知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10199号 判決 2017年7月26日
原告
セキ工業株式会社
訴訟代理人弁護士
大澤久志
北山元章
植松祐二
鈴木奈裕子
訴訟代理人弁理士
前田弘
竹内宏
被告
Y
訴訟代理人弁護士
松本司
田上洋平
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800145号事件について平成28年7月12日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,発明の名称を「プロジェクションナットの供給方法とその装置」とする特許第3309245号(平成8年12月28日出願,平成14年5月24日設定登録。請求項の数4。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
なお,被告は,平成24年8月1日付けで訂正審判請求(訂正2012-390099号)をし,同月28日付けで訂正認容審決を得ている(以下「本件訂正」という。)。
(2) 原告は,平成25年8月1日,本件特許の請求項全部につき無効審判を請求し(無効2013-800145号),特許庁は,平成26年9月9日,「特許第3309245号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
被告は,同年10月15日,知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求めて訴えを提起した(平成26年(行ケ)第10230号)。
知的財産高等裁判所は,平成27年6月24日,上記審決を取り消す旨の判決をし,同判決は確定した。
(3) その後,特許庁において,上記無効審判の審理が再開された。
特許庁は,平成28年7月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(以下,この審決を「本件審決」という。),同月22日,その謄本が原告に送達された。
原告は,同年8月19日,知的財産高等裁判所に本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,構成要件に分説すると,次のとおりである(下線部は訂正箇所を示す。以下「本件発明」といい,個別に特定するときは,請求項の数字に従って「本件発明1」などという。また,本件訂正後の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。
【請求項1】
M 円形のボウルに振動を与えてプロジェクションナットを送出するパーツフィーダと
N このパーツフィーダからのプロジェクションナットをストッパ面に当てて所定位置に停止させ,
O その後,供給ロッドのガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてプロジェクションナットを目的箇所へ供給する形式のものにおいて,
P パーツフィーダに設置した計測手段により正規寸法よりも大きいプロジェクションナットを排除して正規寸法あるいはそれ以下のプロジェクションナットだけを通過させ,
Q ガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されており,
R ストッパ面に位置決めされた正規寸法よりも小さいプロジェクションナットを供給ロッドの進出時にそのガイドロッド先端部で弾き飛ばす
S ことを特徴とするプロジェクションナットの供給方法。
【請求項2】
A 円形のボウルに振動を与えてプロジェクションナットを送出するパーツフィーダと
B このパーツフィーダからのプロジェクションナットをストッパ面に当てて所定位置に停止させ,
C その後,供給ロッドのガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてプロジェクションナットを目的箇所へ供給する形式のものにおいて,
D 正規寸法よりも大きいプロジェクションナットを排除し正規寸法あるいはそれ以下のプロジェクションナットを通過させる計測手段をパーツフィーダの送出通路に設置し,
E ストッパ面に位置決めされた正規寸法よりも小さいプロジェクションナットを供給ロッドの進出時にその先端部で弾き飛ばすガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている
F ことを特徴とするプロジェクショナットの供給装置。
【請求項3】
G 請求項2において,
H ストッパ面に当たって一時係止されている正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔軸心とガイドロッドの軸心とが同軸とされていることによりプロジェクションナットの所定位置が設定されている
I ことを特徴とするプロジェクションナットの供給装置。
【請求項4】
J 請求項3において,
K 計測手段は送出通路に閉断面状の形態で設置され,プロジェクションナットの高さあるいは幅が正規寸法またはそれ以下のものだけを通過させる構造とされている
L ことを特徴とするプロジェクションナットの供給装置。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。その要旨は,①甲13の1(平成25年5月29日付け事実実験公正証書)に示されたナットフィーダ(以下「甲13装置」という。)は,本件特許出願前の昭和56年に株式会社電元社製作所(以下「電元社」という。)により製造されたナットフィーダ(昭和56年製ナットフィーダ)と同一とはいえず,したがって,甲13装置から認定できる発明は,本件特許出願前に日本国内において公然知られ,あるいは日本国内において公然実施された発明とはいえないし,本件発明2の構成要件Eは,甲14(特開平7-215429号公報),甲15(特公昭47-41655号公報)及び甲16(実願昭59-38479号〔実開昭60-151821号〕のマイクロフィルム)のいずれにも記載されていないから,本件発明2ないし4は,いずれも,甲13装置から認定できる発明及び甲14ないし甲16のそれぞれに記載された発明(以下「甲14発明」などという。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない,②本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eにおける「ガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定され」という記載は明確であるから,本件発明1ないし4はいずれも明確である,③本件発明2及び4は,いずれも,後記認定のとおりの甲14発明,甲15に記載された技術的事項(以下「甲15技術的事項」という。),甲16に記載された事項,甲20(日刊工業新聞社「機械設計」第17巻第11号〔1973年11月号〕)に記載された技術的事項(以下「甲20技術的事項」という。)及び甲31(実願昭52-031083号〔実開昭53-126272号〕のマイクロフィルム)に記載された技術的事項(以下「甲31技術的事項」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,というものである。
(2) 本件審決が認定した甲14発明,甲15技術的事項,甲20技術的事項,甲31技術的事項並びに本件発明2と甲14発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲14発明
「円形のボウルに振動を与えてナットwを送出する整列手段1と,この整列手段1からのナットwをストッパ面にあてて所定位置に停止させ,その後,エアシリンダ等の突き出し部材10における送出杆11の先端部をナットwのねじ孔12内に係合させてナットwを目的箇所へ供給する形式のものにおいて,シュート3の位置決め部材15により,ナットwを希望する姿勢に整列させて供給する装置。」
イ 甲15技術的事項
「スピンドル5の案内棒6をナット10を貫通してナット10を目的箇所へ供給する形式のものにおいて,案内棒6はナット10の螺子孔よりもやや小径に設定すること。」
ウ 甲20技術的事項
「中板ホッパフィーダにおいて,ゲートの切欠き形状を通過するような小さいものは,あらかじめ選別しておく必要があること。」
エ 甲31技術的事項
「プロジェクションナットをスポット溶接機へ送給するパーツフィーダのボウルにおいて,裏向きのM6及びM8ナットを通過させ,M6未満のナット,M8以上のナット並びに表向きのM6及びM8ナットをボウル内に落下させること。」
オ 本件発明2と甲14発明との対比
(一致点)
両発明は,「円形のボウルに振動を与えてプロジェクションナットを送出するパーツフィーダとこのパーツフィーダからのプロジェクションナットをストッパ面に当てて所定位置に停止させ,その後,供給ロッドのガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ挿入させてプロジェクションナットを目的箇所へ供給する形式のプロジェクションナットの供給装置。」である点。
(相違点1)
本件発明2は,「ガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通」させているのに対して,甲14発明は,「送出杆11の先端部をナットwのねじ孔12内に係合」させている点。
(相違点2)
本件発明2は,「正規寸法よりも大きいプロジェクションナットを排除し正規寸法あるいはそれ以下のプロジェクションナットを通過させる計測手段をパーツフィーダの送出通路に設置し」ているのに対して,甲14発明は,そのような計測手段を備えているかどうか不明な点。
(相違点3)
本件発明2は,「ストッパ面に位置決めされた正規寸法よりも小さいプロジェクションナットを供給ロッドの進出時にその先端部で弾き飛ばすガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている」のに対して,甲14発明は,送出杆11の先端部の外径がどのように設定されているのか不明な点。
(3) 上記相違点についての本件審決の判断の要旨は,次のとおりである。
まず相違点3を検討すると,本件発明2において「ガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている」(構成要件E)と特定されていることの技術的な意味は,正規寸法よりも小さいナットを,ガイドロッドが串刺しにしてしまうことを解決しようとするものであって,ガイドロッドの先端部が確実に干渉してナットを弾き飛ばす作用を実現させようとするものである。
これに対して,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定して,ナットを弾き飛ばすことについて,甲15技術的事項,甲20技術的事項,甲31技術的事項や,その他の証拠には記載も示唆もない。
すなわち,甲15技術的事項を参照すると,本件発明2のガイドロッドに相当する案内棒6を正規寸法のナット10のねじ孔の内径よりもやや小さく設定することが示されているものの,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定して,ナットを弾き飛ばすことについて記載も示唆もない。
また,甲20技術的事項及び甲31技術的事項から,正規寸法よりも小さいプロジェクションナットが混入する課題自体は,本件特許出願時に周知の課題といえる。しかし,甲20技術的事項は,その課題の解決手段として「あらかじめ選別しておく」ことを示唆するものであり,甲31技術的事項は,「M6未満のナット,…をボウル内に落下させること。」というものであるから,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定して,ナットを弾き飛ばすことについて,甲20技術的事項及び甲31技術的事項には,記載も示唆もない。
さらに,他の証拠を参照しても,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定して,ナットを弾き飛ばすことについて,記載も示唆もない。
したがって,相違点1及び2について検討するまでもなく,本件発明2は,甲14発明,甲15技術的事項,甲16に記載された事項,並びに甲20及び甲31に示す従来周知の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるということはできない。
4 取消事由
(1) 甲15発明の認定の誤り(取消事由1)
(2) 発明の明確性についての判断の誤り(取消事由2)
第3取消事由に関する原告の主張
1 取消事由1(甲15発明の認定の誤り)について
本件審決は,甲14ないし16に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が示されていないと判断したが,この判断は,次のとおり,甲15発明の認定を誤ったものである。この誤りは,本件発明2ないし4の進歩性の判断に影響を及ぼし,ひいては本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,本件審決は取り消されるべきである。
(1) 本件特許の出願時における技術常識等
