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知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10151号 判決 2017年5月31日

原告

ヒロセ電機株式会社

訴訟代理人弁護士

田中伸一郎

高石秀樹

松野仁彦

訴訟代理人弁理士

須田洋之

豊島匠二

被告

特許庁長官

指定代理人

冨岡和人

阿部利英

富澤哲生

板谷玲子

主文

1  特許庁が訂正2015-390145号事件について平成28年5月23日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文第1項と同旨

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成20年8月5日を出願日とする特許出願(特願2008-201583号。以下「本件原出願」という。)の一部について,平成23年6月3日,発明の名称を「多接点端子を有する電気コネクタ」とする分割出願(特願2011-124781号)をし,平成25年3月15日,特許第5220888号(請求項の数5。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた。

(2)  原告は,平成27年12月15日,本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載について,特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正審判を請求した(以下,この請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。

(3)  特許庁は,上記請求を訂正2015-390145号事件として審理した上で,平成28年5月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年6月2日,その謄本が原告に送達された。

(4)  原告は,平成28年7月1日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件訂正後の特許請求の範囲請求項2(以下「本件請求項2」という。)の記載は,次のとおりである(甲3。以下,本件請求項2に係る発明を「本件訂正発明」という。また,本件訂正後の明細書及び図面(甲3,8)を「本件訂正明細書」という。なお,下線部分は本件訂正による訂正箇所である。)

【請求項2】

端子が基板に接続される接続部を有すると共に,自由端が嵌合側へ向け並んで延び,ハウジングの壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部の嵌合側端部に第一接触部が形成された第一弾性腕と第二弾性部の嵌合側端部に第二接触部が形成された第二弾性腕を有し,相手コネクタとの嵌合時に,該第一弾性腕と第二弾性腕にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部がこれら第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており,端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている電気コネクタにおいて,端子の第一弾性腕と第二弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており,相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であり,第二弾性腕の第二接触部が上記第一接触部の嵌合側と反対側の下縁の嵌合側と反対側に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されており,上記第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されており,第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されていることを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであるが,要するに,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮等を目的とするものであるところ,本件訂正発明は,本件原出願前に頒布された下記刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。),下記刊行物2に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。),周知の技術事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件審判の請求は特許法126条7項の規定に適合しない,というものである。

ア 刊行物1:米国特許第3631381号明細書(甲1)

イ 刊行物2:米国特許第3414871号明細書(甲2)

(2)  本件審決が認定した刊行物1発明の内容並びに本件訂正発明と刊行物1発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 刊行物1発明の内容

「コンタクト要素Cが半田付け用の形状にすることもできるテール部32を有すると共に,自由端が係合側へ向け並んで延び,レセプタクルRの壁12,14との間にすき間をもって弾性変位可能なばね脚22の弾性部の上端に側方突出部26が形成されたばね脚22とばね脚24の弾性部の上端に側方突出部28が形成されたばね脚24を有し,

プリント回路基板Bとの係合時に,該ばね脚22とばね脚24にそれぞれ形成された側方突出部26と側方突出部28がこれら側方突出部26,28それぞれの半円形突状の部分38,38との接触を通じて接触領域30に係合側から順次弾性接触するようになっており,

コンタクト要素Cは導電体シートの板面を維持したまま作られていて,該コンタクト要素Cの板厚方向に間隔をもってレセプタクルRに配列されている超小型多重電気コネクタにおいて,

コンタクト要素Cのばね脚22とばね脚24は,接触領域30との接触位置を通りプリント回路基板Bの係合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,

ばね脚22の側方突出部26は,接触領域30との接触側に向かう半円形突状の部分38を有し且つ側方突出部26の下縁に凹部が形成されており,

ばね脚24の側方突出部28が側方突出部26の下端に近接して位置付けられ,

上記ばね脚22の弾性部の下端からばね脚24の上端までのプリント回路基板Bの係合方向での距離に比べ,ばね脚24の全長の方が長く設定されており,

ばね脚22の弾性部の板面の幅が,ばね脚24の弾性部の板面の幅に等しい

超小型多重電気コネクタ」

イ 本件訂正発明と刊行物1発明の一致点

「端子が,自由端が嵌合側へ向け並んで延び,ハウジングの壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部の嵌合側端部に第一接触部が形成された第一弾性腕と第二弾性部の嵌合側端部に第二接触部が形成された第二弾性腕を有し,相手コネクタとの嵌合時に,該第一弾性腕と第二弾性腕にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部が接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており,端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている電気コネクタにおいて,端子の第一弾性腕と第二弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,上記第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されている多接点端子を有する電気コネクタ。」である点。

ウ 本件訂正発明と刊行物1発明の相違点

(ア) 相違点1

本件訂正発明は,端子が「基板に接続される接続部を有する」のに対し,

刊行物1発明は,コンタクト要素Cが半田付け用の形状にすることもできるテール部32を有する点。

(イ) 相違点2

本件訂正発明は,「これら第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との」接触を通じて相手端子に順次弾性接触し,「第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており,相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であり,第二弾性腕の第二接触部が上記第一接触部の嵌合側と反対側の下縁の嵌合側と反対側に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されて」いるのに対し,

刊行物1発明は,「これら側方突出部26,28それぞれの半円形突状の部分38,38との」接触を通じて接触領域30に順次弾性接触し,「ばね脚22の側方突出部26は,接触領域30との接触側に向かう半円形突状の部分38を有し且つ側方突出部26の下縁に凹部が形成されており,ばね脚24の側方突出部28が側方突出部26の下端に近接して位置付けられ」ている点。

(ウ) 相違点3

本件訂正発明は,「第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されている」のに対し,

刊行物1発明は,「ばね脚22の弾性部の板面の幅が,ばね脚24の弾性部の板面の幅に等しい」点。

(3)  取消事由

ア 刊行物1発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り,相違点の看過(取消事由1)

イ 相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)

ウ 相違点3についての容易想到性判断の誤り(取消事由3)

