神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2128号 判決 1999年7月30日
原告 森育秀
<他1名>
右訴訟代理人弁護士 宗藤泰而
同 白子雅人
被告 清水進
右訴訟代理人弁護士 宮本清司
被告 神戸リハウス株式会社
右代表者代表取締役 山田廣彦
右訴訟代理人弁護士 荒川雄次
被告 住友林業ホームサービス株式会社
右代表者代表取締役 草山洋一
右訴訟代理人弁護士 堅正憲一郎
主文
一 被告清水進は、原告森育秀に対し一一二万〇六〇〇円、同森あゆみに対し一六万三四〇〇円及び右各金員に対する平成一〇年一〇月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告清水進に対するその余の請求並びに同神戸リハウス株式会社及び同住友林業ホームサービス株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告森育秀と被告清水進との間で生じた分はこれを二分してその一を同原告の、その余を同被告の各負担とし、原告森あゆみと被告清水進との間で生じた分はこれを一〇分し、その一を同被告の、その余を同原告の各負担とし、原告らとその余の被告との間で生じた分は原告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して原告森育秀(以下「原告育秀」という。)に対し二三二万〇六〇〇円、同森あゆみ(以下「原告あゆみ」という。)に対し一二六万三四〇〇円及び右各金員に対する平成一〇年一〇月三〇日(訴状送達日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告らは、夫婦であり、その間に二人の幼い子がある。
(二) 被告清水進(以下「被告清水」という。)は、平成二年一二月ころ、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)上に同目録記載二の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件土地建物」ともいう。)を建築して平成一〇年七月三一日までこれに居住していた者、同神戸リハウス株式会社(以下「被告リハウス」という。)は、不動産の売買・その仲介及び鑑定等を目的とする株式会社、同住友林業ホームサービス株式会社(以下「被告住友林業」という。)は、不動産の売買・賃貸借の仲介等を目的とする株式会社である。
2 被告清水は、平成九年九月末ころ、同リハウスに対し、本件土地建物の売却の仲介を委任した(以下「被告仲介契約」という。)。
3 原告らは、平成一〇年五月末ころ、被告住友林業から本件土地建物を紹介され、そのころ、同被告に本件土地建物の買受けの仲介を委任した(以下「原告仲介契約」という。)。
4 原告らは、平成一〇年六月七日、被告清水との間で、同住友林業及び同リハウスの仲介により、本件土地建物を目的として代金三三八〇万円で売買契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同年七月三一日までに代金決済をして本件土地建物の引渡を受けた。なお、原告らは、本件建物につき、原告育秀が一〇分の九、同あゆみが一〇分の一の各持分割合で共有することにした。
5 本件建物への多数の蝙蝠の棲息
本件建物は、本件売買契約当時、既に多数の蝙蝠が棲息しており、夥しい糞が堆積していた。このことは、以下の事実に照らして明らかである。
(一) 原告らは、平成一〇年八月一五日から本件建物に居住を開始したが、同月二二日早朝、本件建物一階リビングルームで蝙蝠を発見し、害虫駆除業者に依頼して床下・天井裏等を点検したところ、屋根裏に夥しい蝙蝠の糞が堆積しており、多数の蝙蝠が屋根裏に棲息していることが判明した。
(二) そして、同年九月一三日、本件建物屋内と屋根裏で燻煙殺虫剤(バルサン)を焚いたところ、二十数匹の蝙蝠が屋外に飛び出した。
(三) さらに、同月一四日から蝙蝠の糞で汚れた本件建物の天井ボード・断熱材の取替工事に着手し、天井クロスを剥がすと蝙蝠の糞尿によると思われる大量の滲みが発見され、天井ボードを外すと悪臭と共に大量の糞が部屋の中に落ち、天井裏の柱部分が糞尿で黒く滲みたりカビ状に白くなっていた。
