神戸地方裁判所 平成元年(ワ)2022号 判決 1993年3月23日
原告(反訴被告)
商都交通株式会社
被告(反訴原告)
加藤真介
ほか二名
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
二 反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)加藤真介に対し金一二万九六九六円、同鳥屋原精輝に対し金六万一〇三〇円、同杉本勝巳に対し金四万五九二七円及び右各金員に対する平成二年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
三 反訴原告(被告)らの、その余の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを七分し、その五を原告(反訴被告)の、その二を被告(反訴原告)らの各負担とする。
事実
以下「原告(反訴被告)商都交通株式会社」を「原告会社」と、「被告(反訴原告)加藤真介」を「被告加藤」と、「被告(反訴原告)鳥屋原精輝」を「被告鳥屋原」と、「被告(反訴原告)杉本勝巳」を「被告杉本」と、各略称する。
第一当事者の求めた裁判
一 本訴
1 原告会社
(一) 原告会社と被告ら間で、原告会社の被告らに対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら
(一) 原告会社の本訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告会社の負担とする。
二 反訴
1 被告ら
(一) 原告会社は、被告加藤に対し金一五五万〇三二〇円、被告鳥屋原に対し金二〇万八〇三〇円、被告杉本に対し金一七万〇三三〇円及び右各金員に対する平成二年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。
(二) 訴訟費用は原告会社の負担とする。
2 原告会社
(一) 被告らの反訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴
1 請求原因
(一) 被告らは、別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、同事故によつて損害を被つたと主張し、原告会社に対し、その損害の賠償を請求している。
(二) しかしながら、本件事故そのものは発生していないし、それ故、被告らには、右事故に基づく損害が全く発生していない。
(三) よつて原告会社は、被告らとの間で本訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
2 請求原因に対する答弁
請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認。同(三)の主張は争う。
本件事故及び被告らの同事故に基づく各損害の発生は、後記反訴請求で主張するとおりである。
二 反訴
1 請求原因
(一) 本件事故が発生した。
(二) 責任原因
(1) 原告会社は、本件事故当時、原告車を業務用として保有していた。
よつて、原告会社には、自賠法三条に基づき、被告らに右事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
(2)(イ) 原告会社は、タクシー会社であり、訴外豊田昇(以下、「豊田」という。)は、同会社従業員(タクシー運転手)であるところ、同人は、本件事故当時、同会社の業務に従事し、原告車を運転していた。
(ロ) 豊田は、原告車を運転するに当たり、交通法規を遵守し、絶えず前方を注視し、左右から交差点に進入する車があれば一旦停止もしくは徐行して衝突を回避すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つて一時停止の規制を見落とし、かつ前方を注視すること無く、漫然とそのままの速度で交差点に進入した過失により本件事故を惹起した。
(ハ) よつて、原告会社は、民法七一五条により、被告らが本件事故により被つた本件損害を賠償する責任を負う。
(三) 被告らの本件受傷内容とその治療経過
(1) 被告加藤
右被告は、本件事故により頸椎捻挫の受傷をし、近藤病院への通院加療約一〇日間を要した。
(2) 被告鳥屋原
右被告も、被告加藤と同一内容の受傷をし、同一内容の治療を要した。
(3) 被告杉本
右被告も、被告加藤、同鳥屋原と同一内容の受傷をし、同一内容の治療を要した。
(四) 被告らの損害