第3原告の主張

1  取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り,相違点の看過)

本件審決は,刊行物1発明について,「ばね脚22の側方突出部26は,接触領域30との接触側に向かう半円形突状の部分38を有し且つ側方突出部26の下縁に凹部が形成されて」いると認定する。

しかし,刊行物1発明における「凹部」は,本件訂正発明における「凹部」とは構成が異なるものである。すなわち,本件請求項2の記載によれば,本件訂正発明における,相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と斜縁を通る直線とでなす「接点」が鋭角である第一弾性腕の第一接触部の「凹部」は,「第二弾性腕の第二接触部が近接して位置付けられる」「第一接触部の嵌合側と反対側の下縁」に設けられるものであり,この構成により「有効嵌合長が長く確保され」るという効果が奏せられるものである。つまり,第二接触部の上端が第一接触部の下縁の凹部に入り込む場合は当然であるが,そうでなくとも,当該凹部が第一弾性腕と第二弾性腕が重ならないように製造するために必要となる製造上のアローアンスとなることから,第二弾性部の上端が第一弾性部の下縁により近づいた端子を形成することに寄与するのであり,本件訂正発明中の「凹部」と「有効嵌合長が長く確保され」ることとは有機的一体の構成である。

これに対し,刊行物1発明の「凹部」は,ばね脚22と側方突出部26の接合部に設けられているのであって,第二接触部が近接する,第一接触部の嵌合側と反対側の下縁には設けられておらず,「有効嵌合長が長く確保され」ることには一切寄与していない。むしろ,刊行物1発明では,第一接触部の相手コネクタとの接点が「鋭角」ではなく,第二接触部の嵌合側の位置において第一接触部の下縁が半円形状に膨らんでいるため,第二弾性腕を短くせざるを得ず,その有効嵌合長を長く確保できない。

以上のとおり,刊行物1発明の「凹部」は,明らかに本件訂正発明の「凹部」とは構成が異なるものであるから,このような構成上の差異を看過して刊行物1発明が「凹部」を有するとした本件審決の認定は誤りであり,その結果,本件審決には,「凹部」に係る構成について,本件訂正発明と刊行物1発明の一致点の認定を誤り,ひいては相違点を看過した誤りがあり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものである。

2  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)

本件審決は,刊行物1発明に刊行物2発明,周知の技術事項及び周知技術を適用することにより相違点2に係る本件訂正発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである旨判断するが,その判断は誤りである。

⑴  「凹部」に係る技術的意義の相違

刊行物1発明及び刊行物2発明は,いずれも本件訂正発明と同じく,「第一弾性腕」と「第二弾性腕」を有する多接点端子に係る発明である。

しかし,本件訂正発明は,電気コネクタの小型化という潮流の中で生じた,第二弾性腕の「有効嵌合長を長く確保する」という課題を解決するために,「相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であ」る「接点」を形成し,そのような接点を形成している第一接触部の下縁の,第二接触部の上部に対応する位置に「凹部」を形成し,これにより,「第一弾性腕の接触部の下縁」と「第二弾性腕の接触部」の距離を「近接」させ,もって,第二弾性腕の有効嵌合長を長く確保できるようにした発明である。

これに対し,刊行物1発明では,第一接触部に相当する側方突出部26の接触部38は,相手コネクタとの接点が鋭角ではなく,その下方が半円状に膨らんでいるため,その分だけ第二弾性腕の接触部を第一弾性腕の相手コネクタと接触する接点に近接させることはできない。しかも,刊行物1発明の凹部は,本件訂正発明の下縁とは形状が異なる下縁の,異なる位置に設けられており,そのため,第一弾性腕の接触部の下縁に第二弾性腕の接触部を近接して位置付けることは不可能であって,第二弾性腕の有効嵌合長を長く確保するという技術的意義を有するものではない。そして,この点は,刊行物2その他の公知文献についても同様である。

このように,刊行物1等には,上記のような技術的意義を有する本件訂正発明における「凹部」の構成については,開示も示唆もされていないのであるから,少なくともこの点において,本件訂正発明は,刊行物1発明等から容易に想到し得たものでないことが明らかである。

⑵  刊行物1発明に刊行物2発明を適用する動機付けの欠如等

ア 本件審決は,「刊行物1発明と刊行物2発明とは,…第一弾性腕と第二弾性腕にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部が接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触する…電気コネクタという点で共通する」ことを理由に挙げ,刊行物1発明に刊行物2発明を適用する動機付けを認める判断をする。

しかし,刊行物1発明は,音叉型(チューニングフォーク)の形態をしたコンタクト要素を有する小型電気コネクタの構造及び設計を妥当なコストで,また,コネクタレセプタクルへの取り付け等を容易にした状態で提供することを主たる課題とする(甲1・第2欄41~52行,53~56行,71~75行)のに対し,刊行物2発明は,いずれの方向からでも絶縁体に挿入することができるコネクタを有したコネクタ装置であって,該コネクタ装置と関連する戻り止め手段が,そのような挿入を可能にするとともに,絶縁体に対するコネクタの双方向への移動を防止するコネクタ装置を提供することを主たる課題とする(甲2・第1欄54~62行)のであって,両者の課題は相違しており,それゆえに,両者の構成も異なっているのであるから,刊行物 1 発明に,その課題解決に何ら資するわけではない刊行物2発明の構成要素を適用する動機付けが存在しないことは明らかである。

イ 本件審決は,「刊行物1発明の側方突出部26,28に,刊行物2発明を適用」すること,すなわち,刊行物1発明の構成要素である側方突出部26,28に,同じく刊行物2発明の構成要素である,第一接触部と第二接触部がこれら第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触し,第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有する構成を適用することが容易である旨判断する。

