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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)470号 判決 2003年6月27日

主文

1  原告が,被告に対し,平成7年2月22日付け漁船普通損害保険契約に基づく金4882万5000円の漁船保険金支払請求権,及びこれに対する平成8年10月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金支払請求権を有することを確認する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを2分して,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告(請求の趣旨)

(1)  甲請求

原告が,被告に対し,平成7年2月22日付け漁船普通損害保険契約に基づく金1億円の漁船保険金支払請求権,及びこれに対する平成8年10月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金支払請求権を有することを確認する。

(2)  乙請求

被告は,原告に対し,金5000万円及びこれに対する平成10年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(4)  上記(2)及び(3)につき,仮執行宣言。

2  被告(請求の趣旨に対する答弁)

(1)  甲請求に係る本案前の申立て

ア 原告の甲請求の訴えを却下する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

(2)  本案の答弁

ア 原告の請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  原告(請求原因)

(1)  本件保険契約の締結等

ア 原告は,平成7年2月22日当時,兵庫県a郡b町に住所を有し,下記の漁船(以下「本件漁船」という。)を所有していた。

漁船登録番号

HG2-4183

船名

A丸

種類

木綱FRP

総トン数

19.0トン

用途

沖合小型底曳網漁船(小型船舶)

イ 被告は,漁船損害等補償法に定める漁船保険事業を行う目的で設立された組合である。

ウ 損害保険契約の締結

原告は,平成7年2月22日,被告との間で,本件漁船につき,下記の約定で漁船普通損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し,同日,被告に対して下記の保険料を支払い,被告の組合員となった。

保険番号

6年度L第198号

保険者

被告

被保険者

原告

保険の目的

本件漁船(船体,機関,航海計器その他を含む)

保険事故

本件漁船の滅失,沈没,損傷その他の事故

保険価額

1億円

保険金額

1億円

填補範囲

全損(推定全損を含む),分損,救助費

保険期間

平成7年2月23日から平成8年2月22日までの1年間

保険料

151万6250円

(2)  本件衝突事故の発生

原告は,平成7年9月11日,本件漁船を操船し,沖合底曳網漁業に従事中,全速力(約9.5ノット)で航行してきた鉄鋼製漁船B丸に衝突された(以下「本件衝突事故」という。)。本件衝突事故の具体的態様は,次のとおりである。

ア 事故発生日時  平成7年9月11日午後4時30分

イ 事故発生場所  北緯35度41分31秒・東経134度10分51秒

ウ 加害船舶  訴外I所有の鉄鋼製漁船「B丸」(82トン)

エ 事故の態様(別紙「衝突事故態様図」参照)。

(ア) B丸の左舷船首部が,本件漁船の左舷船首部に衝突した。

(イ) その反動で,本件漁船の船首が右方向に振られた。

(ウ) 続いて,B丸の左舷船首部が,本件漁船の左舷ブルワークに衝突し,そのまま船尾に掛けて衝突しながら進んでいった。

(エ) B丸は,本件漁船を避けようとして右転舵したため,左舷船尾部が本件漁船の左舷船尾部に衝突した。

(3)  本件漁船の損傷等(損害の発生)

ア 本件漁船は,本件衝突事故により,次の損傷(以下,併せて「本件損傷」という。)を受けた。

(ア) 左舷ブルワーク,左舷防舷材及び船側版の損傷

(イ) 右舷防舷材の損傷

(ウ) 主機と推進軸との中心線のずれ

(エ) 船員室及び船底への浸水

(オ) 船体及び漁倉の,左舷及び右舷側の内部構造材の破損(亀裂,剥離等)

(カ) 船体の「くの字」の歪み

イ 本件損傷によって本件漁船の船体強度が低下し,異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,及び船内への浸水・漏水が発生した。さらに,本件損傷の修繕工事を行ったところ,本件漁船の重量バランスが変化し,異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,及び船内への浸水・漏水が増幅し,安全な航行及び沖合底曳網漁業の操業は,事実上不可能となった。

(4)  甲請求(保険金支払請求権確認)について

ア 推定全損(委付)

(ア) 定款の規定

被告の定款(甲2-以下「定款」という。)には,次の各条項がある。

a 58条1項

被保険者は,次に掲げる場合に限り,漁船保険の保険の目的たる漁船を,この組合に委付して保険金額の全部に相当する保険金を請求することができる。

1,2,4号  省略

3号      漁船を修繕することができなくなったとき

b 59条

前条第1項第3号の規定する場合は,救助費の額若しくは修繕費の額又はこれらの合算額が,漁船保険の目的たる漁船の保険価額を超えたときとする。

c 60条本文

被保険者が第58条の規定により委付しようとするときは,同条第1号又は第3号の場合においては,当該事由を知った時から,…中略…起算し,50日以内にこの組合に対して委付の通知を発しなければならない。

(イ) 推定全損に該当

本件漁船に現存する異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,及び船内への浸水・漏水は,本件損傷による本件漁船の船体強度の低下に起因するものであるから,船体新造工事(船体を新造し,無傷の設備機器類を移設する方法による修繕)を行えば,本件漁船を修繕することができる。

しかし,船体新造工事の修繕費の額は,次のとおり,本件漁船の保険価額である1億円を優に超える。よって,本件漁船は,全損(推定全損)に該当する。

船体新造工事費用

4882万5000円

付帯工事費用(設備機器類の移設工事費用)

(a)

主機関・補機関工事

892万5000円

(b)

冷凍機工事費用

1493万1000円

(c)

油圧漁労機械工事

630万0000円

(d)

強電・弱電工事

801万1500円

(e)

小計

3816万7500円

旧船の解体処分費用

262万5000円

従前の合計6回の修繕費用

2427万0560円

aないしeの合計

1億1388万8060円

その他,設備機器類移設後の整備・調整費用,修繕可能地までの回航費用,修繕のための船渠費用等

(ウ) 委付の意思表示

原告は,平成8年10月18日,被告に対し,全損保険金の支払を請求して,本件漁船を委付するとの意思表示をした。

(エ) まとめ

したがって,原告は,被告に対し,全損保険金1億円の支払請求権を有するものである。

イ 分損(予備的請求として)

(ア) 定款の規定

定款には,次の各条項がある。

a 51条1項

この組合が責めを負うてん補の対象となる分損の額は,漁船保険の保険の目的たる漁船につき事故による損害…中略…が生じた場合において事故発生直前の状態に復旧するために必要な最低額の費用(以下「修繕費」という。)とする。

b 51条2項

この組合は,前項に規定する損害についての修繕(以下この条において「本修繕」という。)が完了した後に,修繕費の額をてん補する。

c 51条5項

この組合は,第1項及び第2項の規定にかかわらず,本修繕が行われていないか,又は完了していない漁船保険の保険の目的たる漁船が譲渡され,又は解てつされた時は,その損害に基づく減価額又は修繕費の額…中略…のいずれか少ない額をてん補する。

(イ) 分損に該当

a 本件漁船に現存する異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,及び船内への浸水・漏水は,船体新造工事により修繕可能であるところ,この修繕は,定款51条2項の定める「本修繕」に該当する。

b 本件漁船の本修繕は未了であるから,定款51条2項・5項により,本件漁船が譲渡又は解てつされない限り,原告は,被告に対し,分損保険金の支払を請求できないかのようである。

c しかし,漁船保険において,本修繕の完了時の支出費用をもって修繕費とするとされている(支出費用主義が採用されている)のは,被害漁船を修繕して速やかに事故発生直前の状態に復旧させ,漁業活動に復帰せしめる必要があるからであって,そのような必要のない場合にまで,支出費用主義を形式的に貫く必要性はない。

例えば,漁業等の種類を変更し,当該損傷箇所を今後使用しないため修繕の必要がない場合など,本修繕が未了であっても,分損保険金の支払を請求できる場合があるとされている。

d よって,本修繕が未了の段階で保険金の支払を請求することができる場合を,定款51条5項の定める被害漁船が譲渡又は解てつされた時だけに限定すべきではなく,それ以外の場合にも,分損保険金の支払請求ができる場合があると解すべきである。

e 本件は,典型的な分損ではなく,分損の累積の結果,推定全損にまで至ったもので,本件漁船の船体への修繕による復旧はあり得ない,すなわち本修繕の完了はあり得ない事案である。

このような場合にまで支出費用主義を貫く必要性はない。また,実際上,このような場合にまで支出費用主義を適用し,本件漁船の本修繕を完了しなければ保険金の支払を請求できないとすれば,資金的に余裕のない原告に不可能を強いることになり,漁業経営の困難防止を目的とする漁船保険の趣旨に悖ることになる。

f よって,原告は,本件では,本修繕を完了していなくとも,修繕費の見積額に相当する分損保険金の支払を請求することができる。

(ウ) まとめ

以上より,原告は,被告に対し,分損保険金相当額の支払請求権を有するものである。

ウ 遅延損害金の発生

(ア) 定款には,保険金の支払時期についての定めがなく,他方,組合員が保険金の支払請求をするための申告手続(保険金請求手続)の定め(定款30条)があることからすれば,被告の保険金支払義務は期限の定めのない債務に当たり,被告は,民法412条3項により,組合員から保険金の支払請求がなされた時から遅滞に陥るものと解すべきである。

(イ) 本件において,原告は,被告に対し,修繕の度に,修繕費の請求書等の資料を順次提出し,その上で,平成8年10月18日,全損保険金1億円の支払請求をしている。このような場合,原告は,全損保険金の支払請求をすると同時に,分損保険金相当額の支払請求をも行ったものと解するのが相当である。

(ウ) 以上より,被告は,原告に対する全損保険金,あるいは分損保険金支払債務につき,原告による支払請求の翌日である平成8年10月19日から,遅滞の責めを負うものである。

(5)  乙請求(損害賠償請求)について

ア 損害調査義務,損害復旧義務

(ア) 定款の規定

定款には,次の各条項がある。

a 1条

この組合は,組合員が所有…中略…する漁船保険の目的たる漁船…中略…につき不慮の事故による損害の復旧…中略…を容易にするとともに,漁船の運航に伴う不慮の費用の負担及び責任等の発生により漁業経営が困難となることを防止…中略…するため,法に基づき,漁船保険事業等を行うことを目的とする。

b 31条

この組合のてん補すべき漁船保険の損害(全損〔第58条第1項第3号に掲げる場合に該当してする委付以外の委付を含む。〕を除く。)…中略…が生じたときは,この組合は,漁船保険中央会又は水産庁の適当と認める機関に対し,当該損害の額の計算についての調査を依頼するものとする。

