知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10059号 判決 2017年4月12日
原告
株式会社マキタ
同訴訟代理人弁護士
櫻林正己
同 弁理士
小林武
被告
日立工機株式会社
同訴訟代理人弁護士
小林幸夫
同
弓削田博
同
河部康弘
同
藤沼光太
同
神田秀斗
同 弁理士
筒井大和
同
筒井章子
同
小塚善高
同
青山仁
主文
1 特許庁が無効2015-800027号事件について平成28年1月29日にした審決のうち,「特許第5633940号の請求項3から8まで及び10に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,発明の名称を「携帯用電気切断機」とする特許第5633940号(平成24年3月15日出願,平成26年10月24日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 原告は,平成27年2月13日,特許庁に対し,本件特許を無効とすることを求めて審判請求をした。これに対し,特許庁は,当該請求を無効2015-800027号事件として審理をし,平成28年1月29日,「特許第5633940号の請求項1,2及び9に係る発明についての特許を無効とする。特許第5633940号の請求項3から8まで及び10に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決をした(以下「本件審決」という。)。その謄本は,同年2月8日,原告に送達された。
原告は,同年3月4日,本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲請求項1~10に係る発明は,本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。),特許請求の範囲及び図面(以下「本件図面」という。また,本件明細書と併せて「本件明細書等」ともいう(別紙1)。)の記載によれば,以下のとおりのものである(本件審決に基づき構成要件を分説して記載する。以下,各請求項に係る発明を「特許発明1」のようにいい,これらを併せて「本件特許発明」という。)。
【請求項1】
A.モータを備える携帯用電気切断機であって,
A-1.前記モータを収容するハウジングと,
A-2.前記モータにより回転駆動される鋸刃と,
A-3.前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベースと,
A-4.前記モータにより回転駆動され,回転時に発生するファン風によって前記モータの冷却を行うファンと,
B-1.前記モータへの供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路と,
B-2.前記駆動回路を制御する制御回路と,
B-3.前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板とを備え,
C-1.前記ハウジングの反鋸刃側にモータ冷却用風窓と回路基板冷却用風窓が設けられ,
C-2.前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,
C-3.前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファン風の通路内に配置されており,
D-1.前記モータは,ブラシレスモータであり,
D-2.前記モータの回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段とを更に備え,
D-3.前記制御回路は前記回転状態検出手段の信号を受信し,前記駆動回路に前記モータの駆動を制御する信号を送信することを特徴とする携帯用電気切断機。
【請求項2】
E-1.前記ファンは,前記モータと共に前記ハウジング内のモータ収容部に収容され,
E-2.前記回路基板を収容する前記ハウジング内部と前記モータ収容部とは連通していると共に,
E-3.前記ハウジングに設けられた前記回路基板冷却用風窓と前記モータ収容部との間に前記回路基板が配置されていることを特徴とする請求項1記載の携帯用電気切断機。
【請求項3】
F.前記回路基板は第1の基板と第2の基板を有し,前記駆動回路が第1の基板に搭載され,前記制御回路が第2の基板に搭載され,前記第1の基板が前記ハウジングのハンドルと前記ベースとの間に位置する前記ハウジング内部に配置されるとともに,前記第2の基板が前記第1の基板から離れた位置に配置されている,請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。
【請求項4】
G.前記回路基板は第1の基板と第2の基板を有し,前記駆動回路が第1の基板に搭載され,前記制御回路が第2の基板に搭載され,前記第2の基板が前記ハウジングのハンドルと前記ベースとの間に位置する前記ハウジング内部に配置されるとともに,前記第1の基板が前記モータの側方位置の前記ハウジング内部であって,かつ前記ファン風の通路に配置されている,請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。
【請求項5】
H.前記第1の基板には,交流電源入力をブラシレスモータ駆動用の直流電力に変換する整流器及び平滑コンデンサがさらに搭載されている請求項3又は4記載の携帯用電気切断機。
【請求項6】
I.前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されていることを特徴とする請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。
【請求項7】
J.前記回路基板は,前記モータが前記ベースに近接する状態において,前記ベース上面と略直交する配置であることを特徴とする請求項6記載の携帯用電気切断機。
【請求項8】
K.前記ハンドルと前記ソーカバーとの間に,前記ベース底面からの前記鋸刃の突出量を調整するレバーを有することを特徴とする請求項7記載の携帯用電気切断機。
【請求項9】
L-1.前記回転状態検出手段は,前記モータ収容部内に収容され,
L-2.前記モータにより回転されるセンサマグネットと,該センサマグネットと近接対向するよう配置されるセンサ基板と,該センサ基板上に配置される回転位置検出素子を有することを特徴とする請求項2記載の携帯用電気切断機。
【請求項10】
M-1.前記回転状態検出手段は,前記ハウジング内のモータ収容部内に収容されたセンサ基板を有し,
M-2.該センサ基板と前記回路基板とは電気接続されていることを特徴とする請求項6乃至8のいずれか1項記載の携帯用電気切断機。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,その概要は,特許発明1,2及び9に係る特許は,特許法(以下「法」という。)29条の2に違反してされたものであり,法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであり,また,以下のとおり,特許発明3~8及び10に係る特許を無効とすることはできない,というものである(以下では,原告主張の取消事由と関連する部分のみに言及する。)。
(1) 無効理由1の1(明確性要件)について
ア 原告の主張する無効理由1の1は,特許発明1の構成要件C-2における「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」という記載のうちの「ファンの径方向外側」という記載により特定される範囲が明確でないから,本件特許発明に係る特許は,法36条6項2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである,というものである。
イ 特許発明1の構成要件C-2の記載は,「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」たものであることを前提として,「回路基板」の「配置され」る位置を特定するものである。したがって,「前記ファンの径方向外側」との記載は,単に方向を示すものではなく,基板が配置されるべき位置や範囲を特定しようとするものである。
また,「前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき」との記載によって「径方向」という用語が定義されているところ,「ファンの回転軸」は,軸方向の両端部を有する有限の長さのものであるから,当該「径方向」という用語も,単に方向を特定するだけでなく,その範囲を軸方向の両端部の間に特定しているといえる。そして,当該用語の定義の後の「前記ファンの径方向外側に配置され」との記載が,配置される範囲を「前記ファンの径方向」の「外側」に限定するものであることは明らかである。ここで,「前記ファンの径方向」とは,「径方向」を「ファンの」と限定しているといえるところ,「径方向」とは,上記の定義のとおり,「前記ファンの回転軸に直交する方向」であって,「ファンの回転軸」の両端部の間に範囲を特定している。そうすると,「前記ファンの径方向」という範囲は,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲が,「ファンの」によって限定されているから,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲のうちで,ファンが存在する回転軸方向の範囲を意味するということができ,さらにその「外側」に限定された範囲は,説明図1(a)(別紙審決書(写し)7頁)において「ファン径方向外側の領域」として示す範囲(以下「(a)領域」という。)になると解釈できる。
このような解釈は,本件特許の手続の経緯における被告の主張とも整合する。
ウ 以上のとおり,特許発明1の構成要件C-2における「ファンの径方向外側」が(a)領域になることは特許発明1の記載から理解できるから,特許発明1及びこれを直接又は間接に引用する特許発明2~10は明確であって,その特許が法36条6項2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたということはできず,無効理由1の1によっては本件特許発明に係る特許を無効とすることはできない。
(2) 無効理由1の2(サポート要件及び明確性要件)について
ア 原告の主張する無効理由1の2は,特許発明6の「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」という記載のうちの「モータの回転軸と平行に延びる」とは,基板のどの部分が回転軸と平行であるのか明確でなく,また,「前記回路基板」は,特許発明1の構成要件B-3の「前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板」であるところ,そのうちの「両方を搭載した回路基板」について,「モータの側方位置」に配置することにつき本件明細書等に記載されていないから,特許発明6~8及び10に係る特許は,法36条6項1号及び2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである,というものである。
イ 明確性要件について
「モータの回転軸と平行に延びる」との記載の「延びる」という動詞の主語が「前記回路基板」であることは明らかであるところ,一般に,基板が板状体であり,当該板状体に各種の部品が搭載されて回路が形成され,全体として平面形状であることは,当業者にとって自明な事項である。そうすると,「モータの回転軸と平行に延びる」とは,「前記回路基板」が全体として呈している上記「平面形状」が,モータの回転軸と平行に延びている意味であると解するほかはなく,「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」という記載のうちの「モータの回転軸と平行に延びる」という記載は,明確である。
そうすると,特許発明6並びにこれを直接又は間接に引用する特許発明7,8及び10に係る特許は,法36条6項2号の要件に適合し,無効理由1の2のうちの明確性要件の理由によってはこれらを無効とすることはできない。