(四) 同月一六日夕方及び翌一七日にもバルサンを焚き、その都度二十匹前後の蝙蝠を駆除したが、同月一八日には本件建物軒内部の空洞部分にも蝙蝠の大量の糞を発見し、同月二〇日にも、本件建物一階リビングルームの天井ボードを外すと、ダイニングのエアコン東奥部分に大量の蝙蝠の糞があった。
6 被告清水の責任原因((一)ないし(三)は選択的)
(一) 不法行為責任
(1) 被告清水は、前記5の事実を知りながら、これを秘して本件土地建物を原告らに売却し、そのために原告らに後記の損害を被らせたものであり、同被告の右行為は不法行為を構成する。
(2) 被告清水が、本件売買契約当時、前記5の事実について悪意であったことは以下の事実から明らかである。
① 被告清水は、平成六年ころ、積水ハウス株式会社(以下「積水ハウス」という。)に対し、「家の軒下に蝙蝠がたくさんぶら下がる。何とかならないか。」と相談し、同社従業員の前川重宣(以下「前川」という。)に対し、本件建物の犬走りに落ちていた蝙蝠の糞を示したが、前川が提案した対策工事の費用を聞いて、結局、これを断った。
② 被告清水は、本件土地建物の引渡直前である平成一〇年七月ころ、積水ハウスに対し、「本件建物の天井裏が蝙蝠の巣になっている。天井の断熱材を取り替えるのにどのくらいの費用がかかるか。」と問い合わせ、前川が、曽田技研こと曽田光昭(以下「曽田」という。)を本件建物に派遣したところ、同被告は、蝙蝠の糞で臭いから、断熱材を取り替えて欲しいと、何か所かを示しながら、急いだ様子で工事を求めたが、曽田から前払費用一五万円と聞いて、右工事を断った。
③ 蝙蝠は、本件建物の屋根と外壁の間の通風溝から屋根裏に侵入し、断熱材と天井ボードの間に棲息していたと思われるが、被告清水は、右通風溝に沿って白い布を張っていた。
④ 被告清水は、本件建物二階天井クーラーから蝙蝠が出入りするのを防ぐために右クーラーの中にガムテープを巻いていた。
(二) 瑕疵担保責任
多数の蝙蝠が棲息していることにより、本件建物は、本件売買契約当時、天井裏等に多量の糞が堆積していたほか、その糞尿により天井クロスや柱にシミやカビが発生していた。また、家屋の売買において、目的物が通常有するべき性質には、通常有すべき「住み心地の良さ」も含まれるのであって、これを欠く場合は、家屋の有体的欠陥の一種としての瑕疵にあたるところ、多数の蝙蝠の棲息は、住み心地の良さを欠くものである。そして、蝙蝠は天井裏等発見し難い場所に棲息していたもので、通常人の注意で発見することのできない「隠れたる」瑕疵にあたるから、被告清水は、原告らに対し、瑕疵担保責任を負う。
なお、前記(一)(2)のとおり、被告清水は、本件瑕疵の存在を知りながらこれを原告らに告げていないから、かかる場合には、信頼利益に止まらず債務不履行の場合と同様に履行利益の賠償まで求めることができるというべきである。
(三) 債務不履行責任(不完全履行)
(1) 居住用の建物の売買では、当該建物が一般人にとって健全な居住に適する性状を備えることが前提とされ、居住用建物の売主は、買主に対し、右のような性状を備えた状態で建物を引き渡す債務を負担する。
(2) しかるところ、本件建物は、その引渡当時、前記5のとおりの状態であったものであり、債務の本旨に沿わない履行であったものである。
(3) したがって、被告清水は、原告らに対し、債務不履行責任を負う。
7 被告リハウスの責任原因(不法行為責任)
(一) 不動産仲介業者は、直接の委託関係はなくても、介入した業者を信頼して取引をするに至った第三者に対しても、信義誠実を旨とし、目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意を払い、もって取引の過誤による不測の損害を生ぜしめないよう配慮すべき業務上の一般的注意義務がある。
(二) しかるところ、被告リハウスの従業員廣瀬真(以下「廣瀬」という。)は、被告清水が本件建物の軒下に白い布を張っているのを現認し、その不自然さに気付きながら何ら調査することもしなかった。
(三) 廣瀬の右不作為は、前記(一)の注意義務に反するものであり、その結果、原告らに後記損害を与えたのであるから、不法行為を構成し、かつ、これは被告リハウスの業務の執行につきされたものであるから、被告リハウスは、原告らに対し、使用者責任を負う。
8 被告住友林業の責任原因(債務不履行責任)
