大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10088号 判決 2017年2月08日

原告

(審決上の氏名

X’)

被告

特許庁長官

指定代理人

加藤友也

金澤俊郎

長馬望

三島木英宏

田中敬規

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2013-22354号事件について平成28年2月23日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,発明の名称を「シュレッダー補助器」とする発明について,平成18年8月24日に出願した実願2006-8029号に係る実用新案登録第3143556号(平成20年7月9日登録。以下「本件実用新案登録」という。)に基づき,平成20年10月10日に特許出願(特願2008-285917号。以下「本願」という。本願の特許請求の範囲における請求項の数は1である。)をしたが,平成23年11月22日付けで拒絶理由通知を受けたため,平成24年1月27日付け手続補正書(これに係る補正を「本件補正1」という。)を提出し,さらに,同年10月26日付けで拒絶理由通知(最後)を受けたため,平成25年1月4日付け手続補正書(これに係る補正を「本件補正2」という。)を提出した。

しかるに,特許庁審査官は,同年7月22日付けで,本件補正2を却下した(以下「本件却下決定」という。)上,本願につき拒絶査定をしたので,原告は,同年10月29日,これに対する不服の審判を請求した(以下「本件審判請求」という。)。

(2)  特許庁は,この審判請求を,不服2013-22354号事件として審理し,平成26年9月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前回審決」という。)をした。

原告が,同年11月7日,同審決の取消しを求めて審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成26年(行ケ)第10242号。以下「前訴」という。)を提起したところ,同裁判所は,平成27年6月10日,同審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)をして,同判決が確定した。

(3)  特許庁における審理が再開された後,原告は,平成27年7月13日付けで拒絶理由通知を受けたため,同年9月23日付け手続補正書(これに係る補正を「本件補正3」という。)を提出した。

(4)  特許庁は,平成28年2月23日,改めて「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年3月19日,同審決の謄本が原告に送達された。

(5)  原告は,平成28年4月8日,本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本願出願当初の特許請求の範囲における請求項1の記載は,次のとおりである(甲14。以下「本願の当初請求項1」といい,同出願当初の本願の特許請求の範囲,明細書及び図面を「本願の当初明細書等」という。)。

「【請求項1】

・シュレッダー機による幼児の指切断等の事故防止用補助的部品である「シュレッダー補助器」

・シュレッダー補助器において,

形状:(1)シュレッダー機本体に取り付け,

(2)ラッパ状の形状を有し,

(3)シュレッダー補助器の下部は,シュレッダー機本体の刃部分にシュレッダー補助器の落ち込み防止の為,プラスチック製の部分が,ストッパーの役割を果たす形状を有しており,

(4)シュレッダー補助器に埋め込まれた金属製爪部分は,ストッパー底部の外側からストッパー上部に向かって伸び,ストッパーと対になり,両側からシュレッダー機本体を挟み込み,バネ状で,内側へ押し戻そうとする力が働き,

(5)金属製爪部分は,上部が,蛇の鎌首状に反り返った形状を有しており,

(6)金属製爪部分は蛇の鎌首状から,シュレッダー補助器の下部へ向かって,ストッパー底部を包むが如く,カーブを描きながら,シュレッダー補助器内部へ到達する形状を有する,

(7)金属製爪部分の一部は,約1cm,シュレッダー補助器の下部に,埋め込まれた形状を有しており,

(8)シュレッダー補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり,

材質:(9)シュレッダー補助器の全体はプラスチック製であり,

(10)シュレッダー補助器に埋め込まれた爪部分は金属製であり,

色: (11)シュレッダー補助器の全体の色は,透明であり,

(12)シュレッダー補助器に埋め込まれた,金属製爪部分の色は黒であり,

構造又は組み合わせ:(13)金属製爪部分が,バネ状に,押し戻そうとする力が働くことにより,

(14)シュレッダー機本体を,挟み込む状態になり,

(15)シュレッダー機本体から,着脱式に,取り付け取り外しが可能,

以上からなるシュレッダー補助器。」

(2) 本願の当初請求項1における「(8)シュレッダー補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり,」との記載部分は,本件補正1により下記アのとおり改められ,本件補正2により,更に下記イのとおり改められたが,本件補正3により,再び本願の当初請求項1における上記記載と同一の記載に改められた(甲16の2,18の2,34の2)。

