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知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10191号 判決 2017年5月17日

原告

株式会社リブラン

訴訟代理人弁護士

望月克也

藤田新一郎

弁理士

嶋宣之

被告

越野建設株式会社

訴訟代理人弁護士

髙橋淳

弁理士

布施行夫

弁理士兼同補佐人

大渕美千栄

中山清

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

特許庁が無効2015-890094号事件について平成28年7月4日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,商標法3条1項6号該当性の有無である。

1  本件商標

被告は,次の商標(本件商標)の商標権者である(甲36)。

「音楽マンション」

①  登録番号 第5675530号

②  出 願 日 平成25年5月9日

③  登 録 日 平成26年6月6日

④  商品及び役務の区分並びに指定役務

第36類「建物の管理,建物の貸与,建物の売買,建物又は土地の情報の提供」

第37類「建設工事,建設工事に関する助言」

2  特許庁における手続の経緯

原告は,平成27年11月17日,特許庁に対し,本件商標が商標法3条1項6号に該当するとして,その商標登録を無効とすることについて審判を請求した(無効2015-890094号)。

特許庁は,平成28年7月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月14日,原告に送達された。

3  原告による商標出願の経緯

原告は,平成14年8月30日,本件商標と同じ文字からなり,商品及び役務の区分並びに指定商品及び指定役務を第36類とする「音楽マンション」につき商標登録出願をし(商願2002-073996。甲7の3),平成15年6月24日付けで拒絶査定を受けた(甲7の2)。これに対し,原告は,拒絶査定に対する不服審判請求をしなかったことから,上記拒絶査定は確定した。

4  審決の理由の要点

(1)  本件商標は,「音楽マンション」という文字からなるところ,「音楽」の文字は,「音による芸術,拍子,音色,ミュージック」等を意味し,他方,「マンション」の文字は,「中高層の集合住宅」等を意味する。そして,「音楽」の文字と「マンション」の文字を一連に結合した「音楽マンション」という文字は,その構成文字全体から,特定の意味合いを有しないものであり,一種の造語として理解されるものである。

(2)  そして,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字を見いだすことができるものの,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定されるような建造物は,建物の種類として普通に存在するものではなく,音響性能に特化したものの例示として用いられる場合がほんの数例見て取れるにすぎない。また,「音楽マンション」という文字全体が本件商標の指定役務である「建物の管理,建物の貸与,建物の売買,建物又は土地の情報の提供」及び「建設工事,建設工事に関する助言」について,その役務の質等を表すものとして使用されている事実,あるいは,当該文字全体が自他役務の識別標識として機能しないとするような事実は,本件全証拠からは見いだすことができない。

(3)  そうすると,本件商標は,需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識し得ないとすべき理由を見いだすことはできないから,自他役務の識別標識としての機能を十分に果たし得るものというべきである。

したがって,本件商標は,その指定役務に使用しても,需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができない商標ということはできず,商標法3条1項6号に該当しない。

第3原告主張の審決取消事由

「音楽マンション」という文字は自他役務の識別標識として機能するものではないから,本件商標は商標法3条1項6号に該当するものであり,これを否定した審決の判断には,次のとおりの誤りがある。

1  審決の認定の誤り

(1)  審決は,「音楽マンション」という文字は,「特定の意味合いを有しないものであって,一種の造語として理解されるものというのが相当である」と認定して,「音楽マンション」という文字が自他役務の識別標識として機能することを認めている。しかしながら,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字は,本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたと認められるから,造語であるとはいえない。したがって,審決の上記認定には誤りがある。

(2)  審決は,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定されるような建造物は,建物の種類として普通に存在するものではなく,音響性能に特化したものの例示として用いられる場合がほんの数例見て取れるにすぎないと認定して,「音楽マンション」という文字が自他役務の識別標識として機能することを認めている。しかしながら,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定される建造物が建物の種類として普通に存在する上,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,この点につき,「音楽マンション」という文字を使用した新聞等の発行部数又は平成12年度グッドデザイン賞における「川越の音楽マンション」という受賞作の存在を考慮すると,「音楽マンション」という文字がマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められる。したがって,審決の上記認定及びこれを前提とする審決の上記判断には,誤りがある。

