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神戸地方裁判所 平成10年(ワ)830号 判決 2000年1月27日

原告 安田信託銀行株式会社

右代理人支配人 榊毅

右訴訟代理人弁護士 田原睦夫

被告 兵銀リース株式会社

右代表者代表清算人兼右訴訟代理人弁護士 小林広夫

右代表者代表清算人 城谷克也

右訴訟代理人弁護士 井上隆彦

主文

一  原告の配当基準債権の確認請求(請求の趣旨1項)に係る訴えを却下する。

二  原告の信託契約上の債務の不存在確認請求(請求の趣旨2項)を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  神戸地方裁判所平成七年(ヒ)第一〇〇八号特別清算事件につき平成八年三月一八日認可された協定における配当基準債権として、原告が一三四億五一六五万三〇七八円の債権を有することを確認する。

2  原告被告間の昭和六一年一〇月二四日付け「特定金銭信託契約」及び平成三年二月三〇日付け同変更契約による「金銭信託以外の金銭の信託契約」に基づく原告の被告に対する債務が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は信託銀行であり、被告(旧商号・産業リース株式会社)は、旧兵庫銀行グループに属するリース会社である。

2  原告被告間の取引

(一) 原告は、昭和五三年一二月一五日、被告との間で、同日付け銀行取引約定書を交わし(以下、同約定書によって合意された約定を「銀行取引約定一条」などという。)、以後、預金取引や貸付取引などの銀行取引を継続していた。

(二) 原告は、昭和六一年一〇月二四日、被告との間で、同日付け特定金銭信託契約証書(以下「基本証書」という。)を交わすことにより、被告を委託者兼受益者とし、原告を受託者とする信託契約(以下「本件契約」という。)を締結し、被告は、本件契約に基づき、原告に対し、金銭二〇億円を信託した。

本件契約は、金銭信託(受託財産が金銭であり、かつ、受益権の弁済として金銭を交付すべき信託。)であり、かつ、兵銀投資顧問株式会社の指図に従って株式、公社債等に受託財産を運用するとされ、運用方法及び目的物の種類を具体的に定めた「特定金銭信託」(信託業法施行細則二条一項甲一号)であった。

(三) 原告と被告とは、平成三年二月二〇日、同日付け変更契約書を交わすことにより、本件契約の内容を一部変更した。

すなわち、信託の種別を「特定金銭信託」から「金銭信託以外の金銭の信託」(受託財産が金銭であるが、受益権の弁済として現物を交付すべき信託―信託業法施行細則二条一項乙一号)に変更するとともに、信託の種別の変更に伴って基本証書の契約条項一三条及び一四条の内容を変更した(以下、変更後の信託を「本件信託」という。また、右変更契約書によって変更された一三条及び一四条並びにその二か条以外の基本証書による各契約条項を「本件契約条項一条」などという。)。

3  被告の特別清算

(一) 被告は、平成七年九月一六日、株主総会の決議により解散し、平成七年九月一八日、神戸地方裁判所に対し、特別清算手続開始を申し立て(神戸地方裁判所平成七年(ヒ)第一〇〇八号)、平成七年一〇月三日(以下「基準日」という。)、特別清算開始決定を受け、特別清算手続を開始した。

(二) 被告の清算人が申し出た左記の概要の協定案は、平成八年三月一五日開催の債権者集会において可決され、平成八年三月一八日神戸地方裁判所によって認可された(以下、認可された協定を「本件清算協定」という。)。

(1) 平成七年一〇月二日までの原因に基づいて発生した債権を特別清算債権とする(本件清算協定一条)。

(2) 特別清算債権は、別除権付債権、債権譲渡担保契約付債権、一般債権とする(本件清算協定二条、以下、後二者の債権を「一般債権等」という。)。

(3) 別除権付債権については、債権者において当該担保目的物を換価処分し、換価代金から換価費用を差し引いた額を債権の弁済に充当し、残額について一般債権等の例に従い配当を受ける。

別除権の存否について争いのある債権については、被告と当該債権者との間で争いが解決するまでの間、その全額を一般債権等の例により暫定的に弁済し、争いが解決した後弁済額の清算を行う(本件清算協定第三条)。