ア 本件補正1

「(8)シュレッダー補助器の横幅は,メーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,大型機では,A3用紙が縦に入る位の横幅ではあるが,刃部分(用紙挿入口)の横幅より若干狭く約28cmとし,(中型機で約18cm,小型機では約14cmとし,)」

イ 本件補正2

「(8)シュレッダー補助器の横幅は,メーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,各メーカーの各機種の刃部分の横幅に入る様に対応させた横幅の長さとする。」

(3) したがって,本件審決が対象とした本件補正3による補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,本願の当初請求項1のそれと同一である(以下,かかる補正後の請求項1の発明を「本願発明」といい,同補正後の特許請求の範囲,明細書及び図面〔甲34の2〕を,「本願明細書等」という。)。

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,その要旨は次のとおりである。

(1)  本願は特許法46条の2第1項の規定による実用新案登録に基づく特許出願であるところ,同第2項の規定によれば,実用新案登録に基づく特許出願がその実用新案登録に係る実用新案登録出願の時にしたものとみなされる(以下「出願時遡及」という。)ためには,次の二つの要件を満たす必要がある。

(要件1)実用新案登録に基づく特許出願の明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項が,その特許出願の基礎とされた実用新案登録に係る実用新案登録出願の登録時の明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であること。

(要件2)実用新案登録に基づく特許出願の明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項が,その特許出願の基礎とされた実用新案登録に係る実用新案登録出願の出願当初の明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であること。

本願明細書等と本願の基となる本件実用新案登録の出願当初の明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面(以下「本件実用新案登録の当初明細書等」という。)を比較すると,本願明細書等における「特許請求の範囲における請求項1の(3)ないし(15)に記載された事項,明細書における段落【0010】の図1及び図2に関する事項並びに図面における図1及び図2に記載された事項」に関する点について,本件実用新案登録の当初明細書等に明示的な記載がない。

そして,この点については,本件実用新案登録の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,明らかに新たな技術的事項を導入するものであるから,本願明細書等に記載した事項は,本件実用新案登録の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえない。

したがって,本願は,実用新案登録に基づく特許出願がその登録に係る実用新案登録出願の時にしたものとみなされるための前記要件2を満たしていないので,前記要件1について検討するまでもなく,平成18年8月24日(本件実用新案登録に係る実用新案登録出願の時)に出願したものとみなすことはできない。

よって,本願出願の時は,本願出願の現実の出願日である平成20年10月10日である。

(2)  登録実用新案第3143556号公報(乙1,発行日:平成20年7月31日,以下「乙1公報」という。)には,その記載からみて,本願発明と同一の発明が記載されている。

したがって,本願発明は,乙1公報に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。

第3原告の主張する取消事由

1  前訴判決の拘束力違反(取消事由1)

本件審判請求を不成立とした前回審決に対し,原告がその取消しを求めて提訴した前訴において原告が勝訴したにもかかわらず,被告である特許庁が再度不成立審決(本件審決)をするのは不当である。

したがって,本件審決は,原告勝訴とした前訴判決の拘束力に違反する。

2  出願時遡及に関する認定判断の誤り(取消事由2)

(1)  本件実用新案登録は,出願時と同一のものであると認められたからこそ,登録になったのであり,原告は,本願において,その登録になったものと同一のものを,そのまま(変更せずに)特許出願したにすぎない。したがって,出願時遡及を認めないのは誤りである。

(2)  原告は,本件実用新案登録の出願後,登録になるまでに何度も手続補正をしているが,いずれも被告側の指示(手続補正指令書)に従って手続補正書を提出したものである。被告側の指示に従って手続補正を繰り返した結果,ようやく登録が認められたにもかかわらず,その登録に基づく特許出願の内容が本件実用新案登録の出願時のものとは異なるという理由で,出願時遡及を認めないのは理不尽であるといわざるを得ない。

(3)  原告提出の実用新案登録願写し(甲1の1)と被告提出の実用新案登録願写し(乙2)との間で,図面の記載事項に相違がある(甲1の1には,「シュレッダー補助器の横幅約35cm」という記載があるのに対し,乙2には,その記載がない。)のは,特許庁の担当職員が改ざんしたものである。

