神戸地方裁判所 平成13年(ワ)1051号 判決
原告
A野花子
他2名
原告ら訴訟代理人弁護士
垣添誠雄
同
茂木立仁
同
吉村弦
被告
有限会社 新宿ソフト
同代表者取締役
森下景一
同訴訟代理人弁護士
塩谷安男
補助参加人
日動火災海上保険株式会社
同代表者代表取締役
樋口冨雄
同訴訟代理人弁護士
安藤猪平次
同
浅田修宏
主文
一 被告は、原告A野花子に対し、五四七九万四七六四円及びこれに対する平成一二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野一江及び同A野一郎に対し、それぞれ二七三九万七三八二円及びこれに対する平成一二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし、その余はこれを三〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、主文第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求及び申立
一 被告は、原告A野花子に対し、五六二九万四七六四円及びこれに対する平成一二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野一江及び同A野一郎に対し、それぞれ二八一四万七三八二円及びこれに対する平成一二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、被告が経営するテレホンクラブの店舗内において放火事件が発生し、同店内にいた原告らの被相続人が火災によって発生した煙を吸入したことによる一酸化炭素中毒によって死亡したのは、被告の安全配慮義務違反ないし不法行為、被告が使用していた従業員の過失及び消火設備の不備等の土地工作物の設置・保存に瑕疵があったことに基づくものであるとして、被告に対し、民法四一五条(債務不履行責任)、七〇九条(不法行為責任)、七一五条(使用者責任)、七一七条(土地工作物の占有者の責任)に基づき、被相続人及び原告らが被った損害額合計一億一二五八万九五二八円及び不法行為日である平成一二年三月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実
以下の事実は当事者間に争いがないか、証拠上容易に認定することができる(末尾に掲記した証拠は、当該事実を認定した証拠である。)
(1) 当事者
ア 原告A野花子(以下「原告花子」という。)は、亡A野太郎(昭和四四年一二月一六日出生、平成一二年三月二日死亡、以下、「亡太郎」という。)の妻であり、原告A野一江及び同A野一郎(以下、それぞれ「原告一江」及び「原告一郎」という。)は、亡太郎の子である。
イ 被告は、《住所省略》所在の地上三階建て地下一階付建物(以下、「本件建物」という。)において、平成一二年三月二日当時、テレホンクラブ「リンリンハウス元町店」(以下、「本件店舗」といい、二階ないし三階を、単に「二階」「三階」という。)を経営しており、従業員としてB山松夫店長(以下、「B山」という。)と従業員のC川竹夫(以下、「C川」といい、B山とC川をあわせて「被告従業員ら」という。)を使用していた(なお、以下に表記する本件店舗の個室の番号は、別紙図面A1及びA2の丸で囲まれた番号と同じである。)。
(2) 本件店舗内部及び開口部・窓の状況
ア 本件店舗には、二階が九室、三階が一〇室の合計一九室の個室があり、各個室、廊下、階段などの位置関係は、別紙図面A1及びA2のとおりである。
イ また、二階及び三階には、以下のとおりの窓及び開口部があった。
(ア) 二階のカウンターの南西側(別紙図面A1の①、②)に存在していた窓(以下「窓①、窓②」という。)
ただし、別紙図面A1のとおり、各窓の内側にはいずれも作りつけの棚が設置されており、外側には看板が設置されていた。
(イ) 三階南側外壁部分(別紙図面A2の③、④)に存在していた二枚引き戸の窓(以下「窓③、窓④」という。)
ただし、窓③、窓④は、本件店舗開設時に行なわれた内装工事の際に、窓の内側に壁を設置してこれを塞いでしまったため、利用客がその存在を認識することは困難であった。
また、窓④の大きさは、縦一・七一m、横〇・四五mであった。
(ウ) 三階一六号室西側の三角形の物置の南側(別紙図面A2の⑤)に存在する五〇cm四方の二枚引き戸の窓(以下「窓⑤」という。)
(エ) 別紙図面A2の⑥(三階シャワールーム横の洗面所の手洗器上部、床面から高さ一・一九mの位置)に存在していた縦七二cm、横七六cmの二枚引き戸の窓(以下「窓⑥」という。)
(3) 本件火災の発生
ア 平成一二年三月二日午前五時ころ、本件店舗にはB山及びC川の二名の従業員ならびに亡太郎を含めた五名の客がおり、客はいずれも三階の個室を利用していた。このうち亡太郎は、三階の一四号室を利用していた。
イ 火災事故の発生
同日午前五時一五分ころ、訴外人二名(以下、「放火犯人」という。)が、本件建物二階の本件店舗出入口ドア前のフロア部分(別紙図面B1の「フロア」と記載のある部分、以下、「出入口前フロア」という。)から店内に一・八リットルのガソリンが入った火炎瓶を投げ込んだが、瓶が割れなかったため発火しなかった。
C川は、投げ込まれた火炎瓶を拾い上げて、出入口前フロアから階段下付近の様子を確認したところ、放火犯人が店外へと逃走するのが見えた。その後、放火犯人は別の一・八リットルのガソリンが入った火炎瓶を投擲し、C川も持っていた火炎瓶を階段下へ向けて投げ返したため、火炎瓶が割れて、階段の曲がり角の踊り場付近(地上から六段目及び七段目の階段部分で、別紙図面A1のと記載のある部分、以下「発火箇所」という。)で発火し、すぐに大きな炎が上がって階段部分が炎上し、本件店舗内に燃え広がり、それに伴って煙も立ちこめた(以下、「本件火災」という。但し、放火犯人とC川のいずれが投げた火炎瓶によって発火したのかは争いがある。)。
C川は、B山とともに三階へ上がり、客に火災の発生及び避難を呼びかけようと各個室のドアを叩くなどした。しかし、一二号室の客一名(D原梅夫、以下、「D原」という。)を救出できたものの、他の客を救出することはできないまま、本件店舗から脱出した。
本件店舗部分は、本件火災によって全焼損し、亡太郎を含む残りの客四名の遺体が別紙図面B2のとおり、三階の廊下で発見された(このうち、亡太郎の遺体は、同図面の遺体であり、他の客と折り重なるような状況であった。)。
亡太郎の死因は、本件火災によって発生した煙を吸引したことによる一酸化炭素中毒であった。
(4) 放火犯人の逮捕等
放火犯人二名は、本件火災を発生させたことにより、現住建造物等放火等により神戸地方裁判所に起訴され(神戸地方裁判所平成一二年(わ)第六六四号等事件)、その後殺人・殺人未遂罪を訴因として追加する訴因変更がなされ、同裁判所で審理されている(以下、「別件刑事事件」という。)。
二 本件の争点
(1) 本件火災発生の予見可能性(争点一)
(2) 被告の過失(争点二)
(3) 被告従業員らの過失(争点三)
(4) 本件店舗の設置・保存上の瑕疵の有無(争点四)
(5) 被告側の過失及び本件店舗の瑕疵と亡太郎の死亡との因果関係(争点五)
(6) 亡太郎及び原告らの損害額(争点六)
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点一(本件火災発生の予見可能性)について
(原告らの主張)
被告は、不特定多数の客が来集・滞在する施設であるテレホンクラブを経営していたのであるから、火災の発生の危険が常に存在し、かつ一旦火災が発生すればその発見が遅れ、初期消火の失敗等から本格的火災に発展し、逃げ遅れた客に死傷の危険が及ぶ可能性のあることは、上記施設を経営するものが等しく予見することができるものである。
また、そもそも放火の多発する近時において、放火による火災発生は十分に予見可能である。
(被告ないし補助参加人(以下、「被告ら」という。)の主張)
