神戸地方裁判所 平成11年(ワ)2255号 判決 2001年1月19日
反訴原告
久保憲乃介
反訴被告
株式会社イノウエ
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一六四万六六九四円及びこれに対する平成一一年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 反訴費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金四一三万九九五八円及びこれに対する平成一一年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 反訴請求を棄却する。
2 反訴費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の存在と内容(以下「本件事故」という。)
平成一〇年七月一日午前一〇時一五分ころ、神戸市中央区京町七七番地先交差点(以下「本件交差点」という。)内において、原告運転の普通乗用自動車(神戸三五・ろ・三三三三。以下「原告車両」という。)が東西道路から南北道路北行き車線に右折のため一時停止をして前方及び左右の安全確認をしていたところ、原告車両の後方から被告株式会社イノウエ(以下「被告会社」という。)所有で被告鉄谷俊幸(以下「被告鉄谷」という。)が運転する普通貨物自動車(神戸八八・た・一五八九。以下「被告車両」という。)が原告車両の右側に相当の速度を維持したまま割り込んできて、一時停止もすることなく、本件交差点北側の南北道路の横断歩道の真ん中手前部分とその北側に引いてあった中央分離帯の代替標識と思われるゼブラゾーンを跨いで原告車両を追い越して東西道路から南北道路北行き車線に右折をしていったが、その追越しの開始から完了までの間に、被告車両の車体左側の一部が原告車両の右側部分に強く接触衝突をしながら走り去っていったものである。
原告は、その衝突の際、大きな衝突音と強い衝撃を感じたが、後に調査したところ、後記のとおり、原告車両の前後のバンパー等に衝突したことが判明しており、また原告は同じく後記のとおりの傷害を負っている。
2 責任原因
(一) 被告鉄谷は、道路交通法に違反する方法で原告車両の右側から追い越しをかけた上、左側の原告車両と自己の運転する被告車両との車間距離を確認確保するなどの安全確認注意義務を怠り、漫然原告車両の右側を進行した過失などにより本件交通事故を発生させたものであり、民法七〇九条の責任がある。
原告車両の前後のバンパーの地上高と幅、被告車両の左側部分の各地上高と幅などからみて、少なくとも被告車両左側最後部の足掛け部分が原告車両の前後(いずれか)のバンパー部分に衝突していることは明らかである。
(二) 被告会社は、被告鉄谷運転の被告車両の所有者であり、自己のために右自動車を運行の用に供していたものであり、また自己の事業のために被告鉄谷を使用しており、本件はその事業の執行について原告に後記の損害を加えたものであるから、自動車損害賠償保障法三条並びに民法七一五条一項の責任がある。
3 原告の損害受傷状況と損害金
(一) 物損部分 金一八〇万八六二五円
原告車両は、本件事故により、フロントバンパー、右ライトグリル、右フロントフェンダー、リヤマフラー、リヤバンパー、右サイドシールド、右タイヤハウスモールなどに損傷を受けており、その総損害額は、原告車両修理期間中の同種代車費用・消費税を含めて、金一八〇万八六二五円である。
(二) 人身部分 金九三万一三三三円
原告は、本件事故により、頸部挫傷、右肩・右肘挫傷、腰部挫傷などの傷害を負い、平成一〇年七月一六日から平成一一年四月三〇日までの間、自宅近くの「めぐみ外科胃腸科」に通院治療を受けており(実治療日数は一七一日)、その総治療費は、金九三万一三三三円であった。
(三) 慰謝料 金一〇〇万円
原告が右長期間通院治療を余儀なくされた精神的かつ生活上の苦痛による慰謝料と、被告らが一旦は本件事故の存在を認めながら、後にその態度を翻して事故の存在そのものを否認したことによる原告の具体的に計算困難な経済的損害と精神的苦痛を慰謝する慰謝料とを合わせると、どんなに少なく見積もっても、金一〇〇万円を下ることはない。
