大判例

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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)800号 判決 1998年9月03日

原告

小川恒

ほか一名

被告

川崎幸一

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告小川恒に対して金八六九万七七二一円、原告鮫島晴子に対して金九四七万五六〇四円、及び右各金員に対する平成九年一〇月一九日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの求めた裁判

被告らは、連帯して、原告小川恒及び同鮫島晴子それぞれに対し、各金一八六四万四八〇七円及びこれに対する平成九年一〇月一九日から支払い済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告らの被相続人が、交通事故により負傷死亡したとして、相手車両の運転者に対しては民法七〇九条により、車両の保有者に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、損害の賠償を求めた事案である。

付帯請求は、事故の日からの民法所定の割合による遅延損害金の請求である。

二  前提となる事実(当事者間に争いはない。)

1  次の交通事故が発生した。

発生日時 平成九年一〇月一九日午後一一時五五分ころ

発生場所 神戸市長田区上池田五丁目四番三号先路上(市道山麓線)

被告車両 被告井谷が保有し、被告川崎が運転していた普通貨物自動車(神戸四〇れ一二二六)

事故態様 被告車が、事故現場道路を西進中に、北から南へ道路を横断中の訴外小川品治郎(以下「品治郎」という。)に左前部を衝突させて、同人を路上に転倒させた。

2  事故後の経過

品治郎は、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血の傷害を受けて意識不明になり、当日から神戸市立中央病院に入院し、同年一二月一七日からは協和病院に入院していたところ、急性肺炎を併発して、平成一〇年二月一九日午前一一時五分ころ、同病院で死亡した。

3  責任原因

(一) 被告井谷は被告車両を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による損害賠償責任を負う。

(二) 被告川崎は前方不注視、制限速度違反等の過失により本件事故を起こしたから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

4  相続

原告小川は品治郎の妻であり、原告鮫島は品治郎の子であって、品治郎の相続人はこの二人のみであったから、品治郎の遺産を二分の一づつの割合で相続した。

第二争点

一  本件事故と急性肺炎による死亡との因果関係の有無

二  損害額。特に老齢年金は逸失利益となるか。

三  過失相殺の当否・程度

四  遺族年金は損益相殺すべきか。

第三争点に関する当事者の主張

一  本件事故と急性肺炎による死亡との因果関係の有無

1  原告ら

品治郎の直接の死因である急性肺炎は事故による傷害を原因とする。

2  被告ら

事故・傷害と急性肺炎の発症・死亡との因果関係は争う。確かに本件事故による傷害で入院中に急性肺炎を発症しこれにより死亡したものではあるが、事故自体は急性肺炎の発症との間に因果関係はない。死亡は品治郎の年齢その他の要因によるものである。

二  損害額

1  原告ら

原告らの請求する損害は、別紙損害計算表のとおりであるが、その理由は、以下のとおりである。

(1) 入院雑費 一日一五〇〇円の割合で一二四日分、計一八万六〇〇〇円。

(2) 傷害慰謝料 一度も意識を取り戻さずに意識不明のまま入院期間が四か月を越えたことに鑑みて、二〇〇万円が相当である。

(3) 逸失利益 一一一〇万三六一五円。

品治郎は、年額三一五万〇四九八円の厚生年金及び老齢年金を受給していた。

死亡時、満八〇歳であって、平均余命七年間分の受給権を失ったことになる。新ホフマン式計算法により中間利息を控除して(七年の係数は五・八七四)、生活費として四〇パーセントを控除すると、逸失利益は、一一一〇万三六一五円となる。

(4) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円。

(5) 葬儀費用 一〇〇万円。

(6) 原告らは、本件訴訟の提起遂行を、原告訴訟代理人に委任し、その報酬の支払いを約した。その費用及び報酬のうち、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、原告らそれぞれ一五〇万円づつ、合計三〇〇万円が相当である。

2  被告らの反論

(1) 入院雑費

日用品費、文化費、栄養補給費などをさすが、品治郎は意識不明の状態が続いたから、文化費や、栄養補給費は要せず、入院期間も長期に渡ったから日用品費の単価も逓減する。

(2) 傷害慰謝料

品治郎は当時七九歳と高齢で、無職であり、養育すべき子供もいなかったから、原告主張の慰謝料は高額にすぎる。また、仮に本件事故と死亡とに因果関係があるのであれば、死亡慰謝料と一体として考慮すべきである。