しかし,発明は,構成要素の全体を1つの技術として把握する必要があるのであって,ある発明に開示されていない構成要素だけを別の発明から都合良く抜き出してそれを適用することは当然になし得るものではない。しかるところ,刊行物1発明及び刊行物2発明におけるそれぞれの端子形状にはそれぞれの技術的意味が存在するのであって,何らの理由もなく,形状を変更することなどあり得ない。すなわち,刊行物1発明において側方突出部26,28の部分38,38を半円形突状となるようにしたのは,刊行物1に記載された電気コネクタが,「エッジボードコネクタ」,すなわち外付けメモリやTVゲームのカセット等を接続するものであり(甲1・第4欄7行),多数回の挿抜が予定されていることから,接触部を面接触とすることにより,摩耗の少ない挿抜ができる(寿命が延びる)ようにするとともに,接触部が相手端子に与える圧力をより小さくするためである(甲7の3の1及び2,甲7の4)。したがって,当業者が,このような刊行物1発明において,エッジボードコネクタの接触部の形状を,円弧状から,第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有する形状に変更しようと想到することなどあり得ない。

また,コネクタの挿抜が繰り返される場合には,相手端子の表面が削られ,金属削れごみが発生し,短絡(ショート)の原因になることがあるから,多接点端子の上位の弾性腕の接触部と下位の弾性腕の接触部の距離は長い方が好ましい。このことは,例えば,特開2015-185421号公報(甲7の5)に,図12の説明として,「…フロント接点部5aとリア接点部6aとの間の距離をより大きくすることができる。これにより,例えば糸くず状の基板かすなどの大きな異物を,フロント接点部5aとリア接点部6aとの間の空間に収容することができる」から,金属削れごみが発生してしまった場合においても,短絡(ショート)を防止することができる旨の記載があることなどから明らかである。

したがって,刊行物1発明の側方突出部26の形状を,「第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し」,かつ,「相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であ」る形状に変更する動機付けは存在しない。

更に言えば,刊行物1は,解決すべき課題として,多重小型コネクタの製造及び使用において,コンタクト要素又はプリント回路基板上の導電域のどちらにも損傷又は過剰摩耗を引き起こさずにプリント回路基板の挿抜を行えるようなレセプタクル及びコンタクト要素の構造を提供すること(第2欄22~27行)を挙げ,その解決のための懸案事項として,接触圧が大きすぎると,コネクタへのプリント回路基板の挿抜がより困難になるばかりか,接点,特にプリント回路基板の極めて薄い導電域の摩耗が増えてしまうことを挙げている(第2欄32~36行)。ところが,刊行物1発明の側方突出部26を接触部分が尖った形状に変更してしまうと,プリント回路基板の挿抜時,とりわけコネクタを抜去する際に,プリント回路基板上の導電域に損傷又は過剰摩耗を引き起こしてしまう危険が高くなり,「コンタクト要素又はプリント回路基板上の導電域のどちらにも損傷又は過剰摩耗を引き起こさずにプリント回路基板の挿抜を行えるようなレセプタクル及びコンタクト要素の構造を提供する」ことができなくなってしまう。したがって,刊行物1発明の「略半円状の側方突出部26」の形状を,上記略三角形状に変更することは,刊行物1発明の目的に反しているから,阻害要因が存在する。

⑶  刊行物1発明に周知技術(甲4の2)を適用する動機付けの欠如等

本件審決は,特開2003-168505号公報(甲4の2)に基づき,「本件特許に係る出願のもとの出願時に,電気コネクタの技術分野において有効嵌合長を長く確保することは,周知の技術事項」であったとした上で,刊行物1発明において,上記周知の技術事項を踏まえ,有効嵌合長を長く確保することに格別の困難性はない旨判断する。

しかし,甲4の2記載の上記周知技術は,上下方向に弾性腕が1つしか存在しない一接点端子を有する電気コネクタに関するものであり,刊行物1発明及び刊行物2発明や本件訂正発明のように,「第一弾性腕の接触部」と「第二弾性腕の接触部」の存在を前提とした多接点端子を有する電気コネクタに関するものではない。そのため,上記周知技術は,「第一弾性腕の接触部」と「第二弾性腕の接触部」の間の距離を問題とし,更に「第二弾性腕の接触部」の「有効嵌合長を長く確保する」ための技術に係るものではない。

したがって,刊行物1発明に上記周知技術を適用することは,当業者が容易に想到し得るものではなく,また,上記周知技術は複数接点端子において下位端子の有効嵌合長を長く確保する構成を開示するものではないから,刊行物1発明に上記周知技術を適用しても,相違点2に係る本件訂正発明の構成に至ることはない。

⑷  小括

以上によれば,刊行物1発明,刊行物2発明及び周知技術に基づいて相違点2に係る本件訂正発明の構成を容易に想到し得るとはいえないから,相違点2についての容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである。

3  取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)

本件審決は,刊行物1に「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」ことが記載されていること及び特開平6-76896号公報(甲4の5)に「接触アーム14自身もまた,角度,テーパ,長さ,幅,厚さなどを変えてさまざまな力と効果を達成することができる。」(段落【0018】)と記載されていることから,刊行物1発明において,ばね脚22にかかる荷重よりばね脚24にかかる荷重を小さくするために,相違点3に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである旨判断する。

しかるところ,本件訂正発明は,電気コネクタの小型化により,多接点端子の特に下位にある第二弾性腕の撓み量が小さくなり,上位にある第一弾性腕と同じ素材で構成される端子であれば,通常第一弾性腕の撓み量との相対的な差が大きくなるという問題を避けるため,「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧を小さく」すること,すなわち,多接点端子を有する電気コネクタにおいて,嵌合時に時間的に遅れて相手方コネクタと接触する第二弾性腕の弾性部の接触圧を,第一弾性腕の弾性部の接触圧よりも小さくするという技術思想の下に,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されるとともに,第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定される構成を採用した発明である。

これに対し,刊行物1には,「上記の構造を採ることにより,荷重特性については,いくつかの選択(すなわち,2つのばね脚にかかる荷重が等しい,短ばね脚にかかる荷重より長ばね脚にかかる荷重が小さい,及び,長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい)をすることが可能になる。」(甲1の訳文3頁26行~28行)として,ばね脚にかかる荷重を自由に選択できることは記載されているが,「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」のが好ましく,そのような荷重とするために,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されること及び第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されることについては,記載も示唆もなされていない。

