知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10138号 判決 2016年11月22日
原告
立川ブラインド工業株式会社
訴訟代理人弁理士
恩田博宣
同
森有希
同
小林徳夫
被告
株式会社ニチベイ
訴訟代理人弁護士
川田篤
訴訟代理人弁理士
大森純一
同
中村哲平
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2014-880015号事件について平成28年4月27日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,意匠に係る物品を「ブラインド用スラット」とする意匠登録第1492562号(登録出願日 平成25年5月1日,登録日 平成26年2月14日)の意匠権者である。
上記意匠登録において,部分意匠として意匠登録を受けた部分(以下「本件登録意匠」という。)は,別紙意匠公報写しの【図面】(ただし,【使用状態を示す参考図】を除く。)において実線で表された部分である。
被告は,平成26年10月14日,上記意匠登録につき,意匠法3条2項に該当することを理由として無効審判請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2014-880015号事件として審理した上,平成28年4月27日,「登録第1492562号の登録を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年5月11日,その謄本が原告に送達された。
原告は,平成28年6月7日,本件審決の取り消しを求める本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであるが,要するに,本件登録意匠は,その登録出願前に公然知られた下記甲3ないし9に記載された意匠(順に,引用意匠1ないし7)等の公知の形状の結合に基づいて当業者が容易に創作をすることができた意匠に該当するから,意匠法3条2項の規定により意匠登録を受けることができない,というものである(なお,本件審決が認定する引用意匠1ないし7及び周辺意匠1ないし3の概要については,別紙「引用意匠/周辺意匠の代表図一覧」を参照)。
記
甲3:意匠登録第1465235号公報(引用意匠1)
甲4:特開2011-252265号公報(引用意匠2)
甲5:米国特許第6443042号公報(引用意匠3)
甲6:米国特許第6263944号公報(引用意匠4)
甲7:米国特許第2202752号公報(引用意匠5)
甲8:特開2011-26804号公報(引用意匠6)
甲9:特開平9-328975号公報(引用意匠7)
(2) 本件審決は,上記結論を導くに当たり,本件登録意匠の形態について,次のとおり認定した(本件登録意匠の形態が,本件審決認定のとおりのものであることは,当事者間に争いがない。以下,各形態を「形態ア」などという。)。
ア 全体は,
(ア) 厚みのある平板帯状のもので,正面視で横長長方形の,左右に長いもので,
(イ) 上辺の縁は,半正円弧状に形成したものであって,
イ 本件登録意匠に係る部分は,上辺2箇所に設けた切欠き部のうち,正面視で右側の切欠き部における左右のガイド面部分であり,
ウ 当該ガイド面部分は,正面視において,収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面として形成されており,その角度は約55度であって,
エ ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたものであって,
オ このときガイド面が,平面視において,外側に円弧を有する左右対称の,2つの半月形状として表れるものである。
(3) その上で,本件審決は,本件登録意匠の創作容易性について,次のとおり判断した(以下,各判断を「判断ア」などという。)。
ア スラットの全体形状を,平板帯状のもので,正面視で横長長方形の,左右に長いものとすることは,この種物品分野において広く知られた形態である。
また,そのスラットを,厚みのある,上辺の縁を略半正円弧状に形成したものは,引用意匠3ないし7に表れているとおり,広く知られた態様である。
イ スラットの上辺に切欠き部を設けることは,引用意匠1及び2に表れているとおり,そして,厚みのあるスラットの上辺に切欠き部を設けることは,引用意匠3ないし5に表れているとおり,いずれもこの種物品分野においてありふれた態様である。
ウ 正面視において,切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様は,引用意匠1及び2と同じ態様であって,公然知られた態様と認められる。
また,ラダーコードを係止するために,略ハの字状の一種と認められるV字状の切欠きの傾斜角度を約55度とすることは,周辺意匠3(甲11。実公平8-8233号公報)に表れており,かつ,ガイド面の傾斜角度を約30度とした態様は,引用意匠1に表れていることから,ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様と認められる。
エ 以上より,引用意匠1及び2に表れている,ガイド面部分を逆ハの字状となる斜面とした態様を,引用意匠3ないし5に表れている,上辺の縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットの上辺にある切欠き部に用いることは,当業者であれば容易であり,そのガイド面の傾斜角度を55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様であるから,本件登録意匠の創作は,容易であったと認められる。
オ なお,意匠の創作において,技術的な制約がない場合には,複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にすることが,工業製品等のデザインにおける造形処理として極普通に行われている手段であると認められることからすれば,本件登録意匠においては,ガイド面下端の位置をスラットの平坦な前後面から縁の半正円弧状に変化する位置におおむね合わせた態様も含めて,その創作に困難性があるとは認められない。
第3原告主張の取消事由
1 取消事由1(引用意匠1及び2の認定の誤り)
本件審決は,判断ウにおいて,「正面視において,切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様は,引用意匠1及び2と同じ態様であって,公然知られた態様」であると認定する。
しかし,以下に述べるとおり,引用意匠1及び2には,本件登録意匠における「斜面」及び「ガイド面」は表れていないから,本件審決の上記認定は誤りである。