ウ サポート要件について
本件明細書等の記載によれば,第1の実施の形態は,駆動回路20及び制御回路30を回路基板60に搭載していることを,第2の実施形態は,駆動回路20が第1の回路基板60Aに,制御回路30が第2の回路基板60Bにそれぞれ搭載され,当該第2の回路基板60Bがモータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置されていることを,第3の実施形態は,駆動回路20が第1の回路基板60Cに,制御回路30が第2の回路基板60Dにそれぞれ搭載され,第1の回路基板60Cがモータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置されていることを,それぞれ理解できる。
本件明細書等のこれらの記載に接した当業者であれば,駆動回路や制御回路を設ける場所として,回路基板60,60A,60Dのようにハウジング内の回路基板収容部に設けるか,あるいは,回路基板60B,60Cのようにモータ収容部の内壁面とモータ固定子間の隙間に設けるかのいずれかを適宜選択することができ,かつ,その際に両回路を1つの基板上に配置してもよいとの技術的事項を理解でき,さらには,第3の実施形態の「第1の回路基板60C」のように,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板に,駆動回路及び制御回路の両方を搭載させてもよいことを当然に理解できる。そして,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板が,特許発明6でいう「モータの側方位置」に配置されていることは明らかである。
もっとも,そのように,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板に駆動回路及び制御回路の両方を搭載させるならば,第2の実施形態の「第2の回路基板60B」や,第3の実施形態の「第1の回路基板60C」よりも基板の面積を広く拡張する必要があることは明らかであり,「モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,」そのような拡張された基板を配置しようとすれば,特許発明6の特定のとおりに「モータの回転軸と平行に延び」,かつ,特許発明6で引用する特許発明1の特定のとおりに「回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」るものになることが,当業者には理解できる。
そうすると,駆動回路及び制御回路の「両方を搭載した回路基板」について,「モータの側方位置」に配置することは,本件明細書等に記載されているに等しい事項ということができるから,特許発明6は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である。
したがって,特許発明6並びにこれを直接又は間接に引用する特許発明7,8及び10に係る特許が,法36条6項1号の要件を満たしていない特許出願に対してされたということはできず,無効理由1の2のうちのサポート要件の理由によってはこれらを無効とすることはできない。
(3) 無効理由3(進歩性)について
ア 原告の主張する無効理由3は,特許発明1,2及び9は,甲8(特開2012-735号公報。以下「甲8文献」という。)記載の発明(以下「甲8発明」という。)及び甲9(特開平11-129169号公報。以下「甲9文献」という。)に記載された事項(以下「甲9記載の技術的事項」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許発明3~8及び10は,甲8発明,甲9記載の技術的事項及び甲11(特開2003-209960号公報)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許発明に係る特許は,いずれも法29条2項に違反してされたものであり,法123条1項2号に該当し,無効とされるべきである,というものである。
イ(ア) 甲8発明
ブラシレスモータ3を備える携帯用切断機1であって,
ブラシレスモータ3を収容するモータハウジング21,ギヤケース22及びソーカバー23から構成されるハウジング2と,
モータハウジング21とソーカバー23との間を接続するギヤケース22に設けられたハンドル6と,
ブラシレスモータ3により回転駆動される鋸刃5と,
ハウジング2の下方に位置して,被加工部材上を摺動可能な底面を持ち,鋸刃5が挿通する開口部が形成されたベース7と,
ブラシレスモータ3の出力軸32に設けられ,ブラシレスモータ3を冷却する冷却ファン34と,
制御基板31とを備え,
ブラシレスモータ3を冷却する外気を取り込むためにモータハウジング21の反鋸刃側に複数の吸気口21aが設けられ,
ブラシレスモータ3の回転子36に備えられた磁性体38の磁場の変化を検知する複数のセンサ31Aを制御基板31に備え,
制御基板31はセンサ31Aの検知信号を受信し,回転子36の回転角度及び回転方向を制御するものである携帯用切断機1。
(イ) 特許発明1と甲8発明との対比
a 一致点
モータを備える携帯用電気切断機であって,
前記モータを収容するハウジングと,
前記モータにより回転駆動される鋸刃と,
前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベースと,
前記モータにより回転駆動され,回転時に発生するファン風によって前記モータの冷却を行うファンと,
前記モータの駆動を制御するための基板とを備え,
前記ハウジングの反鋸刃側にモータ冷却用風窓が設けられ,
前記モータは,ブラシレスモータであり,
前記モータの回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段とを更に備え,
前記モータの駆動を制御するための基板の回路は,前記回転状態検出手段の信号を受信し,前記モータの駆動を制御する信号を送信する携帯用電気切断機。
b 相違点1
特許発明1の回路や基板は,「前記モータへの供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路と,前記駆動回路を制御する制御回路と,前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板」であり,「前記制御回路は前記回転状態検出手段の信号を受信し,前記駆動回路に前記モータの駆動を制御する信号を送信」するものであるのに対して,甲8発明の基板は,「制御基板31」であり,「制御基板31はセンサ31Aの検知信号を受信し,回転子36の回転角度及び回転方向を制御」するものである点。
c 相違点2
特許発明1は,「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファン風の通路内に配置」されるものであるのに対して,甲8発明は,そのようなものではない点。
(ウ) 相違点2についての判断
a 甲9記載の技術的事項
甲9文献には,ファン3の半径方向の外側にハンドル部7を設け,ハンドル部7内に電力素子1を設けることで,モータ2を冷却するファン3によって,ハンドル部7に設けた風窓9からハンドル部7内に冷却風が流れて,電力素子1が冷却されるという技術的事項(甲9記載の技術的事項)が記載されている。
b 阻害事由1
甲8発明の制御基板31は,回転子36の磁性体38の磁場の変化を検知する複数のセンサ31Aを備えているところ,甲8文献の段落【0024】に「センサ31Aを磁性体38の近傍に配置することが必要となる」と記載されているから,センサ31Aを備えた制御基板31についても,磁性体38の近傍に配置する必要があることは明らかである。
甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用すれば,甲8発明の制御基板31は甲8発明のハンドル6内に設けることになるが,そうすると,制御基板31を磁性体38から離れた位置に配置することになり,センサ31Aによって磁性体38の磁場の変化を検知することができず,ブラシレスモータの制御を行うことができなくなる。したがって,当業者が,甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用しようなどと試みるはずはない(以下「阻害事由 1」という。)。
c 阻害事由2
甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用するためには,甲8発明のハンドル6を,甲8発明の冷却ファン34の半径方向の外側に設ける必要があることは明らかである。
しかし,甲8文献には,ハンドルを挟んで位置する,一方側の整流子モータと他方側の鋸刃及びソーカバーとの,両側の重量バランスが悪いことを解決課題として,ハンドル下方に重心を位置させることで当該課題を解決することが示されているところ,甲8発明のハンドル6を甲8発明の冷却ファン34の半径方向の外側に設けるとすれば,ハンドル6は,重心位置(G)に対して反鋸刃側に位置することになり,上記課題が解決されないことになる。したがって,当業者が,甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用しようなどと試みるはずはない(以下「阻害事由2」という。)。
d 以上より,相違点2に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものということはできないから,特許発明1は,甲8発明,甲9記載の技術的事項等に基づき当事者が容易に想到し得たものとはいえない。そうである以上,特許発明1を直接又は間接に引用する特許発明2~10についても同様である。
したがって,本件特許発明に係る特許は,法29条2項に違反してされたものであるということはできず,無効とすることはできない。
第3当事者の主張
1 原告の主張
(1) 原告の主張する取消事由は,以下の3点である。
ア 取消事由1
記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の2)
イ 取消事由2
記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1)
ウ 取消事由3
進歩性に関する特許発明1と甲8発明との相違点の認定及び甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用することの困難性についての認定・判断の誤り(無効理由3)
(2) 取消事由1(記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の2))
ア 本件明細書には,回路基板について,ハウジング内に設けた回路基板60,60A,60D(以下,これらの基板と同様の位置に配置される基板を「横置き基板」という。なお,各構成要素に付した符号は,本件明細書等のそれに対応するものである。以下同じ。)とモータ収容部の内壁面とモータ固定子間の隙間に設けた回路基板60B,60C(以下,これらの基板と同様の位置に配置される基板を「縦置き基板」という。)の2種類の回路基板が記載されているところ,本件審決が,これら2種類の回路基板の技術的意義を考慮することなく,上位概念として両者を包含する「基板」に駆動回路及び制御回路の両方を搭載させる技術が記載されていると認識して,「両回路を1つの基板上に配置してもよいとの技術的事項を理解でき」ると認定,判断したことは誤りである。
すなわち,以下のとおり,特許発明6は,縦置き基板の位置に配置された単一の回路基板に駆動回路及び制御回路の両方が搭載されたものを含むところ,本件明細書には,「横置き基板に駆動回路と制御回路の両者を配置する技術」は記載されているが,「縦置き基板に駆動回路と制御回路の両者を配置する技術」は記載されていない。この点に関する本件審決の認定・判断の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかである。
