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神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)36号 判決 2004年5月25日

原告 甲

同訴訟代理人弁護士 服部正弘

被告 西宮税務署長

近藤公博

被告 国

同代表者法務大臣 野沢太三

被告ら指定代理人 天野智子

同 上園泰昭

同 久寶嘉信

同 豊田周司

同 安永淳晴

主文

1  甲事件請求について

(1)  主位的請求のうち、申告期限までに納付すべき税額356万円を超える部分の取消しを求める部分を却下し、その余の部分を棄却する。

(2)  予備的請求の訴えを却下する。

2  乙事件請求について

原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用の負担

訴訟費用は、甲・乙事件を通じて原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  甲事件

(1)  原告(請求の趣旨)

ア 主位的請求

被告税務署長が、原告に対し、平成8年1月29日付けでした相続税の更正処分のうち、課税価格14億4681万2000円、納付すべき税額2328万4000円及び申告期限までに納付すべき税額356万円を越える部分、並びに同日付けでした過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

イ 予備的請求

被告税務署長が、原告に対し、平成8年1月29日付けでした相続税の更正処分のうち、申告期限までに納付すべき税額16万9600円を超える部分を取り消す。

ウ 訴訟費用は被告税務署長の負担とする。

(2)  被告税務署長(請求の趣旨に対する答弁)

ア 主位的答弁

(ア) 主位的請求のうち、申告期限までに納付すべき税額356万円を超える部分の取消しを求める部分を却下し、その余の部分を棄却する。

(イ) 予備的請求の訴えを却下する。

(ウ) 訴訟費用は原告の負担とする。

イ 予備的答弁

(ア) 原告の請求をいずれも棄却する。

(イ) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  乙事件(甲事件請求の予備的請求)

(1)  原告(請求の趣旨)

ア 被告国は、原告に対し、不当利得金3836万2600円、及び内金335万3000円につき平成8年2月26日から、内金268万6200円につき平成10年4月16日から、内金3142万6880円つき平成10年5月29日から、各完済まで年5分の割合による金員を支払え。

イ 訴訟費用は被告国の負担とする。

(2)  被告国(請求の趣旨に対する答弁)

ア 原告の請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2  事案の概要-甲事件関係

1  事案の骨子

(1)  本件相続、本件申告

ア 原告の夫である乙(以下「被相続人」という。)が平成4年11月29日に死亡したことにより、相続(以下「本件相続」という。)が開始した。原告はその相続人の1人である。

イ 原告は、本件相続に関し、次のような相続税の申告(以下「本件申告」という。)をした。

(ア) 原告は、本件相続により取得した有限会社Aの出資口数100口(以下「本件出資」という。)の価額について、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56・直審(資)17・国税庁長官通達。ただし、平成5年6月23日付け課評2-7、課資2-156による改正前のもの)(以下「評価通達」という。)186-2に定める純資産価額方式に従い、法人税額等に相当する金額(以下「法人税等相当額」という。)を控除して1億4171万円と評価し(別表6の⑩参照)、課税価格16億2672万6000円、納付すべき税額1972万4000円とした。

(イ) その上で、原告は、原告が租税特別措置法(平成7年法律第55号による改正前のもの。以下同じ)(以下「措置法」という。)70条の6(農地等についての相続税の納税猶予等)第1項の適用を受ける農業相続人であり、納付すべき相続税額の全額について、納税猶予が受けられるとして、納税猶予税額1972万4000円、申告期限までに納付すべき税額0円とする本件申告をした。

(2)  本件更正処分等

ア 被告税務署長は、本件出資の評価に当たり、評価通達186-2を適用すべきではない特別な事情があり、法人税等相当額を控除すべきでないとして、本件出資の価額を2億8400万円と評価し、それを前提に相続財産の価額を計算した上、原告に対し、課税価額15億8410万2000円、納付すべき税額5221万7000円とする旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をし、過少申告加算税として335万3000円の賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

イ その上で、被告税務署長は、相続税の納税猶予は、期限内申告に係る相続税額に限って適用される(措置法70条の6第1項)から、原告の納税猶予税額は当初申告額の1972万4000円であるとして、原告に対し、原告が申告期限までに納付すべき税額は、原告の納付すべき税額5221万7000円から原告の納税猶予税額1972万4000円を控除した金額である3249万3000円である旨を通知した。

(3)  甲事件請求

ア 主位的請求

(ア) 原告は、本件出資の評価に当たり、評価通達186-2を適用して、法人税等相当額を控除すべきであり、本件更正処分は課税価格を過大に認定した違法があるとして、次の各裁判を求めた。

a 課税価格14億4681万2000円、納付すべき税額2328万4000円を越える部分の取消し

b 申告期限までに納付すべき税額356万円(2328万4000円〔上記aの納付すべき税額〕-1972万4000円〔前記(1)イ(イ)の申告した納税猶予税額〕)を超える部分の取消し

(イ) さらに、原告は、本件出資については、評価通達186-2が適用され、法人税等相当額が控除されることを信じて申告しているのであるから、過小申告したことについて、国税通則法65条4項所定の正当な理由があるとして、本件賦課決定処分の取消しを求めた。

イ 予備的請求

原告は、仮に本件更正処分による納付すべき税額の認定が適法であったとしても、納税猶予税額を期限内申告に係る税額に限って認めるのは違法であるとして、本件更正処分に係る納付すべき税額5221万7000円から本件出資を2億8400万円として評価した場合の納税猶予税額5204万7400円を控除した16万9600円を超える部分の取消しを求めた。

2  前提事実

(括弧内に証拠の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1)  本件相続

被相続人(大正8年7月生)は、平成4年6月5日、脳梗塞でB病院に入院し(原告本人の供述)、同年11月29日同病院で死亡し、本件相続が開始した。被相続人の法定相続人は、被相続人の妻の原告、同長男丙、同次男丁、同養子の戊であった。

(2)  有限会社3社の設立

ア C設立等

(ア) Cの設立

丙は、平成4年4月23日、300万円を出資して有限会社C(以下「C」という。)を設立して、Cの出資60口(出資1口の金額5万円)を取得し、原告が代表取締役に、丙が取締役に就任した。Cの本店は、原告の住所地であり、事業目的は、不動産の賃貸及び管理並びにこれに附帯する一切の業務である(乙2、3)。

(イ) Cの事業内容

Cは、設立当初から、兵庫県宝塚市向月町の土地(以下「向月土地」という。)及び兵庫県宝塚市売布の土地(以下「売布土地」という。)を被相続人から借り受け、向月土地については、店舗ビル(E宝塚店)(以下「Dビル」という。)を建築し、株式会社F(以下「F」という。)に賃貸しており、売布土地については、貸駐車場及び貸駐輪場として使用し、及び宝塚市に賃貸している(甲20、21、乙23、44[枝番を含む。]、原告本人24、25頁、弁論の全趣旨)。

イ I設立等

(ア) 被相続人の借入れ

被相続人は、平成4年9月25日、G農業協同組合長尾支所(以下「G農協」という。)に対し、被相続人所有の売布土地を担保として、向月土地に建築中であったDビル)の建築資金として、1億5000万円の借り入れの申込みをした(乙24[枝番を含む。])。 被相続人は、平成4年11月9日、G農協との間で金銭消費貸借契約を締結し、G農協から1億5000万円を借り入れた。同1億5000万円は、同日同農協に開設された被相続人名義の普通預金口座に入金された(乙8[枝番を含む。])。

上記借入手続を行ったのは丙であり、G農協の融資担当者は、被相続人と接触することは全くなかった(乙24の1)。

(イ) Cの借入れ

Cは、平成4年10月28日、H銀行千里中央支店(以下「H銀行」という。)に対し、当時建築中であったDビルを担保とし、Dビルの建築資金として、1億5000万円の借り入れの申込みをした(乙21[枝番を含む。]、弁論の全趣旨)。

Cは、平成4年10月30日、H銀行との間で金銭消費貸借契約を締結し、H銀行から1億5000万円を借り入れた。同1億5000万円は、同日同銀行に開設されたC名義の普通預金口座に入金された(乙10[枝番を含む]、21)。

(ウ) 上記借入金の動き

平成4年11月9日、G農協の被相続人名義の普通預金口座から1億4000万円がH銀行のC名義の普通預金口座に振り込まれた。同日、同口座からその1億4000万円、及びCがH銀行から借り入れた前記1億5000万円のうち1億4072万1000円が、同銀行の被相続人名義の普通預金口座へ振替入金された(乙8.9、13ないし15[いずれも枝番を含む。])。

(エ) Iの設立

被相続人は、平成4年11月10日、H銀行の被相続人名義の普通預金口座に入金されていた2億8072万1000円の中から、2億8000万円を出資して、資本金400万円、資本準備金2億7600万円の有限会社I(以下「I」という。)を設立した。Iの代表取締役には原告が就任した。

Iの出資口数は80口とされ(その出資1口の金額は5万円)、出資1口あたり350万円の払込金額で被相続人が80口を取得した。Iの本店は、原告の住所地であり、事業目的は、不動産の賃貸及び管理、有価証券の投資、これらに附帯する一切の業務である(乙4、5、16、17[枝番を含む。])。