(4) 一般債権等については、基準日以後の遅延損害金及び利息を免除とし、前払利息については基準日において債権の弁済(遅延損害金、利息、元本の)をしたものとみなし(以下、その免除及びみなし弁済後の一般債権等の額を「配当基準債権」という。)、債権譲渡担保契約付債権の債権者は配当基準債権額の四三パーセントを、一般債権者はその四八パーセントを放棄したうえで、平成一三年四月二日まで六回に分割して配当を受ける(本件清算協定第四条)。

(三) 原告は、被告に対して多額の融資を行っていた債権者であり、本件清算協定に参加していたところ、原告の被告に対する特別清算債権(以下「本件特別清算債権」という。)の額は、次の(1)ないし(3)の合計一四二億〇一五一万五七〇二円である。

(1) 債権元本 一四〇億二六四四万三八三五円

当座貸越金一口、証書貸付金二口、手形貸付金八口及び求償債権一口の一二口の元本合計額である。

(2) 約定利息 二二万四六五七円

右当座貸越金(元本四億一〇〇〇万円)に対する平成七年八月二一日から八月三〇日までの間の年二パーセントの割合による利息である。

(3) 遅延損害金 一億七四八四万七二一〇円

右一二口に対する基準日の前日(平成七年一〇月二日)までの間の年一四パーセントの割合による遅延損害金である。

(四) 原告の配当基準債権の額を算出する際、右特別清算債権の額から、次の(1)及び(2)が控除されるべきことについては、原告と被告との間に争いがなかった。

(1) 相殺額 ▲一三九万〇〇二八円

被告の原告に対する平成七年八月三〇日時点の預金残高との相殺である。

(2) 前払利息(みなし弁済) ▲二一七二万九八五九円

〔右(1)及び(2)を控除後の本件特別清算債権の残額は一四一億七八三九万五八一五円となる。〕

4  本件契約の解約及び信託財産の処分

原告は、次のとおり、本件契約を解約し、本件信託に係る信託財産となっていた有価証券(以下「本件証券」という。)及び別段預金勘定の金銭四八六万七二二七円(以下「本件別段預金」という。また、本件証券と本件別段預金をあわせて「本件信託財産」という。)を処分した。

(一) 原告は、被告が特別清算開始の申立てをしたことから、平成七年九月一九日、本件契約条項一三条三項に基づき本件契約を解約して本件信託を終了させた(以下「本件解約」という。)。

(二) 原告は、本件別段預金四八六万七二二七円については、平成七年九月二七日、本件特別清算債権の遅延損害金を自働債権としてその対当額で相殺した。

(三) 原告は、本件証券については、基準日(平成七年一〇月三日)から本件清算協定の認可(平成八年三月一八日)までの間、次の(1)ないし(4)のとおり、本件証券の売却代金等(合計七億二一八七万五五一〇円)を本件特別清算債権に充当した。

(1) 平成七年一二月八日 株式の配当金 一三万二〇〇〇円

(2) 平成八年一月一一日 割引国債償還金 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(3) 平成八年二月二一日 株式の配当金 一七八万八〇〇〇円

(4) 平成八年三月六日 株式の売却代金 六億九九九五万五五一〇円

(四) したがって、原告の配当基準債権の額は、次の(1)から(2)ないし(4)を差し引いた一三四億五一六五万三〇七八円となる。

(1) 本件特別清算債権の額 一四二億〇一五一万五七〇二円

(2) 争いのない控除額 ▲二三一一万九八八七円

(3) 本件別段預金による相殺額 ▲四八六万七二二七円(右(二))

(4) 本件証券による充当額 ▲七億二一八七万五五一〇円(右(三))

5  しかるに、被告は、原告の配当基準債権の額は、次の(1)から(2)を差し引いた一四一億七八三九万五八一五円であると主張して、原告が本件信託財産から本件特別清算債権の優先弁済を受けることを争っている。

(1) 本件特別清算債権の額 一四二億〇一五一万五七〇二円

(2) 争いのない控除額 ▲二三一一万九八八七円

6  よって、原告は、被告との間で、本件別除権によって本件信託財産から優先弁済を受ける地位があることを確定するため、原告の配当基準債権の額が一三四億五一六五万三〇七八円であることの確認又は本件契約に基づく債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項ないし3項の各事実はいずれも認める。