イ(ア) 特許発明6の構成要件B-3「前記駆動回路(20)及び制御回路(30)のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板とを備え,」で特定された,駆動回路(20)及び制御回路(30)の両方を搭載し得る「回路基板」は,構成要件C-2の記載から,本件明細書記載の第1~第3の実施の形態(以下「第1の実施の形態」のようにいう。また,これらを併せて「本件実施例」という。)の回路基板(60,60A,60D。横置き基板。)と解される。特許発明6は,特許発明4のように複数の基板を有するものではないから,第1の実施の形態のごとく回路基板が単一で,駆動回路及び制御回路の両方が搭載されたものを含む。
一方,構成要件Iは「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」とし,回路基板が,第2及び第3の実施の形態の回路基板(60B,60C。縦置き基板。)の位置に配置されていることを特定している。
すなわち,特許発明6は,縦置き基板の位置に単一の基板が配置され,かつその回路基板に駆動回路及び制御回路の両方が搭載されているものを含む。
(イ) 本件特許発明は,携帯型の電気切断機において,ブラシレスモータを採用することにより生じる,駆動回路及び制御回路の冷却とコンパクト性の両立という課題を解決することを意図した発明である。このような本件特許発明における横置き基板と縦置き基板の技術的意義については,本件明細書の記載によれば,まず横置き基板を配置したことにより,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずに回路基板の配置スペースを確保でき,しかも回路基板の冷却を良好に行うことが可能であるという発明の効果を生じ,その上で,その一部を縦置き基板に配置する選択肢が提示され,その場合には,回路基板の設計の自由度が高まり,横置き基板周辺への影響を少なくするという効果も生じさせることができるとされているものと理解される。
本件明細書のこのような記載に接した当業者は,縦置き基板は単独で用いられるものではなく,必ず発明の主たる効果を生じさせる横置き基板と組み合わされて用いられるものであると理解するのであって,縦置き基板にすべての回路(駆動回路及び制御回路の両方)が搭載されているとは認識しない。
(ウ) そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,横置き基板を「ハンドルとベースとの間に位置するハウジング内部」に配置することを前提とし,発明の効果を生じさせた上で,更に必要に応じて縦置き基板を設けた発明が記載されているのであって,縦置き基板のみを備えた発明は記載されていないことから,特許発明6はサポート要件を欠くことになる。この点に関する本件審決の認定・判断は誤りであるから,これを根拠とする特許発明7,8及び10についての本件審決の認定・判断も誤りである。
(3) 取消事由2(記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1))
ア 本件審決は,「ファンの径方向外側」の意義について,「ファンの径方向外側」で限定された範囲は(a)領域になると解釈したものであるが,以下のとおり,「ファンの回転軸」の解釈を誤り,「ファンの径方向外側」の意義を発明の詳細な説明に用いられる意義と異なる解釈をしたものであるから,その認定・判断は誤りであり,その誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかである。
イ(ア) 機械分野において「軸」(回転軸)とは,金属の柱状体で,回転する機械部材に結ばれて動力又は運動を伝えるものである「shaft」の意味で用いられる場合と,中心線を意味する「axis」の意味で用いられる場合があるところ,特許発明1の構成要件C-2の「ファンの回転軸」についても,これに応じて「ファンに結ばれて回転を伝える柱状体のもの」(shaft)又は「ファンの回転中心線」(axis)の2つの解釈があり得る。
本件明細書の段落【0027】には,「回路基板収容部65は,ハンドル3とベース6との間の高さ位置にあって,かつファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置するハウジング2の部分に設けた凸部69(ソーカバー5側へ突出)の内側に形成されており,」と記載されている。この記載によれば,特許発明1における回路基板の配置については,ハンドル3とベース6との間の高さ位置にあること,ハウジング2の部分に設けた凸部69(ソーカバー5側へ突出)の内側にあること,ファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置することとされているところ,このうち3点目の技術的意義については,「ファン7の回転によりファンガイド5d内側が負圧になることを有効利用して回路基板冷却用風窓66,67からファンガイド5d内側に至る冷却風を発生させるためである。」とされている。このような技術的意義に鑑みると,本件明細書の発明の詳細な説明における「ファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置する」とは,(a)領域ではなく説明図1(b)(別紙審決書(写し)7頁)において「ファンの径方向外側の領域」として示される範囲(以下「(b)領域」という。)を表わすものと解される(ここで,「回転軸」とは回転軸線(axis)を意味する。)。
(イ) 本件審決は,「回転軸」を「shaft」と解しているが,本件明細書に記載されたファン7はモータの出力軸方向に中空部があり,その中空部においてモータの出力軸に固定されている。すなわち,「ファン」自体は柱状体の軸部材であるシャフトを備えていないから,軸方向の両端部を有することはない。
(ウ) 被告は,平成26年4月3日付け意見書(甲5)において「本願の請求項1乃至6に係る発明は『前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置』されているのに対し,先願の引用文献1(裁判所注:甲7)に記載された発明は,このような構成を有しません。」などと主張したところ,甲7の記載内容を考慮すると,この意見書における被告の主張は,「回路基板の少なくとも一部」が(a)領域に位置すると主張していると解される。
しかし,被告は,上記意見書において,請求項1の補正の根拠として旧請求項2等に言及するところ,旧請求項2は「前記回路基板は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置されていることを特徴とする請求項1記載の携帯用電気切断機。」というものであるから,「回路基板の少なくとも一部」の配置を特定するものではない。旧請求項2は回路基板の配置を特定したものであるから,旧請求項2の記載における「前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置されている」との記載は,「回路基板」の配置について(b)領域に配置されることを意味するものとして用いられていたのである。そうすると,特許発明1の構成要件C-2の限定は,出願人である被告の意図するものとはなっていない。
(エ) 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載のほか,出願審査の経緯を参酌しても,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」については(b)領域と解すべきであるにもかかわらず,被告は,(a)領域と解すべきと主張しているのであるから,この記載は明確とはいえない。
(オ) このように,特許発明1の構成要件C-2の「ファンの径方向外側」に関する本件審決の認定は誤りであり,この認定に基づく特許発明2~10についての本件審決の認定も誤りである。
(4) 取消事由3(進歩性に関する特許発明1と甲8発明との相違点の認定及び甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用することの困難性についての認定・判断の誤り(無効理由3))
ア 相違点2の認定の誤り(阻害事由1について)
(ア) 本件審決は,特許発明1の「駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板」と対比すべき甲8発明の制御基板を「制御基板31」としたが,以下のとおり,この認定は誤りであり,甲8発明の制御基板31は特許発明1の「回路基板」に対応しない。
(イ) 特許発明1の「回路基板」は,「駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板」である(その回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの径方向外側に配置される。)。
他方,甲8文献の段落【0024】には,「制御基板31上には,複数のセンサ31Aが設けられていて,センサ31Aが磁性体38の磁場の変化を検知している。これにより,制御基板31が回転子36の回転角度及び回転方向を制御している。」と記載されている。甲8文献にはブラシレスモータを駆動制御する手段について具体的な記載はないが,ブラシレスモータを駆動制御するためには,磁性体38の磁場の変化を検知するセンサ31Aの他に,ステータコイルへ流す電流の切替えを行うインバータ回路(特許発明1の「駆動回路」に相当)及びセンサ31Aの信号を受けてインバータ回路のスイッチング素子を制御する制御回路(特許発明1の「制御回路」に相当)が必要である。この点につき,本件審決は,上記段落【0024】の記載から,制御基板31上に制御回路と駆動回路とが搭載されていると認定したようであるが,誤りである。
すなわち,発熱量が大きく熱源となる駆動回路(スイッチング素子)と,高い熱雰囲気の下では誤作動しやすくなる制御回路(マイクロプロセッサ)が近接して配置されることはなく,しかも,モータの端部に配置されるため回路を設置する面積が限られる制御基板31に,駆動回路と制御回路の両方を搭載した場合,駆動回路で発生する熱の影響がないように十分に両者を離して設置することができない。さらに,制御基板31が配置される固定子37(モータの構成部品)も熱源となる部品であるため,この点からも,この場所に駆動回路と制御回路の両方を搭載する際は冷却のための特殊な工夫が必要になる。
このため,甲8文献に接した当業者は,その段落【0024】には,制御基板に駆動回路と制御回路の両方が搭載されていることは記載されておらず,磁性体38の磁場の変化を検知する検知センサ31Aが制御基板31に搭載され,そのセンサ31Aの出力に基づいて,回転子36の回転角度及び回転方向の制御が行われることが記載されている程度であると理解する。
そうであれば,甲8発明を認定する際には,駆動回路及び制御回路を搭載する回路基板については直接の記載がないと認定すべきである。
もっとも,ブラシレスモータを用いる甲8発明は,駆動回路及び制御回路によって回転角度及び回転方向の制御をするものであり,当然に駆動回路及び制御回路が搭載されている回路基板を備えていなければならない。そして,甲8発明の基板31に駆動回路又は制御回路のいずれかが搭載されていると解することは不可能ではないが,その場合でも,基板31に搭載されている駆動回路又は制御回路とは別の制御回路及び駆動回路を基板31とは別の基板に搭載する必要があり,その別の基板を甲9文献に記載された電力素子の冷却技術のごとき冷却ファンに連通するハンドル内に配置すれば,特許発明1と同じ構成となる。
以上より,甲8発明の制御回路及び駆動回路を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用しても,甲8発明の制御基板31は,甲8発明のハンドル6内に設けることにならず,ブラシレスモータの制御を行うことに支障は生じない。したがって,本件審決の認定に係る阻害事由1は存在しない。
イ 阻害事由2の判断の誤り
