神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1849号 判決 2000年8月24日
原告(反訴被告)
富士交通株式会社
ほか一名
被告(反訴原告)
山口一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 原告らは、被告に対し、各自金七九七万一一四九円及びこれに対する平成一二年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告のその余の請求を棄却する。
四 本訴訴訟費用は原告らの負担とし、反訴訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
1 原告らが被告に対し、被告主張の交通事故に関し、何らの損害賠償債務を負わないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(反訴)
一 請求の趣旨
1 原告らは被告に対し、各自金二一三五万一一二〇円及びこれに対する反訴状送達の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴費用は原告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求を棄却する。
2 反訴費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
(本訴)
一 請求原因
1 原告富士交通株式会社(以下「原告会社」という。)はタクシーの営業を行うものであり、原告後藤勇三(以下「原告後藤」という。)は原告会社にタクシーの乗務員として勤務するものである。
2 トラブルの発生(以下「本件トラブル」という。)
日時 平成一〇年三月一六日午前一時ころ
場所 神戸市兵庫区福原町三―四
態様 原告後藤は普通乗用自動車(神戸五五を五九五〇)のタクシーを運転して、市道を南に下がって来たところ、同道路とバス道とが丁字に交わる場所の北東角に寿司店があり、同寿司店から店員と思われる男性が手を上げたので停車した。同男性は客が乗るので待ってほしいとのことで、原告後藤は約一〇分間同所で停車して客待ちをしていたところ、乗客と思われる被告が車の左側に立ったので原告後藤はタクシーのドアを開けた。
すると被告がタクシーのドアの内側を足で蹴ったので、原告後藤は、こんな客は乗せられないと思い、ドアを開けたまま発車し、そのまま現場を去った。
被告は立っていた場所で尻餅をついた。
3 しかし、被告は、本件トラブルにより何らの傷害も受けておらず、また、仮に被告において何らかの傷害を受けていたとしても、原告らはこれに対する責任はない。
4 よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、事故態様は否認し、その余は認める。
3 同3の主張は争う。
(反訴)
一 請求原因
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
日時 平成一〇年三月一六日午前一時ころ
場所 神戸市兵庫区福原町三―四
態様 被告が乗客として停止した原告後藤運転のタクシー後部左側のドアから乗り込もうとしたところ、原告後藤がドアを開けたまま急発車したため、被告は振り飛ばされた。
2 原告らの責任
原告後藤は、タクシー運転者として勤務中であったが、乗客が乗降する際には乗客の安全を確認し、急発車する等して、乗り込もうとした乗客が振り飛ばされたりすることがないよう、これを回避する注意義務があるにもかかわらず、これを尽くさず、後部左側のドアから乗り込もうとした被告の安全を確認しないでドアを開けたまま急発車したため、本件事故を起こした過失がある。
したがって、原告後藤は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、また、原告会社は、加害車両の保有者として同法三条に基づき、本件事故による被告の損害を賠償する責任がある。
3 被告の受傷及び治療状況等
被告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰部・右膝・右股関節打撲等の傷害を受け、左記のとおりの通院治療を受けた。
(一) 平成一〇年三月一六日から同一一年一二月二九日まで医療法人一輝会荻原みさき病院(以下「みさき病院」という。)に通院(実通院日数四五日)
(二) 平成一〇年七月三一日 小野接骨院に通院
4 損害
(一) 治療費
前記病院における治療費の合計は三七万五六一五円である。
(二) 休業損害
被告は、本件事故による前記受傷のため、稼働できない状態である。事故後の平成一〇年四月以降同一二年三月までの二年間で、四八〇万円の損害を被った。
(三) 逸失利益
被告は、本件事故による前記受傷が原因で、後遺障害別等級表の一〇級に相当する後遺障害が残った。本年四月(被告は四八歳)以降満六七歳までの逸失利益は、金八〇七万五五〇五円である。
二四〇万×〇・二七×一二・四六二二=八〇七万五五〇五
(四) 慰謝料
被告は、本件事故により、甚大な精神的苦痛を被った。金銭的に評価すれば、<1>通院治療による慰謝料として金三〇〇万円、<2>後遺症の慰謝料として金五一〇万円、合計金八一〇万円を下らない。
5 よって被告は原告らに対し、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、事故態様は否認し、その余は認める。
2 同2の主張は否認する。
3 同3、4の事実は否認する。
理由
一 本訴請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、本訴請求原因2の事実及び反訴請求原因1の事実のうち、本件事故の態様を除き、その余は当事者間に争いがない。原告らは、これを本件トラブルと主張しているが、本件事故の発生そのものを争っていないので、以下これを本件事故という。
二 そこで、本件事故の態様について検討する。