ア ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間の大きさについて
(ア) プロジェクションナット(以下,特に必要がない限り,単に「ナット」という。)をストッパ面に当てて所定位置に停止させ,その後,供給ロッドのガイドロッドをナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてナットを目的箇所へ供給するナット供給装置(以下「串刺し方式のナット供給装置」という。)は,本件明細書(【0002】)に従来技術として記載され,また,甲4(電元社「ナット・フィーダ取扱説明書」),甲15(特公昭47-41655号公報)及び甲57(特公昭49-22747号公報)に記載されているように,本件特許の出願時において当業者に周知である。
串刺し方式のナット供給装置は,本件明細書,甲4,甲15,甲57に記載されているとおり,ナットを目的箇所(溶接すべき鋼板部品の上)へ,ねじ孔が抵抗溶接用の固定電極のガイドピンにはまるように供給するために使用されている。この使用においては,ナットを固定電極のガイドピンに確実にはめるべく,ナットをそのねじ孔軸心がガイドピンの軸心に対してずれずに同軸となるように送ることが求められる。
例えば,甲4の「5.定置式スポット溶接機への組付」の(A)の「3.高さ調整」の項(9頁)には,スピンドル先端を下部電極ピン(下部電極のロケートピン)に最も近づけた状態で,スピンドル先端と下部電極ピンの関係位置の調整がなされる旨の記載があり,甲4の「9.故障と対策」の(Ⅰ)の項(16頁)には,スピンドル先端と下部電極ピンの関係位置を再調整することで対策する旨の記載がある。
ここで,供給ロッド先端のガイドロッドと固定電極のガイドピンとの関係位置を調整することによって,ナットをガイドピンに確実にはめることができるようにするためには,当然のことながら,ナットのねじ孔の内径とガイドロッドの外径との差が小さいこと,すなわち,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間が小さいことが前提となる。
ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間が大きいときは,ナットのねじ孔軸心がガイドロッドの軸心に対して大きくずれ動くことがあり得るから,ガイドロッドと固定電極のガイドピンとの関係位置を調整しても,ナットのねじ孔軸心は,必ずしも供給先においてガイドピンの軸心に合致せずに大きくずれる。そのため,ナットがガイドピンにはまらずに落ちることが多くなる。
以上のように,串刺し方式のナット供給装置において,ナットを目的箇所に確実に供給するために,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることは,当業者の技術常識であったといえる。
このことは,電元社製品においても,本件特許の出願前から,ノーズピンの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも僅かに小さく設定されているとともに,正規寸法より小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されていた(甲4,33,41の1~3,63~66)ことからも明らかである。
(イ) 本件明細書の【0002】には,従来のガイドロッドの外径がナットのねじ孔の内径よりも大幅に小さく設定されている旨の記載があり,被告は,その理由につき,異議2002-73160号事件における平成15年6月23日付け意見書(甲21。以下「甲21意見書」という。)において,「一つには,ナットがガイドロッドをスムーズに滑り降り,かつ,ガイドロッドの下端から下部電極のガイドピンに円滑に乗り移ることができるようにするためです。また,ストッパ面に位置決めされたナットをガイドロッドの進出によって切り出す際に後続のナットとの絡みつきを防止するためです。さらに,供給ロッドやその支持部材等の加工精度や組立精度を過度に高くしなくても済むようにするためです。」などと説明している。
しかし,その説明は,本件明細書の【0009】,【0010】,【0012】及び【0014】の内容と大きく矛盾しており(例えば,【0012】には,ガイドロッドとねじ孔の間の隙間をごく僅かの0.3mmとすることが記載されている。),鵜呑みにできない。
被告の主張によれば,ガイドロッドの加工精度を高くすることなく,ナットのスムーズな供給を実現するために,上記隙間を大きくすることが本件特許の出願時の技術常識であったが,本件発明では,その技術常識を覆して,上記隙間をごく僅か(例えば0.3mm)にした,ということになる。しかし,上記隙間をごく僅かにしても,ナットのスムーズな供給を実現することができる手段については,本件明細書に開示も示唆もない。それにもかかわらず,本件発明が,上記隙間をごく僅か(例えば0.3mm)にしても,ナットのスムーズな供給を実現することができるということは,そもそも被告の主張する技術常識(当時は,上記隙間が小さいときはナットのスムーズな供給が妨げられるため,その隙間を大きくすることが一般的であった)が存在せず,ナットのスムーズな供給の実現のために上記隙間を大きくする必要は元来ないのであって,むしろ,原告が主張するように,ガタを減らすために,隙間を小さくすることが技術常識であったということになる。
仮に,被告が,本件特許の出願前に,ナット供給装置の部品の加工精度や組立精度を過度に高くしなくても済むように,ガイドロッドの外径をナットのねじ孔の内径よりも大幅に小さくしていたとしても,それは設計思想の一つであって,ナットをガイドピンに確実にはめるためにはナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくするという当業者の技術常識とは関係がなく,そのことによって当該技術常識が否定されるわけでもない。
(ウ) 串刺し方式のナット供給装置では,フラフープ現象(案内棒=ガイドロッドの軸心に対してナットが偏心しながら回転する現象)が発生するため,ナットがガイドピンに正しくはまらないという課題があることは,甲70(実公昭53-36365号公報)で指摘されているように,当業者に周知である。
すなわち,ナットがガイドロッドに沿って滑り落ちるときに回転力を生じ,フラフープ現象を起こすのは,ナットとガイドロッドのはめ合いに隙間があるからであり,当然のことながら,そのはめ合いの隙間が大きくなるほど,フラフープ現象は顕著になって,ナットのねじ孔軸心と下部電極のガイドピンの軸心とのずれが大きくなる。そして,ナットがガイドロッドから離れるときに,ガイドロッドの先端とガイドピンの先端との間に隙間があるために,ナットの上記軸心のずれによってガイドピンにはまらずに落下するのである。
したがって,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間が大きいときは,ガイドピンの先端の形状やガイドロッドとガイドピンの位置関係が適切に設定されていても,ナットがガイドピンにはまらずに落下するということは当業者に周知の事項であり,換言すれば,当業者はナットをガイドピンに確実にはめるためにはナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできる限り小さくする方が良いことを技術常識の一つとして経験的に認識している。
イ パーツフィーダにおいて異種ナットが混入する可能性について
甲20の54頁右欄30行ないし39行には,パーツフィーダにおいては,類似形状でサイズが異なるような異種部品の混入が問題になること,そして,そのような異種部品をゲートで選別することが記載されている。
また,甲31には,特大ナット(例えばM10以上)及びM6未満のナットを排除し,M6ナット及びM8ナットを選別してスポット溶接機等へ送給するパーツフィーダのボウルが記載されている。このパーツフィーダのボウルでは,排除される特大ナット及びM6未満のナットが,選別すべきM6ナット及びM8ナットに混入した異種ナットに相当する。
さらに,甲4の「9.故障と対策」の(C)項(15頁)では「シュートレールの途中でナットがひっかかる」という故障に,「異種ナットが混入していないでしょうか。」という確認を行なうことが説明されている。
以上によれば,パーツフィーダにおいて異種ナットが混入する場合があることは,本件特許の出願時に当業者が想定し得たことであるといえる。
(2) 甲15発明について
ア 前記のとおり,串刺し方式のナット供給装置において,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることは,本件特許の出願時の当業者の技術常識であり,パーツフィーダにおいて,異種ナットが混入する場合があることは,本件特許の出願時に当業者が想定し得たことである。
したがって,当業者は,本件特許の出願時に異種ナットの混入を想定し得たのであるから,甲15の記載事項,特に第2欄3行ないし18行の記載事項から,甲15のナット供給装置において正規寸法よりも小さいナットが混入し磁石7に吸引されて摺動孔4内の所定位置に停止することを導き出すことができたといわなければならない。
また,当業者は,甲15の記載事項,特に第2欄10行ないし12行の記載事項から,串刺し方式のナット供給装置において,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくするという出願時の技術常識を参酌することにより,案内棒6の外径は正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも自ずと大きく設定されることになるという事項を導き出すことができるといわなければならない。なお,甲15の記載「目的ナットの螺糸孔よりも稍小径」(「螺糸孔」は「螺子孔」の誤記と認められる。)の「稍」は,「ほかの事物または普通の標準に比べて,幾分違っている物事の程度を表す語。いくらか。すこし。「―大きい」「―ぬるい」」(甲67広辞苑)を意味する。すなわち,甲15の案内棒は,目的ナットの螺子孔よりも,「いくらか」小径,あるいは「すこし」小径であって,本件特許明細書の従来技術の欄に記載されているガイドロッドのように「プロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大幅に小さく設定されている」のではない。したがって,甲15の案内棒の外径は正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きいという事項が甲15の記載事項及び当業者の技術常識から導き出されることは理の当然である。
イ そこで,正規寸法よりも小さいナットが甲15のナット供給装置に混入した場合,甲15のナット供給装置では,「導入ナット群の最前端のものは其の側辺を磁石7に吸引されて摺動孔内に位置することになる。」(第2欄16行~18行)とされている。
ここで,混入した正規寸法よりも小さいナットのサイズ(外径)が正規寸法のナットのサイズよりも小さいケース(本件特許公報の【0013】に記載されたケース)を図示すると,下記【図1】のとおりである。
このケースでは,正規寸法よりも小さいナットは,磁石7に吸着されて摺動孔4内に位置したとき,ナットサイズが正規寸法のナットサイズよりも小さいから,ねじ孔軸心が案内棒6の軸心よりも磁石7側に偏った状態になる(偏心量E)。そのため,案内棒6の先端部が正規寸法よりも小さいナットの上面又はねじ孔の角に当たる。すなわち,案内棒6による串刺し作用を生じない。その結果,当該正規寸法よりも小さいナットは,磁石7から外れ,案内棒6によって摺動孔4の前方の開口から弾き飛ばされる。
次に,混入した正規寸法よりも小さいナットのサイズ(外径)が正規寸法のナットのサイズと同じであるケース(本件特許公報の【0016】に記載されたケース)を図示すると,下記【図2】のとおりである。
このケースでは,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔軸心と案内棒6の軸心が一致する。しかし,案内棒6は,その外径が正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きいから,ねじ孔には入らない。すなわち,案内棒6による串刺し作用を生じない。その結果,当該正規寸法よりも小さいナットは,磁石7から外れ,案内棒6によって摺動孔4の前方の開口から弾き飛ばされる。
甲15のナット10,ナット10が吸着される磁石7の吸着面,スピンドル5及び案内棒6が,本件発明2の「プロジェクションナット」,「ストッパ面」,「供給ロッド」及び「ガイドロッド」各々に相当することは自明である。
file_2.jpg(21) [#2] FEmsnes-ro] [Eatanie Nes? | REARS BeanIeRaD faa | ("ac PobcAMoS ors = sitesウ 以上によれば,本件特許の出願時の当業者の技術常識を考慮すれば,甲15には,本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているに等しいということができる。
(3) 進歩性の判断について
以上のとおり,本件発明2の構成要件Eは甲15に記載されているに等しい事項であり,相違点3はこの構成要件Eに係る構成に関するものであるから,甲15に記載されているに等しい事項を甲14発明に適用して本件発明2の構成要件E(相違点3)のように構成することは,当業者であれば,容易になし得ることであるといえる。
