神戸地方裁判所 平成11年(ワ)511号 判決 2002年4月30日
主文
1 被告両名は,原告に対し,それぞれ金14万9347円宛,及びこれに対する平成11年3月19日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分して,その9を原告の負担とし,その余を被告両名の負担とする。
4 この判決の1項は仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求める裁判
1 原告(請求の趣旨)
(1) 被告両名は,原告に対し,それぞれ金259万9347円宛,及びこれに対する平成11年3月19日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告両名の負担とする。
(3) この判決は仮に執行することができる。
2 被告両名(請求の趣旨に対する答弁)
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者の主張
1 原告(請求原因)
(1) 当事者
ア Aは,平成5年5月27日死亡した。
イ Aの相続人は,長男亡B(Aの孫)である被告甲,長男亡Bの長女(Aの孫)である被告乙,長女C,四女D,四男E,五男F,五女原告の7名である(別紙相続関係図参照)。
ウ 被告両名は,平成7年9月29日,Cから,その相続分(6分の1)をいずれも2分の1宛(12分の1宛)譲渡を受けた。したがって,被告両名の相続分は各6分の1宛となった。
(2) 求償金請求権
ア Aは,平成元年12月28日,株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)から,次の(ア)ないし(ウ)の約定で5000万円を借り受けた。原告は,同日,富士銀行に対し,Aの上記債務を連帯保証する旨を約した。
(ア) 弁済期 平成22年4月28日
(イ) 返済方法 元利金毎月分割払い
(ウ) 利息 年5.25%
イ Aの富士銀行に対する借入金は,A死亡時点で,4613万3771円残存していた。原告は,Aの死後,富士銀行に対し,連帯保証人として合計2073万1615円を代位弁済した。
ウ したがって,原告は,被告両名に対し,各求償金345万5269円宛(2073万1615÷6)を有する。
(3) 費用償還請求権
ア 主位的主張
(ア) 別紙物件目録記載1の建物(以下「本件1建物」という。)は,Aの遺産であった。
(イ) 原告は,平成9年2月17日から同年3月18日にかけて,本件1建物の外装改修工事を行い,平成9年3月5日に150万円,同年4月7日に660万円の合計810万円の補修工事代金を支払った。
(ウ) ところが,神戸家庭裁判所での平成10年2月24日付の遺産分割審判(平成11年〔家〕第2111号,以下「本件遺産分割審判」という。)で,被告両名が本件1建物を取得(相続)した。
(エ) そのため,原告は,義務なくして被告両名所有不動産(本件1建物)に810万円の補修工事代金を支出したことになり,民法702条に基づき,被告両名に対し,各405万円(810万円÷2)ずつの費用償還請求権を有している。
仮に,原告の前記(イ)の行為につき事務管理が認められないとしても,民法196条に基づき,前記各405万宛円の費用償還請求権を有している。
イ 予備的主張
仮に,原告が被告らに対し,補修工事代金810万円の各6分の1宛(原告らの各相続分)の費用償還請求権しか認められないとすると,次のとおり主張する。
(ア) 別紙物件目録記載2の建物(以下「本件2建物」という。)は,Aの遺産であった。
(イ) 原告は,平成9年2月から3月にかけて,本件2建物の外装改修工事を行い,平成9年4月7日に補修工事代金150万円を支払った。
(ウ) ところが,本件遺産分割審判で,E(Aの4男)が本件2建物を取得(相続)した。
(エ) したがって,原告は,被告両名に対し,次のa,bの合計960万円の各6分の1宛(原告らの各相続分割合)である各160万円宛の費用償還請求権を有する。
a 本件1建物の補修工事代金810万円(前記ア(イ))
b 本件2建物の補修工事代金150万円(前記イ(イ))
(4) 相殺等
ア 主位的主張
(ア) 原告は,被告両名に対し,前記(2)の求償金請求権345万5269円,前記(3)アの費用償還請求権405万円の合計750万5269円の請求権を有する。
(イ) 他方,原告は,本件遺産分割審判により,被告両名に対し,各490万5922円の代償金を支払うように命ぜられている。
(ウ) そこで,原告は,本件訴訟の訴状で,被告両名に対し,上記(ア)の債権中の490万5922円を自働債権とし,上記(イ)の債権490万5922円を受働債権として,対当額で相殺する意思表示をした。
イ 予備的主張
(ア) 原告は,被告両名に対し,前記(2)の求償金請求権345万5269円,前記(3)イの費用償還請求権160万円の合計505万5269円の請求権を有する。
(イ) 他方,原告は,本件遺産分割審判により,被告両名に対し,各490万5922円の代償金を支払うように命ぜられている。
(ウ) そこで,原告は,平成13年11月13日付準備書面で,被告両名に対し,上記(ア)の債権中の490万5922円を自働債権とし,上記(イ)の債権490万5922円を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(5) 結論
