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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)526号 判決 2000年3月01日

原告 A野春子

右法定代理人親権者母 A野花子

右訴訟代理人弁護士 渡部吉泰

被告 三木市

右代表者市長 加古房夫

右訴訟代理人弁護士 今後修

主文

一  被告は、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成六年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六六〇万円及びこれに対する平成六年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、事故当時、三木市立自由が丘中学校に在学していた原告が、体育祭競技のむかで競争練習中に転倒負傷したのは、指導教諭に指導上の落ち度があったためであるとして、被告に対して、国家賠償法一条一項に基づき、その損害の賠償を請求した事案である。

一  原告の請求の原因

1  原告は、三木市立自由が丘中学校二年生に在籍していた平成六年九月一三日、体育祭に備えてのむかで競争の早朝練習中、足並みの乱れから原告の前の生徒が仰向けに倒れたあおりをうけて後方に転倒して、腰椎椎間板ヘルニアの傷害を負った。

なお、事故の日時について、被告は、《証拠省略》に基づくと、平成六年九月六日第三校時午前一一時頃となるはずである旨主張するが、原告が平成六年九月一三日と主張したのは、甲第一号証の報告書上の記載を信用したからである。確かに乙第一三号証の災害報告書では、むかで競争の練習中に転倒し、原告の同級生が負傷した日時として平成六年九月六日午前一一時との記載がされているが、その作成日付は、平成六年一〇月三日となっており、事故から一か月も後に作成されているのであり、作成の遅れによる関係者の記憶の薄れが生じた可能性がある。現に、証人岩崎の証言によれば、本件事故の再調査の結果、事故は平成六年九月七日の早朝練習中の事故であったとの報告を受けており、被告の事故日時に関する訴訟上の主張も変転している。いずれにしても、平成六年九月上旬のむかで競争の練習中に原告が負傷したことは相違ない事実であり、事故の日時の争いが被告の法的責任の有無にとって重要なものではない。

2  被告の責任

むかで競争は、競技する生徒に高度の身体的危険性が伴う競技であり、現に、本件事故の前後に生徒が擦過傷を負う等の事故が頻繁に起きている。すなわち、むかで競争は、生徒の足が自由に効かないようにタオルで結んで固定し、しかも、全員で呼吸を合わせて走るようにして可能な限りの相当な早さで前進する集団競技である。したがって、少しでも生徒間の呼吸が乱れると、一瞬にして多数の生徒が倒れ込み、その際に倒れ込まれた特定の生徒は相当な圧力を受けて重傷を負うに至ることも予想される。しかも、足は固定されいるから倒れる際の回避的行動は困難で、不自然に倒れて身体の一部を傷つけることも十分予測される。また、走る距離も往復で約八〇メートルと長く、一回の走行で生徒はかなりの負担を受けるはずであり、競技と競技の間には適切な休憩時間をおかなければならない。また、途中折り返し点を回る際には、列の前後で速さに違いを生じ、倒れ込む危険が増す。さらに、ゴールの際には勢い余った集団が安全に停止することも困難で、この際にも事故発生の可能性が高い。

以上のようなむかで競争の危険性を前提とすれば、指導教諭は、以下のような事故発生防止に向けて可能な限りの最善の注意を尽くすべき義務を負う。むかで競争は集団競技であり、集団全員の呼吸の一致と、速度、歩幅を共通にする運動を必要とするから、可能な限り全員の習熟度を均一化するよう努力しなければならない。そのため、一定の計画の下に徐々に歩行から始めてスピードを上げていくような練習方法により、全員に呼吸の合わせ方等を習熟させる練習が必要であり、本件のようなタイム設定を伴った練習は最終段階で行うべきである。さらに、全員の習熟度を均一化の完全な実現は不可能であるから、その順番の配列においても生徒間の能力差等も考慮して行うべきである。

