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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1129号 判決 2002年6月25日

主文

1  被告は,原告に対し,868万3738円及びこれに対する平成9年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,3342万7698円及びこれに対する平成9年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,証券会社である脱退被告において,別紙記載のとおり,株式等の取引(以下「本件取引」ともいう。)をしたところ,その従業員に無断売買ないし事後承諾の押しつけ,説明義務違反,断定的判断の提供,適合性原則違反,過当取引及び虚偽報告等の違法行為があり,それによって損害を被ったと主張して,吸収分割により脱退被告の権利義務を承継した被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告

原告は,大正15年2月2日生の男性であり,船舶及び電力関係の工事を業とする不二船舶工業株式会社の代表取締役である。

イ 脱退被告及び被告

脱退被告の本店及び支店において営む証券業その他証券取引法に基づき営む業務に関する営業を被告に移転し,被告がこれを承継する吸収分割を行うため,平成13年5月17日,双方において分割契約書を作成し,同年6月28日,それぞれの株主総会の承認を得たうえ,同年10月1日,被告が変更の登記をしたことにより,被告は,本件訴訟の目的である損害賠償義務を含む脱退被告の権利義務を承継した。

当裁判所は,原告及び被告を審尋したうえ,同年12月4日,被告に対し,本件訴訟を引き受けることを命ずる旨の決定をした。

脱退被告は,同月17日の本件口頭弁論期日において,原告及び被告の承諾を得て,本件訴訟から脱退した。

(2)  原告の取引経過

ア 脱退被告ハーバーランド支店勤務の従業員訴外A(以下「A」という。)は,平成4年ころから,何度か原告を訪れ,証券取引の勧誘を行った。

イ 原告は,平成6年6月15日,同支店において,取引口座を開設した。

ウ 原告は,それ以前にも,国際証券神戸支店等において,証券取引の経験があり,証券取引に関する知識・経験は相当程度有していた。

エ 原告は,同日から平成7年10月2日までの間,Aを通じて,別紙記載のとおり,株式等の取引をした。原告は,自らの判断で取引をしたことがあった。

オ 原告は,Aに対し,「好きなようにやったらいい。」と言ったことがあった。

カ 脱退被告は,原告に対し,毎月,当月の取引内容を記載した月次報告書を送付していた。

カ 原告は,平成6年7月15日,株式会社ワールド株式1000株をAに預け,同日,Aを通じて,同株式を1株5340円で売却した。上記売却金は,他の取引の原資に充てられた。

キ 原告は,同年8月18日,株式会社ワールド株式200株をAに預け,同年9月7日,Aを通じて,同株式を1株4850円で売却した。上記売却金は,他の取引の原資に充てられた。

ク 平成7年12月,Aが転勤し,訴外B(以下「B」という。)が後任となった。

ケ 原告は,同月6日から平成9年5月23日までの間,Bを通じて,別紙記載のとおり,株式等の取引をした。Bは,事前に原告の承諾を得ることなく取引をしたこともあった。

コ 原告は,平成8年5月2日,日本郵船株式会社株式5000株,株式会社ナビックスライン株式3000株及び川西倉庫株式会社株式1000株をBに預け,同年6月12日,Bを通じて,日本郵船株式会社株式を1株635円で,株式会社ナビックスライン株式を1株333円で,川西倉庫株式会社株式を1株1370円でそれぞれ売却した。上記売却金は,他の取引の原資に充てられた。

サ 原告は,A及びBに対し,しばしば株式取引の残高を問い合わせていた。

シ 平成9年6月,Bが転勤し,訴外C(以下「C」という。)が後任となった。

ス Bは,Cとともに原告を訪れた際,原告が保有していた有価証券の評価額を伝えた。

セ 原告は,平成6年6月15日から平成9年5月23日までの間,A及びBを通じて,本件取引をしたことにより,合計2170万9347円の損失を被った。

ソ 原告は,平成6年6月16日から平成9年8月27日までの間,合計18回,合計2371万7540円(ただし,口座料等を含む。)を指定口座に入金した(このうち,同日の7560円の入金は,中期国債ファンドの解約金である。)。他方,原告は,平成6年10月14日から平成10年2月4日までの間,合計8回,合計305万1143円を出金した(甲2)。

タ 同支店は,平成11年2月12日,閉鎖され,脱退被告神戸支店に統合された。

2  争点

本件取引における脱退被告従業員の違法行為の有無

3  当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 無断売買ないし事後承諾の押しつけ

本件取引中,原告が積極的に買付,売付の指示をしたのはナビックスライン株式だけであり,他の取引については,脱退被告担当者であるA及びBによるものである。本件の担当者は,例えば,「米国に出している野村の金を引き上げれば米国は潰れる。」などと脱退被告の偉大さを縷々説き,脱退被告の威信を盾にして,「私に任せてください。絶対に損はさせません。」などと断定的な表現で脱退被告との証券取引を勧誘し,事実上の売買一任勘定取引により,個々の取引について原告の個別の承諾を取らないまま,本件取引を行った。

したがって,本件取引中,ナビックスライン株式の取引を除く取引については,原告の事前,事後の承諾がなく,違法である。

被告は,原告が回答書(乙1の1ないし17)により,異議なく承諾したと主張する。しかしながら,原告は,その内容を十分に確かめず,十分な理解もしないまま,脱退被告担当者に回答書を渡したことがあるだけであり,その結果として,回答書が返送されているにすぎないのであるから,回答書の記載によって,原告が事後的に本件取引を追認したと認められるものではない。のみならず,本件取引については,その大半の取引について回答書が返送されていないのであるから,本件取引について,原告が事後的に追認した事実はない。

