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知財高等裁判所 平成28年(行ケ)10246号 判決 2017年11月13日

原告

リモ パテントフェルヴァルトゥング

ゲーエムベーハー ウント コー.カーゲー

訴訟代理人弁理士

西教圭一郎

被告

特許庁長官

指定代理人

星野浩一

森竜介

長馬望

板谷玲子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2015-7222号事件について平成28年7月12日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,①進歩性判断(本願補正発明の認定,引用発明の認定,一致点及び相違点の認定)の当否,②手続違背の有無(再度の拒絶理由通知の要否)及び③引用文献の適格性である。

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成22年10月1日,発明の名称を「レーザビームを形成するための装置」とする特許出願(特願2010-224386号。パリ条約による優先権主張:平成21年10月1日,ドイツ。請求項の数15。以下「本願」といい,本願に係る明細書及び図面〔甲13〕を「本願明細書」という。)をした。

原告は,本願につき,平成26年3月18日付けで拒絶理由通知を受けたので,同年7月1日付け手続補正書(甲16)により特許請求の範囲を補正した(補正後の請求項の数9)が,同年12月8日付けで拒絶査定を受けた。

原告は,平成27年4月16日,拒絶査定不服審判を請求し(不服2015-7222号),併せて同日付け手続補正書(甲19)により特許請求の範囲を補正した(補正後の請求項の数9。以下「本件補正」という。)。

(2)  特許庁は,平成28年7月12日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を附加。),同月26日,その謄本が原告に送達された。

(3)  原告は,平成28年11月22日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  出願当初

出願当初の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲13)。

「【請求項1】

レーザビームが光ファイバ(5)に入射可能なようにレーザビームを形成することが可能なレーザビームを形成するための装置であって,

第1の方向(Y)に関してレーザビームを偏向および/もしくは結像またはコリメートするための第1のレンズ手段と,

第2の方向(X)に関してレーザビームを偏向および/もしくは結像またはコリメートするための第2のレンズ手段とを含み,

第1および第2のレンズ手段は,構成部材(1)中または構成部材(1)に沿って実現されることを特徴とする装置。

【請求項2】

構成部材(1)はモノリシック構成部材(1)であることを特徴とする請求項1に記載の装置。

【請求項3】

第1のレンズ手段は,構成部材(1)の第1の面(1a)に屈折構造によって形成され,第1の面(1a)は,特にレーザビームの入射面として機能することができることを特徴とする請求項1または2に記載の装置。

【請求項4】

第2のレンズ手段は,構成部材(1)の第2の面(1b)に屈折構造によって形成され,第2の面(1b)は第1の面(1a)に対向し,特にレーザビームの出射面として機能することができることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の装置。

【請求項5】

該装置は,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビーム(6)を形成するために機能することができ,第1の方向(X)は速軸に対応し,第2の方向(Y)は遅軸に対応することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の装置。

【請求項6】

第1のレンズ手段は,少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)を有することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の装置。

【請求項7】

第2のレンズ手段は,第2のシリンダレンズ(4)のアレイとして形成されることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の装置。

【請求項8】

少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)は,第2のシリンダレンズ(4)に垂直に配列されることを特徴とする請求項7に記載の装置。

【請求項9】

第2のシリンダレンズ(4)のアレイのうちの第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの少なくともいくつか,特に外側のレーザビーム(6)は,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができることを特徴とする請求項7または8に記載の装置。

【請求項10】

少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)は,第1の方向(Y)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビーム(6)を,光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像させることができるように形成されることを特徴とする請求項5~9のいずれか1項に記載の装置。

【請求項11】

第2のシリンダレンズ(4)のアレイの第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつか,特に全部は,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビーム(6)を,光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像させることができるように形成されることを特徴とする請求項7~10のいずれか1項に記載の装置。

【請求項12】

第1のレンズ手段は,第1の方向(Y)に並設される複数の第1のシリンダレンズ(2)を有し,それぞれの第1のシリンダレンズ(2)は,第1の方向(Y)に関して,レーザダイオードバーのスタックのそれぞれのレーザダイオードバーのレーザビーム(6)をそれぞれ偏向させることができることを特徴とする請求項5~11のいずれか1項に記載の装置。

【請求項13】

構成部材(1)の第1の面(1a)および第2の面(1b)の両方に,レンズ手段が設けられることを特徴とする請求項1~12のいずれか1項に記載の装置。

【請求項14】

構成部材(1)の第1の面(1a)または第2の面(b)のいずれかに,レンズ手段が設けられることを特徴とする請求項1~12のいずれか1項に記載の装置。

【請求項15】

該装置は,レーザビームが1よりも多くの光ファイバ(5)に入射することできるように,レーザビームを形成することができることを特徴とする請求項1~14のいずれか1項に記載の装置。」

(2)  本件補正前

本件補正前の特許請求の範囲請求項1の記載(平成26年7月1日付け手続補正書により補正されたもの)は,次のとおりである(甲16。以下,本件補正前の請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】

レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビーム(6)が光ファイバ(5)に入射可能なようにレーザビームを形成することが可能なレーザビームを形成するための装置であって,

レーザビーム(6)の入射面として機能する第1の面(1a)と,第1の面(1a)に対向し,レーザビーム(6)の出射面として機能する第2の面(1b)とを有する構成部材(1)と,

構成部材(1)の第1の面(1a)に形成され,レーザビーム(6)の速軸に対応する第1の方向(Y)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像するための第1のレンズ手段と,

構成部材(1)の第2の面(1b)に形成され,レーザビーム(6)の遅軸に対応する第2の方向(X)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像するための第2のレンズ手段とを含み,

第1のレンズ手段は,少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)を有し,

第2のレンズ手段は,第2のシリンダレンズ(4)のアレイとして形成され,

第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの外側のレーザビーム(6)を,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができることを特徴とする装置。」

(3)  本件補正後

本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(甲19。以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。なお,下線は本件補正による補正箇所を示す。)。

「【請求項1】

レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビーム(6)が光ファイバ(5)に入射可能なようにレーザビームを形成することが可能なレーザビームを形成するための装置であって,

レーザビーム(6)の入射面として機能する第1の面(1a)と,第1の面(1a)に対向し,レーザビーム(6)の出射面として機能する第2の面(1b)とを有する構成部材(1)と,

構成部材(1)の第1の面(1a)に形成され,レーザビーム(6)の速軸に対応する第1の方向(Y)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像するための第1のレンズ手段と,

構成部材(1)の第2の面(1b)に形成され,レーザビーム(6)の遅軸に対応する第2の方向(X)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像するための第2のレンズ手段とを含み,

第1のレンズ手段は,少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)を有し,

第2のレンズ手段は,第2のシリンダレンズ(4)のアレイとして形成され,

第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの外側のレーザビーム(6)を,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができ,

レーザダイオードバー,またはレーザダイオードバーのスタックの各レーザダイオードバーは,第2の方向(X)に1列に並んで配置された複数のエミッタ(3)を含み,

第2のシリンダレンズ(4)は,各々,複数のエミッタ(3)のうちの1つのエミッタに割り当てられており,該1つのエミッタから出射されたレーザビーム(6)を偏向させることを特徴とする装置。」

3  審決の理由の要旨

(1)  審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に当たるところ,本願補正発明は,本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平11-17268号公報(甲1。審決における引用文献である。以下「引用文献」又は「甲1公報」という。)に記載されていると認められる発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反し,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである,②本願発明の構成要件を全て含み,更に限定を付加したものに相当する本願補正発明が,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである以上,本願発明も,当業者が引用発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである,③したがって,本願発明は,他の請求項について検討するまでもなく,拒絶されるべきものである,というものである。

(2)  審決が認定した引用発明,本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明

「複数の半導体レーザーを縦横に配置した半導体レーザーアレイと,

この半導体レーザーアレイの光出力側に設けられたマイクロレンズアレイとを備え,出力レーザー光を一点に集光させてマルチモード光ファイバーに入射させることのできる半導体レーザーアレイ装置であって,

半導体レーザーアレイの各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有し,各半導体レーザーからの出力レーザー光がマイクロレンズアレイにより集光され,

前記マイクロレンズアレイは,

半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたものである,

半導体レーザーアレイ装置。」

イ 本願補正発明と引用発明との一致点

「複数のレーザダイオードから出射するレーザビームが光ファイバに入射可能なようにレーザビームを形成することが可能なレーザビームを形成するための装置であって,

レーザビームの入射面として機能する第1の面と,第1の面に対向し,レーザビームの出射面として機能する第2の面とを有する構成部材と,

構成部材の第1の面に形成され,レーザビームの速軸に対応する第1の方向に関して,レーザビームを光ファイバの入射面上に結像するための第1のレンズ手段と,

構成部材の第2の面に形成され,レーザビームの遅軸に対応する第2の方向に関して,レーザビームを光ファイバの入射面上に結像するための第2のレンズ手段とを含み,

第1のレンズ手段は,少なくとも1つの第1のシリンダレンズを有し,

第2のレンズ手段は,第2のシリンダレンズのアレイとして形成され,

第2のシリンダレンズは,第2の方向に関して,レーザーダイオードのレーザビームの外側のレーザビームを,内側のレーザビームよりも強く偏向させることができ,

第2の方向に1列に並んで配置された複数のエミッタを含み,

第2のシリンダレンズは,各々,複数のエミッタのうちの1つのエミッタに割り当てられており,該1つのエミッタから出射されたレーザビームを偏向させる,装置。」

ウ 本願補正発明と引用発明との相違点

(ア) 相違点1

複数のレーザダイオードから出射するレーザビームに関して,本願補正発明は,「レーザダイオードバーまたはレーザーダイオードバーのスタック」から出射するものであって,「各レーザダイオードバーは,第2の方向(X)に1列に並んで配置された複数のエミッタ(3)を含」むのに対して,引用発明は,「レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタック」から出射するものであるか否か不明である点。

(イ) 相違点2

第2のシリンダレンズに関して,本願補正発明は,「少なくともいくつかは非対称であ」るのに対して,引用発明は,「非対称」であるのか不明である点。

第3原告主張の取消事由

1  取消事由1(本願補正発明の認定の誤り)

(1)  本願補正発明の特徴的構成

本願補正発明は,次のとおりの特徴的構成を有する。かかる構成は,引用文献(甲1公報)を始めとする審決が引用したいかなる文献においても,開示や示唆はされていない。

本願補正発明において,第2のレンズ手段は,「レーザビーム(6)の出射面として機能する第2の面(1b)」に形成され,「レーザビーム(6)の遅軸に対応する第2の方向(X)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像する」ものであって,「第2のシリンダレンズ(4)のアレイとして形成され」,「第2のシリンダレンズ(4)は,各々,複数のエミッタ(3)のうちの1つのエミッタに割り当てられており,該1つのエミッタから出射されたレーザビーム(6)を偏向させる」ものである。すなわち,複数の各第2シリンダレンズ(4)は,複数の各エミッタから出射された,第1のシリンダレンズ(2)を介するレーザビーム(6)を個別的に第2の方向(X)に関して偏向させて光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像するものである。したがって,各第2シリンダレンズ(4)は,複数のレーザビーム(6)を偏向させることはなく,あるいは個別的に対応するレーザビーム(6)及び第2の方向(X)に隣接するレーザビーム(6)の一部分を共に偏向させて光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像することはない。

また,本願補正発明において,第1のレンズ手段は,「レーザビーム(6)の入射面として機能する第1の面(1a)」に形成され,「少なくとも1つの第1のシリンダレンズ(2)を有し」,「レーザビーム(6)の速軸に対応する第1の方向(Y)に関して,レーザビームを光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像する」ものである。前記のとおり,各第2シリンダレンズ(4)は,複数の各エミッタから出射されたレーザビーム(6)を個別的に偏向させるものであるので,第1レンズ手段は,複数のレーザビーム(6)を各第2シリンダレンズ(4)に導くことはなく,あるいはまた,各第2シリンダレンズ(4)に個別的に対応するレーザビーム(6)及び第2の方向(X)に隣接するレーザビーム(6)の一部分を共に各第2シリンダレンズ(4)に導くことはない。