本件火災発生の数日前に被告経営の神戸市内の他の店舗に対して行われていた嫌がらせ行為と火炎瓶の投擲という本件火災の発生原因となった行為は、明らかに異質なものであり、仮に前者について被告従業員らが認識していたとしても、後者については、放火についての事前の予告や脅迫・警告等は一切なかった以上、その予見可能性はない。
(2) 争点二(被告の過失)について
(原告らの主張)
ア 被告は、顧客に対して本件店舗を利用させるにあたっては、火災の際の避難方法やその経路に習熟しているとはいえない多数の顧客の生命及び身体の安全を確保させるべく、建物について適切に窓を確保し、排気設備・消火器・非常誘導灯を設置し、消防計画を作成して従業員らにこれを周知徹底させ、これに基づく消防訓練及び防火設備の点検・維持管理等を行わせるなどしてあらかじめ防火の管理体制を確立する義務を負っていた。
そして、上記の義務は、経営者が滞在客らの生命等の安全確保のため、建築基準法・消防法等の関係法規はもちろん、条理上も負うべき注意義務である。
イ しかしながら、後記争点三の原告らの主張のとおり、被告従業員らは本件店舗に設置されていた警報機を作動させず、消火器の使用方法も知らなかった。また、B山も、本件火災発生後も警察や消防への連絡を行わず、避難経路の存在も認識していなかった。
さらに、争点四の原告らの主張のとおり、本件店舗には設置・保存上の瑕疵が多数存在していた。
これらの事情からすれば、被告に上記防火管理体制確立義務の懈怠があったというべきである。
(被告らの主張)
被告は、本件当時経営していた本件店舗を含むテレホンクラブについて、東京及び大阪に運営管理本部を設置し、各本部において管轄区域の全店舗を対象とした店長会議を週一回開催しており、その際、火災予防を最重要項目の一つとして、店長に対し、防火指導を徹底し、店長を通じて各店舗における防火意識の徹底を図っており、各店舗についても従業員のうち一~二名を防火担当責任者に指名し、防火管理のために就業時及び交代時に廊下、階段等における避難障害物の有無の確認、電気器具の配線の確認、タバコの吸い殻の処理の確認及び消火器の確認等の点検業務を行わせ、火災発生時には防火担当責任者を中心として、従業員が通報連絡、初期消火、避難誘導を分担して行うよう指導を行っていた。
本件火災に際して、被告従業員らは客に火災の発生を知らせ、一名の客を救出しており、本件状況下で精一杯の活動を行った。
(3) 争点三(被告従業員らの過失)について
(原告らの主張)
ア C川が、最初に二階の本件店舗出入口への階段の踊り場で火が上がった段階で店舗内に設置されていた消火器を利用し、あるいは水槽等の水を利用して初期火災に対して適切な消火活動に及んでいたならば、本件火災はそもそも発生しなかった。
しかしながら、C川は火災発生後消火活動を全く行わなかっただけでなく、最初に店内に投げ込まれた火炎瓶を階段の踊り場へと投げ返したため、火炎瓶が割れて発火したか、既に放火犯人によって投擲された火炎瓶によって発火していた炎の火勢をさらに激化させたものである。
したがって、C川には、適切な消火活動を行わなかった過失及び不注意にも火炎瓶を投げ返したために、本件火災を発生・拡大させた重大な過失がある。
イ また、被告従業員らは、消火器の使用方法を知らず、また、警報機を作動させることもなかった。
さらに、店長であったB山は、火災発生後も警察や消防に連絡することをしなかった上、屋上への階段を利用して避難するという別紙図面C2の避難経路の存在を知らなかったため、同経路を利用して客を避難させなかった。
(被告らの主張)
ア C川の放火犯人に対する対応について
C川が火炎瓶を投げ返した時点で、既に放火犯人が投擲した火炎瓶によって階段の踊り場付近で炎が燃え上がり、廊下の天井に達していたのであるから、放火犯人の行為のみをもって本件店舗内に煙を充満させ、焼損の結果を生ぜしめることができたのであるから、C川が火炎瓶を投げ返したことによって本件火災が発生したとの原告らの主張は失当である。
別件刑事事件における柏木伸之の証人尋問調書(乙九、一〇、一四)、樫木惠三の証人尋問調書(乙一一)及び柏木伸之作成の鑑定書(乙一三)を総合すれば、本件火災の状況は、①放火犯人が投擲した火炎瓶が割れた後一分以内には三m(樫木調書。柏木調書によれば二・五ないし四m。)くらいの高さの炎が上がり、その後大量に煙が発生した、②煙の垂直方向への移動速度は速く、鉄筋コンクリート造の実験建物一階で発生した煙の四階への到達速度(四階の煙探知機が作動するまでの時間)は五ないし六秒であった、③ガソリンの燃焼による炎の先端部分の温度及び煙の温度はいずれも約五〇〇度程度であった。
したがって、放火犯人の投擲した火炎瓶のみによっても炎は階段の天井まで達し、さらに階段下側から二階に向けて炎が吹き上げる状態になっており、その後火炎瓶によって発生した煙は、床や天井の燃焼による煙と相まって数秒後には三階に達していたものと考えられる。
そして、火炎瓶が投げ込まれるという全く予期し得ない事態に動転し、廊下から吹き上げてくる炎と熱気によって恐怖心に駆られたC川が拾い上げた火炎瓶をとっさに投げ返したとしても、当該状況に照らせば無理からぬものであり、C川に重大な過失はない。
さらに、樫木調書によれば、本件火災は、階段があたかも煙突のような役割を果たし、消火が最も難しい風下での消火となるため、消火器一、二本で消火することや一人でバケツに水を汲み、発火部分に掛けることを繰り返すという方法では消火することはできなかったのであり、かつ火災の発生により本件店舗内が停電して電灯は消灯していたのであるから、消火器ないしバケツによる消火活動は不可能であった。
イ 警報機を作動させなかったこと及びその後の救出活動について
被告従業員らは、本件火災の発生及びそれに伴う停電の発生により店内の電灯が消えてしまったことや、火炎瓶の投擲という異常事態の発生に加え、火の回りが非常に早かったことなどのために冷静な判断をすることができず、本件店舗に設置されていた警報機を作動させることができなかった。
ただ、本件火災の発生に際し、被告従業員らは、階段付近での炎が大きくなったことを確認した後、本件店舗の出入口のドアを閉めて三階に駆け上がり、客がいる個室のドアを叩いて、「火事だ」と大声で叫んだ後、さらにもう一度客がいるドアを叩いて客を起こそうとしたのであるから、非常ベルを作動した場合と同様に火災発生という異常事態を告知したといえる。
客用個室には特に防音装置は施されておらず、ドアを叩いたり、大声を上げたりすれば、個室内にいる者は容易に察知するはずであったが、客は皆熟睡しており、ドアに施錠していたので、気がつかない様子であった。
このうち施錠していなかった客については、C川が個室内に入って中にいた客を起こし、引きずるようにして室外へ連れ出し、店外に避難させたが、火勢が強く、火の回りが早かったため、他の客を連れ出すことができなかった。
本件火災に際して、被告従業員らは客に火災の発生を知らせ、一名の客を救出しており、本件状況下で精一杯の活動を行ったものであり、客を置いて一目散に逃亡したということはなく、非常警報装置が作動していた場合と同様に時機に遅れずに異常を知らせることができていたのであるから、非常警報機を作動させなかったとしても、被告従業員らには過失はない。
(4) 争点四(本件店舗の設置・保存上の瑕疵の有無)について
(原告らの主張)
消防法(当時の消防法、以下同じ。)八条一項によれば、店舗営業者等に対し、防災の設備として①消火用の設備及び②避難用の設備等を設置することが義務付けられており、同条は公法上最低限度の義務を課したものにすぎないから、安全配慮義務の内容として、被告も当然に上記義務を負う。
ア 非常警報装置について
本件店舗はテレホンクラブであり、顧客が個室に入り密室状態となるのが前提であるから、非常ベル等火災発生を音によって告知するための設備が当然に要求される。
また、消防法八条一項においても、同条所定の防火対象物の管理権原を有する者は、避難または防火上必要な構造及び設備の維持管理並びに収容人員の管理その他防火管理上必要な業務を防火管理者に行わせなければならないとされており、火災という異常事態を直ちに告知する設備もまた必要であったといえる。