すなわち,本件登録意匠は,厚みのある平板帯状の丸みのある縁に形成した「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様」であり,この「ガイド面」は丸みのある縁から徐々に肉厚となる幅(厚み)を有するものとして形成されており,そのため,ラダーコード等が切欠き外のスラットの縁に接した状態から,切欠き内に入る時の誘い込みが安定するという機能を有するものである。
これに対し,引用意匠1及び2に表れるのは,薄いスラットであるから,そこに形成される切欠き部の逆ハの字状の態様は,「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,本件登録意匠のような「斜面を形成してガイド面とした態様」は表れない。そして,「斜片」は「面」ではないことから,当然「斜面として形成された半正円弧状のガイド面(誘い込みを安定させる斜面)」も表れない。
したがって,引用意匠1及び2に,「斜面を形成してガイド面とした態様」が表れているとする本件審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(周辺意匠3及び切欠きの傾斜角度に係る認定の誤り)
本件審決は,判断ウにおいて,周辺意匠3に表れている「V字状の切欠き」をラダーコード等を係止するための「略ハの字状の一種」と認定した上で,「V字状の切欠きの傾斜角度を約55度とすることは,周辺意匠3に表れて」いること及び「ガイド面の傾斜角度を約30度とした態様は,引用意匠1に表れていること」から,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であると認定する。
しかし,以下に述べるとおり,本件審決の上記認定は誤りである。
(1) 周辺意匠3について
ア まず,周辺意匠3に表れている切欠き(傾斜部)は,その端縁側の始まりから内端に至るまで左右対称な直線で構成されて内端で合流し,その左右の傾斜部は隣り合う位置に形成されており,それゆえにV字状といえるものである。
他方,引用意匠1及び2の切欠きの逆ハの字状の傾斜部(ガイド部)は,端縁側の始まりは左右対称な直線であるが,その中央部に略コの字状をなす収容部が設けられたものであって,傾斜部の内端は離間しており,左右の傾斜部は離れた位置に形成されている。
このように,周辺意匠3の「V字状」の傾斜部と引用意匠1及び2の「逆ハの字状」の傾斜部は,その形態が大きく相違しているから,周辺意匠3のV字状の切欠きを「略ハの字状」の一種などといえないことは明らかである。
イ また,周辺意匠3のV字状の切欠き(傾斜部)は,ラダーコード等の収容部として機能する(ラダーコード等を係止する)ものであって,中央部の収容部にラダーコード等を導くための傾斜部(ガイド部)ではない。
他方,引用意匠1及び2の「逆ハの字状」の傾斜部は,ラダーコード等を導くための傾斜部(ガイド部)であって,ラダーコード等を係止(収容)する機能はない。
ウ 以上のとおり,周辺意匠3のV字状傾斜部と,引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,その形態及び機能において異なるものであって,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度」として,一絡げに論じるべきものではないから,本件審決の周辺意匠3に係る上記認定は誤りである。
(2) 切欠きの傾斜角度について
本件審決が認定する「約30~55度」の角度範囲とは,約30度から約55度までのいずれの角度範囲をも含むものであるが,このうち公知といえるのは,引用意匠1に表れた逆ハの字状の切欠きの傾斜部の傾斜角度である「約30度」と,周辺意匠3に表れたV字状の切欠きの傾斜角度である「約55度」の2つのみである。
しかも,引用意匠1の切欠きの傾斜部と,周辺意匠3のV字状の切欠きとは,その形態や機能が異なっている上に,いずれも厚みを有する「傾斜面」でも「ガイド面」でもない。
したがって,本件審決の切欠きの傾斜角度に係る上記認定も誤りである。
3 取消事由3(創作容易性の判断の誤り)
(1) 判断エにおける誤り
ア 本件審決は,判断エにおいて,引用意匠1及び2に表れているガイド面部分を逆ハの字状となる斜面とした態様を,引用意匠3ないし5に表れている上辺の縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットの上辺にある切欠き部に用いることは,当業者であれば容易である旨判断する。
しかし,上記1で述べたとおり,引用意匠1及び2に表れている左右対称な逆ハの字状の態様は,薄いスラットに形成した「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,このような態様を,厚みのあるスラットに用いることについては,当業者においてよく行われているありふれた手法であることを示す証拠がないから,当業者であれば容易であるとはいえない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
イ また,本件審決は,判断エにおいて,「ガイド面の傾斜角度を55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様である」ことを根拠に挙げて,「本件登録意匠の創作は,容易であった」と判断するが,上記2(1)のとおり,「傾斜角度を約55度」とした公知例とされる周辺意匠3は,薄いスラットに形成されたV字状の切欠きの傾斜角度であり,この例を根拠として,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」の「傾斜角度を約55度とする態様」が当業者に創作容易であるとはいえない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
ウ 以上によれば,本件審決の判断エは誤りである。
(2) 判断オにおける誤り
本件審決は,判断オにおいて,本件登録意匠の形態エ(ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの)について,「意匠の創作において,技術的な制約がない場合には,複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にすることは,工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段であると認められる」ことを根拠として,「ガイド面下端の位置をスラットの平坦な前後面から縁の半正円弧状に変化する位置におおむね合わせた態様も含めて,本件登録意匠の創作に困難性があるとは認められない」と判断する。
しかし,以下に述べるとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
