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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1557号 判決 2001年11月30日

平成10年(ワ)第1557号 損害賠償請求事件

平成11年(ワ)第287号 請負残代金反訴請求事件

主文

1  被告宏友建設株式会社は,原告に対し,金4800万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告は,被告宏友建設株式会社に対し,金326万0460円及びこれに対する平成11年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告Aに対する請求及び被告宏友建設株式会社に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用中,被告Aに生じた費用は原告の負担とし,その余の費用は,本訴反訴を通じてこれを6分し,その1を原告の,その余を被告宏友建設株式会社の各負担とする。

5  この判決の第1,2項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告の本訴請求

被告らは,原告に対し,各自金5757万6650円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告宏友建設株式会社の反訴請求

主文第2項と同旨

第2事案の概要

1  本件は,原告が被告宏友建設株式会社(以下「被告会社」という。)に請け負わせて建築した建物につき,

(1)  原告は,本訴請求として,被告らに対し,同建物には構造上重大な欠陥があり,再建築を要する損害を被ったと主張して,それら損害につき,被告会社については,不法行為,請負契約の債務不履行(不完全履行),瑕疵担保による損害賠償(選択的主張)を,被告Aに対しては,主位的には工事監理契約の債務不履行,予備的には不法行為による損害賠償を,

(2)  被告会社は,反訴請求として,原告に対し,本件建物建築工事の残代金の支払を,それぞれ求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)  当事者

ア 被告会社は,土木建築及び造園工事の設計施工を主たる目的とする株式会社である。

イ 被告Aは,一級建築士の資格を持ち,有限会社A建築設計事務所において建築工事の設計及び監理の業務に従事するものである。

(2)  建築請負契約の成立等

ア 原告は,平成8年6月8日,被告会社との間で,原告を注文者,被告会社を請負者として,次のとおりの建物新築工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

工事目的 福島ビル(以下「本件建物」という。)新築工事

工事場所 神戸市兵庫区a町b-c

工期 着手 平成8年8月(工事認可の日から7日以内)

完成 平成9年1月(着手の日から150日以内)

建築面積 1階 52.20平方メートル

2階 50.76平方メートル

3階 49.32平方メートル

4階 28.62平方メートル

延べ床面積 180.90平方メートル

請負代金  4400万円

支払方法 契約日 100万円

上棟日 1400万円

完成引渡日 2900万円

イ 被告Aは,被告会社から委託されて本件建物の設計を行い,原告から依頼を受けて,本件建物の建築確認申請を行った。

(3)  本件建物建築工事代金は,その後,建築床面積の減少により138万円減額となった。

また,ネオン工事代金9万円が別途発生した。

(4)  原告は,被告会社に対し,本件建物建築工事代金として,次のとおり合計4000万円を支払った。

ア 平成8年6月8日(契約日)  100万円

イ 平成8年9月24日  1400万円

ウ 平成9年5月  2500万円

(5)  被告会社は,平成9年5月,原告に本件建物を引き渡した。

3  本訴請求についての当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件建物の欠陥

本件建物には,次のとおり,構造耐力上主要な部分について,建築基準法に違反することが明らかな欠陥がある。

ア 1階柱

本件建物の建築確認申請書に添付の設計図書(以下「本件設計図書」という。)によれば,1階の柱8本のうち6本の角形鋼管の口径は,□-250×250×9でなければならないのに,実際には,口径の小さい□-200×200×12に変更されて施工されている。

イ 柱補剛材(以下「ダイヤフラム」という。)

本件設計図書に違反して,柱と梁の接合部にダイヤフラムが施工されていない。

ウ 溶接部

柱,大梁仕口部に完全溶け込み溶接が行われていない。

(2) 被告会社の責任(選択的主張)

