知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10227号 判決 2017年6月14日
原告
株式会社JIS
訴訟代理人弁理士
岸尾正博
同
小野尾勝
被告
特許庁長官
指定代理人
田中亨子
同
井出英一郎
同
真鍋伸行
同
板谷玲子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2015-6881号事件について平成28年9月7日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成26年3月20日,「JIS」の欧文字を標準文字で表してなる商標(以下「本願商標」という。)について,第41類,第43類及び第45類に属する願書(甲3)記載のとおりの役務を指定役務として,商標登録出願(商願2014-21566号。以下「本願」という。)をした。
(2) 原告は,本願について,平成27年1月7日付けの拒絶査定を受けたので,平成27年4月13日,拒絶査定不服審判を請求した。また,原告は,同日付けの手続補正書により,本願商標の指定役務につき,第41類及び第45類を削除し,第43類「飲食物の提供,アルコール飲料を主とする飲食物の提供,バーにおける飲食物の提供,カラオケ施設における飲食物の提供,カクテルラウンジ及びナイトクラブにおける飲食物の提供,宴会及びパーティにおける飲食物の提供,ケータリング(飲食物),パーティ用料理及び飲料のケータリング」のみとする補正をした。
特許庁は,上記審判請求につき不服2015-6881号事件として審理した上で,平成28年9月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月26日,その謄本が原告に送達された。
(3) 原告は,平成28年10月25日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであるが,その要旨は次のようなものである。
⑴ 国内の工業製品に対する国家規格である「日本工業規格(Japanese Industrial Standards)」を表示する「JIS」の文字からなる標章(以下「引用標章」という。)は,「公益に関する事業であって,営利を目的としないものを表示する標章」である。
⑵ 引用標章は,多数の辞書や書籍,新聞記事,ウェブページで取り上げられるなど,日本工業規格を表す標章として我が国において一般に広く知られており,著名なものと認められる。
⑶ 本願商標は,引用標章と同一又は類似の商標と認められる。
⑷ したがって,本願商標は,商標法4条1項6号に該当する。
第3当事者の主張
1 原告の主張
以下に述べるとおり,本願商標が商標法4条1項6号に該当するとした本件審決の判断は誤りであるから,本件審決は取り消されるべきである。
⑴ 引用標章についての著名性判断の誤り
本件審決は,引用標章について,書籍やウェブページ等に掲載されていることをもって,我が国において広く知られた著名な標章である旨判断するが,以下に述べるとおり,その判断は誤りである。
ア 商標法4条1項6号の著名性については,指定商品・役務に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者に広く認識されていることを要すると解するのが相当である。
そこで,日本工業規格(Japanese Industrial Standards)の略称である「JIS」(引用標章)が,本願商標の指定役務に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者に広く認識されているかを検討するに,①日本工業規格はJIS番号によって分類されているところ,本願商標の指定役務である第43類(飲食サービスの提供)の分野については,そもそもJIS番号による分類が存在しないこと,②飲食サービスの分野において使用される工業製品(例えば,看板,調理器具,食器,パーティグッズ等)に引用標章が付される場合があるとしても,本願商標の指定役務を提供する場面においては,目に付かないところに付されているのが通常であることからすれば,本願商標の指定役務の提供に当たり,その役務を提供する事業者やその提供を受ける需要者が引用標章を一般に目にするとは認められず,日本工業規格について注意を払っているという取引の実情もないから,引用標章が,本願商標の指定役務の分野に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者に広く認識されていると認めることはできない。
イ 被告は,引用標章が多くの書籍やウェブページ等に掲載されていることをその著名性の根拠とする。
しかし,需要者が実際に日本工業規格を認識する標章は,「JISマーク」であり(乙2,39),これに比べて,「JIS」の文字は定着していない。