イ 説明義務違反

証券会社は,投資者に対して勧誘する商品について,十分にその危険性等を説明すべき義務を負っている。とりわけワラント取引と株価指数オプション取引は,特に危険で難解であるから,証券会社は,一般投資家にワラント取引と株価指数オプション取引を勧誘するに当たっては,取引の内容,仕組み,危険性等を詳しく説明する契約上,信義則上の義務がある。証券会社は,ワラント取引と株価指数オプション取引を勧誘しようとするときは,あらかじめ顧客に対し,これらの取引の概要,その他旧大蔵省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならないが,単に書面を交付するだけではなく,投資者が当該取引の仕組みやその危険性等を十分に理解できるように十分な説明をし,投資者がこれらを十分に理解したことを確認した上でなければ,取引を勧誘してはならない義務を負っている。

しかるに,脱退被告担当者は,原告に対し,投資信託,ワラント取引,株価指数オプション取引の仕組み,利用方法,リスクについてほとんど説明せず,原告が当該取引の仕組みやその危険性等を十分に理解していないことを知りながら,あるいは,これを認識すべきであったにもかかわらず,これを認識しないまま,自己の業績を上げる目的で投資勧誘をした違法がある。

ウ 断定的判断の提供

旧証券取引法50条1項1号によれば,証券会社の従業員は,有価証券の取引に関し,その価額が騰貴し,または,下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為が禁止されている。にもかかわらず,本件の担当者は,例えば,「米国に出している野村の金を引き上げれば米国は潰れる。」などと脱退被告の威信を盾にして,「絶対に損は出させません。」などと断定的な表現で証券取引を勧誘したものであり,違法である。

エ 適合性原則違反

(ア) 証券会社は,投資勧誘に際して,投資者の投資目的,財産状態及び投資経験等にかんがみて不適合な取引を勧誘してはならない。したがって,証券会社は,一般投資家の投資経験や資産状況などを十分に把握し,その投資家に合った証券取引を勧誘すべきである。

(イ)a 原告は,本件取引開始時の平成6年当時でも75歳の高齢者であり,また,正業を持ち,その傍ら,余剰資金を証券取引に充てているにすぎない一般投資家であり,専門的に市場を注視して証券取引を行っている者ではない。

b 原告は,船舶関係の工事を主たる業務とする不二船舶工業株式会社の代表者であり,これまでにも株式取引の経験はあった。しかしながら,原告が株式取引を行っていたのは,株式取引による利鞘をかせぐという目的からではなく,株式保有者になることにより,決算書等の資料が入手できるなど当該会社の情報がより多く入ってくることを主たる目的としたものであった。このため,原告が購入した株式も取引関係の多い船舶関係の会社や神戸方面で広く業務を行っている会社が主であり,株式価格の値上がり等を見込み,広く購入していたものではない。当然に,船舶関係の会社に関しては,一応事情を理解していたが,それ以外の会社に関してはほとんど知識がなかった。また,本件で脱退被告担当者らが行ったような多種多様の銘柄や市場を対象としたり,大量かつ頻回な株式取引を行ったことはなく,いったん購入した株式は,資産株として比較的長く保有していた。

原告は,脱退被告と証券取引を開始するに際しても,「株でもうけようとは思っていない。損をするのは困るが,利益を上げようとも思っていない。」などと話して,上記の趣旨をAに伝えた。

原告は,自己が関連する船株を除いた株式に関する情報収集・分析能力はほとんどなく,ましてや,本件取引の相当割合を占めるハイリスク・ハイリターンのワラント取引,株価指数オプション取引や短期乗換え売買等が見られる証券取引について,原告のような個人投資家が自発的ないし自主的な投資判断でこれを実行することは到底不可能であった。

にもかかわらず,脱退被告担当者であったA及びBは,原告の証券取引の目的を利益を上げるためだけにあると曲解して,投資信託に始まり,ワラント,更には株価指数オプション取引というハイリスク・ハイリターンの本件取引を勧誘したのである。脱退被告担当者のこれらの行為は,原告の証券取引の目的を著しく逸脱したものであって,適合性原則に違反している。

c また,原告は,脱退被告と取引を始めるまでも,投資信託を購入したことはあったが,これは,かつて取引を行っていた証券会社の担当者に求められ,ポケットマネーから1回に約5万円で,複数回購入した程度であり,継続的に購入していたわけではなく,ましてや,その仕組みを理解していたわけでもない。

にもかかわらず,Aは,原告が投資信託を購入したことがあったという点だけを殊更に強調し,原告が投資信託の仕組み等について熟知しているかを確認せず,投資信託の仕組み等について全く説明を行わないまま投資信託を勧誘したものであり,原告の証券取引の目的を逸脱したものであって,適合性原則に違反している。

d さらに,原告は,脱退被告と取引を始めるまでは,転換社債を購入した経験はなかったし,ワラント取引や株価指数オプション取引についても,これらを購入した経験がなかったことはもとより,その知識も全く有していなかった。原告は,ワラント取引やオプション取引のように,複雑,難解な仕組みで,かつ,危険性の高い取引を理解することは不可能であり,このような投資家にワラント取引とオプション取引を勧誘したこと自体,適合性原則に違反している。

e このように,本件取引は,脱退被告の担当者が自己の業績を上げるためだけを目的として勧誘したものであり,適合性原則に違反し,違法である。

オ 過当取引

(ア) 証券取引の専門性,証券会社への情報の偏在等からすると,一般の株式投資家は,専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依拠して株式投資を行うのが通例であり,取引銘柄の選定のみならず,取引頻度や取引数量の決定に当たって,証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に大きな影響を受けることになりやすく,他方,証券会社は,その収益は主として証券取引の手数料に依存し,一般の投資家を相場取引に誘致することによって,その収益すなわち取引手数料を得るのであるが,その取引頻度や取引数量が多ければ多いほど証券会社の収益が大きくなる関係にあるのが実情であるから,顧客を過当な取引に誘う危険が内在している。ことに原告は,自己が関連する船株を除いた株式に関する情報収集・分析能力はほとんどなく,ましてや,本件取引の相当割合を占めるハイリスク・ハイリターンのワラント取引,株価指数オプション取引や短期乗換え売買等が見られる証券取引について,原告のような個人投資家が自発的ないし自主的な投資判断でこれを実行することは到底不可能であった。したがって,証券会社が顧客の取引口座について支配を及ぼし,顧客の信頼を濫用して,手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために,顧客の資産,経験,知識や性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な取引勧誘を行うことは,証券取引法157条1号,161条等に違反するのみならず,顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として不法行為となる。