よって,原告は,被告両名に対し,次のアの金員(予備的に次のイの金員),及びこれに対する平成11年3月19日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
ア 主位的請求
求償金等259万9347円(750万5269円-490万5922円)
イ 予備的請求
求償金等14万9347円(505万5269円-490万5922円)
2 被告ら(請求原因に対する認否,反論)
(1) 請求原因(1)(当事者)は認める。
(2) 請求原因(2)(求償金請求権)は知らない。
(3) 請求原因(3)(費用償還請求権)について
ア 主位的主張について
(ア) 請求原因(3)ア中,同(ア)(ウ)は認め,同(イ)は不知,同(エ)は争う。
(イ) 仮に被告らが原告に対し費用償還義務があったとしても,原告が出捐した改修工事代金810万円の各6分の1宛(被告らの相続分割合)である。
イ 請求原因(3)イ(予備的主張)は不知ないし争う。
(4) 請求原因(4)(相殺等)について
請求原因(4)中,同ア・イの各(ア)は争い,各(イ)は認める。
理由
第1請求原因(2)(求償金請求権)の検討
1 証拠(甲1~61)及び弁論の全趣旨によると,請求原因(2)ア(Aの富士銀行からの借入,原告の保証),同イ(原告の代位弁済)が認められる。
2 そして,請求原因(1)(当事者)は当事者間に争いがない。
3 以上によると,原告は,被告両名に対し,それぞれ求償金請求権345万5269円宛(2073万1615÷6)を有することが認められる。
第2請求原因(3)(費用償還請求権)の検討
1 争いのない事実
請求原因(1)(当事者),同(3)ア(ア)(本件1建物がAの遺産),同(3)ア(ウ)(被告両名が本件遺産分割審判で本件1建物を取得)は,当事者間に争いがない。
2 主位的請求について
(1) 事実の認定
前記1の争いのない事実に,証拠(甲62~66,甲82,乙1~3)及び弁論の全趣旨を総合すると,次のアないしウの事実が認められる。次のエの事実は,当裁判所に顕著な事実である。
ア Aは,生前,本件1建物(鉄筋コンクリート造陸屋根4階建共同住宅・事務所)を所有していたが,平成5年5月27日死亡した。本件建物1は,昭和60年3月5日に新築された賃貸マンションである(甲65)。
イ 本件1建物は,平成7年1月17日の阪神大震災で罹災した。
そこで,原告は,平成9年2月17日から同年3月18日にかけて,本件1建物の外装改修工事(震災による補修工事)を行い,平成9年3月5日に150万円,同年4月7日に660万円の合計810万円の補修工事代金を支払った(甲62~64)。
本件外装改装工事では,本件1建物外装の止水工事,塗装工事,屋上防水工事がなされた(甲66,甲82)。
ウ 神戸家庭裁判所は,平成10年2月24日,本件1建物を被告両名に取得(相続)させる旨の遺産分割審判(本件遺産分割審判)をした。本件遺産分割審判は即時抗告されたが,即時抗告が平成10年7月13日に棄却されて確定した(乙1,2)。
本件遺産分割審判では,本件1建物を評価するに当たり,借家権の負担を控除せず,平成6年度の固定資産税評価額によった。
エ 本件1建物の賃料は,Aの後妻の子供達(D,E,F,原告)(別紙相続関係図参照)が取得していた。
そこで,被告両名は,平成11年7月,上記後妻の子供達を被告として,当裁判所に,同人らがAの死後受領していた本件1建物の賃料について,本件遺産分割審判が確定するまでの賃料については各6分の1(原告らの相続分)の割合で,その後の賃料は各2分の1(本件1建物の持分)の割合で,返還を求める訴訟を提起した。
同訴訟(当裁判所平成11年(ワ)第1528号)は,現在も当裁判所に係属している。
(2) 検討
ア 必要費部分について
(ア) 遺産の管理費用については,民法885条1項が「相続財産に関する費用は,その財産の中から支弁する。」と定めているので,遅くとも遺産分割審判に際して積極的相続財産によって清算せられるべきものである。
しかし,もしこれが遺産分割審判でも審判の対象とされず残存していたときは,遺産の管理費用の本来の性質が各相続人の固有の債務であるから,民法253条1項により,各相続人がその相続分に応じて負担すべく,それは本来の家事審判事項ではないから,最終的には地方裁判所での訴訟手続によって解決すべきものである。
(イ) これを本件についてみるに,補修工事代金810万円中の必要費(本件1建物の保存に要した費用-建物の価値を維持するために要した費用)に当たる部分は,遺産の管理費用に当たる。
そして,本件遺産分割審判(乙1)では,上記必要費に当たる部分についても,全く考慮されていないので,Aの各相続人がその相続分に応じて負担すべきものであり,被告両名についても,その各相続分6分の1の割合で負担すべきものである。
イ 有益費部分について
本件遺産分割審判(乙1)では,補修工事代金810万円中の有益費(本件1建物の改良に要した費用)に当たる部分についても,全く考慮されていない。そこで,原告は,補修工事代金810万円の殆ど全額が有益費であったとして,被告らが810万円全額を負担すべきであると主張する。しかし,原告のこの主張は認められない。その理由は,次のとおりである。
