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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1562号 判決 2001年10月12日

平成11年(ワ)第1562号 保険金請求事件(「甲事件」)

平成11年(ワ)第2245号 保険金請求事件(「乙事件」)

主文

1  被告富士火災は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ次の金員及びこれらの各金員に対する平成11年9月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(1)  原告A 1250万0000円

(2)  原告B  625万0000円

(3)  原告C  625万0000円

2  原告A,原告B及び原告Cのその余の各請求並びに原告D,原告E及び原告Gの各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告A,原告B及び原告Cに生じた費用の10分の8,被告富士火災に生じた費用の10分の2並びに被告住友海上,被告ロンドン保険及び被告エース損害に生じた各費用の全部を同原告らの負担とし,原告A,原告B及び原告Cに生じた費用の10分の2並びに被告富士火災に生じた費用の10分の4を同被告の負担とし,原告Dに生じた費用全部及び被告富士火災に生じた費用の10分の3を同原告の負担とし,原告Eに生じた費用全部及び被告富士火災に生じた費用の10分の1を同原告の負担とし,原告Gに生じた費用全部及び被告日動火災に生じた費用全部を同原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

(1)  被告富士火災は,原告A,原告B,原告C,原告D及び原告Eに対し,それぞれ次の金員及びこれらの各金員に対する平成11年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ア 原告A  561万2500円

イ 原告B  280万6250円

ウ 原告C  280万6250円

エ 原告D 1425万0000円

オ 原告E  612万0000円

(2)  被告住友海上は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ次の金員及びこれらの各金員に対する平成11年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ア 原告A  250万0000円

イ 原告B  125万0000円

ウ 原告C  125万0000円

(3)  被告日動火災は,原告Fに対し,872万1000円及びこれに対する平成11年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(4)  被告ロンドン保険は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ次の金員及びこれらの各金員に対する平成11年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ア 原告A 2500万0000円

イ 原告B 1250万0000円

ウ 原告C 1250万0000円

(5)  被告エース損害は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ次の金員及びこれらの各金員に対する平成11年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ア 原告A 1500万0000円

イ 原告B  750万0000円

ウ 原告C  750万0000円

2  乙事件

主文第1項に同じ。

第2事案の概要

本件は,傷害保険契約(甲事件)又は自家用自動車総合保険(SAP)契約の傷害保険部分(乙事件)における死亡保険金の受取人である原告らが,それぞれ対応する被告らに対し,被保険者の死亡に基づく死亡保険金の支払いを請求した事案である。

1  前提事実

以下の事実は,争いがない事実又は括弧内掲記の証拠等によって認定できる事実であり,これに反する証拠はない。

(1)  当事者

原告A,原告B及び原告Cは,後記(4)の本件事故により死亡したFの妻,長男及び二男であり,原告DはFの内縁の妻であり,原告Eと原告Fは原告Dの連れ子である(争いがない事実,甲18)。

被告らは,損害保険事業等を行うことを目的とする会社である(争いがない事実)。

(2)  保険契約の締結

ア 甲事件関係(以下の契約1ないし9を総称して「本件各傷害保険契約」という。)

(ア) 契約1

原告Dは,被告富士火災との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ5,21)。

A 契約申込日    平成7年11月27日

B 保険の種類    積立ライフ総合保険

C 証券番号     413-303473-8

D 死亡保険金    500万円

E 死亡保険金受取人 原告D

F 保険期間     平成7年11月27日~平成12年11月27日

(イ) 契約2

Fは,被告住友海上との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ1)。

A 契約申込日    平成8年7月1日

B 保険の種類    積立家族傷害保険

C 証券番号     4633674664

D 死亡保険金    500万円

E 死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

F 保険期間     平成8年7月1日~平成13年7月1日

(ウ) 契約3

Fは,被告ロンドン保険との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙ハ3,弁論の全趣旨)。

A 契約申込日    平成8年4月4日

B 保険の種類    ファミリー交通傷害保険

C 証券番号     4183882

D 死亡保険金    5000万円

E 死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

F 保険期間

(当初)     平成8年5月28日~平成9年5月28日(自動継続後)  平成10年5月28日~平成11年5月28日

(エ) 契約4

Fは,被告富士火災との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ2)。

A 契約申込日    平成8年7月18日

B 保険の種類    普通傷害保険

C 証券番号     884-0070109

D 死亡保険金    510万5000円

E 死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

F 保険期間     平成8年7月18日~平成18年7月18日

(オ) 契約5

Fは,被告富士火災との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ3,21)。

A 契約申込日    平成10年5月27日

B 保険の種類    積立青年アクティブライフ総合保険

C 証券番号     417-6148528

D 死亡保険金    612万円

E 死亡保険金受取人 原告E

F 保険期間     平成10年5月27日~平成13年5月27日

(カ) 契約6

Fは,被告エース損害との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙ハ5)。

A 契約申込日    平成10年8月20日

B 保険の種類    普通交通傷害保険

C 証券番号     995PB291631-4

D 死亡保険金    3000万円

E 死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

F 保険期間     平成10年10月1日~平成11年10月1日

(キ) 契約7

原告Dは,被告富士火災との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ6,21)。

A 契約申込日    平成10年9月17日

B 保険の種類    積立青年アクティブライフ総合保険

C 証券番号     418-0415616

D 死亡保険金    925万円

E 死亡保険金受取人 原告D

F 保険期間     平成10年9月17日~平成13年9月17日

(ク) 契約8

Fは,被告富士火災との間で,Fを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙イ4)。

A 契約申込日    平成10年9月30日

B 保険の種類    積立青年アクティブライフ総合保険

C 証券番号     418-0415640

D 死亡保険金    612万円

E 死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

F 保険期間     平成10年10月1日~平成13年10月1日

(ケ) 契約9

原告Gは,被告日動火災との間でFを被保険者とする次のとおりの保険契約を締結した(争いがない事実,乙ロ1,6)。

A 契約申込日    平成11年4月9日

B 保険の種類    夢サポート保険(マイ・アクティブライフ+積立ファミリー交通傷害保険)