また,「JIS」の文字については,日本工業規格のほかに,観光の分野において「Japan Inbound Solutions」(甲20),教育の分野において「Japanese International School」(甲21)の略称として用いられているほか,地震・防災情報を提供する「地震情報サイト JIS」(甲22)も存在しているから,需要者は,「JIS」の文字から直ちに日本工業規格を認識するものとはいえず,通常は,製品等に付される「JISマーク」によって日本工業規格を認識するものである。
したがって,需要者の間において,引用標章が日本工業規格を表す標章として著名とはいえない。
ウ 以上のとおり,引用標章は,本願商標の指定役務の分野に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者の間において,日本工業規格を表す標章として著名であるとはいえないから,本件審決の上記判断は誤りである。
⑵ 商標法4条1項6号の解釈の誤り
商標法4条1項6号の趣旨は,国等の権威,信用の尊重や国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護するという公益保護にあるところ,このような同号の趣旨からすれば,本願商標が同号に該当するか否かについては,本願商標をその指定役務において使用した場合に,引用標章と出所の混同を招いて需要者の利益を害するか否か,また,引用標章に係る事業である日本工業規格の権威を損なうか否か,によって判断されるべきである。
しかるところ,日本工業規格は飲食サービスの質を認定する規格ではなく,その認証主体である日本工業標準調査会が飲食サービスを提供することもないから,本願商標の指定役務に係る取引者・需要者が原告による飲食サービスの役務の提供を,日本工業規格又は日本工業標準調査会の提供するサービスと誤認すること(狭義の混同),あるいは,原告による飲食サービスが日本工業標準調査会と経済上又は組織上何らかの関係がある業者から提供されていると認識すること(広義の混同)は考えられない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項6号には該当しないのであって,同号の趣旨から,「日本工業規格と無関係な原告が本願商標を登録することは,該規格の権威を損ない,また,出所の混同を生ずるものというべきであって,その商標登録を排斥するのが相当である」とした本件審決の判断は誤りである。
⑶ 商標の類否判断の誤り
本願商標のように,英字3文字と短く,様々な略称に使用され得る標章の類似性を判断するに当たっては,外観や称呼の類似性を重視すると,その類似の範囲が不当に広くなることから,観念の類似性が重視されるべきであり,観念において混同のおそれがない標章同士は非類似とされるべきである。
しかるところ,上記⑴及び⑵で述べたとおり,本願商標の指定役務の分野においては,引用標章が日本工業規格を表す標章として広く知られているとはいえず,当該分野の需要者らが,原告が飲食サービスの役務に使用する本願商標を,日本工業規格の「JIS」の表示と混同するおそれは認められない。
したがって,本願商標は,引用標章と非類似の商標であるから,これらを類似の商標とした本件審決の判断は誤りである。
2 被告の主張
⑴ 「引用標章についての著名性判断の誤り」に対し
ア 引用標章「JIS」は,国家規格である日本工業規格(Japanese Industrial Standards)を表す文字であるところ,昭和24年(1949年)以来,65年以上にわたり利用され,2015年3月末現在で1万件余りの規格が制定されており,その対象は,日用品や工業製品のみならず,製品の試験方法,漢字の規格(JIS漢字水準)など多岐にわたるものであり,国民生活一般に密接に関わっているものであって,様々な媒体でも取り上げられ,掲載,報道等されているものである。
したがって,引用標章は,国家規格である日本工業規格(Japanese Industrial Standards)を表すものとして,我が国において一般に普及し,広く知られたものといえるから,公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって「著名なもの」に該当するといえる。
イ 原告は,「JIS」の文字の著名性の判断について,「本願商標の指定役務の提供に当たり,その役務を提供する事業者やその提供を受ける需要者が引用標章を一般に目にするとは認められず,日本工業規格について注意を払っているという取引の実情もないから,引用標章が,本願商標の指定役務の分野に係る一商圏以上の範囲の取引者,需要者に広く認識されていると認めることはできない」旨主張する。
しかし,上記アのとおり,「JIS」の文字は,国家規格である日本工業規格(Japanese Industrial Standards)を表す標章として,我が国において一般に普及し,広く知られたものといえるのであり,その地域としての範囲は,日本全国であっていずれかの一商圏に限られるものではなく,また,需要者の範囲も本願商標の指定役務の需要者に限られるものではない。