(1) 被告加藤関係
(イ) 人的損害
前記近藤病院における治療費。
休業損害 金一三万円
右被告は、本件事故当時四〇歳であつたから、同人の本件休業損害は、平均月収(賃金センサスによる。以下同じ。)金三九万円の一〇日間分に相当する金一三万円である。
なお、右被告は、本件事故当時、山口組系中野会内加藤総業の組長であつたが、同人は、当時不動産仲介業の正業を営んでいた。
右被告の本件受傷内容及びその治療状況は前記のとおりである故、同人の本件慰謝料は金八万円が相当である。
(ロ) 物的損害
被告車は、本件事故により、リヤフエンダー部分(バンパーの左下部)、同車両後部左側部分(円状凹損)、テールランプ部分(左後方の方向指示器)に各損傷を被つた。
損害
<Ⅰ> 被告車の修理費用 金三二万七五四〇円
被告車には、前記各損傷の修理費用として金三二万七五四〇円を要した。
<Ⅱ> 代車賃借料 金八四万円
右被告は、本件事故当時、不動産仲介業を営んでおり、その業務内容は、客の斡旋、物件の手配、紹介業務であつた。したがつて、右被告には、その業務に従事している間、各地を移動し緊急連絡も必要であつたところから、被告車に自動車電話が不可欠であつた。そこで、右被告は、被告車が本件損傷により使用不能となつた本件事故当日の平成元年一二月一五日から被告車の修理が完了した日の平成二年一月一三日までの間自動車電話付きの代車を賃借し、その代車賃借料として、金八四万円を要した。
(ハ) 右被告の本件損害の合計額 金一五五万〇三二〇円
(2) 被告鳥屋原関係
(イ) 治療費 金一〇三〇円
前記近藤病院における治療費
(ロ) 休業損害 金一二万七〇〇〇円
右被告は、本件事故当時三九歳であつたから、同人の本件休業損害は、平均月収金三八万一三〇〇円の一〇日間分に相当する金一二万七〇〇〇円である。
(ハ) 慰謝料 金八万円
右被告の本件受傷内容及びその治療状況は前記のとおりである故、同人の本件慰謝料は金八万円が相当である。
(ニ) 右被告の本件損害の合計額 金二〇万八〇三〇円
(3) 被告杉本関係
(イ) 治療費 金一〇三〇円
前記近藤病院における治療費。
(ロ) 休業損害 金八万九三〇〇円
右被告は、本件事故当時二八歳であつたから、同人の本件休業損害は、平均月収金二六万七九〇〇円の一〇日間分に相当する金八万九三〇〇円である。
(ハ) 慰謝料 金八万円
右被告の本件受傷内容及びその治療状況は前記のとおりである故、同人の慰謝料は金八万円が相当である。
(ニ) 右被告の本件損害の合計額 金一七万〇三三〇円
(五) よつて、被告らは、原告会社に対し、自賠法三条及び民法七一五条に基づき、被告加藤につき金一五五万〇三二〇円、被告鳥屋原につき金二〇万八〇三〇円、被告杉本につき金一七万〇三三〇円及び右各金員に対する本件事故日後の平成二年二月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)のうち事故の態様中の原告車と被告車とが衝突したことを否認し、その余の事実は全て認める。
(二) 原告車と被告車は接触すらしていない。
すなわち、原告車前部には、本件事故の前後を通じて損傷が全くない。一方、被告車には、その左後部側面に幅数ミリメートルの擦過傷及び左後部テールランプ損傷があるが、同車両の同各損傷は、後方より前方への加力によるものと推定されるところ、同各損傷の位置は、原告車の前部バンパーの高さと相異し、両者間に高さの整合性がない。又、被告車の右擦過傷に付着しているのは白色ペイントであるが、原告車に使用されている塗料は緑色である。
これらの各相異点から、被告車の右損傷が原告車との衝突もしくは接触によつて発生したものではないことは明らかである。
(1) 同(二)(1)事実は認める。
(2) 同(二)(2)の事実のうち、(イ)の事実は認めるが、(ロ)の事実は否認。同(ハ)の主張は争う。
同(三)の各事実は全て否認。
(三) 同(四)(1)(イ)中被告加藤が本件事故当時山口組系中野会内加藤総業の組長であつたことは認めるが、同(四)のその余の各事実は、全て否認する。
(四) 同(四)(1)ないし(3)の各事実は、全て否認する。
仮に、被告らがその主張するとおりの受傷をしたとしても、同人らには、その主張するような休業損害が発生していない。
蓋し、被告加藤は、前記のとおり山口組系中野会内加藤総業の組長であり、被告鳥屋原、同杉本は、その構成組員であつたところ、同人らの収入は違法行為によるとの強い推定を受けるから、安易に賃金センサスを適用しその平均賃金をもつて同人らの休業損害を認めるべきでないし、同人らには損害賠償法によつて保護すべき収入もなかつた。