(一) 不動産仲介業者は、委託を受けた顧客に対し、仲介の趣旨に則り、善良な管理者の注意義務をもって目的不動産の状況につき調査すべき注意義務を負う。
(二) しかるところ、被告住友林業の従業員西田秀毅(以下「西田」という。)は、被告清水が本件建物の軒下に白い布を張っているのを現認し、その不自然さに気付きながら何ら調査することもしなかった。
(三) 西田の右不作為は、前記(一)の注意義務に反し、原告仲介契約の本旨に沿わないものであり、その結果、原告らに後記損害を与えたのであるから、被告住友林業は、債務不履行責任を負う。
9 損害
(一) 補修工事費用相当の損害
(1) 原告らは、多数の蝙蝠の棲息する本件建物にそのまま居住することはできず、清水ハウスに以下の補修工事を請け負わせて行い、その費用として合計一一三万四〇〇〇円を支払った。
① 蝙蝠の糞尿で汚れた天井ボード、断熱材等の取替工事
② 蝙蝠の侵入経路である軒下通風溝の閉塞工事
③ 新たな小屋組通風溝(六か所)の設置工事
(2) 本件建物の持分割合に応じた原告らの右損害額は、原告育秀が一〇二万〇六〇〇円、同あゆみが一一万三四〇〇円である。
(二) 慰藉料
原告らは、待望のマイホームを入手したものの、入居直後から思いも寄らぬ蝙蝠の出現に驚愕し、不快、不安に悩まされ、二人の幼児と共に実家に退避しなければならなかった。
このような事態に原告らがそれぞれ被った精神的苦痛を慰藉するには各一〇〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用
原告らは、被告らの任意の履行を受けることができず、やむなく弁護士である原告ら訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起・追行したものであり、その費用及び報酬として、原告育秀は三〇万円、同あゆみは一五万円の支払を約したから、これらも被告らにおいて賠償すべきである。
10 なお、被告らの各関与の態様は異なるが、同一の事実関係の基礎の下で生じたものであるから、被告らの右各債務は不真正連帯関係にある。
11 よって、原告らは、被告清水に対しては、不法行為、瑕疵担保責任又は債務不履行に基づき、同リハウスに対しては、不法行為に基づき、同住友林業に対しては、債務不履行に基づき、連帯して、原告育秀については二三〇万〇六〇〇円、同あゆみについては一二六万三四〇〇円及び右各金員に対する平成一〇年一〇月三〇日(訴状送達日の翌日)から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び主張
1 請求原因1ないし4の各事実は認める。
2 請求原因5について
(被告清水)
本件売買契約当時、本件建物に既に多数の蝙蝠が棲息していた事実は否認し、請求原因5(一)ないし(四)の各事実は知らない。
原告らは、本件売買契約締結前に本件建物の畳を上げ、床下を調べ、天井裏・収納庫までも開けて調べたが、コウモリが棲息している様子は発見されなかった。
(被告リハウス)
本件売買契約当時、本件建物に既に多数の蝙蝠が棲息していたこと及び請求原因5(一)ないし(四)の各事実は知らない。
(被告住友林業)
請求原因5のうち、本件建物屋根裏に蝙蝠の糞が発見され、蝙蝠が棲息していたことは認め、その余は知らない。
3 請求原因6について(被告清水)
(一) 請求原因6(一)(1)の事実は否認し、不法行為にあたるとの主張は争う。
同(一)(2)①のうち、平成六年に蝙蝠の糞が軒下に落ちており、被告清水が前川に相談したことは認め、その余は否認する。
平成六年夏ころ、コウモリの糞が軒下に落ちていたことはあり、三木保健所や前川に相談したが、本件建物近辺は蝙蝠が多く、よくあることであるとのことであったので、被告清水は、蝙蝠は他所より飛来してきたものであり、本件建物に棲息しているものではないと考えていた。また、蝙蝠は始終いるものではなく、夏ころになると見かけるようになるので、季節によって蝙蝠の飛来があるときとないときがあると認識していた。
同(一)(2)③のうち、本件建物軒下の通風溝に白い布を張っていたことは認めるが、その目的は否認する。右布は、風の音がうるさいので詰めたまでであって、蝙蝠の侵入を防ぐためではない。
同(一)(2)④のうち、クーラーにガムテープを貼ってあることは認める。ただし、それは、被告清水が貼ったものではない。
