神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)55号 判決 2004年2月24日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
秋田仁志
同
辻公雄
同
井上善雄
同
金子武嗣
同
吉川法生
同
秋田真志
同
峯本耕治
同
畠田健治
同
中紀人
同
坂本団
被告
猪名川町長 真田保男
同町収入役
同 Y1
元同町水道課長
同 Y2
元同町水道課長
同 Y3
上記4名訴訟代理人弁護士
池田良治
参加人
猪名川町長 真田保男
同訴訟代理人弁護士
村田勝彦
同
福村武雄
主文
1 被告Y1及び被告Y3は、連帯して、猪名川町に対し、金124万1000円及びこれに対する平成10年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y1及び被告Y3に対するその余の請求、並びに、原告の被告真田保男及び被告Y2に対する請求を、いずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分して、その1を原告の負担とし、その余を被告Y1及び被告Y3の負担とする。
事実及び理由
第5 当裁判所の判断<1>―監査請求前置の要件充足の有無
住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求めていた具体的措置の相手方と異なる相手方に対し、上記措置の内容と異なる請求をすることも許されると解される(最高裁平成10年7月3日第二小法廷判決・判例時報1652号65頁)。
これを本件についてみると、本件監査請求においては、財務会計上の行為として本件変更契約の締結及び同契約によって生じた増加分の工事費用の支出が問題にされており(甲1)、本件訴えにおいてもその点に変わりがないのであるから、本件訴えは、全被告との関係において監査請求前置の要件に欠けるということはできない。
以上によれば、被告らに対する本件訴えは、いずれも監査請求前置の要件を充足し、適法というべきである。
第6 当裁判所の判断<2>―損害賠償請求の当否
1 事実の認定
前記第2の2(前提となる事実)に、〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件下水道事業
町は、平成2年12月に全町下水道計画として「ビューティフル猪名川計画」を策定し、上記計画の一環として、汚水管布設その2工事を実施することにした。
(2) 本件工事施工前における本件工区周辺の状況
ア 本件工区には、本件工事施工前まで、町道木津槻並線から西側に隣接する水路(別紙図面(1)水色部分)と平行して、風呂尻4番の1から同3番地先へと大小の湾曲を繰り返しながら南へと向かう幅員約1mの本件里道(別紙図面(1)桃色部分)が存在していた。
イ 本件里道の西側沿いには素掘りの水路が隣接し、本件里道と同水路との間には約0.5mから1m程度の崖面があり、同崖面には空石積みが施されていた。また、本件里道の地下には水道管が埋設されていた。
ウ 本件里道の東側には、町道側から順に、A所有地(4番1、38番、39番、1番)、B所有地(3番1)、C所有地(2番)、被告Y1方敷地(21番の1)が存在し、更に被告Y1方敷地の南側に隣接して、B(被告Y1の妻の父。以下「B」という。)所有の農地(21番、南側隣地)が存在し、西側には、上記水路を隔てて、B所有の田地(3番2)が存在していた(別紙図面(2)参照)。
被告Y1は、本件工事施工前から長年にわたり、上記被告Y1方敷地(21番1)において居住していた。
エ 被告Y1を含む本件里道の沿道住民は、本件里道を生活用道路として利用していたが、本件里道は、幅員が狭小で自動車や農作機械の進入が不可能な道路であった。
とりわけ、被告Y1方敷地は、町道から離れた本件里道の奥に位置しており、本件里道が町道に通じる唯一の生活用道路であったことから、日常生活を営むに当たり非常に不便な状態であった。
そのため、被告Y1その他の本件里道沿道の土地所有者らは、かねてから、町に対して、本件里道周辺における道路の拡幅整備を要望していた。
(3) 本件工事の変更に至る経緯
ア 町の方針
町内では、生活用道路の狭隘な地区が存在し、町民から狭隘な道路の拡幅の要望が頻繁に出されていた。そこで、町は、下水道工事において、地域住民が任意に民地を提供する場合には、下水道工事に伴う道路の原形復旧に際して道路の拡幅を行うことを可能とする方針を立てていた。