3  新規性に関する認定判断の誤り(取消事由3)

(1)  本件実用新案登録の出願時,他に同様の発明(考案)はなかったので,出願時遡及が認められれば,新規性も認められる。

(2)  本件実用新案登録の内容を,考案者である原告の承諾なく公報に掲載し,それを引用文献として新規性を否定するのは不当であるし,かかる扱いは,特許法29条の2の規定にも違反する。

第4被告の反論

1  前訴判決の拘束力違反(取消事由1)に対し

前訴判決は,本件補正2が本願の当初明細書等(甲14)に記載の事項の範囲内のものであって,これを否定した前回審決の認定判断に誤りがあるとしたものであるのに対し,本件審決は,本願明細書等の記載が本願の基となる本件実用新案登録の当初明細書等に記載した事項の範囲内でないから,本願は本件実用新案登録に係る実用新案登録出願の時にしたものとみなすことはできないとするものであり,両者は判断事項が異なる。

したがって,本件審判の判断事項に前訴判決の拘束力は及ばない。

2  出願時遡及に関する認定判断の誤り(取消事由2)に対し

(1)  実用新案登録と同一の発明(考案)をそのまま特許出願しただけであったとしても,実用新案登録時の明細書等,すなわち,特許出願の当初明細書等には,実用新案登録出願の当初明細書等に対して新規事項が追加されていることがあり得るから,このことをもって直ちに本願の当初明細書等(甲14)やその後補正された明細書等の記載事項が,本件実用新案登録の当初明細書等(乙2)の記載事項の範囲内であることにはならず,原告の主張は失当である。

(2)  原告は,被告側の指示(手続補正指令書)に従って手続補正書を提出した旨主張するが,補正後の明細書等の内容についてまで手続補正指令書では指示しておらず,しかも,手続補正指令書には,「補正に際しては,補正した事項が出願当初の明細書,実用新案登録請求の範囲若しくは図面に記載された事項の範囲内であるように十分に留意することが必要です」と記載して,出願人である原告に注意喚起をしているから,かかる原告の主張も失当である。

(3)  特許庁の担当職員が原告の実用新案登録願を改ざんした事実はない。また,仮に,本件実用新案登録の当初明細書等の記載が甲1の1のとおりであったとしても,本願明細書等には,甲1の1には記載されていない事項の記載があるから,本願明細書等が本件実用新案登録の当初明細書等の範囲内ではないとした本件審決の判断に誤りはない。

3  新規性に関する認定判断の誤り(取消事由3)に対し

(1)  前記のとおり,本願について出願時遡及が認められない以上,原告の主張は失当である。

(2)  公報の掲載に関しても,実用新案登録出願を行い,実用新案権の設定の登録がなされると,実用新案法14条3項の規定により明細書等の内容を実用新案公報に掲載しなければならない。特許庁はこの規定に従い,本件実用新案登録の明細書等の内容を実用新案公報(乙1公報)に掲載したのであり,不適法な点はない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(前訴判決の拘束力違反)について

(1)  審決取消訴訟において審決取消しの判決が確定すると,特許庁において審判手続が再開され,審判官は更に審理を行い,審決をすることになる。その際,行政事件訴訟法33条によれば,取消判決は当事者たる行政庁を拘束するものとされており,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁),審判官はかかる拘束力に矛盾抵触する認定判断をすることは許されない。

(2)  そこで,本件審決の認定判断が前訴判決のそれと矛盾抵触するものであるか否かについて検討するに,前訴判決は,本件補正2による本願の請求項1についての補正は,本願の当初明細書等(甲14)の記載から自明な事項であって,本願の当初明細書等(甲14)に記載された事項の範囲内においてされたものということができ,特許法17条の2第3項の要件を充足しているから,同項の規定に違反するとして,同法53条1項により本件補正2を却下した本件却下決定及びこれを妥当であるとした前回審決の判断は誤りであるとして,同審決を取り消したものである(当裁判所に顕著な事実)。

これに対し,本件審決は,本願明細書等(甲34の2)の記載が,本願の基となる本件実用新案登録の当初明細書等に記載した事項の範囲内ではないから,本願は,出願時遡及が認められるための要件を満たしておらず,平成18年8月24日(本件実用新案登録に係る実用新案登録出願の時)に出願したものとみなすことはできないとしたものであり,その結果新規性が認められないとして,本件審判請求を不成立としたものである。