(二) 同(二)の瑕疵担保責任の主張は争う。
本件建物は中古住宅であって、たとえば鼠等の棲息により建物自体の性質・性能が欠如するものではない。蝙蝠についても同様であり、その棲息や糞害は建物の「瑕疵」にはあたらない。
(三) 同(三)の債務不履行の主張は争う。
4 請求原因7について(被告リハウス)
(一) 請求原因7(二)のうち、本件建物軒下に白い布が張られていたことは知らず、その余の事実は否認する。
(二) 同(三)の主張は争う。
廣瀬は、本件売買契約当時、本件建物の軒下に白い布があったことには気付かなかったのであり、蝙蝠が本件建物に棲息していることは、本件建物引渡後に初めて聞いたものである。事前の現況調査においても、蝙蝠の存在は確認されなかった。原告も、本件建物引渡を受けるまで三回にわたって本件建物の現況を確認し、その際、畳を上げるなどの細かい調査をしていたが、蝙蝠が棲息しているとの指摘はなかった。
5 請求原因8について(被告住友林業)
(一) 請求原因8(一)の注意義務についての主張は争わない。
(二) 同(二)の事実は否認し、被告住友林業が原告ら主張の調査業務を負うことは争う。
被告住友林業は、本件売買契約前に原告を連れて本件建物の現況確認をしたが、その際、本件建物の軒下に白い布があることは気付かなかったし、原告からも指摘は受けなかった。その後、被告住友林業の事務所において本件売買契約書を作成した際、原告が被告清水に対して「軒のあたりに白い布のようなものがついていたが、あれは何故つけているのか。」と尋ねたことがあり、これに対して被告住友林業の担当者が被告清水に対して「そのような物がありましたか」と尋ねると、被告清水は、台風の際に音がするので布を詰めたと説明し、原告らは、被告清水に引渡の時までに布を取り除いておくことを申し入れ、被告清水はこれを了承したが、それ以上に白い布に関して、被告住友林業が原告らから調査の依頼も受けたことはない。
6 請求原因9の損害額は争う。
7 請求原因10の被告らが不真正連帯債務を負うとの主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。
右争いのない事実に《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。
1 被告清水は、平成二年一一月ころ、本件土地上に本件建物を七千万円を超える代金で積水ハウスに請け負わせて建築し、同年一二月ころから本件建物に家族で居住していた。
2 被告清水は、本件建物に居住し始めて二年ほど後、扉の立て付けやタイルの目地について積水ハウスにクレームを付けたことがあったが、軒下の通風溝に風が吹き込んで音がうるさいというクレームを付けたことはなかった。
3 平成六年夏ころ、本件建物の軒下に蝙蝠の糞が落ちていたり、本件建物一階のリビングルームに蝙蝠が入ってきたりしたことから、被告清水は、積水ハウスの従業員前川に相談した。前川は、本件建物付近ではよくあることであるので、懸念することはないとし、三万五〇〇〇円ほどの費用で軒下通風溝あたりに蝙蝠がとまりにくいようにパンチングをし、蝙蝠が嫌う薬を塗布することを勧めた。しかし、結局、被告清水は、右措置をとることは依頼しなかった。
4 被告清水は、子が平成八年に大学へ進学し、その仕送資金を作る必要が生じたことから、平成九年九月末ころ、本件土地建物を売却することを被告リハウスに依頼したが、なかなか売却できず、平成一〇年五月ころには焦りを感じていた。
5 原告らは、本件建物に引っ越す前には、神戸市西区玉津町のマンションに住んでいたが、そのマンションで害虫の被害に遭って、家を替わりたいと思い、平成一〇年五月ころ、被告住友林業に建物・敷地購入の斡旋を依頼して本件土地建物を紹介され、同被告従業員西田と本件土地建物を見に行った。現地では、被告清水夫婦と被告リハウス従業員廣瀬が立ち会い、その際、原告らは、原告あゆみの兄弟も同行して、本件建物の畳を上げたり、肩車をして天井裏を覗こうとしたりした。原告らは、その折り、被告清水や西田に対し、引っ越しの動機である害虫被害のことを話し、被告清水は、原告あゆみの兄が「屋根裏にムカデやゴキブリが巣を作ったりしていないでしょうね。」と問いかけたのに対し「そんなものは見たこともないです。」と答えた。
