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神戸地方裁判所 平成11年(行ウ)23号 判決 2003年7月18日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

被告が,原告に対し,平成9年3月5日付けでした次の各処分を,いずれも取り消す。

1  所得税関係

原告の平成5年ないし7年分の所得税に係る更正処分,及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定処分

2  消費税関係

(1)  原告の平成6年1月1日から同年12月31日までの課税期間の消費税に係る更正処分のうち,納付すべき税額1万3400円を超える部分,及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定処分

(2)  原告の平成7年1月1日から同年12月31日までの課税期間の消費税に係る更正処分のうち,納付すべき税額2万0200円を超える部分,及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定処分

第2事案の概要等

1  事案の骨子

本件は,被告が平成9年3月5日付けで原告に対してした,次の(1)(2)の処分(以下「本件各処分」という。)に違法があるとして,原告が,被告に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。

(1)  原告の平成5年ないし平成7年分(以下「本件各年分」という。)の所得税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件所得税各処分」という。)

(2)  原告の平成6年及び平成7年の課税期間(以下「本件各課税期間」という。)の消費税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件消費税各処分」という。)

2  前提事実

(1)  原告

ア 原告は,肩書住所地に居住し,「A建設」の屋号で建築設計及び建築業を営む白色申告事業者であり,本件各年分の所得税の納税義務を負う者である(所得税法2条1項3号,5条1項)。

イ また,原告は,上記建築設計及び建築業を営む個人事業者であり,本件各課税期間の消費税の納税義務を負う者である(消費税法2条1項3号,5条1項)。

(2)  確定申告

ア 原告は,本件各年分の所得税につき,別表1「確定申告」欄記載の総所得金額及び納付すべき税額のとおり,確定申告した(甲1の1~3)。

イ また,原告は,本件各課税期間の消費税につき,別表2「確定申告」欄記載の課税標準額及び納付すべき税額のとおり,確定申告した(甲1の4・5)。

(3)  更正処分等

ア 被告は,平成9年3月5日,原告に対し,本件各年分の所得税について,別表1「更正処分等」欄記載の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額のとおり,本件所得税各処分をした。

イ また,被告は,同日,原告に対し,本件各課税期間の消費税について,別表2「更正処分等」欄記載の課税標準額,納付すべき税額及び過少申告加算税額のとおり,本件消費税各処分をした。

(4)  審査請求等

ア 原告は,平成9年4月28日,被告に対し,本件各処分に対する異議申立てを行ったが,被告は,同年7月23日,上記異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲2)。

イ 原告は,これを不服として,平成9年8月22日,国税不服審判所長に対し,本件各処分について審査請求をしたが,国税不服審判所長は,平成11年2月8日,上記審査請求を棄却する旨の裁決を行った(甲3)。

ウ 原告は,平成11年2月11日ころ,上記裁決に係る裁決書謄本を受領し(甲3),同年5月7日,本件訴えを提起した。

3  争点

本件の争点は,本件各処分につき,次の各点の違法があるか否かである。

(1)  本件所得税各処分について

ア 推計課税の必要性

イ 推計課税の合理性

ウ 総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額

エ 原告の実額反証

(2)  本件消費税各処分について

ア 仕入税額控除の要否

イ 課税標準額,納付すべき税額及び過少申告加算税額

4  争点(2)ア(仕入税額控除の要否)に関する法律の定め

(1)  消費税法30条1項

事業者(…中略…)が,国内において課税仕入れを行った場合…中略…には,当該課税仕入れを行った日…中略…の属する課税期間の第45条1項2号に掲げる課税標準額に対する消費税額(…中略…)から,当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に103分の3を乗じて算出した金額…中略…)…中略…を控除する。

(2)  消費税法30条7項

第1項の規定は,事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には,当該保存がない課税仕入れ…中略…等の税額については,適用しない。ただし,災害その他やむを得ない事情により,当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合は,この限りでない。

第3争点に関する当事者の主張

1  争点(1)ア(推計課税の必要性)について

(1)  被告の主張

ア 被告部下職員であるB国税調査官(以下「B調査官」という。)は,平成8年8月8日,同年8月30日,同年11月6日,平成9年1月16日及び同年2月28日に原告の事務所(又は同敷地内にある原告の自宅)に臨場し,また,平成8年9月10日及び同年10月22日に原告の事務所に連絡せんを投函し,さらに,平成9年2月20日に電話をかけるなどして,原告に対し,質問検査権(所得税法234条,消費税法62条)の行使として,第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう要請した。

イ 税務職員が質問検査権を行使する際の,質問検査の範囲,程度,時期,場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については,質問検査の必要があり,かつ,これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り,権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。

第三者の立会いを認めるか否かについても,実定法上の定めがなく,かつ税務調査の内容が,被調査者のみならずその取引の相手方の営業上の秘密にも及ぶことがあり,税務職員の守秘義務(所得税法243条,消費税法69条,国家公務員法100条1項)にも関連するから,税務職員の合理的選択に委ねられるべきものである。そして,本件では,原告の日常の経理事務や申告手続は,原告の妻であるCが行っていたのであるから,第三者の立会いが認められないことにより原告が格別の不利益を被る事情もない。

よって,B調査官が,第三者の立会いの下では調査を行えないと判断し,原告に対し,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請したことは,権限ある税務職員としての合理的な選択の範囲内の行為であって,何ら違法ではない。

ウ ところが,B調査官が,原告に対し,税務職員に課された守秘義務との関係で第三者の立会いの下では調査を行えないことを十分に説明するなど,社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くした上で,質問検査権の適法な行使として,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請したにもかかわらず,原告は,第三者の立会いに固執し,これに応じなかった。

このような原告の対応は,B調査官が第三者の立会いの下では調査を行えないことを認識しながら,あえて第三者の立会いの下で調査を行うよう求めるもので,B調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を拒否するものにほかならない。

エ その結果,被告は,原告の本件各年分の総所得金額を実額で把握することができず,やむを得ず,推計の方法により本件所得税更正処分を行ったのであるから,推計課税の必要性があったことは明らかである。

(2)  原告の主張

ア 原告は,平成8年8月30日,同年11月6日及び平成9年2月28日(以下「本件各調査日」という。)には,常に応接室のテーブルの上に帳簿書類を用意し,B調査官が帳簿書類を調査しようと思えばいつでも調査できる状態にしていた。

ところが,B調査官は,税務職員の守秘義務を根拠に,第三者の立会いの下における帳簿書類の調査を拒否した。

イ しかしながら,上記守秘義務の対象となり得るのは,被調査者の営業上の秘密,及び被調査者の取引先の営業上の秘密であると解されるところ,前者は,被調査者自らが第三者の立会いを望んでいる以上問題となり得ず,後者は,被調査者との関係においても守られるべきものであるから,いずれも第三者の立会いを排除すべき根拠とはなり得ない。

そもそも,原告のような個人事業者は税務に精通していないのが通常であるから,強権的な税務職員の質問検査に十分対応し,自己の権利を守るために,第三者の立会いは不可欠の権利であり,これを否定し得る法律上の根拠はない。よって,税務職員が税務調査の際に第三者の立会いの排除を求めることは許されず,あるいは,少なくとも調査内容が具体的に守秘義務に触れる事項に至った段階で初めて第三者の退席を求めるべきであるから,抽象的な守秘義務違反のおそれを根拠として第三者の立会いを画一的に排除する行為は,税務職員の裁量の範囲を逸脱し,違法である。