ア 不法行為責任

本件建物の前記欠陥は,被告会社が,故意又は過失により,材料と手間を不当に削って,そのなすべき施工を行わなかったことによって生じたものであり,建築基準法等の技術基準が遵守されていないばかりか,それら欠陥部分は建物完成後は内外装に隠蔽されて目視できない部分である等,被告会社の行為は悪質といわざるを得ず,被告会社は,民法709条の不法行為者として,本件建物の欠陥により原告が被った後記損害を賠償する責任がある。

イ 債務不履行責任(不完全履行)

本件建物の前記欠陥がいずれも本件建物の主要構造部分に関わるものであることに鑑みれば,被告会社において債務の本旨に従った履行を了したものとは認められず,本件建物は未完成である(不完全履行)。

したがって,被告会社は,原告に対し,本件請負契約の債務不履行(不完全履行)により原告が被った後記損害を賠償する責任がある。

ウ 瑕疵担保責任

本件建物の前記欠陥は,いずれも本件建物の主要構造部分の安全性に関わる重大な瑕疵であるから,被告会社は,原告に対し,民法634条の瑕疵担保責任の規定に基づき,原告が被った後記損害を賠償する責任がある。

(3) 被告Aの責任

被告Aは,本件建物の建築確認申請にあたり,工事監理者としての届出をしているばかりか,原告が本件建物建築工事の進行に応じ,約10回にわたりアドバイスを求めるとともに,数回工事現場に臨むことを求めたが,その際,被告Aは,本件建物の工事監理者であることを是認し,これを否定することはなかったことからしても,原告と被告Aとの間には工事監理契約が成立していたものである。また,仮にこれが認められないとしても,前記経緯に照らし,工事監理者として名義貸しを行い,工事監理者であることを是認してきた被告Aは,工事監理者としての義務を免れることはできないというべきである。

そして,本件建物の前記欠陥は,被告Aが工事監理者としてなすべき監理を怠ったために生じたものにほかならない。

したがって,被告Aは,原告に対し,原告が本件建物の前記欠陥により被った損害につき,工事監理契約の債務不履行に基づき,然らずとしても不法行為者として,これを賠償する責任がある。

(4) 原告の損害

本件建物の前記欠陥は,いずれも構造耐力上主要な部分の欠陥であるうえ,現場補修が困難であることから,いったん本件建物の躯体を解体し,工場製作し再施工する必要がある。

したがって,本件建物の欠陥による原告の損害は次のとおりである。

ア 本件建物取り壊し建て替え費用  4170万円

イ 再設計費用  90万5050円

再築にあたっては,設計図面の他の建築士によるチェックが必要不可欠であり,その費用として,少なくとも上記金額を要する。

ウ 工事監理費  181万0100円

再築にあたっては,工事監理が適切に行われることが必要不可欠であり,その費用として,少なくとも上記金額を要する。

エ 建て替え期間中の仮住まい費用  60万円

建て替え期間中,本件建物の1室に居住する原告の両親が仮住まいしなければならないところ,再築のための工事期間が110日であることからすれば,仮住まいが必要な期間は5か月であり,その間の賃料として少なくとも1か月7万円を要するし,敷金のうち敷き引き額は25万円を下らないと考えられるので,仮住まい費用は,60万円(7万円×5月+25万円)を下らない。

オ 引越費用  20万円

上記エの原告の両親の仮住まいにあたり要する引越費用(往復)は,20万円を下らない。

カ 建て替え期間中の逸失利益  190万円

本件建物は,1階をスナックとして1か月10万円で,2ないし4階の4室は住居として1か月7万円で,それぞれ他人に賃貸しているところ,建て替え期間中は賃貸が不可能となるので,その逸失利益は190万円(10万円×5月+7万円×4室×5月)となる。

キ 慰謝料  300万円

阪神淡路大震災で建物が全壊となり,ローンを組んで再築を余儀なくされたのが本件建物であるにもかかわらず,構造上の安全性を欠くことを知った原告の驚きと失望は筆舌に尽くしがたく,また,本件訴訟の過程においても被告らの数々の虚偽の主張や不合理な弁解,さらには原告の人格に対する中傷を受けてきた。