C 証券番号     350710947

D 死亡保険金    合計872万1000万円

E 死亡保険金受取人 原告G

F 保険期間     平成11年4月9日~平成16年4月9日

イ 乙事件関係

Fは,平成10年6月23日,被告富士火災との間で,次のとおりの自家用自動車総合保険(SAP)契約(以下「本件自動車保険契約」という。)を締結した(争いがない事実,甲4,乙イ31)。

(ア) 被保険自動車 自家用小型乗用車(車両番号・神戸77は605)

(以下「本件車両」という。)

(イ) 自損事故条項

A 被保険者  被保険自動車の保有者・運転者等

B 死亡保険金 1500万円

(ウ) 搭乗者傷害条項

A 被保険者  被保険自動車の搭乗者

B 死亡保険金 1000万円

(エ) 保険期間   平成10年7月9日から平成11年7月9日まで

(3)  保険契約の約款

本件各傷害保険契約及び本件自動車保険契約には,約款上,要旨,次のとおりの定めがある。

ア 甲事件関係~本件各傷害保険契約(乙イ28ないし30,乙ロ8,乙ハ9,10)

(ア) 急激かつ偶然な外来の事故

保険者は,被保険者が,急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に傷害を被り,その結果死亡したときは,死亡保険金受取人に対し,死亡保険金を支払う。

(イ) 重複保険契約の告知義務及び通知義務並びに義務違反に対する契約解除

A 告知義務及び契約解除

保険契約者又は被保険者(これらの者の代理人を含む。)が,保険契約締結の際,故意又は重大な過失によって,保険契約申込書の記載事項について,保険者に対し知っている事実を告げなかったとき又は不実のことを告げたときは,保険者は,書面による通知をもって,保険契約を解除することができる。そして,本件各傷害保険契約の保険契約申込書(乙イ1ないし6,乙ロ1,乙ハ3,5)には,後記第3の4の(1)のとおり,その記載の形式は契約ごとに区々であるが,いずれも重複保険契約の有無並びに有る場合にはその内容等が同申込書の記載事項とされている。

B 通知義務及び契約解除

保険契約者又は被保険者(これらの者の代理人を含む。)は,保険契約締結の後,重複保険契約を締結するときはあらかじめ,重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく,書面をもってその旨を保険者に通知し,承認を請求しなければならない。

保険者は,重複保険契約の事実があることを知ったときは,その事実について承諾請求書を受領したか否かを問わず,書面による通知をもって,保険契約を解除することができる。

イ 乙事件関係~本件自動車保険契約(乙イ31)

自損事故条項及び搭乗者傷害条項ともに,上記アの(ア)(急激かつ偶然な外来の事故)と同旨の定めがある。

(4)  本件事故の発生(争いがない事実,甲1,2,乙イ7)

Fは,平成11年5月15日午前5時ころ,本件車両を運転して神戸市a区b町c丁目d番先の国道2号線を走行中,交差点内の中央分離帯に衝突し,腹腔内出血の傷害を負い,同日午前7時56分,J病院において出血性ショックのため死亡した。

(5)  保険金支払の催告(弁論の全趣旨)

ア 甲事件関係

原告らは,本件各傷害保険契約に基づき,それぞれ対応する被告らに対し,遅くとも平成11年6月30日までに本件事故に伴う死亡保険金の支払いを請求した。

イ 乙事件関係

原告A,原告B及び原告Cは,本件自動車保険契約に基づき,被告富士火災に対し,遅くとも平成11年9月14日までに本件事故に伴う死亡保険金の支払いを請求した。

(6)  本件各傷害保険契約の解除(甲3の1及び2,弁論の全趣旨)

ア 被告富士火災は,平成11年6月16日,契約者をFとする契約4,5及び8について,Fの相続人である原告A,原告B及び原告Cに対して,重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由に同各契約を解除する旨の意思表示をした。

また,被告富士火災は,平成11年6月29日,契約者を原告Dとする契約1及び7について,原告Dに対して,重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由に同各契約を解除する旨の意思表示をした。

イ 被告住友海上は,平成11年6月29日,契約2について,契約者たるFFの相続人である原告A,原告B及び原告Cに対して,重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由に同契約を解除する旨の意思表示をした。

ウ 被告日動火災は,平成11年7月9日,契約9について,契約者である原告Gに対して,重複保険契約の告知義務違反を理由に同契約を解除する旨の意思表示をした。

エ 被告ロンドン保険は,平成11年7月6日,契約3について,契約者たるの相続人である原告A,原告B及び原告Cに対して,重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由に同契約を解除する旨の意思表示をした。

オ 被告エース損害は,平成11年6月10日,契約6について,契約者たるFの相続人の代表者である原告Aに対して,重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由に同契約を解除する旨の意思表示をした。

2  争点

(1)  本件事故の偶然性の有無(争点1)~甲事件・乙事件共通

(2)  本件事故の外来性の有無(争点2)~甲事件・乙事件共通

(3)  重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由とする契約解除の有効性(争点3)~甲事件のみ

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点1(本件事故の偶然性の有無)について

ア 被告らの主張

本件事故は,Fが本件車両を運転して片側5車線の国道2号線西行道路を西進中,進行車線から右に逸れて暴走し,交差点中央に設置されている中央分離帯のコンクリート擁壁に激突したという事故であるが,時間帯が午前5時ころであり,他の時間帯と比べて走行車両が極めて少ないことなどを考えると,衝突状況は不自然であるといわざるを得ない。そして,次のとおりの事情を併せ考えると,Fは自殺又は自傷を意図して本件事故を発生させた可能性が強く,本件事故は偶然性の要件を充たしていないというべきである。

