が有する顕著な効果を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,以下に述べるとおり,本件明細書の記載を参酌しても,TPにより,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」を弱めるという原告ら主張の本件発明1の効果を確認することはできず,また,仮にTPが何らかの効果を奏するとしても,それは当業者が容易に予測し得る効果にすぎないから,原告らの上記主張は理由がない。そして,このことは,本件発明2ないし4についても同様である。

(1)ア  本件明細書には,TPを使用した実施例1及び2について,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」との評価(段落【0057】)が記載されている。

しかし,まず,「弱い」という表現は,相対的なものであり,比較対象がなければ対比できないものであるにもかかわらず,本件明細書では,適切な比較対象が示されていない。すなわち,実施例1及び2は,乳化剤としてTPを使用したものであるところ,TPにより「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱くなるというのであれば,TP等の乳化剤の添加のないコーヒー飲料を比較対象とする必要があるのに,本件明細書では,このような比較対象と比べた風味を評価していない。

イ  他方,本件明細書の参考例1及び2は,SEを含むコーヒー飲料についてのものであり,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」として,風味について一応の評価がされている(段落【0058】)。

しかし,本件明細書には,実施例1及び2の風味の評価を参考例1及び2の風味と比較して行った旨の記載は全くない。

また,仮に,参考例1及び2が比較対象であるとすれば,実施例1及び2の風味は,SEを含むコーヒー飲料の風味を基準にして判断したこととなり,原告が主張する「コーヒー特有」の風味を基準として判断していないことになる。すなわち,SEは,乳成分を含有するコーヒー飲料に対し苦みを与えるものとされ,とりわけ,参考例1及び2で使用された「リョートーシュガーエステルP-1670」(段落【0051】,【0052】)は,缶飲料に使用されるSEの中でも,苦味が強いものとして知られていること(甲37)からすると,本件明細書では,SEによって苦み等が増したコーヒー飲料を比較対象としていることとなるが,これでは,「コーヒー特有」の風味を評価することはできない。

ウ  以上によれば,本件明細書の実施例についての「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」との評価は,何ら根拠のないものであり,信ぴょう性がない。

(2)  また,本件明細書には,上記「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」との評価における「コーヒー特有」の意味がどのようなものであるか,また,「コーヒー特有」のものと,そうでないもの(例えば,コーヒー飲料中において,コーヒー抽出液による苦味と,添加されたSEによる苦味)とを,どのように区別するかについての記載が何もない。

とりわけ,苦味等は,コーヒーの種類や抽出条件等によっても変化するものであり,例えば,コーヒーの種類によっては,SEやTPの添加とは関係なく,他のコーヒーに比べて苦味等が強い,あるいは弱いと感じられる場合もある。しかも,本件発明1は乳成分を必須としており,本件明細書の実施例でも,牛乳やグラニュー糖を含むコーヒー飲料の味を評価しているところ(段落【0045】),これらの成分は,苦味等を緩和するものであるから,苦味等の認識やその強弱の判定をより困難にすることが容易に理解できる。

さらに,当業者の技術常識によれば,官能評価において,「苦み」,「酸味」,「渋み」という3つの項目をまとめて評価することはできない(乙3)。

このように,明確かつ詳細な判断基準を提示することなく,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」を一義的に判断することは困難であるから,この点からも,本件明細書の実施例についての「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」との評価には信ぴょう性がない。

(3)ア  原告らは,当業者にとって本件明細書における実施例の評価方法及びその結果が明確であることは,食品分野の専門家らによる技術鑑定書(甲54,55及び58)からも裏付けられる旨主張する。

しかし,原告ら提出の上記技術鑑定書は,それぞれの比較から明らかなとおり,結論が同じであるばかりでなく,その内容も酷似しており,原告に都合が良いように鑑定人らに記載させたものと考えざるを得ない。また,その内容も,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いことをどのようにして評価できるのかについて何ら説明されていないものであるから,信ぴょう性が認められない。

イ  また,原告らは,本件明細書に記載された本件発明1のコーヒー飲料において,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いことが事実であることは,甲56試験の結果からも認められる旨主張する。

しかし,上記(1)及び(2)で述べたとおり,当業者は,本件明細書の記載からは,TPにより,コーヒー飲料の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱くなることを認識できないというべきである。そして,このように本件明細書の記載から認識できない発明の効果を,事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて主張することは,そもそも許されない。

また,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」を評価するのであれば,これらが「同じ」という評価基準があってしかるべきところ,甲56試験では,「弱い」という評価しかない。すなわち,甲56試験が採用するサーストンの一対比較法では,比較の結果が「同じ」であっても,いずれかを無理に「弱い」と評価せざるを得ないため,結果に多大な誤差が生じ得ることとなり,その評価の妥当性には疑問がある。

しかも,甲56試験では,判定数が「12人」であるから,危険率5%の水準で統計的に有意といえるためには,少なくとも「10人」が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」と回答する必要がある(乙14)。

ところが,甲56試験の結果では,TPを含有する本件発明1のミルクコーヒー(試料Y),SEを含有するミルクコーヒー(試料L)及び乳化剤無添加のミルクコーヒー(試料Q)の間のいずれの組合せにおいても,10人以上が「弱い」と回答した例はなく,3つの試料の間に有意差は認められないから,当該試験の結果によって原告ら主張の効果が確認できるものではない。

他方,被告が実施した官能評価試験(甲12。以下「甲12試験」という。)では,TPの添加の有無により,コーヒー飲料における「苦み・酸味・渋み」に進歩性を認め得るような変化はないという結果が示されている。

加えて,被告が第三者機関に依頼して,甲56試験と同様の方法により実施させた官能評価試験(乙4。以下「乙4試験」という。)の結果によれば,TPを含有する本件発明1のミルクコーヒー(試料A)と乳化剤無添加のミルクコーヒー(試料B)の比較で,前者の方が「コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)」が弱いと評価した者は,14名中8名と評価が拮抗しており,TPの添加により「コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)」が弱くなるという結果が得られないことが示されている。

2  取消事由2(甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り)に対し

(1)  原告らは,本件発明1の効果は,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱い風味を有することであるとした上で,この効果は,甲4発明等が有する静菌効果及び甲1ないし3の記載から当業者が予測できる沈殿抑制効果とは質的に異なる効果であり,甲4発明等及び甲1ないし3の記載から当業者が予測し得るものではないから,本件発明1が有する顕著な効果を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,前記1で述べたとおり,そもそも本件明細書の記載からは,本件発明1について,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」を弱めるという効果を確認することはできないから,原告らの上記主張は理由がない。そして,このことは,本件発明2ないし4についても同様である。