すなわち,前訴判決は,本願の請求項1についての補正が本願の当初明細書等(甲14)に対して新規事項の追加に当たるか否かを判断したものであるのに対し,本件審決は,本願明細書等の記載が本件実用新案登録の当初明細書等に対して新規事項の追加に当たるか否かを判断したものであるから,両者の判断事項は全く異なっており,本件審決の認定判断は,前訴判決のそれと何ら矛盾抵触するものではない。

(3)  したがって,本件審決は,前訴判決の拘束力に違反するものとはいえず,この点において,本件審決に取り消されるべき違法はない。

よって,原告の主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(出願時遡及に関する認定判断の誤り)について

(1)  特許法46条の2第2項は,実用新案登録に基づく特許出願の出願時遡及のための要件として,特許出願の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項が当該特許出願の基礎とされた実用新案登録の願書に添付した明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内にあることを定めている。

また,実用新案法において,明細書等の補正及び訂正は新規事項の追加が禁止されており(同法2条の2第2項,14条の2第3項),不適法な補正又は訂正は実用新案登録の無効理由となる(同法37条1項1号,7号)ことから,特許法は,特許出願の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項が当該特許出願の基礎とされた実用新案登録に係る実用新案登録出願の出願当初の明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内にあることも,出願時遡及が認められるための前提要件としているものと解される。

(2)  そこで,まず本件実用新案登録の当初明細書等の記載事項について検討するに,被告提出に係る実用新案登録願の写し(乙2)によれば,その記載は次のとおりである。

ア 実用新案登録請求の範囲

「〔請求項1〕

シュレッダー機による幼児の指切断等のケガを防ぐ為の補助的部品。」

イ 明細書

「〔考案の名称〕 シュレッダー補助器

〔技術分野〕

〔0001〕

シュレッダー機による幼児の指切断等のケガを防ぐ為の補助的部品。

〔背景技術〕

〔0002〕

近年,情報漏洩を防ぐ為,シュレッダー機が個人の家庭でも普及する様になり,それ故,幼児の指切断等の事故も多発している。それを防ぐ手段として,補助的な器具を取付けることにより,幼児のケガ等を未然に防止しようとするもの。再度製作し直すより安価。

〔考案の開示〕

〔考案が解決しようとする課題〕

〔0003〕

幼児の指挟み事故を未然に防ぐ。

〔課題を解決するための手段〕

〔0004〕

シュレッダー機に補助器を取付ける。

〔図面の簡単な説明〕

〔0005〕

〔図1〕機械の作動している場所(シュレッダー機の刃)から5cm位上方から,紙を差込む為の補助器。これを取付けることにより,シュレッダーの刃の部分に幼児の指が届かなくなる。本考案〔図1〕は横断面図である。補助器が徐々にせまくなり,幼児の指が入りにくくなることを表している。

〔図2〕本考案の正面図である。シュレッダー刃の部分上方に,補助器を取付けることを表している。」

ウ 図面

「file_2.jpg(Bil Rite RANE o gp MM Ads O 5 Cate BLS 183. FAT Bm mo ERT 2 ows) i— valy y- kB

file_3.jpgCH 21] ema Hom vole」

これに対し,原告は,被告提出に係る乙2の図2には,「シュレッダー補助器の横幅約35cm」との記載がなく,乙2は特許庁の担当職員により改ざんされていると主張し,かかる記載がある実用新案登録願の写しとして別途甲1の1を提出する(その記載内容こそが,本件実用新案登録の出願当初明細書等の真実の記載内容であると主張するものと解される。)。

しかしながら,甲1の1の願書写しは,1枚目の右上に出願後にされたとみられる書き込みが認められる上に,上記記載以外にも乙2の記載内容と齟齬が認められるほか,甲1の1における図1及び図2は,平成19年4月23日付け手続補正書(甲5)に記載された補正後の図面(図3,図4)と全く同一であることからすると,出願後に書き込み等がされた可能性を否定することができないものである。

