神戸地方裁判所 平成11年(ワ)29号 判決 2001年12月21日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し1300万円及びこれに対する平成7年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、原告が、被告との間で締結した保険契約に基づき、阪神大震災の翌日に発生した火災によって全焼した建物に関する保険金の支払いを求める事案である。
1 争いのない事実
原告は、被告との間で、平成6年7月11日、下記の住宅総合保険契約を締結した。
期間 平成6年7月11日から同7年7月11日まで
保険金 1300万円
保険目的の所在地 神戸市a区b町c丁目d番e号
保険の目的(以下、保険の目的である下記の建物を「本件建物」という)
同町a丁目e番地f
家屋番号 同町g番
木造瓦葺2階建居宅
1階 46.28平方メートル
2階 44.29平方メートル
本件建物は、平成7年1月18日(阪神大震災の翌日)、近隣から発生した火災(以下「本件火災」という)の延焼により焼失した。
上記保険契約には、①地震による火災によって生じた損害、②地震によって発生した火災が延焼または拡大して生じた損害、及び、③発生原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害については、保険金を支払わない旨の規定がある(以下、これらの各免責事由をそれぞれ「地震免責事由1ないし3」という)。
2 争点
地震免責事由2又は3の成否
(1) 地震免責事由2
ア 被告の主張
本件火災は、平成7年1月18日午前9時30分ころから10時ころまでの間に、神戸市a区b町c丁目d番h号所在のA食堂付近で発生した。
本件火災の出火原因は、消防記録では不明とされている。
しかしながら、大地震後に発生する火災、特に本件のごとき大規模な火災にあっては、その発生の因果の過程を究明することは不可能であるから、地震により都市機能が破壊され混乱が継続している間に火災が発生した場合については、その火災の発生時間帯や発生経過などを総合的に考察して、地震による火災と推認すべきである。
そして、本件火災現場は、震度7地域ないしその付近にあり、木造建物が建ち並ぶ、地震による火災の発生しやすい地域内にあった。そして、阪神大震災は稀にみる巨大地震であったこと、本件火災が余震の続く地震翌日に発生していること等の事情に照らすと、地震によって発生した火災と推認される。また、本件火災発生当時、ガスの臭いがし、爆発音が何回かしたとか、爆発的に出火し、火柱が上がっているなどの現場聞き込み調査書の内容に照らすと、本件火災はガスを着火物とする火災と推認される。なお、本件火災当時、都市ガスの供給が停止していたとしても、ガス管に大量に残留している都市ガスが、静電気の発生など何らかの原因により引火ないし爆発することは容易に考えられる。
そうすると、A食堂付近で発生した火災は地震によって発生した火災であり、本件建物は、これが延焼または拡大して焼失したのであるから、本件建物の損害については、地震免責事由2が該当する。
イ 原告の認否
被告の主張を否認する。
地震免責事由2の「地震によって発生した火災」とは、地震によって出火した火災が連続して延焼した場合と解すべきところ、本件火災は、地震の翌日発生し、かつ、出火原因が不明であるから、地震によって発生したとはいえず、地震免責事由2には該当しないというべきである。
(2) 地震免責事由3
ア 被告の主張
本件出火場所付近と本件建物との間には、駐車場及び庭などの空き地があり、通常であれば容易に延焼しない状況であった。すなわち、出火場所とされるA食堂の建物の東側隣接建物であるコーヒーBの東隣には建物がなく、駐車場として使用されていた。また、A食堂の南側の土地は本件建物に接する部分が空き地であり、庭として使用されていた。したがって、通常時であれば、A食堂、C薬局の間付近で発生した火災が、東隣のコーヒーBに延焼する可能性は皆無でないとしても、さらにその東隣のD歯科やクレジットEに延焼拡大する可能性は低いし、そこからさらに南隣の本件建物に延焼拡大することは考えられない。