したがって,本願補正発明において,複数の各エミッタから出射されたレーザビーム(6)は,第1の方向(Y)及び第2の方向(X)に重なり合うことなく(したがって,連続することなく),第1のシリンダレンズ(2)に入射し,第1のシリンダレンズ(2)を通過して第1の方向(Y)に偏向された各レーザビーム(6)は,第1の方向(Y)及び第2の方向(X)に重なり合うことなく(したがって,連続することなく),第2シリンダレンズ(4)に導かれて第2の方向(X)に偏向される。第2シリンダレンズ(4)から出射される各レーザビーム(6)は,各々,光ファイバ(5)の入射面(7)上に結像される。

(2)  本願補正発明の優れた効果

本願補正発明の上記のような特徴的構成,すなわち,各エミッタから出射されたレーザビームを,第1のシリンダレンズによって速軸に対応する第1の方向(Y)に関して各第2のシリンダレンズに個別的に導き,各第2のシリンダレンズは遅軸に対応する第2の方向(X)に関して光ファイバの入射面に正確に偏向させて結像する構成によって,本願補正発明では,構成部材の別個の面に形成される第1の方向(Y)に光学的に機能する第1のレンズ手段,及び第2の方向(X)に光学的に機能する第2のレンズ手段は,それらの第1の方向(Y)における光学的機能,及び第2の方向(X)における光学的機能を,別個に,かつ正確に設定することができる,という優れた効果が達成される。

すなわち,第1のシリンダレンズは,エミッタから出射されたレーザビームを,光ファイバの入射面に向かって速軸に対応する第1の方向(Y)に関して偏向させるように,第1のシリンダレンズの光学的機能を正確に設定することができる。また各第2のシリンダレンズは,各第2のシリンダレンズに割り当てられた1つのエミッタから出射された,第1のシリンダレンズを介する各レーザビームを光ファイバの入射面に向かって遅軸に対応する第2の方向(X)に関して偏向させるように,各第2のシリンダレンズの光学的機能を正確に設定することができる。

さらに,本願補正発明では,速軸に対応する第1の方向(Y)において光学的に機能する第1のレンズ手段を構成部材のレーザビーム入射面に形成し,遅軸に対応する第2の方向(X)において光学的に機能する第2のレンズ手段を構成部材のレーザビーム出射面に形成しているので,速軸方向及び遅軸方向の両方向において,装置の大型化を抑制することができる。

したがって,本願補正発明の装置は,装置の大型化を抑制することができるとともに,レーザダイオードバー又はレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビームを,速軸に対応する第1の方向(Y)及び遅軸に対応する第2の方向(X)の両方向において,正確に設定して,高い結合効率で光ファイバの入射面に結像させることができるという顕著な効果を奏する。

本願補正発明のこのような効果は,引用文献(甲1公報)を始めとする審決が引用したいかなる文献からも予測し得る範囲内のものではない。

(3)  審決の誤り

しかるに,審決は,本願補正発明の特徴的構成である第1のレンズ手段の第1のシリンダレンズ(2)及び第2のレンズ手段の第2のシリンダレンズ(4)の各光学的機能とその特徴的構成による前記の効果の認定を誤り,また,「引用文献」に開示される引用発明の構成と効果の認定を誤り(取消事由2),その結果,本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定を誤った(取消事由3及び4)ものである。

したがって,審決には,本願補正発明の認定を誤った違法がある。

2  取消事由2(引用発明の認定の誤り)

(1)  引用文献には,図4の半導体レーザーアレイ9が縦3×横3個の高出力半導体レーザー14によって構成され,そのレーザー光出力側にマイクロレンズアレイ10のみが設けられることが記載され(【0019】),そのマイクロレンズアレイ10は一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズであることが記載され(【0020】),また,図4には入射面で横に延びるマイクロレンズが縦に4個配置され,出射面で縦に延びるマイクロレンズが横に4個配置されて,いわばマイクロレンズが縦4×横4個に配置されたマイクロレンズアレイ10の構成が示されており,図2にも同様な構成が示される一方,マイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズが各々1個の高出力半導体レーザー14に割り当てられる旨の記載はないから,引用文献に開示される半導体レーザーアレイ装置では,マイクロレンズアレイ10の出射面に配置される4個のマイクロレンズが各々3個の高出力半導体レーザー14のうちの一つに割り当てられているとはいえない。

したがって,審決の引用発明の認定のうち,「前記マイクロレンズアレイは,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたものである」との部分は誤りである(すなわち,審決は,引用文献に開示される引用発明におけるマイクロレンズアレイ10の出射面に配置されるマイクロレンズが,各々,複数の高出力半導体レーザー14のうちの1つの高出力半導体レーザー14に割り当てられていないという,本願補正発明との対比のために重要な構成を看過している。)。

(2)  このことは,次の点からも明らかである。すなわち,

ア 仮に,引用文献の図4に示された半導体レーザーアレイ装置において,縦3×横3個の高出力半導体レーザー14のそれぞれが,マイクロレンズアレイ10の縦4×横4個に配置されたマイクロレンズのうち,縦3×横3個に配置されたマイクロレンズのそれぞれ一つだけに割り当てられており,残りの縦1×横1個のマイクロレンズが使用されない構成であれば,少なくとも使用されない縦1×横1個のマイクロレンズの分だけ装置が大型化するから,引用文献の「この発明は,…(中略)…小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置に関する」(【0001】),「半導体レーザーアレイからの出力レーザー光を集光させて,直接マルチモード光ファイバーに入射させることができれば,…(中略)…構造の簡略化および小型化が可能となる」(【0005】),「この発明は,…(中略)…小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置を提供することを目的としている。」(【0007】)との記載と齟齬をきたすことになる。

イ また,引用文献の図4に示された半導体レーザーアレイ装置は図2に示された類似の装置に比べて集光レンズ12が不要であるという利点を有するが,集光レンズ12は型押しやエッチングといった精度が低く簡易な方法で製造されるのに対し,マイクロレンズアレイ10はレーザーアブレーションという煩雑な方法で製造される精密なものであるから,それを構成する縦4×横4個のマイクロレンズの一部を高出力半導体レーザー14に割り当てない構成とするならば,使用することのないマイクロレンズをもレーザーアブレーションという煩雑な方法で製造することになって製造工程の無駄が大きく,かえってその分だけ集光レンズ12が不要という利点を減殺するという問題が生じる。このことからも,マイクロレンズアレイ10には使用されないマイクロレンズは存在せず,縦4×横4個のマイクロレンズは各々縦3×横3個の高出力半導体レーザー14のうちの一つに割り当てられることなく使用されることが分かる。

ウ さらに,引用文献には,図2に示された半導体レーザーアレイ装置の半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の個数やマイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズの個数についての記載がなく,これらの個数については重要なものと認識をしていないことが理解されるのに対し,図4に示された半導体レーザーアレイ装置については,「図4に例示したこの発明の半導体レーザー装置では,縦3×横3個の高出力半導体レーザー(14)により構成された3cm×3cmの半導体レーザーアレイ(9)のレーザー光出力側に,マイクロレンズアレイ(10)のみが設けられている。」(【0019】)と明瞭に記載されているから,図4に示された半導体レーザーアレイ装置では,半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の個数が縦3×横3個であることを重要なものと認識をしていることが理解され,したがって,マイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズの個数についても同様に注目し,重要なものと認識をしていることが理解される。

3  取消事由3(一致点の認定の誤り)

引用文献は,前記のとおり,本願補正発明の第1及び第2のレンズ手段の構成を開示しておらず,審決の引用発明の認定は誤りである。

したがって,審決が,引用発明と本願補正発明とは,「第2のシリンダレンズは,各々,複数のエミッタのうちの1つのエミッタに割り当てられており,該1つのエミッタから出射されたレーザビームを偏向させる」点で一致すると認定したことは誤りである。

4  取消事由4(相違点の看過)

審決は,前記のとおり,本願補正発明,引用発明及びそれらの一致点の認定をいずれも誤り,その結果,相違点1及び2のほかに次の相違点があることも看過した。

すなわち,本願補正発明では,各エミッタから出射されたレーザビームを,第1のレンズ手段の第1のシリンダレンズによって第1の方向(Y)に関して偏向して各第2のシリンダレンズに個別的に導き,第2のレンズ手段の各第2のシリンダレンズは,第1のシリンダレンズからの各レーザビームを第2の方向(X)に関して偏向して光ファイバの入射面に個別的に結像する構成を有するのに対して,引用発明は,マイクロレンズアレイ10の出射面に配置される4個のマイクロレンズは,各々,3個の高出力半導体レーザー14のうちの1つの高出力半導体レーザー14に割り当てられずに,光ファイバー13に集光する構成を有する点で相違する。

本願補正発明は,引用発明とのこのような相違点によって,装置の大型化を抑制することができるとともに,レーザダイオードバー又はレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビームを,速軸に対応する第1の方向(Y)及び遅軸に対応する第2の方向(X)の両方向において,正確に設定して,高い結合効率で光ファイバの入射面に結像させることができるという顕著な効果を奏する。本願補正発明のこのような効果は,引用文献を始めとする審決が引用したいかなる文献から予測し得る範囲内のものではない。

審決は,本願補正発明と引用発明のかかる相違点を誤って看過しており,違法である。

5  取消事由5(手続違背)

審決は,次の根拠1ないし3に基づき,特許法159条2項で準用する同法50条本文の定めに違背し,違法である。

(1)  審決が違法である根拠1は,進歩性欠如の論理付けの過程が,審決と拒絶理由通知(甲14)及び拒絶査定(甲17)とでは全く異なるにもかかわらず,審判係属中に審判請求人への拒絶理由通知なしに,したがって,審決における進歩性欠如の論理付けの過程に沿った意見書を提出し補正する機会が与えられずに,審決がなされたことである。

すなわち,審決では,本願補正発明の進歩性欠如の論理付けの過程において,引用文献(甲1公報)を主引例とし,本願補正発明の進歩性欠如を認定したのに対し,拒絶理由通知では,出願当初の全ての請求項(請求項1ないし15)の進歩性欠如の論理付けの過程において,それらの各請求項の中の一つ一つの各構成要件が,「引用文献1」ないし「引用文献7」の七つの文献(このうち「引用文献2」は甲1公報であり,審決の引用文献と同じものである。)に断片的に開示されていると認定し,拒絶査定でも,平成26年7月1日付け手続補正書(甲16)によって補正した請求項1の発明(本願発明)の進歩性欠如の論理付けの過程において,本願発明の一つ一つの各構成要件が,拒絶理由通知で挙げた文献のうち「引用文献1」,「引用文献2」,「引用文献5」及び「引用文献6」に断片的に開示されていると認定し,本願発明の進歩性欠如を認定した(拒絶理由通知及び拒絶査定は,複数の引用文献をいずれが主引例であるか特定せずにただ羅列しただけであり,一致点及び相違点を指摘せず,相違点に対応する副引例も指摘せずに進歩性を否定したものである。)。拒絶理由通知及び拒絶査定における,このような進歩性欠如の論理付けの過程は,審決における進歩性欠如の論理付けの過程とは全く異なる。

このように進歩性欠如の論理付けの過程が,審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とでは全く異なるので,審判請求人への拒絶理由通知なしになされた審決は違法である。

(2)  審決が違法である根拠2は,審決が,拒絶理由通知及び拒絶査定で摘示していない新たな文献を挙げて,拒絶理由通知なしに本願補正発明の進歩性欠如を認定したことである。