同様に,甲4の5の上記記載も,自由な設定が可能である旨を述べているだけであって,「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」ことが好ましいこと,また,そのような荷重に設定するために,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されること及び第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されることは記載されていない。

してみると,刊行物1及び甲4の5のいずれも本件訂正発明の上記技術思想を開示又は示唆するものではないから,刊行物1発明及び甲4の5記載の周知技術に基づいて相違点3に係る本件訂正発明の構成に至ることはないのであり,相違点3についての容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである。

第4被告の主張

1  取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り,相違点の看過)に対し

⑴  原告は,刊行物1発明の側方突出部26が「凹部」を有するとした本件審決の認定は誤りであり,その結果,本件審決には,「凹部」に係る構成について,本件訂正発明1と刊行物1発明の一致点の認定を誤り,相違点を看過した誤りがある旨主張する。

しかし,本件審決は,刊行物1の図2及び4の図示に側方突出部26の下縁に凹部が形成されていることが見て取れることから,「該側方突出部26の下縁に凹部が形成されて」いる構成が含まれるものとして刊行物1発明を認定したものであり,その認定に誤りはない。また,本件審決は,相違点2において,刊行物1発明の「側方突出部26の下縁に凹部が形成されており」という構成は,本件訂正発明の「該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており」との構成とは相違するものとして認定しており,この点において相違点の看過はない。

⑵  原告は,本件訂正発明における第一弾性腕の第一接触部の「凹部」は,「第二弾性腕の第二接触部が近接して位置付けられる」「第一接触部の嵌合側と反対側の下縁」に設けられるものであり,この構成により「有効嵌合長が長く確保され」るという効果が奏せられるとの理解を前提に,刊行物1発明の「凹部」は,第二接触部が近接する,第一接触部の嵌合側と反対側の下縁には設けられておらず,「有効嵌合長が長く確保され」ることに一切寄与していないから,刊行物1発明における「凹部」と本件訂正発明における「凹部」とは構成が異なる旨主張する。

しかし,本件請求項2においては,第一弾性腕の第一接触部の「凹部」について,「該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており」とされるのみで,第二弾性腕の接触部との位置関係は特定されていない。他方,「有効嵌合長が長く確保され」ることについては,「第二弾性腕の第二接触部が上記第一接触部の嵌合側と反対側の下縁の嵌合側と反対側に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保され」るとされるのみであり,このような作用効果が,「該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されて」いること及び「接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角」であることによって得られるという関係は特定されていないから,両者は独立した関係にあるものといえる。

また,原告は,本件訂正発明では,第一弾性腕の第一接触部の「凹部」により製造上のアローアンスが確保されるという作用効果が得られる旨も主張するが,そのような作用効果は,本件請求項2の記載に基づくものではなく,本件訂正明細書にも記載されていない。

したがって,本件訂正発明について,第一弾性腕の第一接触部の「凹部」によって,第二弾性腕に係る「有効嵌合長が長く確保され」る作用効果が得られるとの理解を前提とする原告の上記主張は理由がない。

2  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)に対し

相違点2に係る本件訂正発明の構成が当業者が容易に想到し得るものであることは本件審決が判断するとおりであり,当該判断に誤りがあるとする原告の主張は,以下に述べるとおりいずれも理由がない。

(1)  原告は,本件訂正発明における第一弾性腕の第一接触部の「凹部」の構成について,第二弾性腕の有効嵌合長を長く確保するという技術的意義があるとの理解を前提に,刊行物1等には,そのような「凹部」の構成について開示も示唆もないから,本件訂正発明が刊行物1発明等から容易に想到し得たものでないことは明らかである旨主張する。

しかし,原告の本件訂正発明における「凹部」の技術的意義に関する上記理解が誤りであることは,上記1(2)で述べたとおりであるから,原告の上記主張も理由がない。

(2)  原告は,刊行物1発明が,音叉型の形態をしたコンタクト要素を有する小型電気コネクタの構造及び設計を妥当なコストで,また,コネクタレセプタクルへの取り付け等を容易にした状態で提供することを主たる課題とするのに対し,刊行物2発明は,いずれの方向からでも絶縁体に挿入することができるコネクタを有したコネクタ装置であって,該コネクタ装置と関連する戻り止め手段が,そのような挿入を可能とするとともに,絶縁体に対するコネクタの双方向への移動を防止するコネクタ装置を提供することを主たる課題とするものであり,両者の課題は相違し,それゆえに構成も異なっているのであるから,刊行物1発明に刊行物2発明の構成要素を適用する動機付けは存在しない旨主張する。

しかし,刊行物2発明の構成において,刊行物1発明よりもコストが上昇する要因は特に見当たらないから,刊行物1発明において刊行物2発明の構成を採用することにより,刊行物1記載の「小型電気コネクタの構造及び設計を妥当なコストで提供する」との課題の解決が妨げられないことは明らかである。

他方,本件審決が述べるとおり,刊行物1発明と刊行物2発明とは,「自由端が嵌合側へ向け並んで延び,ハウジングの壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部の嵌合側端部に第一接触部が形成された第一弾性腕と第二弾性部の嵌合側端部に第二接触部が形成された第二弾性腕を有し,相手コネクタとの嵌合時に,該第一弾性腕と第二弾性腕にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部が接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており,第一弾性腕と第二弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置している多接点端子を有する電気コネクタという点で共通する」ところ,これは,両者の多接点端子を有する電気コネクタとしての作用機能が共通していることを意味するものであるから,刊行物1発明に刊行物2発明の構成要素を適用する動機付けは存在するといえる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3)  原告は,刊行物1に記載された電気コネクタが多数回の挿抜を予定する「エッジボードコネクタ」であること及び刊行物1発明が多重小型コネクタの製造及び使用において,コンタクト要素又はプリント回路基板上の導電域のどちらにも損傷又は過剰摩耗を引き起こさずにプリント回路基板の挿抜を行えるようなレセプタクル及びコンタクト要素の構造を提供することを解決課題とすることを根拠として,刊行物1発明の側方突出部の形状を,円弧状から,「第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し」,かつ,「相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であ」る形状(接触部分が尖った形状)に変更しようとする動機付けは存在せず,かえって阻害要因がある旨主張する。