(ア) Fは,平成10年8月,主治医から大腸癌に罹患しており,既に癌が肝臓に移転していて余命は数ヶ月である旨の告知を受けていた。

(イ) Fは,大腸癌以外にも,喘息や糖尿病等に罹患しており,本件事故当時,その体調不良に悩んでいた。

(ウ) F(又はその内妻である原告D)は,癌の告知を受けた後,自らを被保険者とする契約6ないし8を締結しており,さらに本件事故の直前には,原告Dが原告Gの代理人として,Fを被保険者とする契約9を締結している。このように余命いくばくもない状況でいくつもの傷害保険に加入するというのは異常である。

(エ) F,原告D,原告E及び原告Gが,本件事故時点で被告富士火災において加入していた保険契約は,合計61件(国内旅行傷害保険を除く。)であり,支払うべき保険料の総額は月額41万8570円にもなっていた。また,昭和58年から平成8年までの間にF,原告D,原告E及び原告Gは,合計16件の傷害事故により,被告富士火災から合計1600万円以上の保険金を受領している。

(オ) 原告Cは,Fを被保険者とする本件各傷害保険契約の存在を知らなかった旨述べているところ,他方で,同原告は,自ら被告富士火災,被告住友海上及び被告ロンドン保険に対する事故通知(電話)をFの死亡直後に行っているのであって,同原告は本件各傷害保険契約の存在を知った経緯について,明らかに虚偽の供述をしている。

イ 原告らの主張

本件事故は,Fの脇見運転,居眠り運転又は右折地点の判断の遅れ等を原因とする事故であり,偶然性の要件を充たしている。Fは,本件事故現場の交差点内において,危険を認知し,急ブレーキをかけたが間に合わず,中央分離帯のコンクリート擁壁に本件車両を衝突させたものであり,衝突地点手前にブレーキ痕が存することからしても,自殺又は自傷を意図して本件事故を発生させたものではない。以上のことは,次の事情からもうかがわれる。

(ア) Fは,医師の告知によって癌に罹患していることを知っていたが,その摘出手術を受けて退院した後は,体の不調を訴えることもなく,従前通りに毎日の生活を楽しんでいた。事故前日においても,普段と変わらない家族とのやり取りがあり,変わった様子はなかった。

(イ) Fは,年金及び給与を併せて月額50万円程度の収入を得ており,金銭に窮していてわけではない。また,本件各傷害保険契約中哲夫を契約者とする保険の月額保険料の合計額は約2万5000円であり,Fの収入と比べて不自然な額ではない。

(ウ) 運転車両をコンクリート擁壁に正面衝突させても,死に至ることもあれば,重傷を負って生き残る可能性も十分に考えられるのであり,かかる方法は,自殺の方法としても,自傷の方法としても不確実である。

(エ) 原告Dは,昭和46年以降現在に至るまで,被告富士火災の外務員として勤務しており,また,原告Gも昭和61年から現在に至るまで被告富士火災の直販社員として勤務している。そのため,キャンペーン月などに成績を上げる必要があり,親戚やFの協力を得て複数の保険に加入していたにすぎない。

(2)  争点2(本件事故の外来性の有無)について

ア 被告らの主張

上記(1)のアの冒頭部分のとおり,本件車両の衝突状況には不自然な点があるところ,Fが,癌,喘息及び糖尿病に罹患していたことを考えると,本件事故は,癌性貧血,癌性疼痛,喘息発作等の突然の病変のため,哲夫が意識を失い運転不能となった結果生じた事故である可能性が否定できない。したがって,外来性の要件を充たさない。

イ 原告らの主張

当時のFの病状に照らすと,被告主張の突然の病変が生じる可能性は低く,被告の主張は憶測にすぎない。被告住友海上が調査会社を介して依頼した医師の意見書(甲7の5)には,癌や喘息といった疾患が本件事故に関係している可能性はほとんどない旨の意見が記載されている。上記(1)のイの冒頭部分のとおりの本件事故の事故態様からすると,本件事故は外来性の要件を充たしているといえる。

(3)  争点3(重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由とする契約解除の有効性)について

ア 原告らの主張

重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由とする契約の解除は,不告知ないし不通知が不正な保険金取得の目的に出た場合など,不告知ないし不通知を理由として保険契約を解除することが社会通念上公平かつ妥当と解される場合に限ってその効力を認めるべきである。

原告Dは被告富士火災の外務員であったが,保険契約締結に際して重複保険契約の有無を必ず聞くようにとの指導は受けていなかったのであり,重複保険契約の不告知ないし不通知によって契約が解除される場合があるとの認識はなかった。また,被告ら,特に被告富士火災は,少なくとも自社の重複保険契約の存在については認識を有しており,過去にも保険金の支払いを行っている。以上の事実に,上記(1)のイで述べたとおり,本件各傷害保険契約の契約者であるF,原告D又は原告Gに不正な保険金取得の目的がなかったことを併せ考えれば,上記1の(6)の本件各傷害保険契約の解除は許されないというべきである。

イ 被告らの主張

本件各傷害保険契約の契約者又は被保険者であるF,原告D及び原告Gは,Fを被保険者とする重複保険契約締結の事実があるにもかかわらず,被告らに対し,重複保険契約締結の事実についての告知ないし通知をしなかった。そして,上記(1)のアで述べた事情に照らせば,被告らが行った上記1の(6)の本件各傷害保険契約の解除が有効であることは明らかである。

第3争点に対する判断

1  前記前提事実,証拠(甲1,5ないし7,11,12,16,18ないし21,25ないし29,32,乙イ7,8,17ないし27,乙ハ1,2,7,原告C本人,原告D本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  F(昭和4年3月16日生)は,aに勤務していた昭和50年10月,自動車教習所で教習を受けたことがきっかけで,被告富士火災の保険外務員として勤務していた原告Dと知り合い,昭和54年ころから原告D宅で同棲するようになり,内縁の夫婦として同原告の子である原告E及び原告Gらとともに暮らすようになった。