非常ベルその他の設備により火災発生と同時にその連絡がなされなければ、本件建物の三階個室を利用していた顧客が異常事態に気づくことは、困難であり、特に本件火災が発生した午前五時ころは顧客は睡眠中である可能性が高いことから、より困難である。
しかしながら、本件店舗には、非常ベルが一箇所設置されていたものの、前記争点三の原告らの主張イのとおり、被告従業員らはこれらを作動させることはなく、その他に非常事態を告知する設備は存在していなかった。
被告らは、C川が時機に遅れることなく三階にいた客らに火災の発生を知らせたと主張するが、C川が店内に投げ込まれた火炎瓶を炎が上がっていた階段の踊り場に向けて投げ込んだために炎が大きくなったものであるところ、C川は、炎が小さかった時点で、水炎瓶を投げ込むのではなく即座に客に対して異常を知らせるべきであったにもかかわらず、火炎瓶を投げ込んだものであるから、同人が遅滞なく客に異常を知らせたとはいえない。
イ 換気設備について
建築基準法(当時のもの。以下同じ。)二八条及び同法施行令(当時のもの。以下同じ。)二〇条の二によれば、人が居住・執務・作業・集会・娯楽その他これらに類する目的のために継続的に使用する部屋は「居室」と定義され、建築物内で人間がその生命・健康を損なうことがないように、居室には自然又は強制換気設備の設置が要求されている。
そして、同法二八条一項によれば、上記「居室」とは、住宅、学校、病院、診療所、寄宿舎、下宿その他これらに類する建築物で政令に定めるものの居室とされているところ、本件建物は、テレホンクラブとして使用されていたが、実際には居住空間といえる簡易ホテルとして使用されていたことは周知の事実であったから、本件建物においても、居室に換気設備の設置を義務付けた同法二八条等の規定の趣旨を及ぼすのが妥当である。
また、近時の建物には耐火性の建築素材が多用されている関係で、火災発生による一酸化炭素中毒による死亡例が多発していることも周知の事実である。
このような状況下において、テレホンクラブのように密室の状態を作出する場合には、安全配慮義務に基づいて換気設備を設置することは当然に要求される。
しかしながら、被告は、これらの義務に違反し、換気設備を設置していない。本件建物の三階に設置されていた換気扇は、他のフロア部分から独立したシャワー室に設置されていたものであり、換気設備と評価することができるものではない。
また、換気のための窓についても、被告は、窓①及び②については、その内側に棚を置いて窓を塞ぎ、また、窓③及び④については、本件建物の内装をテレホンクラブとして改装した際に、本件建物の内部側から石膏ボードを貼り付けて壁面とし、その部分についても居室として使用したために、窓としての機能が失われていた。さらに、窓⑤については、レールに埃が溜まって窓が動かないなど、換気のための窓の管理に瑕疵があった。
被告らは、本件火災の発生は予見不可能であったと主張するが、本件火災は、発生した煙の勢いや有毒ガスが発生したこと等の観点からすれば、一般の火災と何ら異なるものではない。
ウ 通路幅について
建築基準法施行令においては、床面積が一〇〇m2を超える建物の通路幅は人と人がすれ違うことができる幅でなければならないと規定されており、また、消防法上も避難に必要な構造が要求されている。
しかし、被告は、上記義務に違反して個室を設置し、かつ各個室のドアを開ければ通路が遮断されるような状態であった。
本件店舗の個室部分における通路の幅は最小部分で四六cmしかなく、平均でも五〇cmであり、人がすれ違う幅が存在しなかった。
エ 防火設備について
火災に際して建物として当然要求される消火設備が完備されていなかった。
オ 避難経路について
本件店舗には非常口が存在しなかった。
三階からの階下への通行口は、二階への階段のみであった。
したがって、施設を提供するものとしては、二階への階段付近で火災が発生した場合を想定して、その他の避難経路を考えておく必要がある。
本来、火災発生時において通常人が取るべき行動は、窓を探し、同所から階下あるいは階上に避難できるかを考えることである。
そして、三階には道路に接している南側に窓③及び④が二か所存在し、窓の直下には本件店舗の看板とそれを支える鉄製ネットが存在していたから、これらを伝わって避難することは可能であった。
したがって、被告は、窓を避難経路として確保しておくべき義務があった。
しかしながら、被告は、窓③及び④については、窓としての機能を失わせたため、仮に、二階の階段付近で火災が発生していることに気づいた場合であっても、壁となっているためにその外側にある窓を発見することができない。したがって、被告らが主張する避難経路は存在しない。
窓から店外へ脱出する方法が安全でないとしても、その方法を閉ざすことまで正当化されるものではない。窓から飛び降りて骨折することがあったとしても、命を守るためであれば飛び降りて避難したはずである。
また、避難経路として予定されている梯子がある部屋は物置として利用され、雑品等を置いていたために折り畳み梯子を利用することができず、現実には同経路によって店外へ避難することはできない状況となっていた。
実際に、被告従業員らも梯子の存在を知らなかった。
カ 避難経路への誘導設備について
テレホンクラブは、消防法一七条、同法施行令(当時のもの。以下同じ。)六条、同法施行令(当時のもの。以下同じ。)別表(15)の「前各項に該当しない事業場」として、消防法の規制を受けるところ、三階は、同法施行規則五条の二所定の「無窓階」に該当するから、同法施行令二六条により、避難口への誘導灯や通路誘導灯が要求される。
したがって、仮に本件店舗に避難経路が存在するとしても、非常口や避難口への誘導灯や通路誘導灯は存在していなかったものであり、上記規定に明らかに違反している。
(被告らの主張)
ア 非常警報装置について
消防法施行令二四条は非常警報器具または非常警報設備に関する基準を定めているが、同条に照らせば、本件店舗についてはこれらの器具または設備を設置する義務は課せられていない。
但し、本件建物の二階から三階へ上がる階段の最上段(一四段目)の北壁面、床から上方へ一・二九mの位置に警報機が設置されていた。
そして、争点三の被告らの主張イのとおり、被告従業員らは、非常警報装置が作動していた場合と同様に時機に遅れずに異常を知らせることができていた。
イ 強制排煙設備について
建築基準法施行令一二六条の二及び消防法施行令二八条に照らせば、本件店舗につき排煙設備の設置義務は課せられていない。
また、本件建物の三階部分の換気については、階段付近に設置されていた警報機の上方である床から二・一七mの位置に五〇cm四方の換気扇の開口部が存在しており、階段には焼毀して落下した換気扇の残骸が堆積していたのであるから、通常の換気能力を有する換気設備が設置されていたことは明らかであり、被告に過失はない。
本件火災による煙の勢いがあまりにも強かったため、本件建物に設置されていた換気扇では有毒ガスを外部に排出することができず、本件建物の三階全体が急激に煙で充満したものであり、かかる事態が発生することを予見し、本件で発生したような有毒ガスを全て外部に排気できる程の強力な換気設備を設けておくべき義務はない。
ウ 通路幅について
建物の通路の基準を定めた建築基準法施行令一一九条には、床面積の合計が一〇〇m2を超える建物の通路の幅について「人と人とがすれ違うことができる幅を設けること」などという規定はない。
しかも、同条によって廊下の幅が一二〇cm以上であることを求められるのは、「病室における患者用のもの、共同住宅の住戸もしくは住室の床面積の合計が一〇〇m2を超える階における共用のもの又は三室以下の専用の物を除き居室の床面積の合計が二〇〇m2を超える階におけるもの」であって、本件店舗がこれに該当しないことは明らかである。
また、テレホンクラブにおいては、通常通路を複数人が使用することがなく、人と人とがすれ違うという事態は起こりえないことから、通路幅を広くとる必要がなかった。
被告は本件店舗において通行に支障のない程度に通路幅を設定していた。通路幅が五五cmであったのは、二階四号室ないし九号室の各個室に通じていた通路部分約三・六m、三階五号室ないし七号室の各個室に通じていた通路部分約一・五m及び八号室及び九号室に通じていた通路部分約一・五mであり、これらが避難に重大な支障となったものとは考えられない。