ア 本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」が,「工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段」であることについては,これを認めるに足りる証拠がない。
イ 本件審決は,上記判断の根拠として,参考資料B(特開2003-313837号公報。甲13。別紙審決書写しの別紙第5参照)を挙げ,「参考資料Bの図6では,上端が円弧状の木材15Bにおいて,平坦な側面から上端の円弧状に形状が変化する形状的変化点と,ブラケット18を設置するための凹部の底面(下端)という形状的変化点を合わせた事例が表れている」とする。
しかし,参考資料Bは,「木製防護柵」に係る意匠であり,本件登録意匠(ブラインド用スラット)とは全く異なる分野の意匠であり,その当業者の範囲も異なるものであるから,本件登録意匠のブラインド用スラットに係る当業者の間で,参考資料Bの「木製防護柵」に係る形態が知られていたとはいえない。
また,本件登録意匠は,「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」であるのに対し,参考資料Bの図6に表れる態様は,木製ユニット材15の半正円弧状に形成した縁に,縁に沿って長い幅を持つコの字状の切欠きを設けたものであって,その切欠きに形成された左右の面は,図からは明確ではないが垂直に表れており,かつその面の下端は,木製ユニット材15の平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置と同じ位置又はその位置よりも上に位置しており,「やや下に位置する」ものではない。
加えて,本件登録意匠の「ガイド面」はラダーコード等を誘い込む機能を有しているのに対し,参考資料Bに表れた「切欠き」は,切欠きの底面に平板状のブラケット18を固定するためのものであり,両者の用途,機能は全く相違する。
このように,参考資料Bに表れた意匠は,本件登録意匠と異なる分野の意匠である上に,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」を「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」とは態様を異にし,用途・機能も異なるものであるから,このような参考資料Bが公知であるからといって,本件登録意匠の形態エとすることが,当業者に創作容易であるとはいえない。
ウ 以上によれば,本件審決の判断オは誤りである。
(3) 本件登録意匠を一つのまとまりとして捉えて判断しなかったことの誤り
本件登録意匠の対象部分は,丸みのある縁から徐々に肉厚となる幅(厚み)を有するスラットの略半正円弧状に形成された縁部に設けられた「切欠き」の一部であり,「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」という機能及び位置等の概念を含む部分意匠として構成され,全体として一体の新たな美感を形成しているものである。
したがって,本件登録意匠の創作容易性は,このまとまり感のある一体の美感を形成している態様について判断されなければならない。ところが,本件審決は,以下に述べるとおり,本件登録意匠の構成要素を分割,細分化し,それぞれがありふれた構成要素であるとした上,その組み合わせであることを理由に本件登録意匠の創作性を否定しているのであり,このような判断は誤りである。
ア 本件審決は,本件登録意匠における,一定の厚みを有するスラットの半正円弧状に形成された縁部に設けられた「切欠き」の一部であり,「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状の斜面として形成されたガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」とする立体的な態様において,正面視に表れるところの平面的な切欠き部の構成である「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜片を形成してガイド部とした」構成のみを取り出し,引用意匠1及び2により公知であると判断している。この際,本件審決は,本件登録意匠の一定の厚みを有するスラットの半正円弧状に形成された縁部に設けられたものであって,「斜面として形成された半正円弧状のガイド面」をなし,その「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」という態様やその各構成要素の位置関係は無視している。
イ また,本件審決は,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様」の傾斜面の傾斜角度が約55度であることは,逆ハの字状の一種であるV字状の切欠きである周辺意匠3において公知であることから,この手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公知である旨認定する。
しかし,本件審決は,本件登録意匠の,一定の厚みを有するスラットの半正円弧状に形成された縁部に設けられた「切欠き」の一部であり,「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」という態様から,その傾斜部の角度のみを取り出して論じている。周辺意匠3の切欠き部は,引用意匠1及び2の切欠き部とは,その形態(V字状か逆ハの字状か),位置(隣り合って形成されているか離間して形成されているか)及び機能(ラダーコード等を係止するものか,間の収容部にラダーコード等を誘い込むガイド部か)が異なるものであり,それにもかかわらず,本件審決は,周辺意匠3から傾斜角度のみを切り離して取り出し,本件登録意匠の創作容易性の判断に用いているものである。
ウ さらに,本件審決は,本件登録意匠の「ガイド面である斜面下端」の位置について,「複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にすることは,工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段である」ことから,本件登録意匠の形態エは創作容易であったと判断する。
しかし,本件審決が上記判断の根拠とした参考資料Bと本件登録意匠とは,意匠の分野も,当該部分の機能も異なるものであるのに,本件審決は,参考資料Bに表れた「斜面の下端の位置」のみを取り出して,本件登録意匠の創作容易性を判断したものであり,このような判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1(引用意匠1及び2の認定の誤り)に対し