これら,原告の受けた精神的損害は財産的損害が填補されたとしても容易に回復し得るものではなく,別途金銭をもって慰謝される必要があるところ,その慰謝料は,少なくとも300万円を下らない。

ク 建物欠陥調査費用  216万1500円

本件建物の欠陥調査は,専門家の助力(意見書作成,打ち合わせ立会,調査立会,具体的な構造計算)を得てこれを行うことが不可欠であったため,原告は,それら費用として合計216万1500円の支出を余儀なくされた。

ク 弁護士費用  530万円

ケ 以上合計  5757万6650円

(5) よって,原告は,被告ら各自に対し,前記損害5757万6650円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

(1) 本件建物の欠陥について

ア 1階柱

本件建物の1階の柱8本のうち6本が,口径の小さい□-200×200×12に変更されて施工されていることは認める。

上記変更は,本件建物の間口が狭いため,原告と相談のうえ5センチメートル小さい柱(肉厚は9ミリメートルから12ミリメートルに増加)に変更したもので,これにより建物の利便性は増しているし,建築基準法及び同法施行令の許容範囲内にも納まっており,何ら問題はない。

イ ダイヤフラム

被告会社は,本件建物につき内ダイヤフラムを施工した。

もっとも,鑑定の調査対象箇所とされた階段室廻りの部分について,ダイヤフラムの施工がなされていない部分のあることは認める。しかし,本件建物は,階段室廻りを境界とした2つの棟で成り立っている多剛床の建物であるので,2つの棟の中間部分で剛床ではない階段室廻りの部分にダイヤフラムの設置がなくとも何ら支障はない。

ウ 溶接部

完全溶け込み溶接が行われていない部分のあることは認める。

(2) 被告会社の責任について

本件建物につき完全溶け込み溶接が行われていない部分のあることは前記主張のとおりであり,これにつき,被告会社に補修ないし補修に代わる損害賠償責任のあることは認めるが,その余についてはすべて否認ないし争う。

(3) 被告Aの責任について

被告Aが本件建物の建築確認申請にあたり,工事監理者としての届出をしたことは認めるが,その余はすべて否認ないし争う。

(4) 原告の損害について

すべて争う。

なお,原告は,本件建物は現場補修が困難で,いったん本件建物の躯体を解体して再施工する必要があると主張するが,本件建物の現場補修は十分可能である。

4  反訴請求についての当事者の主張

(被告会社の主張)

(1) 追加変更工事による代金の増加

本件建物建築工事につき,前記争いのない床面積の減少による減額138万円及びネオン工事代金9万円のほかに,次のとおりの追加変更により,工事代金が55万0460円増加した。

ア 外壁・躯体工事の追加変更による増額 16万4400円

<内訳>

① 土間コンクリート工事の変更による減額 -7万円軽量コンクリートを普通コンクリートに変更したことによるもの

② 屋上防水工事の変更による減額 -29万3800円

③ 鉄骨柱円柱変更工事による増額 5万円

④ タイル工事の変更による増額 47万8200円

壁及び床のタイルを変更したことによるもの

イ 2ないし4階内装工事の追加変更による減額

-55万6840円

ウ 1階店舗工事の追加変更による増額 94万2900円

<内訳>

① 店舗外壁の形状変更工事による増額 30万3500円

店舗外壁を直線から曲線(2000R)に変更したことによるもの

② ガスコンセント増設工事による増額 3万5000円

③ 換気扇変更工事による減額 -3600円

④ 棚変更工事による減額 -4万6000円

⑤ エアコン工事による増額 59万7000円

⑥ 照明器具工事による増額 5万7000円

エ 以上差引増加額 55万0460円

(2) したがって,本件建物建築工事代金は4326万0460円(4400万円-138万円+9万円+55万0460円)となるところ,前記争いのない事実のとおり被告会社が支払を受けたのは4000万円である。

