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神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)17号 判決 2002年11月21日

原告

株式会社メイヨー(X)

同代表者代表取締役

植中倫子

同訴訟代理人弁護士

斎藤浩

河原林昌樹

藤井篤

被告

神戸市中央区長(Y) 片瀬範雄

同訴訟代理人弁護士

飯沼信明

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第4 争点に対する当裁判所の判断

1  争点1(新築建物の「家屋」該当性)について

(1)  新築建物の場合の「家屋」の意義

ア  地方税法は、固定資産税の課税客体たる「家屋」について、341条3号で「住家、店舖、工場(中略)、倉庫その他の建物をいう」と規定しているが、新築建物がどの程度まで建築されたときに「家屋」となるかについては、明文の規定を置いていない。

イ  ところで、固定資産税は、家屋等の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であるところ、新築の家屋の場合は、一連の新築工事が完了した段階において初めて家屋としての資産価値が定まり、その正確な評価が可能になる。また、新築工事中の建造物は、工事の途中においても、一定の段階で土地を離れた独立の不動産となり得ることは否定できないが、賦課期日において工事途中の建物が不動産となったかどうか及びその所有者が誰であるかを明確に認定判断し、これに固定資産税を課すことは、課税技術的に必ずしも、容易なことではなく、かかる課税を行うことになれば課税の公平を期し難い。

このようなことからすると、新築の家屋は、一連の新築工事が完了した時に、固定資産税の課税客体となると解するのが相当である(最高裁判所昭和59年12月7日判決・民集38巻12号1287頁参照)。

ウ  他方、固定資産税の課税客体たる「家屋」とは、不動産登記法の建物と同義であり、従って建物登記簿に登記されるべき建物をいう(地方税法及び同法施行に関する取扱についての依命通達〔市町村税関係〕・昭和29年5月13日自乙市発22号各都道府県知事宛自治庁次長通達)。

そして、不動産登記法上の建物については、屋根及び周壁又はこれに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいう(法務省民事局長通達・不動産登記事務取扱手続準則136条1項)。すなわち、建物の表示登記には、建物の「種類」(居宅、店舗、旅館、工場、倉庫等)を登記しなければならないところ、このような種類が認定し得る状態に達していること、換言すれば種類ごとの用途に供し得るに十分な構造に達していることが必要である。

エ  以上のことからすると、不動産登記法上の建物、すなわち固定資産税の課税客体たる「家屋」となる時期は、純粋に建築学的な工事の進捗状況から画一的に決まるとは限らず、建物の使用目的によって若干異なるものと解される。

これを本件について見るに、本件建物の使用目的は、「ホテルシェレナ」の客室棟及び駐車場であるから(前記第2の2(2)ア(ア)d)、その目的とする営業の用に供され得るに十分な構造に達していることを要することとなる。

オ  都市計画税は、固定資産税と同種の性格を有するものと解されるから、これを固定資産税における「家屋」の意義と別異に解さなければならない理由はない。

(2)  本件建物についての検討

ア  事実の認定

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(ア) 本件請負契約の締結

原告は、長谷工及び小林志朗との間で、平成元年10月21日、次の約定で本件請負契約を締結した。

a 注文主 原告

b 請負人 長谷工

c 監理者 小林志朗

d 使用目的 「ホテルシェレナ」の駐車場及び客室棟(地下2階から地上5階までは駐車場、1階はレストラン等、地上6階から13階まではホテルの客室)

e 完成日 平成3年4月末日

f 請負代金額 60億円(消費税抜き)

(イ) 工事進捗状況

a 本件建物の工事完了検査日である平成3年5月23日までには、本件建物の基礎工事、主体構造部分(基礎、屋根構造、床構造等)工事(鉄骨工事、鉄筋工事及びコンクリート工事)、外周壁骨組工事、屋根仕上工事、外壁仕上工事、間仕切骨組工事、内壁仕上工事、床仕上工事、天井仕上工事、建具工事、建設設備工事等の工事が完了していた。

b もっとも、1階レストラン(設計未了)、美容・着付室、ラウンジ、ホテル客室、ELVホール、2号階段等の一部内装とそれに伴う設備は未完成であり、その部分の付属機器は未取付であった。

c しかし、客室部分の給水・給湯・排水・通気設備(パイプ等)、衛生設備(洗面器、水栓類)、空調設備(ヒーター、ダクト、ファン類)、電気設備(動力、電灯、配線等)、消防設備は、正常に取り付けられ、正常に機能し、結露現象及び破損箇所等は認められず、設計図書に基づく機能を有していた。

