大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2056号 判決 1999年7月19日

原告

青山慶造こと金慶造

ほか一名

被告

大村利和

ほか二名

主文

一  被告らは各自、

1  原告金慶造に対し、金一三一二万七四六二円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

2  原告余靖江に対し、金一四〇〇万四二六二円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自、

一  原告金慶造に対し、二三六五万五四二六円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

二  原告余靖江に対し、二四五三万二二二六円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車の助手席に乗っていて直進車同士の出合い頭の交通事故に巻き込まれて死亡した娘の相続人である原告ら父母が各加害車両の運転者及びその保有者に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条、民法七一九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

一  前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

1  交通事故の発生(甲二の2、三、四、乙六の2。なお、次の交通事故を以下、本件事故という。)

(一) 日時 平成九年三月一七日午後一一時四八分頃

(二) 場所 神戸市須磨区村雨町六丁目一番三三号 信号機により交通整理の行われていない神戸市道交差点(以下、本件交差点という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(神戸三四さ九五六八、以下、被告和也車という。)

(四) 右運転者 被告大村和也(以下、被告和也という。)

(五) 被害車 (但し、後記亡人にとっては加害車である。)普通乗用自動車(神戸七七ら九二八二、以下、被告福澄車という。)

(六) 右運転者 被告福澄俊昭(以下、被告福澄という。)

(七) 被害者 被告福澄車の助手席に同乗していた亡金舞子(以下、亡人という。)

(八) 争いのない範囲の事故態様

西から東に向けて本件交差点に進入してきた加害車と南から北に向けて本件交差点に進入してきた被害車が出合い頭に衝突した。

(九) 被害内容 亡人(昭和四八年一二月三〇日生。当二三歳)は、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭蓋底骨折、肺挫滅、肋骨多発骨折等の傷害(以下、本件傷害という。)を負い、事故直後の同日午後一一時五〇分頃頭蓋底骨折に伴う脳挫傷、外傷性くも膜下出血(以下、本件死因という。)により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告和也は、本件交差点に進入するに当たって前方注視義務、一時停止義務、減速・徐行義務があるのにこれを怠り漫然と進行した過失があるから、民法七〇九条により、原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(二) 被告大村利和は、被告和也車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条により、原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(三) 被告福澄は、被告福澄車の保有者かつ運転者であり、本件交差点に進入するに当たって、前方注視義務、減速・徐行義務があるのにこれを怠り漫然と進行した過失があるから、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条により原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(四) そして、本件事故は、被告らの共同の不法行為によって発生したものというべきであるから、被告らは民法七一九条により、原告らが被った損害を各自連帯して賠償する義務がある。

3  相続

原告金慶造(以下、原告金という。)は亡人の父親であり、原告余靖江(以下、原告余という。)は母親であり、亡人の相続人は右二名であるところ、原告らは各二分の一の割合で、亡人の権利、義務を相続した(甲二の2)。

なお、亡人の相続についての準拠法は、大韓民国法であるが、同法によっても原告らが各二分の一の割合で、亡人の権利、義務を相続した。

4  損益相殺

原告らは、自賠責保険により三一八七万六八〇〇円の支払を受け、原告金において一六八七万六八〇〇円、原告余において一五〇〇万円を各取得した。

二  争点

1  過失相殺の有無及びその程度。

2  右点に関する当事者の主張の要旨。

(一) 被告ら

(1) 本件事故は、亡人が被告福澄車の助手席に同乗中、本件交差点の西側(左方)から進行してきた被告和也車が亡人のすぐ左側に衝突した事故であるところ、亡人がシートベルトを着用していなかったため、左方からの衝突で亡人が右前方に投げ出されて被告福澄車の車体に衝突するなどした結果、本件傷害を負い、本件死因により死亡するに至ったものである。

(2) ところで、被告和也車に衝突された被告福澄車の助手席は大きくは損傷しておらず、被告和也車の衝突により亡人の頭部には直接に外力は加わっていない。即ち、亡人がシートベルトを着用していれば、亡人が右前方へ投げ出されることは回避し得たのであり、そうすれば死亡という最悪の結果も回避し得たものと認められる。

したがって、本件においては、少なくとも一〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告ら

(1) 同乗者にシートベルトを着用させるのは運転者の義務であるが、同乗者自身にシートベルトを着用すべき法的義務はない。したがって、同乗者にすぎない亡人にシートベルト不着用の過失はない。

(2) 被告和也車は被告福澄車の助手席のドアに対しストレートに衝突していること、助手席のドアが最大五〇センチメートルも内側に凹損していること及び亡人の頭蓋骨左側がぼろぼろになっており肋骨も折れていたことからすれば、亡人の同乗していた助手席には大きな衝撃が加わったものと考えられる。

