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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1435号 判決 2001年7月18日

原告

宏整接骨院こと大福啓之

被告

吉祗直次郎

主文

一  被告は、原告に対し、八万九〇一〇円及びこれに対する平成一一年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一三〇万三一〇〇円及びこれに対する平成一一年七月二三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故により傷害を負った被害者を治療したとする原告が、被告に対して診療報酬の支払を求める事案である。

二  争いのない事実

(一)  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

ア 発生日時 平成九年六月二二日午後五時ころ

イ 事故場所 神戸市中央区東川崎町一丁目三番七号先路上

ウ 被害車両 普通乗用自動車 神戸三四ち三六三七

訴外山本真義所有・運転

訴外山本裕子(以下「訴外山本」という。)

同乗

エ 加害車両 普通乗用自動車 神戸三三め一五六五

被告所有・運転

オ 事故態様 訴外山本の同乗する被害車両が、右折のため右折車線に停止中の車に連なり、右折車線手前の走行車線の最も中央より車線で、右折待ちで停止していたところ、加害車両が被害車両の左側を通り過ぎる際、自車右前部を被害車両左後部に衝突させた。

(二)  責任原因

ア 被告は、本件事故当時、被告車両を自己の運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、訴外山本に生じた損害を賠償すべき責任がある。

イ また、被告は、前方不注視の過失により本件事故を惹起せしめたから、民法七〇九条に基づき、訴外山本に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  裁判上の和解

ア 訴外山本は、本件事故に関し、平成一〇年五月二八日、本件被告に対して神戸地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、原告は補助参加した(当庁平成一〇年(ワ)第一〇六六号)。

原告は、前記訴訟に補助参加した。

イ 前記訴訟においては、原告が訴外山本に施した治療(以下「本件治療」という。)の必要性及び相当性、その前提となる訴外山本の損害の程度及び因果関係、治療費の算定が主要な争点となったのであるが、その他の点については当事者間で争いがなかったため、下記のとおりの裁判上の和解が成立した。

ウ 和解内容は、大要以下のとおりである。

(ア) 本件治療に要した治療費を除く損害について、被告は訴外山本に一四八万円を支払う。

(イ) 本件治療に要した治療費にかかる損害について、原告の施した治療項目及び治療費の算定基準を承認するものでないことを前提に、訴外山本の既払治療費のうち二六万円を限度として、被告が訴外山本に対して支払う。

(ウ) 本件治療に要した治療費について、前記二六万円を超える治療費の支払義務の有無及びこれがある場合の額について法的手続により確定された場合、被告から原告に対して直接支払う。

(エ) 訴外山本は被告に対しその余の請求を放棄し、訴外山本及び被告との間にはその他なんらの債権債務がないことを確認する。

(四)  原告の本訴請求

原告は、前記裁判上の和解を承認するとともに、訴外山本との間で治療費の請求をしない旨合意した上で、本訴請求に及んだ。

三  争点

本件診療報酬請求の実態は、被告を加害者とする訴外山本に対する被告の交通事故による損害賠償債務のうちの治療費についての請求であり、治療の必要性や相当性、治療費の金額をめぐって原告と被告とが争っている。

(一)  訴外山本の損害の程度及び本件事故との因果関係

ア 原告の主張

訴外山本は、本件事故により、<1>頸椎捻挫・<2>左肩打撲・<3>右肩胛部挫傷・<4>腰部挫傷の傷害を負い、下記のとおり通院日数一五一日の通院治療を要した。

(ア) 小原病院 平成九年七月八日から同年一二月二日まで通院(通院実日数五日)

(イ) 原告(宏整接骨院) 平成九年七月七日から同年一二月四日まで通院(通院実日数一〇四日)