(ア) 本件審決は,甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として甲9記載の技術的事項を適用するためには,甲8発明のハンドル6を冷却ファン34の半径方向の外側に設ける必要があることは明らかであるとするが,この認定は誤りである。
本件審決の認定に係る「冷却ファン34の半径方向の外側」とは,(a)領域の意味で用いていると解されるが,甲9文献には,電力素子1を(a)領域に配置しなければならないとは記載されていない。前記のとおり,特許発明1の「径方向外側」の意義は明確ではないから,(b)領域とする理解も成り立つことになるところ,その場合,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用すれば,上記「径方向外側」の要件を満たし,本件審決が指摘する阻害事由2は存在しないことになる。
また,特許発明1の「径方向外側」の意義が(a)領域であると理解されるとしても,冷却される回路基板を(a)領域に配置することに技術的意義はないから,甲8発明のハンドル6を甲8発明の冷却ファン34の半径方向の外側に設ける必要が技術的に生ずることはない。
(イ) ある発明に他の技術を適用することができるか否かを判断する際に,動機付けの有無にかかわらず阻害事由があるというためには,そのような構成を採用した場合には開示されている発明の目的を達成することができないという程度では十分ではない。すなわち,本件審決が説示するように,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用すると甲8発明のハンドルの位置を変更しなければならないとしても,それだけで当業者は,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用することを諦めることはない。甲8発明は,電動工具の重量バランスを良くすることを目的とするものであるが,これは搬送中の取扱性を良くするという程度のことにすぎず,重量バランスが悪いというだけで電動工具として使用し得ないものになるわけではない。ブラシレスモータを用いた電動工具については,制御回路や駆動回路を搭載する回路基板の冷却が重要な課題となっているところ,電動工具の重量バランスを向上させるか,回路基板の冷却機能を向上させるかは,せいぜい設計目的として適宜選択することができる程度のことにすぎず,阻害事由となるものではない。
(ウ) そもそも,本件審決は,甲8発明の認定に際し,甲8文献が特許取得の対象とする発明と異なり,携帯用電気切断機の重量バランスを取るために必要な構成であるブラシレスモータの回転軸方向におけるハンドルの位置を特定していない発明を認定している。にもかかわらず,このような甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用する際には,甲8発明の構成に含まれておらず,甲8文献に記載されているにすぎない「重量バランスを取る」という課題を取り上げて阻害事由を論ずる本件審決の認定には誤りがある。
ウ 甲8発明も甲9文献記載の技術も,いずれも電動工具のモータを制御する部材を備えたものであって(技術分野同一),甲8発明のようなブラシレスモータにあっては,制御回路及び駆動回路を搭載する回路基板を冷却する必要があることは技術常識であるから(課題同一),甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用する動機付けはある。
エ したがって,本件審決は,甲8発明の構成の認定を誤るとともに,甲9記載の技術的事項を甲8発明に適用することの認定・判断も誤ったものであり,この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 被告の主張
(1) 取消事由1(記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定,判断の誤り(無効理由1の2))について
ア(ア) 特許発明6の技術的意義は,本件明細書の記載によれば,①「モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずに回路基板の配置スペースを確保でき」る点,②「回路基板の冷却を良好に行うことが可能である」点及び③回路基板を「前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に伸びるように配置」したことにより,「充分なファン風を通すことが容易になる」点にある(以下,これらを「効果①」のようにいう。)。なお,本件明細書に記載されたその他の効果は,駆動回路と制御回路をあえて別の基板に分けた場合の副次的な効果にすぎず,駆動回路と制御回路を別に設けることが必須の要件となっていない本件特許発明において,このような副次的効果を奏しなくとも,効果①~③を奏する場合には,本件特許発明の技術的意義を没却するものではない。
(イ) 技術的に見て,縦置き基板に駆動回路と制御回路を搭載することは可能であり,その場合も,効果①~③を奏する。
したがって,縦置き基板に駆動回路及び制御回路の双方を搭載した構成によっても,本件特許発明の技術的意義を没却することはない。
(ウ) 縦置き基板とファンガイド5dとの接触を回避することは,本件審決も認定するとおり,容易に想到し得るものである。また,特許発明1の構成要件C-2の「ファンの径方向外側」とは(a)領域であるところ,このような「ファンの径方向外側」に駆動回路及び制御回路の両方が搭載された縦置き基板が配置される構成が可能であることは明らかである。したがって,駆動回路及び制御回路の両方を縦置き基板に搭載した構成も,構成要件C-2に含まれる。
(エ) 本件明細書においては,横置き基板に必ず駆動回路又は制御回路を配置し,駆動回路及び制御回路を縦置き基板に搭載してはならないことを明示した記載はなく,また,駆動回路及び制御回路を縦置き基板に搭載すると特許発明6の技術的意義を没却する旨の記載もない。
さらに,本件明細書は,駆動回路及び制御回路を1つの回路基板に搭載する構成又は駆動回路と制御回路を別回路基板に搭載する構成で,特許発明6の構成要件C-2及びIを満たす構成を例示するにすぎない。
したがって,本件明細書から,当業者は,縦置き基板を設ける際には横置き基板を必ず設け,駆動回路又は制御回路の一方を横置き基板に搭載しなければならないという思想には至らず,縦置き基板に駆動回路及び制御回路を搭載しても構成要件C-2に含まれることから,縦置き基板に駆動回路及び制御回路を搭載する構成をも想到することができる。
イ 原告は,縦置き基板に駆動回路及び制御回路の両方ともに搭載するという技術は,特許発明6の技術的意義を没却するものであり,本件明細書にこのような技術が開示されているということはできない旨主張する。
しかし,原告の指摘に係る効果は,駆動回路及び制御回路を別基板に搭載したことによる効果であり,そのような効果から横置き基板が必須のものであることを導くことはできない。前記のとおり,縦置き基板のみでも本件特許発明の主たる効果を奏することができるのであるから,駆動回路及び制御回路を別基板に搭載することにより原告主張の効果が生ずるとしても,それは特許発明6の副次的効果にすぎず,ここから横置き基板が必須のものということはできない。
また,本件明細書等には,回路基板を1つにしてこれらの回路を集合した形態と,2つにしてこれらを分散配置した形態とが開示され,回路基板の配置方法については適宜任意に選択できるという技術が記載されている。
したがって,この点に関する本件審決の認定に誤りはなく,原告の主張は失当である。
ウ 以上より,特許発明6はサポート要件に違反せず,この点に関する本件審決の判断に違法はない。
(2) 取消事由2(記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1))について
ア 原告は,「ファン」自体は柱状体の軸部材であるシャフトを備えていないから,軸方向の両端部を有することはない旨主張するけれども,ファン7はモータ1により回転駆動されるためにモータ1の出力軸1aに取り付けられていることから,出力軸1aはファン7の回転軸であり,このことは,当業者であれば,疑問の余地なく理解し得る。また,軸部材である出力軸1aの回転中心線は回転軸線であり,軸部材も回転軸線も有限の長さである。本件審決も,このような当業者の技術常識にのっとった認定をしたものである。
イ(ア) 構成要件C-2において,「径方向」とは「ファンの回転軸に直交する方向」を指すとされている。「直交」とは方向を示すことは明らかであり,その意味は「直角に交わること」であるから,「ファンの回転軸に直交する方向」とは,ファンの回転軸に対して垂直に交わる方向をいうと解される。
さらに,上記方向を示すものとして理解された「径方向外側」の範囲を「ファンの」というかたちで限定していることから,結局,「ファンの径方向」とは,「ファンの回転軸」のうちで,ファンが存在する回転軸方向の範囲を意味し,さらにその「外側」に限定された範囲は,(a)領域の部分となる。
したがって,「ファンの回転軸」を「shaft」と「axis」のいずれに解釈するかを問わず,構成要件C-2の文言だけを見ても,それが示す範囲が(a)領域となることは明確である。
(イ) 当業者である原告自身も,他の特許出願において,「ファンの径方向外側」が(a)領域である旨の出願をしている。
(ウ) 本件特許発明は,その目的として携帯用電気切断機の小型化を挙げているところ,回路基板の少なくとも一部を「ファンの径方向外側」に配置するという本件特許発明の構成要件は,この目的に基づくものであり,その技術的意義は,回路基板の配置スペースの確保及び冷却を考慮しながら,携帯用電気切断機を「小型化」することである。しかるに,回路基板の少なくとも一部を(b)領域中(a)領域を除く部分に配置した場合,ハウジングの形状はファンの軸方向に大きく張り出すことになり,かつ,(a)領域に不必要なデッドスペースを生じるため,「小型化」を目的としたものとはいえない不都合を生じる。したがって,(a)領域の範囲に回路基板を配置することは,携帯用電気切断機の小型化に資するという技術的意義を有する。
ウ 以上より,「ファンの径方向外側」とは(a)領域を示すことは明確であるから,明確性要件の違反はなく,本件審決に何ら違法はない。
(3) 取消事由3(進歩性に関する特許発明1と甲8発明との相違点の認定及び甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用することの困難性についての認定・判断の誤り(無効理由3))について
ア(ア) 原告は,本件審決につき,甲8発明の制御基板31上に制御回路と駆動回路とが搭載されていると認定したことは誤りである旨主張する。
(イ) しかし,甲8文献の段落【0024】には「制御基板31上には,複数のセンサ31Aが設けられていて,センサ31Aが磁性体38の磁場の変化を検知している。これにより,制御基板31が回転子36の回転角度及び回転方向を制御している。」と明記されているところ,原告も認めるように,ブラシレスモータの回転子の回転角度及び回転方向を制御するためには,駆動回路及び制御回路が必要である。とすれば,上記段落の記載を当業者が見たとき,基板として唯一開示された制御基板31がブラシレスモータの駆動を制御しているものと理解し,そのための駆動回路及び制御回路が制御基板31に搭載されていると解釈することに何ら不自然な点はない。
(ウ) 一般論として制御回路が熱の影響を受けやすいものであったからといって,駆動回路が発する熱の影響を受ける場所に制御回路を配置した場合に必ず制御回路が動作不能となったり誤動作したりするものではなく,誤動作等するかどうかは制御回路の耐熱温度や駆動回路の発熱量,冷却構造等に依存することは技術常識である。したがって,熱の影響の可能性を根拠として,駆動回路が発する熱の影響を受けない場所に制御回路を配置しなければならないとする理由や,駆動回路と制御回路を別々の基板に搭載しなければならないとする理由はない。