(イ) 本件取引の過当性(取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的などに照らして過当であること)

a 被告担当者を通じた本件取引は,平成6年6月15日から平成9年9月12日までの39か月間に,売買代金が総合計約6億9980万円,売買回数が227回に及んでおり(後記キのワールド株式,日本郵船株式会社株式,株式会社ナビックスライン株式及び川西倉庫株式会社株式の取引は除く。),その内容も,株式のみならず,投資信託,転換社債,外貨建てワラント,株価指数オプション取引など多岐にわたり,かつ,市場も多種にわたっていて,大量かつ頻回に行われている。

しかも,投資資金が何回転したかという指標である資金回転率は,本件取引全体を通じてみても年約6.56回となる上,Bが取引をした平成7年12月以降に限ってみると,年約8.33回と極めて高い数値となるのであるから,投資経験は有するものの,これまでは堅実な個人投資家にすぎなかった原告にとって,過当性の要件を充足するのは明らかである。

b 本件取引においては,買付は123回行われているが,このうち買付後10日以内に売却した取引は合計24回で,買付全体の約19.51パーセント,同30日以内に売却した取引が合計30回で,買付全体の約24.39パーセントであり,これらを合計すると,実に全買付取引の43.9パーセントが30日以内に売却されるという短期間の売買行為である。なお,30日を超えて保有していた取引の中にも,平成7年9月1日買付の日東エフシー株式のように,32日後とほとんど30日に近い時点で売却しているものも相当数認められ,短期間の売買行為であることが顕著である。

とりわけBが取引をした平成7年12月以降に限ってみると,買付は88回行われているが,このうち買付後10日以内に売却した取引は合計23回で,買付全体の約26.17パーセント,同30日以内に売却した取引が合計26回で,買付全体の約29.55パーセントであり,これらを合計すると,実に全買付取引の55.72パーセントが30日以内に売却されるという超短期間の売買行為が繰り返されている。しかも,平成8年12月26日の平成9年1月限月日経オプション,同年1月10日,同月27日の同年2月限月日経オプションについては,買付当日に売付も行っているのであり,その違法性は顕著である。

以上のとおり,本件取引は,短期間しか保有しない取引が大半であり,本件が過当な取引であったことは明白である。

(ウ) 口座支配の要件(証券会社等が取引口座を支配するかのように一連の取引を主導していること)

原告は,自己が関連する船株を除いた株式に関する情報収集・分析能力はほとんどない。ましてや,本件取引の相当割合を占めるハイリスク・ハイリターンのワラントや株価指数オプション取引等について,情報を収集し分析する能力は全くない。これらの証券取引を,原告のような個人投資家が自発的ないし自主的な投資判断で継続的に実行することは到底不可能である。本件全取引中,原告の発意に基づくのはナビックスライン株式の売買だけであり,その他の取引は,銘柄,単価,数量,処分時期等の選定を全て脱退被告担当者に委ねていた。また,いかなる銘柄をいくら売却して買付財源に充てるか等の重要事項の決定も全て脱退被告担当者が行っていた。本件では,事実上の一任売買が行われていたのであり,無断売買や事後承諾の押しつけがされていることなどからみても,口座支配の要件を満たしている。さらに,Bは,原告からの取引の終了の申入れに対して,その都度,縷々理由を付けて取引を中止せず,事実上の一任売買が行われていること,断定的判断を提供したり,虚偽の内容の損益収支を告げるなどして原告の具体的な投資判断を妨げていること,原告は,多額の損失を被るようになってからも,Bの言を信用し,これに全く気づかなかったため,ほとんど抗議らしい抗議をしていないことなどの事実からすれば,本件取引がBら脱退被告担当者が主導して行われたのは明らかであって,口座支配の要件を充足しているというべきである。

(エ) 悪意性の要件(証券会社等が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと)

脱退被告ハーバーランド支店が本件取引によって得た手数料は,合計435万0506円であって,原告の総損失2170万9347円の約20.04パーセント,原告の投資額(投資残高の月平均)約1716万1381円の約25.35パーセントに上るのであるから,本件が過当な取引であったことは明白である。

このように,本件取引は,脱退被告の担当者が自己の業績を上げるためだけを目的として勧誘したものであり,悪意性の要件も充足している。

以上の次第で,本件取引は過当取引であり,その全体が違法である。

カ 虚偽報告

証券会社は,顧客から取引状況について報告を求められたときは,顧客に対し,取引状況について,事実を正確に報告すべき義務を負っている。しかるに,Bは,原告から再三にわたり損益状況について書面での報告を求められたにもかかわらず,原告が取引を終了する直前まで,損益状況について書面はもとより,口頭ですら具体的な報告を行わなかったのみならず,実際は多額の損失が生じているにもかかわらず,口頭で損は出ていない旨虚偽の報告を行い,原告に本件取引を継続させたものである。原告がBから適正な損益の報告を受けていれば,原告は,より早期に脱退被告との証券取引を取りやめることによって損害の拡大を防止できたのであって,Bの虚偽報告は違法である。

キ 委託売却金に関する不法行為

原告は,Aに対し,自己が保有していた株式会社ワールド株式合計1200株の売却方を委託し,Bに対し,自己が保有していた日本郵船株式会社株式5000株,株式会社ナビックスライン株式3000株及び川西倉庫株式会社株式1000株の売却方を委託し,A及びBは,これらの株式を売却した。A及びBは,上記売却代金を現金で引き渡すようにとの原告の申入れを無視し,これを原告名義の口座に入金して,株式取引の原資とした。

A及びBの上記各行為によって,原告は上記売却代金合計1171万8351円の損害を被った。

(2)  被告の主張

ア 無断売買の主張について

原告は,当初,訴状の請求原因において,一任勘定取引であったと主張しているように,包括的な承諾を与えていたことを自ら認めているのであって,具体的な個々の取引についての指摘がないということは,結果として生じた損害に対する不満というにすぎないといわざるを得ない。一部に事後の報告があったものの,事後とはいえ原告が承諾を与えていたことを原告自ら認めているところであって,無断取引があったという主張自体失当である。