(3)  審決は,「音楽マンション」という文字が本件商標の指定役務である「建物の管理,建物の貸与,建物の売買,建物又は土地の情報の提供」及び「建設工事,建設工事に関する助言」について,その役務の質等を表すものとして使用されている事実,あるいは,当該文字全体が自他役務の識別標識として機能しないとするような事実を認定することができないとして,「音楽マンション」という文字が自他役務の識別標識として機能することを認めている。しかしながら,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字は,賃貸住宅に関する専門情報誌(甲3,甲13の1)において建築物の品質,性能を表すものとして使用されており,また,「音楽マンション」という文字は,商標的に役務を識別するものとしては使用されていない。したがって,審決の上記認定には,誤りがある。

(4)  審決は,本件各証拠(甲2,甲4ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)については,原告又は原告の関係者のマンションに関するものと推認されるから,これらの証拠をもって,「音楽マンション」という文字が一般に使用されているということはできないと認定して,「音楽マンション」という文字が自他役務の識別標識として機能することを認めている。しかしながら,前記のとおり上記各証拠には,「音楽マンション」という文字が商標的に役務を識別するものとして一切使用されていないのであるから,上記各証拠が原告又は原告の関係者のマンションを紹介するものであったとしても,「音楽マンション」という文字が一般的に使用されている事実を否定する理由とはならない。したがって,上記事実を否定した審決の認定には,誤りがある。

(5)  審決は,本件各証拠(甲1の1及び2,甲3)において,原告以外の第三者がマンションの名称に「音楽マンション」という文字を使用しているとしても,この程度の件数の使用例では,「音楽マンション」という文字が,何人かの業務に係る役務であることを認識することができないといえるほど,取引者又は需要者において一般に使用されているということはできないと認定し,「音楽マンション」という文字が自他役務の識別標識として機能することを認めている。しかしながら,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,前記(2)のとおり,「音楽マンション」という文字は,マンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められる。したがって,審決の上記認定には,誤りがある。

2  平等原則,禁反言の原則,信義則の各違反

特許庁の判断は,一般国民,企業の経済的活動に直接影響を及ぼすものであり,国民,企業の公平性又は行政上の平等が要請されている。とりわけ商標の自他役務の識別力の有無という公益性の強い事項については,統一的な判断及び証拠評価が要請されるため,審査官又は審判官には広範な裁量は認められない。それにもかかわらず,特許庁は,前記第2の3のとおり,本件商標と同一の標準文字からなり同一の指定商品又は指定役務に属する「音楽マンション」につき,拒絶査定をしたにもかかわらず,本件商標を登録査定したのは,平等原則,禁反言の原則,信義則にそれぞれ違反するものである。したがって,審決の判断は,恣意的なものであり,商標法の秩序を著しく阻害するものであって,違憲,違法なものである。

第4被告の反論

1  審決の認定の誤り

(1)  原告は,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字は,本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたと認められるから,造語であるとはいえないなどと主張する。しかしながら,「音楽マンション」という文字は,一般的な辞書に既成語として掲載されていないから(乙1),普通名称ではなく造語であることは明らかである。

そして,原告が主張の根拠とする証拠(甲1の1)は,平成元年の朝日新聞の記事であり,その内容は,「女子学生に音楽マンション」という「見出し」の下に音楽家夫妻が「周囲に気がねせず,思う存分,発声練習を」として建設したというものである。このような「見出し」において,特定の意味を有さない造語を用いることにより読者の注意を引いて記事を読むように誘導するという手法は一般的に利用されており,上記朝日新聞は,この手法を用いたものである。このことは,①上記朝日新聞の文中には,「音楽マンション」という文字は使用されていないこと,②上記マンションは,「新築女性用ワンルーム完全防音・・・演奏サロン付き・・・」として紹介されており,ここにも「音楽マンション」という文字は使用されていないこと,③かえって,特許庁は,原告に対し,前記第2の3の原告による商標出願手続において,上記朝日新聞の記事を示していたにもかかわらず,原告において「音楽マンション」という文字が特定の意味を有さない旨を繰り返し主張していたことからも裏付けられる。

さらに,原告が主張の根拠とする証拠(甲3)は,平成16年の住宅新報の記事であるところ,住宅新報は,朝日新聞等とは異なり,不動産業界の専門家向けの雑誌であるから,住宅新報に記載があるからといって,「音楽マンション」という文字が普通名称であると認めることはできない。具体的な記載内容を見ても,「音楽マンション」という文字は,マンションのコンセプトが多様化していることの例示にすぎず,その意味内容が一義的に理解できることを前提として使用されていない。むしろ,「音楽マンション」という普通名称以外のマンションのタイプを例示することにより,筆者が不動産業界の最新情報に精通していることを読者に印象付けるとともに,読者の注意を引くことを狙ったものと推認できる。したがって,原告の主張は理由がない。