(3) 後遺障害逸失利益

年金は生活保障であり、一身専属的なものであるから、理由を問わず受給権は死亡によって消滅し、年金相当額の逸失利益を認めることはできない。

仮に逸失利益があるとしても、生活費は少なくとも五〇パーセントを控除すべきである。

(4) 死亡慰謝料

本件事故と死亡との因果関係があるとしても、傷害慰謝料と一体として考慮されるべきであるし、品治郎が七九歳と高齢で一家の支柱ともいえないことを斟酌すれば、一〇〇〇万円が相当である。

三  過失相殺の当否・程度

1  被告らの主張

品治郎は、外出に際して財布を忘れ、そのことに気づいて追いかけてきた妻(原告小川)から声を掛けられて、財布を受け取りに帰ることのみに気を取られて、車道幅約一〇メートルの、車両が行き交っている幹線道路を北から南に斜め横断したもので、その横断の仕方において過失があった。

被告川崎は、急制動の措置を講じたものの、小走りの斜め横断に対処できなかったものであり、速度制限四〇キロメートルを超過していたとしても、一〇キロメートル程度であって過失は大きくない。

少なくとも、車の接近に注意を与えることもなかった原告小川の過失を含めて、原告側に三割の過失相殺をすべきである。

2  原告らの反論

幹線道路と言えるのは、歩車道の区別があって車道幅が概ね一四メートル(片側二車線以上)という道路で、車両が高速で走行し、通行量の多い道路である。本件現場は、車道幅員が九・九メートルの、片側一車線の道路であって、幹線道路とは言えず、横断歩道は四〇メートル以上離れていて、横断歩道付近での横断とも言えない。

被告川崎の速度が五〇キロメートルであったとの点も、ブレーキをかけたとの点も疑わしい。車道上に出ている品治郎を見つけながら直ちに急制動をかけず、転把のみで通りすぎようとして、衝突に至ったのであって、被告川崎には重過失がある。

四  損益相殺の当否

1  被告ら

品治郎の死亡により遺族たる原告小川には遺族年金の受給権が発生しているから、そのかぎりにおいては損害は発生しない。

2  原告ら

遺族年金が損益相殺されることは争う。仮に損益相殺されるとしても、既に受給した四六万五六三三円に止まる。

第四判断

一  品治郎の死亡との因果関係

品治郎は、本件事故により、即日神戸市立中央市民病院に入院したが、脳挫傷、外傷性くも膜下出血の傷害を負っており、意識不明の昏睡状態が続いた。同年一二月一七日には協和病院に転院し、入院治療を続けたものの、昏睡状態から回復することなく、平成一〇年二月一九日午前一一時五五分ころ、死亡した。直接の死因は二日ほど前に発病した急性肺炎であったが、四か月に及ぶ昏睡状態から生じた体力の衰えが、急性肺炎の発症を招いたもので、本件事故による傷害と急性肺炎による死亡との間には相当因果関係があるものと認められる。(甲二~四)

二  損害額

1  入院雑費

前記のとおり昏睡状態のまま経過したことからすると、文化費や栄養補給費は要しなかったものと推定されるけれども、日用品は日常使用していた品では間に合わず、病院衣や下着等の交換頻度は高く、何かと出費を要したものと推定されるから、請求とおり一日当たり一五〇〇円を相当とする。一二四日分で合計一八万六〇〇〇円の損害となる。

2  慰謝料

品治郎及びその相続人たる原告らの、本件事故により被った精神的苦痛は、一個の事故に基づくものであることや、約四か月の間、昏睡状態のままで、意識を取り戻さなかったことからすると、傷害慰謝料、死亡慰謝料と区別して考慮するのは相当ではなく、総合的に捉えるのを相当とする。

そして、一度も意識を取り戻さずに、意識不明のまま入院期間が四か月を越えて、死亡したことのほか、品治郎が七九歳と高齢で、職業もなく、年金生活であったこと、家族は妻のみであったことなど、本件に現れた全ての事情を考慮すると、金一二〇〇万円をもって相当とする。

3  逸失利益

品治郎は、年額三一五万〇四九八円の老齢厚生年金を受給していた(甲六)。品治郎は死亡によって、これを受給できなくなったもので、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得したものと解するのが相当である(最高裁判所平成五年九月二一日第三小法廷判決・判例時報一四七六号一二〇頁)。

品治郎は、死亡時満八〇歳であって、平均余命は七年間と言うことができ、その間の右年金の受給権を失ったことになる。右受給額のうち品治郎本人の生活費は五〇パーセントと見るのが相当であり、新ホフマン式計算法により中間利息を控除する(七年の係数は五・八七四)と、逸失利益の現在価格は、九二五万三〇一二円となる。

なお、原告小川が、品治郎の死亡により、受給することとなった遺族年金を損害から控除すべきことは後記のとおりである。

4  葬儀費用 本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は、請求とおり、一〇〇万円と認められる。