そして,商標法4条1項6号は,その保護対象としての引用標章について,「…公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」と規定し,商品又は役務について使用される「商標」であることを要件としておらず,また,商標登録出願に係る商標との関係について,「…と同一又は類似の商標」と規定し,「商品」及び「役務」との関係を要件としていないのであるから,引用標章の本号該当性を判断するに当たって,引用標章が,本願商標の指定役務の分野において取引上使用されていることが必要とされるものではない。
この点,本件審決が,引用標章と本願商標の指定役務との関連性に言及したのは,引用標章が国民生活一般に密接に関わっているものであることから,本願商標の指定役務とも当然に関連することを指摘したにすぎず,このような関連性が本号該当性の判断に必要であることを述べたものではない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
⑵ 「商標法4条1項6号の解釈の誤り」に対し
原告は,商標法4条1項6号の趣旨からすれば,本願商標が同号に該当するか否かについては,本願商標をその指定役務において使用した場合に引用標章と出所の混同を招いて需要者の利益を害するか否か等によって判断されるべきであるとした上で,本願商標の指定役務に係る取引者・需要者が,原告による飲食サービスの役務の提供を,日本工業規格又は日本工業標準調査会の提供するサービスと誤認したり(狭義の混同),原告による飲食サービスが日本工業標準調査会と経済上又は組織上何らかの関係がある業者から提供されていると認識すること(広義の混同)はないから,本願商標は商標法4条1項6号に該当しない旨主張する。
しかし,商標法4条1項6号の立法趣旨は,本号に掲げる国等の権威,信用の尊重や国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護するという公益保護にあるところ,上記⑴のとおり,引用標章が,国家規格である日本工業規格を表す標章であり,「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」に該当することからすれば,「JIS」と同一の文字からなる本願商標を,これと何らの関係を有しない一私人である原告に独占させることは,本号の趣旨である上記公益保護の観点から,適切とはいえない。
また,本号該当性については,本願商標が,「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標」であるか否かによって判断されるのであって,日本工業規格(JIS)が本願商標の指定役務と関連性を有することにより混同を生じることが本号の要件とされるものではない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
⑶ 「商標の類否判断の誤り」に対し
本願商標は,「JIS」の文字を標準文字で表してなるものであり,これからは「ジス」の称呼を生じ,「日本工業規格としてのJIS」の観念を生じるものである。
他方,引用標章は,「JIS」の文字からなり,これからは「ジス」の称呼を生じ,「日本工業規格としてのJIS」の観念を生じるものである。
そうすると,本願商標は,引用標章とその構成文字を同じくするものであるから外観において同一といって差し支えないほどに近似し,「ジス」の称呼及び「日本工業規格としてのJIS」の観念を同じくするものであるから,同一又は類似の商標である。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本願商標は,引用標章との関係で商標法4条1項6号の商標に該当するものと認められるから,本件審決の判断に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 引用標章が「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章」であること
「JIS」は,我が国の工業標準化の促進を目的とする工業標準化法に基づき,国家行政組織法8条による審議会である日本工業標準調査会による調査審議を経て,主務大臣(経済産業大臣,国土交通大臣,厚生労働大臣,農林水産大臣,文部科学大臣,総務大臣,環境大臣)によって制定される国家規格「日本工業規格(Japanese Industrial Standards)」を表す文字である(乙1~7)。
日本工業規格(JIS)は,その性格によって,「基本規格」(用語,記号,単位,標準数などの共通事項を規定したもの),「方法規格」(試験,分析,検査及び測定の方法,作業標準などを規定したもの)及び「製品規格」(製品の形状,寸法,材質,品質,性能,機能などを規定したもの)に区分され,このうち製品規格については,その規格に適合していることを,国に登録された認証機関から認証された事業者は,製品やその容器等に「JISマーク」を表示することができる。このように,日本工業規格(JIS)は,製品の種類・寸法や品質・性能,安全性,それらを確認する試験方法や要求される規格値などを定め,生産者,使用者・消費者が安心して品質が良い製品を入手できるようにするために用いられている。(乙4~8)
