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神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)11号 判決 2001年10月17日

原告(選定当事者)

杤尾捨吉

同訴訟代理人弁護士

北山六郎

同訴訟復代理人弁護士

土井憲三

林晃史

池田和世

高橋正樹

原告(選定当事者)

杤尾浩子

選定者

川原周二

(ほか10名)

被告

尼崎市建築主事 福島昭夫

被告

尼崎市長 宮田良雄

被告両名訴訟代理人弁護士

木下卓男

今井陽子

上谷佳宏

幸寺覚

福元隆久

山口直樹

被告尼崎市長指定代理人

坂根惇

吉田尚弘

橋本謙二

谷口敏郎

村上稔

安田光俊

香束智基

被告

尼崎市建築審査会

同代表者会長

山田稔

同訴訟代理人弁護士

後藤由二

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 本案前の答弁に対する当裁判所の判断

1  被告建築主事に対する訴えについて

(1)  本件裁決の取消しを求める訴えの適法性

ア  「裁決取消しの訴えは、裁決をした行政庁を被告として提起しなければならない」(行政事件訴訟法11条1項)ところ、〔証拠略〕によれば、本件裁決は被告審査会が行ったものであると認められる。

そうすると、原告らの本件裁決の取消しを求める訴え(請求1(1))は、裁決をした行政庁を被告としない訴えであるから、不適法であることが明らかである。

(2)  本件各建築確認の取消しを求める訴えの適法性

ア  〔証拠略〕によれば、本件各建築確認に係る建築物は、いずれも次のとおり完成していることが認められる。

(ア) 尼崎市猪名寺1丁目621番2の土地上の建築物は、平成9年1月20日ころ完成した(〔証拠略〕)。

(イ) 尼崎市猪名寺1丁目642番の土地上の建築物は、既に完成している(〔証拠略〕)。

イ  ところで、建築基準法によれば、建築主は、同法6条1項の建築物の建築等の工事をしようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係規定」という。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(同法6条1項)、建築確認を受けない建築物の建築等の工事はすることができないものとされている(同法同条5項)。また、建築主は、工事を完了した場合においては、その旨を建築主事に届けなければならない(同法7条1項)。建築主事は、上記工事完了届を受理した場合、建築関係規定に適合しているかどうかを検査し(同法同条2項)、適合していることを認めたときは、建築主に対して検査済証を交付しなければならない(同法同条3項)。そして、特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の除却その他これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命じることができるとされている(同法9条1項)。

これらの一連の規定に照らせば、建築確認は、建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係法規に適合していることを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ上記工事をすることができないという法的効果が付与され、建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的にしたものということができる。ところで、上記工事が完了した後における建築主事の工事完了検査は、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを基準とし、特定行政庁の是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とするものであり、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、是正命令を発するか否かは、特定行政庁の裁量に委ねられている。

したがって、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正の命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではないから、建築確認は、それを受けなければ当該工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであり、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるというべきである(最高裁判所昭和59年10月26日第2小法廷判決・民集38巻10号1169頁参照)。

ウ  これを本件についてみるに、前記アのとおり、本件各建築確認に係る本件各建物は、いずれも既にその工事が完了しているから、原告らが本件各建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われたものというほかない。

さらに、原告らは、予備的請求として、本件建築確認の一部の取消しをも求めているが、同様の理由でこれらの予備的請求についても訴えの利益がないことは明らかである。

したがって、原告らの各建築確認の取消しを求める訴え(請求1(2))も、いずれも不適法といわなければならない。

2  被告市長に対する訴えについて

(1)  2項道路一括指定処分の確認を求める訴えの適法性

ア  本件告示の内容

原告らが問題とする2項道路指定(兵庫県知事・昭和25年12月21日告示785、尼崎市長・昭和40年10月1日告示118。本件告示)は、下記のとおりの内容である(〔証拠略〕)。