したがって,かかる甲1の1の存在をもって乙2が改ざんされたものであると認めることはできず,ほかに,乙2について改ざんの事実を疑うに足りる的確な証拠はない。

よって,被告提出に係る乙2が改ざんされたものである旨の原告の主張は,採用することができない。

(3)  次に,本願明細書等(甲34の2)の記載は,次のとおりである。

ア 特許請求の範囲

「【請求項1】

・シュレッダー機による幼児の指切断等の事故防止用補助的部品である「シュレッダー補助器」

・シュレッダー補助器において,

形状:(1)シュレッダー機本体に取り付け,

(2)ラッパ状の形状を有し,

(3)シュレッダー補助器の下部は,シュレッダー機本体の刃部分にシュレッダー補助器の落ち込み防止の為,プラスチック製の部分が,ストッパーの役割を果たす形状を有しており,

(4)シュレッダー補助器に埋め込まれた金属製爪部分は,ストッパー底部の外側からストッパー上部に向かって伸び,ストッパーと対になり,両側からシュレッダー機本体を挟み込み,バネ状で,内側へ押し戻そうとする力が働き,

(5)金属製爪部分は,上部が,蛇の鎌首状に反り返った形状を有しており,

(6)金属製爪部分は蛇の鎌首状から,シュレッダー補助器の下部へ向かって,ストッパー底部を包むが如く,カーブを描きながら,シュレッダー補助器内部へ到達する形状を有する,

(7)金属製爪部分の一部は,約1cm,シュレッダー補助器の下部に,埋め込まれた形状を有しており,

(8)シュレッダー補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり,

材質:(9)シュレッダー補助器の全体はプラスチック製であり,

(10)シュレッダー補助器に埋め込まれた爪部分は金属製であり,

色: (11)シュレッダー補助器の全体の色は,透明であり,

(12)シュレッダー補助器に埋め込まれた,金属製爪部分の色は黒であり,

構造又は組み合わせ:(13)金属製爪部分が,バネ状に,押し戻そうとする力が働くことにより,

(14)シュレッダー機本体を,挟み込む状態になり,

(15)シュレッダー機本体から,着脱式に,取り付け取り外しが可能,

以上からなるシュレッダー補助器。」

イ 明細書

「 【発明の名称】シュレッダー補助器

【技術分野】

【0001】

シュレッダー機による幼児の指切断等の怪我を防ぐ為の補助的部品。

【背景技術】

【0002】

近年,情報漏洩を防ぐ為,シュレッダー機が個人の家庭でも普及するようになり,それに伴い幼児の指切断等の事故も多発してきているが,それを防ぐ手段として,補助的な器具を取り付けることにより,幼児の怪我等を未然に防止しようとするもので,再度製作し直すより安価。

【発明の開示】

【発明が解決しようとする課題】

【0003】

幼児の指挟み事故を未然に防ぐ。

【課題を解決する為の手段】

【0004】

シュレッダー機本体にシュレッダー補助器を取り付ける。

【発明の効果】

【0005】

シュレッダー補助器を取り付けることにより,シュレッダー機本体の刃部分に幼児の指が届かなくなり,指切断等の怪我を未然に防ぐことができる。

【図面の簡単な説明】

【0006】

【図1】シュレッダー補助器の横断面図

シュレッダー機本体の作動しているシュレッダー機の刃部分の5cm位上方から紙を差し込む為の補助器であり,本考案「図1」は横断面図であるが,シュレッダー補助器が徐々に狭くなり幼児の指が入り難くなることを表している。