よって,被告会社は,原告に対し,未払の本件建物建築工事残代金326万0460円及びこれに対する弁済期が経過後であることが明らかな平成11年2月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(原告の主張)

(1) 追加変更工事による代金額の増加は否認する。かえって,被告会社自身も認める減額変更も考慮すれば,本件建物建築代金はさらに減額となるものである。

ア 外壁・躯体工事のうち,③の鉄骨柱円柱変更工事は,原告において工事着手前の段階で円柱に変更することを希望したが狭くなると言われ角柱で施工することとなった旨を現場監督に話したところ,現場監督が円柱でも狭くなることはないのでやり直すと言って,自発的に変更工事を行ったものであり,その経緯からして,原告において追加工事費用を支払う必要はない。

イ 外壁・躯体工事のうち,④のタイル工事は,原告において,壁及び床の普通タイルを人工大理石のタイルに変更することを希望したものであるが,元のタイル及び変更後のタイルにつき,これを明らかにする仕様明細書がなく,被告会社主張の増加額には根拠がない。

ちなみに,壁の普通タイルの単価は8500円で,これを1万1000円の人工大理石のタイルに変更したものであり,床は,単価8500円を単価1万6300円に変更したものであるから,上記変更による差額は,合計22万2900円である。

壁 (1万1000円-8500円)×33㎡=8万2500円

床 (1万6300円-8500円)×18㎡=14万0400円

ウ 1階店舗工事のうち,①の店舗外壁の形状変更工事は,原告が当初から一貫して注文していた内容であり,1階店舗の仕様は,建築確認申請に際しては自転車置場として設計されていたため,仕様決定が遅れたに過ぎず,追加変更工事ではない。また,そのうち,ALC及び基礎撤去費用5万円と廃材処理費用2万円は,明らかに被告会社が原告と打ち合わせをしないままに工事を進めたために生じたものであり,原告において支払う必要がないものである。

エ 1階店舗工事のうち,⑤のエアコン工事59万7000円は,当初契約に含まれるものであり,追加変更工事ではない。

(2) 本件請負契約には外構工事も含まれていたところ,被告会社は,外構工事をしないまま工事を中止した。上記外構工事は50万円以上を要するものであるから,本件建物建築工事代金から,未施工の外構工事代金が控除されなければならない。

(3) 上記(1),(2)によれば,原告が被告会社に支払うべき本件建物建築工事残代金は存在しないことが明らかである。

(4) 権利の濫用

仮に,本件建物建築工事残代金があることが認められるとしても,本件建物には,その構造部分の枢要部に重大な欠陥があるばかりか,その他にも杜撰な工事が多数あり,また,一部未施工のまま工事を中止する等,被告会社の責任は重大であること,そもそも建築工事代金は,建物をきちんと完成させて初めて請求できる性質のものであるのに,本件建物は取り壊しを余儀なくされる欠陥建物であり,法的にも社会的にも建物を完成させたとは言い難いことにも照らせば,被告会社の残代金請求は,権利の濫用として許されない。

第3当裁判所の判断

1  本訴請求について

(1)  本件建物の欠陥(原告の主張(1))の有無

ア 1階柱

本件設計図書によれば,1階の柱8本のうち6本の角形鋼管の口径は,□-250×250×9でなければならないのに,実際には,口径の小さい□-200×200×12に変更されて施工されていることは,当事者間に争いがない。

しかし,鑑定の結果によれば,現況部材と重量(床は軽量コンクリートではなく普通コンクリートが使用されている。)を照合のうえでなされた,本件建物の全体の構造としての許容応力度設計,層間変形角,剛性率及び保有水平耐力の検討結果は,それぞれの規定値を満足するものであって,構造上,前記柱の変更は何ら問題はないものであることが認められるから,前記柱の口径の変更によって,本件建物に構造上の欠陥が生じているとは認めることができない。

なお,原告は,この点につき,溶接不良と相まって,前記柱の口径の変更も本件建物の脆弱化の一因となっていると主張するが,柱の口径の変更それ自体には,何ら構造上の問題のないことは前記認定のとおりであるから,原告のこの点の主張は採用できない。