すなわち,審決は,本願補正発明と引用発明との一致点の根拠として,甲2ないし6の各文献(自明事項文献①ないし⑤)を,相違点1及び2の根拠として,甲7ないし9の各文献(周知技術文献⑥ないし⑧)と甲10ないし12の各文献(自明事項文献⑨ないし⑪)を,実質的な副引例として使用しているにもかかわらず(これらの文献は,本願補正発明が属する技術分野の当業者にとって普遍的な原理や極めて常識的,基礎的な事項を示すものではないから,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるというべきであり,改めて拒絶理由を通知し,審判請求人に意見を述べる機会を与える必要がある。),出願人である審判請求人に拒絶理由通知なしに本願補正発明を拒絶すべきものとした。かかる審決は,特許法159条2項で準用する同法50条本文,17条の2第1項1号の規定に違背し,違法である。

(3)  審決が違法である根拠3は,審決が審判請求人に拒絶理由通知をせずに補正却下したのは,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反し,審判手続における適正手続に違反することである。

すなわち,特許法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し,拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号の規定により出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合にも準用されているものの,審査と異なり審判では拒絶理由が通知されない限り補正をする機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。),拒絶審決を受けたときにはもはや補正をする機会がないという審判請求人にとって過酷な結果が生じる場合がある。

ところで,同法50条ただし書は同法159条2項で読み替えて拒絶査定不服審判に準用され,拒絶査定不服審判の請求に際して行われた特許請求の範囲の減縮を目的とする補正がいわゆる独立特許要件を欠く場合には,拒絶理由を通知することなく当該補正を却下できるとされているが,上記のとおり,出願人である審判請求人にとって過酷な結果が生じ得ることに鑑みれば,拒絶理由通知なしに補正を却下することは,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反する(審判の適正手続に違反する)ものとして違法とすべき場合も存するというべきである。

しかるところ,本件においては,①本件補正は本願発明を大きく限定するものであるから,拒絶理由の当否を再検証する必要があったこと,②審決は,引用発明の把握を誤った結果,本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定を誤ったこと,③進歩性欠如の論理付けの過程が審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とで全く異なること,④拒絶理由通知書(甲14)及び拒絶査定書(甲17)には拒絶の理由が具体的に認識的できる程度に記載されていなかったこと,⑤拒絶理由通知及び拒絶査定の主引例が「引用文献1」,副引例が「引用文献2」であったとすれば,審決は主引例を「引用文献2」に差し替えて判断したことになること,⑥審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定で示されていない新たな文献を引用していること,⑦新たな文献に基づく審決の認定判断は,そもそも誤りであったといえることなどの諸事情が認められるのであって,これらの事実関係に鑑みると,拒絶理由なしに本件補正を却下したことについては,正に,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反する(審判の適正手続に違反する)ものとして違法とすべき場合に該当するというべきである。

6  取消事由6(引用文献の適格性欠如)

引用文献である甲1公報には,図4におけるマイクロレンズアレイ10の構成が,当業者が技術常識を参酌しても容易に実施することができる程度に記載されていないので,同文献は本願補正発明の進歩性欠如の根拠となる発明を開示した「刊行物」とはいえず,同文献の開示内容に基づいて本願補正発明の進歩性を否定した審決は違法である。

すなわち,甲1公報は,図4におけるマイクロレンズアレイ10の出射面に形成される縦に延びる4個のレンズが,各々,横に配置される3個のうちの1つの半導体レーザー14に割り当てられず,すなわち,縦4×横4個のレンズが,各々,縦3×横3個の半導体レーザー14の1つに割り当てられずに,レーザー光を光ファイバー13の一点に集光させる機能を有する構成を開示しているため,甲1公報によっては,当業者は図4に示されたマイクロレンズアレイ10を作ることができない。何故ならば,このマイクロレンズアレイ10が,具体的にどのような構成を有して集光するかについて,たとえば光経路などについて,当業者が実施することができる程度に開示されていないからである。

したがって,甲1公報は,特許法29条2項における「刊行物」とはいえず,図4の開示内容に基づいて本願補正発明の進歩性を誤って否定した審決は違法である。

第4被告の反論

1  取消事由1(本願補正発明の認定の誤り)に対し

審決は,本願補正発明を,審判請求時に提出された平成27年4月16日付け手続補正書(甲19)の特許請求の範囲請求項1に記載された発明特定事項のとおりに認定しており(2頁23行ないし3頁11行),本願補正発明の効果についても,本願明細書の「【0006】……簡単で,および/またはコスト的に有利であって,および/または効率的に構成されてなる装置を提供することである。」との記載,平成26年7月1日に提出された意見書(甲15)の3頁下から9行目ないし下から7行目の「新請求項1記載の装置は,多くの構成要素を必要とせず,簡単であるとともに,コスト的に有利であり,……レーザビームを光ファイバの入射面上に効率的に結像することができるという顕著な効果を奏する。」との主張,及び審判請求書(甲18)の5頁5ないし8行における「新請求項1記載の装置は,装置の大型化を抑制することができるとともに,……高い結合効率で光ファイバの入射面に結像させることができるという顕著な効果を奏する。」との主張を踏まえて,「予測し得る範囲内のものである。」(審決13頁22行)との判断を示したものであり,その認定及び判断に誤りはない(本願補正発明の効果が「予測し得る範囲内のものである」ことについては,取消事由4に対する反論において具体的に主張する。)。

2  取消事由2(引用発明の認定の誤り)に対し

(1)  原告は,引用発明について,「4個のマイクロレンズは,各々,3個の高出力半導体レーザー14のうちの1つの高出力半導体レーザー14に割り当てられていない」を発明特定事項として含むように認定すべきである旨主張するが,原告主張の根拠である引用文献の図4から,「半導体レーザー」と「シリンドリカルレンズ」との関係を特定することはできない。

(2)  引用文献の【図面の簡単な説明】の記載によれば,図2及び図4は,「要部斜視図」であって,集光の仕組みを視覚的に理解できるようにした図にすぎない。

図2に示された実施例では,「マイクロレンズアレイ(10)」を通過することで平行光束となった各出力レーザー光を,「集光レンズ(12)」により「マルチモード光ファイバー(13)」に集光しているのに対して,図4に示された実施例では,各出力レーザー光を,「マイクロレンズアレイ(10)」により「マルチモード光ファイバー(13)」に直接集光しており,両者の集光の仕組みは異なっている。レンズアレイを用いて,半導体レーザーアレイからの各出力レーザー光を平行化又は集光するためには,レンズアレイが設計どおりの機能を奏するように,「半導体レーザーアレイ」と「レンズアレイ」とが,正確に位置調整されている必要がある。

引用文献の【0015】には,図2に示された実施例について,「……このマイクロレンズアレイ(10)により,半導体レーザーアレイ(9)の各半導体レーザー(14)から出力されたレーザー光を平行光束となるようにコリメートさせるようにしている。」と記載されているように,図2に示された「マイクロレンズアレイ(10)」は,一つ一つの出力レーザー光を集光レンズ(12)の光軸に平行な光束にするものである。

このとき,各出力レーザー光が,集光レンズ(12)の光軸に平行な光束になるのは,半導体レーザーアレイ(9)を構成する複数の半導体レーザー(14)のそれぞれが,入射面側のシリンドリカルレンズの焦点となる位置であって,かつ,出射側のシリンドリカルレンズの焦点となる位置に配置されることで,各出力レーザー光は,「マイクロレンズアレイ(10)」を通過する際に,縦方向及び横方向に関して,それぞれ,平行化されるからであり,入射面側のシリンドリカルレンズは縦方向の平行化に寄与し,出射側のシリンドリカルレンズは横方向の平行化に寄与する。

つまり,各出力レーザー光は,それぞれに割り当てられた「二つのレンズ」を通過することにより,二方向から平行化され,集光レンズ(12)の光軸に平行な光束になる。

仮に,「マイクロレンズアレイ(10)」が,半導体レーザーアレイ(9)に対して正確に位置調整されておらず,例えば,縦方向に位置ずれしていると,各半導体レーザー(14)は,入射面側のシリンドリカルレンズの焦点からずれ,各出力レーザー光は,縦方向に関して平行化されないことになり,各出力レーザー光は,集光レンズ(12)の光軸に平行な光束にはならず,結果として,集光レンズ(12)の焦点に集光しない。

(3)  一方,引用文献の【0020】には,図4に示された実施例について,「この図4の装置におけるマイクロレンズアレイ(10)としては,……各半導体レーザーからの出力レーザー光をその波面収差をも含めて補正して集光することのできる,一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズが備えられている。」と記載されているように,図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」は,一つ一つの出力レーザー光をマルチモード光ファイバー(13)の入射面に集光するものである。

このとき,各出力レーザー光が,マルチモード光ファイバー(13)の入射面に集光するのは,半導体レーザーアレイ(9)を構成する複数の半導体レーザー(14)から出力される各出力レーザー光が,「マイクロレンズアレイ(10)」を通過する際に,縦方向及び横方向に関して,それぞれ,異なる割合で内側に偏向されるからであって,入射面側のシリンドリカルレンズは縦方向の偏向に寄与し,出射側のシリンドリカルレンズは横方向の偏向に寄与する。

つまり,各出力レーザー光は,それぞれに割り当てられた「二つのレンズ」を通過することにより,所定の割合で内側に偏向され,一点に集光する。

仮に,「マイクロレンズアレイ(10)」が,半導体レーザーアレイ(9)に対して正確に位置調整されておらず,例えば,横方向に位置ずれしていると,各出力レーザー光が,割り当てられた出射面側のシリンドリカルレンズを通過せず,横方向に関して設計どおりの割合で内側に偏向しないことになり,結果として,マルチモード光ファイバー(13)の入射面に集光しない。

(4)  原告が主張するように,図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」は,出射面側に4個の「シリンドリカルレンズ」が並設されているが,それは,正確な図ではなく,本文に記載された半導体レーザー(9)の個数,配置とは関係なく,複数個のシリンドリカルレンズが存在することを表しているにすぎないと考えるのが自然である。一般に,特許公報の図面は構成要素の大きさや多数ある構成要素の個数について正確に表しているものではなく,本文中の個数と図面上の個数が関係なく記載されている場合もある。

(5)  審決では,引用文献の【特許請求の範囲】,【0016】の「マイクロレンズアレイ(10)は,……半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に成形された単一レンズであり,……たとえば両面非球面シリンドリカルレンズとされる。」及び【0020】の「この図4の装置におけるマイクロレンズアレイ(10)としては,……一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズが備えられている。」等の記載に基づいて,図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」が,「半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたものである」と認定した。これは,引用文献に記載の事項及び図面から把握し得る事項の範囲内であって,「半導体レーザー」と「シリンドリカルレンズ」の関係を類推して認定しているわけではない。

(6)  よって,引用文献の図4からでは,マイクロレンズアレイ10の出射面に配置されるマイクロレンズが,各々,複数の高出力半導体レーザー14のうちの1つの高出力半導体レーザー14に割り当てられていないとはいえず,審決の引用発明の認定に誤りはない。

3  取消事由3(一致点の認定の誤り)に対し

(1)  引用発明は,「入射面側のシリンドリカルレンズ」及び「出射面側のシリンドリカルレンズ」により,二方向(縦方向と横方向)から「各半導体レーザーからの出力レーザー光」を偏向させることで,「一点に集光させてマルチモード光ファイバーに入射させる」ものである。

このとき,「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過する,横方向に隣接する出力レーザー光を考えると,外側に位置する出力レーザー光は,内側に向けてより大きく偏向させることのできる「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過する必要があるから,「出射面側のシリンドリカルレンズ」は,通過する「出力レーザー光」に対応するように個別にレンズ設計されていることになる。つまり,横方向に隣接する出力レーザー光は,それぞれ,表面形状の異なる「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過するのであって,同一形状の「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過することはあり得ない。

(2)  仮に,横方向に隣接する出力レーザー光が,同一形状の「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過するようになると,横方向に関して同程度に内側に偏向させることになるから,「一点に集光させてマルチモード光ファイバーに入射させる」ことができなくなる。