(2)  原告らは,本件明細書に記載された本件発明1の「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みは弱い」との効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであることは,甲56試験の結果に加え,甲59試験及び甲68試験の結果から確認される旨主張する。

しかし,本件明細書には,本件発明1の「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みは弱い」との効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものである旨の開示はない。本件明細書の比較例1(酵素処理無し,TP有り)は,甲4発明に相当するものであるところ,本件明細書では,比較例1について「沈殿量が多かった」(段落【0059】)と記載されているだけで,味の評価がされておらず,そもそも甲4発明と本件発明1の間に味の差があること自体が認識されていない。このように,本件明細書に記載も示唆もなく,全く想定されていない効果(マンナン分解酵素処理の有無による味の相違)を,事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて主張することは,そもそも許されない。

また,甲56試験の結果に信ぴょう性がないことは,前記1(3)イで述べたとおりであり,また,以下に述べるとおり,甲59試験及び甲68試験の結果にも信ぴょう性がなく,仮に信ぴょう性があるとしても,これによって本件発明1の上記効果の存在が確認できるものではない。現に,被告が実施した官能評価試験(乙22試験)では,これらと異なる結果が得られている。

ア 甲59試験について

(ア) 甲59試験では,甲56試験と同様に,サーストンの一対比較法が採用されているところ,この方法では,比較の結果が「同じ」であっても,いずれかを無理に「弱い」と評価せざるを得ないため,結果に多大な誤差が生じ得ることとなり,その評価の妥当性には疑問がある。

(イ) 甲59試験では,判定数が「15人」であるから,危険率5%の水準で統計的に有意といえるためには,少なくとも「12人」が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」と回答する必要がある(乙14)。

ところが,甲59試験の結果では,①TP及びマンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(TP・あり),②乳化剤を含有せず,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(無・あり)及び③TP及びマンナン分解酵素処理されていないコーヒー抽出物を含有するミルクコーヒー(TP・なし)の間のいずれの組合せにおいても,12人以上が「弱い」と回答した例がなく,3つの試料の間に有意差は認められないから,当該試験の結果によって原告ら主張の効果が確認できるものではない。

イ 甲68試験について

原告らは,甲68試験の結果は,①TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行ったミルクコーヒーが,②TPを含有し,マンナン分解酵素を行っていないミルクコーヒーよりも有意に「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いことを示している旨主張する。

しかし,甲68試験の結果は,「16人中14人」が,②よりも①の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いと回答したというものであり,甲59試験の結果(「15人中9人」が,②よりも①の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いと回答)と大きく解離していることなどからすると,平成29年1月10日付けの被告第3準備書面において,甲59試験の結果に有意差がない旨を指摘されたことを受けて,有意差があるとするデータを作出したものであることが疑われる。

したがって,甲68には,証拠としての信頼性がない。

ウ 乙22試験について

他方,被告が,①TPを含有し,マンナン分解酵素処理を行ったミルクコーヒー,②TPを含有し,マンナン分解酵素を行っていないミルクコーヒー及び③乳化剤を添加せず,マンナン分解酵素を行っていないミルクコーヒーについて,評価項目に「差がない」を入れ,「弱い」についても3段階に分けた官能評価試験(乙22試験)を実施したところ,①と②及び①と③の間で,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」において差がないとする結果が得られた。

このような試験結果によれば,甲4発明(TPを含有し,マンナン分解酵素を行っていないミルクコーヒー)にマンナン分解酵素処理を適用することにより,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱くなることはなく,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せによって「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が変化するものではないことが確認できる。

第5当裁判所の判断

1  本件発明について

(1)  本件発明に係る特許請求の範囲請求項1ないし4の記載は前記第2の2のとおりである。

また,本件明細書(甲52,41)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある。

ア 技術分野

本発明はコーヒー飲料に関する。(段落【0001】)

イ 背景技術

従来より,コーヒー飲料に関し,…例えば,乳成分に由来する沈殿やリングの発生を防止する方法として,乳タンパクを種々の酵素で分解処理する方法が提案されている。具体的には,殺菌処理前のコーヒー抽出液をマンナン分解酵素とアルカリ性ナトリウム塩との併用処理に付す方法が…提案されている。

しかしながら,この方法ではコーヒー豆の繊維質に由来する濁りや沈殿の発生の防止には効果があるが,脂肪分の分離やリングの発生に対する防止効果は充分とはいえない。(段落【0002】,【0003】)

ウ 発明が解決しようとする課題

本発明の目的は,製造時の高温殺菌処理や製造後の長期保存によっても沈殿物や脂肪の分離などが発生せず,すっきり味であり,しかも,静菌力と乳化安定性を兼ね備えたコーヒー飲料を提供することである。(段落【0004】)

エ 課題を解決するための手段

すなわち,本発明の第1の要旨は,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%含有し,コーヒー飲料中の,マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理したコーヒー抽出物に由来する多糖類が次の(A)~(C)の条件の少なくとも1つを満足することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料に存する。

(A) ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の分子量5000~100000に相当するピーク面積の50%以上が多糖類低分子化処理により減少する。

(B) ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する。

(C) ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である。

そして,本発明の第2の要旨は,コーヒー抽出物を温度20~80℃,pH3.0~8.0の条件下,マンナン分解酵素で15分以上多糖類低分子化処理し,次の(A)~(C)の条件の少なくとも1つを満足する多糖類を含有するコーヒー抽出物を得,得られたコーヒー抽出物に,乳成分と,重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%添加することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料の製造方法に存する。(段落【0005】~【0007】)

オ 発明の効果

本発明のコーヒー飲料は,すっきりとした飲み口でありながら,耐熱性芽胞菌の胞子の発芽・増殖を抑制する機能を有しており,自動販売機などでの加温状態の下で保存しても,耐熱性芽胞菌の胞子の発芽・増殖が抑制され,フラットサワー変敗が防止され,且つ,沈殿が生じることがない。(段落【0008】)

カ 発明を実施するための最良の形態

(ア) 本発明において,コーヒー抽出液は,焙煎豆から抽出した液,それを濃縮したエキス,一旦インスタントコーヒーに加工したものを水(通常は熱水)で溶かした液の何れでも使用可能である。(段落【0009】)

(イ) 本発明の第2の要旨に係るコーヒー飲料においては,上記のコーヒー抽出液として,糖分解酵素で処理したコーヒー抽出液…を使用する。(段落【0012】)

