神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1652号 判決 2002年8月21日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,1804万7055円及びこれに対する平成9年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,脱退被告と継続的に証券取引を行っていた原告が,脱退被告の債務を免責的に包括承継した被告に対し,①脱退被告の従業員が行った違法な勧誘に基づくワラント取引及び②脱退被告の従業員が主導して行った株式等の過当な取引によって,それぞれ損害を被ったと主張して,債務不履行(民法415条)又は不法行為(同715条)に基づく損害賠償を選択的に請求(弁護士費用160万円も含む。)したのに対し,被告が,違法な勧誘も過当な取引もなかったと主張して争った事案である。
1 前提事実(末尾に証拠等の記載のない事実は,当事者間に争いのない事実か,明らかに争わない事実である。)
(1) 当事者等
原告(大正10年6月27日生まれ)は,大学卒業後からA株式会社(以下,「A」という。)にエンジニアとして勤務し,昭和55年に同社Bの副所長を最後に60歳で退職した者である。その退職後,原告は,C株式会社(以下,「C」という。)に勤務したが,昭和63年に同社を退職した後は,現在に至るまで貯蓄及び年金等で生計を立てている。
被告(旧商号D分割準備株式会社)は,吸収分割によって脱退被告(旧商号D株式会社。以下,「D」という。)の営む証券業等の営業を承継し,かつDの債務を包括承継した法人である。
Dは,原告との取引当時,いわゆる証券会社として,有価証券売買及びその媒介等を業として営んでいたが,現在はいわゆる持ち株会社となっている法人である。
(2) 原告の証券取引状況等及びその主な身辺状況
ア E支店時代(昭和55年2月~昭和62年9月)
(ア) 証券取引関係
原告(aに自宅を有していたが,当時はb在住)は,昭和55年,Aを退職するに伴い退職金約2700万円を取得した。当時は,退職金を預金・不動産・証券に3分して管理・運用するのが良いといわれていたことから,原告も,同年2月1日にDのE支店で口座を開設して国債を購入して証券取引を行うようになった。この取引開始から昭和62年9月までのE支店における原告口座の取引状況は,別紙1取引一覧表(E支店)に記載のとおりであった(乙1)。
なお,E支店には原告の妻名義の口座もつくられたが,同口座における取引も実質的には原告の出捐によるものであった。
(イ) 主な身辺状況
原告は,昭和59年1月,出張先のc県で心筋梗塞で倒れ,そのまま同年3月初旬ないし中旬ころまでc県内の病院に入院し,転院により,同年3月中旬ころから5月初旬ころまでa市立中央市民病院(以下,「中央市民病院」という。)に入院した(甲28,37)。その後,同年5月にいったんbに戻り,同年10月までb医大病院に通院していたが,同年11月にはaの自宅に帰ってきて,中央市民病院に通院を開始した(甲28,37)。
また,昭和61年11月ころから同年12月ころには,体調が悪化して中央市民病院に入院した。
イ b支店時代・前半(昭和62年9月~平成4年2月末ころ)
(ア) 証券取引関係
原告がbに戻った後も,原告の証券取引口座はE支店におかれたままになっていたが,原告は,昭和62年9月18日にa支店でも取引を開始し,その際,D従業員のFがa支店における原告の担当者となった。同21日にはE支店の原告口座から預かり証券がa支店の原告口座に移管された。このころから以後の原告口座の取引状況は,別紙2取引一覧表(a支店・前半)に記載のとおりであった(乙2)。
原告の口座では,昭和63年6月14日からワラント取引も開始された(ワラントとは,後記(3)のとおり,新株引受権又はこれを表章した証券のことである。)。a支店での証券取引(前半)のうち,原告のワラント取引の状況は別紙3ワラント取引一覧表に記載のとおりであった(以下,これらのワラント取引を総称して「本件ワラント取引」という。)。本件ワラント取引による原告の損益は,564万4122円の損失であった。
平成2年に入ると,原告の口座の取引数は前年に比べて減少し,平成2年11月以降は取引がぱったりとなくなった。
Fは,平成3年3月にa支店からb本社に異動することとなり,同時に原告の担当を終えることとなった(乙17)。
その後,平成4年2月末までの間,原告の証券取引は一切行われない状況が続いた。
(イ) 主な身辺状況
原告は,昭和62年ころから体調も良くなってきたが,原告の妻は,原告が証券取引をすることを嫌っていた。
昭和63年12月から,原告の母親がdの病院に入院することとなった。
平成3年10月ころから12月ころには,原告は,再び体調が悪化して中央市民病院に入院した。
ウ a支店時代・後半(平成4年2月末ころ~平成9年5月)
(ア) 証券取引関係
平成4年2月27日から,再び原告の証券取引が行われるようになった。このころ一時的にD従業員のG某が原告の担当となったが,平成4年12月から同じくD従業員のHが原告の担当者となった。
Hが担当となった後,平成4年12月28日以降の原告口座の取引状況は別紙4取引一覧表(a支店・後半)に記載のとおりであった(以下,「本件株式等取引」という。ただし,本件ワラント取引に関する部分は除く。)。
原告は,最終的に平成9年5月,口座を解約してDでの証券取引を終了した。本件株式等取引による原告の損益は,1080万2933円の損失であった。
(イ) 主な身辺状況
平成5年7月中旬,d県で入院していた原告の母親が死亡した。
平成7年1月17日,原告の居住していたaを含む兵庫県南部一帯で兵庫県南部地震(いわゆる阪神・淡路大震災)が発生した。
(3) ワラント(新株引受権証券)について
ワラント(新株引受権証券)とは,新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権(ワラント)部分を表章する証券のことである。すなわち,ワラントはワラント債発行時に定められた一定の期間(権利行使期間)内に,一定の価格(権利行使価格)の金員を払い込むことで,当該ワラント債発行会社の所定数の新株を引き受けることができる権利を証券化したものである。
このワラントは,以下のような特徴を有しており,極めて投機性が高く,その仕組みも複雑な商品とされる。
ア ワラントは,あくまで権利行使期間内に発行会社の新株を引き受けることができる権利であるから,ワラントを行使しないまま権利行使期間を経過すると,新株引受権すなわちワラントは消滅し,無価値となる。この点で,会社が倒産等しない限り一定の価値を有する株式や,期限に元本の返還を受けることのできる社債などと異なる。
イ ワラントを取得・行使して新株一株を取得するのに要する費用(ワラントによる新株取得コスト)は,ワラントそのものの取得価格を当該ワラントで取得可能な所定の新株数で除して得た額(新株一株分の引受権を取得するのに要する費用)に権利行使価格(ワラントを行使する際に発行会社に払い込むべき新株一株当たりの価格)を加算することで求めることができる。
よって,例えば,当該ワラントと同一銘柄株式の株価(一株の価格)が上記のワラントによる新株取得コストを下回っているような相場状況においては,当該ワラントを購入した投資家がワラントを行使して新株を取得し,これを売却しても,コスト割れとなり利益を得られないこととなる。
ウ ワラントの価格は,株価の変動に連動して上下するが,その変動率は株価の変動率を大きく上回るものとなる(いわゆるギアリング効果)。
もっとも,ワラントの価格には理論的に算定される価格(理論価格)と現実に取引されている価格(流通価格)とがあり,上記のギアリング効果が現れるのは,株価と権利行使価格とから算定される理論価格についてである。実際の流通価格は,理論価格を基礎にしつつも,将来の株価上昇への期待度,銘柄の人気の程度,需給バランス,残存権利行使期間の長短などの諸要因の影響を受けることから,必ずしも理論価格と同様のギアリング効果が現れるわけではない。
さらに,外貨建てワラントは証券会社の店頭における相対取引で売買されることから,売値と買値に差があり,また,証券会社によって価格に差が生じ得る。
2 争点
(1) 本件ワラント取引について
ア 原告は,ワラント取引についての適合性を欠いていたか(争点1)
イ Dに説明義務違反があるか(争点2)
(2) 本件株式等取引について
Dに過当取引による忠実義務違反があるか(争点3)
3 争点に対する当事者の主張
(1) 不適合取引への勧誘禁止義務違反の有無(争点1)
(原告の主張)
ア 不適合取引への勧誘の禁止
証券会社が顧客を勧誘して投資を行わせるに際しては,顧客の資産状態,資金の性格,投資の目的,投資経験の有無,その内容などに照らして,最も適合した投資勧誘を行わなければならないというべきである。そのため,証券会社は,顧客が当該取引に適合するか否かに関して十分な調査を行い,その上で当該取引に適合するかどうかを判断して,仮に適合しない顧客であれば,当該取引に勧誘してはならない。
これに反して顧客を不適合な取引に勧誘し,当該取引によって損害を与えた場合には,違法な勧誘による損害であるから,証券会社は債務不履行又は不法行為に基づきその損害を賠償しなければならない。
イ ワラント取引の適合性を基礎づける属性
ワラントは,一般大衆にとってなじみがなく,その権利内容・取引構造が複雑で難解である。とりわけ,外貨建てワラントについては,契約内容等も全部英語で書かれており,しかもワラント原券や契約書等を入手することは事実上不可能であり,取引上のリスクも極めて高い商品である。このことに鑑みれば,ワラントの権利内容,取引の仕組み,リスク,適正価格などについて自ら積極的に研究するだけの意欲と能力を有し,ワラント取引によるリスクが現実化しても耐え得るだけの資金余力を有するような投資家でなければ,ワラント取引には適合しないというべきである。すなわち,ワラント取引に適合するのは,機関投資家や大手会社の財務部門,特殊な個人投資家など投資のプロのみであって,一般の個人投資家はそもそもワラント取引に適合しないというべきなのである。
ウ 原告のワラント取引不適合性