(エ) 原告は,甲8発明の基板31に駆動回路又は制御回路が搭載されていると解釈し得ることを認めつつ,その場合,基板31に搭載されている駆動回路又は制御回路とは別の制御回路及び駆動回路を基板31とは別の基板に搭載する必要があるとするけれども,基板31に駆動回路又は制御回路が搭載されている場合に,これらとは別の制御回路及び駆動回路が必要となる理由等については説明されていない。
(オ) 以上より,甲8発明の「制御基板31」を特許発明1の「回路基板」と対比すべき基板とした本件審決の認定に誤りはなく,これに基づいて,甲9記載の技術的事項が甲8発明の制御基板31を冷却するための手段として採用される可能性を否定した本件審決の認定・判断にも誤りはない。
イ(ア) 原告は,「冷却ファン34の半径方向の外側」の意味につき,甲9文献には,電力素子1を(a)領域に配置しなければならないとは記載がされておらず,また,特許発明1の「径方向外側」を(b)領域とする理解も成り立つところ,その場合,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用すれば,上記「径方向外側」の要件を満たし,本件審決が指摘する阻害事由1は存在しないことになる旨主張する。
また,原告は,特許発明1の「径方向外側」の意義が(a)領域であるとしても,冷却される回路基板を(a)領域に配置することに技術的意義はなく,甲8発明のハンドル6を甲8発明の冷却ファン34の半径方向の外側に設ける必要が技術的に生ずることはない旨も主張する。
(イ) しかし,前記のとおり,特許発明1の構成要件C-2の「冷却ファンの径方向外側」の意味は(a)領域であることが明確であり,(b)領域であると解釈する余地はない。
また,「回路基板の少なくとも一部」が「ファンの径方向外側に配置」されることは,特許請求の範囲に明記されている特許発明1の発明特定事項の1つであり,甲8発明にはこの発明特定事項について記載がない以上,これを相違点でないと認定することは許されない。
(ウ) 甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用し,甲8発明における冷却対象である基板を冷却するためには,その基板をハンドル6の内部に配置する必要があり,その際,特許発明1と甲8発明の相違点2に係る構成を充足するためには,甲8発明のハンドル6を甲8発明の冷却ファン34の半径方向外側に設ける必要がある。このような位置にハンドル6を設けると,ハンドル6は重心位置(G)に対して,反鋸刃側に位置することとなる。
甲8発明は,整流子モータと鋸刃及びソーカバーとの重量バランスをとるという課題(甲8文献の段落【0005】)を解決するため,「ハンドルの下方に重心が位置」するものとされている(同【0008】)。
ところが,ハンドルが重心位置(G)に対して反鋸刃側に位置すると,反鋸刃側に重量がかかり,上記課題の解決が不可能となってしまう。甲8発明の主たる課題であるこの課題の解決を放棄して甲9記載の技術的事項を適用することはあり得ない。
(エ) 甲8発明が解決しようとする課題は,上記のとおり,携帯用切断機の「重量バランス」を取り,その「作業性」を向上させるところにあるのに対し,甲9文献の解決しようとする課題は「安価で組立性が良く,電力素子の冷却を行う電動工具を提供すること」であり,両者の課題は全く異なることから,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用する動機付けは存在しない。
ウ 以上より,甲8発明に甲9記載の技術的事項を適用することはできず,甲8発明から特許発明1を想到することは容易でないため,進歩性に関する本件審決の判断に違法はない。
第4当裁判所の判断
1 本件特許発明について
(1) 本件特許発明は,前記第2「前提事実」の2「特許請求の範囲」記載のとおりである。
(2) 本件明細書には,次のような記載がある(甲1)。
ア「【技術分野】
【0001】
本発明は,携帯用電気丸鋸等の携帯用電気切断機に係り,とくにモータ駆動用の回路基板の冷却構造に関するものである。」
イ「【背景技術】
【0002】
最近,小型軽量化,高効率化を目的として携帯用電気丸鋸にブラシレスモータを使用することが検討されるようになってきている。一般に携帯用電気丸鋸は上部がハンドルとなったハウジングと,ハウジングに収納されたモータにより回転駆動される丸鋸刃と,ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能なベースとを具備する構成であるが,とくにモータとしてブラシレスモータを採用する場合,ブラシレスモータ駆動用の回路基板の配置スペースの確保とその放熱対策が問題となる。」
ウ「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで,携帯用電気丸鋸では,…比較的長い円筒状ハウジングを用いる外形ではなく,またモータとして非常に高出力のものを使用するため,モータ駆動用の回路基板の素子を含めた体積が大きくなり,モータ駆動用の回路基板の配置スペースの確保及びその冷却に工夫が必要となる。また,携帯用電気丸鋸の操作性を妨げないハウジング形状である必要がある。
【0006】
本発明はこうした状況を認識してなされたものであり,その目的は,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずにモータ駆動用の回路基板の配置スペースを確保するとともに,回路基板の冷却を良好に行うことのできる携帯用電気切断機を提供することにある。」
エ「【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様はモータを備える携帯用電気切断機であって,
前記モータを収容するハウジングと,
前記モータにより回転駆動される鋸刃と,
前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベースと,
前記モータにより回転駆動され,回転時に発生するファン風によって前記モータの冷却を行うファンと,
前記モータへの供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路と,
前記駆動回路を制御する制御回路と,前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板とを備え,
前記ハウジングの反鋸刃側にモータ冷却用風窓と回路基板冷却用風窓が設けられ,
前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,
前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファン風の通路内に配置されており,
前記モータは,ブラシレスモータであり,
前記モータの回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段とを更に備え,
前記制御回路は前記回転状態検出手段の信号を受信し,前記駆動回路に前記モータの駆動を制御する信号を送信することを特徴とする。
【0009】
前記態様において,前記ファンは,前記モータと共に前記ハウジング内のモータ収容部に収容され,前記回路基板を収容する前記ハウジング内部と前記モータ収容部とは連通していると共に,前記ハウジングに設けられた回路基板冷却用風窓と前記モータ収容部との間に前記回路基板が配置されている構成であるとよい。
【0011】
前記態様において,前記回路基板は第1の基板と第2の基板を有し,前記駆動回路が第1の基板に搭載され,前記制御回路が第2の基板に搭載され,前記第1の基板が前記ハウジングのハンドルと前記ベースとの間に位置する前記ハウジング内部に配置されるとともに,前記第2の基板が前記第1の基板から離れた位置に配置されている構成であってもよい。
【0012】
前記態様において,前記回路基板は第1の基板と第2の基板を有し,前記駆動回路が第1の基板に搭載され,前記制御回路が第2の基板に搭載され,前記第2の基板が前記ハウジングのハンドルと前記ベースとの間に位置する前記ハウジング内部に配置されるとともに,前記第1の基板が前記モータの側方位置の前記ハウジング内部であって,かつ前記ファン風の通路に配置されている構成であってもよい。
【0013】
前記態様において,前記第1の基板には,交流電源入力をブラシレスモータ駆動用の直流電力に変換する整流器及び平滑コンデンサがさらに搭載されているとよい。
【0014】
前記態様において,前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されているとよい。この場合,前記回路基板は,前記モータが前記ベースに近接する状態において,前記ベース上面と略直交する配置であるとよい。また,前記ハンドルと前記ソーカバーとの間に,前記ベース底面からの前記鋸刃の突出量を調整するレバーを有するとよい。
前記態様において,前記回転状態検出手段は,前記モータ収容部内に収容され,前記モータにより回転されるセンサマグネットと,該センサマグネットと近接対向するよう配置されるセンサ基板と,該センサ基板上に配置される回転位置検出素子を有する構成であるとよい。
前記態様において,前記回転状態検出手段は,前記ハウジング内のモータ収容部内に収容されたセンサ基板を有し,該センサ基板と前記回路基板とは電気接続されているとよい。
【0015】
なお,以上の構成要素の任意の組合せ,本発明の表現を方法やシステム等の間で変換したものもまた,本発明の態様として有効である。」
オ「【発明の効果】
【0016】
本発明によれば,モータ駆動のための回路基板を,モータを収容するハウジングのハンドルとベースとの間に位置するハウジング内部で,かつファン風の通路に配置したので,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずに回路基板の配置スペースを確保でき,しかも回路基板の冷却を良好に行うことが可能である。」
カ「【発明を実施するための形態】
【0019】
図1乃至図6及び図17を用いて本発明に係る携帯用電気切断機の第1の実施の形態を説明する。第1の実施の形態は携帯用電気丸鋸であって,ブラシレスモータ1を収容したハウジング2と,ハウジング2に一体もしくは別部材として連結して設けられ,モータ1の駆動を制御する図4のスイッチ3aを有したハンドル3と,モータ1により回転駆動される丸鋸刃4と,ハウジング2に取付けられ,丸鋸刃4外周のほぼ上側半分を覆う形状をし,丸鋸刃4の外周及びモータ1側の側面の一部を収納するソーカバー5と,ソーカバー5を介してハウジング2と連結され,木材等の被切断材上を摺動可能な底面6aを持ち,鋸刃5を底面6aより下方に突出可能な開口部を有するベース6と,モータ1の出力軸1aに固定して設けられ,モータ1の駆動により回転し,回転時に発生するファン風によってモータ1の冷却を行なう遠心ファン7とを有し,ファン風をソーカバー5の内側へと排出するファン風排出口5c及びファン風排出口5cを区画形成するファンガイド5dをハウジング2の内側に設けた構成を有している。モータ1及びファン7は,ハウジング2のソーカバー5配置側とは反対側に向けて突出した部分の内側であるモータ収容部2aに配置され,ファンガイド5dはモータ収容部2a内でファン7の外周を環状に囲むように設けられている。図4のようにモータ収容部2aと外部とを連通するスリット状の冷却用風窓2bがハウジング2に形成されている(凸条2cの基部にスリット状の隙間が形成されている)。
【0022】
さて,ブラシレスモータ1の採用によって,高効率化,小型軽量化を図ることができるが,例えば図17のような回路構成,すなわちブラシレスモータ1への供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路20と,これを制御する制御回路30と,ハウジング2背面から引き出された電源コード25からの交流電源(AC100V商用電源)入力をブラシレスモータ駆動用の直流電力に変換する整流平滑回路40,及びブラシレスモータ1の回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段50が必要となる。
【0026】