(ア) 本件1建物外装改修工事代金中,止水工事代金及び同工事に伴い必然的に必要となった塗装工事代金部分は,本件1建物の保存に要した費用-建物の価値を維持するために要した費用であり,必要費である。したがって,補修工事代金810万円中の相当額が必要費であるといえる(甲66,甲82,弁論の全趣旨)。
(イ) 原告が本件1建物外装改装工事をしたのは,平成9年2月から3月にかけてである(前記(1)イ)。他方,本件遺産分割審判が確定したのは平成10年7月であり(前記(1)ウ),被告両名は,この時点で,本件1建物を遺産分割により取得したものである。
そして,補修工事代金810万円中の有益費相当額の全額が,上記平成10年7月時点で,本件1建物の増加額として現存していたことを認めるに足る的確な証拠がない(民法196条2項,608条2項参照)。
(ウ) 本件遺産分割審判では,本件1建物を評価するに当たり,平成6年度の固定資産税評価額によっている(前記(1)ウ)。すなわち,被告両名は,本件遺産分割審判により,平成7年1月17日の阪神大震災で破損した安い建物の評価額ではなく,破損する前の高い評価額で本件建物を取得している。
それなのに,本件訴訟で,被告両名に対し,さらに震災による補修工事代金810万円全額を負担させたのでは,被告両名に二重の負担を強いることになる。
(エ) 被告両名は,本件遺産分割審判により,平成6年度の固定資産税評価額で本件建物を取得している。建物の固定資産税評価額は,新築後毎年減額されていくものであるのに,被告両名は,平成10年度(本件遺産分割審判の確定時)の固定資産税評価額(安い評価額)ではなく,平成6年度の固定資産税評価額(高い評価額)で本件1建物を取得しているのである。
それなのに,本件訴訟で,被告両名に対し,さらに本件1建物の補修工事代金810万円全額を負担させたのでは,被告両名に著しく高額の負担を強いることになる。
(オ) 本件1建物は賃貸マンションであるのに,本件遺産分割審判では,本件1建物を評価するに当たり借家権減価をしていない(前記(1)ウ)。すなわち,被告両名は,本件遺産分割審判により,借家権価額分だけ高い評価額で,本件1建物を取得している。
それなのに,本件訴訟で,被告両名に対し,さらに本件1建物の補修工事代金810万円全額を負担させたのでは,被告両名に対し,ますます高い価額で本件1建物を取得させることになる。
ウ まとめ
本件では,原告が支出した本件1建物の補修工事代金810万円中,必要費部分が幾らで,有益費部分がいくらであるかを認めるに足る的確な証拠がない。さらに,本件遺産分割審判の確定時点で,本件1建物外壁改修工事をしたことによる増加額を認めるに足る的確な証拠もない。
そして,前記ア(必要費部分について),イ(有益費部分について)で判断した諸事情に照らせば,原告の費用償還請求(補修工事代金810万円の支払請求)については,被告両名が事実上認めている限度(補修工事費810万円の各6分の1〔原告両名の各相続分割合〕である135万円)では認めることができるが,それを越える金額を認めるに足る的確な証拠がないものといわざるを得ない。
3 予備的請求について
前記1の争いのない事実に,証拠(甲67,甲81,乙1)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
(1) 本件2建物は,Aの遺産であった。
(2) 原告は,平成9年2月から3月にかけて,本件2建物外装改修工事を行い,平成9年4月7日に補修工事代金150万円を支払った。
(3) ところが,本件遺産分割審判で,E(Aの4男)が本件2建物を取得(相続)した。
(4) したがって,原告は,被告両名に対し,次のア,イの合計160万円宛の費用償還請求権を有する。
ア 本件1建物の補修工事代金810万円の6分の1宛(原告らの各相続分割合)である135万円宛(前記2(2)ウ)
イ 本件2建物の補修工事代金150万円の6分の1宛(原告らの各相続分割合)である25万円宛
第3請求原因(4)(相殺等)の検討
1 原告は,被告両名に対し,前記第1で認定した求償金請求権345万5269円,前記第2の3で認定した費用償還請求権160万円,以上の合計505万5269円の請求権を有する。
2 他方,原告は,本件遺産分割審判により,被告両名に対し,各490万5922円の代償金を支払うように命ぜられている(当事者間に争いがない。)。
3 原告が,平成13年11月13日付準備書面で,被告両名に対し,上記1の債権中の490万5922円を自働債権とし,上記2の債権490万5922円を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした事実は,記録上明らかである。
4 そうすると,被告両名は,原告に対し,それぞれ14万9347円(505万5269円-490万5922円)宛の支払義務があることが認められる。
第4結論
1 以上によると,原告の被告両名に対する本件各求償金等請求は,下記金員の支払を求める限度で理由があるので,これを認容し,その余は理由がないので棄却すべきである。
記
各求償金等14万9347円,及びこれに対する平成11年3月19日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金
2 よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 紙浦健二)