例えば,乙2(特開平6-227040号公報)には,半導体レーザーアレイからの各出力レーザー光を横方向に偏向して集光する際に,レンズを各半導体レーザーと対応させる必要のあることが示されている。すなわち,乙2の【0023】には,「……小レンズ・アレー20はこの位置に設けるのが好ましい。小レンズ・アレー20の各小レンズ21は,対応するレーザ13からの光ビームを印刷レンズ22の入射瞳24上に集束し,他の小レンズ21によって集束された他の光ビームと重畳する。」と記載され,図1及び図2をみれば,それぞれの出力レーザー光を横方向に偏向するのは,対応する一つの小レンズ21であることとが読みとれる。これらのことから,複数の半導体レーザーを並べた半導体レーザーアレイの各レーザーから出力されるレーザー光を一点に集光させるためには,半導体レーザーそれぞれに対応したレンズが必要であることが分かり,またこのことが技術常識であることも分かる。

したがって,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの光を一点に集光させている引用発明の「出射面に縦方向に延在する非球面シリンダレンズ」は,各半導体レーザーの出射箇所であるエミッタに対応して,割り当てられている。

(3)  よって,「第2のシリンダレンズは,各々,複数のエミッタのうちの1つのエミッタに割り当てられており,該1つのエミッタから出射されたレーザビームを偏向させる」点で一致すると判断した審決に誤りはない。

4  取消事由4(相違点の看過)に対し

前記3のとおり,引用発明において,「出射面側のシリンドリカルレンズ」は,通過する「出力レーザー光」に対応するように個別にレンズ設計されており,横方向に隣接する出力レーザー光は,それぞれ,表面形状の異なる「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過し,同一形状の「出射面側のシリンドリカルレンズ」を通過することはあり得ない。

そして,引用発明は,「入射面側のシリンドリカルレンズ」及び「出射面側のシリンドリカルレンズ」により,二方向(速軸に対応する第1の方向および遅軸に対応する第2の方向)から「各半導体レーザーからの出力レーザー光」を偏向させることで,「一点に集光させてマルチモード光ファイバーに入射させる」ものであるから,本願補正発明の奏する効果は,引用発明の奏する効果及び周知技術の奏する効果から当業者が予測し得る範囲内のものである。

よって,原告が主張する点は相違点ではなく,これを一致点とした審決の判断に誤りはない。

仮に,この点が相違点であるとしても,乙2に示すように,半導体レーザーアレイからの各出力レーザー光を横方向に偏向して集光する際に,レンズを各半導体レーザーと対応させる必要のあることから,引用発明において,上記相違点に係る本願補正発明の発明特定事項を採用することは,当業者が容易になし得たことであり,審決の結論が左右されるものではない。

5  取消事由5(手続違背)に対し

(1)  原告主張の根拠1について

原告は,拒絶理由通知及び拒絶査定と異なる進歩性欠如の論理付けの過程により,本願補正発明の進歩性が否定されている点で審決は違法であると主張するが,審決は,本願補正発明が進歩性を有していない結果,いわゆる独立特許要件を有しておらず,そのため,平成27年4月16日付け手続補正(本件補正)は却下すべきものと判断している。

そもそも,この独立特許要件違反に基づく補正の却下は,後記(3)で述べるとおり,拒絶理由通知及び拒絶査定で示した理由と異なるもの(いわゆる新たな理由)であったとしても,何ら違法ではない。

また,平成26年3月18日付けの拒絶理由通知(甲14)においては,まず,記載不備に関する理由が指摘され,原告が指摘する進歩性欠如に関する理由は,最後に指摘されている理由である上に,その備考欄には,「引用文献1(特に【図1】又は【図2】の実施例を参照),引用文献2(特に【図4】の実施例を参照。2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成することは,当業者にとって周知の技術である),引用文献3,引用文献4(特に第11,12図の実施態様を参照)のいずれかに記載の発明と格別の差異がない。」と説示されており,「引用文献1」ないし「引用文献4」のいずれもが,主引例として通知されたことは明らかである。

審決では,拒絶理由通知及び拒絶査定において,主引例として扱われている「引用文献2」の図4等に基づいて引用発明を認定したものであるから,その論理付けは一貫しており,原告の「進歩性欠如の論理付けの過程が,審決と,拒絶理由通知及び拒絶査定とでは,全く異なる」旨の主張は,失当である。

(2)  原告主張の根拠2について

ア 甲2ないし6の各文献(自明事項文献①ないし⑤)について

審決は,「(3)対比 イ(ア)」において,「『半導体レーザーの活性層』からの出力レーザー光は,出射直後に,速軸方向(ファースト軸方向)及び遅軸方向(スロー軸方向)に発散して,楕円状に拡がることは,当業者にとって自明のことである。また,速軸方向の発散角の方が大きいことから,集光するためには,出射直後に,楕円が大きくならないように,まず,速軸方向に発散する光の拡がりを抑制する必要のあることも,当業者にとって自明のことである。」とする根拠として,上記各文献を例示したが,これらの文献の記載(図を含む。)からは,上記「半導体レーザーの活性層からの出力レーザー光は,……まず,速軸方向に発散する光の拡がりを抑制する必要のある」ことが理解できる。そして,これらの文献は,当業者にとって自明な事項,すなわち,当業者であれば,当然そのように理解している事項の根拠として具体的に例示した文献であるから,原告の主張するような「新たな文献」には当たらない。

イ 甲7ないし9の各文献(周知技術文献⑥ないし⑧)について

審決は,「(4)判断 ア(ア)」において,「『複数のエミッタを横方向に一列に並んで配置したレーザーダイオードバーを縦方向に積層したスタック型半導体レーザーアレイ』は,本願の優先日時点で周知である。」とする根拠として,上記各文献を例示したが,拒絶理由(甲14)において,審査官は,「引用文献2(特に【図4】の実施例を参照。2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成することは,当業者にとって周知の技術である)」と説示しており,審決においても,同様に「周知の技術である」と認定しており,上記各文献は,その根拠として具体的に例示した文献であるから,原告の主張するような「新たな文献」には当たらない。

ウ 甲10ないし12の各文献(自明事項文献⑨ないし⑪)について

審決は,「(4)判断 イ(イ)」において,「シリンドリカルレンズを非対称にすることで,光の偏向度合いを変え得ることは,当業者にとって自明のことである。」とする根拠として,上記各文献を例示したが,拒絶理由(甲14)において,審査官は,「請求項9の限定事項は,引用文献2(特に【図4】の実施例),引用文献4より当業者にとって自明のものである。」と説示しており,審決においても,同様に「自明のものである」と認定しており,上記各文献は,その根拠として具体的に例示した文献であるから,原告の主張するような「新たな文献」には当たらない。

エ 以上のとおり,審決で引用した,甲2ないし12の各文献は,いずれも,自明な事項又は周知技術であることを示すために例示した文献にすぎず,原告が主張する「拒絶理由通知及び拒絶査定で摘示していない新たな文献」には当たらない。

(3)  原告主張の根拠3について

拒絶査定不服審判を請求する場合に,特許請求の範囲についてする補正は,権利付与を迅速,公平に行うといった観点から,その補正目的は制限されているところ,「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正をしたときは,たとえ当該補正により原査定の理由が解消されたとしても,新たな証拠等を考慮すると原査定の理由と異なる拒絶の理由が発見されることがあり得る。

この場合に,もし,当該補正を却下することなく,新たな証拠等を提示するなどして再度拒絶の理由を通知する手続を採ると,審判請求人に更なる補正の機会を与えることになる。つまり,審判合議体においては,再度,更なる補正後の発明について,その新規性や進歩性を否定するような新たな証拠が存在しないものかどうか等の更なる調査が必要となる。

また,拒絶査定不服審判請求時の補正を適切な内容のものとしなくても,再度の補正の機会が与えられることにもなり,適正な補正を行った者とそうでない者との扱いの公平さを失するといえる。

さらに,拒絶査定不服審判請求時の補正が適切なものでなくても再度の補正の機会が与えられるのであれば,審判請求人が十分適切な補正を行わなくなる事態が惹起されかねず,これが審理を遅延化させる要因となるおそれもある。

そこで,「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正については,補正後の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができなければならないという要件を課すことにより,補正が繰り返しなされることによる弊害の防止が図られている。つまり,補正後の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないのであれば,決定をもってその補正を却下して発明を補正前の拒絶査定時のものに戻し,拒絶査定における原査定の拒絶の理由についてその妥当性を審判合議体に判断させることで,迅速かつ公平な権利付与がなされるようにしているのである。

以上のことから,独立特許要件の判断に際しては,たとえ,原査定の拒絶の理由と異なる理由(いわゆる新たな理由)であっても,特許を受けることできないと判断されれば,その補正は却下すべきである。

したがって,本件を担当した審判合議体において,本件補正の却下の決定に際して,事前に,審判請求人に本件補正後の発明(本願補正発明)が独立特許要件を欠いているとの拒絶の理由を通知しなかったことは,手続違背ではない。

また,本件については,独立特許要件を欠いているとして示した進歩性欠如の理由は,前記(1)及び(2)で反論したように,実質的に拒絶理由通知(甲14)及び拒絶査定(甲17)で示した理由と何ら変わらないから,審決の本願補正発明が進歩性を有さない理由と,拒絶理由通知及び拒絶査定の理由は一致しており,この点でも原告の主張は理由がない。

6  取消事由6(引用文献の適格性欠如)に対し

引用文献には,「マイクロレンズ10」について,「【0016】マイクロレンズアレイ(10)は,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力光をコリメートするためのレンズが半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に成形された単一レンズであり,型押し,エッチング,光造形,イオン注入,リソグラフィーなどにより製造され,たとえば両面非球面シリンドリカルレンズとされる。」及び「【0020】この図4の装置におけるマイクロレンズアレイ(10)としては,……一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズが備えられている。」と記載され,その構造及び集光の仕組みは,明確である。

また,図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」は,「取消事由2」に対する反論で述べたように,縦方向の偏向に寄与する入射面側のシリンドリカルレンズと,横方向の偏向に寄与する出射側のシリンドリカルレンズとからなるものであって,各出力レーザー光は,割り当てられた入射面側のシリンドリカルレンズ及び出射側のシリンドリカルレンズを通過することにより,所定の割合で内側に偏向され,一点に集光されることは,乙2に示される技術常識(前記3(2)参照)を有する当業者にとって明らかである。

さらに,引用文献には「【0016】マイクロレンズアレイ(10)は,……型押し,エッチング,光造形,イオン注入,リソグラフィーなどにより製造され,……。」及び「【0020】この図4の装置におけるマイクロレンズアレイ(10)としては,たとえばレーザーアブレーションにより精密に生成された,……。」と記載され,「マイクロレンズアレイ10」の製造方法も開示されている。

してみると,引用文献の図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」は,その構造及び集光の仕組みも明確であり,レーザーアブレーション等を利用して製造することが記載されているのであるから,図4に示された「マイクロレンズアレイ(10)」を製造することは,当業者が容易になし得ることである。

よって,原告の主張は理由がない。

第5当裁判所の判断

1  本願補正発明について

(1)  本願明細書の記載

本願明細書(甲13)には,以下の記載がある(図面については,別紙「本願明細書の図」参照)。

ア 技術分野

「【技術分野】

【0001】

本発明は,請求項1の上位概念に従ったレーザビームを形成するための装置に関する。

【0002】

定義 レーザビームの伝播方向において,レーザビームの中心伝播方向,特に,これが平面波ではない場合,または少なくとも部分的に発散している場合。レーザビーム,光ビーム,部分ビーム,またはビームについては,別段の記載がない限り,幾何光学の理想的ビームを意味しているのではなく,現実の光ビーム,たとえば,無限小ではなく,拡大するビーム断面を有するレーザビームであって,ガウスプロファイルまたはトップハットプロファイルを有するレーザビームである。光は,可視スペクトル領域だけでなく,赤外および紫外スペクトル領域をも意味するものとする。」