(イ) 損害調査義務,損害復旧義務の存在

これらの規定に照らし,被告は,組合員に対し,抽象的には,保険事故による損害の復旧を容易にするとともに,組合員の漁業経営が困難となることを防止する義務,具体的には,可及的速やかに定款31条の損害調査を実施し,組合員の保険金支払請求に応じて速やかに保険金をてん補する義務を負担している。

イ 損害調査義務違反,損害復旧義務違反

(ア) ところが,被告(担当・C理事)は,本件衝突事故の後,速やかに十分な損害調査を実施しなかった。

また,被告(担当・C理事)は,本件衝突事故の約2か月も後に,ようやく定款31条の損害調査を依頼し,平成7年11月7日に漁船保険中央会による損害調査が実施されたが,目視による短時間の調査にとどまり,十分な損害調査がなされたとは言い難い。

(イ) その結果,被告(担当・C理事)は,6度に及ぶ修繕を経てもなお,本件漁船に異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,船内への浸水・漏水は改善することができなかった。にもかかわらず,被告(担当・C理事)は,本件漁船の抜本的修繕あるいは推定全損処理(委付)を拒否し,一方的に修繕の完了を宣言した。

ウ 原告の被った損害

(ア) 被告が,原告に対して,速やかな損害調査を怠り,かつ,本件漁船の抜本的修繕,あるいは推定全損処理(委付)を怠ったため,原告は,修繕効果の伴わない修繕工事の繰り返しを余儀なくされ,その間,沖合底曳網漁業を休業せざるを得なかった。

(イ) その結果,原告は,次のとおり,1億0530万2116円もの休業損害を被った。

a 本件漁船ないしこれと同等の代替漁船を用いた沖合底曳網漁業による平均水揚げ高から,経費(市場手数料,燃料,潤滑油,氷代金)を控除した操業利益は,1日当たり22万3968円,1か月当たり671万9040円である。

b 本件衝突事故後,適期に本件漁船の船体新造工事に取りかかったとすると,その建造期間は,本件漁船の建造期間に照らし,約4か月とみることができるから,原告は,遅くとも平成8年2月から,操業を再開することができたはずである。

c 沖合底曳網漁業の操業可能期間は,毎年9月1日から翌年5月31日までであるから,平成8年2月から平成10年7月末日までに操業可能であった期間は,22か月である。

d よって,原告は,平成8年2月から平成10年7月末日までの間に,1億4781万8880円の損害を被ったものである。

e もっとも,原告は,本件衝突事故後,平成9年5月2日までの間,本件漁船により試験操業を行い,合計4251万6764円の漁業収入を得た。

f したがって,原告の実損害額は,1億0530万2116円である。

エ まとめ

以上より,被告は,原告に対し,債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づく1億0530万2116円の損害賠償金支払義務,及びこれに対する遅延損害金支払義務を負う。

(6)  結論

よって,原告は,被告に対し,次のとおり請求する。

ア 原告の,被告に対する,本件保険契約に基づく金1億円の保険金支払請求権,及びこれに対する平成8年10月19日(保険金支払請求の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金支払請求権を有することの確認

イ 被告の,原告に対する,債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償金1億0530万2116円のうち金5000万円,及びこれに対する平成10年9月4日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

2  被告(甲請求に対する本案前の申立て-確認の利益なし)

(1)  F公庫は,原告の被告に対する保険金支払請求権に質権を設定した上,原告の保険金再使用(質権者が保険金の取立をせず,質権設定者において保険金を使用すること)を禁じている。

(2)  そもそも,保険金支払請求権に質権が設定されていれば,質権者の取立権保護のため,保険金の給付訴訟を提起することは許されないが,さらに保険金の再使用が禁じられていることからすると,原告の保険金支払請求権は,他人(質権者)の意思にかかる権利にすぎないから,当該保険金支払請求権の存否について確認を求める利益(確認の利益)を欠くものである。

(3)  したがって,原告の甲請求の訴えは,確認の利益がなく,却下されるべきである。

3  被告(請求原因に対する認否・反論)

(1)  請求原因(1)(損害保険契約の締結等)は認める。

(2)  請求原因(2)(本件衝突事故の発生)について

請求原因(2)のうち,事故の態様は不知,その余は認める。

(3)  請求原因(3)(本件漁船の損傷等)について

ア 認否

請求原因(3)のうち,本件衝突事故により,本件漁船に請求原因(3)ア(ア)ないし(オ)の損傷が生じたこと,本件漁船に異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動及び船内への浸水・漏水が平成9年5月2日の時点において存在することは認め(第11回口頭弁論調書参照),その余は否認する。

イ 反論

(ア) 船体の「くの字」の歪みについて

本件衝突事故の態様が原告の主張どおりであったとしても,次の理由により,船体に与えられた衝撃はそれほど大きくなかったと推察されるので,船体の「くの字」の歪み(請求原因(3)ア(カ)の損傷)は,本件衝突事故によって生じたものではない。

a 衝突当時のB丸の速度は,わずか9.5ノット(時速18.5キロメートル)に過ぎない。

b 衝突部位は,本件漁船の左舷ブルワーク及びその周辺に限定されている。

c 衝突角度は,強い衝撃の加わる真横からではなく,ほぼ正面からの衝突であった。

d 本件漁船は,本件衝突事故,自力航行で帰港した。

(イ) 異常な船体の右傾斜について

a 本件漁船は,建造当初から,復原性(船体が外力によって傾いた場合に,元の位置に起きあがろうとする性質)が不十分な船であった。

b そのため,原告は,本件損傷の修繕の際,併せて復原性を回復するための船主工事を実施したが,これにより,本件漁船の重量バランスが崩れ,船体の右傾斜が直らなくなったのである。

c 以上より,船体の異常な右傾斜は,原告の船主工事によって生じたもので,本件衝突事故とは因果関係がない。

(ウ) 異常な船体の振動について

a 本件漁船は,船底が平らな船形で,かつ船体が脆弱な構造であったため,建造当初から,波浪の影響を受けると激しい振動が発生していた。

しかるに,かかる本件漁船の船形や船体の構造は,本件衝突事故の前後で変わっていないのであるから,現存する異常な船体の振動は,本件漁船の建造当初から存在していたものにすぎない。

b 仮に,本件衝突事故後に,船体の振動が悪化しているとしても,それは,原告の船主工事(上記(イ)の復原性回復工事)によって,本件漁船の重量バランスが崩れたことが原因である。

c 以上より,異常な船体の振動は,建造当時から存在するもの,あるいは,原告の船主工事によって生じたもので,本件衝突事故とは因果関係がない。

(4)  請求原因(4)(甲請求)について

ア 請求原因(4)ア(推定全損)について

(ア) 認否

請求原因(4)アのうち,定款の定めは認めるが,その余は否認ないし争う。

(イ) 反論

a 修繕工事の完了

本件衝突事故の衝撃は,本件漁船の船体を壊滅的に破壊する程のものではなかった。よって,本件衝突事故による損傷は,これまでの合計6度に及ぶ修繕工事によって,全て事故発生前の状態に復旧している。

したがって,原告の主張する船体新造工事は不要であり,本件漁船の修繕費は,これまでの合計6度の修繕費用2427万0560円のみであるから,到底1億円に満たず,推定全損に該当しない。

b 修繕費が過大である

仮に,原告の主張する船体新造工事が必要であるとしても,これに要する修繕費は,次の理由により,到底1億円に満たないから,推定全損に該当しない。

(a) 船体新造工事費用は,せいぜい4000万円程度である。

(b) 付帯工事費用は,せいぜい582万4520円程度である。しかも,冷凍機は保険の目的でないから,付帯工事費用から冷凍機工事費用を除外すべきである。

(c) 従前の合計6度の修繕費は,船体新造工事にかかる費用ではないから,除外すべきである。

(d) 原告がB丸から受領した示談金2591万5895円のうち,修繕費債権に充当された1287万6657円を控除すべきである。

イ 請求原因(4)イ(分損)について

(ア) 認否

請求原因(4)イのうち,定款の定めは認めるが,その余は否認ないし争う。

(イ) 反論

a 定款51条2項・5項によると,被害漁船の本修繕が未了の場合,本件漁船が譲渡又は解てつされない限り,原告は,被告に対し,分損保険金の支払を請求することができない。

原告は,定款51条5項の例外が認められべきであるとし,本件はその例外に該当すると主張するが,漁船保険は,漁船損害等補償法に基づく制度保険であって,被告の保険金支払義務は,同法及び定款によって厳格に定められていることからすれば,安易に定款51条5項の例外を認めるべきではない。

b 仮に,何らかの分損保険金支払請求ができるとしても,修繕完了分,すなわち従前の合計6度の修繕費用2427万0560円のみである。

ウ 請求原因(4)ウ(遅延損害金の発生)について

(ア) 認否

請求原因(4)ウのうち,被告の保険金支払義務が期限の定めのない債務であることは争わないが,その余は否認する。

(イ) 反論

a 推定全損の場合

(a) 原告による平成8年10月18日の全損保険金支払請求は,定款30条の定める保険金請求手続に則っておらず,「履行の請求」(民法412条3項)に当たらないから,被告は遅滞の責を負わない。

(b) 仮に,上記請求が「履行の請求」に当たるとしても,原告は,平成9年2月6日ころ,質権者によって保険金再使用を禁じられており,原告による全損保険金支払請求は,法的に無意味となるから,被告は遅滞の責めを負わない。

b 分損の場合

(a) 原告は,平成8年10月18日の時点で,分損保険金については「履行の請求」(民法412条3項)をしていない。

なお,原告は,同日,全損保険金支払請求をしているが,全損保険金支払請求権と分損保険金支払請求権とは,別個の訴訟物であるから,全損保険金支払請求がなされたことをもって,分損保険金の請求があったとみることはできない。

(b) 仮に,同日,分損保険金支払請求があったとしても,原告は,本件保険金請求権上に質権を設定しており,平成9年2月6日ころ,質権者によって保険金再使用を禁じられており,原告による分損保険金支払請求は,法的に無意味となるから,被告は遅滞の責めを負わない。

(c) また,本件漁船は,本修繕が未了であり,譲渡も解てつもされていないから,従前の合計6度の修繕費用以外の修繕費については,分損保険金支払請求の要件を満たさない。