(オ) Iの事業内容

平成4年11月16日、Iは被相続人から払込を受けた2億8000万円を有限会社J(以下「J」という。)に貸し付けた。Iは、設立から平成11年5月31日の決算期末まで、営業収入はなく、営業外収入として、Jからの受取利息があるだけであった(甲9ないし15、乙11[枝番を含む]、18[枝番を含む。])

ウ Aの設立等

(ア) Aの設立

被相続人は、Iの設立に続き、その7日後の平成4年11月17日、Iの自己名義の出資口数80口を現物出資するとともに現金400万円を出資して、有限会社A(以下「A」という。)を設立し、原告が代表取締役に就任した。

Aは、定款の定めにより、被相続人が現物出資したIの出資口数80口を100万円で受け入れ、その現物出資と400万円との合計500万円が資本金とされた。Aの本店は、原告の住所地であり、事業目的は、不動産の賃貸及び管理、有価証券の投資、これらに附帯する一切の業務である(乙6、7、19[枝番を含む]、20[枝番を含む。])。

(イ) Aの事業内容

Aは、設立から平成9年5月31日の決算期末まで収入がなく、事業活動は一切行っておらず、平成10年5月31日の決算期において初めて、営業収入を計上するようになった(甲2ないし7)。

(3)  課税の経緯等

ア 本件申告

原告は、平成5年5月31日、被告税務署長に対し、本件相続に係る相続税に関して、次のような申告をした。

(ア) 原告は、本件相続により取得したAの出資口数100口(本件出資)の価額について、評価通達186-2に定める純資産価額方式に従い、法人税等相当額を控除して1億4171万円と評価し(別表6の⑩参照)、別表1の申告欄記載のとおり、課税価格16億2672万6000円、納付すべき税額1972万4000円とした。

(イ) その上で、原告は、原告が措置法70条の6(農地等についての相続税の納税猶予等)第1項の適用を受ける農業相続人であり、納付すべき相続税額の全額について、納税猶予が受けられるとして、別表1の申告欄記載のとおり、納税猶予税額1972万4000円、申告期限までに納付すべき税額0円とする相続税の申告をした。

イ 更正の請求等

(ア) 原告は、平成6年5月30日、被告税務署長に対し、本件相続に係る相続税に関し、別表1の更正の請求欄記載のとおり、課税価格を14億6895万4000円、納付すべき税額を2565万2400円、納税猶予税額を2565万2400円とする更正の請求を行った。

(イ) これに対し、被告税務署長は、平成8年1月29日、更正の請求により納付すべき税額が当初申告より減少しないとして、別表1記載のとおり、更正をすべき理由がない旨の通知をした。

ウ 本件更正処分等

その上で、被告税務署長は、平成8年1月29日、原告に対し、原告が本件相続によって取得した本件出資の価額を2億8400万円と評価し(別表6の⑫参照)、別表1記載のとおり、課税価格を15億8410万2000円、納付すべき税額を5221万7000円とする旨の本件更正処分をし、過少申告加算税を335万3000円とする本件賦課決定処分を行った。

なお、その際、被告税務署長は、原告に対し、別表1記載のとおり、納税猶予税額を1972万4000円、申告期限までに納付すべき税額を3249万3000円と通知している。

オ 異議申立て等

そこで、原告は、平成8年2月27日、被告税務署長に対し、別表1記載のとおり、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、異議申立てをしたころ、被告税務署長は、平成8年5月21日、原告に対し、別表1記載のとおり、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。

カ 審査請求等

そこで、原告は、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、平成8年6月20日、国税不服審判所長に対し、別表1記載のとおり、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成10年4月24日、原告に対し、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。

キ 甲事件訴訟提起

そこで、原告は、平成10年7月27日、被告税務署長を相手に、本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める甲事件訴訟を提起した。

3  関係法令等の定め

(1)  本件出資の評価に関する法令等について

ア 相続税法22条

相続税法第3章に特別の定めのあるものを除くほか、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により評価される(相続税法〔平成6年法律第23号による改正前のもの。以下同じ〕22条)。本件出資の評価について、相続税法は特別の定めを設けていない。

イ 評価通達

(ア) 評価通達194

有限会社に対する出資の価額は、取引相場のない株式の評価に関する定めに準じて計算した価額によって評価する。

(イ) 評価通達189(3)

開業後3年未満の会社等の株式の評価については、評価通達189-3の定めるによる。

(ウ) 評価通達189-3、185

開業後3年未満の会社の株式は、純資産価額方式(評価通達185)により評価する(評価通達189-3)。その方式は、評価会社の相続開始時における各資産を評価通達に定めるところにより評価し、その価額の合計額から相続開始時における各負債の金額の合計額及び評価通達186-2の定めにより計算した法人税額相当額を控除した残額を相続開始時における発行済株式総数で除して計算した金額を1株当たりの評価額とする(評価通達185)。

(エ) 評価通達186-2

法人税額相当額は、次の①の金額から②の金額を控除した残額(評価差額)がある場合において、その残額に51パーセントを乗じて計算した金額である。

① 課税時期における各資産を評価通達に定めるところにより評価し、その価額の合計額から課税時期における各負債の金額を控除した残額

② 課税時期における相続税評価額による純資産額の計算の基とした各資産の帳簿価額の合計額から各負債の金額の合計額を控除した残額

(2)  納税猶予に関する法令等について

ア 措置法70条の6第1項

農業を営んでいた個人が、被相続人からの相続又は遺贈によりその農業の用に供されていた農地及び採草放牧地(以下「特例農地等」という。)の取得をした場合には、当該相続に係る相続税法27条1項の規定による申告書(当該申告書の提出期限前に提出するものに限る。)の提出により、納付すべき税額のうち、当該特例農地等で当該申告書にこの規定による適用を受けようとする旨の記載があるものに係る納税猶予分の相続税については、当該申告書の提出期限までに当該納税猶予分の相続税の額に相当する担保を提供した場合に限り、相続税法33条の規定にかかわらず、納税猶予期限まで、その納税を猶予する。

イ 措置法70条の6第1ないし3項

納税猶予の適用を受ける者(農業相続人)の納税猶予額は、次の金額である。

すべての相続財産の価額を通常の評価により計算した相続税の総額から、農業投資価格による相続税の総額を控除した金額(農業相続人が2名以上ある場合は、この金額をその農業相続人の農業投資価格超過額〔特例農地等の通常価格から農業投資価格を差し引いた金額〕がすべての農業相続人の農業投資価格超過額の合計額のうちに占める割合であん分した金額)

ウ 納税猶予通達57

「農地等に係る贈与税及び相続税の納税猶予等の適用に関する取扱いについて」(昭和50年11月4日付け直資2-224・直審5-32・直管2-65国税庁長官通達。(以下「納税猶予通達」という。)57

措置法70条の6第1項の規定の適用を受ける旨の相続税の申告について、特例農地等の評価又は税額計算の誤りがあり、その誤りのみに基づいて修正申告又は更正があった場合における当該修正申告又は更正により納付すべき相続税額(附帯税を除く。)については、納税猶予通達15(修正申告等に係る贈与税額の納税猶予)を準用する。

エ 納税猶予通達15

措置法70条の4第1項の規定は、農地等の贈与に係る贈与税についての期限後申告、修正申告又は更正に係る税額については、適用がないことに留意する。ただし、修正申告又は更正があった場合で、当該修正申告又は更正が期限内申告に係る同項の規定による贈与税の納税猶予の適用を受けた農地等(以下「特例適用農地等」という。)の評価又は税額計算の誤りのみに基づいてされるときにおける当該修正又は更正により納付すべき贈与税額(附帯税を除く。)については、当初から同項の規定の適用があることとして取り扱う。

4  甲事件の争点

(1)  本件出資の時価はいくらか

具体的には、本件出資の時価を算定するに当たり、評価通達186-2を適用して、1口あたりの純資産価額の計算上、法人税等相当額を控除すべきか(主位的請求)。

(2)  納付すべき相続税額はいくらか。

原告の本件相続による相続税に関し、課税価格はいくらで、納付すべき相続税額はいくらか(主位的請求)。

(3)  申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象となるか

ア 被告税務署長が、甲事件訴訟の終結直前になって、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象ではないと主張することが、時機に遅れた攻撃防御方法であり許されないか(主位的請求の一部及び予備的請求)。

イ 申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象であり、処分性が認められるか(主位的請求の一部及び予備的請求)。

(4)  過少申告加算税額はいくらか

国税通則法65条4項所定の正当な理由が認められるか。認められるとすると、過少申告加算税額はいくらか(主位的請求及び予備的請求)。

第3  争点に関する当事者の主張-甲事件関係

1  争点(1)(本件出資の時価はいくらか)

(1)  被告税務署長の主張

本件出資の評価について評価通達186-2は適用されず、本件出資の時価は2億8400万円(別表6の⑫)である。その理由は、次のとおりである。

ア 相続により取得した財産(株式)の評価

(ア) 相続により取得した財産の価額

相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によるものとしている。「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値である。

(イ) 時価の評価方法

課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産が評価される。予め定められた評価方式により、これを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜及び徴税費用の節減からみて合理的であるからである。

評価通達による評価の意義は上記のとおりであるから、評価通達に定める評価方式を画一的に適用することにより、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等、特別な事情がある場合には、別の評価方式によることが許されるものと解され、評価通達6項においても、これを認めている。