また、本件火災が発生したのは平成7年1月18日午前9時30分ころとされるから、通常時であれば住民が起床して活動を開始している時刻であり、本件火災を容易に発見することができたはずであるし、住民による初期消火活動が行われていたはずであるところ、本件においては、地震による建物倒壊などのために住民による火災の発見が遅れたこと、給水道の断水により消火活動が不可能であったことにより、これが全く行われていない。
さらに、本件火災の消火活動に当たった消防隊の活動状況をみるに、本件火災現場付近には11か所の消火栓が存するから、通常であれば、これらの消火栓を利用して容易に延焼拡大を防ぐことができたにもかかわらず、これらの消火栓が断水していたため、速やかに消火活動に着手することができず、本件火災現場から離れた他の防火水槽を使用しなければならなかった。よって、消防隊の消火活動着手が遅れ、十分な消火活動を行えなかったために、広範囲に火災が延焼・拡大したものである。
以上の事実を総合すると、前日の阪神大震災が発生していなければ、A食堂付近で発生した火災が駐車場及び庭の空き地を隔てた原告建物に延焼することはなかったものと推認される。
よって、本件建物の損害は、発生原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼または拡大したものであって、地震免責事由3に該当する。
イ 原告の認否
被告の主張を否認する。
地震免責事由3の「火災が地震によって延焼または拡大して生じた」とは、延焼又は拡大が地震と相当因果関係にある場合に限定すべきである。そして、地震発生後24時間を経過すると地震の影響は急速に収束するから、地震と相当因果関係のある火災は地震当日発生の火災に限定すべきである。ところが、本件火災の出火日時は1月18日午前9時30分ころであって、地震発生から28時間以上が経過しており、一般的に火災が地震によって延焼または拡大するような状況にはなかった。
そうでないとしても、本件建物は出火場所から8メートルの近接距離にあり、周辺家屋はいずれも軒を接した小規模木造住宅の密集地域であって、平時であっても類焼を免れない状況にあった。すなわち、本件の出火場所とされるA食堂及びその周辺建物と本件建物との距離をみるに、A食堂とF荘は密着しており、F荘と原告建物は直近でわずか1.5メートルの距離であって、しかも、双方の建物の屋根は密着もしくは重なり合っており、F荘南側、本件建物西側には物置があり、同物置はF荘、本件建物の双方に密着していたのであるから、本件建物は地震によらずとも、延焼の蓋然性のある距離にあった。したがって、本件建物の延焼が地震による延焼ということはできない。
本件火災による損害は、地震によって延焼または拡大して生じた損害ではなく、原因不明の火災によっても通常生ずる損害である。仮に、地震の影響を全く否定することができないとしても、その全てを地震に帰すべき理由はない。
以上の理由により、本件建物の損害は、火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害には該当しない。
第3争点に対する判断
1 地震免責事由2の該当性について
被告は、本件火災の原因として、ガス管に大量に残留していた都市ガスが、静電気の発生など何らかの原因により引火ないし爆発したものである可能性があり、本件火災は地震によって発生した火災であると主張する。
たしかに、消防による現場聞き込み調査書には、本件火災の発生について、爆 発音が何回か聞こえたとか、火柱が上がっていたなどという記載があるのみならず、当時のガスの状況について、ガスの臭いがしたとか、ガスが漏れていたと思うなどという記載がある。
しかしながら、上記記載内容から直ちに本件火災の原因がガスに対する引火であると特定することまでは困難である。そして、本件火災の出火場所近くの住人が、17日にはガスの臭いがかなりしていたが、翌18日にはガスの臭いはほとんどなくなっていた旨供述していることも併せ考えると、本件火災の原因をガスに対する引火であると認定することはできない。