よって,少なくとも従前の合計6度の修繕費用分以外の分損保険金支払請求権については,被告は遅滞の責めを負わない。

(5)  請求原因(5)(乙請求)について

ア 認否

(ア) 請求原因(5)ア(損害調査義務,損害復旧義務),同イ(損害調査義務違反,損害復旧義務違反)は否認ないし争う。

(イ) 請求原因(5)ウ(原告の被った損害)のうち,原告が試験操業により4251万6764円を得たことは認めるが,その余は否認する。

イ 反論

(ア) 損害調査義務の不存在

定款31条に基づく漁船保険中央会等による調査の目的は,支払保険額を決定するためのものであって,修繕内容を決定するためのものではないから,被告は原告の主張する意味での損害調査義務を負担していない。

(イ) 損害復旧義務の不存在

被告は,組合員及び修繕業者に対し,修繕内容に関して何ら指示し得る立場にないから,原告の主張する意味での抜本的修繕,あるいは推定全損処理をすべき義務を負担していない。

4  被告(抗弁)

(1)  錯誤

ア 原告は,本件保険契約の締結当時,本件漁船の実有価額が,船体,機関,設備等全てを含んでも8000万円であり,保険価額1億円に満たないものであったにもかかわらず,本件漁船の実有価額が1億円であると告げて被告を欺き,被告との間で,保険価額を1億円とする本件保険契約を締結した。

イ よって,本件保険契約は,被告の錯誤により無効であるから,原告は,同契約に基づく保険金支払請求権を有しない。

(2)  短期消滅時効

ア 定款43条によると,被告の保険金支払義務は2年を経過した時に,時効消滅すると規定されている。

イ 本件では,原告の保険金支払請求権は,本件衝突事故の発生した平成7年9月11日から2年を経過した時点で,2年の短期消滅時効(定款43条)により,時効消滅した。なお,原告が,本件訴訟の提起により,被告に対して保険金支払請求をしたのは,平成10年8月10日であり,消滅時効の完成後であった。

ウ 被告は,原告に対し,平成15年1月14日の本件第5回弁論準備手続期日において,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。

エ したがって,原告は,全損保険金であろうと分損保険金であろうと,被告に対する保険金支払請求権を有しない。

(3)  損益相殺

ア 原告は,平成8年1月,B丸船主・訴外Iとの示談交渉により,本件衝突事故の損害賠償金2591万5895円(以下「本件示談金」という。)を受領した。

当時,原告は,B丸船主に対し,本件漁船の修繕費に係る損害賠償請求権(以下「修繕費債権」という。)と,休業損害に係る損害賠償請求権(以下「休損債権」という。)とを有していた。

イ 本件では,原告とB丸船主との間で,船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「船主責任制限法」という。)の責任制限手続(同法9条以下)に準じた示談金の支払がなされているから,弁済充当に関しても,まず同法の適用を検討すべきである。

そして,船主責任制限法7条6項は,「制限債権者は,その制限債権の額の割合に応じて弁済を受ける」と定め,「物の損害に関する債権」(同法2条1項6号)相互間においては,平等に,各債権額の割合に応じて弁済を受けるべきことを明らかにしている。

原告は,B丸船主に対し,修繕費債権と休損債権とを有しているが,これらはいずれも上記「物の損害に関する債権」であるから,船主責任制限法7条6項が適用され,原告は,B丸船主から,修繕費債権と休損債権の各債権額の割合に応じて,本件示談金を受領することになる。

原告の示談金受領当時,修繕費債権の額は2427万0560円,休損債権の額は2457万7000円であったから,原告は,その割合に応じ,本件示談金のうち1287万6657円を修繕費債権への弁済として受領したものである。

ウ したがって,仮に,被告が,本件保険契約に基づき,原告に対し,幾らかの保険金支払義務があったとしても,1287万6657円は損益相殺の対象になる。

5  原告(抗弁に対する認否・反論)

(1)  抗弁(1)(錯誤)について

ア 抗弁(1)は否認する。

イ 反論

(ア) 本件漁船の実有価額は,船体,機関,設備等を含めて合計1億0293万5044円であり,保険価額1億円を超えている。しかも,被告は,本件保険契約の締結に際し,このことを了知していた。

(イ) よって,錯誤は成立しない。

(2)  抗弁(2)(消滅時効)について

ア 抗弁(2)は否認する。

イ 反論

(ア) 保険金支払請求権の消滅時効は,保険事故による損害発生が具体化した時から進行する。

(イ) 本件では,合計6度に及ぶ修繕が重ねられた後に,ようやく推定全損もしくは船体の修繕不能による分損であることが具体的に明らかになったのであるから,損害の発生が具体化したのは本件衝突事故より後の時点である。

(ウ) よって,本件衝突事故発生の日をもって,保険金請求権の消滅時効の起算日とするのは,誤りである。

(3)  抗弁(3)(損益相殺)について

ア 認否

抗弁(3)のうち,同ア(本件示談金の受領等)は認めるが,その余は否認ないし争う。

イ 反論

(ア) 原告は,B丸船主に対し,修繕費債権と休損債権とを有していたが,本件示談金の両債権への弁済充当に関する合意はなかった。よって,示談金の充当方法については,民法488条により決することとなる。

(イ) しかるに,弁済者であるB丸船主は,原告に対し,民法488条1項に基づく充当指定権を行使しなかった。他方,弁済受領者である原告は,B丸船主に対し,平成8年6月10日,民法488条2項に基づく充当指定権を行使し,示談金は全て休損債権に充当する旨の意思表示をした。これに対し,B丸船主は,直ちに異議を述べなかった。

(ウ) 以上より,示談金は,全て休損債権に充当されるものであり,したがって,修繕費の額(本件保険金)から控除すべきでない。

6  原告(再抗弁-債務承認による時効援用権の喪失)

(1)  被告は,原告に対し,平成9年12月22日付け通知書をもって,分損保険金請求手続をとるよう求め,原告に対する保険金支払債務を黙示に承認した。

(2)  よって,原告の保険金支払請求権は,時効消滅していない。

7  被告(再抗弁に対する認否・反論)

(1)  再抗弁は否認ないし争う。

(2)  被告は,平成9年12月22日付け通知書により,従前の合計6度に及ぶ修繕費用についてはともかく,原告主張の全損保険金,及び本件漁船の船体新造工事に係る分損保険金については,保険金を支払わないとの明確な意思表示をしたのであり,かかる被告の態度は,黙示の債務承認に当たらない。

理由

第1請求原因(1)(2)(前提事実)の検討

1  請求原因(1)(本件保険契約の締結等)は,当事者間に争いがない。

2  証拠(甲10・12・26)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因(2)(本件衝突事故の発生)が認められる。

第2本案前の答弁(確認の利益なし)の検討

1  事実の認定

前記第1の前提事実に,証拠(甲13・36,乙11・17・34の2・35)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(1)  F公庫は,平成7年1月11日,原告に対し,弁済期を平成18年12月14日として,8000万円を貸し付けた(以下「本件貸金債権」という。)。

(2)  原告は,その後,公庫(代理人・G漁連)との間で,次のとおり質権設定の合意をし,平成7年3月13日,被告の承認を得た(乙11の1)。

質権設定者

原告

質権者

公庫(代理人・G漁連)

被担保債権

本件貸金債権

質権の目的

本件保険契約に基づく保険金支払請求権

(3)  その後,本件衝突事故が発生したため,原告は,平成8年7月18日,G漁連に対し,本件保険契約に基づく保険金の再使用の承諾を求めたところ,同年8月21日,公庫(代理人・G漁連)からその承諾を得た(乙34の2)。

(4)  ところが,公庫(代理人・G漁連)は,平成9年2月6日,原告の保険金使用意思が不明であるとして,保険金再使用承諾を取り消した(乙35)。

(5)  そこで,原告は,本訴提起後の平成14年12月24日,公庫(代理人・G漁連)に対し,本件確認訴訟の提起・遂行に関する承諾を求めたところ(甲36の2),公庫(代理人・G漁連)は,平成15年2月17日,それに同意した(甲36の1)。

2  検討

(1)  債権が質権の目的とされた場合,質権者が専ら取立権を有するため(民法367条参照),質権設定者は,質権者の取立権の行使に重大な影響を及ぼす行為をすることができなくなる(最高裁平成11年4月16日判決・民集53巻4号740頁参照)。これは,質入債権に対する質権者の排他的直接支配権能に由来し,質権者の保護を目的とするものである。

(2)  しかし,他方において,質権設定者は,依然質入債権の債権者であるから,質入債権の保全や適時の取立てに関し,利害関係を有している。故に,質権設定者は,質権者の利益を害しない範囲において,自己の権利を保全するために権利行使をすることが許容されているものと解される。

(3)  これを本件について見るに,上記認定のとおり,原告は,本件保険金支払請求権に質権を設定し,かつ,質権者から当該保険金の再使用を禁じられているが,依然として,原告が保険金支払請求権の債権者であることに変わりがない。よって,原告は,質入債権たる保険金支払請求権の保全等のため,確認訴訟を提起する等の保存行為をすることができるものと解される(大審院昭和5年6月27日判決・民集9巻9号619頁参照)。

(4)  さらに,そもそも質権設定者の行為が制限されるのは,主として質権者の利益保護のためであるから,上記認定のとおり,質権者公庫(代理人・G漁連)が,原告による本件確認訴訟の提起・遂行に同意している以上,原告による本件確認訴訟の提起に何ら問題はない。

(5)  したがって,質権者が本件保険金の再使用を禁じているとしても,原告が本件確認訴訟を提起するにつき,確認の利益を有することは明白である。

3  まとめ

以上より,原告の甲請求の訴えには確認の利益が認められ,被告の本案前の抗弁は理由がない。

第3請求原因(3)(本件漁船の損傷等-損害の発生)の検討

1  事実の認定

前記第1の前提事実に,証拠(甲3~17〔原告の供述によれば,甲13・14の1の成立が認められる。〕,甲20,甲24,甲26,甲30〔枝番を含む。〕,乙1,乙6,乙8,乙10,乙12,乙16,乙18,乙23~26,乙28・29〔枝番を含む。〕,鑑定の結果,証人D〔一部〕,証人C〔一部〕,原告本人〔一部〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件漁船の建造等