そして、町は、汚水管布設その2工事の実施に際しても、平成9年8月9日に実施した地元説明会において、住民らに対し生活道路が狭隘な地区においては、汚水管布設その2工事に伴い土地提供等がなされれば、提供された土地を含めて道路として原状復旧を行うことにより、生活道路の改善を図ることが可能である旨の説明を行った。
同説明会には、当時町参事であった被告Y1が、被告Y3に代わり、町側の責任者として出席していた。
イ 被告Y1の行動
被告Y1は、上記説明会が実施された後ころから、本件里道沿いの民地所有者であるAらに対し、同民地の提供を打診し、町に対しても、本件工事に際して、民地の提供を前提とする本件里道の拡幅を実施するよう申し入れていた。
その結果、被告Y1は、平成9年11月上旬ころまでに、上記所有者らから、民地の提供を受けることについての了承を得た。
ウ 口頭による工事変更の合意
町は、平成9年11月12日、本件工事現場において、本件工区周辺の地権者等を対象に打合せを実施し、同打合せでは、被告Y3ら町職員のほか、a建設担当者、本件里道周辺地所有者であるA、B及び被告Y1が立会いの上、次のとおりの決定ないし合意がされた。
(ア) 本件拡幅変更
上記打合せの参加者らは、本件里道沿いの土地所有者であるA、Bが、本件里道沿いの民地(4番1、3番1の一部)を原則として2m幅で提供することを確認した(別紙図面(2)参照)。
そこで、被告Y3は、同現場において、上記民地提供を受けることを前提に、本件里道を拡幅変更(別紙図面(2)赤部分)して本件工事を実施することを決定した。
(イ) 本件延伸変更
さらに、被告Y1は、Y1方汚水桝の設置位置について、南側隣地(農地、21番)が被告Y1の妻の父の所有地であり、将来これを農地から宅地に転用して被告Y1の娘が居住する際、同人らが負担することになる汚水管布設費用を節約できるようにするため、被告Y3ら町職員に対し、上記理由を述べて、Y1方汚水桝の設置位置を、町の方で当初計画していた被告Y1方敷地の北西隅(別紙図面(2)のから、南側隣地に近い被告Y1方敷地の南西隅(別紙図面(2)の)に変更してほしい旨申し入れた。
すると、被告Y3は、その場でこれを了承し、Y1方汚水桝の設置位置を被告Y1方敷地の南西隅に変更することを決定した。
そして、Y1方汚水桝の設置位置の上記変更に伴い、本件工事の施工延長を被告Y1方敷地南西隅付近まで約15m延伸させる必要が生じたことから、被告Y3は、本件工事の施工範囲を上記のとおり延伸させること、及び同延伸部分(別紙図面(2)青部分)についても、民地(3番2の一部)の提供を受けて、道路を拡幅することを決定した。
(ウ) 変更の指示
被告Y3は、a建設担当者に対し、本件工事を上記(ア)及び(イ)のとおり変更する旨を口頭で指示し、a建設担当者はこれを了承した。
エ 本件工事の完了
a建設は、平成10年4月末ころまでに、変更後設計に基づいて本件工事を完了させた。
オ 書面による変更契約の締結
被告Y2は、町水道課長として、本件拡幅変更(別紙図面(2)赤部分)及び本件延伸変更(別紙図面(2)青部分)、並びに汚水管布設その2工事の実施途中でその他の変更について、これを正式に契約書面化するため、汚水管布設その2工事の完了後の平成10年5月25日、a建設との間で、工事請負変更契約書を作成した(甲11の1~4)。
(4) 追加工事契約の締結
ア 汚水管布設その2工事では、工事開始後、本件拡幅変更艮び本件延伸変更のほか、複数箇所において工事の内容が変更され、その結果、工事費用が大幅に増加し、その増加額は約800万円に上っていた。
イ そこで、町は、超過した上記費用の増加分について、本件請負契約の代金額に変更を生じさせないように調節するため、上記増加金額に相当する額の他の箇所の工事を本件請負契約の対象から外して、別途の請負契約を締結する形式をとることとし、a建設との間で、平成10年3月4日から同年5月17日までに、汚水管布設その2工事の一部工事につき、その代金合計を804万9300円とする追加工事請負契約を締結した(丙2~4)。
(5) 本件工事完了後の現場周辺の状況
本件工事完了後、本件里道の存在した場所には、町道側から被告Y1方敷地北西隅付近にかけて(別紙図面(2)赤部分)、幅員約3mの道路(以下「新道路」という。)が形成され、自動車の進入も可能な状態となった。
さらに、被告Y1方敷地北西隅付近から同南西隅付近までの被告Y1方敷地前(別紙図面(2)青部分)では、最大約6.8mの幅員の道路が形成され、これにより、被告Y1方敷地前の上記道路において、自動車を駐車したり転回することが可能となった(甲20、甲21の9)。