原告は,脱退被告と取引する以前から株式取引の経験があることを認めた上で,原告の証券投資は利益を得るのが目的ではなく,専ら株主となることにより,当該会社の人事情報を入手しやすくすることが目的であったと主張している。

しかしながら,株主であれば会社の人事情報を早く入手できるわけではないことは極めて明らかなことであって,原告の弁解はほとんどナンセンスである。のみならず,原告が脱退被告担当者に対し,株式取引は人事情報の取得が主な目的であるとか,特定の銘柄しか取引しないといった意向を示したことは一度もない。もし人事情報の入手を主たる目的とするのであれば,株式以外の有価証券に投資するはずはない。原告が専ら利益を得ることを目的に証券取引をしていたことは明らかである。

イ 適合性原則違反の主張について

原告は,戦後以来長年にわたり,不二船舶という会社を経営してきたオーナー社長であり,高齢であるとはいえ,現役社長として毎日出社して執務していたわけであって,高齢であるなどという言い訳が通用するわけはない。のみならず,脱退被告ハーバーランド支店と取引を開始する以前から,脱退被告神戸支店や国際証券等との間で長年にわたり証券取引を経験しており,脱退被告担当者の説明を聞いて,そのリスクや商品性を十分理解した上で,合理的な判断を行うことができるだけの知識・経験・能力を備えた人物であるし,その月収が200万円という資産状態にかんがみれば,投資信託取引にせよワラント取引やオプション取引にせよ,原告には十分な適合性が備わっていたことは明らかである。

ウ 説明義務違反の主張について

脱退被告担当者は,原告に対し,ワラント取引やオプション取引について,各々取引を開始する前後にその仕組みやリスクを十分に説明しており,およそ説明義務違反のないことはいうまでもない。

ワラント取引は,Aの時代に始まったものであるが,Aは,行使期限が過ぎたワラントは紙くず同然となるとの新聞報道等を取り上げて,ワラントが値動きが激しいハイリスク・ハイリターンな商品であること,ワラントには期限があること,行使価格等のワラント取引の仕組み等をワラント取引説明書(乙3)を示しながら説明し,更には,自己のノートに図を書きながら値動き等を極力分かりやすく説明し,その上で,原告からワラント取引の確認書に署名・押印を受けたものであって,ワラントの商品説明には何ら欠けるところはない(乙2)。

また,オプション取引は,Bの時代に始まったものであるが,Bは,平成8年8月20日,不二船舶に赴き,オプションの価格表を見せながら実際の値動きの激しさを説明し,期限が短いこと,価値がゼロになる可能性があること等,オプション取引の仕組みについて株価指数オプション取引説明書(乙6)に基づいて詳しく説明しており,原告もこれに納得した上でオプション取引約諾書に署名・押印している(乙5,7)。さらに,翌21日には,支店長のD(以下「D」という。)が直接原告と面接し,原告がオプション取引を開始するについて十分納得していることを確認した上で,同取引を開始しているのである。したがって,オプション取引の説明に何ら欠けるところはない。

エ 断定的判断の提供の主張について

原告は,脱退被告担当者が原告に対し,脱退被告の偉大さを縷々説き,脱退被告の威信を盾にして,「絶対に損はさせません。」等という断定的判断の提供を何度も行ったと主張している。しかしながら,Aは,そのような言動はしていない。同人が話したのは,当時のアメリカに対する投資額にかんかみ,日本からの投資が全て引き揚げられたら大変なことになるだろうという,ごく一般的な経済認識を示したにすぎない。そもそも,断定的判断の提供というのは,個々の具体的な取引について,値上がりが確実だとか,絶対もうかるといった断定的判断を提供して投資判断を誤らせる行為を指すところ,原告は抽象的な主張をするのみで,何ら個々具体的な取引についての主張を行っていない。よって,これまた主張自体失当というほかない。

オ 過当取引の主張について

そもそも過当取引なる概念は,米国の判例法理に由来するものであるが,我が国においては,いかなる要件が充足された場合に過当取引となり,取引そのものが無効となり,あるいはその勧誘行為が違法となるのかについて何ら定説というべきものはない。一般的には,過当取引とは,顧客の知識・経験・財産状況・投資意向に照らして過当な数量の有価証券の売買等の取引を勧誘することを指すと解され,証券会社の従業員は,過当取引となるような証券取引の勧誘をしてはならないとされている。しかしながら,担当者に証券取引法上禁止されている行為があったからといって,それが直ちに顧客の取引自体を私法上無効とするものではもちろんない。いうまでもなく,証券取引は,投資者自身の判断と責任で行われるものであり,自らの意思で証券投資を行った投資家がそれによって被った損失の負担を証券会社に求め得るとするためには,自己責任の原則を貫徹することがかえって正義に反する特段の事情が存在する場合でなければならない。

これを本件についてみれば,原告は単なる一般人といった経済的知識のない個人ではなく,歴とした株式会社のオーナーである。自ら情報を収集し,経済的に合理的な判断が十分に行える人物であり,その投資目的,投資経験,財産状態からみて,本件取引は決して過当な取引とはいえず,不法行為が成立する余地はない。

(ア) 資金回転率について

資金回転率の計算方法についてはいくつかの考え方があるが,まず,原告が採っている売買代金総合計を投資残高の月平均で除すという計算方法は一般的なものではなく,原告が主張する数値がいかなる計算によるものか全く不明である。のみならず,回転率というものは,それが一定数値を超えたからといって,直ちに違法となるようなものではない。回転率を問題にした裁判例においても,単純に回転率が高いということだけで違法としたものはない。株式会社の経営者であり,投資経験も豊富である原告の属性や余資運用であること等にかんがみれば,本件程度の回転率をもって形式的に本件取引が過当取引であるということはできない。