(2)  Fは,昭和59年ころaを退職したが,その後,自動車会社や印刷会社を経て,平成4年12月からタクシー会社「b株式会社」(以下「b」という。)の事務職として勤務し,平成11年3月末同社を定年退職した後,同年4月以降,同社において嘱託社員として勤務していた。Fのa退職後の収入は,a共済年金,通算老齢年金,c厚生年金基金及びd厚生年金基金の各年金が月額合計約25万円あったほか,bからの給与が月額約25万円あり,その合計月額は約50万円であった(なお,bの嘱託社員となった後の勤務形態は自由出勤であり,給与は謝礼程度であった。)。

原告Dは,昭和46年以降現在に至るまで,被告富士火災の保険外務員として勤務しており,また,原告Gも昭和61年から現在に至るまで被告富士火災の直販社員として勤務しているところ,Fは,原告Dが保険外務員であった関係から,上記のとおりのa退職後の勤務と並行して,自らも被告富士火災や被告住友海上の保険代理店を営んでいたことがあった。

(3)  Fは,a退職後喘息の症状を来すようになり,平成4年4月19日には呼吸困難を訴えてH病院の外来診療を受診しており,平成6年1月29日及び同年2月2日には喘息発作を起こして同病院で点滴治療を受けている。その後,Fは,I病院に,平成8年6月から平成11年2月10日まで,多い時には月数回程度,少ない時には2ヶ月に1回程度通院し,糖尿病の治療と並行して,喘息に対する治療として気管支拡張剤等の内服治療等を受けていた。その間,Fは,平成8年7月29日,平成9年11月28日及び平成11年2月10日の3回喘息発作を起こしており,I病院において点滴治療を受けている。

また,Fには,昭和58年ころから糖尿病の症状があり,上記のとおり,平成8年6月以降I病院において喘息の治療と並行して,糖尿病の治療を受けていた。

Fは,平成10年7月24日,発熱等を訴えてH病院を外来受診したが,その際貧血等の症状が認められたため,精密検査を受けるべく,同月28日同病院に入院した。精密検査の結果,大腸癌が発見され,既に癌が肝臓に転移していることが判明した。主治医は,Fの余命は数ヶ月から1年位であるが,放置すると腸閉塞を来たし,食事の経口摂取が不可能となり,入院生活から脱することができなくなるため,根治療法ではないものの,癌の摘出手術を施行した上,抗ガン剤等による通院治療とするのが妥当であると判断し,平成10年8月2日,Fの兄夫婦及び姉夫婦に対して,癌の状況を告知するとともに,余命は数ヶ月から1年くらいである旨及び手術が必要である旨を説明した。これに対して,Fの兄夫婦及び姉夫婦は主治医に対し,F本人へも病状を告知してあげて欲しい旨を伝えた。そこで,主治医は,平成10年8月5日,F本人に対して,余命期間については告げなかったものの,上記のとおりの癌の状況及び手術の必要性を説明し,同人の同意を得た上,F及び同人の兄の連名による手術同意書を取り付け,同月24日,S字結腸の切除手術を施行した。

手術後の経過は良好で,Fは,平成10年9月18日同病院を退院し,その後,概ね2週間に1回程度同病院の外来診療を受けていたが,平成11年4月16日及び本件事故前の最終通院日である同月20日には,食欲や排便は良好であったものの,腹水の貯留,黄胆,下肢の浮腫が進行していた。

(なお,被告らは,上記第2の3の(1)のアの(ア)のとおり,Fが主治医から余命数ヶ月であることも告げられていた旨主張するが,Fに対して余命期間が告知された旨のカルテの記載はないこと(乙イ24),主治医は,保険調査会社の調査員に対して,余命期間については家族に話しているのみで哲夫本人には話していない旨答えていること(乙ハ1)から,主治医はFに対して,余命期間については告知していないものと認められる。もっとも,乙イ23及び24によれば,Fは,主治医から,癌の状況,とりわけ癌が肝臓にまで転移しており,摘出手術が根治療法ではないことを告げられており,かかる告知を受けた後相当に落ち込んでいたことが認められるから,余命期間について直接の告知は受けていないとしても,少なくとも,手術によっても癌が治るわけではなく,手術後においても自己の生命が危機に瀕した状況にあることに変わりはないとの認識を有していたものと推認できる。)。

(4)  Fは,H病院を退院した平成10年9月,兄の勧めもあり,原告A,原告B及び原告Cら家族のもとへ帰ったが,Fと原告Aの不仲が解消したわけではなく,また原告Dと別れたわけでもなかったので,Fは,毎日のように原告Dと会い,夕食をともにしてから原告Aのもとに寝に帰るといった状態であり,退院後においても,原告Dや共通の友人らと温泉に入ったり,旅行に出かけるなどしていた。

仕事の方は,退院後も,上記(2)のとおり,平成11年3月末までbの事務職として勤務し,同年4月以降,同社において嘱託社員として勤務していた。Fは,本件事故の2日前である平成11年5月13日に最後の勤務をしているが,同社の支配人であるMは,当日のFの様子について,格別変わった様子はなかったものと感じていた。

本件事故の前日である平成11年5月14日,Fは午後5時ころ帰宅し,その際,パートに出かける原告Aと出会った。Fは,帰宅後,格別変わった様子もなく自宅でくつろいでおり,午後10時ころ,在宅していた原告Cに対し,「明日,姫路の兄のところに行って来る」旨告げている。

