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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)68号 判決 1990年9月28日

原告

山口孝逸

被告

神戸相互タクシー株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金五一八万二三七四円及びこれに対する昭和六一年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その五を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九三一万三二一八円及びこれに対する昭和六一年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  被告の責任原因

(一) 本件事故は、山中邦夫(以下「山中」という。)が加害車を運転して、交通整理の行われていない左右の見通しの困難な交差点(以下「本件交差点」という。)に進入するに際し、当時、対面信号機が黄色点滅を表示していたのであるから、一時停止又は徐行して左右道路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速四五キロメートルで本件交差点に進入した過失により発生した。

(二) 山中は、被告の被用者であり、本件事故当時、被告のタクシー営業として加害車を運転していたものであつて、本件事故は、山中が被告の事業を執行するに当たり、同人の右不法行為によつて惹起されたものであるから、被告は、民法七一五条所定の使用者責任に基づき、原告の後記損害を賠償すべき責任がある。

3  原告が、本件事故により受けた受傷内容、その治療内容及び後遺障害は、次のとおりである。

(一) 傷病名

(1) 原告は、本件事故によつて、顔面・前頭・左肘上腕・左大腿・膝下腿・右下腿足の打撲症、右脛骨腓骨骨折、脛骨内腺骨折、右脛骨仮関節骨髄炎の各傷害を負つた。

(2) ところで、右脛骨仮関節骨髄炎(以下「骨髄炎」という。)の発症自体は、本件事故後約七か月を経過した昭和六二年二月一六日ではあるが、右の時期、原告は、骨折治療のため継続的に通院中であり、骨折が完全に治癒していたわけではなく、右骨髄炎は、本件の骨折治療中に発症したものであるところ、本件のように、脛骨、腓骨のみならず脛骨内腺骨まで骨折するという複雑かつ重度の骨折の場合において、一種の合併症として骨髄炎を併発することは、医学的にみてさほど特殊な事例ではないから、本件事故と右骨髄炎との間に相当因果関係が認められることにつき疑問の余地はない。

(二) 治療経過

(1) 入院 医療法人高明会西宮渡邊病院

イ 昭和六一年七月二三日から同年一二月六日まで

ロ 昭和六二年二月一六日から同年二月二八まで

合計一五〇日

(2) 通院 同病院

イ 昭和六一年一二月七日から昭和六二年二月一五日まで

ロ 昭和六二年二月二九日から昭和六三年六月一四日まで

実治療日数八〇日

(三) 後遺障害

原告の本件受傷は、昭和六三年六月一四日症状固定し、それに伴い右足関節運動機能障害、右下腿前面瘢痕を内容とする後遺障害が残存した。

4  原告の損害

(一) 治療関係費 合計金一二九万四九四〇円

(1) 治療費 金三二万五四二〇円

原告は、本件受傷による治療のため、室料差額金二八万七〇〇〇円及び患者負担金三万八四二〇円の合計金三二万五四二〇円を治療費として負担した。

(2) 入院付添費 金六〇万一七六〇円

原告は、入院期間中膝関節までギプス固定され、長期にわたつて寝たままの状態を余儀無くされ、かつ、原告の妻が主婦であり、病弱であつたことから、職業家政婦の付添看護が必要不可欠であつたため、右職業家政婦である河原幸恵に対する入院付添費として、金六〇万一七六〇円を支出した。

(3) 入院雑費 金一八万円

一日当たり金一二〇〇円とし、入院日数一五〇日を乗じて算出した。

(4) 通院交通費 金一六万九七六〇円

原告は、前記通院期間中、自宅から最寄りのバス停までの距離等の事情から、やむを得ず毎回(八〇日間)タクシーを利用せざるを得なかつたところ、一回の往復タクシー代の平均額は金二一二二円であつたから、右金額に通院実日数を乗じた金額一六万九七六九円が通院交通費となる。

(5) 文書料 金一万八〇〇〇円

(二) 休業損害 金二六四万円

(1) 原告は、中小企業診断士、中小企業組合士、一級販売士、資材管理士の資格を有していたが、本件事故の前年である昭和六〇年より経営コンサルタント業を実質的に開業し、昭和六一年五月に中小企業診断士協会兵庫県支部の理事に選任され、本格的な活動を開始しようとしていたところ、その矢先に本件事故に遭遇した。