2 検討のはじめに
下水道事業は、補助金の交付を伴う下水道事業特別会計に基づいて実施される事業であるから、同事業における工事費用の支出は、下水道事業としての性質を超えるものであってはならず、当該工事の目的・内容、費用の程度等に照らし、下水道工事の範囲を逸脱すると評価される場合には、当該工事に関する契約締結及びこれに基づく費用の支出は、違法となるというべきである。
そこで、以下では、本件変更契約の締結等が下水道工事の範囲を逸脱するか否かについて、本件拡幅変更(争点2)と本件延伸変更(争点3)に分けて検討し、その後、被告らに不法行為責任があるかについて、被告ら各人について個別的に検討を加え、最後に、被告らの不法行為により町が被った損害額について検討する。
3 本件拡幅変更(争点2)の検討
(1) 本件拡幅変更の限界
前記1(2)(3)の事実によれば、本件拡幅変更(別紙図面(2)赤部分)は、本件里道周辺の居住環境の改善及び利便の向上を図ることを目的としてなされたものである。
このように、下水道事業に付随して、道路整備等を実施して居住環境の改善を図ることは、それが公益的な側面を有するものであることからすれば、直ちに不相当な措置ということはできない。
しかしながら、道路整備等による居住環境の改善自体は、本来の下水道事業の目的とするところでないことは明らかであるから、上記を唯一の目的として下水道工事費用を増額させたり、下水道事業において本来予定されない性質の工事を実施することは、下水道工事の範囲を逸脱するものとして許されないというべきである。
よって、汚水管布設工事に伴い、道路を拡幅することが適法とされるのは、道路の拡幅措置によって下水道工事費用の増加が生ぜず、かつ、工事の内容が汚水管布設工事における道路復旧の範囲を逸脱しない場合に限られるとするのが相当である。
(2) 本件についての検討
ア 工事費用の増加の有無
(ア) 当事者の主張
被告らは、当初設計による工事費用の積算項目には、<1>人力掘工法による掘削費用、<2>空石積み工事費用、<3>水道管移設工事費用、<4>L字型水路工事費用が含まれ、その工事費用は830万5000円であるのに対し、本件拡幅変更による本件工事費用相当額は597万円に過ぎないと主張する。
これに対し、原告は、被告らの主張する当初設計による工事費用には、<1>人力掘工法による掘削費用、<2>空石積み工事費、<3>L字型水路工事費を積算に含めている点で高額に過ぎ、当初設計による本件工事費用は167万8950円で足りると反論する。
(イ) 当事者の主張の検討
そこで、まず、被告らの主張する当初設計による工事費用の積算項目を、工事費用の積算に含めるのが相当か否か等について、まず検討する。
a 人力掘工法の要否について
(a) 証拠(甲6の1・2、乙5、9、証人D、被告Y3本人)によれば、次の事実が認められる。
ⅰ 当初設計では、幅員約1mの本件里道を幅約80cm、深さ1.5mから2.2mで掘削することが予定されていた。
ⅱ しかし、幅員約1mの本件里道幅で使用することが可能なサイズの掘削機械では、上記の深さの掘削をすることが不可能である。
ⅲ また、本件里道沿い西側には水路との間の段差があり、里道沿い東側にはブロック塀等の構造物が存在するため、本件里道の幅員では、掘削機械を使用した場合には、機械が転倒したり、本件里道沿いの構造物を損壊させるなどの危険がある。
ⅳ さらに、本件里道は大小の湾曲を繰り返しているため、機械の旋回も困難である。
(b) 以上によれば、機械掘工法によって本件里道を上記のように掘削することは、技術的に不可能というべきであり、当初設計により本件工事を実施する場合には、本件里道の掘削を人力掘工法によって実施せざるを得ないものと認められる。
よって、当初設計においては、被告ら主張のとおり、人力掘工法による掘削工事費用を積算するのが相当である。
b 空石積み工事の要否について
証拠(甲6の1・2、乙5、9、証人D、被告Y3本人)によれば、当初設計では、前記のとおり幅員約1mの本件里道を約80cm幅で深さ1.5mから2.2mを掘削することが予定されていたため、崖面の崩壊のおそれが高いことから、空石積みの復旧を要することが認められる。
よって、空石積み工事費用を当初設計の積算に含めることも相当というべきである。
c 水道管移設工事の要否について