(5)  本件事故日である平成11年5月15日早朝,Fは,本件車両を運転して自宅を出たが,その後同日午前5時ころ,片側5車線(幅員16.5m)の国道2号線西行道路を西進中,神戸市a区b町c丁目d番先交差点(以下「本件交差点」という。)において,西行直進車線から右に逸れ,同直進車線から見て右に約8°の角度で,本件交差点中央に設置されている中央分離帯のコンクリート擁壁の中央からやや南側部分(進行方向からみて中央からやや左側部分)に衝突した。本件車両が衝突した箇所の手前約3mの地点から衝突箇所にかけての本件車両の走行軌跡上には,本件車両が本件事故の際に残したものと認められる長さ約3mの直線スリップ痕(以下「本件スリップ痕」という。)が残されている(なお,被告らは,乙イ7の警察官作成の交通事故現場見取図において,本件スリップ痕が直進車線と並行に記されていることを根拠に,本件スリップ痕は本件事故以前に他の車両によって印象された可能性が強い旨主張するが,保険調査会社の調査員が撮影した乙ハ1添付の写真によれば,本件スリップ痕は,直進車線と並行ではなく,西行直進車線から見て右に約8°程度の角度となっていることが明らかであり,本件車両の衝突箇所と認められるコンクリート擁壁の擦過痕の位置と本件スリップ痕の位置とを対比すれば,本件スリップ痕は本件車両が本件事故の際に残したものであると認められる。)。

(6)  原告Cは,本件事故の事実を警察からの電話で知り,本件事故当日の午前7時ころ,原告AとともにFが搬送されたJ病院に赴いたが,同日午前7時56分,Fの死亡が確認された。その後,原告Cは,自宅に戻り,同日午前8時45分に契約3に基づき被告ロンドン保険に,同日午前8時57分本件自動車保険契約に基づき被告富士火災に,同日9時30分に契約2に基づき被告住友海上にそれぞれ本件事故の発生を電話で通知した。

(7)  本件各傷害保険契約中,Fを契約者とする保険の月額保険料の合計額は約2万5000円であった。

また,F,原告D,原告E及び原告Gは,被告富士火災において相当多数の保険に加入しており,昭和58年以降本件事故までの間に,4名分併せて,被告富士火災に対して1000万円以上の保険料を支払うとともに,被告富士火災から1600万円以上の保険金の支払いを受けており,本件事故時においても,4名分で数十件の保険に加入していた(なお,被告らは,この点につき,上記第2の3の(1)のアの(エ)のとおり主張し,平成12年7月4日付け被告ら第3準備書面において契約内容の詳細について述べているところ,個々の契約内容や保険事故発生の事実については格別の立証はなされていないが,証拠(甲18,原告D本人)及び弁論の全趣旨によれば,上記認定の事実が認められる。)。

2  争点1(本件事故の偶然性の有無)について

(1)  上記1の(3)のとおり,Fは,本件事故当時,喘息,糖尿病及び大腸癌に罹患しており,特に,大腸癌については,F自身,手術によっても治るわけではなく,自己の生命が危機に瀕した状況にあるとの認識を有していたと認められるのであって,このことは,自殺又は自傷の動機となり得る事情であるといえる。また,上記1の(7)のとおりのF,原告D,原告E及び原告Gの被告富士火災における保険加入状況及び保険金の取得状況に加え,本件各傷害保険契約のうち,契約6ないし9は大腸癌の告知を受けた後のものであり,癌の告知を受け,自己の生命が危機に瀕した状態にあることを認識していたFを被保険者として締結された契約であること,証拠(甲18,30,乙ロ5,証人K,原告D本人)によれば,本件事故の1ヶ月前に締結された契約9は,原告Dが,契約者原告F及び被保険者Fの代理人として,電話帳で探した保険代理店に電話の上,同代理店を訪れ,いわば飛び込みで申込みをして締結した契約であると認められることを併せ考えれば,F及び原告Dらの本件各傷害保険契約を含む保険加入状況は,通常の傷害保険の加入状況とは大きく異なるものと言えなくもない。さらに,原告Cは,平成11年5月28日,保険調査会社の調査員に対し,保険契約及び保険証書の有無について,被告富士火災との間の本件自動車保険契約については認識しており,同被告に対する事故報告は同原告自身が行ったものの,他の保険については知らない旨述べているが(乙イ21),上記1の(6)のとおり,実際には,本件事故の直後に,原告C自ら,被告富士火災だけでなく,被告ロンドン保険及び被告住友海上にも本件事故の発生を電話で通知している。そして,同原告は,本人尋問において,Fの死亡後病院から自宅に戻り,自宅に置いてあったFの保険代理店営業時代の書類入れ(段ボール箱)を2時間程かかって探し,郵便局の保険を含めて5件の保険証券を発見したと述べているが,同供述は,上記1の(6)のとおりの各保険会社への事故通知の時刻と辻褄の合わないものとなっているのであって,同原告は,少なくとも,Fが契約2(被告住友海上)及び契約3(被告ロンドン保険)を締結している事実を知った経緯について,事実と異なる供述をしているものと認められる。

以上の諸事情に鑑みれば,本件事故については,Fが,不正に保険金を取得する目的で,自殺又は自傷を意図して発生させた可能性があるといえる。

(2)  他方,本件事故については,偶発的な事故であることをうかがわせ,あるいは,自殺又は自傷を意図して惹起させられたとすることに疑問を抱かせる次のとおりの事情が存在する。

ア 本件事故の状況は,上記1の(5)のとおりであるところ,本件車両の衝突箇所の直前には長さ約3mの本件スリップ痕が残されており,甲21及び乙イ8の各鑑定書によれば,本件車両は時速約63~68㎞/hで走行していたところ,西行直進車線から右に逸れ,衝突地点の手前で急ブレーキをかけたが,そのまま同直進車線から見て右に約8°の角度で,17.5~18.9m空走し,衝突地点の手前約3mの地点で制動が働き,本件スリップ痕を残して中央分離帯のコンクリート擁壁に衝突したものと認められる(なお,被告らは,本件スリップ痕は本件事故によるものではなく,甲21及び乙イ8の各鑑定書も本件スリップ痕を無視して鑑定をしている旨主張するが,本件スリップ痕が本件事故によるものであることは,上記認定のとおりであり,また,甲21及び乙イ8の各鑑定書が本件スリップ痕を本件事故によるものとみて鑑定をしていることはその内容から明らかである(但し,同各鑑定書は本件スリップ痕の長さを約2mとして鑑定しているから,実際の走行速度及び空走距離は,上記認定の63~68㎞/h及び17.5~18.9mよりも若干大きかった可能性がある。)。)。