ところが、吉田教諭は、学校等が定めた何らかの安全に関する指導基準に則って指導した形跡は一切認められず、運動能力を考慮した順番の配置を行わず、練習方法は、チーム全員の習熟度を考慮することなく、基礎的練習が全く無いまま、初日或いは遅くとも二日目から、目標タイムを設定して、そのタイムをクリアーするまで複数回練習を繰り返す本番さながらの練習を強行した。

3  因果関係

原告の症状が発現したのはいまだ若年時であり、退行現象によるものではなく外傷による発病であることが明らかである。そして、その症状が一挙に出るものではなく、徐々に現れるものであるから、原告の症状の推移は、椎間板ヘルニアの症状と矛盾しない。本件事故の態様、その後の治療経過からして、本件事故により椎間板ヘルニアを発症したことは明らかである。

4  損害

(一) 傷害慰謝料 五〇〇万円

(二) 後遺症逸失利益 五一万七五四六円

ただし、労働能力喪失期間は四年間

後遺症慰謝料 一〇〇万円

(三) 弁護士費用 六〇万円

右損害のうち、六六〇万円を請求する。

5  示談について

示談の成立は否認する。

原告は、最終的な示談成立でないことを明確にするため、「示談」や「賠償金」との文言を避け、口頭ではあったが、損害賠償請求の支払のため既に手続中の保険手続の続行、さらに、日本体育・学校健康センターの給付金の交付手続を履行することにより教育委員会が賠償責任を実行すると約束したので、乙第一号証の二に署名押印したものである。

被告主張の合意は、教育委員会職員による偽計によるものであり、原告は、民法九六条一項により取り消す。そうでないとしても、相応額の賠償金が見舞金と別途支払われるものと誤解して署名したもので、民法九五条の錯誤により無効である。

二  被告の主張

1  本件事故の発生は、発生日も含め、不知。損害は、不知

2  指導上の落ち度について

むかで競争は、自由が丘中学校の外、三木市の他の学校でも同様の実施方法で体育祭において採用されている競技であり、むかで競争自体が特に危険な種目というわけではない。本件においては、むかで競争の練習の初めには、吉田教諭は、生徒に対して、ルール説明や注意事項の確認をしたうえ、足を結ぶことから始め、その場で足を揃える、次に駆け足程度で練習するというように、順次段階を踏んで練習が行われた。

吉田教諭は、一定のタイムを設定し、それを目標に練習していたが、設定したタイムは最初に完走できたタイムを基準にして幾分それを上回るタイムを設定し、生徒の習熟度も考えながら設定していったものであり、無理なものではなかった。練習時間自体が短く、その時間内において、男子と女子が交互に練習を行うものであり、練習内容も余裕のあるものであって、吉田教諭に何ら指導上の落ち度はない。

3  因果関係について

原告は、平成六年九月から平成七年三月まで三月中に二日欠席したほかは全日登校しており、平成七年一月二八日のマラソン大会は見学であったが、同年二月一日から三日までのスキー合宿には参加した。さらに平成七年四月に原告の母から連絡を受けるまで原告の傷害について何らの訴えもなく、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間に因果関係は認められない。

4  示談の成立

原告の母と被告教育委員会は、本件事故について、平成八年九月二日、被告教育委員会が事故再発防止のため事故防止・安全対策に改めて最善の助力を払うことなどを確認したうえ、被告が原告に対し二〇万円を支払い、原告は何らの異議を述べないと合意し、被告は原告に右二〇万円を支払った。

第三判断

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  三木市立自由が丘中学校では、平成六年九月一八日に体育祭が行われ、そのクラス対抗競技の一つとして、むかで競争が行われた。

むかで競争は、学級の男子生徒、女子生徒で各一組になり、リレーする方式で、最初に男子組が約四〇から五〇メートルの距離にある折り返し点に向かって走り、同折り返し点を回って出発点に戻ったところで、女子組がスタートして折り返し点までを往復してゴールとなり、その速さで勝敗を決める競技である。体育祭競技の中で得点の高い競技であり、各学級とも体育祭前から早朝、放課後に練習をしていた。