(五) 同(五)の主張は争う。
3 反訴抗弁(過失相殺)
仮に、原告車と被告車とが接触して本件事故が発生したとしても、同事故は、本件交差点内における原告車と被告車との接触事故である。
したがつて、被告車側にも、右交差点に進入するに当たつては、自車前方に注意し徐行する義務があつたにもかかわらず、被告車側はこれらの義務を怠り、漫然自車を進行させた過失により右事故を発生させた。
よつて、被告車側の右過失は、被告らの本件損害額の算定に当たり斟酌されるべきである。
4 反訴抗弁に対する答弁
抗弁事実のうち本件事故の発生(ただし、原告車と被告車が接触したとの点を除く。両車両は衝突したものである。)は認めるが、その余の事実は、全て否認する。
本件事故は、原告車の運転手豊田の一方的過失、すなわち、同人の前方不注視、一時停止不遵守等の過失によつて惹起されたものである。
よつて、原告の抗弁は、全て理由がない。
第三証拠
一 原告
1 甲第一、第二号証
2 検甲第一、第二号証。
3 証人豊田昇、同五十嵐一俊。
4 乙第一ないし第三号証、第七、第八号証、第一〇号証、第一二号証の一ないし三の成立は認める。乙第一一号証の原本の存在並びに成立は不知。その余の乙号各証の成立は不知。
二 被告ら
1 乙第一ないし第一一号証、第一二号証の一ないし三。
2 被告加藤真介本人、被告鳥屋原清輝本人。被告杉本勝巳本人。
1 甲第一、第二号証の成立は認める。検甲第一、第二号証が被告車両の写真であることを認め、その余は不知。
理由
第一本訴
一 請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二1 被告らに本件事故による損害が発生したことは、反訴に対する後記判断のとおりである。
2 よつて、原告の本訴請求は、全て理由がない。
第二反訴
一1 請求原因(一)のうち、事故の態様中の原告車と被告車とが衝突したことを除く、その余の事実は、全て当事者間に争いがない。
2(一) 成立に争いのない甲第一号証、乙第七、第八号証、証人五十嵐一俊、同豊田昇の各証言、被告ら各本人尋問の結果(ただし、被告ら各本人の供述中後記信用しない部分を除く、)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告車の運転手豊田は、本件事故直前被告車を発見し急ブレーキをかけハンドルを右(左右の区別は、運転席に着座した姿勢を基準とする。以下同じ。)に切つたが、その瞬間、接触音を聞いたこと、同人は、右事故直後、被告車(ニツサンシーマ。青色。)の損傷状況を確認したが、同確認したのは、同車両の後部左側バンパー下部に存在した白色状の擦過傷のみであつたこと、同人は、その際、同車両後部左側の円状凹損及び同車両後部左側テールランプ部分(方向指示灯部分)の損傷を確認していないこと、被告車のバンパーも、車体と同一色の青色塗装であるが、その表面を擦過されると同バンパーの原色(グレー色)が露出すること、同人は、本件事故後原告に帰社して同会社宛事故発生状況報告書を作成したが、同人は、その際、原告車が被告車のリヤーフエンダー、バンパーに衝突したと記載したことが認められる。
(二) 右認定に反する被告ら各本人の供述部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
なお、検甲第一号証は、撮影対象が被告車であることは当事者間に争いがないものの、撮影年月日、撮影者を特定する証拠がないから、同号証中の被告車の損傷状況も、未だ右認定を覆えすに至らない。
3 右認定各事実を総合すると、原告車の左前部付近が被告車の後部左側バンパー下部付近を擦過して本件事故が発生したと認めるのが相当である。
右認定説示に反する原告会社の主張は、理由がなく採用できない。
二1(一) 請求原因(二)(1)の事実(原告における原告車の保有。)は、当事者間に争いがない。
(二) 右事実に基づくと、原告会社には、自賠法三条に基づき、被告らが本件事故によつて被つたいわゆる人的損害を賠償する責任があるというべきである。
2(一) 同(2)(イ)の事実は、当事者間に争いがない。
(二) 前掲甲第一号証、同乙第七号証、証人豊田昇の証言、被告杉本本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。
(1) 本件交差点は、東西道路と南北道路がほぼ直角に交差している十字型交差点である。
右交差点の東側入口付近には、路上に一時停止線が表示され、同場所付近に一時停止の標識が設置されている。