図17の回路構成において,とくに,取り扱う電力が大きく発熱量の多い駆動回路20の冷却が問題となる。この第1の実施の形態においては,図1及び図6のように,駆動回路20,制御回路30及び整流平滑回路40を1つの基板上に搭載した回路基板60をハウジング1(判決注:「ハウジング2」の誤記と見られる。)内の回路基板収容部65に配置している。…また,制御回路30のマイクロコンピュータ等はそれらの発熱部品の影響を受けにくい基板位置に配置される。なお,モータ1,センサ基板51,回路基板60の相互間は多数の配線68で電気接続されている。
【0027】
回路基板収容部65は,ハンドル3とベース6との間の高さ位置にあって,かつファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置するハウジング2の部分に設けた凸部69(ソーカバー5側へ突出)の内側に形成されており,図4のようにハウジング2の反鋸刃側に形成された多数の回路基板冷却用風窓66及び図5のハウジング2の側面に形成された多数の回路基板冷却用風窓67を除きハウジング2の外壁部及びモータ収容部2aとの間の隔壁67でほぼ4側面が囲まれている。但し,ファンガイド5dの背後,つまりファンガイド5dの背面とハウジング2の外壁部との間は,モータ収容部2aと回路基板収容部65とを連通させる風通路となる間隔が設けられている。回路基板収容部65をハンドル3とベース6との間の高さ位置に設けるのは,ハンドル3を把持する作業者による操作の妨げにならないようにするためであり,ファン7の径方向外側に配置するのは,ファン7の回転によりファンガイド5d内側が負圧になることを有効利用して回路基板冷却用風窓66,67からファンガイド5d内側に至る冷却風を発生させるためである。
【0031】
本実施の形態によれば,下記の効果を奏することができる。
【0032】
(1) ブラシレスモータ1の駆動のための回路基板60を,モータ1を収容するハウジング2のハンドル3とベース6との間に位置するハウジング内部で,かつファン風の通路に配置したので,モータ1を収容するハウジング2の形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずに回路基板60を冷却可能である。
【0033】
(2) 回路基板60は,遠心ファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に配置されているため,ファンガイド5dの内側で遠心ファン7が回転することに伴って発生する負圧を効果的に利用することによって,回路基板冷却用風窓66,67から入って回路基板60を通過するファン風を発生させることが可能である。
【0034】
(3) 回路基板冷却用風窓66は,ハウジング2の丸鋸刃を設けた側の反対側に設けているため,被切断材の切粉が窓66からハウジング2内部に侵入しにくい構造である。
【0035】
(4) ハンドル3の下方に回路基板60が位置するため,ハンドル3側のスイッチ3aや電源コード25との配線が容易である。
【0036】
図7乃至図11を用いて本発明の第2の実施の形態を説明する。回路基板の冷却構造以外は第1の実施の形態と実質同様であるので,相違点について説明する。
【0037】
第2の実施の形態では,図17の駆動回路20及び整流平滑回路40が第1の回路基板60Aに搭載され,制御回路30が第2の回路基板60Bに搭載され,第1の回路基板60Aがハンドル3とベース6との間に位置するハウジング内部,つまり回路基板収容部65Aに配置される。回路基板収容部65Aは,ファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置するハウジング2の部分に設けた凸部69A(ソーカバー5側へ突出)の内側に形成されている点は前述の第1の実施の形態と同様であるが,制御回路30を別基板としたことで,第1の回路基板60Aは小さくなり,ハウジング2の部分に設けた凸部69A(ソーカバー5側へ突出)も小さくなっており,操作性の面では有利となる。
【0038】
制御回路30を搭載した第2の回路基板60Bは,第1の回路基板60Aから離れた位置,例えばモータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置されている…。この場合,センサ基板51上に搭載される図17の回転位置検出素子52と制御回路30との電気接続が短縮され,ノイズ等の影響を受けにくい配置である。
【0041】
第2の実施の形態の効果は第1の実施の形態と実質的に同様であるが,制御回路30を別基板としたことで駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Aの面積を小さくしてハウジング2のソーカバー5側へ突出量を少なくできる点,制御回路30を別基板としたことで,駆動回路20や整流平滑回路40の発熱部品を影響を受けないようにできる点,制御回路30を搭載した第2の回路基板60Bをセンサ基板51の近くに配置することで図17の回転位置検出素子52と制御回路30との電気接続を短縮して,ノイズ等の影響を受けにくい構造にできる点が相違する。
【0042】
図12乃至図16を用いて本発明の第3の実施の形態を説明する。回路基板の冷却構造以外は第1の実施の形態と実質同様であるので,相違点について説明する。
【0043】
第3の実施の形態では,図17の駆動回路20が第1の回路基板60Cに搭載され,制御回路30が第2の回路基板60Dに搭載され,第2の回路基板60Dがハンドル3とベース6との間に位置するハウジング内部,つまり回路基板収容部65Bに配置される。回路基板収容部65Bは,ファン7の回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファン7の径方向外側に位置するハウジング2の部分の内側にあるが,駆動回路20及び整流平滑回路40は別基板としたことで,制御回路30を搭載した第2の回路基板60Dは小さくなり,ハウジング2の部分に第2の回路基板60Dを設けるための凸部(ソーカバー5側へ突出)を無くすことができる。このため,操作性の面で有利となる。例えば,図12や図16のベース6底面からの丸鋸刃4の突出量を調整するレバー18を操作することが容易となる。
【0044】
駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Cは,第2の回路基板60Dから離れた位置であるモータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置されている。モータ収容部2aの側壁部分にも回路基板冷却用風窓67が形成されている。
【0047】
第3の実施の形態の場合,制御回路30を別基板,つまり第2の回路基板60Dとするため,第2の回路基板60Dは小面積となり,これを収容する回路基板収容部65Bも小さくできることになり,ハウジング2のソーカバー5側へ突出量をさらに少なくできる。ベース6底面からの丸鋸刃4の突出量を調整するレバー18の操作性が改善する。また,駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Cは,モータ収容部2a内のモータ1の側方に配置することで,充分なファン風を通すことが容易になる。」
(3) 本件特許発明の特徴
本件明細書等の上記記載によれば,本件特許発明の特徴は,以下のとおりと認められる。
ア 技術分野
本件特許発明は,携帯用電気丸鋸等の携帯用電気切断機に係るものであり,とくにモータ駆動用の回路基板の冷却構造に関するものである(【0001】)。
イ 背景技術とその問題
従来の携帯用電気丸鋸は,上部がハンドルとなったハウジングと,ハウジングに収納されたモータにより回転駆動される丸鋸刃と,ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能なベースとを具備する構成であるが,小型軽量化,高効率化を目的として高出力のブラシレスモータを採用する場合,モータ駆動用の回路基板の素子を含めた体積が大きくなり,モータ駆動用の回路基板の配置スペースの確保及びその冷却に工夫が必要となるという課題があった(【0002】,【0005】)。また,携帯用電気丸鋸の操作性を妨げないハウジング形状である必要があった(【0005】)。
ウ 本件特許発明の課題
本件特許発明はこうした状況を認識してなされたものであり,その目的は,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずにモータ駆動用の回路基板の配置スペースを確保するとともに,回路基板の冷却を良好に行うことのできる携帯用電気切断機を提供することにある(【0006】)。
エ 課題を解決するための手段
本件特許発明は,前記の課題を解決するために,モータを収容するハウジングと,前記モータにより回転駆動される鋸刃と,前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベースと,前記モータにより回転駆動され,回転時に発生するファン風によって前記モータの冷却を行うファンと,前記モータへの供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路と,前記駆動回路を制御する制御回路と,前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板とを備える携帯用電気切断機において,
前記ハウジングの反鋸刃側にモータ冷却用風窓と回路基板冷却用風窓が設けられ,
前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,
前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファン風の通路内に配置されており,
前記モータは,ブラシレスモータであり,
前記モータの回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段とを更に備え,前記制御回路は前記回転状態検出手段の信号を受信し,前記駆動回路に前記モータの駆動を制御する信号を送信する構成を採用している(【0007】)。
なお,全ての実施の形態に共通する主要な構成として,以下が挙げられる。すなわち,
回路基板はハウジング内の回路基板収容部に配置されており(【0026】),
回路基板収容部は,ハンドルとベースとの間の高さ位置にあって,かつファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,ファンの径方向外側に位置するハウジングの部分に設けた凸部の内側に形成されており,ハウジングの反鋸刃側に形成された多数の回路基板冷却用風窓及びハウジングの側面に形成された多数の回路基板冷却用風窓を除きハウジングの外壁部及びモータ収容部との間の隔壁でほぼ4側面が囲まれている。ただし,ファンガイドの背後,つまりファンガイドの背面とハウジングの外壁部との間は,モータ収容部と回路基板収容部とを連通させる風通路となる間隔が設けられている(【0027】)。
オ 作用・効果
本件特許発明によれば,モータ駆動のための回路基板を,モータを収容するハウジングのハンドルとベースとの間に位置するハウジング内部で,かつファン風の通路に配置したので,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,操作性を損なわずに回路基板の配置スペースを確保でき,しかも回路基板の冷却を良好に行うことが可能である(【0016】,【0032】)。より具体的には,回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設けるのは,ハンドルを把持する作業者による操作の妨げにならないようにするためであり,ファンの径方向外側に配置するのは,ファンの回転によりファンガイド内側が負圧になることを有効利用して回路基板冷却用風窓からファンガイド内側に至る冷却風を発生させるためである(【0027】,【0033】)。
また,ブラシレスモータの採用によって,高効率化,小型軽量化を図ることができ(【0022】),回路基板冷却用風窓は,ハウジングの丸鋸刃を設けた側の反対側に設けているため,被切断材の切粉が窓からハウジング内部に侵入しにくい構造であり(【0034】),ハンドルの下方に回路基板が位置するため,ハンドル側のスイッチや電源コードとの配線が容易である(【0035】)。