また,被告が,過去の税務調査の際には第三者の立会いを認めていたことからすれば,本件調査においてB調査官が第三者の立会いを認めなかったことは,平等原則違反,あるいは信義側ないし禁反言の法理の違反に該当するもので,税務職員の裁量の範囲を逸脱し,違法である。

ウ 仮に,B調査官の行為が税務職員の裁量の範囲内であったとしても,原告が正当な理由なく帳簿書類の提示を拒否したものと認める前提として,税務当局が帳簿書類を調査するために社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くすことが必要である。

本件の場合,被告が過去の税務調査の際には第三者の立会いを認めていたとの事情があるから,本件調査において第三者の立会いを認めない合理的理由を説明して初めて,帳簿書類を調査するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったと評価すべきであるが,B調査官は,原告に対し,第三者の立会いを認めない合理的理由を何ら説明しなかったのであるから,社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたと評価することはできない。

エ 以上からすれば,原告が第三者の立会いの下で調査を行うよう求めたことをもって,B調査官からの帳簿書類の提示要請を拒否したと見るべきではない。

被告が原告の所得金額を実額で把握できなかったのは,上記のとおり,B調査官が質問検査権を適法に行使せず,あるいは帳簿書類を調査するために社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったことが原因である。

よって,本件では,推計課税の必要性が認められないから,本件所得税各処分は違法であり,取り消されるべきである。

2  争点(1)イ(推計課税の合理性)について

(1)  被告の主張

ア 被告が採用した原告の本件各年分の所得金額の推計方法は,次のとおりである。

(ア) 反面調査等により,原告の本件各年分の売上金額の実額を把握する。

(イ) 青色申告事業者の中から,原告と業種及び業態(建築設計業及び建築業の兼業者),事業規模並びに立地条件が類似している者を,同業者として抽出する。

(ウ) 同業者について,本件各年分の所得金額の売上金額に対する割合(算出所得率)を求める。

(エ) (ア)の原告の売上金額に,同業者の算出所得率の平均値を乗じて,原告の算出所得金額を推計する。

(オ) 原告の算出所得金額から,特別経費及び事業専従者控除額を控除する。

イ 同業者の抽出過程について

被告は,別表3の1~3のとおり,申告内容の正確性が担保されている青色申告事業者の中から,原告と業種,業態,事業規模及び立地条件が類似している者を機械的に抽出しており,その過程に被告の恣意が介入する余地はない。

ウ よって,被告の採用した推計方法が合理的であることは明らかである。

(2)  原告の主張

ア 原告は,一般の建築設計業及び建築業の兼業者とは異なり,施工を外注し,専ら建築設計及び施工監理のみを行っている。このような原告の事業の特殊性を考慮せずに抽出された同業者から,原告の所得率を正確に推計することはできない。

イ また,被告は,同業者の抽出過程を原告に開示しておらず,かつ別表3の1~3のとおり,抽出された同業者の算出所得率にも開差が大きいから,同業者所得率の正確性には疑義がある。

ウ よって,被告の採用した推計方法が合理性を欠くことは明らかであるから,本件所得税各処分は違法であり,取り消されるべきである。

3  争点(1)ウ(総所得金額等)について

(1)  被告の主張

被告の採用した推計方法によって算出された総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額は,次のとおりであり,その金額の範囲内でなされた本件所得税各処分は,いずれも適法である。

ア 平成5年分

(ア) 売上金額(別表4-①)  7973万8895円

その内訳は,別表5「平成5年分」欄に記載のとおりである。

(イ) 算出所得金額(別表4-③)  1336万4283円

a (ア)の売上金額に,同業者の算出所得率の平均値16.76%(別表4-②)を乗じた金額である。

b 算出所得率の平均値16.76%の算出過程は,別表3-1記載のとおりである。

(ウ) 特別経費及び事業専従者控除の金額  0円

(エ) 事業所得の金額(別表4-④)  1336万4238円

(オ) 納付すべき税額(別表6-⑦)  257万0400円その算出過程は,別表6「平成5年分」欄に記載のとおりである。

(カ) 過少申告加算税額  27万2000円を越える

別表1の「平成5年分」の「更正処分等」欄の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額と,上記(エ)(オ)の金額を参照。

イ 平成6年分

(ア) 売上金額(別表4-①)  8380万9410円

その内訳は,別表5「平成6年分」欄に記載のとおりである。

(イ) 算出所得金額(別表4-③)  1317万4839円

a (ア)の売上金額に,同業者の算出所得率の平均値15.72%(別表4-②)を乗じた金額である。

b 算出所得率の平均値15.72%の算出過程は,別表3-2記載のとおりである。

(ウ) 特別経費及び事業専従者控除の金額  0円

(エ) 事業所得の金額(別表4-④)  1317万4839円

(オ) 納付すべき税額(別表6-⑦)  194万1400円その算出過程は,別表6「平成6年分」欄に記載のとおりである。

(カ) 過少申告加算税額  8万9000円を越える

別表1の「平成6年分」の「更正処分等」欄の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額と,上記(エ)(オ)の金額を参照。

ウ 平成7年分

(ア) 売上金額(別表4-①)  7856万1500円その内訳は,別表5「平成7年分」欄に記載のとおりである。

(イ) 算出所得金額(別表4-③)  1545万3047円

a (ア)の売上金額に,同業者の算出所得率の平均値19.67%(別表4-②)を乗じた金額である。

b 算出所得率の平均値19.67%の算出過程は,別表3-3記載のとおりである。

(ウ) 特別経費及び事業専従者控除の金額  0円

(エ) 事業所得の金額(別表4-④)  1545万3047円

(オ) 納付すべき税額(別表6-⑦)  260万6200円その算出過程は,別表6「平成7年分」欄に記載のとおりである。

(カ) 過少申告加算税額  16万7000円を越える

別表1の「平成7年分」の「更正処分等」欄の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額と,上記(エ)(オ)の金額を参照。

(2)  原告の主張

ア 被告の上記主張を否認する。

イ 原告の売上金額は次のとおりである。

(原告主張の売上金額は,原告の平成12年3月21日付け準備書面の主張と,平成14年9月26日付け準備書面の主張とで矛盾しているが,以下の主張は,平成14年9月26日付け準備書面の主張に基づくものである。)

(ア) 平成5年分

a 平成5年分の売上金額は1億0087万5658円である。

b 別表5の平成5年分売上金額のうち,a,b,c及び㈱e建材に対する売上金額は認める。

c fが1380万円,g建設㈱が97万5658円,hが0円,i白蟻㈲が0円,jが3250万円,その他雑工事が235万円である。

(イ) 平成6年分

a 平成6年分の売上金額は7001万4068円である。

b 別表5の平成6年分売上金額のうち,k,mに対する売上金額は認める。

c g建設㈱が30万4068円,hが0円,jが921万円,tが1900万円である。

(ウ) 平成7年分

a 平成7年分の売上金額は7224万2179円である。

b 別表5の平成7年分売上金額のうち,n,sに対する売上金額は認める。

c g建設㈱が10万2179円,hが0円,i白蟻㈲が0円,tが3240万円,uが1300万円である。

4  争点(1)エ(実額反証)について

(1)  原告の主張

(原告主張の売上金額は,原告の平成12年3月21日付け準備書面の主張と,平成14年9月26日付け準備書面の主張とで矛盾しているが,以下の主張は,平成12年3月21日付け準備書面の主張に基づくものである。)

ア 原告の本件各年分の売上金額は,別表7の1~3の「1売上」の合計欄記載の金額であり,必要経費として控除されるべき金額は,同表の「2仕入」の合計欄及び同表の「23経費合計」の合計欄記載の各金額である。