(2)  原告は,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定される建造物が建物の種類として普通に存在する上,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,「音楽マンション」という文字を使用した新聞等の発行部数又は平成12年度グッドデザイン賞における「川越の音楽マンション」という受賞作の存在を考慮すると,「音楽マンション」という文字がマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められるなどと主張する。しかしながら,平成元年当時の朝日新聞(甲1の1)の発行部数を考慮しても,新聞記事が隅々まで読まれることが稀であることは周知の事実であり,朝日新聞における僅か1回の掲載によって,その文字の意味内容の社会的認知度がその識別力を喪失させる程度まで高まるとは到底いえない。また,グッドデザイン賞はデザインに対して与えられる賞であり,その受賞作に「音楽マンション」という文字が使用されているのは,デザインが評価されたマンションを特定するために使用されたにすぎないから,グッドデザイン賞の受賞作に「音楽マンション」という文字が使用された事実によって,当該文字がマンションの質を表すものとして周知であったことを推認することはできない。仮に,社会的認知度が高まったとしても,その対象は「川越の音楽マンション」という特定のマンションの存在にすぎない。したがって,原告の主張は理由がない。

(3)  原告は,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字は,賃貸住宅に関する専門情報誌(甲3,甲13の1)において建築物の品質,性能を表すものとして使用されており,また,「音楽マンション」という文字は,商標的に役務を識別するものとしては使用されていないなどと主張する。しかしながら,上記各証拠のうち,①甲4及び5は,専門雑誌に掲載された記事であり,その対象も原告が販売していた「ミュージション川越」に関するものであること,②甲8及び9は,原告自身が発行するニュースレターにすぎないこと,③甲10も,賃貸オーナー向け及び不動産業者向けの専門的な文献であるから,これらの証拠は,「音楽マンション」の識別力が喪失したことを立証するには不十分なものであること,④甲11は,一般人向けの雑誌であるが,見出しには,「音楽マンション」という文字が使用されているものの,文中では,「ミュージション」という用語が用いられており,「音楽マンション」についての説明は一切なく,かえって,「音楽マンション」という文字が特異な用語であり,識別力があることの証拠といえるものであること,⑤甲12は,専門的な雑誌である上,「ミュージション」に関する説明しかないこと,⑥甲13の1は,賃貸オーナー向け及び不動産業者向けの専門雑誌であり,「音楽マンション」の識別力が喪失したことを認定するに足りないこと,以上によれば,上記各証拠は,「音楽マンション」という文字の識別力が喪失したことを認定するに足りないというべきである。したがって,原告の主張は理由がない。

(4)  原告は,本件各証拠(甲2,甲4ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)には,「音楽マンション」という文字が商標的に役務を識別するものとして一切使用されていないのであるから,上記各証拠が原告又は原告の関係者のマンションを紹介するものであったとしても,「音楽マンション」という文字が一般的に使用されている事実を否定する理由とはならないなどと主張する。しかしながら,そもそも「音楽マンション」という文字が一般的な用語として使用されているという客観的又は社会的事実が立証されていないのであるから,原告の主張は前提を欠く。また,「音楽マンション」という文字の識別力の有無は総合判断であるから,原告の上記主張は,法的主張と評価することができず,失当である。したがって,原告の主張は理由がない。

(5)原告は,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,「音楽マンション」という文字がマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められるなどと主張する。しかしながら,上記(4)と同様に,本件各証拠によっても,「音楽マンション」という文字が一般的な用語として使用されているという客観的又は社会的事実が立証されていない。したがって,原告の主張は理由がない。

2  平等原則,禁反言の原則,信義則の各違反

原告は,本件商標と同一の文字からなり同一の指定商品又は指定役務に属する「音楽マンション」につき,特許庁が拒絶査定をしたにもかかわらず,本件商標については登録査定したのは,平等原則,禁反言の原則,信義則にそれぞれ違反するものであるなどと主張する。しかしながら,特定の事件において,指定役務との関係において特定の文字に「自他役務の識別力がない」という判断は,法の支配という観点から最終的には裁判所により行われるものであるから(憲法76条),自ら裁判所の判断を求める機会を放棄した原告には,平等原則違反等を主張する適格がない。また,特許法において,審判及び審決取消訴訟が制度として組み込まれているのは,審査官による判断が,個別事件ごとの判断であり,他の事件の判断と異なることがあり得ることを前提とするものであり,原告が指摘する上記の事情は,特許法が当然に予定するところである。したがって,原告の主張は理由がない。