しかし,刊行物1発明に刊行物2発明を適用することにより端子形状が変化することで,摩耗特性が変化し,挿抜の回数によっては摩耗が多くなる可能性が否定できないとしても,それは程度問題であり,使用に堪えないものとなるとは考えにくい。

また,そもそも,コネクタの使用目的に応じて,端子にどの程度の耐摩耗性が必要であるかが決まり,かつ,必要な耐摩耗性を満足する端子形状を採用すべきことは,当業者において明らかである。

さらに,甲4の2の「隆起部23aの傾斜を緩慢に設定することで,コネクタ結合時の接触抵抗を低くすることができる」(段落【0045】)との記載に照らせば,刊行物2発明の突状の接触部においても,斜縁の傾斜を緩慢に設定すれば,刊行物1発明の上記課題の解決が可能であることは明らかである。

したがって,刊行物1に「エッジボードコネクタ」が記載されていること及び刊行物1発明の上記解決課題を考慮しても,刊行物1発明に刊行物2発明を適用することの動機付けが否定されるものではなく,また,阻害要因があるとまでいえないことも明らかである。

(4)  原告は,甲4の2記載の周知技術が,上下方向に弾性腕が1つしか存在しない一接点端子を有する電気コネクタに関するものであり,「第一弾性腕の接触部」と「第二弾性腕の接触部」の存在を前提とした多接点端子を有する電気コネクタに関するものではないことを根拠として,刊行物1発明に当該周知技術を適用することは容易に想到し得ない旨主張する。

しかし,甲4の2の「両接続片11,11間に進入する端子23の有効嵌合長及び端子23のばね長を長くし,接触信頼性を高めることができる。」(段落【0040】)との記載は,端子が接触片に対して進入する際の移動距離を長くすれば,接触信頼性を高めることができるという意味に解されるところ,接触信頼性を高めることは,コネクタの一般的な技術課題であり,刊行物1発明も当該課題を解決しようとするものである。そして,刊行物1発明は,プリント回路基板Bが,その係合方向に延びる接触線に沿って,下位となる側方突出部28に対して移動するものであるから,側方突出部28の接触信頼性を高めるという技術課題を解決するために,上記周知技術を適用することにより移動距離を長くし,「ばね脚24の側方突出部28が側方突出部26の下端に近接して位置付けられ」ることと相まって,「有効嵌合長が長く確保されて」いる構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。

また,刊行物1発明において,プリント回路基板Bとの接触信頼性を高めるために有効嵌合長を長くすべき対象は,プリント回路基板Bが進入する際の相対的な移動距離が上位のばね脚22よりも短い,下位に位置するばね脚24であることが明らかであるところ,これに,上記周知の技術事項に係る「有効嵌合長」及び「ばね長」を「長く」する構成を適用することは,当業者が容易に想到し得たことであり,ばね脚24のばね長を長くする結果,ばね脚24の上端が上位のばね脚22の側方突出部26に近接して位置付けられるものとなるから,本件審決が述べるとおり,「ばね脚24の側方突出部28が側方突出部26の下端に近接して位置付けられる」との構成により,有効嵌合長を長く確保することに格別の困難性はない,ということもできる。

したがって,上記周知の技術事項が,「第一弾性腕の接触部」及び「第二弾性腕の接触部」の存在を前提とした多接点端子を有する電気コネクタに関するものではないとしても,刊行物1発明に当該周知の技術事項を適用することは容易である。

3  取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)に対し

(1)  刊行物1には,「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」ことが記載されているところ,これは,自由に選択できるばね脚にかかる荷重の選択肢の一つとして記載されたものであるから,刊行物1発明において,そのような選択を行うことは,当業者が容易に想到し得たことである。そして,甲4の5に「接触アーム14自身もまた,角度,テーパ,長さ,幅,厚さなどを変えてさまざまな力と効果を達成することができる。」(段落【0018】)と記載されるように,刊行物1発明のばね脚22,24の弾性部の板面の幅も荷重を考慮して設計されるものであるから,「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」設定を選択した場合には,長ばね脚の弾性部の板面の幅が,短ばね脚の弾性部の板面の幅より大きいものとなる。

したがって,本件審決が,刊行物1発明において,ばね脚22にかかる荷重よりばね脚24にかかる荷重を小さくするために,相違点3に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たとした判断に誤りはない。

(2)  原告は,本件訂正発明は,電気コネクタの小型化により,多接点端子の特に下位にある第二弾性腕の撓み量が小さくなり,上位にある第一弾性腕と同じ素材で構成される端子であれば,通常第一弾性腕の撓み量との相対的な差が大きくなるという問題を避けるため,「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧を小さく」するという技術思想の下に,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されるとともに,第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定される構成を採用した発明であるとした上で,刊行物1及び甲4の5のいずれも本件訂正発明の上記技術思想を開示又は示唆するものではないから,刊行物1発明及び甲4の5記載の周知技術に基づいて相違点3に係る本件訂正発明の構成に至ることはない旨主張する。

しかし,本件訂正発明の「第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定され」るとともに,「第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定され」るという構成が,原告主張の「電気コネクタの小型化により,多接点端子の特に第二弾性腕の撓み量が小さくなり,第一弾性腕の撓み量との相対的な差が大きくなるという問題を避ける」ための構成であることについては,本件訂正明細書に何ら記載されておらず,本件訂正明細書の記載から自明な事項でもない。

また,原告は,刊行物1には,「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」のが好ましいことは記載されていない旨主張するが,刊行物1に「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」ことが記載されている以上,それが「好ましい」との記載が存在しないとしても,相違点3に係る本件訂正発明の構成は容易想到といえる。