原告は,引用意匠1及び2に表れるのは薄いスラットであり,そこに形成される切欠き部の逆ハの字状の態様は,「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,本件登録意匠のような「斜面を形成してガイド面とした態様」ではないから,「切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様は,引用意匠1及び2と同じ態様であ」るとする本件審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,原告は,「薄いスラット」であれば,そこに形成される切欠き部の逆ハの字状の態様が,なにゆえ「斜面を形成してガイド面とした態様」ではなく,「斜片を形成してガイド部とした態様」となるのか,その根拠を示していない。むしろ,引用意匠1及び2のスラットが「薄いスラット」であっても,スラットである以上は所定の厚みを有することは明白であり,このことは,引用意匠1に係る意匠公報(甲3)の【各部の名称を示す参考図】において,スラットの断面を明瞭に認識することができること,引用意匠2に係る公開特許公報(甲4)の【図5】において,「スラット18」の断面を明瞭に認識することができることから明らかである。
そうすると,引用意匠1及び2のスラットに逆ハの字状の切欠き部を形成すれば,その態様は上記所定の厚みに応じた「斜面」として表れるものであり,それは「ガイド面」として機能するものである。
したがって,引用意匠1及び2に上記「斜面」及び「ガイド面」が表れることは明白であるから,本件審決の上記認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(周辺意匠3及び切欠きの傾斜角度に係る認定の誤り)に対し
(1) 周辺意匠3について
ア 原告は,周辺意匠3のV字状傾斜部と,引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,その形態及び機能が異なるから,一絡げに論じることはできない旨主張する。
しかし,「V字状」(周辺意匠3)の切欠きも,「逆ハの字状」(引用意匠1及び2)の切欠きも,左右に傾斜部を有する点において共通しており,「V字状」の切欠きは「逆ハの字状」の切欠きの内端の間の距離が略ゼロになった態様と捉えることができるから,「V字状」の切欠きを「略ハの字状」の切欠きの一種とする本件審決の認定に誤りはない。
イ また,原告は,周辺意匠3のV字状傾斜部がラダーコードの等の収容部として機能するのに対し,引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部はラダーコード等を導くための傾斜部であって,ラダーコード等を係止(収容)する機能はない旨主張する。
しかし,周辺意匠3のV字状の切欠きは,甲11の【第6図】(下記図面参照)に示されるように,スラット縁部の開放端部から下方の,切欠き幅がラダーコードの径よりも大きい箇所(下図の丸で囲んだ箇所)においては,その斜面によってラダーコードをガイドする傾斜部(ガイド部)として機能する一方,その底部近傍の,切欠き幅がラダーコードの径とほぼ同一になる箇所においては,ガイドされてきたラダーコードを係止して収容する係止部(収容部)として機能するものであるから,周辺意匠3のV字状の切欠きも,引用意匠1及び2の切欠きも,切欠き全体として見れば,ラダーコードをガイドして係止(収容)する機能を有することに変わりはない。
周辺意匠3 (甲11)(ラダーコードの図は被告が挿入したもの)
file_2.jpg(86a) a-ak EB 1B) \ — Pek BB ( AEH)ウ したがって,周辺意匠3に表れている「V字状の切欠き」をラダーコード等を係止するための「略ハの字状の一種」とする本件審決の認定に誤りはない。
(2) 切欠きの傾斜角度について
原告は,本件審決が,引用意匠1に表れた逆ハの字状の切欠きの傾斜部の傾斜角度である「約30度」と,周辺意匠3に表れたV字状の切欠きの傾斜角度である「約55度」のたった2つから,「傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であると認定したことは誤りである旨主張する。
しかし,周辺意匠3により,V字状の切欠きの傾斜角度を約55度とすることが公然知られており,引用意匠1において,ガイド面の傾斜角度を約30度とすることが公然知られている以上,一般に約30度と約55度との間にも連続的に角度が存在することは明らかであるから,この種物品分野において,約30度の傾斜角度と約55度の傾斜角度が公知であることは,約30~約55度の傾斜角度が公知であることと等しい。
また,甲17の例示意匠3に示されるように,ガイド面の傾斜角度が小さすぎると,ガイド面がほぼ水平となり,ラダーコードのガイドとしての機能を果たすことができないし,ガイド面の傾斜角度が大きすぎても,ガイド面が急角度となるばかりか,ガイド面自体が深くなるため,やはりガイドとして機能しなくなるなどの問題が生ずることになるから,当業者がこのようなデメリットを回避して切欠き部を形成しようとすれば,ガイド面の傾斜角度は,小さすぎもせず大きすぎもしない,概ね30~55度程度に収まるものであり,このことからも,約30~55度の傾斜角度はありふれた角度といえる。
したがって,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であるとする本件審決の認定に誤りはない。
(3) 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(創作容易性の判断の誤り)に対し
(1) 「判断エにおける誤り」に対し
原告は,引用意匠1及び2に表れている左右対称な逆ハの字状の態様は,薄いスラットに形成した「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,このような態様を厚みのあるスラットに用いることについては,当業者においてよく行われているありふれた手法であることを示す証拠がないから,当業者であれば容易であるとはいえない旨主張する。
しかし,本件審決の判断エにおける創作容易性の判断は,審判官の一般的な経験則に基づいた価値的な判断であり,必ずしも証拠が必要となるような性質のものではないから,原告の上記主張は失当である。
また,乙1ないし4のブラインドのサンプル帳から明らかなとおり,ブラインドにおいて,薄いスラット(例えば,アルミニウム合金製のもの)の形状を,厚いスラット(例えば,木製のもの)の形状に用いることは,ブラインドの意匠の分野における当業者においてごく普通に採用される造形の手法である。
さらに,薄いスラットと厚いスラットの双方に,ラダーコードの収容機能を重視した同じようなU字状の切欠きが形成されている公知例も多数存在しており(乙5ないし9,甲5,7),これらの事実も,「薄いスラット」に形成されたU字状の切欠き部を,「厚みのあるスラット」にも用いることがよく行われており,ありふれた手法であることを示すものである。