ところが,本件審決は,甲13装置を主たる証拠とする無効理由(無効理由7,13,15,20)と,甲14を主引用例とする無効理由(無効理由5,18)のいずれについても,甲14ないし16に構成要件Eに相当する構成が示されていないことを理由に,理由がない(想到容易ではない)ものと結論付けた。
かかる結論は,甲15発明の認定を誤ったものであり,その誤りがなければ,本件発明2ないし4に無効理由がないと判断することはできなかったものである(本件発明2の相違点1及び2に係る構成は,それぞれ甲15及び甲16に記載されている事項であり,本件発明3の構成要件Hに相当する構成は,本件特許の出願前に周知慣用の技術であり,本件発明4の構成要件Kに相当する構成は,甲16に記載されている事項である。)。
したがって,上記認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,本件審決は取り消されるべきである。
(4) 本件訴訟の審理範囲について
被告は,後記のとおり,原告主張の取消事由1は,そもそも最高裁判例(最高裁大法廷昭和51年3月10日判決・メリヤス編機事件)に抵触し,本件訴訟の審理範囲とならない旨主張する。
しかし,上記最高裁判例は,「審決の取消訴訟においては,抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。」と判示したものであるところ,本件審決は,甲15を引用例とする無効理由として,無効理由5ないし7(本件発明2に関し),無効理由12ないし15(本件発明3に関し)及び無効理由18ないし20(本件発明4に関し)を列挙し,甲15の記載事項及び甲15技術的事項の認定を行った上で,その判断をしている。また,本件審決は,「すなわち,甲15技術的事項を参照すると,特許発明2のガイドロッドに相当する案内棒6を正規寸法のナット10のねじ孔の内径よりもやや小さく設定することが示されているものの,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定して,ナットを弾き飛ばすことについて記載も示唆もない。」とも判断しており,公知事実との対比において無効原因(特許発明2の構成要件Eについて甲15に記載又は示唆があるか否か)が実質的に審理判断されている。
したがって,上記被告の主張は失当である。
2 取消事由2(発明の明確性についての判断の誤り)について
(1) 本件審決は,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eにおける「ガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定され」という記載は明確であると判断した。
すなわち,本件審決は,「ガイドロッドの外径は正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されている」との記載がガイドロッドの外径の上限の設定値を意味し,「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定され」との記載がガイドロッドの外径の下限の設定値を意味することは明らかであるところ,これらの記載の技術的な意味は,「正規寸法よりも小さいナットを,ガイドロッドが串刺しにしてしまうことを解決しようとするものであって,ガイドロッドの先端部が確実に干渉してナットを弾き飛ばす作用を実現させようとするものであるといえる。」から,当業者であれば,正規寸法のナットが通常通りに串刺しされるように,ガイドロッドの外径の上限値を設定し,正規寸法よりも小さいナットを弾き飛ばすように,ガイドロッドの外径の下限値を設定すればよいことを当然に理解できると判断している。
(2) しかしながら,これらの記載がガイドロッドの外径の上限の設定値と下限の設定値を意味するとしても,例えば,下限値についてみた場合,一般に「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」は複数種類存在する(M6ナットを正規寸法とすれば,M5ナットもM4ナットも存在する)から,その下限値を設定する「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」が,正規寸法よりも小さいどのようなナットを意味するのかは不明である。
この点,被告は,M6を正規寸法とする場合,「正規寸法より小さいナット」がM5ナットを意味するものであることは自明であるとし,その論拠として,M4ナットも正規寸法より小さいナットではあるが,同じく正規寸法より小さいナットであるM5ナットよりガイドロッドの外径が小さいのであれば,「正規寸法より小さいナット(M5)の内径よりも大き」いとはいえないと主張するが,これは「正規寸法よりも小さいナット」がM5であることを前提とした論理であって,当該論理によって,M4ナットが「正規寸法より小さいナット」となることが排斥されるものではない。
(3) また,被告は,審判答弁書24頁において,「M6ナットを正規寸法とする場合,同ナットより小さいナットにはM5ナットも含まれるのであるから,M5ナット(正規寸法より小さいナット)のねじ孔内径(甲9〔甲22の誤記と認める。〕によれば4.134mm)よりも小さい3.5mmをガイドロッドの外径とする製品は,本件発明1ないし4の実施品ではない。すなわち,本件発明2の構成要件E及び本件発明1の構成要件Qにおける「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている」との構成を備えていないものである。」と述べている。
しかし,甲22によれば,M5ナットにはピッチの異なる2種類があり,ピッチが0.8mmであるM5ナット(以下「M5ナットA」という。)のねじ孔の内径は4.134mmであるが,ピッチが0.5mmであるM5ナット(以下「M5ナットB」という。)のねじ孔の内径は4.459mmであるところ,このピッチの異なる2種類のM5ナットA及びBは,いずれもそのねじ孔の内径がM6ナットのねじ孔の内径(例えば,ピッチが1mmであるとき内径は4.917mm)よりも小さい。
ここで,当業者が,ガイドロッドの外径をM5ナットAのねじ孔の内径4.134mmと,M5ナットBのねじ孔の内径4.459mmとの中間寸法に設定した場合,「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」が,ねじ孔の内径が正規寸法のナットに最も近いものを意味すると解すれば,ねじ孔の内径が4.459mmであるM5ナットBが「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」ということになるから,ガイドロッドの外径が上記中間寸法に設定された方法及び装置は,そのガイドロッドの外径が「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」のねじ孔の内径よりも小さく,本件発明1ないし4の範囲に入らないことになる。他方,審判答弁書24頁の記載によれば,ねじ孔の内径4.134mmであるM5ナットAが正規寸法よりも小さいナットとされているから,ガイドロッドの外径が上記中間寸法(したがって,M5ナットAのねじ孔の内径よりも大きい寸法)にされた方法及び装置は,なお本件発明1ないし4の範囲に入ることになる。しかし,その場合,ねじ孔の内径4.459mmであるM5ナットBは,ねじ孔の内径が正規寸法のナットに最も近い,正規寸法よりも小さいナットではあるが,「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」ではないということになる。
この点,被告は,M6ナットを正規寸法とする場合,M6ナットより少しでも小さいM5ナットBを「正規寸法よりも小さいナット」と解すべきことは自明であると主張するが,この主張によれば,例えば,ピッチ0.8mmのM5ナット(ねじ孔内径4.134mm)を正規寸法としたとき,ピッチ0.5mmのM4.5ナット(ねじ孔内径3.959mm)は「正規寸法よりも小さいナット」と解されるところ,ガイドロッドの外径をM4.5ナットのねじ孔内径より僅かに大きい3.960mmにしたとき,ガイドロッドの外径と正規寸法のM5ナットのねじ孔の内径との差は0.174mm(片側の隙間は0.087mm)という微小なものとなり,ナットの製造誤差やナット供給装置の部品の組付誤差を考えれば,正規寸法のM5ナットに対してガイドロッドの正常な串刺し作用がなされるとは,技術常識として到底考えられないから,被告の主張は,正規寸法のナットに対して正常なガイドロッドの串刺し作用を生じさせるという本件発明の前提を無視した当を得ないものというべきである。
(4) 以上のように,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eにおける「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている」は,その意味するところが不明確であり,本件明細書の記載を考慮しても,当該記載の意味内容を明確に把握することができない。そのため,本件発明1ないし4の範囲が不明確になっている。
本件審決は,本件発明の明確性についての判断を誤ったものであり,その誤りがなければ,明確性要件違反の無効理由(本件発明1につき無効理由23,本件発明2ないし4につき無効理由24)がないと判断することはできなかったものである。
したがって,上記の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,本件審決は取り消されるべきである。
第4被告の反論
1 取消事由1(甲15発明の認定の誤り)について
原告の主張は争う。次のとおり,本件特許の出願時における当業者の技術常識を勘案しても,甲15には,本件発明2の構成要件Eに相当する構成は記載も示唆もされておらず,本件審決の認定に誤りはない。
なお,甲15に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているとの主張は,本件訴訟において原告が初めてした主張であり,無効審判において実質的に審理判断された事実もない(原告が無効審判において本件発明2の構成要件Eに相当する構成が開示されていると主張した引例は甲14であり,甲15ではない。甲15は,構成要件Cに相当する構成が開示されている引例として主張されていたものである。)。したがって,原告主張の取消事由1は,そもそも最高裁判例(最高裁大法廷昭和51年3月10日判決・メリヤス編機事件)に抵触し,本件訴訟の審理範囲とならないものである。
(1) 本件特許の出願時における技術常識等について
ア ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間の大きさについて
(ア) 本件明細書の【0002】によれば,本件特許の出願前においては,ガイドロッドの外径をナットのねじ孔の内径よりも「大幅に」小さく設定することが技術常識であった。その理由は,甲21意見書で説明したとおりである。
原告は,かかる説明は本件明細書の【0009】,【0010】,【0012】及び【0014】の記載内容と大きく矛盾すると主張するが,隙間を小さくすれば,ガイドロッドの加工精度(寸法,表面の平滑性)を高くしない限り,甲21意見書に記載した問題点が解消せず,コストがかさむという問題があった。それゆえ,本件発明の出願前の当業者は,そのようなコストがかさむ加工を行わず,ガイドロッドとナットのねじ孔との間に十分な隙間を設けることにより,ナットのスムーズな供給を実現していたのである。
このように,本件発明の出願前の当業者には,ガイドロッドの外径を「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定」するなどという技術常識は存在しない。したがって,甲15に当業者の技術常識を併せて考えても,甲15に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているなどと認定することは不可能である。
(イ) 原告は,串刺し方式のナット供給装置が甲4に記載されていると主張するが,甲4記載の供給装置は磁力によりナットを保持して目的箇所にナットを供給するものであり,本件発明にいう「供給ロッドのガイドロッドをねじ孔内へ串刺し状に貫通させてプロジェクションナットを目的箇所へ供給する形式」(構成要件C及びO)が記載されているものではない。
また,串刺し方式のナットの供給装置において,ガイドロッドの位置とガイドピン(下部電極)の位置を調整する必要があることは否定しないが,甲14の【図1】や甲15の第1図で示されるとおり,ガイドピン(下部電極)の先端は曲面となっているのであり,ナットのねじ孔の内径とガイドロッドの外径との差が小さくなくとも,ガイドロッドとガイドピンの位置関係さえ適切に設定していれば,ナットの供給に支障が生じることはない。すなわち,ガイドピンの先端は平面ではなく,端部を最細部とする曲面であるため,ねじ孔の軸心とガイドピンの軸心が同軸でなくとも,ねじ孔の一部にガイドピンの先端が通りさえすれば,そのままねじ孔がガイドピンの曲面に沿って誘導され,最終的にナットは目的位置に位置決めされることとなるのであるから,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることが技術常識であるとの原告の主張は理由がない。