イ したがって,原告の本件各年分の事業所得金額は,別表7の1~3の「24差引金額」の合計欄記載の金額である。そして,原告には,事業所得以外の所得はない。

ウ それゆえ,原告の総所得金額は,平成5年分が461万1366円,平成6年分が323万8087円,平成7年分が373万1041円である。

(2)  被告の主張

ア 納税者が,所得金額の実額を主張して,課税庁のした推計課税の違法性を立証するためには,①その収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉漏れのない総収入金額であること,②必要経費が実際に支出されたこと,③必要経費が総収入金額と対応すること,④必要経費が当該事業と関連性を有することを,合理的な疑いを入れない程度まで立証しなければならない。

イ そのためには,日々の収支を継続して個別具体的に記録した会計帳簿の存在が不可欠である。これを,他の帳簿と突き合わせ,かつ領収証控,請求書控等の原始書類と照合することで,総収入金額及び経費の実額を正確に把握することができ,かつ必要経費と収入との対応関係及び経費の事業との関連性を明らかにすることができるからである。

しかし,原告は,実額主張の根拠として,①請負工事別の集計表,②売上に係る工事請負契約書,建物受領書及び原告作成の入金伝票,③必要経費に係る請求書,領収書,振込依頼書,出金伝票,預金通帳等を提出するのみで,日々の収支を継続して個別具体的に記録した会計帳簿を提出しない。そして,①請負工事別の集計表は,個々の請負工事別に売上及び仕入・外注費の金額を集計したものに過ぎず,仕入・外注費以外の経費科目に係る記載もないから,日々の収支を継続して個別具体的に記録した会計帳簿に代わるものとはいえない。

よって,原告提出の上記①ないし③の資料からは,原告の総収入金額及び経費の実額を正確に把握することはできない。

ウ 会計帳簿が提出されない場合には,取引に接着して作成され,かつ完全に保存されていることにより,会計帳簿と同程度以上の信用性を有すると認められる資料によらなければ,所得金額の実額を正確に把握することはできない。

しかるに,原告提出の上記①ないし③の資料は,破棄あるいは集計の対象から外すこと等によって,恣意的な金額の操作を容易に行うことができる性質のものが含まれていること,記載金額が不正確であること,控えが存在しないことなどから,到底会計帳簿と同程度以上の信用性を有するものとはいえない。

エ 以上より,原告の総収入金額と必要経費の実額が合理的疑いを入れない程度まで立証されたとはいえず,原告の実額反証は認められない。

5  争点(2)ア(仕入税額控除の要否)について

(1)  被告の主張

ア 消費税法30条7項の意義

消費税法は,申告納税制度(42条,45条等)を採用する一方,税務職員に質問検査権(62条)を認め,税務当局が申告内容の正確性を確認するための判断資料を入手することを予定している。

よって,消費税法30条7項が,仕入税額控除を認める要件として帳簿書類の保存を要求しているのも,税務職員が,税務調査の際に帳簿書類の有無及び記載内容を確認することを予定しているものと解すべきである。

したがって,消費税法30条7項の帳簿書類の「保存」とは,単に客観的・物理的な意味での保存をいうのではなく,税務職員の適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存を意味し,税務調査の際に,帳簿書類が存在しないか,あるいは税務職員による適法な帳簿書類の提示要請を拒否した場合は,帳簿書類を「保存しない場合」に該当するというべきである。

イ 本件への当てはめ

本件において,原告は,本件各調査日には,常に応接室のテーブルの上に書類の綴りらしきものを置いていたが,B調査官がそれが帳簿書類であると確認したわけではないから,税務調査の際に帳簿書類が存在していたと断定することはできない。

また,B調査官が,原告に対し,前記第3の1(推計課税の必要性)(1)のとおり,質問検査権の適法な行使として,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請したのに対し,原告は,これに応じなかった。

このような原告の対応は,B調査官が,第三者の立会いの下では帳簿書類の調査を行えないことを認識しながら,あえて第三者の立会いの下に書類の綴りらしきものを置いたに過ぎず,B調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を拒否するものにほかならないから,帳簿書類を「保存しない場合」に該当する。

ウ まとめ

よって,原告は,帳簿書類の「保存」という仕入税額控除の要件を満たさないから,消費税の仕入税額控除を否認してなされた本件消費税各処分に違法はない。

(2)  原告の主張

ア 第一次主張

(ア) 仕入税額控除(消費税法30条1項)は,課税の累積排除を目的とするもので,付加価値税たる消費税の本質に関わる制度であるから(税制改革法10条2項),仕入税額控除を認めることが大原則であり,これを認めない例外規定の解釈は慎重に行うべきである。よって,被告主張のように,帳簿書類の「保存」の意義を,通常の意味よりも拡大して解釈することは許されない。

また,消費税法は,「保存」と「提示」の意義を厳格に区別し(62条4項,68条2項等),仕入税額控除の要件としては,あくまで帳簿書類の「保存」を求めているにすぎない。よって,被告主張のように,帳簿書類の「保存」の意義を,税務職員に対する提示の概念を含むものとして解釈することは許されない。

以上より,消費税法30条7項にいう「保存」とは,文字どおり,客観的・物理的な帳簿書類の保存を意味すると解すべきであるから,同条項の「保存しない場合」とは,帳簿等が存在しないか,あるいは存在していたとしても消費税法施行令に規定する期間・場所に保存していない場合をいうと解すべきである。

(イ) 本件において,原告は,本件各調査日には,常に集計表や入出金伝票等の帳簿書類を応接室のテーブルの上に用意し,領収書,請求書等も机の下に整理して置いていた。

(ウ) よって,原告が,客観的・物理的に帳簿書類を「保存」していたことは明らかである。

イ 第二次主張

(ア) 仮に,「保存」の意義を被告主張のように解するとしても,税務職員が適法な帳簿書類の提示要請をしなかった場合,あるいは税務調査の全過程を通じて,帳簿書類の提示を得るために社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたとは認められない場合,若しくは納税者の側に,帳簿書類を提示しなかったことについてやむを得ない事情がある場合には,消費税法30条7項の適用が排斥されるものと解される。

(イ) 本件において,原告は,本件各調査日には常に帳簿書類を用意し,B調査官が調査しようと思えば容易に調査できる状態にしていた。ところが,B調査官は,第三者の立会いの存在を理由として,帳簿書類の調査を拒否した。

このようなB調査官の行為は,前記第3の1(推計課税の必要性)(2)のとおり,税務職員としての裁量の範囲を逸脱した違法なものであり,あるいは本件調査の全過程を通じて,帳簿書類の提示を得るために社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたとも評価できないから,原告が,B調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を拒否したと見るべきではない。

(ウ) よって,被告の解釈を前提としても,原告が,帳簿書類を「保存しない場合」に当たらないことが明らかである。

ウ 第三次主張

仮に,原告がB調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を拒否したと見られるとしても,このような原告の対応は,前記第3の1(推計課税の必要性)(2)のとおり,被告が過去の税務調査の際には第三者の立会いを認めていたことに照らしてやむを得ないというべきであるから,帳簿書類を「保存しない」ことにつき,やむを得ない事情がある場合(消費税法30条7項ただし書)に該当する。

エ まとめ

以上より,帳簿書類の「保存」がないことを理由に,仕入税額控除を否認してなされた本件消費税各処分は違法であり,取り消されるべきである。

6  争点(2)イ(課税標準額等)について

(1)  被告の主張

被告の算出した原告の消費税の課税標準額,納付すべき消費税額及び過少申告加算税額は,次のとおりであり,その金額の範囲内でなされた本件消費税各処分は,いずれも適法である。

