神戸地方裁判所 平成11年(行ウ)16号 判決 2001年2月07日
原告
甲
右訴訟代理人弁護士
水野武夫
同
籠池信宏
同
野村高志
右訴訟復代理人弁護士
阿部秀一郎
被告
兵庫税務署長
瀬尾一男
右指定代理人
比嘉一美
同
原田一信
同
高谷昌樹
同
久井亮仁
同
岡本章
同
大串仁司
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が平成9年12月19日付けでした原告の平成8年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、両処分を合わせて、「平成8年度処分」という。)を取り消す。
二 被告が平成10年7月9日付けでした原告の平成9年分所得税の更正処分(以下「平成9年度処分」という。)を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、A保険相互会社(以下「A保険」という。)との間の募集代理店委託契約に基づく代理店報酬は原告に帰属するものであるにもかかわらず、被告が株式会社B保険代行(以下「B保険代行」という。)に帰属するとして平成8年度処分及び平成9年度処分(以下、合わせて「本件各処分」という。)を行ったのは違法であると主張して、本件各処分の取消しを求める事案である。
二 当事者間に争いのない事実等(4(二)及び10(一)の事実は、各項末尾掲記の証拠等により容易に認められ、その他の事実は、当事者間に争いがない。)
1(一) 原告は、平成3年7月1日、A保険との間で、生命保険募集に関する業務委託に係る「募集代理店委託契約」(以下「本件代理店契約」という。)を締結した。
なお、B保険代行の代表取締役乙(原告の義兄)は、本件代理店契約において、原告の連帯保証人となっている。
(二) 原告は、本件代理店契約締結の当時、株式会社C(以下「C」という。)に勤務し、同社から給与の支払いを受けていた(平成6年7月16日退職)。
2 本件代理店契約締結の当時、B保険代行は、保険募集の取締に関する法律(平成7年6月7日法律一〇五号による廃止前のもの。以下「旧保険募集取締法」という。)10条によって、複数の生命保険会社と代理店契約を締結することができなかった。
本件代理店契約は、右1(一)のとおり原告とA保険との間で締結されているが、原告は、本件代理店契約締結から平成9年までの間、生命保険募集に関する業務に直接従事したことはなく、代理店であれば通常作成すべき保険代理業務に関する帳簿も一切作成していなかった。
3 本件代理店契約に基づきA保険から支払われる代理店報酬(以下「本件代理店報酬」という。)は、株式会社D銀行船場支店の原告名義の普通預金口座に振り込まれていたが、同口座に係る通帳及び印鑑は、B保険代行が保管・管理しており、A保険から同口座に本件代理店報酬が振り込まれると、その直後に同額の金員が出金されてB保険代行名義の預金口座に入金されていた。また、A保険から送付される関係書類等も、原告宛てではなく、B保険代行宛てにすべて送付され、同社が保管・管理していた。
4(一) 原告は、平成4年分ないし平成6年分の所得税の各確定申告書を、それぞれの法定申告期限内(ただし、平成6年分については、平成7年3月16日)に被告に提出した。
右各年分の申告書には、「(代理店報酬・A保険)」と括弧書きされた後に、「上記報酬は、(株)B保険代行の収益に帰属すべきもので申告人の所得とはなりません(別紙契約書)」と付記され、原告とB保険代行との間の平成4年4月1日付け「嘱託社員労働契約書」(以下「本件労働契約書」という。)が添付されていた。
したがって、A保険から受け取った本件代理店報酬は、B保険代行に帰属するものとして、本件代理店報酬に係る事業所得の金額及び源泉徴収税額は、いずれも「〇」(零)と記載されていた。
なお、平成4年分及び平成5年分の各確定申告書は、乙税理士が作成税理士として署名・押印しており、平成6年分の確定申告書は、丙税理士が作成税理士として署名・押印している。
(二) 本件労働契約書には、以下のとおりの内容を含む記載がある(乙二)。
記
一条 B保険代行は、原告を嘱託社員として契約し、保険業務並びにこれに関する業務に従事させる。
二条 B保険代行が原告に対して支払う報酬については、契約ごとにB保険代行、原告それぞれ協議して決めるものとし、1月より12月までの分を翌年3月25日に支払うものとする。
三条 原告が業務のために要した費用は、一切原告の負担とする。
四条 原告はA保険と締結して保険業務に携わりそれに依って得る報酬についてはすべてB保険代行に帰属する。