このように,Fは衝突直前の本件交差点において急ブレーキをかけていたと認められるのであって,かかるFの行動は自殺や自傷を意図していた者の行動としては不自然であり,何らかの予知し得なかった事態が生じ,危険を感じて急ブレーキをかけたが,衝突を回避できなかったものとみるのが自然である。

この点,乙イ8の鑑定書は,本件車両の運転者がハンドル操作によって衝突を回避しようとした形跡がないのは不自然であるとしているが,甲21の鑑定書によれば,咄嗟の状況においては,ブレーキをかけながらハンドルを転把するという二つの動作を同時になし得ず,衝突直前にブレーキのみを操作し,ハンドル操作をしていない事故実例も多くあると認められるから,Fが,衝突直前にブレーキ操作のみを行い,ハンドル操作を行っていなかったとしても,このことをもって,自殺又は自傷を示唆すべき事情であると評価するのは相当でない。なお,本件事故については,目撃者等もおらず,事故原因については推測の域を出ないが,原告らが主張するように,脇見運転や右折地点の判断の遅れ等を原因とする事故であると考えても,本件事故の状況と格別矛盾するところはないといえる。

イ 本件車両の走行速度は,上記アのとおり,63~68㎞/hかこれを若干上回る程度であったと認められるところ,自殺を意図して運転車両を障害物に衝突させるのであれば,より高速度で衝突させる方が自殺の方法として確実である上,自傷を意図していたのであれば,本件事故のように死に至るかもしれないような手段を選択するというのは不自然であり,本件事故は,自殺の方法としても,自傷の方法としても,確実な手段であるとは言い難い。

ウ Fの病状は上記1の(3)のとおりであり,Fは,本件事故当時,自己の生命が危機に瀕した状況にあるとの認識を有していたが,他方において,Fは,上記1の(4)の事実によれば,H病院退院後もbでの勤務をしながら,原告Dらと旅行に出かけるなどして生活を楽しんでおり,本件事故の2日前のbにおける最後の勤務の際にも,本件事故の前日に自宅に帰宅した際にも,格別変わった様子はなかったことがうかがわれるのであって,自殺や自傷の兆候らしきものをうかがわせる証拠はない。

(3)  ところで,本件の請求原因である事故の偶然性とは,被保険者の予知しない原因によって事故が発生し,又は事故から被保険者の予知しない結果が生じたことをいうものと解されるところ,その立証責任は保険金の支払いを請求する者にあると解するのが相当である。

そこで,かかる観点から上記の諸事情を検討するに,上記(2)のア及びイで指摘したところに照らすと,本件事故が自殺又は自傷を意図したものである可能性は低く,本件事故は,本件車両の運転中に何らかの予知し得なかった事態が生じ,危険を感じて急ブレーキをかけたが,衝突を回避できずに生じた事故であると認められる。そして,本件事故については,Fが,不正に保険金を取得する目的で,自殺又は自傷を意図して発生させた可能性を示唆する上記(1)のとおりの諸事情があるものの,これらはいずれもいわゆる間接事実であって,本件事故の状況から認められる上記認定を覆すに足りるものではないというべきである。

よって,本件事故は偶然性の要件を充たしているものと認められる。

3  争点2(本件事故の外来性の有無)について

被告らは,上記第2の3の(2)のアのとおり,本件事故は,癌性貧血,癌性疼痛,喘息発作等の突然の病変のため,Fが意識を失い運転不能となった結果生じた事故である可能性が否定できない旨主張する。確かに,Fは,上記1の(3)のとおり,本件事故当時,喘息,糖尿病及び大腸癌に罹患しており,末期の癌のため,余命いくばくもない状況にあった。しかしながら,さらに進んで,本件事故の際,Fに癌性貧血,癌性疼痛,喘息発作等の突然の病変が生じたことをうかがわせる証拠はない。かえって,甲7の5の意見書(インターナショナルアシスタンス株式会社日本内科学会認定内科医N作成の意見書)には,「疾病が事故の原因となりうる病態としては失神発作や意識障害が考えられる」とした上で,上記1の(3)のとおりの本件事故前のFの病状を子細に検討した結果として,「添付された資料から判断すると,事故の原因として,癌や喘息といった疾病が絡んでいる可能性はほとんどないと思われる。」「事故の原因として他の疾患が絡んでいる可能性は,完全に否定はできないが,添付された資料のみからは疾患の断定もできない。」旨の鑑定意見が記載されている。

本件の請求原因である事故の外来性とは,事故の原因が被保険者の身体に内在するものではなく,その外部にあることをいうものと解されるところ,その立証責任は,偶然性の要件と同様,保険金の支払いを請求する者にあると解するのが相当であるが,本件事故については,上記2の(2)のアで述べたとおり,脇見運転や右折地点の判断の遅れ等を原因とする事故であると考えても,本件事故の状況と格別矛盾するところはないといえるのであって,このことに,甲7の5によれば,Fの喘息,糖尿病あるいは大腸癌といった疾病が本件事故と関係している可能性は少ないと認められること,反面,本件事故の際,癌性貧血,癌性疼痛,喘息発作等の突然の病変が生じ,Fが意識を失い運転不能となったことをうかがわせる証拠はないことを併せ考えれば,本件事故は,Fの脇見運転や右折地点の判断の遅れ等何らかの過失行為によって生じたものと認めるのが相当であり,被告ら主張の疾病の存在はこの認定を左右するものではないというべきである。