ア 平成6年の課税期間

(ア) 消費税込みの売上金額  8380万9410円

別表8-①の「平成6年分」,別表4-①の「平成6年分」記載の金額である。

(イ) 課税売上高  8136万8359円

別表8-②の「平成6年分」記載の金額である。

(ウ) 課税標準額  8136万8000円

別表8-③の「平成6年分」記載の金額である。

(エ) 課税標準額に対する消費税額  244万1040円

別表8-④の「平成6年分」記載の金額である。

(オ) 控除対象仕入税額  0円

別表8-⑤の「平成6年分」記載の金額である。前記5(1)のとおり,原告に仕入税額控除は認められない。

(カ) 納付すべき消費税額  244万1000円

別表8-⑥の「平成6年分」記載の金額である。

(キ) 過少申告加算税額  33万6500円を越える

別表2の「平成6年分」の「更正処分等」欄の課税標準額,納付すべき税額及び過少申告加算税額と,上記(ウ)(カ)の金額を参照。

イ 平成7年の課税期間

(ア) 消費税込みの売上金額  7856万1500円

別表8-①の「平成7年分」,別表4-①の「平成7年分」記載の金額である。

(イ) 課税売上高  7627万3300円

別表8-②の「平成7年分」記載の金額である。

(ウ) 課税標準額  7627万3000円

別表8-③の「平成7年分」記載の金額である。

(エ) 課税標準額に対する消費税額  228万8190円

別表8-④の「平成7年分」記載の金額である。

(オ) 控除対象仕入税額  0円

別表8-⑤の「平成7年分」記載の金額である。前記5(1)のとおり,原告に仕入税額控除は認められない。

(カ) 納付すべき消費税額  228万8100円

別表8-⑥の「平成7年分」記載の金額である。

(キ) 過少申告加算税額  30万5000円を越える

別表2の「平成7年分」の「更正処分等」欄の課税標準額,納付すべき税額及び過少申告加算税額と,上記(ウ)(カ)の金額を参照。

(2)  原告の主張

被告の上記主張は否認する。

第4争点に関する当裁判所の判断

1  争点(1)ア(推計課税の必要性)の検討

(1)  事実の認定

証拠(甲21,乙31・32,原告本人の供述〔一部〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

ア 原告に対する税務調査の開始

被告は,部下職員であるB調査官をして,原告の本件各年分の所得税及び本件各課税期間の消費税の申告内容の調査(以下「本件調査」という。)に当たらせた。

イ 平成8年8月,9月の調査

(ア) B調査官は,平成8年8月8日午前10時40分ころ,本件調査のために原告の事務所に臨場し,原告に対する調査に着手した。

もっとも,この日は,原告から,「日常の経理事務や税金の申告手続は原告の妻(C)が行っているが,今日は不在である。調査は,原告の妻が在宅しているときに行って欲しい。」との申出があったため,実質的な調査を行うことができなかった。

そこで,B調査官は,原告に平成8年8月22日午前10時15分に臨場する旨の連絡せんを交付して,原告の事務所を辞去した。

(イ) 後日,B調査官は,原告の妻から「8月22日は都合が悪い。8月30日であれば都合が良い。」との連絡を受けたため,調査予定日を変更し,原告の妻から指定された平成8年8月30日午前10時15分ころ,再度原告の事務所に臨場した。

すると,原告は,応接室のテーブルの上に帳簿書類の綴りを用意するとともに,D商工会事務局員のE及び同会会員のFを同席させて,本件調査に臨んだ。

B調査官は,税務職員に課された守秘義務との関係において,第三者の立会いの下では調査をすることができないと判断し,原告に対し,調査に関係のない第三者が同席していると,税務職員に課せられた守秘義務に違反するおそれがあることを説明し,第三者を退席させた上で本件調査に協力するよう要請した。

ところが,原告は,B調査官の要請に応じることなく,かえって上記E及びFに加え,D商工会会員のG,H及びIを同席させるに至った。

その後も,約1時間半にわたり,B調査官は,第三者を退席させて調査に協力するよう繰り返し要請したが,原告が頑なにこれに応じなかったため,応接室のテーブルの上に用意された帳簿書類の綴りの内容を確認するなどの実質的な調査はできなかった。

そこで,B調査官は,日を改めて再度臨場する旨を告げ,原告の事務所を辞去した。

(ウ) B調査官は,平成8年9月10日午後1時ころ,原告の事務所に臨場したが,原告らが不在であったため,平成8年9月13日午前10時10分ころに再度臨場すること,その際には第三者の立会いのない状態で帳簿書類等を提示するよう要請する旨の連絡せん(乙31)を投函し,原告の事務所を辞去した。

翌日,B調査官は,原告の妻から「9月13日は都合が悪い。10月24日であれば都合が良い。」との申出を受けた。これに対し,B調査官が9月17日から20日までの間に都合がつかないかと尋ねたところ,原告の妻は,「9月中は忙しい。改めて10月初めに連絡する。」というのみであった。そこで,B調査官は,10月まで調査の日程がとれないのであれば,それまでの間,当方で銀行や取引先の調査を進める旨を申し渡し,以後,銀行や取引先等の調査を開始した。

ウ 平成8年10月,11月の調査

(ア) B調査官は,平成8年10月22日午後1時15分ころに原告の事務所に臨場したが,原告らは不在であったため,平成8年10月24日午前10時10分ころに再度臨場すること,その際には第三者の立会いのない状態で帳簿書類等を提示するよう要請する旨の連絡せん(乙32)を投函し,原告の事務所を辞去した。

翌日,B調査官は,原告の妻から「10月24日は都合が悪い。11月6日であれば都合がよい。」との申出を受けた。

(イ) そのため,B調査官は,調査予定日を変更し,平成8年11月6日午前10時10分ころ,原告の事務所に臨場した。

すると,原告は,前回の調査日と同様,応接室のテーブルの上に帳簿書類の綴りを用意するとともに,D商工会事務局員のE,同会会員のF及びGを同席させて,本件調査に臨んだ。

B調査官は,前回の調査日と同様,税務職員の守秘義務に違反するおそれがあることを理由に,第三者を退席させた上で調査に応じるよう要請したが,原告は,被告による銀行等への調査に抗議するのみで,これに応じようとしなかった。

その後も,B調査官は,原告に対し,第三者を退席させて調査に協力するよう繰り返し要請したが,原告は,なおも被告による銀行への調査に抗議するのみで,第三者を退席させなかった。

そのため,B調査官は,この状態では調査は進展しないと判断し,「当方で独自に調査を進める。」と申し伝えて,原告の事務所を辞去した。

エ 平成9年1月,2月の調査

(ア) その後も,B調査官は,平成9年1月16日の午前中に原告宅に臨場して,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請し,かつこのままでは消費税の仕入税額控除も認められなくなるなどの説明をしたが,原告は,「今日は都合が悪い。」,「第三者の立会いがないと公平な調査ができない。」などと述べて,B調査官からの帳簿書類の提示要請に応じなかった。

さらに,原告は,B調査官が1月21日か同月22日に都合がつかないかと尋ねても,「また連絡する。」などと答えるのみであった。そこで,B調査官は,この状態では調査は進展しないと判断し,原告に連絡を入れるよう依頼して原告宅を辞去し,同日のうちに原告の取引先等を訪問するなどして,反面調査を開始した。

これに対し,原告は,平成9年2月13日,被告宛に反面調査の中止を求める請願書を提出し,その中で,平成9年2月28日午後2時を次回調査希望日に指定した。

そこで,B調査官は,平成9年2月20日,原告に電話を入れ,同日同時刻に原告の事務所に臨場すると申し伝えるとともに,その際には第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう要請し,このまま帳簿書類の提示がない場合には消費税の仕入税額控除が認められないことを説明した。

