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神戸地方裁判所 平成11年(行ウ)12号 判決 2002年11月07日

原告

甲こと

同訴訟代理人弁護士

林田崇

被告

兵庫税務署長

石井求

同指定代理人

小林邦夫

鴫谷卓郎

大杉博

林実

福田幸治

浅野由佳

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

被告が平成9年6月30日付けで原告に対して行なった、原告の平成6年分の所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分中、平成10年12月7日付け国税不服審判所の裁決書及び平成11年6月9日付け国税不服審判所の裁決書訂正書により維持された部分(ただし、納付すべき税額が4万6000円を超える部分)(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第2事案の概要等

1  事案の骨子

本件は、原告が被告に対し、次の(1)(2)のとおり主張して、原告の平成6年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分中、平成10年12月7日付け国税不服審判所の裁決書及び平成11年6月9日付け国税不服審判所の裁決書訂正書により維持された部分(ただし、納付すべき税額が4万6000円を超える部分)(本件処分)の取消しを求める事案である。

(1)  別紙物件目録1・2記載の不動産(以下「1・2不動産」という。)の譲渡所得金額の算定に当たり、原告の連帯保証債務履行にともなう株式会社A(以下「A」という。)に対する求償金債権について、所得税法64条2項を適用すべきである。

(2)  原告が、別紙物件目録1(2)記載の不動産(以下「1(1)不動産」という。)、別紙物件目録2(1)記載の不動産(以下「2(1)不動産」という。)を売却した際、原告の兄弟である丙外5名に対して和解金(以下「本件和解金」という。)5058万円を支払っている。原告の譲渡所得金額の算定に当たり、1・2不動産売却による収入金額から本件和解金を控除すべきである。

2  前提事実等

次の(1)ないし(5)の事実は、当事者間に争いがない。

(1)  原告は、Aの代表取締役である。

(2)  1・2不動産の売却等

ア 原告は、平成5年8月13日、B株式会社(現在の株式会社C(以下「C」という。)に対し、1不動産を1億1390万4000円で売却し(甲14の1・2,15)、Cから次のとおりその売却代金を受領した。

(ア) 平成5年8月13日 1500万円

(イ) 平成5年9月16日 800万円

(ウ) 平成6年2月24日 9090万4000円

イ 原告は、平成6年2月24日、Cに対し、2不動産を1億9463万8000円で売却し(甲13の1ないし6,16)、同日、Cからその売却代金全額を受領した。

(3)  連帯保証、代位弁済、求償権の放棄

ア 原告は、Aの別表1記載のD銀行及びE信用組合からの借入金債務(以下「本件借入金債務」という。)について、各金融機関に対し、本件借入金債務を連帯保証する旨を約していた。

イ 原告は、Aの連帯保証人として、1・2不動産の売却代金の中から、平成6年2月24日・同年2月25日・同年6月30日の3回にわたり、D銀行に対し合計1億3852万0343円を支払い、E信用組合に対し合計7543万7820円を支払って、本件借入金債務を代位弁済した。

その結果、原告は、Aに対し、合計2億1395万8163円の求償金債権(以下「本件求償金債権」という。)を取得した。

ウ ところが、原告は、Aに対し、平成6年12月31日付け書面で求償金1億1390万4000円について、また、平成7年12月31日付け書面で求償金9991万2725円について、それぞれ放棄する旨の意思表示をした(甲12の1・2)。

(4)  確定申告等

ア 原告は、原告の平成6年分(申告期限平成7年3月15日)の所得税について、1不動産を上記のとおり売却したが、所得税法64条2項の適用があるとして、分離長期譲渡所得金額を零円として、別表2の当初申告欄記載のとおりの内容で、その申告期限内に確定申告をした。

イ 次いで、原告は、原告の平成7年分(申告期限平成8年3月15日)の所得税について、2不動産の売却代金が平成7年分の所得に帰属するが、所得税法64条2項の適用があるとして、分離長期譲渡所得の金額を零円として、別表2の当初申告欄記載のとおりの内容で、その申告期限内に確定申告をした。