(イ) 取引の短期性について

脱退被告担当者は,原告の投資目的,投資経験等にかんがみ,原告の利益を図るべく勧誘してきたものであり,取引回数は,原告の投資適性からみて相当な範囲にある。そもそも証券投資は,利益を得ることに最大の目的があり,相場状況により短期で利益確定の売りを出すことも投資手法の一つであって,何ら不自然なものではない。現に短期の取引の大半は利益を挙げており,特に10日以内の取引では,オプション取引を除くと損を出しているのはワラント取引1回のみである。約4割の取引が短期売買であるからといって,それだけで取引が過当であるとは到底いい難い。

(ウ) 口座支配について

原告は,脱退被告ハーバーランド支店と取引を開始する以前から他の証券会社等を通じて株式や投資信託の取引を行っており,自ら船株については情報収集・分析能力があると認めるほどに投資経験も積んでおり,ナビックスライン株式などは原告自らが選んだ客注である。原告は,脱退被告担当者の勧めた銘柄を断ったこともあり,脱退被告担当者が原告の口座を支配していた事実はない。

(エ) 悪意性について

脱退被告担当者は,あくまで顧客たる原告の利益を考えて取引の勧誘をし,原告の承諾を得て当該取引を実行してきたものであり,原告の利益を無視して自己の利益を図ったことなど一切ない。ワラント取引にせよ,オプション取引にせよ,脱退被告担当者は,当時の相場状況にかんがみ,原告が負った損失を回復するのに適切と考えて,原告にそれを勧めたのである。顧客の利益を最優先に考えるのでなければ,釣具屋に同伴したり,備前焼の陶器をプレゼントされるような信頼関係を築けるはずはない。脱退被告担当者がせっかく築き上げた原告の信頼を裏切って,手数料稼ぎに走った事実はない。

カ 虚偽報告の主張について

証券取引の損益状況については,ほぼ毎月支店総務課から原告宛に送付される月次報告書(ワラントについては「時価評価のお知らせ」も送付される。)により把握できるようになっているが,Aは,原告から損益状況について問い合わせがあるとすぐに概算で「何十万プラスです。」とか「何十万マイナスです。」等と口頭で答えられるようにして,十分なコミュニケーションを図るように心掛けていた。Bは,少なくとも週に1回以上は原告を訪問して,手持ちの銘柄の損益状況等を知らせていた。Bは,平成9年6月に転勤することになったことから,同年5月27日,後任のCとともに不二船舶を訪問して引継ぎの挨拶をした際,クレームめいた話は一切なかった。同年6月5日には,DがCとともに引継ぎの挨拶のため不二船舶を訪問し,原告と面談したが,その際も,苦情めいた発言は一切出なかった。

キ 委託売却金に関する不法行為の主張について

原告が委託した株式は,原告の承諾を得た上で売却し,しかも原告の口座に入金のうえ,他の株式の購入代金に充当しているものであって,不法行為が成立する余地は全くない。仮に不法行為が成立するとしても,これらの株式に関して不法行為に基づき損害賠償請求し得る金額は,これらの株式の売却代金をもって購入された有価証券の値下がりによる損害の範囲,ひいては本件取引全体の損害の範囲にとどまる。

第3当裁判所の判断

1  前記争いのない事実等,証拠(甲2,4(枝番を含む。),5,7,8,乙1ないし10(枝番を含む。),12(枝番を含む。),13,15,証人A,証人B,証人D,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。これに反する証拠は,前掲各証拠に照らし,採用することができない。

(1)  原告は,大正15年2月2日生の男性であり,船舶及び電力関係の工事を業とする不二船舶工業株式会社(資本金1400万円)の代表取締役である。原告は,本件当時,同社から報酬として月額約200万円を得ていた。

原告は,本件取引の前にも,脱退被告神戸支店及び国際証券神戸支店において,証券取引の経験があり,証券取引に関する知識・経験は相当程度有していた。ただ,ワラント取引や株価指数オプション取引の経験はなかった。

原告は,C型肝炎及び両環指屈腱炎等を患い,本件取引の期間を通じ,平日の午前中はほぼ毎日のようにEクリニックに通院し,その後,午後1時ころから午後3時ころまでは,同社の仕事に専念していることが多かった。

(2)  脱退被告ハーバーランド支店勤務の従業員Aは,平成4年ころから,何度か原告を訪れ,証券取引の勧誘を行ったところ,原告は,平成6年6月15日,同支店において,取引口座を開設した。

原告は,同日から平成7年10月2日までの間,Aを通じて,別紙記載のとおり,株式,転換社債,投資信託及びワラントの取引をした。原告は,船株に詳しかったことから,ナビックスライン株式については自らの判断で取引をし,また,Aが勧める取引を断ったこともあったが,ほとんどの取引はAの勧誘により行ったものである。

原告は,Aが電話で銘柄等の説明をしようとした際,Aに対し,「もういい,もういい。」,「わかった,わかった。」,「A君に任せるよ。」,「好きなようにやったらいい。」などと言ったことがあり,個々の銘柄等について詳しい説明を聞くのを面倒に思い,これを聞こうとしなかった。

(3)  Aは,平成6年7月14日,原告に対し,店頭株であるマルコ株式の購入を勧誘したところ,原告は,これを承諾し,店頭取引に関する確認書(乙10)に自署押印した。原告は,同月15日,上記株式の購入代金に充当するため,株式会社ワールド株式1000株をAに預け,Aを通じて,同株式を1株5340円で売却し,また,カプコンの転換社債を売却し,これらの売却金を原資として,マルコ株式を購入した。ところが,それでも購入代金が不足していたため,原告は,同月20日,現金165万2685円を取引口座に入金した。

(4)  原告は,同年8月18日,株式会社ワールド株式200株をAに預けた。

Aは,原告に対し,アセアン投資ファンドの購入を勧誘したところ,原告は,これを承諾し,同年9月7日,上記投資ファンドの購入代金に充当するため,Aを通じて,同株式を1株4850円で売却し,また,マルコ株式を売却し,同月8日,これらの売却金を原資として,アセアン投資ファンドを購入した。