また、建設省建築研究所平成7年8月作成の「平成7年兵庫県南部地震被害調査中間報告書」には、本件火災の推定される出火原因として「ガス漏れ+着火」という記載がある。しかしながら、上記報告書がいかなる根拠に基づいて「ガス漏れ+着火」という出火原因を推定したのかは明らかでないし、あくまでも推定に過ぎないものであるから、同報告書の記載から本件火災の原因を認定することもできない。
そうすると、本件火災の原因を被告が主張するようなガスに対する引火であると認定することはできない。
そして、その他に、本件火災の原因が地震によることを認めるに足りる証拠はないから、本件火災の前日に発生した阪神大震災が、被告の主張するように未曾有の規模の直下型地震であったことを考慮に入れてもなお、本件火災が地震によって発生したとまでは認めることはできない。したがって、本件建物の損害について地震免責事由2は認められない。
2 地震免責事由3の該当性について
地震免責事由3は、発生原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害について、保険金の支払義務を免除するものであるところ、ここにいう、「火災が地震によって延焼または拡大し」たとは、地震と火災の延焼拡大との間に相当因果関係があることと解すべきである。
なお、原告は、地震発生後24時間を経過すると地震の影響は急速に収束することを理由に、地震免責事由3にいう火災を、地震発生から24時間以内に発生した火災に限定すべきである旨主張する。地震の発生から時間を経過するほど地震の火災に対する影響が少なくなるということがいえるとしても、地震から24時間を経過すると火災の延焼拡大に対する地震の影響が絶無になるとは考えられない以上、かかる解釈を採用することはできない。
そこで、本件建物の全焼という損害をもたらした本件火災の延焼拡大について、地震との相当因果関係が認められるかを検討する。
証拠(乙1の1ないし3、9、11の5ないし10、18の1ないし4、19、20、32、33、43、44、46、52の2、54、証人G、神戸市消防長に対する調査嘱託の結果)によれば、以下の事実が認められる(以下、年月は全て平成7年1月であるから省略する)。
本件建物を含む周囲の建物の配置状況は別紙「焼損建物配置図」のとおりである。以下、これらの図面に記載された建物の存在した区域を「本件被害区域」という。
18日午前9時30分ころ、本件被害区域北側にあるA食堂付近から火災が発生した。当時、A食堂の建物は、前日の地震の影響で1階部分が壊滅して2階が1階になったような状態であった。付近住民が10時3分にH消防署に火災発生を電話通報し、H消防署から消防車1台(H5小隊)が出動した。H5小隊は、本来であれば3ないし5分程度で現場に到着できたはずのところが、途中の道路の一部が倒壊したビルに塞がれており交通渋滞が起きていたため、8ないし10分かかって本件被害区域に到着した。
また、I消防署の消防車1台(I3小隊)も、午前10時ころ、管内被害調査のため国道2号線を走行中、本件火災の黒煙を発見し、現場に急行した。上記通報当時、本件火災は、家屋から炎ないし黒煙が上がっている状態であったから、消防の規準によれば、ポンプ車8台を含む合計16台の消防車による出動体制(第2出動)がとられるべき火災あった。ところが、神戸市内の各消防署の消防車が、前日17日の阪神大震災によって神戸市内各所に発生していた火災の消火活動に出払っていたため、本件火災の現場に向かったのは、上記2台の消防車のみであった(H5小隊は付近の消防署に応援を依頼したが、応援部隊が到着したのは、後記のとおり、延焼の危険がなくなった同日昼過ぎであった)。
本件被害区域には、先にI3小隊が、やや遅れてH5小隊が到着した。当時、本件被害区域内において、既に500ないし600平方メートルが燃えており、東・西・南の各方向に延焼中であった。
H5小隊は、付近の消火栓にホースをつないで放水しようとしたが、使用不能であったため、消火栓の利用をあきらめた。消火栓が使用不能であった理由は、阪神大震災によって同時多発的に発生した配水管の損傷により、配水管内の水圧が極端に低下していたためである(なお、本件火災現場付近には多数の消火栓が存在したにもかかわらず、H5小隊が他の消火栓を使用しなかったのは、消火栓は相互につながっており、一つの消火栓の水圧が足りない場合、付近の他の消火栓も同様に使いものにならないと判断したためである)。