(イ) そして,B調査官は,平成9年2月28日午後2時ころ,原告の事務所に臨場した。しかし,原告は,前回,前々回の調査と同様,応接室のテーブルの上に帳簿書類の綴りを用意するとともに,D商工会事務局員のE,同会会員のF,J夫妻及びK夫妻らを同席させて,本件調査に臨んだ。

B調査官は,原告に対し,第三者を退席させて調査を行える状態にするよう要請したが,原告は「帳簿を提示するので調査してほしい。」と繰り返し述べるのみでこれに応じなかった。そこで,B調査官は,このまま第三者の立会いのない状態で帳簿書類が提示されなければ,帳簿書類の提示がなかったものとして所得税及び消費税の更正処分を行わざるを得なくなることを説明したが,原告は,なおも第三者を退席させなかった。

そのため,B調査官は,このような状況では帳簿書類の綴りの内容を確認することは不可能であると判断し,本件調査を打ち切り,原告の事務所を辞去した。

オ 本件各処分

そこで,被告は,平成9年3月5日,原告に対し,推計の方法により本件所得税各処分を行い,また,仕入税額控除を否認して本件消費税各処分を行った。

(2)  検討

ア はじめに

上記各事実によれば,B調査官は,平成8年8月8日,同年11月6日,平成9年1月16日及び同年2月28日に原告の事務所(又は自宅)に臨場し,原告が不在であった平成8年9月10日及び同年10月22日には連絡せんを投函し,また平成9年2月20日には電話をかけるなどして,原告に対し,第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう繰り返し要請したが,原告は,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を頑なに拒否したため,結局,B調査官は,原告の所得金額を実額で把握することができなかったと認められる。

このような調査の経緯に照らし,原告がB調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を正当な理由なく拒否したものと認められれば,このような原告の対応は,本件調査を拒否するものにほかならず,本件における推計課税の必要性を肯定することができる。

イ 質問検査権の行使と第三者の立会いについて

そこで,まず,B調査官が原告に対して第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請したことが,質問検査権(所得税法234条1項,消費税法62条1項)の適法な行使といえるか否かについて検討する。

質問検査権の範囲,程度,時期,場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については,質問検査の必要があり,かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り,権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である(最決昭和48年7月10日・刑集27巻7号1205頁参照)。

しかるに,税務職員が質問検査権を行使する上で,第三者の立会いを認めるべきことを定めた法令上の規定は存在しない。しかし,他方,税務職員には,調査事務に関して知ることのできた秘密を漏らしてはならず(所得税法243条及び消費税法69条),かつ職務上知り得た秘密を漏らしてはならない(国家公務員法100条1項)との守秘義務が課せられている。そして,税務調査の際には,質問検査の内容が被調査者やその取引の相手方の営業上の秘密等に及ぶなど,税務職員の守秘義務に関連する事態が生じ得るものと認められる。

そうすると,第三者の立会いを認めるべきか否かの判断は,質問検査権の行使に関する実施の細目に当たり,質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り,権限ある調査担当者の合理的選択に委ねられているものと解すべきである。そして,このように解する以上,調査に関係のない第三者の立会いをいつ,どのような形で認めるかについても,上記要件を満たす限り,税務職員の合理的選択に委ねられていると解される。

ウ 本件への当てはめ

これを本件について見るに,上記(1)の認定事実によると,原告の日常の経理処理や申告手続は,原告の妻が行っていたと認められるから,第三者の立会いが認められないことによって,原告に格別の不利益が生ずることはないと解される。

よって,本件において,B調査官が第三者の立会いを画一的に認めなかったことは,権限ある税務職員に委ねられている合理的な選択の範囲内の行為であり,これに反する原告の主張は採用できない。

したがって,B調査官が原告に対し,第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を要請したことは,質問検査権の適切な行使に当たる。

エ 原告主張の検討

(ア) 原告は,被告が過去の税務調査の際に第三者の立会いを認めていた経緯に照らし,本件調査においてB調査官が第三者の立会いを認めなかったことは平等原則違反,あるいは信義則ないし禁反言の法理違反に当たり,税務職員としての裁量の範囲を逸脱し,違法であると主張する。

しかし,上記説示のとおり,第三者の立会いを認めるか否かは,個々の調査の具体的場面における質問検査の必要性と相手方の私的利益とを衡量し,権限ある税務職員が合理的に選択すべき事項であることからすれば,本件と事実関係を異にする過去の調査との単純な比較をもって,直ちに平等原則違反,あるいは信義側ないし禁反言の法理違反に当たると認めることはできない。

よって,本件調査においてB調査官が第三者の立会いを認めなかったことは,税務職員としての裁量の範囲を逸脱するものではない。

(イ) また,原告は,被告が過去の税務調査の際に第三者の立会いを認めていた経緯に照らし,本件調査においてB調査官が第三者の立会いを認めない合理的理由を説明しなければ,社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたと評価できないと主張する。

しかし,上記(1)の認定事実からすれば,B調査官が,原告に対し,税務職員に課せられた守秘義務との関係において,第三者の立会いの下では調査を行えないことを繰り返し説明し,再三にわたって第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう説得するとともに,帳簿書類の提示がない場合には消費税の仕入税額控除が認められないことや,所得税の更正処分を行わざるを得ないことを説明したにもかかわらず,原告は,頑なに第三者の立会いの下における帳簿書類の提示に固執し,結局,帳簿書類を提示しなかったのである。

このような本件調査の経緯によれば,仮にB調査官が,被告の過去の調査時と対応が異なる理由を説明しなかったとしても,原告から帳簿書類の提示を得るための社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くさなかったと認めることはできない。

(ウ) したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。

(3)  まとめ

以上より,原告は,B調査官からの適法な帳簿書類の提示要請を正当な理由なく拒否したものと認められるから,本件における推計課税の必要性を肯定することができる。

よって,本件所得税各処分につき,推計課税の必要性を欠く違法はない。

2  争点(1)イ(推計課税の合理性)の検討

(1)  事実の認定

証拠(乙1~12)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

ア 大阪国税局長は,原告の事業所所在地を所轄する姫路並びにこれに隣接する加古川,龍野,社,西脇及び和田山の各税務署長に対し,所得税の確定申告書を提出している者のうち,平成5年から平成7年を通じて,次の(ア)ないし(キ)の条件をいずれも満たす者を全て抽出するよう指示した(乙1~6)。

(ア) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

(イ) 建築設計及び建築業を営む者であること

(ウ) 上記(イ)以外の業種を兼業していないこと

(エ) 事業所が姫路,加古川,龍野,社,西脇及び和田山のいずれかの税務署の管内にあること

(オ) 年間を通じて継続して事業を営んでいること

(カ) 売上金額が3800万円以上,1億6800万円未満であることなお,この売上金額の範囲は,当時被告が実額で把握し得た原告の本件各年分の売上金額を基準に,上限を最も高額であった平成6年分の売上金額の約2倍とし,下限を最も低額であった平成7年分の売上金額の約2分の1としたものである。

(キ) 作成対象年分の所得税について,不服申立て又は訴訟が係属中でないこと

イ その結果抽出された同業者の総数は4名であり(乙7~12),これらの者の本件各年分の売上金額,売上原価及び一般経費の額,並びに算出所得金額及び算出所得率は,別表3の1~3のとおりであった。