したがって,引用意匠1及び2に表れているガイド面部分を逆ハの字状となる斜面とした態様を,引用意匠3ないし5に表れている上辺の縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットの上辺にある切欠き部に用いることは当業者であれば容易であるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。
(2) 「判断オにおける誤り」に対し
ア 原告は,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」が,「工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段」であることについては,これを認めるに足りる証拠がない旨主張する。
しかし,本件審決が判断オで述べるとおり,「複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にする」との造形の手法を採用することが容易かどうかは,審判官の一般的な経験則に基づいた価値的な判断であり,必ずしも証拠が必要となるような性質のものではなく,本件審決が挙げる参考資料Bの図6も飽くまで一例として挙げたものにすぎないから,原告の上記主張は失当である。
イ また,原告は,本件審決が挙げた参考資料Bについて,本件登録意匠とは異なる分野の意匠であることなどから,このような参考資料Bが公知であるからといって,本件登録意匠の形態エとすることが当業者に容易であるとはいえない旨主張する。
しかし,本件登録意匠が形成されるブラインド用の厚みを有するスラットが,上記(1)に示したように,通常は木製とされることに鑑みれば,本件登録意匠に係るブラインド用スラットと参考資料Bに示された「木製防護柵」は,木製部品の加工技術に関するものである点で共通しているから,両者が全く異なる分野の意匠であるとはいえない。
加えて,本件登録意匠に係るブラインドの分野の意匠文献においても,例えばウエイトバーに操作具を取り付けるための把持具の意匠(乙10及び11)において,半正円弧状の縁部の端部と切欠き面の端部とをほぼ一致させるようにした造形手法が表れたものがある。このように,「複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にする」造形手法は,参考資料B以外においても公知であるといえる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ そして,縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットに切欠き部を形成するにあたって,当該ガイド面を,中央部の収容部にラダーコード等を導く(誘い込む)ための傾斜部(ガイド部)として機能させるような大きさ及び角度(例えば,約55度)に形成し,かつ,その間に,ラダーコード等を係止する機能を有する大きさに収容部を形成すれば,上記「ガイド面である斜面下端」は,必然的に「スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する」ことになるから,この点を創作容易とした本件審決の判断に誤りはない。
エ したがって,本件審決の判断オに誤りはなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
(3) 「本件登録意匠を一つのまとまりとして捉えて判断しなかったことの誤り」に対し
原告は,本件審決について,本件登録意匠の創作容易性は,まとまり感のある一体の美感を形成している態様について判断されなければならないのに,本件登録意匠の構成要素を分割,細分化し,それぞれがありふれた構成要素であるとした上,その組み合わせであることを理由に本件登録意匠の創作性を否定している点において判断に誤りがあるとして,種々主張するが,以下に述べるとおり,これらの主張はいずれも失当である。
ア 原告は,本件審決が,本件登録意匠における,一定の厚みを有するスラットの半正円弧状に形成された縁部に設けられた「切欠き」の一部であり,「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状の斜面として形成されたガイド面」について,正面視に表れるところの平面的な切欠き部の構成である「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜片を形成してガイド部とした」構成のみを取出し,引用意匠1及び2により公知であると判断している点に誤りがある旨主張する。
しかし,前記1で述べたとおり,引用意匠1及び2においては,原告が主張するような「斜片」及び「ガイド部」ではなく,「斜面」及び「ガイド面」が表れることは明白であり,本件審決も,「切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様は,引用意匠1及び2と同じ態様であって,公然知られた態様と認められる」と認定している。
したがって,本件審決が,引用意匠1及び2についての判断に当たって,本件登録意匠を平面的ではなく,立体的に捉えていることは明らかであるから,原告の上記主張は失当である。
イ また,原告は,本件審決が,周辺意匠3の切欠き部について,その傾斜角度のみを,その形態,位置及び機能と切り離して取り出し,本件登録意匠の創作容易性の判断に用いている点に誤りがある旨主張する。
しかし,前記2(1)イで述べたとおり,周辺意匠3のV字状の切欠きは,傾斜部(ガイド部)としても,係止部(収容部)としても機能するものであるから,本件審決は,周辺意匠3から単に傾斜角度のみを取り出したものではなく,その機能及び位置をも踏まえた上で,スラットの縁部に形成された立体的な切欠き部におけるガイド面の傾斜角度として「55度」を挙げているのであり,原告の上記主張には理由がない。
(4) 以上によれば,原告主張の取消事由3は理由がない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用意匠1及び2の認定の誤り)について
原告は,引用意匠1及び2に表れるのは薄いスラットであり,そこに形成される切欠き部の逆ハの字状の態様は,「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,本件登録意匠のような「斜面を形成してガイド面とした態様」ではないから,本件審決が,判断ウにおいて,「正面視において,切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様は,引用意匠1及び2と同じ態様であって,公然知られた態様」であると認定したことは誤りである旨主張する。