糖分解酵素としては,…各種のものを使用し得るが,マンナン分解酵素が好ましい。マンナン分解酵素によって分解されるマンナンはマンノースを主構成成分とする多糖類の総称であり,ガラクトース,グルコース等を含むマンナンもある。従って,本発明において,マンナン分解酵素は,ガラクトースマンナン分解酵素,グルコースマンナン分解酵素を含むものとする。(段落【0024】)

マンナン分解酵素は,その起源に制限はなく,マンナナーゼ活性を有するものであれば精製品でも粗精製品でも使用可能である。マンナン分解酵素としては,α型またはβ型マンノシダーゼが挙げられるが,β型マンノシダーゼが好ましい。酵素処理の反応温度,時間,pH,添加量は,使用する酵素の由来,活性などによって適した条件を選択すればよい。(段落【0025】)

コーヒー抽出液に対する酵素製剤の添加量は,酵素製剤のマンナナーゼ活性に依存し,…例えば,ノボノルディスク株式会社製「ガマナーゼ1.5L」(200単位/g)の場合であれば,その添加量は,コーヒー抽出液1Kg当り,通常0.005~5g…である。反応温度は,適宜選択可能であり,通常20~80℃…である。pHは,通常pH3.0~8.0…である。反応時間は適宜選択可能であり,通常15分間以上である。(段落【0027】~【0029】)

添加した酵素は,反応後において特に除去する必要はない。また,この酵素反応は,酵素の添加の他に,固定化酵素などによる接触反応によりコーヒー抽出液中に直接酵素が含まれないようにすることも可能である。(段落【0031】)

(ウ) 本発明に使用されるポリグリセリン脂肪酸エステルは,グリセリンの重合度が2~5でのものであるが,好ましくは,その構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸から選ばれる1種以上であり,エステル置換度が30%以下のものである。そして,モノエステルの含量は50%以上が好ましい。なお,ポリグリセリン脂肪酸エステルは,重合度,エステル化度などの異なるエステルが混合した組成物であり,例えば,ジグリセリンエステルとは,平均重合度が2のポリグリセリンエステル組成物を意味する。抗菌性の観点からは,ジグリセリンミリスチン酸モノエステル,トリグリセリンミリスチン酸モノエステル,ジグリセリンパルミチン酸モノエステル,トリグリセリンパルミチン酸モノエステル,ジグリセリンステアリン酸モノエステル,トリグリセリンステアリン酸モノエステルを70%以上含むポリグリセリン脂肪酸エステルが好適である。(段落【0033】)

ポリグリセリン脂肪酸エステルの添加量は,十分な抗菌力を示す量であることが必要である。この量の最適値は,ポリグリセリン脂肪酸エステルの種類,コーヒー飲料の種類によっても異なる。添加量は,通常0.0001~0.5重量%である。特に,ミルクコーヒーの場合のポリグリセリン脂肪酸エステルの添加量は0.01~0.2重量%が好ましく,…ポリグリセリン脂肪酸の添加量が多いほど抗菌力は高くなるが,添加量が余りに多いと,コストが高くなるばかりでなく,飲料の風味を損ねるので好ましくない。(段落【0034】)

(エ) 本発明のコーヒー飲料の調製法は特に限定されるものではない。例えば,ミルクコーヒーの場合を例に挙げると,所定の乳脂肪分,乳蛋白となる量の乳成分,コーヒーエキス,甘味料,香料などの飲料成分,ポリグリセリン脂肪酸エステル,水を配合し,ホモジナイザー等により均質化し,レトルト殺菌・UHT殺菌など加熱により殺菌し,容器に充填する。(段落【0036】)

(オ) 本発明のコーヒー飲料においては,乳化剤として,重合度が2~5のポリグリセリン脂肪酸エステルを含有するが,この特徴や利点を損なわない範囲において,コーヒー飲料に添加される各種の成分を添加してもよく,また,必要に応じ,他の食品用乳化剤,安定剤を加えることも出来る。(段落【0037】)

例えば,モノグリセリン脂肪酸エステル,…ショ糖脂肪酸エステル…等の乳化剤との併用も可能である。また,カゼインナトリウム等の乳蛋白との併用も可能である。更には,カラギナン…などの増粘多糖類との併用も可能である。(段落【0038】)

また,乳成分である乳脂肪や乳蛋白を添加することにより,乳入りコーヒー飲料とすることも出来る。乳成分としては,牛乳,全脂粉乳,スキムミルクパウダー,フレッシュクリーム等が揚げられる。(段落【0039】)

その他,本発明のコーヒー飲料の効果を妨げない範囲において,クエン酸,クエン酸ナトリウム…などの有機酸,無機酸及び/又はその塩類,ショ糖,果糖…等の糖類,エリスリトール…等の糖アルコール類,スクラロース…等の高甘味度甘味料類などを添加することが出来る。(段落【0041】)

キ 実施例

(ア) 実施例1

L値20の焙煎コーヒー豆2.5kgを95℃の脱塩水で抽出し,コーヒー抽出液26.4kgを得た。このコーヒー抽出液10kgを40℃に冷却した後,マンナン分解酵素として,ノボノルディスク株式会社製「ガマナーゼ1.5L」を1.0g添加し,60分放置した。この酵素処理済コーヒー抽出液5.4kgに対し,牛乳1.0kg,グラニュー糖0.5kg,及びトリグリセリンパルミチン酸エステル3.0gを脱塩水に50℃で溶解して調製した水溶液を加えて全量を10kgとした。この溶液に重曹を加えて殺菌後のpHが6.4となるように調節し,高圧ホモジナイザーを使用して60~70℃の温度で150kg/50kgの圧力で均質化後,100mlのガラス耐熱瓶に充填し,レトルト殺菌機…により殺菌温度121℃,殺菌時間40分の条件で殺菌し…,冷却することによりミルクコーヒーを得た。多糖類の重量平均分子量(Mw)3900であった。このコーヒー飲料に関して以下のような評価を行った。

(1)静菌試験:

得られたコーヒー飲料に,100℃30分で活性化したムーレラ・サーモアセチカ…の芽胞懸濁液を,濃度1×105個/mlとなるように接種し,ガラスチューブに各2ml×5本ずつ採り,火炎にて開口端を溶封密封した。これを55℃で4週間保存した後,変敗の有無を判定した。判定は外観および菌無接種区とのpHの差異により行った。結果を表1に示す。評価結果を表1に示す。なお,沈殿量の評価基準は以下のとおりである。○:沈殿なし,△:僅かに沈殿あり,×:沈殿あり