(ウ) 請負代金等の支払

a 本件建物の建築請負契約上の請負代金額は、60億8000万円であり、最終的な出来形報酬額は、96億5253万6359円であった。

b 原告は、平成3年1月31日までに、長谷工らに対し、次のとおり合計66億8288万円の支払をした。

(a) 昭和62年3月27日 建築工事発注証拠金 6億1400万円

(b) 昭和62年3月27日 設計企画料 2億5000万円

(c) 昭和62年9月10日 総合監理料 2000万円

(d) 平成元年10月2日 近隣対策費 4100万円

(e) 平成2年5月31日 近隣対策費 3728万円

(f) 平成2年8月31日 建築代金 19億円

(g) 平成3年1月31日 建築代金 38億円

(h) 建築関係費用合計 63億1400万円

(i) 総合計 66億6288万円

(エ) 各種検査手続の完了

a 本件建物は、神戸市建築主事により、平成2年2月16日、建築基準法6条1項に基づく建築確認を受けて建築確認済証の交付を受けた建物であるが、平成3年5月23日、同法7条4項に基づく工事完了検査がなされ、平成3年5月27日、同法7条5項に基づく工事完了検査済証の交付を受けた。

b 本件建物は、神戸市生田消防署長により、平成3年5月20日、建物内の消防用設備等が消防法17条の技術上の基準に適合しているか否かの査察を受け、13項目の改修すべき事項の指示を受けた。これに対し、原告は、直ちに改修及び改修計画の策定を実施し、平成3年5月23日、上記指示事項についての再度の査察を受けた結果、平成3年5月25日、上記消防用設備等が上記技術上の基準に適合していない点はないことを証明する消防用設備等検査済証の交付を受けた。

c 原告の関連会社で原告からホテルシェレナの経営委託を受けていた太陽実業株式会社により、平成3年4月23日、神戸市旅館業法施行規則(昭和60年3月規則第66号)8条1項に基づく本件建物における旅館業営業許可申請がなされ、平成3年5月28日、神戸市中央保健所長により旅館営業許可を受け、旅館営業許可書の交付を受けた。

(オ) 原告による不動産取得の申請

a 不動産を取得した者は、原則として、不動産を取得した日から60日以内に、不動産を取得した者の氏名又は名称等及び当該不動産が家屋である場合には、家屋の所在地、家屋番号、種類、構造、床面積等及び不動産の取得年月日、取得の原因を記載した申告書を知事に提出しなければならない(兵庫県税条例53条1項)。

b 原告は、平成3年7月9日、原告が平成3年5月31日本件建物を新築してその所有権を取得したとして、兵庫県税条例53条1項に基づく不動産取得の申告をした。

(カ) 本件建物の未引渡し

a そのころ、原告と長谷工らとの間で、本件建物建築工事に関する紛争が生じていた。

b そのため、長谷工らは、請負残代金債権に係る留置権を主張して、現在に至るまで本件建物を共同占有しており、原告は未だ本件建物の引渡しを受けていない状態にある。

イ  検討

(ア) 以上の事実を総合すると、本件建物は、工事完了検査日である平成3年5月23日ころまでに、ホテル及び駐車場としての営業の用に供されるに十分な構造に達していたものと認められる。

よって、本件建物は、一連の新築工事を完了していたものと認められ、したがって、固定資産税の賦課期日である平成4年1月1日において、固定資産税の課税客体たる「家屋」に該当するものと解される。

(イ) これに対し、原告は、給水・給湯・排水通気設備、消防設備、衛生設備、空調設備等、本件建物の一部に未施工箇所があることを縷々主張するが、このような本件建物の設備の一部に未施工箇所が存在することは、本件建物が課税対象となる「家屋」に該当することを否定するものではない。

ウ  小括

以上より、原告の主張には理由がなく、本件各賦課処分は、固定資産税及び都市計画税の課税客体たる「家屋」に対して課されたものであり、適法である。

2  争点2(瑕疵ある建物の「家屋」該当性)について

(1)  争点1に対する認定判断で説示したとおり、本件建物は、一連の新築工事を完了し、ホテル及び駐車場としての営業の用に供されるに十分な構造を有するものであり、固定資産税及び都市計画税の課税客体たる「家屋」に該当する。

(2)  かかる「家屋」該当性は、建物に瑕疵が存在したとしても、否定されるものではない。なぜなら、本件建物の瑕疵については、注文主と請負人との問で、瑕疵修補請求やそれに代わる損害賠償請求などにより解決すべき問題だからである。