イ ダイヤフラム

鑑定の調査対象箇所とされた階段室廻りの部分について,ダイヤフラムの施工がなされていない部分のあることは争いがなく,同争いのない事実,甲3,7,9,証人Bの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨を総合すると,鑑定において調査対象箇所とされた階段室廻りの6箇所全部につき,H型綱梁と角形鋼管柱の剛接合のための補強材として被告会社が施工したと主張する内ダイヤフラムが,実際には施工されていないことが確認され,その施工状況及び本件建物程度の規模の建物の製作工程等からして,調査対象以外の18箇所についても,ダイヤフラムの施工がなされていないことが推認されること,日本建築学会の「鋼構造設計規準」では「パネル内には,はりの上下フランジのレベルに適当なダイヤフラムが配されているものとする。」とされ,また,日本建築防災協会の「耐震改修促進法のための既存鉄骨造建築物の耐震診断および耐震改修指針・同解説(1996)」では「内ダイヤフラムがない場合には,梁フランジからの応力は,柱管壁に直接伝えられるため,柱が局部変形して所定の耐力は維持できない。」とされており,内ダイヤフラムの施工を欠く本件建物は,その構造耐力上,重大な欠陥を有する建物といわざるを得ないことが認められる。

なお,この点につき,被告会社は,本件建物は,階段室廻りを境界とした2つの棟で成り立っている多剛床の建物であるので,2つの棟の中間部分である階段室廻りは剛床でなく,同部分にダイヤフラムの設置がなくとも何ら支障はない旨を主張し,乙26及び証人Cの証言中にはこれに沿うかのような部分がある。しかし,本件建物は,多剛床ではなく,単一剛床の建物として,設計,構造計算がなされたものであること(甲3,14,証人B,被告A本人)からして,にわかに措信できず,他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

ウ 溶接部

完全溶け込み溶接が行われていない部分のあることは当事者間に争いがなく,同争いのない事実に鑑定の結果及び弁論の全趣旨を総合すると,鑑定においては,梁と柱仕口部(1階の柱頭部と外ダイヤフラム,2階の梁下フランジと外ダイヤフラム,2階の柱頭部と外ダイヤフラム,3階の梁上下フランジと外ダイヤフラム,3階の段差部の梁下フランジと柱(パネルゾーン)のコーナー部)及び1階柱脚部(柱とベースプレート)につき,超音波探傷検査を行って,完全溶け込み溶接が行われているか否かが確認されたが,その結果,2階の梁下フランジと外ダイヤフラム部分及び3階の梁上下フランジと外ダイヤフラム部分以外は,完全溶け込み溶接になっていないことが確認され,その施工状況及び本件建物程度の規模の建物の製作工程等からして,他の溶接箇所においても同様な施工状態であると推認でき,結局,本件建物の溶接部のほとんどにつき完全溶け込み溶接ができていないこと,日本建築学会の「鉄骨工事技術指針・工場製作編」や,日本建築センターの「建築物の構造規定」では,本件建物のような架構形式の仕口部の接合状態は,建物の塑性変形能力を左右しかねないほど,溶接の精度を重視していることからして,本件建物の溶接欠陥部は,地震等の衝撃的な力を受けた時に亀裂の発生点になり,十分な塑性変形能力を保有して,建物の倒壊を防止できるものとはいえず,その構造上,重大な欠陥を有するものといわざるを得ないことが認められる。

(2)  被告会社の責任

原告が被告会社から平成9年5月に引渡を受けた本件建物には,前記のとおり,ダイヤフラムの欠落,溶け込み溶接の不施工といった構造上の重大な欠陥のあることが認められるところ,これらは被告会社の本件建物建築工事の施工上の瑕疵にほかならず,また,それら瑕疵の発生は,少なくともこれを施工した被告会社の過失によるものと認められるから,被告会社は,原告に対し,民法634条の瑕疵担保責任の規定及び民法709条の不法行為責任の規定に基づき,原告が被った損害を賠償する責任があるものと認められる(なお,被告会社が認める溶け込み溶接不施工部分につき補修に代わる損害賠償責任があることは被告会社も争わない。)。