したがって、亡人がシートベルトを着用していたとしても、亡人の死亡という結果を回避することはできなかったと考えられる。

即ち、亡人のシートベルト不着用の事実と亡人の死亡という結果との間には因果関係がない。

3  原告らの損害額は幾らか(以下、争点2という。)。

4  右点に関する当事者の主張の要旨。

(一) 原告ら

(1) 亡人に生じた損害

<1> 逸失利益 五三〇六万四四五二円

亡人の基礎収入は、女性の将来収入の増加見込み及び男女間の収入面での均等化を考慮し、平成九年版賃金センサス高校卒男女平均年収、四六二万九八〇〇円を採用すべきである。なお、亡人は、本件事故時二三歳の女性であるが、女性の家事労働分を考慮し、また、人間の価値は男女間で平等であることを考慮すると、是非とも男女平均年収を基準に算定することを望むものである。

ところで、次の計算式の数字の意味、内容は次のとおりであるところ亡人の逸失利益は、次の計算式のとおり五三〇六万四四五二円となる。

ア 四六二万九八〇〇円 右の男女平均年収

イ 二二・九二三 死亡当時二三歳であり、六七歳までの四四年に対応する新ホフマン係数

ウ 〇・五 生活費控除割合は、五〇パーセントである。

462万9800円×(1-0.5)×22.923=5306万4452円

<2> 死亡慰謝料 二〇〇〇万円

亡人は、本件事故当時、モデル、イベントコンパニオンとして稼働する一方、テレビ出演も決定していた。このように前途洋々たる時期に、一瞬にして全てを失った亡人の無念さは察するに余りある。

<3> 合計 七三〇六万四四五二円

原告らは、右合計額につき、各二分の一の割合で、各自、三六五三万二二二六円宛て相続した。

(2) 原告ら固有の損害

<1> 葬儀費用 一〇〇万円

原告金は、葬儀費用として二一五万二〇〇〇円を支出したが、本訴においては、その内金一〇〇万円を請求する。

<2> 慰謝料 原告ら各自二〇〇万円

原告らは、かけがえのない一人娘を失い、その苦痛は筆舌に尽くし難く、原告ら固有の慰謝料は各自二〇〇万円を下らない。

<3> 弁護士費用 原告ら各自一〇〇万円

(3) 原告らの損害合計

<1> 原告金

亡人の相続分である三六五三万二二二六円、右の葬儀費用一〇〇万円、右の慰謝料二〇〇万円、右の弁護士費用一〇〇万円を合算した四〇五三万二二二六円である。

<2> 原告余

亡人の相続分である三六五三万二二二六円、右の慰謝料二〇〇万円、右の弁護士費用一〇〇万円を合算した三九五三万二二二六円である。

(4) 損益相殺による修正

右の原告らの損害合計を前提事実4の損益相殺により修正すると、原告金の損害は二三六五万五四二六円、原告余の損害は二四五三万二二二六円となる。

(二) 被告ら

(1) 逸失利益

基礎収入は、本件事故時における亡人の実収入を採用すべきである。

(2) 慰謝料

原告らは、平成九年一〇月二四日頃、被告福澄が加入し、保険料を支払っていた日産火災海上保険株式会社から、各自五〇〇万円の搭乗者傷害保険金を受領しているところ、右事情は慰謝料の算定に当たって減額事情として斟酌されるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺の有無及びその程度)について

1  まず、本件事故当時、亡人はシートベルトをしていたか否かを検討する。

(一) 神戸市須磨消防署宛ての調査嘱託の結果によると、出動時の記録上、「救急隊現場到着時、亡人の身体にシートベルトは掛かっていなかった。」旨の記載がある。

(二) 乙六の15(被告和也の司法警察員に対する供述調書)中四項、乙六の17(被告和也車の同乗者である松本貴士の司法警察員に対する供述調書)中二項によると、本件事故直後、被告和也と松本貴士が被告福澄車に駆けつけ同車内を覗いたところ、両名とも亡人の姿を見つけることができなかった。

(三) 本件全証拠によっても本件事故後何者かが亡人からシートベルトを外した形跡は認められない。

以上の諸事実を総合すると、本件事故当時、亡人はシートベルトをしていなかったものと推認するのが相当である。

2  次に、右シートベルト不着用と亡人死亡との間の相当因果関係の有無を検討する。

(一) 乙六の3(本件事故直後の実況見分調書)中の被告福澄車を撮影した写真(写真番号20ないし25)の写し及び乙六の4(兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所作成にかかる本件事故の鑑定書)によると、被告福澄車の左側部には、フロントフェンダーから後部ドアにかけて衝突痕が認められ、助手席付近が大きく押し込まれるように変形していること、左前ドアからセンターピラーにかけてが一番の曲損部で外側端から五〇センチメートル内側に凹損していること、フロントピラーからルーフにかけて浮上曲損し、フロントガラスが枠から外れていることが認められる。

(二) 乙六の8(原告金の司法警察員に対する供述調書)によると、亡人の遺骨の頭蓋骨左側はぼろぼろになっていたこと、肋骨も折れていたことが認められる。

(三) 乙六の7(被告和也車の同乗者である岩佐徹の司法警察員に対する供述調書)及び乙六の17(被告和也車の同乗者である松本貴士の司法警察員に対する供述調書)によると、亡人は本件事故により、被告福澄車から車外に放り出されず、車内の下部付近に目立たない形で倒れていたことが認められる。以上の諸事実を総合すると、本件事故により被告福澄車の助手席に同乗していた亡人には相当大きな衝撃が加わったと考えられ、しかも被告福澄車の助手席のガラス、左側センターピラー及びその付近が亡人の左頭部を瞬時に直撃したものと推認するのが相当である。