ウ 被告は,当時実額で把握し得た原告の売上金額に,上記同業者の算出所得率の平均値を乗じて,原告の本件各年分の所得金額を推計した。

(2)  検討

ア 当裁判所の判断

上記認定事実によると,被告の採用した同業者の抽出基準は,原告の業種,業態,所在地及び事業規模等に基づいて設定されたもので,当該基準により抽出された同業者と原告との間には,業種の同一性,事業所の近接性,事業規模の近似性等の類似性が認められるから,同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。

また,抽出対象となる同業者は,申告内容に一定の裏付けを有する青色申告者であって,かつそれが確定しているから,原告の所得率を推計する資料の正確性も担保されている。

よって,被告が採用した推計課税の方法には,合理性があるものと認められる。

イ 原告主張の検討

(ア) 原告は,被告の採用した同業者の抽出基準は,施工の大半を外注する原告の業態の特殊性を考慮していない点,また,抽出された同業者間の算出所得率に開差が大きい点において,合理性がない旨主張する。

しかし,業種,業態,所在地及び事業規模が類似する同業者を複数抽出し,その平均値を算出することによって,各々の同業者の営業条件等に関する個性や所得率の開差が平均化されることになるから,原告主張の事実があるとしても,推計課税の方法自体の合理性を失わせるものとは認められない。

(イ) また,原告は,被告が同業者の抽出過程を開示していない点においても合理性を欠くと主張するが,上記(1)の認定事実によれば,大阪国税局長の通達に基づき,各税務署長が抽出条件に該当する全ての同業者を機械的に抽出したと認められるから,本件抽出に当たって被告の恣意が介在したと認める余地はない。

(ウ) よって,原告の主張は,いずれも採用することができない。

(3)  まとめ

以上より,本件所得税各処分につき,推計課税の合理性を欠く違法はない。

3  争点(1)ウ(総所得金額等)の検討

(1)  売上金額の検討

ア 争いのない分

次の各売上金額は,当事者間に争いがない。

(ア) 別表5の平成5年分の売上金額のうち,a,b,c及び㈱e建材に対する売上金額

(イ) 別表5の平成6年分の売上金額のうち,k,mに対する売上金額

(ウ) 別表5の平成7年分の売上金額のうち,n,sに対する売上金額

イ f,j及びt分

(ア) 所得税基本通達36-8

所得税基本通達36-8(4)は,請負による収入金額につき,下記の日をもって,事業所得の総収入金額の収入すべき時期とするものと定めている。

物の引渡しを要する請負契約にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日,物の引渡しを要しない請負契約にあってはその約した役務の提供を完了した日。ただし,一の契約により多量に請け負った同種の建設工事等についてその引渡量に従い工事代金等を収入する旨の特約若しくは慣習がある場合,又は1個の建築工事等についてその完成した部分を引き渡した都度その割合に応じて工事代金等を収入する旨の特約若しくは慣習がある場合には,その引き渡した部分に係る収入金額については,その特約又は慣習により相手方に引き渡した日。

(イ) しかるに,証拠(甲10の1・3・7,乙14,乙17の1・2,乙18)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告とf,j及びtとの各請負契約は,いずれも目的物の引渡しを要する建物建築請負契約であり,かつ,fに対しては平成5年,jに対しては平成6年,tに対しては平成7年に,各々全工事が完成して建物が引き渡されていることが認められる。

よって,上記請負契約に係る請負代金の売上金額への計上は,所得税基本通達36-8(4)本文のいわゆる「完成引渡基準」に従い,「目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日」になすべきである。

(ウ) これに対し,原告は,上記各請負契約において,工事の出来高に応じて請負代金を支払う旨の特約を締結しているから,所得税基本通達36-8(4)ただし書後段の「1個の建築工事等についてその完成した部分を引き渡した都度その割合に応じて工事代金等を収入する旨の特約若しくは慣習がある場合」に該当するとして,出来高工事代金を受領した日に,順次,売上金額として計上すれば足りると主張する。

しかしながら,上記各請負契約の目的物は建物(居宅)であり,いずれも建築工事の途中で部分的に引渡しがなされる性質のものではないから(甲10の1・3・7,乙14,乙17の1・2,乙18),所得税基本通達36-8(4)ただし書後段の適用はないものと解される。

(エ) また,原告は,「完成引渡基準」によると,fから受領した請負代金のうち,平成4年内に受領した工事代金分について二重計上を強いられることになると主張するが,これを裏付ける的確な証拠はない(甲21・2頁からも二重計上の事実は明らかではない。)から,かかる事実を認めることができない。

よって,原告の主張は,いずれも採用することができない。

(オ) 以上より,fに対する売上げの全額を平成5年分に,jに対する売上げの全額を平成6年分に,tに対する売上げの全額を平成7年分に,売上金額として計上すべきである。

そして,以上の認定に,証拠(甲10の1・3・7,乙14,乙17の1・2,乙18)及び弁論の全趣旨を総合すると,f,j及びtに対する売上金額は,別表5の当該各人欄に記載の金額となる。

ウ g建設㈱分

(ア) 証拠(乙20の1~3)によれば,g建設㈱は,原告に対する本来の支払金額から送金手数料を控除して支払をしたことが認められる。

(イ) これに対し,原告は,g建設㈱に対する売上につき,原告が送金手数料を負担するものと判断し,それを差し引いた後の金額を売上金額として計上したと主張する。

しかし,仮に,原告主張のとおりであったとしても,事業所得の計算における売上金額は,「その年において収入すべき金額」(所得税法36条1項)であって,これは送金手数料等の費用を控除する前の収入金額を指すと解されるから,原告の主張は失当であり,採用することはできない。

(ウ) 以上より,g建設㈱に対する売上金額は,送金手数料を控除する前金額である。

そして,以上の認定に,証拠(乙20の1~3)及び弁論の全趣旨を総合すると,g建設㈱に対する売上金額は,別表5の「g建設㈱」欄に記載の金額となる。

エ h分

(ア) 証拠(乙21の1~3)によれば,原告のhに対する売上金額(設計代)は,別表5の「h」欄に記載の金額であることが認められる。

(イ) これに対し,原告は,本件各年分のhに対する売上げはないと主張する。

しかし,hは,平成11年9月28日付けで,大阪国税局に対し,hの原告に対する設計代の支払は,別表5の「h」欄に記載の金額である趣旨の回答をしており(乙21の1~3),原告は,同回答内容の信憑性を覆すに足る主張・立証は何らしていないのであるから,原告の上記主張は採用できない。

オ i白蟻㈲分

(ア) 証拠(甲22の24の1,甲24の24の1・2・4,乙22の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,平成5年及び平成7年に,i白蟻㈲から紹介手数料を受け取ったこと,それゆえ,平成5年及び平成7年に,原告のi白蟻㈲に対する売上金額が存在したこと,その金額は,別表5の「i白蟻㈲」欄に記載の金額であることが認められる。

(イ) これに対し,原告は,i白蟻㈲が,原告の支払った外注費の一部を一方的に紹介手数料として経費に計上しているに過ぎず,同社から紹介手数料を受領したことはないと主張する。

しかし,上記各証拠によれば,原告が紹介手数料を受け取ったことがないのは,同社との決済が原告の受領すべき紹介手数料と原告の支払うべき外注費との相殺によって行われ,支払うべき外注費の方が多かったためであり(乙22の1・2),上記原告が受け取るべき紹介手数料が存在したことは,i白蟻㈲の原告に対する請求書等(甲22の24の1,甲24の24の1・2・4)の記載からも明らかである。

それゆえ,原告の上記主張も採用できない。

カ まとめ

以上によると,原告の本件各年分の売上金額は,別表5の「合計」欄記載のとおりであり,平成5年分が7973万8895円,平成6年分が8380万9410円,平成7年分が7856万1500円であることが認められる。