(3)  被告Aの責任

原告は,原告と被告Aとの間には工事監理契約が成立していた旨を主張するところ,被告Aが,本件建物の建築確認申請にあたり,工事監理者としての届出をしていることは当事者間に争いがなく,また,被告A本人の供述によれば,被告Aは,本件建物建築工事着工後も,被告会社に依頼され,軽量コンクリートから普通コンクリートの変更や鉄骨柱の口径の変更に伴う構造計算を行ったり,1階の駐輪場とされた部分の店舗変更についての設計図面の作成を行ったりもしていることが認められる。しかし,被告A本人の供述によれば,被告Aは,本件建物の建築確認申請当時,工事監理者の届出を必ず行う必要はなかったが,これがスムーズになされることを考え,便宜的に届出を行ったものであったことが認められ,同届出の事実をもって,原告との間に工事監理契約が成立していたものとは認めることができない。また,その余の関与も,いずれも設計に関わる部分であることからこれに被告Aが関与したものと認められ,工事監理業務としてこれに関与したものとはにわかには認めがたく,その他,原告と被告Aとの間に工事監理契約が成立していたことを認めるに足る証拠はない。

なお,原告は,工事監理契約の締結が認められないとしても,工事監理者として名義貸しを行い,工事監理者であることを是認してきた被告Aは,工事監理者としての義務を免れることはできないとも主張するところ,確かに工事監理を行わないにもかかわらず,工事監理者としての届出をなすといったことは,本来なされるべきではないとしても,そのことから工事監理契約を締結していないにもかかわらず,当然に工事監理者としての義務を負うに至るものとは認めがたく,原告のこの点の主張は採用できない。

したがって,被告Aには,本件建物の前記欠陥による原告の損害について工事監理契約の債務不履行責任があり,仮にこれが認められないとしても,名義貸しによる不法行為責任があるとの原告主張は,これを認めることができない。

(4)  原告の損害

本件建物の前記ダイヤフラムの欠落,溶け込み溶接の不施工による原告の損害について,以下,検討する。

ア 本件建物取り壊し建て替え費用 4170万円

鑑定の結果によれば,本件建物の上記欠陥の補修方法として,現場での補修と工場での補修が考えられるが,現場での補修は,足場の不安定や無理な姿勢での溶接等,施工全般にわたって高度な技量と施工精度が要求され,現場の環境条件が整っていなければならないところ,本件建物は,現場環境が整っているとは言い難く,安全で確実な施工が望めないこと,工場での補修であれば,足場の不安定や無理な姿勢での溶接等はなくなり,現場補修に比べれば,はるかに安全で確実な補修工事が可能であるが,鉄骨構造材を工場へ搬送するにつき,鋼材に傷をつけずに搬出しなければならないため,手ごわし解体となり,また,その後再度現場に搬入するため2工程となる等から工期と費用がかさむこと,補修方法は現場での補修方法と同じであり,仕口部等の補修難は避けられないことからすれば,むしろ,基礎等の地中埋設部分を除く地上部の建物をすべて解体して取り壊し,同基礎の上に建物を改めて建て直す建て替えによる方法が,手間もかからず,施工精度も信頼でき,施工後の検査も確実にできることが認められる。

被告会社はこれと異なって,本件建物の現場補修が十分可能であると主張し,乙24の1ないし4,26,28,証人Cの証言,被告会社代表者本人の供述中には,これに沿う部分があるが,前記鑑定の結果と対比してにわかに採用できず,他に前記認定を左右するに足る確たる証拠はない。

以上によれば,本件建物の補修は,建て替えによるのが妥当であるところ,鑑定の結果によれば,その工事期間は約110日を要し,建て替え費用は,地上部の本件建物取り壊し費用も含め,4170万円を要するものと認められる。