証拠(乙9、証人D、被告Y3本人)によれば、本件里道の地下に水道管が埋設されているため、本件里道を掘削して汚水管を埋設するためには、上記水道管を移設することが必要であることが認められ、上記移設費用は当初設計に積算されるべき費用であると認められる。
d L字型水路工事の要否について
被告らは、本件里道を掘削した場合に崖面の崩落の可能性が高い以上、崖面下にある水路の崩壊も避けられないことから、当初設計によっても、L字型水路工事は必要な工事であり、当初設計にこれが盛り込まれていなかったのは、設計漏れにすぎないと主張する。
しかし、証人Dの証言によれば、a建設は、本件請負契約締結当時から、当初設計に水路の復旧工事が積算されていないことを認識しており、仮に水路復旧が必要となった場合には、業者側の企業努力によって人力作業で復旧を行い、その費用はあえて町に請求しないつもりで本件請負契約を締結したことが認められる。
そうすると、本件請負契約は、水路復旧に関する費用を積算しないことを前提に合意されたものというべきである。
よって、当初設計にL字型水路工事費用を積算すべきとする被告らの主張は採用できない。
e まとめ
以上によれば、被告らの主張する当初設計による工事費用の積算項目のうち、<1>人力掘工法による掘削費用、<2>空石積み工事費用、<3>水道管移設工事費用については、積算に含めるのが相当であると認められるが、<4>L字型水路工事については、積算から除外するのが相当である。
(ウ) 当初設計による本件工事費用相当額の検討以上を前提に、当初設計に基づく工事費用を被告積算表(別表1)を前提に算出すると、662万9000円(別紙1の合計額830万5000円からL字型水路工事費用167万6000円を控除した金額)となる。
(エ) 費用増加の有無の検討
以上によれば、被告積算表を前提とする限り(L字型水路工事費用の積算を除く。)、本件拡幅変更によっては工事費用の増加は生じておらず、かえって工事費用を低減することができることが認められ(662万9000円から597万円に減少している。)、ほかに費用増加を生じさせたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
イ 拡幅工事の内容
また、証拠(乙5、9、証人D、被告Y3本人)によれば、本件拡幅変更に基づいてされた工事の内容は、提供を受けた民地の地下に汚水管を布設した上、発生した残土を利用して埋め戻しをしたという程度にとどまっており、それ以上に道路のアスファルトによる舖装工事等を行っているものではないから、下水道工事において通常行われる汚水管埋設後の道路復旧の範囲を逸脱するとまではいい難い。
(3) 小括
以上検討したところによれば、本件変更契約のうち本件拡幅変更(別紙図面(2)赤部分)を合意した点については、本件工事費用の増加を生じさせておらず、かつ、工事の内容に照らしても、下水道工事に伴う道路復旧の範囲を逸脱するものとはいえないから、違法とは認められない。
4 本件延伸変更(争点3)の検討
(1) 当裁判所の判断
ア 変更の合理性の欠如
(ア) 本件延伸変更(別紙図面(2)青部分)は、前記1(3)ウ(イ)のとおり、被告Y1の申出に基づいて、Y1方汚水桝の設置位置が北西隅(別紙図面(2)の)から南西隅(別紙図面(2)のに変更されたことに伴い、決定されたものである。
そこで、本件延伸変更の原因となったY1方汚水桝の設置位置の変更が、本件下水道事業の目的に照らして合理的なものであったかについて、以下検討する。
(イ) 前記1(3)ウ(イ)のとおり、被告Y1は、同被告の娘が将来南側隣地(21番)において居住する際に要する下水道工事費用を節約できるようにする目的で、Y1方汚水桝を南側隣地に近い被告Y1方敷地(21番1)の南西隅に変更するよう申し出たものである(別紙図面(2)参照)。
しかし、Y1方汚水桝は、飽くまで被告Y1方への排水設備の接続を目的とする施設であり、被告Y1方以外の土地の利便を考慮することは、それ自体相当といい難い上、南側隣地は、その現況が農地であり、本件下水道事業の対象外の土地であること、現時点では具体的な宅地転用の見込みもないことをも考え併せると、上記変更理由は、本件下水道事業の目的から逸脱するものといわざるを得ない。
(ウ) 一方、証拠(丙1、被告Y3本人、被告Y1本人)によれば、当初設計におけるY1方汚水桝の設置位置(北西隅)は、被告Y1方に排水設備の接続するのに特段不都合はないこと、むしろ、被告Y1方の居宅はトイレ、風呂場等の施設がいずれも北側の位置に存在するため、当初設計のY1方汚水桝の設置位置(北西隅)と変更後のそれ(南西隅)と比較すると、被告Y1方における排水設備を接続する都合上は、前者の方がより効率的であることが認められる。