ウ 原告は、平成8年8月8日、原告の平成7年分の所得税について、別表2の修正申告欄記載のとおり、所得から差し引かれる金額及び翌年に繰り越す雑損金の金額を修正した申告書を提出した。

(5)  課税の経過等

ア 被告は、原告の平成6年分、平成7年分の各所得税について、次の(ア)(イ)の理由で、別表2の平成6年分、平成7年分の各更正処分等の欄記載のとおりの内容とする更正処分をした。

(ア) 原告の2不動産の譲渡所得の帰属年度は、平成7年ではなく平成6年である。

(イ) 原告の1・2不動産の譲渡所得金額の算定に当たり、原告の連帯保証債務の履行にともなうAに対する求償金債権について、所得税法64条2項を適用することはできない。

イ 原告の平成6年分、同年7年分の所得税の確定申告、修正申告、更正処分等、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決、裁決(訂正)の経緯は、別表2のとおりである。

(6)  所得税法の規定

ア 所得税法64条2項

所得税法64条2項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償金債権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使をすることができないこととなった金額については、所得の金額の計算上なかったものとみなす旨規定している。

イ 所得税法33条3項、38条1項

譲渡所得の金額は、当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除することになっており(所得税法33条3項)、上記資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とされている(所得税38条1項)。

(7)  原告の本件訴訟での主張

ア 原告は、本件訴訟の途中から、原告の2不動産の譲渡所得の帰属年度は、平成7年ではなく平成6年であることを認めるに至った。

イ 原告は、本件訴訟でも、原告の1・2不動産の譲渡所得金額の算定に当たっては、原告の連帯保証債務の履行にともなう本件求償金債権について、所得税法64条2項の適用を主張している。

ウ 原告は、本件訴訟の途中から、新たに、「原告が、1(1)不動産、2(1)不動産を売却した際、原告の兄弟である丙外5名に対して、本件和解金5058万円を支払っている。本件和解金は、原告の1・2不動産売却による収入金額から控除すべきである。」と主張するに至った。

3  争点

本件の争点は、本件処分の適法性の有無であり、具体的には次の3点である。

(1)  所得税法64条2項適用の有無

原告の1・2不動産の譲渡所得金額の算定に当たり、原告の連帯保証債務履行にともなうAに対する求償金債権について、所得税法64条2項を適用することができるか。

(2)  和解金支払の有無、その控除の可否

原告が、1(1)不動産、2(1)不動産を売却した際、原告の兄弟である丙外5名に対して本件和解金5058万円を支払ったか。もし原告が本件和解金を支払っているとすると、本件和解金は、原告の平成6年分の譲渡所得金額の計算上控除すべきか。

(3)  原告の平成6年分所得税の納付すべき税額、過少申告加算税額はいくらか

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(所得税法64条2項適用の有無)について

ア 原告の主張

(ア) 粉飾決算

Aの法人税の申告は粉飾決算に基づくものであり、Aは、平成3年1月以前から極度の営業不振により、実質的には多額の累積欠損金を生じていた。

(イ) 返済能力の欠如

原告が、本件求償金債権を取得した当時や、本件求償金債権を放棄した時点で、Aは、本件求償金の返済能力がなく、将来にわたっても資金状態が好転する見込みがなかった。

(ウ) まとめ

したがって、原告がAから本件求償金を回収することは不可能であったから、本件求償金債権ないしその放棄については、所得税法64条2項を適用すべきである。

イ 被告の反論

(ア) 所得税法64条2項の不適用-その①

原告が本件求償金債権を取得した当時やこれを放棄した時点で、Aは事業を継続しており、将来的にも利益を上げる可能性があった。したがって、原告は、Aの営業実績と支払能力に応じ、本件求償金について弁済を猶予して長期の分割方法を採用すれば、本件求償金の回収を図ることが可能であった。

そうすると、「本件求償金を行使することができないときになったとき」の要件を充足しておらず、本件求償金債権の放棄については、所得税法64条2項を適用することができない。