むかで競争は、原告の学級では三八人の生徒が男女別に約二〇人一組のむかでを組んだ。先頭の生徒の片足(例えば左足)を次位の生徒の片足(左足)と日本手ぬぐいで繋ぎ止め、次位の生徒は前位の生徒と結んだ足(左足)と反対側の足(右足)を後位の生徒の片足(右足)と繋ぎ止め、以下同様に、先頭から順に片足ずつが交互に繋ぎ止める型でむかで状態となり、足を揃えて駆け足で走るものである。

むかで競争では、足が揃わないと転倒したりして、擦過傷や捻挫などの傷害を負う生徒がいた。

2  自由が丘中学校では、体育祭の早朝練習には担任か副担任が立ち会うことと体育祭の練習期間が決められていたが、むかで競争の練習方法について格別の申し合わせ等はなかった。

原告にむかで競争練習の指導をした学級担任の吉田教諭は、平成六年九月五日から体育祭の早朝練習を始めた。生徒達は一年次にもむかで競争を経験しているので、競技ルールの説明のほかは、ふざけてしないこと、足を揃えるためにかけ声を出すこと、体を密着させることの注意がなされた。

吉田教諭は、練習初日には、最初に足を繋ぎ止めてむかで状態での足踏み、歩行から始めた後、実際の競技と同様に駆け足の練習を実施し、走破タイムから目標タイムを設定して、目標タイムを切ることを目標に何度か走らせ、徐々に目標タイムを速くしていく方法で練習し、翌日以降も目標タイムを設定しての練習によった。

3  原告は、平成六年九月六日、むかで競争の早朝練習で、むかでの女子の組が転倒し、同級生のB山が負傷した際の転倒で、前の生徒の上に倒れないにように左側に避けたために左尻から尻餅をつく形で倒れ、倒れた原告の上に、後位の生徒たちが覆い被さって倒れてきた。原告は、右転倒で左膝・腰に痛みを覚え、吉田教諭に痛みを申し出たが、大丈夫といわれ、我慢した。

なお、事故の日時について争いがあるが、《証拠省略》によれば、B山が病院に受診したのが平成六年九月六日であること、原告はB山が負傷した際の転倒によって受傷したと記憶していること、原告が同年九月一二日に受診した病院のカルテには九月九日に転倒負傷したと原告が説明した旨の記載があるが、同説明は原告に付き添って病院に行った原告の祖母の説明によるものであること、また、同カルテには、九月一八日の体育祭で転倒した旨の記載も存するが、練習で転倒した上に体育祭でも転倒したと理解できること、学校長から教育委員会宛の事故報告書・災害報告書は、その作成日時からして、事故発生日時の記載をあまり信用できないことから、前記認定のとおり、平成六年九月六日と認定するのが相当である。

4  原告は、平成六年九月一二日に左膝裏の痛みを主訴として、当時の三木自由が丘病院に受診し、翌一三日には岩本整形外科に受診した。その後の入通院経過は別紙のとおりである。

二  被告の責任について

右認定の事実によれば、本件のような二〇人近くの集団でもって走る早さを競うむかで競争は、足が揃わず転倒するおそれがあり、転倒に至れば転倒した生徒に他生徒が将棋倒し様に倒れかかるなどして、生徒が負傷する危険が容易に予測でき、むかで競争競技の実施自体に危険が伴うものである。その危険性にかんがみると、むかで競争の練習を指導するについては、なによりも競技の危険性に配慮して、勝敗よりも安全確保に留意し、歩行から駆け足へと段階的に十二分に練習を積んだ後に、競技形式と同様の練習に移行すべきであり、目標タイムを設定しての競技形式と同様の練習は、生徒が競技に十分習熟した練習日程の最終段階において行うべき義務があるというべきである。

