神戸地方裁判所 平成11年(ワ)2266号 判決 2000年11月09日
原告
甲野一郎(仮名)
被告
乙野太郎(仮名)
主文
一 被告は原告に対し、金一九八万四〇五六円及び内金一七八万四〇五六円に対する平成一〇年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金三三〇万七五七〇円及び内金三〇〇万七五七〇円に対する平成一〇年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、後記事故により傷害を負った原告が被告に対し、自賠法三条に基づき、原告の被った損害の賠償を求める事案である。
一 前提事実(争いがないか、弁論の全趣旨により認められる事実)
1 交通事故の発生(次の交通事故を以下、本件事故という。)
(一) 日時 平成一〇年一二月二七日午後一〇時五分頃
(二) 場所 東大阪市横小路町五丁目三番三三号国道一七〇号線先の交通整理の行われている交差点(以下、本件交差点という。)
(三) 加害車両 被告保有かつ運転の普通乗用自動車(大阪三五そ七五三三、以下、被告車という。)
(四) 被害者 被害車両に同乗していた原告
(五) 被害車両 原告法定代理人親権者父・小川英二(以下、英二という。)運転の普通乗用自動車(神戸三四ぬ一九八〇、以下、原告車という。)
(六) 事故態様 原告が同乗し、英二が運転していた原告車が本件交差点に青色信号に従って徐行して東から西に向けて進入したところ、赤色信号を無視して北から南に向けて本件交差点に進入した被告車と出会い頭に衝突した。なお、被告は飲酒運転をしていた。
2 責任原因
被告は、被告車の保有者であり、運行の用に供していたので、自賠法三条に基づき、原告の被った損害を賠償する責任がある。
二 争点
1 原告の損害額は幾らか(本件事故と原告主張の損害との相当因果関係の有無、素因減額の当否を含むが、以下、争点という。)。
2 争点に関する当事者の主張の要旨。
(一) 原告
(1) 原告の受傷
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、交通事故後心身症、難治性十二指腸潰瘍等の傷害(以下、本件傷害という。)を負い、平成一〇年一二月二七日から平成一一年六月一四日まで次のとおり治療を受けた。
<1> 平成一〇年一二月二七日から平成一一年一月四日まで若草第一病院に通院(実通院四日)
<2> 平成一一年一月七日から同月二七日、二月二六日から三月一九日、四月一四日から同月二五日まで兵庫県立こども病院(以下、こども病院という。)に各入院(入院合計五五日)
平成一一年一月六日から同年六月一四日までこども病院に通院(実通院八日)
(2) 原告は、いわゆるダウン症児であるが、本件事故前から十二指腸潰瘍につき、こども病院で治療中であったが、事故前には軽快していたところ、本件事故により心身症を発病し、ストレスにより難治性十二指腸潰瘍を再発増悪した。即ち、潰瘍の再発、胃の狭窄症状が強くなり、ほぼ閉塞状態となって食物摂取障害を認めたことから、要手術となり平成一一年四月一五日手術(選択的迷走神経切断、幽門部十二指腸形成術)を施行した。
(3) 本件傷害は、本件事故により発病あるいは増悪したものであり、本件事故と相当因果関係がある。
なお、被告は、後記のとおり本件事故の原告の心身症及び十二指腸潰瘍に対する寄与度は少ないとして、素因減額を求める旨の主張をするが、本件事故態様(被告は殆ど被告車にブレーキを掛けないまま、飲酒の上、赤信号を無視して原告車に衝突した。)に照らすと、通常の子供でも心身症及び十二指腸潰瘍を発症し得るものであり、原告の素因(ダウン症、十二指腸潰瘍歴)の故に素因減額をすべきではない。
(4) 損害
<1> 治療関係費 五万一八四〇円
原告は重度障害による医療費受給資格があるので、本件傷害による医療費の負担はないが、入院中個室が必要であり、個室費用負担額は五万一八四〇円である。
<2> 入院雑費 七万一五〇〇円
日額一三〇〇円の入院五五日分である。
<3> 入院付添費用 三三万円
原告の年齢及び障害により父母どちらかの付添が必要であり、日額六〇〇〇円の入院五五日分である。
<4> 交通費 五万四二三〇円
若草第一病院及びこども病院への交通費である。
<5> 慰謝料 二五〇万円