(2)  総所得金額等の検討

前記1(推計課税の必要性),2(推計課税の合理性),3(1)(売上金額)の認定判断,及び弁論の全趣旨を総合すると,前記第3の3(1)ア~ウ記載の事実が認められ,原告の本件各年分の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額は,前記第3の3(1)ア~ウの該当欄記載の金額であることが認められる。

4  争点(1)エ(実額反証)の検討

(1)  実額反証における立証の範囲と程度

ア 納税者が,事業所得の実額を主張して,課税庁のした推計課税の違法性を立証するためには,①その収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉漏れのない総収入金額であること,②必要経費が実際に支出されたこと,③必要経費が総収入金額と対応すること,④必要経費が当該事業と関連性を有することを,合理的な疑いを入れない程度まで立証しなければならない。

イ ところで,事業所得の金額は,その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされている(所得税法27条2項)。

そのため,事業所得の金額を実額で把握するには,まず,事業所得に係る収入を日々継続して個別具体的に記録した会計帳簿の存在が不可欠である。当該会計帳簿が現金出納帳等の他の帳簿と突き合わされ,領収証控,請求書控等の原始書類と照合されて初めて,収入金額の実額を正確に把握しうるからである。

また,必要経費についても,収入金額と同様に,これを日々継続して個別具体的に記録した会計帳簿が,他の帳簿や原始書類と突き合わされることによって初めて,必要経費の実額を正確に把握することができる。

そして,このような会計帳簿の適切な記帳によって初めて,その収入金額と必要経費について,費用と収益との対応関係及び事業との関連性を明らかにすることができるのである。

ウ したがって,納税者が,このような会計帳簿を提出せず,原始書類のみをもって実額主張の根拠とするためには,原始書類が取引に接着して作成され,かつ完全に保存されているとともに,それが会計帳簿と同程度ないしそれ以上に信用性のあるものでなければならないと解するのが相当である。

(2)  日々継続的に記録された会計帳簿の不提出

原告が実額反証の証拠として提出した証拠は,工事別の集計表,売上げに係る工事請負契約書,建物受領書,原告作成の入金伝票,必要経費に係る請求書,領収証,振込依頼書,出金伝票及び預金通帳等である。

しかし,工事別の集計表(原告の陳述書〔甲25・32〕の末尾添付)は,単に,原告主張に係る個々の工事別に売上げ及び仕入・外注費の金額を集計したものにすぎず,仕入・外注費以外の経費科目に係る記載もなく,本件各年分における原告の事業活動の全体を経理面から網羅的に記載したものではない。

それゆえ,原告は,本件訴訟において,原告の本件各年分の収入及び支出の実額について,日々継続して個別具体的に記録した会計帳簿を提出していない(前記(1)イ参照)。

このように,原告は,本件訴訟において,上記会計帳簿を提出せず,原始書類のみをもって実額主張の根拠としているところ,原告提出の原始書類が取引に接着して作成され,かつ完全に保存されているとともに,それが会計帳簿と同程度ないしそれ以上に信用性のあるものでなければならないにもかかわらず(前記(1)ウ参照),上記原始書類には,以下で検討するとおり多くの問題点が見受けられ,その信用性に疑問がある。

(3)  本件各年分の売上金額の検討

ア 原告は,本件各年分の売上金額につき,別表7の1~3に記載のとおり,平成5年分が1億0082万5658円,平成6年分が7001万4068円,平成7年分が7263万2179円であると主張し,それを裏付ける帳簿書類として,入金伝票,工事別の集計表(甲25・32の末尾添付),工事請負契約書及び建物受領書を提出している。

イ しかし,まず,入金伝票は,売上先に交付するものではなく,破棄又は集計の対象から外すこと等によって,恣意的な金額の操作を容易に行える性質のものであるから,入金伝票に現れたもの以外の取引が存在しないことを裏付ける資料がなければ信用性に欠けるが,原告は,そのような資料を提出していない。

また,原告作成の工事別の集計表は,個々の工事別に売上及び仕入・外注費の金額を集計したものであるが,証拠(甲10〔枝番を含む〕,甲25・32)から推測される原告の取引形態が個人の顧客から建物建築を請け負う単発的取引が中心であり,かつ現金による決済がほとんどであることに照らし,工事別の集計表に現れたもの以外の取引が存在しないことを裏付ける資料がなければ信用性に欠けるが,原告は,そのような資料を提出していない。

よって,工事別の集計表と入金伝票を突き合わせて検討しても,原告の全ての取引の相手方及び取引内容を漏れなく捕捉することは困難であるといわざるを得ない。

ウ なお,原告提出の書証から原告の取引の全容を捕捉し得ないことは,本件訴訟における原告主張の売上金額が,平成5年分は1億0082万5658円(平成12年3月21日付け準備書面の主張)から1億0087万5658円(平成14年9月26日付け準備書面の主張)に,平成7年分は7263万2179円(平成12年3月21日付け準備書面の主張)から7224万2179円(平成14年9月26日付け準備書面の主張)に変遷するなど,一貫性がないことからも明らかである。

エ 以上より,①原告主張の売上金額が,全ての取引先から生じた捕捉漏れのない総収入金額であることについて,合理的な疑いを入れない程度にまで立証されたとはいえない(前記(1)ア参照)。

(4)  本件各年分の必要経費の検討

ア 原告は,本件各年分の必要経費につき,別表7の1~3に記載のとおり,平成5年分が合計9621万4292円,平成6年分が合計6677万5981円,平成7年分が合計6890万1138円であると主張し,それを裏付ける帳簿書類として,請求書,領収証,振込依頼書,出金伝票,レシート等の原始書類及び工事別の集計表を提出している。

イ しかし,これらの原始書類は,いずれも恣意的な金額の操作を容易に行える性質のものであるから,原始書類に現れたもの以外の取引が存在しないことを裏付ける資料がなければ,信用性に欠ける。

しかるに,本件では,かかる裏付け資料が提出されていないばかりか,上様名義や宛先空欄の領収証,レシート等が多数含まれていること(甲11の10の4~6・8・9・11・12・14~16等々),「1997年」の作成日付のものが混入していること(甲12の10の6の6,甲12の10の7の1),家事費に該当するものや事業との関連性の明らかでないものが多数含まれていること(甲11の10の33,甲11の10の59,甲13の10の5の4,甲16の51・78等々)に照らし,上記原始書類自体の信用性に疑義がある。

ウ また,原告作成の工事別の集計表からは,仕入・外注費以外の経費の存否が明らかでなく,かつ前記(3)イと同様の理由により,同表に現れたもの以外の取引が存在しないことを裏付ける資料がなければ信用性に欠けるが,原告は,そのような資料を提出していない。

エ 以上より,原告主張の必要経費が,②実際に支出されたこと,③総収入金額と対応すること,④原告の事業との関連性を有することについて,合理的疑いを入れない程度にまで立証されたとはいえない(前記(1)ア参照)。

(5)  本件各年分の事業所得金額の検討

ア 原告は,本件各年分の事業所得金額について,別表7の1~3に記載のとおり,平成5年分は461万1366円,平成6年分は323万8087円,平成7年分は373万1041円であると主張する。

イ しかし,原告は,本件各年分の確定申告の際には,平成5年分は185万1214円,平成6年分は△168万1284円,平成7年分は△190万2867円であると申告しており,原告が本件訴訟において主張する事業所得金額の実額とは著しく相違している(その開差は約270万円から約560万円にもなる。)。