そこで、両小隊は、本件被害区域から南東方向のかなり離れた場所にある防火水槽から本件被害区域までホースを延長し、ホースを二股に分岐して筒先を2口にし、本件被害区域の北西側においてH5小隊が、本件被害区域の東側においてI3小隊が放水を開始した。ところが、水圧が足りず、同時に2箇所に放水することが無理であることが判明した。当時、本件被害区域の北西側においては、西側に隣接する建物に対する延焼の危険が生じていたのに対し、本件被害区域の東側はJ公園に隣接していて延焼の危険が少なかったため、両小隊は筒先を1口にして、本件被害区域の北西側に放水を集中した。
両小隊は、本件被害区域西側における延焼阻止に成功したが、この時点において延焼面積は約1000平方メートルに達していた。そして、火の手はさらに南側に向かっており、本件被害区域の南に隣接する大阪ガスの保全倉庫に延焼した場合、大爆発を起こすおそれがあることが判明したため、両小隊は、放水先を本件被害区域の西側から南側に変更して消火活動を続けたところ、本件被害区域南側における延焼の危険はなくなった。延焼の危険のある場所は、残すところ、本件被害区域南西付近の一部(別紙焼損建物配置図の「K北側」付近)のみとなったが、両小隊は、午後1時30分ころ、同場所の延焼阻止にも成功した。
そのころ、応援部隊のH13小隊が到着したので、H5小隊とI3小隊は、H13小隊に残火整理を指示し、現場を引き上げた。本件被害区域の火災が完全に鎮火したのは午後11時ころであった。
結局、本件火災の結果、本件被害区域内の建物18棟、2092平方メートルが焼損し(全焼16棟、一部焼損2棟)、死者1名が発生した。
以上の事実に照らすと、①本件火災の発生時刻は、人の活動時間帯である午前9時30分ころであるから、平時であれば住民によってより早期に火災が発見され、消火活動が行われた可能性が高いと考えられるところ、当時、火元とみられるA食堂の建物が壊滅していたことや、本件被害区域内の住民が他の場所に避難していたことなどから火災の発見が遅れ、初期消火活動がなされなかったと認められること、②神戸市内の各消防署がいずれも前日の阪神大震災によって各所に発生した火災の消火活動に追われていたため、本件火災現場には合計2台の消防車しか出動できなかったこと、③地震による建物倒壊が引き起こした交通渋滞のため、H5小隊の消防車の到着が数分遅れたこと、④市街地木造建物火災の場合、防御上の見地から要求される消防力の最低の必要数は筒先4口であることからすると、本件火災の場合、筒先4口以上の放水が必要であったと考えられるところが、本件被害区域周辺の消火栓が、地震による水道管の損傷のため使いものにならず、防火水槽の水しか利用できなかったため、筒先1口による放水しかできなかったこと、⑤そのため、周辺区域に延焼のおそれのある場所に対して優先的に消火活動が行われた結果、それ以外の部分に対する消火活動にまで手が回らなかったこと、以上の事実が認められる。
これらの事実に、本件火災当時、H消防署員として消火活動に従事した証人Gが、100平方メートル以上燃える火災は神戸市全体で年に20件前後しかないのであって、平時の場合であれば、延焼せずに火元だけで消火できる火災が多い旨、また、本件のような木造家屋の火災の場合、初期消火活動が重要である旨証言していることを併せ考えると、A食堂において発生した火災が、本件被害区域内において延焼、拡大した原因は、主として、前日に発生した阪神大震災による火災発見・初期消火活動の遅れと、同じく阪神大震災による消火用水の不足によるものと認められるから、地震と火災の延焼拡大との間に相当因果関係を認めることができる。
以上の次第で、本件建物の損害は、発生原因のいかんを問わず発生した火災が地震によって延焼または拡大したことによる損害と認められるから、地震免責事由3に該当する。
3 結論
以上の次第で、原告の請求には理由がないので棄却する。
(裁判官 太田敬司)