第5当裁判所の判断

1  認定事実

前提となる事実(前記第2の1ないし3記載の事実)に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  株式会社朝日新聞社は,平成元年4月10日に発行した朝日新聞の夕刊(大阪)において,「女子学生に音楽マンション」,「女子学生用の音楽マンション,京都に誕生」という見出しで,「演奏サロン,レッスン室完備,各室ピアノ付きという完全防音の女子学生専用のマンションが10日,京都市の中心部にオープンした。『近所に気がねせず,思う存分,楽器練習を』と,音楽家夫妻が建設した。『ここから1人でも立派な音楽家が出てくれれば』と期待をふくらませている。」などという記事を掲載した。上記記事の写真の左欄には「オープンした女子学生専用の“ミュージックマンション”」という説明がされている(甲1の1及び2)。

なお,平成元年11月における朝日新聞の夕刊(大阪)の平均発行部数は,約142万3006部である(甲37)。

(2)  株式会社新建築社は,平成12年4月1日に発行した雑誌「新建築」において,「川越の音楽マンション」という見出しで,「部屋は壁圧34㎝床厚30㎝の浮き構造,ほとんど音を通さない。かくして音楽家と鑑賞者,および一般人が同居する音楽マンションができ上がった。」などという記事を掲載した(甲4)。

なお,新建築の発行部数(毎月1日発売)は,約5万部である(甲40)。

(3)  グッドデザイン賞審査委員会のA委員長は,平成12年10月13日,原告が建設した「川越の音楽マンション」を受賞作として,原告に対しグッドデザイン賞を授与した(甲6)。

(4)  株式会社日本経済新聞社は,平成14年8月7日に発行した日経産業新聞において,「賃貸マンション,音漏れ大幅削減 リブラン 音楽愛好家向け」という見出しで,「不動産開発のリブランは遮音性に優れた『音楽マンション』を本格展開する。」,「隣室への音漏れを60~65デシベル減らすことができ,ピアノを演奏しても隣室では人間のささやき声程度にしか聞こえないという。」などという記事を掲載した(甲2)。

なお,平成27年6月における日経産業新聞の発行部数は,約8万3000部である(甲38)。

(5)  株式会社日本経済新聞社は,平成14年8月29日に発行した日本経済新聞において,「リブラン音楽マンションを本格展開 音漏れの大幅削減に成功!今後は分譲タイプも開発」というタイトルで,「リブランは2000年3月に建設した『ミュージション川越』が常にほぼ満室状態と好評なので,遮音性に優れた『音楽マンション』を本格展開することになった。現在,埼玉県新座市にワンルームマンション『ミュージション志木』を建設中」などという記事を掲載した(甲8)。

なお,平成14年4月における日本経済新聞の夕刊(東京)の平均発行部数は,約95万8454部である(甲41)。

(6)  株式会社住宅新報社は,平成16年4月13日に発行した住宅新報において,「大言小語」のコラム欄に「マンションのコンセプト化が進んでいる。ペットマンション,音楽マンション,学生マンション,高齢者向けマンション,ワンルームマンション,コンパクトマンション,タワーマンション,超高級賃貸のサービスアパートメント,マンスリーマンション,ウィークリーマンション,デザイナーズマンションなど続々と登場。」などという記事を掲載した(甲3)。

なお,住宅新報の発行部数(毎週火曜日発売)は,約9万5000部である(甲39)。

(7)  株式会社杉原書店は,平成16年4月から平成17年3月までの間に発行した雑誌「PIPERS」において,「管楽器も24時間練習OK!プロスタジオ並の音楽室を備えた分譲マンションが登場……」という見出しで,「(株)リブラン(本社・(略))が,その名も『ミュージション』として発売するこのマンションは,総戸数64戸。」,「居住者が所有権を持つ分譲マンションでは生活騒音のトラブルなどが深刻化しやすく,こうした『音楽マンション』が発売されるのは極めて珍しい。」などという記事を掲載した(甲9)。