右交差点北側入口付近には、右一時停止の表示や標識がない。
右交差点の客観的形状等から、東西・南北いずれの道路を進行する車両の運転者にとつて、本件交差点内に進入する際、その左右への見通しは不良であると推認される。
(2) 豊田は、本件事故直前、原告車に客を乗車させ、時速約四〇キロメートルの速度で同車両を運転し本件交差点付近に至つたのであるが、酒に酔つた同乗客にからまれ、注意を同乗客に向けていたため、同交差点東側入口に約五メートル接近して初めて同交差点の存在及び同交差点内に進入した被告車に気付いて急ブレーキをかけたが間に合わず、本件事故を惹起した。
(三) 右認定各事実を総合すると、豊田は、前方不注視、一時停止不遵守の過失により本件事故を惹起したというべきである。
3 当事者間に争いのない右事実及び右認定説示を総合すると、原告会社には、被告加藤が本件事故により被つたいわゆる物的損害を賠償する責任があるというべきである。
なお、被告らは、被告鳥屋原、同杉本が本件事故により被つたいわゆる人的損害についても、原告会社に対する本件責任原因の根拠とした民法七一五条を主張しているが、被告鳥屋原、同杉本の主張する本件事故による損害がいわゆる人的損害のみであることは、同人らの本件主張内容から明らかである。
しかして、自賠法三条と民法七一五条との関係は、特別法と一般法との関係に立つと解するのが相当であるところ、被告鳥屋原、同杉本について、同人らと原告会社との間に自賠法三条に基づく本件責任関係が成立することは前記認定のとおりであるから、同人らに対する本件責任原因の法的根拠として自賠法三条に加えて民法七一五条に基づく責任原因の存否につき判断を加える必要をみない。
三1(一) 成立に争いのない乙第一ないし第三号証、被告ら各本人尋問の結果によれば、被告らは、本件事故直後、尼崎市昭和通四丁目所在近藤病院に赴き診療を受けたが、同病院担当医は、被告らに対し、約一〇日間の加療を要する頸椎捻挫(ただし、被告鳥屋原については、同傷病名以外に左側頭部挫傷、右肘右下腿挫傷の傷病名が付加された。)と診断したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(二) 右認定各事実に基づくと、被告らは、本件事故により右認定の各受傷をしたことが認められる。
2 しかしながら、被告らの右各受傷の具体的治療内容及びその経過については、前記認定の約一〇日間の加療を要するとの診断以外にこれを認めるに足りる客観的証拠がない。(もつとも、後掲乙第一二号証の一ないし三があるが、これだけでは被告らの本件受傷の具体的治療内容及びその経過全部の客観的証拠とはなり得ない。)被告らは、右診断書記載の加療期間を主張し、同主張事実にそう各供述をしているが、同人らの同供述は、前記認定にかかる本件事故の態様、被告車の損傷状況及び右説示の客観的証拠の不存在に照らしてにわかに信用することができない。
むしろ、当裁判所に顕著な事実である、頸椎捻挫においては受傷から症状発現までの時間が長ければ軽傷と判断して良く、頸椎捻挫の患者の三分の一は受傷直後に、三分の一は六時間以内に、残りは二日から三日以内に症状が発現し、受傷後何らの症状がなく数日から数週間を経て初めて症状が発現することはないというのが医学的に正しい見解である点に照らすと、被告らの本件受傷は、同人らの主観においてはともかく、客観的には軽傷(被告鳥屋原の前記傷病の全てを含む。)であり、一週間程度の治療(安静)期間をもつて治癒したと認めるのが相当である。
すなわち、被告らの本件事故と相当因果関係に立つ治療期間(以下、「本件相当治療期間」という。)は七日間と認めるのが相当である。
四 被告らの本件損害
1 被告加藤関係
(一) 人的損害
(1) 治療関係費 金一〇三〇円
成立に争いのない乙第一二号証の一及び弁論の全趣旨によれば、右被告は、平成元年一二月二八日、前記近藤病院へ本件治療関係費(右被告は、治療費と主張しているが、右主張事実は、右文書自体から明確に認め得ないし、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠もない。)として金一〇三〇円支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実に基づき、右治療関係費金一〇三〇円は、右被告における本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、「本件損害」という。)と認める。
(2) 休業損害 金八六六六円