6 本件売買契約締結日である平成一〇年六月七日の午前一〇時ころから一時間ほど、原告らは本件建物の下見をし、現場には廣瀬も来ていたが、その際、原告らは本件建物軒下の通風溝に白い布が詰めてあるのを発見した。しかし、原告らは、その場では、この点について廣瀬らに尋ねることはしなかった。
7 その後、原告、被告清水、廣瀬、西田は、被告住友林業の西神中央支店で本件土地建物の売買契約書を取り交わした。その際、原告らは、被告清水に対し、軒下に白い布が張ってあったが、あれは何故付いているのかと質問したところ、被告清水は、「新築の家は風の音がすごくうるさいので、布を詰めた。」と答えた。原告らは、被告清水に対し、引っ越すまでにその布を取り払うことを依頼したが、それ以上に西田に対して、右布についての調査を依頼したりはしなかった。西田は、右布について気付いておらず、「そんなものがあったのですか。」などと被告清水に話していた。なお、本件売買契約書には、特約として「売主及び買主は、売買対象物件が平成七年一月一七日に発生した兵庫県南部地震の震災区域内にあることを相互に確認し、本物件は現状有姿にての引き渡しとする。本物件について万一、将来兵庫県南部地震を起因とする損傷が発見、発生したとしても買主は売主に対していかなる一切の苦情等を申し述べないこととし、金員等一切の請求をしないものとする。また、仲介業者に対しても同様であることを確認する。」と記載されている。
8 平成一〇年七月ころになって、被告清水は、積水ハウスに職人を紹介して欲しいと申し出、前川が、下請業者の曽田に連絡して、本件建物に行かせたところ、被告清水は、曽田に対し、「蝙蝠が天井に棲みついており、糞尿で臭いがするので、天井の断熱材を替えたい」と言った。しかし、曽田技研が右補修には一五万円ほどかかると言うと、被告清水は、右工事をしないまま、本件建物を原告らに引き渡した。
9 原告らは、平成一〇年八月一五日に本件建物に住み始めたが、同月二二日に本件建物一階のリビングルームに蝙蝠が入り込んでいるのを発見し、この蝙蝠を追い出そうとすると、蝙蝠はリビングルーム天井のエアコンの隙間に逃げ込んだ。
原告らから連絡を受けた西田は、同日、リフォーム係と本件建物を訪れ調査したが蝙蝠は発見されなかった。
10 原告らから蝙蝠の駆除を依頼された害虫駆除業者サニックスの従業員は、平成一〇年八月二二日、本件建物を訪れ、天井裏を見て、断熱材の上に糞がたくさん積もっていると指摘した。後日、改めて、サニックス従業員が本件建物天井裏を調査すると、蝙蝠の糞が大量に堆積して断熱材や天井ボードまで大きく滲みができており、柱にもカビが発生していることが判明した。
11 その後、西田と廣瀬が協議して被告清水に連絡をすると、被告清水は、本件建物軒下部分にネットを張る工事費用一〇万円位を負担することを提案したが、原告らは納得せず、みずから補修工事を積水ハウスに依頼した。
そして、同年九月一三日、本件建物屋内と屋根裏で燻煙殺虫剤(バルサン)を焚いたところ、二十数匹の蝙蝠が屋外に飛び出し、積水ハウスが、同月一四日から蝙蝠の糞で汚れた本件建物の天井ボード・断熱材の取替工事に着手し、天井クロスを剥がすと蝙蝠の糞尿によると思われる大量の滲みが発見され、天井ボードを外すと悪臭と共に大量の糞が部屋の中に落ち、天井裏の柱部分が糞尿で黒く滲みたりカビ状に白くなっていた。同月一六日夕方及び翌一七日にもバルサンを焚き、その都度二十匹前後の蝙蝠を駆除したが、同月一八日には本件建物軒内部の空洞部分にも蝙蝠の大量の糞を発見し、同月二〇日にも、本件建物一階リビングルームの天井ボードを外すと、ダイニングのエアコン東奥部分に大量の蝙蝠の糞があった。
12 本件建物屋根と外壁の取り合いのところに三メートルピッチでジョイントのある通風溝があり、積水ハウスが修理した際には、そのジョイントが外れて二センチメートル位の隙間ができており、本件建物に出没した蝙蝠はそこに出入りすることのできる大きさである。
13 積水ハウスは、本件建物一、二階の天井裏の蝙蝠の駆除、糞尿の掃除、天井クロス、ボードの貼替え、従前の通風溝の充填、新しい通風溝の設置の工事をし、原告らは、その費用として合計一一三万四〇〇〇円を支払った。なお、原告らは、蝙蝠が気持ち悪く、右工事が終了するまで子供たち共々実家に退避した。