エ 防火設備について
本件店舗には、別紙図面C1及びC2の「消火器」の記載の箇所にそれぞれ消火器を配備していた。
オ 避難経路について
火災が発生した際には、別紙図面C1の
(本件店舗への出入口階段)及び別紙図面C2の及びを避難経路として、客を誘導することとしていた。
本件建物に、本件店舗入口への階段以外に、外部階段等の地上への避難経路は設置されていなかったことは認めるが、そのことは、建物賃借人にすぎない被告の過失を構成するものではない。
さらに、窓⑥が避難経路として使用されることになっていたのであり、実際に、被告従業員らは、客一名をここから救出した。
仮に、窓③及び④が壁で塞がれていなかったとしても、三階という高所から看板伝いに店外へ避難するには相当の危険が伴い、少なくとも安全な方法とはいえない。それよりも、本件建物から外部に脱出する経路としては、物置の避難梯子から屋上に脱出するか、現実に被告従業員ら及びD原が脱出したシャワー室の窓から隣のビルの屋根に降りて脱出する経路で避難する方が安全であり現実的である。
また、実際に、客であったD原がシャワー室の窓から店外へ脱出することができた以上、窓③及び④を塞いでいたことをもって、唯一の避難経路を閉ざしていたとまではいえず、安全配慮義務違反はない。
(5) 争点五(被告側の過失及び本件店舗の瑕疵と亡太郎の死亡との因果関係)について
(原告らの主張)
ア C川が火炎瓶を投擲したことで本件火災の原因となる炎が最初に上がったのであり、投擲がなければそもそも本件火災は発生していなかった。
イ 仮に、放火犯人の投擲した火炎瓶が先に割れて発火していたところにC川が火炎瓶を投げ込んだとしても、C川が自らが本件店舗入口から発火地点めがけて火炎瓶を投げ返したことで、ガソリンの量が増加し、これに比例して炎の上がる高さも増し、また、火炎瓶を投げたことで、投げた力が余分にかかっていることから割れた後に割れた勢いによってその燃焼の範囲が余計に広がるなどの原因により、階段の踊り場で大きな爆発を生じさせて火勢を激化させ、少なくともその延焼速度及び煙の蔓延速度を速めたことにより、亡太郎の死亡時期が早まったのであり、かかる投げ返し行為がなければ、亡太郎の救命の可能性はあった。
ウ 被告が被告従業員らに消防訓練を行い、被告従業員らがこれにしたがって消火器を使用し、あるいはバケツで水槽の水を掛けるなどして適切な消火活動によって本件火災を鎮火させていれば、亡太郎が火災によって発生した一酸化炭素中毒によって死亡することはなかった。
本件火災と同様に、リンリンハウス神戸駅前店でも一升瓶たる火炎瓶を使用しての放火事件が発生したが、同店での火災は水による消火活動によって無事に消火がなされた。
また、樫木調書によれば、本件店舗二階からの消火が全く不可能ではなく、適切な消火器があれば消火することが可能であったから、本件火災においても消火が全く不可能であったとはいえない。
仮に、消火が全く不可能であったとしても、水による消火活動により延焼速度が相当程度遅くなる等の効果が期待できるのは明らかであり、その間に客が避難する時間を稼ぐことで亡太郎らを救命することは可能であった。
エ 本件店舗には非常警報装置が設置されていたのであるから、これを作動させることによって本件店舗の二階部分での火災発生の情報を階上にいた顧客に迅速に伝達することができたはずであり、それによって早期に火災を認識することができ、より早期の避難が可能となったはずであり、亡太郎の死亡を避けることができた。
オ 亡太郎は、一酸化炭素中毒で死亡しており、開口部・窓を開けて煙を排出し、また、強制的に煙を排出する換気設備が存在していたら、一酸化炭素中毒状態に陥ることなく、避難できた。
窓③及び④を開けることができていれば、有毒ガスがそこから排出されて店内に充満することはなかったはずであり、亡太郎や他の被害者が一気に有毒ガスを吸入する可能性も小さくなったはずであるし、それによって他の被害者が窓にたどり着く可能性もさらに大きくなったはずである。
カ 亡太郎は、本件店舗内にいた他の被害者と通路上で折り重なる状態で死亡していたのであり、避難経路が存在していれば、避難できた。
前記争点四の原告らの主張オのとおり、本来、火災発生時において通常人が取るべき行動は、窓を探し、同所から階下あるいは階上に避難できるかを考えることであり、本件建物の三階に存在していた窓を開閉することができていれば、窓の直下に存在していた本件店舗の看板とそれを支える鉄製ネットを伝わって避難することにより、救命が可能であった。
キ 仮に、避難経路が存在していたといえるのであれば、より通路部分が広ければ、避難経路へたどり着くことができたはずである。
被告らの主張は、推論に推論を重ねるものであり、何ら理由はない。むしろ、亡太郎が一定の時間呼吸を我慢して逃げようとしたが、他の被害者と揉み合っているうちに有毒ガスを一気に吸い込んだと考えるのが自然であって、だとすれば、通路幅が広ければ他の被害者と揉み合いになることもなかったのであり、非常用の通路が明確に存在していれば、短時間で出口に達することもできたのであるといえるから、通路幅が狭かったことや非常口がなかったことと亡太郎の死亡との間に因果関係があるのは明らかである。
ク 避難口誘導灯が存在していれば、被害者が容易に避難口を探すことが可能となり、店外へより迅速に避難することが可能であった。
ケ 仮に被害者が確実に避難できたとはいえないとしても、放火犯人による最初の発火のみにより火災が発生した場合と比して、本件火災が被告従業員らの過失との競合によってより早い時間で延焼し、煙が客室に蔓延した結果被害者の死亡という結果を生じさせたといえる場合には、被告の過失により亡太郎らが平成一二年三月二日午前五時三〇分ころ死亡したといえるのであり、因果関係を欠くことはない。
コ 因果の始点において放火があった場合、被告の過失がなければ結果が生じなかったと認められる限り、通常の火災と同様に因果関係は否定されない。
サ 本件は、上記被告の防火管理体制確立義務違反、安全配慮義務違反、被告従業員らの過失行為、本件店舗の設置・保存上の瑕疵が順次競合することにより、亡太郎を死亡に至らしめたものである。
シ 本件火災の発生は、C川の火炎瓶の投擲と放火犯人の行為のいずれによるかを断定することはできないという場合にもありうる。
しかし、本件では、放火犯人の故意又は過失行為と被告従業員らの過失行為が競合しているという異時的な共同不法行為が成立し、民法七一九条一項後段により共同行為者中いずれが損害を加えたか知れざること能わざる場合に該当するから、被告の責任は否定されない。
(被告らの主張)
ア 前記争点三の被告らの主張アのとおり、C川は、放火犯人らが投擲した火炎瓶によって既に発火していた後に火炎瓶を投げ返したものである。
放火犯人の投擲した火炎瓶によって本件火災は既に発生していたのであり、これのみをもって本件店舗二階及び三階部分に煙を充満させ、焼損の結果を生ぜしめることができたから、C川が火炎瓶を投げ返したことによって本件火災が発生したとの原告の主張は失当である。
イ 前記争点三の被告らの主張アのとおり、本件火災は、消火器一、二本で消火することや一人でバケツに水を汲み、発火部分に掛けることを繰り返すという方法では消火することはできない。
リンリンハウス神戸駅前店は、入居していた建物の一階において営業しており、床面積は一五五m2であった。そのため、同店では投擲された火炎瓶によって発火した火の回りが遅く、かつ店舗が広かったことから同店従業員らが効果的に消火活動を行うことができた。
これに対し、本件店舗は、本件建物の二階及び三階で営業しており、各階の床面積はいずれも五〇m2であり、火の回り及び煙の充満が速く、かつ階段部分で発火したため、階段が煙突の役割をしてさらに火の回り及び煙の充満が早まり、被告従業員らが迫り来る炎や煙によって階上に追い込まれてしまったため、消火することができなかったものである。