(イ) 所得税法64条2項の不適用-その②

主たる債務者が金員を借り入れた時期より保証人が土地を譲渡した時期が先の場合には、保証人が保証債務を履行するため土地を譲渡した場合に該当しないから、所得税法64条2項の適用がない。

これを本件について見るに、1不動産の譲渡は平成5年8月13日であるが、Aの平成5年8月25日及び同月27日付けの借入金債務(別表1の4及び8)は1不動産の譲渡後の借入であるから、同借入金債務に対する1不動産の譲渡代金による代位弁済分は、所得税法64条2項の適用がない。

(2)  争点(2)(和解金支払の有無、その控除の可否)について

ア 原告の主張

(ア) 原告の兄弟である丙外5名は、1(1)不動産、2(1)不動産が原告固有の財産ではなく、原告及び丙外5名の父丁の遺産であるとして、1(1)不動産については相続回復請求権、2(1)不動産については遺留分減殺請求権を行使してきた。

(イ) そこで、原告は、1・2不動産の譲渡に際し、丙外5名に対し、本件和解金として、その請求の範囲内である5058万円を支払うこととし、平成6年2月23日までに保証小切手でその支払をした。

(ウ) したがって、原告が支払った本件和解金は、1・2不動産の譲渡にともなう譲渡所得の金額から控除すべきである。

イ 被告の反論

(ア) 原告が本件和解金を支払った事実はない。

(イ) 取得費や譲渡費用(所得税法33条3項)ではない。

仮に、原告が本件和解金を支払っていたとしても、本件和解金は、資産の取得費や譲渡費用(所得税法33条3項)ではないので、原告の平成6年分の譲渡所得金額の計算上控除すべきではない。その理由は、次のとおりである。

a 本件和解金の趣旨は、遺産分割の代償金か、遺留分減殺請求を受けた受遺者の価額弁済である。

b 譲渡所得の金額については、所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除することになっている(所得税法33条3項)ところ、資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額とされている(所得税法38条1項)。

c 原告が1(1)不動産、2(1)不動産の売却に関連して支払った本件和解金は、1(1)不動産、2(1)不動産の取得費に該当せず、したがって、その譲渡所得の計算上、本件和解金を控除することはできない(最高裁平成6年9月13日判決・判例時報1513号97頁参照)。

d 資産の譲渡に要した費用とは、資産の譲渡を実現するために直接必要な経費をいう。ところが、本件和解金は、1・2不動産のCへの譲渡を実現するために直接必要な経費とはいえないから、所得税法33条3項にいう資産の譲渡に要した費用とは認められない。

(3)  争点(3)(納付すべき税額、過少申告加算税額)について

ア 被告の主張

(ア) 原告の平成6年分の分離長期譲渡所得の金額は、別表2記載の2億0481万2756円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表3記載のとおりである。

(イ) 原告の平成6年分の納付すべき税額は、別表2記載の5590万7600円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表4記載のとおりである。

(ウ) 原告の平成6年分の過少申告加算税は、別表2記載の835万4000円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表5記載のとおりである。

イ 原告の認否、反論

(ア) 原告は、平成6年分の分離長期譲渡所得の金額は零、納付すべき税額は4万6000円、過少申告加算税は零と主張する。

(イ) そして、原告がこのように主張する理由は、本件求償金債権ないしその放棄については、所得税法64条2項を適用すべきであること(争点1の原告主張)、本件和解金は、1・2不動産の譲渡にともなう譲渡所得の金額から控除すべきであること(争点2の原告主張)からである。

(ウ) 原告は、被告が主張する平成6年分の分離長期譲渡所得の金額、納付すべき税額、過少申告加算税額の算出根拠(計算過程)(別表3ないし5)自体については、積極的に争っていない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(所得税法64条2項適用の有無)について

(1)  所得税法64条2項の法意

所得税法64条2項は、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行による求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使をすることができないこととなった全額について、所得の金額の計算上なかったものとみなす。」旨定めている。

同規定の趣旨は、保証債務を履行するために資産を譲渡して所得を生じたが、保証債務の履行に充てたことによって生じた求償金債権の回収ができなくなったときには、資産の譲渡者が実質的にその譲渡による所得を享受していないことを考慮して、課税上例外的に租税減免をしようというものである。