原告は,個人投資家であるということからだけでもワラント取引の不適合者であるというべきであるが,殊に原告の場合は,66歳という年齢,年金生活者という地位に加え,証券投資の当初の目的が退職後の資産運用であったこと,基本的には安定志向であったことなどからしてもワラント取引の不適合者であったというべきである(なお,本件ワラント取引を開始するまでの原告の取引歴に関し,E支店では信用取引を含む多数の証券取引が行われているが,これらの中には原告の事前の承諾なしに行われたものが相当数ある。原告は,これら事前の承諾のない取引に対して事後的にいちいちクレームを付けていないが,これは,原告の健康状態がすぐれないため証券投資などはどうでもよいという半ば投げやりな気持ちとDという大会社に対する信頼から,事実上被告に取引を消極的に一任していたにすぎない。よって,原告の積極的な意思に基づいて原告自らが投資判断したものではないから,原告が不適合者であることに変わりはない。)。
それにもかかわらず,被告が原告にワラントのような難解かつハイリスクな証券の取引を勧めたことは,いわゆる適合性原則に反する違法な勧誘であるから,被告は,原告に対し,債務不履行又は不法行為に基づいて,原告が本件ワラント取引によって被った損害合計564万4122円を賠償すべきである。
(被告の主張)
本件ワラント取引開始までの原告の証券取引は,いずれも原告の指示又は原告の事前承諾の下に行われたものである。よって,無断売買又は一任勘定取引の事実はない。
そして,その原告の取引内容からみると,原告が積極的,意欲的に,専ら短期的な売買差益によるキャピタルゲインの獲得を目的として証券取引を行ってきたことは明らかである。すなわち,原告は,当初債券や投資信託を対象とする取引を行っていたが,昭和58年12月に信用取引による株式取引を始めてからは,専ら信用取引を行い,多額の利益や損失を出しながらも取引を継続してきたのである。しかも,原告自ら銘柄を指定して買付けすること(いわゆる客注取引)も多く,他方,被告が勧める銘柄を原告が買い付けないこともあるなど,自らの判断で信用取引を行っていた。
したがって,原告がその不適合性を基礎づけるべく主張している前提事実自体が誤っており,原告は本件ワラント取引の勧誘を受けた当時,信用取引も含め豊富な投資経験を有し,短期間での値上がり益をねらう志向が強かったのであるから,ワラント取引に不適合であったとはいえない。
(2) 説明義務違反の有無(争点2)
(原告の主張)
ア ワラント取引についての高度の説明義務
証券会社は,物的・人的いずれの面においても証券取引を行うに際して一般大衆とは桁違いの専門的基盤を有し,その基盤の上で実際日常的に証券取引を遂行・関与することで証券取引に関する知識,経験,情報,ノウハウ等を蓄積しており,証券取引のすべての面において一般大衆投資家に対し絶対的に優位な地位に立っている。このような証券会社の地位に鑑みれば,証券会社は,複雑かつ高度の専門性を要するような商品を勧誘するに当たっては,顧客に十分な説明を行うべき義務を負っているというべきである。
殊にワラントは,様々な投資対象の中でも権利内容・取引構造が複雑で,投資対象としても比較的危険度が高く,商品としても周知性がないといった特質がある。また,取引について開かれた市場がないため,流通や価格形成のメカニズムは証券会社に握られ,情報も証券会社側に偏在し,その開示は極めて制約されている。さらに,外貨建てワラントは相対取引・仕切り売買によるため証券会社自らがワラントの売主・買主としての当事者たる地位に立っており,明らかに利益相反的な地位にあるといった特質もある。
このように,証券会社は,自己の利益獲得のため自ら売買当事者となって,周知性のない高度に危険なワラント取引に一般大衆投資家を引き込む以上,ワラント取引の勧誘に際しては,一般投資家の自主的な決定が可能な程度に十分な判断材料を提供し,顧客が不測・多大な損害を被らないように,通常よりも一層高度で厳格な説明義務が課されるというべきである。
具体的には,証券会社は,ワラント取引の勧誘において,<1>ワラントの意義,<2>権利行使価格と権利行使期間の意味,<3>外貨建てワラントの価格形成メカニズム及び無価値となることもあり得るなどのハイリスク性,<4>外貨建てワラントは上場株式等とは異なり証券会社との相対取引によること,の4点を顧客が正しくかつ十分に理解できるように適切に説明しなければならない。
イ 被告の説明義務違反
本件において,原告は,昭和63年6月14日のIワラントを最初に本件ワラント取引を開始したが,その開始に当たって,被告担当者の滝沢からはワラントについての十分な説明はなかった。
すなわち,本件ワラント取引に際し,Fが原告にワラントの説明をしたのは1度きりであり,「ワラント債」という商品名で,「いい商品だからやってみないか。」と勧誘しただけで,ワラントの意味やワラントの特徴についての説明は一切なかった。そのため原告は,「ワラント債」という言葉から,「ワラント」はワランティ,すなわち「保証」という意味であり,「債」は「債券」を意味するものと理解し,結局ワラント債とは「保証された債券」のことであると誤解してこれを購入することにしたのである。
なお,Fは,上記Iワラントの売り付けの前に,同年5月12日及び25日並びに同年6月9日の3回にわたり,原告宅を訪問した際に,「外貨建てワラント その魅力とポイント」という説明書を持参するなどして30分から40分程度ワラントについての説明を行ったと証言しているが,Fの証言は種々の客観的証拠や経験則に矛盾しており,いずれも全く虚偽の供述である。
ウ 結論
よって,Dには説明義務違反があるから,被告は,原告が本件ワラント取引で被った損害合計564万4122円を賠償すべき責任がある。
(被告の主張)
Fは,本件ワラント取引開始前である昭和63年5月上旬ころ以降,当時既に原告が十分な証券取引経験を有しており,投資志向として短期売買差益獲得を主たる目的とする顧客であったことを踏まえ,原告に対し数回にわたってワラントの仕組みやリスクについて,原告の投資経験に照らし十分と考えられる程度の説明を行った。
すなわち,同年5月12日,原告宅を訪問し,ワラントについての一般的な説明を行った。このときは具体的な銘柄を勧めることはしなかった。次に,同年5月25日,再び原告宅において,Iワラントを勧め,同銘柄を素材に実際にシミュレーションを行って説明をした。さらに,同年6月9日には,同じく原告宅で,ワラントの説明を行うとともに,「外貨建てワラントその魅力とポイント」という説明書を持参して交付し,同説明書に挟まっている「ワラント取引に関する確認書」を返送しないとワラント取引が開始できない旨を説明した。
このほか,電話でも2,3回はワラントについて説明をしているし,そうした説明の際には,原告からワラントのリスクについてなどの質問を受けたこともあった。
具体的な説明の内容としては,Fは,ワラントとはあらかじめ決められた期間内に,あらかじめ決められた価格で一定数の株式を買い取ることのできる権利であること,権利行使期間の存在とその徒過による権利の無価値化,ワラントの価値の株価連動性及びその変動幅の大きさ,外貨建てワラントに関する為替リスクの存在について説明している。
以上からすれば,Fは原告に対し,その証券取引の経験に照らして十分な説明を行っており,被告に説明義務違反はない。
なお,この点に関する原告の供述は,一貫性,合理性に欠ける内容であり,到底信用できない。
(3) 過当取引による忠実義務違反の有無(争点3)
(原告の主張)
ア 過当取引による忠実義務違反
(ア) 過当取引の要件
過当取引とは,証券会社が,顧客の信頼あるいは無知に乗じ,専らあるいは主に取引手数料等を得て自己の利益を図る目的で,顧客の口座の性格に照らして量及び頻度において過大な取引を誘引し,これを実行することをいう。このような行為は,顧客に対する証券会社の受託者としての忠実義務に反する行為であって,顧客に対する債務不履行となるばかりか不法行為を構成するというべきである。
この違法な過当取引といえるためには,<1>証券会社が顧客口座をコントロールしていること(口座支配性),<2>当該口座の性格に照らして,行われた取引が金額・回数の点で過大であること(取引の過度性)という2つの要件を満たすことを主張,立証すれば十分であるというべきである(証券会社の悪意は要件として不要である。仮に必要であるとしても,上記2つの要件が満たされれば証券会社の悪意は推認されるというべきである。)。
そして,各要件の該当性を検討するに当たって考慮すべき具体的な要素は,次のとおりである。
(イ) 口座支配性について
a 顧客の属性
年齢,高等教育の有無,知性,性格,習慣,資産,職業,社会的地位,社会経験,投資経験,投資知識,投資目的,個人か法人か,運用資金の出所などである。
b 顧客の証券会社との関係
証券投資に至る契機,証券業者に対する依存度,服従度,信頼度,話合いの頻度,密接さ,証券会社の裁量権などである。
c 取引に関する顧客の認識
投資対象となっている市場及び顧客自身の口座に関する顧客の知識,情報,理解力及び取引の承認などである。
例えば,顧客が証券会社が推奨した証券取引の是非が判断できない,取引内容・取引量・頻度に関する合理性を理解できない,推奨を拒絶できる知識及び判断力を有していない,証券会社が継続的取引関係にある顧客に対し具体的な投資運用計画を顧客に提示していないなどの場合には,仮に顧客が売買報告書等を受領し,各取引に対して必ずしも異議を唱えていなくても,証券会社が口座を支配していたというべきである。
d 証券投資決定の度合い
投資にかかる当事者の主体性,積極性,投資決定の最終的な判断能力,投資に関する洞察力などである。
(ウ) 取引の過度性について
a 投資資金の年次回転数
同じ投資資金が1年間に何回新たな投資につぎ込まれたかという資金の回転度合いを示す指標である。顧客口座に属する証券がすべて売却され,その代金を元手に新たな証券が購入されれば,当該口座は1回転したことになる。これは顧客の買付け総額を顧客の平均投資額(対象期間における各月末の投資残高の平均額)で除し,それを年ベースに換算することにより算定する。これが多くなればなるほど取引経費もかさみ,運用利益を上げることが困難になる。
b 平均投資額に対する手数料割合
投資総額に対して,一連の証券取引から生じた手数料の割合を示す指標である。これは,当該口座から生じた手数料額を顧客の平均投資額で除することにより算定する。
そして,売買手数料は取引金額が小さいほど高い比率で設定されているから,取引金額総額が同じ場合,取引を小口に分散すればするほど手数料総額が高くなり,取引経費がかさむこととなる。
c 取引の頻繁性
取引回数や取引期間に基づき判断する。同一証券について短期間に売りと買いを繰り返す回転売買のほか,経済的,合理的な根拠なしにその保有する証券を短期間で売却し,別の証券を購入する乗換売買などでは取引が頻繁に行われることとなる。
d その他
投資リスクの高い証券かどうかの証券の質,投資額に対する損失率,証券会社が意図的に顧客間で互いに証券を売買させるクロス取引の存在,ほかの顧客と比較した場合の手数料額の多寡なども取引の過度性を判断する指標となる。
