神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1788号 判決 2001年8月08日
原告
福寿一男
ほか二名
被告
蓑田正子
ほか一名
主文
一 被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、各二二八万四三四四円及び内二〇八万四三四四円に対する平成七年九月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、各九五七万九八七五円及び内金九〇七万九八七五円に対する平成七年九月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
(一) 事故の発生
日時 平成七年九月二九日午前九時五〇分ころ
場所 兵庫県津名郡津名町中田三七一七番地の一 先路上
加害車両 軽四輪乗用自動車(神戸五〇つ四三〇一、被告車)
運転者 被告簑田正子
被害者 亡福原茂治(歩行中、以下「亡茂治」という。)
(二) 事故態様
亡茂治が交通整理の行われていない横断歩道を南から北に横断中、東から西へ時速約四五kmで進行してきた被告車と衝突した。
(三) 責任
被告簑田正子につき民法七〇九条
被告株式会社ミノダ建材につき自賠法三条
二 争点
本件の主要な争点は、亡茂治の痴呆と本件交通事故との因果関係と、それに伴う損害額である。
(原告らの主張)
(一) 亡茂治は本件交通事故にあう前は元気で、痴呆などは全くなかった。事故で頭蓋内に多量の出血をし、「入院直後より自用足ない状態となり、家族が話しかけても相手が誰なのか分からない状況」(甲一七)となった。
この症状が継続し、長期に及んで痴呆状態が発生、進行していったものである。しかも、入院直後から自用が足せず、これが死亡時まで続いたもので、病院あるいは老人福祉施設でなければ生活できなかった。
このように、痴呆の原因は本件交通事故であるから、死亡日までの入院などの全費用は事故と因果関係がある。
(二) 治療費 合計七一六万九九一六円
<1> 河上整形外科(平成七年九月二九日~平成八年五月二日)
二一七日間入院 五〇五万六八五五円
<2> 津名白寿苑(平成八年五月二日~平成九年一月二三日)
二六七日間入院 六五万七八九六円
<3> 加古川白寿苑(平成九年一月二三日~平成一〇年三月六日)
四〇八日間入院 四七万七七六八円
<4> 恵泉(平成一〇年三月六日~平成一〇年六月一五日)
一〇二日間入院 一五万六三〇三円
<5> 明石市民病院(平成一〇年六月一五日~平成一〇年七月二日)
一八日間入院 三万二五四四円
<6> いなみの病院(平成一〇年七月二日~平成一一年三月八日)
二五〇日間入院 七六万四一二〇円
<7> 国立加古川病院(平成一一年三月八日~平成一一年五月一〇日)
六四日間入院 肺結核とのことで治療費は無料
<8> 三木市民病院(平成一一年五月一〇日~平成一一年五月一五日)
六日間入院 二万四四三〇円
(三) 入院雑費 一九八万六〇〇〇円
一日一五〇〇円・一三二四日間(事故日から死亡日まで)
(四) 入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料
<1> 入院慰謝料 五〇〇万円
事故から症状固定まで五一八日間(一七か月余)入院した。
<2> 後遺症慰謝料
症状固定日 平成九年二月二八日
後遺障害等級 精神神経障害 一級三号
右肩関節機能障害 一二級六号
認定等級 併合一級
亡茂治本人 二五〇〇万円
原告ら三名 合計一二〇〇万円(民法七一一条)
亡茂治の痴呆は、交通事故とは関係ない老年痴呆(アルツハイマー型)ではなく、脳血管性痴呆で、本件交通事故に起因する。
(五) 小計 (一)から(三)の合計額 五一一五万五九一六円
(六) 既払い 二三九一万六二九〇円
(七) 残額 二七二三万九六二六円
(八) 弁護士費用 一五〇万円
(九) 請求金額 二八七三万九六二六円
(被告らの主張)
(一) 書面尋問に対する池内医師の平成一三年三月一三日付け回答書によれば、結局、亡茂治はアルツハイマー型痴呆であり、これと交通事故とは無関係ということになる。
ただ、同医師は交通事故も二次的に関与しているとされるから、仮に因果関係があるとしても、せいぜい二割から三割である。
(二) 治療費など
亡茂治は本件事故当時八一歳だった。白寿苑、恵泉などは特別養護老人ホーム及び老人福祉施設であり、いわゆる老人ホームであって、交通事故などの受傷の治療を目的とするものではない。実際にも、入院治療の内容は痴呆のケアがほとんどであり、そのほかにも既往症の人工肛門のケアばかりが目立っている。このように、入院治療の全てが本件交通事故と相当因果関係があるのではない。
特に原告らが本訴で治療費として請求している分は症状固定後のものであり、亡茂治の入院は私病であるアルツハイマー型老年痴呆が原因である。
(三) 慰謝料
<1> 原告らの主張によると、亡茂治の後遺障害等級は、精神神経障害(一級三号)及び右肩関節機能障害(一二級六号)の併合一級とのことであるが、そのうち精神神経障害は私病であるアルツハイマー型老年痴呆を指しているから、交通事故に起因しない。本件交通事故による後遺障害は、これを除いて認定されるべきである。