(2)沈殿量評価:

得られたコーヒー飲料を60℃で1週間保存し,内容物を抜き出し底の沈殿量について評価した。

(3)官能評価:得られたコーヒー飲料を25℃の室内にて常温のまま試飲してアンケートを実施した(母集団14人)。結果は後述する。(段落【0045】~【0048】)

(イ) 実施例2

実施例1において,ノボノルディスク株式会社製「ガマナーゼ1.5L」を三菱化学フーズ株式会社製「スクラーゼA」に変更し,5.0g添加し,酵素処理を70℃で行い,トリグリセリンパルミチン酸エステルの添加量を2.5gにした以外は,実施例1と同様に行った。このコーヒー飲料中のコーヒー抽出物に由来する多糖類の重量平均分子量(Mw)3900であった。(段落【0049】)

(ウ) 実施例3

実施例1において,乳化剤をジグリセリンパルミチン酸エステル(理研ビタミン株式会社  商品名「ポエムDP-95RF」)2.5gとショ糖ステアリン酸エステル(三菱化学フーズ株式会社「リョートーシュガーエステルS-570」)3.0gに変更した以外は,実施例1と同様に行った。評価結果を表1に示す。(段落【0050】)

(エ) 参考例1

実施例1において,トリグリセリンパルミチン酸エステルをショ糖パルミチン酸エステル(三菱化学フーズ株式会社「リョートーシュガーエステルP-1670」)に変更した以外は,実施例1と同様に行った。評価結果を表1に示す。(段落【0051】)

(オ) 参考例2

実施例3において,ジグリセリンパルミチン酸エステルをショ糖パルミチン酸エステル(三菱化学フーズ株式会社「リョートーシュガーエステルP-1670」)に変更した以外は,実施例3と同様に行った。評価結果を表1に示す。(段落【0052】)

(カ) 参考例3

実施例1において,トリグリセリンパルミチン酸エステルを添加しない以外は,実施例1と同様に行った。評価結果を表1に示す。(段落【0053】)

(キ) 比較例1:

実施例1において,酵素未処理のコーヒー抽出液を使用した以外は,実施例1と同様に行った。…多糖類の重量平均分子量(Mw)7400であった。評価結果を表1に示す。(段落【0054】)

(ク) 【表1】

file_2.jpgIE ORB POI EAI RT SS oee ee ite | SoZ [aE sere | 075 | O 16% 2400] 3900 seni 2} 075 | O 15% 2400] 3900 sews | 075 | O - = - een} 075 | O - - - lsen2} 07/5 | O - - lse—3] 5/5 | x* - tee. | 0/5 x 100% 4800 7400 , PROP FILA RICKS)(段落【0055】)

(ケ) 官能評価の結果

(a) 実施例1~3に関しては,「後味がよく,ごくごく飲める」,「コーヒーが苦手な人には飲み易い」,「すっきりしていて飲み易い」等の好意的な意見多く(約70%)得られた。ただし,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との意見は多かった(約80%)。

(b) 参考例1と2に関しては,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との意見が多数(約80%)であった。

(c) 比較例1に関しては,沈殿量が多かった。参考例3は分離したため実施しなかった。

以上の(a)~(c)の結果から,本発明の飲料は新しい嗜好性の高いコーヒー飲料であることは明らかである。本発明に係るコーヒー飲料は,今までコーヒーが苦手な人にも愛用されるポテンシャルを備えており,現代人の生活に更なる豊かさをもたらすものであることが期待できる。また,現代の嗜好の多様化に貢献するものでもあることも期待できる。(段落【0056】~【0060】)

(2)  上記(1)によれば,本件明細書には,本件発明に関し,次のようなことが開示されているものといえる。

すなわち,本件発明は,コーヒー飲料について,製造時の高温殺菌処理や製造後の長期保存によっても沈殿物や脂肪の分離などが発生せず,すっきり味であり,しかも,静菌力と乳化安定性を兼ね備えたものを提供することを課題とし(段落【0004】),その解決手段として,「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%含有し」,「コーヒー飲料中の,マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が下記の(A)及び(B)の条件の少なくとも 1 つを満足する」ことを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料及びその製造方法を提供するものであり(【請求項1,3】),その結果,①すっきりとした飲み口でありながら,②耐熱性芽胞菌の胞子の発芽・増殖を抑制する機能を有し,加温状態の下で保存しても耐熱性芽胞菌の胞子の発芽・増殖が抑制され,フラットサワー変敗が防止され,且つ,③沈殿が生じることがないという効果を奏するものである(段落【0008】)。

(A) ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する,

(B) ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である。

2  取消事由2(甲4ないし9(本件発明2及び4については,甲4又は9)記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り)について

(1)  事案に鑑み,まずは,原告ら主張の取消事由2のうち,甲4発明に基づく本件発明1の容易想到性を認めた本件審決の判断の適否について,検討する。

ア 相違点3に係る本件発明1の構成の容易想到性について

(ア) 甲4の記載(本件審決適示の[甲4-1]ないし[甲4-13](別紙審決書16~18頁))によれば,甲4には,本件審決認定のとおりの甲4発明が記載され,これと本件発明1とを対比すると,本件審決認定のとおりの一致点及び相違点3(前記第2の3(1)イ(イ))を認めることができる(当事者間に争いがない。)。

(イ) 他方,甲1ないし3の記載(本件審決適示の[甲1-1]ないし[甲1-9],[甲2-1]ないし[甲2-4]及び[甲3-1]ないし[甲3-5](別紙審決書10~16頁))によれば,コーヒー飲料においては,高温処理や長期保存によりその成分に基づく沈殿が発生することが,本件特許の優先日前からの周知の課題であったことが認められる。

また,このような課題に対応し,甲1には,製造時の高温処理や製造後の長期保存によっても沈殿物が発生せず,安定性に優れたコーヒー飲料を製造するために,コーヒー抽出液にセルロシンGM5P(ガラクトマンナナーゼ活性:10150単位/g)を加えること(段落【0008】,【0011】,【0051】)が,甲2には,長期間保存した後でも沈殿発生を防止するために,コーヒー抽出液にマンナン分解酵素であるガマナーゼ1.5Lを加えること(段落【0003】,【0012】)が,さらに,甲3には,多糖類などに起因して沈殿の発生しやすいコーヒー飲料において,経時的な保存における沈殿の発生を防止し,かつ,品質を劣化させないコーヒー飲料を製造するために,コーヒー抽出液にガラクトマンナン分解酵素であるセルロシンGM5を加えること(段落【0003】,【0007】,【0033】~【0035】)が,それぞれ記載されている。

