神戸地方裁判所 平成10年(ワ)215号 判決 1999年1月25日
原告
安田火災海上保険株式会社
ほか二名
被告
李昌勲
主文
一 被告は、原告安田火災海上保険株式会社に対し、金一三三万〇三一七円及びこれに対する平成一〇年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告有限会社神濃興運に対し、金二〇九万六二七四円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告坂中一夫に対し、金三六万二二三二円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告は、原告安田火災海上保険株式会社に対し、金二二一万七一九五円及びこれに対する平成一〇年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
1 被告は、原告有限会社神濃興運に対し、金三四九万三七九〇円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告坂中一夫に対し、金六〇万三七二〇円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により物損を被った原告有限会社神濃興運(以下「原告神濃」という。)及び休業損害を被った原告坂中一夫(以下「原告坂中」という。)が、本件事故により死亡した訴外金恵子(以下「亡金」という。)の相続人である被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案(乙事件)、及び、原告神濃と自動車保険契約を締結していた原告安田火災海上保険株式会社(以下「原告安田火災」という。)が、右保険契約に基づいて原告神濃のために訴外栄運輸株式会社に保険金を支払ったことにより、原告神濃の亡金に対する損害賠償請求権を取得したとして(商法六六二条)、被告に対して右求償を求める事案(甲事件)である。
なお、甲事件の付帯請求は、訴状送達の日の翌日から支払済みまで、乙事件の付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実等
1 交通事故の発生(当事者間に争いがない。)
(一) 発生日時
平成八年一一月一日午前二時五一分ころ
(二) 発生場所
神戸市垂水区名谷猿倉 第二神明道路上り五・八キロポスト付近
(三) 争いのない範囲の事故態様
本件事故の発生場所は、左側車線(走行車線)と右側車線(追越車線)との二車線からなる高速道路上り車線上であり、下り車線とは、中央分離帯により画されている。
亡金は、普通乗用自動車(神戸七七ね八五二八。以下「被告車両」という。)を運転し、右道路を西から東に直進していたところ、中央分離帯のガードレールと接触する自損事故を発生させ、その衝撃で、自車前方を南側に向け、右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で停止した。
他方、原告坂中は、大型貨物自動車(岡山一一く四六一三。以下「原告車両」という。)を運転し、被告車両の後方の右側車線を西から東に直進していた。そして、自車前方に停止している被告車両を認め、自車に急制動の措置を講じるとともに、左側車線に進路を変更して、被告車両との衝突を回避しようとしたが及ばず、自車右前部を被告車両の右側面中央部に衝突させた。
また、訴外和木幹夫(以下「訴外和木」という。)は、大型貨物自動車(山口一一あ四三六二。以下「和木車両」という。)を運転し、被告車両の後方、原告車両の前方の左側車線を西から東に直進していた。そして、和木車両が停止している被告車両の左を通過した直後、被告車両と衝突した原告車両の左前部が和木車両の右後部に衝突した。
2 相続
亡金は、平成八年一一月一日に死亡した(当事者間に争いがない。)。
そして、被告は、その唯一の相続人である(被告は明らかに争わない。)。
3 車両の所有関係等
原告車両は、原告神濃の所有する車両であり、本件事故当時、原告坂中は、原告神濃の業務に従事中であった(甲第八号証の五、原告坂中の本人尋問の結果により認められる。)。
また、和木車両は、訴外栄運輸株式会社の使用する車両である(甲第八号証の七により認められる。)。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 本件事故の態様及び亡金の過失の有無、過失相殺の要否、程度
2 原告神濃及び原告坂中に生じた損害額
3 原告安田火災が求償しうる金額
四 争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 原告ら