(3)  よって、原告の主張には理由がなく、本件各賦課処分は適法である。

3  争点3(「所有者」該当性)について

(1)  「所有者」についての主張の可否

固定資産税の納税義務者は、固定資産賦課の基礎となる固定資産課税台帳に登録された事項について不服がある場合には、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる(地方税法432条1項)。これは、固定資産税特有の行政救済手続であるが、その対象となる事項については、この審査の申出によってのみ争うことができ、他の手段(例えば、本件のような課税処分に対する不服申立て)によってこれを争うことはできない(同条3項、同法434条2項)。

(2)  本件建物についての検討

ア  本件建物は、未登記建物であり、家屋補充課税台帳に登録されているものであるところ、家屋補充課税台帳には、<1>所有者の住所・氏名又は名称、<2>家屋の所在、家屋番号、種類、構造、床面債、<3>基準年度の価格又は比準価格が登録される(地方税法381条4項)。

よって、家屋補充課税台帳の登録事項である家屋の「所有者」についての不服は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ、かつこの方法のみに限定されるものと解される(償却資産につき、最高裁判所昭和44年3月11日判決・裁判集民事94号605頁参照)。

イ  したがって、本件建物の「所有者」については、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項であるから、原告は、本件各賦課処分の適法性を争う本件訴訟において、本件建物の所有権の帰属を争い、自己が本件建物の所有者でないことを主張することはできない。

(3)  まとめ

以上より、原告の主張には理由がなく、本件各賦課処分は適法である。

4  争点4(「価格」の誤り)について

(1)  「価格」についての主張の可否

前記3(1)で説示したとおり、固定資産税の納税義務者は、固定資産賦課の基礎となる固定資産課税台帳に登録された事項について不服がある場合には、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることによってのみ争うことができる(地方税法432条1項、同条3項、同法434条2項)。

(2)  本件建物についての検討

ア  本件建物は、未登記建物であり、家屋補充課税台帳に登録されているものであるところ、家屋補充課税台帳には、<1>所有者の住所・氏名又は名称、<2>家屋の所在、家屋番号、種類、構造、床面積、<3>基準年度の価格又は比準価格が登録される(地方税法381条4項)。

よって、家屋補充課税台帳の登録事項である家屋の「価格」についての不服は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ、かつこの方法のみに限定されるものと解される。

イ  したがって、本件建物の「価格」については、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項であるから、原告は、本件各賦課処分の適法性を争う本件訴訟において、本件建物の「価格」の誤りを主張することはできない。

(3)  原告の主張の検討

原告は、本件建物の「価格」の前提となる事項についての不服を申し立てるものであると主張するが、当該事項は結局、本件建物の未完成部分及び瑕疵の存在を指すようであり、この点についての判断は、先に争点1・2に対する認定判断で説示したとおりである。

(4)  まとめ

以上より、原告の主張には理由がなく、本件各賦課処分は適法である。

5  争点5(権利濫用及び信義則違反)について

(1)  事実の認定

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

ア  本件建物は、工事検査完了日である平成3年5月23日ころ、建築工事が完了し完成した。

イ  しかし、本件建物建築工事に関し、原告と長谷工らとの間に紛争が生じていた。そこで、神戸市は、上記紛争が解決した後に、本件建物に係る固定資産税及び都市計画税を課税することとした。

ウ  ところが、その後、上記紛争の解決には長期間を要する見込みとなったため、神戸市は、上記紛争の解決を待たないで、原告に対し、固定資産税及び都市計画税を課することとした。

エ  ところで、本件建物は、未登記であったため、神戸市が本件建物について固定資産税及び都市計画税を賦課するためには、まず家屋補充課税台帳に登録すべき事項について調査し、決定する必要があった。

そこで、神戸市の担当職員は、平成4年10月9日及び平成6年12月6日、本件建物の現地調査に赴き、現状確認及び調査をしたが、原告と長谷工らとの間の紛争のため、本件建物について、家屋補充課税台帳に登録すべき事項を決定するための詳細な調査を尽くすことはできなかった。

このような状況の中で、神戸市の担当職員は、平成7年になって、ようやく、長谷工から本件建物建築工事の内訳明細書及び設計図書等の提示を受け、本件建物の価格、所有者など家屋補充課税台帳に登録すべき事項を決定するための詳細な調査が可能となった。そこで、神戸市の固定資産評価員は、平成7年7月19日、本件建物に立ち入って、再建築評点表を作成するための詳細な調査を実施した。