(四) 弁護士費用 金四〇万円
原告は、被告らの不当な本件本訴の提訴に応ずるため、平成一一年七月一二日に弁護士を委任せざるを得ず、着手金及び報酬金の支払を約するとともに、既にその一部を支払っている。
4 よって、原告は被告らに対し、前記各損害金合計四一三万九九五八円及び原告が弁護士を委任した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(交通事故の存在と内容)の事実は否認する。
2 同2(責任原因)の事実は否認し、主張は争う。
3 同3(損害)の事実のうち、本件事故により原告車両に損傷が生じたこと及び原告が受傷したことは否認し、その余はいずれも不知。
三 被告らの主張
1 原告は、本件交差点内において、運転していた原告車両が右折のため一時停止をして前方及び左右の安全を確認していたところ、同車後方から被告車両が右側から割り込んで来て追越して行ったと主張する。
しかし、本件交差点は信号のある交差点であり、原告の主張によっても、対向車や歩行者がなかったのであるから、信号に従って進行すればよく、原告車両が交差点内で前方及び左右の安全を確認するために一時停止する必要は全くなかった。原告の主張は、信号のある交差点を走行する車両の通常の走行方法とは著しく異なっており、その主張は妥当ではない。
2 本件事件の発生した現場は、神戸市中央区京町七七番地の交差点(本件交差点)付近である。被告会社の塵芥の回収先が本件交差点の東南の神戸ナショナルビルのテナント及びその北側のビルのテナントであったため、被告鉄谷は、被告車両を神戸ナショナルビルの北側の道路の南側車線(同ビルの北東附近)に駐車して、同ビルのテナントの塵芥を回収した。神戸ナショナルビルの北側の道路は二車線であり、いずれも西行きの一方通行であった。しかも本件交差点の西側道路は東行きの一方通行であるため、神戸ナショナルビルの北側の道路の二車線のうち北側車線は右折用で、南側車線は左折用であった。
被告鉄谷と同僚の大本嘉幸(以下「大本」という。)は、前記テナントの塵芥を回収した後、鯉川筋にある塵芥回収先である「元町HDクリニック」に向かうべく、被告車両を発進させた。しかし本件交差点の西行き信号が赤であったため、北側車線の先頭で停止した。その際既に南側車線には原告車両が信号待ちで停止しており、被告車両は原害車両の北側に並んで停止した。被告鉄谷は、対面信号が青になったため、交差点に進入するべく発進したが、その際左側を見ると、原告車両が左折を開始していた。
本件事件当時、本件交差点には対向車も歩行者もなかった。そこで被告鉄谷は、交差点中央付近から右折しようと北側の横断歩道辺りへ進行した。その際左サイドミラーに左から何かが来ていると感じたので、一旦停止したところ、被告車両の左後方の車両も停止した。その際被告鉄谷は何かに当たったような衝撃も感じておらず、また何らの音も聞いていない。
その後被告車両はゆっくりと進行した。しかし、後ろから来る車両が左折したはずの原告車両のようであったので、不審に思って本件交差点北側を少し走行した辺りで、左車線に寄って停止したところ、被告車両の横に原告車両が来て停止した。
3 原告は、被告車両の足掛け部分が原告車両に衝突したと主張するが、原告車両にはそのような損傷は認められないし、また仮りに擦過痕であった場合、被告車両の塗料等が原告車両に付着すると考えられるが、そのような形跡すら認められない。また、衝突に関する原告の主張は変遷しており、全く信用できない。
4 また、原告は、本件事故によって頸部挫傷、右肩・右肘挫傷、腰部挫傷等の傷害を負ったと主張する。
しかし、原告が医療機関の治療を受けたのは、事故が発生したと主張する日時から半月を経過した平成一〇年七月一六日からである。通常傷害を受ければ、速やかに治療を受けており、原告の行動は明らかに異常である。原告が医療機関を受診した時期は、被告らの代理人が原告に二度目の内容証明郵便を配達した直後である(いずれも原告は受け取っていない。)。