イ 再設計費用

原告は,再築にあたっては,設計図面の他の建築士によるチェックが必要不可欠であり,その費用として,少なくとも90万5050円を要すると主張するが,必ずしもそのような費用を要するものとは認められず,これを損害として認めることはできない。

ウ 工事監理費

原告は,再築にあたっては,工事監理が適切に行われることが必要不可欠であり,その費用として少なくとも181万0100円を要すると主張する。しかし,原告は,被告会社との本件請負契約において,その代金とは別に工事監理費を負担していないのであるから,別途,工事監理費の必要はあるとしても,これを本件建物の前記欠陥により生じた損害と認めることはできない。

エ 建て替え期間中の仮住まい費用

原告は,本件建物建て替え期間中の原告の両親の仮住まい費用として60万円を損害として主張するが,同損害はその発生が認められるとしても原告の両親の損害であるから,これを原告の損害として認めることはできない。

オ 引越費用

原告は,上記原告の両親の仮住まいにあたり要する引越費用(往復)20万円を損害として主張するが,これも原告の両親に生ずる損害であるから,原告の損害として認めることはできない。

カ 建て替え期間中の逸失利益

原告は,本件建物は,1階をスナックとして1か月10万円で,2ないし4階の4室は住居として1か月7万円で,それぞれ他人に賃貸しているところ,建て替え期間中は賃貸が不可能となるので,その逸失利益は190万円(10万円×5月+7万円×4室×5月)となると主張する。

しかし,甲24,25の1ないし4によれば,前記店舗及び居室を賃貸しているのは原告ではなく,原告の両親であることが認められ,したがって,原告主張の損害の発生があるとしても,それは原告の両親らが被る損害であるから,これを原告の損害として認めることはできない。

キ 慰謝料  100万円

前記認定のとおり,本件建物の欠陥が本件建物の構造上の安全性に関わるものであることや,その他本件に現れた一切の事情を総合すると,原告の受けた精神的損害は大きなものがあり,財産損害が回復されたとしても,なお,それによってすべてが回復されるものとは認められず,慰謝料として100万円を認めるのが相当である。

ク 建物欠陥調査費用  100万円

甲4ないし7,9,14,26の1ないし25及び弁論の全趣旨によれば,本件建物の欠陥調査は,専門家の助力(意見書作成,打ち合わせ立会,調査立会,具体的な構造計算等)を得てこれをしなければならなかったため,原告は,それら費用として合計216万1500円を支出したことが認められるところ,本件事案の内容や専門性,さらには本件における認容額等を総合考慮すると,それらに要した費用のうち,被告会社の不法行為と相当因果関係のある建物欠陥調査費用は,100万円と認めるのが相当である。

ケ 弁護士費用  430万円

本件事案の内容,認容額等に鑑み,被告会社の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,430万円と認めるのが相当である。

コ 以上合計  4800万円

(5)  以上の次第で,原告の本訴請求中,被告Aに対する請求は理由がないが,被告会社に対する請求は,瑕疵担保責任及び不法行為に基づく損害賠償として金4800万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

2  反訴請求について

(1)  被告会社の主張(1)(追加変更工事による本件建物建築工事代金の増額)について

ア 外壁・躯体工事の追加変更

上記工事の追加変更による代金の増減が,以下に認定のとおり生じ,差し引き16万4400円の増額となったことが認められる。

① 土間コンクリート工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,軽量コンクリートから普通コンクリートに変更して施工がなされ,これにより代金が7万円減額になったことが認められる。

② 屋上防水工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,上記工事の変更により代金が29万3800円減額になったことが認められる。

③ 鉄骨柱円柱変更工事

甲15,乙3及び弁論の全趣旨によれば,原告が,1階店舗横の鉄骨柱につき,角柱から円柱に変更を希望したことから,被告会社は,施工済みの柱を解体して円柱に変更し,これにより代金5万円を要したことが認められる。