(ウ) 評価通達186-2の趣旨

個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることから、その処分性等に差があり、相続税課税のためには、両者の事業用資産の所有形態を経済的同一条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要がある。

そのため、個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合に、これが直接資産を所有する形態に変化する際、評価差額に対して、法人税等相当分だけ実質的な取り分が減少することになるから、この点をしんしゃくして、評価通達186-2を適用しているのであって、法人税額等相当額の控除は、純資産価額方式上、当然考慮されるべきものではない。

イ 本件出資の評価について、評価通達186-2を適用すべきではない特別の事情

本件出資の評価に当たっては、次のとおり、評価通達186-2が適用されず、法人税額等相当額を控除すべきではない。

(ア) I及びAの設立の必要性

I及びAは、平成4年11月10日及び同月17日という極めて近接した時期に設立され、両者はCと本店所在地、社員の構成及び事業目的が同一であり、設立後も目的とする事業を長期間にわたり行っていない。

(イ) I設立のための資金

Iを設立するための資金は、C及び被相続人の借り入れによって調達され、それは直ちにJに貸し付けられ、目的の事業には投資されていない。

(ウ) Aへの現物出資価額

被相続人は、2億8000万円の出資払込みをして、Iの出資80口を取得したが、A設立の際、この出資80口を著しく低い価額(100万円)で現物出資している。

(エ) 法人税額等相当額を控除した場合としない場合の評価額

本件出資の評価額は、法人税額等相当額を控除した場合は1億4171万円(別表6の⑩)、法人税額等相当額を控除しない場合は2億8400万円(別表6の⑫)となり、その差額は1億4229万円にもなる。

(オ) 原告の節税行為の自認等

原告は、本件出資に係る一連の取引は、節税行為であること、あるいは、当面の相続税額が減少する行為を選択した旨自認している。

本件相続税の申告に関与している税理士・Kは、本件に類似する事案の判決で、有限会社2社を設立する方法により相続税の節税を行うことを勧めた会社として認定された会社の顧問等である。

(カ) まとめ

以上から、本件出資に係る一連の行為は、専ら、評価差額を恣意的に作り出して、それに対する法人税額等相当額の控除により相続財産の価額を圧縮することにより、相続税の負担を回避する目的でなされたことが明らかである。

このような場合にまで、本件出資について、評価通達186-2を形式的に適用し、法人税額等相当額を控除して評価することは、租税負担における実質的な公平を害するので、法人税額等相当額を控除しない特別な事情があるというべきである。

ウ 本件出資の評価の相当性

(ア) 本件出資の時価

本件出資については、一連の取引により、Iへの出資払込金2億8000万円がIの出資に形を変え、さらに、同出資及び現金400万円が本件出資に形を変えただけであることからすれば、本件出資の時価は、上記2億8000万円とAへの現金出資400万円の合計2億8400万円である。

そして、本件出資は、租税負担回避の目的でなされたものであることから、原告が、将来において、清算所得に課税される法人税等を甘受するとは考えられず、上記時価は相当である。

(イ) 評価通達186-2の改正

a 改正の経緯

平成2年8月3日の評価通達の改正後も行き過ぎた節税を行うケースが多く、平成5年11月には、課税庁において、相続開始直前に現物出資により取得した株式等の評価については、純資産価額方式によることを基本とするが、現物出資により恣意的に作り出された評価差額に法人税額等相当額の控除を認めないという取扱いがされるようになった。

b 評価通達186-2の改正

このような経過を経て、平成6年6月27日付け課評2-8・課資2-113により評価通達186-2が改正され、平成6年8月1日以降に相続により取得した株式等について、純資産価額方式で評価する場合に、評価会社の有する資産の中に、現物出資により著しく低い価額で受け入れた株式等があるときは、法人税額等相当額を控除しないこととされた。

(2)  原告の主張

本件出資の評価について評価通達186-2が適用され、本件出資の時価は1億4171万円(別表6の⑩)である。その理由は、次のとおりである。

ア 本件通達は形式的に適用すべきである

相続税における財産評価は、その課税時期の現況において評価されるものであり、課税時期の前後の事情は考慮すべきものではない。本件においては、課税時期に本件出資が相続財産として存在したのであるから、評価通達186-2を画一的に適用することが納税者間の公平に資する。

また、課税庁が評価通達を公開し、納税者にこれによって申告するよう求め、納税者がこれを信頼して、それに基づいて申告しているにもかかわらず、課税庁がこれと異なる評価方法に基づく更正処分をすることは、法的安定性、予測可能性を害し、信義則にも反し、違法である。

イ 法人税額等相当額を控除しないことの不当性

(ア) 評価通達186-2の趣旨

個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることから、その処分性等に差がある。相続税課税のためには、両者の事業用財産の所有形態を経済的同一条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要があるから、法人税額等相当額を控除するのである。

(イ) 本件へのあてはめ

本件においては、原告は本件出資を取得することによってAの資産を間接的に所有しているのであって、直接事業用資産を所有する場合とは明らかにその所有形態が異なるのであるから、この点からして、原告が相続によって取得した本件出資について、法人税額等相当額を控除しないのは誤っている。

(ウ) 法人税額等相当額控除の可能性

本件において、法人税額等相当額を控除しないことが正当化されるためには、少なくとも、IとAとが合併、減資等によって、本件出資がそのまま現金等に変化することが予定されていることが必要である。

ところが、Aは実際に事業活動を行い、債権者が生じており、IとAが合併した場合、債権者の同意がないと減資を実行できない。また、本件相続開始後9年を経過した時点においても、I及びAは合併、減資をしていない。さらに、原告には、借入金を返済するために、上記2社の合併、減資をする必要がなく、むしろ、今後それぞれが、事業を展開していく予定である。

ウ I及びA設立の経済的合理性及び必要性

(ア) Iの設立目的について

Iは、阪急宝塚線売布駅(以下「売布駅」という。)前の再開発事業(以下「本件開発事業」という。)の事業主体となる法人として設立を企画されたものであり、Iの設立は、被相続人が平成4年当初に売布駅北側の地権者の調査を始めたときに、既に予定されていた。

(イ) Aの設立目的について

被相続人は、平成2年ころ、宝塚市中筋に所有する土地で営んでいた植木屋を廃業して、ロードサイドビジネスを行うことを検討した。その際、収益面からは複数店舗を出店することが妥当であったため、これを可能にするため、被相続人所有土地に隣接する土地の所有者2人にも声をかけ、それらの土地を一体として利用し、ロードサイドビジネスをすることを計画した。

そこで、被相続人は、3人の賃貸人と複数の賃借人との間で、不可分一体として利用される土地建物の賃料が授受されるなどの複雑な事務処理を行う必要が生じ、その窓口を絞り一括して行うために、平成4年11月17日にAを設立したものである。

(ウ) Aの事業活動

現在、上記土地はL及びMの店舗及び駐車場並びにN使用の建物の敷地として利用されており、平成10年5月31日以降、Aが上記事務処理を行っている。

エ 相続税の負担軽減の意思がないこと

(ア) 原告の認識

平成2年に評価通達が改正された後、本件のように、低額現物出資により評価差額を創出するという相続税対策は、銀行や証券会社、新聞社主催のセミナーや講演会等で、数多くの税理士や公認会計等により講演されている。

それゆえ、税理士等の間にも、上記相続税対策が、課税庁によって否認される可能性があるとの認識は存在しておらず、実際に否認された事例もなく、また、上記相続税対策が違法であるとの論文等も一切発表されていなかった。

したがって、原告には、平成4年当時、当該相続税対策が、課税庁によってその効果を否認されるおそれがあったと認識するのは困難であり、相続税の負担軽減の意思はなかったものである。

(イ) 納税猶予制度との関連

原告が、本件相続に伴う相続税に関し、措置法70条の6に規定する相続税の納税猶予制度の適用を受ければ、法人税額等相当額の控除に関する評価通達186-2を適用しなくても、相続税の納税は猶予され、相続税の負担はなかった。

それゆえ、原告が、評価通達186-2を適用するという意図の中に、相続税額を不当に減少させようとする意思はなかった。

オ 評価通達の遡及的適用

(ア) 評価通達186-2の改正

評価通達186-2は、平成6年6月27日付け課評2-8・課資2-113により改正され、平成6年8月1日以降に相続により取得した株式等について、純資産価額方式で評価する場合に、評価会社の有する資産の中に、現物出資により著しく低い価額で受け入れた株式等があるときは、法人税額等相当額を控除しないこととされた。

(イ) 遡及的適用

改正された評価通達186-2は、平成6年8月1日以降に相続によって取得された株式等について、適用があるはずである。

ところが、被告税務署長は、原告が平成4年11月29日の相続により取得した本件出資について、上記改正された評価通達186-2を遡って適用して時価を算出しており、このような課税当局の恣意的な取扱いの変更は、納税者間の公平を欠き、租税平等主義に反する違法な取扱いである。

2  争点(2)(納付すべき相続税額はいくらか)