(2) 経営コンサルタントの業務は、講演・経営診断・相談・助言等多岐にわたるが、いずれももつぱら現地等へ赴いての仕事であり、原告は、本件受傷が治癒するまでの約二二か月間右業務の休業を余儀無くされた。

(3) 原告が、本件事故に遭遇せず、右の期間正常に活動していたならば、一回金一〇万円というような講演料や現在の収入から考えても、一日当たり少なくとも金四〇〇〇円程度の収入があつたことは確実である。

(4) よつて、原告の休業損害は金二六四万円(四〇〇〇円×三〇×二二=二六四万円)となる。

(三) 有給嘱託解約による損害 金一八〇万円

(1) 本件事故当時、原告は、日本セラム株式会社から、月額金五万円のアドバイス料の約定で週一回の研究会に出席のうえ、助言を与えるという経営アドバイザーを委嘱されており、したがつて、平成二年度まで同会社から月額金五万円のアドバイス料を得られる筈であつたが、本件事故により長期欠勤状態が継続したため、右会社から昭和六二年末日限り右アドバイザーの委嘱を解約されてしまつた。

(2) よつて、原告は、本件事故に遭遇しなければ、昭和六三年から平成二年までの三六か月間月額金五万円の収入を得られたことは確実であるから、右合計金一八〇万円の得べかりし利益を喪失した。

(四) 資格維持費の損害 金八万二六七八円

中小企業診断士は、法令によつて研修会に毎年参加することがその資格維持のため必要であるところ、原告は、本件受傷のため、毎年九月上旬が最終研修時期とされている大阪支部、兵庫県支部等近隣地における研修に参加することができず、やむなく入院中のところを無理を押して、昭和六一年一一月二、三日の両日、息子の山口孝雄の付添いを伴つて、東京において開催された東京支部の研修会に参加せざるを得なかつた。そのため、原告は、交通費金五万九四四〇円及び宿泊費金二万三二三八円の合計金八万二六七八円の支出を余儀無くされた。

(五) 物的損害 合計金一九万五六〇〇円

(1) 原動機付自転車修理見込額 金一五万三〇〇〇円

本件事故当時原告が運転していた被害者(原付自転車)は、本件事故のため破損し、その修理代金として金一五万三〇〇〇円を要する見込みであつたが、原告が長期間入院せざるを得なくなつたため、結局修理せず、廃車処分にせざるを得なかつた。したがつて、本件事故による被害車の物損は金一五万三〇〇〇円を下回らない。

(2) 眼鏡修理費及び代品購入費 金四万一九〇〇円

本件事故の際の衝撃によつて、原告の眼鏡が破損したため、原告は代品を購入せざるを得ず、応急修理費として金六五〇〇円、代品購入代金として金三万五四〇〇円の合計金四万一九〇〇円を支出した。

(六) 慰謝料 金二五〇万円

(七) 弁護士費用 金八〇万円

(八) 以上損害額合計 金九三一万三二一八円

5  よつて、原告は、被告に対し、右金九三一万三二一八円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和六一年七月二四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、加害車が本件交差点に進入する際の対面信号機が黄色点滅を表示していたことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同2(二)の事実のうち、山中が被告の被用者であること、本件事故は山中が被告のタクシー営業として加害車を運転中に発生したものであることは認めるが、その余の事実は争う。

3(一)(1) 同3(一)の(1)の事実のうち、原告が本件事故によつて受傷したことは認めるが、その余の事実は争う。

(2) 同3(一)の(2)の事実のうち、原告主張の骨髄炎の発症が、本件事故後七か月を経過した昭和六二年二月一六日であることは認めるが、その余の事実は争う。

右骨髄炎の発症は、本件事故後七か月を経過した後のものであるうえ、脛骨骨折から骨髄炎を発症することも必ずしも一般的なものとはされていないから、本件事故との相当因果関係の存在につき疑問があり、したがつて、原告主張の治療費、通院交通費、休業損害及び慰謝料につき骨髄炎に関する部分は認めるべきではない。

(二)  同3(二)(三)の事実はいずれも争う。

4  原告主張の損害はすべて争う。

三  抗弁(過失相殺)