そこで、同条の趣旨からすると、上記「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは、求償金債権の相手方である主たる債務者について、破産宣告、特別清算等の開始決定を受けた場合、失踪、事業閉鎖等の事実が発生した場合、債務超過の状態が相当期間継続し、金融機関や大口債権者の協力を得られないため、事業運営が完全に閉塞状態に陥り、再建の見込みが全く断ち切られていること、その他これらに準ずる事情があるため、求償金債権を行使しても、回収の見込みのないことが客観的に確実になった場合をいうものと解するのが相当である。

(2)  Aの状況

証拠(甲6、甲7、甲17、甲36~38、乙2、乙3、原告本人〔一部〕)によると、次の事実が認められる。

ア Aは、原告が本件求償金債権を放棄した平成6年12月31日及び平成7年12月31日の各時点において、営業を継続していたことはもとより、その後も、平成12年12月まで、5、6年間にもわたり営業を継続していた。

イ また、その前後の営業状況を見ても、Aの売上金額は、平成5年12月期から平成11年12月期までの間、一定の水準を保って推移しており、平成8年には役員報酬の増額までしている。そして、Aの売上金額は、平成9年12月期から平成11年12月期までは、かえってそれまでよりも増加している。

現に、戊は、Aに対し数千万円を貸し付けていたが、平成8年から平成11年ごろまでは順調に貸付金の返済を受けていた。

ウ ところが、Aは、平成12年12月25日、不渡手形を出して倒産した。その原因は、平成12年になってから、Aが公共工事の受注が取れなくなったことと、Aの取引銀行であったF銀行の経営状態が悪化したことに伴い、同銀行からの融資が打ち切られたことによる(乙2,3)。

このことは、原告本人が自認するところでもある(原告本人調書27,28頁)。

(3)  当裁判所の判断

上記(2)で認定した事実を踏まえて、原告の本件求償債権放棄について、所得税法64条2項の適用があるかどうかについて、以下検討する。

ア 原告が本件求償金債権を放棄した当時、原告が多額の保証債務を履行せざるを得ない状況であったことからすると、Aの経営状況が苦しかったことは確かである。

イ しかし、Aは、その当時、破産宣告や特別清算等の開始決定を受けたわけでもなく、その後、5年間にわたって事業を継続し、その間、事業が好転した時期もあった。

仮に、その当時、Aに再建の見込みがないような状況だったのであれば、原告自身が本件求償金債権の放棄ではなく、回収を図ったはずであり、好転の見通しがあったからこそ、Aの営業を継続していったものである。

また、Aが倒産した主要な原因も上記(2)ウで認定したとおりであって、同倒産の事実をもって、原告が本件求償権債権を放棄した当時、Aの事業が閉塞状態で、再建の見通しもなかったとはいえない。

ウ 以上の事実を踏まえると、原告が本件求償金債権を放棄した当時、上記(1)で説示したような「破産宣告、特別清算等の開始決定を受けた場合、又は、失踪、事業閉鎖等の事実状態が生じた場合、債務超過の状態が相当期間継続して、金融機関や大口債権者の協力を得られないため、事業運営が、完全に閉塞状態に陥り、再建の見通しが全く断ち切られていること、その他これらに準ずる事情があるため、本件求償金債権を行使しても、回収の見込みのないことが客観的に確実である場合」というような状況ではなかった。

エ そうすると、原告は、本件求償債権の放棄について、所得税法64条2項の適用を受けることはできない。

(4)  前記判断に反する原告主張の検討

ア 粉飾決算

(ア) 総論

原告は、原告の逐年にわたる確定申告書の記載は、真実に反する粉飾決算に基づくものであって、その実体からすれば、Aは、本件求償債権を放棄した当時、倒産状態にあった旨主張する。