しかし,引用意匠1及び2に表れているスラットがいずれも薄いスラットであるとしても,ブラインド用スラットとして必要な強度を有するものである以上,一定の厚さを有するものであることは明らかであり,このようなスラットの上辺に逆ハの字状に切欠き部を設けた場合に表れるものを「斜面」ととらえることが誤りであるとまではいえない。また,このような逆ハの字状の「斜面」が,ラダーコード等をガイドする機能を有することも明らかであるから,これを「ガイド面」と捉えることも誤りとはいえない。
この点,原告は,本件登録意匠のように,厚みのある平板帯状の丸みのある縁に形成した逆ハの字状のガイド面は,丸みのある縁から徐々に肉厚となる幅(厚み)を有するものとして形成されているため,ラダーコード等が切欠き内に入る時の誘い込みが安定するという機能があるのに対し,引用意匠1及び2の薄いスラットに形成される逆ハの字状の切欠き部では,このような効果がないことを上記主張の根拠に挙げる。しかし,スラットに形成される逆ハの字状の斜面の厚みいかんによって,上記のような機能面の違いが生じるとしても,結局は,ラダーコード等をガイドする際の安定度に程度の差があるということにすぎず,このような機能面の違いがあるからといって,引用意匠1及び2のスラットに形成される逆ハの字状の切欠き部の態様を「斜面を形成してガイド面とした態様」と認めることが誤りであるとはいえない。
更に言えば,仮に,引用意匠1及び2によって公然知られたものとされる態様について,原告主張のとおり,「正面視において,切欠き部の収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜片を形成してガイド部とした態様」と認めるのが正しいとしても,このような態様を,引用意匠3ないし5に表れている上辺の縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットの上辺にある切り込み部に用いることが当業者において容易であることは,後記3(1)で述べるとおりであるから,引用意匠1及び2に係る上記認定の違いが本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
したがって,原告主張の取消事由1は,いずれにしても理由がない。
2 取消事由2(周辺意匠3及び切欠きの傾斜角度に係る認定の誤り)について
原告は,本件審決が,周辺意匠3に表れている「V字状の切欠き」をラダーコード等を係止するための「略ハの字状の一種」と認定した上で,「V字状の切欠きの傾斜角度を約55度とすることは,周辺意匠3に表れて」いること及び「ガイド面の傾斜角度を約30度とした態様は,引用意匠1に表れていること」から,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であると認定したことは誤りである旨主張するので,以下検討する。
(1) 周辺意匠3について
ア 原告は,周辺意匠3のV字状傾斜部と,引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,その形態及び機能が異なるから,両者を一絡げに論じることはできず,本件審決の周辺意匠3に係る上記認定には誤りがある旨主張する。
イ しかし,周辺意匠3と引用意匠1及び2の各切欠き部は,いずれも,ブラインド用スラットにおいて,ラダーコード等を収納するために設けられた切欠きであり,ラダーコード等を切欠き中央の最深部に収容するものであるとともに,当該中央最深部の収容位置にラダーコード等を導くために左右から中央下方に向かう対称の傾斜部が設けられているという点において共通するものである。
したがって,周辺意匠3のV字状傾斜部と引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,いずれもラダーコード等を切欠き中央最深部の収納位置に導く機能を有し,そのための形態として,切欠きの左右から中央下方に向かう対称の傾斜部を成しているという点において共通するものといえる。
ウ この点,原告は,周辺意匠3のV字状傾斜部と引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,①前者が内端で合流しているのに対し,後者は中央に収容部が設けられ,内端が合流していない点において形態が異なること,②前者がラダーコード等の収容部として機能するのに対し,後者はラダーコード等を導くためのガイド部であって,ラダーコード等を収容する機能を有しない点において機能が異なることを主張する。そして,ここで原告が主張する両者の形態及び機能上の相違とは,要するに,後者の切欠きには,傾斜部に加え,略コの字状の収容部が設けられる結果,その傾斜部は,両端が合流しない形態となり,かつ,専らラダーコード等を導くためのガイド部としてのみ機能するのに対し,前者の切欠きには,このような収容部が設けられないため,その傾斜部は,両端が合流する形態となり,かつ,ラダーコード等を導くためのガイド部としてのみならず,収容部としても機能する,ということにほかならない。
しかしながら,ここで問題となるのは,ブラインド用スラットのラダーコード等を収納する切欠きにおいて,ラダーコード等を導くために設けられる左右対称の傾斜部の傾斜角度をどのようにするかを論じるに当たり,周辺意匠3のV字状傾斜部と引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部との間に,これらを同様の傾斜部としてみることができないような相違があるか否かということである。しかるところ,上記イで述べたとおり,周辺意匠3と引用意匠1及び2の各傾斜部は,ラダーコード等を切欠き中央最深部の収容位置に導く機能を有し,そのための形態として,切欠きの左右から中央下方に向かう対称の傾斜部を成しているという限りにおいては共通するものであり,他方,上記左右対称の傾斜部の傾斜角度は,ラダーコード等を導くために適した角度として適宜調整して定められるべきものであることからすると,上記の範囲での機能及び形態上の共通性があれば,両者の共通性を前提にそれらの傾斜部の傾斜角度を比較・参照することができるというべきであり,原告主張のような,更に細部に及ぶ形態及び機能上の相違の存在は,これを妨げるものではないというべきである。
エ したがって,本件審決の周辺意匠3に係る上記認定に誤りがある旨の原告の上記主張は理由がない。
(2) 切欠きの傾斜角度について
ア 原告は,切欠きの傾斜角度について,①公知といえるのは,引用意匠1に表れた逆ハの字状の切欠きの傾斜部の傾斜角度である「約30度」と,周辺意匠3に表れたV字状の切欠きの傾斜角度である「約55度」の2つのみであること,②引用意匠1の切欠きの傾斜部(ガイド部)と,周辺意匠3のV字状の切欠きとは,その形態や機能が異なっている上に,いずれも厚みを有する「傾斜面」でも「ガイド面」でもないことから,本件審決が,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であると認定したことは誤りである旨主張する。
イ 上記①の点について