1  加害車が進行していた南北道路は、幅員六・四メートルで、加害車が本件交差点に進入した際の対面信号は黄色点滅を表示しており、一方、被害車が進行していた東西道路は、幅員四・五メートルで中央線が存在せず、被害車の対面信号は赤色点滅を表示していたから、このような道路・信号の状況にあつては、加害車の方が優先的に通行することが認められ、原告としては、本件交差点の手で一旦停止し、左右の道路の安全を十分に確認すべき注意義務があつたのに、本件交差点の手前で一時停止することなく直進し、仮に一時停止したとしても、南進道路の安全を確認しないまま進行したものであつて、重大な過失がある。

2  一方、加害車を運転していた山中は、本件事故当時、本件交差点には横断歩行者もなく、南北道路上には加害車以外進行している車両もなかつたうえ、東西道路の信号が赤色点滅を表示していたことから、本件交差点に東からいきなり進入してくる車両のあることを予想し得なかつたものであり、そのため加害車において徐行を怠つた過失があるとしても、軽微な過失にすぎない。

3  以上のとおり、本件事故発生の責任は原告の過失に負うところが大きく、その過失割合は、原告が八割、被告が二割を相当とする。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

抗弁事実のうち、加害車の進行していた南北道路の対面信号が黄色点滅を表示し、被害車の進行していた東西道路の対面信号が赤色点滅を表示していたことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は信号機の赤色点滅表示の意味をよく理解し、本件交差点手前の一時停止線で停止し、できる範囲で右側を確認し、注意しつつ時速約一五キロメートル程度の低速で本件交差点に進入したものであつて、必要な注意義務を尽くしており、本件事故発生についての落度はなく、仮に原告に過失があるとしても、軽微なものにとどまるものというべきである。これに対し、加害車は、何ら減速措置を講ずることなく、最高制限速度が三〇キロメートル毎時とされているにもかかわらず、時速四五キロメートルで本件交差点に進入したものであつて、かかる無謀運転が「優先道路」ということで正当化されるものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の責任原因について判断する。

1  先ず、被告は、加害車運転上の過失を争い、かつ、過失相殺の主張をするので、以下本件事故の発生状況について検討する。

(一)  加害車が本件交差点に進入する際の対面信号機が黄色点滅を表示していたこと、被害車が本件交差点に進入する際の対面信号機が赤色点滅を表示していたことは、いずれも当事者間に争いがなく、かかる事実及び前記一で認定の事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第八号証ないし第一〇号証、第一四号証、いずれも撮影対象及び撮影者については争いがなく、撮影年月日については証人山中邦夫の証言及び弁論の全趣旨により被告主張の写真であることが認められる検乙第一号証ないし第四号証、証人山中邦夫の証言(但し、後記信用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1) 本件事故現場は、アスファルト舗装道路である幅員約六・四メートルの南北に通じる平坦な道路(以下「南北道路」という。)と東西に通じる幅員約四・五メートルの平坦な道路(以下「東西道路」という。)とがほぼ十字型に交差する本件交差点のほぼ中央付近であること、

(2) 南北道路の最高制限速度は三〇キロメートル毎時に、東西道路の最高制限速度は二〇キロメートル毎時にそれぞれ指定され、右各道路にはそれぞれ押しボタン式信号機が設置されていて、通常、東西側は赤色点滅に、南北側は黄色点滅の状態に設定されていること、南北道路の北側からの見通し状況は、前方は良好であるが、左右は民家の垣根に遮られているために悪く、また、東西道路の東側からの見通し状況は、前方は良好であるが、右方は右垣根のために悪いこと、なお、南北道路には道路標識等による中央線は設けられておらず、東西道路は西行き一方通行になつていること、

(3) 山中は、本件事故当日、加害車に乗客一名を同乗させたうえ、南北道路を南進して本件衝突地点から約三二・六メートル手前に差しかかつた際、対面信号機が黄色点滅を表示しているのを確認したが、左右の交差道路に対する見通しが前記垣根のために極めて悪かつたにもかかわらず、徐行して交差道路からの進入車両に対する安全を確認することなく、漫然と時速四五キロメートルの速度で本件交差点内に進入しようとしたため、本件衝突地点の約八・二メートル手前ではじめて交差道路の左方から本件交差点に進入してきた被害車を約一〇・八メートル左前方に認め、ハンドルを右に転把しながら急制動の措置を講じたが間に合わず、加害車の前部を被害車に衝突させたこと、