(イ) 右被告が本件事故当時山口組系中野会内加藤総業の組長であつたことは、当事者間に争いがなく、右被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右被告は、右団体の右地位のほかに中真建設の名称で不動産仲介業を営んでいることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(ロ) 右被告は、本件休業損害として、賃金センサスに基づく平均賃金を根拠に金一三万円を主張請求している。
確に、当事者間に争いのない、右被告のいわゆる暴力団の組長たる地位に着目すると、原告が主張するとおり同人の収入の認定につき賃金センサスを適用するのは、賃金センサスの性質に照らして相当でないといい得る。
しかしながら、右被告が一方で前記認定のとおり不動産仲介業をも営んでいるのであるから、この範囲内に限定して賃金センサスを適用することは背理でないというべきである。
なお、右被告が右不動産仲介業によつて得ている収入については、一か月金五〇万円から金六〇万円である旨の同人の供述があるが、同人の同供述内容は、にわかに信用することができない。
蓋し、右被告の営む不動産仲介業の具体的営業内容、その営業実績及び収支状況、税金関係等については、これらを認めるに足りる客観的証拠はなく、当裁判所が、右被告に対し、同客観的証拠の提出を促しても、右被告において提出不可能を理由にこれを提出しないからである。結局、右被告の右営業による現実の収入については、これを確定し得る証拠がない。
(ハ) 被告杉本本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第九号証、及び弁論の全趣旨によれば、被告加藤は本件事故当時四〇歳(昭和二四年三月一五日生)の男子であつたことが認められるところ、同人が通常の労働者であつたならば、平成元年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者四〇歳~四四歳の平均賃金のうち同人の主張する月額金三九万円の収入を得ていたものと推認するのが相当である。
しかしながら、右被告の本件休業損害算定の基礎収入については、前記説示にしたがい、右月額金三九万円の三分の一相当の金一三万円(日額金四三三三円。円未満四捨五入。)と認めるのが相当である。
(ニ) 右被告の本件相当治療期間が七日であることは、前記認定説示のとおりであるところ、右被告本人尋問の結果によれば、同人は、右七日のうち四日間半日業務に従事したが、残りの三日は業務に従事し休業しなかつたことが認められ、右認定事実に照らすと、右被告の本件受傷による休業は、実質二日間ということになる。
(ホ) 右認定説示を基礎として、右被告の本件休業損害を算定すると、金八六六六円となる。
4333円×2=8666円
(3) 慰謝料 金五万円
右被告の本件受傷内容、本件相当治療期間等は、前記認定のとおりである。
右認定各事実に基づくと、右被告の本件慰謝料は、金五万円が相当である。
(4) 右被告の本件人的損害の合計 金五万九六九六円
(二) 物的損害
(1) 修理費用 金七万円
(イ) 右被告は、被告車の本件事故による損傷として同車両後部左側バンパー下部、同車両後部左側部分(円状凹損)、テールランプ部分(左後方の方向指示器)の各損傷を主張している。
しかしながら、右主張事実のうち被告車の本件事故による損傷として肯認できるのは、前記認定のとおり被告車の後部左側バンパー下部の擦過傷のみであり、右主張事実中のその余の損傷部分については、これらが本件事故と相当因果関係に立つ損傷と認め得る客観的証拠がない。(詳細は、前記認定のとおりである。)
(ロ) 被告車の本件事故による損傷部分は右認定のとおりであるが、前掲乙第八号証、成立に争いのない乙第一〇号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものであることが推認される乙第一一号証、右被告本人尋問の結果を総合すれば、被告車の右損傷部分に相当する修理費用は、最大限にみても金七万円であること、右被告が右修理費用を支払つたことが認められる。
右認定各事実を総合し、本件損害としての修理費用は、金七万円と認める。
(2) 代車賃借料
(イ) 被告車の本件事故による損傷部分及びその内容、右被告の本件事故当時における社会的地位、特に同人が不動産仲介業を営んでいたこと、しかしながら同不動産仲介業の具体的営業内容、その営業実績及び収支状況、税金関係等につきこれらを認めるに足りる客観的証拠がないこと等は、前記認定のとおりである。