してみると,甲1ないし3の記載に接した当業者であれば,コーヒー飲料を得るためのコーヒー抽出液に対してマンナン分解酵素処理を行うことにより,コーヒー抽出液に含まれるガラクトマンナン等の多糖類が分解され,その結果,高温処理や長期保存によって生じる沈殿の発生というコーヒー飲料における周知の課題を解決できることを当然に理解するものといえる。(以上については,本件審決が認定・判断するとおりであり,原告らも,これを積極的に争う旨の主張はしていない。)

(ウ) そこで,以上を踏まえて,甲4発明において,相違点3に係る本件発明1の構成とすることの容易想到性につき検討するに,上記(イ)のとおり,高温処理や長期保存によりコーヒーの成分に基づく沈殿が発生することは,コーヒー飲料全般に生じ得る課題であり,同じくコーヒー飲料に係る甲4発明にも当てはまる課題であるから,当業者であれば,甲4発明においても,当該課題を解決するために,コーヒー抽出物に対して甲1ないし3記載のマンナン分解酵素処理を行うことは,容易に想到し得ることである。

また,当該酵素処理によってコーヒー抽出物に由来する多糖類が分解(低分子化)されるに際し,その分子量分布を適宜好適化して,相違点3に係る(A)又は(B)の条件を満足するものとすることも,当業者が容易になし得ることといえる(この点は,原告らも,本件発明1と甲1発明との相違点2に係る構成(マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が,上記(A)及び(B)の条件の少なくとも1つを満足するものであること)について,「酵素による低分子化処理に際し,多糖類の分子量分布を最適化して(A)及び(B)のようにすることは当業者が適宜なし得ることである。」とした本件審決の判断を認めている。)。

してみると,甲4発明において,相違点3に係る本件発明1の構成とすることは,当該構成に着目する限り,当業者が容易に想到し得たことといえる。

イ 顕著な効果の有無について

原告らは,本件発明1には,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという効果があり,その効果は,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであって,甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較して当業者が予測できない顕著な効果であるといえるから,本件発明1が有する顕著な効果を否定し,その容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである旨主張する。

この点,甲4発明において相違点3に係る本件発明1の構成とすることが,その構成という観点からは当業者が容易に想到し得たものといえることは,上記アのとおりであるが,その場合でも,本件発明1に引用発明(甲4発明)と比較した有利な効果が認められ,それが本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測し得る範囲を超えた顕著な効果といえる場合には,本件発明1の進歩性を認める余地があるものといえる。ただし,先願主義を採用し,発明の公開の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に鑑みれば,上記のような顕著な効果は,明細書にその記載があるか,又は,明細書の記載から当業者がその効果を推論できるものでない限り,進歩性判断の考慮要素とすることはできないというべきである。

そこで,以下においては,上記の観点に基づき,本件発明1に,原告ら主張のような甲4発明と比較した有利な効果が認められ,かつ,それが当業者の予測し得る範囲を超えた顕著な効果といえるものであるかについて,検討することとする。

(ア) 本件明細書の記載に基づく検討

a 原告らは,本件発明1が有する甲4発明と比較した有利な効果として,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという効果が認められる旨主張する。そこで,本件明細書中の本件発明に係るコーヒー飲料の風味に関する記載をみると,次のような記載が認められる。

(a) 本件発明の目的として,「製造時の高温殺菌処理や製造後の長期保存によっても沈殿物や脂肪の分離などが発生」しないこと,「静菌力と乳化安定性を兼ね備え」ていることに加え,「すっきり味であ」ることが記載されている(段落【0004】)。

⒝ 本件発明の効果として,「加温状態の下で保存しても,耐熱性芽胞菌の胞子の発芽・増殖が抑制され,フラットサワー変敗が防止され」ること,「沈殿が生じることがない」ことに加え,「すっきりとした飲み口であ」ることが記載されている(段落【0008】)。

⒞ 実施例1,2(いずれもマンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液に,TPの一種であるトリグリセリンパルミチン酸エステルを加えたミルクコーヒー)及び実施例3(マンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液に,ジグリセリンパルミチン酸エステル及びショ糖ステアリン酸エステルを加えたミルクコーヒー)について,母集団14人が,得られたコーヒー飲料を25℃の室温にて常温のまま試飲してアンケートを実施する官能評価を行ったところ,実施例1~3に関して,「後味がよく,ごくごく飲める」,「コーヒーが苦手な人には飲み易い」,「すっきりしていて飲み易い」等の好意的な意見が多く(約70%)得られたこと,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との意見が多かった(約80%)ことが記載されている(段落【0045】,【0048】~【0050】,【0057】)。

また,参考例1(実施例1において,トリグリセリンパルミチン酸エステルをショ糖パルミチン酸エステルに変更したもの)及び参考例2(実施例3において,ジグリセリンパルミチン酸エステルをショ糖パルミチン酸エステルに変更したもの)について,実施例1~3と同様の官能評価を行ったところ,これらに関して,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との意見が多数(約80%)であったことが記載されている(段落【0051】,【0052】,【0058】)。

b そこで,本件明細書のこれらの記載から,本件発明1が有するコーヒー飲料の風味に関する効果についていかなる理解が可能であるかを検討するに,上記官能評価の結果によれば,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えた本件発明1のミルクコーヒー(実施例1及び2)について,「すっきりしていて飲み易い」等の意見とともに,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との意見が多かったとされており,このことが,本件発明が有する「すっきりした飲み口であ」るとの効果を示すものであることを理解することができる。

しかしながら,原告ら主張のように,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであることについては,本件明細書中にその旨を説明する記載はなく,また,当業者が上記官能評価の結果からこれを推論することもできないというべきである。すなわち,本件明細書において,上記官能評価の結果として示されているのは,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にSEを加えたミルクコーヒー(参考例1及び2)を比較したところ,前者では,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との意見が多かったのに対し,後者では,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との意見が多かったということにすぎず,このような結果からは,乳化剤としてSEではなくTPを添加したことが,「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との風味に寄与することは理解できたとしても,TPの含有にマンナン分解酵素処理を組み合わせることによって上記風味が発現するものであることを直ちに推論することはできない。この点,コーヒー飲料の風味とマンナン分解酵素処理との関係を確認するのであれば,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1(段落【0054】))との風味の比較が行われてしかるべきところ,本件明細書には,このような比較が行われたことを示す記載はない。また,マンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液を用いたコーヒー飲料に係る公知文献(甲1ないし3)をみても,当該処理がコーヒーの風味に与える影響についての記載はなく,技術常識に照らしても,当該処理を行うことによるコーヒー飲料の風味への影響を推測することは困難といえる。