(4) 一方、原告は、被害車(原付自転車)を運転して東西道路を西進し、本件交差点に差しかかつた際、対面信号機が赤色点滅を表示しているのを確認し、同交差点手前の一時停止線で停止したが、右停止線の位置からは右方の交差道路に対する見通しが前記垣根のために極めて悪かつたにもかかわらず、右停止線より前方の位置まで徐々に進行したうえで右方の交差道路からの進入車両にたいする安全を確認することなく、右停止線上で右方からの進入車両のないことを確認したのみで、漫然と時速一五キロメートルの速度で本件交差点に進入したところ、右方の交差道路から進入してきた加害車と衝突したこと、

以上の事実が認められ、証人山中邦夫の証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで、黄色信号の点滅は、車両運転者に対し、他の交通に注意して進行すべきことを、また赤色信号の点滅は、交差点又は横断歩道の直前において一時停止すべきことを命ずるものであるが、だからといつて、一方の信号機が黄色の点滅を表示し、これと交差する道路の信号機が赤色の点滅を示す交差点にあつても、これをもつて道路交通法にいう「交通整理の行われている交差点」ということはできず、したがつて、このような交差点を黄色の点滅信号に従つて通過しようとする自動車運転者は、これと交差する道路からの進入車両に対する信号機が赤色点滅による一時停止の信号であるからといつて、左右道路からの進入車両に対する安全確認をないがしろにすることは許されないのであつて、左右道路の見通し困難な箇所にあつては、警音器を吹鳴し、あるいは徐行する等の具体的状況に応じた危険防止の措置を講ずべき注意義務があるものというべきである。

これを本件についてみると、前記(一)で認定の事実によれば、本件事故は、対面信号機が黄色点滅を表示し、かつ、交差道路に対する見通しが極めて悪い本件交差点に進入するに当たり、徐行して左右道路からの進入車両に対する安全を十分に確認しつつ進行すべき注意義務に違反し、漫然と最高制限速度を一五キロメートルも超過する時速四五キロメートルで進行した山中の加害車運転上の過失により発生したことは明らかであるが、他方、原告も、対面信号機が赤色点滅を表示し、かつ、一時停止線の位置からの右方の交差道路に対する見通しが極めて悪い本件交差点に進入する場合には、右停止線より前方の位置まで徐々に進行して右方道路からの進入車両に対する安全を確認したうえで進行すべき注意義務があるのに、前記認定のとおりこれを怠り、漫然と本件交差点に進入した過失があり、右の過失も本件事故発生の原因となつていることは、否めないというべきである。

そこで、双方の過失を彼此勘案すると、本件事故についての過失割合は、加害車側が八割、被害車側が二割とするのが相当である。

2  次に山中が被告の被用者であること、本件事故は、山中が被告のタクシー営業として加害車を運転中に反省したものであることは、当事者間に争いがないから、本件事故は、山中が被告の事業を執行するに当たり同人の過失によつて惹起されたものというべく、被告は、原告に対し、民法七一五条に基づき、原告の被つた後記損害を前記1の過失割合を斟酌した限度で賠償すべき責任がある。

三  次に、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、第一二号証の一、二、第一三号証、乙第一一号証、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1)原告は、本件事故によつて、顔面・前頭・左肘上腕・左下腿・膝下腿・右下腿足打撲症、右脛骨腓骨骨折、脛骨内腺骨折、右脛骨仮関節骨髄炎の各傷害を負つたこと、(2)原告は、右傷害の治療のため、医療法人高明会西宮渡邊病院に、昭和六一年七月二三日から同年一二月六日まで及び昭和六二年二月一六日から同年二月二八日まで入院し(合計一五〇日間)、同病院に、昭和六一年一二月七日から昭和六二年二月一五日まで及び昭和六二年二月二九日から昭和六三年六月一四日まで通院した(実通院日数八〇日)こと、(3)そして、原告の本件受傷は、昭和六三年六月一四日症状固定し、それに伴い、右足関節運動機能障害、右下腿前面瘢痕を内容とする後遺障害が残存していること、以上の事実が認められる。

もつとも、被告は、右脛骨仮関節骨髄炎と本件事故との相当因果関係を争つているが、前掲甲第一三号証によれば、原告は、本件受傷後脛骨骨折に対する金属プレートによる骨接合術を受けたところ、右術後手術創皮膚が一部壊死に陥り、同部が難治性潰瘍となつたことが原因で、脛骨骨髄炎、仮関節形成が惹起されたものであることが認められるから、原告の右脛骨仮関節骨髄炎と本件事故との相当因果関係は明らかに肯定すべきものであり、これを否定する被告の主張は採用することができない。