したがって、神戸駅前店と本件店舗の結果の相違は、各店舗の店舗構造と発火状況の相違に基づくものであり、前者で消火可能であったからといって本件店舗でも同様に解すべきではない。
ウ 前記争点三の被告らの主張イのとおり、被告従業員らは、非常ベルを作動した場合と同様に火災発生という異常事態を告知していたのであるから、非常ベルを作動させなかったことと亡太郎の死亡との間に因果関係がない。
エ 本件は、本件店舗二階に店舗入口から突然火炎瓶が投げ込まれるという予想だにされなかった事態により、わずかの間に本件店舗を含む建物全体が全焼した事件であり、亡太郎は本件店舗の客用個室を出て、廊下において死亡していた。
したがって、亡太郎の死因が一酸化炭素中毒であるとしても、本件店舗各客用個室についての強制換気装置の有無と亡太郎との死亡との間には因果関係がない。
また、各個室には換気設備はなかったものの、亡太郎は、利用していた個室の外の南北方向の通路上において死亡していたものであり、個室から廊下に出て脱出しようとしたところ、三階フロアー内に充満した有毒ガスを吸入して死亡したものであるから、個室に換気設備がなかったことと亡太郎の死亡との間には因果関係がない。
本件建物の三階部分の換気については、階段付近に設置されていた警報機の上方である床から二・一七mの位置に五〇cm四方の換気扇の開口部が存在しており、階段には焼毀して落下した換気扇の残骸が堆積していたのであるから、通常の換気能力を有する換気設備が設置されていたことは明らかである。
オ 本件店舗内の通路幅は最小で約五五cmであり、しかも限定された箇所であったから、通路幅が狭かったことと亡太郎の死亡との間に因果関係はない。
通路幅が五五cmであるのは前記争点四の被告らの主張ウのとおり、二階四号室ないし九号室の各個室に通じていた通路部分、三階五号室ないし八号室の各個室に通じていた通路部分であり、これらが避難に重大な支障となったものとは考えられない。
カ 別件刑事事件でのB山の証人尋問調書及びD原の供述調書(乙二、六、以下、それぞれ「B山調書」「D原調書」という。)によれば、C川が火炎瓶を投げ返した後B山はC川に入口のドアを閉めるよう指示して本件店舗三階に上がったが、その時点で煙は三階フロアに充満していて立ったままでは呼吸が困難な状態になっており、B山が三階の個室のドアを一通り叩いて二階へ降りようとしたところ、既に二階が明るく見え、火が来ている状態であったというのであるから、火の周りも極めて速かった。
したがって、亡太郎が仮にC川の通報によって火災の発生を知ったとしても、既に煙が充満し、暗闇となっていたという状況を考慮すれば、三階部分にあった三箇所の窓のうち一箇所を覆われていなければ亡太郎を救命することができたとはいえず、窓を塞いでいたことと亡太郎の死亡との間に因果関係はない。
キ 火災の発生に気づいた場合には、通常、窓や非常出入口を探すよりも、入ってきた通路を戻って外に出ようとするはずであり、亡太郎も停電のために真っ暗な中で、手探り状態で南北通路を北に向けて進み、階段から店外へ出ようと考えたはずである。そして、三階北側のフロアにまでたどり着けば、B山、C川及び一二号室のD原と同様にシャワー室横の窓から店外へ脱出することも可能であった。
しかしながら、本件火災による煙の勢いがあまりに強かったため、亡太郎は多量の有毒ガスを吸い込み、北側フロアにたどり着く前に一酸化炭素中毒で倒れてしまったものである。
したがって、通路幅が狭かったこと、非常口がなかったこと及び三階の窓を塞いでいたことはいずれも亡太郎の死亡との間には因果関係はない。
原告らの主張は、あくまで一つの可能性にすぎず、少なくとも亡太郎が三階南側の窓を探していた痕跡は窺われない。
(6) 争点六(亡太郎及び原告らの損害額)について
(原告らの主張)
ア 亡太郎の損害
(ア) 逸失利益 七一〇八万九五二八円
607万7150円(本件事故当時の年収)×(1-0.3)×16.7112(本件事故当時30歳であったから、就労可能年数37年に対するライプニッツ係数)=7108万9528円
(イ) 慰謝料 三〇〇〇万円
イ 原告らの損害
(ア) 葬儀費用 一五〇万円
(イ) 弁護士費用 一〇〇〇万円
ウ 合計 一億一二五八万九五二八円
(被告らの主張)
損害額はいずれも不知。
第三争点に対する判断
一 事実認定
前記前提事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件店舗の防火設備等
ア 本件店舗二階から三階へ上がる階段の下から一四段目の北壁面には、階段部分(床)から一・二九mの位置(別紙図面A2中央付近の「換気扇」と記載がある位置の下部)に、警報機(縦三六cm、横一七cm、厚さ六cm)が設置されていたが、C川は警報機の所在場所を正確に知らなかった。B山は、警報機の存在を知っていたが、試験的に作動させるなどして、その状態を確認したことはなかった。
イ また、警報機の上方の床から二・一七mの位置(別紙図面A2中央付近の「換気扇」と記載がある位置)に五〇cm四方の換気扇が設置されていた。
ウ 本件店舗三階北側のシャワー室の東側の部屋(別紙図面A2の「物置」と記載のある部屋、以下、「北側物置部屋」という。)は物置として使用されており、東壁面に蝶番で止められた木製の階段状のはしごが置かれていた。また、同部屋西側壁面に沿って、使用しなくなった冷蔵庫が置かれ、その上に段ポール箱一箱が乗せられ、さらにその北側には冷蔵庫、蛍光灯、竹などの雑品が置かれていたため、人が通るスペースがなく、また雑品等を除去しない限り、これらが障害になってはしごを下ろすことができず、直ちに、はしごを使用して屋上へ出ることができない状態にあった。また、物置内には、北壁面に鉄製の階段(九段)が取り付けられており、その下方に折りたたみはしごが収納されている鉄箱が置かれていた。これらのはしごを使用すれば、本件建物の屋上に出ることができた。
また、B山は、本件死亡事故当時、上記はしごの存在を知らなかった。また、C川は、階段状のはしごの存在を知っていたが、避難訓練等を行うなどしてはしごを使用したことは全くなかった。
エ 三階一九号室の西側壁面に沿って椅子が置かれており(別紙図面B2の一九号室の内の「椅子」と記載のある箇所)、その西側壁面は木製のドアが存在し、その中は上下二段の棚が存在する物入となっており(上記「椅子」の西側の三角部分(「消火器」と記載のある箇所))、下段の棚には消火器が二本置かれていたが、椅子を移動させなければ直ちにドアを開けることはできない状態にあり、また、B山及びC川は、その存在を知らなかった。さらに、C川は、消火器を実際に操作して使用したことがなかった。
オ 本件店舗には、非常灯や避難経路を示す電灯は設置されておらず、懐中電灯も用意されていなかった。
カ 各個室のドアの幅は、五三cmであった。
キ 三階のフロアから一五号室に向かう南北の通路の通路幅は五四ないし五八cm、一三号室から一九号室へつながっている東西方向の通路幅は五六cmといずれも狭かった。
ク 三階窓⑥の窓枠から隣家の屋根までの高さは、一・七五mであった。
ケ 地上から本件店舗三階への経路は、本件店舗二階出入口への階段及び本件店舗三階への階段しかなく、非常口や非常階段等は設置されていなかった。
(2) 本件店舗は、二四時間営業であり、カウンターは二階にあり、被告従業員らは主にカウンター近くで客の案内等を行っていた。入店した客は、主に三階の各個室を利用し、三階が満室となった場合に、二階を利用することとしていた。
被告は、店舗内で宿泊するオールナイトコースを設定しており、同コースを利用する客の中には、テレホンクラブ本来の目的ではなく、ビジネスホテル、カプセルホテル代わりの宿泊施設として利用する者も多く、そのような客が多いことを、被告従業員らは認識していた。特に、亡太郎が利用していた一四号室などには、睡眠がとれるようにソファーベッドが備置されていた。
(3) 平成一三年二月一〇日前後の夜明け前ころに、被告が経営するリンリンハウス神戸駅前店及び同花隈店で、何者かにペンキや汚物をまかれ、また消火器を噴射させるなどの嫌がらせを受けた。