5 以上のように損傷箇所の形状やその状態及び原告の行動から勘案して、原告主張のような衝突がなかったことは明らかである。
理由
一 証拠(甲一五、一六、四五ないし四九、七二、乙一、二〇、二二の1ないし6、二三、二四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり、被告車両が原告車両に衝突する事故が発生したことが認められる。
被告らは、原告が本件交差点内において原告車両を一時停止させたことについて、本件交差点は信号のある交差点であり、信号に従って進行すればよく、原告車両が交差点内で前方及び左右の安全を確認するために一時停止する必要は全くないから、信号のある交差点を走行する車両の通常の走行方法とは著しく異なっており、その主張は妥当ではない旨主張する。
しかしながら、証人大本の証言及び被告鉄谷本人尋問の結果によれば、被告鉄谷も被告車両を本件交差点で一旦停止させた旨主張していたことが伺われるから、原告が原告車両を本件交差点で一旦停止させたとしても、あながち不自然な運転方法とはいえない。
被告らは、被告車両は原告車両と衝突していない旨主張し、証人大本の証言及び被告鉄谷本人尋問の結果中には、それに沿う部分も存するが、被告鉄谷が被告車両を本件交差点北側を少し走行した辺りで、左車線に寄って停止させたことは被告らも自認するところであり、仮に何らの衝突もしていないのであれば、たとえ被告らの主張するとおり、原告車両が一旦左折しようとした後に右折したとしても、不審に思って本件交差点北側を少し走行した辺りで、わざわざ左車線に寄って停止することは考えられないことである。また、原告車両が被告車両に追いつき、原告が被告鉄谷に「なぜ当て逃げするのか」と詰問した際、被告鉄谷が原告に対し「どこのやくざや」と述べたことは被告鉄谷も認めているところであり、一方、証拠(乙二三、原告本人)によれば、被告鉄谷が原告に対し「わしは長田の者や」、「お前ら、どこの組の者や」と述べたことが認められ、それらの言葉の詳細は別にして、接触事故を起こしていない普通の運転手が相手方に対してまず述べる言葉とは到底考えられないことである。さらに、証人大本の証言によれば、原告車両に同乗していた篠原正代(以下「篠原」という。)が、本件事故後、原告及び篠原と被告鉄谷及び大本と話し合った際、車が当たったことと音がしたことを述べていたことが認められること、証拠(甲四、乙二三、原告本人)によれば、本件事故の二日後に被告車両の保険会社の担当者が原告と面談していることが認められるが、仮に衝突していないのであれば、保険会社の担当者がわざわざ被害者と称する者と面談する必要もないし、そもそも本件事故の二日後に原告と面談していることからすれば、本件事故直後の原告と被告鉄谷との話合いの中で、原告車両の損傷について保険会社が対応する旨の話がされたと解するのが相当である。これらの事実に照らせば、被告車両が原告車両と衝突していないとする証人大本の証言及び被告鉄谷本人尋問の結果は採用できない。
確かに、後記認定のとおり、原告車両の損傷箇所はかならずしも明らかではないし、その点に関する原告の供述にも不明な点もなくはないが、これらの点を総合しても、なお、前記認定を左右するとまではいえない。
二 右認定事実によれば、被告鉄谷は、道路交通法に違反する方法で原告車両の右側から追い越しをかけた上、左側の原告車両と自己の運転する被告車両との車間距離を確保するなどの安全確認注意義務を怠り、漫然原告車両右側を進行した過失などにより本件交通事故を発生させたものであり、民法七〇九条の責任があることは明らかであり、弁論の全趣旨によれば、被告会社は、被告鉄谷運転の被告車両の所有者であり、自己のために右自動車を運行の用に供していたものであり、また自己の事業のために被告鉄谷を使用しており、本件はその事業の執行について原告に後記の損害を加えたものであるから、自動車損害賠償保障法三条並びに民法七一五条一項の責任があることが認められる。
三 そこで原告の損害について検討する。
1 物損について