ア 原告は,平成6年10月3日,H株式会社との間で,本件漁船(その明細は下記のとおり)を代金8240万円(うち消費税240万円)で購入する旨の売買契約を締結した(乙18の2)。

船種及び船名

汽船「A丸」(第272-17752号)

総トン数

19.0トン

登録長

20.00メートル(全長26.20メートル)

04.38メートル

深さ

01.87メートル

船体性質

木綱FRP

船速力

11.50ノット

イ E造船所は,平成6年12月5日,H株式会社から本件漁船の建造を請け負い,平成7年1月末ころ,これを完成した。

なお,本件漁船については,平成7年1月25日,日本小型船舶検査機構によって,所定の構造及び強度が保たれていることが承認されており(甲7),E造船所による仮試運転の際にも,異常な船体の右傾斜や振動等による航行上の問題は,何もなかった。

ウ H株式会社は,平成7年2月20日,原告に対し,本件漁船を引き渡した(乙18の2)。

(2)  本件保険契約の締結

ア 原告は,平成7年2月22日,被告との間で,本件漁船について,下記の約定で本件保険契約(漁船普通損害保険契約)を締結した(甲3)。

保険番号

6年度L第198号

保険者

被告

被保険者

原告

保険の目的

本件漁船(船体,機関,航海計器その他を含む)

保険事故

本件漁船の滅失,沈没,損傷その他の事故

保険価額

1億円

保険金額

1億円

填補範囲

全損(推定全損を含む),分損,救助費

保険期間

平成7年2月23日から平成8年2月22日(1年間)

保険料

151万6250円

イ 原告は,同日,被告に対して上記保険料を支払い,被告から本件保険契約にかかる保険証券(甲3)の交付を受けた。

(3)  定期検査時の状況

ア 原告は,平成7年2月24日,E造船所のある益田港(島根県益田市)から本件漁船の根拠地であるb港(兵庫県a郡b町)まで,本件漁船を操船して航行した。

この間,風速20メートル以上の突風や波高4メートルを超える風波に見舞われたが,異常な船体の振動や右傾斜が発生することはなく,ブレーカーが2度落ちた以外には,本件漁船の船体等に損傷が生じることもなかった。

イ 原告は,帰港後,直ちに船舶安全法に基づく第1回定期検査のため,日本小型船舶検査機構の検査員の立会いの下,本件漁船の海上公試運転を行った。

この時,本件漁船による航行,旋回,発進,停止等の試験が行われたが,異常な船体の振動や右傾斜は生じなかった。もっとも,本件漁船の横揺れ周期が5.4秒と計測されたため,本件漁船が標準とすべき横揺れ周期の値(5.5秒以下)を保持するよう注意がなされたが(甲8),なお標準値の範囲内であり,本件漁船の復原性(船体が外力によって傾いた場合に,元の位置に起きあがろうとする性質)に問題はなく,実際の航行には全く支障がなかった。

そのため,平成7年2月28日,本件漁船の船体,機関共に異常は認められず,諸設備及び属具も良好であるとして,船舶安全法に基づく第1回定期検査に合格した(甲5・7)。

(4)  試験操業時の状況

ア 原告は,平成7年3月3日,沖合底曳網漁業の許可を受け(甲9),平成7年3月5日に初出漁し,平成7年5月末日まで,本件漁船による試験操業を実施した。

この間,何度か波高2~3メートルの風波等の荒天に見舞われたが,本件漁船による航行及び操業は順調であり,異常な船体の右傾斜や振動等,及びそれに起因する船体の損傷が生じることはなかった。

イ また,原告は,禁漁期間(毎年6月から8月)の間,本件漁船を遊漁船に使用するため,平成7年6月12日,小型遊漁兼用船としての許可を追加申請し,船舶安全法に基づく臨時検査を経た上で,平成7年7月6日,小型遊漁兼用船としての許可を得た(甲7)。

この時点においても,本件漁船に異常な船体の右傾斜や振動等の航行上の問題はなかった。

(5)  本件衝突事故の発生等

ア 本件漁船の操業開始

原告は,禁漁期間明けの平成7年9月,本件漁船による底曳網漁業の本格操業を開始した。

イ 本件衝突事故の発生

ところが,その矢先である平成7年9月11日,原告が,船長として船員3名とともに,本件漁船による底曳網漁業を操業中,次のとおり,本件衝突事故が発生した(甲10)。

(ア) 事故発生日時  平成7年9月11日午後4時30分

(イ) 事故発生場所  北緯35度41分31秒,東経134度10分 51秒

(ウ) 加害船舶  訴外I所有の鋼船「B丸」(82トン)

(エ) 事故当時の海況  風速4~5メートル,波高約1メートル

ウ 本件事故の状況

本件事故の状況は,次のとおりである(別紙「衝突事故態様図」参照)。

(ア) 原告は,本件漁船により底曳網漁業操業中,東方約2.5海里付近に,全速力(約9.5ノット)で西へ向かう綱船(後に,「B丸」と判明)を認めた。

(イ) B丸は,底曳網漁業操業中の本件漁船を回避することなく,そのままの進路・速度で本件漁船に向かって接近してきたため,原告は,衝突の危険を感じ,急遽揚げ網作業に取り掛かるとともに,電子ホーンを鳴らす等してB丸の注意を喚起した。

(ウ) ところが,B丸は,その後も本件漁船を回避することなく,そのままの進路・速力でさらに本件漁船に向かって接近してきた。

(エ) 原告は,揚げ網作業中のため,本件漁船が固定状態にあり,衝突は避けられないと覚悟したものの,少しでも衝突の衝撃を緩和するため,本件漁船を全速後進したところに,B丸の船首部左舷側が,そのままの速度で,本件漁船の左舷船首部に激しく衝突した。

(オ) その衝突の反動で,本件漁船の船首が右方向に振られ,B丸は,船首部左舷側で本件漁船の左舷ブルーワークに衝突させながら,本件漁船の船尾にかけて約10メートル進んだ後,ようやく右転舵した。

(カ) そして,本件漁船を離脱する際,その左舷船尾部を本件漁船の左舷船尾部に衝突させた。

エ 本件漁船の損傷

本件漁船は,本件衝突事故により,次の損傷(本件損傷)を受けた。

(ア) 左舷ブルワーク,左舷防舷材及び船側板の損傷

左舷ブルワークが内側に折れ込み,左舷防舷材が捩れ,船側板に亀裂が生じている(甲12の1~21)。

(イ) 右舷防舷材の損傷

右舷防舷材の継ぎ手に,隙間が空いている(甲12の22~30・甲23の1)。

(ウ) 機関の主機と推進軸の損傷

主機と推進軸の中心線がずれている。

(エ) 船体及び漁倉の内部構造材(骨材)の損傷

船体及び漁倉のフレーム(横肋骨)及びロンジ(縦肋骨)の随所(衝突した左舷側のみならず,右舷側にも)に,亀裂,剥離,破損,折損が生じている(甲12の37~50・53・56・57)。

(オ) 船体の「くの字」の歪み

船体前後方向の中心線に対し,船首が左舷へ36ミリメートル,船尾が左舷へ22ミリメートル歪んでいる(甲11・甲23の2〔中断図〕)。

オ 異常な船体の振動等

原告は,同日,B丸の護衛を受けながら自力航行でb港に帰港することができた。しかし,同日は,波高約1メートルの穏やかな海況であったにもかかわらず,本件損傷により,本件漁船の船体強度が著しく低下したことが原因で,異常な船体の振動及び右傾斜が発生した。

(6)  第1回修繕(平成7年9月14日~平成7年10月11日)

ア 関係者協議等

平成7年9月12日,原告,被告,B丸船主及びb漁協等関係者(以下単に「関係者」という。)によって,本件漁船の損傷の調査及び修繕方法についての協議が行われた。

原告は,自己の体験した本件衝突事故の衝撃の大きさから,表面的な損傷の修繕のみでは不安であったものの,被告から,造船所と打ち合わせてきちんと修理すると言われ,被告の方針によって本件漁船の修繕をすることにした。

その結果,本件漁船は,本件損傷箇所を個々に修繕することで復旧可能と判断され,本件漁船を建造したE造船所が,その修繕を請け負うこととなった。

イ 第1回修繕の実施

被告の上記方針に従い,本件漁船の損傷箇所の修繕として下記(ア)ないし(ウ),船体強度の回復,及び重心を下げ,船体の右傾斜を改善のために下記(エ),船体振動を改善するために下記(オ)の修繕工事(主要なもの)が実施された(甲30)。

(ア) 左舷ブルワーク,左舷防舷材及び船側板の損傷箇所の修理工事

(イ) 主機と推進軸の中心線のずれの修正工事

(ウ) 船体及び漁倉の内部構造材(フレーム・ロンジ等)の損傷箇所の修理工事

(エ) キール(船底中心線縦通骨材)の空積部へのコンクリート注入工事

(オ) 主機軸の芯出し調整工事

ウ 洋上試運転の状況

平成7年10月11日,原告,被告及び関係者の立会の下,本件漁船の洋上試運転が実施された。その結果,本件衝突事故後に発生した異常な船体の振動及び右傾斜が改善されていないばかりか,悪化していることが判明した。

(7)  第2回修繕(平成7年10月16日~平成7年11月7日)

ア 損傷箇所の調査

平成7年10月16日,原告,被告及び関係者の立会いの下,船員室等の内壁を剥がして本件漁船の損傷箇所の調査をしたところ,さらなる船側の肋骨材の切損や,船尾空所の大量の浸水が発見され,本件漁船の損傷が予想以上のものであることが確認された。

イ 関係者協議

そこで,平成7年10月23日,原告,被告及び関係者により,再度本件漁船の修繕対策会議が行われ,異常な船体の振動及び右傾斜を改善すべく,本件漁船の修繕を継続することが決定された。

その際,原告は,個々の損傷箇所の修繕ではなく,本件漁船から設備機器類を取り外すなどして,抜本的に修繕することを望んだが,被告から,そのような修繕工事の費用は漁船保険からは支払えないと言われ,それを断念した。

ウ 第2回修繕の実施

上記協議での決定に従い,新たに発見された損傷箇所の修繕として下記(ア)及び(イ),異常な船体の右傾斜を改善すべく下記(ウ),異常な船体の振動を改善すべく下記の(エ)ないし(カ)の修繕工事(主要なもの)が実施された(甲30)。