そうすると、たとえ亡人が本件事故当時シートベルトを着用していたとしても、被告和也車の衝突により亡人の左頭部はぼろぼろになるほどに瞬時に直撃されたものというべきであるから、亡人のシートベルト不着用と同人死亡との間には相当因果関係は存しないものというべきである。

よって、本件事故について、過失相殺の適用をしないこととする。

二  争点2(原告らの損害額は幾らか)について

1  逸失利益 三一六〇万八五二四円

(一) 証拠(甲八、乙一ないし四及び原告本人余靖江)並びに弁論の全趣旨によると、亡人は高校卒業後一時医療器具等販売会社に勤務していたが、体調を悪くして一年程で退職し、その後本件事故当時までモデル、イベントコンパニオンとして稼働していたこと、その収入には税務申告していたものとそうでないものとがあることが認められる。

そして、本件全証拠によるも、亡人の本件事故当時の収入額を確定するに足りない。

(二) そうすると、亡人の逸失利益の算定には、平均賃金によるほかはなく、しかも亡人は本件事故当時二三歳の高卒女子(前提事実1(九)及び争点2の右1(一)の事実)であるから、平成九年の賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・高卒の二〇歳ないし二四歳の平均賃金(以下、本件算定という。)によるほかはないものというべきである。

ところで、原告らは、亡人の逸失利益の算定について、亡人の基礎収入は女性の将来収入の増加見込み及び男女間の収入面での均等化を考慮し、平成九年版賃金センサス高校卒男女平均年収、四六二万九八〇〇円を採用すべきであると主張するが、逸失利益の算定はそもそも被害者の将来の予測に基づいて行われるものであり、社会の現状を重視すれば、将来必ず高校卒男女の平均年収が同一になると断定することに躊躇を覚えるので、右のとおり本件算定によるほかはないものというべきである。

(三) そこで、本件算定を基に亡人の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり三一六〇万八五二四円となる。

(1) 本件算定による平均賃金が年額二七五万七八〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実である。

(2) そして、亡人は独身であり扶養家族もないこと(甲八)から、生活費控除割合は五〇パーセントとするのが相当である。

(3) 亡人の二三歳から六七歳までの稼働年数四四年に対応する新ホフマン係数は二二・九二三である。

275万7800円×(1-0.5)×22.923=3160万8524円

(円未満切捨)

2  亡人の死亡慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故態様、亡人の年齢その他本件に現れた一切の諸事情に照らすと、亡人の死亡慰謝料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

3  相続

原告らは、右1、2の合計額の五一六〇万八五二四円につき、各二分の一の割合で、各自、二五八〇万四二六二円宛て相続した。

4  原告ら固有の損害

(一) 葬儀費用 一〇〇万円

原告金は、葬儀費用として二一五万二〇〇〇円を支出した(甲五の2)が亡人の年齢その他本件に現れた一切の諸事情に照らすと、亡人の葬儀費用としては一〇〇万円と認めるのが相当である。

(二) 遺族固有の慰謝料 原告ら各自二〇〇万円

以上認定の事実及び甲八によると原告らは、かけがえのない一人娘を失い、その苦痛は筆舌に尽くし難いことが認められる。

右の事実と本件に現れた一切の諸事情に照らすと、遺族固有の慰謝料は原告ら各自二〇〇万円と認めるのが相当である。

5  原告らの損害合計

(一) 原告金関係

亡人の相続分である二五八〇万四二六二円、右の葬儀費用一〇〇万円、右の慰謝料二〇〇万円を合算した二八八〇万四二六二円である。

(二) 原告余関係

亡人の相続分である二五八〇万四二六二円、右の慰謝料二〇〇万円を合算した二七八〇万四二六二円である。

6  損益相殺による修正

右の原告らの損害合計を前提事実4の損益相殺により修正すると、原告金の損害は一一九二万七四六二円、原告余の損害は一二八〇万四二六二円となる。

7  弁護士費用

原告らが原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起、遂行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易度、右6の認容額その他本件に現れた一切の諸事情に照らすと、被告ら各自に負担させるべき弁護士費用相当の損害は原告ら各自一二〇万円と認めるのが相当である。

なお、右金額は、原告らの弁護士費用としての請求金額を越えるが、当裁判所の全体としての請求認容額は原告らの全体としての請求額の範囲内であるから、右の取り扱いも許されるものというべきである。

8  まとめ

そうすると、原告らの損害の総合計は、原告金について、右の一一九二万七四六二円に右の一二〇万円を加算した一三一二万七四六二円、原告余について、右の一二八〇万四二六二円に右の一二〇万円を加算した一四〇〇万四二六二円となる。

三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告金について、右の一三一二万七四六二円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成九年三月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告余について、右の一四〇〇万四二六二円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成九年三月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 片岡勝行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例