(1)  被告税務署長の主張

ア 課税価格の計算

(ア) 相続財産の価額

a 原告が本件相続により取得した相続財産の価額は、本件出資の価額2億8400万円を含めて、28億9928万7485円(別表7の⑨の原告欄)である。

b 訴外相続人が本件相続により取得した相続財産の価額(合計)は、13億8399万2185円(別表7の⑨の訴外人欄)である。

(イ) 債務等の額

本件相続により被相続人から債務等を承継したのは、原告だけである。そして、原告が承継した債務等の額の合計は、13億1018万5287円(別表7の⑮の原告欄)である。

(ウ) 原告及び訴外相続人の課税価格

原告の課税価格は15億8910万2000円(別表7の⑱の原告欄)、訴外相続人の課税価格(合計)は13億8399万2000円(別表7の⑱の訴外人欄)である。

イ 相続税の総額の計算

課税価格の合計額は29億7309万4000円(別表7の⑱の合計欄)、遺産に係る基礎控除額は8600万円(別表7の⑲)、課税遺産総額は28億8709万4000円(別表7の⑳)、相続税の総額は15億6458万7800円(別表7の<24>)である。

ウ 農業投資価格による課税価格及び相続税の総額の計算

(ア) 農業投資価格は、原告が369万8240円(別表12の(2)の④欄)、訴外相続人1人が214万1010円(別表12の(2)の⑤欄)である。

(イ) 農業投資価格による課税価格は、原告が7億7240万円(別表8の⑦の原告欄)、訴外相続人合計が6億6671万7000円(別表8の⑦の訴外人欄)である。

(ウ) 農業投資価格による相続税の総額は、6億0434万1200円(別表8の⑬の合計欄)である。

エ 原告の納付すべき相続税額の計算

原告の算出税額は8億3560万4237円(別表9の⑩の原告欄)、原告の配偶者の税額軽減額は7億8229万3900円(別表9の⑪欄)、原告の納付すべき相続税額は5331万0300円(別表9の⑫の原告欄)である。

(2)  原告の主張

原告の課税価格は14億4681万2000円(本件出資の価額1億4171万円を含む)、納付すべき相続税額は2328万4000円である。

3  争点(3)(申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象となるか)

(1)  被告税務署長の主張

ア 申告期限までに納付すべき税額は更正処分の対象ではない

申告期限までに納付すべき税額は更正処分の対象ではなく、処分性が認められない。それゆえ、申告期限までに納付すべき税額の取消しを求める訴え(主位的請求の一部、予備的請求)は不適法である。その理由は、次のとおりである。

(ア) 国税通則法24条の規定

国税通則法24条は、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が法律上の規定に従っていない、その他、当該課税標準額又は税額等が税務署長の調査したところと異なっているときは、税務署長において、納税申告書に記載された「課税標準等」又は「税額等」を更正することができる旨規定している。

「税額等」とは、国税通則法2条6号ニないしヘに掲げる事項、すなわち、納付すべき税額、還付金の額に相当する税額、納付すべき税額の計算上控除する金額又は還付金の額の計算の基礎となる税額の総称である(国税通則法19条1項)。

このように、「課税標準等」又は「税額等」には申告期限までに納付すべき税額が含まれておらず、更正処分の対象ではない。

(イ) 国税通則法28条の規定

国税通則法28条の規定によれば、申告期限までに納付すべき税額は更正通知書の記載事項に含まれておらず、更正処全の対象ではない。

(ウ) 申告期限までに納付すべき税額の確定過程

申告期限までに納付すべき税額は、納税者の期限内申告等により確定した納付すべき税額のうち、相続税法33条所定の法定納期限を越えて納税が猶予される税額を控除したその余の部分であり、その額は、納付すべき税額が確定すれば、それと同時に措置法70条の6第1ないし3項により自動的に定まるものである。

それゆえ、申告期限までに納付すべき税額という概念を更正処分の対象とする必要はない。

イ 時機に遅れた攻撃防御方法ではない

処分性の有無は、裁判所が当事者の主張の有無にかかわらず調査すべき職権調査事項であり、当該職権調査事項に関する当事者の陳述は、裁判所の職権調査を促すものでしかないから、原告の時機に遅れた攻撃防御方法の主張は理由がない。

(2)  原告の主張

ア 時機に遅れた攻撃防御方法

被告税務署長は、甲事件の終結直前になって、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象ではなく、処分性を欠くと主張しており、このような主張は、時機に遅れた攻撃防御方法であり許されない。

イ 申告期限までに納付すべき税額も更正処分の対象である

申告期限までに納付すべき税額も、納税者がそれを納税しなければ、課税庁によって徴収処分を受けることになり、それが、具体的な納税義務として、どこかの時点で確定していることが明らかである。

課税庁が更正処分によって納付すべき税額を変更することによって、申告期限までに納付すべき税額についても、変更して確定するという法律上の効果が発生しているとみるべきであり、申告期限までに納付すべき税額についても、これを確定する課税庁の処分があったとすべきである。

申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象でないとすると、それに不服のある納税者は取消訴訟によって争うことができないから、納税者の保護に欠けることになる。

4  争点(4)(過少申告加算税額はいくらか)

(1)  被告らの主張

ア 過少申告加算税額

過少申告加算税額は、別表1の過少申告加算税欄記載の335万3000円であり、その計算過程は、別表14記載のとおりである。

イ 国税通則法65条4項の正当な理由なし

原告が本件出資の価額を過小に評価したのは、単に評価通達186-2の適用を信じたためではなく、相続税の負担を軽減するために、低額な現物出資をすることによって評価差額を恣意的に作出したためであり、原告が故意に過少申告をしたものであるから、原告が本件出資の価額を過少に評価して過少申告をしたことについて、正当な理由はない。

それゆえ、本件については、国税通則法65条4項所定の正当な理由はない。

(2)  原告の主張

原告は、本件出資の評価をするに際して、評価通達186-2の適用を信じ、これに従ったに過ぎない。

その信頼が保護に値にするものであったことは、平成2年に評価通達が改正された後、低額現物出資により評価差額を創出するという相続税対策が、銀行や証券会社、新聞社主催のセミナーや講演会等で、数多くの税理士や公認会計等によって講演されていたこと、税理士等の間にも、上記相続税対策が課税庁によって否認される可能性があるとの認識がなく、実際にも否認された事例もなかったこと、また上記相続税対策が違法であるとの論文等は一切発表されていなかったことからも、明らかである。

それゆえ、原告には、本件出資を過少に評価して、過少申告となったことについて、故意過失がなく、国税通則法65条4項所定の正当な理由があり、本件では、被告税務署長が原告に対し、過少申告加算税額を課することは許されない。

第4  事案の概要-乙事件関係

1  事案の骨子

(1)  原告は、被告税務署長から本件更正処分、本件賦課決定処分を受け、申告期限までに納付すべき税額が3249万3000円であると通知されたため、やむなく、被告国に対し、合計3836万2600円(物納を含む)の相続税、過少申告加算税、延滞税を支払った。

(2)  乙事件は、甲事件請求の予備的請求であり、原告は、本件更正処分が適法であり、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象とならないとすると、① 納税猶予通達57が本件では適用ないしは準用されるべきである、② 原告の相続税の申告が錯誤により無効であると主張して、被告国に対し、既に納付した相続税等3836万2600円の不当利得金返還を求めた事案である。

2  争いのない事実

原告は、被告税務署長から本件更正処分、賦課決定処分を受け、申告期限までに納付すべき税額が3249万3000円であると通知されたため、やむなく、被告国に対し、次のとおり、合計3836万2600円(物納を含む)相当の相続税、過少申告加算税、延滞税を支払った。

(1)  原告は、平成8年2月26日、被告国に対し、過少申告加算税335万3000円を支払った。

(2)  原告は、平成10年4月16日、被告国に対し、相続税89万6520円、延滞税268万6200円を支払った。

(3)  原告は、平成10年5月29日、被告国に対し、物納(相続税3142万6880円に相当)をした。

3  乙事件の争点

(1)  納税猶予通達57の適用、準用の可否

本件についても納税猶予通達57の適用ないしは準用を認め、本件更正処分に係る納付すべき税額5221万7000円から本件出資を2億8400万円として評価した場合の納税猶予税額5204万7400円を控除した16万9600円をもって、申告期限までに納付すべき税額であると認め、原告が被告国に対し、既に納付した相続税等の不当利得返還を請求できるか。

(2)  本件申告に錯誤があり無効か

原告の本件申告に錯誤があり本件申告が無効であって、原告は、被告国に対し、既に納付した相続税等の不当利得返還を請求できるか。

第5  争点に関する当事者の主張-乙事件関係

1  争点(1)(納税猶予通達57の適用、準用の可否)

(1)  原告の主張

ア 納税猶予通達57の趣旨

納税猶予通達57は、納税猶予の再計算を行わないことが納税者にとって不当ともいえる事情にある場合に、納税者を救済する目的で設けられた規定であり、特例農地等の評価の誤り等はあくまでも例示であって、それに匹敵する、若しくはそれ以上に不当な事態を招来する場合には、同通達を適用すべきである。

イ 適用の根拠について

原告は、評価通達186-2に基づいて本件出資の評価を行い、この評価に基づいて相続税の申告をしたのに、被告税務署長は、同通達の適用を認めず、恣意的な評価方法によって本件出資を評価し、これによって課税価格が増加し、納付すべき税額が増加したのである。

これでは、評価通達186-2を信じて申告した納税者の信頼を裏切るものであり、極めて不当な事態を招来することになるから、本件については、納税猶予通達57の適用ないし準用を認めるべきである。

