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知財高等裁判所 平成28年(行コ)10001号 判決 2016年9月08日

控訴人

ウォーター インテレクチュアル プロパティーズ インコーポレイテッドこと

ウォーター アイピー エルエルシー

同訴訟代理人弁護士

加藤光宏

被控訴人

裁決行政庁

特許庁長官

同指定代理人

宍戸崇

山本浩光

門奈伸幸

平川千鶴子

小林大祐

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  特許庁長官が20141113行服特許1異議申立事件について平成26年12月16日にした決定を取り消す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要等(略称は原判決のそれに従う。)

1  本件は,控訴人が,被控訴人に対し,本件国際出願に関する本件国内書面に係る手続につき特許庁長官が平成26年7月4日付けでした同手続を却下する旨の本件却下処分に対してされた本件異議申立てに関し,特許庁長官が平成26年12月16日付けでこれを却下した本件決定の取消しを求めた事案である。

2(1)  本件決定は,本件異議申立てが行審法13条1項及び同法48条が準用する同法15条2項の規定に違背することから,同法48条が準用する同法21条の規定に基づき2回にわたり補正を命じたにもかかわらず,いずれの補正命令に対しても,指定した期間内に当該命令に適正に対応した補正がされなかったことを理由とする。

(2)  控訴人は,原審において,本件決定は行審法13条1項の解釈適用を誤ったものである,又は同法48条が準用する同法21条に違反してされたものである旨主張した。

(3)  原判決は,控訴人の主張はいずれも採用し得ないとして,その請求を棄却した。控訴人はこれを不服として控訴した。

3  前提事実は,以下のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」第2の2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決2頁20行目「(平成12年)」を「(平成22年)」に改める。

(2) 原判決3頁最終行の行頭を1文字分下げる。

(3) 原判決4頁24行目「同年8月19日付け」を「同年9月19日付け」に改める。

(4) 原判決5頁6行目「記載されていたほか,」の次に「『Name of limitedliability company』欄に『Water IP LLC』と記載され,また,」を加える。

(5) 原判決5頁8行目「表示されていた」の次に,「。なお,本件代表資格証明書①の訳文では上記2か所をはじめとする『WATER IP LLC』及び『Water IP LLC』にはいずれも『ウォーター インテレクチュアル プロパティーズ インコーポレイテッド』の訳が当てられている」を加える。

(6) 原判決6頁最終行「本件代表資格証明書②には,」の次に「『MEMBER』(構成員)として」を加える。

(7) 原判決7頁16行目「記載があった」の次に,「。なお,本件委任状②の訳文では『Treasurer』には『代表者』の訳が当てられているが,本件代表資格証明書②『5.2.7』によれば,控訴人における『Treasurer』の権限は原則として資金等管理業務及び出納業務に及ぶこととされているものと見られる」を加える。

(8) 原判決8頁13行目「記載があった」の次に,「。なお,本件委任状③の訳文でも『TREASURER』には『代表者』の訳が当てられているが,控訴人における『Treasurer』の権限は原則として資金等管理業務及び出納業務に及ぶこととされているものと見られることは前記のとおりである」を加える。

(9) 原判決8頁17行目から同18行目にかけての「補正を命じたが,」の次に,「いずれも指定した期間内に」を加える。

4  本件における争点及び争点に対する当事者の主張は,以下のとおり補正するとともに後記5のとおり当審における補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第2の3及び4に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決10頁18行目から同19行目にかけての「定款の写しであって原本又は認証謄本ではない上,公的機関が発行したものでも公証人等による認証を受けたものでもない。」を「定款の写しであって,公的機関が発行したものでも公証人等による認証を受けたものでもなく,原本又は認証謄本でもない。」と改める。

(2) 原判決10頁21行目「6名の」の次に,「記名及び」を加える。

(3) 原判決11頁10行目「本件委任状②は,」の次に,「原本と同一であることの認証が付されていない」を加える。

(4) 原判決11頁14行目「法人の代表者」の次に,「の資格」を加える。

5  当審における補充主張

(控訴人の主張)

(1) 行審法48条が準用する同法21条(以下,控訴人の主張においては,単に「行審法21条」という。)において補正を命じなければならないか否かの基準としているのは「補正することができるものである」か否かのみであり,補正の結果不適法が解消されていないとしても,いまだ補正ができるものである限りは補正を命じなければならず,補正を命じる必要がなくなるのは,補正不可能な不適法が存在する場合や,補正を命じられた者が補正命令に応じず,又は不誠実な対応しかしないような場合に限られると解されるべきである。

本件において,控訴人は,二度の補正命令(以下,本件第1補正命令と本件第2補正命令を合わせて「本件各補正命令」ということがある。)に対し,少なくとも期間内に適法な補正を試みて書面を提出しており,不誠実な応答をしていたといった事情もなく,補正の示唆に可能な限り従おうとしていたのであり,また,不適法が解消しなかった原因には補正命令が具体的でなかった点を挙げることができることをも考慮すると,控訴人に対し更に補正命令がされるべきであった。にもかかわらず,補正を命じることなしに行われた本件決定は,行審法21条に反する違法なものというべきである。