ブラインド用スラットのラダーコード等を収納する切欠きにおいて,ラダーコード等を中央の収納部に導くために設けられる左右から中央下方に向かう対称の傾斜部の傾斜角度を定める場合,傾斜部の傾斜角度が小さすぎると,ラダーコード等を中央の収納部に導く力が働きづらくなり,ガイド機能を果たすことが困難となる一方,傾斜部の傾斜角度が大きすぎて急角度となった場合にも,やはりガイドとしての機能が果たせなくなることは,容易に理解し得るところである。したがって,当業者が,このような傾斜部の傾斜角度を定めるに当たっては,ラダーコード等のガイド機能を適切に発揮し得るように,小さすぎも,大きすぎもしない,中間的な角度に調整することが当然に行われるべきことといえる。
しかるところ,このようなラダーコード等を中央の収納部に導くために設けられる左右から中央下方に向かう対称の傾斜部について,周辺意匠3の傾斜部の傾斜角度が約55度であること及び引用意匠1の傾斜部の傾斜角度が約30度であることが公知であったことからすれば,当業者としては,上記の観点から上記傾斜部の傾斜角度を定めるに当たって,約30度が小さすぎる傾斜角度ではないこと及び約55度が大きすぎる傾斜角度ではないことを認識し,少なくともこの間の傾斜角度であれば,ラダーコード等のガイド機能を適切に発揮するために,適宜調整され得る範囲の角度であると当然に認識するものというべきである。
してみると,本件審決が,引用意匠1及び周辺意匠3に基づいて,「ラダーコード等を導くためのこの手の傾斜面の角度を約30~55度とすることは,この種物品分野において公然知られた態様」であると認定したことが誤りであるということはできない。
ウ 上記②の点について
まず,引用意匠1の逆ハの字状傾斜部と周辺意匠3のV字状傾斜部とが形態や機能を異にする旨の原告の主張に理由がないことは,前記(1)ウで述べたとおりである。
また,原告は,引用意匠1の逆ハの字状傾斜部と周辺意匠3のV字状傾斜部とが,いずれも厚みを有する「傾斜面」でも「ガイド面」でもない旨を主張するが,薄いスラットであるからといって,そこに設けられる切欠き部に表れるものを「斜面」と捉えることが誤りとはいえないことは,前記1で述べたとおりである。さらに,周辺意匠3(甲11)について見ると,その第2図及び第3図に示されたスラットは一定の厚みのあるものであることが明らかである。したがって,原告の上記主張にも理由がない。
エ 以上によれば,本件審決の切欠きの傾斜角度に係る認定に誤りがある旨の原告の上記主張も理由がない。
(3) 以上の次第であるから,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(創作容易性の判断の誤り)について
(1) 「判断エにおける誤り」について
ア 原告は,引用意匠1及び2に表れている左右対称な逆ハの字状の態様は,薄いスラットに形成した「斜片を形成してガイド部とした態様」にすぎず,このような態様を,厚みのあるスラットに用いることについては,当業者においてよく行われているありふれた手法であることを示す証拠がないから,これを当業者であれば容易であるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,引用意匠1ないし5によれば,ブラインド用スラットには,引用意匠1及び2に示されるような薄いスラットと引用意匠3ないし5に示されるような厚みのあるスラットがあり,いずれにおいても,スラットの上辺にラダーコード等を係止するための切欠き部を設けることが公然知られた態様であることは明らかである。
しかるところ,上記切欠き部の形状については,スラットに厚みがあるか否かによって当該切欠き部の形状に差異を設けるべき理由は特段見当たらないというべきであるから,引用意匠1及び2に示された薄いスラットに設けられた逆ハの字状の切欠き部を,引用意匠3ないし5のような厚みのあるスラットに形成することには,格別の障害も困難もなく,当業者において容易になし得るものであって,このことは,これを示す具体的な証拠によるまでもなく認めることができるというべきである。なお,スラットの厚みの有無によって切欠き部の形状に差異を設けるべき理由がないことは,薄いスラット及び厚みのあるスラットのいずれにおいても,ラダーコード等を係止する切欠き部として,似通ったU字状のものが形成されている公知例(乙5ないし9,甲5,7)が存在することからも裏付けられる。
したがって,引用意匠1及び2に表れているガイド面部分を逆ハの字状となる斜面とした態様を,引用意匠3ないし5に表れている上辺の縁を半正円弧状にした厚みのあるスラットの上辺にある切欠き部に用いることは当業者であれば容易であるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,「周辺意匠3のV字状傾斜部と,引用意匠1及び2の逆ハの字状傾斜部とは,その形態及び機能が異なるから,両者を一絡げに論じることはできない」との主張を前提として,傾斜角度を約55度とした公知例である周辺意匠3を根拠として,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」の「傾斜角度を約55度とする態様」が当業者に創作容易であるとはいえない旨主張する。
しかし,原告の上記主張がその前提において理由がないことは,前記2(1)で述べたとおりである。
ウ 以上によれば,本件審決の判断エにおける創作容易性の判断に誤りがあるとする原告の主張には理由がない。
(2) 「判断オにおける誤り」について
原告は,本件審決が,本件登録意匠の形態エ(ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの)について,「複数の形状的変化点をおおむね合わせることにより,全体の形状を簡潔にすること」(以下,このような造形処理を「造形処理A」という。)が「工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段である」ことを根拠として,創作に困難性がないとした判断には誤りがある旨主張するので,以下検討する。
ア 原告は,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な一対の逆ハの字状の斜面として形成された半正円弧状のガイド面」について,「ガイド面である斜面下端を,スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置のやや下に位置する態様としたもの」が,「工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段」であることについては,これを認めるに足りる証拠がない旨主張する。