2  同4項のうち、原告が解約の意思表示をしたこと及び原告が信託財産の処分をしたことは認めるが、その余は否認する。

3  同5項は争う。

4  同6項の事実は認める。

三  抗弁(本件信託上の受益権の弁済義務)

原告は、次の理由により、被告に対し、本件信託に係る受益権の弁済を行う義務を負っている。したがって、原告は、本件契約上の義務の履行として、被告に対し、本件信託財産に係る損失補填義務又は本件信託に係る受益権の弁済を行う義務を負う。

1  本件契約条項三条によれば、本件信託の期間は昭和六二年三月二一日以降一年間ごとに更新されていたのであり、最終の信託期間は、平成七年三月二一日から平成八年三月二〇日までとなっているところ、被告の本件信託財産の処分は、信託期間終了前に行われた信託の本旨に反するものであるから、原告は、信託法二七条に基づき、本件信託財産の損失を填補するか、または、平成八年三月二〇日までに本件信託を復旧したうえで、被告に対し、本件信託に係る受益権の弁済を行う義務を負っている。

2  仮に本件解約が有効で、これにより本件信託が終了したとしても、本件解約から本件信託に係る受益権の弁済がされるまでの間は、信託法六三条により当然に本件信託財産に係る信託が存続するものとみなされるのであり(いわゆる法定信託)、受託者である原告が本件信託財産を独自の判断で取得することなどできないのであるから、やはり、原告は、本件契約に基づき、被告に対し本件信託に係る受益権の弁済を行う義務を負う。

四  抗弁に対する認否

否認する。

1  本件信託は、本件信託財産処分時において、本件解約によって既に終了していたから、本件信託財産の処分は期間中に行われたものではなく、信託の本旨に反するものでもないから、原告は、信託法二七条所定の義務を負わない。

本件解約及び本件信託財産の処分は次に述べる理由により有効である。

(一) 本件契約の解約の根拠

(1) 本件契約は、投資顧問会社(兵銀投資顧問株式会社)に指図権の行使を委任し、株式の運用を図るという経済的なリスクを伴う取引であるが、解散によって行為能力が清算目的の範囲内に制限され、かつ、特別清算の開始を申し立てた株式会社がこのようなリスクを伴う取引を継続することは許されないところであるから、被告が解散のうえ特別清算の開始を申し立てたという事実は、本件契約条項一三条三項所定の「相当の事由により信託目的の達成もしくは信託事務の遂行が困難となった」との事由に該当するのであり、受託者である原告は、本件信託の期間終了をまつまでもなく解約によって本件信託を終了させることができるのである(なお、本件のように、委託者側の事情によって信託目的を遂行できなくなった場合には、右契約条項にいう「事前通知」は必要がないと解すべきである。)。

(2) 仮に、右契約条項に基づく解約が有効ではないとしても、被告は、銀行取引約定五条により、平成七年九月一八日(特別清算開始申立時)に本件特別清算債権についての期限の利益を喪失しており、この場合、原告は、銀行取引約定七条一項により、本件信託財産の処分金額を本件特別清算債権に充当することができることになるのであるが、銀行取引約定七条一項は、本件信託財産の処分のために本件信託契約を終了させることを当然に予定している約定であるから、本件信託契約に関する「別段の定」(信託法五九条)に該当すると考えられ、本件解約は、銀行取引約定七条一項によるものとして有効である。

(二) 原告が本件信託財産を処分しうる根拠

(1) 原告は本件別段預金の相殺権及び本件証券に対する商事留置権を有する。

(2) 本件信託は、委託者(受益者)である被告が、原告からの融資金を原資とする利殖目的の信託であり、融資銀行である原告は、信託財産をその融資見合いとしていたのであって、信託が終了した場合には、原告は、被告に引き渡すべき財産が金銭の場合にはそのまま相殺し、有価証券の場合には銀行取引約定四条四項により換価・充当することを当然に予定していた(このようなことは信託業界においては広く行われている。)。

したがって、原告が、本件別除権を行使し、本件特別清算債権の優先弁済を受けることは当然の権利行使なのであって、法的にも社会的にもなんら非難されるべきものではない。

2  信託法六三条の法定信託終了事由は信託財産の帰属権利者への移転であるが、同法六四条が信託にかかる受益者の費用もしくは損害賠償請求権に関して留置権を認めているように、信託財産の現実の引渡しをしなければ法定信託が終了しないというわけではない。