しかし、Aが決算報告書に基づき確定申告書(資格を有する税理士が作成)を提出している以上(甲1の2別表4〔Aの申告状況及び資産・負債額の状況参照〕)、これが真実に反する粉飾決算であると主張するのであれば、その真実の益金及び損金の額に算入すべき金額並びに真実の所得について、相当程度具体的に主張立証する必要があり、その主張立証がない限り、上記確定申告書に記載された所得金額を真実に反するものとし、その信用性を覆して真実の金額が原告主張のとおりであると認めることはできない。

ところが、原告は、本件訴訟で提出した決算報告書(甲17の1ないし6)をもって、真実と主張するが、その元となった原始記録(全ての元帳、補助簿、納品書、請求書、領収書等)を提出することもなく、また、上記決算報告書を作成したというG税理士(証人)は、その作成に当たって、原始記録等を確認していない旨証言している(G証人調書13,16頁)。

以上のような事情からすると、原告の上記主張に沿うG税理士の証言部分は採用できなし、上記決算報告書(甲17の1ないし6)の内容も客観的裏付けがなく信用できない。

そうすると、原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 機械装置

原告は、「Aは、機械装置(減価償却資産)の取得価額を貸借対照表に記載し、その償却費を損金経理しないことによって、資産の過大計上を行っていた。」旨主張する。

しかし、所得税法とは異なり、平成13年改正前の法人税法31条1項は、内国法人の減価償却資産について、減価償却資産の償却については任意に行うことを定めていた。

したがって、仮に、原告主張に係る上記の操作があったとしても、その操作が違法な粉飾には当たらないといえる。それゆえ、原告の上記主張も採用できない。

(ウ) 自宅兼A事務所の建物

a 原告は、平成7年中に完成した自宅兼A事務所の建物について、当該建物の地階に係る建築費用1000万円強をAが負担し、これが粉飾に当たる旨主張する。

b Aが上記負担をしたとすると、Aの貸借対照表上は、資産(建物)として計上するか、損金経理をすることになる。

そこで、Aの平成8年12月期の減価償却の計算(甲4の6)をみると、「建物」科目において、平成7年12月に782万4000円の内部造作を、平成8年12月に848万円の内部造作をそれぞれ取得したとされており、また、平成7年12月期及び平成8年12月期の法人税の申告書に添付された決算報告書写し(甲7の5・6)の貸借対照表においても、「建物」科目として、それぞれ782万4000円と1630万4000円が計上され、上記負担相当部分について、適正な経理処理がされている。

c それゆえ、Aは、自宅兼A事務所の建物の経理処理についても、違法な粉飾決算をしているものとは認められず、原告の上記aの主張も採用できない。

イ 債務超過

原告は、Aが債務超過であったとし、そのことから、直ちに事業好転の見通しがなく、本件求償金債権の行使が不能であったと主張する。

しかし、営業を継続している会社については、債務超過であったとしても、そのことから直ちに求償債権の行使が不可能であると判断されるものではない。

なぜなら、会社の収益は、その時々の景気、業界の動向や展望、社会的需要等の極めて多様な要素によって左右されるところ、仮に、一旦債務超過になったとしても、事業が好転して債務超過の状態が改善される可能性があり、実際にも、一時的に累積損失が多額になった会社が、その後の営業努力により経営を再建する事例が数多く存在するからである。

したがって、Aが、ある一定の時点で債務超過あるいは赤字経営であるとの一事をもって、直ちに事業好転の見通しがなく、Aが倒産するとか、本件求償金債権の回収が不可能であったとはいえない。

それゆえ、原告の上記主張も採用できない。

ウ 本件求償金債権の不行使

(ア) さらに、原告は、次のとおり主張する。

a Aが平成6年及び平成7年当時倒産に至らず、曲がりなりにも営業を続けられたのは、原告が、1・2不動産の売却代金によってAの借入金債務を代位弁済し、かつ、Aに対し本件求償金債権を行使しなかったことによるものである。

b すなわち、原告は、原告の代位弁済時ないしは本件求償金債権放棄時点において、本件求償金債権を行使することが不可能であったことに変わりはなく、原告が前記時点で本件求償金債権を行使していれば、Aは直ちに倒産するような経営状況であった。