「電元社製品」に関する原告の主張も(これを技術常識ないし周知性立証の主張であると善解したとしても)失当である。
(ウ) 原告は,甲70を引用して,串刺し方式のナット供給装置において,ナットがガイドピンに正しくはまらないという問題が周知であったと主張する。
しかしながら,本件特許の出願時には加工精度により心振れは生じなくなっており,フラフープ現象なるものも生じることはなくなっていたし,適切な調整がなされていれば,甲70に記載されているような,「下部電極の心金上端に案内棒の下端が下降下限で接触」する(2欄24行~25行)などということは起こり得ない。
また,甲70に記載されている「方向性を必要とする四角ナットやTナット等に対してはフラフープ現象によりナットが一定方向のまま安定着地しないので,使用することができなかった。」(2欄32行~35行)との課題は,正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも,ガイドロッドの外径を僅かに小さくするとの構成により解決するものではない。
そもそも,甲70は,原告が主張する問題(課題)を解決する手段として,電磁石による磁力保持方式を採用したものであり,正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも,ガイドロッドの外径を僅かに小さくするとの構成については,記載も示唆もされてない。
したがって,原告が主張するナットとガイドロッドのはめ合いの隙間を小さくするなどという技術常識は存在せず,甲70から導かれるものでもない。
イ パーツフィーダにおいて異種ナットが混入する可能性について
パーツフィーダにおいて異種ナットが混入する場合があることは,本件特許の出願時に当業者が想定し得たことであるとの点に関し,被告も,当該課題そのものが公知であることを否定するものではない。
しかしながら,甲20に記載されているのはパーツフィーダにナットを投入する前の選別であり,パーツフィーダに正規寸法より小さいナットが混入した場合の課題及び解決手段を示唆するものではない。
甲31においては,「このゲートプレート51とプレート41aで囲まれた部分には,トラック11とは逆に軸方向外側に上向きの斜面をもつ滑降山部17が形成されており(第4図B参照),…すなわち表向き50aとM6未満のナット50は,ここで下方に落下させる。」(4頁5行~13行)と,トラック11に設けた滑降山部を用いて正規寸法より小さいナットを排除しており(実施可能性に疑問がないわけではないが),本件発明と課題の解決手段において大きく相違するものである。
(2) 甲15発明について
以上より,甲15発明には本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載も示唆もされていないことは自明である。
甲15には,確かに「摺動孔内には非磁性体製スピンドル摺動自在に嵌挿しスピンドルには其の中心を貫通して目的ナットの螺糸孔よりも稍小径の案内棒を嵌着して」(特許請求の範囲2)と記載されているが,当該「稍小径」との記載から,ガイドロッドの内径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも小さく設定されていることは理解できるが,ガイドロッドの内径の下限を正規寸法より小さいナットの内径より大きくするとの技術的思想が甲15に示唆されていると当業者が理解することは不可能である。
原告の主張は,誤った技術常識を前提とするものであり,当を得ない。
2 取消事由2(発明の明確性についての判断の誤り)について
原告の主張は争う。次のとおり,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eの明確性に欠ける点はなく,本件審決の判断に誤りはない。
(1) 構成要件Q及びEの解釈
本件明細書の【0004】に記載されているとおり,ナットのねじ孔の内径には規格があり,M10のナットが正規寸法である場合も,M8のナットが正規寸法である場合も当然存在するのであるから,これを特許請求の範囲において,一義的に数値で特定することは不可能である。したがって,本件特許においては,構成要件Q及びE記載のとおり,正規寸法を基準に相対的にガイドロッドの外径を特定しているのである。
そして,本件明細書の記載(【0004】及び【0009】)から,構成要件Q及びEにおけるガイドロッドの外径の特定は,「正規寸法ナットの内径>ガイドロッドの外径>正規寸法より小さいナットの内径」を意味するものであることは,当業者にとって自明である。
なお,発明を特定するための事項の意味内容や技術的意味の解釈に当たっては,請求項の記載だけではなく,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮すべきことは論をまたない。
(2) 原告の主張について
M6を正規寸法とする場合,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eにおける「正規寸法より小さいナット」がM5ナットを意味するものであることは自明である。M4ナットも正規寸法より小さいナットではあるが,M4ナットの内径よりも大きくとも同じく正規寸法より小さいナットであるM5ナットの内径よりガイドロッドの外径が小さいのであれば,「正規寸法より小さいナット(M5)の内径よりも大き」いとはいえないからである。
さらに,原告の主張するM5ナットA,M5ナットBも,いずれもM6ナットより小さいのであるから,内径がより大きいM5ナットBを「正規寸法より小さいナット」と解すべきことは自明である(ただし,均等侵害の可能性はもちろん別である。)。
原告は,被告の無効審判における答弁書の主張を取り上げて主張するが,原告の審判請求書における主張が,ピッチを0.8mmとするM5ナット(内径4.134mm)を前提とするものであったため,被告もピッチを0.8mmとするM5ナットを前提に反論したにすぎない。上記原告の主張は,被告の無効審判における主張の前提を無視したものであり,当を得ないものである。
また,原告は,ピッチが0.8mmのM5ナットを正規寸法とした場合,ピッチが0.5mmのM4.5ナットの内径との差が0.174mmしかないことを例に挙げ,ガイドロッドの正常な串刺し作用がなされるとは技術常識として考えられないとも主張するが,加工精度を向上すれば足りることであるし,そもそも明確性要件(特許法36条6項2号)との関連が明らかでなく,主張自体失当である。
第5当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載
証拠(甲60,61)によれば,次の記載が認められる(図面については,別紙「本件明細書の図」を参照)。
ア 技術分野
【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は,プロジェクションナットを供給する分野におけるものであり,供給ロッドのガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させて,ナット供給を行うものに関している。
イ 従来の技術
【0002】【従来の技術】円形のボウルに振動を与えてプロジェクションナットを送出するパーツフィーダとこのパーツフィーダからのプロジェクションナットをストッパ面に当てて所定位置に停止させ,その後,供給ロッドのガイドロッドをプロジェクションナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてプロジェクションナットを目的箇所へ供給する形式のものにおいては,前記ガイドロッドの外径がプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大幅に小さく設定されている。
ウ 発明が解決しようとする課題
【0003】【発明が解決しようとする問題点】パーツフィーダのボウル内へ入れられるプロジェクションナットは,常に同一寸法の正規のものばかりであればよいのであるが,搬送中に何等かの原因で正規寸法以外のものが混入することがある。たとえば,ねじ孔内径が8mmの正規寸法のナットを入れた部品箱とねじ孔内径が6mmの異常寸法のナットを入れた部品箱とを並べて自動車の荷台に積載しているようなときには,走行中に荷台が振動するとナットが跳ねて隣の部品箱に入ることがある。あるいは,作業者がまちがって異常寸法のものを正規寸法のところへ入れることもある。このような現象により異常である6mmのものがストッパ面に停止しても,ガイドロッドが細すぎるために串刺しにしてしまって通常通りに供給し,目的箇所の鋼板部品上に載置されてプロジェクション溶接がなされてしまう。このような現象が生じると,後工程でボルトを捩じ込もうとしても正規の8mm用ボルトが入らないというトラブルが発生する。
【0004】プロジェクションナットは製品の種類によって色々な寸法のものが採用されるのであるが,たとえば,自動車のドアーであればねじ孔内径が6mm,8mm,10mmといった3種類のナットが採用され,各ナットの高さや幅がねじ孔内径に応じて大きくなっており,ある箇所へのナットは8mmが正規のもので,他派異常寸法ということになる。このような状況であるので上記のようなトラブルに対処しなければならないことになるのである。
【0005】さらに,従来のプロジェクションナットの供給をシステムとして見てみると,パーツフィーダ側の送出コントロールと供給ロッドの構造・寸法との有機的な関連性が設定されていないので,異常寸法のナットに対する解決策が満足にとれていないという問題がある。
エ 発明の実施の形態
【0007】【発明の実施の形態】つぎに,発明の実施の形態を図示の実施例にしたがって説明する。まず,図2の供給ロッドの作動ユニットについて説明すると,固定電極1と可動電極2とが同軸上に配置され,固定電極1上に鋼板部品3が載置してあり,その上に置かれたプロジェクションナット4に可動電極2が密着して電気抵抗溶接がなされる。供給ロッドの作動ユニットは符号5で全般的に示されている。作動ユニット5は主として供給ロッド6とそれを案内するガイド管7と後述のパーツフィーダに接続されているナット供給管8および磁石9からなっている。
【0008】作動ユニット5の詳細構造を図1で説明すると,ガイド管7の端面10に矩形断面のナット供給管8の先端部分を密着させて溶接してある。ナット4は図3の二点鎖線図示のごとく正方形の形でねじ孔の軸線方向に所定の高さを有しており,このような形状のナットを表裏や向きを正しく維持するために,ナット供給管8は矩形断面とされている。ナット供給管8の先端部には仮止室11を形成する切欠き12が設けてある。ガイド管7の下部には切除部13によって平面14が形成され,この平面はナット供給管8の端面15と一連の同一平面を形成している。やや偏平な直方体をなした厚板状の磁石(永久磁石)9は,図1や図3から明らかなように平面14と端面15に押し付けた状態で固定されている。この固定方法の一例として,押え金具16をボルト17でねじ止めする方法を採用した。磁石9はやや厚い基板18に孔19を明け(原文ママ),そこに磁石20をはめ込み,左右から被覆板21,22を密着させたもので,溶接でこの密着がなされている。磁石20がナット4に対応した位置におかれ,被覆板22の表面がストッパ面28とされていて,ナットが磁石で吸着されて一時係止されていることにより,仮止室11内における位置決めがなされている。
【0009】ガイド管7内のガイド孔23内に挿入された供給ロッド6は,大径のロッド部24と小径でナット4のねじ孔29に進入するガイドロッド25からなり,両者の境界部に押出し面26が設けてある。ガイドロッド25の外径は正規寸法のナットのねじ孔29の内径よりもわずかに小さく設定してある。その寸法を例示すると,ガイドロッド25の外径は7.4mm,ナットのねじ孔内径は8mmである。また,ガイドロッド25の外径は正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されている。図1は,ナット4が磁石9に吸引されて仮止室11内に一時係止されている状態であり,このときにはガイドロッド25の軸心とねじ孔29の軸心とが同軸になっている。換言すると,このような同軸状態が得られるようにガイドロッド25の軸心とストッパ面28との間隔が設定されているのである。
【0010】供給ロッド6が進出してくると,ガイドロッド25がナット4のねじ孔内に進入して押出し面26でナット4を押し下げてゆき,ガイドロッド25の先端が固定電極1のガイドピン30の直近で停止すると,今度はナット4がガイドピン25を滑動してナットのねじ孔29がガイドピン30に嵌まり合うのである。供給ロッド6が進出中にナット4を押出し面26に接触させておくために,供給ロッド6の進出速度をナットの落下速度とほぼ同じかまたはそれよりも速く設定してある。なお,供給ロッド6の進退作動は,図2に示したようなエアシリンダ27で行わせるのが適当である。