(ア) 船員室船側外板補強工事

(イ) 漁倉内船底板の補修工事

(ウ) 船底ビルヂキール防撓材の新設工事

(エ) 振動止め用鉄パイプ支柱の新設工事

(オ) 主機軸・推進軸の芯出し調整工事

(カ) 波除け板新設

エ 洋上試運転の状況

平成7年11月7日,漁船保険中央会から派遣された調査員澤藤公明が,本件漁船の内外各部を約1時間,目視で調査した。引き続いて,原告,被告及び関係者の立会の下,本件漁船の洋上試運転が実施された。

その結果,異常な船体の振動も異常な船体の右傾斜も改善されていないことが判明したため,再修繕することとなった。

(8)  第3回修繕(平成7年11月9日~平成7年11月13日)

ア 第3回修繕の実施

そこで,異常な船体の振動を改善すべく下記(ア)及び(イ),異常な船体の右傾斜を改善すべく下記(ウ)ないし(オ)の修繕工事(主要なもの)が実施された(甲30)。

(ア) 漁倉の内部構造材(骨材)の補強工事

(イ) 機関の芯出し調整工事

(ウ) 船底防撓材の増設・延長工事

(エ) 喫水ライン出し(船首下げ/船尾上げ)工事

(オ) 漁倉バラストの交換(砂袋からインゴット鉛への交換)工事

イ 洋上試運転の状況

その後,原告,被告及び関係者の立会の下,洋上試運転が実施され,その結果,船体の右傾斜及び振動が若干改善されていたため,何とか操業できるかもしれないとの判断が示され,原告は,試験操業を開始することとなった。

ウ 試験操業の状況

原告は,平成7年11月18日から,本件漁船を操船して,沖合底曳網漁業の試験操業を実施したが,本件漁船が左に旋回する度に,船体が右に傾いてなかなか起きあがらないなど,異常な船体の右傾斜が改善されていないことが判明した。また,船体の振動も,ジャイロコンパスが故障したり,ブルワークが破損するほど激しく,異常な程度に増幅しており,かつ機関室や船員室に海水が浸水するトラブルも頻発した。

原告は,このような状態では,本件漁船が波をかぶって転覆する等の可能性が高く,安全な航行及び操業は不可能であるとして,被告及び関係者に対し,再修繕を求めた。

(9)  第4回修繕(平成7年11月28日~平成7年12月13日)

ア 第4回修繕の実施

そこで,本件漁船の異常な船体の右傾斜を改善すべく下記(ア)及び(イ),異常な船体の振動を改善すべく下記(ウ)及び(エ),激しい振動によって生じた損傷箇所を修繕すべく下記の(オ)の修繕工事(主要なもの)が実施された(甲30)。

(ア) 船底,船側のローリング止めの修正工事

(イ) 中マスト(門型マスト)の切り下げ工事

(ウ) 機関室内の諸配管の振動止め工事

(エ) 船員室の補強工事

(オ) ブルワークレール補強工事

イ 試験操業の状況

原告は,平成7年12月22日から平成8年4月26日までの間,本件漁船を操船して試験操業を行ったが,その間,異常な船体の右傾斜や,配電盤のブレーカーが飛んだり,ジャイロコンパスが故障したり,配管に亀裂が発生するほどの激しく,異常な船体の振動が続き,かつ機関室や船員室等への海水の浸水も解消されなかった。

(10)  第5回修繕(平成8年6月17日~平成8年8月13日)

ア 第5回修繕の実施

そこで,本件漁船の異常な船体の振動及び右傾斜の原因解明のため,下記の(ア)の工事を行ったが,原因を特定することはできず,さらに異常な船体の振動を改善すべく下記の(イ),異常な船体の右傾斜を解消すべく下記の(ウ)の修繕工事(主要なもの)が実施された(甲30)。

(ア) 機関室内の主機,補機,配電盤取り外し陸揚/復旧

(イ) 機関室・甲板・船員室の補強(鉄パイプ支柱新設)工事

(ウ) 冷水タンクの移動工事

イ 修繕打ち切り

平成8年8月29日,原告,被告及び関係者による協議が実施されたが,その際,被告は,原告に対し,第5回修繕により,本件衝突事故による損傷は全て復旧したので,修繕は完了したとして,これまでの修繕費についての分損保険金請求手続を取るよう要請した。

これに対し,原告は,依然として本件漁船の異常な船体の右傾斜及び振動,船内への浸水等の不具合が存することを理由に,修繕の継続を希望したが,被告に容れられなかった。

(11)  第6回修繕(平成8年9月5日~平成8年9月11日)

ア 第6回修繕の実施

そして,最後に,現存する本件漁船の損傷(異常な船体の右傾斜及び振動等に起因して生じたもの)に対する下記の(ア)ないし(オ)の修繕工事(主要なもの)が実施され,被告主導の一連の修繕工事は終了した(甲30)。

(ア) プロペラの曲げ直し工事

(イ) ローリング止め材擦過傷他計8カ所及び剥離3カ所の修理工事

(ウ) アース板/防舷材剥離箇所の修理工事

(エ) サイドスラスター用油圧配管止め金具の脱落修理工事

(オ) その他の残工事

イ その後の操業状況

原告は,その後も本件漁船での操業を試みたが,依然として異常な船体の右傾斜,ジャイロコンパスの故障,作動油管の亀裂等を生じるほどの異常に激しい船体の振動,及び船内への海水の浸水が続いた。

(12)  原告の全損保険金支払請求

ア 原告は,本件漁船はもはや修繕不能であると考え,平成8年10月18日,被告に対し,全損保険金1億円の支払請求をした(甲13)。

イ これを受けて,平成8年10月28日,原告,被告及び関係者による協議が開催され,被告は,これまでの修繕費用にかかる分損保険金のみを支払う方針であることを明らかにした。

(13)  その後の操業状況,保険金支払交渉等

ア 原告は,その後も本件漁船での操業を試みたが,異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,及び船内への海水の浸水が続発した。

イ 平成8年12月6日,原告,被告及び関係者による協議が開催されたが,被告は,再度,本件漁船は本件衝突事故直前の状態に復旧したものとの認識を示し,原告に対して,分損保険金請求手続を取るよう促した。

ウ そして,被告は,平成8年12月10日付け書面(甲15・16)により,原告に対し,下記のとおり通知したが,原告はこれを拒否した。

被告は,本件漁船の修繕費を2427万0560円と査定し,原告がB丸船主から受領した示談金2591万5895円中の1287万6657円を修繕費に充当し,残り1139万3903円を支払う。

エ 原告は,その後も本件漁船での操業を試みたが,依然として,異常な船体の右傾斜,ジャイロコンパスが故障し,冷凍機用配管等に亀裂が生じるほどの異常に激しい船体の振動,及び機関室,船員室等への海水の浸水等のトラブルが続発し,波高1.5メートル程度の通常の海況においてさえ,安全な航行及び底曳網漁の操業が困難な状態となったため,平成9年5月2日の水揚げを最後に操業を断念した。

オ そして,原告は,それ以降本件漁船を港に係船して,現在に至っている。

2  検討

(1)  当裁判所の判断

ア 本件漁船の異常の原因

上記1の認定によると,本件漁船は,本件衝突事故の衝撃により,船体の肋骨材(フレーム・ロンジ)が随所で折損し,かつ船体にくの字の歪みが生じる等して,本件漁船の船体強度が著しく低下したこと,さらにそれに起因して本件衝突事故以前にはなかった船体の振動及び右傾斜が発生したため,第1回修繕以降,これらを改善すべく,キールの空積部にコンクリートを約1.5トン注入する工事(甲30,第1回修繕),振動止め用パイプの新設工事(甲22,第2回修繕・第4回修繕),船底外板の補強工事(甲22の2,第2回修繕),船底防撓材の延長工事などの本件漁船の重量を約3.6トン増加させる工事,及び,漁倉バラストの砂袋からインゴット鉛への変更工事(第3回修繕),マストの切り下げ工事(第4回修繕),上甲板の冷水タンクの移設工事(第5回修繕)など,船体の重量配分が大幅に変化させる工事を実施したため,本件漁船の異常な船体の右傾斜及び振動を増幅させるに至ったものと認められる(甲11・4頁,乙6・5頁,乙8・4頁)。

また,本件漁船の浸水・漏水については,第2回修繕前の損傷箇所の調査により発見されたが,前記1の認定によると,本件漁船の浸水・漏水についても,本件衝突事故によって発生したことが認められる。

イ 修繕後の損傷状況を前提とする保険金支払義務

(ア) 上記1の認定によると,本件漁船は,本件衝突事故直後から,異常な船体の振動及び右傾斜が発生し,6回にも及ぶ修繕にもかかわらず,異常な船体の振動及び右傾斜や,船体への浸水・漏水が直らなかったばかりか,修繕が原因で上記異常の程度が増幅している。

(イ) そのため,6回の修繕を終えた後の本件漁船の異常の増幅についてまで,被告に保険金支払義務があるのか,問題がないわけではない。

しかし,本件漁船の修繕については,原告,被告担当者,修繕業者(本件漁船の製造者)が協議を重ねた上で,被告担当者の主導により,修繕業者が実施したものであり,修繕業者は,本件漁船船体の異常な振動及び右傾斜や,船内への浸水・漏水を修理するのに必要な工事として,修繕を行ったものである(甲26,証人D,原告本人)。

しかも,上記協議の席上,原告は,本件漁船の異常な船体の振動及び右傾斜等について,抜本的な修理改善を求めたが,被告担当者が,修理費用の高額化を嫌い,安上がりの修繕方法でないと保険金を出さないという態度に終始したという経過がある(甲26,原告本人)。

(ウ) 以上によると,被告は,原告に対し,信義則上,本件漁船の6回にわたる修繕後の船体の異常な振動及び右傾斜,船体への浸水・漏水状態(本件事故直後よりも増幅した異常状態)を前提にして,保険金支払義務があるものと認めるのが相当である。

(2)  上記認定に反する被告主張の検討

ア 本件衝突事故の衝撃の程度

(ア) 被告の主張

被告は,「本件衝突事故の衝撃は,船体を歪ませるほどの激しいものではない。」と主張する。

(イ) 検討

a 本件衝突事故の態様

上記1(5)認定のとおり,本件衝突事故は,揚げ網作業中で固定状態にあった本件漁船(19トンのFRP船)に,大型のB丸(82トンの鉄鋼船)が全速力で衝突したというものである(甲10・甲26)。