5(一) 原告は、平成7年10月16日、平成4年分ないし平成6年分の所得税について、①本件代理店報酬を収入金額、②本件代理店報酬から源泉徴収税額相当額を差し引いた金額を仕入金額(支払手数料の趣旨と解される。)とし、その結果、③源泉徴収税額相当額を(事業)所得の金額として、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について還付を求める旨の更正の請求書を被告宛て提出した。
(二) 原告は、平成8年3月15日、平成7年分の所得税について、右(一)の平成4年分ないし平成6年分と同様に、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を事業所得の金額として、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について還付を求める旨の更正の請求書を被告宛て提出した。
(三) 被告は、平成9年1月29日付けで、原告の平成4年分ないし平成6年分の更正請求に対し、平成4年分及び平成5年分については、更正請求の期限を徒過したこと、平成6年分については、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由に、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
右通知処分に対しては、原告から異議の申立てはされていない。
(四) 被告は、平成9年3月7日付けで、原告の平成7年分の所得税について、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由に更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。
右各処分に対しては、原告から異議の申立てはされていない。
6(一) 原告は、平成9年3月18日、原告の平成8年分の所得税について、右5(一)の平成4年分ないし平成6年分と同様に、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を事業所得の金額として、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について、別表の「平成8年分」「確定申告」欄記載のとおり還付を求める旨の確定申告書を被告宛て提出した。
(二) 被告は、平成9年12月19日付けで、原告の平成8年分の所得税について、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由に別表の「平成8年分」「更正処分等」欄記載のとおりの平成8年度処分をした。
(三) 原告は、平成10年1月27日、平成8年度処分に不服があるとして、別表の「平成8年分」「異議申立て」欄記載のとおりの異議申立てをした。
(四) 被告は、右異議申立てに対し、平成10年4月24日付けで棄却の決定をした。
7(一) 原告は、平成10年3月16日、原告の平成9年分の所得税について、右5(一)の平成4年分ないし平成6年分と同様に本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を事業所得の金額として、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について、別表の「平成9年分」「確定申告」欄記載のとおり還付を求める旨の確定申告書を被告宛て提出した。
(二) 被告は、平成10年7月9日付けで、原告の平成9年分の所得税について、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由に別表の「平成9年分」「更正処分等」欄記載のとおりの平成9年度処分をした。
(三) 原告は、平成10年7月30日、平成9年度処分に不服があるとして、別表の「平成9年分」「異議申立て」欄記載のとおりの異議申立てをした。
(四) 被告は、右異議申立てに対し、平成10年10月6日付けで棄却の決定をした。
9 原告は、平成8年度処分及び平成9年度処分に対する各異議申立て棄却決定に対しなお不服があるとして、国税不服審判所長に対し、平成8年度処分について平成10年5月14日付けで、また、平成9年度処分について平成10年10月14日付けで、それぞれ別表の「平成8年分」・「平成9年分」「審査請求」欄記載のとおりの審査請求をしたところ、同所長は、両年分について併合して審理を行い、同年12月14日付けで、いずれも棄却する旨の裁決をした。
10(一) B保険代行は、平成2年4月に設立され、主として生命保険の募集に関する業務及び損害保険代理業を営んでいた(乙三、弁論の全趣旨)。