【0007】

【図2】シュレッダー補助器の正面図

本考案の正面図であるが,シュレッダー機本体の刃部分の上方にシュレッダー補助器の下方を取り付ける。

【0008】

【図3】シュレッダー補助器を接続した全体の横断面図

【0009】

【図4】シュレッダー補助器を接続した全体の正面図

【符号の説明】

【0010】

「図1」シュレッダー補助器の横断面図において

(ア) シュレッダー補助器の高さ5cm,

(イ) シュレッダー補助器の上部外幅2cm,

(ウ) シュレッダー補助器上部片側の厚さ8mm,

(エ) シュレッダー補助器下部片側の厚さ2mm,

(オ) シュレッダー補助器の上部内幅4mm,

(カ) シュレッダー補助器の下部内幅2mm,

(キ) シュレッダー補助器の下部外幅6mm,

(ク) シュレッダー補助器の上部の高さから下方へ1cmの所迄,ラッパ状のカーブを描く,

(ケ) シュレッダー補助器の底部から上方へ計って,ストッパー片側高さ1cm

(コ) ストッパー上部片側の厚さ1cm,

(サ) ストッパー底部片側の厚さ4mm,

(シ) ストッパー上部の点Aから計って下方へ5mmの所を起点Bとし,

(ス) ストッパー底部の点Cにかけてシュレッダー機本体に沿うようなカーブを描く

(セ) シュレッダー補助器に埋め込まれた金属製爪部分は高さ1cm,

(ソ) 金属製爪部分の厚さ0.7mm,

(タ) 金属製爪部分はシュレッダー補助器の内部壁から計って1mmの所に埋め込まれ,

(チ) ストッパー底部の点Cから,上方へ計って,蛇の鎌首状の頂点までの高さ1.5cm,

(ツ) 蛇の鎌首型の上部の横断面幅4mm,

(テ) 蛇の鎌首状は,蛇の鎌首型の頂点から下方へ向かって計り8mmの所迄,

(ト) 金属製爪部分の蛇の鎌首状終点を点Dとし,

(ナ) 点Dから水平に直線を伸ばし,其処から蛇の鎌首状の立ち上がり迄の角度を100度とし,

(ニ) 点Dからストッパー底部へ向かっての傾斜角は,金属製爪部分底部から水平に直線を伸ばした所まで計って45度とし,

「図2」において

(ヌ) シュレッダー補助器の高さ5cm

(ネ) シュレッダー補助器の横幅約35cm

(ノ) シュレッダー補助器の上部である紙差し込み口は,外幅2cm,

(ハ) シュレッダー補助器の上部である紙差し込み口の内幅4mm,

(ヒ) シュレッダー補助器の下部でありシュレッダー機本体に取り付ける部分は外幅6mm,

(フ) シュレッダー補助器下部であり,シュレッダー機本体に取り付ける部分の内幅は2mm,

(ヘ) 金属製のバネ状でシュレッダー機本体紙差込口を挟み込む,金属製爪部分の一部1cmは,プラスチック製のシュレッダー補助器に埋め込まれており,其処とバネのように押し戻し挟み込む,

(ホ) ストッパー底部から計って,高さ1.5cmの蛇の鎌首状に戻って返す部分があり,

「図3」シュレッダー補助器を接続した全体の横断面図において

(マ) シュレッダー補助器の上部である紙差込口は,徐々に狭くなっており,

(ミ) シュレッダー補助器の上部外幅2cm,

(ム) シュレッダー補助器の下部外幅は6mm,

(メ) シュレッダー補助器の上部内幅は4mm,

(モ) シュレッダー補助器の下部内幅は2mm,

(ヤ) シュレッダー補助器が挿入し易いよう,傾斜角を,シュレッダー機本体の水平面から測って85度とし,

「図4」シュレッダー補助器を接続した全体の正面図において

(ユ) シュレッダー補助器の高さ5cm,

(ヨ) シュレッダー補助器の横幅約35cm,

(ラ) シュレッダー補助器の上部外幅は2cm,

(リ) シュレッダー補助器の上部内幅は4mm,

以上からなるシュレッダー補助器。」

ウ 図面

「【図1】

file_4.jpgVal y YH © PUTED【図2】

file_5.jpgYabo 7 — RR OE HE【図3】

file_6.jpgWk BY -b 4164 Oe —(&) @ Oy” EUROS 4 USHE RAR 461K【図4】

file_7.jpgYa ly I — Hee BRE L SHR O TERY」

(4) 以上を前提に,本件実用新案登録の当初明細書等と本願明細書等の記載事項を比較すると,次のとおり,本願明細書等には,本件実用新案登録の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,明らかに新たな技術的事項を導入するものというべき記載が認められる。

ア 本願明細書等の請求項1の(3)ないし(15)に関する事項

本願明細書等に記載がある,シュレッダー補助器について,材質がプラスチック製であること(請求項1の(3)及び(9)),色が透明であること(同(11)),横幅が約35cmであること(同(8))の各事項について,本件実用新案登録の当初明細書等には明示の記載がなく,また,本件実用新案登録の出願時において,これらの記載事項が技術常識であったとも認められない。