(3)  さらに,原告は,刊行物1及び甲4の5には,第二弾性部の接触圧を第一弾性部よりも小さくするという技術思想の下に,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されること及び第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されることについて,開示も示唆もされていない旨主張する。

しかし,刊行物1に記載される「長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい」ということは,第二弾性腕の弾性部の接触圧を,第一弾性腕よりも小さくするという技術思想そのものであって,上述のとおり,刊行物1に当該記載がある以上,相違点3に係る本件訂正発明の構成は容易想到といえる。

(4)  以上のとおりであるから,原告の主張はいずれも理由がなく,本件審決の相違点3についての容易想到性の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り,相違点の看過)について

(1)  刊行物1の記載

刊行物1(米国特許第3631381号明細書。甲1)には,次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙1を参照)。

ア 本発明はプリント回路基板用の超小形多重電気コネクタに関する。(訳文1頁11行)

イ プリント回路基板用の多重電気コネクタにおいては,多数の小形コンタクト要素が上端開口溝を有するレセプタクルに狭い間隔で取付けられ,レセプタクルはこれらコンタクト要素と嵌合接触するように対応する狭い間隔で配置された多数の導電接触領域を備えたプリント回路基板を受け入れる。多重コネクタ,特にその複数のコンタクト要素はこれら接点との効果的な電気的係合及び全ての関連回路が電気的に閉じることを保証するように設計されなければならない。従来技術の多重電気コネクタでは,提供されるコンタクト要素は,通常「音叉」又は「リボン型」接点であり,これらリボン接点は通常,単葉,複葉又は「蛇腹」型であった。このような種類のコンタクト要素は全てこれらコンタクト要素とプリント回路基板の導電接触領域との間の係合を保証するように設計されていた。

これら多重小形コネクタの製造及び使用において懸案の他の課題は,コンタクト要素又はプリント回路基板上の導電域のどちらにも損傷又は過剰摩粍を引き起こさずにプリント回路基板の挿抜を行えるようなレセプタクル及びコンタクト要素の構造を提供することである。ある限度内ではあるが,コンタクト要素がプリント回路基板の導電域に加える圧力が大きいほど,より良好な電気的接続がもたらされる。これは通常極めて重要な要素であり,コンピュータの入出力信号のように極めて低い電圧が使用される場合には特に重要である。ただし,接触圧が大きすぎると,コネクタへのプリント回路基板の挿抜がより困難になるばかりか,接点,特にプリント回路基板の極めて薄い導電域の摩耗が増えてしまう。従来の設計において提供されたさまざまな種類及び形態のコンタクト要素は,これらの課題を解決するよう工夫されているが,その解決策は通常関連するさまざまなファクタや要求を満足させる妥協を伴う。

これらの課題に加え,本発明者が知る限りにおいても,これら従来型の多重コネクタの設計において効果的に対処されていない課題があり,これらの課題こそが,前述した課題に加えて本多重コネクタの構造が解決する課題である。このような追加の課題としては,特に,断続的又は一定の振動あるいは突発的な衝撃を受ける装置において,望ましい接触係合を確実にもたらすことが挙げられる。なぜなら,その装置が移動中の乗り物や特に航空機等に用いられた場合には,上記のような振動や衝撃が接触を弱めたり中断を引き起こす原因となり,結果として,回路が遮断されることになるからである。

本発明の主な目的は,音叉型(チューニングフォーク)の形態をしたコンタクト要素を有する小型電気コネクタの構造及び設計を提供することにある。そのようなコネクタを従供することにより,上記に示したような,通常直面する課題を解決することができる。併せて,本発明者の知る限り,既存の音叉型の設計では得ることができなかった冗長性,また,超小型のコネクタに用いられる蛇腹型のコンタクト要素では実現することができなかった冗長性を,コンタクト要素を利用する際に得られるようにすることもできる。本発明の構造において,冗長性は,独立して機能する複数の部材又は部分をコンタクト要素に設けることによって得ることができる。これら部材又は部分はプリント回路基板の接触領域との電気的な接触を生じさせ,また,互いに独立した偏位特性を有し,更に,コネクタを使用している際に生じる異なる振動周波数に対応した,異なる共振周波数を有する。

本発明のさらに重要な目的は,上で言及したさまざまなニーズを満たし,妥当なコストで製造及び提供可能であり,さらにコネクタレセプタクルへの取り付け又は組み付けを容易かつ確実に行える,小形コネクタ用のコンタクト要素を考案することである。

上記目的及び以下に明らかになるような他の目的を達成するために,本発明は,添付の請求項において規定され,かつ添付図面と組み合わせた以下の詳細な説明において記載される多重電気コネクタに関する。(訳文1頁12行~2頁22行)

ウ 最初に図 1 及び図2を参照すると,本発明の超小形多重電気コネクタは,本発明の上記原理に従って特別に設計されたコネクタ要素を多数受け入れるように構成されたレセプタクルを備える。各コネクタ要素は略C状で示され,レセプタクルは略R状で示されている。

レセプタクルRは,単一の絶縁材成形品から成り,プリント回路基板Bを受け入れるための長手構10を中央に設けて形成される。前記溝は2つの向かい合った壁12及び14によって形成され,これら壁の少なくとも一方に,好ましくは両方にレセプタクルに収容されるコンタクト要素Cの数に対応した数のポケット16,16が溝に沿って長手方向に互いに距離を置いて形成される。各コンタクト要素は,ポケット16によって位置決めされ,かつ一部が収容される。レセプタクルRは,取付要素を受け入れるための有孔ターミナルラグ部18(図面には 1 つだけ図示)をさらに設けて形成されてもよい。(訳文2頁31行~3頁5行)