【0011】つぎに,図6~図10にしたがってパーツフィーダ側について説明すると,円形のボウル31の内側に螺旋形の送出通路32が段状に形成され,この通路32にナット供給管8が連続的に接続されている。ボウル31の下側には起振部33が設置され,円弧方向と上下方向との合成振動をボウル31に伝達してナット送出を行うのである。計測手段34はパーツフィーダに設置されているもので,具体的には送出通路32に取り付けてある。図9,図10に計測手段の具体例が図示されており,L字型のゲージ部材35を鋼板を折り曲げて図9の符号36の箇所で溶接してある。このようにゲージ部材35によって閉断面状の形態になっており,図9のごとく正規寸法あるいはそれ以下のナット4は通過させるが,正規寸法よりも大きいナットは通過させないで排除するのである。この排除を行わせるために,ゲージ部材35の上流側端縁が傾斜部37とされ,正規寸法よりも大きいナット38が来たら,傾斜部37を摺動しながら送出通路32からずれてゆき,最後にはボウル31の底部へ転落する。図9の計測手段34はナット4の高さと幅の両方を計測する形式であるが,これを高さだけあるいは幅だけで選別することも容易に実施できる。
【0012】本発明の作動を説明すると,まず,正規寸法よりも大きいナット38が進んで来たときには,図10のようにして排除される。そして,正規寸法のナット4は図9および図10のごとく計測手段34を通過して図1のようにストッパ面28に一時係止されて,供給ロッド6の進出により前述のように正常な供給が果たされる。そのときの過渡状況は図4の通りであり,ねじ孔29とガイドロッド25との隙間はごく僅かであり,前述の例示寸法からすると片側の隙間は0.3mmである。
【0013】今度は,正規寸法以下のナットは計測手段34を通過して図5のようにストッパ面28に一時係止されるが,同図の二点鎖線図示の正規寸法のナットと異常ナットとの寸法差は符号Lで示されており,したがって,ねじ孔29もストッパ面28側に偏心していて,供給ロッド6が進出するとガイドロッド25の先端部がナットの上面に当たることになり,これによってナットは弾き飛ばされ,目的箇所へは供給されない。
オ 発明の効果
【0014】【効果】本発明によれば,パーツフィーダに設置した計測手段で正規寸法よりも大きいプロジェクションナットを予め排除しておき,正規寸法あるいはそれ以下のナットだけをストッパ面に到達させて位置決めを行い,その後,供給ロッドを進出させるものであるから,正規寸法のナットが一時係止されているときには正常なガイドロッドの串刺し作用がなされて,正しい部品供給がなされる。もし,正規寸法よりも小さいナットがストッパ面に一時係止されているときには,ねじ孔がストッパ面側へ偏心しているので,ガイドロッドの先端部がナットの上面かまたはねじ孔の角部に当たり,串刺し作用が生じることなくナットは弾き飛ばされてしまう。したがって,前述のような異常寸法のナットが目的箇所へ供給されたり,溶接されるようなことが回避できるのである。特に,パーツフィーダにおける計測機能と一時係止状態にあるナットへのガイドロッドの作動とが有機的に関連付けられているので,一連の作動がシステマティックに行われ,しかも正規寸法よりも小さいナットを排除するための特別な機構などが全く不要なので,装置の簡素化にとって非常に有利である。
【0015】ガイドロッドの外径は,正規寸法のナットのねじ孔内径よりもわずかに小さく設定してあるので,正規寸法よりも小さいナットに対してガイドロッドの先端部が確実に干渉して弾き飛ばしがなされ,信頼性の高い作動が実現する。
これは実施例について述べることのできる効果であるが,ストッパ面とガイドロッドの軸心との距離が,正規寸法のナットに合致させて設定してあるから,正規寸法よりも小さいナットは上記距離を下回り,しかもねじ孔の内径も正規のものよりも小さくなるので,ガイドロッドの先端部はナットを確実に弾き飛ばすことになるのである。
【0016】さらに,ガイドロッドの外径は,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔内径よりも大きく設定してあるから,仮にねじ孔の軸心とガイドロッドの軸心とが同軸になったとしても,串刺し作用はなされずに確実に弾き飛ばしがなされる。
【0017】計測手段は,送出通路に閉断面状の形態で設置されているので,ナットの高さあるいは幅で正規寸法またはそれ以下のものだけを通過させることが確実に達成でき,前述の一連の作動の初期の機能を高い信頼性のもとに果たさせることができる。
(2) 本件発明の内容
(1)の記載によれば,本件発明の内容は,次のとおりであると認められる。
ア 本件発明は,供給ロッドのガイドロッドをナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてナット供給を行うものに関する(【0001】)。
イ パーツフィーダの円形のボウルに振動を与えて送出したナットをストッパ面に当てて所定位置に停止させた後,供給ロッドのガイドロッドをナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させて,ナットを目的箇所へ供給するものにおいては,ガイドロッドの外径は,ナットのねじ孔の内径より大幅に小さく設定されている(【0002】)。
ウ ナットは,製品の種類によっていろいろな寸法のもの(例えば自動車のドアーであればねじ孔内径が6mm,8mm,10mmの3種類)が採用され,ある個所に使用されるナットは,ねじ孔内径が例えば8mmのものが正規寸法のものであり,他は異常寸法ということになるところ,パーツフィーダのボウル内へ入れられるナットは,常に正規寸法のものばかりとは限らず,何らかの原因で異常寸法のものが混入することがあり,正規寸法のナット(ねじ孔内径が8mm)に混入した異常寸法のナット(ねじ孔内径が例えば6mm)がストッパ面に停止した場合でも,ガイドロッドが細過ぎる(ガイドロッドの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径8mmより大幅に小さい)ので,そのナットを串刺しにして目的箇所に供給し,プロジェクション溶接がされてしまうため,後工程でボルトをねじ込もうとしても,正規寸法のナット用のボルトが入らないというトラブルが発生する(【0003】,【0004】)。
さらに,従来のナットの供給をシステムとしてみた場合,パーツフィーダ側の送出コントロールと供給ロッドの構造・寸法との有機的な関連性が設定されていないので,異常寸法のナットに対する解決策が満足に取られていないという問題がある(【0005】)。
エ 本件発明は,パーツフィーダに設置した計測手段で正規寸法よりも大きいナットをあらかじめ排除しておき,正規寸法のナット及びそれよりも小さいナットだけをストッパ面に到達させて位置決めを行い,その後,供給ロッドを進出させるようにしたことに加え,ガイドロッドの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも僅かに小さく設定されるとともに,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されるようにしたことにより,正規寸法のナットが一時係止されているときは,正常なガイドロッドの串刺し作用により部品供給が正しく行われる一方,正規寸法よりも小さいナットが一時係止されているときは,仮にねじ孔とガイドロッドとが同軸になったとしても,ガイドロッドの先端部がナットの上面部又はねじ孔の角部に当たってナットに確実に干渉するため,串刺し作用が生じることなく,ナットを弾き飛ばすので,異常寸法のナットが目的箇所へ供給されて溶接される事態を回避できるという効果を奏するものであり,特に,パーツフィーダにおける計測機能と一時係止状態にあるナットへのガイドロッドの作動とが有機的に関連付けられているので,一連の作動がシステマティックに行われ,しかも,正規寸法よりも小さいナットを排除するための機構が不要なので,装置を簡素化できるという効果を奏するものである(【0014】~【0016】)。
2 取消事由1(甲15発明の認定の誤り)について
(1) 甲15発明の認定について
原告は,本件特許の出願時の当業者の技術常識を考慮すれば,甲15には,本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているに等しいと主張するところ,その要点は,①串刺し方式のナット供給装置においては,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることが本件特許の出願時の当業者の技術常識であったから,案内棒6(甲15)の外径が正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きいという事項は,甲15の記載及び当業者の技術常識から自ずと導き出されるものである,②パーツフィーダに異種ナットが混入する場合があることは,本件特許の出願時に当業者が想定し得たことであるから,当業者は,甲15に記載されたナット供給装置において正規寸法よりも小さいナットが混入し,磁石7に吸引されて摺動孔4内の所定位置に停止することを導き出すことができた,③その場合,①の技術常識が適用されていれば,混入した正規寸法よりも小さいナットは,そのサイズ(外径)が正規寸法のナットのサイズ(外径)と同じでもそれより小さくても,案内棒6による串刺し作用を生じない結果,磁石7から外れ,案内棒6によって摺動孔4の前方の開口から弾き飛ばされる,との点にあると認められるので,以下,順次検討する。
ア ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間(前記①の点)について
(ア) 原告は,串刺し方式のナット供給装置は,本件明細書(【0002】)に従来技術として記載され,また,甲4,甲15及び甲57に記載されているように,本件特許の出願時において当業者に周知であり,かかるナット供給装置において,ナットを目的箇所に確実に供給するために,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることは,当業者の技術常識であったといえる旨主張する。
(イ) そこでまず,「串刺し方式のナット供給装置」なるものについて検討する。
a 甲15の記載事項
甲15には,以下の記載が認められる(図面は省略)。
「其の要旨とする所は…(中略)…スポツト溶接機(図示せず)の上下両電極1,2の軸芯に対して適宜角度α其の竪片を傾斜せしめた直角L型の非磁性体供給ヘツド3に竪軸芯に沿つた外側壁面が平面の摺動孔4と横軸芯に沿つた供給ナツトと同じ断面形状の通路溝9とをそれぞれ交叉するよう穿設し,交叉箇所外端部には磁石を其の表面が摺動孔4の外側壁面と同一平面上にあらしめるよう装着し…(中略)…,摺動孔4内には非磁性体製スピンドル5を摺動自在に嵌挿し,スピンドル5には其の中心を貫通して目的ナツトの螺糸孔(判決注:「螺子孔」の誤記と認める。)よりも稍小径の案内棒を嵌着してスピンドルの下降下限に於いて案内棒の下端が下部電極1の芯金1’上端に合致するようなし,通路溝9内には目的のナツト10を案内シュート11を介して導入して成る装置である。従つて導入ナツト群の最前端のものは其の側辺を磁石7に吸引されて摺動孔内に位置することになる。」(1欄31行~2欄18行)
「次に斯くなされた本発明ナツト供給装置の作用に就いて述べるに,…(中略)…スピンドル5が下降行程に入り其の下部に設けた案内棒6が第2図に示す如く直下のナツト10孔を貫通して其の下端が芯金1’に接触合致する迄下降する。すると磁石7により吸着係止されていた最前部のナツト10は案内棒に嵌まつた状態のまま押し下げられて磁石7による吸着係止から外脱し,第4図に示す如く案内棒6に沿つて辷り落ち芯金1’に自動的に嵌り込み,板金工作物12のナツト溶接個所に正しく一個だけ供給される」(2欄19行~31行)
以上の記載によれば,甲15に記載されたナット供給装置は,ナット(ナツト10)をストッパ面(磁石7の表面)に当てて所定位置に停止させ,その後,供給ロッド(スピンドル5)のガイドロッド(案内棒6)をナットのねじ孔(ナツト10孔)内へ串刺し状に貫通させてナットを目的箇所へ供給するものであり,具体的には,ナット(ナツト10)は,供給ロッド(スピンドル5)のガイドロッド(案内棒6)がナットのねじ孔(ナツト10孔)を貫通し,ガイドロッド(案内棒6)の下端がガイドピン(芯金1’)に接触合致するまで下降すると,磁石(磁石7)による吸着係止から外れ,ガイドロッドに沿って滑り落ちてガイドピンに自動的にはまり込むものと認められる。
b 甲57の記載事項
甲57には,以下の記載が認められる(図面は省略)。
「本発明を実施例の図面に就いて詳述すれば,フイダー(図示せず)から案内シユート2及び通孔1’を介して目的のナツトNを導入するようにした供給ヘツド1の上面に莢管3を螺着し,莢管3内にスリーブ4を摺動自在に嵌挿してその外周に発条5を被嵌し,該スリーブ4内に摺動自在に莢挿した細径スピンドル6を莢管3の上端に螺着したエアーシリンダー7のピストン桿8に連結し,エアーシリンダー7の作動によって,スピンドル6が下降し,次いでスリーブ4がピストン桿8に押圧されて下降するようなし,供給ヘツド1の下面には平面U字型の板発条9を設けて,スピンドル6直下位置で目的のナツトNを一時係止せしめるようになした」(2欄16行~29行)