よって,本件事故は外来性の要件を充たしているものと認められる。

4  争点3(重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由とする契約解除の有効性)について

被告らは,本件各傷害保険契約に基づく死亡保険金の支払請求に対し,重複保険契約の告知義務違反及び通知義務違反に基づく契約解除を主張してこれを争っているところ,被告らが本件各傷害保険契約について,原告らに対して同旨の解除通知を行ったことは,上記第2の1の(6)のとおりである。そこで,告知義務違反の存否,通知義務違反の存否及び解除の有効性について,以下判断する。

(1)  告知義務違反の存否

ア 契約1については,告知すべき重複保険契約についての主張,立証はなされておらず,告知義務違反は問題とならない。

イ 証拠(乙イ1ないし4,6,乙ロ1,乙ハ3,5)によれば,契約2ないし9の保険契約申込書について,次の事実が認められる。

(ア) 契約2

契約2の保険契約申込書(乙イ1)は,「※他の保険契約」欄の「※他の傷害保険契約・・・はありますか。」との質問の下の「あり」又は「なし」に丸印を記入し,「あり」の場合には,保険会社名,保険種類,満期日,保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ,同申込書には「なし」に丸印が記入されており,被保険者を同じくFとする他社保険である契約1の存在及びその内容は記入されていない。また,同申込書の欄外には「(ご注意)」として,「※の付された欄に事実と異なる記載をしたり,または事実を記載しなかった場合には保険金をお支払いできないことがありますのでご注意下さい。」との記載がある。

(イ) 契約3

契約3の保険契約申込書(乙ハ3)には,「以下の事項に該当する場合は必ずチェック印をつけて,その内容をご記入ください。」と記載された下に,「他の傷害保険契約(当社も含めて)の合計が,死亡保険金額1億円以上,入院日額1万円以上になる」とのチェック項目及びチェック欄が設けられ,該当する場合には,同チェック欄にチェック印をした上で,その横に保険種類,保険会社名,合計金額等を記入するようになっているところ,同チェック項目にはチェック印は記入されておらず,被保険者を同じくFとする他社保険である契約1及び2の存在及びその内容は記載されていない。なお,乙イ1及び21によれば,契約1及び2の入院保険金日額は各5000円(合計1万円)であることが認められる。

(ウ) 契約4

契約4の保険契約申込書(乙イ2)は,「★告知事項」欄に,

「(2)同一被保険者について他の同種保険契約(*)があれば記入ください。」との記載があり,該当する場合には,その下の「あり」に丸印を記入し,その横に保険会社名,満期日,保険種類,保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ,同申込書の「★告知事項」欄には何らの記入もされておらず,被保険者を同じくFとする他社保険である契約2及び3の存在及びその内容は記載されていない。また,同申込書の欄外には「(ご注意)」として,「申込書の記載事項(特に★欄)が事実と相違した場合は保険金が支払われないことがあります。」との記載がある。

(エ) 契約5

契約5の保険契約申込書(乙イ3)には,上記(ウ)の契約4の保険契約申込書と同様の「★告知事項」欄及び欄外の「(ご注意)」の記載があるところ,同申込書の「★告知事項」欄には何らの記入もされておらず,被保険者を同じくFとする他社保険である契約2及び3の存在及びその内容は記載されていない。

(オ) 契約6

契約6の保険契約申込書(乙ハ5)は,「※告知事項」欄の「他の傷害保険(当社を含み)がありますか?」との質問の上の「あり」又は「なし」に丸印を記入し,「あり」の場合には,保険会社名,保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ,同申込書には「なし」に丸印が記入されており,被保険者を同じくFとする他社保険である契約1ないし5の存在及びその内容は記入されていない。また,同申込書の欄外には「ご注意:申込書記載事項(特に※欄は重要)が事実と相違した場合には,保険金が支払われないことがあります。」との記載がある。

(カ) 契約7及び8

契約7の保険契約申込書(乙イ6)及び契約8の保険契約申込書(乙イ4)は,いずれも契約5の保険契約申込書と同一の体裁であるところ,契約7及び8の各保険契約申込書の「★告知事項」欄には,ともに何らの記入もされておらず,被保険者を同じくFとする他社保険である契約2,3及び6の存在及びその内容は記載されていない。

(キ) 契約9

契約9の保険契約申込書(乙ロ1)は,「告知事項」欄の「*他の傷害保険契約」欄の「有」又は「無」に丸印を記入し,「有」の場合には,保険会社名,保険種類,保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ,同申込書には「無」に丸印が記入されており,被保険者を同じくFとする他社保険である契約1ないし8の存在及びその内容は記入されていない。また,同申込書の欄外には「ご注意」として,「申込書記載事項(特に*印欄)が事実と相違した場合には保険金が支払われないことがありますのでご注意下さい。」との記載がある。

ウ 上記イによれば,契約2ないし9の締結に際し,それぞれの保険契約者又は被保険者(具体的には,F,原告D又は原告G(契約9についてはF及び原告Gの代理人原告D(上記2の(1)))は,上記イの各項において認定した他社の重複保険契約の存在及びその内容を告知していないことが認められる(なお,自社の重複保険契約については当該保険会社においてその存在及び内容を認識しているものと推認されるから,告知の対象となるべき重複保険契約から除外した。)。

そして,本件各傷害保険契約の保険契約申込書の記載内容が上記イのとおりであることに加え,上記1の(2)のとおり,原告Dは,昭和46年以降現在に至るまで,被告富士火災の保険外務員として勤務しており,原告Gも昭和61年から現在に至るまで被告富士火災の直販社員として勤務しており,また,Fも,原告Dが保険外務員であった関係から,被告富士火災や被告住友海上の保険代理店を営んでいたことからすると,F,原告D又は原告Gは,いずれも保険実務に携わってきた者として,重複保険契約に係る告知義務の存在及びこれを懈怠した場合の効果について良く知っていたものと推認できる。