本件信託財産は、本件信託終了時に当然に受益者たる被告に復帰(帰属)し、占有改定により引渡しが終了するとともに法定信託も終了するのであるから、同法六三条に基づく原告の本件信託財産の引渡義務は本件信託財産処分時には既に消滅していたものである(同法六五条の清算義務は、受託者の責任解除の手続であって、信託の終了とは直接関係がない。)。

第三証拠《省略》

理由

第一訴えの適法性について

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、これによれば、原告の配当基準債権が一三四億五一六五万三〇七八円存在すること自体は、原告被告間で争いとなっているわけではないから、配当基準債権に関する原告の確認請求は、正確には、配当基準債権が右金額を超えては存在しないことの確認を求める趣旨と解される。

配当基準債権の額は、特別清算における債権者集会の議決権の額に関係するとともに(商法四四〇条一項)、本件清算協定を履行する基準となる数額であるという意味で、特別清算を進めるための手続上の指標となる数額であるが、結局は、実体法上の債権債務の数額を加算・減算した結果得られる抽象的な数額であり、その数額に争いがあるということは、その算出の基礎となる具体的な実体法上の権利義務に争いがあるということにほかならないわけである。

したがって、当事者間で争いとなっている実体法上の権利義務の存否を既判力によって確定しないまま、判決で配当基準債権の抽象的な数額を確定するだけで紛争の公権的解決が図られることになるのかという点は疑問であるといわざるをえず、配当基準債権の額は、これを確定する特殊な訴えが設けられていない現行法の下においては、確認判決によって確定する対象とすることが困難である。

二  ところで、原告の配当基準債権が一三四億五一六五万三〇七八円を超えて存在するかどうかは、原告が本件信託財産から本件特別清算債権の優先弁済を受ける地位にあったのかどうかにかかっているのであり、民事訴訟において確定すべき対象は、本件信託財産の上に原告が優先弁済請求権を有しているかどうか(原告主張の本件別除権の行使によってこれを実現することができるかどうか)であるということになる。

ところが、優先弁済を受ける地位あるいは本件別除権は、その存在が肯定されれば、被担保債権と対当額で消滅し現在の権利としては存在しないため、その存否を確定することは過去の権利義務の確定とならざるをえず、現在の権利義務を確定したことにならない。

三  したがって、配当基準債権額の算定基礎となる実体法上の権利義務に関して生じた紛争を解決するためには、原告の被告に対する本件契約上の義務が現在もなお存続しているのか、それとも、本件特別清算債権に対する優先弁済の結果として消滅しているのかを確定する、すなわち、本件契約上の義務の存否を確認判決で確定する必要があるということになる。

四  右のとおりであり、配当基準債権の確認請求(請求の趣旨1項)に係る訴えは確認の利益に欠ける不適法な訴えであり、却下を免れないが、本件契約上の義務の不存在確認請求(請求の趣旨2項)に係る訴えは適法なものということになる。

そこで、以下、原告の被告に対する本件契約上の義務の存否について検討する。

第二本件解約の有効性について

一  《証拠省略》によれば、原告と被告とは、本件信託の期間について、昭和六一年一〇月二四日から昭和六二年三月二〇日までとし、その後は、被告が期間終了三〇日前までに別段の申出をしない限り一年ごとに更新されるものと合意していることが認められる。

したがって、本件信託の最終期間は平成七年三月二一日から同八年三月二〇日までであったことになる。

二  ところで、原告は、特別清算の開始を申し立てたことが本件契約条項一三条三項所定の解約事由となり、平成七年九月一九日に行った本件解約により本件信託は期間途中で終了すると主張しているので、その点について検討する。

1  本件契約条項一三条三項は、「受託者は、第1項の定めにかかわらず、経済情勢の変動その他相当の事由により信託目的の達成もしくは信託事務の遂行が困難となったと認めたときは、委託者(受益者)に事前通知のうえ、この信託契約を解約することができるものとします。この場合、解約によって、生じた損害について、受託者はその責任を負いません。」と定めている。

2  そこで、本件信託の委託者兼受益者である被告が特別清算開始を申し立てることが「経済情勢の変動その他相当の事由により信託目的の達成もしくは信託事務の遂行が困難となった」場合に該当するかどうかについて検討する。