しかし,本件審決は,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であることを踏まえて本件登録意匠の形態エをみれば,ガイド面の下端という一つの形状的変化点とスラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置という別の形状的変化点とをおおむね合わせることに困難性はないから,本件登録意匠の形態エの創作に困難性はない旨の判断をしたものであって,本件登録意匠の形態エそれ自体が「工業製品等のデザインにおける造形処理として,極普通に行われている手段」であることを認定したものではないから,原告の上記主張は,そもそも本件審決の誤りを根拠付けるものとはいえない。
そして,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であること自体は,これを示す具体的な証拠によるまでもなく,この種分野における常識に属する事項として認めることができるというべきであり,また,これを前提とすれば,本件登録意匠の形態エの創作に困難性がないことも,本件審決の上記判断のとおりである。なお,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であることについては,本件審決が挙げる参考資料Bである特開2003-313837号公報(甲13)の図6(木製防護柵に係る,上端が円弧状の木材15Bにおいて,平坦な側面から上端の円弧状に形状が変化する形状的変化点と,ブラケット18を設置するための凹部の底面(下端)という形状的変化点を合わせた例)からも裏付けられる。
また,原告は,本件登録意匠の形態エについて,「ガイド面である斜面下端」を「スラット平坦面から縁の半正円弧状に変化する位置」に一致させるのではなく,その「やや下」に位置する態様としたことを強調するが,この点は,わずかな位置の違いにすぎず,形状的変化点を「おおむね合わせる」ものであることが否定されるような差異ではないから,この点をもって形態エの創作容易性が否定されるものではない。
イ また,原告は,本件審決が挙げる参考資料Bに表れた意匠について,本件登録意匠とは,意匠の分野が異なる上に,態様や機能等も異なるものであるから,このような参考資料Bが公知であるからといって,本件登録意匠の形態エとすることが当業者に創作容易であったとはいえない旨主張する。
しかし,上記アで述べたとおり,本件審決は,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であることを示す一参考例として参考資料Bを挙げたものにすぎず,参考資料Bに表れた意匠が本件登録意匠と意匠の分野,態様,機能等を共通にするものであることを前提に,本件登録意匠の創作に当たって参考資料Bに係る形態を採用し得る旨の判断をしたものではないから,原告の上記主張は,そもそも本件審決の誤りを根拠付けるものとはいえない。
なお,参考資料Bが,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であることを裏付ける一つの資料となり得ることは,前記アで述べたとおりであり,この点においても,本件審決の判断に誤りはない。
ウ 以上によれば,本件審決の判断オにおける創作容易性の判断に誤りがあるとする原告の上記主張には理由がない。
(3) 「本件登録意匠を一つのまとまりとして捉えて判断しなかったことの誤り」について
原告は,本件登録意匠の創作容易性は,まとまり感のある一体の美感を形成している態様について判断されなければならないのに,本件審決の判断は,本件登録意匠の構成要素を分割,細分化し,それぞれがありふれた構成要素であり,その組み合わせであることを理由に,創作容易性を認めている点において誤りがあるとして,いくつかの点を具体的に主張するので,以下これらについて検討する。
ア まず,原告は,本件審決が,本件登録意匠の「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状の斜面として形成されたガイド面」についての立体的な態様において,正面視に表れるところの平面的な切欠き部の構成である「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜片を形成してガイド部とした」構成のみを取り出し,引用意匠1及び2により公知であると判断している点に誤りがある旨主張する。
しかし,本件審決は,引用意匠1及び2に表れているスラットの切欠き部について,「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜面を形成してガイド面とした態様」と同じ態様である旨を認定しているのであり,また,この認定に誤りがないことは,前記1で述べたとおりである。
したがって,本件審決は,本件登録意匠の立体的な態様から,平面的な切欠き部の構成である「収容部を挟んで左右対称な逆ハの字状となる斜片を形成してガイド部とした」構成のみを取り出して,本件登録意匠の創作容易性の判断をしているものではないから,原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,本件審決が,切欠き部の傾斜角度についての創作容易性の判断に当たり,周辺意匠3の切欠き部と引用意匠1及び2の切欠き部との間に,その形態(V字状か逆ハの字状か),位置(隣り合って形成されているか離間して形成されているか)及び機能(ラダーコード等を係止するものか,間の収容部にラダーコード等を誘い込むガイド部か)の相違があるにもかかわらず,周辺意匠3から傾斜角度のみを切り離して取り出し,創作容易性の判断に用いている点に誤りがある旨主張する。
しかし,周辺意匠3の切欠き部のV字状傾斜部と引用意匠1及び2の切欠き部の逆ハの字状傾斜部との間に,これらを同様の傾斜部としてみることができないような機能及び形態上の相違が認められないことは,前記2(1)ウで述べたとおりである。
したがって,原告の上記主張は,その前提において誤っており,理由がない。
ウ さらに,原告は,本件審決が,参考資料Bと本件登録意匠とが意匠の分野や機能を異にするにもかかわらず,参考資料Bに表れた「斜面の下端の位置」のみを取り出して,本件登録意匠の創作容易性を判断した点に誤りがある旨主張する。
しかし,本件審決は,造形処理Aが工業製品等のデザイン一般において普通に行われている手段であることを示す一参考例として参考資料Bを挙げたものにすぎず,本件登録意匠の創作に当たって,参考資料Bに係る形態を採用し得る旨の判断をしたものでないことは,前記(2)イで述べたとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。
エ 以上によれば,本件審決に「本件登録意匠を一つのまとまりとして捉えて判断しなかったことの誤り」があるとする原告の主張には理由がない。
(4) 以上の次第であるから,原告主張の創作容易性判断の誤りに係る取消事由3は理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)