イ 従来の技術

「【背景技術】

【0003】

冒頭において述べたタイプの装置は,たとえば,特許文献1から知られる。それには,レーザダイオードバーから出射されるレーザビームが,複数のマイクロオプティックスとマクロオプティックスとの組合わせによって,光ファイバの入射面にフォーカスされる。これらの方法は,多くの構成要素とファイバにレーザダイオードバーを結合するための調整ステップとを必要とし,したがって,ファイバが結合されたレーザダイオードモジュールの生産に高額の費用と時間を要することになる。

【0004】

特許文献2から,モノリシック構成部材が知られ,かかるモノリシック構成部材は,入射面上に,縦横に互いにシフトした速軸コリメーション用レンズアレイと,出射面上には,縦横に互いにシフトした遅軸コリメーション用レンズアレイを有している。この装置の場合にも,構成部材の後ろに,光ファイバの入射面上に各レーザビームをフォーカシングするための手段を設けることが必要である。さらにまた,構成部材の前には,各レーザビームの縦方向シフトのための手段が設けられ,それによって,レーザダイオードバーの各レーザビームが,縦方向にシフトされて設けられたシリンダレンズ上に現れるようにすることが可能である。

【先行技術文献】

【特許文献】

【0005】

【特許文献1】欧州特許第1006382号明細書

【特許文献2】米国特許第6407870号明細書」

ウ 発明が解決しようとする課題

「【発明が解決しようとする課題】

【0006】

本発明が基礎とする課題は,冒頭で述べたタイプの装置であって,簡単で,および/またはコスト的に有利であって,および/または効率的に構成されてなる装置を提供することである。」

エ 課題を解決するための手段

「【課題を解決するための手段】

【0007】

このことは,本発明に従えば,請求項1の特徴を有する冒頭に述べたタイプの装置によって達成される。下位の請求項は,本発明の好ましい実施形態に関する。

【0008】

請求項1に従えば,第1および第2のレンズ手段が,構成部材中または構成部材に沿って実現される。したがって,場合によっては,各構成部材とファイバ結合を実現することが可能であって,したがって,装置のコストを低減することが可能となる。

【0009】

特に好ましくは,第1および第2のレンズ手段によって,光ファイバの入射面上にレーザビームを結像させてもよい。さらに好ましくは,レーザダイオードバーから出射するレーザビームの遅軸方向に関して,シリンダレンズアレイが設けられ,それを介して,レーザビームの少なくともいくつかを,光ファイバの入射面上へと偏向させてもよい。

【0010】

さらに詳しくは,本発明は,レーザビームが光ファイバに入射可能なようにレーザビームを形成することが可能なレーザビームを形成するための装置であって,

第1の方向に関してレーザビームを偏向および/もしくは結像またはコリメートするための第1のレンズ手段と,

第2の方向に関してレーザビームを偏向および/もしくは結像またはコリメートするための第2のレンズ手段とを含み,

第1および第2のレンズ手段は,構成部材中または構成部材に沿って実現されることを特徴とする装置である。

【0011】

本発明において,構成部材はモノリシック構成部材であることを特徴とする。

本発明において,第1のレンズ手段は,構成部材の第1の面に屈折構造によって形成され,第1の面は,特にレーザビームの入射面として機能することができることを特徴とする。

【0012】

本発明において,第2のレンズ手段は,構成部材の第2の面に屈折構造によって形成され,第2の面は第1の面に対向し,特にレーザビームの出射面として機能することができることを特徴とする。

【0013】

本発明において,該装置は,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビームを形成するために機能することができ,第1の方向は速軸に対応し,第2の方向は遅軸に対応することを特徴とする。

【0014】

本発明において,第1のレンズ手段は,少なくとも1つの第1のシリンダレンズを有することを特徴とする。

【0015】

本発明において,第2のレンズ手段は,第2のシリンダレンズのアレイとして形成されることを特徴とする。

【0016】

本発明において,少なくとも1つの第1のシリンダレンズは,第2のシリンダレンズに垂直に配列されることを特徴とする。

【0017】

本発明において,第2のシリンダレンズのアレイのうちの第2のシリンダレンズの少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの少なくともいくつか,特に外側のレーザビームは,内側のレーザビームよりも強く偏向させることができることを特徴とする。

【0018】

本発明において,少なくとも1つの第1のシリンダレンズは,第1の方向に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームを,光ファイバの入射面上に結像させることができるように形成されることを特徴とする。

【0019】

本発明において,第2のシリンダレンズのアレイの第2のシリンダレンズの少なくともいくつか,特に全部は,第2の方向に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームを,光ファイバの入射面上に結像させることができるように形成されることを特徴とする。

【0020】

本発明において,第1のレンズ手段は,第1の方向に並設される複数の第1のシリンダレンズを有し,それぞれの第1のシリンダレンズは,第1の方向に関して,レーザダイオードバーのスタックのそれぞれのレーザダイオードバーのレーザビームをそれぞれ偏向させることができることを特徴とする。

【0021】

本発明において,構成部材の第1の面および第2の面の両方に,レンズ手段が設けられることを特徴とする。

【0022】

本発明において,構成部材の第1の面または第2の面のいずれかに,レンズ手段が設けられることを特徴とする。

【0023】

本発明において,該装置は,レーザビームが1よりも多くの光ファイバに入射することできるように,レーザビームを形成することができることを特徴とする。」

オ 発明の実施の形態

「【発明を実施するための形態】

【0026】

図には,方向を分かりやすくするために,デカルト座標系を挿入している。

本発明の課題は,構成部材(一体構造のモノリシックマイクロ光学系)および調整ステップでのビーム形成を最小限まで低減し,ファイバ結合レーザダイオードモジュールの生産コストを有利とすることである。このビーム形成は,モノリシックマイクロ光学系の各構成部材1によって達成され(図1および図2参照),各構成部材は,第1の,入射面として機能する面1a上に,第1のシリンダレンズ2を有し,第2の,出射面として機能する面1b上には,それに対して90°回転された第2のシリンダレンズアレイ4を有している。

【0027】

レーザダイオードバーのエミッタ3から出射されるレーザビーム6は,第1のシリンダレンズ2によって,速軸方向またはY方向において直接光ファイバ5の入射面7に結像される。第2のシリンダレンズ4は,遅軸方向またはX方向にそれぞれレーザビーム6を,図示された実施形態においては中心から外れて,光ファイバ5の入射面7上に結像する(図3および図4参照)。

【0028】

この場合,特に,X方向外側の,すなわち図2において上下にある第2のシリンダレンズ4は,中心の外側にあるレーザビーム6が,中心に対して,すなわち構成部材1の光学軸8に対して偏向されるように,非対称とされている(図2および図4参照)。それに対して,アレイの中心では,すなわち光学軸8に接して設けられた第2のシリンダレンズ4は対称またはわずかに非対称であるに過ぎない。第2のシリンダレンズ4の対称性は,中心から外側へ,すなわち,図2においては上下に減衰する。特に,構成部材1の光学軸8は,光ファイバの光学軸に対応させる,すなわちこれに同軸にしてもよい。

【0029】

図1および図2によって,ビーム形成の原理がよくわかる。その実施形態によって,小さなバー(10のエミッタ,100/500構造)を直接かつさらなるマクロ光学系を含めずに,NA=0.22の600μmのファイバに結合することが可能となる。理論上の結合効率(反射損失を含めない純粋な幾何学的光学損失の観点から)は95%である。測定された値は,結合効率90%±3%であった。

【0030】

代わりに,第1のシリンダレンズ2を第2の面1b上に,第2のシリンダレンズ4のアレイを第1の面1a上に設けてもよい。さらにまた,第1の面1aまたは第2の面1bのいずれかの上に,第1のシリンダレンズ2と第2のシリンダレンズ4のアレイとを設けてもよい。

【0031】

さらにまた,第1のシリンダレンズ2は,速軸に関してレーザビーム6を結像させるのではなく,コリメートさせてもよい。さらにまた,第2のシリンダレンズ4は,遅軸に関してレーザビーム6を結像させず,コリメートさせるのであって,レーザビームを光ファイバ5の入射面7に向う方向に偏向させてもよい。

【0032】

レーザダイオードバースタックのレーザビームを光ファイバ内に結合させるべきときには,各々がY方向に互いに重なる第1のシリンダレンズ2をさらに設けてもよい。これらは,異なるレーザダイオードバーから出射するレーザビームが,速軸,すなわちY方向に関して,中心すなわち光学軸8に対して(Y方向における光学軸の位置に対して,概略は図1参照)偏向するように傾けられる。

【0033】

または,原則に従い,構成部材1との速軸および遅軸のコリメーションと,それに続くフォーカシングとを価格面で有利な球面光学系を介して実現することも可能である。

【0034】

本装置は,レーザビームを,1本の光ファイバ5よりも多くの光ファイバ内に,たとえば2本の隣接した光ファイバ5内に結合させることが可能であるように形成することができる。これによってレーザビームを放射するエミッタ3の数をより多く選択することが可能となる。」

(2)  本願補正発明の内容

以上の記載によれば,本願補正発明は,概要次のとおりのものであると認められる。

ア 本願補正発明は,レーザダイオードバー又はレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビームが光ファイバに入射可能なようにレーザビームを形成するレーザビーム形成装置に関する(【0001】)。

イ 従来のレーザビーム形成装置は,レーザダイオードバーから出射されるレーザビームを複数のマイクロオプティックスとマクロオプティックスとの組み合わせによって光ファイバの入射面にフォーカスするので,多くの構成要素を必要とし,また,光ファイバにレーザダイオードバーを結合するための調整ステップを必要とするため,光ファイバが結合されたレーザダイオードモジュールの生産に高額の費用と時間とを要していた(【0003】)。

また,入射面上には縦横に互いにシフトした速軸コリメーション用レンズアレイを有し,出射面上に縦横に互いにシフトした遅軸コリメーション用レンズアレイを有するモノリシック構成部材を用いる装置も知られているが,この装置の場合も,モノリシック構成部材の後ろには,各レーザビームを光ファイバの入射面上にフォーカシングするための手段を設ける必要があり,モノリシック構成部材の前には,レーザダイオードバーの各レーザビームが,縦方向にシフトされて設けられたシリンダレンズ上に現れるようにするために,各レーザビームを縦方向にシフトさせる手段が設けられていた(【0004】)。

ウ 本願補正発明の課題は,簡単でコスト的に有利であり,効率的に構成されたレーザビーム形成装置を提供することである(【0006】)。

エ 本願補正発明は,本件補正後の請求項1に記載された構成によって,この課題を解決したものである(【0007】)。

オ 本願補正発明は,レーザビームの速軸に対応する第1の方向に関してレーザビームを光ファイバの入射面上に結像するための第1のレンズ手段と,レーザビームの遅軸に対応する第2の方向に関してレーザビームを光ファイバの入射面上に結像するための第2のレンズ手段とが,レーザビームの入射面として機能する第1の面と,第1の面に対向し,レーザビームの出射面として機能する第2の面とを有する構成部材の当該第1の面及び当該第2の面にそれぞれ形成されるので,当該構成部材と光ファイバとを結合させることができ,レーザダイオードバー又はレーザダイオードバーのスタックから出射するレーザビームが光ファイバに入射可能なようにレーザビームを形成するレーザビーム形成装置のコストの低減が可能になるという効果を奏する(【0008】)。

2  取消事由1(本願補正発明の認定の誤り)について

原告は,取消事由1に関して,審決が,「本願補正発明の特徴的構成である第1のレンズ手段の第1のシリンダレンズ(2)及び第2のレンズ手段の第2のシリンダレンズ(4)の各光学的機能とその特徴的構成による前記の効果の認定を誤った」と主張する。