原告の入院、通院期間及び前記手術を受けたことを考慮すると、入通院慰謝料は一五〇万円を下らず、前記手術による手術痕が胸腹部全面に残っていることによる後遺障害慰謝料は一〇〇万円を下らない。
<6> 弁護士費用 三〇万円
<7> 合計 三三〇万七五七〇円
<8> よって、原告は被告に対し、三三〇万七五七〇円及び内金三〇〇万七五七〇円(弁護士費用以外の損害)に対する本件事故の翌日である平成一〇年一二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告
(1) 原告の本件事故と相当因果関係のある症状等
本件傷害のうち、本件事故と相当因果関係のある症状は、頸椎捻挫だけであり、原告の心身症は本件事故と相当因果関係がなく、十二指腸潰瘍は本件事故以前から発症しており、本件事故と相当因果関係がない。
仮に、原告の心身症と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、原告の持病の故にストレスが消化しきれず、心身症になったものであるから、本件事故の寄与度は少ない。
また、十二指腸潰瘍も原告の持病の故に発症したものと推測され、仮に、原告の十二指腸潰瘍と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、本件事故の寄与度は少ない。
(2) 損害
<1> 交通費
若草第一病院への通院交通費及びこども病院への一回の交通費は、認め、その余は争う。
<2> 慰謝料
四万一〇〇〇円が相当である。
第三争点に対する判断
一 原告の受傷と治療経過
1 事実認定
前提事実1と、証拠(甲二ないし九、一二、一八ないし二三、二五ないし二七、二八の1ないし4、乙一ないし三の各1、2及び原告法定代理人小川美樹)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故により、頸椎捻挫、交通事故後心身症、難治性十二指腸潰瘍等の傷害(本件傷害)を負い、平成一〇年一二月二七日から少なくとも平成一一年六月一四日まで次のとおり治療を受けた。
(1) 平成一〇年一二月二七日から平成一一年一月四日まで若草第一病院に通院(実通院四日)して、主に頸椎捻挫の保存的治療を受けた。なお、頸椎捻挫は、程なく治癒した。
(2) 平成一一年一月七日から同月二七日(原告の下血症状に対する治療等を目的とする)、二月二六日から三月一九日(原告の十二指腸潰瘍瘢痕を原因とする狭窄に伴う通過障害対策を目的とする)、四月一四日から同月二五日(原告の十二指腸潰瘍瘢痕狭窄の手術を目的とする)までこども病院に各入院(入院合計五五日)した。
平成一一年一月六日から少なくとも同年六月一四日までこども病院に通院(実通院八日以上)
(二) 原告は、いわゆるダウン症児であり、心臓に疾患があるほか、ナイーブな一面があり、病気治療用の入院によりストレスがたまることにより、また小学校に入学したことによる環境の変化により本件事故前から十二指腸潰瘍に罹患し(前者につき、平成八年一一月、後者につき、平成一〇年六月のことである。)、こども病院で治療中であったが、本件事故直前頃にはそれもほぼ軽快し、元気に学校に行ったり、楽しくクリスマスイブを過ごしたりしていたところ、本件事故により心身症を発病し、ストレスにより難治性十二指腸潰瘍を再発増悪した。
即ち、治癒寸前の十二指腸潰瘍の再発、胃の幽門から十二指腸にかけての狭窄症状が強くなり、ほぼ閉塞状態となって食物摂取障害を認めたことから、要手術となり平成一一年四月一五日手術(選択的迷走神経切断、幽門部十二指腸形成術)を施行した。
なお、右手術により、原告の腹部には相当大きな傷が残った。
(三) こども病院の担当医の所見は、原告の十二指腸潰瘍は本件事故により増悪したものであり、本件事故との因果関係は否定できないというものであった。
(四) 本件事故態様は、被告が殆ど被告車にブレーキを掛けないまま、飲酒の上、赤信号を無視して原告車の運転席側に衝突したというものであり(原告の父が原告車を運転し、原告が同車の助手席に、原告の母が同車の後部座席に、各同乗していた。)、その衝撃は原告の母が腰を抜かすほど激しいものであった。
2 判断
以上の事実によると、原告の十二指腸潰瘍は本件事故直前頃にはほぼ治癒していたのに、本件事故の激しい衝撃により原告が精神的に大きなショックを受け、ストレスを継続的に感じ、そのために十二指腸潰瘍が再発、増悪したものと認められ、本件事故と原告の十二指腸潰瘍の再発、増悪及びそれに伴う治療行為との間に相当因果関係はあるものというべきである。