イ 本件株式等取引
(ア) 口座支配性について
本件株式取引等においては,<1>担当者のHが原告への連絡なしに無断で取引したものが多数あること,<2>Dのa支店における大量推奨販売の結果として取引されたものも多かったこと,<3>顧客にとって経済的合理性のない売り買いの繰り返しなど,証券会社の手数料を稼ぐだけの意味しかない売買があること,<4>短期間で売買された証券は,少額でも利益の上がっているものが多いが,値下がり損の出ている証券は長期間放置されたままで多額の損失が生じていること,<5>本件株式等取引の取引期間において,原告が行った入出金は平成8年5月15日の150万円の出金と同年9月24日の25万円の入金のみであって,この期間の取引はほとんどが預けられた投資資金だけをもとに継続的に乗換売買が行われていたことなどの事情がある。
こうした事情からすれば,本件株式等取引はHの主導の下に,原告がHに取引を事実上一任し,原告は単にHに黙従していたにすぎないのであって,H,ひいてはDが原告の口座を支配していたというべきである。
(イ) 取引の過度性について
本件株式等取引においては,約4年半の間で買い回数は161回,売り回数は157回,取引銘柄は111銘柄(そのうちの株式75銘柄中,41銘柄が二部上場株又は店頭登録株)と,頻繁かつ多様な銘柄(しかも小型株)について取引がされ,投資資金の年次回転数も平均して4.747回(平成5年は6.543回,平成6年は5.176回,平成7年は2.897回,平成8年は3.966回)と高い。また,本件株式等取引でDが取得した手数料総額は526万5791円で,その平均投資額に対する手数料割合は34%にのぼり,原告は投資した金額のうち約3分の1を被告の手数料に取られて終わったことになる。さらに,購入した全証券の約46.6%が1か月以内に売却されており,本件株式等取引の手数料総額のうち,1か月以内の短期売買による手数料は約43.1%(227万0820円)を占めている。
そのほか,本件株式等取引の売買代金総額は5億7032万6679円で,売買差損は1080万2933円であるのに対し,Dが取得した利益は売買委託手数料だけでも526万5791円にのぼる。このような多額の売買総額及び売買委託手数料は高齢で年金生活を送る一個人投資家の属性に鑑みれば,異様である。
そして,以上の諸事情からすれば,本件株式等取引が原告の口座の性格に照らして過大な取引であったことは明らかである。
(ウ) Dの悪意
なお,念のためにこの点についても言及しておくと,多数の小刻み注文(同一銘柄を同一の日にわざわざ複数回に分けて売買する取引方法),クロス取引,高い手数料率などの事実に照らすと,Dが本件株式取引において故意に手数料稼ぎを行っていたことは明らかである。
ウ 結論
以上によれば,本件株式等取引は,違法な過当取引に該当する。よって,被告は,本件株式等取引によって原告が被った損失1080万2933円を賠償すべき責任がある。
(被告の主張)
ア 原告自身による原告口座の支配
原告は,証券取引について無知ではなく,豊富な経験を有し,銘柄についても自ら研究し,株価についてのニュースも知っており,Hの言いなりに証券取引を行うような顧客ではなかった。また,自ら銘柄,売買時期,売買数量を決することも多く,Hが勧めた取引を断ることもしばしばであった。
また,原告は短期売買による差益の獲得を投資目的としていたため,Hは原告の希望に沿うように株式銘柄や各商品を案内し,原告は,それを参考にして自らの指示で取引を行ってきた。非大型株の売買についても,Hが案内した銘柄もあるが,最終的にはすべて原告が注文の指示を出したものである。小刻みな売買も,Hが勧める銘柄を原告が1度に取引せず,様子を見ながら数回に分けて注文するということが多かったことに起因する。
この点,原告自身も「5000株ぐらい買わないかと言ってきましたから,僕はそんなの買いませんと,数をだから2500で落ちつきました。」と供述しており,まさにHと原告との間ではこのようなやり取りが行われていたのである。
イ 取引数量,取引頻度等の多さの原因
銘柄の多様性,短期売買,年次資金回転数,手数料,小刻み売買などは,短期売買による差益獲得という原告の目的に沿った取引を原告自身の判断で行ってきた結果を示すものに外ならない。
ウ 結論
以上のとおり,原告は自ら本件株式等取引を主体的に行ってきたのであって,原告の口座は原告自身が支配していたものである。よって,本件株式等取引が過当取引に当たる余地はなく,本件株式等取引によって生じた原告の損失を被告が賠償すべき理由はない。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠(甲1ないし18,21,28ないし43,44,45の2,乙1ないし4,6ないし19,20の1及び2,21ないし24,25の1ないし16,26の1及び2,27,原告本人の一部,証人Fの一部,証人Hの一部)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 本件ワラント取引開始前の原告の取引経験等
ア 証券取引の開始
原告(当時はb在住)は,昭和55年,大学卒業後から永年勤めてきたAをB副所長の職を最後に退職したが,その後も完全にはリタイヤせずに,同社の関連会社であるCで勤務することになった。このとき原告がAから取得した退職金は約2700万円であった。
原告は,それまで証券投資の経験はなく,証券取引としては,過去に,長期勤続に対する報償としてもらって保有していたA株を,aの自宅の建築資金捻出のために,Da支店を通じて売却した経験があるだけであったが,当時,退職金の管理・運用手法として預金・不動産・証券に3分することが良いとされていたことから,原告も退職金を元手に証券投資を行うことにした。
当初は,DのE支店に原告の妻名義で口座を開設して取引を開始したが,その後,同年2月1日に原告名義の口座も開設して証券取引を行うようになった。もっとも,取引開始の当初は,原告自身は出張でbを離れることが多かったことから,証券取引を含む財産管理は原告の妻にある程度任せていた。
その後,昭和58年末ころまでは,原告の投資対象は,国債や投資信託に限られていたが,原告は,同年12月ころに信用取引を始めることにし,同月27日にJ株を信用買いした。
イ 原告の入院等
ところが,原告は,翌昭和59年1月,出張先のc県で心筋梗塞になり,そのままc県内の済生会病院に入院することとなった。同病院には同年3月初旬ないし中旬ころまで入院し,その後,自宅のあるaの中央市民病院に転院して同年5月初旬ころまで入院を継続した。
原告は,このような状態であったことから,上記転院のころまでは原告の証券取引も一時停止していたが,上記転院のころである同年3月19日から再び信用取引を開始した。
同年5月末ころ,原告はいったん東京に戻り,b医大病院に通院するようになった。この上京後ころに,原告はかねて税務署から妻名義の取引が多いという指摘を受けていたことから,同年6月21日前ころ,妻名義の取引等を原告名義に改める手続を行った。その後,同年7月以降,原告の証券取引,特に信用取引の取引回数は極端に増加し始め,原告口座の入金及び出金も同時に増加した。
原告は,同年11月にbから戻ってaの自宅に居住するようになり,中央市民病院に通院するようになった。aに帰ってきた後も,原告はCに所属していたが,実際に働きに出ることはなく,通院生活を送っていた。帰神後も原告はE支店の口座で取引を継続したが,この帰神の前後ころの取引回数は相当な回数にのぼり,例えば同一日の同一銘柄を1回として数えても1月当たりの証券買付けの取引回数(ただし,信用取引の受株を除く。)が10回以上となる月がしばしばであり,ピークでは昭和60年3月に月当たり証券買付け取引回数が19回を数えることもあった。
その後は少しずつ取引回数も減少方向に向かい,昭和61年に入ると,証券買付けを全くしない月も多くなった。ちょうどこのころ,原告の体調はすぐれず,昭和61年11月ころから12月ころには再び中央市民病院に入院することとなった。このころの取引回数等は,同8,9月が売りも買いも0回(入出金も0回),同10月は各7回の売りと買い(入金2回,出金1回),同11月の取引回数は売りも買いも0回(入出金も0回),同12月の取引回数は各1回の売りと買い(入金0回,出金2回),翌昭和62年1月の取引回数は売りも買いも0回(入出金も0回)であった。そして,翌昭和62年7月ころまでは月当たり証券買付け取引回数はほとんどの月で0回で,多い月でも2回程度であった。
ウ b支店での取引開始
昭和62年7月ころになると,原告の体調も良い方向に向かい始め,昭和62年7月半ばころから,E支店での原告の取引回数は再び増加し始めた。同じころ,原告は,a支店に顧客登録を行い(同年8月1日付け),原告の口座を新規に開設した。また,同年9月初旬,D従業員のFが,bのe支店営業課からa支店営業課に異動となり,e支店での直属の上司であったK課長(同人は,E支店において原告の担当をしていたことがあった。)の依頼により,a支店における原告の担当となった。
同年9月18日,原告はa支店店頭の証券レディーから案内されていた外国投資信託を総額542万7515円で買い付けて,a支店における最初の取引を行った。
同年9月21日には,原告の意向に基づいて,原告の預かり証券等がE支店の口座からa支店の口座に移管され,また同日付けでa支店における信用取引口座も設定された。
このころ,前記のとおり原告の体調は良い方向に向かっていたのであるが,原告の妻は原告が証券取引をすることをあまり快く思っていなかった。
原告は,E支店の信用取引で損を出していたことから,信用取引の銘柄の選定については慎重になっていたが,同年9月25日にL株式を信用取引で買い付けたのを皮切りに,a支店での信用取引を開始した。
同年10月20日には,ニューヨーク証券市場の株価大暴落を受けてb証券取引所の平均株価が過去最大の下落幅(3836円48銭)を記録したが(いわゆるブラックマンデー),翌21日,原告は,M株式を信用取引で買い付けた。
このころ原告は,自らも銘柄等を研究しており,Fの推奨なしに自ら銘柄を選択して注文することもあった。また,Fが勧める銘柄をそのまま鵜呑みにするのではなく,原告の相場観と合わない場合には,推奨に乗らないで拒否することもあった。
さらに,原告の取引の仕方には,Fが勧めるタイミングで買い付けしないで,しばらく様子を見るなどした後にようやく買い付けることや,損切りすることを躊躇しがちであることなどの特徴があった。
原告はFのことをそれなりに気に入っており,担当者と顧客として良好な関係にあったこともあって,昭和63年初めころには,Fが尿管結石で5日間ほど入院した際も,Fの入院先の病院にお見舞いに行った。