建築基準法42条2項の規定による道を、「昭和25年11月23日時点で現に存在する幅員4メートル未満1.8メートル以上の道」と指定する。

イ  検討

(ア) 2項道路一括指定処分の確認を求める訴え(請求2(1))は、2項道路一括指定処分があったことの確認を求めるものであるから、行政事件訴訟法3条4項にいう「無効等確認の訴え」、具体的には、処分の存在の確認を求める訴えに該当する。したがって、上記訴えが適法であるためには、本件告示が行政処分性を有することが必要となる。

(イ) ところで、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政処分)(行政事件訴訟法3条)とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」(最高裁昭和39年10月29日判決・民集18巻8号1809頁)。

(ウ) これを本件についてみるに、本件告示は、包括的に一括して「昭和25年11月23日時点で現に存在する幅員4メートル未満1.8メートル以上の道」を2項道路とすると定めたのにとどまり、特定の土地について個別具体的に2項道路と指定したものではなく、まして、原告らを名宛人としてなされたものでもなく、あたかも新たな法令が制定された場合におけると同様に、本件で2項道路の指定を受けた道路に関係する不特定多数者に対する一般的抽象的なものに過ぎない、いわゆる講学上の一般処分に当たることが明らかである(最高裁判所昭和57年4月22日第1小法廷判決・民集36巻4号705頁参照)。

本件告示のような包括的指定によって具体的にどの道路が2項道路に当たるかも不明であり、本件告示自体によって、直ちに建築制限等の私権の制限が生じるものと認めることはできない。

(エ) すなわち、包括指定方式により2項道路の指定がされた場合には、同指定が当該道路部分に建築基準法及び告示に規定されている要件が備わっているかどうかを検討・確認することが必要となる。

しかし、この検討・確認作業は、本件告示による2項道路の指定後において、個別具体的な建築確認申請に対する審査や道路内建築制限違反に対する建築物除却措置命令等の手続の中でされることになるのであり、その結果、同建築確認や建物除部措置命令等の行政処分を通じて、初めて同指定が現実具体的に個人に対する権利義務に影響を及ぼすか否かが判然とするのである。

(オ) したがって、本件告示には行政処分性がないといわざるを得ない。そのように解しても、本件告示による指定を前提とした具体的な行政処分(建築確認、建築物除却措置命令など)がなされたとき、その処分の取消しを求めることによって権利救済の途が残されているため、格別不都合はないといえる。

ウ  まとめ

以上によれば、原告らの2項道路一括指定処分の確認を求める訴え(請求2(1))は、無効等確認の訴えの適法要件(処分性)を欠くもので不適法である。

(2)  回答文書による行政処分取消しを求める訴えの適法性

ア  原告らは、尼崎市都市局長が原告杤尾捨吉に対し、平成9年10月27日付け回答書(〔証拠略〕。但し、書き込み前のワープロ活字部分に限る。)を送付したことが、「A~C道路を2項道路でないとした行政処分」に該当すると主張する。

イ  ところで、「抗告訴訟」は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であり(行政事件訴訟法3条1項)、「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める訴訟である(同条2項)ところ、そこでいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、前示(1)イ(イ)のとおりである。

ウ  ところが、本件では、尼崎市都市局長(行政庁たる尼崎市長の一機関にすぎず行政庁ではない。)が、原告杤尾捨吉に対し、A~C道路の2項道路の取扱いに関して説明した文書(上記回答書)を送付したにすぎないのであり、同文書の送付が、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」に該当しないことは明らかである。

したがって、上記回答書の送付は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政処分」には該当しないというべきである。

エ  以上の次第で、原告らの回答文書による行政処分取消しを求める訴え(請求2(2))も、処分取消しの訴えの適法要件(処分性)を欠くものであって、不適法であるといわなければならない。