四  そこで、進んで原告の被つた損害について判断する。

1  治療関係費 合計金一二六万四九四〇円

(一)治療費 金三二万五四二〇円

前掲甲第一二号証の一、二、原告本人尋問の結果によると、原告は、治療費として合計金三二万五四二〇円を負担したことが認められる。

(二)入院付添費 金六〇万一七六〇円

前掲甲第一三号証、いずれも原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第三号証の一ないし一〇、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によると、原告は、入院中の昭和六一年七月二三日から同年一〇月一日まで及び同年一一月一〇日から同月二五日までの合計八五日間にわたつてギプス固定され、その間は寝たままの状態であり、かつ、原告の妻が病弱であつたこと等から、職業家政婦による付添看護を余儀無くされたため、同年七月二三日から同年一一月一四日までの合計八七日間の右付添費として、合計金六〇万一七六〇円を支出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告の病状、年齢(本件事故当時六六歳)、その他諸般の事情に照らし、右入院付添費は、全額本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

(三)入院雑費 金一五万円

前記認定の治療経過に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、入院中(一五〇日間)入院雑費として一日当たり金一〇〇〇円合計金一五万円を下らない額を要したことが認められる。

(四)通院交通費 金一六万九七六〇円

原告の実通院日数が八〇日であること及び原告の後遺障害の内容は前記三で認定のとおりであるところ、前掲甲第二号証の一、二、第一三号証、いずれも原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第四号証の一ないし一九、原告本人尋問の結果によると、原告の肩書住所地の自宅から西宮渡邊病院までバスを利用して通院しようとすると、自宅から最寄りのバス停まで約一キロメートルの距離があり、さらに降車するバス停から右病院まで約一キロメートルの距離があるため、右足関節運動機能障害を有する原告としては歩行に困難をきたすことから、右通院期間中自宅から病院まで往復タクシーを利用せざるを得なかつたこと、一回の往復タクシー料金の平均額は金二一二二円であつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、右通院期間中のタクシー料金合計金一六万九七六〇円(二一二二円×八〇=一六万九七六〇円)は、全額本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

(五)文書料 金一万八〇〇〇円

前掲甲第一二号証の一、二によると、原告は、文書料として合計金一万八〇〇〇円を支出したことが認められる。

2  休業損害 金一六八万円

(一)いずれも成立に争いのない甲第一〇、一一号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、大正九年生まれで、昭和五八年に三菱電気株式会社伊丹製作所を停年退職し、在職中に取得した中小企業診断士、中小企業組合士、一級販売士、資材管理士の資格を生かすべく、昭和六〇年から本格的に経営コンサルタント業を開始し、本件事故は、原告が企業診断に関する論文も発表し、中小企業診断士兵庫県支部の理事に選任された矢先に発生したものであつたこと、経営コンサルタントの業務は、主として企業からの依頼により、企業の経営状態を診断し、あるいは企業の幹部職員の研修・講演を行うことであり、現地に赴く必要があること、しかしながら、原告は、本件受傷による治療のため右経営コンサルタントとしての活動ができなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)ところで、原告が本件事故当時右コンサルタント活動によつて得ていた収入額については、これを認めうる的確な証拠はないが、昭和六一年度賃金センサスによる六五歳以上の男子労働者の平均賃金が一日金八二二四円であることや、前記認定にかかる原告の経営コンサルタントとしての活動内容・経歴に徴するならば、その活動内容が不定期であることを考慮に入れても、原告は、少なくとも一日平均金四〇〇〇円程度の収入は得ていたものと推認すべきである。

(三)次に、前掲甲第一二号証の一、二によると、原告は、昭和六二年二月二八日に退院した後、同年九月末日までは少なくとも一週間に一回は通院して治療を受けていたものの、同年一〇月以降は月に一、二回程度しか通院していないことが認められるから、遅くとも昭和六二年一〇月一日ころには就労可能な状態にあつたものといわざるを得ず、したがつて、原告の本件事故による休業期間は、昭和六一年七月二三日から昭和六二年九月三〇日までの約一四か月間と認めるのが相当である。