また,シュレッダー補助器に埋め込まれた金属製爪部分及びこれに関する記載事項(同(4)ないし(7),(10),(12)ないし(15))については,本件実用新案登録の当初明細書等において,そのような爪部分の存在自体が明らかでない。

したがって,これらの事項は,本件実用新案登録の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,明らかに新たな技術的事項を導入するものというべきである。

イ 本願明細書等の図1及び図2並びに段落【0010】の図1及び図2に関する事項

本願明細書等の図1(シュレッダー補助器の横断面図)及び図2(シュレッダー補助器の正面図)並びに段落【0010】の図1及び図2に関する寸法については,本件実用新案登録の当初明細書等には記載も示唆も一切認められない。これらの事項は,本件実用新案登録の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,明らかに新たな技術的事項を導入するものというべきである。

ウ 本願明細書等の段落【0010】の図3及び図4に関する事項

本願明細書等の段落【0010】には,図3の寸法に関し,「(ム)シュレッダー補助器の下部外幅は6mm,」と記載され,「(ヤ)シュレッダー補助器が挿入し易いよう,傾斜角を,シュレッダー機本体の水平面から測って85度とし,」と記載されている。しかしながら,本件実用新案登録の当初明細書等の対応する図1においては,シュレッダー補助器の下部外幅は5mmと異なる数値が記載されており,また,傾斜角については記載も示唆も認められない。

また,本願明細書等の段落【0010】には,図4の寸法に関し,「(ヨ)シュレッダー補助器の横幅約35cm,」と記載されている。しかしながら,本件実用新案登録の当初明細書等には,この点についての記載も示唆も認められない。

したがって,これらの事項は,本件実用新案登録の当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,明らかに新たな技術的事項を導入するものというべきである。

(5) 以上のとおりであるから,本願明細書等に記載した事項は,本件実用新案登録の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえない。

したがって,本願について出願時遡及を認めることはできないから,本願は,平成18年8月24日(本件実用新案登録に係る実用新案登録出願の時)に出願したものとみなすことはできないとした本件審決の判断に誤りはなく,本願出願の時は,本願出願の現実の出願日である平成20年10月10日となる。

(6) これに対し,原告は,本件実用新案登録は,出願時と同一のものであると認められたからこそ,登録になったのであり,原告は,本願において,その登録になったものと同一のものを,そのまま(変更せずに)特許出願したにすぎないから,出願時遡及を認めないのは誤りであると主張する。

しかしながら,実用新案登録制度は,考案の早期権利保護を図るため実体審査を行わずに実用新案権の設定の登録を行うものであるため,補正により新規事項が追加され,無効理由を胚胎した出願であっても,実用新案権の設定の登録はされ得る。そして,このような新規事項が追加されて実用新案登録になった明細書等と同一のものに基づいて特許出願をした場合,特許出願の当初明細書等も実用新案登録出願の当初明細書等に対して新規事項が追加されたものになるから,その後の補正により新規事項が解消されない限り,出願時遡及は認められないことになる。すなわち,実用新案権の設定の登録は,登録時の明細書等が実用新案登録出願の当初明細書等と同一でなくともされ得るから,実用新案登録になった明細書等と同一のものをそのまま用いて特許出願をしたとしても出願時遡及が直ちに認められるものではない。したがって,上記原告の主張はその前提を欠くものであって失当である。

また,原告は,本件実用新案登録の出願後,登録になるまでに何度も手続補正をしているが,それは,いずれも被告側の指示(手続補正指令書)に従って手続補正書を提出したものであり,被告側の指示に従って手続補正を繰り返した結果,ようやく登録が認められたにもかかわらず,本件実用新案登録の出願時のものとは異なるという理由で,出願時遡及を認めないのは理不尽であるとも主張する。

しかしながら,証拠(甲2の1,4,6,8の1,8の2,11)によれば,手続補正指令書による被告の補正命令は,いずれも実用新案法6条の2第1号又は第4号に関するものであって,補正後の明細書等の具体的内容を指示したものではない。また,各手続補正指令書において,その都度,補正した事項が出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるように十分留意する必要がある旨の注意喚起もなされている(更に付け加えれば,出願手続には専門知識が要求されるので,専門家である弁理士に相談することの促しもなされている。)。