B山及びC川は、上記各店舗の従業員からその事実を伝え聞き、同様の嫌がらせが発生しないかどうか注意をしていた。また、C川は、消火器を噴射されるのを防止するため、二階のトイレの入口近くに置かれていた消火器を、同階の自動販売機の近くの人目に見えない位置に移動させて隠していた。
(4) 本件死亡事故の状況
ア 平成一二年三月二日午前五時ころ、B山及びC川は二階のカウンター内で当日の売上を計算していたところ、本件店舗出入口への地上からの階段を複数人(放火犯人ら)が駆け上がってくる音を耳にし、誰かが嫌がらせをしに来たのではないかと考えた。
そこで、B山は、売上の現金を移すこととし、C川は、カウンターから出て、開けっ放しにしていた出入口付近に向かったところ、両手を上げ、何かを投げ込むようにして駆け上がってきた放火犯人のうちの一名と出入口ドアのレールを挟んだ形で対峙した。
すぐに、C川は、上記放火犯人が一升瓶の火炎瓶を持っており、瓶の口に火が点いているのに気づき、店内に投げ込まれるのを防ごうとして、東から西に向かってドアを手で閉めようとした。
しかし、ドアが固く、レールに埃が溜まっていたこともあって、素早く閉めることができず、また、ドアは半分程度しか閉まらず、完全に閉めることができなかったため、上記放火犯人はドアの開いている部分から本件店舗内へ向けて火炎瓶を投げ込み、そのまま二人とも逃走した。
しかし、火炎瓶は、店舗出入口付近に設置されていた高さ約一・八m、直径約五〇cm筒状の水槽(別紙図面A1の「水槽」と記載されている丸印)の下部に当たって転がり、割れなかったため、瓶の口には火が点いていたものの炎が燃え上がらなかった。また、火炎瓶が当たった際に、水槽にひびが入って水がそこから勢いよく出ていた。
C川は、火炎瓶を片手で拾い上げたものの、水槽から出ていた水や消火器で瓶の口付近に点いていた火を消そうとは考えず、また、警察や消防に連絡することも考えずに、瓶が割れたら大変だと思い、これを店外に持っていこうとして出入口からフロアへ出たところ、階段の下の方で放火犯人のうちの一人が逃げていく姿を目にし、その後、放火犯人が投げた別の火炎瓶が階段の踊り場付近(別紙図面A1のと記載されている箇所付近)で、バーンという音とともに割れ、中に入っていたガソリンに引火して、炎が一メートルほど上がった。さらに炎が天井まで届くほど階段部分が燃え上がって、階段下から本件店舗の出入口へ向けて炎と煙が激しく吹き上がってきた。
C川は、とっさに手にしていた火炎瓶を階段の踊り場方向へ向けて投げ捨て、店内に戻って出入口の引き戸を閉め切ろうとしたが、完全に締め切ることはできず、約八・五cm隙間が生じていた。
C川は、火勢が強かったことから、このままではすぐに本件店舗内に炎が燃え広がってしまう、警察や消防に連絡している余裕はない、などと考え、近くにいたB山とともに直ちに利用客に火災の発生を伝えようと考えた。
その際、C川は、消火器の使用方法を知らなかったこともあって、消火器によって消火することを全く考えなかった。また、B山も、消火器を使用しようとは考えなかった。
C川は、本件店舗の三階に駆け上がり、B山もC川の後に続いて三階へ上がったが、B山が階段を上ろうとした瞬間に、停電となり店内の電気が消えてしまった。
その際、B山は、警報機を作動させることを考えなかった。
なお、本件店舗には、停電になった場合でも消灯しない非常灯や非常口への誘導設備がなかったため、店内は真っ暗となってしまった。また、懐中電灯は常備されていなかった。
イ C川は三陛へ上がった時点で、煙が階下から上がってきていたものの、フロアに煙は充満しているという状況ではなかった。同人は、「火事だ。」などと叫びながら、一二号室、一三号室、一四号室、一五号室、一七号室のドアを叩き、またドアノブを回しながら、各部屋を回ったが、各個室のドアは開かなかった。各個室には防音装置等は施されていなかった。
C川は、各個室を順次叩き回った後、換気ができないかと考え、一九号室の前の物置に入り、窓⑤を開けようとしたが、埃が溜まっていたために三〇cm程度しか開かなかった。そして、その間に、三階には相当量の煙が充満していた。
C川は、窓⑤を開けることを断念し、再度叫びながら一七号室、一五号室、一四号室、一三号室の順番で各個室のドアを叩き、ドアノブを回して三階中央部のフロアへ向かっていたところ、一二号室のドアが開いたため、同室内に入ったところ、D原が座っていたため、同人の手を引きずるようにしてシャワー室へと誘導した。
ウ 一方、B山は、三階に上がった時点で煙がかなり充満しているように感じたため、かがんだ状態でC川に続いて、「火事や、起きろ。」と叫び、また、ドアの取っ手を掴んで回したりしながら、一二号室、一三号室、一四号室及び一五号室の扉を叩いて回った。
その後、同人は、もしかすれば避難経路が確保できるかもしれないと考え、三階中央部のフロアに戻り、階段から二階へと下りようとしたが、壁づたいに階下が明るく見え、煙も相当程度下から上がってきていたため、火がすぐそこまで来ていると考え、階段を下りていくのを断念した。
そして、煙によって息苦しくなってきたことから、換気ができるところがないかと考え、シャワー室へ向かい、窓⑥を開けて換気をした。
B山は、その後再び一五号室へ向かおうとしたが、窓⑥のある手洗所からフロアへと出たところで、C川が誘導してきたD原と接触した。その際、フロアには煙が充満しており、しゃがんでも呼吸が困難な状況になっていたことから、一五号室の方に向かうのを断念し、D原を手洗所に連れて行くこととした。その後、C川も、手洗所にたどり着いた。
B山、D原、C川の順で、手洗器を踏み台にして、窓⑥から脱出して本件店舗の外に避難した。
しかし、他の客は、C川の呼びかけに気づかず、C川もその後店内へ戻って他の客を救出しようと考えたが、熱気が激しかったため断念した。
(5) 別件刑事事件における兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員柏木伸之作成の鑑定書二通(平成一三年三月二三日付・乙一三及び平成一二年六月一六日付・乙一五)ならびに同人の同事件における証言内容(乙九、一〇、一四、以下、これらをあわせて、「柏木鑑定等」という。)
ア 平成一三年三月二三日付鑑定書記載の実験結果
鉄製オイルパン(縦八〇cm、横約一一〇cm、高さ約二〇cm)内の中央付近に着火した火炎瓶を横に寝かせて置き、上からブロック片を落として火炎瓶を破損させたところ、飛散したガソリンに口火が引火して燃え上がり、着火の約六秒後には、約二・五mを超える炎が上がり、大量の黒煙が発生した。この後、徐々に炎高が低くなり、着火の約三分三〇秒後には、小さな炎が残るのみになった。
イ 平成一二年六月一六日付鑑定書記載の実験結果
本件建物の一階から二階への階段の直角に曲がっている踊り場部分付近を再現した実験セットを製作し、踊り場付近に一升瓶の火炎瓶一本を投げたところ、火炎瓶が衝撃によって割れ、投擲の約一秒後に約三・五mの炎が上がり、続けて投擲の約三秒後に二本目の一升瓶の火炎瓶を投擲したところ、火炎瓶が破損してその直後に五m以上の炎が上がり、大量の黒煙を発生しながら燃焼した。
その後、徐々に炎が小さくなり、投擲約四分後には小さな炎を残すのみとなった。
ウ 上記結果は、天井の有無によっても、流入する空気量が極端に少ないとの事情がない限り、それほど影響は受けない。
また、オイルパンの上で行われた燃焼実験と、実際に、本件建物の一階から二階への階段で発生した本件火災における炎の広がりや高さ等の燃焼態様は、それほど異ならない。
(6) 別件刑事事件におけるガソリンを燃焼させた場合の炎及び煙の温度や性質、消火器や水による消火の可能性に関する神戸市消防科学研究所所長樫木惠三の証言内容(乙一一、以下、「樫木証言」という。)
ア ガソリンは、引火点が摂氏(以下、同じ。)マイナス四〇度と極めて低いことから、一旦引火させるとガソリンの表面全体に瞬間的に火が回ってオレンジ色の炎を上げて激しく燃焼するとともに、燃焼温度も五〇〇度から一〇〇〇度、最高で一五〇〇度と非常に高温になる。
イ また、炎の高さは、引火後は三メートル以上に達し、その後、酸素が減少してくると、ガソリンの表面の直径の二倍程度の高さとなる。