(イ) しかし、求償金債権の行使可能性は、即時全額の行使可能性をいうものではない。

前記(2)の認定事実によると、Aは、原告の代位弁済時ないしは本件求償金債権放棄時点において、今後事業活動が好転して利益を上げる可能性が少なからずあり、原告は、Aの営業成績と支払能力に応じて、即時の弁済を猶予しながら長期の分割払とする等の方法を採れば、本件求償権債権を行使してその回収を図ることも十分に可能であったということができる。

それゆえ、原告の上記(ア)の主張も採用できない。

(5)  救済措置

保証債務の履行のための資産の譲渡により生じた所得を申告した後に、保証債権の求償権を行使してもその目的を達する見込みがないことが確実になったときには、当該事情が発生した日の翌日から2月以内に限り、所得税法152条の規定により、国税通則法23条1項の規定による更正の請求をすることができると定めている。

このように、保証債務の履行のための資産の譲渡により生じた所得の申告後に、求償金の行使が不能となったときには、救済措置があるので、前記(3)のとおり判断しても、納税者(原告)に不利益はない。

2  争点(2)(和解金支払の有無、その控除の可否)について

(1)  本件和解金支払の事実を認めることに疑問がある

ア 本訴提起後1年半後に突然主張していること

原告は、確定申告においても、また、異議申立て、審査請求においても、本件和解金を支払ったとは主張しておらず、本件訴訟を提起した約1年半後になって、突然その主張を始めたものである。戊税理士も、確定申告から審査請求までの段階では、原告から本件和解金について何ら話しを聞いていなかった旨証言している(戊証人調書15頁)。

もし、原告が主張するとおり、本件和解金の支払があり、その支払金が1・2不動産の譲渡所得額から控除されるとすると(原告はそのように主張している)、本件和解金は5058万円というのであるから、その支払の有無は、原告の所得税額に大きな影響を及ぼすものであるから、原告は、当然、確定申告の当初から、本件和解金支払の事実を主張していたものと思われる。

ところが、原告は、本件和解金支払の事実を、本件訴訟を提起した約1年半後になって、突然主張し始めたのであり、真実、原告が本件和解金を支払っているのであれば、以上の経過は極めて不自然、不合理なことである。

この一事をもってしても、原告が本件5058万円の和解金を支払ったという事実は、疑わしいものといわざるを得ない。

イ 支払金額の齟齬

原告は、本件和解金の支払金額について、準備書面では5058万円であったと主張していたのに(原告第4準備書面一、原告第5準備書面4、原告第7準備書面第1の1及び2)、陳述書(甲41-問13に対する回答)、原告本人尋問(原告本人調書8,9頁)においては、合計で8258万円であると供述しており、金額に大幅な齟齬がある。

もし、真実、原告が本件和解金を支払っていたのだとすると、このように支払額に大幅な齟齬をきたしていることについては、どのように理解すればよいのであろうか。

ウ 和解金の支払方法に関する虚偽供述

(ア) 原告は、「本件和解金は、Cが1・2不動産の売却代金の一部から原告の兄弟らに直接小切手で支払う旨約束し、その約束にしたがって支払われた。」旨供述する(甲41の問13に対する回答、原告本人調書8頁10行目ないし23行目)。

(イ) しかし、1・2不動産の売却代金の決済は、Cから現金、銀行振込み及び小切手でされており、現金による決済分は、原告自身が受け取っており(乙4の1~3)、銀行振込みによる決済分は、原告名義の預金口座に振り込まれており(乙4の1・5・6、乙5の1・3)、小切手による決済分は、一本化された小切手一通が原告に振り出され、Aが取り立てている(乙4・5の各1、乙6)。

そして、その全額が原告に支払われているのである。

(ウ) このように、1・2不動産の売却代金は全額が原告に支払われており、原告の兄弟である丙外5名に支払われた事実はない。原告が上記(ア)のような明らかな虚偽の供述をしていることに照らしても、本件和解金が丙外5名に支払われた事実は疑わしい。