(四)そこで、以上の事実を基礎にして、原告の休業損害を算定すると、金一六八万円(四〇〇〇円×三〇×一四=一六八万円)となる。

3  有給嘱託解約による損害 金一二〇万円

原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故当時、姫路市所在の日本セラム株式会社との間に、同会社が原告に一か月金五万円の報酬で経営アドバイザーを委嘱する旨の有給嘱託契約を締結し、右アドバイザー業務をおこなつていたところ、本件事故による長期療養によつて右業務を遂行することができなくなり、右会社から、昭和六三年三月一杯をもつて右有給嘱託契約を解約されてしまつたため、昭和六三年四月以降一か月金五万円の報酬を得られなくなつたこと、右有給嘱託契約は、少なくとも原告が七〇歳に達する平成二年三月までは継続される予定になつていたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告は、本件事故によつて、昭和六三年四月から平成二年三月までの二四か月間一か月金五万円の割合による得べかりし報酬合計金一二〇万円を喪失したものというべきである。

4  資格維持費の損失 金八万二一二八円

前掲甲第一三号証、いずれも原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第七号証の一ないし八、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、中小企業指導法は、中小企業診断士に対して年に二五時間以上の研修を受けることをその資格維持の要件としていること、しかして、原告が所属する兵庫県支部における研修は、昭和六一年七月から八月にかけて実施され、大阪支部においても九月に実施されたことから、当時右足にギプス固定され入院中であつた原告は、近隣地における研修に参加することができず、やむなく同年一一月二、三日に実施される東京支部での研修に参加せざるを得なかつたこと、そして、右研修を受けるために上京するに際しては、原告の歩行が困難であつたことから、同伴者の付添いが必要であり、息子である山口孝雄を同伴し、交通機関としてタクシー、新幹線を利用し、二泊して研修に参加したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告が中小企業診断士の資格を維持するための費用として本件事故と相当因果関係の認められる損害は、原告の支出した費用のうち、原告及び同伴者の新幹線料金(普通)、宿泊費、タクシー代の合計額と認めるのが相当である。しかるところ、昭和六一年一一月当時の西宮・東京間の運賃は金八三〇〇円、新大阪・東京間の指定特急料金は金五〇〇〇円であることは公知の事実であるから、右片道金額の二人分の往復料金五万三二〇〇円、前掲甲第七号証の一、二、四、五、六によつて認められるタクシー代金合計金五六九〇円及び前掲甲第七号証の三、八によつて認められる宿泊費金二万三二三八円、以上合計金八万二一二八円が右資格維持のための損失となる。

5  物的損害 合計金一八万八四〇〇円

(一)被害車修理額 金一五万三〇〇〇円

前掲検乙第三、四号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第八号証、原告本人尋問の結果によると、被害車は、本件事故によつて破損し、その修理費用として金一五万三〇〇〇円を要することが認められ、右認定に反する前掲乙第八号証の記載はたやすく信用することができない。

(二)眼鏡代品購入費 金三万五四〇〇円

原告本人尋問の結果及びこれによりいずれも成立を認めうる甲第九号証の一、二によると、本件事故により、原告が当時着用していた眼鏡が破損したため、その代品購入費として金三万五四〇〇円を支出したことが認められる(なお、原告は、代品を購入している以上、併せて眼鏡の応急修理費を損害として認めるのは相当でない。)。

6  慰謝料 金一五〇万円

原告の入通院期間、後遺障害の内容及び諸般の事情に照らし、本件慰謝料としては金一五〇万円をもつて相当と認める。

7  過失相殺

原告の前記損害賠償請求権金五九一万五四六八円から、前記認定の過失割合に従い二割を減額すると、金四七三万二三七四円となる。

8  弁護士費用 金四五万円

五  よつて、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づき、本件事故による損害賠償として金五一八万二三七四円の支払いを請求しうるものというべきである。

六  結論

以上のとおり、原告の請求は、被告に対し、金五一八万二三七四円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和六一年七月二四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

事故目録

一 日時 昭和六一年七月二三日午前九時三五分頃

二 場所 西宮市桜谷町九番一六号先交差点(以下本件交差点という)

三 被害(原告)車 原告運転の二種原動機付自転車(西宮市む七七五八)

四 加害(被告)車 訴外山中邦夫(以下山中という)運転の普通乗用自動車(神戸五五う一八―九七)

五 事故の態様 山中が加害車両を運転し、南進して交通整理の行われていない(左右の見通しの困難な)本件交差点に時速四五キロメートルで進入し、左方道路より進行してきた原告運転の被害車両右側面に加害車両左前部を衝突させ、原告をその場に転倒させた。

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