(2) 本件ワラント取引の状況等
ア ワラント取引への勧誘
昭和63年5月ころから,Fは,原告の投資傾向が信用取引を中心に短期間での値上がり利益をねらうものであり,原告から,短期間で利益を上げられるものはないかとか,新発の転換社債や新規公開株,公募株などで良さそうなものがあれば案内してもらいたいとかいった話を聞かされていたことから,原告にワラントの売買を勧めるようになった。
そこで,本件ワラント取引の開始前の同年5,6月ころ,Fは少なくとも1回原告の自宅を訪問し,口頭でワラント取引のうま味のほか,ワラントの意義,権利行使期間,権利行使価格,ワラント価格の株価連動性と相対的な変動率の大きさ,外国為替変動による影響の可能性などワラントについて一通りの説明を行うとともに,何度か電話で説明したこともあった。こうした説明の際には,原告からも質問がされ,特に原告はワラントのリスクを気にかけていたので,Fはリスクについての説明もした。
また,同じころ,原告はFから,「外貨建てワラント その魅力とポイント」というD作成のパンフレット(以下,「本件パンフレット」という。)を郵送してもらった。
本件パンフレットには,「ワラント債(新株引受権付社債)とは,定められた価格(行使価格)で一定期間内(行使期間)に所定の株数の株式を買い取れる権利が付与された社債のことです。この権利を『ワラント』と呼びます。つまりワラント債は,社債部分とワラント部分の2つから成っているわけです。なお,この冊子において『ワラント』と記されてあるものは,『ワラント部分のみ』を意味しています。」として,ワラントの意義,ワラント自体とワラント債(ないしその社債部分)との区別等の説明が記載されていた。また,「ワラントの魅力」として以下の説明が記載されていた。
<1>「ハイリスク,ハイリターンのワラント投資」として,株価の上昇率に比べワラント価格の上昇率が大きくなることを例説し,同時に「株価が下落した場合には上記とは逆にワラント価格の値下り率が株価の値下り率より大きくなることが考えられ」ること。
<2>「資金効率の高いワラント投資」として,現物の株式に比べて少ない投資資金ですむことを例説し,その特性を表す指数としてギアリング・レシオがあること。
<3>ワラント価格に変動がない場合の為替差益について例説し,他方で,「逆に為替が購入時より円高になれば為替差損を生じることにな」ること。
以上のほか,ワラント価格のプレミアムについての例説,外貨建てワラントの売買方法(店頭取引であること),権利行使期間についての注意(「行使期限のすぎたワラントは,当然売却することも権利行使することも不可能となり,価値がゼロになってしまいますのでご注意ください。」),「ワラントは『権利』であって債券ではありませんので,保有期間に対して利息はつきません」との注意等も記載されていた。
もっとも,本件パンフレットを全体としてみれば,ワラント取引のハイリターンのメリットを強調し,投資意欲をそそる内容となっている反面,ワラント取引のハイリスクについての警告部分はわずかであった。
本件パンフレットには,「ワラント取引に関する確認書」として,本件パンフレットの内容を確認して自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨が記載された確認書がセットで綴じ込まれていた。原告は,Fから,署名・押印をした上で上記確認書をDに返送しなければワラント取引を開始できないとの説明を受け,後日この確認書(以下,「本件ワラント確認書」という。)に署名・押印をした上で,これをDに返送した。
イ 本件ワラント取引等
原告は,昭和63年6月14日,Fから勧められたIワラントを購入し,同年8月4日に同ワラントを売却して約132万円の利益を得たのを初めに,その後,別紙原告ワラント取引状況一覧表に記載のとおり,Fの勧める銘柄についてワラント取引を繰り返していった。
なお,同年12月23日,dに住んでいた原告の母親が脳梗塞でdの病院に入院することとなった。このころから,原告は,原告の妹と交替で母親の見舞いや介護をするため,aからdに行っていることが多くなった。dでは,母親の見舞い等だけでなく,山畑の見回りなども行っていた。
また,同年12月ころ,原告はCを退職した。
本件ワラント取引のうち,平成元年2月6日買付けのNワラントまでのワラント10銘柄は,9万3263円の損失を出したOワラントを除きいずれも利益を出していた。
同年3月ころ,原告は,Dから「お預り証券等残高」の記載された書面を受領した。
その後,原告は平成元年10月16日にPワラントを,同年11月21日にQワラントを,同年12月4日にRワラントを,同年12月8日にSワラント(同ワラントが原告が購入した最後のワラントである。)を購入したが,同年12月29日に日経平均株価が史上最高値をつけた後,平成2年に入ってからは株価が急落した(甲21)ため,これらのワラントは,同年12月4日に売り抜けたQワラントを除き,売却しても利益が見込めない状況となってしまった。もっとも,当時の時点で,将来的にバブルの崩壊が起こることは原告もFも予想していなかったことから,原告は,上記評価損のある3銘柄をさらにしばらく保有して様子を見ることにした。
なお,原告は,本件ワラント取引の間も,株式や債券の売買を継続して行っていた。
平成2年の春ころ,Uがワラントについての統一的な取引説明書である「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下,「本件各説明書」という。)を作成した。そこで,同年4月ころ,Dは,原告も含め,同社でワラント取引を行っていた顧客全員に各担当者を通さずに直接本件各説明書を郵送した。本件各説明書には,ワラントのリスク,ワラント売買の仕組み,ワラント売買内容・残高の確認についての説明が記載されていた。中でも,リスクの1番目として「ワラントは期限付きの商品であり,権利行使期間が終了したときに,その価値を失うという性格」(原文にはアンダーラインあり。)を挙げ,権利行使期間の徒過による無価値化のリスクについて重点をおいて説明していた。また,証券会社から取引報告書や残高確認のための照合通知書(年2回)が発送されることを告知するとともに,その内容を確認して記載内容に相違がある場合には速やかに当該証券会社の管理責任者に直接連絡するように注意を喚起していた。
原告は,平成2年4月ころ,本件各説明書を受領し,同封されていた「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(本件各説明書を受領してその内容を確認し,自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨の記載がある。)に署名・押印をしてDに同確認書を返送した。
ウ 取引の減少とFの転勤
平成2年に入ってからの株価急落後も,原告は株式の現物及び信用取引を行っていたが,その取引数は前年までと比べて減少していき,同年10月の取引を最後に原告の証券取引は事実上いったん停止した。
その後,平成3年3月に,Fがb本社に異動することとなり,原告の担当を終えることとなった。Fは,それまでも,評価損の出ているワラント3銘柄について損切りの提案をしたことがあり,転勤前にもそのことについて原告と話をしたが,結局原告は損失が大きいことを理由に売却しなかった。
(3) 本件株式等取引の状況等
ア Hの担当の開始
原告は,平成3年10月ころから12月ころの間,再び中央市民病院に入院していた。
平成4年2月から原告は証券取引を徐々に再開するようになった。同年3月,Dの従業員Hがa支店に着任し,すぐに原告の担当者となった。Hの着任後しばらくの間は,原告との直接の対応はHの上司であるV課長が行っていたが,同年12月ころ,Hは原告の担当者として原告に挨拶をし,その後は原告の取引は実際上もHが担当するようになった。
原告は,原告の妻が原告の証券取引を快く思っていないことから,証券取引していることをあまり妻に知られたくないことをHに話し,原告の自宅を訪問しないで欲しいと頼んでおいた。このような事情から,原告とHとの間の連絡は専ら電話で行われた。電話は,Hからだけでなく,原告の方からかけてくることもあった。原告からの電話は,帰省先のdからの場合もあれば,原告の通院先の病院からの場合もあった。さらに,原告があらかじめ具体的に日時を特定して自宅等以外の連絡先をHに指示しておき,Hがそこに電話をかけて連絡を取ることもあった。このように電話で連絡を取る際,原告は,売買の注文をするのはもちろん,相場の状況や原告保有株式等の評価損益を有隅から教えてもらうなどしていた。さらに自らもテレビや新聞などから相場に関わる情報を積極的に収集し,自分の投資判断の資料としていた。
イ 平成5年1月から同年7月まで
この期間の原告の証券取引の状況とd行きの状況は以下のとおりであった(原告がdに行っている日に取引が行われたのは,3月に2回あるのみである。)。なお,原告は,平成5年ころ,Hに原告のdでの住所及び電話番号等の連絡先を教え,原告がdに行っている間もHが原告に連絡を取れるようにした。
(ア) 1月
原告は6日から20日までの15日間,母親の看病等のためdに帰っており,その間証券取引は行わなかった。帰神後,27日と28日に証券取引を行った。
(イ) 2月
原告は,3日と12日に証券取引を行った。その後,13日から24日までの12日間,原告はdに帰っていたが,その間に証券取引は行わなかった(なお,原告がdに帰っていた18日には,原告が保有していたワラント3銘柄のうちPワラントが権利行使期間の経過により消滅している。)。
(ウ) 3月
原告は,9日,10日,12日,17日に証券取引を行い,その後18日から25日までの8日間,dに帰っていた。その間,22日と23日に,原告はdから電話でHと連絡を取り証券取引を行った(なお,25日には,Rワラントも権利行使期間の経過により消滅した。)。
dから帰神後の29日と30日にも証券取引を行った。
(エ) 4月
原告は,1日と2日に証券取引を行った。その後,10日から21日までの12日間をdに帰って過ごしたが,その間証券取引は行わず,帰神後の30日に証券取引を行った。
このころ,H有隅は,原告が保有しているSワラントの価格が上がってきたことから,原告にその売却を勧めたが,その時点でもまだ大幅な損失が生じる状態であったことから,原告は,同ワラントの権利行使期限が平成9年5月13日とまだ4年ほど先であることも考慮して,そんな「はした金」しか入らないのであれば売りたくない旨を告げ,売却を拒絶した。
(オ) 5月
原告は6日に証券取引を行い,その後8日から21日までの14日間をdに帰って過ごしたが,その間は証券取引を行わず,帰神後の25日と26日に証券取引を行った。
(カ) 6月
原告は11日から19日の9日間,dに帰っていた。この月は,証券取引は行わなかった。
(キ) 7月
原告は3日から15日までの13日間,dに帰っていた。しかし,帰神してすぐ3日後の18日にdに再び戻った。そしてこの18日ころ,原告の母親が他界した(この月,原告がaにいたのは4日間だけである。)。
原告はこの7月中も一切証券取引を行わなかった。
ウ 平成5年8月以降
同年8月に,Da支店では,営業課の編成替えによりHの直属の上司がW課長に替わった。
そして,母親の葬儀等をすませて8月に原告が帰神したころから,原告の証券取引回数は再び増加していった。母親の死亡後も,原告は毎月7日間から10日間ほどdに帰ったが,dから電話でHと連絡を取り合い,株価の変動等の様子や売買の注文を出すなどして証券取引を行ったことも数回あった。
原告は,担当者であるHの同席なしにW課長と何度か面談し,ワラント取引による損失が大きいので,それを取り返せるような取引がないかということを相談したことがあった(Hが同席したことも1,2回あった。)。こうした面談の際,ワラント取引に関してワラントが無断で売買されたとか,ワラントについての説明を受けていないなどの苦情を原告が述べたことはなかった。
平成6年2月1日ころ,原告はX株式1000株を976万円で売却し,同日,Y株式2500株を912万円で買い付けて自ら銘柄の乗換えを行った。
同年8月26日からは,原告はHの勧めもあって,Z株式の売買を何度も繰り返しており,同年11月2日の売却までは利益を出すことができていた。原告は,同年11月7日から9日の間,f方面に旅行に出かけたが,旅行初日の7日に交通事故に遭った。原告は,その現場付近からHに電話をかけ,接触事故にあったが,身体は大丈夫であることを伝えるとともに,株式相場の状況を尋ねた。そこでHは,相場の状況を説明し,Z株式の買付けを勧めた。それを聞いた原告は,自分から電話すると約束をして電話を切り,翌8日,再び旅行先からHに電話し,Z株式を買い付けた。
平成6年11月18日,原告は,Dから送られてきた「お取引残高確認書」(月次報告書)の内容を確認し,署名・捺印してDに返送した。同書には,「お預り金」として308万8700円があることのほか,原告の保有する株式銘柄として,「A1」,「B1」,「C1」,「D1」,「Z」などがあること及び各銘柄の情報,また,Sワラントの保有数,権利行使期限及び評価額(44万5000円)なども記載されており,確認事項欄には「現在に至る取引経過について,不審な点,異議はありません。」との文言があらかじめ印刷されていた。
平成7年に入ってからも,原告は証券取引を続けていたところ,同年1月17日,原告の居住していたaを含む兵庫県南部一帯で阪神・淡路大震災が発生した。
この阪神・淡路大震災によってDa支店の機能は麻痺してしまったため,g支店内に臨時の対応部署がつくられた。この震災の直後ころ,原告は,震災による建設株の値上がりを見込んでa支店に電話したが不通であったことから,別の支店に電話したところ,a支店の機能がgに移転していることを聞くに及んだ。そこで,原告はG支店に電話をかけ,電話に出たW課長に対し,a支店の電話が不通であったことから建設株を購入できなかった旨の不満を述べ,その後Hに対しても同様の不満を述べたことがあった。なお,このころ,Hが顧客の取引を行おうと思えば,g支店を通して注文を入れることがある程度可能な状況であった。
原告は,震災から約2か月後の平成7年3月13日から,証券取引を再開した。
平成8年2月ころ,Hの上司がW課長からE1課長に替わり,原告は引き続きE1課長とも,Hを同席させ又はH抜きで何度か面談をして,ワラントの損失補償の問題などについて相談したことがあったが,これに対して,E1課長は,損失を補填することはできないので,良い転換社債を案内するなどの対応くらいしかできないという趣旨の回答をしていた。
平成8年3月19日から24日には,原告はハワイ旅行に行ったが,この間に証券取引は行われていない。
原告は,平成8年5月15日にも,同日付け「お取引残高確認書」に署名・捺印した。同書には,原告の保有する株式として,「F1」,「G1」,「H1」,「I1」などがあること及び各銘柄の情報のほか,日Sワラントの評価額(13万円)などが記載されていた。
その後,原告は,同年9月10日に,Dへの回答書の「調査ご指示欄」に,「ワラントの損失が余りにも大きいので,良い結果をお待ちします」と書き込んで,これを返送した。
また,翌10月14日及び11月14日にも,同「調査ご指示欄」にワラントの損失が余りにも大きいので良い結果を待っている旨を書き込んで,これを返送した。
平成8年12月6日にMの社債を購入したのを最後に,原告の取引は事実上停止し,これがHが担当した最後の取引となった。
その後,平成9年1月20日には,同「調査ご指示欄」に「ワラント債の被害は私にとって余りにも大きいので,今迄の交渉過程を調査して返事をして欲しいです。早く解決して良い結果を待っています」と書き込んで,これを返送した。
原告がDに回答書を返送したのは,ワラントの損失について書き込みをした上記4通のみであった。
平成9年2月をもってHはa支店から異動になった。
平成9年5月ころ,原告はDでの証券取引をやめることにし,a支店に来店して手続を行って,口座を閉じた。
最終的に,Dでの全取引期間を通じ,原告がDとの間でDに取引を一任する旨の合意をしたことはなかった。
(4) 事実認定についての補足説明
ア 本件の取引経過全般について
原告は,E支店での当初の取引を除く本件ワラント取引開始前の取引については,健康状態がすぐれないため証券投資などはどうでもよいという半ば投げやりな気持ちとDという大会社に対する信頼から,事実上被告に取引を消極的に一任していたにすぎないとし,また,本件ワラント取引については,原告に事前の連絡はなく無断で売買が行われたとし,さらに本件株式等取引についても,原告はHに事実上一任していただけで,Hのいうがまま,なすがままに受け身の対応に終始しており,どのような取引が行われているかほとんど認識していなかったなどととして,総じて,原告は証券取引に消極的で,自分の証券取引をDの担当者に事実上任せており,ごくわずかの銘柄を除いては事前にも事後にも連絡のない無断取引であると主張,供述している。
しかしながら,以下の原告の取引状況の傾向に鑑みれば,上記原告の供述をそのままに信用することはできない。
すなわち,原告の証券取引の回数は,原告の身辺状況に応じて増減する大きな傾向を示している。例えば,E支店において,昭和58年12月に信用取引が開始されたものの,その直後の昭和59年1月に原告が心筋梗塞で倒れた後,c県内の病院に入院していたと思料される期間は,信用取引も含めて一切証券取引は行われていない(原告の供述によれば,上記信用取引は原告に無断で開始されているにもかかわらずである。)。他方で,原告の容態が快復して入院から通院になり,bに戻ってしばらくした昭和59年7月ころから昭和60年ころまで原告の口座の動きが極めて活発になっている(なお,原告は,心筋梗塞で倒れた昭和59年1月から次に入院した昭和61年11月までを一括して健康状態が不安で証券投資などできるような状態でなかったと陳述している(乙28)が,昭和59年5月にはいったん通院可能な状態になっているのであり,この約3年間の健康状態を一括して扱うことはできない。)。
その後,昭和61年ころは原告の体調が良くない時期であったが,それに呼応するように証券取引回数も従前に比べかなり少なめとなっている。そして,同年10月に比較的多数回の取引が行われたものの,原告が中央市民病院に入院したころの同年11月には再び取引がなくなり,退院したころの12月に売りと買いが各1回あったのみで,翌1月には取引なし,という具合に推移している。
他方,少なくとも昭和62年9月ころに原告の体調が軽快していたことは原告も供述するところであるが,これに呼応するように同年7月ころから原告の証券取引回数も前年に比べて大きく増加している。しかも同年8月1日にはa支店に原告の口座を開設する手続を自らの意思に基づいて行っている(原告は,この口座開設も預かり証券の移管手続も原告に無断で行われたものであると供述するが,原告に無断で口座開設が行われるとは考え難く,その供述はにわかに信用し難い。)。
さらに,平成5年1月から同5月ころまでは,毎月ある程度の回数の取引が行われているにもかかわらず,原告の母親が死亡した平成5年7月及びその前月の6月に限っては証券取引が一切なく,他方で,原告が母親の葬儀等をすませて帰神したころになって再び証券取引が再開されている。また,平成7年の阪神・淡路大震災の直後ころも,2か月ほど原告の証券取引は行われなかった(a支店の機能は麻痺していたが,g支店は機能しており,Hが,原告に無断で取引を行おうと思えばg支店を通して注文を入れることが可能な状況であった。)。
このような原告の取引状況は,証券取引を一任していたという原告の主張とは相入れない傾向を示している。仮にDの担当者が,普段から原告に事前にも事後にも何ら連絡せず取引を勧めることが常態化していたのであれば,原告の入院や原告の母親の死亡等と無関係に取引が行われていると思われる。本件のような原告の身辺状況に応じて原告の取引状況が変動しているということは,かえって各取引が原告の意を受けて,その承諾の下に行われていることを推認させるものといわねばならない。
この点,たしかに本件においては,原告が病院に入院中の時期に証券取引が行われていることも皆無ではない(例えば,原告が中央市民病院に入院しているころである昭和59年3月後半及び4月中旬に信用取引が行われている。)。しかしながら,その点を考慮に入れても,前述した原告の取引状況の傾向は否定し難く,その入院中の信用取引についても,c県内の病院に入院していた重大な容態と思料される時期(同年1月から3月初旬ないし中旬ころ)を過ぎ,cから自宅のあるaの病院に転院することが可能な容態となった時期以降に行われた取引であって,相対的には同じ傾向を示していること,後記ウのとおり,この当時の信用取引が無断売買であるという原告の供述に信用性がないことからすれば,前記認定を左右する事情とはいえない。
なお,証券取引法において一任勘定取引契約が違法とされていることを踏まえれば,Dの担当者が,原告が入院したり,帰省や旅行などでaを不在にしたりしているようなときには,原告口座での証券取引をしないようにしていた可能性も考慮しなければならないが,仮にそうであれば,昭和59年に原告が中央市民病院に転院して入院していたころに取引があることや,平成6年11月7日から9日に原告がf旅行に出かけた際,Hは少なくとも旅行初日の原告からの電話で原告が旅行中であるということを認識したにもかかわらず,同8日,9日には証券取引が行われていること,本件株式等取引の全体からみればわずかであるが,原告がdに帰省しているときにも証券取引が行われていることなどを考慮すると,そもそもDの担当者が原告が不在かどうかなどを気にかけなければならない状況にあったかどうかは疑わしく,上記のような担当者による意図的な操作があった可能性は極めて低いといえる。
イ 原告の妻の日記について
原告は,原告の妻がつけていた日記(主に平成4年末から平成9年5月までのもの。以下,「本件日記」という。)を本件証拠として提出し,本件日記からわかる原告の1日の行動等に照らして,原告の承諾を得て行われたとは認め難い証券取引があることを指摘している。
この点,当裁判所も,本件日記の記載内容は各日における原告の大まかな行動等を知る上で十分に信用するに足りるものであると思料する。しかし他方で,本件日記はあくまでも原告の妻が書いた日記であり,その性質上,原告の妻が認識せず又は気にとめていない原告の行動は日記に現れてこないという限界があること(実際,その内容は,原告の妻がその日に見聞したことについての感想等が大半であり,後年になるほどその傾向が強く,原告自身の体験を聞き取り書きしたものでもない。),また,証拠として提出されている範囲において,本件日記中に原告の証券取引に関する記載は,後述のように原告の証券取引を快く思っていなかった原告の妻の愚痴も含めて皆無に近いこと(例えば,原告がa支店に行ってワラントについて初めてクレームをつけた平成5年8月ころの日記にその旨の記載はないし,原告がDa支店の証券取引口座を解約したと思われる平成9年5月6日ころの日記にも,その点に関する記載はない。)にも留意しなければならない。
さらに,証拠(甲28,乙21,原告本人の一部,証人Hの一部)によると,遅くとも本件株式等取引のころには,原告の妻は原告が証券取引をすることを快く思っていなかったこと,原告自身もそのことを認識しており,原告としては証券取引をしていることをあまり妻に知られたくなかったこと,そのため原告は原告宅を訪問しないようHに依頼しており,原告とHとは専ら電話(原告の側からは公衆電話による連絡も含む。)で連絡を取りあっていたこと,Hから電話があった際にも,妻が側にいるときには証券取引の話をしないように気を付けていたこと,原告は妻との旅行中であっても証券取引に関してHに電話をかけることがあったことが認められる。
このような事情からすれば,本件日記からわかる原告の1日の行動のうち,原告が妻と一緒にいない時間帯はむしろ原告にとってDに連絡を取りやすい状況であったといえるし,原告が妻と2人で出かけているような時間帯であっても電話でDと連絡を取ることができなかったとまではいえないというべきであって,原告の証券取引の内容や状況等の認定に関する限り,本件日記の証拠価値を高く評価することはできない。
ウ 本件ワラント取引前の取引(E支店時代)に関して
(ア) 原告の供述内容
原告が信用取引を開始した昭和58年12月27日以降,昭和59年4月ころまでの原告名義の取引状況が,
昭和58年12月27日 J(信用買い)
昭和59年3月19日 J1(信用買い)
昭和59年3月29日 K1(信用買い)
昭和59年4月12日 J1(信用買い)
昭和59年4月13日 K1(信用買い)
というものであったことについては当事者間に争いがないところ,原告は上記取引及びその後の経過について,大要次のような陳述又は供述をしている。すなわち,「信用取引をした記憶はないが,受株したり口座に入金したりしているものもあるので,すべて無断売買とはいわないが,事前の連絡がなかったものが多かった。」(乙28の陳述書),「上記の信用取引はいずれも原告に事前の連絡なく行われた無断売買である。信用取引約定書を差し入れた記憶はない。昭和58年3月29日のK1株の信用買付けは原告に無断で行われたものであり,このことは,同年5月末以降にb医大に通院していたころ,過去の取引報告書を数か月分まとめて見ていた際に,たまたまK1株が目にとまって知った。原告は余りに突然のことなので,Dに対し,このK1株の無断売買についてクレームをつけたが,これは担当者の入力ミスであったというので,取引を取り消さないで,そのまま自分の取引として成立させたままにした。その後少なくとも1年内に,このK1株の売却により損が出たことを知ったが,数百万円もの損失であることは知らなかった。だから,売った後には特にクレームをつけていない。K1株の件でクレームをつけた後にもE支店ではすべての取引で事前に連絡なく無断売買がされており,これは原告がaに帰ってからも同様に続いていた。そのことは時々取引報告書などをまとめて見ていたのでわかっていた。しかし,原告はその無断売買の理由を尋ねたことはなく,またクレームも全くつけなかった。その理由は,自分は病気だったので,株などどうでもよいという気持ちが強く,また,株のことはDがうまくやってくれると信頼して任せていたからである。」(原告本人)というものである。
(イ) 検討
しかしながら,以下の事情からすれば,原告の前記供述をそのままに信用することはできない。
まず,前記前提事実からすると,上記J等の信用取引が開始するまでの原告の取引歴は,昭和55年2月1日から同58年9月29日までの約3年半の間に,国債及び投資信託の売買を合計7回(同一日,同一銘柄は1回と算定。)行ったことがある程度で,比較的ローリスクな商品の取引経験しかなく,現物の株式さえ購入したことがないような状況であった。ところが,取引報告書等により株式の無断買付けを認識していたと供述する原告が,その無断の株式取引についてクレームをつけたり,そもそも信用取引とは何かなどの説明を求めたりしたというような事情は本件証拠上一切うかがわれない。かえって原告は,何もクレームをつけなかったと供述しているのであるが,いくら病気療養中であるとはいえ,自分の大切な退職金等を預けていたという原告供述に照らせば,およそ想定し難いことである。
この点,原告は,たまたま目に付いたK1株の無断売買についてはクレームをつけた趣旨の供述しているが,仮にそのような事態になれば,ほかにも無断売買はないかを確認するのが通常であって,J株やJ1株はK1株に近接した時期に取引されているのであるから,原告が供述するとおり取引報告書をまとめて確認したというのであれば,それらの買付けにも気が付くはずであることを考慮すると,K1株だけをクレームの対象としたという原告供述は不自然である。また,原告は本件訴訟提起前の調停(本人申立て)において,E支店時代の無断売買を主張した際,前記供述によればE時代の無断売買として最も強調されて良いはずのK1株について,一切主張していなかったことが認められ(弁論の全趣旨),これが訴訟代理人を選任していない調停初期段階の主張であること等を考慮しても,不自然な主張経過であるといわざるを得ない。
さらに,原告は,前記供述から後の供述において,E支店での証券取引を始め,本件ワラント取引や本件株式等取引が無断売買であることをわかっていながら何らクレームをつけていない理由は,無断売買されても大したことがないと思っていたからであるとし,これを受けて被告代理人から行われた「それでは,なぜK1株については無断売買だとクレームをつけたのか。」との質問に対し,無断売買された中でもK1株は損失が結構大きかったからである旨の弁解をしているが,無断売買であるがゆえにクレームをつけたこと(そこでは損失の大小には言及されていない。),クレームをつけた時点ではK1株の数百万円にのぼる損失額を知らなかったことをいう前記供述と全く一貫しない(他方,仮に原告の供述するとおり損失の大きさゆえにクレームをつけたのだとしたら,いくら担当者の入力ミスとはいえ,それを自分の取引としてそのまま成立させておくことを許すようなこともまた考えられない。)。
そのほか,証拠(乙4,18,原告本人の一部,証人Fの一部)及び弁論の全趣旨によれば,原告がbで通院生活を始めた後ころから,原告口座では頻繁に入出金がされていること(数百万円にのぼる入出金も少なくない。),E支店で無断売買が行われていることを認識していたと供述する原告が,自らa支店で新たな口座を開設していることが認められる(なお,前記のとおりこの口座開設が原告の意思に基づかずにDにより勝手に行われたものとは認められない。)。
このような事情からすれば,原告の前記供述をそのままに信用することはできない。
エ 本件ワラント取引等(a支店時代)に関して
(ア) 株式取引等
原告は,E支店からの口座移転等が無断であることを前提に,Fが原告名義で信用取引をやっていることは後日になって知った,Fからは各信用取引についての事前の連絡はほとんどなかった,もっともそのことについてクレームをつけたことはない,a支店で最初の信用取引であるL株の買付けは,原告が自ら選定して注文したものではないし,そもそもAに勤めていた自分がL株を買うようなことはないと供述する。
しかしながら,原告の妻の本件日記にも口座の移転について記載があること(甲40),a支店での口座開設が原告の意思の下に行われていることなどからすれば,E支店から勝手に預かり証券が移管されたとは考え難いし,L株の信用買いは,実質的にa支店でFが原告の担当となって行った最初の買付けであり,このように原告とFとの間に何ら信頼関係の形成されていない段階で,唐突にFが原告の承諾を取らずに取引を行うということは通常考え難い。なお,原告は従前から各業種において必ずしも三菱系列の銘柄に絞って取引していたわけではなく,同じ自動車会社関係ではL1株を信用買いした経験もある上(昭和59年8月3日),その後においても,特段三菱系列の銘柄に絞り込んでいるものではないことからすると(原告が平成6年に注文を出したことを自ら認めるM1株も,Aと競業関係にあるN1株式会社の系列会社の銘柄である。),原告がL株を買い付けたとしても何ら不思議ではない。
(イ) 本件ワラント取引
a 本件パンフレットの受領の有無
原告は本件ワラント確認書に自ら署名・押印したことは認めながら,これを綴じ込んでいた本件パンフレットを受領したことを否定しているが,本件パンフレットと本件ワラント確認書の体裁(特に本件ワラント確認書には「貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し」と不動文字で記載されている。)などに照らせば,本件パンフレットと本件ワラント確認書を切り離して後者だけを顧客に交付するということは通常あり得ないというべきであり,原告が本件ワラント確認書を受領している以上,これを綴じ込んでいた本件パンフレットもFから受領していたと認めるのが相当である。
もっとも,本件ワラント確認書には,「御記名御捺印御返送下さい」とのゴム印様のスタンプが押されており,このような記載は通常は当該書類を郵送してさらに返送を求める際に行われるものであることからすれば,Fが原告宅を訪問した際に本件パンフレットを手渡したかどうかは定かではない。
b ワラントについての説明の有無
原告は,本件ワラント取引開始の比較的前の時期に,Fが原告宅を訪問してワラントについての一般的な説明をしたことが1度だけあるが,「ワラント債」という「いい商品」だからやってみないかとの勧誘があったのみで,それ以外にはワラントの意味や特徴等についての説明は一切なかった,また,いい商品だと言われたものの,どんなワラント債があるのか全然わからず質問のしようがなかったため,原告からは具体的にどういう商品なのか説明を求めなかった旨供述する。
しかしながら,信用取引を行っている原告に,Fが新たな商品の勧誘を行い,当初は「いい商品」だと述べたのみであれば,次に具体的にどのような商品なのか,どの点が「いい」のかなどが話題になるのが通常であり,およそ「ワラント債」は「いい商品」だという話だけで,その他に何らの説明あるいは質問もないという状況は原告の取引経験からみて極めて不自然であり,会話の流れとしても想定し難い。むしろ,ワラントの勧誘があったことからすると,Fから原告に対して,少なくとも勧誘の実体を有するだけの説明があったと認めるのが自然である。
c ワラントについての説明の程度
問題は,具体的にいかなる説明が行われたかであるが,原告に渡された本件パンフレットには,ワラントに関する基本的事項が一通り説明されていること,ワラントについて一切説明がなかったという原告の供述に信用性がないことなどに照らせば,前記認定のとおり,Fが原告に対して,少なくともワラントに関する基本的事項について一通り説明したことが認められるというべきである(なお,平成元年3月ころのDからの報告書においてワラントが「債券」に分類され,権利行使期限が「償還金支払日」として記載されているが,昭和63年時点で存在していた本件パンフレットの記載内容に鑑みれば,上記報告書の不適切な記載のみをもって,原告が指摘するように当時のDが会社としてワラントを債券のことと誤解していたと推認することはできない。また,Fが説明の過程で「ワラント債」という言葉を用いることは,ワラントそのものと区別して説明するためにも当然必要なことであるが,そのような文脈ではなく,ワラントそのもののことをあえてワラント債と称して原告に債券と誤解させようとの意図あるいはF自身の誤解のもとに「ワラント債」という言葉が用いられたとは本件証拠上は認められない。)。
なお,証人Fは,原告宅を3回(昭和63年5月12日,同5月25日,同6月9日)にわたり訪問し,またそれ以外に2,3回ほど電話でも話すなどして,ワラントについてそのリスクなども含め繰り返し説明をした,現金を持参あるいは持ち帰らないと入出金業務はできないところ,その日に原告の口座に入手金があったことは,原告宅を訪れたことの根拠となると証言する。
しかしながら,原告が東京から神戸に戻ってきてからもE支店の口座で入出金が行われていること,昭和63年6月9日の原告名義の口座からの200万円の出金と原告妻名義の口座への200万円の入金の手続のために,原告宅に200万円を持参し,またそれを持ち帰る必要があるとは考え難いことなどを考慮すると,必ず現金の持参等がなければならないとは認められない。よって,繰り返し原告宅を訪問し繰り返し説明したとまでは認められない。
d ワラント購入・損失についての認識
原告は,本件ワラント取引はすべて事前の承諾なく原告に無断で行われており,中でも損失の大きいP,R,Sの各ワラントについては格別に無断であることを強調している。そして,本件ワラント取引については,利益が出た旨の事後報告はFから受けていたものの,Oワラントなどのように損失が生じたものについては一切報告がなかったので,ワラントで損失が生じていることは今回の裁判になって初めて知った,損失の大きい上記3銘柄が購入されていることを知ったのは,平成4年ころ,ワラントで大きな損失が出て多数の裁判が行われているという騒ぎを新聞・テレビ等で知り,月次報告書を確認したときである,PワラントとRワラントが無価値になって間もないころ(平成5年4月ころ)にHからSワラントの売却を勧められたが断ったことがある,その後平成5年8月ころになって,証券取引をすべてやめようと思ってa支店を訪問した際に,自分もワラントのことで裁判を考えていることなどをW課長やHに伝えた,ワラントのことでクレームをつけたのはこのときが最初であると供述する。
しかしながら,上記供述によると,上記3銘柄が無断で購入されていることは平成4年ころに知ったが,それらについて損失が生じていることは今回の裁判まで知らなかったということになり,それでは平成5年8月ころにいかなる理由でワラントの裁判を考えていたのか疑問といわざるを得ない。この点,Dへの回答書(乙13ないし16)の記載やSワラント売却を拒否したころについての原告の認識等を考慮し,本件訴訟になって初めて損失を知ったという供述が原告の誇張あるいは勘違いであるとしても,原告の供述内容は以下の点で疑問といわざるを得ない。すなわち,既に平成4年ころに世間で大きな損失が問題になっているワラントを自分も無断で買付けされていることを認識したのであれば,たとえ無断取引を事後承認するにしても,まず自己保有ワラントの損益状況が気になり,それを確認するなどの行動に出てしかるべきであるが,本件全証拠によってもそのような事情は一切うかがわれない。また,仮に損益状況の確認をしたのであれば,平成4年の時点で上記3銘柄で損失が出ている状況を認識したことになるはずであるし,遅くともSワラントの売却を勧められた平成5年4月ころには上記3銘柄の損失状況を把握したはずであって,にもかかわらず,原告は平成5年8月まで何らDにクレームをつけていないと供述しており,その供述内容は不合理といわざるを得ない。
なお,仮に原告の供述どおりFが無断でワラントを購入したのだとしても,いずれそのうち担当者を介さずにDから月次報告書等が原告の下に送付されるのであるから(しかも原告の供述によれば,Fは原告に月次報告書を保管することを原告に勧めたというのである。),Fがワラントの無断取引の事後報告として,利益の出た取引についてのみ報告して,損失が生じた取引について報告しないというのは考え難い(特にOワラントは,130万円以上の利益を出したIワラントの次に売却した銘柄であり,その9万円ほどの損失額に照らせば,仮に無断で購入したものであっても報告を躊躇する損失額とは思われない。)。
以上のとおりであるから,ワラントの無断取引,損失についての不認識をいう原告の上記供述は信用できない。
オ 本件株式等取引の状況等に関して
原告は,本件株式取引等はHの主導により行われたものであり,原告はHのいうがまま,なすがままに受け身の対応に終始していたと主張するが,以下の事情からすれば,その主張にかかる原告の取引姿勢は認定できないというべきである。
(ア) まず,争いのある事情も含まれるものの,少なくとも以下の限度では,原告自らがその事実を認める供述をしている。すなわち,本件株式等取引の行われた期間に,原告は多いときは毎月のように,少ないときでも2,3か月に1回はa支店を訪れていたこと,HがSワラントの価格が幾分か上昇したので売却を勧めた際に,それでも売価が低かったことから「そんなはした金では売りません」と売却を拒否したこと,Y株購入に関しHから5000株の購入を勧められたものの,自ら購入株式数を決定して2500株だけ購入したこと,このY株購入に至る経過としては,自ら「Xがあるから金があるか」とW課長にX株の保有を確認した上で,X株を売却してY株を購入していること(原告はXという会社さえ知らず,X株を保有していることの認識もなかったと供述しながら,そのすぐ後で,自らW課長とのやり取りを具体的に再現する中で,原告が上記発言をしたことを吐露しており,その経緯に照らし先の供述が信用できないことは明らかである。),f旅行中に交通事故(接触事故)にあった直後,Z株買付けに関してHに電話をかけたこと,(注文の日付等につき原告の供述は錯綜しているが,)Z株は従前からHに勧められていた銘柄を注文したものであること,阪神・淡路大震災の直後でa支店に連絡がつかなかったころ,g支店に電話をかけ,電話に出たW課長に対して,新聞で知った震災後の建設株の値上がりの話をしたことなどである。
そして,交通事故直後の電話については,普段からHと連絡を取っている関係になければ,いくら接触事故とはいえそのような状況下で証券会社に株式買付けに関して連絡するという発想自体が生じないはずであって,このときの電話で原告は相場の状況を尋ねてきたというH証言も十分に信用するに足りること,また,阪神・淡路大震災後の建設株に関するやり取りについても,一般に震災の被害の状況等に大きな関心が注がれている震災直後の時期に,自ら被災しながら,震災に伴う建設株の活発な動きにも関心を持っていること,多いときには毎月のようにa支店に足を運んでいたことなどを考慮すると,原告が証券取引に普段から高い関心を持っており,普段から緊密にD(H)と連絡を取っていたことが認められるというべきである。
さらに,X株に関して,自ら銘柄の乗換えを図ろうとしていること,自分が保有している銘柄(X株)及びその大体の現在価値を把握していること,Hからの売買の勧めにそのまま応じず,推奨をはっきり拒否したり,後日に回答する場合もある原告の態度は,単純にHのいうがまま,なすがままという受け身の顧客像と重なるものとはいえない。なお,原告供述からは,少なくとも現在,原告が「評価損益,難平買い,ワラントの権利行使期間,CB,利食い」などの意味について理解していることがうかがわれ,原告が取引当時より一層高齢となった現在でも,こうした証券関係用語について十分な理解力を有していることも認められる。
(イ) その他,原告は,本件株式等取引の月次報告書を見て無断で取引が行われているのを認識していたものの,取引を「任せておった」し,「関心がなかった」のでクレームをつけなかった,Hや(前任のF)に対し,信用しているから取引をすべて任せるなどというような趣旨の話をしたことはない(なお,平成8年1月ころに支店長に対して「餅は餅屋に任せてます。」と告げたことがあるが,変な顔をされた。),平成5年8月に証券取引をやめようと思ってa支店に行き,W課長にワラントのことで裁判を考えていると告げると,W課長は,ほかの人や会社などの裁判の結果が出ればそれと区別せずに扱う旨を述べた,そこで,証券取引をやめたり取引を大型株に限定するなど制限してD側を怒らせるとワラントのことで不利な扱いをされてしまうと思い,証券取引をやめるとは言わなかったし,その後もHが小型株を無断で売買しているのは知っていたが,何も言い出せなかった,ただし株取引に注文をつけたり,制限をつけたりするとワラントの損失補償の件で不利になる旨のことをD側から言われたことはない旨を供述している。
しかし,自分の保有するワラントで多額の損失が出ていることを認識しながら(この点の認定については前述したとおりである。),継続して行われている証券取引をDに任せていたとか,証券取引の状況に無関心であったなどという原告の供述は極めて不自然で信用できない。むしろそのような状況にあって,(仮に原告の供述するように本心は取引をやめたかったとしても,結局は)証券取引を継続する以上,その内容,結果等に相当の関心を有しているのが通常であるといえ,この点につき,ワラントで多額の損失が出ているのでどうやって取引で回復するかについて原告から相談を受けた旨のH証言は十分に信用できるといわねばならない。
この点,原告は,ワラントの損失補償の件で不利に扱われる危惧があったことを強調するが,ワラントの損失を何とかしたいと思いつつ,証券取引をやめようと思っていたところに(なお,やめようと思ったという動機は定かにされてない。),D側がワラントの損失補償で差別しない旨を約束してくれたのであれば,心おきなく証券取引をやめて裁判の結果を待てばよいはずであって,なおも証券取引を継続する理由は見出し難く,この点でも原告の供述をそのままに信用することはできない。
2 投資家の自己責任原則と証券会社の負うべき義務
(1) 自己決定に基づく自己責任原則
証券取引は,本来的に危険を伴うものであって,証券取引を行う投資家は,その危険を覚悟した上で利益を獲得することを目的としているのであるから,自らの投資判断が期待はずれな結果に終わって損失が発生したとしても,自己の決定に基づく損失として当該投資家がその損失を負担するべきであり,証券会社を通じて証券取引を行い,たまたま損失が生じたというだけで,その損失の負担を証券会社に求めることは,投資家が相場変動に伴う危険を引き受けないで,証券会社という保険の下に利益だけを取得するという結果になり許されない。
しかしながら,投資家が自己決定をするに際し,証券会社が投資家に対して負担する義務を懈怠したことによって投資家に判断を誤らせ,損害を被らせた場合には,証券会社に当該損害を賠償すべき責任が生じることがあり得ることはいうまでもない。
(2) 証券会社の義務
ア 不適合取引への勧誘禁止義務
証券会社は,顧客の知識,投資経験,財産,投資目的などに照らして,顧客に最も適合した投資勧誘を行うべきであって,顧客を不適合な取引に誘引することは,その不十分な投資判断により顧客が損失を被る結果になる蓋然性が極めて高いことからすると,専門家たる証券会社は信義則上顧客を当該不適合な取引に勧誘してはならない義務を負っているというべきである。
イ 説明義務
証券会社は証券取引の専門家であり,市場を取り巻く国際情勢,政治情勢,経済情勢及び各証券発行会社の業績など様々な情報を収集し,これらの情報をその豊富な証券取引経験に基づいて分析するなどして,高度な専門的知識に基づく投資判断を行う能力を有している。このような証券取引の専門家たる証券会社が,顧客からの委託を受けて証券取引を行うことに鑑みれば,証券会社は,信義則上,当該証券取引に関し,委託者たる顧客が自ら合理的な投資判断をなすに必要な説明をすべき義務を当該顧客に対して負っているというべきである。
もとより,証券会社の顧客といっても,証券会社に匹敵する情報収集能力と投資判断能力を有する金融機関などから,そのような能力を十分に持ち合わせていない個人投資家まで様々であるから,その説明すべき内容・程度も顧客によって異なるというべきであって,これを一律に決することはできない。この点,多くの個人投資家についてみれば,投資判断の基礎となる各種情報の収集を主として証券会社から提供される情報に依拠し,その投資判断能力においても専門家たる証券会社には到底及ばないのが実情であるから,個人投資家である顧客が自ら合理的な投資判断を行い得るためには,証券会社に要求される説明の程度は比較的高度なものとならざるを得ない。
ウ 忠実義務(過当取引に関して)
証券会社が顧客との間で一任勘定取引契約を締結した場合には,委託者たる顧客に対して忠実義務を負担し,最大限顧客の利益となるように取引を行わなければならないところ,たとえ一任勘定取引契約が締結されていなくても,証券会社が顧客の投資に関する助言・推奨を継続的に行うなどして,顧客と証券会社との間で,顧客が証券会社の助言・推奨をほとんど無条件に信頼し,これに依拠して取引を行うという関係が構築され,証券会社が顧客の口座における取引を実質的に主導しているような場合には,当該証券会社と顧客との間に投資顧問に準じる関係があると解されるから,このような場合においても,証券会社は顧客に対し忠実義務を負うものというべきである。そして,上記のような投資顧問に準じる関係がある場合に,証券会社が顧客の利益を無視又は軽視し,顧客の信頼や無知を利用して,専らあるいは主として証券取引仲介の手数料獲得など自己の利益を図る目的で顧客に推奨,助言等を行うことは,上記義務に反する行為であって,同時に社会的相当性を欠く違法な行為というべきであるから,これにより顧客が損害を被った場合は,証券会社はその損害を賠償すべき責任を負うこととなる。
ところで,上記のような義務違反行為があったというためには,実質的にみて証券会社が当該口座における投資判断を行い,取引を主導していること(証券会社の口座支配性)が忠実義務の根拠として不可欠な要素というべきであり,また,証券会社の利益を図る目的で助言・推奨が行われたかどうかを検討するに当たっては,行われた取引が当該顧客の属性に照らして金額・回数の点で過大であること(取引の過度性)などが重要な判断資料となると解される。
3 判断
(1) 不適合取引への勧誘禁止義務違反の有無について(争点1)
前記の前提事実及び認定事実によれば,原告は大学卒業後,Aのaの副所長まで勤め上げた人物であり,社会経験は豊富であったが,証券取引そのものについては素人であって,証券取引の当初の目的も,退職金の安定した運用を目的としたものであった。ところが,信用取引を開始した昭和58年12月ころには,その投資目的を短期的な売買差益によるキャピタルゲインの獲得に変化させ,自らの意思に基づいて相当多数回にわたる短期売買を繰り返している。その間,数百万単位での利益や損失を経験しつつも取引を継続し,かつそれが可能なだけの資金力を有しており,また,Fの推奨にそのまま従うわけではなく,自分なりの取引手法を持っていた。そのため,Fが原告にワラント取引を勧誘した昭和63年6月ころまでには,投資に関する知識,経験等も豊富な投資家となっている。
以上のような事情を考慮すれば,昭和63年6月ころにおいて,Fが原告をワラント取引に勧誘したことは不適合取引への勧誘禁止義務に反するとはいえず,この点につき被告に責任は生じない。
(2) 説明義務違反の有無について(争点2)
ア 本件ワラント取引における説明義務
ワラントは極めて投機性の高い商品であり,本件の勧誘の当時において,ワラントは我が国では周知性の乏しい新しい商品であったといえる。
したがって,原告をワラント取引に勧誘するに当たっては,ワラントの意義並びにその基本的特徴を形成する権利行使期間及び権利行使価格の存在について説明すべきことはもちろん,ワラント価格は株価に連動するものの,株価に比べて激しい値動きをする傾向があること,具体的には,株価上昇時にはワラント価格が株価より大きな上昇率を示す反面,株価下落時にはワラント価格は株価より大きな下落率を示す傾向があること,外貨建てのワラントについては為替変動の影響も生じるし,その取引は証券会社の相対取引となるため証券会社によって価格にばらつきがあり得ること,ワラントは権利行使期間が過ぎれば無価値になることなどを具体的に説明する義務があったといえる。
イ 検討
以上を踏まえて,Fが原告に説明した内容等を検討するに,Fは,ワラントについて基本的事項を一通り説明し,また本件パンフレットにはワラント取引の内容やそれに伴うリスクが一応記載されていることからすれば,当時の原告が信用取引を含め比較的豊富な取引経験を有しており,ハイリターンの商品はそれに応じたハイリスクを内包していることを認識していたと考えられることなどの属性に照らし,説明義務が尽くされていないとまではいえない。
よって,本件ワラント取引について説明が不十分であったことを理由する原告の請求は認められない。
(3) 忠実義務違反(過当取引)の有無について(争点3)
ア 口座支配性の検討
前記認定事実によれば,本件株式等取引において一任勘定取引契約は明示にも黙示にも締結されていない。
また,上記争点1に指摘した原告の属性のほか,本件株式取引等において認められる事情,すなわち,原告がHと緊密に連絡を取り合っていたこと,原告はワラント取引の損失を回復するために普段から証券取引に高い関心を持っていたこと,投資に関してH抜きで直接Hの上司とも相談するなどH以外の人物とも相談していること,Hの提供する情報のみに依存するのでなく,自ら新聞やテレビなどで積極的に相場に関わる情報を獲得する姿勢を有していたこと,Hの推奨の言いなりではなく,自己の判断と合わない推奨にはきっちり拒絶していたこと,自ら判断して銘柄の乗換えを行うことがあったこと,保有する証券の評価損益を把握しながら取引を継続していたことなどの諸事情を考慮すれば,原告はHを全面的に信頼して同人に依存していたわけでないのであって,実質的にも原告口座における取引がHの主導によるものであったとまでは認められない。
なお,原告は,本件株式等取引の客観的特徴として,a支店における大量推奨販売,同一銘柄の頻繁な売買の繰り返し,購入日における即日売却,評価損のある銘柄の継続的保有,原告口座の入出金の不存在などが指摘でき,原告は,このような各特徴は,原告の口座をHが支配しており,本件株式等取引は有隅の主導で行われたものであることが示されている旨主張する。しかしながら,前記認定事実からうかがわれるように,原告は,自ら主体的に投資判断を行って,短期売買による差益獲得をねらって取引をする一方で,あまり損切りを好まない傾向を有していることなどからすれば,原告の主張する各特徴は,Hが取引を主導していたとは認められないとの上記判断を左右しない。
イ 小括
以上のとおり,Hが原告の口座を支配して,取引を実質的に主導していたとはいえないから,Dに忠実義務違反はなく,この点につき被告に損害賠償責任は生じない。
第4結論
したがって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担については,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古川行男 裁判官 西村欣也 裁判官 竹村昭彦)