エ 各コンタクト要素Cは音叉,即ち二又部材の形態で構成され,基部20とこの基部から上方に延在する一対のばね脚22及び24とを備えるように一枚の導電体シートから形成される。一対のばね脚は同一平面にあり,図面に明確に示されているように長さが互いに異なる。2つのばね脚22,24は,プリント回路基板Bの接触領域30,30に係合するように適合化された側方突出部26及び28をそれぞれ上端に有する。さらに各コンタクト要素は,電気端子を形成するテール部32を 1 つ以上設けて形成される(図面には 1 つ示されている)。図示のようにコンタクト要素はシート素材から形成されるので図示のように平らに作製される。したがって,このシート形状のコンタクト要素は,図1及び図2に最も良く示されているようにレセプタクルのポケット16内にプリント回路基板の平面に対して直角な平面に,配置される構造を有する。(訳文3頁6行~15行)

オ 上記のようにばね脚22及び24は長さが互いに異なる。コンタクト要素のこの構成及びレセプタクル内のそれぞれの位置及び配置により,ばね脚22,24は互いに独立に機能してプリント回路基板の接触領域30との電気的接続をもたらす。これにより,コネクタを利用する際,コンタクト要素の第2のばね脚によって冗長性がもたらされる。また,各コンタクト要素の基部20は,構孔34をばね脚間に設けて形成される。この溝孔34は,前記ばね脚のそれぞれに加えられうる異なる接触圧又は荷重特性を決定するように構成される。したがって,各コンタクト要素は,コンタクト要素において,プリント回路基板の接触領域との電気的接触をもたらすために互いに独立に機能するよう特別に構成された部材又は部分(2つのばね脚)である。これら部材は,互いに独立した偏位特性を有し,更に,コネクタを使用している際に生じる異なる振動周波数に対応した,異なる共振周波数をも有する。(訳文3頁16行~25行)

カ 上記の構造を採ることにより,荷重特性については,いくつかの選択(すなわち,2つのばね脚にかかる荷重が等しい,短ばね脚にかかる荷重より長ばね脚にかかる荷重が小さい,及び,長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重が小さい)をすることが可能になる。これら選択肢は,ばね脚間の溝孔34の下端の形状を決めることで調整される。(訳文3頁26行~29行)

キ 各ばね脚22,24の幅も,図4に示されているように0.025インチ台である。(訳文3頁32行~33行)

ク ばね脚の上端突出部26,38の接触係合端は,同じ接触円滑さをもたらすために部分38,28が適切にコイニングされることが好ましい。(訳文4頁7行~9行)。

ケ 本発明のコネクタの構造は,コンタクト要素とプリント回路基板の導電接触領域との間の係合を保証し,コンタクト要素の確実な挿入及び容易な抜去を可能にし,コンタクト要素及びプリント回路基板の導電域の損傷又は過剰摩耗を抑止又は最小化するという通常の機能を動作及び使用中に実現することに加え,以下の目的,機能,及び利点を達成する。

a.互いに異なる長さのフォーク歯,すなわちばね脚,を有する音叉型コネクタ要素が提供される。各ばね脚は互いに独立に機能することによって,各ばね脚がプリント回路基板の接触領域との電気的接続を独立にもたらすという冗長性を提供する。

b.両ばね脚は,互いに異なる(又は等しい)接触圧又は荷重特性を決定するように構成することができる。

c.両ばね脚は,稼働中に遭遇しうるさまざまな振動周波数に一致する互いに異なる共振周波数を有するように設計される。

d.コンタクト要素は,プリント回路基板との接触及び調整係合の自由を可能にするために,コネクタレセプタクル内に基部で支持されるように設計されうる。

e.コンタクト要素は,シート素材から単純に形成されうるので,超小形エッジボードコネクタでの使用に容易に適合可能な装置を妥当な低製造コストでもたらしうる。(訳文4頁20行~35行)

(2)  検討

原告は,本件審決が,刊行物1発明について,「側方突出部26の下縁に凹部が形成されて」いるとした認定は誤りであり,その結果,本件審決には,「凹部」に係る構成について,本件訂正発明と刊行物1発明の一致点の認定を誤り,ひいては相違点を看過した誤りがある旨主張する。

しかしながら,刊行物1(甲1)の図1,2及び4によれば,これらに記載された電気コネクタのコンタクト要素Cにおいて,ばね脚22の先端側に形成された側方突出部26の「下縁」に相当する位置に,半円形状の「凹部」が存在することは明らかであるから,本件審決の上記認定に誤りがあるとはいえない。

また,本件審決は,上記「凹部」に係る構成について,本件訂正発明と刊行物1発明の一致点として認定しておらず(前記第2の3(2)イ),むしろ,両者の相違点2の一部として,本件訂正発明では,「第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されて」いるのに対し,刊行物1発明では,「ばね脚22の側方突出部26は,接触領域30との接触側に向かう半円形突状の部分38を有し且つ側方突出部26の下縁に凹部が形成されて」いることを認定している(前記第2の3(2)ウ(イ))。

してみると,本件審決は,本件訂正発明の第一弾性腕の第一接触部の「下縁に凹部が形成され」た構成と,刊行物1発明のばね脚22の側方突出部26の「下縁に凹部が形成され」た構成とを,相違する構成として認定しているものといえるから,当該「凹部」に係る構成について,本件審決に一致点の認定の誤り及び相違点の看過があるとする原告の主張には理由がない。

なお,原告は,本件訂正発明の上記「凹部」が有する技術的意義を刊行物1発明の上記「凹部」が有しないことをその主張の根拠とするが,この点は,本件審決が認定した上記相違点2に係る容易想到性の判断において問題とされるべき事柄であって,一致点の認定の誤り及び相違点の看過の問題としてとらえられるべきものとはいえない。

(3)  小括

したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)について

(1)  刊行物2の記載

ア 刊行物2(米国特許第3414871号明細書。甲2)には,次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙2を参照)。

(ア) 上記の欠点のないコネクタ装置,すなわち,いずれの方向からでも絶縁体に挿入することができるコネクタを含むコネクタ装置であって,該コネクタ装置と関連する戻り止め手段が,そのような挿入を可能とするとともに,絶縁体に対するコネクタの双方向への移動を防止するコネクタ装置を提供することが,本発明の主要な目的である。(1欄54行~62行)