(二) B保険代行は、平成4年4月1日から平成5年3月31日まで、同年4月1日から平成6年3月31日まで、同年4月1日から平成7年3月31日までの各事業年度の法人税について、各年度の本件代理店報酬に関してA保険において徴収された源泉徴収税額を含めた全額をB保険代行の益金の額に算入した上、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を法人税から税額控除してそれぞれ法定申告期限内に確定申告をしていた。
(三) ところが、B保険代行は、平成7年6月ころ、所轄税務署長から、法人税法68条1項による税額控除の対象となるのは所得税法174条に規定する課税標準に係る所得税額であり、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額は所得税法204条によるものであるから税額控除はできない旨の指摘を受けたので、同年8月21日、修正申告書を提出した。
三 争点
争点は、抽象的には、本件各処分が適法であるか、という点であるが、より具体的には、次の二点である。
1 本件代理店報酬は、B保険代行に帰属するものであるか、それとも原告に帰属するものであるか。
2 仮に、本件代理店報酬がB保険代行に帰属するものであるとしても、被告が原告に対し、本件各処分をすることは信義則に反するか。また、本訴において、被告が本件代理店報酬はB保険代行に帰属するとの主張をすることは、信義則に反するか。
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件代理店報酬は、B保険代行に帰属するものであるか、それとも原告に帰属するものであるか)について
(被告の主張)
(一)(1) 所得税法12条は、「事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」旨規定している。右規定によれば、収益の帰属主体は、契約者名義等が誰であるかにかかわらず、その収益について支配力を及ぼす者が誰であるか、また、誰の収入に帰したかにより決せられるべきであると解される。
(2) 本件において、前記二の1ないし4及び10(二)の当事者間に争いのない事実等によれば、本件代理店契約における原告の名義は、形式上のものに過ぎず、実質的には、当該契約に係る業務はすべてB保険代行が行っており、これによる収益(本件代理店報酬)を享受していたのはB保険代行であると認められ、所得税法12条により、本件代理店報酬はB保険代行に帰属するものというべきである。B保険代行は、旧保険募集取締法10条による規制を免れ、A保険からの代理店報酬を自らが受け取るために、原告の名義を借り受けていたといえるのであって、原告は、B保険代行に対して名義を貸し与えていたにすぎない。
(二) A保険による本件代理店報酬に係る源泉徴収については、A保険が、原告(所得税法2条1項3号に規定する居住者〔個人〕)を名義人として本件代理店契約を締結した以上、A保険は、同法204条1項にいう、居住者に対し報酬の支払いをする者として所得税の源泉徴収義務を負うものであるから、右源泉徴収を行ったことに過誤があったということはできない。したがって、また、被告が右のように源泉徴収に過誤があったとはいえないと主張したからといって、本件代理店報酬が原告に帰属することを自認したことにはならない。
(原告の主張)
(一)(1) 所得税法12条の定める実質所得者課税の原則の解釈としては、課税物件の法律上(私法上)の帰属につきその形式と実質とが相違する場合には、実質に即して帰属を判定すべきであるとする法律的帰属説によるべきである。
(2) 原告とA保険との間の本件代理店契約によれば、原告は生命保険契約の募集業務、保険料集金業務等をし、その対価として、A保険から原告に対して本件代理店報酬を支払うことが約されているところ、原告の業務の遂行方法に関して何らの制限が課されておらず、第三者を通じて係る業務を遂行することも十分に可能であり、原告は、実際に、第三者であるB保険代行を通じて本件代理店契約に基づく業務を遂行したのである。
(3) 原告が、B保険代行に対し、右業務遂行の対価を支払うべきか否か、いくら支払うべきかということは、原告とB保険代行との間の問題であって、本件代理店報酬の帰属とは別次元の問題である。原告は、B保険代行との間で、本件代理店契約を締結したものであるが、その際、本件代理店報酬は原告に帰属させ、それとは別に、原告からB保険代行に、本件代理店報酬から源泉徴収税額を差し引いた額を業界の慣習に従い顧客紹介手数料として支払う旨及び預金通帳の管理、資金の移動、計算書類等の保管及び源泉徴収された所得税の処理等については、サービスとしてB保険代行が行う旨の合意をした。
(4) したがって、本件代理店報酬は、原告に帰属するというべきである。