イ 被告の主張

原告の訴外山本に対する平成九年七月七日以降の治療又は施術について、

(ア) 右肩胛部挫傷及び腰部挫傷にかかる部分は、本件事故との間に相当因果関係が認められない。

(イ) 頸椎捻挫及び左肩打撲にかかる部分は、過大、不相当な施術であって、その必要性、合理性について争う。

(二)  訴外山本の損害額

ア 原告の主張

訴外山本は、前記傷害の治療のため、金一、六〇八、二八一円の治療費を要した。そのうち、本件治療にかかる治療費は、金一、五六四、五〇〇円である。

訴外山本は、原告に対する診療報酬のうち、金二六一、四〇〇円を原告に支払った。したがって、診療報酬の残額は、金一、三〇三、一〇〇円である。

イ 被告の主張

原告の訴外山本に対する平成九年七月七日以降の治療又は施術について、仮に本件事故との間に相当因果関係が認められる場合であっても、その損害額算定にあたって、柔道整復師の施術に関する労災保険料金算定表基準(以下「労災基準」という。)の金額の二倍を前提とすることには、相当性、合理性が認められない。

訴外山本に対する適正な治療とこれに対する治療費額は、全体として、被告が前記和解によって治療費として承認した二六万円の限度を超えるものではない。

第三争点に対する判断

一  争点一 訴外山本の損害の程度及び本件事故との因果関係

(一)  前記争いのない事実、弁論の全趣旨より成立に争いのないと認められる甲第二号証、第六号証、第一〇号証、乙第五号証及び第六号証、証人山本裕子(訴外山本)の証言、原告本人尋問(ただし、後記認定事実に反する部分は除く。)の結果によれば、次の事実が認められる。

ア 訴外山本は、本件事故の翌日から頸部の痛みを自覚したものの約二週間放置していた。しかしいっこうに傷病が快復しないため、同人は、平成九年七月七日、自宅近所にある宏整接骨院(柔道整復師である原告が経営している。)に行った。

原告は、訴外山本の症状がいわゆる鞭打ち症であると診断し、治療を開始した。なお、原告は、念のためレントゲン撮影をすることを訴外山本に勧め、同人は、訴外小原病院にてレントゲン撮影及び投薬治療を受けたが、同病院での治療は数回にとどめ、自宅近所にある宏整接骨院での通院治療を継続した。

イ 当初、宏整接骨院及び小原病院が診断した訴外山本の症状は、頸椎捻挫及び左肩打撲であったが、同年七月一二日、訴外山本は原告に対し右肩胛部の痛みを、さらに同月二五日からは腰部の痛みをも訴えるようになった。原告は前記痛みをそれぞれ右肩胛部挫傷及び腰部挫傷と診断し、両部位に対する治療をあわせて行った。原告が訴外山本に施した施術は、同人の頸椎捻挫、左肩打撲、右肩胛部挫傷及び腰部挫傷の計四部位に対するものである。

ウ 原告が現実に訴外山本に施した治療等は、下記の通りである。

(ア) 初診 一回

(イ) 再診 一〇三回

(ウ) 初回処置 一回

(エ) 後療(主にマッサージ) 頸部一〇三回、左肩部一〇三回、右肩胛部九八回、腰部八八回

(オ) 電療 頸部一〇四回、左肩部一〇四回、右肩胛部九九回、腰部八九回

(カ) 罨法 頸部一〇四回、左肩部一〇四回、右肩胛部九九回、腰部八九回

(キ) 運動療法 頸部一〇四回、左肩部一〇四回、右肩胛部九九回、腰部八九回

(ク) 指導管理 一六回

(ケ) 文書(請求書)作成 六回

エ 平成九年一二月四日、訴外山本は治療を終了した。

(二)  まず、本件事故と因果関係の認められる訴外山本の傷病を検討すると、前記四部位の症状が自動車の追突事故の際に生じうることは経験則上認められるところ、同人は、「徐々に違うところも痛くなった」、腰が「痛くてだるい」等と具体的な証言をしていることから、同人にこれらの症状が発症したことが推認される。同人による右肩胛部挫傷及び腰部挫傷の愁訴は、それぞれ本件事故の約三週間後、一か月後であるが、このことは、前記認定を覆すものではない。