エ 客観的裏付けを欠くこと

原告は、本件和解金の支払を直接立証する何らの証拠も提出していない。原告は、その理由として、丙外5名が和解の附帯条件として当該和解金の授受を公表しないことを希望したため、受領証をもらうことができず、書証を提出することができないと主張する。

しかし、本件和解金の支払があったのであれば、その金額が極めて多額であるから、本件和解金の原資金の流れから立証するなど、いくらでも客観的証拠での立証は可能であったはずであり、これができないということは、支払の事実がなかったことを推認させるものである。

オ 仮処分申請、その取下げ

(ア) 原告の兄弟である丙外5名は、平成5年11月9日、神戸地方裁判所に、1(1)不動産が原告固有の財産ではなく、原告及び丙外5名の父丁の遺産であり、法定相続持分2分の1を有すると主張して、1(1)不動産の2分の1の持分権について、いわゆる処分禁止の仮処分の申立てをし、同月11日、同裁判所から、同申立てを認容する決定を得た(甲14の2、甲24の1・2)。

そして、丙外5名は、平成6年2月23日、上記仮処分の申立てを取り下げている(甲14の2、甲24の3)。

以上の事実によると、原告と丙外5名との間で、平成5、6年当時、1(1)不動産の帰属をめぐって紛争があったことまでは認められる。

(イ) しかし、原告は、1(1)不動産のみならず、2(1)不動産についても、その帰属をめぐって争いがあり、その和解金として本件和解金を支払ったと主張しているところ、仮処分の対象となったのは1(1)不動産のみであり、2(1)不動産は仮処分の対象には含まれていないのであるから、1(1)不動産はともかくとして、2(1)不動産の帰属をめぐって争いがあったことまでは認められない。

そして、仮処分の対象となった1(1)不動産にしても、438m2の山林であり、仮処分の保証金がわずか250万円にすぎないのだから(甲24の2)、5058万円(準備書面での主張)ないしは8258万円(陳述書での陳述、本人尋問での供述)もの和解金を支払うほどの価値がある土地ではない。

さらに、丙外5名が仮処分を取り下げている事実は認められるが、同事実から、直ちに、本件和解金が支払われた事実まで推認することができるか、疑問がないわけではない。

(ウ) 以上の次第で、丙外5名と原告との間で1(1)不動産の帰属をめぐって争いがあり、丙外5名が一度は1(1)不動産に処分禁止の仮処分をし、その後同仮処分を取り下げているが、その事実から、本件和解金(その金額が5058万円ないし8258万円)が支払われた事実まで認定できるか疑問がある。

カ まとめ

以上のア(本訴提起後1年半後に突然主張していること)、イ(支払金額の齟齬)、ウ(和解金の支払方法に関する虚偽供述)、エ(客観的裏付けを欠くこと)、オ(仮処分申請、その取下げ)の認定判断を総合すると、本件和解金支払の事実を認めることには疑問がある。

(2)  本件和解金の支払があった場合の法的判断

仮に、丙外5名に本件和解金が支払われた事実が認められたとしても、本件和解金は、原告の譲渡所得の金額から控除することはできないと解する。その理由は、次のとおりである。

ア 取得費用に当たらない

(ア) 一般論

a 譲渡所得に対する課税

譲渡所得の金額については、所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除することになっており(所得税法33条)、上記資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額とされている(所得税法38条1項)。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、その保有期間中の増加益、すなわち、当該資産の取得時の客観的価値とその譲渡時の客観的価値との増差分を清算して課税しようとするものである。

そして、譲渡所得の金額の計算に当たり、譲渡収入金額から資産の取得費及び資産の譲渡に要した費用の額を控除すべきものとされているのは、この増差分を算出するためである。

b 贈与、相続又は遺贈による場合

そして、所得の基因となった資産の取得が贈与、相続又は遺贈による場合には、贈与、相続、遺贈の時点では譲渡所得に対する課税を行わず、受贈者、相続人、受遺者が当該資産を譲渡したときに課税するとされ、その際の譲渡所得の金額の計算においては、受贈者、相続人、受遺者が贈与前、相続前、遺贈前から引き続き所有していたものとみなしている(所得税法60条1項、59条)。