そうすると,F,原告D又は原告Gは,上記の不告知につき,故意又は重大な過失があったものと認められるから,契約2ないし9については,上記第2の1の(3)のアの(イ)のAの保険約款が定める告知義務違反を理由とする解除の要件を具備しているものと判断される。

(2)  通知義務違反の存否

上記第2の1の(3)のアの(イ)のBのとおり,本件各傷害保険契約においては,保険約款上,重複保険契約の通知義務が定められているところ,弁論の全趣旨によれば,契約1ないし8については,当該契約締結後,それぞれの保険契約者又は被保険者(具体的には,F,原告D又は原告G)は,対応する被告に対して,被保険者を同じくFとする上記認定のとおりの他社保険に加入した旨の通知をしていないことが認められる。

そうすると,契約1ないし8については,保険約款が定める通知義務違反を理由とする解除の要件を具備しているものと認められる。

(3)  解除の有効性

ア ところで,保険約款が定める傷害保険契約における重複保険契約の告知義務及び通知義務は,重複保険契約の締結が一般に保険契約者等による保険事故の招致や保険事故発生の偽装などによる不正の請求の誘因となり,その危険を増大させるおそれがあることに鑑み,当該保険契約締結の前後において,重複保険契約に関する情報を開示させることにより,保険者が,道徳的危険の疑いがある傷害保険契約を締結することを回避し,又は,道徳的危険の疑いがある契約から離脱する機会を付与するという機能を担っているものと解される。このような観点からすると,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失による重複保険契約の告知義務違反又は通知義務違反がある場合に,保険者を当該保険契約から離脱させるべく,保険者に解除権の行使を認めることは,合理性を有するものと解される。

そして,保険契約者側において,重複保険契約を締結するに至った経緯,目的等を立証するなどして,当該契約の締結が,告知義務及び通知義務が設けられている趣旨に抵触するものでないことを立証した場合には,例外的に,解除の効力は生ぜず,保険者は保険金の支払いを免れ得ないものと解するのが相当である。

イ そこで,検討するに,F,原告D,原告E及び原告Gは,上記1の(7)のとおり,被告富士火災において相当多数の保険に加入しており,昭和58年以降本件事故までの間に,4名分併せて,被告富士火災に対して1000万円以上の保険料を支払うとともに,被告富士火災から1600万円以上の保険金の支払いを受けており,本件事故時においても,4名分で数十件の保険に加入していた。また,本件各傷害保険契約のうち,契約6ないし9は大腸癌の告知を受けた後のものである。特に,契約6は癌の告知を受け,S字結腸の切除手術を受ける4日前の入院中に申し込んだ契約であるところ,契約6の保険契約申込書には,「※告知事項」欄に入院歴や病気等により医師の治療を受けている事実を記載するようになっているにもかかわらず,「なし」に丸印が付されている(乙ハ5)。さらに,上記2の(1)で説示したとおり,原告Dは,本件事故の1ヶ月前に,契約者原告G及び被保険者Fの代理人として,電話帳で探した保険代理店に電話の上,同代理店を訪れ,いわば飛び込みで申込みをして契約9を締結している。また,原告Cは,上記2の(1)のとおり,少なくとも,Fが契約2(被告住友海上)及び契約3(被告ロンドン保険)を締結している事実を知った経緯について,事実と異なる供述をしている。以上に加え,F,原告D及び原告Gは,上記(1)のウのとおり,その職業柄,保険制度を熟知しており,告知義務や通知義務の存在及びこれを懈怠した場合の効果を良く知っていたにもかかわらず,重複保険契約の存在等について,何ら告知義務及び通知義務を履行していないことからすると,被告らが,本件各傷害保険契約について,保険金の不正請求等の道徳的危険の疑いがある契約であると疑うことにも相当の理由があるというべきである。

他方,本件各傷害保険契約を重複させるに至った経緯等について,原告らが立証するところは,Fは,月額50万円程度の収入を得ており,月額保険料約2万5000円は収入に比して不自然な額ではないこと,原告D及び原告Gは被告富士火災の外務員又は直販社員であり,キャンペーン月などに成績を上げる必要があったため,親戚やFの協力を得て複数の保険に加入することとなったにすぎないこと,被告富士火災から入院給付金をカットされたことがあったため,別の保険会社の保険にも加入しようと考えて被告富士火災以外の被告の保険に加入したものであること,保険契約締結に際して重複保険契約の有無を必ず聞くようにとの指導は受けていなかったので,重複保険契約の不告知ないし不通知によって契約が解除される場合があるとの認識はなかったこと(この点が採用できないことは,上記(1)のウのとおりである。)などにとどまっており,過去の保険金の取得歴が多く,保険金の不正請求が疑われる,癌告知後に重複保険契約に加入し,また,契約9を飛び込みで締結しているのは不自然である,原告CはFが加入している保険を知った経緯について虚偽の供述をしている,といった被告らが提示する疑問について,これを打ち消すのに足りるだけの事情はうかがわれない。

したがって,本件は,解除の効力を制限すべき場合には当たらず,被告らが原告らに対して行った上記第2の1の(6)の本件各傷害保険契約の解除は有効と認めるのが相当である。

5  以上のとおり,本件事故は偶然性の要件(争点1)及び外来性の要件(争点2)を充たしている。したがって,本件自動車保険契約に基づく保険金請求(乙事件)には理由がある。他方,本件各傷害保険契約についてなされた重複保険契約の告知義務違反ないし通知義務違反を理由とする解除は有効である(争点3)。したがって,本件各傷害保険契約に基づく保険金請求(甲事件)には理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 西村欣也)

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