(3)  是正命令発付請求等を求める訴えの適法性

ア  是正命令発付請求等を求める訴え(請求2(3))は、被告市長に対し、本件各建築確認に係る建築物について、被告市長が建築基準法上の特定行政庁として有する同法9条1項に基づく是正命令を発する権限を行使すべきこと、及びそのような是正命令を発する義務があることの確認を求める訴えである。

これらのことを求める訴えは、いずれも行政庁に公権力の発動を求め、あるいは行政庁が公権力の行使をすべき義務があることの確認を求める訴訟類型であるから、いわゆる無名抗告訴訟としての義務付け訴訟に該当する。

イ  ところで、義務付け訴訟は、三権分立の立場から、行政庁の第一次的判断権を尊重するという趣旨において、原則的には不適法として許されないというべきであり、例外的に許容されるためには、少なくとも、行政庁の第一次的判断権を留保することが必要でないと認められる場合、換言すれば、具体的事情に照らして、行政庁が原告の求める処分をすべきことについて法律上覊束されていて、行政庁に裁量の余地が全く残されていないような場合であること、すなわち一義的明白性の要件が必要であると解するのが相当である。

ウ  しかるところ、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであり(同法1条参照)、同法9条1項により是正命令の権限が特定行政庁に付与された趣旨も、その行使によってかかる行政目的の達成に寄与すべきことにある。

したがって、特定行政庁は、このような見地に立った上で、同法に違反する建築物又は工作物の違反の内容及び程度並びにこれにより近隣住民の受ける被害の内容及び程度、是正命令により建築主の受ける損失の程度、建築主による自発的な違反解消措置の取られる見込み等諸般の事情を総合考慮した上で、その合理的な判断により、上記各権限の行使をするか否か、行使するとした場合はいついかなる方法で行うか等を決すべきものであり、上記各権限の行使及び不行使については、行政庁の広汎な裁量に委ねられているものということができる。

エ  そうすると、原告らが本件訴えにより求める被告市長の是正命令の処分権限の行使ないしはそれをすべき義務の確認については、その違反の程度が著しく、これによって住民に継続的な重大な生活利益の侵害が生じ、違反者がみずから違反状態を解消する見込みが全くない上、特定行政庁の権限行使が容易かつ有効適切で、他に適切な救済手段がないような場合であるなどの特段の事情がない限り、前記の義務付け訴訟が許容されるための前提を欠いているものといわざるを得ない。

ところが、本件においては、被告市長が是正命令を発することが一義的明確であるとは到底いえないから、結局、原告らの是正命令発付請求等を求める訴え(請求2(3))も、不適法であるといわざるを得ない。

3  被告審査会に対する訴えについて

(1)  事実の認定

〔証拠略〕によれば、本件裁決に係る事実経過は次のとおりと認められる。

ア  原告杤尾捨吉、同杤尾浩子及び訴外杤尾あい子は、平成9年12月26日付けで、本件裁決に係る審査請求をした。

イ  被告審査会は、平成10年1月20日付けで、上記審査請求に対する本件裁決を行い、同月21日、本件裁決書を原告杤尾捨吉に送付した。

ウ  原告杤尾捨吉は、平成10年1月23日、本件裁決書を受け取った。

エ  原告らは、平成10年4月21日に本訴を提起したが、本訴提起時点では被告審査会を被告とはしていなかった。

オ  ところが、原告杤尾捨吉は、平成10年6月24日受付の「訴状の補正等」と題する書面で、被告に被告審査会を加える旨の申立てをした。

(2)  検討

取消訴訟は、裁決があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならない(行政事件訴訟法14条1項)。ところが、上記(1)の事実によると、原告杤尾捨吉は、本件裁決書を受け取った日から3か月以上経過してから、被告に被告審査会を加える旨の申立てをしている。

そうすると、被告審査会に対する訴え(請求3)は、出訴期間経過後に提起したものであるから、不適法であることが明らかである。

第4 結論

以上によれば、本件訴えはいずれも不適法なものであるから、却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 中村哲 今井輝幸)

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