前記一認定の事実によれば、自由が丘中学校においては、平成六年の体育祭の早朝練習には担任か副担任が立ち会うことは実行されていたが、むかで競争の具体的な練習方法について、安全に配慮して段階的に練習することの申し合わせや指導がなされていないこと、吉田教諭は、原告を含めたクラスの生徒に対し、足踏み、歩行、駆け足の順に実技練習させているが、安全に関しては、ふざけてしないこと、かけ声を出して足を揃えること、体を密着することの注意をした程度で、負傷をしないように速度を抑えることや、当初はゆっくり走らせる工夫や注意をすることなく、練習初期の段階から目標タイムを設定し、実際の競技と同様になるべく速く走らせる方法によって練習を実施指導していたものであり、吉田教諭には、むかで競争の危険性を配慮した練習方法をとるべき注意義務を尽くさなかった過失があるというべきである。

被告は、三木市内の他の中学校においては、むかで競争が実施されており、むかで競争自体が危険な種目でないと主張し、証人吉田は、自由が丘中学校以外でもむかで競争が実施されており、危険であるとの認識を有していなかった旨証言するが、前記認定判断のとおり、本件のようなむかで競争は危険性が存する競技であると認められ、危険な競技でないとの認識自体が学校管理者や指導担当教諭の安全配慮不足の基因とはなりえても、吉田教諭の過失を否定する論拠とならないことは明らかである。

三  因果関係について

前記一認定の事実によれば、原告は、平成六年九月一二日に左膝の痛みで受診して以来、左膝・腰痛を主訴として入通院治療をしていること、平成六年一〇月五日に第四腰椎横突起骨折がレントゲンで確認され、同月六日腰部椎間板症、平成七年四月四日腰椎椎間板ヘルニアと診断され、その後保存治療を継続した後、平成八年七月一一日に椎間板摘出手術を受けていること、本件事故以外に、右症状の原因となるべきものは本件全証拠によるも認められないこと(《証拠省略》によれば、原告は平成七年二月に学校のスキー合宿に参加して同級生とぶつかって転倒したことがあったが、当時すでに腰痛がある状態で、コルセットを着用してスキー合宿に参加したものであり、また、転倒の状態も傷害を負う程度であったとはいえない。)が認められ、これに原告の第四、五腰髄、第一仙髄の神経支配領域が下肢であることからすれば、原告の受傷当初からの左膝痛も腰椎椎間板ヘルニアによる症状と推認されることを併せ考えれば、本件事故と原告の腰椎椎間板ヘルニアの傷害との因果関係は優に認めることができる。

四  損害について

1  慰謝料

原告は、本件事故により、腰椎椎間板ヘルニアの傷害を負い、平成七年四月五日から同年六月四日まで、同年七月五日から同年八月二五日まで、平成八年七月九日から同月二九日までの三回、合計一三四日(約四か月半)間入院治療し、平成八年七月一一日に椎間板摘出術の手術を受けたこと、平成六年九月一二日に当時の三木自由が丘病院に受診して以来、平成一〇年六月二二日に症状固定の診断を受けるまで、断続的に通院(通院実日数五二日)したことが認められる。

右事実のほか、《証拠省略》によれば、原告は、高校受験期の中学校三年生時に入院を余儀なくされ、勉学に不安を覚え抜毛するなど一時精神的に不安定になったこと、後記2の原告の症状などの事情も考慮すると、本件事故による慰謝料は三〇〇万円が相当と認められる。

2  後遺症損害

原告は、自賠責等級一四級相当の後遺症があるとして、後遺症逸失利益及び慰謝料の損害も主張し、《証拠省略》によれば、原告は、左下肢痛があり、現在も左膝が長時間歩くと痛み、あぐらも三〇分が限度であるなどの症状が残っているが、一四級程度の後遺障害であることを認めるに足りず、右症状については、傷害慰謝料の一事情として考慮されるにとどまる。

3  弁護士費用

本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らし、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる額は、三〇万円と認めるのが相当である。