(一) 本件事故は、亡金が被告車両の運転を誤り、高速道路の右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で自車を停止させた自損事故に端を発するものである。そして、本件事故は夜間に発生したものであるが、右自損事故により被告車両の前照灯、尾灯は壊れてしまい、亡金は、後続車両のための適切な事故回避措置を何らとらなかった。
また、亡金は、本件事故当時、飲酒運転の状態であった。
したがって、本件事故に関し、亡金に過失が存在したことは明らかである。
(二) 右に主張したとおり、右自損事故後、亡金は、後続車両のための適切な事故回避措置をとらなかったために、原告車両の運転者である原告坂中は、被告車両を発見し、回避することが不可能であった。
したがって、原告坂中には、本件事故の予見可能性も回避可能性もないから、同原告には、過失相殺の対象となるべき過失はない。
2 被告
(一) 被告車両の自損事故は、中央分離帯への接触にとどまり、その衝撃はそれほど大きくなかったから、これによって、被告車両の前照灯、尾灯が壊れたわけではない。
また、亡金が、本件事故当時、飲洒運転の状態であったことは否認する。
(二) 原告坂中は、時速一〇〇キロメートルを超える速度で原告車両を運転し、さらに、前方不注視の過失もあって、停止している被告車両の発見が遅れ、適切な回避措置をとることができず、そのまま被告車両に衝突したものである。
被告車両の前照灯、尾灯が壊れ、さらに亡金が死亡したのは、原告車両との衝突の衝撃によるものである。
したがって、仮に亡金に過失があるとしても、原告坂中の過失の割合は八〇パーセントを下回ることはない。
五 口頭弁論の終結の日
本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年一二月三日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様等)
1 甲第八号証の一ないし八、第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一、二、第一二、第一三号証、原告坂中の本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故の発生場所は、自動車専用道路である第二神明道路の上り(東行き)車線上であり、高丸インターチェンジから東方約一〇〇〇メートル、名谷インターチェンジから西方約七〇〇メートルの地点である。
本件事故の発生場所付近は、上下線をガードレールで分離された片側二車線の道路である。車線の幅員はそれぞれ約三・六メートルで、北側には幅約二・五メートルの路側帯が、南側には幅約〇・七メートルの路側帯が、それぞれ設けられている。
そして、本件事故の発生場所付近は、最高速度が七〇キロメートル毎時と指定されている。
また、西から東に向かって第二神明道路の上り車線を走行した場合、本件事故の発生場所の西側にあたる上り六・二キロポスト付近は緩やかな左カーブで下り勾配、上り五・九キロポスト付近は緩やかな右カーブで下り勾配となっている。
なお、本件事故の発生場所付近に照明はなく、夜間は真っ暗な状態である。さらに、本件事故の発生当時の天候は小雨で、道路は湿潤の状態であった。
(二) 訴外和木は、和木車両を運転し、第二神明道路の上り左側車線を走行中、上り六・二キロポストの東側約二一・五メートルの地点で、右側車線を走行する被告車両が自車を追い越していくのを認めた。
その後、訴外和木は、上り五・九キロポストの西側約二七・六メートルの地点で、前方約六六・五メートルの上り右側車線で、被告車両がほぼ南を向き、右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で停止するのを認めた。
そして、左側車線をそのまま走行し、停止している被告車両の左側を通過した後、被告車両から約一五・九メートル東に至った地点で、後方から、原告車両に追突された。
(三) 原告坂中は、原告車両を運転し、時速約一〇〇キロメートルで、第二神明道路の上り右側車線を走行していた。そして、上り五・九キロポストの西側約九〇・五メートルの地点で、約二〇・八メートル前方を走行していた車両が、左側車線に車線を変更したため、自車に進路を譲ってくれたと思い、先行車両に続いて、わずかにブレーキをかけた。
そして、上り五・九キロポストの付近で、前方約三九・五メートルの地点に黒っぽい物体が右側車線をほとんど完全に塞いでいるのを認め、自車に急制動の措置を講じるとともに、左にハンドルを切った。
しかし、左側車線のすぐ前には和木車両が走行していたため、原告車両は、左側車線に進路を変更することができず、停止していた被告車両の右側面に原告車両の右前部が衝突した。
また、右衝突後約一五・九メートル進行した地点で、原告車両の左前部が和木車両の右後部に追突した。