(2) 仮に,行審法21条につき,一般的には再度の補正を命じる必要性はないものと解釈されるとしても,補正命令に対する応答の結果新たな不適法が生じた場合には,当該新たな不適法に対しては補正命令が一度もされていないことになるから,これに対する補正を命じなければならないものと解されるべきである。

本件において,本件代表資格証明書②により本件委任状②に署名したAが名称LLCの代表者であることは証明されたはずであるから,本件第2補正命令に対する不備は,名称LLCと名称INCの法的な同一性についての立証が欠けているという点に集約される。しかるに,本件第2補正命令では,本件代表資格証明書①に記載された法人の名称(名称LLC)が異議申立人の名称(名称INC)と符合しない旨指摘されているものの,名称LLCと名称INCの法的な同一性の立証が欠けている点については何ら指摘されていなかった。このような不備は本件第2補正命令を受けた控訴人の応答によって生じた新たな問題である。名称LLCと名称INCの同一性について補正命令が通知され,補正の機会を与えられさえすれば,証明書(甲24)に相当する書類を用意することによりその立証をすることができたにもかかわらず,その機会を与えられることなく行われた本件決定は,行審法21条に反する違法なものというべきである。

(3) 千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約(以下「特許協力条約」という。)27条(1)は「国内法令は,国際出願が,その形式又は内容について,この条約及び規則に定める要件と異なる要件又はこれに追加する要件を満たすことを要求してはならない。」と規定するところ,同条は日本の行政機関及び司法機関を直接拘束する,いわゆる自己執行的性格を有する規定であり,かつ,国内法に優先する。このため,行政機関としての指定官庁である特許庁は,国際段階から国内段階への移行において,代表資格証明書原本提出という方式的要件を要求することはできない。にもかかわらずこれを要求した本件第1補正命令及び本件第2補正命令に適正に対応した補正がされなかったとしてされた本件決定は,上記条約27条に反する違法なものというべきである。

(被控訴人の主張)

(1) 控訴人の主張はいずれも争う。

(2) 行審法上,相当の期間を定めて補正を命じた後,不備を解消するに足りる補正がされなかった場合に,再度補正を命じなければならない旨の規定はないこと,また,ひとたび補正の機会が与えられたのであれば異議申立人にとっての手続保障は十分尽くされているといえること,仮に控訴人が主張するように補正することができる限りは補正を命じ続けなければならないとすると,処分庁に永続的な補正命令の義務を負わせ,あまりにも過大な事務負担を課すことになり,非現実的で不合理であることなどを考慮すると,行審法48条が準用する同法21条によっても,処分庁に再度の補正を命じる義務は認められない。そうである以上,二度も補正命令を経た上でされた本件決定は,同条に反するものではない。

(3) 特許庁長官は,控訴人に対し,本件各補正命令において同じ3点の書面の提出を命じた補正命令書を発出しており,控訴人には,当該3点の不備につき二度にわたり補正をする機会が与えられたということができる。しかも,本件第2補正命令の補正命令書では,本件第1補正命令を受けて提出された各書面ではなお不適法が解消されていない理由を具体的に明示して更なる書面の提出を求めている。このことと,本件各補正命令においていずれも相当期間の猶予を受けていること,本件第1補正命令の補正命令書の送達を受けてから本件決定を受けるまで,補正に応じるための準備期間が通算して3か月間与えられていたことを考慮すれば,控訴人は,本件各補正命令によって,本件異議申立てにつき補正する機会を十分に与えられていたということができる。

また,控訴人は,現に原審において公証人の認証を受けた代表者の資格証明書面等を提出していることに照らせば,同様の書面を本件異議申立手続において提出することができたはずである。そうすると,控訴人は,本件各補正命令に応じることが十分可能であったということができる。しかも,本件では弁理士が本件各補正命令に係る補正の手続に携わっていたところ,専門職である弁理士が本件各補正命令によって補正の機会を十分に与えられていたのであれば,本件異議申立てにおける不適法を解消することは容易であったということができる。本件各補正命令に沿う書面がどのようなものであるのかにつき疑義がある場合には,弁理士が特許庁に対し照会をするなどして更に詳細な説明を受けることも十分可能であった。

このような事実関係の下で,特許庁長官が三度目の補正命令を経ずに本件決定をしたとしても,行審法48条の準用する同法21条に反するものではない。

(4) 本件各補正命令においては,いずれも3点の書面の不備が一貫して指摘されているところ,本件第2補正命令の後に新たな不備が生じたとはいえない。仮に新たな不備が生じたとしても,前記のとおり,そもそも再度の補正命令をすべきいわれはなく,また,再度の補正命令をすることが相当な事案でもない。

(5) 特許協力条約で規定しているのは出願の手続だけであり,また,同条約27条(1)は,その法文上「国際出願」の「形式又は内容」について定めるものである。これに対し,本件決定は国内法である行審法に基づいてされたものであるところ,行審法は行政不服申立てに関するものであり,国際出願の手続とは関係がない。そうすると,特許協力条約は我が国における行審法の解釈適用を何ら制限するものではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第3のとおりであるから,これを引用する。