二 右認定した事実によれば、本件建物には、既に平成六年夏ころに蝙蝠が出没していたのであり、原告らが、本件建物に入居して間もない平成一〇年八月二二日に蝙蝠が本件建物内に現れて天井裏等に大量の糞やそれによる滲みやカビが発生していることが判明し、同年九月時点で数十匹の蝙蝠が本件建物屋根裏断熱材と天井ボードの間に棲息していたのであるが、本件売買契約から約一か月後の平成一〇年七月時点でも、被告清水が蝙蝠の糞尿による臭いのために業者を呼んで天井の断熱材を取り替えようとしたほどであったのであり、既にその時点で蝙蝠が巣くって相当の期間が経過していたものと窺われる。そして、蝙蝠が本件建物屋根裏に出入りする経路としては、本件建物軒下の通風溝が考えられ、その他の経路は証拠上窺われないところ、被告清水は、本件売買契約以前から右通風溝に沿って白い布を張っており、これは蝙蝠対策であったと推認される。被告清水は、右布は、風の音がうるさいために詰めたものであると主張し、証人清水純子はこれに沿う供述をするが、本件建物新築後、請負人たる積水ハウスに対し、扉の立て付けやタイルの目地といった点にまでクレームを付けていた被告清水が、右通風溝の風の音については同社に対して何らクレームを付けていないのであり、そのような不具合があったこと自体にわかには認め難い一方、右のとおり、本件建物には平成一〇年七月より相当期間以前から蝙蝠が巣くっていたと窺われることに照らすと、証人清水純子の右供述部分は採用することはできない。
そうすると、遅くとも本件売買契約時点では、本件建物の天井裏等に既に多数の蝙蝠が棲息し、その糞尿も相当程度堆積していたものと推認することができる。本件建物引渡前に原告らが畳を上げたり天井裏を覗こうとするなどしても蝙蝠が棲息していることを発見できなかったのであるが、原告らが本件建物天井裏について特に精査したという訳ではないから、右認定を妨げるものではない。なお、右にみたところによれば、被告清水は、本件売買契約時点で、少なくとも蝙蝠が相当数本件建物内に巣くっていることは認識していたものと推認することができる。
三 被告清水の責任について
1 債務不履行責任について
本件売買契約は、特定物売買であり、売主はこれを現状で引き渡せばそれで足りるというべきであって、原告ら主張のような債務を当然に売主が負うと解することはできないし、本件で特に被告清水がそのような債務を負うことを約したと認めるに足りる証拠もない。
したがって、債務不履行に基づく原告らの請求はその余を判断するまでもなく理由がない。
2 瑕疵担保責任について
(一) 本件売買契約当時、本件建物屋根裏に多数の蝙蝠が棲息していたことは右認定のとおりである。
(二) ところで、住居用建物は、人がそこで起居することを目的とするものであり、人が生活する建物については、一定の生物が棲息することは通常不可避であるし、生物が棲息したからといって当然にそこでの起居に支障を来す訳ではない。しかしながら、住居は、単に雨露をしのげればよいというものではなく、休息や団欒など人間らしい生活を送るための基本となる場としての側面があり、かつ、それが住居用建物の価値の重要な部分を占めているといえる。その意味で、その建物としてのグレードや価格に応じた程度に快適に(清潔さ、美観など)起居することができるということもその備えるべき性状として考慮すべきである。
そして、その巣くった生物の特性や棲息する個体数によっては、一般人の立場からしても、通常甘受すべき限度を超え、そのグレードや価格に応じた快適さを欠き、そこでの起居自体に支障を来すこともあるから、そのような場合には、かかる生物の棲息自体が建物としての瑕疵となり得るというべきである。
(三) 本件建物は、被告清水が平成二年一一月ころに総額七千万円以上をかけて建築した注文住宅であり、本件売買契約当時でも、未だ築一〇年にも至っておらず、その代金も本件土地と合わせて三千万円を超えるものであったから、相応の快適さを有することもその性状として期待されていたといえる。しかも、原告らが、従前居住していた家で虫害に悩んだという引っ越しの動機は本件売買契約前に被告清水も承知しており、ムカデやゴキブリが屋根裏に巣くっていないかと尋ねられたのに対して、同被告はそのようなものは見たこともないと答えているのであるから、ムカデやゴキブリに類する一般人において嫌忌する生物が多数巣くっていないという意味での清潔さや快適さが本件建物の性状として合意されていたというべきである。