「案内シユート2及び供給ヘツド1内通孔1’にあるナツトNは前進して其の最前部のものが其の中心をスピンドル6の中心に合致して板発条9上に載置される。此処で又エアーシリンダー7を下向きに作動させるとスピンドル6は最前部ナツトNの中心孔を串刺しにして降下し,スピンドル6の底端が下部電極の芯金B1に接触すると続いてピストン桿8がスリーブ4を押圧して,板発条に一時係止されているナツトNを離脱させるのである。すると該スピンドル6に嵌まつたナツトNは第4図に二点鎖線で示す如くスピンドル6に沿つて辷り落ち芯金B1に自動的に嵌まり込み,板金工作物Aのナツト溶接個所に正しく一個供給される」(2欄最終行~3欄13行)
「案内シユート2を介して送られる目的のナツト等を,スピンドル6の直下で一時的に係止するのに本発明では板発条9を使用しているが之に代え,第5図に示す如く当該個所に磁石10を設け,該磁石10によつて一時的に磁着させるか(この場合,ヘツド1及びスピンドル6は銅合金の如き非磁性体材料で造られる)又は其の他の機構によつて一時的に係止するようにしても同様の効果が得られる」(4欄2行~10行)
以上の記載によれば,甲57に記載されたナット供給装置も,ナット(ナツトN)をストッパ面(磁石10の表面)に当てて所定位置に停止させ,その後,供給ロッド(ピストン桿8)のガイドロッド(スピンドル6)でナットのねじ孔(ナツトNの中心孔)内へ串刺し状に貫通させてナットを目的箇所へ供給させるものであり,具体的には,ナット(ナツトN)は,供給ロッド(ピストン桿8)のガイドロッド(スピンドル6)がナットのねじ孔(ナツトNの中心孔)を貫通し,ガイドロッド(スピンドル6)の底端が固定電極(下部電極)のガイドピン(芯金B1)に接触するまで降下すると,磁石(磁石10)による一時的な磁着から離脱し,ガイドロッドに沿って滑り落ちてガイドピンに自動的にはまり込むものと認められる。
c 甲70の記載事項
他方,甲70には,以下の記載が認められる(図面は省略)。
「この考案はスポット溶接機へナツト(溶接用ナツト)を自動供給する装置に関する。」(1欄34行~35行)
「従来この種の方法及び装置において,例えば特公昭47-41655号公報(判決注:甲15)の技術的思想は一旦待機しているナツトをそのナツトのねじ内径よりやゝ小径の非磁性体の案内棒によりナツトのねじ内径を貫通して,そのナツトを案内棒より重力を利用して,これを下部電極の心金まで移動する間に案内棒よりナツトの自重によりナツトを辷り卸すようにしたナツト供給方法,いわゆる重力利用の串刺し案内方法及び装置であることは公知技術であるが,この重力利用の串刺し案内方式においては,磁石により一旦待機しているナツトを案内棒により貫通しながら串刺してその磁石より離脱するときに,ナツトに回転力が生じたりして案内棒にからみつくようなフラフープ現象をおこしながら案内棒に沿って辷り落ち,とくにM4等の細径ナツトにおいてはこれに対応する案内棒自身の外径がきわめて細いためにスピンドルの下降に伴つて発生する振動により,案内棒の先方に心振れを起すと共にフラフープ現象とあいまつてそのナツトの辷り落ちる時間の異同がはげしいので,このため下部電極の心金上端に案内棒の下端が下降下限で接触して,上昇の復帰時にナツトがタイミングをはずしく(原文ママ)案内棒を辷り落ちるので,心金に供給する以前にナツトが落ち,心金に確実に嵌合しないという本来の送給機能を十分に発揮し得ないという欠点があり,…(中略)…さらに重力利用の串刺し案内方式であるから,…(中略)…貫通孔のないナツト等を供給することができないという欠点…(中略)…があつて」(2欄4行~3欄4行)
「この考案は上記の欠点を解消するためになされたもので,ナツトを溶接機の下部電極のガイドピンに,一定の方向性をもつて確実,且つ迅速に供給して安全着地させるナツト自動供給装置を提供することを目的とし,その要旨は,傾動自在に取り付けたスリーブ4内に磁性体ロツド2を設け,該磁性体ロツドをその前進行程において磁化させる電磁コイル5を該磁性体ロツドの周囲に同心的に配設し,該磁性体ロツドの外周に設けたスリーブ6に該磁性体ロツドの特定の摺動位置で前記電磁コイル5の通電を停止させる開閉器を取り付けると共に,該磁性体ロツドの通路となる前記ナツト送給用シユートの先端部分に,ナツトの供給時に開口するシヤツタ9を設けたことにある。」(3欄11行~24行)
「磁性体ロツド2はナツトのねじ内径よりも太径に形成され,円錐先端面を持ち,この円錐先端にナツト吸着面3が形成されている。」(3欄34行~36行)
「次にこの考案の作用を説明する。通常磁性体ロツド2は上死点位置にあり,先端部はスリーブ6内に収容され,電磁コイル5には通電されていない。
シユート10を滑落してきたナツト13はストツパ15とシヤツタ9によつて保持され待機している。
…(中略)…
シリンダー1の作動で磁性体ロツド2が前進を開始すると共に,電磁コイル5に通電される。コイル5の励磁によつて磁性体ロツド2は磁化されナツト13はナツト吸着面3に吸着・保持される。この場合,ナツト吸着面3は円錐状に形成されているので,ナツトねじ孔の大小にかかわらず正確にセンタリングして吸着・保持される。
磁性体ロツド2が前進を開始するときに流体シリンダ16に連結されたシヤソタ9(原文ママ)が開放され,第3図に示すように磁性体ロツド2はナツト13をナツト吸着面3に所定の向きで保持しながらガイドピン14に向けて前進する。吸着ナツト13がガイドピン14に近接した位置でガイド8がリミツトスイツチ7を操作して電磁コイル5への通電が停止し,吸着を解除されたナツト13はガイドピン14に嵌入して被溶接材50上に位置する。」(4欄9行~40行)
「ナツト吸着面3を円錐形状にこだわることなく第2図に例示するように斜円柱形状2aとしてナツトを吸着・保持してもよい。」(6欄2行~4行)
「この考案は上記のように電磁コイルにより磁性体ロツドをその前進行程において磁化することによりロツド先端部にナツトを吸着・保持して被溶接材の所定位置まで移送供給し,吸着・保持を解除してナツトを強制的に所定の向きを維持して安定着地させるものであるから,従来の重力利用の串刺し案内方式のように下部電極に案内棒が当接の要なく,離れていても作業が可能であるから,孔なしの袋ナツト等にも使用できる。…(中略)…さらにまた,重力利用の串刺案内方式ではフラフープ現象を起したり,案内棒の心振れを発生したりしてナツトを確実に供給することができなかつたが,電磁コイルにより磁化した磁性体ロットを使用するこの考案においては正確かつ迅速にナツトを供給できる」(6欄5行~21行)
d 甲51(特公昭56-10134号公報)の記載事項
また,甲51には,以下の記載が認められる(図面は省略)。
「本発明は,シユートに沿つて一定の向きに整列給送される溶接ナツトを1個ずつスポツト溶接機の電極位置に供給するための自動供給装置に関し,とくに一連の自動組立ラインにおける生産の流れにむだなく一定の供給速度で確実に正しい位置に供給できる溶接ナツト自動供給装置の提供を目的とするものである。
一般にこの種供給装置は,たとえばシユートを滑降して給送されるナツト群を先頭のナツトから一つずつシユート終端部に設けたナツト停止具(ヒンジ板またはマグネツトなど)により一旦停止せしめ,上方から目的位置の電極上面に到達移動するプツシユ・ロツドによりそのナツトの内径を串刺ししてナツトを前記ロツドに沿つて辷らせ,電極に供給する目的および構成のものが種々量産工場において採用されている。
しかし,従来の装置は…(中略)…自動組立ラインにおける生産活動能力に直接関係の深い送給速度・時間の異同に関連した種種の問題を提供する。
すなわち,串刺しにされたナツトは前記ロツドを一定の速度で降下せず,回転しながら辷り落ちるので,その降下速度に異同が生じる。これに伴つて次の溶接作業工程に適正化された加圧・通電開始時にまだナツトが供給されていなかつたりして溶接不良に起因する事故も往々にして発生する惧れがあつた。」(2欄7行~35行)
「シユート1を通つて送給されてくるナツト群の中から先頭のナツトNを1個ずつ一旦停止せしめるようになし前記シユート1の終端部とその斜め上方から交差するように流体圧シリンダ3を装置するとともに,引戻し状態にある前記シリンダ内のプツシユ・ロツド4の先端面5と前記シユート終端部の交差するところには,前記ロツド4と磁気回路を構造するための永久磁石6を設け,上,下電極7,8間に対向して前進する際に,前記ロツド4を磁化せしめてナツトNを吸着・保持せしめるようになしている。
ナツトNはロツド4の下端に吸着・保持される際にそれぞれの中心を出来るだけ合致させることが安定な吸着・保持を行なうために必要である。したがつて,該ロツド4の下端にはナツトNをロツド4の中心に正しく位置決めするためのガイド9が取りつけ,取りはずしできるように設けられており,該ガイド9はナツトNの吸着・離脱特性をよくするために,真鍮またはステンレス等の非磁性部材から形成されている。
したがつて,前記磁石6の磁界区域を通過するときに,前記ロツド4の先端面に生じる磁気吸着力によつてナツトを吸着する。
実際に,前記ロツド4が流体圧シリンダ3の動作によりわずかに降下した際,前記ロツド先端面5のガイド9がナツトNを位置決めし,同時に前記磁石6により磁化された前記ロツドの先端面5にナツトNを吸着するようになし,前記ロツド4とともにナツトNを電極8上面に前進,移送する。
ここで,とくに前記ロツド先端面5に吸着したナツトNを効果的に自重落下させるために考究された手段は次の通りである。
すなわち,前記ロツド4の先頭部4aを磁性体の部材にし,またその後頭部4bを非磁性体の部材とに分けて形成し,ナツトNを所定の位置まで吸着・移送する間は,前記磁石6の個所を磁性部材からなるロツド先頭部4aが通過して十分な磁気吸着力を得てナツトを吸着・保持し,ナツトNが所定の目的位置に到達したときには,磁性部材のロツド先頭部4aが前記磁石6の箇所をすでに通過しており,前記磁石6の箇所にはロツドの非磁性部材4bが位置するため,前記ロツド先頭部4aの磁気吸着力はほとんど失われており,ナツトの保持が解除されて,ナツトを自重で落下させることができる。」(3欄17行~4欄17行)
「このような簡単な機構によつて従来の串刺し方式の場合の,ナツトが串刺しロツドを回転しながら辷り落ちるために生ずる降下速度のバラツキのごとき問題を全く解消した。」(4欄29行~32行)
e 以上の各記載に基づいて検討するに,甲15及び甲57に記載された各ナット供給装置は,供給ロッドのガイドロッドがナットのねじ孔を串刺し状に貫通し,ガイドロッドの先端が固定電極のガイドピンに接触するまで下降すると,ナットが磁石による一時係止から離脱し,ガイドロッドに沿って滑り落ちてガイドピンに自動的にはまり込むものであり,かかる方式(以下「滑り落とし供給方式」という。)のナット供給装置では,磁石による一時係止から離脱したナットは,供給ロッドのガイドロッドに沿って滑り落ちることでガイドピンまで移動するから,供給ロッドのガイドロッドがナットのねじ孔を串刺し状に貫通していることは,ナットの供給に必要不可欠であると認められる。
これに対し,甲70及び甲51に記載された各ナット供給装置は,滑り落とし供給方式のナット供給装置では,ナットをガイドロッドに沿って移動させるのに重力を利用しているため,ナットが回転しながら滑り落ちてガイドロッドに絡み付くフラフープ現象を起こしたり,ガイドロッド先端が心振れを起こしたりすると,ナットがガイドロッドに沿って滑り落ちるのに要する時間が変動するので,ガイドロッドの先端が下降して固定電極のガイドピン上端と接触し,その後に上昇に転じるタイミングとナットがガイドロッドに沿って滑り落ちるタイミングとが合わなくなる結果,ナットがガイドピンにはまらなくなるとの欠点があることから,この欠点を解消するために,ガイドロッドをナットのねじ孔内に串刺し状に貫通させてナットを供給する代わりに,供給ロッドの先端の吸着面にナットを磁力で吸着・保持し,供給ロッドを固定電極のガイドピンに向けて前進させ,ガイドピンに近接した位置でナットの吸着を解除することで,ナットをガイドピンにはめる方式(以下「吸着移送供給方式」という。)を採用したものである。かかる方式のナット供給装置では,ナットは,供給ロッドの先端の吸着面に磁力で吸着・保持されたままガイドピンまで移動するから,ナットのねじ孔を串刺し状に貫通する部材を供給ロッドの先端に設ける必要はないが,仮にこれが設けられているとしても,それは,ナットの位置決めに用いられる位置決め部材であり,ナットの供給に必要不可欠なものであるとはいえない。
すなわち,甲70に記載されたナット供給装置では,供給ロッド(磁性体ロツド2)はナットのねじ内径よりも太径に形成され,その先端に形成された吸着面(ナツト吸着面3)は円錐形状でも斜円柱形状でもよいとされており(3欄34行~36行,6欄2行~4行),ナットを吸着・保持する供給ロッド自体がナットのねじ孔内を串刺し状に貫通する必要はない。もっとも,甲51に記載されたナット供給装置のように,ナットの中心とガイドロッド(ロツド4)の中心とを出来るだけ合致させるために,供給ロッドの先端の吸着面(ロツド4の先端面5)に,ナットのねじ孔内に挿入される位置決め部材(ガイド9)を設けることもでき,この位置決め部材は,ナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通する程度の長さにすることもできる(例えば,甲69〔実公平3-53813号公報〕記載の装置がこれに当たる。)が,かかる構成は必須の構成であるとはいえない。