また、亡茂治は昭和六一年から一人暮らしをしていたが、平成七年一月の阪神淡路大震災で家屋が全壊し、長女と同居するようになった(乙三)もので、環境の激変と地震のショックで痴呆が起こる可能性は十分ある。
<2> 亡茂治が死亡したのは、事故から三年半以上、症状固定日(平成九年二月二八日)からも二年半以上経過した平成一一年五月一五日であり、死因も肺炎であるから、同人の死亡と本件事故との間に因果関係はない。
したがって、民法七一一条(生命侵害に対する慰謝料)を根拠とする原告ら固有の慰謝料請求は理由がない。
(四) 既払い 二四八五万九八五九円である。
第三判断
一 書面尋問に対する池内医師の平成一三年三月一三日付け回答書によれば、アルツハイマー型老年痴呆症の発症には、しばしば、骨折などの長期の臥床のような、刺激の乏しい環境に置かれたことが転機になることが知られていることが認められ、上記回答書と池内医師作成の診断書(乙一)によれば、池内医師は、亡茂治の痴呆は脳血管性痴呆、脳器質性痴呆とアルツハイマー型老年痴呆を合併していたと考えるのが妥当であるとしていること、同医師は、亡茂治のアルツハイマー型老年痴呆症について、その原因は、交通事故直後から骨折、もしくは外傷性硬膜性血腫により長期の臥床を強いられたことにあると考えていること、本件でも、同疾患と交通事故との直接の因果関係はないが、亡茂治につき、交通事故により入院生活を強いられたことが同疾患の発症に大きく関与したと言わざるを得ないと考えていること、脳血管性痴呆とアルツハイマー型老年痴呆とは合併の関係にあり、外傷による硬膜下血腫あるいは器質性脳障害は脳血管性痴呆の直接原因と考えられるし、その後の身体的治療のためやむを得ず長期の入院加療を要したことが二次的にアルツハイマー型老年痴呆症を引き起こしたと考えていることが、それぞれ認められる。
二 他方、原告高瀬和子作成の陳述書(甲二六)によれば、本件事故より受傷して入院するまでは亡茂治につき特段痴呆の症状が出ていなかったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
これらを総合すれば、亡茂治の痴呆については、本件事故が大きく寄与していると言わざるを得ないものである。ただし、亡茂治は本件事故当時八一歳であったこと、交通事故によりアルツハイマー型老年痴呆が発症するとは限らないであろうことなどを考慮し、損害の公平な分担の見地から、亡茂治に生じた全損害のうち八割を被告に負担させることとする。
三 損害額
(一) 治療費 合計七一六万九九一六円
証拠(甲一八ないし二三、枝番付き)及び弁論の全趣旨によれば、原告ら主張の金額が認められる。
(二) 入院雑費 一七二万一二〇〇円
一日当たり一三〇〇円が相当であり、事故日から死亡日までの一三二四日間では一七二万一二〇〇円となる。
(三) 入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料
<1> 入院慰謝料 四〇〇万円
本件事故発生の日が平成七年九月二九日であること、本件事故による受傷の程度、事故から症状固定まで五一八日間(一七か月余)入院したことからすれば、二〇三万円が相当である。
<2> 後遺症慰謝料 合計二六〇〇万円
証拠(甲三)によれば、亡茂治は、平成九年二月二八日、後遺障害等級一級三号で症状固定したこと、原告らは亡茂治の子であるところ(甲二)それぞれ固有の慰謝料を請求していることが認められることからすれば、亡茂治本人の慰謝料額としては二〇〇〇万円、原告らについては合計六〇〇万円(各原告につきそれぞれ二〇〇万円とするのが相当である。
(四) 小計 (一)から(三)の合計額 三八八九万一一一六円
(五) 被告の負担分
(四)×〇・八=三一一一万二八九二円
(六) 既払い 二四八五万九八五九円
証拠(乙一三)によれば、既払い金は二四八五万九八五九円であると認めるのが相当である。
なお、原告らは、甲第二八号証のうち、file_3.jpg印の付いた四件合計一七〇万六五〇二円が乙第一三号証では二重に計算されているから、既払額は二七二三万九六二六円であると主張するが、原告らの主張を裏付けるに足る証拠はない。
(七) 損益計算後の金額 六二五万三〇三三円
(五)-(六)=六二五万三〇三三円
(八) 弁護士費用 六〇万円
被告に負担を命ずべき弁護士費用としては六〇万円(原告らそれぞれにつき各二〇万円)が相当である。
(九) 結論 六八五万三〇三三円
甲第二号証によれば、亡茂治の相続人は原告ら三名であり、その相続分はいずれも三分の一であると認められるから、認容額は原告ら各人につき二二八万四三四四円(六八五万三〇三三円の三分の一)となる。
四 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告らそれぞれにつき各二二八万四三四四円と内二〇八万四三四四円に対する本件事故発生の日である平成七年九月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 古川行男)