(二) 被告は、A保険による本件代理店報酬に係る源泉徴収に過誤があったとはいえない旨主張するが、それは、本件代理店報酬が原告に帰属することを自認するものに外ならない。
5 争点2(仮に、本件代理店報酬がB保険代行に帰属するものであるとしても、被告が原告に対し、本件各処分をすることは信義則に反するか。また、本訴において、被告が本件代理店報酬はB保険代行に帰属するとの主張をすることは、信義則に反するか)について
(原告の主張)
(一) B保険代行は、平成7年の法人調査の際、所轄の大阪西税務署の係官から、本件代理店報酬はB保険代行に帰属しない旨の指摘を受けた。そのため、B保険代行の顧問税理士であった丙税理士は、大阪西税務署の係官と協議のうえ、それまで原告がA保険から受け取る本件代理店報酬全額をB保険代行の収入として計上していた税務申告を誤りと認め、B保険代行が原告から受け取る委託手数料を収入として計上する旨の修正申告を行った。
(二) ところで、原告は、本件と同様にB保険代行に関連する代理店報酬の帰属が問題となる案件が、複数の税務署において発生していたため、税務署間で異なる判断がなされないように、大阪西税務署と共同で連絡文書(甲一)を作成し、行政の判断に整合性が生じるように配慮してきた。その後、税務署側から、B保険代行に関する問題はまとめて奈良税務署が解決することになった旨の連絡を受けた。そこで、原告は、B保険代行の顧問税理士であった丁税理士及び丙税理士を通じて、奈良税務署の戊副署長と交渉したが、同副署長も大阪西税務署の判断と同様の判断をしていた。
(三) したがって、仮に、被告が、本件代理店報酬はB保険代行に帰属するという最終判断を下したのであれば、従前の大阪西税務署の指摘及び奈良税務署副署長の判断が誤っていたことを認めた上で、B保険代行の修正申告の是正等の手段を講じるべきであるにもかかわらず、そのような手段を講じることなく、一方的に原告に対して更正処分をすることは、信義に反するというべきである。また、右経緯を無視した被告の本訴での主張は、信義則に反するというべきである。
(被告の主張)
(一) 大阪西税務署の担当者は、B保険代行の法人税の確定申告において、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額は、法人税法68条1項に規定する税額控除の対象とならない旨の指導等を行ったに過ぎず、本件代理店報酬が原告の所得であるとの認定ないし個人の申告に関する合意が行われた事実は存在しない。
(二) ところで、被告は、原告の平成4年分ないし平成6年分の更正請求に対し、平成9年1月29日付けで更正すべき理由がない旨の通知処分を、また、平成7年分の所得税について、平成9年3月7日付けで本件代理店報酬は原告に帰属するものではないとする更正処分等をそれぞれ行っている。
被告は、右のとおり本件各処分前に既に、本件代理店報酬は実質的に原告に帰属するとは認められないとの見解を明らかにしているのであるから、本件各処分について、信義則違反が問題となる余地はない。
第三当裁判所の判断
一 所得税法12条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」と規定している。右規定は、収益の帰属について、名義又は形式とその実質とが齟齬する場合には、その名義又は形式にかかわらず、これを経済的、実質的観点から事実上これを享受する者の所得として所得税を課税するといういわゆる「実質所得者課税の原則」を明らかにしたものである。したがって、収益の帰属主体が誰であるかは、契約者名義等が誰であるかにかかわらず、その収益について支配力を及ぼす者が誰であるか、収益が誰の収入に帰属したかにより決せられるべきであると解するのが相当である。
二 そこで、争点1(本件代理店報酬は、B保険代行に帰属するものであるか、それとも原告に帰属するものであるか)について、検討する。
1 前記第二の二(当事者間に争いのない事実等)に摘示したところによれば、①原告は、本件代理店契約締結の当時、Cに勤務し、同社から給与の支払いを受けていた、②本件代理店契約締結の当時、B保険代行は、旧保険募集取締法10条によって、複数の生命保険会社と代理店契約を締結することができなかった。