これに,鉄鋼とFRPとの強度差(FRPは,鉄鋼の約3分の1から4分の1の強度である。乙16・乙29)を考慮すると,本件衝突事故により,本件漁船の船体には,相当強い衝撃が加わったものと認められる。

b 本件漁船の損傷状況

本件衝突事故の直後の損害調査により,本件漁船の主機と推進軸の中心線のずれや,直接衝突されていない右舷側の船体の骨材(フレーム・ロンジ等)の随所に亀裂・剥離等の損傷,及び右舷防舷材の継ぎ手に大きな隙間が生じていることからすれば,本件衝突事故の瞬間に,船体全体に相当強大な力が加わったものと推認できる(甲11,乙8)。

c まとめ

上記(ア)(イ)の事実によると,本件漁船は,前部・中央部・船尾へと連続した強い衝撃を直接に受けたもので,かかる衝突態様と本件漁船の船体の歪みの形状が合致することからすれば,本件衝突事故の衝撃により,その船体に歪みを生じる程の,非常に強大な湾曲の力が加わったものと認められる。

よって,これに反する被告の前記(ア)の主張は,採用できない。

イ 本件漁船の建造当時からの弱さが原因か

(ア) 被告の主張

被告は,「本件漁船の異常な船体の振動は,建造当時からの船形及び脆弱な船体に起因するものであり,本件衝突事故によるものではない。」と主張する。

(イ) 検討

しかし,次の各事実に照らせば,本件漁船の異常な船体の振動は,本件衝突事故によるものであり,建造当時からの船形及び脆弱な船体に起因するものではないことが明らかであるから,これに反する被告の前記(ア)の主張は,採用できない。

a 本件漁船については,平成7年1月25日,日本小型船舶検査機構によって,所定の構造及び強度が保たれていることが承認されており,E造船所による仮試運転の際にも,異常な船体の右傾斜や振動等による航行上の問題はなかった(前記1(1)イ)。

b 原告は,平成7年2月24日,E造船所のある益田港(島根県益田市)から本件漁船の根拠地であるb港(兵庫県a郡b町)まで,本件漁船を操船して航行した。

この間,風速20メートル以上の突風や波高4メートルを超える風波に見舞われたが,異常な船体の振動や右傾斜が発生することはなく,ブレーカーが2度落ちた以外には,本件漁船の船体等に損傷が生じることもなかった(前記1(3)ア)。

c 原告は,帰港後,直ちに船舶安全法に基づく第1回定期検査のため,日本小型船舶検査機構の検査員の立会いの下,本件漁船の海上公試運転を行った。この時,本件漁船による航行,旋回,発進,停止等の試験が行われたが,異常な船体の振動や右傾斜は生じなかった。

本件漁船は,平成7年2月28日,船体,機関共に異常は認められず,諸設備及び属具も良好であるとして,船舶安全法に基づく第1回定期検査に合格している(前記1(3)イ)。

d 原告は,平成7年3月3日,沖合底曳網漁業の許可を受け(甲9),平成7年3月5日に初出漁し,平成7年5月末日まで,本件漁船による試験操業を実施した。

この間,何度か波高2~3メートルの風波等の荒天に見舞われたが,本件漁船による航行及び操業は順調であり,異常な船体の右傾斜や振動等や,それに起因する船体の損傷が生じることはなかった(前記1(4)ア)。

e また,原告は,禁漁期間(毎年6月から8月)の間,本件漁船を遊漁船に使用するため,平成7年6月12日,小型遊漁兼用船としての許可を追加申請し,船舶安全法に基づく臨時検査を経た上で,平成7年7月6日,小型遊漁兼用船としての許可を得た(甲7)。

この時点においても,本件漁船に異常な船体の右傾斜や振動等の航行上の問題はなかった(前記1(4)イ)。

f 原告は,本件衝突事故後,自力航行でb港に帰港することができた。しかし,本件衝突事故当日は,波高約1メートルの穏やかな海況であったにもかかわらず,本件漁船について,異常な船体の振動及び右傾斜が認められた(前記1(5)オ)。

ウ 本件事故とは関係のない船主工事によるものか

(ア) 被告の主張

被告は,「本件漁船の異常な船体の右傾斜及び振動は,いずれも原告の復原性回復のための船主工事によるものであり,本件衝突事故によるものではない。」旨主張する。

(イ) 検討

a 前記1認定のとおり,本件漁船は,本件衝突事故により,異常な船体の右傾斜及び振動が発現し,これを改善すべく行われたキールの補強工事,マスト切り下げ工事,冷水タンクの移設工事,重量バラストの交換工事等が行われたが,これらの工事によって,異常な船体の右傾斜及び振動が増幅したものと認められる(甲11,乙6・乙8)。

b そして,前記1(6)~(11)のとおり,キールの補強工事は,本件衝突事故により低下した保険漁船の船体強度を確保し,かつ船体の重心を下げて右傾斜を回復するために必要な修繕工事であり(証人D24頁),その余の工事も,船体の右傾斜及び振動を回復するために行われた必要な修繕工事であることは明らかである。

しかも,その修繕工事については,被告担当者の主導により,修繕業者(本件漁船の製造者)が行ったものである。

c よって,被告が船主工事であると主張する上記工事は,いずれも本件漁船の異常な船体の振動及び右傾斜の回復のために必要な修繕工事であり,原告が独自の判断で行った船主工事ではないので,被告の前記(ア)の主張も採用できない。

(3)  まとめ

以上の次第で,請求原因(3)(本件漁船の損傷等-損害の発生)が認められる。

第4請求原因(4)(甲請求-保険金支払請求権確認)の検討

1  請求原因(4)ア(推定全損)の検討

(1)  推定全損の意義

定款58条は,漁船保険の目的たる「漁船が修繕することができなくなったとき」には,被保険者は保険金額の全部に相当する保険金を請求することができると規定し,同59条は,「漁船が修繕することができなくなったとき」とは,「修繕費」の額が漁船保険の目的たる漁船の保険価額を超えたときであると規定する。

ここでいう「修繕費」とは,定款51条1項に「漁船保険の保険の目的たる漁船につき事故による損害…中略…が生じた場合において事故発生直前の状況に復旧するために必要な最低額の費用(以下「修繕費」という。)」と規定されていることから,「事故発生直前の状況に復旧するために必要最低限の費用」であると解される。

そして,漁船保険では,漁船損害等補償法111条の6が商法638条を準用している関係で,実損害填補主義がとられており,かかる観点からすれば,具体的な修繕費の額は,損傷修繕費を基礎として,それに諸々の費用を加除して決定されるものと解される。

以上より,推定全損とは,上記修繕費の額が保険価額を超過した場合であると解される(乙10参照)。

そこで,以下,原告主張の修繕費の額が,本件保険契約の保険価額1億円を超過するか否かについて,項目毎に検討する。

(2)  船体新造工事費用について

ア 前記第3の1で認定したとおり,本件漁船につき,これまで6回も修繕を繰り返しながら,異常な船体の右傾斜及び振動や,度重なる海水の浸水が全く改善されないことからすれば,本件衝突事故により損傷を受けた船体自体を新造するより他に,本件漁船を事故発生前の状況に復旧する修繕方法はないものと認められ,これを覆すに足る的確な証拠はない。

よって,本件漁船の船体新造工事費用は,修繕費に当たると解される。

イ そして,その修繕費の額(本件漁船の船体新造工事費用額)は,4882万5000円(消費税込み)であると認められ(甲21),これを覆すに足る的確な証拠はない。

被告は,本件漁船の船体新造工事費用は4000万円程度であると主張するが,相見積もりを徴収する等して,これを裏付ける的確な証拠を提出しないから,被告の主張は採用できない。

ウ 以上より,船体新造工事費用は修繕費に当たり,その額は4882万5000円であると認める。

(3)  付帯工事費用について

ア 保険事故による損傷箇所の修繕に必要不可欠な付帯工事費用は,修繕費に含まれると解される。

本件の場合,船体を新造するのであれば,既存の設備機器類を旧船体から新船体に移設する費用が必要不可欠であり,これは修繕費に当たると認められる。

イ その修繕費の額は,証拠(甲21)によれば,3816万7500円(消費税込み)であると認められ,これを覆すに足る的確な証拠はない。

被告は,本件漁船の浸水事故の際の既存設備機器類の移設工事費用582万4520円(乙32)と比較し,上記付帯工事費用は高額に過ぎると主張するが,浸水事故の場合の移設工事と,船体新造工事に付随する移設工事とは移設対象を異にするから(甲33),浸水事故の場合の移設工事費用と,船体新造工事の場合の移設工事費用とを,単純に比較することはできない。

また,被告は,冷凍機工事費用を付帯工事費用から除外すべきであると主張するが,冷凍機は,漁労機械類等と同様に底曳網漁業に不可欠の設備であり,被告も,これまでの修繕費用の査定の際,冷凍機にかかる修理費用(高松冷機工業分)について保険適用を認めていること(甲15)からすれば,冷凍機が保険の目的に含まれ(乙10),その工事費用が修繕費に含まれることは明らかであると解される。

よって,被告の主張は,いずれも採用できない。

ウ 以上より,船体新造工事の付帯工事費用は修繕費に当たり,その額は3816万7500円であると認められる。

(4)  旧船体の解体処分費用について

ア 旧船体の解体処分費用は,本件漁船の修繕の際に生じた不要品の処理費用であり,損傷修繕費ではないから,漁船保険の実損害填補の建前上,修繕費に当たるとは認められない。

イ よって,旧船体の解体処分費用は,修繕費に含まれないから,これを除外すべきである。

(5)  これまでの修繕費用について

ア 定款51条3項は,組合が,事故による損害についての修繕(本修繕)が完了していない漁船保険の目的たる漁船が使用されることにつき正当な理由があると認めるときは,修繕費として上記損害の一部についての修繕(一部修繕)に要した費用の額をてん補するものとし,かつ同条4項で,一部修繕に要した費用を填補している場合には,本修繕が完了した後に,修繕費の額からその一部修繕に要した費用の額を差し引いて得た額をてん補するものと定めている(甲2)。

これは,例えば被害漁船の損傷箇所について,一部修繕が行われた場合には,その一部修繕費が填補の対象となるが,後日,本修繕を行う場合には,漁船保険の実損害填補の建前上,一部修繕費は,修繕費の額から控除すべきことを定めるものである。