なお、本件事故当時、原告車両の前照灯は下向きであった。
(四) 本件事故により、被告車両は車体をくの字型に曲損大破し、停止していた地点から東約三〇・六メートルの右側車線上に、ほぼ北を向いた形で停止した。なお、亡金は、本件事故により、即死した。
また、原告坂中は、和木車両との追突後、約五七・六メートル東の右側車線の右端に原告車両を寄せて、停止させた。訴外和木は、原告車両に追突された後、約一二七・六メートル東の左側車線の北側の路側帯に和木車両を寄せて、停止させた。
(五) 本件事故後、上り五・九キロポストの東方約七・三メートルの右側車線のさらに南側の路側帯の路面上に、長さ約一二・〇メートルの横すべリ痕が印象されていた。
また、右ポストの東方約一一・一メートルの中央分離帯のガードレールに、地上高〇・六メートルと地上高〇・八メートルの二条の擦過痕が、長さ五・〇メートルにわたり印象されていた。なお、地上高〇・六メートルの擦過痕の内側押込み幅は最高一・一センチメートルであった。
さらに、本件事故後、原告車両と被告車両との衝突地点の東方直近路面上には、数個のえぐり痕が認められた。
(六) 本件事故の後になされた実況見分により、原告車両の前照灯が上向きであれば、前方約八二・五メートルの距離から、下向きであれば、前方約五〇・二メートルの距離から、それぞれ、停止している被告車両を発見することができることが確認された。
2 右事実認定に関し、若干補足する。
(一) 原告らは、亡金が飲酒運転をしていたため、被告車両が中央分離帯のガードレールに衝突した旨主張し、原告坂中の本人尋問の結果の中には、右主張に沿う部分がある。
しかし、原告坂中の本人尋問の結果のうち右主張に沿う部分は、伝聞にすぎないことが明らかであって、これのみから右主張を認めるのは相当ではなく、他に、亡金が飲酒運転をしていたことを認めるに足りる証拠はない。
(二) 1の(二)及び(五)で認定した事実によると、本件事故の直前、右側車線を走行していた被告車両が、何らかの原因で、中央分離帯のガードレールに衝突し、その後、ほぼ南を向き、右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で停止したとすることができる。
また、1(五)記載の横すべり痕、擦過痕、えぐり痕は、いずれも被告車両によるものであるとすることができる。
(三) 1で認定した事実、特に、被告車両、和木車両、原告車両の相互の位置関係に照らすと、右側車線を走行していた被告車両が、何らかの原因で、中央分離帯のガードレールに衝突し、その後、ほぼ南を向き、右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で停止し、その直後に、原告車両がこれに衝突したというべきである。
したがって、被告車両の停止後、亡金に、後続車両の追突を防止するための適切な回避措置を講じる時間的余裕があったとは認められない。
3(一) 右認定事実によると、被告車両が中央分離帯のガードレールに衝突した原因については、被告車両の速度違反とこれに伴う亡金の不適切なハンドル操作に求めることができる。
したがって、被告車両を、右側車線をほとんど完全に塞ぐ形で停止させた亡金の行為には、過失があるといわざるをえない。
さらに、原告車両と被告車両との衝突は、右停止の直後であるから、右衝突を含む本件事故と、亡金の過失との間には、相当因果関係があるというべきである。
よって、亡金は、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 他方、右認定事実によると、原告坂中にも、最高速度違反、前車との車間距離保持義務違反、前方不注視義務違反の過失があるといわざるをえない。
原告らは、原告坂中には、本件事故の予見可能性も回避可能性もなかった旨主張するが、右認定事実によると、原告坂中が最高速度を遵守し、前車との車間距離を十分に保持していれば、より早い段階で、停止している被告車両を発見することができたであろうことは明らかである。また、原告坂中が最高速度を遵守していれば、仮に、被告車両との衝突を避けることができなかったとしても、原告車両及び和木車両の損害をより少ないものにとどめ、さらには、亡金及び被告車両の損害をより少ないものにとどめることができたであろうことも明らかである。
したがって、本件事故に関しては、原告坂中にも過失があったことを優に認めることができる。
(三) そして、右認定事実により、亡金の過失と原告坂中の過失とを対比すると、いずれも看過することができないほど重大なものではあるが、高速道路上で異常な状態で自車を停止させ、交通の安全と円滑とを妨害した亡金の過失の方がより重大なものであるというべきであって、具体的には、本件事故に対する過失の割合を、亡金が六〇パーセント、原告坂中が四〇パーセントとするのが相当である。