(5)  Aは,原告に対し,何度か日立造船ワラント及び大和ハウスワラントの取引を勧誘し,持参したノートに図を書いたりしながら,ワラントの仕組みやリスク等について一応の説明をしたが,原告は,ワラントの仕組みやリスク等を十分に理解していなかった。Aは,平成7年3月8日,日立造船ワラントの値動きを見て,原告に対し,電話で同ワラントの購入を勧誘したところ,原告は,これを承諾し,Aを通じて,同ワラントを購入した。その後,Aは,原告を訪れ,国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書(乙3と同じもの)を交付し,原告は,その末尾に綴られていた国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙2)に自署押印した。

脱退被告は,原告に対し,同年4月から3か月ごとに,ワラント時価評価のお知らせ(乙4の1ないし9)を郵送した。原告は,同年7月31日付けワラント時価評価のお知らせ(乙4の2)に評価がマイナスと記載されていたため,Aに対し,電話で「何か送ってきたぞ。」,「これはどういうことだ。」と言って問い合わせた。そこで,Aは,原告を訪問し,改めてワラントについて説明した。

(6)  Bは,平成7年11月,同支店に赴任し,同年12月,Aが転勤して,Bが後任となった。

Bは,同年11月末ころ又は同年12月初めころ,原告を訪問して面談したところ,釣りの話等で意気投合し,原告は,Bに対し,「よし分かった。」,「お前の好きなようにしろ。」と言った。

原告は,同月6日から平成9年5月23日までの間,Bを通じて,別紙記載のとおり,株式,転換社債,投資信託,ワラント,株価指数オプション及び債券の取引をした。

Bは,平成7年12月6日,原告に対し,電話でスクウェア株式の購入を勧誘したところ,原告は,これを承諾し,Bに対し,「任せたんだから,いちいち電話してこなくてもいいよ。」と言った。そこで,Bは,その後のほとんどの取引について,原告の事前の承諾を得ることなく,自らの判断で取引をし,事後にそれを原告に報告していた。

Bは,週1回程度,原告を訪問していたが,原告は,取引に関する細かい説明を面倒に思っていたため,両者は,主に釣りの話等をしていた。

(7)  原告は,平成8年5月2日,日本郵船株式会社株式5000株,株式会社ナビックスライン株式3000株及び川西倉庫株式会社株式1000株をBに預けた。その際,原告は,Bに対し,「少ないけども,君の実績になるだろう。」と言い,また,Bが原告に対し,これらの株式について何か使い道があるかと尋ねたところ,原告は,Bに対し,「使うかもしれないけれども,今のところははっきり分からない。」と答えた。

その後,Bが原告に対し,これらの株式を今使うかと尋ねたところ,原告は,Bに対し,「とりあえず,今運用できるよ。」と答えたので,Bは,同年6月12日,原告の名で,日本郵船株式会社株式を1株635円で,株式会社ナビックスライン株式を1株333円で,川西倉庫株式会社株式を1株1370円でそれぞれ売却し,これらの売却金を原資として,日本ロジテム株式を購入した。

原告は,同年7月ころ,Bに対し,阪神・淡路大震災により半壊した家屋を再築する費用として,現金2000万円が必要であると言ったが,Bは,原告に対し,評価損が出ているので,もう少し待ってもらえないかと言ったところ,原告は,Bに対し,「分かった。」と言った。

その後,原告は,Bに対し,損益の状況を尋ねることが多くなり,Bは,原告に対し,損益の状況について答えた。

(8)  株式相場の下落に伴い,原告の損失が拡大していたことから,Bは,そのような状況でも利益を上げられる商品として,株価指数オプション取引を勧誘し,原告の損失を取り戻そうと考え,原告に対し,これを勧誘し,株価指数オプション取引説明書(乙6と同じもの)を交付したところ,原告は,同年8月20日,株価指数オプション取引に関する確認書(乙5)及び株価指数オプション取引口座設定約諾書(乙7)にそれぞれ自署押印した。

脱退被告においては,株価指数オプション取引を開始する前に,顧客と支店長の面接が必要とされていたため,同支店支店長のDは,同月21日,原告と面接した。その際,原告は,Dに対し,「ワラントはずっと損ばかりしている。新聞にも値段が出ておらず,分かりにくいので,もっと株中心に勧めるようにしてほしい。」と言った。

Bは,同月29日,原告に対し,日経平均株価オプションの購入を勧誘したところ,原告は,これを承諾し,Bを通じて,これを購入した。Bは,その後の株価指数オプション取引については,原告の事前の承諾を得ることなく,自らの判断で取引をし,事後にそれを原告に報告していた。

同年10月9日,株価指数オプション取引の決済により,468万9000円の損失が生じた。Bは,その前日,原告を訪問し,原告に対し,損失が出ることを報告したところ,原告は,不愉快そうな顔をしたが,Bに対し,「俺は200万ぐらいの月収があるし,これがなくなったらどうのこうのということはないんだから,とにかく焦るな。ゆっくりやれ。」と言った。

(9)  原告は,平成6年6月15日から平成9年5月23日までの間,A及びBを通じて,本件取引をしたことにより,合計2170万9347円の損失を被った。

(10)  同年6月,Bが転勤することとなり,Bは,同年5月27日,後任のCとともに,引継ぎの挨拶のため,原告を訪れた。その際,原告は,Bに対し,預かり資産の時価を尋ねたところ,Bは,その場で計算し,ざっと1300万円くらいと答えたが,実際は1100万円強であった。

原告は,同年10月6日,CからBの上記計算が間違っていたことを聞き,同支店総務課長の片岡に対し,苦情を述べた。原告は,それ以来,脱退被告を信頼することができなくなり,脱退被告における取引を終了させた。