イ これを本件について見るに,本件漁船の本修繕は,船体新造工事であるから,これまでの修繕は,いわば一部修繕に過ぎない。よって,これまでの修繕費用2427万0560円(甲15・16)は,修繕費の額には含まれない。

ウ これに対し,原告は,本件衝突事故直後から,被告が終始,本船の修繕方法についての協議を主導してきたため,原告が,被告の意に反して抜本的修繕方法をとることは不可能であったことを理由に,これまでの修繕費用を修繕費の額に加算すべきであると主張するが,漁船保険の実損害填補の建前からすれば,かかる事情が上記認定を覆すに足るものであるとは認められない。

エ 以上より,これまでの修繕費用2427万0560円は,修繕費に含まれないから,これを除外すべきである。

(6)  その他の費用

原告は,その他の費用として,設備機器類移設後の整備・調整費用,修繕可能地までの回航費用,修繕のための船渠費用等も,船体新造工事の修繕費の額に加算すべきであると主張する。

確かに,原告の主張する設備機器類移設後の整備・調整費用,修繕可能地までの回航費用,修繕のための船渠費用等についても,定款51条が定める「修繕費」,すなわち「事故発生直前の状況に復旧するために必要最低限の費用」に該当する余地はあるが,原告は,これらの費用が幾らになるかについて,具体的な主張・立証をしていないから,これらの額を,船体新造工事の修繕費の額に具体的にいくら加算すべきであるのか,明らかでない。

よって,その他の費用を,修繕費の額に具体的に加算することはできない。

(7)  まとめ

以上によると,本件漁船の修繕費の額は,船体新造工事費用4882万5000円と,その付帯工事費用3816万7500円とを合計した8699万2500円となり,保険価額1億円に満たないことが明らかである。

よって,本件漁船損傷の保険金については,推定全損に該当しない。

2  請求原因(4)イ(分損)の検討

(1)  定款の規定

定款は,次のとおり規定している。

ア 51条1項

この組合が責めを負うてん補の対象となる分損の額は,漁船保険の保険の目的たる漁船につき事故による損害…中略…が生じた場合において事故発生直前の状態に復旧するために必要な最低額の費用(以下「修繕費」という。)とする。

イ 51条2項

この組合は,前項に規定する損害についての修繕(以下この条において「本修繕」という。)が完了した後に,修繕費の額をてん補する。

ウ 51条5項

この組合は,第1項及び第2項の規定にかかわらず,本修繕が行われていないか,又は完了していない漁船保険の保険の目的たる漁船が譲渡され,又は解てつされた時は,その損害に基づく減価額又は修繕費の額…中略…のいずれか少ない額をてん補する。

(2)  本修繕完了前の分損保険金支払請求の可否

ア 漁船保険では,実損害填補の建前がとられ,その実損害填補の方法として,支出費用主義の立場をとっている。

すなわち,定款51条2項は,被害漁船の本修繕が完了した後に修繕費の額を填補するものと規定し,同条5項は,本修繕が行われていないか,又は完了していない場合,被害漁船が譲渡又は解てつされた時は,その損害に基づく減価額あるいは修繕費の額のいずれか少ない額を填補するものと規定し,分損の場合,原則として,修繕費の見積額ではなく,造船所等に対して実際に支払った修繕費用を「修繕費の額」として填補すべきこととし(支出費用主義),被害漁船が譲渡又は解てつされ,本修繕を必要としない場合には,例外的に修繕費の見積額をもって「修繕費の額」とすることができる旨を定めたものであると解される(星野良樹・漁船損害等補償法詳論499頁参照)。

イ これを本件について見るに,本件漁船の本修繕は未了であり,原告は,本件漁船の修繕費の見積額しか提示できない。しかし,原告は,本件漁船を譲渡も解てつもしていないから,その見積額をもって,本件漁船の「修繕費の額」とすることはできず,形式的には,定款51条2項・5項いずれの規定によっても,原告は,被告に対し,分損保険金の支払を請求することができないものと言わざるを得ない。

しかし,本件において,このような結論を是認し,被告は原告に対して全く分損保険金支払義務を負わないと解するのは極めて不合理である。なぜなら,被告は,本件衝突事故直後から終始,本船の修繕方法について積極的に関与し,被告の意に沿わない原告発注の修繕工事に対しては,保険金の支払を拒絶することをほのめかし,原告が被告の意に反する本修繕を行うことを実際上困難にしたものと認められるからである(甲6,原告本人)。

このような場合にまで,支出費用主義を厳格に適用すれば,原告は,新たに巨費を投じて本修繕を完了しなければ分損保険金を請求することができないことになるが,本件は,典型的な分損事案とは異なり,被告の意向の下,表面的修繕に終始したことが原因で,原告に,合計6度の修繕費用という漁船保険の填補の対象とならない余計な出費を強いる結果になっており,これに加えて本修繕の完了のために,さらに多額の資金負担を求めるのは,経済的に余裕のない原告に著しい困難を強いることになり,不慮の事故による損害の復旧を容易にし,かつ漁業経営が困難となることを防止することを目的とする漁船保険の趣旨に悖るものと解されるのである(定款1条参照)。

ウ かかる本件の特殊事情に照らし,原告は,被告に対し,本件漁船の本修繕が未了であっても,信義則上,分損保険金の支払を請求することができ,被告は,信義則上これを拒否できないものと解するのが相当である。

(3)  分損保険金の額について

ア もっとも,このように解した場合,原告は,具体的にいくらの分損保険金を請求できるのかが問題となるが,本件の場合,あくまで本修繕は未了であり,見積額でしか修繕費の額を確定できない状況にあることに鑑み,本修繕が未了の場合の分損保険金の填補について定めた定款51条5項に準じ,保険事故に基づく減価額と修繕費の見積額のいずれか少ない額によって,填補されると解するのが相当である。かく解することは,漁船保険における実損害填補の建前にも合致するものと解される。

イ これを本件について見るに,本件衝突事故により,本件漁船の船体(船殻)は損傷したものの,設備機器類は無傷で現存しているから,保険事故に基づく本件漁船の減価額は,船体価格相当額であると解される。

そして,これは,船体新造工事価格に等しいものと認められるところ,船体新造工事費用は4882万5000円であると認められ(甲21),これを覆すに足る的確な証拠はないから,本件漁船の減価額は4882万5000円と認めるのが相当である。

これに対し,本件衝突事故による損傷の修繕費の見積額は,前記1(7)のとおり,船体新造価格と付帯工事費用の合計8699万2500円から,原告がB丸船主から受領した示談金2591万5895円のうち,修繕費相当分を控除した金額であり,4882万5000円を超えることは明らかである。

ウ よって,原告は,被告に対し,より少ない額である本件漁船の減価額4882万5000円について,分損保険金の支払を請求することができる。

3  請求原因(4)ウ(遅延損害金の発生)について

(1)  一般論

損害保険契約においては,保険契約者において保険料の支払義務を負う反面,保険者は,保険事故の発生により被保険者が損害を被った場合に,当然にその損害を填補する義務を負う(商法629条参照)。そして,保険契約者の側における義務は,保険料の支払により既に履行されているものであり,また,損害の発生後その填補がされないまま時が経過するときは,被保険者の損害の範囲が事後的に拡大することも想定されるから,これらの事情に鑑みれば,保険者側の損害填補義務は,損害発生後,遅滞なく履行されることが期待されているものと解される(最高裁平成9年3月25日判決・民集51巻3号1565頁参照)。

そして,商法には,保険金支払義務の履行期に関する規定がないので,当該損害保険契約上特段の合意がなければ,保険金支払義務は期限の定めのない債務と解するのが相当である(民法412条3項)。したがって,そのような場合には,保険会社は,保険金支払請求を受けた時から履行遅滞となる(最高裁判所判例解説・民事篇・平成9年度上498・499頁)。

(2)  本件への当てはめ

ア これを本件について見るに,定款は,被告の保険金支払債務の履行期について,特段の定めをおいていない。

したがって,被告の保険金支払債務は,期限の定めのない債務であると解され,民法412条3項により,その期限は保険事故による損害額の確定の時(具体的には,保険事故の終了時)に到来し,被告は,原告から保険金支払請求を受けた日の経過をもって,遅滞の責めを負うものと解される。

イ そして,証拠(甲10・甲13)によれば,本件衝突事故は,平成7年9月11日に発生・終了し,原告は,被告に対し,平成8年10月18日,全損保険金1億円の支払請求をしたことが認められる。

したがって,本件保険金支払義務は,本件衝突事故の発生・終了した平成7年9月11日に到来し,原告が被告に対し保険金支払請求をした平成8年10月18日の翌日である同月19日から,被告は遅滞の責めを負うものと解される。

(3)  前記認定に反する被告主張の検討

ア 別個の訴訟物論

(ア) 被告は,「全損保険金支払請求権と分損保険金支払請求権とは別個の訴訟物であり,原告は,分損保険金については支払請求をしていない。」ことを理由に,上記認定判断に反する主張をする。

(イ) しかし,定款50条は,漁船保険の保険の目的たる漁船につき,滅失,沈没,損傷その他の事故によって生じた損害(分損を含む。以下同じ。)を保険金額の保険価額に対する割合によっててん補する,ただし,分損については,特約がある場合に限りてん補するものと定め,「滅失,沈没,損傷その他の事故によって生じた損害」による現実全損,推定全損,分損のすべての損害を填補するとの原則を示した上で,その填補の範囲を,当事者の意思によっては,分損について制限することがある旨を定めている。

このことからすれば,分損填補の特約が付されている場合,保険契約者の意思は,全損保険金支払請求のみをした場合であっても,仮に推定全損に至らなければ,予備的に分損保険金の支払を請求する意思も内包しているものと評価するのが相当である。

したがって,原告が,被告に対し,全損保険金の請求をしておれば,分損保険金の請求も予備的にしているものと認めるのが相当である。

(ウ) よって,被告の前記(ア)の主張は理由がない。

イ 質権設定

(ア) 被告は,「原告は,本件保険金請求権上に質権を設定しており,質権者によって保険金再使用を禁じられているので,原告による分損保険金支払請求は,法的に無意味となるから,被告は遅滞の責めを負わない。」と主張する。

(イ) しかし,前記のとおり,質権設定者は,依然質入債権の債権者であるから,質入債権の保全や適時の取立てに関し,利害関係を有している。故に,質権設定者は,質権者の利益を害しない範囲において,自己の権利を保全するために権利行使をすることが許容されているものと解される。