2  当審における主張に対する判断

(1)  控訴人は,行審法48条が準用する同法21条につき,補正の結果不適法が解消されなかったとしても,いまだ補正することができるものである限りは補正を命じなければならないなどと解釈すべきであるとした上で,本件において,控訴人は補正の示唆に可能な限り従おうとしていたなどと指摘して,控訴人に対し更に補正命令がされるべきであったにもかかわらず,それをしないまま行われた本件決定は同条に違反する旨主張する。

ところで,行審法48条が準用する同法21条は,行審法に基づく異議申立てが不適法な場合,処分庁は,決定で当該異議申立てを却下することとされているところ(行審法47条1項),形式的に不適法な点があるからといって直ちに本案についての審理を拒否するのは,国民の権利利益の救済を図り,行政の適正な運営を確保するというという同法の目的に合致しないことから,審査請求の要件の欠陥のうち,修正して審査請求を適法ならしめることが可能なものについて,相当の期間を定めて補正命令を下すことを処分庁に義務付けたものであり,このような趣旨によれば,同条は,不適法な異議申立てに対し少なくとも一度は補正命令をすべきことを義務付けるものであることは明らかである。もっとも,補正命令に対し不備を解消するに足りる補正がされなかった場合,そこに至る事情は個別の事案により異なるし,補正が可能であり,かつ,異議申立人が補正命令に対し誠実に応じる姿勢を示す限り処分庁は補正を命じ続けなければならないと解するならば,処分庁に過大な事務負担を課することにもなりかねない。

そうすると,控訴人の上記主張を採用することはできず,二度以上の補正命令を経ることなくされた異議申立却下決定が適法かどうかは,それまで行われてきた補正命令の経過(その回数や,補正命令において,補正すべき内容についてどの程度具体的な指示があったかどうか等の事情を含む。),それに対する異議申立人の対応の内容,問題とされていた瑕疵の内容等に照らし,異議申立人に,補正を行うために必要な機会が与えられたと評価できるかどうかという観点から判断されるべきものである。

これを本件についてみると,特許庁長官は,本件決定を行う前に,二度にわたって補正命令を発していたものであり,しかも,二度目の補正においては,申立書や添付書面が不適式である理由が具体的に記載され,異議申立人において,どのような補正をすればよいのかが十分に理解し得るものになっていたし,不明な点があれば更に問い合わせをすることも可能であったと認められること,本件第1,第2補正命令のいずれにおいても,補正のための期間として1か月という期間が与えられていたこと,瑕疵の内容は,異議申立人の代表者の氏名及び住所の記載がない,代表者及び代理人の資格を証明する書面が提出されていないという重大なものである反面,弁理士という専門家が関与していたことも考えれば,適式な記載をし,また,適式な書面を準備するのが困難であるといえるような事情があったとは認められないこと(現に,控訴人は,本訴において,必要な書面等を提出している。)などの事情が認められる。これらの事情に照らしてみると,特許庁長官は,異議申立人である控訴人に対し,本件各補正命令によって,補正を行うために必要な機会は十分に与えたと認められるから,三度目の補正命令を経ることなく行われた本件決定は適法というべきである。

(2)  控訴人は,仮に行審法48条が準用する同法21条につき一般的には再度の補正を命じる必要性はないものと解釈されるとしても,補正命令に対する応答の結果新たな不適法が生じた場合には更に補正を命じなければならないものと解されるべきであるとし,本件第2補正命令では,名称LLCと名称INCの法的な同一性の立証が欠けている点について指摘がないから,この点に関する補正の機会を与えられることなく行われた本件決定は同条に反する違法なものである旨も主張する。

しかし,この点に関する控訴人の主張は,本件代表資格証明書②により本件委任状②に署名したAが名称LLCの代表者であることが証明されたことを前提とするところ,本件代表資格証明書②は定款の写しであって,公的機関が発行したものでも公証人等による認証を受けたものでもなく,原本又は認証謄本でもないことに鑑みると,そもそもその前提を欠くというべきである。また,この点はおくとしても,本件第2補正命令には名称LLCと名称INCとで名称が符合していない旨の指摘があるところ,この指摘は,両者が同一の法的主体である場合にはその同一性の立証を求める趣旨を含むことは明らかである。すなわち,本件第2補正命令の後に新たな不備が生じたとはいえないのであって,その意味でも,この点に関する控訴人の主張はその前提を欠く。

(3)  控訴人は,特許協力条約27条(1)に反して代表資格証明書原本の提出という方式的要件を要求した本件各補正命令に適正に対応しなかったことを理由としてされた本件決定は同条約27条に反する違法なものである旨も主張する。

しかし,同条約27条(1)は,その法文上明らかに「国際出願」の「形式又は内容」について規整するものであって,行政不服申立てに関する国内法である行審法に基づき行われた本件決定に至る手続を規整するものではない。そうすると,この点に関する控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。

(4)  以上より,本件決定は行審法48条が準用する同法21条に違反する旨の控訴人の当審における補充主張はいずれも採用し得ない。

3  よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 杉浦正樹 裁判官 寺田利彦)

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