ウ まとめ

したがって、本件更正処分による納付すべき税額5221万7000円の認定が適法であり、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象とはならないとしても、納税猶予税額を期限内申告に係る税額1972万4000円に限って認めるのは違法であり、本件更正処分に係る納付すべき税額5221万7000円から本件出資を2億8400万円として評価した場合の納税猶予税額5204万7400円を控除した16万9600円が、申告期限までに納付すべき税額である。

ところが、原告は、本件更正処分の際に、被告税務署長より、申告期限までに納付すべき税額が3249万3000円であると通知されたため、それを前提として、被告国に対し、合計3836万2600円(物納を含む)の相続税、過少申告加算税、延滞税を支払っており、被告国は同額を不当利得している。

(2)  被告国の主張

納税猶予通達57は、修正申告又は更正により新たに確定した納付すべき税額のうち、特例農地等の評価又は税額の計算の誤りなど、農業継続に直接関係ある事項に係る軽微な原因に基づく増加税額についてのみ、当初から納税猶予の特例の適用があるものとして取り扱うものである。

それゆえ、本件出資の価額を算定するに当たり、評価通達186-2を適用して、法人税額相当額を控除するか否かは、特例農地等の評価誤りや税額の計算間違いに該当しないことは明らかであるから、本件更正処分により納付すべき相続税額については、当初から納税猶予の適用があることとして取り扱うととはできず、本件に納税猶予通達57を適用ないしは準用を認めることはできない。

2  争点(2)(本件申告に錯誤があり無効か)

(1)  原告の主張

ア 原告の錯誤

原告は、課税庁が公開し、申告にはこれによることを強制している評価通達186-2に基づいて、本件出資の評価を行い、この評価に基づいて本件申告をしたものであり、本件出資については、当然同通達が適用されると信じていた。ところが、被告税務署長は、本件出資について、同通達の適用を認めなかったのであり、原告の申告行為には錯誤がある。

イ 錯誤の理由

原告が本件申告に際して錯誤が生じたのは、次のような理由からである。

平成2年に評価通達が改正された後、本件のように、低額現物出資により評価差額を創出するという相続税対策は、銀行や証券会社、新聞社主催のセミナーや講演会等で、数多くの税理士や公認会計士等により講演されており、税理士等の間にも、上記相続税対策が、課税庁によって否認される可能性があるとの認識は存在しておらず、実際に否認された事例もなく、また、上記相続税対策が違法であるとの論文等は一切発表されていなかった。

そのため、原告は、本件出資の評価について、当然評価通達186-2が適用されると信じて、本件申告をしたのである。

ウ 錯誤が客観的に明白かつ重大である

原告の錯誤は客観的に明白かつ重大であって、原告が、もし、本件出資の評価について、評価通達186-2が適用されないことを知っておれば、本件申告において、同通達を適用しない評価方法によって算出された課税価格に基づく納付すべき税額全額について、納税猶予を求める旨の申告をしているのである。

それゆえ、本件では、申告期限までに納付すべき税額を確定させる唯一の契機である納税者の申告行為に瑕疵があり、被告国が納付を受けた相続税等については、その法律上の原因を欠くものであり、不当利得となる。

(2)  被告らの主張

ア 原告には錯誤がない

本件は、原告が、相続税の負担を軽減するために、殊更に評価通達186-2を悪用し、著しく低廉な現物出資をすることによって、純資産価額計算上の評価差額を恣意的に作り出した事案である。本件のような場合には、画一的に評価通達186-2が適用されることなく、他の合理的な評価方法によって本件出資が評価されることは、原告においても認識していたものというべきである。

それゆえ、原告には、評価通達186-2が適用されないことに錯誤はなく、原告の本件申告行為の錯誤無効の主張は理由がない。

イ 客観的に明白かつ重大な錯誤ではない

仮に原告の本件申告に錯誤があったとしても、納税申告の錯誤の主張が許されるのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大で、更正の請求等の法定の方法以外にその是正を許さなければ、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合である。

これを本件について見るに、原告が本件出資の評価に当たって、法人税相当額を控除し、過少な本件申告をしたのは、相続税の負担を軽減することを目的として、評価通達186-2を適用すると本件出資の額が過小に評価されることになる取引を意図的に行ったためである。

それゆえ、本件申告において、その錯誤が客観的に明白かつ重大とは到底いえず、また、更正の請求等の法定の方法以外にその是正を許さなければ、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情が認められないことが明らかである。したがって、仮に原告に本件申告に錯誤があったとしても、原告の錯誤無効の主張は理由がない。

第6  当裁判所の判断-甲事件関係

1  争点(1)(本件出資の時価はいくらか)の検討

(1)  相続財産の評価方法

ア 相続税法22条の時価

相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によるものとしている。「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値である。

イ 時価の評価方式

課税実務上は、評価通達により各種財産評価方法を具体的に定め、これを各国税局長に通達し、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告、納税の便に供している。

これは、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等から、予め定められた評価方式によって画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみても合理的であるからである。

しかし、上記のような評価通達の趣旨からすれば、評価通達の定める評価方式を画一的に適用することによって、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合には、別の評価方式によることが許されるものと解すべきである。

ウ 開業後3年未満の会社に対する出資の評価方法

(ア) 有限会社に対する出資の評価

有限会社に対する出資の価額については、株式会社の評価方式に準じて計算した価額によって評価する(評価通達194)。本件出資は、開業後3年未満の有限会社Aに対するものであるので、その出資の評価は、取引相場のない小会社に適用すべき原則的評価方式である純資産価額方式(評価通達185)によることとなる(評価通達189(3)、189-3)。

すなわち、評価会社の相続開始時における各資産を評価通達により評価し、その価額の合計額から相続開始時における各負債の金額の合計額及び評価通達186-2により計算した法人税額等相当額を控除した残額を、相続開始時における出資口数で除して計算した金額を1口あたりの評価額とする(評価通達185)。

(イ) 評価通達186-2が法人税額等相当額を控除する趣旨

個人が会社の株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と、個人事業主として直接事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることから、その処分性等に差がある。相続税課税のためには、両者の事業用資産の所有形態を経済的同一条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要がある。

相続人が相続によって株式を取得し、これを自己のために利用あるいは処分したい場合には、会社経営を継続する場合は別として、会社を解散、精算することによって株式に見合う会社の資産を取得するほかない。その場合には、法人に清算所得(含み益)があるときは、その清算所得に対して、法人税等が課税されるため、個人事業者が直接事業用資産を所有している場合に比して、その法人税等相当分だけ実質的な取り分が減少することになる。そのため、評価差額に対する法人税額等相当額を控除するのである。

それゆえ、株式の純資産価額方式による評価を行う場合において、法人税額等相当額を控除することは、理論的に必須不可欠なものではない。

エ 評価通達6項

評価通達による評価の意義は上記のとおりであるから、評価通達に定める評価方式を画一的に適用することにより、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等、特別な事情がある場合には、別の評価方式によることが許されるものと解される。

評価通達6項(評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。)においても、これを認めている。

(2)  評価通達186-2を適用しない特別な事情の存在

そこで、本件出資について、評価通達186-2を適用しない特別な事情の有無について、以下検討する。

ア 事実関係

(ア) I、A設立の必要性、経済的合理性

前記第2の2(1)(2)(前記5~8頁)の事実によれば、次のaないしdの事実が認められ、同事実によると、I及びAの設立の必要性及び経済的合理性を認めることができない。

a 被相続人は、所有していた向月土地及び売布土地に関する事業を行うために、平成4年4月23日にCを設立しているのに、さらに、同一の事業目的で、本店所在地を同一とし、代表者がいずれも原告であるI及びAを、被相続人やCが3億円の借り入れをしてまで、平成4年11月10日と同月17日の極めて近接した時期に設立していること。

b 被相続人は、金融機関からの借入金等を原資として、2億8000万円もの出資払込みをして、Iの出資80口を取得しながら、A設立の際、この出資80口を著しく低い価額100万円で受け入れさせるという現物出資を行って、Aを設立していること。

c I及びAは、設立後、Iは未だに、Aは平成11年5月31日まで、目的とする事業活動は行っていなかったこと。

d Iは、貸金業者でもないのに、平成4年11月16日、被相続人から払込みを受けた2億8000万円をJに貸し付け、以後、6年間にわたり、Jから利息金の支払を受けており、その間、2億8000万円をJに引き続き貸し付け、何ら本来の事業活動に使用していないこと(乙11[枝番を含む。]、18[枝番を含む。]、弁論の全趣旨)。

(イ) 出資の評価額の激減

さらに、被相続人が有していたIの出資価額は、評価通達に基づいて計算すると、被相続人が払い込んだ現金2億8000万円と同額となり、これをAの設立の際にわずか100万円で受け入れており(前記第2の2(2)イ・ウ)、Iの出資を本来の価値とは全くかけ離れた額で評価しているのであって、このことによって、Iの出資の評価額が、Aの出資に形を変えた時点で、評価通達186-2を適用することによって、1億4171万円とほぼ半額している。

(ウ) 相続税対策

本件申告書を作成したのは、税理士のKであり(甲43[枝番を含む。])、同人は、本件に類似する事案の判決で、有限会社2社を設立する方法により相続税の節税を勧めた会社として認定された会社の顧問である(乙35、弁論の全趣旨)。