③原告は、本件代理店契約締結後、B保険代行との間で本件労働契約書に係る合意をしているところ、その中で、本件代理店契約に係る報酬はすべてB保険代行に帰属する旨明記されており、そして、原告は、本件代理店契約締結から平成9年までの間、生命保険募集に関する業務に直接従事したことはなく、代理店であれば通常作成すべき保険代理業務に関する帳簿書類も一切作成していなかった、④本件代理店契約に基づきA保険から支払われる本件代理店報酬が振り込まれる原告名義の普通預金口座に係る通帳及び印鑑は、B保険代行が保管・管理しており、A保険から同口座に本件代理店報酬が振り込まれると、その直後に同額の金員が出金されてB保険代行名義の預金口座に入金されていた、⑤A保険から送付される関係書類等も、原告宛てではなく、B保険代行宛てにすべて送付され、同社が保管・管理していた、⑥原告自身、被告に提出した平成4年分ないし平成6年分の所得税の各確定申告書において、本件代理店報酬は、B保険代行の収益に帰属すべきもので、原告の所得とはならない旨付記した上で、本件代理店報酬に係る事業所得の金額及び源泉徴収税額はいずれも「〇」(零)と記載し、他方、B保険代行も、所轄税務署長から指摘を受ける直前の事業年度(平成6年4月1日から平成7年3月31日まで)の法人税まで、各年度の本件代理店報酬に関してA保険において徴収された源泉徴収税額を含めた全額をB保険代行の益金の額に算入した上、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を法人税から税額控除して確定申告をしていた、というのであって、これらのことからすれば、本件代理店契約締結当時、B保険代行は、複数の生命保険会社と保険代理店契約を締結することを禁ずる旧保険募集取締法10条により、A保険との間で自己の名義で保険代理店契約を締結することができなかったため、同条による規制を潜脱して、原告の名義を借用して本件代理店契約を締結したものであることが推認され、以上の事実にB保険代行の顧問税理士ともいうべき立場(関与税理士)にあった乙税理士の大阪国税局係官の聴取に対する供述内容(代理店報酬は、原告名義であるが、実質的には、B保険代行に帰属するものであり、B保険代行の日々の経理処理において、代理店報酬は、B保険代行の収益として処理されており、現金管理や書類の管理もB保険代行が行っていた旨)(乙四)を総合すると、A保険から支払われた本件代理店報酬は、B保険代行に帰属したものであり、原告には帰属していないと認めるのが相当である。
2 ところで、原告は、B保険代行との間で、本件代理店契約を締結し、その際、本件代理店報酬は原告に帰属させ、それとは別に、原告からB保険代行に、本件代理店報酬から源泉徴収税額を差し引いた額を業界の慣習に従い顧客紹介手数料として支払う旨及び預金通帳の管理、資金の移動、計算書類等の保管及び源泉徴収された所得税の処理等については、サービスとしてB保険代行が行う旨の合意をしたから、本件代理店報酬は原告に帰属するというべきである旨主張する。
確かに、原告は、A保険との間で本件代理店契約を締結している上、本件代理店報酬も原告名義の口座に振り込まれているが、それは、右1説示のとおりB保険代行が原告の名義を借用して本件代理店契約を締結したからにすぎず、換言すれば、B保険代行が本件代理店契約を締結するについて、原告が名義を貸し与えたからにすぎない。
また、原告の右主張に沿う証拠として乙の陳述書(甲一六)、B保険代行の原告宛て確認書(甲四)及び原告・B保険代行間の顧客紹介手数料に関する覚書(甲五の1ないし5)が提出されているが、それらは、いずれも右1及び前記第二の二記載の事実(B保険代行が原告の名義を借用して本件代理店契約を締結したこと、原告とB保険代行との間で合意した本件労働契約書〔乙二〕にも、本件代理店契約に係る報酬はすべてB保険代行に帰属する旨明記されていること、原告も、B保険代行も、本件労働契約書に沿う内容で〔本件代理店報酬はB保険代行に帰属するもので、原告の所得とはならないものとして〕、平成4年分ないし平成6年分の所得税の各確定申告をし、又は平成6年4月1日から平成7年3月31日までの事業年度まで、法人税の各確定申告をしてきたこと)及び前記乙税理士の供述内容を併せ考えれば、本件代理店報酬がB保険代行に帰属するとの前記認定を左右するに足りない。その他、本件代理店報酬がB保険代行に帰属するとの認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、A保険は、本件代理店報酬について、これが原告に帰属することを前提として所得税の源泉徴収手続をしているが、それは、前記1において説示したとおり、本件代理店契約締結当時、B保険代行が旧保険募集取締法10条により、A保険との間で自己の名義で保険代理店契約を締結することができなかったため、同条による規制を潜脱して、原告の名義を借用して本件代理店契約を締結したためであって、A保険が原告(所得税法2条1項3号に規定する居住者〔個人〕)を名義人として本件代理店契約を締結した以上、A保険が同法204条1項にいう居住者に対し報酬の支払いをする者として所得税の源泉徴収を行ったことに過誤があったとはいえないと被告が主張したからといって、本件代理店報酬が原告に帰属することを、自認したことにはならないことはいうまでもない。