しかしながら,審決は,原告が提出した平成27年4月16日付け手続補正書(甲19)の特許請求の範囲請求項1に記載されたとおりに本願補正発明を認定しており,本願補正発明の認定自体に誤りがあるとは認められない。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。

なお,原告の上記主張は,要するに,審決が引用発明の認定を誤り(取消事由2),その結果,一致点及び相違点の認定を誤ったこと(取消事由3及び4)の原因(根拠)の一つとして主張されているものと解されるが,取消事由2ないし4が認められないことは,後記3及び4のとおりであるから,かかる意味においても理由がない。

3  取消事由2(引用発明の認定の誤り)について

(1)  引用文献の記載

引用文献には,以下の記載がある(甲1。図面については,別紙「引用文献の図」参照)。

「【請求項2】 複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイと,この半導体レーザーアレイのレーザー光出力側に設けられたマイクロレンズアレイとを備えた装置であって,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有しており,各半導体レーザーからの出力レーザー光がマイクロレンズアレイにより集光されることを特徴とする半導体レーザーアレイ装置。

【請求項3】 マイクロレンズアレイが,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力光をコリメートまたは集光するためのレンズが成形されてなることを特徴とする請求項1または2の半導体レーザーアレイ装置。」

「【0001】

【発明の属する技術分野】この発明は,半導体レーザーアレイ装置に関するものである。さらに詳しくは,この発明は,高出力レーザー加工,高出力加工用固体レーザーの励起,レーザー核融合用固体レーザーの励起,レーザー医療分野等に有用な,高出力・高輝度半導体レーザー光を発生させて,それを集光させることのできる,電気-光変換効率が高く,小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置に関するものである。」

「【0002】

【従来の技術とその課題】半導体レーザーは,電気-光変換効率が高く,理想的な固体レーザーとしての特性を備えている。しかしながら,従来より,この半導体レーザーは,出力ビームのパターンが悪く,集光特性が劣悪であるために,複数の半導体レーザーを結合させて大出力のパワーレーザーとして応用できる範囲が非常に限られていた。

【0003】それというのも,高い出力を出す半導体レーザーおよびそれを複数個2次元的に配置させた半導体レーザーアレイでは,その半導体レーザーに横幅の広い活性層を使用するために,出力レーザー光の横方向モードが悪く,また,活性層の縦と横とで大きく異なった発散角を有しており,出力レーザー光を集光することが非常に困難であるといった問題があった。このため,活性層の広い,高い平均出力を発生できる半導体レーザーおよび半導体レーザーアレイからの出力レーザー光は,専らYAGなどの固体レーザー励起用光源としてのみ使用されており,パワーレーザーとしての応用では10Wクラスの出力が達成されているに過ぎなかった。

【0004】たとえば図1に例示したように,従来では,半導体レーザーが複数配置されてなる半導体レーザーアレイ(1)は,反射鏡(3)と出力鏡(4)との間に設けられているYAGロッド(2)の励起用光源として用いられており,半導体レーザーアレイ(1)により励起されたYAGロッド(1)からの高出力レーザー光が,レンズ(5)を介して集光されてマルチモード光ファイバー(6)に入射される。そして,このマルチモード光ファイバー(6)の出力側に設けられているレンズ(7)を通って加工対象物(8)に照射され,加工対象物(8)をレーザー加工するようにしている。

【0005】このような従来のレーザー加工は,半導体レーザーアレイにより励起されるYAG等の固体レーザーを用いて行われているが,YAG等の固体レーザーでは総合効率を高くすることが困難であるため,高出力化のために装置が非常に大型なものとなっている。そこで,半導体レーザーアレイからの出力レーザー光を集光させて,直接マルチモード光ファイバーに入射させることができれば,従来のYAG等の半導体レーザー励起固体レーザーよりも効率を1桁程度向上させることができ,且つ構造の簡略化および小型化が可能となるので,レーザーの新しい加工応用を実現させることができるようになる。

【0006】たとえば,従来では,ガラスロッドレンズ等を用いて半導体レーザーアレイからの出力レーザー光を集光させ,光ファイバーに入射させるようにしているが,そのガラスロッドレンズの形状を,半導体レーザーアレイの各半導体レーザージャンクションに対して個別に制御することができないため,20W以下程度の低出力・低輝度のレーザー光しか得ることができていない。

【0007】この発明は,以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり,高出力且つ高輝度の半導体レーザー光を発生させて,それを効率よく集光させることのできる,高電気-光変換効率を有する小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置を提供することを目的としている。」

「【0008】

【課題を解決するための手段】この発明は,上記の課題を解決するものとして,複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイと,この半導体レーザーアレイのレーザー光出力側に設けられたマイクロレンズアレイと,このマイクロレンズアレイの出力側に設けられた集光レンズとを備えた装置であって,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有しており,各半導体レーザーからの出力レーザー光がマイクロレンズアレイによりコリメートされて集光レンズに照射され,この集光レンズによりコリメートレーザー光が集光されることを特徴とする半導体レーザーアレイ装置(請求項1)を提供する。

【0009】また,この発明は,複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイと,この半導体レーザーアレイのレーザー光出力側に設けられたマイクロレンズアレイとを備えた装置であって,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有しており,各半導体レーザーからの出力レーザー光がマイクロレンズアレイにより集光されることを特徴とする半導体レーザーアレイ装置(請求項2)をも提供する。

【0010】さらにまた,この発明は,上記の半導体レーザーアレイ集光装置において,マイクロレンズアレイが,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力光をコリメートまたは集光するためのレンズが成形されてなること(請求項3)や,半導体レーザーアレイの活性層の幅が約5~20ミクロンであること(請求項4)等をその好ましい態様としている。」

「【0012】

【実施例】図2は,この発明の一実施例である半導体レーザーアレイ装置を例示したものである。たとえばこの図2に示したように,この発明の半導体レーザーアレイ装置は,複数の半導体レーザー(14)により構成された半導体レーザーアレイ(9)と,この半導体レーザーアレイ(9)のレーザー出力側に設けられたマイクロレンズアレイ(10)と,このマイクロレンズアレイ(10)の出力側に設けられた集光レンズ(12)とを備えている。

【0013】半導体レーザーアレイ(9)は,たとえば1Wの出力を有する半導体レーザー(14)が複数個配置されて構成されており,冷却水を循環させる冷却水取込み部(91)と冷却水排出部(92)とが設けられている。この半導体レーザーアレイ(9)を構成する各半導体レーザー(14)の活性層の幅は,出力レーザー光の集光に必要な幅,たとえば約5~20ミクロンを有している。これにより,集光に必要な横モード数を得て,各半導体レーザー(14)の単位長さ当たりの数を増やし,小型の半導体レーザーアレイ(9)で高出力,且つ高輝度のレーザー光,たとえば100W/cm2 の非常に高い出力密度,を得ることができるようになる。

【0014】但し,半導体レーザーの活性層の幅を上述のように調節するだけでは,図3に例示したように,各半導体レーザー(14)の出力レーザー光の縦と横の発散角が異なっているために,その出力レーザー光を小さく集光させることができない。図3に例示した半導体レーザー(14)は,横幅100μm,長さ600μm,厚さ1μm以下であり,この半導体レーザー(14)により出力されたレーザー光は,回折拡がりの縦発散角が40°,共振器モードによる拡がり,つまり多モードの横発散角が10°と,縦発散角と横発散角とが異なってしまっている。

【0015】…(略)…

【0016】マイクロレンズアレイ(10)は,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力光をコリメートするためのレンズが半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に成形された単一レンズであり,型押し,エッチング,光造形,イオン注入,リソグラフィーなどにより製造され,たとえば両面非球面シリンドリカルレンズとされる。」

「【0019】図4は,この発明の半導体レーザー装置の別の一実施例を例示したものである。この図4に例示したこの発明の半導体レーザー装置では,縦3×横3個の高出力半導体レーザー(14)により構成された3cm×3cmの半導体レーザーアレイ(9)のレーザー光出力側に,マイクロレンズアレイ(10)のみが設けられている。もちろん,半導体レーザーアレイ(9)を構成する各半導体レーザー(14)の活性層は,出力レーザー光を集光するために必要な幅,たとえば5~20ミクロンの幅を有している。

【0020】この図4の装置におけるマイクロレンズアレイ(10)としては,たとえばレーザーアブレーションにより精密に生成された,各半導体レーザーからの出力レーザー光をその波面収差をも含めて補正して集光することのできる,一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズが備えられている。このような単一のマイクロレンズアレイ(10)により,高出力且つ高輝度のレーザー光を一点に集光させることができ,たとえば直径約600μm程度のマルチモード光ファイバー(13)に入射させることができるようになる。」

「【0024】

【発明の効果】以上詳しく説明した通り,この発明によって,高出力且つ高輝度の半導体レーザー光を発生させることができ,そのハイパワー半導体レーザー光を効率よく集光させることのできる,高光-電気変換効率で,且つ小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置が提供され,この半導体レーザーアレイ装置により,半導体レーザーアレイをパワーレーザーとして使うことが実現される。」

(2)  引用発明の認定

ア 引用文献の【請求項2】,【請求項3】,【0009】及び【0010】の記載によれば,引用文献には,「複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイと,この半導体レーザーアレイの光出力側に設けられたマイクロレンズアレイとを備えた半導体レーザーアレイ装置であって,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有し,各半導体レーザーからの出力レーザー光がマイクロレンズアレイにより集光され,前記マイクロレンズアレイは,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に,半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力レーザー光を集光するためのレンズが成形されたものである,半導体レーザーアレイ装置」が記載されているものと認められる(この点は,審決が認定したとおりである。)。

イ そして,引用文献には,高い出力を出す半導体レーザー及びそれを複数個2次元的に配置した半導体レーザーアレイについて,「半導体レーザーに横幅の広い活性層を使用するために,」「活性層の縦と横とで大きく異なった発散角を有しており,出力レーザー光を集光することが非常に困難であるといった問題があった。」(【0003】),「各半導体レーザー(14)の出力レーザー光の縦と横の発散角が異なっているために,その出力レーザー光を小さく集光させることができない。」(【0014】)との記載があり,半導体レーザーの活性層の横幅が広いと活性層の縦と横とで発散角が大きく異なり,出力レーザー光を集光することが非常に困難であることが問題として挙げられているから,「各半導体レーザーの活性層の幅が集光に必要な幅を有し」とは,各半導体レーザーの活性層の横幅が,マイクロレンズアレイによる集光が可能となる程度の広さであることを意味するものと認められる。

ウ また,引用文献には,半導体レーザーアレイの具体例として,高出力半導体レーザーを縦に3個,横に3個配置したものが記載されているから(【0019】,図4),「複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイ」は,具体的には,「複数の半導体レーザーを縦横に配置した半導体レーザーアレイ」であると認められる。

なお,引用文献には,半導体レーザーの活性層について「横幅100μm,長さ600μm,厚さ1μm以下」,出力レーザー光について「回折拡がりの縦発散角が40°,共振器モードによる拡がり,つまり多モードの横発散角が10°」(【0014】)との記載があり,この記載と図3とを照らし合わせれば,引用文献にいう「縦」は垂直方向であり,「横」は水平方向かつ出力レーザー光の光軸に直交する方向であることが分かる。

エ さらに,引用文献には,マイクロレンズアレイについて,「半導体レーザーアレイの各半導体レーザーからの出力光をコリメートするためのレンズが半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の両面に成形された単一レンズであり,」「たとえば両面非球面シリンドリカルレンズとされる。」(【0016】),「各半導体レーザーからの出力レーザー光をその波面収差をも含めて補正して集光することのできる,一枚の基板の両面に複数のレンズが成形されて成る単一レンズ」(【0019】)との記載があり,これらの記載と図4とを照らし合わせると,「マイクロレンズアレイ」は,具体的には,「半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたもの」であることが認められる。