(エ) 以上によれば、Y1方汚水桝の設置位置を被告Y1方敷地の北西隅から南西隅に変更する本件下水道事業上の合理性は、極めて乏しいといわざるを得ない。
イ 本件工事費用の増加
また、本件延伸変更によって生じた費用の増加額についてみると、被告積算表を前提にしても、延伸させない場合の工事費用597万円(別表3)よりも190万円(787万円〔別表2〕-597万円〔別表3〕)の費用増加が生じており、当初設計による本件工事費用662万9000円(L字型水路工事費用を除く。830万5000円〔別表1〕-167万6000円〔別表1〕)と比較しても、124万1000円(787万-662万9000円)の費用増加が生じていることが認められる。
ウ 変更の効果
さらに、前記1(5)のとおり、本件延伸変更の結果、被告Y1方敷地前には最大6.8mの幅員の新道路が形成され、被告Y1方敷地前で自動車を駐車させたり転回させることが可能な程度のスペースが確保されていることが認められ、上記延伸によって得られた被告Y1方居住者の利便は非常に高いということができる。
このような本件道路の客観的状況に照らすと、上記費用増加によってもたらされた効果は、専ら、道路の拡幅による被告Y1方居住者らの生活環境の改善にあったものと評価できる。
エ まとめ
以上検討したところによれば、本件延伸変更は、本件下水道事業上の必要性が極めて乏しいにもかかわらず、100万円を上回る費用増加をもたらしているのであり、さらには、かかる多額の費用増加による町の経済的負担のもとに、被告Y1に対し、下水道事業の目的外の私生活上の利便を供する結果を生じさせているのである。
これらを総合すると、本件変更契約のうち本件延伸変更を合意した点は、下水道工事の範囲を逸脱するものであり、違法といわなければならない。
(2) 上記判断に反する被告ら主張の検討
ア 被告らは、下水道工事においては、各家庭から汚水桝の設置位置変更の申出があった場合、工事の円滑な遂行等の観点から、その理由が合理的なものであるかどうかにかかわらず、各家庭の意向を尊重して変更する必要があるから、Y1方汚水桝の設置位置変更及びそれに伴う本件延伸変更には合理性がある旨主張する。
しかしながら、下水道事業が補助金の交付を伴う特別会計に基づいて実施される事業であることは、前記2のとおりであるから、変更の理由を十分に考慮することもなく、むやみに費用の増額を許容する運用は相当でなく、下水道工事における工事内容の変更においては、下水道事業の目的に照らし、その変更理由が合理的なものかを具体的に検討して判断する必要があるというべきである。
したがって、被告らの上記主張は採用できない。
イ また、被告らは、Y1方汚水桝の設置位置変更の合理性があることの根拠として、汚水管布設その2工事において汚水桝の設置位置が変更された事例が、Y1方汚水桝以外にも存在することを指摘する。
しかしながら、上記事例が存在すること自体が、Y1方汚水桝の設置位置変更の合理性の判断に影響を及ぼすものとは直ちには考え難い上、証拠(丙6~9)によれば、被告らの指摘する他の事例では、工事の施工延長を延伸させた場合であっても、本件工事のように道路を新設することまでを必要とする内容ではなかったことが認められ、汚水桝設置位置の変更に伴う費用の増加の程度も、Y1方汚水桝の場合とは大幅に異なることが推認されるから、本件工事と同様の事例として捉えることはできない。
よって、被告らの上記主張は、前記(1)の判断を左右するものではない。
5 被告ら各人の不法行為責任(争点4)の検討
(1) 被告真田について
ア 「当該職員」該当性
法242条の2第1項4号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者、及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして上記権限を有するに至った者を広く意味するものである(最高裁昭和62年4月10日第二小法廷判決・民集41巻3号239頁参照)。
したがって、被告真田は、書面による本件変更契約の締結当時、猪名川町長として、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者であったから、上記にいう「当該職員」に当たる。
イ 不法行為責任の有無