(四) すると、蝙蝠は、害獣とはいえないが、一般的には不気味なイメージでみられているといえ、先にみたように本件建物に巣くった蝙蝠の数は極めて多数であるため、その不気味さも弥増す上、それによる糞尿も夥しい量となり、本件建物の天井や柱を甚だしく汚損し不潔になったものであって、そのままでは、原告らにおいてはもとより、一般人の感覚でも、本件建物は右価格に見合う使用性(清潔さ・快適さ)を備えたものといえないことは明らかである。したがって、本件売買契約当時において既に多数の蝙蝠が天井裏等に巣くっていた本件建物は、右にみた意味で瑕疵があるといえ、かつ、その巣くっていた場所に照らして、右瑕疵は、取引上、一般に要求される注意をもってしては容易に発見できるものであったとはいえないから、「隠れたる」瑕疵であったといえる。この点についての被告らの主張は採用しない。
よって、被告清水は、原告らに対し、本件建物の売主として瑕疵担保責任を負う。(なお、被告清水は、本件売買契約において、売主は現状有姿のまま引き渡せば責任を負わない旨の約定があり、蝙蝠の棲息が瑕疵にあたるとしても責任を負わない旨主張するとも解される部分があるが、本件売買契約における売主免責の特約が、兵庫県南部地震に起因する損傷についてのものであることは前記認定のとおりであり、本件建物に蝙蝠が巣くったことが兵庫県南部地震に由来することの主張・立証はないから、右主張は理由がない。)
(五) 被告清水の賠償すべき損害について
(1) 補修費用・駆除費用について
前記認定したとおり、原告らは、積水ハウスに依頼して、蝙蝠の糞尿で汚損した天井ボード、断熱材等を取り替え、蝙蝠を駆除するために蝙蝠の侵入経路と思料される本件建物軒下通風溝を塞ぎ、その代わりの新たな通風口六か所を設置したものである。そして、それに要した費用合計一一三万四〇〇〇円は原告らが右瑕疵を知らなかったことにより通常生ずべき損害とは直ちにはいえないとしても、先にみたとおり、被告清水は、本件売買契約当時、蝙蝠が相当数本件建物に棲息していることを知っていたのであるから、蝙蝠の駆除や糞害による建物の補修を要する場合があることは予見できたといえ、右駆除や補修の費用についても損害賠償責任を負うというべきである。なお、別の業者の見積額は、必ずしも本件建物の天井裏等を見てのものではないし、その行う作業内容・程度も明らかでなく、原告らがした右補修等に不必要な部分があったことを推認させるものではない。
そして、弁論の全趣旨によれば、原告らは、右費用をその本件建物に対する持分割合に応じて負担したものと認められるから、原告育秀は、一〇二万〇六〇〇円、同あゆみは、一一万三四〇〇円の各損害賠償請求権を有する。
(2) 慰藉料について
前記認定したところによれば、原告らは、従前の住居をその虫害のために引っ越すことにし、本件建物は、そのような害がないものと信じてみずから居住するために購入したものであり、本件瑕疵により一時的にせよ本件建物から退避を余儀なくされたのであるから、相当の精神的苦痛を受けたであろうことは想像に難くないが、他方、原告らは、本件瑕疵により本件建物そのものを失い、あるいは、全く居住できなくなった訳ではなく、積水ハウスによって蝙蝠は駆除され汚損部分の補修もされているのであるから、以上の他になお金銭をもって償われるべき精神的苦痛が原告らにあったとは認め難い。
したがって、慰藉料の賠償を求める部分は理由がない。
(3) 弁護士費用について
前記認定したところによれば、被告清水において、本件売買契約時には、原告らの引っ越しの動機や本件建物購入目的は知っており、また、本件建物に相当数の蝙蝠が棲息していることも知っていながら、これを何ら告げることなく、却って「ムカデやゴキブリは見たことがない。」などとしてあたかもそれに類する生物は本件建物に棲息していないかのように述べてこれを原告らに売却したものである。被告清水において、蝙蝠の棲息状態が建物の瑕疵にあたるほどであることを知っていたとまではいえないとしても、かかる被告清水の行為は不法行為にも匹敵するといわざるを得ない。すると、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求において弁護士費用の賠償を当然に求めることができる訳ではないが、右のような被告清水の瑕疵担保責任の内実、本件事案の内容、損害額その他弁論の全趣旨を総合考慮すると、原告らの弁護士費用のうち、原告育秀について一〇万円、同あゆみについて五万円を、被告清水は、賠償すべき義務があるというべきである。