以上のとおり,ナット供給装置がその供給ロッドの先端に,ナットのねじ孔を串刺し状に貫通する部材を備えているとしても,そのナット供給装置が滑り落とし供給方式か吸着移送供給方式かによって,その部材がナットの供給に必要不可欠か否かが変わるのであるから,その部材が持つ技術的意義や課題についても,そのナット供給装置が両方式のいずれかによって異なることが明らかである(例えば,滑り落とし供給方式のナット供給装置では,供給ロッド先端に設けられたガイドロッドは,ナットの吸着係止位置付近からガイドピンにまで達する長さを有する。このように長いガイドロッドは振動しやすいから,先端が心振れを起こしやすく,その結果,ナットがガイドロッドを滑り落ちるのに要する時間の変動は大きくなる。また,ナットが滑り落ちる距離が長い分,フラフープ現象によりナットの滑り落ち速度が少し変化しただけでも,ナットがガイドロッドを滑り落ちるのに要する時間は大きく変動することになる。これに対し,吸着移送供給方式のナット供給装置では,ナットは,供給ロッドの先端の吸着面に磁力で吸着・保持されてガイドピンに近接した位置まで移動する。供給ロッドの先端に位置決め部材が設けられ,それがナットのねじ孔を串刺し状に貫通している場合,ガイドピンに近接した位置で吸着を解除されたナットは,ガイドピンにはまる際に位置決め部材を滑り落ちることになる。ここで,位置決め部材の長さは,ガイドピンに近接した位置からガイドピンに達する程度のものにすぎないから,滑り落とし供給方式のナット供給装置のガイドロッドに比べてはるかに短い。その結果,吸着移送供給方式のナット供給装置のガイドロッドに比べて振動しにくく,先端の心振れが起こりにくいし,フラフープ現象によりナットの滑り落ち速度が変化したとしても,ナットが滑り落ちる距離が短い分,ナットが位置決め部材を滑り落ちるのに要する時間の変動も小さくなる。このように,吸着移送供給方式のナット供給装置のガイドロッドと,吸着移送供給方式のナット供給装置の位置決め部材とでは,生じ得る技術的課題も異なることになる。)。
ところで,甲4に記載されたナット供給装置は,スピンドル(供給ロッドに相当する。)の先端にナットのねじ孔を串刺し状に貫通するノーズピンを有するものの(7頁の図),吸着移送供給方式を採用するものであって(4頁2行~5行),甲15及び甲57に記載された各ナット供給装置(いずれも滑り落とし供給方式)とは方式を異にすることが明らかである。そうすると,甲4に記載されたナット供給装置のスピンドル先端のノーズピンは,ナットを位置決めする位置決め部材であって,これを,甲15及び甲57に記載された各ナット供給装置の供給ロッド(甲15のスピンドル5,甲57のピストン桿8)先端のガイドロッド(甲15の案内棒6,甲57のスピンドル6),すなわち,ナットがそれに沿って滑り落ちてガイドピンに自動的にはまり込むガイドロッドと同一視することはできない。
そうすると,そもそも,甲4,甲15及び甲57のそれぞれに記載されたナット供給装置を同列に並べて,「串刺し方式のナット供給装置」なる装置が本件特許出願時において当業者に周知であるか否かを論じることはできないというべきである。
(ウ) 次に,原告は,甲4の記載に基づいて,ガイドロッドと固定電極のガイドピンとの関係位置を調整することによってナットをガイドピンに確実にはめることができるようになるには,ナットのねじ孔の内径とガイドロッドの外径との差が小さいこと,すなわち,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間が小さいことが前提となるから,串刺し方式のナット供給装置でナットを目的箇所に確実に供給するために,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることは当業者の技術常識であると主張する。
しかしながら,甲4に記載されたナット供給装置は,前記のとおり吸着移送供給方式であるから,そのスピンドル(供給ロッド)の先端に設けられたノーズピンは,ナットを位置決めする位置決め部材であり,供給ロッド先端のガイドロッド(ナットがそれに沿って滑り落ちて芯金に自動的にはまり込むもの)ではない。
したがって,仮に原告が主張するように,甲4の記載から,ナットとノーズピンのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることが当業者の技術常識であると認められるとしても,それは,吸着移送供給方式のナット供給装置の供給ロッドの先端に設けられた位置決め部材についての技術常識にとどまるものである。
そうすると,方式を異にする滑り落とし供給方式のナット供給装置において,ナットと供給ロッド先端のガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることが当業者の技術常識であるかは不明というほかない。
(エ) また,原告は,電元社製品においても,本件特許の出願前から,ノーズピンの外径が正規寸法のナットのねじ孔内径よりも僅かに小さく設定されているとともに,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されていたとも主張する。
ここで,原告主張の「電元社製品」とは,平成18年5月29日付け被告宛て電元社書簡(甲33)で言及され,同書簡に資料2ないし4として添付されたノーズピン製作部品図(甲41の1~3)に記載されたノーズピンを採用している電元社製溶接ナットフィーダのことであると認められるところ,甲33の2頁11行ないし14行の記載によれば,電元社製品は,同書簡に資料1として添付された特公昭56-10134号公報(甲51)に記載されたナット供給装置の実施品であるから,吸着移送供給方式を採用した装置であり,そのノーズピンは,ナットを位置決めする位置決め部材である。
したがって,仮に原告が主張するように,電元社製品のノーズピンの外径が正規寸法のナットのねじ孔内径よりも僅かに小さく設定されているとともに,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されているとしても,甲15に記載された滑り落とし供給方式のナット供給装置の供給ロッド(スピンドル5)先端のガイドロッド(案内棒6)の外径が正規寸法のナットのねじ孔内径よりも僅かに小さく設定されているとともに,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されているか否かは不明というほかない。
(オ) また,原告は,串刺し方式のナット供給装置ではフラフープ現象が発生するため,ナットがガイドピンに正しくはまらないという課題があることは甲70で指摘されているように当業者に周知であり,当業者はナットをガイドピンに確実にはめるためにはナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできる限り小さくする方が良いことを技術常識の一つとして経験的に認識しているとも主張する。
しかしながら,甲70には,甲15に記載された重力利用の串刺し案内装置(滑り落とし供給方式のナット供給装置)について,フラフープ現象が起きる旨の記載はあるが(2欄4行~19行),ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間が大きくなるほどフラフープ現象が顕著になる旨の記載はない。
原告は,上記主張の根拠として,甲70における「ナツトに回転力が生じたりして案内棒にからみつくようなフラフープ現象をおこしながら案内棒に沿って辷り落ち,とくにM4等の細径ナツトにおいてはこれに対応する案内棒自身の外径がきわめて細いためにスピンドルの下降に伴つて発生する振動により,案内棒の先方に心振れを起すと共にフラフープ現象とあいまつてそのナツトの辷り落ちる時間の異同がはげしい」(2欄16行~24行)との記載を引いているが,これは,M4ナットのような細径ナットのねじ孔を串刺し状に貫通するには,ガイドロッド(案内棒)もそれ相応に細くなければならないという当然のことを述べているにすぎず,ナットとガイドロッド(案内棒)のはめ合いの隙間の大小について何ら言及するものではない。
(カ) 以上のとおり,原告の主張はいずれもその根拠を欠くものといわざるを得ず,滑り落とし供給方式のナット供給装置において,ナットとガイドロッドのはめ合いの隙間をできるだけ小さくすることが本件特許の出願時における当業者の技術常識であったと認めることはできない。
したがって,案内棒6(甲15)の外径が正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きいという事項は,甲15の記載及び当業者の技術常識から自ずと導き出されるものであるとはいえないから,前記①の点は採用できない。
イ 異種ナットの混入(前記②の点)について
(ア) 原告は,パーツフィーダに異種ナットが混入する場合があることは本件特許の出願時に当業者が想定し得たことであるから,当業者は甲15に記載されたナット供給装置において正規寸法よりも小さいナットが混入し,磁石7に吸引されて摺動孔4内の所定位置に停止することを導き出すことができたと主張し,その根拠として,甲20,甲31及び甲4を挙げる。
(イ) そこで検討するに,甲20には,以下の記載が認められる。
「整列された部品のみ通過させるためのゲートの形状は,ちょうど姿ケージのようなもので,整列された部品のシルエットよりやや大きめの切欠きにしてある。
この方法で問題となるのは,類似形状でサイズが異なるような異種部品が混入している場合である。その大きいものはゲートでひっかかりシュートへ送り出されないが,ゲートの切欠き形状を通過するような小さいものは,整列された部品と同様,シュートへ送り出されるので,そのようなおそれのある部品については,あらかじめ選別しておく必要がある。」(54頁右欄30行~39行)
この記載からは,類似形状で寸法が異なる異種部品が混入する場合があること,その場合には,正規寸法より小さいものをあらかじめ選別しておく必要があることを理解することができる。
(ウ) また,甲31には,以下の記載が認められる。
「この考案は主として溶接ナツト(プロジエクシヨンナツト)の表裏及び大小を選別して整列した後,溶接ナツトの大小に応じて複数の排出口から各々別個に,連続的又は間欠的にスポツト溶接機等へ送給するパーツフイーダのボウルに関する。」(1頁15行~19行)
「この考案は…(中略)…一個のボウルで二種類以上の溶接ナツト等を選別でき,溶接ナツト等の大小に応じて各々別個の排出口から送給できるパーツフイーダのボウルを提供することを目的とする。」(2頁5行~9行)
「第一ガイドプレート41と第一ゲートプレート51と滑降山部17とから,所望向き(例えば裏向き50b)とサイズ(例えばM6以上)とが選別できる配列になつている。すなわち表向き50aとM6未満のナツト50は,ここで下方に落下させる。」(4頁8行~13行)
「第一ガイドプレート41に達したナット50群のうち,特大ナツト(例えばM10以上)は溝41cに接触し不安定な状態となり落下し,M8以下のナツトが溝41cを通過し滑降山部17に達する。滑降山部17においては,ナツトの自重とボウル1の振動により,所望する例えばM6のナツト及びM6の表向き50aのナツトは,滑降山部17の斜面を内側に向かつて滑り落ち,…(中略)…除去される。一方,M6の裏向き50b及びM8以上のナツトは…(中略)…通過する…(中略)…。すなわち,ここで裏向き50bでM6及びM8以上のナツトのみが通過され,他は落下される。」(7頁15行~8頁9行。なお,「所望する例えばM6のナツト」は「M6未満のナツト」の誤記と認められる。)
「第四ガイドレール34を通過したナツト50群は,第五ガイドレール35を通過した後開口61に達し,チエツクゲート62にて小ナツトM6のみが選択されて排出口6から裏向き状態で,連設するスポツト溶接機等…(中略)…に送給される。」(9頁3行~8行)
「チエツクゲート71にて裏向き50bでM8のナットのみ選別されて排出口7から同様にしてスポツト溶接機等…(中略)…に送給され,他はすべて落下される。」(10頁4行~8行)
以上の記載によれば,甲31には,例えばM6未満のナットからM10以上の特大ナットまでが混在する中から,所望の向きと寸法のナット(例えば,裏向きのM6ナット及び裏向きのM8ナット)のみを選別し,スポット溶接機に送給するための具体的な構成を備えたボウルが記載されているものと認められる。
(エ) さらに,甲4の「9.故障と対策」の項(15頁)には,「(C)シュートレールの途中でナットがひっかかる」という故障の対策として,「3 異種ナットが混入していないでしょうか」との記載があり,シュートレールの途中でナットが引っ掛かった場合には,異種ナットが混入していないか確認することとされている。
この記載から,シュートレールの途中でナットが引っ掛かることの原因の一つとして,異種ナットの混入が考えられることは理解できるが,逆に,異種ナットが混入したときに,それが送給装置にまで到達し,さらにスピンドル先端の所定位置に停止することについては,言及がなく,ほかにそのような事態が生じることを示唆する証拠はない。
(オ) 以上のとおり,正規寸法より小さいナットはあらかじめ選別しておく必要があるとされており(前記(イ)),それを可能にする構成,すなわち,寸法が互いに異なる複数種類のナットが混在する中から所望の寸法のものだけを選別する具体的な構成も知られており(前記(ウ)),しかも,正規寸法以外のナットが供給されると,途中で引っ掛かって,送給装置にまで到達しない可能性があることが知られている(前記(エ))のであるから,当業者であれば,甲15に記載されたナット供給装置においても,正規寸法以外のナットが供給され,途中で引っ掛かって送給装置まで到達しない事態を避けるために,正規寸法より小さいナットをあらかじめ選別する手段を設けることを当然に考えるというべきである。