したがって,「JIS」の文字(引用標章)は,「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章」に該当するものである(この点は,当事者間に争いがない)。
2 引用標章が著名な標章であること
⑴ 後掲の各証拠によれば,日本工業規格(JIS)に関して,次の事実が認められる。
ア 日本工業規格(JIS)は,昭和24年に制定された工業標準化法に基づき制定される国家規格であり,平成27年3月末現在で,1万0599件の規格が制定されている(乙3)。
イ 日本工業規格(JIS)の対象は,家電製品や文房具などの生活用品から,化学製品や産業機械まで,あらゆる技術分野(土木及び建築,一般機械など19分野に分類)の製品に及ぶほか,文字コードやプログラムコード等の情報処理に関する規格,漢字の規格(JIS漢字水準),商業施設などで利用される案内用図記号,公共施設等向けの「ピクトグラム」(絵文字)など,多岐にわたっている(甲1の3,乙9~23,38,43)。
ウ 経済産業省等は,全国の小・中・高校生等を対象に,平成18年度から「標準化教室」と題する出前授業を実施しており,そのテキストにおいて,日本工業規格(JIS)やその身近な活用事例等を紹介している(乙24~27)。
また,同省は,広く一般向けに,日本工業規格(JIS)に関する各種のパンフレットやリーフレット等を作成し,ウェブサイトに掲載して広告を行っている(乙24,28~31)。
エ そのほかにも,「JIS」の語は,「ジス」と称される国家規格である日本工業規格を表す文字として,広辞苑を含む多くの辞書や書籍(乙1,2,20,32~37),ウェブサイト(乙38~40),新聞記事(乙41~43)に掲載され,更に,中学校の技術・家庭の教科書等にも掲載されている(乙44~46)。
オ 最近においても,2020年の東京五輪の開催に向け,海外からの観光客の受入れに備え,日本工業規格(JIS)が規定する「ピクトグラム」を国際標準に合わせて見直すことが話題となり,新聞報道されている(乙47~49)。
⑵ 以上のとおり,「JIS」の文字は,国家規格である日本工業規格を表すものとして我が国において長年にわたって利用され,その対象も多数かつ多岐にわたり,国民生活全般に密接に関わるものであり,加えて,様々な媒体で広く取り上げられ,広告や報道がされてきたものといえる。
してみると,「JIS」の文字(引用標章)が,日本工業規格を表す標章として我が国の国民一般に広く認識されており,著名な標章といえるものであることは明らかというべきである。
⑶ 原告の主張について
ア 原告は,本願商標の指定役務である「飲食サービスの提供」に当たり,その役務を提供する事業者やその提供を受ける需要者が,引用標章を一般に目にするとは認められず,日本工業規格について注意を払っているという取引の実情もないから,引用標章が当該分野に係る取引者,需要者に広く認識されているとは認められない旨主張する。
しかし,引用標章が,我が国の国民生活全般に密接に関わるものであり,国民一般に広く認識される標章であることは上記⑵で述べたとおりであり,「飲食サービスの提供」の分野に係る取引者,需要者のみがその例外とされるべき理由は何ら認められない。原告は,本願商標の指定役務である「飲食サービスの提供」の場面において,取引者,需要者が引用標章を目にし,これに注意を払うという取引の実情がなければ,当該取引者,需要者が引用標章を広く認識することはないかのごとく主張するが,当該取引者,需要者が引用標章を認識する機会は,何も「飲食サービスの提供」の場面に限られるものではないから,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,①需要者が日本工業規格を認識する標章は「JISマーク」であり,「JIS」の文字は定着していない,②「JIS」の文字が,他のものを表す略称として使用されている例があり,需要者は,「JIS」の文字から直ちに日本工業規格を認識するとはいえないとして,引用標章は日本工業規格を表す標章として著名ではない旨主張する。
しかし,「JISマーク」が日本工業規格を表す標章として国民に広く知られている事実があるとしても,そのことが,「JIS」の文字が日本工業規格を表す標章として著名であることを否定する理由となるものではない(両者が共に日本工業規格を表す標章として広く認識されることもあり得る。)。むしろ,「JISマーク」が,「JIS」の文字をデザイン化したマークであって(乙4の10頁,乙6参照),そこから「JIS」の文字を読み取ることができることからすれば,「JISマーク」が日本工業規格を表す標章として広く知られているとの事実は,「JIS」の文字も同様に日本工業規格を表す標章として広く知られていることを示すものということができる。