カ 第1の実施の形態
第1の実施の形態においては,駆動回路20,制御回路30及び整流平滑回路40を1つの基板上に搭載した回路基板60をハウジング1内の回路基板収容部65に配置している(【0026】)。
キ 第2の実施の形態
第2の実施の形態では,駆動回路20及び整流平滑回路40が第1の回路基板60Aに搭載され,制御回路30が第2の回路基板60Bに搭載され,第1の回路基板60Aがハンドル3とベース6との間に位置するハウジング内部,つまり回路基板収容部65Aに配置され,第2の回路基板60Bは,例えばモータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置される(【0037】,【0038】)。
第2の実施の形態の効果としては,以下が挙げられる。
制御回路30を別基板としたことで駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Aの面積を小さくしてハウジング2のソーカバー5側への突出量を少なくでき,操作性の面で有利となる(【0037】,【0041】)。
制御回路30を別基板としたことで,制御回路30が駆動回路20や整流平滑回路40の発熱部品の影響を受けないようにできる(【0041】)。
制御回路30を搭載した第2の回路基板60Bをセンサ基板51の近くに配置することで図17の回転位置検出素子52と制御回路30との電気接続を短縮して,ノイズ等の影響を受けにくい構造にできる(【0038】,【0041】)。
ク 第3の実施の形態
第3の実施の形態では,駆動回路20が第1の回路基板60Cに搭載され,制御回路30が第2の回路基板60Dに搭載され,第2の回路基板60Dがハンドル3とベース6との間に位置するハウジング内部,つまり回路基板収容部65Bに配置され,第1の回路基板60Cは,モータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置される(【0043】,【0044】)。
第3の実施の形態の効果としては,以下が挙げられる。
制御回路30を別基板,つまり第2の回路基板60Dとするため,第2の回路基板60Dは小面積となり,これを収容する回路基板収容部65Bも小さくできることになり,ハウジング2のソーカバー5側へ突出量を更に少なくできる。このため,ベース6底面からの丸鋸刃4の突出量を調整するレバー18の操作性が改善する(【0043】,【0047】)。
駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Cは,モータ収容部2a内のモータ1の側方に配置することで,充分なファン風を通すことが容易になる(【0044】,【0047】)。
2 取消事由2(記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1))について事案に鑑み,まず,取消事由2について検討する。
(1) 特許発明1の構成要件C-2の文言解釈
ア 本件審決は,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」の文言解釈として,その記載の示す範囲は(a)領域である旨判断しているところ,この解釈は,「…前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側…」という構成要件C-2の記載は,回路基板が配置されるべき範囲を特定しようとするものであることを前提として,この構成要件にいう「径方向」とは,それを定める基準となる「前記ファンの回転軸」の概念に即して理解されるべきであり,「回転軸」が両端部を有する有限の長さのものである以上,この場合の「径方向」も有限の長さを持つ「ファンの回転軸」に直交(直接交わる)し得る範囲,すなわち,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲を意味していると理解するものであって,このような解釈も,文言解釈としてはあながち成り立たないものではないと考えられる。
もっとも,以上のような解釈は,唯一のものであるとはいえず,他の解釈も,次のとおり成り立ち得るものと考えられる。
イ すなわち,構成要件C-2「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,」のうち「前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,」は,「径方向」につき「ファンの回転軸に直交する方向」と定義するものである。この定義によれば,「径方向」の語がファンの回転軸を基準としたものであることは明らかである。
ウ(ア) 一般に,2つの直線の相互関係は,同一平面上にあるか,同一平面上にないねじれの位置にあるかによって大別され,同一平面上にある場合は,更に2直線が平行の場合と交わる場合とに分けられる。そうすると,「直交する」の語は,ファンの回転軸と径方向との相互関係につき,同一平面上にありねじれの位置にはなく,かつ,平行ではなく,直角の角度で交わる関係にあることを意味しているものと理解される。
(イ) もっとも,このことは,ファンの回転軸と径方向とが実際に交点を持つことを直ちには意味しない。すなわち,「回転軸」は有限長の線分とも解し得るところ,これが「径方向」に実際に接するには長さが足りない場合であっても,「回転軸」と「径方向」とが同一平面上にあり,その2直線がなす角度が直角であれば,なお「直交する」と解する余地がある。
そこで,本件明細書における「直交する」の語の意義を更に検討すると,特許発明7の構成要件Jにおいて「前記回路基板は,前記モータが前記ベースに近接する状態において,前記ベース上面と略直交する配置であること」なる記載がある。ここで,「略」とは,構成要件C-2の「直交」が方向を定義するために正確に直角をなすことを意味するのに対し,構成要件Jの回路基板とベースとがおおよそ直角をなす位置関係にあることを意味するものとして理解される。
その上で,本件特許の特許請求の範囲請求項7が引用する請求項6で「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」とされ,同請求項が引用する請求項2で「前記回路基板を収容する前記ハウジング内部と前記モータ収容部とは連通している」とされ,同請求項が引用する請求項1において「前記モータを収容するハウジング」及び「前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベース」と記載されていることに鑑みると,構成要件Jの「回路基板」は,ハウジング内に配置され,ベースに近接するものの直接に接してはいないものと理解される。そうすると,構成要件Jの「直交する」とは,実際には接していないが長さを延長すれば相互に直角に交わるような場合をも含む意味で用いられているものと理解される(なお,本件明細書等には,特許発明7において「回路基板」と「ベース上面」とを「略直交する配置」とすることの技術的意義等を具体的に説明する記載や特許発明7自体の実施例である旨明確に示されたものは見当たらない。他方,第3の実施の形態に関する図12及び図15には,縦置き基板である回路基板60Cが,ベース上面に対して垂直ではあるが直接に接してはいない位置に配置される構成が示されている。そうすると,本件明細書等は,構成要件Jの「直交する」の意味に関する上記解釈を排するものではないと思われる。)。
そうすると,用語の意味の整合性の観点からは,構成要件C-2の「直交する」なる語についても構成要件Jと同様に解するのが適当であり,「回転軸」を有限長の線分とした場合に,「回転軸」と「径方向」とが実際に交点を持つという意味を追加して解釈するのはむしろ不自然と見ることも十分可能である(このことは,「回転軸」を「axis」と「shaft」のいずれの意味に解するかとは関わりない。)。
エ 構成要件C-2において,「径方向」の語はファンの回転軸を基準として定義されていることに鑑みると,「前記ファンの径方向外側」の「径方向」の語に「ファンの」なる修飾を付加することは意味がないから,「ファンの」は「外側」の語に係る修飾として理解することも可能である。この場合,「ファンの外側」とは,全空間からファンが占めている空間を除いた全ての部分を意味するものと理解される。
他方,「径方向外側」については,「径方向」は明らかに方向を示す語であり,それ自体は内側・外側に分離可能な概念ではないことから,内側と外側との区分けをするに当たり径方向の距離をその尺度とすることを意味しているものと解される。
そうすると,「ファンの径方向外側」とは,「ファンの外側」すなわち全空間からファンが占めている空間を除いた全ての部分のうち,径方向の距離がファンの半径を超える部分を意味するものとも解し得ることになる。
オ 以上によれば,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」とは,その文言解釈として,全空間からファンが内接し回転軸方向に無限に延びる円柱を除いた部分すなわち(b)領域と解することにも十分な合理性があるということができる。
カ 以上の検討結果を併せ考えれば,文言解釈のみによるのでは,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」なる記載は多義的に解釈し得るものであるというべきである。
(2) 特許発明1の構成要件C-2の技術的意義に基づく解釈
ア 上記(1)のとおり,文言解釈のみによるのでは,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」なる記載は多義的に解釈し得るものであるとすれば,当該構成要件の技術的意義に基づきその解釈を検討すべきこととなる。
イ 本件特許発明は,小型軽量化,高効率化を目的としてブラシレスモータを使用した携帯用電気切断機において,その回路基板の配置スペースの確保及び冷却が問題となっていること,また,操作性を妨げないハウジング形状である必要があることを背景に,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更せず,かつ,操作性を損なわずに,モータ駆動用の回路基板の配置スペースを確保するとともにその冷却を良好に行うことを目的とするものである(前記1(3)イ,ウ)。
このような目的を達成するために,本件特許発明は,本件実施例において,ハンドルを把持する作業者による作業の妨げとならないように,回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設け,かつ,ファンの回転によりファンガイド内側が負圧になることを利用して回路基板冷却用窓からファンガイド内側に至る冷却風を発生させるために,回路基板収容部をファンの径方向外側に配置している(前記1(3)エ,オ)。このうち前者が小型化の目的を達成するための手段,後者が冷却の目的を達成するための手段として把握される。
ウ(ア) しかし,これらの手段のみによって実際に上記各目的が達成されるか否かは,以下のとおり,本件明細書等の記載からは必ずしも明らかでない。
(イ) 小型化の目的に関しては,本件明細書には従来の携帯用電気丸鋸の具体的な構造についての言及がないため,本件実施例の構造との比較において目的達成の有無ないし程度を評価することはできない。本件実施例の構造それ自体から,これらが小型化の目的を達成しているか否かを客観的に評価することもできない。
また,仮に本件実施例の構造が小型化の目的を達成しているとしても,回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設けさえすれば自ずと目的が達成されるものではなく,前提として当該スペースを有効活用し得るような合理的な構造を有することが必要と思われるが,本件明細書にはこの点に関する説明はない。