しかしながら、被告真田は、平成9年11月12日の本件口頭合意当時は、いまだ町長に就任しておらず、また、町長就任後も、町職員らから本件工事の具体的な変更内容等に関する報告等を受けていた事実はうかがわれない。
そして、本件変更契約においては、別途追加契約を締結することにより、本件変更契約の代金自体を増加させない形式がとられたことは、前記1(4)認定のとおりであるから、上記のとおり本件工事について具体的な報告を受けていなかった被告真田が、平成10年5月25日になされた書面による変更契約手続に際して、本件変更契約によって本件工事費用の増加が生じていることを把握することは困難であった、といわざるを得ない。
以上によれば、被告真田は、本件変更契約について、その具体的な内容を知っていたこと又は容易にこれを知り得たとはいい難く、違法な本件変更契約の締結を阻止しなかったことについて、故意又は過失があったとは認められない。
ウ まとめ
よって、被告真田には、違法な本件変更契約の締結に関与したことについて、不法行為責任があるものとは認められず、原告の被告真田に対する請求は理由がない。
(2) 被告Y1について
ア 「当該職員」該当性
証拠(甲15の1、被告Y1本人)によれば、被告Y1は、平成9年11月ころまで、当時町長選挙期間中であったため、町参事として町長の事務を代決する権限を有し、同権限に基づき本件請負契約の締結に関する決裁を行っていたこと(甲9の1・2、甲15の1)、その後、同年12月19日に町収入役に就任したことが認められる。そうすると、被告Y1は、町参事であった平成9年11月12日の本件口頭合意当時、本件変更契約の締結に関する権限を有していたものと認められ、同年12月以降は、収入役として、本件変更契約に基づく費用の支出に関する権限を有していたものと認められるから、法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に当たるというべきである。
イ 不法行為責任の有無
(ア) 前記1(3)ウ(イ)のとおり、被告Y1は、平成9年11月12日に本件口頭合意の現場に立ち会い、Y1方汚水桝の設置位置の変更を自ら申し出て本件延伸変更の決定に関わっているのであるから、本件延伸変更の内容を十分に把握していたことは明らかである。
(イ) そして、本件延伸変更の内容が、当初設計よりも約15mもの施工範囲の延伸を伴うものであり、被告Y1方敷地前では最大約6.8mの幅員を有する道路を造成するというものであって、上記内容自体から工事費用の増加を容易に予測できるといえるから、被告Y1は、上記工事の変更内容を把握していた以上、本件延伸変更によって本件工事費用の増加を生ずることについても、十分に認識し又は認識し得たというべきである。
(ウ) そうすると、被告Y1は、本件延伸変更によって費用の増加が生ずることを認識し又は認識し得たのに、南側隣地の将来の土地利用上の利便を図る目的のもと、本件口頭合意を積極的に働きかけて、被告Y3をして、違法な本件変更契約を締結(口頭による)させたのであるから、違法な本件変更契約の締結に関与したことについて、故意又は過失があると認められる。
ウ まとめ
よって、被告Y1は、町に対し、違法な本件変更契約によって生じた町の損害を賠償すべき義務がある。
(3) 被告Y3について
ア 「当該職員」該当性
証拠(被告Y3本人、被告Y2本人)によれば、町では、工事費用の増額を伴わない場合における下水道工事の変更契約の締結は、水道課長の専決権限に属することとなっていたこと、被告Y3は、町水道課長として、上記権限に基づき、本件変更契約によって工事費用の増加が生じないとの前提で、本件口頭合意を行ったことが認められる。
よって、被告Y3は、法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に該当すると認められる。
なお、本件変更契約は、客観的には本件工事費用の増額を伴うものであったことは、前記4(1)イのとおりであるが、かかる事情によって、被告Y3の「当該職員」該当性が否定されることにはならないものである。
イ 不法行為責任の有無
被告Y3は、被告Y1からの申出を受け、その場で変更を了承し、本件延伸変更を決定して本件口頭合意をしたものであるところ、前記(2)イ(イ)のとおり、本件延伸変更の内容に照らし、被告Y3は、本件口頭合意をなすに当たり、本件工事費用の増加を生ずることを十分に認識し又は認識し得たというべきである。