そして、神戸市は、その結果を基に、固定資産評価基準(地方税法403条1項、388条1項)に従って、本件建物の再建築費評点表を作成し、本件建物の価格を決定した。

さらに、神戸市は、原告、長谷工及びフジタに対し、本件建物の所有権の帰属についての回答を求めたところ、長谷工及びフジタは、平成7年10月、ともに本件建物は原告が所有するものであると回答し、その際、長谷工が提出した添付書類の中に、原告が自らを本件建物の所有者であると主張する記載が存在することが明らかとなった。

そのため、神戸市長は、本件建物の所有者を原告であると認定した。

オ  以上より、被告は、平成7年11月20日、原告に対し、本件各課税処分を行った。

カ  すると、原告は、本件各課税処分に不服があるとして、平成7年12月22日、固定資産評価審査委員会に対し、本件各課税処分の登録事項(所有者と価格)についての審査の申出をしたが、平成8年3月27日、その審査の申出は棄却された。

しかし、原告は、かかる審査決定に対し、その取消しの訴えを提起しなかった。

(2)  検討

ア  一方的で違法な課税処分について

(ア) 固定資産税及び都市計画税に係る賦課決定は、法定納期限(各年の4月30日)の翌日から起算して5年を経過した日以後はすることができないとされている(地方税法17条の5・3項、11条の4、362条1項、702条の7第1項、神戸市税条例41条1項、182条1項)。

本件建物は、上記1(2)ア(イ)(前記19頁)で認定したとおり、工事完了検査日である平成3年5月23日ころ完成したものである。

よって、本件各賦課処分の法定納期限は、各年の4月30日となり、平成7年11月20日付けでなされた本件各賦課処分は、いずれも法定納期限の翌日から起算して5年を経過する日より前になされた適正なものである。

(イ) また、前記(1)の認定事実によると、本件建物は未登記であるので、固定資産税等の賦課にあたり、まず登録事項について調査し、決定する必要があったが、原告と長谷工らとの間で紛争が生じており、神戸市の職員が、そのための詳細な調査をすることは容易でなかった。このような状況の中で、神戸市の担当者は、平成7年になってようやく、本件建物の再建築費評点表を作成し、価格、所有者など家屋補充課税台帳に登録すべき事項を決定するための詳細な調査が可能となり、本件各賦課処分は、その結果に基づいてなされたものである。

(ウ) 上記(ア)(イ)の諸事実に照らせば、被告は、平成7年11月20日、原告に対し本件各賦課処分をし、過去4年分の固定資産税及び都市計画税を一挙に賦課しているが、それにはやむを得ない事情があったことが認められ、本件各賦課処分が一方的で違法な課税処分であるとは認められない。

イ  二重課税について

(ア) 被告は、上記ア(イ)のような神戸市による独自の調査結果に基づき、地方税法等の定めに従い、本件建物は完成していたものと認め、本件建物について、固定資産税及び都市計画税の課税客体であると認定したのである。その認定判断に誤りはない。

(イ) ところで、本件建物についての固定資産税及び都市計画税(市町村税)の課税要件と、不動産譲渡所得(国税)に関する事業用資産の買換特例が認められるための要件とは、当然異にするものである。

それゆえ、本件建物について、被告から、固定資産税及び都市計画税(市町村税)を課されながら、税務署長(国の機関)から、不動産譲渡所得(国税)に関する事業用資産の買換特例が認められなかったからといって、そのことから、被告が行った本件各賦課処分が違法な二重課税であるといえないことは明らかである。

(ウ) よって、原告の違法な二重課税であるとの主張も、理由がない。

ウ  滞納処分の猶予

(ア) 原告主張のように、神戸市の職員が本件建物に係る滞納処分を猶予することを言明したことを認めるに足る的確な証拠がない。のみならず、そもそも滞納処分の猶予に関する事情は、本件各賦課処分以後に生じた事情であるから、本件各賦課処分の適法性には何ら影響を及ぼさないものである。

(イ) よって、原告主張の滞納処分の猶予に基づく本件各賦課処分の違法も、理由がない。

エ  まとめ

以上より、本件各賦課処分は、権利濫用ないし信義則違反による違法な課税処分とは認められない。

第5 結論

以上によれば、本件各賦課処分は、地方税法等に従った適法なものであり、原告の本件各賦課処分の取消請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条1項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 中村哲 秋田志保)

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