(ロ) 右被告は、本件損害としての代車賃借料を主張請求する前提として、同人の営む右不動産仲介業の営業内容から同人において各地を移動し緊急連絡を必要とし被告車に自動車電話が不可欠であつた旨主張している。
しかしながら、右被告の右主張にそう証拠として、右被告本人、被告杉本本人の各尋問の結果があるが、同人らの同供述には、被告車の右不動産仲介業における使用状況についての具体的供述がない故、同人らの同供述によつても、未だ右主張事実を肯認するに至らないし、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠もない。
よつて、被告加藤の右主張事実は、これを肯認できず、同人の本件代車賃借料の主張請求は、その前提である右主張事実の存在の点で既に理由がない。
したがつて、右被告の右主張請求に関するその余の主張については、その当否を判断する必要がない。
なお、右被告の、右不動産仲介業以外における被告車の使用(当事者間に争いのない、いわゆる暴力団組長としての使用。)に関し、仮に本件事故による代車の必要があつたとしても、その代車賃借料は、本件損害としてこれを肯認することができない。
蓋し、右関係における代車賃借料は、本件損害として法的保護を加えるに値しないからである。
(三) 右被告の本件損害の合計額 金一二万九六九六円
2 被告鳥屋原関係
(一) 治療関係費 金一〇三〇円
成立に争いのない乙第一二号証の二及び弁論の全趣旨によれば、右被告は、平成元年一二月二八日、前記近藤病院へ本件治療関係費(治療費と認め得ないことは、被告加藤の場合と同じ。)金一〇三〇円を支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実に基づき、被告鳥屋原における右治療関係費金一〇三〇円は、本件損害と認める。
(二) 休業損害
(1) 右被告は、本件休業損害として金一二万七〇〇〇円を主張請求している。
(2) しかしながら、右被告の本件休業損害の存在は、これを認め得ない。
その理由は、次のとおりである。
証人五十嵐一俊の証言、右被告本人、被告加藤本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被告鳥屋原は、本件事故当時、被告加藤を組長とする前記加藤総業の組員であつたが、同時に同被告が営む前記中真建設の従業員でもあつたこと、被告鳥屋原は、本件相当治療期間中被告加藤から中真建設従業員としての給料全額の支給を受けていたことが認められ、右認定各事実に照らすと、仮に、被告鳥屋原が本件相当治療期間中休業したとしても、同人には同治療期間中収入がなかつたとは認め得ず、むしろ、同人には同治療期間中収入があつたと認められ、したがつて、同人には、本件損害としての休業損害の存在を認め得ないというべきである。
(三) 慰謝料 金六万円
被告鳥屋原の本件受傷内容、本件相当治療期間等は、前記認定のとおりである。
右認定各事実に基づくと、右被告の本件慰謝料は、金六万円が相当である。
(四) 右被告の本件損害の合計額 金六万一〇三〇円
3 被告杉本関係
(一) 治療関係費 金一〇三〇円
成立に争いのない乙第一二号証の三及び弁論の全趣旨によれば、右被告は、平成元年一二月二八日、前記近藤病院へ本件治療関係費(治療費と認め得ないことは、被告加藤、同鳥屋原の場合と同じ。)金一〇三〇円を支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実に基づき、被告杉本における右治療関係費金一〇三〇円は、本件損害と認める。
(二) 休業損害
(1) 右被告は、本件休業損害として金八万九三〇〇円を主張請求している。
(2) しかしながら、右被告の本件休業損害の存在は、これを認め得ない。
その理由は、次のとおりである。
証人五十嵐一俊の証言、右被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、右被告は、本件事故当時、被告加藤を組長とする前記加藤総業の組員であつたが、同時に被告杉本の妻の父親が経営している山田工業所の従業員でもあつたこと、右被告は同山田工業所で一か月のうち約一五日就労していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ところで、右被告が本件損害費目の一つとして本件休業損害を主張請求する以上、同人に本件相当治療期間中休業しその間無収入であつたことを要すると解すべきである。
しかるに、本件全証拠によるも、右被告が右期間中休業し無収入であつたことを肯認するに至らない。