(8)  株式会社小学館は,平成16年4月から平成17年3月までの間に発行した雑誌「DIME」において,「音楽マンション」という見出しで,「周囲に気兼ねせず,いつでも楽器を演奏したい音楽好きのために,全戸遮音構造を採用した『ミュージション』(音楽ホール併設の分譲もあり)など,住む人の生活スタイルを想定した物件が目立つ。」などという記事を掲載して,原告が販売する「ミュージション志木」を紹介した(甲9)。

なお,上記雑誌の平成27年7月から12月までの月間平均販売部数は,約5万330部である(甲42)。

(9)  株式会社小学館は,平成16年5月20日に発行した雑誌「DIME」において,「ライフスタイルにフィットする付帯設備が充実」,「音楽マンション」という見出しで,「ミュージション志木(リブラン) 03年2月完成 現在入居可」,「その他,周囲に気兼ねせず,いつでも楽器を演奏したい音楽好きのために,全戸遮音構造を採用した『ミュージション』(音楽ホール併設の分譲もあり)など,住む人の生活スタイルを想定した物件が目立つ。」などという記事を掲載した(甲11)。

(10)  株式会社アトミックスメディアは,平成17年2月に発行した雑誌「Forbes」において,「自宅で音楽を楽しみたい人のためのマンションを提供」という見出しで,「自宅スタジオの遮音性能は,コンサートホール並み。24時間,隣家に気がねなく楽器の演奏が楽しめる音楽マンション『ミュージション』。手がけたのは,既存の商品に時代の要請に即した付加価値を加えることで,住まい方を提案してきたデベロッパー,リブランだ。」などという記事を掲載した(甲9)。

(11) 社団法人日本音響材料協会は,平成20年3月31日に発行した雑誌「音響技術」において,「2.音を楽しむ空間 2.6音楽家,音大生向け音楽マンション」という見出しで,「本誌 No.112/Dec.2000 で,『ミュージション川越』(企画,販売:(株)リブラン)という音大生,音楽愛好家向けのワンルーム音楽マンションの遮音計画について紹介をした(ミュージションとは,ミュージックとマンションを併せた造語)。」,「以下に,これらの音楽マンションの音響計画とその音響特性について紹介する。」などという記事を掲載した(甲5)。

(12)  株式会社ステレオサウンドは,平成22年6月2日に発行した雑誌「HomeTheater」において,「映画と音楽を愛する人のための,快適賃貸空間ミュージション野方を訪ねる」という見出しで,「リブランさんが川越や新江古田で管理・展開している音楽マンションの“ミュージション”を知りました。遮音性能が高い上に,水周りがしっかりしていて住居としても快適。もちろん,自宅スペースもクリニックも確保できる。これだ!と思いましたね」などという記事を掲載した(甲12)。

(13)  株式会社全国賃貸住宅新聞社は,平成22年12月13日に発行した全国賃貸住宅新聞において,「遮音性能に優れた音楽マンション」という見出しで,「リブラン((略))が企画・管理を行う『ミュージション』は,全戸遮音構造で,時間や周りを気にせず部屋で音楽を楽しむことができる。2000年築の『ミュージション川越』64戸,2003年築の『ミュージション志木』38戸はいずれも完成後すぐ満室になり,現在も家賃を下げなくとも入居率9割超」などという記事を掲載した(甲13の1)。

なお,全国賃貸住宅新聞の発行部数(毎週月曜日発売)は,約14万部である(甲43)。

(14)  原告の代表取締役であるBは,平成23年2月28日付けで発行した「満室賃貸革命」という書籍において,「1-9 生き残るのは特定の人々の心を確実につかむもの」という見出しで,「そんな尖った魅力を持つマンションとして私が提案するのが,音楽マンション『ミュージション』です。ミュージション(MUSISION)という名前は,『ミュージック』と『マンション』を合わせたものです。その名のとおり,このマンションの特徴は,音楽を愛する人たちが周囲に気兼ねすることなく,室内で楽器演奏や歌,あるいは音楽作りを思い切り楽しめるということです。」,「2000年に建てられたミュージション川越は,完成から12年目になるにもかかわらず,賃料がまったく低下していません(むしろ一部では値上げしています)。」などと記載した(甲10)。