ウ ガソリンは炭素と水素の化合物であるため、完全燃焼した場合には、二酸化炭素と水になるが、不完全燃焼した場合には、有毒な一酸化炭素が発生するほか、トルエンやベンゼンなどの中毒症状を呈するおそれがある物質が発生する。また、その他にガソリンに含まれる他の成分が空気と反応して無数の物質が生じ、これらがすす即ち煙となって発生することになる。
エ ガソリンが燃焼した場合に発生する煙の温度は、燃焼している地点から三m上方における煙の温度は、二〇〇度から五〇〇度程度であり、八m上方における煙の温度でも、一〇〇度程度であった。
オ 神戸市内の四階建ての小学校において、一階階段下で一〇本の発煙筒に点火して煙を出し、四階の天井に煙の到達を測定するセンサーを設置して、階段を上っていく煙の速度を測定する実験を行ったところ、点火してから五、六秒で四階に設置したセンサーが感知した。また、煙が厚くなれば、上昇速度もより速くなる。
これに対して、横方向には、煙は毎秒一m程度の速度でゆっくりと広がり、人が一般に歩く速さの半分以下である。煙がさらに上方へ行かないような場所では、天井から煙が押されて横に流れていく分だけ早くなると考えられるが、過去の実験や文献等からはさほど速度の増加はみられない。むしろ、黒煙が上方に圧縮されて滞留すると考えられる。
カ 一般の消火器の場合、表面積〇・二m2から〇・四m2のガソリンの燃焼を消火する能力を有しているものの、一般人の場合には、消火器を使用したとしても、その四分の一から五分の一程度の面積のガソリンの燃焼部分を消火させることしかできない場合が多く、定期的に資格を取るための訓練をしている場合であっても、消火できない場合が多い。
キ 本件建物の一階から二階への階段部分において発生した放火犯人による火炎瓶の投擲による炎を本件建物の二階から消火器で消火することは、炎や煙が煙突状の階段を上がってくることから消火が最も難しい風下での消火となることや消火器の消火能力を考えれば困難であり、また、一五リットル入りのバケツに水を入れてかけたとしても、むしろガソリンが流れてかえって燃焼範囲を広げることになるので、消火することは困難である。水によって消火するには一度に大量の水をかける必要があり、一人で水を汲んではかける、という作業を繰り返すだけでは、消火することができない。
ク 一升瓶の火炎瓶に点火して放置しておけば、瓶の口付近の温度が上昇するものの、ガソリンの入っている部分の温度は変化しないことから、温度差が生じ、ガラスが割れてしまうと考えられる。
二 争点四(本件店舗の設置・保存上の瑕疵の有無)について
(1) 本件店舗は、民法七一七条の「土地の工作物」に該当するところ、「設置又は保存に瑕疵」が存する場合とは、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解するのが相当であるところ、瑕疵の有無については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、個別具体的に判断すべきである。
また、そこで要求される安全性とは、通常予測される危険に対処しうる程度の安全性を具備していれば足り、通常予測し得ない危険については、これに対処することができなくとも、その工作物に瑕疵があるとはいえないと解される。
そこで、本件について検討するに、前記一(2)のとおり、本件店舗は二四時間営業のテレホンクラブであり、その業種からすれば夜間においても多くの客が利用することが当然に予想されるものであり、特に翌日朝まで利用するコースを設定し、各個室にソファーベッドを設置していたことからすれば、被告は、利用客が各個室で睡眠をとることも当然に予定していたといえる。加えて、被告従業員らは、本件店舗を、宿泊施設代わりに利用することが多いことを十分に認識していたこともまた、前記一(2)で認定したとおりである。
このような本件店舗の利用状況等の具体的事情に鑑みれば、夜間における火災の発生も当然に予見可能なものであるというべきであり、本件店舗の占有者である被告は、火災の発生という本件店舗内の利用客の生命身体に危険を及ぼすような事態が発生したときに、利用客を外部に安全に避難させるために、異常事態の発生を知らせる警報機、非常時に停電になった際でも階上の客が安全かつ迅速に避難することができるように、通路、階段、出口などを照明する非常灯及び誘導灯、外部への避難に際し容易に接近でき、かつ、避難可能な非常口、非常階段及び窓等の開口部とそこへ達するための避難経路、火災発生時に店舗内に充満する煙を外部へ逃がすための開口部等を設置・確保して、利用客の生命身体の危険を防止することが、少なくとも条理上要求されるものと解すべきである。
(2) 本件店舗の瑕疵の有無についての具体的検討
ア 非常警報装置について
前記の本件店舗の利用状況等によれば、利用者の生命、身体の安全を火災等の危険から守るためには、利用客に対し寸時をも無駄にすることなく、すばやく危険を知らせる必要があるところ、前記一(1)アのとおり、本件店舗の二階から三階へ上がる階段の一四段目の壁面には、警報機が設置されていたことが認められる。
しかしながら、前記一(2)のとおり、被告従業員らは本件店舗二階で入店客の接客にあたっており、利用客は主に三階の個室を利用していたのであるから、二階のカウンター近くに警報機がなければ、非常事態が発生したとしてもそのことを三階にいる利用客に迅速に伝えることはできないし、また、被告従業員らとしても、異常事態の発生によって精神的に動揺しているような状態の下では、警報機が存在していたとしてもそれが遠い場所にあれば、それを作動させようとは通常考えないであろうといえる(実際に、警報機の存在を知っていたB山も、警報機のすぐ近くを通っているのに、作動させようとは考えなかったことは、前記一(4)アのとおりである。)から、上記のような本件店舗の利用形態からすれば、被告従業員らが通常勤務する場所である本件店舗の店内の二階カウンター近くに警報機を設置しておくことが要求されるというべきであり、本件店舗にこれが設置されていなかったことは、瑕疵であると認められる。
なお、C川が警報機の所在場所を正確に知らず、B山もそれを作動させようとしなかったのは、被告代表者ら経営の中心にいた者が、従業員に対する教育、訓練を怠っていた結果であるということができ、この点は被告代表者らの重大な過失であるというべきである。
イ 換気設備について
火災が発生した場合には、煙が発生して充満し呼吸が困難となるとともに、不完全燃焼によって毒性の強い一酸化炭素が発生し、客の生命に危険を及ぼすことが多いことは公知の事実である。
したがって、客が利用する店舗を経営する場合には、火災によって発生した煙を外部へ逃がすために、窓などの開口部を確保しておくべきであり、仮に窓を閉鎖するなどした場合には、煙を強制的に外部に逃がすための強制換気装置の設置が当然に要求されると解すべきである。
しかしながら、本件店舗には、前記前提事実(2)のとおり、窓①ないし⑥が存在するが、このうち、窓①ないし④は、棚の背後にあるか壁で覆われてしまっているために、直ちにこれを開放して煙を外部へ逃がすことができず、開口部としての機能が損なわれており、また、窓⑤についても、三階の最も奥の個室の一つである一六号室の西側の物置からしか開けることができず、かつその窓は小さくかつ固くて完全に開かなかったのであるから、開口部としての機能を十分に有しているとはいえない。さらに、窓⑥は、シャワー室の隣の洗面室に存在し、その大きさからしても本件店舗内に充満した煙を逃がすための開口部としては極めて不十分であるといわざるをえない。
にもかかわらず、本件店舗に設置されている強制排気装置は、前記一(1)イのとおり、五〇cm四方の換気扇が設置されていたにすぎず、上記換気扇の大きさからすれば、その排気機能はさほど大きいとは認められず、本件店舗内の煙を外部へ逃がすための装置としては不十分であるといわざるをえない。そして、他に強制排気装置が設置されていたとは証拠上認められない。
だとすれば、本件店舗には、換気のための開口部ないし強制排気装置が十分に設置・確保されていなかったというべきであり、この点において瑕疵があると認められる。
ウ 通路幅について