それにもかかわらず,本件実用新案登録の登録時における明細書等の内容が,新規事項の追加によって出願時のそれと異なるものとなり,その結果,特許法46条の2第2項による出願時遡及が認められないこととなったのは,原告自身の責任によるものというほかない。したがって,上記原告の主張もまた失当である。

(7) よって,原告の主張する取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(新規性に関する認定判断の誤り)について

(1)  前記2のとおり,本願出願の時は,本願出願の現実の出願日である平成20年10月10日である。そして,引用文献である乙1公報は,本願出願前の平成20年7月31日に公開されたものであり,次の発明(以下「乙1発明」という。)が記載されている。

「【実用新案登録請求の範囲】

【請求項1】

・シュレッダー機による幼児の指切断等の事故防止用補助的部品である「シュレッダー補助器」

・シュレッダー補助器において,

形状:(1)シュレッダー機本体に取り付け,

(2)ラッパ状の形状を有し,

(3)シュレッダー補助器の下部は,シュレッダー機本体の刃部分にシュレッダー補助器の落ち込み防止の為,プラスチック製の部分が,ストッパーの役割を果たす形状を有しており,

(4)シュレッダー補助器に埋め込まれた金属製爪部分は,ストッパー底部の外側からストッパー上部に向かって伸び,ストッパーと対になり,両側からシュレッダー機本体を挟み込み,バネ状で,内側へ押し戻そうとする力が働き,

(5)金属製爪部分は,上部が,蛇の鎌首状に反り返った形状を有しており,

(6)金属製爪部分は蛇の鎌首状から,シュレッダー補助器の下部へ向かって,ストッパー底部を包むが如く,カーブを描きながら,シュレッダー補助器内部へ到達する形状を有する,

(7)金属製爪部分の一部は,約1cm,シュレッダー補助器の下部に,埋め込まれた形状を有しており,

(8)シュレッダー補助器の横幅は,約35cmであるが,これはメーカーや機種により,シュレッダー機本体の刃部分の横幅が異なる為,約35cmとしたが,A3用紙が余裕を持って縦に入る位の横幅であり,

材質:(9)シュレッダー補助器の全体はプラスチック製であり,

(10)シュレッダー補助器に埋め込まれた爪部分は金属製であり,

色: (11)シュレッダー補助器の全体の色は,透明であり,

(12)シュレッダー補助器に埋め込まれた,金属製爪部分の色は黒であり,

構造又は組み合わせ:(13)金属製爪部分が,バネ状に,押し戻そうとする力が働くことにより,

(14)シュレッダー機本体を,挟み込む状態になり,

(15)シュレッダー機本体から,着脱式に,取り付け取り外しが可能,

以上からなるシュレッダー補助器。」

(2) 本願発明と乙1発明とを対比すると,両者は同一であり,相違点は存在しない。

したがって,本願発明は,特許法29条1項3号に該当するから特許を受けることはできないというべきであり,この点に関する本件審決の認定判断に誤りはない。

(3) これに対し,原告は,①本件実用新案登録の出願時,他に同様の発明(考案)はなかったので,出願時遡及が認められれば,新規性も認められる,②本件実用新案登録に係る考案の内容を,考案者である原告の承諾なく公報に掲載し,それを引用文献として新規性を否定するのは不当である,③かかる扱いは,特許法29条の2の規定にも違反するなどと主張する。

しかしながら,本願について特許法46条の2第2項による出願時遡及が認められないことは,前記2のとおりであるから,上記①の主張は失当である。

また,実用新案法は,実用新案権の設定の登録があったときは,願書に添付した明細書及び実用新案登録請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容を実用新案公報に掲載しなければならないこと及び実用新案公報の発行は特許庁が行うことを定めており(同法14条3項,53条),特許庁はかかる法の規定に従って本件実用新案登録の明細書等を実用新案公報(乙1)に掲載したにすぎないから,その行為に何ら違法不当な点はなく,上記②の主張も失当である。

さらに,特許法29条の2の規定は,いわゆる拡大先願に関する規定であって,本件とは適用場面を異にするから,上記③の主張も失当である。

(4) よって,原告の主張する取消事由3は理由がない。

4  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1ないし3はいずれも理由がなく,本件審決に取り消されるべき違法はない。

よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 寺田利彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例