してみると,原告らが本件発明1の顕著な効果であると主張する「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との風味に係る効果が,TPの含有とマンナン分解酵素処理を組み合わせることにより発現するものであることについては,本件明細書にその旨の記載はなく,本件明細書の記載から当業者がこれを推論することができるともいえないから,上記効果をもって,本件発明1が有する甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較した有利な効果として認めることはできないというべきである。

(イ) 原告らの官能評価試験の結果に基づく主張について

a 原告らは,本件訴訟提起後に自らが実施し,又は第三者機関に実施させた官能評価試験(甲56試験,甲59試験,甲68試験及び甲77試験)の結果を証拠として提出し,これらによって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できる旨を主張する。

しかしながら,前記のとおり,引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは,当該効果が明細書に記載され,又は,明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるところ,本件明細書の記載からは,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果を甲4発明と比較した有利な効果として認めることができないことは,上記(ア)bで述べたとおりである。これに対し,原告らの上記主張は,本件明細書の記載を離れ,事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて,本件発明1が甲4発明と比較した有利な効果を有する旨を述べようとするものであって,そもそも失当というべきである。

b さらに,念のため,原告ら主張の官能評価試験の結果を検討してみても,以下に述べるとおり,これらによって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できると断ずることはできない。

(a) 甲56試験について

甲56試験は,原告三菱フーズの依頼により一般社団法人おいしさの科学研究所が実施した官能評価試験であり,いずれもマンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出液に,①TPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の実施例1に相当する試料Y),②乳化剤を加えていないミルクコーヒー(本件明細書の参考例3に相当する試料Q)及び③SEを加えたミルクコーヒー(本件明細書の参考例1に相当する試料L)について,12名のパネリストが,「コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)の弱さ」を一対比較法(2つの比較試料のうち,コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)が弱い方を選択するもの)によってそれぞれ比較したものである。そして,甲56には,その結果として,試料Yが,試料L及び試料Qのいずれとの比較においても,「コーヒー特有の味(苦み,酸味,渋み)が弱い」を選んだ人数が多かったことが示されている。

しかし,甲56試験では,マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたものとマンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたものとの味の比較(すなわち,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較)が行われておらず,このような甲56試験の結果からでは,TPの含有にマンナン分解酵素処理を組み合わせることによって上記風味が発現するものであることを推論することができないことは,本件明細書における官能評価の結果の場合と同様である。

したがって,甲56試験の結果は,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることを示すものとはいえない。

⒝ 甲59試験について

甲59試験は,原告三菱フーズが実施した官能評価試験であり,①マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の実施例1に相当する実験例1),②マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物に乳化剤を加えていないミルクコーヒー(本件明細書の参考例3に相当する実験例2)及び③マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1及び甲4発明に相当する実験例3)について,8名のパネリストが,「コーヒー特有の苦味,酸味,渋みの弱さ」を一対比較法(2つの比較試料のうち,コーヒー特有の苦味,酸味,渋みが弱い方を選択するもの)によってそれぞれ比較したものである。このうち,実験例1と実験例3との比較は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較を行うものといえるところ,甲59には,その結果として,実験例1と実験例3の各2つのサンプルを比較した延べ15名のパネリストのうち,実験例1の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」とした者が9名であったことが示されており,これをもって,実験例3よりも実験例1の方がコーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱いことが証明されたと結論付けられている。

しかしながら,食品等の官能評価の統計的評価に係る技術常識によれば,上記のような一対比較法による官能評価試験の結果に統計的な有意差があると認められるためには,少なくとも総判定数に対し危険率5%の水準を満たす該当数が得られる必要があり,具体的には,総判定数が15であれば,12以上の該当数が必要とされる(乙14の126,127頁(表1),乙15の109(表3),110頁)。ところが,甲59試験の結果においては,延べ15名のパネリストのうち,実験例1の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」とした者は9名にとどまり,上記危険率5%の水準を満たす結果とはなっていないのであるから,甲59試験の結果は,実験例3よりも実験例1の方がコーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱いことを有意に示すものとはいえない。

これに対し,原告らは,上記試験結果に有意差が認められないとしても,実験例1の方が「コーヒー特有の苦み,酸味,渋みは弱い」という傾向が示されていれば足りるなどと主張するが,上記試験結果に有意差が認められないということは,その結果が偶然である可能性が排除できず,統計的にみて,「実験例3よりも実験例1の方がコーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」との結果が示されているとはいえないということであるから,このような試験結果によって,「実験例3よりも実験例1の方がコーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱いことが証明された」などと断ずることはできないというべきであり,原告らの上記主張は理由がない。

⒞ 甲68試験について

甲68試験は,原告三菱フーズの依頼により一般社団法人おいしさの科学研究所が実施した官能評価試験であり,①マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の実施例1に相当する試料M)と②マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1及び甲4発明に相当する試料W)について,16名のパネリストが,「コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)の弱さ」を一対比較法(2つの比較試料のうち,コーヒー特有の味(苦味,酸味,渋み)が弱い方を選択するもの)によって比較したものである。この比較は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較を行うものといえるところ,甲68には,その結果として,16名のパネリストのうち,試料Mの方が「コーヒー特有の味(苦み,酸味,渋み)が弱い」とした者が14名であったことが示されており,1%の危険率で有意差がみられるものとされている。

⒟ 乙22試験について

乙22試験は,被告が実施した官能評価試験であり,①マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の実施例1に相当する飲料1),②マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1及び甲4発明に相当する飲料2)及び③マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物に乳化剤を加えていないミルクコーヒー(飲料3)について,20名のパネラーが,「コーヒー特有の苦味,酸味,渋み」を一対比較法(「差がない」,どちらかが「わずかに弱い」,「弱い」,「非常に弱い」の7つの選択肢のいずれかを選択するもの)によってそれぞれ比較したものである。このうち,飲料1と飲料2との比較は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較を行うものといえるところ,乙22には,その結果として,20名のパネラーのうち,「飲料1と飲料2とで差がない」とした者が13名,「飲料1の方がわずかに弱い」とした者が2名,「飲料1の方が弱い」とした者が1名,「飲料2の方がわずかに弱い」とした者が1名,「飲料2の方が弱い」とした者が3名であったことが示されている。