被相続人は、I及びA設立当時、高齢で脳梗塞で入院中であり、I及びA設立直後に死亡している(前記第2の2(1))。

被相続人のG農協からの1億5000万円の借入手続を行ったのは丙であり、G農協の融資担当者は、被相続人と接触することは全くなかった(前記第2の2(2)イ(ア))。

以上の事実に、上記(ア)(イ)の事実を総合すれば、本件出資に至る一連の取引についても、主に丙が、近い将来において発生することが確実になった本件相続に係る相続税の負担を軽減するために、被相続人の死亡直前に行ったものと推認できる。

イ 当裁判所の判断

以上からすると、本件出資に係る一連の行為は、専ら、評価差額を恣意的に創出し、法人税額等相当額を控除することにより、相続財産の価額を圧縮し、これにより、相続税の負担を不当に回避する目的であったことが認められ、さらにこのことは、原告自身、本件出資を取得するに至った一連の取引について、節税行為である旨あるいは当面の相続税額が減少する行為を選択した旨主張している(原告第4準備書面37、41、42、50頁)ことからもうかがえる。

そして、このような場合にまで法人税額等相当額を控除して本件出資を評価することは、評価通達186-2の趣旨に反し、さらには、富の再分配を通じて経済的平等を実現するという相続税の立法趣旨にも反することとなるので、本件出資について、評価通達186-2を適用しない特別な事情があることが認められる。

ウ 原告主張の検討

(ア) 原告の主張

原告は、上記イの判断とは異なり、次のとおり主張している。

a I設立の必要性

Iは、売布駅前の開発事業の事業主体となる法人として設立を企画されたものであり、Iの設立は、被相続人が、平成4年当初に売布駅北側の地権者の調査を始めたときに既に予定されていた。

b Aの設立の必要性

被相続人は、平成2年ころ、宝塚市中筋に所有する土地で営んでいた植木屋を廃業して、ロードサイドビジネスを行うことを検討し、その際、収益面からは複数店舗を出店することが妥当であったため、これを可能にするため、被相続人所有土地に隣接する土地の所有者2人にも声をかけ、それらの土地を一体として利用し、ロードサイドビジネスをすることを計画した。

そこで、被相続人は、3人の賃貸人と複数の賃借人との間で、不可分一体として利用される土地建物の賃料が授受されるなどの複雑な事務処理を行う必要が生じ、その窓口を絞り一括して行うために、平成4年11月17日にAを設立した。

c 原告の認識

平成2年当時において、本件のように、低額現物出資により評価差額を創出するという相続税対策が、課税庁によってその効果を否認されるおそれがあったとまで原告が認識するのは困難であった。

それゆえ、原告には、相続税の負担軽減の意思はなかった。

d 納税猶予制度との関連

原告は、本件相続については、相続税の納税猶予制度を適用すれば、相続税の納税は猶予され、相続税の負担はなかったから、相続税の負担軽減の意思はなかった。

e 評価通達の遡及的適用

被告税務署長は、本件出資の評価において、評価通達186-2の適用を認めなかったが、これは、平成6年6月27日に改正され、平成6年8月1日以降に相続により取得した株式等について適用される評価通達を、平成4年11月29日に原告が相続により取得した本件出資に遡及的に適用しているに他ならず、租税平等主義に反する。

(イ) 検討

a Iの設立について

被相続人は、本件開発事業を行うことを目指していたことは、甲第26ないし第31号証からうかがわれるが、さらに、本件開発事業について、被相続人が何らかの具体的な計画を立てていたことまでは、これを認めるに足りる証拠がない。

また、本件開発事業にかかわる土地の所有者等は、被相続人を含めて6人と推定される(甲27ないし29)が、被相続人だけが出資してIを設立する合理性を見いだすことができない。

すなわち、売布駅前の開発事業の事業主体となる法人として、Iの設立が企画されたのであれば、売布駅北側の地権者(6人)らも当然Iの社員となり、Iの経営に参画するはずであるのに、Iの社員は被相続人一人であり、Iの役員も被相続人とその妻子のみである(乙4、5)。

さらに、本件開発事業が具体化することはなく、Iは現在に至るまで本来の事業活動(不動産の賃貸及び管理業等)をしていない(甲9ないし15、乙4、原告本人)にもかかわらず、2億8000万円もの借入をして、Iを設立することは、経済的行為としても不自然、不合理である。

しかも、この2億8000万円は、IからJに貸し付けられ、以後、Iは、6年間位にわたり、Jから利息金の支払を受けており、その間、2億8000万円をJに引き続き貸し付け、何ら本来の事業活動(不動産の賃貸及び管理業等)に使用していない(乙4、11[枝番を含む。]、18[枝番を含む。]、弁論の全趣旨)。

以上からすると、Iの設立には必要性や経済的合理性が認められず、原告の前記(ア)aの主張は理由がない。

b Aの設立について

(a) 甲第25号証(枝番を含む。)によると、被相続人の所有であった土地及びその隣接土地が、L及びMの店舗及び駐車場並びにN使用の建物の敷地として利用されていることは認められる。

しかし、A又は被相続人及び隣接土地所有者2人と賃借人(L、M及びN)との間で賃貸借契約が締結された時期、賃料の分配等に関する合意の内容等については、明確でなく、A設立当初から事業計画があったことを認めるに足りる的確な証拠もない。

(b) しかも、土地所有者3名が所有する土地を一体として利用し、ロードサイドビジネスをすることを計画し、当該賃貸借に係る事務処理を一括して行うために、Aが設立されたのであれば、当該3名がAに共同して出資し、取締役にも就任するのが当然であると思われる。

ところが、Aの社員は、被相続人とI(社員は被相続人のみ)のみであり、Aの取締役は、被相続人とその妻子のみであり(乙6・7)、2人の地権者は、Aの社員でもなく、取締役にも就任していない。

(c) さらに、Aは、設立から平成9年5月31日の決算期末まで収入がなく、事業活動は一切行っておらず、平成10年5月31日の決算期において初めて、営業収入を計上するようになった(甲2ないし7)。

本件更正処分が平成8年1月29日になされ、異議申立て、審査請求でAが事業活動を行っていないことが問題となり、国税不服審判所の裁決がなされた平成10年4月24日の直後の決算期で初めて、Aは営業収入を計上するようになったのである(甲51、乙1、弁論の全趣旨)。

(d) 以上によると、Aが平成9年5月31日まで事業活動を行っていなかったことの合理的な理由も見いだせず、Aの設立には必要性や経済的合理性が認められないので、原告の前記(ア)bの主張も理由がない。

c 原告の認識について

評価通達6項は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価すると規定しており、また、本件相続が開始した平成4年11月29日に近接する時期において、評価通達に定める評価方法によらないでした財産評価に基づく更正処分を適法とした裁判例が複数存在する(東京地裁平成4年3月11日判決・判例時報1416号73頁、東京地裁平成4年7月29日判決・行裁集43巻6・7号999頁)。

それゆえ、原告は、本件出資の評価において、本件通達が適用されないことも予測できたものと認められ、原告の前記(ア)cの主張も理由がない。

d 納税猶予制度との関連について

措置法70条の6第1項所定の相続税の納税猶予制度は、相続税法33条に規定する納期限の特例であって、課税の特例ではない。したがって、被告税務署長が主張する実質的な租税負担の公平というときの租税負担とは、納付すべき相続税額を示すものであり、申告期限までに納付すべき相続税額ではない。さらに、原告に対する納税猶予期限は、原告死亡の日となり(措置法70条の6第5項かっこ書き)、原告が死亡した場合には、納税猶予分の相続税は免除される(措置法20項1号)が、原告死亡の日までに特例農地等の譲渡等や農業経営の廃止があった場合には、その日から2か月を経過する日に猶予期限が到来し(措置法70条の6第1項、7項、8項)、納税猶予分の相続税のほか、利子税も併せて納付しなければならない(措置法70条の6第21項)。

ところで、原告は、被相続人が経営していた植木業の業績が不況のための先細りであること、生産緑地法の改正により生計の基盤そのものが損なわれるという事態の認識があった等と主張しており(原告第9準備書面20頁、同第10準備書面12頁)、このことからすると、原告は、納税猶予分の相続税の負担についても関心があったのは当然であるから、納付すべき相続税額がいくらであるかについては、関心がなかったとは到底いえない。

それゆえ、原告の前記(ア)dの主張も理由がない。

e 評価通達の遡及的適用

(a) 評価通達に定める評価方式を画一的に適用することにより、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等特別な事情がある場合には、評価通達に定める評価方式以外の合理的な方法によって財産評価を行うべきことは、評価通達6項の規定から明らかである。

(b) 現に、評価通達186-2の悪用に対して、国税庁資産評価企画官室企画専門官は、平成5年11月1日付けの「週間税務通信」(乙29)、同日付けの「国税速報」(乙30)の中で、相続開始直前に現物出資により取得した株式等の評価についての質問に対し、評価通達186-2(法人税額等相当額控除)によることを基本とするが、現物出資により恣意的に作り出された評価差額には、評価通達186-2の適用(法人税額等相当額控除)は認めないという回答をしている。

これは、課税当局が、評価通達186-2の改正という形式をとっていないものの、評価通達186-2の悪用に対し、当面の見解を示したものである。

(c) さらに、平成5年12月6日付けの「週間税務通信」(乙31)の中で、国税庁から各税務署宛に、著しく低額な現物出資により取得した株式等については、純資産価額の計算上、評価通達186-2の適用(法人税額等相当額控除)を認めないという取扱いが示されており、次回の評価通達の改正に盛り込まれる予定であることが掲載されている。

(d) そして、平成6年6月27日付けの評価通達186-2の改正により、著しく低額な現物出資により取得した株式等については、純資産価額の計算上、法人税額等相当額を控除しないこととされたのである(乙27、28)。

この改正は、これまでの課税当局の見解が、評価通達186-2の改正によって明文化されたものであり、課税当局の実務上の取扱いが変わったものではない(乙32)。

(e) 以上の次第で、被告税務署長は、原告が本件出資を取得するに至った一連の取引を勘案し、評価通達186-2を基本としつつ、本件出資については、評価通達6項に基づいて、評価通達186-2に定める方法によらずに評価を行ったものであり、平成6年6月27日に改正された評価通達186-2を遡及的に適用したものではない。

それゆえ、原告の前記(ア)eの主張も理由がない。

(3)  本件出資の時価

前記第2の2(2)(前記5ないし8頁)の認定に、上記(2)の判断を総合すると、Iへの出資払込金2億8000万円がIの出資に形を変え、さらに、Iの出資及びAへの現金出資400万円が本件出資に形を変えたということができ、本件出資の時価は、Iへの出資払込金2億8000万円とAへの現金出資400万円の合計2億8400万円と認めることができる。

この点につき、原告は、将来、IとAを合併、減資して出資の払戻しを受け、被相続人がした出資の大部分を回収して、節税を完結する意図は全くなく、その必要もないから、法人税額等相当額の控除をしないのは不当であると主張するが、原告が、本件出資を取得するに至った一連の取引によって、相続税の負担を回避したにもかかわらず、将来において、清算所得に対する法人税額等相当額の負担を甘受するとは到底考えられず、原告の上記主張も理由がない。

2  争点(2)(納付すべき相続税額はいくらか)の検討

(1)  被告税務署長は、本件出資の時価については、評価通達186-2を適用すべきではなく、法人税等相当額を控除すべきではないとして、本件出資の時価を2億8400万円、原告の課税価格を15億8910万2000円、納付すべき相続税額を5331万0300円と主張する。

他方、原告は、本件出資の時価については、評価通達186-2の適用があり、法人税等相当額を控除すべきであるとして、本件出資の時価を1億4171万円、原告の課税価格を14億4681万2000円、納付すべき相続税額を2328万4000円と主張する。

(2)  原告が本件出資の時価を1億4171万円と主張しているので、原告の課税価格が14億4681万2000円となるのであり、本件出資の時価が2億8400万円であると、原告の課税価格は、被告税務署長主張の15億8910万2000円となる。

そして、原告は、原告の納付すべき相続税額についても、被告税務署長の主張額を否認しているが、その否認の理由については、被告税務署長主張の本件出資の時価額を否認する以外には、具体的な根拠を主張していない。

なお、本件出資の時価は、前記1で認定したとおり、被告税務署長が主張するとおり2億8400万円である。

(3)  以上の事実に、弁論の全趣旨を総合すると、前記第3の2(1)(前記21、22頁)が認められ、原告の本件相続による相続税に関しては、被告税務署長主張のとおり、課税価格が15億8910万2000円、納付すべき相続税額が5331万0300円であることが認められる。

3  争点(3)(申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象となるか)の検討

(1)  時機に遅れた攻撃防御方法の検討

ア 原告は、「被告税務署長が、甲事件の終結直前になって、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象ではなく、処分性を欠くと主張することは、時機に遅れた攻撃防御方法であり許されない。」と主張する。

イ しかし、被告税務署長は、「申告期限までに納付すべき税額は更正処分の対象ではなく、処分性が認められないので、申告期限までに納付すべき税額の取消しを求める訴え(主位的請求の一部、予備的請求)は不適法であり、却下を免れない。」と主張しているのである。

そして、処分性の有無は、裁判所が当事者の主張の有無にかかわらず調査すべき職権調査事項であり、当該職権調査事項に関する当事者の陳述は、裁判所の職権調査を促すものでしかないから、被告税務署長が、終結直前になって、申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象ではなく、処分性を欠くと主張したからといって、同主張を時機に遅れた攻撃防御方法であるとして、却下することはできない。

ウ それゆえ、原告の時機に遅れた攻撃防御方法の主張は理由がない。

(2)  申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象となるかの検討

ア 国税通則法の規定

(ア) 国税通則法24条

相続税等申告納税方式における国税については、納税者の申告によりその納付すべき税額が確定することを原則としているが、国税通則法は、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が法律上の規定に反している、その他、当該課税標準額等又は税額等が税務署長の調査したところと異なっているときは、課税の適正及び充実を期す観点から、税務署長において、納税申告書に記載された「課税標準等」又は「税額等」を更正することができる旨規定している(国税通則法24条)。

そして、「課税標準等」とは、国税通則法2条6号イないしハに掲げる事項、すなわち、課税標準(同号イ)、課税標準から控除する金額(同号ロ)、純損失等の金額(同号ハ)の総称であり(国税通則法19条1項)、「税額等」とは、国税通則法2条6号ニないしヘに掲げる事項、すなわち、納付すべき税額(同号ニ)、還付金の額に相当する税額(同号ホ)、納付すべき税額の計算上控除する金額又は還付金の額の計算の基礎となる税額(同号ヘ)の総称である(国税通則法19条1項)。

それゆえ、申告期限までに納付すべき税額は、国税通則法24条所定の「課税標準等」「税額等」に含まれず、国税通則法24条に基づき、申告期限までに納付すべき税額について更正処分をすることはできない。

(イ) 国税通則法28条

国税通則法28条は、申告期限までに納付すべき税額を更正通知書の記載事項に含めておらず、更正処分の対象とはしていない。

イ 申告期限までに納付すべき税額が自動的に確定する

納税猶予の特例は、措置法70条の6第1項に規定する農業相続人が、被相続人から相続した特例農地等を農業の用に供して農業経営を継続する場合には、納付すべき相続税額のうち納税猶予税額について、相続税法33条所定の法定納期限にかかわらず、納税猶予期限までその納税を猶予する相続税の納期限に係る特例である。

そして、納税猶予税額の計算等については、措置法70条の6第2項において、相続人のうちに農業相続人がいる場合の各人の相続税額の計算方法を、また、同条3項において、納税猶予税額は同条2項2号イに掲げる金額を基に、同条3項に基づき算定された金額に相当する相続税とする旨をそれぞれ規定している。

上記のとおり、納税猶予税額とは、納税者の期限内申告等により確定した納付すべき税額のうち、相続税法33条所定の法定納期限を越えて納税が猶予されている部分の税額のことであり、その額は、措置法70条の6第1ないし3項の規定により自動的に定まるものである。

そして、申告期限までに納付すべき税額は、申告等により確定した納付すべき税額から納税猶予税額を除いたその余の部分、すなわち、法定納期限までに納付しなければならない税額のことをいうのであるから、その額は、結局のところ、納付すべき税額が確定すれば、それと同時に、措置法70条の6第1ないし3項の規定に基づいて自動的に算出されるのである。

それゆえ、申告期限までに納付すべき税額が、更正処分の内容をなすものでないことはもとより、更正処分とは別に、申告期限までに納付すべき税額を確定する処分が観念できるわけでもない。

ウ まとめ

以上のとおり、申告期限までに納付すべき税額は自動的に確定するものであり、申告期限までに納付すべき税額が、更正処分の内容をなすものでないことはもとより、更正処分とは別に、申告期限までに納付すべき税額を確定する処分が観念できるわけでもない。そのようなことから、国税通則法も、申告期限までに納付すべき税額について、更正処分の対象とはしていないのである。

実務においては、更正通知書に納税猶予税額及び申告期限までに納付すべき税額を記載しているが(弁論の全趣旨)、これは、納税者に対し、納税の期限を失念することがないよう、念のために、更正処分により確定した納付すべき税額のうち、申告期限までに納付すべき金額がいくらになったかを事実上通知するものにすぎず(観念の通知)、この通知によって、申告期限までに納付すべき税額が確定するものではない。

以上の次第で、申告期限までに納付すべき税額は更正処分の対象ではなく、処分性が認められないので、申告期限までに納付すべき税額の取消しを求める甲事件の訴え(主位的請求の一部、予備的請求)は不適法であり、却下を免れない。

エ 原告主張の検討

(ア) 原告は、「申告期限までに納付すべき税額が更正処分の対象でないとすると、それに不服のある納税者は取消訴訟によって争うことができないから、納税者の保護に欠けることになる。」と主張する。