一方、以上の事実によると、原告は、ナイーブな一面があり、病気治療用の入院によりストレスがたまることにより、また小学校に入学したことによる環境の変化により本件事故前から十二指腸潰瘍に罹患していることが認められ、このようなナイーブな一面あるいはストレスを感じやすい素因の故に本件事故直後頃十二指腸潰瘍の再発、増悪を来したことも認められるので、二割の素因減額をするのが相当である。
二 原告の損害
1 治療関係費 五万一八四〇円
証拠(甲一〇の1ないし4及び原告法定代理人小川美樹)並びに弁論の全趣旨によると、原告は重度障害による医療費受給資格があるので、本件傷害による医療費の負担はないが、十二指腸潰瘍の治療目的等の入院中のリネン代等として五万一八四〇円を負担したことが認められる。
よって、治療関係費としての損害は、五万一八四〇円となる。
2 入院雑費 七万一五〇〇円
以上認定のとおり、原告は合計五五日入院したところ、入院雑費は日額一三〇〇円と認めるのが相当であるから、一三〇〇円に五五日を乗じた七万一五〇〇円となる。
3 入院付添費用 三〇万二五〇〇円
以上認定のとおり、原告は合計五五日入院したところ、証拠(甲二六及び原告法定代理人小川美樹)並びに弁論の全趣旨によると、原告の年齢及び障害等に照らして親の付添をこども病院が原告の両親に指示したこと、原告の両親のうちどちらかが原告の入院中原告の付添看護をしたことが認められる。
そして、近親者の入院付添費用は、日額五五〇〇円と認めるのが相当であるから、五五〇〇円に五五日を乗じた三〇万二五〇〇円となる。
4 通院交通費 五万四二三〇円
若草第一病院への通院交通費及びこども病院への一回の交通費が本件事故による損害と認められることは争いがなく、この事実と証拠(甲一一及び原告法定代理人小川美樹)並びに弁論の全趣旨によると、原告は本件事故後、好きだった車を嫌がり、原告の機嫌の悪いとき等はタクシーを利用せざるを得なかったこと、原告の若草第一病院及びこども病院への通院交通費として五万四二三〇円かかったことが認められる。
よって、通院交通費としての損害は、五万四二三〇円となる。
5 以上合計は、四八万〇〇七〇円となる。
6 素因減額
右の四八万〇〇七〇円を基に前記二割の素因減額をすると、素因減額後の右損害は三八万四〇五六円となる。
7 慰謝料 一四〇万円
(一) 入通院慰謝料 一〇〇万円
以上認定の本件傷害の部位・程度、原告の入通院の実態(入院五五日、実通院一二日以上)、その他本件に現われた一切の諸事情(原告の前記素因を含む。)を総合勘案すると、入通院慰謝料としては、一〇〇万円と認めるのが相当である。
(二) 手術痕にかかる慰謝料 四〇万円
以上認定のとおり平成一一年四月一五日の手術(選択的迷走神経切断、幽門部十二指腸形成術)により、原告の腹部には相当大きな傷が残ったところ、この傷は服で隠れるから、自賠法施行令所定の後遺障害一四級一一号(男子の外貌に醜状を残すもの)には該当しないといわざるを得ないが、一方、ナイーブな原告にとっては気になる存在であることも否定できず、傷の大きさ、その他本件に現われた一切の諸事情(原告の前記素因を含む。)を総合勘案すると、原告の右傷に基づく慰謝料は四〇万円と認めるのが相当である。
(三) 合計 一四〇万円
8 以上のとおり、原告の損害は右6の三八万四〇五六円に7の一四〇万円を加えた一七八万四〇五六円となる。
9 弁護士費用の加算
原告が原告訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の提起、遂行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易度、右の認容額、その他本件に現われた一切の諸事情に照らすと、被告に負担させるべき弁護士費用相当の損害は二〇万円と認めるのが相当である。
10 以上総合計 一九八万四〇五六円
右の一七八万四〇五六円に二〇万円を加えると、原告の損害は一九八万四〇五六円となる。
三 結論
以上の次第で、原告の本件請求は一九八万四〇五六円及び内金一七八万四〇五六円(弁護士費用以外の損害)に対する本件事故の後である平成一〇年一二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとする。
(裁判官 片岡勝行)