そして,そのような手段を設けた場合,甲15に記載されたナット供給装置において,正規寸法より小さいナットが磁石7に吸着係止されることは,想定外の異常事態であるというべきである。
したがって,パーツフィーダに異種ナットが混入する場合があること自体は,本件特許の出願時に当業者が想定し得たことであるといえるが,当業者は,甲15に記載されたナット供給装置において正規寸法よりも小さいナットが混入し,磁石7に吸引されて摺動孔4内の所定位置に停止することを導き出すことができたとはいえないから,前記②の点も採用できない。
ウ ナットの弾き飛ばし(前記③の点)について
前記のとおり,案内棒6(甲15)の外径が正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きいという事項は,甲15の記載及び当業者の技術常識から自ずと導き出されるものであるとはいえないし,当業者は,甲15に記載されたナット供給装置において正規寸法よりも小さいナットが混入し,磁石7に吸引されて摺動孔4内の所定位置に停止することを導き出すことができたということもできない。
そうすると,混入した正規寸法よりも小さいナットは,そのサイズ(外径)が正規寸法のナットのサイズ(外径)と同じでもそれより小さくても,案内棒6による串刺し作用を生じない結果,磁石7から外れ,案内棒6によって摺動孔4の前方の開口から弾き飛ばされるとの原告の主張(前記③の点)は,その前提を欠くものであって,採用できない。
エ 以上によれば,甲15には,本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているに等しいということはできず,この点に関する原告の主張は採用できない。
(2) 進歩性の判断について
原告は,甲15に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているに等しいといえることを前提として,本件発明2の相違点3に係る構成とすることは,甲15に記載されているに等しい事項を甲14発明に適用することにより当業者が容易になし得ることであると主張する。
しかし,前記のとおり,甲15に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているに等しいということはできないから,原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用できない。
また,甲14発明は,送出杆11の先端部をナットwのねじ孔12内に係合させてナットwを目的箇所へ供給する形式のものであって(甲14の【0023】等),(磁力で吸着・保持するかは必ずしも明らかでないものの)吸着移送供給方式のナット供給装置であると認められるのに対し,甲15に記載されたナット供給装置は,滑り落とし供給方式の供給装置であることからすると,甲15にどのような事項が記載されているにしても,それは,滑り落とし供給方式の供給装置を前提とするものであって,吸着移送供給方式のナット供給装置である甲14発明に直ちに適用できるものとは認められない。かような意味においても,原告の主張は採用できないものといわざるを得ない。
(3) 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
(4) なお,被告は,甲15に本件発明2の構成要件Eに相当する構成が記載されているとの主張は,本件訴訟において原告が初めてした主張であり,無効審判において実質的に審理判断された事実もないから,原告主張の取消事由1は,そもそも最高裁判例(最高裁大法廷昭和51年3月10日判決・メリヤス編機事件)に抵触し,本件訴訟の審理範囲とならない旨主張する。
しかし,原告の主張は,飽くまで甲14発明との対比において本件発明2の進歩性の有無を論じるものであり,この点において何ら無効審判手続における主張と変わるものではなく,また,本件審決自体が,本件発明2の構成要件Eに相当する構成(相違点3)が甲15に開示されているか否か(記載ないし示唆があるか否か)を具体的に論じてその結論を導いている以上,審決の判断の誤りを指摘するために上記の主張をしても何ら問題はなく,上記最高裁判例に抵触するものではないというべきである。
3 取消事由2(発明の明確性についての判断の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eは,いずれもその意味するところが不明確であり,本件明細書の記載を考慮しても当該記載の意味内容を明確に把握することができないから,本件発明1ないし4は明確でないと主張する。
そこで検討するに,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eは,いずれも,「ガイドロッドの外径」が「正規寸法のプロジェクションナットのねじ孔の内径よりもわずかに小さく設定されていると共に正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されて」いることを特定するものである。
そして,本件発明は,ガイドロッドの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも僅かに小さく設定されるとともに,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されるようにしたことにより,正規寸法のナットが一時係止されているときは,正常なガイドロッドの串刺し作用により部品供給が正しく行われる一方,正規寸法よりも小さいナットが一時係止されているときは,仮にねじ孔とガイドロッドとが同軸になったとしても,ガイドロッドの先端部がナットの上面部又はねじ孔の角部に当たってナットに確実に干渉するため,串刺し作用が生じることなく,ナットを弾き飛ばすので,異常寸法のナットが目的箇所へ供給されて溶接される事態を回避できるという効果を奏するものである(前記1(2)エ)。
ところで,本件発明は,供給ロッドのガイドロッドをナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させてナットを目的箇所へ供給する形式のものであるから(本件発明1の構成要件O,本件発明2の構成要件C),ガイドロッドは,供給しようとするナット(正規寸法のナット)のねじ孔を貫通できなければならない。そのようなガイドロッドの外径には上限があり,それが正規寸法のナットのねじ孔の内径であることは明らかである。したがって,ガイドロッドの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも小さく設定されていることの趣旨は,正規寸法のナットのねじ孔を貫通できるガイドロッドの外径の上限を特定することにあると理解することができる。
ここで,ナット供給装置の組立誤差,ガイドロッドやナットのねじ孔などの加工精度,供給ロッド及びガイドロッドが進出する際の機械的振動などを考慮すれば,ガイドロッドをナットのねじ孔内へ串刺し状に貫通させるためには,ガイドロッドとナットのねじ孔との間にある程度の隙間が必要であることは明らかであるから,構成要件Q及び構成要件Eにおいて,ガイドロッドの外径が正規寸法のナットのねじ孔の内径よりも「わずかに」小さいとされているのは,そのような隙間が確保されていることを特定する趣旨と解される。
他方,本件発明が,正規寸法よりも小さいナットが一時係止されているときは仮にねじ孔とガイドロッドとが同軸になったとしても,ガイドロッドの先端部がナットの上面部又はねじ孔の角部に当たってナットに確実に干渉するため,串刺し作用が生じることなく,ナットを弾き飛ばすという効果を奏するのは,ガイドロッドが正規寸法よりも小さいナットのねじ孔よりも太いため,ガイドロッドがナットのねじ孔を貫通できない(ナットのねじ孔に入らない)からである。正規寸法よりも小さいナットのねじ孔よりも太いガイドロッドの外径には下限があり,それが正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径であることは明らかであるから,ガイドロッドの外径が正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されていることの趣旨は,正規寸法よりも小さいナットのねじ孔を貫通できないガイドロッドの外径の下限を特定することにあると理解することができる。
以上のとおりであるから,構成要件Q及び構成要件Eは,ガイドロッドの外径の上限を正規寸法のナットのねじ孔の内径との関係で特定し,ガイドロッドの外径の下限を正規寸法よりも小さいナットのねじ孔の内径との関係で特定するものであることを理解することができる。
したがって,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eは,いずれも明確である。
(2) 原告の主張について
ア 原告は,本件発明1の構成要件Q及び本件発明2の構成要件Eの記載がガイドロッドの外径の上限の設定値と下限の設定値を意味するとしても,例えば,下限値についてみた場合,一般に「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」は複数種類存在する(M6ナットを正規寸法とすれば,M5ナットもM4ナットも存在する)から,その下限値を設定する「正規寸法よりも小さいプロジェクションナット」が,正規寸法よりも小さいどのようなナットを意味するのかは不明であると主張する。
しかしながら,正規寸法のナット(M6ナット)よりも小さいナットが複数種類存在する(M5ナット及びM4ナットがある)ときに,ガイドロッドの外径をそれらのナットのうちの小さい方(M4ナット)のねじ孔の内径よりも大きく設定しただけでは,大きい方(M5ナット)のねじ孔の内径よりも大きく設定したことにはならないから,「ガイドロッドの外径」が「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されて」いるということはできない。
すなわち,「ガイドロッドの外径」が「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されて」いるといえるのは,ガイドロッドの外径が正規寸法よりも小さい全種類のナット(M4ナット及びM5ナット)の内径よりも大きく設定されている場合だけであり(正規寸法のナットよりも小さいナットが複数種類存在するときに,「ガイドロッドの外径」が「正規寸法よりも小さいプロジェクションナットのねじ孔の内径よりも大きく設定されて」いるとは,ガイドロッドの外径が正規寸法よりも小さいどのナットの内径よりも大きく設定されていることを意味することは明らかである。),この点において何ら不明はないというべきである。
また,原告は,M6を正規寸法とする場合,M4ナットも正規寸法より小さいナットではあるが,同じく正規寸法より小さいナットであるM5ナットよりガイドロッドの外径が小さいのであれば,「正規寸法より小さいナット(M5)の内径よりも大き」いとはいえないとの被告主張は,「正規寸法よりも小さいナット」がM5であることを前提とした論理であって,当該論理によって,M4ナットが「正規寸法より小さいナット」となることが排斥されるものではないとも主張する。
しかしながら,正規寸法のナットがM6ナットであれば,M5ナットが「正規寸法よりも小さいナット」に該当することに疑問の余地はないし,被告主張はM4ナットが「正規寸法よりも小さいナット」に該当すること自体を否定するものではない。
したがって,上記原告の主張は採用できない。
イ 次に,原告は,ピッチが0.8mmのM5ナットを正規寸法とした場合,ピッチが0.5mmのM4.5ナットの内径との差が0.174mmしかないことを例に挙げ,その場合,上記M4.5ナットのねじ孔の内径より太いガイドロッドによって正常な串刺し作用がなされるとは技術常識として考えられないとも主張する。
しかしながら,そもそも,本件発明に係る供給方法を実施する装置や本件発明に係る供給装置の実施品は,現実に存在する供給装置である以上,その性能に限界があることは当然である。現実に存在する供給装置において,ガイドロッドの外径を正規寸法よりも小さいナットであるM4.5のねじ孔の内径より大きくすると,正規寸法のM5ナットを供給できなくなるということは,単に,本件発明に係る供給方法を実施する装置や本件発明に係る供給装置の実施品の性能に限界がある(M5ナットに混入したM4.5を排除できるほど高性能ではない)という当然の事実を示すにすぎず,本件発明が明確であるか否かの点を何ら左右するものではない。
したがって,上記原告の主張はそれ自体失当である。
(3) 以上によれば,本件発明1ないし4はいずれも明確というべきであるから,原告主張の取消事由2も理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由がなく,本件審決に取り消されるべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 寺田利彦)
file_3.jpg別紙