にもかかわらず、被告Y3は、被告Y1の申出に基づき、費用増加の有無及びその程度を具体的に検討するなく、これに応じて本件口頭合意をしたのであるから(被告Y3本人の供述)、違法な本件変更契約を締結するについて、故意又は過失があると認められる。
ウ まとめ
よって、被告Y3もまた、町に対し、本件変更契約によって生じた町の損害を賠償すべき義務がある。
(4) 被告Y2について
ア 「当該職員」該当性
被告Y2は、町水道課長として、下水道工事の変更契約の締結に関し、被告Y3と同様に、一定の範囲で専決権限を有していたものである(甲11の1、被告Y2本人)。そして、被告Y2は、上記権限に基づき、平成10年5月25日、書面による変更契約締結を行ったものであるところ、上記書面による変更契約の締結行為は、本件変更契約の手続の一部を構成するものであるから、被告Y3と同様に、法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に当たるということができる。
イ 不法行為責任の有無
しかしながら、前記1(3)ウ・オの事実によれば、本件変更契約は、平成9年11月12日の本件口頭合意により、当時の水道課長である被告Y3の判断により実質的に決定されたものであり、本件工事が、書面による変更契約がされた平成10年5月当時には既に完了していたことをも考え併せると、上記書面による変更契約の締結行為は、既に合意された契約の形式を整えるために行われたものにすぎないというべきであるから、被告Y2が上記書面による本件変更契約手続を行ったとしても、そのことをもって、本件変更契約の締結について実質的な決定をしたとはいい難い。
また、証拠(甲19、被告Y3本人、被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告Y2が町水道課長に就任した平成10年4月当時には、既に本件工事の相当部分は施工済みであったこと、被告Y2は、水道課長に就任した際、本件変更契約について、前任者である被告Y3から具体的な引継ぎも受けていなかったことが認められる。
以上の各事情を総合すると、被告Y2には、本件変更契約の締結について、故意又は過失があるとまでは認められない。
ウ まとめ
よって、被告Y2には、違法な本件変更契約の締結に関与したことについて、不法行為責任があるものとは認められず、原告の被告Y2に対する請求は理由がない。
6 損害額(争点5)の検討
(1) 以上によれば、町は、違法な本件変更契約の締結(本件延伸変更部分)によって生じた本件工事費用の増額分の損害を被ったことになる。
(2) ところで、本件においては、本件変更契約(本件延伸変更部分)によってどれだけの本件工事費用の増加が生じたかについて、正確な金額を算出するに足りる具体的な証拠は存在しない。
しかしながら、被告積算表を前提に計算しても、本件変更契約によって本件工事費用の増加が生じていること(前記4(1)イ)、汚水管布設その2工事では、工事全体で当初の設計よりも800万円以上もの費用増加が生じていること(前記1(4)ア)の各事情を総合すれば、本件変更契約によって発生した町の損害は、少なくとも、被告積算表を基に算出した本件工事費用の増加額を下回るものではないと推認することができる。
(3) そうすると、被告積算表によれば、変更後設計による本件工事費用が787万円(別表2)であるのに対し、当初設計による本件工事費用相当額は662万9000円(830万5000円-167万6000円)であり、本件変更契約に伴う本件工事費用の増加額は124万1000円(787万円-662万9000円)であるから、本件変更契約によって生じた町の損害額は、少なくとも124万1000円の限度で認めることができる。
第7 結論
1 以上によると、被告Y1及び被告Y3は、猪名川町に対し、下記金員の支払義務があるが、原告の被告真田及び被告Y2に対する本件損害賠償請求は理由がない。
記
損害賠償金124万1000円、及びこれに対する平成10年12月26日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金
2 よって、原告の被告Y1及び被告Y3に対する本訴請求は、前記1認定の限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、原告の被告真田及び被告Y2に対する本訴請求は、全て理由がないので棄し、仮執行の宣言は相当でないので付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 今中秀雄 五十嵐章裕)