証拠(乙四ないし一九)及び弁論の全趣旨によれば、原告車両には、フロントバンパー、右ライトグリル、右フロントフェンダー、リヤマフラー、リヤバンパー、右サイドシールド、右タイヤハウスモールなどに損傷があることが認められるが、乙第四号証の車両損害見積書は平成一〇年八月二七日作成のものであり、乙第六号証のそれは平成一一年六月二日作成のものであって、いずれも本件事故直後に原告車両を点検して作成されたものではないし、甲第一六号証、第四七号証によれば、原告は平成一〇年七月一六日に実施された実況見分に際しては、原告車両のフロントバンパーの右側が衝突箇所であるとして指示していたことが認められ、これらの事実に照らせば、原告主張のすべての損傷箇所が本件事故によって生じたとは認められない。
右認定事実及び本件事故状況にてらせば、乙第五号証に記載された修理箇所のうち<1>ないし<9>の修理費用及び塗装代の合計五一万二五〇〇円の二分の一である二五万六二五〇円を本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。
原告は、代車費用として、一日五万円の割合による一五日分合計七五万円を主張するが、たとえ原告車両が外車であったとしても、代車費用としては国産車の高級車の一日一万二〇〇〇円程度とするのが相当であり、修理期間については、フロント部分だけであるとしても、外車の場合には二週間程度はかかるのが通常であると解されるから、一八万円を本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。
2 人損について
証拠(甲四四、五〇、七一、七二、乙二〇、二一、二二の1ないし6、二三、二四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後、右肩のだるさ、右肘打撲痛、腰痛があったが、当時原告の母親が危篤状態で看病していたため通院できなかったこと、平成一〇年七月一六日にめぐみ外科胃腸科に通院し、頸椎挫傷、右肩・右肘挫傷、腰部挫傷と診断されたこと、自覚症状を訴えたが、他覚所見はなく、X線の検査によって第五、六頸椎椎間板狭あい及び第五腰椎分離が認められたが、同病院の医師から右症状は本件事故とは関係がない旨の説明をされたこと、以降めぐみ外科胃腸科には平成一一年四月三〇日まで通院して対症的療法を受け、実通院日数は一七一日であること、平成三年六月六日にも交通事故により頸椎捻挫の傷害を負ったこと、本件交通事故以前から藤本内科クリニックに通院しており、本件事故後は、うつ状態、自律神経失調症、PTSDと診断されて通院を続けていること、他方、他覚所見がなければ、頸椎挫傷、右肩・右肘挫傷、腰部挫傷は骨折や神経学的異常を伴わない軟部組織の損傷と考えられ、治療期間としては三ないし六週間で十分であるとする医師の意見もあること、原告車両に同乗していた篠原には特段傷害が発生していないこと、以上の事実が認められる。
右事実によれば、原告には、第五、六頸椎椎間板狭あい及び第五腰椎分離が認められている上、本件事故以前にも交通事故により頸椎捻挫の傷害を負ったことがあり、同乗者の篠原には特段傷害が発生していないことからすれば、原告の治療に要した費用のすべてが本件事故と因果関係があるとは認められず、原告の治療に要した費用の三分の一を本件事故と相当因果関係があるものと解する。
乙第二一号証によれば、原告はめぐみ外科胃腸科から治療費として九三万一三三三円の請求を受けていることが認められるから、その三分の一である三一万〇四四四円を本件事故と因果関係のある損害と認める。
3 慰謝料
本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告の本件事故による精神的苦痛を慰謝する慰謝料としては七〇万円が相当である。
4 弁護士費用
原告が本件反訴の提起、追行を原告代理人に依頼したことは記録上明らかであり、右認容額及び本件訴訟の経緯にかんがみれば、被告らに請求し得る弁護士費用は、二〇万円と認めるのが相当である。
四 よって、原告の本件反訴請求は、被告らに対し金一六四万六六九四円及びこれに対する原告が原告代理人弁護士に本件を委任した日である平成一一年七月一二日(記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田清次郎)