(11)  脱退被告は,原告に対し,取引の都度,取引報告書を送付し,また,毎月,当月の取引内容を記載した月次報告書を送付していた。

原告は,有価証券等の取引明細や金銭・証券等の残高明細の内容に相違ない旨の回答書(乙1の1ないし17)にたびたび自署押印し,これらを脱退被告側に交付した。

原告は,平成6年6月16日から平成9年8月27日までの間,合計18回,合計2371万7540円(ただし,口座料等を含む。)を指定口座に入金した(このうち,同日の7560円の入金は,中期国債ファンドの解約金である。)。他方,原告は,平成6年10月14日から平成10年2月4日までの間,合計8回,合計305万1143円を出金した(甲2)。

原告は,脱退被告に対し,別紙「COM」欄記載のとおり,手数料を支払った。

2  過当取引について

(1)  一般に証券取引(株式の現物取引,信用取引,ワラント取引,投資信託取引等)は,相当のリスクを伴う行為であり,投資者の責任と判断において行うべきであるが,証券の価格変動要因は極めて複雑であって,その投資の判断には高度の知識,情報収集・分析能力等を要するため,一般投資家が投資判断をするに当たっては,専門家である証券会社の勧誘ないし助言・指導に依存せざるを得ないのが通例である。一方,証券会社は,証券取引業務の専門家として必要な知識,情報収集・分析能力を有する存在として,証券取引業を行っている者である。したがって,証券会社は,顧客に対し,信義則上,顧客の投資目的,知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる取引を勧誘したり,顧客が当該取引に伴う危険性について正しく認識するに足りる情報を提供しなかったり,虚偽の情報や断定的判断を提供するなどして,取引に伴う危険性についての顧客の認識を誤らせてはならないという義務を負うものというべきである。

そして,証券会社が,顧客の取引口座について支配を及ぼし(口座支配),顧客の信頼あるいは無知に乗じて,主として手数料等自己の利益を図るために(悪意性),顧客の投資目的,知識,経験及び財産の状況に照らして過大な量及び頻度の取引に誘致する行為は(取引の過当性),詐欺的行為として私法上も違法と評価されるべきである(過当取引の禁止)。

そこで,まず,本件取引が違法な過当取引に該当するかどうかを判断するために,取引の過当性,口座支配,悪意性の各要件を検討する。

(2)  取引の過当性について

ア 取引回数,金額等

本件取引は,平成6年6月15日から平成9年5月23日までの約3年間にわたり行われたところ,その回数は合計213回である(別紙「件数」欄参照。ただし,平成9年6月以降の取引(番号143,216,224,232,235ないし237)を除く。なお,同一約定日の同一銘柄の取引は1回と数えられている。また,株式の預託やワラントの権利消滅は件数に含まれていない。)。

証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引における買付総額は3億5762万0867円,売付総額は3億2513万5408円,売買総額は6億8275万6275円である。Aが担当した平成6年6月から平成7年10月までの買付総額は1億0310万9675円,Bが担当した平成7年12月から平成9年5月までの買付総額は2億5451万1192円である。

イ 年次売買回転率

年次売買回転率は,一定期間中の買付総額を平均投資額(各月末の投資残高の単純平均)で除することにより計算するのが相当である。

証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引における平成6年6月から平成9年5月までの各月末の投資残高合計は7億6806万3006円(ただし,甲第6号証の平成6年7月の「当月残高合計」欄記載の1401万1133円は1901万1133円の誤記と認める。また,平成6年12月,平成7年6月,同年7月,同年11月及び平成8年11月は取引がなかったから,各月末の投資残高はその前月と同じである。)であるから,各月末の投資残高の単純平均は,上記投資残高合計金額を36か月間で除した2133万5083円(1円未満切捨て。以下同じ。)となる。したがって,本件取引における年次売買回転率は,上記買付総額3億5762万0867円を上記平均投資額で除して得られた数値を更に3年間で除した5.58(小数点3桁以下切捨て。以下同じ。)と認められる。

また,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,Aが担当した平成6年6月から平成7年10月までの各月末の投資残高合計は3億6237万0083円であるから,各月末の投資残高の単純平均は,上記投資残高合計金額を17か月間で除した2131万5887円となる。したがって,上記期間中の年次売買回転率は,上記期間中の上記買付総額1億0310万9675円を上記平均投資額で除して得られた数値の17分の12である3.41と認められる。

さらに,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,Bが担当した平成7年12月から平成9年5月までの各月末の投資残高合計は3億7777万3200円であるから,各月末の投資残高の単純平均は,上記投資残高合計金額を18か月間で除した2098万7400円となる。したがって,上記期間中の年次売買回転率は,上記期間中の上記買付総額2億5451万1192円を上記平均投資額で除して得られた数値の18分の12である8.08と認められる。

ウ 証券保有期間

本件取引における買付回数は合計113回であるところ,そのうち,日計り商いが5回(4.42パーセント),翌日売買が1回(0.88パーセント),週間売買が9回(7.96パーセント),半月売買が16回(14.15パーセント),月間売買が17回(15.04パーセント)であり,これらの1か月以内の短期売買が全体の42.47パーセントを占めている(別紙参照)。

なお,これらの短期売買により,原告が結果として利益を得たとしても,そのことは,取引の過当性を肯認することを妨げるものではない。

エ 売買手数料率

脱退被告は,原告から手数料合計428万0941円を取得したところ(別紙参照。ただし,平成9年6月以降の買付の際の手数料を除く。),売買手数料率(平均投資額(本件においては2133万5083円)に対する手数料の割合)は20.06パーセントである。

また,損失合計額2170万9347円に占める上記手数料合計額の割合は19.71パーセントである。

オ 検討

前記認定のとおり,原告は,船舶及び電力関係の工事を業とする不二船舶工業株式会社(資本金1400万円)の代表取締役であり,本件当時,同社から報酬として月額約200万円を得ていたし,本件取引の前にも,脱退被告神戸支店及び国際証券神戸支店において,証券取引の経験があり,証券取引に関する知識・経験は相当程度有していたのであるが,他方,本件取引の前にワラント取引や株価指数オプション取引の経験はなかったのであって,証券取引に関する情報収集・分析能力は一般の個人投資家とさほど変わらない程度のものであり,リスクの高いワラント取引や株価指数オプション取引が複雑に組み合わされている本件取引において必要とされる程度の高度な情報収集・分析能力を有していなかったことが窺われる。