また,原告が,「JIS」の文字が略称として使用されている例として挙げるのは,「株式会社ジャパンインバウンドソリューションズ(Japan Inbound Solutions)の略称」(甲20),「JIS 香港日本人学校大埔校」(甲21),「地震情報サイト JIS」(甲22)の3例であり,いずれも一般に知られた「JIS」の使用例ではなく,引用標章に接した国民一般がこれらの使用例を想起することは通常考え難いことであるから,これらの使用例の存在が,引用標章の著名性を否定する理由となるものではない。
ウ 以上のとおり,引用標章に著名性がないとする原告の主張はいずれも理由がない。
3 本願商標が引用標章と同一又は類似の商標であること
⑴ 本願商標は,「JIS」の文字を標準文字で表してなるものであり,これからは,通常の英語読みである「ジス」の称呼が生じる。また,前記2
⑵ で述べたとおり,「JIS」の文字が日本工業規格を表す標章として著名なものであることからすれば,同じく「JIS」の文字からなる本願商標からは,「日本工業規格としてのJIS」の観念が生じるものといえる。
他方,引用標章も,「JIS」の文字からなり,これから,「ジス」の称呼及び「日本工業規格としてのJIS」の観念が生じることは明らかである。
してみると,本願商標と引用標章とは,その外観,称呼,観念の全てを共通にするものであるから,本願商標は,引用標章と同一又は類似の商標といえる。
⑵ 原告の主張について
原告は,本願商標のように,英字3文字と短く,様々な略称に使用され得る標章の類似性を判断するに当たっては,外観や称呼の類似性よりも観念の類似性が重視されるべきであり,観念において混同のおそれがない標章同士は非類似とされるべきであるとの見解に立った上で,本願商標の指定役務の分野においては引用標章が日本工業規格を表す標章として広く知られていないことを前提に,当該分野の需要者らが,本願商標と引用標章を混同するおそれはないとして,両者は非類似である旨を主張する。
しかし,英字3文字からなる短い商標であるからといって,その類否判断に当たって外観,称呼の類似性が軽視されるべき理由はなく,原告の上記見解は,根拠のない独自の見解というほかない。
また,引用標章が,日本工業規格を表す標章として我が国の国民一般(その中には,本願商標の指定役務の分野における取引者,需要者も当然含まれる。)に広く認識されていることは前記2⑵で述べたとおりであり,それゆえに,同じく「JIS」の文字からなる本願商標及び引用標章のいずれからも「日本工業規格としてのJIS」の観念が生じ,両者が観念を共通にすることは明らかであるから,観念の類似性を特に重視した類否判断を行ったとしても,本願商標と引用標章が同一又は類似といえることに何ら変わりはない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
4 本願商標が商標法4条1項6号の商標に該当すること
⑴ 以上によれば,引用標章は,「公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なもの」に当たるところ,本願商標は,引用標章と同一又は類似の商標といえるものであるから,商標法4条1項6号の商標に該当する。
⑵ 原告の主張について
原告は,商標法4条1項6号の趣旨からすれば,本願商標が同号に該当するか否かについては,本願商標をその指定役務において使用した場合に引用標章と出所の混同を招くか否か等によって判断されるべきであるとした上で,本願商標の指定役務に係る取引者・需要者がそのような混同(狭義の混同又は広義の混同)をすることは考えられないから,本願商標は商標法4条1項6号には該当しない旨主張する。
しかし,商標法4条1項6号の規定は,同号に掲げる団体や事業の公共性に鑑み,その権威や信用を尊重するとともに,出所の混同を防いで取引者,需要者の利益を保護しようとの趣旨に基づき,同号の規定に該当する商標,すなわち,これらの団体や事業を表示する著名な標章と同一又は類似の商標に当たるものであれば,これらの団体や事業の権威・信用を損なうとともに,出所の混同を生ずるものとみなして,無関係な私人による商標登録を排斥するものとした規定であると解するのが相当である。してみると,ある商標が同号に該当するか否かは,専ら同号に明示される要件の有無によって判断されるものであって,そのほかに,当該商標の指定役務等に係る取引者・需要者による具体的な出所混同のおそれの存在が必要とされるものではない。
したがって,本願商標の指定役務に係る取引者・需要者による出所混同が考えられないことを理由に,本願商標の商標法4条1項6号該当性を否定する原告の上記主張には理由がない。
5 結論
以上によれば,本願商標が商標法4条1項6号の商標に該当するとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹)