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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1666号 判決 2002年5月31日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告から,別紙物件目録記載の不動産(マンションの一室の所有権,及びその敷地共有持分権,以下「本件建物」という。)の引渡と,本件建物所有権保存登記,及びその敷地所有権移転登記の各抹消登記手続申請に必要な一件書類の交付を受けるのと引換えに,原告に対し金7700万円を支払え。

第2本件事案の概要

本件は,原告が被告から購入したマンションの居室(本件建物)について,上階の居住者のトイレ給排水音,放尿音等の生活騒音が聞こえるため,住居として使用するに耐えられないとして,債務不履行に基づく,又は売買の瑕疵担保責任に基づく解除,ないしは錯誤無効を理由に,売主である被告に対し,原告が本件建物の被告への引渡と所有権保存登記等の抹消登記手続に必要な一件書類を被告に交付するのと引換えに,既払の売買代金相当の金員等の返還を求める事案である。

1  争いのない事実等

(1)  被告は,不動産の所有,売買,賃貸,管理等を業とする会社であるが,平成7年7月15日,原告との間で,本件建物につき,次のとおりの売買契約を結び(以下「本件売買契約」という。),約定どおり決済,引渡がなされた。

ア 当 事 者 売主被告(所有者),買主原告

イ 売買代金等 (ア) 手付金350万円   支払日 平成7年7月15日

(イ) 決済金6650万円  支払日 平成7年11月21日

以上合計金7000万円

ウ 引 渡 日 平成7年11月21日

エ 契約解除による違約金の約定

売買代金総額の一割相当額

(2)  本件建物を含む本体マンションは,平成5年8月に都市計画法による開発許可を,そして同年10月に建築確認を得て同年12月に着工し,平成6年9月に完成したもので,完成後,平成7年1月には阪神淡路大震災があり,一部損傷を受けた(乙9,10)。

本件の本体マンションは,地上3階地下1階,総戸数14室であり,建物配置上,北棟と南棟に区分され(原告の本件建物103号室は南棟に位置している。),それをつなぐようにして共用廊下及びエレベーターホールが設置されている構造である。

(3)  本件建物(103号室内,特に寝室)において,次のとおり,上階からのトイレ放尿音,台所等の排水音,トイレ排水音が聞こえてくることがある。

ア 上階(203号室)からのトイレ放尿音・排水音が,本件建物(103号室,特に寝室)の室内に,

イ 上階(303号室)からのトイレ排水音が,本件建物(103号室,特に寝室)の室内に,

ウ 上階(203号室)からの台所・洗面所・風呂の排水音が,本件建物(103号室,寝室まで)の室内全体に,それぞれ伝わって聞こえてくることがある。

(4)  そのため,原告は被告に対し,上記防音工事を施工するように求め,被告は,この点について原告と話し合ったが,原告が主張するような,本件建物階上である2階,3階のトイレの箇所,壁面,床面を剥がし,排水管防音設備等,遮音のための全面工事をし直すことは今もってなされていない。

(5)  原告は,被告に対し,重ねて上記改善を要求し,平成10年5月15日到達の同日付け文書により,万一,工事を二週間以内に実施しないときは,本件建物売買契約を錯誤無効,瑕疵担保を理由に解除する旨の意思表示をした(甲5)。

(6)  なお,原告が本件建物購入にあたり見た被告販売パンフレット(甲8)には,本件建物(301号室を除く)を含むマンション全体につき,「快適さを極限まで追求した,これからのステータスとも言える永住志向型都市住宅」である旨の記載がある。

(7)  被告は,平成10年7月17日,原告に対し,見舞金30万円を限度として負担する旨の回答をした(甲7の1及び2)。

(8)  原告は,平成10年8月7日,被告を相手方として,本訴を提起した(当裁判所に顕著な事実)。

2  本件の争点

(1)  被告は,本件パンフレット(甲8)の記載等により,本件建物が,永住型戸建風のマンションが通常備えるべき品質,性能を有すること(価格帯相応の物件であること)を原告に保証する旨の合意が成立したか。

(2)  本件建物につき,仮に品質,性能についての保証約定が成立していなかったとしても,マンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があり,契約の目的を達することができないか否か。

具体的には,本件建物寝室部天井付近に上階の放尿音がチョロチョロと明瞭に聞こえ,また,トイレ給排水音がジャーザーと滝のように流れるよう,又は渦巻くように伝わって聞こえ,またそれが酷く激しいことから,原告において安眠妨害,生活障害が生じ,なかでも寝室部分は通常的な使用に耐えられないことから,住居住宅として根本的な欠陥,瑕疵がある,といえるか。

(3)  仮に,隠れた瑕疵に当たらない場合,売買契約の目的物の性質,性能の錯誤による無効が認められるか。

具体的には,原告は,本件建物には物的欠陥(前示トイレ給排水音等の生活騒音)と人的障害(物的欠陥の防音対策工事に必要な上階室所有者の協力が得られないこと)が存するという事情を知らないまま,普通の居住用建物としての売買契約を締結したものであり,購入物件の内容につき著しい錯覚,食い違いが生じているのであるから(売買目的物についての要素の錯誤),本件売買契約は錯誤,無効といえるか。

3  当事者双方の主張

(原告の主張)

(1) 被告の債務不履行(品質,性能を保証したことによる)について(争点(1))

ア 原告は,平成7年1月17日の阪神淡路大震災で被災し(甲10),居宅買替えの必要が生じ,永住型物件を希望していたところ,平成7年6月頃,本件建物を含む本体マンションを紹介され,パンフレット(甲8、以下「本件パンフレット」という。)による物件説明を受けた(本件パンフレットは,被告の重要事項説明書(甲22)にも引用されて,本件売買契約の一資料とされている。)。

これによると,

(ア) 外観上,永住志向型都市住宅であること

(イ) 格調高い共用空間を醸し出していること

(ウ) バリアフリーに設計されており,人に優しいこと

(エ) 南側テラスが広く(約4坪),快適であること

(オ) あこがれの街『御影』で1ランク上の暮らし,12戸のうち10戸は独立性の高い妻側住宅タイプ,つまり戸建感覚があったこと,等が保証されていることから,購入を決意するに至った(甲8)。

イ つまり,被告は,本件パンフレットなどの売買契約書類に記載のとおり,本件建物は,1ランク上のハイグレードマンションであること(特に,本体マンションは,総戸数14戸の,3階建てのコンパクトな永住志向型のハイグレードなものであること),この物件にはそれに相応しい品質,性能が備わっている,少なくとも永住型戸建風のマンションが通常備えるべき品質,性能を有していること(すなわち,価格帯相応の物件であること)を原告に保証する旨合意した。

ウ ところが,原告は,居住日以降,上階からの排尿行為音(放尿音),トイレ給排水音等の生活騒音に悩まされ続け,特に本件建物の寝室を利用使用できず,そこで,完全履行請求権に基づき被告に対し,補修工事施工催告をなしたが,僅か本件建物トイレ内に一部手直し工事をなしたのみであり,そのため現在まで同じ不完全履行の状態が続いており,この欠陥のために原告は,売買目的を達することができない(この欠陥の具体的内容については,後記「(2)瑕疵担保責任について」の項で主張する。)。

エ したがって,原告は,被告の上記債務不履行に基づき,本訴において,本件売買契約を解除する旨の意思表示をする。

(2) 瑕疵担保責任について(争点(2))

ア 本件建物の売買において,仮に特別の品質,性能について約定が成立していなかったとしても,当然,常識的な基準,水準の品質を有する筈のものであるから(民法401条1項),マンション建物に通常要求される品質,性能に達しない場合は瑕疵があることになる。

イ 本件建物入居日以降,なかでも本件建物寝室部天井付近に,上階の放尿行為音がチョロチョロと明瞭に聞こえ(甲83),また,トイレ給排水音がジャーザーと滝のように流れるよう,又は渦巻くように伝わって聞こえ(甲93の3),またそれが酷く激しいことから,原告において安眠妨害,生活障害が生じ,なかでも寝室部分は通常的な使用に耐えられないことから,被告に対し,平成9年12月17日到達の,同月16日付け内容証明郵便で,防振・遮音のための工事を実施するよう求めた(甲43の1及び2)。

ウ この騒音の原因,音源は,別紙「音源一覧表」及び「本件建物の欠陥(その1及び2)」記載のとおりであり,本件建物設計施工時点において,実際上なされるべき防音・防振・遮音工事が施工されていない。

エ そのために,原告に対し,耐えがたい騒音苦痛を与えていることが判明した。

オ そのため,原告は,被告に対し,上記抜本対策工事施工を求めたが,被告は,上述のとおり,平成8年12月25日,本件建物トイレ内PSの内装工事と天井設置の工事とを施工したのみで,そのため上階トイレからの騒音問題は解決していない。

カ なお,建設省の回答(甲82の25頁目表1)の苦情発生と判定基準によると,

(ア) トイレ床の木二重上化とされている。

(イ) しかし,本件の上記補修工事にあっては,

a トイレ床の木二重上化,但し,本件建物内トイレは木二重下化(つまり,本件建物トイレに天井を下から張ること)

b 騒音が直に伝わる寝室に天井がない

c 室内暗騒音が20から25dB(A)

であるから,実質上,何ら手直し,補修工事をしていないのと同然であり,抜本対策どころか,改善効すらおよそ期待できないことが明らかであった(甲16)。

キ このように,本件建物には,当初の設計施工時から生活騒音対策工事はなされておらず,それが原因となって騒音問題が生じていること,なかでも,寝室部分は,通常的な使用に耐えられないことから,住居住宅として根本的な欠陥,瑕疵があるといわなければならない。

(3) 錯誤無効について(争点(3))

仮に,隠れたる瑕疵に当たらない場合,売買契約の目的物の性質,性能の錯誤による無効が認められる。すなわち,

ア 原告は,被告と,少なくとも黙示的に,被災建て替えを前提として,人に優しい,満足度の高い永住志向型都市住宅,独立性の高い妻側住戸タイプ=戸建風である本件建物売買契約を結んでいる。

イ また,『より豊かに,より快適にワンランク上の暮らし』が表示され,原告もそれを希望した以上,本件の如き階上からの小便行為音,トイレ排水音等の騒音のない住居であることことが成約の当然の了解事項となっていた。

つまり,普通の住居用建物売買の約定が成立した。

ウ しかも,売買契約時,原告は,本件騒音問題が内包された物件であることを知る由もなかった。

エ 他方,被告において,本件建物代金決済日=平成7年11月21日かつ,上階の203号室の決済日=平成7年9月27日(甲91)以前から,以下のような問題が生じており,これが対策に追われていた。すなわち,

(ア) 上階からのトイレ給排水音対策工事

a 平成7年6月15日 本体マンション 北棟304号室→204号室(所有者E氏決済日である平成7年2月21日直後から,騒音問題が発生していた。)。

b 平成7年8月30日 本体マンション 北棟204号室→104号室

c 平成7年8月30日 本体マンション 北棟205号室→105号室

d 平成7年8月30日 本体マンション 北棟305号室→205号室

(イ) 上階からの小便行為音減音対策工事

a 平成7年8月7日 本体マンション 北棟304号室→204号室

b 平成7年9月8日 本体マンション 北棟204号室→104号室

c 平成7年9月8日 本体マンション 北棟305号室→205号室

オ 原告は,このような重大な事情を秘されたまま,しかも,上階203号室の売買決済日=平成7年9月27日以降に対策工事をするためには,同室所有者A氏の協力がなければなし得ないことを知らないまま,締結させられているのであって(結局,同氏の協力は得られなかった。),このような物的欠陥と人的障害がある場合には,原告のみならず,他の誰もが本件建物を購入しなかったであろうことは明らかと思われ,購入物件の内容につき著しい錯覚,食い違いが生じている。

カ なお,被告は,本件建物売買決済日(平成7年11月21日)以降も,原告に秘して,以下のとおり,上階からの小便行為音減音対策工事の各補修工事をなした。

(ア) 平成8年6月27日 本体マンション 南棟202号室→102号室

(イ) 平成8年6月27日 本体マンション 南棟303号室→203号室

(ウ) 平成8年7月1日  本体マンション 南棟201号室→101号室

キ さらに,301号室→202号室への小便行為音,トイレ給排水音の遮音等対策工事のみは,設計施工の時点からなされており,上記エ,カの工事時にはその必要がなかったものである(甲3,58の1,なお,階下201号室の上階303号室にはトイレがない。)。

ク 言い換えれば,被告は,設計施工の段階から,防音・防振・遮音等の工事の必要性を十分知っていたのに,敢えてこれを怠ったものである。

ケ つまりは,売買契約目的物についての要素に錯誤があり,原告は被告に対し,平成10年5月15日,その旨を告げて本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(被告の主張)

(1) 品質等の保証約定に基づく被告の債務不履行(争点(1))

ア 本体マンションは,平成6年9月の完成直後に入居が始まったが,原告は,完成から10か月余り経過した平成7年7月,本件建物103号室を見に訪れ,実際の仕様を確認したうえで本件売買契約を締結し,前示のとおり平成7年11月に本件建物の引渡がなされた(原告は,十分実際の建物を検分したうえで購入を決めたもので,パンフレットの文言を信用して購入したということはおよそ考えられない。)。

イ 本件は,品質保証の問題ではない。

原告は,パンフレット(甲8)に「満足度の高い永住志向型都市住宅」との記載があることを根拠に,本件を品質保証(品質保証をしたことによる責任)の問題と主張するが,このような文言は,特定の品質を保証したものではないし,ましてや原告の言うようなレベルの防音性能を保証したものではない(上記のような「満足度の高い」といった文言は,新築マンションの宣伝用のパンフレットにおいては,よく用いられるものであり,極めて抽象的な表現にとどまるのであって,およそ特別の品質保証責任を発生させるものではない。)。

ウ 本件は,本件建物が通常の建物として瑕疵のないものと判断されるか否かが争点であり,特別な品質保証責任の問題ではないから,上記責任を前提とする原告の主張は理由がない。

(2) 瑕疵担保責任と錯誤無効について(争点(2)及び(3))

ア 原告は,本件建物は,マンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があり,契約目的を達することができない旨主張する。

しかしながら,本体マンションの原告居室(本件建物)は,通常の居住用建物であり,通常人の居住上支障のない程度の遮音性能があれば足りるものであるから,通常の建築物(マンション)と同様の遮音性能があれば,防音の面における瑕疵はないものというべきである。

イ 本件建物を含む本体マンションは,室数14のマンションであり,原告以外にも13世帯の住民が居るが,原告のような特別の騒音被害を訴えている者は他に存在しないし,原告の居室(103号室)のみ特別の騒音が聞こえるという事情もない。

ウ 建築基準法,環境基本法,日本建築学会の「建築物の遮音性能基準と設計指針」等の定める遮音規制は,別紙「建築物の遮音性能基準等」に記載のとおりである。

(ア) 上記のとおり,建築基準法において規制が設けられているのは,隣室との界壁のみであり,本件のような階上の室から床やパイプ等を通じて伝播してくる音,いわゆる固体伝播音については,なんら規制が設けられていない。つまり,建築基準法において「遮音規制の対象としては,空気伝播音のみが前提とされており,足音、水栓便所の音等の固体伝播音は前提とされていない。」のである。

この理由として,固体伝播音については,遮音が難しく,現在,工法上の解決策が十分確立されておらず,今後の技術の開発に期待されるところが大きいとされており,本件で原告が問題とする固体伝播音については,多少聞こえたとしても,到底,建築物の瑕疵とは言い難いものである(乙2参照)。

(イ) 別紙「建築物の遮音性能基準等」に記載のとおり,原告の問題とする室内騒音には,a特級(学会特別仕様),b1級(学会推奨基準),c2級(学会許容基準),d3級(遮音性能上最低限度)の4つの等級が設けられており,各級に応じた具体的な騒音レベルとしては,本体マンションのような集合住宅の場合,居室内で,a特級(学会特別仕様)30デシベル(以下「dB(A)」と表示する。),b1級(学会推奨基準)35dB(A),c2級(学会許容基準)40dB(A)と定められている。

(ウ) 本体マンションにおいて測定された排水音等は,前示環境基準の夜間40ホンの基準をも大きく下回っているのであり,この点からも,本体マンションに瑕疵があるとは到底言えない。

(エ) 騒音のレベルについては,日本建築学会基準3級が基準とされており(乙15),本件においても,瑕疵があるか否かの判断においては上記の3級基準等が適用されるべきである。もっとも,原告の居室で測定された騒音レベル(測定されている寝室の騒音の最大値をとっても35.9dB(A)である。)は,学会推奨基準1級(35dB(A))を満たすものであり,社会通念上,要求される遮音性能を十分に満たしている。

ちなみに,騒音の一般的程度について,過去に日本建築学会が室内騒音の許容値として示している別紙表(「NC,NR,dB(A)による室内騒音の許容値」,甲28の110頁と同じもの)によれば,30dB(A)という遮音性能(数値)は「非常に静か」というレベルであり,適用例として,ラジオスタジオのような外部の音を特別に遮断する必要のある部屋や建物に要求される構造なのである。

エ 入居後クレームが始まるまでの状況

(ア) 原告は,平成7年11月21日,原告居室(本件建物)の引渡を受け,その後,引き続き同所に居住しているが,入居当初はなんらの苦情もなく,騒音に関し最初に申し入れを受けたのは入居から6か月近く経過した平成8年5月18日頃である(その際の申入れ内容も,トイレ流水音について述べられてはいるものの,結露の問題,ブレーカーの容量の問題の方がはるかに大きな問題として取り上げられている。乙5)。

(イ) 原告は,「(トイレ流水音等により)不愉快な思いを継続してさせられているばかりでなく,安眠も妨害され,この心理的ダメージは測り知れないといわざるを得ない。」と主張するが,真実そのような状態であるのであれば,引渡後6か月も経過してから初めて苦情申立てがあるというのはおよそ不自然というべきである(しかしながら,実際には,原告は6か月間,何らの苦情もなく,本件マンションで暮らしているのである。)。

オ 改善工事の実施

(ア) 被告は,原告の前示クレームを受けて,トイレ流水音,放尿音については設計基準を満たしているが,特に気になるのであれば,衛生器メーカーから放尿時の音の軽減のために「防振シート」が平成6年8月に新規発売されたので,階上の室(203号室A氏)のトイレにこれを敷き込む工事を施工してもよい旨原告側に説明して了解を得たので,アフターサービスの一環として上記工事を施工することとしたが,上階の203号室の居住者から同工事の承諾を得られず,強く拒絶されたため,結局この工事を施工することは出来なかった(もっとも,原告居室(本件建物)の属する本体マンション南棟には,平成8年6月から7月にかけて,トイレ「防振シート」を敷き込む工事を実施した(乙27)。

なお,本体マンションの北棟は,原告の居室を含む南棟の構造とは異なり(トイレと洋室との間には廊下が設けられており,洋室の壁越しにトイレの音が伝わるという構造になっていない。),洋室(スペアルーム)がトイレと壁を隔てて接する間取りであり,洋室(スペアルーム)の居住性を改善するため,平成7年4月に防振シートを敷き込む工事を実施ていた。

(イ) このため,被告は,さらに原告側と協議し,平成8年12月25日から27日までの間,原告居室(本件建物)内トイレのパイプシャフト及び天井にグラスウール及び遮音シートを巻き付ける工事を実施した。

この工事による遮音効果を確認するため,工事施工前の平成8年12月20日と,施工後の平成9年2月12日に原告居室(本件建物)内でトイレ流水音の測定を行った結果,別紙「測定結果」記載のとおり,原告居室(本件建物)内の洋室での流水音の測定数値は27dB(A)ないし33dB(A)であった(いずれも日本建築学会の設計指針一級の基準(35dB(A))を下回っていた。)。

原告も,同工事の結果,放尿音は聞こえなくなったことを認めていた(原告の平成8年12月26日付け報告書,乙28)。

カ 原告のアンケート調査について

(ア) 前示のとおり,本体マンションの他の住民からは,本件のようなクレームは提起されていない。このことは,原告が自ら行ったアンケート調査からも裏付けられる。

すなわち,原告は,平成9年から10年にかけて本体マンションの管理組合の理事長を務めていたが,この地位を利用し,本体マンションの他の住民にトイレの流水音についてのアンケート調査を実施している。

同調査の結果は,a悩まされている 1(原告のみと思われる。),b 悩まされていない 6,c未回答 3,というものであった(平成10年3月2日付けのアンケート調査結果等の報告,乙34)。

(イ) 上記のとおり,本体マンションの他の住民は,トイレの流水音をほとんど気にしていないことが明らかである。

キ 原告居室(本件建物)の遮音性能とその評価について

(ア) 原告居室(本件建物)の遮音性能が日本建築学会1級の水準を充足していることは,トイレ流水音等の大きさを何度も測定した調査結果の何れをとっても,洋室内で32dB(A)ないし34dB(A)であることから明らかである。

これは,本体マンションが設計建築された当時の知見である日本建築学会編「建築物の遮音性能基準と設計指針」(第1版)にいう1級の水準を満たしている(ちなみに,第2版は,平成9年12月15日に出版されたものであり,本件売買契約の2年以上後に出版されたものである。)。

(イ) 原告は,本体マンションは,同学会推奨基準1級を満たしていないかのような主張をするが,本件売買契約当時(平成7年7月)の同学会基準に照らして,本体マンションの遮音性能に何ら問題はない。

ク 本件鑑定結果について

(ア) 本件鑑定書には「まとめと工事費の試算」として,次の各点が既述されている。

a 鑑定の対象とする103号室の遮音性能について法令違反は見当たらない。

b 指針に照らして問題点としてはトイレのパイプシャフトの構造である。補修に要する費用を次に計上します。

c 給排水管については特に問題はない。

d 洋風便器の消音性能は,建設当時において指針にクリアーしている。

e 当事者に特別な注文があったとしたとき,廊下と寝室の間仕切り壁を遮音仕様として改修し,また,寝室の天井を遮音性のある二重天井とする。

f 洗面所・台所については,特別な施策は必要としない。

以上のとおり,本件鑑定書の記載によれば,原告の居室(本件建物)の遮音性能に問題のないことは明白であり,証拠(証人B)によれば,B鑑定人自身,本件建物が建築当時の1級の水準を充足するものであることを明確に認めている。

また,本件本体マンションの建築当時の設計基準として,学会推奨値に照らせば2級程度に相当する,NC値で45とか50で設計されるのが一般であったとされており(証人B),音の問題について,社会的な認識が変化してきた現在とは,このようにマンションの設計基準そのものが変化してきているのである。

原告は,現在の基準に照らして,本件建物の遮音性能を評価しようとしているようであるが,本件は,瑕疵担保ないし錯誤という契約上の責任を根拠とするものであり,契約時の設計基準に則して判断されるべきものである(仮に,現在の設計-上記の現在の学会基準第2版-)に照らしても,1級の基準は,原則として35dB(A)であり,原告居室は,その基準をクリアしている。)。

ケ 環境基準との関係について

(ア) 騒音の評価については,いわゆる新環境基準が定められており,平成10年5月22日「騒音の評価手法等の在り方について」と題する報告(中央環境審議会騒音振動部会騒音評価手法等専門委員会)が公表されている(乙33)。

これは,現在における専門家による騒音の評価手法を示したものであり,その中に騒音影響に対する屋内指針が示されているが(乙33,7枚目),これによると「一般地域については音の発生が不規則,不安定であり,このような騒音による睡眠影響を生じさせないためには,屋内で35dB(A)以下であることが望ましい。」と明記されている。

(イ) 要するに,一般的には,35dB(A)が定められているのであり,前示のとおり,原告居室(本件建物)の洋室における音の測定結果は,いずれも35dB(A)未満であるから,原告居室(本件建物)は,環境基準もクリアしているのである。

コ 暗騒音との関係について

(ア) 原告は,暗騒音との関係を問題とし,本体マンションの所在する地域は,暗騒音が低いから,より厳しく評価すべきである旨主張する。

しかしながら,暗騒音には,外部の交通の音,冷蔵庫やエアコンの音などありとあらゆる音があり,建築物の設計者がコントロールすることができないし,暗騒音を考慮して建物を設計することは,通常の集合住宅では全く行われていない(一般に,交通利用の多い道路に面した地域では暗騒音は大きくなり,周囲に人家がなければ小さくなるが,このようなことを建築物の遮音性能の評価に当たり考慮することは行われていない。)。

(イ) 原告が主張するように,本件で上階の音が聞こえないようにしようと思えば,通常のマンションではない特殊な仕様が必要となる。

暗騒音が小さければ,相対的に建物内で発生する音が知覚され易くなるが(甲94),常識的に30dB(A)とか35dB(A)といった大きさの音は,極めて小さな音であり,日常生活上気になる音ではない(なお,カーテンの開閉音60dB(A),冷蔵庫37dB(A)である。)。

通常人を前提とする限り,概ね35dB(A)以下であれば,睡眠影響は免れることができるものとされており(乙33),本件で,C(神戸大学大学院,自然科学研究科)が陳述書において供述するように学会基準の特級仕様が必要であるということはできない(甲94)。

サ 原告指摘の問題点について

原告は,建築設備の観点から本体マンションの問題点を種々指摘しているが,これらは,以下に述べるとおり,いずれも理由がなく,本件建物の瑕疵とは評し難いものである。

(ア) 先ず,便所内のパイプスぺースの配管の遮音シートの施工が問題とされているが,これについては,適正に施工されていることを証人Dが確認している。この部分については,鑑定を含め何度も確認が行われており,その過程で状況が変わったものと思われる。

(イ) 次に,グラスウールの詰め込みについては,確かに保温板を張ることが考えられるが,パイプシャフトと壁の隙間が1.2㎝しかなく,施工することができなかったものである(証人D)。

(ウ) さらに,スラブと配管の貫通部分がモルタルで固められているという問題については,本件工事に際しての消防署の指導によるものであり,防火区画の検査をパスするためにはやむを得ないものである。

シ まとめ

以上のように,本体マンションの原告居室(本件建物)の遮音性能に問題はなく,本件建物に隠れた瑕疵があるとはいえないし,この点について原告に要素の錯誤があるともいえない。

騒音の感じ方には個人差があり,不快音であれば,ごく僅かの音にもクレームを述べるといった紛争が増加しているが,それが建物の瑕疵に当たるというためには,客観的な基準によって,当該建物が居住に適さないことが立証されなければならない。本件においてはそのような事情は何ら立証されていないし,原告に何らかの要素の錯誤があったことも立証されていない。

第3当裁判所の判断

1  債務不履行(争点(1))について

(1)  原告は,本件パンフレット(甲8)の記載文言を根拠に,本件建物は,マンション建物が通常備えるべき品質,性能以上の,1ランク上の(価格帯相応の)ハイグレードマンションである旨の特別の品質保証をした旨主張する。

確かに,本件パンフレットには,「快適さを極限まで追求した,これからのステータスともいえる永住志向型都市住宅」であるとか(前示「争いのない事実等」(6)),「満足度の高い永住志向型都市住宅」である旨の記載がある(甲8)。

しかしながら,上記のような文言は,新築マンションの宣伝用パンフレットにおいて,よく用いられるセールストークの類であって,抽象的な表現にとどまり,これをもって,特定の品質を保証したものであるとか,原告主張のレベルの特別の防音性能,遮音性能を保証したものと見るのは相当でなく,そして,本件において,他に,特別の品質保証約定が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

(2)  したがって,品質等の保証約定に基づく被告の債務不履行をいう原告の主張は理由がない。

2  瑕疵担保責任(争点(2))について

原告は,本件建物には,以下に述べるような,マンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるので,売買契約の目的を達することができない旨主張する。

すなわち,本件建物には,当初の設計施工時点において,実際上なされるべき生活騒音対策工事(防音・防振・遮音工事)が施工されておらず,それが原因となって,騒音問題が生じており(本件建物寝室部天井付近に,上階の放尿行為音,トイレ給排水音が伝わって聞こえ,また,それが酷く激しいこと),このため原告において安眠妨害,生活障害が生じ,なかでも,寝室部分は通常的な使用に耐えられないことから,住居住宅として根本的な欠陥,瑕疵がある旨主張する。

(1)  原告の入居後,騒音苦情発生までの経過

前示「争いのない事実等」及び証拠(甲1,乙5,7の1及び2,26,27,証人D,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件建物を含む本体マンションは,平成6年9月の完成直後に入居が始まり,原告は,完成から10か月余り経過した平成7年7月,本件建物(103号室)の売買契約を締結し,同年11月下旬に引渡を受け,同月24日に本件建物に入居した。

イ 原告は,入居後,引き続き本件建物に居住していたが,当初は何の苦情も述べていないばかりか,2か月経過した平成8年1月には,被告に対し,2回にわたり「当マンションの住み心地,抜群です。・・※」(乙7の1)「すばらしいマンションをご提供いただき,ホッとした気持ちで過ごせる倖せをかみしめております。ありがとうございました。」(乙7の2)などの文書(FAX連絡票)を送信した。

ウ 原告は,入居後6か月以上を経過した平成8年5月17日付けの原告代理人弁護士からの書簡で,洋室の出窓部分の結露と分電盤(電気容量)の不都合に加えて,初めて,階上のトイレ,風呂場及び台所の各流水音について改善の余地はないものか検討頂きたい旨の苦情を述べた。

エ そこで,被告は,この点について原告と話し合い,原告の了解を得て,放尿時の音の軽減のため,衛生器メーカーから平成6年8月に新規発売された「防振シート」を階上の203号室(A宅)のトイレに敷き込む工事を施工することとしたが,上階の203号室Aが同工事の施工に反対し,その了解が得られなかったため,結局,同工事は施工することができなかった。

(2)  改善工事の実施等

証拠(甲3,58の1ないし5,59,76の1及び2,乙4,26ないし28,証人D,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 被告は,本件建物の属する本体マンション南棟(203号室を除く。)に,平成8年6月から7月にかけて,前示のトイレ「防振シート」を敷き込む工事を実施した。

なお,本体マンション北棟については,平成7年4月,北棟住戸204号室(E宅)から上階のトイレ排水音が気になる旨の苦情があり(騒音数値は33ないし36dB(A)),被告会社のマンション設計目標値(40dB(A))を下回る数値であったが,アフターサービスとして,北棟住戸4戸(204号室を含む。)について,同年6月頃から9月頃にかけてパイプシャフト内の排水管にグラスウール及び遮音シートを巻き込む工事を実施するとともに,当時新規発売された便器の防振ゴムを敷き込む工事を実施していた(これは,北棟は,南棟の各室がトイレと洋室(スペアルーム)との間に廊下が設けられており,洋室(スペアルーム)の壁越しにトイレの音が伝わるという構造にはなっていないのとは異なり,洋室(スペアルーム)がトイレと壁を隔てて接する間取りとなっているため,洋室(スペアルーム)の居住性を改善するためになされたものである。)。

イ 原告は,被告に対し,本件建物につき更なる対策を要求したため,被告は,平成8年12月25日,103号室の原告居室(本件建物)内のトイレのパイプシャフト及び天井にグラスウール並びに遮音シートを巻き付ける工事を実施した。その結果は,別紙「測定結果」記載のとおり,平成9年2月12日の測定で,洋室枕上でトイレ流水音,303号室の流水音に関しては27dB(A)(対策工事前は29dB(A)),203号室の流水音で32dB(A)(対策工事前は未測定)となった(乙27)。

ウ 原告は,平成8年12月26日付けの被告に宛てた報告書(乙28)において,上記改善対策工事の結果,「放尿音は聞こえなくなったように思われる。」旨報告した。

(3)  アンケート調査について

証拠(乙34,原告本人)並び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成10年当時,本体マンションの管理組合の理事長を務めていたが,当時,同マンション住民に対し,管理組合名義で,トランクルームとトイレ流水音についてのアンケート調査を実施し,同年3月2日,その調査結果等を報告しているが,それによると,トイレ流水音については,ア悩まされている 1世帯,イ悩まされていない6世帯,ウ未回答 3世帯,というものであった(乙34)。

(4)  本件建物の遮音性能とその評価について

ア 一般に,建築物の遮音性能の規制基準として,(ア)「建築基準法における遮音に関する規制(30条の2),同法施行令22条の2」,(イ)環境基本法16条1項に基づく環境基準である「騒音にかかる環境基準について」(以下「環境基準」という。),(ウ)日本建築学会が昭和54年に定めた「建築物の遮音性能基準と設計指針」(以下「学会基準」という。)が設けられ,その各規制基準及びその内容等については,別紙「建築物の遮音性能基準等」及び「A 建築物の遮音性能基準」に記載のとおりである(乙2,3,15,33)。

イ 建築基準法は,長屋又は共同住宅の各戸の界壁に遮断性をもたせることにより各戸の独立居住性を確保することを目的として規定されたものであり,遮音の対象としては空気伝播音のみが前提とされており,足音,水洗便所の音等の固体伝播音については前提とされていないが,これは,現在,工法上の解決策が十分に確立されておらず,今後の技術の開発に期待されるところが大きいからであるとされている(乙2)。

ウ 上記アによれば,本件建物を含む本体マンションのような集合住宅の場合,学会基準1級(推奨基準,35dB(A))又は2級(許容基準,40dB(A))の水準であれば,学会基準上,遮音性能を十分備えているものと評価することができる。ちなみに,騒音の一般的程度について,日本建築学会が室内騒音の許容値として示している別紙表「「NC,NR,dB (A)による室内騒音の許容値」(甲28の110頁)によれば,30dB(A)という遮音性能(数値)は,「非常に静か」というレベルであり,適用令として,ラジオスタジオのような外部の音を特別に遮断する必要のある部屋や建物に要求されるものである。

エ 本件において,別紙「測定結果」記載のとおり,原告の居室(本件建物)で測定された騒音レベル(寝室で測定さた騒音の最大値は32dB(A)である。)は,学会推奨基準1級を満たすもので,社会通念上要求される遮音性能を十分に満たすものといえる。

B鑑定人の本件鑑定書にも「鑑定の対象とする103号室の遮音性能については,法令違反は見当たらない。」とされている。

オ 前示アのとおり,環境基準によれば,本体マンションのような主として住居の用に供される地域について,騒音に係る環境上の条件について生活環境を保全し,人の健康の保護に資するうえで維持されることが望ましい環境基準は,昼間は50ホン(A)以下,朝・夕は45ホン(A)以下,夜間は40ホン(A)以下であり(乙3),音の発生が不規則,不安定な一般地域において,騒音による睡眠影響を生じさせないためには,屋内で35dB(A)以下であることが望ましいとされている(乙33)。

このように,一般的には35dB(A)が定められているのであって,原告の居室(本件建物)の洋室における音の測定結果は,別紙「測定結果」記載のとおり,いずれも35dB(A)未満であるから,原告の居室(本件建物)は,環境基準をも充足しているものといえる。

(5)  まとめ

これを要するに,前示(1)ないし(4)の認定説示を総合勘案すれば,本体マンションの原告居室(本件建物)は,通常の居住用建物として,通常人の居住上支障のない程度の遮音性能を有することに問題はないというべきであるから,原告が主張するように,マンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるとすることはできない。

(6)  原告の主張に対する検討

ア 原告は,日常生活上耐え難い放尿行為音,トイレ給排水音等の生活騒音の原因,音源は,別紙「音源一覧表」及び「本件建物の欠陥,その1及び2」記載のとおりであり,本件建物の設計,施工時点において,実際上なされるべき防音・防振・遮音工事が施工されていない旨主張する。

(ア) しかしながら,本件鑑定結果によっても「103号室(本件建物)の遮音性能については法令違反はない。」というのであり,本件建物が建築当時の学会推奨基準1級(35dB(A))の水準を充足するものであることが認められるのであるから(証人B),本件建物の遮音性能につき,種々問題点を指摘する原告の主張は理由がない。

もっとも,本件鑑定書は,トイレのパイプシャフトの構造が指針に照らし問題である旨指摘するが(本件建物のパイプシャフトの廊下側の壁面部分は,指針その他の資料によって何らかの施策が必要ではないかとするほか,寝室の廊下側(トイレ側)の壁面の仕様も同様に,遮音等に関する特別な施工はされていないとする。),証拠(乙17ないし25,26,証人D)によれば,マンションにおける各室の間仕切りとしては,通常、乾式間仕切りという,コンクリート等現場で水を使う材料以外の材料を用いた構造の間仕切り壁であり,トイレのパイプスペースについても木造で施工するのが一般であって,施工上の難易度などからコンクリート造りないしコンクリートブロック造りとされているものは稀であることが認められる。

したがって,トイレのパイプスペースの構造に関する本件鑑定書の指摘は,かならずしも一般的なものとはいえないから,本件建物の遮音性に問題はないとした前示判断を左右するものではない。

(イ) 原告は,2階スラブにおける根本的な防振対策が必要であり,150㎜のコンクリートスラブで仕上げが直張りの場合,床の固体伝播音を防止するのは不可能に近いと主張し,その旨の証拠(甲93の3)を提出する。

しかしながら,本件鑑定書によれば,スラブの遮音,防音及び防振性能について,本件建物は厚み15㎝の鉄筋コンクリート造りとされる以外,特別な施工はみられないが,特に,問題となる仕様とは考えられないとしているし,証拠(乙27,31,証人D)によれば,「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づき建設省から告示された日本住宅性能表示基準の「音環境に関すること」の項目の表示基準にも,固体伝播音は評価対象とはされていないことが認められる。

そうだとすると,原告主張の固体伝播音の防止が困難であるからといって,そのことから直ちに,本件建物に防振・防音対策上の瑕疵があるとすることはできない。

(ウ) 原告は,トイレと廊下の一部を除き,天井がなく,また,寝室も天井がない直天井仕様となっているので,法令上はクリアーしても,固体伝播音を完全に防御することができるかどうか,問題がある旨主張し,本件鑑定結果も同様の指摘をする。

しかしながら,この点も固体伝播音の問題であり,従来ほとんど研究がなされておらず,適切な予測方法や評価方法が確立されていないのが現状であり(乙27),住宅の性能表示の表示基準にも含まれていないことは前示(イ)のとおりであるから,この点を捉えて本件建物の瑕疵とすることはできない。

(エ) 原告は,配管がスラブを貫通する部分及び支持が適切な施工がなされていないかの如き主張をし,その旨の証拠(甲93の3,95)を提出する。

しかしながら,証人Dの証言によれば,スラブを貫通する部分の排水管にはモルタルで充填していること,モルタルのほか,ロックウールを詰め込む等の防振工事を施工しなかったのは,本件工事に際しての消防署の指導によるものであり,防火区画の検査をパスするためにはやむを得ないものであることが認められるほか,スラブを貫通する部分の排水管にロックウールを密着させて施工する工法が,本件建物が設計された平成四,五年当時に一般的な工法として用いられていたことを認めるに足りる証拠ない。

(オ) 証拠(甲93の3,95)によれば,原告居室(本件建物)内の遮音性能に関する施工状態の調査結果において「便所内パイプスペースの汚水堅管に遮音シートと思われるものが施工されているが,施工精度がよくない。」旨報告されている。

しかしながら,証人Dの証言によれば,同人は,当時,立会のうえ,自ら指示して一重半の遮音シートを配管に密着して巻き付けたことを確認していること,その後,本件鑑定の際グラスウールが全部引っ張り出されたりしたことがあり,現状は当時と変わっていることが認められる。

(カ) 証拠(甲93の3,95)によれば,前示の調査結果において「シャフト内にマイクロウールが詰め込まれている(詰め込んだだけであるが,遮音と吸音を期待するのであれば,24㎏以上の保温板をボードに密着させる工法とするべきである。」旨報告されていることが認められる。

しかしながら,証拠(証人D)並びに弁論の全趣旨によれば,確かに保温板を張ることが考えられるが,パイプシャフトと壁の隙間が1.2㎝しかなく,同工事を施工することが出来なかったもので,やむを得ないものであることが認められる。

(キ) これを要するに,本件建物の遮音性能,設計,構造上の問題点につき,種々指摘する原告の主張は理由がないか,又は,本件建物にはマンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるとすることはできないとした前示判断を左右するに足りないものというべきである。

イ 暗騒音の主張について

(ア) 原告は,暗騒音との関係を問題とし,本体マンションの所在する地域は暗騒音が低いから,より厳しく評価すべきである旨主張し,これに副う証拠(甲94,証人C)を提出する。

上記証拠によれば,本件の場合,測定の結果,排水音のレベルは30~35dB(A)であり,学会基準における室内騒音に関する適応等級の1級に相当するが(この場合,暗騒音が30dB(A)程度であることが条件となっている。),当該マンション周辺の環境が夜間は特に静かであることから,暗騒音のレベルは20~25dB(A)で,排水音とのレベル差は10dB(A)程度あること,対象となる騒音(排水音)の音圧レベルが低くても,暗騒音のレベルが低ければ,相対的に知覚されやすくなるため,排水音のレベルを1ランク厳しい特級に相当する30dB(A)に抑える必要がある,というのである。

(イ) しかしながら,暗騒音との関係で,本件で学会基準の特級仕様が必要である旨の上記見解は,これを採用するすることができない。その理由は次のとおりである。

a 共同住宅等で聞こえる,給排水設備やエレベーターから発生するものなどのいわゆる固体音は,いずれも高い精度で予測を行うことや,対策効果を定量的に扱うことが難しい面があるため,日本住宅性能表示基準においても評価対象とはされていないこと(乙32,建築物の設計者がコントロールすることができないし,暗騒音を考慮して集合住宅を設計することは通常行われていない。)。

b 暗騒音に対しては,周囲の環境及び個人の音に対する感じ方等で大きな違いが生じるものであり,そうした感覚的な部分を数値化することが困難であるため,学会基準が設けられたものであるところ,暗騒音が低いところでは学会基準を1ランク下に抑えなければならないという議論は,原告側の独自の見解であって,建築学会の文献にも見当たらないこと(証人C)。

c 通常人を前提とする限り,屋内で概ね35dB(A)以下であれば(道路に面する地域については40dB(A)以下であれば)睡眠影響は免れることができるものとされていることからすれば(乙33),暗騒音との関係とはいえ,学会基準の特級仕様(通常のマンションではない特別な仕様が必要になる。)が必要であるとするのは,均衡を失し,不合理であること。

(ウ) これを要するに,暗騒音との関係において設計基準をいう原告の主張は理由がない。

3  錯誤無効について(争点(3))

(1)  原告は,本件建物につき,生活騒音(トイレ給排水音等)等の欠陥があることを知らないまま,普通の居住用建物としての売買契約を締結したものであるから,売買目的物についての要素の錯誤があり,本件売買契約は無効である旨主張する。

しかしながら,前示のとおり(2(5)),本件建物(原告居室)には,マンション建物に通常要求される品質,性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるとはいえず,通常の居住用建物として,通常人の居住に支障のない程度の遮音性能を有するものと認めるのが相当であるから,この点について,原告に要素の錯誤があるとすることもできない。

(2)  もっとも,原告は,被告は,設計施工の段階から防音・防振・遮音等の工事の必要性を十分知っていたのに,敢えてこれを怠ったものであり,本件建物代金決済日(平成7年11月21日)かつ,上階の203号室の決済日(平成7年9月27日)以前から,北棟の居住者に騒音問題が発生しており,上階からのトイレ給排水音対策工事,小便行為音原音対策工事などの対策に追われていた旨主張する。

しかしながら,被告が本体マンションの北棟の住戸4戸について,改善工事等を実施した経緯は,前示認定のとおりであり(2(2)),北棟は,南棟の各室とは構造が異なることから,洋室(スペアルーム)の居住性を改善するためになされたもので,南棟に居住する原告の本件騒音問題とは事情が異なるものというべきである。

(3)  また,被告は,本体マンション南棟(203号室を除く。)についても,平成8年6月から7月にかけて,防振シートを敷き込む工事を実施したことは,前示のとおりであるが(2(2)),これは,当時,新規に発売された便器の防振シートを利用して,アフターサービスとして施工したものであることが認められ(乙27,証人D),当該居室の瑕疵の存在を前提とする修繕工事ではないのであるから,この点をいう原告の前示主張は理由がない。

(4)  これを要するに,本件売買契約の錯誤無効をいう原告の主張も理由がない。

第4結語

よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判官 松村雅司)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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