よつて、右被告の本件休業損害の主張請求は、その余の主張につきその当否を判断するまでもなく、右認定説示の点で既に理由がない。
(三) 慰謝料 金五万円
右被告の本件受傷内容、本件相当治療期間等は、前記認定のとおりである。
右認定各事実に基づくと、右被告の本件慰謝料は、金五万円が相当である。
(四) 右被告の本件損害の合計額 金五万一〇三〇円
五 抗弁(過失相殺)
1 本件事故の発生(ただし、事故の態様中原告車と被告車の衝突を除く。)、特に、被告車を運転していたのは被告杉本であることは、当事者間に争いがなく、原告車と被告車が接触したこと、本件交差点の客観的状況、豊田の本件過失の存在及びその内容等は、前記認定のとおりである。
2(一) 被告杉本本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右被告は、被告車を時速約三〇キロメートルの速度で運転し、本件事故直前、本件交差点の北側入口付近に至つたのであるが、同人は、同車両を同交差点に進入させるに当たり、原告車が自車左方(東方)より進来するのに気付いたこと、しかし、同人は、自車の方が先に本件交差点内を通過できると軽信し、特に自車の速度を減速は勿論徐行させず従前の速度のまま自車を同交差点内に進入させ、その結果、本件事故を惹起したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(二) 当事者間に争いのない右事実及び右認定全事実を総合すると、被告杉本には、本件交差点の前記見通し状況から、自車前方左右に注意し自車を適宜減速徐行させたうえ進行させるべき注意義務があつたというべきところ、同人は、これを怠り漫然前記速度で自車を進行せしめた過失により本件事故を惹起したというべきである。
よつて、被告杉本の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たり斟酌するのが相当である。
3 なお、原告会社は、被告杉本の右過失を被告ら側(被告車側)の過失として、同過失を被告加藤、同鳥屋原の本件損害額の算定に当たつても斟酌すべきである旨主張する。
しかしながら、被告加藤、同鳥屋原は本件事故当時被告車に同乗していたものであることは当事者間に争いがなく、被告ら相互の身分関係は前記認定のとおりであつて、これらの事実を総合すると、被告杉本と被告加藤、同鳥屋原はその身分上、生活上一体をなす関係にあるとは認め得ない(最高裁昭和五六年二月一七日第三小法廷判決交通民集一四巻一号一頁参照。)というべきである。
したがつて、被告杉本の右過失を、いわゆる「被害者側の過失」として、被告加藤、同鳥屋原の本件損害額の算定に当たり斟酌するのは相当でないというべきである。
4(一) しかして、前記認定全事実を総合すると、被告杉本の本件損害額の算定に当たり斟酌する同人の本件過失割合は、全体に対し一割と認めるのが相当である。
(二) そこで、右被告の前記認定にかかる本件損害金五万一〇三〇円を右過失割合でいわゆる過失相殺すると、その後に右被告が原告会社に請求し得る同損害額は、金四万五九二七円となる。
六 結論
以上の全認定説示を総合し、被告らは、原告会社に対し、被告加藤において本件損害金一二万九六九六円、同鳥屋原において同金六万一〇三〇円、同杉本において同金四万五九二七円及び右各金員に対する本件事故日の後であることが当事者間に争いのない平成二年二月一日(この点は、被告ら自身の主張に基づく。)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の各支払いを求める各権利を有するというべきである。
第三全体の結論
以上の次第で、原告会社の本訴請求は、全て理由がないから、これを棄却し、被告らの反訴各請求は、それぞれ右認定の限度で理由があるから、それぞれその範囲内でこれらを認容し、その余は、いずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥飼英助)
事故目録
一 日時 平成元年一二月一五日午後一〇時三〇分頃
二 場所 尼崎市大川田町三二番地先付近信号機の設置されていない交差点内
三 加害(原告)車 訴外豊田昇運転の業務用普通乗用自動車(タクシー)
四 被害(被告)車 被告杉本運転、同鳥屋原、同加藤同乗の普通乗用自動車
五 態様 原告車は、本件事故直前、本件交差点の東西道路を東方から西方へ進行し、右交差点内を直進通過しようとしたところ、おりから、被告車が同交差点の南北道路を北方から南方へ進行してきて同交差点内を通過しようとしたため、原告車の前部と被告車の左後部付近とが衝突した。