ところが,本件取引の回数は約3年間で合計213回であり,本件取引における買付総額は3億5762万0867円に上り,全体の年次売買回転率は5.58,ことにBが担当した期間中の年次売買回転率は8.08に及んでおり(すなわち,平均投資額が年間8.08回売買されていたことになる。),1か月以内の短期売買が全体の42.47パーセントを占め,売買手数料率が20.06パーセントに及んでいるというのは,異常な高率であり,原告が証券取引により利益を得る目的を有していたとしても,原告の知識,経験及び財産の状況に照らし,過当であるといわざるを得ない。

(3)  口座支配について

前記認定のとおり,原告は,自らの判断で取引をしたり,担当者が勧める取引を断ったりしたことがあったものの,ほとんどの取引は担当者の勧誘により行ったものであり,しかも,個々の銘柄等について詳しい説明を聞くのを面倒に思い,本件取引において,有価証券の銘柄,数量,単価及び処分時期等の選択を実質的に担当者に一任していた。ことに,Bは,ほとんどの取引について,原告の事前の承諾を得ることなく,自らの判断で取引をし,事後にそれを原告に報告していたものである。さらに,原告は,リスクの高いワラント取引や株価指数オプション取引が複雑に組み合わされている本件取引において必要とされる程度の高度な情報収集・分析能力を有していなかったと考えられるところ,原告は現にワラントの仕組みやリスク等を十分に理解していなかったし,株価指数オプション取引は,Bが自らの判断の誤りによって生じた原告の損失を取り戻すために勧誘したものであって,原告はその仕組みやリスク等も十分に理解していなかったことが窺われる。

以上によれば,原告は,A及びBの勧誘ないし助言・指導にほぼ全面的に依存し,実質的にA及びBが本件取引を主導していたものと認められるから,脱退被告は,原告の取引口座について支配を及ぼしていたものというべきである。

(4)  悪意性について

前記認定のとおり,原告は,本件取引をしたことにより,合計2170万9347円の損失を被ったのに対し,脱退被告は,その損失合計額の19.71パーセントにも上る手数料を取得したものであり,売買手数料率も20.06パーセントに上る。ことに,Bは,原告から銘柄,数量,単価及び処分時期等の選択を実質的に一任されたことを奇貨として,原告の事前の承諾を得ることなく,自らの判断で取引を繰り返し,その結果,自らの判断の誤りによって原告に損失が生じるや,その損失を取り戻すために,リスクの高い株価指数オプション取引を勧誘するなどしたものである。

以上によれば,脱退被告は,原告の信頼あるいは無知に乗じて,主として手数料等自己の利益を図るために本件取引を勧誘したものと推認するのが相当である。

(5)  結論

以上によれば,本件取引は,取引の過当性,口座支配,悪意性の各要件を充足し,全体を通じて違法な過当取引に該当するものというべきであるから,A及びBが原告を本件取引に勧誘した各行為は,原告が主張するその余の違法行為の有無について判断するまでもなく,それぞれ不法行為を構成するところ,A及びBは,いずれも脱退被告の従業員であった者であり,上記各不法行為は,脱退被告の事業の執行についてされたものであるから,脱退被告は,原告に対し,民法715条1項本文に基づき,その損害を賠償すべき責任を負っていたものである。

そして,原告が本件取引をしたことによって被った損失額合計2170万9347円をもって,上記各不法行為と相当因果関係のある原告の損害と認めるのが相当である。

3  委託売却金に関する不法行為について

原告は,A及びBに対し,自己が保有していた株式の売却方を委託し,A及びBは,これらの株式を売却したが,上記売却代金を現金で引き渡すようにとの原告の申入れを無視し,これを原告名義の口座に入金して,株式取引の原資としたことによって,原告は上記売却代金相当の合計1171万8351円の損害を被った旨主張する。

しかしながら,原告が主張する点が不法行為を構成するとしても,その損害は,上記売却代金を原資として行われた株式取引によって生じた損失の限度にとどまるものであって,結局,これは原告が本件取引をしたことによって被った損失に含まれているものというべきである。

したがって,これと見解を異にし,上記売却代金合計額が別途損害を構成する旨の原告の上記主張は理由がない。

なお,付言するに,原告は,上記の点について,明示的には無断売買を理由とする寄託金返還請求をしていないが,前記認定事実によれば,上記の点について,無断売買があったといえないことは明らかであるから,原告が仮にその請求をしたとしても,その請求は理由がない。

4  過失相殺について

原告は,個々の銘柄等について詳しい説明を聞くのを面倒に思い,本件取引において,有価証券の銘柄,数量,単価及び処分時期等の選択を実質的に担当者に一任していたものであり,原告のそのような態度が上記各不法行為を助長する一因になったものと認められる。また,本件取引は,約3年間にわたって行われたものであるところ,原告は,その間,いつでも担当者から損益の状況を聞いて,取引を継続するか否かを判断することができたものであり,取引を終了させていれば,その後の損害の拡大を防止することができたのに,現にBから損失を被ったことを聞きながら,漫然と上記と同様の態度で取引を継続したことにより,その損害が拡大したものである。

そうすると,原告にも,本件取引による損害の発生及び拡大について相応の落ち度があったものといわざるを得ず,原告及び脱退被告側の過失の内容及び程度やその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,原告の過失割合はこれを6割と認めるのが相当である。

したがって,脱退被告は,原告に対し,不法行為に基づき,上記2(5)の損害額2170万9347円の4割に当たる868万3738円及びこれに対する不法行為が終了した後である平成9年9月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の賠償責任を負っていたものであるから,吸収分割により脱退被告の上記損害賠償義務を承継した被告は,原告に対し,同額の賠償責任を負うものというべきである。

第4結語

よって,原告の本訴請求中,損害賠償金868万3738円及びこれに対する不法行為が終了した後である平成9年9月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 水野有子 裁判官 増田純平)

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