通常,確定申告の基礎となる資料と実額反証の基礎となる資料は同一であるところ,かかる同一の資料に基づいて算定された事業所得金額に著しい開差が生じていることからすれば,原告が提出した実額主張の基礎資料全体の信用性について,疑問があるといわざるを得ない。

ウ また,原告は,長女を神戸に住まわせたり,長男をドイツに長期出国させており(乙23,乙28),その生活費等の扶助に相当額を要したはずであるから,原告の所得金額が原告が上記アで主張する金額と認めることに疑問がある。

エ よって,原告主張の事業所得金額が実額であることについて,合理的疑いを入れない程度にまで立証されたとはいえない。

(6)  まとめ

以上のとおり,本件全証拠によっても,原告主張の所得金額の実額について立証されたとはいえないから,原告の実額反証には理由がない。

5  争点(2)ア(仕入税額控除の要否)の検討

(1)  消費税法30条7項の「保存」の意義

ア 当裁判所の見解

消費税法は,申告納税制度を採用し(42条,45条等),納税者の申告に係る税額等の計算が税務当局の調査と異なる場合には,税務当局において適宜の課税処分を行い,適正な税収を確保することを予定している(国税通則法24条参照)。

そして,このような税務当局の第一次的課税責任に鑑み,税務職員に対して,納税義務者等への質問,又はその事業に関する帳簿書類その他の物件の検査権限(質問検査権)を付与し(消費税法62条),税務当局が申告内容の正確性を調査,確認するための判断資料を入手することを予定している。

そうすると,消費税の仕入税額控除(30条1項)の要件として,仕入税額控除に係る帳簿及び請求書等(30条7・8・9項,以下「法定帳簿」という。)の保存を要求するのも,法定帳簿が質問検査の対象となるため,税務当局が,納税義務者に対する質問検査権の適法な行使により,法定帳簿の有無及び記載内容を調査,確認することが予定されているからであると解される。

このような解釈は,消費税法が,仕入税額控除の要件とされる法定帳簿の保存につき,その保存年限が税務当局が課税権限を行使することのできる最長期間である7年間とされ,かつ納税地等の限られた場所に整理して保存するよう要求していること(消費税法30条10項,消費税法施行令50条1項)からも是認できる。

これらの規定に照らすと,消費税法30条7項にいう法定帳簿の「保存」とは,単に客観的・物理的な意味での保存をいうものではなく,税務職員による質問検査権の適法な行使により,法定帳簿の内容を調査,確認することができる状態におくことを予定して保存を継続していること,すなわち,税務職員の適法な提示要請に応じて,直ちに提示できる状態での保存を意味すると解すべきである。

イ 原告主張の検討

これに対し,原告は,法30条7項にいう法定帳簿等の「保存」とは,客観的・物理的な意味での保存と解すべきであると主張する。

しかし,原告主張のように解すれば,税務調査の際に税務職員が質問検査権の適法な行使として法定帳簿の提示を要請したのに対し,納税義務者がそれを正当な理由なく拒否した場合であっても,法定帳簿が物理的に存在することが確認されれば,消費税法30条7項の仕入税額控除の要件を満たすことになるから,税務当局は,当該納税義務者の本来納付すべき消費税額を把握し得ないまま,納税者の申告どおりに仕入税額控除を認めるか,あるいは事後に訴訟になった段階で法定帳簿が提出されて更正等の処分が違法として取り消されることを予定して,仕入税額控除を認めずに更正等の処分をするかという選択を迫られることになり,消費税法が税務当局に第一次的課税責任を委ねた趣旨に反する結果となる。

よって,原告の主張を採用することはできない。

(2)  消費税法30条7項の「保存しない場合」の意義

上記(1)のとおり,消費税法30条7項にいう法定帳簿の「保存」とは,税務職員の適法な提示要請に応じて,直ちに提示できる状態での保存を意味するから,税務調査の際に税務職員による質問検査権の適法な行使として,法定帳簿の提示要請がなされたのに対し,納税義務者が正当な理由なくその提示を拒否した場合には,納税義務者は税務調査の際に法定帳簿を保存していなかったものと認められ,仕入税額控除が認められなくなるものと解するのが相当である。

(3)  本件へのあてはめ

ア 当裁判所の見解

前記第4の1(推計課税の必要性)における認定判断のとおり,B調査官は,質問検査権の適法な行使として,第三者の立会いのない状態での法定帳簿の提示を要請した。

これに対し,原告は,B調査官が第三者の立会いの下では法定帳簿の調査を行えないことを認識しながら,本件調査の際,第三者を立ち会わせた上で,応接室のテーブルの上に帳簿書類の綴りを用意していた。

このような原告の対応からすれば,原告は,B調査官からの適法な法定帳簿の提示要請に対し,正当な理由なくこれを拒否したものと認めることができる。

よって,原告は税務調査の際に法定帳簿を保存していなかったと認められるから,原告が法定帳簿を「保存しない場合」に該当すると認められる。

イ 原告主張の検討

これに対し,原告は,B調査官が,過去の被告の調査時とは異なり,本件調査において第三者の立会いを認めず,かつそのように対応を変えた合理的理由を説明しなかったから,被告が法定帳簿の提示を受けるために社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたとは評価できず,かつ原告が法定帳簿を提示しなかったことにつき,やむを得ない事情があったと主張する。

しかし,前記第4の1(推計課税の必要性)で認定判断した本件調査の経緯によれば,本件調査の際,B調査官は,原告に対し,第三者が同席していると守秘義務違反のおそれがあるから調査を行えないこと,第三者の立会いのない状態で法定帳簿を提示しない場合には,消費税の仕入税額控除が認められないこと等を繰り返し説明したことが認められるから,仮に,B調査官が被告の過去の調査時の対応との違いについて説明しなかったとしても,被告が法定帳簿の提示を受けるために社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くさなかった,あるいは原告が法定帳簿を提示しなかったことにつき,やむを得ない事情があったと認めることはできない。

ウ まとめ

したがって,原告が法定帳簿を「保存しない場合」に該当するから,本件各課税期間の消費税の仕入税額控除は認められない。

6  争点(2)イ(課税標準額等)の検討

(1)  課税標準額

原告の平成6年分の売上金額が8380万9410円,平成7年分の売上金額が7856万1500円であるから(前記3(1)カ),原告の本件各課税期間の課税標準額は,上記各金額に103分の100を乗じた金額,すなわち平成6年は8136万8000円,平成7年は7627万3000円(いずれも国税通則法118条1項によって1000円未満の端数を切り捨てたもの。)である。

(2)  納付すべき税額及び過少申告加算税額

前記5(仕入税額控除の要否),6(1)(課税標準額)の認定判断,及び弁論の全趣旨を総合すると,前記第3の6(1)ア・イ(前記17・18頁)記載の事実が認められ,原告の本件各課税期間の納付すべき税額及び過少申告加算税額は,前記第3の6(1)ア・イの該当欄記載の金額であることが認められる。

第5結語

1  以上によれば,被告主張の推計課税の必要性及び合理性が認められ,被告が本件所得税各処分で認定した金額は,原告の本件各年分の総所得金額,納付すべき税額及び過少申告加算税額未満の金額であるから,本件所得税各処分は総所得金額等を過大に認定した違法はない。

2  また,本件においては仕入税額控除を認めることができず,被告が本件消費税各処分で認定した金額も,原告の本件各課税期間の消費税についての課税標準額,納付すべき税額及び過少申告加算税額未満の金額であるから,本件消費税各処分にも課税標準額等を過大に認定した違法はない。

3  よって,原告の本訴請求は全て理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 今中秀雄 裁判官 秋田志保)

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