五  示談の効力(詐欺、錯誤の有無)について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の母は、平成七年一二月ころ、教育委員会に本件事故の対応を求めたところ、当時の教育課課長から診断書があれば賠償する旨説明され、診断書を提出した。

教育課では、本件事故について再度調査するなどして検討したところ、賠償責任はない、治療費、後遺症については別途日本体育学校健康センターから支給するとの一応の結論に至ったが、原告の母に右検討結果は伝えないまま、平成八年四月担当者が交代した。

(二) 原告の母は、教育委員会からの連絡がないので、平成八年四月以後、教育課に問い合わせたところ、担当者が岩崎課長に交代しており、同課長から賠償できない旨を説明された。原告の母は、右説明に抗議し、同年五月には吉田教諭と面談して、タイム設定をして練習した旨の練習状況のメモを作成して教育課に提出し、検討を迫ったりした。

(三) 三木市教育委員会学校教育課では、本件事故について、賠償責任がないこと、見舞金を支払うこと、治療費、後遺症については別途日本体育学校健康センターから支給することで、一切を解決することにし、平成八年八月一三日、岩崎課長は教育長とともに原告方を訪れ、原告の母に乙第一号証の一の書面を交付し、見舞金を支払うことを説明した。

(四) 平成八年九月二日、岩崎課長が乙第一号証の二を持参し、二〇万円の見舞金を支払うので同書面に署名してほしいと原告の母に求めたところ、原告の母は、見舞金であって示談金でないことを確認したうえ、同書に署名押印した。

(五) 右乙第一号証の一の書面には、「自由が丘中学校での運動会練習中における事故について」との表題の下に、「この度の事故について、教育委員会より次のとおり確認を得たので、解決といたします。」として、具体的に四項の記載事項があり、そのうち1、2項は、再発防止、事故防止を指導する旨、3項で「日本体育・学校健康センターからの給付金について、その手続が適切に行われるよう吉川高校との連絡を密にする。」、4項で「見舞金を支払うものとする。」との記載があり、乙第一号証の二の書面には、「自由が丘中学校での運動会練習中における事故について」との表題で、「この度の事故について、教育委員会との話し合いを続けた結果、双方合意に達したので、解決いたします。ついては、今後この件について異議をもうしません。」との記載があるが、賠償責任について明示的に記載された文言はない。

(六) 原告の母は、右乙第一号証の二に署名した見舞金を受領した後も、同人は日本体育・学校健康センターから後遺症認定、賠償金の支給がなされるものとの理解の上で、その支給がどうなっているかとの問い合わせを教育委員会に行っていた。原告の母は、その後、学校事故の相談窓口から弁護士に相談し、本訴提起にいたった。

2  右事実によれば、原告の母は、賠償金は保険から支給されるものと理解して診断書を提出するなどし、さらに平成八年四月以降、岩崎課長から賠償責任はない旨説明されてからも、吉田教諭のメモを持参して再考を迫るなどしていたものであること、乙第一号証の一及び二には、賠償責任の有無について明示的な記載はなく、原告の母は乙第一号証の二に署名する際には、見舞金であり示談金でないことを確認して署名していること、同書面に署名後も、後遺症や賠償金の支給について教育委員会に問い合わせを行っていることが認められ、これらの事実によれば、原告の母は、乙第一号証の二の書面は、見舞金支給に必要な書類であると理解して署名押印したものであると認められ、同書面をもって一切を解決するものではなく、別途賠償を受けられるものと誤解していたものであると認めることができる。

なお、証人岩崎は、賠償責任を負わないことを原告の母に伝え、見舞金を支給することで示談に至った旨証言するけれども、《証拠省略》によれば、原告の母は、乙第一号証の二の書面に署名する際に、賠償金と見舞金の違いにこだわり岩崎に対して、支給される見舞金であることを確認して署名したことが認められ、前記証人岩崎の証言は、原告の母に錯誤があったとの認定判断を左右しない。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、主文の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用し、仮執行の宣言は事案にかんがみてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 田口直樹)

<以下省略>

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