(ウ) したがって,原告は,本件保険金請求権を保全するため,被告に対し,本件保険金支払請求をすることができるのであり,原告が行った本件保険金支払請求は法的にも有効なものであって,被告に対する付遅滞の効果も発生するものと解される。

(エ) それ故,被告の前記(ア)の主張も採用することができない。

ウ まとめ

よって,被告は,原告に対し,全損保険金支払請求をした翌日である平成8年10月19日から遅滞の責任を負う。

第5抗弁の検討

1  抗弁(1)(錯誤)の検討

(1)  事実の認定

証拠(甲37~48,乙18〔枝番を含む〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 原告は,平成6年秋ころ,H株式会社との間で,本件漁船の売買契約を締結したが,当初の契約では,本件漁船の船体及び機関を,売買価格約1億0403万円とする旨の合意をしていた(乙18の1)。

イ ところが,原告が本件漁船の購入に際して,公庫から融資を受けるに当たり,1億円を超える融資を受けると原告の借入金返済の負担が過大となり,漁業経営が圧迫されるおそれがあることが判明した。

そこで,原告は,H株式会社に頼み込んで,主機関の店頭見本を使用したり,同社の利益を少なくしてもらう等して特別に値引きしてもらい,結局,売買価格8240万円で本件漁船の船体及び機関等を購入した(乙18の2)。

ウ 原告は,本件漁船での沖合底引き網漁業の操業に必要不可欠な冷凍機,ロープ,網等の漁労道具については,これを外注し,その費用である約1740万円を,外注先に直接支払った。その内訳は,下記のとおりである。

冷凍機

980万0000円

ロープ

405万5975円

網代

228万1615円

シート改造

1万8746円

船舶用品

39万5100円

漁業用ストッパー

2万6800円

サイドスラスター・油圧機器

203万1648円(甲47)

エ さらに,原告は,先代のA丸(原告の父が所有していた鉄鋼船)の無線機器・送風機・ポンプ装置等の残余予備品79万5160円(甲46)を,本件漁船の属具として転用した。

(2)  検討

ア 本件保険契約の保険の目的たる本件漁船には,その船体,航海計器,機関,属具等が含まれるところ(乙10・11頁参照),上記認定のとおり,本件漁船の船体,機関,属具等を含めた実有価額は,合計金1億0293万5044円であり,保険価額1億円を超えていることは明らかである。

イ よって,被告の錯誤の主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

2  抗弁(2)(消滅時効),再抗弁(時効利益の放棄)の検討

(1)  抗弁(2)(消滅時効)について

ア 消滅時効の起算点について

定款43条によると,保険金支払義務は,2年を経過したときは,時効によって消滅すると定められている。もっとも,本条は,短期消滅時効の起算点を定めていないので,民法166条1項により,その起算点を決すべきことになる。

民法166条1項によると,債権の消滅時効は,権利を行使し得る時から進行するとされ,これは,法律上権利を行使することができる時の意味であるところ,保険金支払請求権は,保険事故の発生と同時に発生するものであるから,保険事故発生の時から消滅時効が進行するものと解される。

イ 本件への当てはめ

これを本件について見るに,保険事故たる本件衝突事故が発生したのは平成7年9月11日であるから,その日が原告の保険金支払請求権に係る消滅時効の起算点となる。

そして,原告が,本件訴訟の提起により,被告に対して保険金支払請求をしたのは,平成10年8月10日であり(当裁判所に顕著な事実),これは,平成7年9月11日から2年が経過した後である。

よって,原告の被告に対する分損保険金支払請求権は,消滅時効の要件を満たす。

(2)  再抗弁(時効利益の放棄)について

ア 証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によると,被告は,平成9年2月22日,原告に対し,保険金請求手続を直ちに取るよう求めたことが認められる。

イ したがって,被告は,原告の保険金支払請求権の消滅時効完成後である平成9年2月22日に,原告に対する保険金支払義務の存在を前提とする行為をしており,これは,黙示の債務承認に該当する。

ウ よって,被告が,原告に対し,原告の保険金支払請求権の消滅時効を援用することは,信義側上許されない。

(3)  まとめ

それゆえ,原告の本件保険金支払請求権が,時効により消滅しているものとは認められない。

3  抗弁(3)(損益相殺)の検討

(1)  次の事実は,当事者間に争いがない。

ア 原告は,平成8年1月,B丸船主・訴外Iとの示談交渉により,本件衝突事故の損害賠償金2591万5895円(本件示談金)を受領した。

イ 当時,原告は,B丸船主に対し,本件漁船の修繕費に係る損害賠償請求権(修繕費債権)と,休業損害に係る損害賠償請求権(休損債権)とを有していた。

(2)  被告は,「原告は,B丸の船主から,本件示談金のうち1287万6657円を修繕費債権への弁済として受領したものである。」と主張する。

仮に,上記主張とおりであったとしても,被告自身,本件漁船の船体修理費(本件漁船をE造船所で6回にわたり修理したことによる費用)として,2457万7000円の修繕費がかかっていることを認めている。

したがって,本件示談金のうち1287万6657円は,修繕費債権2457万7000円に充当されたのであり,前記第4の2(3)ウで認容した原告の被告に対する分損保険金4882万5000円(本件漁船の減価額であり,修繕費2457万7000円は含まれていない。)とは損益相殺の対象にはならない。

(3)  よって,被告の抗弁(3)(損益相殺)も理由がない。

第6請求原因(5)(乙請求-損害賠償請求)の検討

1  原告の主張

原告は,次のとおり主張する。

(1)  被告は,組合員に対し,保険事故による損害の復旧を容易にするとともに,組合員の漁業経営が困難となることを防止する義務があり,可及的速やかに定款31条の損害調査を実施し,組合員の保険金支払請求に応じて速やかに保険金をてん補する義務を負担している。

(2)  ところが,被告(担当・C理事)は,本件衝突事故の約2か月も後に,ようやく定款31条の損害調査を依頼し,平成7年11月7日に漁船保険中央会による損害調査が実施されたが,目視による短時間の調査にとどまり,十分な損害調査がなされたとは言い難い。

(3)  そのため,本件漁船は,6度にも及ぶ修繕を経てもなお,異常な船体の右傾斜,異常な船体の振動,船内への浸水・漏水を改善することができなかったのに,被告(担当・C理事)は,本件漁船の抜本的修繕あるいは推定全損処理(委付)を拒否し,一方的に修繕の完了を宣言した。

(4)  被告(担当・C理事)が,原告に対して,速やかな損害調査を怠り,かつ,本件漁船の抜本的修繕,あるいは推定全損処理(委付)を怠ったため,原告は,修繕効果の伴わない修繕工事の繰り返しを余儀なくされ,その間,沖合底曳網漁業を休業せざるを得なかった。その結果,原告は,1億0530万2116円もの休業損害を被った。

(5)  よって,原告は,被告に対し,債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償金1億0530万2116円のうち金5000万円,及びその遅延損害金の支払を求める。

2  検討

(1)  損害調査義務違反について

ア 定款31条は,保険事故による損害が生じたときは,漁船保険中央会又は水産庁の適当と認める機関に対し,当該損害の額の計算についての調査を依頼する旨規定する。このように,定款31条は,飽くまで被告が支払うべき保険金の額を決定するため,調査を行う旨定める規定であるから,被告がすみやかに上記調査を依頼しなかったからといって,それだけでは,被告が,組合員に対し,債務不履行責任,不法行為責任(使用者責任)を負うものではない。

イ のみならず,本件では,被告は,本件衝突事故の約2か月後に,定款31条の損害調査を依頼しており,その結果,平成7年11月7日に漁船保険中央会による損害調査が実施されているのであるから,被告には,債務不履行責任,不法行為責任(使用者責任)を認める前提としての損害調査義務違反はないことが明らかである。

(2)  損害復旧義務違反について

ア 保険事故による損傷の修繕は,被害漁船の船主と造船所との契約によって行われるもので,被告は,原告の主張する意味における被害漁船の抜本的修繕義務を負担していない。また,被告は,定款31条に基づく「損害額の計算についての調査」により,適当と認められる全損,あるいは分損保険金の査定を行うものであるから,被告は,原告の主張する意味における全損処理義務を負担しているとも認められない。

イ このことは,本件のように,被告が被害漁船の修繕方法等に関して積極的に関与・主導したとの事情があったとしても,異なるものではない。

(3)  債務不履行責任,不法行為責任(使用者責任)について

ア 被告は,平成8年12月10日,原告に対し,本件漁船の修繕費を2427万0560円と査定し,B丸船主から受領した示談金2591万5895円中の1287万6657円を修繕費に充当し,残り1139万3903円を支払うと通知している。しかし,原告が被告の上記査定額を拒否したため,今日まで保険金の支払がなされなかったという経過がある(前記第3の1(13)ウ)。

イ 前記第3の1の認定によると,本件衝突事故と相当因果関係のある本件漁船の修繕額は幾らかについては,その認定が困難であることが明らかである。本件衝突事故が発生したのは平成7年9月11日,第6回修繕が実施されたのが平成8年9月,被告が保険金の査定をしたのが平成8年12月であるから,その査定の時期が遅いともいえない。

ウ しかも,被告が修繕費を2427万0560円と査定した行為が,余りにも安い金額であって,被告に巨額の損害賠償金支払を命じなければならないような債務不履行,不法行為であるとは到底評価できない。

その上,前記第4の1,2で認定判断したとおり,本件では,定款58条が定める推定全損の要件を満たしていないし,定款51条が定める分損の要件も形式的には満たしていない。それだけに,被告が査定した修繕額を原告が拒否した場合,被告がその対応に苦慮したことは理解できる。

エ 以上の事実に照らせば,被告が当裁判所が認定した保険金額よりも安い保険金額の査定をし,現在に至るまで当該査定金額も原告に支払っていないからといって,被告に,巨額の損害賠償金支払を命じなければならないような債務不履行,不法行為であるとはいえない。

(4)  まとめ

以上の次第で,原告の乙請求(損害賠償請求)は理由がない。

第7結語

よって,原告の甲請求については,前記第4の2(3)ウ,同3(3)ウ認定の限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,原告の乙請求については,全て理由がないので棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 秋田志保)

裁判官 中村哲は,転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 紙浦健二

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