2  取消事由に対する判断

(1)  本件商標は,「音楽マンション」という文字から構成されているところ,音楽という文字とマンションという文字をそれぞれ分離してみれば,前者が「音による芸術」を意味し,後者が「中高層の集合住宅」を意味するところ,両者を一体としてみた場合には,その文字に即応して,音楽に何らかの関連を有する集合住宅という程度の極めて抽象的な観念が生じるものの,これには,音楽が聴取できる集合住宅,音楽が演奏できる集合住宅,音楽家や音楽愛好家たちが居住する集合住宅などの様々な意味合いが含まれるから,特定の観念を生じさせるものではない。そうすると,「音楽マンション」という文字は,原告が使用する「ミュージション」と同様に,需要者はこれを造語として理解するというのが自然であり,本件商標の指定役務において,特定の役務を示すものとは認められない。したがって,「音楽マンション」という文字は,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないものとはいえない。

もっとも,原告は,「音楽マンション」という文字がマンションの一定の質,特徴等を表す用語として使用されていると主張するため,「音楽マンション」という文字が使用されている実情等を踏まえ,以下検討する。

(2)  前記認定事実によれば,原告は,平成12年3月,「音楽マンション川越」,「ミュージション川越」などと称して,遮音性に優れたマンションを建設し,同マンションは,同年10月13日,「川越の音楽マンション」としてグッドデザイン賞を受賞したこと,上記マンションは,「新建築」という雑誌,日経産業新聞,日本経済新聞において「川越の音楽マンション」,「ミュージション川越」として紹介されたこと,原告は,平成15年2月に「ミュージション志木」という名称で遮音性に優れたマンション(以下,「上記マンション」と併せて単に「原告マンション」という。)を建設したこと,その後も,「Forbes」,「PIPERS」,「音響技術」,「DIME」,「HomeTheater」という各雑誌,全国賃貸住宅新聞,原告代表者執筆に係る「満室賃貸革命」という書籍が,原告マンションを「音楽マンション」として紹介したこと,原告マンションを紹介する以外に,「音楽マンション」という文字を使用したものは,平成元年4月10日の朝日新聞夕刊(大阪)の見出し(「女子学生に音楽マンション」,「女子学生用の音楽マンション」としたもの),又は平成16年4月13日の住宅新報のコラム欄の文章にとどまること,上記住宅新報のコラム欄には,マンションのコンセプト化が進んでいるという例示として「音楽マンション」という文字が使用されたにとどまり,これを具体的に説明する文章がなく,上記「音楽マンション」という文字が特定の意味で使用されたとはいえないこと,以上の事実が認められる。

上記認定事実によれば,「音楽マンション」という文字が「音楽の演奏が可能なマンション」というマンションの特定の質を表す意味で使用された事例は,平成元年4月10日の朝日新聞夕刊(大阪)の見出しに「女子学生に音楽マンション」,「女子学生用の音楽マンション」と使用された一例(甲1の1及び2)にとどまり,そのほかは,いずれも原告が建設した特定のマンションを示すもの,又は上記住宅新報において使用され,特定の質を意味するか不明なものにすぎず,「音楽マンション」という文字が,個別具体的なマンションの意味を超えて,マンションの一定の質,特徴等を表すものとして一般に使用されていたものとは認められない。

かえって,原告自身も,前記第2の3によれば,平成14年8月30日,「音楽マンション」につき商標登録出願をしたものの,平成15年5月6日付けで拒絶理由通知を受けたことから(甲7の1),同年6月23日,意見書を提出しているところ,同意見書において,「音楽」と「マンション」を並べても「音楽の演奏が可能なマンション」という意味合いが生ずることはなく,上記朝日新聞夕刊(大阪)に掲載された「女子学生に音楽マンション」という見出しについても,「音楽」には防音,演奏という意味を含まないため,上記見出しはどのようなマンションであるかを理解することができず,「音楽マンション」という文字がマンションの品質に係る役務であると認識されることはない旨主張していたことが認められる(甲7の4)。

そうすると,「音楽マンション」という文字は,これが使用されている実情等を踏まえても,特定の観念を生じさせるものとは認められず,本件商標の指定役務において,特定の役務を示すものとはいえないから,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないものとはいえない。

したがって,本件商標は,商標法3条1項6号に該当するものとは認められない。

3  原告の主張に対する判断

(1)  原告は,本件各証拠(甲1の1及び2,甲2ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)によれば,「音楽マンション」という文字は,本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたと認められるから,造語であるとはいえないなどと主張する。