(イ) 図9は,本発明の多接触ソケットタイプコネクタが製作される打ち抜きブランクを示す。

図10は,図9の打ち抜きブランクから製作されたコネクタの側面図である。(2欄37行~41行)

(ウ) 図17と図18は,図9と図10による2つの入れ子式コネクタを示す。(2欄56行~57行)

(エ) 図9は,板ばねタイプのコネクタを示す。このコネクタは,付加的なリード接続部21と付加的な戻り止めフラップ22を備える。コネクタの接触部は,複数の平坦で相互に独立した弾性舌片からなる。付加的なリード接続部21によって,リード接続を二重にすることができる。付加的な戻り止めフラップ22も同じ目的を果たすものであり,異なる方法で同じ結果を達成する。折り曲げられた2つの板ばねは,図9に示されたブランクから各々作られており,互いに入れ子にされ,例えば,フラップ22によって,互いに戻り止めされる。既にリードを設けてある,このような2つの入れ子ばねを,絶縁体の開口に挿入することもできるし,或いは,第一のばねが挿入された後に,第二のばねを挿入することもできる。

図17と図18は,既に絶縁体の中で戻り止めされている,図9と図10に示されたタイプの一対の入れ子ばねを示しており,内側のコネクタは,そのフラップ22によって,外側のコネクタの一部35に戻り止めされている。これらのコンタクトは,例えば,両側に電気コンタクトを設けたプリント回路基板23を受け入れるのに適している。(4欄53行~74行)

イ 上記アの記載及び図面によれば,刊行物2には,次のようなコネクタが記載されているものと認められる。

「自由端が嵌合側へ向け並んで延び,絶縁体の壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一脚部の嵌合側端部に第一接触部が形成された第一弾性舌部と第二脚部の嵌合側端部に第二接触部が形成された第二弾性舌部を有し,プリント回路基板23との嵌合時に,該第一弾性舌部と第二弾性舌部にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部がこれら第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じてプリント回路基板23の電気コンタクトに嵌合側から順次弾性接触するようになっており,第一弾性舌部と第二弾性舌部は,プリント回路基板23の電気コンタクトとの接触位置を通り嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,第一弾性舌部の第一接触部は,該第一弾性舌部の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びてプリント回路基板23の電気コンタクトとの接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁を有している入れ子式コネクタ。」(本件審決が「刊行物2発明」として認定したものと同じである。)

(2)  検討

本件審決は,刊行物1発明と刊行物2発明が多接点端子を有する電気コネクタとしての構造を共通にすることから,刊行物1発明に刊行物2発明を適用する動機付けがあることを認めた上で,刊行物1発明の側方突出部26,28に刊行物2発明を適用して,「第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており,第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成され」るようにすることは当業者が容易になし得たことである旨判断し,この判断を前提として,刊行物1発明と刊行物2発明,周知の技術事項(電気コネクタの技術分野において有効嵌合長を長くすること)及び周知技術(相手コネクタと接触する接点から接触部の突出基部に向けた直線と,斜縁を通る直線とでなす角度を鋭角とすること)に基づいて相違点2に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである旨判断する。

しかしながら,以下に述べるとおり,刊行物1発明に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用したとしても,第一弾性腕の第一接触部の斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成される構成とすることを当業者が容易に想到し得たものということはできない。

すなわち,まず,刊行物2記載のコネクタの第一弾性舌部と第二弾性舌部にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部は,「それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じてプリント回路基板23の電気コンタクトに嵌合側から順次弾性接触するようになっており,第一弾性舌部と第二弾性舌部は,プリント回路基板23の電気コンタクトとの接触位置を通り嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,第一弾性舌部の第一接触部は,該第一弾性舌部の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びてプリント回路基板23の電気コンタクトとの接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁を有して」いるものの,当該下縁には「凹部」が形成されていないから(図9及び18参照),刊行物1発明の側方突出部26の構成を,刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成に単に置き換えたとしても,その下縁に「凹部」が形成される構成とならないことは明らかである。

そこで,刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成を適用することによりその下縁に「凹部」を形成する構成とするためには,刊行物1発明の側方突出部26の構成のうち,「下縁に凹部が形成され」た構成のみを残した上で,それ以外の構成を刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成と置き換えることが必要となる(本件審決も,このような置換えを前提として,その容易性を認めたものと理解される。)。しかしながら,刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成を適用するに際し,上記側方突出部26が備える一体的構成の一部である下縁の「凹部」の構成のみを分離し,これを残すこととすべき合理的な理由は認められない。そもそも,刊行物1発明の側方突出部26の下縁に凹部が形成されている理由については,刊行物1に何ら記載されておらず,技術常識等に照らして明らかなことともいえないから,当該構成の技術的意義との関係でこれを残すべき理由があると認められるものではない。したがって,当業者が,刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成を適用するに当たり,刊行物1発明の側方突出部26における下縁の「凹部」の構成のみをあえて残そうとすることは,考え難いことというほかない。

してみると,刊行物1発明に刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成を適用したとしても,相違点2に係る本件訂正発明の構成のうち,第一接触部の斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成される構成とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないから,相違点2に係る本件審決の上記判断は誤りである。

なお,被告は,刊行物1発明に刊行物2発明を適用すべき動機付けが存在することについて前記第4の2のとおり主張するが,上記で述べたとおり,当該動機付けの存在を前提に,刊行物1発明に刊行物2記載のコネクタの第一接触部に係る構成を適用したとしても,相違点2に係る本件訂正発明の構成とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないのであるから,被告の主張は,上記判断を左右するものではない。

(3)  小括

以上によれば,相違点2についての容易想到性を認めた本件審決の判断に誤りがあるとする原告主張の取消事由2は理由がある。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由がないが,取消事由2には理由があるから,取消事由3について判断するまでもなく,本件訂正発明の進歩性を否定し,本件訂正は特許法126条7項の規定に適合しないとした本件審決の判断は誤りであって,本件審決は取り消されるべきものである。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)

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