よって、訴外山本に現れた、頸椎捻挫、左肩打撲、右肩胛部挫傷及び腰部挫傷の症状は、本件事故と相当因果関係にある傷病と認められる。

(三)  また、本件治療内容が訴外山本の傷病を治癒するのに必要かつ相当なものか検討すると、訴外山本は約五か月間ほぼ毎日のように原告方で診療を受けており、しかも前記四部位について毎回(右肩胛部挫及び腰部はそれぞれ愁訴後)電療、罨法、マッサージが行われたことが認められる。

約五か月間にわたる治療期間は、いわゆる鞭打ち症が全快するまでの期間としては不相当に長いとまでは断言出来ないし、訴外山本も原告の治療によってだんだん傷病が快復してきた旨証言していることから、治療期間自体が不相当であったとまではいえない。

もっとも、原告は、交通事故の場合は特別診療であり保険基準に拘束されないで診療する、患者から治療してほしいと言われれば治療する旨、本人尋問において述べていること、連日、全部位について同内容の治療を行っており、患者の快復経過にあわせた診療行為の見直しが行なわれた気配がないこと、平成九年一二月四日に異なる部位が一斉に完治したと考えるのも不自然であることからすれば、原告の治療行為には過剰診療といえる部分があると推認される。

以上の事実を総合考慮すると、訴外山本の傷病を治癒するのに必要かつ相当な治療内容は、実際に行われた治療のうちの七割とするのが相当である。

二  争点二 訴外山本の損害額の算定

(一)  甲二、六、九、三〇、三二、乙七、証人山本裕子(訴外山本)、原告本人(ただし、後記認定事実に反する部分は除く。)によれば、次の事実が認められる。

ア 原告は、いわゆる「自賠責基準」に基づく適正なものとして、労災基準の二倍の金額を、本件治療の診療報酬として訴外山本に請求した。

イ これに対して、訴外山本は、原告の示した金額に疑問を感じず、高くても治ればよいと漠然と考えたうえで、原告の請求する金額を了承した。

ウ 訴外山本は、被告代理人との示談交渉の経過の過程で、保険会社から治療費の支払いが当然受けられるものと考えていた。また、同人は、示談交渉がまとまるためには、治療費の金額について原告の納得が得られることが必要であるとして、原告の納得が得られないと分かるや、被告代理人との交渉をキャンセルした。

エ 本件訴訟において、原告は、労災基準の二倍の金額が適正である等一貫して主張している。

(二)  前記争いのない事実及び前記(一)の認定事実によれば、一見すると、原告と訴外山本との間には原告主張の診療報酬金額一、五六四、五〇〇円を要素とする診療契約が成立しているかのようにも見えるが、訴外山本と被告代理人の示談交渉(その実態は交通事故による保険金請求である。)に際しては原告が深く関わっており、訴外山本に対する診療報酬請求権を原告が放棄していることなどからすれば、原告と訴外山本間の診療契約においては、被告から支払われる損害賠償金を診療報酬に充てることを前提としているものと解せられるから、原告が主張する計算方法による診療報酬金額を要素とした診療契約が成立したものとは認められない。

さらに、本件訴訟は、治療者から患者に請求するといった通常の診療報酬請求とは異なり、訴外山本(被害者)に対する被告(加害者)の交通事故による損害賠償債務のうちの治療費についての請求であるから、かかる損害賠償請求においては、損害の公平な分配という不法行為法理の趣旨に照らして、診療行為と通常対価関係に立つ相当な範囲内で診療報酬金額を算定するのが相当である。