(ウ) 冷却の目的に関しては,上記手段により当該目的を達成する上で,回路基板が冷却風の通路に配置されることは必須と思われるけれども,その具体的方法として回路基板をファンの径方向外側に配置することは,ファンの径方向外側が冷却風の通路となるような構造を一体的に伴わない限り,回路基板の冷却とは直接関係しない。このことは,回路基板がファンの径方向外側である真横にあったとしても,隔壁その他により回路基板とファンとの間の冷却風の移動が遮断されているような場合を考えれば明らかである。
ここで,本件実施例においては,回路基板収容部の4側面のうち,その2側面に回路基板冷却用風窓が多数形成され,これらとは別の側面に風通路となる間隔が1つ設けられ,それら以外の側面は隔壁により囲まれる構造となっている。このうち,上記間隔は,ファンガイドの背面とハウジングの外壁部との間に設けられ,これによってモータ収容部と回路基板収容部とが連通している。このような構造とともに,モータ収容部とファンの位置とがファンガイドによって連通する構造が採用されているからこそ,回路基板収容部内に設置された回路基板がファン風の通路に位置して冷却の目的が達成されることとなっている。このような回路基板収容部からファンに至る連通構造が,回路基板の一部が(a)領域に位置することと無関係に実現し得ることは明らかといってよい。
(エ) これらの点を踏まえると,本件特許発明の目的を達成するための手段は,本件実施例においてすら合理的に説明されているとはいえない。そうすると,本件実施例を上位概念化したものである本件特許発明においてはなおさら,その目的を達成し得るとは認められないことになる。したがって,構成要件C-2が本件特許発明の目的を達成するための構成であるとして,その技術的意義から同構成要件の示す意味内容を把握することはできない。
そもそも,小型化の目的に関し,本件実施例における小型化の目的達成手段である「回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設けること」は,特許発明3及び4並びにその従属発明である特許発明5にしか具体的には表れておらず,また,構成要件C-2とは無関係である。冷却の目的に関しても,上記(ウ)を踏まえると,その目的を達成する構成としては,端的に構成要件C-3「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファン風の通路内に配置されており,」が設けられている以上,構成要件C-2は無関係と見られる。
(3) 以上によれば,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」は,特許請求の範囲の文言によれば(a)領域又は(b)領域のいずれとも解釈し得るものであり,また,その技術的意義に鑑みてもいずれの解釈が正しいのか判断し得ないものということができる。
したがって,構成要件C-2は不明確というべきである。そうである以上,この点に関する本件審決の認定・判断には誤りがあり,取消事由2には理由がある。
(4) これに対し,被告は,「ファンの径方向外側」に関する本件審決の認定は当業者の技術常識にのっとったものであるとか,原告自身も他の特許出願において,「ファンの径方向外側」が(a)領域である旨の出願をしているなどと主張するけれども,上記(1)に鑑みれば,本件審決と異なる文言解釈も十分合理性のあるものというべきであるし,他の特許出願における原告の出願内容のいかんは本件特許発明とは直ちに関係を有するものではない。さらに,被告が指摘する「ハウジングの形状はファンの軸方向に大きく張り出す」,「(a)領域に不必要なデッドスペースを生じる」といった評価(前記第3の2(2)イ(ウ))は,本件図面に示されたハウジング等の形状及び位置を前提とするものであって,特許発明1の構成要素以外のものを考慮したものにすぎない。
これらの事情に鑑みると,この点に関する被告の主張は採用し得ない。
3 取消事由1(記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定,判断の誤り(無効理由1の2))について
更に進んで,取消事由1についても検討する。
(1) 特許発明6は,「モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」回路基板(構成要件I)のみを有したものであり,当該回路基板は,さらに,「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」る(構成要件C-2)ものである。
本件明細書の発明の詳細な説明において,「モータの側方位置」に配置された回路基板(縦置き基板)としては,第2の実施の形態の第2の回路基板60B及び第3の実施の形態の第1の回路基板60C(いずれも,モータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置されたもの)が記載されているが(前記1(2)カ),縦置き基板のみを有する発明は明示的に記載されていない。そこで,縦置き基板のみを有する構成が,本件特許発明の課題(前記2(2)イ)を解決できると当業者が認識し得る程度に,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているか否かを検討する。
(2) 第2の実施の形態について
ア 第2の実施の形態の縦置き基板(第2の回路基板60B)による効果は,以下の3点に集約される(前記1(3)キ)。
① 制御回路30を別基板(縦置き基板)としたことで,駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Aの面積を小さくし,ハウジング2のソーカバー5側への突出量を少なくでき,操作性の面で有利となる。
② 制御回路30を別基板(縦置き基板)としたことで,駆動回路20や整流平滑回路40の発熱部品の影響を受けないようにできる。
③ 制御回路30を搭載した第2の回路基板60B(縦置き基板)をセンサ基板51の近くに配置することで,回転位置検出素子52と制御回路30との電気接続を短縮して,ノイズ等の影響を受けにくい構造にできる。
イ(ア) このうち,前記①の効果は,ハウジング2に設けられた凸部69A(ソーカバー5側へ突出)が小さくなることをいうものである。しかし,このとき,一方で縦置き基板を収容するためにモータ収容部2aが大きくならざるを得ないことを考えると,前記①の効果は,一概に小型化に寄与するといってよいか定かではない。また,凸部69A及びモータ収容部2aの形状のこのような変化が,それぞれ携帯用電気切断機の操作性に及ぼす影響については,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていない。
したがって,第2の実施の形態においては,縦置き基板を設けることにより小型化の目的を達成できるとは必ずしも認識し得ないし,まして,縦置き基板のみとした場合に,携帯用電気切断機の操作性の面で有利であることないし操作性が損なわれないことを認識することもできない。
(イ) 前記②の効果は,冷却の目的に関わるものである。この目的の観点から見ると,制御回路30を別基板である縦置き基板とすることで,前記②の効果を期待できるとしても,ブラシレスモータの固定子が熱源となることは技術常識であるところ,そのモータの側方に縦置き基板を設置することにより,かえってモータの固定子の発熱の影響を受けやすくなることも予想される。そうすると,制御回路30を縦置き基板としたとしても,必ずしも冷却の目的を達成できるとは認識し得ない。まして,駆動回路と制御回路の両者を搭載した縦置き基板のみとした場合に,基板の冷却を効果的に実現し得ると認識することもできない。
(ウ) 前記③の効果は,小型化の目的とも冷却の目的とも独立したものであり,本件特許発明の課題解決に寄与しないことは明らかである。
(3) 第3の実施の形態について
ア 第3の実施の形態の縦置き基板(第1の回路基板60C)による効果は,以下の2点に集約される(前記1(3)ク)。
④ 制御回路30を縦置き基板とは別基板(第2の回路基板60D)としたことで第2の回路基板60Dは小面積となり,ハウジング2のソーカバー5側への突出量を更に少なくでき,操作性の面で有利となる。例えば,丸鋸刃の突出量を調整するレバーの操作が容易となる。
⑤ 第1の回路基板60C(縦置き基板)は,モータ収容部2a内のモータ1の側方に配置することで,充分なファン風を通すことが容易となる。
イ(ア) このうち,前記④の効果については,前記(2)イ(ア)と同様のことが妥当する。
なお,前記④の効果として,レバーの操作が容易になるという具体的な例が挙げられているが,それは,第2の回路基板60Dを設けるための凸部及びレバー18が本件図面の図12に図示される位置にあるからこそ生じる効果であって,特許発明6~8及び10に常に妥当するものとまではいえない。また,レバーの操作性が良くなったからといって,携帯用電気切断機全体としての操作性が良くなるとは限らない。まして,第2の回路基板60Dを完全に排除した構成では,モータ収容部2aが大きくなることによる操作性の劣化も予想される。
したがって,縦置き基板を設けることによって小型化の目的を達成できるとは認識できないし,まして,縦置き基板のみとした場合に,携帯用電気切断機の操作性の面で有利であることないし操作性が損なわれないことを認識することもできない。
(イ) 前記⑤の効果については,前記(2)イ(イ)と同様のことが妥当する。すなわち,第3の実施の形態においても,モータの固定子の発熱の影響を受けやすくなることが予想されるので,それ自体も発熱部品である駆動回路等を搭載した回路基板を縦置き基板とした場合に,必ずしも冷却の目的を達成できるとは認識し得ない。まして,駆動回路と制御回路の両者を搭載した縦置き基板のみとした場合に,基板の冷却が効果的にできると認識することもできない。
(4) そうすると,特許発明6~8及び10は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではなく,また,特許発明6~8及び10が,その課題を解決できると当業者が認識し得る程度に,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているともいえない(なお,この点は,本件特許発明において横置き基板が必須であるか否かとは関わりない。)。
したがって,特許発明6~8及び10は,いわゆるサポート要件を満たしているとはいえない。すなわち,この点に関する本件審決の認定・判断には誤りがあり,取消事由1には理由がある。
(5) これに対し,被告は,縦置き基板に駆動回路及び制御回路を搭載した変形図を示すなどして,小型化の目的及び冷却の目的のいずれも達成されている旨を主張する。
しかし,変形図を示した上で行う被告の主張は,いずれも本件明細書等の記載に基づくものではない。その点は措くとしても,前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,小型化の目的を達成できたか否かを客観的に判断し得るような指標が示されていないことから,これらの変形図に示された構成が本件特許発明の目的とされる小型化を達成し得たのか否かは不明である。冷却の目的との関係でも,変形図に示された風路を得られるためにはハウジング等の形状及び位置を当該変形図に示されたとおりのものとすることが前提となるところ,これは特許請求の範囲の記載に基づく主張とはいえない。仮に当該変形図のとおりの風路が得られたとしても,前記のとおり,縦置き基板はモータの固定子の発熱の影響を受けやすい位置にあることから,なお冷却の目的を達成しているかは不明である。
また,被告は,やはり変形図を示しつつ,縦置き基板を僅かに移動させてファンガイド5dとの接触を回避することは容易に想到し得る旨主張するけれども,本件明細書等の記載に基づいた主張とはいえないし,縦置き基板を当該変形図のように移動させることはハウジングを大きくすることに直結し,小型化の目的と相反する結果ともなりかねない。
その他るる指摘する点を考慮しても,この点に関する被告の主張は採用し得ない。
4 結論
よって,その余の点につき論ずるまでもなく,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 杉浦正樹 裁判官 寺田利彦)