乙22試験の上記結果は,飲料1と飲料2において,「コーヒー特有の苦味,酸味,渋み」に格別の差がないことを示しているといえる。

これに対し,原告らは,乙22試験について,パネラーが味の差を認識できるかどうかの試験を行っていないものと認められるから,その試験方法には不備があるなどと主張する。しかし,乙22の記載からは,「コーヒー特有の苦味,酸味,渋み」の識別に関し,パネラーに対して事前にどのような指示や試験が行われたのかは明らかでなく,このことは,原告三菱フーズ等が実施した官能評価試験に係る報告書(甲56,59,77)においても同様であるから,乙22試験についてのみ試験方法に不備があるなどと断定することはできない。

(e) 甲77試験について

甲77試験は,原告三菱フーズが実施した官能評価試験であり,①マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の実施例1に相当する実験例1),②マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1及び甲4発明に相当する実験例2)及び③マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物に乳化剤を加えていないミルクコーヒー(実験例3)について,10名のパネリストからなるパネルA及び15名のパネリストからなるパネルBが,「コーヒー特有の苦味,酸味,渋み」を一対比較法(「とても強い」,「強い」,「やや強い」,「同じくらい」,「やや弱い」,「弱い」,「とても弱い」の7つの選択肢のいずれかを選択するもの)によってそれぞれ比較したものである。このうち,実験例1と実験例2との比較は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較を行うものといえるところ,甲77には,その結果として,延べ69名のパネラーのうち,実験例1を基準とした際の実験例2の選択肢につき,「やや強い~とても強い」とした者が33名,「同じくらい」とした者が13名,「やや弱い~とても弱い」とした者が23名であったことが示されている。

そして,総判定数が70の場合の危険率5%の正解数は43であるところ(乙14の127頁(表1)),上記試験結果においては,延べ69名のパネリストのうち,実験例2の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが強い」とした者(すなわち,実験例1の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」とした者)は33名にとどまるのであり,上記危険率5%の水準を満たす結果とはなっていないのであるから,甲77試験の結果は,実験例2よりも実験例1の方がコーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱いことを有意に示すものとはいえない。

この点,原告らは,実験例1と実験例2の比較の結果及び実験例1と実験例3の比較の結果を合算して総合的に評価すれば,延べ138名のパネリスト中65名が,実験例2又は実験例3(本件発明1以外コーヒー飲料)よりも実験例1(本件発明1のコーヒー飲料)の方が「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」と評価したことになり,この結果は,後者が前者と比較して,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が5%の有意水準で有意に弱いことを示している旨主張する。

しかし,実験例1と実験例3の比較は,マンナン分解酵素処理の有無のみに着目した味の比較ではなく,その結果を実施例1と実施例2の比較の結果と合算した結果によって,マンナン分解酵素処理の有無による味の差を評価することはできないから,当該合算した結果に上記のとおりの有意差が認められるからといって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが示されることにはならない。

⒡ まとめ

以上によれば,原告らがその主張の根拠とする官能評価試験の結果のうち,甲56試験の結果は,そもそもマンナン分解酵素処理の有無による味の比較結果を示すものではなく,また,甲59試験及び甲77試験の結果は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較結果を含むものではあるものの,マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件発明1に相当するもの)の方が,マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(甲4発明に相当するもの)よりも,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」ことを有意に示すものとはいえない。

他方,甲68試験の結果は,マンナン分解酵素処理の有無による味の比較結果を含み,かつ,マンナン分解酵素処理がされたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件発明1に相当するもの)の方が,マンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(甲4発明に相当するもの)よりも,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋みが弱い」ことを有意に示すものということができる。

しかしながら,被告の実施に係る乙22試験の結果では,マンナン分解酵素処理の有無によって「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」に差がないことが示されており,また,上記のとおり,原告三菱フーズ等の実施に係る甲59試験及び甲77試験の結果でも,マンナン分解酵素処理の有無による「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」の有意な差が示されていないことを考慮すれば,甲68試験の結果のみに格別の信頼性を置くことはできないというべきであり,結局のところ,これらの試験結果を総合してみれば,これらによって,本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できると断ずることはできない。

(ウ) 以上によれば,本件発明1について,甲4発明(TPを含有するものの,マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較して,「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという有利な効果があると認めることはできない。

ウ 小括

以上の次第であるから,本件発明1について,甲4発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとする原告らの主張は理由がなく,したがって,本件発明1に甲4発明と比較した顕著な効果があることを否定し,これを前提に,本件発明1は甲4発明と甲1ないし3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

(2)  甲4発明に基づく本件発明2の容易想到性を認めた本件審決の判断の適否について

ア 相違点3及び4に係る本件発明2の構成の容易想到性について

(ア) 甲4発明と本件発明2を対比すると,本件審決認定のとおりの一致点及び相違点3及び4(前記第2の3(2)イ(イ))を認めることができる(当事者間に争いがない)。

(イ) 相違点3について

甲4発明において相違点3に係る本件発明2の構成とすることが,当該構成に着目する限り,当業者が容易に想到し得たことであることは,本件発明1について述べたとおり(前記 (1)ア)である。

(ウ) 相違点4について

甲4の記載(本件審決適示の[甲4-1]及び[甲4-4](別紙審決書16,17頁))によれば,甲4には,乳化剤である「ポリグリセリン脂肪酸モノエステル」を構成する脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸であることが記載され,また,トリグリセリン脂肪酸モノエステルの具体例として,「トリグリセリンモノラウレート(モノエステル含有量70wt%)」,「トリグリセリンモノミリステート(モノエステル含有量80wt%)」及び「トリグリセリンモノパルミテート(モノエステル含有量83wt%)」が記載されている。

したがって,相違点4に係る本件発明2の構成のうち,「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルの構成脂肪酸が,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,ステアリン酸の群から選ばれる何れかであ」ることが,本件発明2と甲4発明との実質的な相違点でないことは明らかである。

また,トリグリセリン脂肪酸エステルがモノエステルである場合のエステル置換度は20%であり,ジエステル,トリエステルである場合のエステル置換度はそれぞれ40%,60%であるから,例えば,甲4において,トリグリセリン脂肪酸エステルがトリグリセリンモノパルミテート(モノエステル含有量83wt%)である場合,モノエステル以外がジエステルであるときのエステル置換度は「20×0.83+40×0.17=23.4%」となり,モノエステル以外がトリエステルであるときのエステル置換度は「20×0.83+60×0.17=26.8%」となって,いずれも「エステル置換度が30%以下」となる。そして,甲4発明において,乳化剤であるトリグリセリン脂肪酸モノエステルとして,甲4に具体的に記載された「トリグリセリンモノパルミテート(モノエステル含有量83wt%)」を採用することは,当業者が容易になし得ることである。してみると,相違点4に係る本件発明2の構成のうち,「重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルのエステル置換度を30%以下」とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。