そこで、下記(三)、(四)において本件の診療報酬金額を検討する。

(三)  診療報酬金額の算定基準について、現在、ほとんどの診療報酬について健康保険の診療報酬体系(以下「健保基準」という。)により算定されているが、この診療報酬体系は厚生労働大臣(もと厚生大臣)の諮問機関である中央社会保険医療協議会の答申に基づき、各界の利害関係人の意見及び公益を反映させた上で、その調和を図りつつ公正妥当な診療報酬が定められていることは、公知の事実である。

かかる事情に鑑みれば、保険適用のない、いわゆる自由診療においても、原則として健保基準が診療報酬金額算定の基準となり、例外的に、健保基準を修正すべき合理的事情が認められる場合には、その事情を考慮しつつ健保基準に修正を加えた上で診療報酬金額を決定するのが相当である。

そして、交通事故の診療においては、その特殊性(診療の緊急性・突発性、診療内容の特殊性・複合性)に鑑みて、同体系を修正すべき合理的事情が認められるといえる。

ところで、柔道整復師が交通事故による受傷を治療する際の診療報酬については、自動車保険料率算定会、保険会社及び社団法人日本柔道接骨師会との間で協定が締結され、平成六年一月一日以降、診療報酬は「労災保険柔道整復師施術料金算定基準」(以下「自賠責基準」という。)(甲第三二号証の一)に準拠すべきであることが自動車保険料率算定会から通知されていることは当裁判所に顕著な事実である。

このように自賠責基準は、関係者の意見及び公益を配慮した上で定められたものであり、かつ、我が国の多くの柔道整復師の診療報酬の算定基準として社会的に広く機能していることから、交通事故の場合における柔道整復師の診療報酬金額の算定にあたっては、健保基準を修正した上で原則として自賠責基準に従い、例外的に同基準を修正すべき特別な事情がある場合にのみ自賠責基準による場合と異なる診療報酬金額を認めることができると解するのが相当である。

ところで、甲第三二号証によると、自賠責基準の内容は、原則として労災基準に準拠することとし、特別の事情がある場合には例外的に労災基準の二倍又は一・二倍による診療報酬を認めることとされている。

(四)  本件における診療報酬の基準を検討すると、一方で、いわゆる鞭打ち症は、自動車の追突事故の場合に多く見られる、いわば交通事故に特有といってもよい傷病であるから、そのほかの交通事故と同様に自賠責基準によるのが相当であるが、他方で、原告の本件治療行為は保険診療の場合でも行なわれるものであって特殊かつ高度の治療とはいえないこと、かかる治療行為に対して通常自賠責基準の二倍の支払がなされている事実を認めるには足りないことから、自賠責基準にしたがって診療報酬金額を算定するのが相当であり、それ以上またはそれ以下の基準によることは認められないものと解される。

三  以上を整理すると、乙第八号証(平成九年四月一日改定の労災基準)より、

(一)  訴外山本の治療費等

初診 二、一二〇円×一回=二、一二〇円

再診 二七〇円×五回=一、三五〇円

初回処置 八九〇円×四部位=三、五六〇円

後療 五五〇円×三九二回(頸部一〇三回、左肩部一〇三回、右肩胛部九八回、腰部八八回)×七〇%=一五〇、九二〇円

電療 五五〇円×三九六回(頸部一〇四回、左肩部一〇四回、右肩胛部九九回、腰部八九回)×七〇%=一五二、四六〇円

罨法 一〇〇円×三九六回(頸部一〇四回、左肩部一〇四回、右肩胛部九九回、腰部八九回)×七〇%=二七、七二〇円

運動療法 (該当せず) 〇円

指導管理 六八〇円×一六回=一〇、八八〇円

文書(請求書)作成 (該当せず) 〇円

合計 三四九、〇一〇円

(二)  被告の主張する控除額 二六〇、〇〇〇円

(三)  残額((一)―(二)) 八九、〇一〇円

となる。

第四結論

よって、原告の請求は、被告に対し、八万九〇一〇円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一一年七月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余の部分については理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川行男)

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