オ さらに,引用文献には,「単一のマイクロレンズアレイ(10)により,高出力且つ高輝度のレーザー光を一点に集光させることができ,たとえば直径約600μm程度のマルチモード光ファイバー(13)に入射させることができる」(【0020】)との記載があるから,「半導体レーザーアレイ」は,「出力レーザー光を一点に集光させてマルチモード光ファイバーに入射させることのできる」ものであることが認められる。

カ 以上によれば,引用文献には,審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3(2)ア)が記載されているものと認められる。

(3)  原告の主張について

ア これに対し,原告は,審決が認定した引用発明のうち,「前記マイクロレンズアレイは,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたものである」との部分は誤りであると主張する。

イ よって検討するに,原告がその根拠とするところは,いずれも,引用文献の図4に,マイクロレンズが縦4×横4個に配置されたマイクロレンズアレイ10の構成が示されており,これが,縦3×横3個の高出力半導体レーザー(【0019】)という半導体レーザーアレイの構成と一致していないことを前提とするものであると解される。

しかしながら,引用文献は公開特許公報であるから,引用文献に掲載された図はいずれも特許出願の願書に添付された図面に描かれたものであるところ,一般に,特許出願の願書に添付される図面は,明細書の記載内容を補完し,特許を受けようとする発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図であるから,当該発明の技術内容を理解するために必要な程度の正確さを備えていれば足り,設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。

そして,引用発明は,「高出力且つ高輝度の半導体レーザー光を発生させて,それを効率よく集光させることのできる,高電気-光変換効率を有する小型な,新しい半導体レーザーアレイ装置を提供する」(【0007】)という従来技術の課題を,複数の半導体レーザーにより構成された半導体レーザーアレイと,この半導体レーザーアレイのレーザー光出力側に設けられたマイクロレンズアレイとによって半導体レーザーアレイ装置を構成するとともに,各半導体レーザーの活性層の幅を集光に必要な幅とし,各半導体レーザーからの出力レーザー光をマイクロレンズアレイで集光することによって解決したものであり(【0008】),半導体レーザーアレイを構成する半導体レーザーの数やマイクロレンズアレイを構成するマイクロレンズの数を特定する点に技術的意義を有するものではないから,引用発明に係る半導体レーザーアレイ装置の要部斜視図(甲1,【図面の簡単な説明】)である引用文献の図4によって,半導体レーザーアレイ9からの出力レーザー光がマイクロレンズアレイ10で集光されてマルチモード光ファイバー13に入射する様子の概略を理解できるとしても,半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の数やマイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズの数といった,引用発明の課題,解決手段及び作用効果に直接関係のない技術的事項まで正確に表現されていると解するのは相当でない。

したがって,図4を根拠に,引用文献にマイクロレンズが縦4×横4個に配置されたマイクロレンズアレイ10の構成が示されているということはできず,原告の主張は,そもそもその前提において誤りがあるといわざるを得ない。

ウ また,原告の主張は,技術的な観点からみても失当である。

すなわち,原告の主張は,引用文献の図4に示された半導体レーザーアレイ装置では,マイクロレンズアレイ10のうちの一つのマイクロレンズに着目したとき,それが2個以上の高出力半導体レーザー14に割り当てられている,すなわち,2個以上の高出力半導体レーザー14のそれぞれからの出力レーザー光が1個のマイクロレンズで集光されてマルチモード光ファイバー13に入射しているというものであると解されるが,ある高出力半導体レーザー14からの出力レーザー光がマイクロレンズで集光されて光ファイバー13に入射するのは,その高出力半導体レーザー14からの出力レーザー光を構成する多数の光線の1本1本がマイクロレンズに入射し,それぞれが縦方向及び横方向に偏向された結果,当該多数の光線の全てがマルチモード光ファイバー13の入射面に向けて出射されることになるように,その高出力半導体レーザー14,マイクロレンズ及びマルチモード光ファイバー13の入射面の相互の位置関係が適切に調整されているからであると考えるのが相当である(これに反する技術常識を認めるに足る証拠はない。)。そうすると,そのように調整された高出力半導体レーザーとは別の高出力半導体レーザー14と,マイクロレンズ及びマルチモード光ファイバー13の入射面の相互の位置関係がこれと異なることは明らかであるから,別の高出力半導体レーザー14からの出力レーザー光は,同じマイクロレンズに入射したとしても,集光されてマルチモード光ファイバー13に入射するということにはならない。

したがって,原告が主張するような,2個以上の高出力半導体レーザー14のそれぞれからの出力レーザー光が1個のマイクロレンズで集光されてマルチモード光ファイバー13に入射しているという状況は,通常は想定できないというべきである。

エ さらに,原告は,引用文献における図2と図4に関する記載の違いに着目して,図4に示された半導体レーザーアレイ装置では,半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の個数が縦3×横3個であることに大きな注目をして,これを重要なものと認識をしていることが理解され,したがって,マイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズの個数についても同様に注目し,重要なものと認識をしていることが理解される,とも主張する。

しかしながら,前記のとおり,引用発明は半導体レーザーアレイを構成する半導体レーザーの数やマイクロレンズアレイを構成するマイクロレンズの数を特定する点に技術的意義を有するものではないから,図4に示された半導体レーザーアレイ9が縦3×横3個の高出力半導体レーザー14で構成される旨の記載があるからといって,半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の個数に大きな注目がされているなどということはできないし,そのような記載があるにもかかわらず,図4には高出力半導体レーザー14が一つも描かれていないことからすれば,図4は,半導体レーザーアレイ9を構成する高出力半導体レーザー14の個数を表現しようとするものでないことが明らかである。ましてや,図4が,引用文献に記載も示唆もないマイクロレンズアレイ10を構成するマイクロレンズの個数を表現しようとするものであるなどということもできない。

オ 以上によれば,原告の主張は根拠がなく,審決の引用発明の認定に誤りがあるとは認められない。

(4)  よって,原告が主張する取消事由2は理由がない。

4  取消事由3(一致点の認定の誤り)及び同4(相違点の看過)について

原告が主張する取消事由3及び4は,いずれも,取消事由2の主張を前提とするものである。すなわち,原告は,審決の引用発明の認定のうち,「前記マイクロレンズアレイは,半導体レーザーアレイの大きさに対応した基板の,入射面に横方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが縦方向に複数並設され,出射面に縦方向に延在する非球面シリンドリカルレンズが横方向に複数並設されたものである」との部分に誤りがあることを前提として,同部分は本願補正発明と引用発明との一致点ではないから,審決には同部分を一致点の一部として認定した誤りがあると主張し(取消事由3),また,同部分は本願発明と引用発明との相違点であるから,審決にはこの相違点を看過した誤りがあると主張している(取消事由4)。

しかしながら,審決の引用発明の認定に誤りがないことは,前記3のとおりであるから,取消事由3及び4に係る原告の主張は,いずれもその前提を欠くことが明らかである。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張する取消事由3及び4は理由がない。

5  取消事由5(手続違背)について

(1)  原告は,①進歩性欠如の論理付けの過程が審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とで全く異なるにもかかわらず,審判係属中に審決における進歩性欠如の論理付けの過程に沿った拒絶理由を通知して審判請求人に意見書を提出したり補正をしたりする機会を与えずに審決をしたことは違法である(審決が違法である根拠1),②拒絶理由通知及び拒絶査定で示していない新たな文献を挙げたにもかかわらず,拒絶理由を通知することなく本願補正発明の進歩性欠如を認定した審決は違法である(審決が違法である根拠2),③審判請求人に拒絶理由を通知せずに補正を却下したことは特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反するものであり,審決は審判手続における適正手続に違反してされたものであるから違法である(審決が違法である根拠3)旨を主張する。

(2)  よって検討するに,関係各証拠によれば,本願の審査における手続の経緯について,次のことがいえる。

ア 平成26年3月18日付け拒絶理由通知書(甲14)には,「理由3」として,請求項1ないし15のそれぞれに係る発明は,いずれも特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の記載があり,「引用文献」として次の七つの文献が「引用文献等一覧」に列挙されている(それぞれ,順に「引用文献1」ないし「引用文献7」と表記されている。)。

① 特開平9-96760号公報

② 特開平11-17268号公報(甲1公報に同じ)

③ 国際公開第01/35144号

④ 米国特許第6700709号公報

⑤ 特開平2-116809号公報

⑥ 特開2004-145362号公報

⑦ 特開平8-146250号公報

拒絶理由通知書の理由3の備考欄には,「引用文献1(特に【図1】又は【図2】の実施例を参照),引用文献2(特に【図4】の実施例を参照。2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成することは,当業者にとって周知の技術である),引用文献3,引用文献4(特に第11,12図の実施態様を参照)のいずれかに記載の発明と格別の差異がない。」と記載されているから,(出願当初の)請求項1ないし15のそれぞれに係る発明は,いずれも,「引用文献1」に記載の発明と比較しても格別の差異がなく,「引用文献2」に記載の発明と比較しても格別の差異がなく,また,「引用文献3」に記載の発明と比較しても,さらには,「引用文献4」に記載の発明と比較しても格別の差異がなく,したがって,進歩性が欠如していると判断されていることが分かる(ただし,請求項9については,「請求項9の限定事項は,引用文献2(特に【図4】の実施例),引用文献4より当業者にとって自明のものである。」と記載されているから,請求項9に係る発明の進歩性欠如をいうためには,「引用文献1」や「引用文献3」ではなく,「引用文献2」又は「引用文献4」に記載された事項を考慮する必要があることが分かる。)。

したがって,拒絶理由通知書には,少なくとも,(出願当初の)請求項1ないし15のそれぞれに係る発明がいずれも「引用文献2」に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの判断が記載されているといえる。

イ 拒絶理由通知を受けた原告は,平成26年7月1日付け手続補正書(甲16)を提出し,特許請求の範囲を補正した。

この補正の後(本件補正前)の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2(2)のとおりであり,そこに記載された事項は,出願当初の請求項1,3ないし7及び9ないし11のそれぞれに記載されていた事項の全部又は一部を取り出して一つにまとめたものであると認められる。

ウ 平成26年12月8日付け拒絶査定書(甲17)には,本願については拒絶理由通知書に記載した「理由3」によって拒絶をするべきものである旨の記載がある。

そして,拒絶査定書の備考欄には,本件補正前の請求項1における,「第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの外側のレーザビーム(6)を,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができる」点については,「引用文献2」の【図4】の実施例に接した当業者にとって自明のものであること,その余の点については,拒絶理由通知書の備考欄において既に述べたとおりであることが記載されている。

ここで,本件補正前の請求項1に記載された事項は,出願当初の請求項1,3ないし7及び9ないし11のそれぞれに記載されていた事項であり(前記イ),これら出願当初の請求項に係る発明のいずれについても,「引用文献2」に記載された発明に基づく進歩性欠如の拒絶理由が通知されている(前記ア)。そして,拒絶査定書には,本件補正前の請求項1に記載された「第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの外側のレーザビーム(6)を,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができる」という事項は「引用文献2」に接した当業者にとって自明のものであることが特記された上で,これ以外の点については拒絶理由通知書の備考欄に記載したとおりである旨が記載されているのであるから,結局のところ,本件補正前の請求項1に係る発明(本願発明)は「引用文献2」に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの判断が記載されていることになる。

なお,拒絶査定書の備考欄には,括弧書きで「第2のシリンダレンズの少なくともいくつか,より具体的には,第2の方向(X)の中心以外に位置する第2のシリンダレンズを非対称とする必要があることは,引用文献5,6を併せて考慮することによっても明らかである。」とも記載されているが,「引用文献5,6を併せて考慮することによっても明らか」なのであるから,「引用文献5」及び「引用文献6」は必ず考慮しなければならないものではなく,考慮しなくても,「引用文献2」の図4の実施例に接した当業者にとって明らかであると判断されていることが分かる。