二 争点2のうち原告神濃に生じた損害額
1 損害(すべて原告神濃の請求額も同額)
(一) 修理費用
甲第六号証、証人井元美代子の証言によると、本件事故により、原告車両には、修理費用金三〇五万五三一〇円を要する損傷が生じたこと、原告神濃は右修理費用を現実に負担したことが認められる。
(二) 休車損害
甲第七号証、証人井元美代子の証言によると、本件事故当時、原告車両による純収入(本件事故により得ることができなくなった収入額から、本件事故により支出を免れることとなった支出額を控除した金額)は、一日あたり金一万四六一六円であること、本件事故のため、原告神濃においては、原告車両を三〇日間稼働させることができなくなったことが認められる。
したがって、本件事故による休車損害は、一日あたり金一万四六一六円の三〇日間分である金四三万八四八〇円である。
(三) 小計
(一)及び(二)の合計は金三四九万三七九〇円である。
2 過失相殺
争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告坂中の過失の割合を四〇パーセントとするのが相当である。
また、争いのない事実等3記載のとおり、本件事故当時、原告坂中は、原告神濃の業務に従事中であった。
したがって、過失相殺として、原告神濃の損害から原告坂中の過失割合を控除すると、控除後の金額は、次の計算式により、金二〇九万六二七四円となる。
計算式 3,493,790×(1-0.4)=2,096,274
三 争点2のうち原告坂中に生じた損害額
1 損害(原告坂中の請求額も同額)
甲第七号証、原告坂中の本人尋問の結果、証人井元美代子の証言によると、原告坂中は、原告車両の専属運転手として、原告神濃から給与等の支給を受けていたこと、本件事故前である平成八年九月分の給与等の金額は金六三万九二七四円、同年一〇月分の給与等の金額は金五八万八三三六円であることが認められる。
したがって、原告坂中の収入は、次の計算式により、一日あたり金二万〇一二四円(円未満切捨て。)であるというべきである。
計算式 (639,274+588,336)÷61=20,124
また、右各証拠によると、本件事故のため、原告神濃においては、原告車両を三〇日間稼働させることができなくなったこと、原告坂中は、右期間、原告神濃から給与等の支払を受けることができなかったことが認められる。
したがって、原告坂中の本件事故による損害は、一日あたり金二万〇一二四円の三〇日間分である金六〇万三七二〇円である。
2 過失相殺
争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告坂中の過失の割合を四〇パーセントとするのが相当である。
したがって、過失相殺として、原告坂中の損害から右過失割合を控除すると、控除後の金額は、次の計算式により、金三六万二二三二円となる。
計算式 603,720×(1-0.4)=362,232
四 争点3(原告安田火災が求償しうる金額)
弁論の全趣旨によると、原告安田火災と原告神濃とが、原告車両を被保険自動車とする自動車保険契約を締結していたことが認められる。
また、甲第二ないし第五号証によると、本件事故により、訴外栄運輸株式会社には、少なくとも、和木車両の修理費用金一四六万四四九五円、休車損害金六六万円、回送費用等金九万二七〇〇円、以上合計金二二一万七一九五円の損害が発生したこと、原告安田火災は、右保険契約に基づき、訴外栄運輸株式会社に対し、右金二二一万七一九五円を支払ったことが認められる。
ところで、訴外栄運輸株式会社に対する関係では、原告坂中と亡金とは共同不法行為者であり、その一方が第三者に対して損害賠償したときは、それぞれの過失割合によって定められる負担部分を超える部分を、他方に対して、求償することができる。
また、原告神濃は、民法七一五条により、原告坂中の行為につき使用者責任を負うから、結局、原告安田火災は、原告神濃の亡金に対する求償権について、保険金を支払った限度において、求償権を取得する。
そして、争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告坂中の過失の割合を四〇パーセントとするのが相当であるから、原告安田火災の取得する求償権の額は、次の計算式により、金一三三万〇三一七円となる。
計算式 2,217,195×(1-0.4)=1,330,317
第四結論
よって、原告安田火災の請求は主文第一項記載の限度で(甲事件の訴状送達の日の翌日が平成一〇年三月三日であることは当裁判所に顕著である。)、原告神濃の請求は主文第二項記載の限度で、原告坂中の請求は主文第三項記載の限度で、それぞれ理由があるからこれらの範囲で認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)