特別清算は、解散によって清算中の株式会社に債務超過の疑いがある等の場合、商法四三一条以下の規定に従い、清算人等の申立てを受けて裁判所の決定で開始され、裁判所の監督下で、債権者との協定を柱として進められる清算手続であり、一種の倒産手続であるが、典型的な倒産手続である破産と比較した場合、法律による統制がかなり緩やかである。例えば、特別清算の開始決定がされても、会社(清算人)の財産管理権限は剥奪されず、会社(清算人)による会社財産の管理が許されており、任意の弁済は全面的には禁止されないし否認権の制度もない。法律による厳格な統制は、協定成立又は協定実行の見込みがなくなった場合に、改めて破産原因が認定され破産宣告がされた後に行われることが予定されている。

3  したがって、被告が特別清算の開始を申し立て、早晩その開始決定がされるであろうという状況になったとしても、被告が、信託契約の当事者となる資格・適格を喪失するということになるわけではないし、本件信託に関する原告の権限に影響が生じる(原告がした処分行為が後に否認権の行使によって否定される)といった事態が生じるわけでもないのであるから、被告が特別清算の開始を申し立てた事実は、信託事務の遂行を困難ならしめる事情とすることはできない。

4  また、特別清算における清算人は、協定に従って弁済を行うための弁済原資を獲得するため、適切な時期に、有利な条件で会社財産を換価すべきであるということができる。

そして、本件信託が特別清算申立時において既存のものであり、しかも、極端に投機的な資金の運用(外国為替や商品取引への投資)を目的とするものでもないのであるから、被告の清算人としては、特別清算開始を申し立てた後協定が認可されるまでの間(あるいは協定に従って実際に弁済を行うまでの間)、運用リスクとの関係で可及的速やかに本件信託を終了させることが当然に期待されていたということはできず、被告の清算人が信託の期間が終了するのを待ち、株式や公社債の現物の交付を受け、適宜の時期にこれらを換価することは何らとがめられる事柄ではない。

そうだとすれば、被告が特別清算の開始を申し立てた事実を信託目的の達成を困難ならしめる事情とすることもできない。

5  もっとも、《証拠省略》によれば、被告が特別清算の開始を申し立てたことにより、銀行取引約定五条所定の被告の期限の利益の喪失事由が発生し、本件特別清算債権の弁済期が一挙に到来したことは明らかであり、特別清算開始の申立ては、被告の経済的地位に大きな変動をもたらしてはいるが、本件契約条項一三条三項の解約事由に該当すると考えることは困難なのである。

したがって、本件解約は、解約事由がないのに行われたものといわざるをえず、これによって本件信託が終了したということはできない。

三  原告は、本件解約は、銀行取引約定七条一項によるものとして有効であるとも主張しているので、この点について検討する。

1  甲第一号証の銀行取引約定書は、銀行法によって営業の免許を受けた銀行が、取扱いを許された業務を行う際、不特定多数の相手方との取引関係を画一的で明確なものとする目的で予め作成された約定が記載された文書であり、そこにいう「銀行取引」とは、銀行が取扱いを許された業務、すなわち、銀行法一〇条一項及び二項所定の業務であると解される。

2  ところで、信託業務は、銀行法によって銀行が取扱いを許された業務ではなく、原告は、銀行法による免許とは別に、普通銀行ノ信託業務ノ兼営ニ関する法律一条による免許(認可)を受けて初めて、信託業法によって信託会社が営む業務(本件信託もこれに含まれる。)を行うことができるのである。

そして、信託会社や信託銀行が行う業務については、信託業法施行細則や普通銀行の信託業務の兼営に関する法律施行細則によって相当に詳細に規制が加えられているところである。

3  したがって、信託業務は、銀行取引約定書記載の約定が適用される銀行取引に含まれるということはできず、銀行取引約定七条一項によって本件信託の解約が正当化される理由はない。

第三本件信託財産の処分(原告の本件信託財産から優先弁済を受ける地位)について

前記認定によれば、原告は本件信託の期間の途中であった平成七年九月二七日から平成八年三月六日までの間に本件信託財産を処分したことになるところ、次に述べるとおり、原告は、本件信託財産から優先弁済を主張すべき地位にあるとはいえない。