また,拒絶査定書の備考欄には,同じく括弧書きで「また,2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成することは,当業者にとって周知の技術である」と記載されているが,かかる記載は,「2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成すること」が周知技術の単なる適用にすぎないことを指摘するものであるから,拒絶査定書には,本願発明は「引用文献2」に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの判断が記載されていることに変わりはない。

エ 以上のことから,拒絶理由通知書及び拒絶査定書には,一貫して,本願発明(又は本願発明の発明特定事項が個別に記載されていた出願当初の各請求項に係る発明)は「引用文献2」に記載された発明によって進歩性を欠く旨の拒絶理由が記載されていたものと認められる。

(3)  原告主張の根拠1について

原告は,進歩性欠如の論理付けの過程が審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とで全く異なると主張する。

しかし,審決は,本願補正発明について,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができず,したがって,本件補正は独立特許要件を満たさないから却下するべきものであると判断した上で,本願発明についても,本願補正発明と同様の理由により,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断している。すなわち,審決における本願補正発明の拒絶理由も本願発明の拒絶理由も,共に引用発明に基づく進歩性欠如である。

ここで,引用発明は,引用文献(甲1公報)に記載された発明であるところ,かかる引用文献は,拒絶理由通知書及び拒絶査定書に記載された「引用文献2」にほかならない。

そして,前記(2)のとおり,拒絶理由通知書及び拒絶査定書には,一貫して,本願発明は「引用文献2」に記載された発明によって進歩性を欠く旨の拒絶理由が記載されていたのであるから,結局のところ,本願補正発明又は本願発明の拒絶理由は,審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とで何ら変わるところがないといえる。

したがって,進歩性欠如の論理付けの過程が審決と拒絶理由通知及び拒絶査定とで異なるとはいえず,これに反する原告の主張は採用できない。

なお,原告は,拒絶理由通知及び拒絶査定には,主引例が示されておらず,一致点及び相違点や相違点に対応する副引例も示されていない,などとも指摘するが,主引例が示されていないとの指摘が当たらないことは前記のとおりであるし,一致点及び相違点や相違点に対応する副引例が示されていないとの点についても,拒絶理由通知書における「格別の差異がない」との記載は,要するに実質的な相違点がないという意味であると解されるから,相違点が指摘されないのは当然であるといえる。また,請求項9の限定事項に関していえば,拒絶理由通知書も拒絶査定書も,当業者にとって「引用文献2」から自明のものであるとの判断を示しているのであるから,いずれも実質的な相違点については,それを指摘した上で判断を示しているともいえ,その際に副引例を示していないのは,単にその必要がない(主引例である「引用文献2」を参照すれば足りる)からにすぎないと理解できる。

以上によれば,原告主張の根拠1は理由がない。

(4)  原告主張の根拠2について

ア 審決は,本願補正発明と引用発明との対比に先立って,①半導体レーザーの活性層からの出力レーザー光が出射直後に速軸方向及び遅軸方向に発散して楕円状に拡がること,及び②速軸方向の発散角の方が大きいから,集光するには出射直後にまず速軸方向に発散する光の拡がりを抑制する必要があることは,いずれも当業者にとって自明な事項であると認定し,その認定の根拠として甲2ないし6の各文献(自明事項文献①ないし⑤)を例示した(9頁21ないし32行)。

そして,審決は,これら当業者にとって自明な事項を踏まえると,引用発明の「入射面」の「非球面シリンドリカルレンズ」は出射直後に速軸方向に発散する光の拡がりを抑制するものであって,その方向は本願補正発明の「速軸に対応する第1の方向」に相当し,引用発明の「出射面」の「非球面シリンドリカルレンズ」は遅軸方向に発散する光の拡がりを抑制するものであって,その方向は本願補正発明の「遅軸に対応する第2の方向」に相当することは,当業者にとって明らかであると認定したものである(9頁33行ないし10頁5行)。

すなわち,審決は,当業者が当然に理解する事項(前記①及び②の事項)を明らかにした上で,そのような事項を当然に理解する当業者が引用発明に接すれば,「入射面」の「非球面シリンドリカルレンズ」は出射直後に速軸方向に発散する光の拡がりを抑制する機能を果たし,「出射面」の「非球面シリンドリカルレンズ」は遅軸方向に発散する光の拡がりを抑制する機能を果たすことを理解するし,その速軸方向及び遅軸方向がそれぞれ本願補正発明の「速軸に対応する第1の方向」及び「遅軸に対応する第2の方向」に相当することを理解すると認定したものであり,当業者が前記①及び②の事項を当然に理解するといえる根拠(換言すれば,当業者の知識水準の根拠)として,上記各文献を例示したにすぎないといえる。

したがって,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定が示していない「新たな文献」に基づいて引用発明を拡大解釈したり進歩性判断をしたりした(拒絶理由通知及び拒絶査定とは異なる拒絶の理由を示した)ということはできない。

そもそも,引用文献には,半導体レーザーから出力されたレーザー光は活性層の縦と横とで発散角が大きく異なり(例えば,縦発散角が40°,横発散角が10°),そのため集光が非常に困難であることが記載されており(【0003】,【0014】),これを踏まえて図3を見れば,レーザー光が楕円状に拡がることも理解できるといえる。すなわち,前記①の事項は,引用文献に既に記載されている事項であり,審決が例示した上記各文献(甲2ないし6)で初めて示された事項ではないから,その意味でも,上記各文献は,拒絶理由通知及び拒絶査定が示していない「新たな文献」には当たらない。

イ 審決は,相違点1についての判断に際し,「複数のエミッタを横方向に一列に並んで配置したレーザーダイオードバーを縦方向に積層したスタック型半導体レーザーアレイ」は本願の優先日時点で周知であると認定し,その認定の根拠として甲7ないし9の各文献(周知技術文献⑥ないし⑧)を例示している(12頁9行ないし18行)。

ここで,拒絶理由通知も拒絶査定も,「2次元レーザダイオードアレイを,レーザダイオードバーのスタックによって構成することは,当業者にとって周知の技術である」と認定していたから,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定と同様の認定をしたことが明らかである。そして,上記各文献は,いずれもその認定の根拠として例示されたものにすぎない。

したがって,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定が示していない「新たな文献」に基づいて進歩性判断をした(拒絶理由通知や拒絶査定とは異なる拒絶の理由を示した)ということはできない。

ウ 審決は,相違点2についての判断に際し,シリンドリカルレンズを非対称にすることで光の偏向度合いを変え得ることは当業者にとって自明であると認定し,その根拠として甲10ないし12の各文献(自明事項文献⑨ないし⑪)を例示している(13頁11行ないし14行)。

ところで,拒絶理由通知は,「請求項9の限定事項は,引用文献2(特に【図4】の実施例),引用文献4より当業者にとって自明のものである。」と判断しており,「請求項9の限定事項」とは,「第2のシリンダレンズ(4)のアレイのうちの第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの少なくともいくつか,特に外側のレーザビーム(6)は,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができること」であると理解できる。

また,拒絶査定は,「『第2のシリンダレンズ(4)の少なくともいくつかは非対称であり,第2の方向(X)に関して,レーザダイオードバーまたはレーザダイオードバーのスタックのレーザビームの外側のレーザビーム(6)を,内側のレーザビーム(6)よりも強く偏向させることができる』点については,引用文献2の【図4】の実施例に接した当業者にとって自明のものである」と判断していたものである。

そうすると,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定と同様の認定をしたことが明らかであり,上記各文献(甲10ないし12)は,その認定の根拠として例示されたものにすぎない。

したがって,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定が示していない「新たな文献」に基づいて進歩性判断をした(拒絶理由通知や拒絶査定とは異なる拒絶の理由を示した)ということはできない。

エ 原告は,上記各文献(甲2ないし12)は,いずれも,本願補正発明が属する技術分野の当業者にとって普遍的な原理や極めて常識的,基礎的な事項を示すものではないから,本件は,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるというべきであり,改めて拒絶理由を通知し,審判請求人に意見を述べる機会を与える必要がある,とも主張する。

しかしながら,審決は,当業者にとって自明な事項の根拠として五つの文献(甲2ないし6)を例示し,相違点1についての判断に際しては,「複数のエミッタを横方向に一列に並んで配置したレーザーダイオードバーを縦方向に積層したスタック型半導体レーザーアレイ」は本願の優先日時点で周知であるとの認定の根拠として三つの文献(甲7ないし9)を例示し,相違点2についての判断に際しては,シリンドリカルレンズを非対称にすることで光の偏向度合いを変え得ることは当業者にとって自明であるとの認定の根拠として三つの文献(甲10ないし12)を例示したものであり,このように少なくとも三つの文献が例示されていることからすれば,これらの各文献によって示される事項は,いずれも,本願補正発明が属する技術分野の当業者にとって普遍的な原理や極めて常識的,基礎的な事項とまではいえないにしても,当業者にとって自明又は周知な事項であると優に認めることができる。

したがって,上記原告の主張も採用できない。

オ 以上によれば,原告主張の根拠2は理由がない。

(5)  原告主張の根拠3について

原告は,特許法50条ただし書が同法159条2項で読み替えて拒絶査定不服審判に準用される結果,拒絶査定不服審判の請求に際して行われた特許請求の範囲の減縮を目的とする補正がいわゆる独立特許要件を欠く場合には,拒絶理由を通知することなく当該補正を却下できるとされているものの,出願人である審判請求人にとって過酷な結果が生じ得ることに鑑みれば,拒絶理由通知なしに補正を却下することは,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反する(審判の適正手続に違反する)ものとして違法とすべき場合も存するとした上で,本件においては,正に,主引例の差し替えその他の違法とすべき諸事情があると主張する。

しかしながら,前記(2)のとおり,拒絶理由通知書及び拒絶査定書には,一貫して,「引用文献2」に記載された発明に基づく進歩性欠如の拒絶理由が記載されていたと認められるところ,審決は,拒絶理由通知及び拒絶査定と同様に,「引用文献2」(と同じ甲1公報)に記載された発明(引用発明)に基づく進歩性欠如を理由として本件補正を却下したのであるから,そもそも主引例を差し替えて判断したわけではない。そして,審決が相違点1及び2についての判断に際し,当業者に周知又は自明の事項について拒絶理由通知及び拒絶査定と同様の認定をしていたことも,前記(4)イ及びウのとおりである。

そうすると,審決は,本願補正発明について,拒絶理由通知及び拒絶査定と実質的に同じ理由で進歩性が欠如するとの判断をしたということができるのであって,このような場合にまで,拒絶理由を通知することなく本件補正を却下することが特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念に反する(審判の適正手続に違反する)ものとして違法とすることは,そもそも特許法50条ただし書の規定を設けた趣旨を没却するというべきである。したがって,そのような解釈は採り得ない。

以上によれば,原告主張の根拠3は理由がない。

(6)  以上の次第であるから,原告が主張する取消事由5は理由がない。

6  取消事由6(引用文献の適格性欠如)について

原告は,引用文献である甲1公報には,図4におけるマイクロレンズアレイ10の構成が,当業者が技術常識を参酌しても容易に実施することができる程度に記載されていないので,同文献は本願補正発明の進歩性欠如の根拠となる発明を開示した「刊行物」とはいえず,同文献の開示内容に基づいて本願補正発明の進歩性を否定した審決は違法であると主張する。

しかしながら,原告の主張は,甲1公報の図4に,縦4×横4個のマイクロレンズが配置されたマイクロレンズアレイ10の構成が示されており,かつ,縦4×横4個のマイクロレンズが各々縦3×横3個の高出力半導体レーザー14のうちの一つに割り当てられていないことを前提とするものであるところ,かかる前提が誤りであることは,既に前記3で説示したとおりである。

したがって,原告が主張する取消事由6も理由がない。

7  結論

以上の次第であるから,審決に取り消されるべき違法はなく,原告の請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 寺田利彦)

裁判官大西勝滋は,転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 鶴岡稔彦

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