このように、贈与、相続、遺贈があっても、その時点における譲渡所得の課税は繰り延べられ、その後、受贈者、相続人、受遺者が贈与、相続、遺贈で得た当該財産を譲渡した機会に、贈与者、被相続人、遺贈者(受贈者、相続人、受遺者ではない。)の取得時の客観的価額と、受贈者、相続人、受遺者の譲渡時の客観的価額との増加益に対して課税することとされている。

したがって、譲渡収入金額から控除される取得費は、贈与者、被相続人、遺贈者が当該資産を取得するのに要した金額と認められるものでなければならない(最高裁平成6年9月13日第三小法廷判決・判例時報1513号97頁参照)。

(イ) 本件への当てはめ

ところで、原告が主張する本件和解金の実質的な法的性質は、遺産分割の代償金あるいは遺留分減殺請求を受けた受贈者の価額弁償として支払われたものと認められる。

そして、遺産分割の代償金あるいは遺留分減殺請求を受けた受贈者の価額弁償金は、贈与者、被相続人、遺贈者である亡父丁が本件山林を取得するのに要した金額ではおよそあり得ないから、所得税法33条3項にいう取得費には当たらない。

イ 譲渡費用にも当たらない

所得税法33条3項にいう資産の譲渡に要した費用とは、資産の譲渡を実現するために直接必要な経費をいう。

ところが、原告が主張する遺産分割の代償金、遺産分割減殺請求を受けた受贈者の価額弁償金は、相続税算定に当たり原告が取得した遺産の額から控除することはできても、1・2不動産のCへの譲渡を実現するために直接必要な経費とは認められないので、所得税法33条3項にいう資産の譲渡に要した費用と認めることもできない。

(3)  総括

以上の次第で、本件和解金は、1・2不動産の譲渡にともなう譲渡所得の金額から控除することはできない。

3  争点(3)(納付すべき税額、過少申告加算税額)について

(1)  被告の主張

被告は、原告の平成6年分の所得税に関する分離長期譲渡所得、納付すべき税額、過少申告加算税額、並びにその算出根拠について、次のとおり具体的に主張している。

ア 原告の平成6年分の分離長期譲渡所得の金額は、別表2記載の2億0481万2756円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表3記載のとおりである。

イ 原告の平成6年分の納付すべき税額は、別表2記載の5590万7600円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表4記載のとおりである。

ウ 原告の平成6年分の過少申告加算税は、別表2記載の835万4000円であり、その算出根拠(計算過程)は、別表5記載のとおりである。

(2)  原告の認否・反論

これに対し、原告の認否、反論は次のとおりである。

ア 原告は、平成6年分の分離長期譲渡所得の金額は零、納付すべき税額は4万6000円、過少申告加算税は零と主張する。

イ そして、原告がこのように主張する理由は、本件求償金債権ないしその放棄については、所得税法64条2項を適用すべきであること(争点1の原告主張)、本件和解金は、1・2不動産の譲渡にともなう譲渡所得の金額から控除すべきであること(争点2の原告主張)からである。

ウ 原告は、被告が主張する平成6年分の分離長期譲渡所得の金額、納付すべき税額、過少申告加算税額の算出根拠(計算過程)(別表3ないし5)自体については、積極的に争っていない。

(3)  当裁判所の判断

当裁判所は、本件求償金債権ないしその放棄については、所得税法64条2項が適用できない(争点(1)の原告主張は認められない)、本件和解金は、1・2不動産の譲渡にともなう譲渡所得の金額から控除できない(争点(2)の原告主張も認められない)と認定した。

そして、前記(1)(2)の被告の主張、原告の認否・反論、並びに弁論の全趣旨(被告の第1準備書面四項1ないし13)を総合すると、原告の平成6年分の納付すべき税額は5590万7600円、過少申告加算税は835万4000円であることが認められる。

第4結論

以上の認定判断によると、本件処分(原告の平成6年分の納付すべき税額は5590万7600円、過少申告加算税は835万4000円であるとするの。)はいずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 中村哲 裁判官 秋田志保)

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