一  信託財産である本件別段預金と本件特別清算債権との相殺(請求原因4(二))は、信託法一七条に違反するから、これを有効な相殺と認めることはできない。

被告が原告に対して本件別段預金の交付を求める権利(本件信託に係る受益権)が、銀行取引約定七条一項にいう「預金その他の債権」に該当するかどうかは疑問であるが、少なくとも、信託業務に関する本件別段預金については、信託業務に関する本件契約条項一四条が、銀行取引に関する銀行取引約定に優先して適用されなければならないことは明らかであり、銀行取引約定による相殺あるいは差引計算はできない。

二  本件証券は、本件信託終了前は原告の所有に属する財産であって、原告からみて他人の財産ではないから、法律上、本件証券について原告に留置権が発生する余地はない。

三  また、原告は、本件解約によって本件信託が終了したことを前提としてではあるが、本件信託に係る受託財産(金銭)が原告からの融資金であり、本件証券を銀行取引約定四条四項により換価することは何ら不当ではないかのように主張している。原告が本件証券について商事留置権を取得すると仮定しても、何故、法定の担保権実行の手続によらないで自らこれを売却することが許されるのかは疑問であるが(銀行取引約定四条四項による留置手形の取立を許容した最高裁平成一〇年七月一四日第三小法廷判決民集五二巻五号一二六一頁が有価証券に妥当するのかは疑問である。)、その点はおくとしても、原告の右主張は、信託の期間途中で本件証券の処分が実質的に違法ではないとの主張とも受け取れるので、右主張についても一応検討することにするところ、以下の理由により、原告の主張を採用することはできない。

1  原告が、受託財産となるべき融資金についての貸金債権を保全しようと思えば、本件信託に係る受益権の上に、原告を担保権者とする質権を設定することが可能であったと思われる(信託法一七条がそのような質権設定まで禁止しているものとは解されない。)。

そうだとすれば、原告の貸金債権の保全は質権設定という、疑義のない明確な手段によって行われるべきであり、質権設定という貸金債権の保全措置がとられていないにもかかわらず、ただ単に本件信託が信託財産を融資見合いとする信託であるとの理由から、直ちに、原告による本件証券の処分を正当化することは困難である。

2  信託業務は、銀行取引約定の適用がある銀行取引には該当しないのであるから、銀行取引約定四条四項に基づいて本件証券の換価が当然に許容されることにもならない。

第四本件信託上の受益権の弁済義務について

一  銀行取引の別段預金勘定は様々の保管金・預り金を整理する勘定科目であるところ、本件別段預金は、預金取引その他の銀行取引によって発生したものではなく、信託業務によって発生した保管金であるから、原告は、本件契約条項一四条に基づき、被告に対し、本件信託に係る受益権の弁済として、本件別段預金を現実に交付しなければならない。

したがって、本件別段預金四八六万七二二七円は、本件信託終了時(平成八年三月二一日)に現存する金銭として原告から被告に交付されなければならない。

二  本件証券の配当金及び償還金の取得並びにその売却及び売却代金の取得(請求原因4(三))は受託者である原告が「信託ノ本旨ニ反シテ信託財産を処分シタ」場合(信託法二七条)に該当するから、原告は、委託者兼受益者である被告に対し、これによる損失(合計七億二一八七万五五一〇円)を填補する義務を負う(なお、本件においては、被告は、現実に本件証券の復旧を求めた事実を主張立証しておらず、原告が、復旧後の現物財産を交付する義務の存在を主張しているものと解することができない。)。

また、右損失填補義務は、原告が、特別清算開始決定の日(平成七年一〇月三日)の後に被告に対して負担するに至った債務であるから、本件特別清算債務と相殺あるいは差引計算できないものと解される(商法四五六条一項、破産法一〇四条一項)。

三  右のとおりであるから、原告は、被告に対し、本件別段預金四八六万七二二七円の交付義務及び本件証券の損失七億二一八七万五五一〇円の填補義務を負うのであり、これら義務と本件特別清算債権との相殺あるいは差引計算は許されないから、原告は、本件契約上の義務として、被告に対し、七億二六七四万二七三七円の支払義務を現に負担しているものといわなければならない。

第五結論

以上の次第で、請求の趣旨1項の請求に係る訴えを却下し、請求の趣旨2項の請求については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋詰均 裁判官 永田眞理 鳥飼晃嗣)

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