(イ) しかし、納税者が措置法70条の6第1項所定の納税猶予税額に不服があるときは、現行法の下でも、次のような救済手段が認められており、納税者の保護に欠けることはなく、原告の上記(ア)の主張も採用できない。

a 納税者が未だ相続税等を納付していない場合

所轄税務署長が納税者に対して行う相続税の徴収処分において、当該納税者は、申告期限までに納付すべき税額が過大である旨の主張をして、税務署長を相手に相続税の徴収処分取消訴訟を提起して、その減額に対応した徴収手続を求めることができる。

b 納税者が相続税等を国に納付した場合

納税者が相続税等を国に納付した後においても、当該納税者は、申告期限までに納付すべき税額が過大である旨の主張をして、国を相手に過大な相続税等の不当利得返還訴訟を提起し、その返還を求めることができる。

4  争点(4)(過少申告加算税額はいくらか)の検討

(1)  国税通則法65条4項所定の正当な理由の検討

ア 正当な理由の解釈

国税通則法65条4項は、過少申告をしたことについて正当な埋由があると認められる場合は、過少申告加算税を課さない旨を規定している。

上記「正当な理由」とは、税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解がその後改められたことに伴い、修正申告し、若しくは更正処分を受けた場合、又は、災害・盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものが、その後予見しなかった保険金等の支払を受け、若しくは盗難品の返還を受けたため、修正申告し、若しくは更正処分を受けた場合等、申告当時適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を賦課することが不当、若しくは酷になるような場合を意味すると解せられる。

それゆえ、過少申告が単に納税者の税法の不知若しくは誤解に基づく場合には、過少申告をしたことについて正当な理由があるとはいえない。

イ 本件への適用

これを本件について見るに、原告が本件出資の価額を過小に評価し、過少申告をしたのは、前記第6の1(2)イ(前記34頁)のとおり、単に評価通達186-2の適用を信じたためではなく、評価差額を恣章的に創出し、法人税額等相当額を控除することにより、相続財産の価額を圧縮し、これにより、相続税の負担を不当に回避する目的であったことが認められる。

すなわち、原告が本件出資の価額を過少に評価したのは、相続税の負担を軽減するために、殊更に評価通達186-2を悪用し、著しく低額な現物出資をすることによって、純資産価額計算上の評価差額を恣意的に作り出したためであり、原告には、過少申告をしたことについて、正当な理由があったとは認められない。

(2)  過少申告加算税額の検討

前記第6の1(2)の認定判断に、上記4(1)の認定判断、並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告の過少申告加算税額は別表1の過少申告加算税欄記載の335万3000円であり、その計算過程は別表14記載のとおりであることが認められる。

5  結論

(1)  以上によると、原告の本件相続による相続税に関し、課税価格が15億8910万2000円、納付すべき相続税額が5331万0300円であることが認められる。

そうすると、本件更正処分では課税価格を15億8410万2000円、納付すべき税額を5221万7000円と認定したのであるから、本件更正処分は、原告の課税価格、相続税額を過大に認定した違法はない。

(2)  そして、① 甲事件の主位的請求のうち、申告期限までに納付すべき税額356万円を超える部分の取消しを求める部分は、処分性が認められず不適法であるから却下し、その余の部分は理由がないので棄却する。② 甲事件の予備的請求の訴えも、処分性が認められず不適法であるから却下する。

第7  当裁判所の判断-乙事件関係

1  争点(1)(納税猶予通達57の適用、準用の可否)の検討

(1)  納税猶予制度、納税猶予通達57

ア 措置法70条の6第1項

措置法70条の6第1項は、農業を営んでいた個人が、被相続人からの相続又は遺贈によりその農業の用に供されていた農地及び採草放牧地(特例農地等)の取得をした場合には、当該相続に係る相続税法27条1項の規定による申告書(当該申告書の提出期限前に提出するものに限る。)の提出により、納付すべき税額のうち、当該特例農地等で当該申告書にこの規定による適用を受けようとする旨の記載があるものに係る納税猶予分の相続税については、当該申告書の提出期限までに当該納税猶予分の相続税の額に相当する担保を提供した場合に限り、相続税法33条の規定にかかわらず、納税猶予期限までその納税を猶予する旨規定している。

したがって、措置法60条の6第1項の規定によると、納税猶予が適用されるのは、期限内申告に係る相続税に限られているのであり、期限後の申告に係る相続税について、例外的に納税猶予を認める明文の規定は設けられていない。

イ 納税猶予通達57

しかし、実務では、納税猶予通達57(同15を準用)により、納税猶予の適用を受ける旨の相続税の申告について特例農地等の評価又は税額計算の誤りがあり、その誤りのみに基づいて修正申告又は更正があった場合における当該修正申告又は更正により納付すべき相続税額(附帯税を除く。)については、当初から納税猶予の適用があることとして取り扱われている(乙33)。

納税猶予通達57は、修正申告や更正に当たり、納税猶予の対象となる特例農地等の評価誤りや税額の計算間違いのような軽微な原因に基づく増加税額については、納税者の立場を考慮し、納税猶予の適用を認めようとするものである。すなわち、同通達は、修正申告や更正に当たり、納税猶予の対象となる特例農地等の評価誤りや単純な計算間違いのように、納税猶予税額の計算に直接影響のある原因に基づく増加税額については、納税猶予の特例の趣旨に照らし、当初から納税猶予の適用があることとして取り扱おうというものである。

したがって、修正申告又は更正の原因となった事実が上記で述べた事由によるもの以外であるときは、当該修正申告又は更正により納付すべき相続税額については、当初から納税猶予の適用があることとして取り扱うことはできない。すなわち、納税猶予通達57の適用については、厳格かつ画一的に行うべきであり、安易に同通達の準用を認めるべきではない。

(2)  納税猶予通達57の本件への適用、準用の可否

これを本件について見るに、本件出資の価額を算定するに当たり、評価通達186-2を適用し、法人税額等相当額を控除するか否かは、特例農地等の評価誤りや税額の計算間違いに該当しないことが明らかであり、本件更正処分により納付すべき相続税額については、当初から納税猶予の適用があることとして取り扱うことはできない(納税猶予通達57の本件への適用ないし準用は認められない)。

(3)  原告主張の検討

ア 原告は、「評価通達186-2の適用を信じて相続税の申告したにもかかわらず、被告税務署長がこれを認めず、これを異なる評価方法で本件出資を評価しているのは、同通達を信じた納税者の信頼を裏切るものであり、極めて不当な事態となっているから、納税猶予通達57の本件への適用ないしは準用を認めるべきである。」と主張する。

イ しかし、原告が本件出資の価額を過小に評価し、過少申告をしたのは、前記第6の1(2)イ(前記34頁)のとおり、単に評価通達186-2の適用を信じたためではなく、評価差額を恣意的に創出し、法人税額等相当額を控除することにより、相続財産の価額を圧縮し、これにより、相続税の負担を不当に回避する目的であったことが認められる。

ウ すなわち、原告が本件出資の価額を過少に評価したのは、相続税の負担を軽減するために、殊更に評価通達186-2を悪用し、著しく低額な現物出資をすることによって、純資産価額計算上の評価差額を恣意的に作り出したためであり、原告は、本件出資の時価について、評価差額に対する法人税額等相当額を控除しないで評価されることも十分予測できたものであり、原告の上記アの主張も採用できない。

2  争点(2)(申告に錯誤があり無効か)の検討

(1)  原告には錯誤がない

前記1(3)イ、ウのとおり、本件は、原告が、本件相続に伴う相続税の負担を軽減するために、本件出資の評価に当たり、殊更に評価通達186-2を悪用し、著しく低廉な現物出資をすることによって、純資産価額計算上の評価差額を恣意的に作り出した事案である。

本件のような場合には、画一的に評価通達186-2が適用されることなく、他の合理的な評価方法によって本件出資が評価されることは、原告においても認識することが可能というべきである。

それゆえ、原告には、評価通達186-2が適用されないことに錯誤はなく、原告の本件申告行為の錯誤無効の主張は理由がない。

(2)  客観的に明白かつ重大な錯誤ではない

仮に、原告には、本件申告をするに当たり、錯誤があったとしても、納税申告の錯誤の主張が許されるのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大で、更正の請求等の法定の方法以外にその是正を許さなければ、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合である(最高裁昭和39年10月22日第1小法廷・民集18巻8号1762頁)。

これを本件について見るに、原告が本件出資の評価に当たって、法人税相当額を控除し、過少に申告したのは、相続税の負担を軽減することを目的として、評価通達186-2を適用すると本件出資の額が過小に評価されることになる取引を意図的に行ったためである。

それゆえ、本件において、その錯誤が客観的に明白かつ重大とはいえず、また、更正の請求等の法定の方法以外にその是正を許さなければ、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情も認められないことが明らかである。

したがって、仮に、原告には、本件申告をするに際し、錯誤があったとしても、原告の本件申告の錯誤無効の主張は認められない。

3  結論

以上の次第で、本件では納税猶予通達57の適用も準用も認められず、本件申告が錯誤により無効であるとは認められないので、原告が既に被告国に納付した相続税等3836万2600円が、被告国の不当利得になるものではない。

よって、原告の被告国に対する不当利得返還請求(乙事件請求)も理由がないので、これを棄却する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 炎中秀雄)

裁判官 五十嵐章裕は、転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 紙浦健二

別表1

課税の経緯

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別表6

本件出資の評価明細

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別表7

課税価格及び相続税の総額の計算

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別表8

農業投資価格による課税価格及び相続税の総額の計算

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別表9

相続税額の計算

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別表12

特例農地の明細表

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別表14

過少申告加算税の計算

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