5  以上に認定した損害額は、合計二二四三万九〇一二円となる。

三  過失相殺

1  事故の態様については、甲五によると、次のとおり認められる。

被告川崎は、被告井谷の営む運送業に雇用されて、軽トラックで配達の仕事を行っている最中に、本件事故を起こしたものであった。

現場道路は、車道幅員が九・九メートル、片側一車線の道路で、両側に二~三メートル幅の歩道があり、車道との境には鉄柵が設けられ、一定の間隔をおいて並木が続いている。市街地であり、時速四〇キロメートルの速度制限がされている。横断歩道は、衝突地点から西約四〇メートルに、押しボタン式の信号が設置されたものがあるに過ぎない。車道には、西進中の車の視界を妨げるものはなく、ゆるやかな上り坂を登り切った辺りで、前方約一〇〇メートルは見通すことができる。被告川崎は、時速約五〇キロメートルで西進中、坂を上り切った辺りから二五メートルほど進んだとき、進路右前方四三メートル辺りの車道に下りている品治郎を発見した。が、同人の動静を注視せず、漫然同速度で進行していたところ、道路左側へ、向こうむきに小走りで横断中の同人を右前方約一三・一メートルの地点に認めて、急制動の措置を講じたが間に合わず、同人に自車左前部を衝突させて同人を路上に転倒させたものであった。当時交通量は普通であった。

品治郎(当時七九歳)は、当日、娘(原告鮫島)宅に赴くために自宅を出た。同人が財布を忘れていることに気づいた妻(原告小川)が追いかけてきて、現場道路北側のバス停でバスを待っていた品治郎に、南側の歩道上から、声を掛けた。品治郎は、財布を受け取るべく、道路を北から南へ、西向きの斜めに小走りで横断している最中に、東から走ってきた被告車に跳ねられたものであった。品治郎が被告車の接近に気づいていた形跡はなく、原告小川も直前まで気づかなかった。

2  右認定の事実を総合すると、被告川崎の過失は、時速四〇キロメートルとの速度制限のある道路を五〇キロメートルほどの速度違反をして進行し、そのような状態で進行するに際して、品治郎が車道上にいるのに気づきながら、その動静を注視するではなく、漫然と同速度で進行した過失があり、その過失は小さくない。

反面、品治郎は、財布を受け取ることに気を取られて、道路を横断するのに、接近する車両に十分注意することなく、斜めに小走りで横断したもので、事故を惹起したことについては品治郎にも過失があり、その行動を招いた原告小川において、被告車の接近に気づかず、注意を与えなかった点にも過失があると言わざるを得ない。

3  そしてこれらの双方の過失を総合すると、品治郎側に二割の過失相殺をするのが相当である。

前記認容の損害額につき、右過失を相殺すると、一七九五万一二〇九円(円未満切り捨て)となる。

そしてこれを原告各自に相続分に従って二分すると、八九七万五六〇四円づつ(円未満切り捨て)となる。

四  遺族年金は損益相殺すべきか。

品治郎の妻である原告小川(大正一二年八月生)においては、品治郎の死亡により平成一〇年三月分から遺族厚生年金を受給するようになり、その額は、平成一〇年三月分が一五万三三八三円であり(年額一八四万〇六〇〇円の一二分の一)、同年四月以降は年額一八七万三五〇〇円との通知がなされて、本件口頭弁論終結までに、同年六月一五日に、同年四月分と五月分の合計三一万二二五〇円を既に受給し、かつ同年六月分と七月分の合計三一万二二五〇円を受給することが確定しているものと認められる(甲八、九)。

そうであれば、これら合計七七万七八八三円は、同原告が請求できる損害額八九七万五六〇四円から控除されるべきで、残額は八一九万七七二一円となる。

五  弁護士費用

原告らが、本件訴訟の提起遂行を、原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著である。そして、過失相殺及び損益相殺後の原告らの損害として認容されるのは、総額一七一七万三三二五円となる。もっとも、本訴は品治郎の死後二か月で提起されており、自賠責保険に対する請求が拒絶された等の事情も窺えないから、その任意の支払が期待できた限度では、弁護士に本訴の提起遂行を委任することが不可欠とは言えない。これらの事情のほか、本件に現れた諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用額は原告ら各々五〇万円づつ計一〇〇万円と認めるのが相当である。

六  よって、原告らの本訴請求は、原告小川に対して金八六九万七七二一円を、原告鮫島に対して金九四七万五六〇四円を、それぞれ支払うよう求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がなく失当であるから棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表

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