しかしながら,上記2のとおり,前記認定事実によれば,「音楽マンション」という文字が遮音性の高いマンションを示すものとして使用された事例が認められるものの,そのほとんどは,原告が建設した特定のマンションを示すものであるから,個別具体的なマンションの意味を超えて,「音楽マンション」という文字がマンションの一定の質,特徴等を表すものとして一般に使用されていたと認めることはできない。

そうすると,「音楽マンション」という文字が,本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたとは認められない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(2)  原告は,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定される建造物が建物の種類として普通に存在する上,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,「音楽マンション」という文字を使用した新聞等の発行部数又は平成12年度グッドデザイン賞における「川越の音楽マンション」という受賞作の存在を考慮すると,「音楽マンション」という文字はマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められるなどと主張する。

しかしながら,上記(1)のとおり,「音楽マンション」という文字が遮音性の高いマンションを示すものとして使用された事例が認められるものの,そのほとんどは,原告が建設した特定のマンションを示すものであるから,個別具体的なマンションの意味を超えて,「音楽マンション」という文字がマンションの一定の質,特徴等を表す用語として一般に使用されたものと認めることはできない。

そうすると,「川越の音楽マンション」がグッドデザイン賞を受賞した事実,上記新聞の発行部数を考慮しても,「音楽マンション」という文字がマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認めることはできない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(3)  原告は,「音楽マンション」という文字は,賃貸住宅に関する専門情報誌(甲3,甲13の1)において建築物の品質,性能を表すものとして使用されており,また,「音楽マンション」という文字は,商標的に役務を識別するものとして使用されていないなどと主張する。

しかしながら,全国賃貸住宅新聞(甲13の1)は,原告マンションを紹介するものにすぎず,また,前記2のとおり,住宅新報(甲3)のコラム欄には,「音楽マンション」という文字が使用されているものの,これを具体的に説明する文章がない以上,上記「音楽マンション」という文字が特定の意味で使用されたものと認めることはできない。

そうすると,「音楽マンション」という文字は,特定の役務を示すものとはいえないから,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないものとはいえず,原告の上記主張は,前記判断を左右するに至らない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(4)  原告は,本件各証拠(甲2,甲4ないし甲6,甲8ないし甲12,甲13の1)には,「音楽マンション」という文字が商標的に役務を識別するものとして一切使用されていないのであるから,上記各証拠が原告又は原告の関係者のマンションを紹介するものであったとしても,「音楽マンション」という文字が一般的に使用されている事実を否定する理由とはならないなどと主張する。

しかしながら,前記(1)のとおり,「音楽マンション」という文字は,そのほとんどが原告の建設した特定のマンションを示すにとどまり,これを超えて,マンションの一定の質等をいうものとして一般的に使用されていたものとは認められないから,原告の主張は,前記判断を左右するに至らない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(5)  原告は,商標の自他役務の識別機能の有無は,使用例の多寡のみではなく当該商標の社会的認知度を考慮する必要があり,「音楽マンション」という文字がマンションのコンセプト等を表す一般的な言葉として社会的に認知されたものと認められるなどと主張する。しかしながら,上記(2)のとおり,「音楽マンション」という文字は,そのほとんどが原告の建設した特定のマンションを示すにとどまり,原告マンションをいうものとして社会的認知度が高まったとしても,これを超えて,マンション等のコンセプトを表す一般的な言葉として社会的に認知されたとまで認めることはできない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(6)  原告は,本件商標と同一の文字からなり同一の指定商品又は指定役務に属する「音楽マンション」につき,特許庁は過去において拒絶査定をしたにもかかわらず,本件商標を登録査定したのは,平等原則,禁反言の原則,信義則にそれぞれ違反するなどと主張する。

しかしながら,前記2のとおり,「音楽マンション」という文字は,本件商標の指定役務において,特定の役務を示すものとはいえず,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないものとはいえないから,本件商標は,商標法3条1項6号に該当するものとは認められない。

そうすると,上記拒絶査定は,どのような資料に基づいて判断されたかは必ずしも明確でないものの,商標法3条1項6号該当性についての判断に誤りがあるものといわざるを得ないから,これに対する不服審判請求に係る審決等において取り消されるべきものと解される。それにもかかわらず,原告は,不服審判請求をするなどして正しい判断を求めなかったのであるから,原告の主張は,失当であるというほかない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

第6結論

以上によれば,原告の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中島基至 裁判官 岡田慎吾)

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