証拠(甲三の1ないし5、検甲1ないし7、証人神蛇繁樹、原告後藤、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、大開通と市道が交差する交差点の北東角の歩道上である。原告後藤は、市道を南に下がって来たところ、同交差点の北東角にある寿司店の店員金澤武が手を上げたので、市道を東西に横断する横断歩道上にタクシーを停車させた。金澤は客が乗るので待ってほしいと原告後藤に告げたので、原告後藤は、約一〇分間同所で停車して客待ちをしていたところ、被告が車の左側に立ったので、タクシーの後部左側のドアを開けた。被告がタクシーに乗り込もうとして足を中に入れたところ、原告後藤は、被告がタクシーのドアの内側を足で蹴ったと思ったため、こんな客は乗せられないと思い、ドアを開けたまま急発車したため、被告は振り飛ばされた。被告は、歩道上に叩きつけられ、前に倒れて口から血を流していたため、寿司店に戻り、血を拭いた。原告後藤は、発進後、被告が舗道上に尻餅をついたことをバックミラーで確認したが、そのまま走り去った。
三 責任
右事実によれば、原告後藤は、タクシー運転者として乗客が乗降する際には乗客の安全を確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、乗り込もうとしていた被告の安全を確認しないで、ドアを開けたまま急発車したため、本件事故を起こしたものであり、過失があることは明らかである。
原告らは、被告が二メートルも飛ばされたり回転して腰を打ち、バウンドしてうつ伏せになったなどは全く考えられない旨主張する。しかしながら、被告の供述には不自然な点はなく、証人神蛇の証言によっても被告の主張が裏付けられており、この点に関する原告らの主張は理由がない。
また、原告らは、被告がタクシーのドアを蹴った旨主張するが、これを明確に認めるに足りる証拠はない上、仮に被告がドアを蹴ったとしても、そのこと故に、原告後藤がタクシーに乗り込もうとしている被告がいるにもかかわらず、ドアを開けたままで急発進する正当な理由とはならないといわなければならない。
したがって、原告後藤は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、また、原告会社は、加害車両の保有者として同法三条に基づき、本件事故による被告の損害を賠償する責任がある。
四 損害
1 治療費
証拠(乙一、五の1ないし12、七ないし一一、一三、二四の1、被告)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰部・右膝・右股関節打撲等の傷害を受け、平成一〇年三月一六日から同一一年一二月二九日まで、みさき病院に通院(実通院日数四五日)したほか、平成一〇年七月三一日には小野接骨院に通院したこと及び右各病院における治療費の合計は三七万五六一五円であることが認められる。
2 休業損害
証拠(乙七、一四ないし一八、一九の1、2、二〇ないし二三、被告)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故による前記受傷のため、当初は全治二週間の加療を要する旨の診断を受けていたが、頸部不定愁訴が強く、経過観察が長引いていたこと、平成一一年一二月二四日に症状が固定したが、事故後より全身無気力になって動けなくなり、その間全く就労していなかったこと、事故前はオークラ防水株式会社から月額二〇万円の収入を得ていたこと、もっとも、同会社は平成一一年八月ころに倒産したこと、その後被告は、五級の身体障害者手帳を受けるとともに、生活保護を受けていること、以上の事実が認められる。
前記認定事実及び右事実によれば、被告が本件事故によって受けた傷はそれほど大きなものではなく、平成一〇年三月一六日から同一一年一二月二九日までに、みさき病院に四五日通院したにすぎないことからすれば、その間に全く就業できなかったとは考えられないが、被告は、頸部不定愁訴が強く、事故後より全身無気力になり動けなくなっていることなど、かなり心因性の原因による治療期間の長期化が見受けられ、被告主張の期間の休業をすべて本件事故と因果関係があるとはいえないが、しかし、その後被告が五級の身体障害者手帳を受けていることに鑑みれば、頸部不定愁訴が心因性のものであるとしても、本件事故との因果関係がないとはいえない。また、被告は、事故前はオークラ防水株式会社から月額二〇万円の収入を得ていたが、同会社は平成一一年八月ころに倒産したことからすれば、被告の休業損害は、本件事故の日から症状が固定した平成一一年一二月二四日までその二分の一を本件事故との因果関係があるものと認めるのが相当である。したがって、その額は二一三万三六九九円となる。
二〇万×一二÷三六五×六四九÷二=二一三万三六九九
3 逸失利益
証拠(乙一三、二〇ないし二三、被告)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故による前記受傷のため、頸部の運動痛、握力の低下、両上肢・下肢の知覚障害等の後遺障害が残ったこと、その後、両上肢・両下肢の機能障害(軽度)により五級の身体障害者手帳を受けていることが認められる。
右事実によれば、被告の後遺障害は局部に神経症状を残すものではあるが、それが両上肢・両下肢に及んでいることからすれば、後遺障害別等級表の一三級に相当する後遺障害が残ったものと認めるのが相当である。
被告は、症状が固定した平成一一年一二月二四日当時四七歳であるから、以降満六七歳までの逸失利益は、金二六九万一八三五円である。
二四〇万×〇・〇九×一二・四六二二=二六九万一八三五
4 慰謝料
被告は、前記認定のとおり、本件事故により、平成一〇年三月一六日から同一一年一二月二九日まで、みさき病院に通院(実通院日数四五日)し、一三級に相当する後遺障害が残ったものである。
したがって、被告の通院治療による慰謝料として金一三八万円、後遺障害の慰謝料として金一三九万円、合計金二七七万円と認めるのが相当である。
五 結論
以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告の反訴請求は金七九七万一一四九円及びこれに対する反訴状が原告らに送達された日であることが記録上明らかな平成一二年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田清次郎)