原告は,同変更工事につき,被告会社が原告の希望を入れ自発的に変更したもので,追加工事費用を支払う義務はないと主張するが,いったん施工した柱の解体を含む変更を,被告会社が自発的に行うとは認めがたく,原告のこの点に関する主張は採用できない。

④ タイル工事

原告が,床及び壁のタイルを施工予定のタイルから人工大理石のタイルに変更することを希望したものであることは原告も自認するところであり,乙3,11,12の1・2,13及び弁論の全趣旨によれば,前記原告の希望により,エントランスの床・壁及び店舗の壁のタイルが変更となり,その差額の発生によって,タイル工事代金が47万8200円増加したことが認められる。

イ 2ないし4階内装工事の追加変更

乙3及び弁論の全趣旨によれば,2ないし4階の内装工事の変更により,代金額が55万6840円減額となったことが認められる。

ウ 1階店舗工事の追加変更

工事の追加変更による代金の増減が,以下に認定のとおり生じ,差し引き94万2900円の増額となったことが認められる。

① 店舗外壁の形状変更工事

乙3,16ないし20,証人Dの証言,被告会社代表者本人の供述及び弁論の全趣旨によれば,建築確認申請では駐輪場とされている部分につき,実際にはこれを店舗とすることは,当初より原告と被告会社間で合意されていたこと,しかし,その店舗外壁の形状については,直線による施工が予定されていたところ,原告が,これを曲線とすることを希望したため,代金が30万3500円増額となったことが認められる。

② ガスコンセント増設工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,上記増設工事により代金が3万5000円増額となったことが認められる。

③ 換気扇変更工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,上記変更工事により代金が3600円減額となったことが認められる。

④ 棚変更工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,上記変更工事により代金が4万6000円減額となったことが認められる。

⑤ エアコン工事

乙3,証人Dの証言,原告本人の供述によれば,1階店舗につき,原告が別途エアコンの設置を求めたため,代金が59万7000円増額となったことが認められる。

⑥ 照明器具工事

乙3及び弁論の全趣旨によれば,上記工事により代金が5万7000円増額となったことが認められる。

エ 以上を差し引きすると,被告会社主張のとおり,工事の追加変更により,本件建物建築工事代金は55万0460円増額となったことが認められる。

(2)  そうすると,本件建物建築工事代金は,契約当初の工事代金4400万円から,前記争いのない建築床面積減少による減額分138万円を控除した額に前記認定の増額分55万0460円及び前記争いのないネオン工事代金9万円を加えた4326万0460円ということとなる。

なお,原告は,本件建築工事代金4400万円には,外構工事も含まれていたところ,被告会社は外構工事を施工していないので,少なくとも外構工事分として50万円が代金から控除されるべきであると主張するが,本件建築工事代金に外構工事も含まれていたことを認めるに足る証拠はなく,この点の原告の主張は採用できない。

被告会社が原告から支払を受けた本件建物建築工事代金が4000万円であることは前記のとおり争いがない。

したがって,その残代金は,326万0460円となる。

(3)  原告は,被告会社が上記残代金を原告に請求するのは権利濫用として許されないと主張するが,被告会社において,本件建物の欠陥につき原告が被った損害につき賠償責任を負うことは本訴請求において判断したとおりであるが,そのことのゆえに残代金請求が許されなくなるものではないし,その他,被告会社の原告に対する本件残代金請求が権利の濫用として許されないとすべき事情があるとは認められない。

(4)  以上のとおりで,被告会社の原告に対する本件建物建築残代金326万0460円及びこれに対する弁済期が経過後であることが明らかな平成11年2月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める反訴請求は理由がある。

3  まとめ

よって,原告の本訴請求中,被告会社に対する部分は上記理由のある限度で認容し,その余の被告会社に対する請求及び被告Aに対する請求はこれを棄却し,被告会社の反訴請求についてはこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 上田昭典)

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