以上によれば,甲4発明において相違点4に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。(以上については,本件審決が認定・判断するとおりであり,原告らもこれを積極的に争う旨の主張はしていない。)

イ 顕著な効果の有無について

原告らは,本件発明2についても,相違点3との関係で,本件発明1の場合と同様に,甲4発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとして,本件審決の容易想到性判断に誤りがある旨を主張する。

しかし,原告らの顕著な効果に係る主張に理由がないことは,本件発明1について述べたとおり(前記(1)イ)である。

ウ 小括

したがって,本件発明2に甲4発明と比較した顕著な効果があることを否定し,これを前提に,本件発明2は甲4発明と甲1ないし3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

(3)  甲4発明の2に基づく本件発明3の容易想到性を認めた本件審決の判断の適否について

ア 相違点6に係る本件発明3の構成の容易想到性について

(ア) 甲4の記載(本件審決適示の[甲4-1]ないし[甲4-13](別紙審決書16~18頁))によれば,甲4には,本件審決認定のとおりの甲4発明の2が記載され,これと本件発明3とを対比すると,本件審決認定のとおりの一致点及び相違点6(前記第2の3(3)エ(イ))を認めることができる(当事者間に争いがない)。

(イ) 他方,甲1ないし3の記載(本件審決適示の[甲1-1]ないし[甲1-9],[甲2-1]ないし[甲2-4]及び[甲3-1]ないし[甲3-5](別紙審決書10~16頁))によれば,コーヒー飲料においては,高温処理や長期保存によりその成分に基づく沈殿が発生することが,本件特許の優先日前からの周知の課題であったことが認められる。

また,このような課題に対応し,甲2には,長期間保存した後でも沈殿発生が防止されているコーヒー飲料を製造するために,コーヒー抽出液に,乳成分と乳化剤を添加する前に,マンナン分解酵素であるガマナーゼ1.5Lを加えて45℃,pH5.0で2時間酵素処理を行うこと(段落【0003】,【0012】)が,甲3には,多糖類などに起因して沈殿の発生しやすいコーヒー飲料において,経時的な保存における沈殿の発生を防止し,かつ,品質を劣化させないコーヒー飲料を製造するために,コーヒー抽出液に,乳成分と乳化剤を添加する前に,ガラクトマンナン分解酵素であるセルロシンGM5を加えて35℃で30分間酵素処理を行うこと(段落【0003】,【0007】,【0033】~【0035】)及び当該酵素処理をpH4.5~5.8のコーヒー液のpHを調製せずに(つまり,そのままのpHで)行うこと(段落【0022】)が,それぞれ記載されている。

してみると,甲2及び3の記載に接した当業者であれば,乳成分を含有するコーヒー飲料を製造する際,コーヒー抽出液に,乳成分と乳化剤を添加する前に,甲2及び3に記載されるマンナン分解酵素処理を行うことにより,コーヒー抽出液に含まれるガラクトマンナン等の多糖類が分解され,その結果,高温処理や長期保存によって生じる沈殿の発生というコーヒー飲料における周知の課題を解決できることを当然に理解するものといえる。(以上については,本件審決が認定・判断するとおりであり,原告らも,これを積極的に争う旨の主張はしていない。)

(ウ) そこで,以上を踏まえて,甲4発明の2において,相違点6に係る本件発明3の構成とすることの容易想到性につき検討するに,上記(イ)のとおり,高温処理や長期保存によりコーヒーの成分に基づく沈殿が発生することは,コーヒー飲料全般に生じ得る課題であり,コーヒー飲料の製造方法に係る甲4発明の2にも当てはまるものであるから,当業者であれば,甲4発明の2においても,当該課題を解決するために,コーヒー抽出物に,乳成分とTPを添加する前に,甲2及び3記載のマンナン分解酵素処理を行うことは,容易に想到し得ることである。また,その際に,コーヒー抽出物に由来する多糖類が相違点6に係る(A)又は(B)の条件を満足するものとすることを当業者が容易になし得ることも,前記(1)ア(ウ)で述べたとおりである。

してみると,甲4発明の2において,相違点6に係る本件発明3の構成とすることは,当該構成に着目する限り,当業者が容易に想到し得たことといえる。

イ 顕著な効果の有無について

原告らは,本件発明3についても,相違点6との関係で,本件発明1の場合と同様に,甲4発明の2と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとして,本件審決の容易想到性判断に誤りがある旨を主張する。

しかし,原告らの顕著な効果に係る主張に理由がないことは,本件発明1について述べたとおり(前記(1)イ)である。

ウ 小括

したがって,本件発明3に甲4発明の2と比較した顕著な効果があることを否定し,これを前提に,本件発明3は甲4発明の2と甲2及び3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

(4)  甲4発明の2に基づく本件発明4の容易想到性を認めた本件審決の判断の適否について

ア 相違点4及び6に係る本件発明4の構成の容易想到性について

甲4発明の2と本件発明4を対比すると,本件審決認定のとおりの一致点及び相違点4及び6(前記第2の3(4)ウ(イ))を認めることができる(当事者間に争いがない)。

そして,甲4発明の2において,これらの相違点に係る本件発明4の構成とすることが当業者が容易に想到し得たことであることは,前記(2)ア(ウ)(相違点4)並びに(3)ア(イ)及び(ウ)(相違点6)で述べたとおりである。

イ 顕著な効果の有無について

原告らは,本件発明4についても,相違点6との関係で,本件発明1の場合と同様に,甲4発明の2と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとして,本件審決の容易想到性判断に誤りがある旨を主張する。

しかし,原告らの顕著な効果に係る主張に理由がないことは,本件発明1について述べたとおり(前記(1)イ)である。

ウ 小括

したがって,本件発明4に甲4発明の2と比較した顕著な効果があることを否定し,これを前提に,本件発明4は甲4発明の2と甲2及び3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

3  結論

以上によれば,本件発明1ないし4のいずれについても,甲4記載の発明に基づく容易想到性を認め,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとした本件審決の判断に誤りはないから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものとはいえない。

よって,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)

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