3 したがって、原告らは、瑕疵担保責任に基づき、被告清水に対し、損害賠償として、原告育秀に対し合計一一二万〇六〇〇円、同あゆみに対し合計一六万三四〇〇円及び右各金員に対する訴状送達日の翌日である平成一〇年一〇月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。(なお、不法行為責任については、被告清水の行為が不法行為にあたるとしても、損害賠償額は、瑕疵担保責任でみたところと同様であり、これを超えるものではないから、判断しない。)
四 被告住友林業の債務不履行責任について
被告住友林業が、不動産仲介業者として、委託者である原告らに対し、仲介の趣旨に則り、善良な管理者の注意をもって目的不動産の状況につき調査すべき義務を負うことは同被告もこれを争わないところであり、その内容として当該物件の権利の所在や制限物権・法令上の制限の有無等についてはこれを善良な管理者の注意をもって調査すべきことは当然である。しかしながら、人間の居住する住宅において一定の生物が棲息することは通常不可避であって、特段の保証がない限り、顧客においても(通常の居住に妨げない範囲では)一定の生物が目的物件に棲息していることは当然に予想し甘受すべきことであり、仲介業者としても、蝙蝠等が居住の妨げになるほど棲息しているかどうかを天井裏等まで確認調査すべき義務までは、それを疑うべき特段の事情がない限り負わないというべきである。
しかるところ、原告らは、右特段の事情として、本件売買契約前に本件建物軒下に白い布が張ってあったことを西田が現認し、その不自然さに気付いていたと主張するが、右認定したところによれば、西田は、本件売買契約書を取り交わした際に原告らと被告清水のやりとりから初めて右布の存在を知ったものと認められ、その折りの被告清水の説明もそれ自体明らかに不自然不合理というものではなく、右布の存在から当然に多数の蝙蝠が本件建物に棲息していることを疑うべきということはできず、また、西田が特にその不自然さに気付いていたとも証拠上窺われない。
したがって、被告住友林業に対する原告らの請求は、その余を判断するまでもなくいずれも理由がない。
五 被告リハウスの不法行為責任について
原告らは、被告リハウスは、専門家たる不動産仲介業者として、みずからした仲介を信頼して取引をなすに至った者に対しても、信義誠実を旨とし、目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意を払い、もって、取引の過誤による不測の損害を生ぜしめないように配慮すべき業務上の一般的注意義務があり、本件売買契約前に廣瀬が本件建物軒下の白い布を現認し、その不自然さに気付いていながら、その調査を怠った過失があると主張する。
しかしながら、一般的に中古住宅においては、通常の居住の妨げにならない程度で一定の生物が棲息していることは売買当事者として当然予想し、特段の注文をしない限り受忍すべき事柄であってそれ自体直ちには建物の瑕疵とはいえないのであり、不動産仲介業者が、業務上、取引関係者に対して一般的注意義務を負うとしても、一見明らかにこれを疑うべき特段の事情のない限り、居住の妨げとなるほど多数の蝙蝠が棲息しているかどうかを確認するために天井裏等まで調査すべきとはいえない。そして、右布の存在から多数の蝙蝠が棲息していることが一見明らかであるとはおよそいえないし、廣瀬が特にこれに気付いていたとも証拠上窺われないから、廣瀬がこれを調査しなかったことに過失があるとはいえない。
したがって、原告らの被告リハウスに対する請求も、その余を判断するまでもなくいずれも理由がない。
六 結語
以上によれば、原告らの本訴請求は、被告清水に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、原告育秀が一一二万〇六〇〇円、同あゆみが一六万三四〇〇円及び右各金員に対する平成一〇年一〇月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、原告らの被告清水に対するその余の請求及びその余の被告に対する請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 甲斐野正行)
<以下省略>