三 次に、争点2(本件代理店報酬がB保険代行に帰属するものであるとしても、被告が原告に対し、本件各処分をすることは信義則に反するか。また、本訴において、被告が本件代理店報酬はB保険代行に帰属するとの主張をすることは、信義則に反するか)について、検討する。
1 原告は、B保険代行は平成7年の法人調査の際、所轄の大阪西税務署の係官から、本件代理店報酬はB保険代行に帰属しない旨の指摘を受け、そのため、B保険代行が原告から受け取る委託手数料を収入として計上する旨の修正申告を行ったものであり、仮に、被告が、本件代理店報酬はB保険代行に帰属するという最終判断を下したのであれば、従前の大阪西税務署の指摘及び奈良税務署副署長の判断が誤っていたことを認めた上で、B保険代行の修正申告の是正等の手段を講じるべきであるにもかかわらず、そのような手段を講じることなく、一方的に原告に対して更正処分をすることは、信義に反するというべきであり、また、右経緯を無視した被告の本訴での主張は、信義則に反するというべきである旨主張する。
2 しかしながら、前記第二の二10(三)のとおり、B保険代行は、平成7年6月、所轄税務署長(大阪西税務署の係官)から、法人税法68条1項による税額控除の対象となるのは所得税法174条に規定する課税標準に係る所得税額であり、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額は所得税法204条によるものであるから税額控除はできない旨の指摘を受け、同年8月21日、修正申告書を提出したことがあるものの、右のような指摘を受けたのは、B保険代行が、法人税の確定申告において、本件代理店報酬はB保険代行に帰属するものとして処理をしていたにもかかわらず、A保険において徴収された原告の源泉徴収税額相当額についてB保険代行が税額控除を受けるという、通常考えられない内容の申告をしていたためであって、直接の原因は、B保険代行が原告の名義を借用して本件代理店契約を締結するという脱法行為をしていたことにあることが明らかである。
右指摘以上に、B保険代行と大阪西税務署との間で、本件代理店報酬は原告の所得であるとの認定ないし原告個人の申告に関する合意がなされたとまで認めるに足りる証拠はない。
そして、被告は、本件各処分前の平成9年1月29日付けで原告の平成4年分ないし平成6年分の更正請求に対し、更正をすべき理由がない旨(特に、平成6年分については、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由として)の通知処分をし、また、平成9年3月7日付けで原告の平成7年分の所得税について、本件代理店報酬は原告に帰属するものでないことを理由に更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことは、前記第二の二5(三)及び(四)記載のとおりである。
3 以上によれば、被告が、本件代理店報酬はB保険代行に帰属するものであって、原告には帰属しないとして本件各処分をしたり、本訴において本件代理店報酬はB保険代行に帰属するものであって、原告には帰属しないとの主張をすることは信義則に違反するとはいえない。
四 そうすると、本件代理店報酬はB保険代行に帰属し、原告には帰属しないことを前提としてなされた本件各処分は、いずれも適法というべきである。
五 以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 中村哲 裁判官 今井輝幸)
別表
(単位 円)
区分
確定申告
更正処分等
異議申立て
異議決定
審査請求
裁決
平成8年分
年月日
平成9年
3月17日
平成9年
12月19日
平成10年
1月27日
平成10年
4月24日
平成10年
5月14日
平成10年
12月14日
総所得金額
451,691
0
451,691
棄却
451,691
棄却
内訳
事業所得
の金額
451,691
0
451,691
451,691
源泉徴収税額
451,691
0
451,691
451,691
納付すべき税額
△445,656
0
△445,656
△445,656
過少申告加算税
の額
-
44,000
-
-
平成9年分
年月日
平成10年
3月16日
平成10年
7月9日
平成10年
7月30日
平成10年
10月6日
平成10年
10月14日
平成10年
12月14日
総所得金額
4,800
0
4,800
棄却
4,800
棄却
内訳
事業所得
の金額
4,800
0
4,800
4,800
源泉徴収税額
4,800
0
4,800
4,800
納付すべき税額
△4,800
0
△4,800
△4,800
過少申告加算税
の額
-
-
-
-
(注)△印は還付金の額に相当する税額を示す。