火災発生時には、それによる精神的動揺や早期に避難したいとの利用客の焦燥感等から、全ての客が一度に避難しようとして通路部分が混み合うことは当然に予見できるものである。そして、本件店舗三階の一二号室から一九号室については、窓③及び④が壁で塞がれて店内からその存在を確認することができない状態にある以上、もと来た通路を戻って店外へ避難しようとするのが通常であると推認されるから、本件店舗を経営する被告としては、通路幅を確保して、客が迅速に避難できるようにしておくことが要求される。
しかしながら、三階一二号室から一九号室が面している通路幅は、五四cmから五八cmと非常に狭く、加えて、各個室のドアが通路側に開く構造となっていることから、一四号室ないし一九号室の客はいずれも一二号室の前を通らなければ避難することができないから、例えば一二号室のドアが開かれた状態であれば、同部分に客が殺到して迅速な避難ができない事態になりかねない。
だとすれば、被告としては、迅速に避難することができるように、より通路幅を確保することが要求されるというべきであり、にもかかわらず通路幅を狭くしていたことは、本件店舗の瑕疵であると認められる。
エ 消火設備について
前記一(6)の樫木証言によれば、消火器によって本件火災を鎮火させることは著しく困難であったと認められるから、消火設備については、亡太郎の死亡との関係で瑕疵があったとはいえない。
オ 避難経路について
本件店舗の占有者たる被告としては、地上への唯一の経路である地上から本件店舗二階出入口への階段及び本件店舗二階から三階への階段付近で火災が発生した場合を想定して、別途避難経路を設けておくべきことが要求されるところ、前記一(1)ケのとおり、本件店舗には非常口及び非常階段が設置されていなかった。
そこで検討するに、確かに、本件店舗三階には、前記前提事実(2)イ(イ)ないし(エ)及び前記一(1)ウのとおり、開口部として窓③ないし⑥が存在するとともに、三階北側の物置には本件建物屋上へのはしご(階段状のもの及び鉄製の折りたたみはしご)が設けられていたことが認められる。
しかしながら、窓③及び④については、その内側に壁を設けてしまったことから、窓としての機能が損なわれており、非常事態に迅速に避難できる場所としての開口部としての意味を有しているとはいえず、また、窓⑤についても、その大きさからすれば到底避難経路となりえるものではない。さらに、窓⑥については、実際にD原及び被告従業員らが避難していることから、避難経路となり得ないではないが、その位置は床から一・一九mと高い位置にあり、緊急時に迅速にそこから避難できるような窓であるとまではいえない。
また、物置の屋上へのはしごについては、仮に緊急時の避難経路として使用するのであれば、近くに雑品等を置かずにすぐに使用できる状態にしておくべきであったにもかかわらず、前記認定のとおり、物置内に冷蔵庫や雑品等が置かれており、直ちに使用することができない状態となっていたものである。
だとすれば、本件店舗内には、緊急時に迅速に避難できるような避難経路が設けられていたとは認めることができず、例えば、(a)窓⑥をより大きなものとして迅速に避難できるような形状にしておく、(b)窓③ないし④を常時開閉可能な状態にしておくとともに、壁を撤去するか容易にそこへたどり着くことができるようにしておき、かつ、物置の折りたたみはしごを使用してそこから地上に到達できるようにしておく、(c)物置のはしごをすぐに利用できるような状態にしておく、などすることによって避難経路を確保しておくべきであったということができるから、本件店舗には避難経路が確保されていなかった瑕疵があると認められる。
カ 避難経路への誘導設備について
前記一(1)ケで述べたとおり、本件店舗三階からの地上への経路が通常使用されている階段しかないこと、本件店舗には外光を入れるための窓が存在せず、停電時には真っ暗になってしまうことが当然予見できること及び本件店舗三階には店員が常駐していなかったことからすれば、階段付近で火災が発生した場合に備えて、避難経路を確保するだけでなく、誘導灯等の避難経路への誘導設備を設けておくべき条理上の義務があったというべきである。
しかしながら、前記一(1)オのとおり、本件店舗には、避難経路への誘導設備が全く存在していなかったのであるから、この点について、本件店舗には瑕疵があると認められる。
三 争点五(被告側の過失及び本件店舗の瑕疵と亡太郎の死亡との因果関係)について
(1)ア 前記一(6)の樫木証言によれば、①神戸市内の四階建ての小学校において、一階階段下で発生した煙が五、六秒で四階の天井に到達するなど、煙の上昇速度は非常に速く、煙が厚くなれば、上昇速度もより速くなること、②煙の横方向の移動速度は、毎秒一m程度の速度でゆっくりと広がり、人が一般に歩く速さの半分以下であること、煙がさらに上方へ行かないような場所では、天井から煙が押されて横に流れていく分だけ早くなると考えられるが、過去の実験や文献等からはさほど速度の増加はみられず、むしろ黒煙が上方に圧縮されて滞留すると考えられること、などと証言しており、乙一一の他の証言内容及び《証拠省略》によれば、上記証言の内容は十分に信用するに足るものである。
また、前記一(5)の柏木鑑定等によれば、本件火災の模擬実験で、火炎瓶の投擲の約一秒後に約三・五mの炎が上がり、続けて投擲の約三秒後に二本目の一升瓶の火炎瓶を投擲したところ、火炎瓶が破損してその直後に五m以上の炎が上がり、大量の黒煙を発生しながら燃焼したことが認められるところ、乙九、一〇、一三ないし一五及び《証拠省略》によれば、上記実験と同様の現象が本件火災においても発生したと推認することができる。
イ そして、本件店舗二階の出入口から、三階への階段が非常に近いことからすれば、発火箇所付近から炎が発生してわずかの間に一酸化炭素を含む大量の黒煙が発生して、二階の出入口から本件店舗内に流入し、かつ、店内に炎が引火して二階部分を燃焼して煙が大量に発生し、これらの煙が、すぐに三階への階段を通じて三階に達したものと推認することができるが、三階中央のフロア部分の天井部分に煙が集中し、三階の店舗全体に煙が充満するまでには、相当の時間を要したものと推認することができる。
また、柏木鑑定等の実験結果によれば、炎が発生してわずか四分後にはほぼ消火に向かっているのであるから、本件店舗三階に充満した煙の中心は、ガソリンの燃焼によって発生した煙ではなく、むしろ本件店舗二階で発生した煙であると推認することができなくはない。
そして、煙の上方への移動速度に比して、炎の燃え移る速度は若干遅いものと考えられることからすれば、C川が火炎瓶を投擲したことによって発生した爆発的な大量の炎が階段部分及び店内に直ちに引火したと認めることはできず、本件店舗二階に炎が燃え移り、大量の煙が発生し始めるまでにも、若干の時間的間隔はあったと推認するのが相当である。
ウ 加えて、前記一(4)で認定した本件火災の発生から、D原及び被告従業員らが避難した時点までの事実経過、特に客であるD原が実際に救出されていることに照らせば、本件火災の発生から、本件店舗三階に一酸化炭素が充満するまでには、相当の時間的間隔があったと認めるのが相当である。
(2) そして、仮に、窓①及び②が開閉可能な状態にあれば、三階へ上がるまでにこれを開けておけば、窓から相当量の一酸化炭素を含む煙が建物外部へ排出され、三階へ上がってくる煙の量も相当減少し、致死状態に至るまでの時間をより長時間確保することが可能であったと推認することができる。
また、警報機が二階カウンター付近に設置されていれば、非常ベルの音と人の叫び声やドアを叩く音とが質的に相違し、かつ、非常ベルは持続的に鳴り続けることから、火災発生後直ちにこれを作動させることによって、三階の利用客をより早期に覚醒させることが可能であったと推認することができる。
さらに、上方部分に煙が充満した場合であっても、床付近にも煙が充満するまでには、相当の時間が必要であると考えられることからすれば、避難通路をより十分に確保し、かつ、床付近に避難経路までの誘導灯等を設けていれば、より早期に避難経路に達することが可能であったと推認することができる。
加えて、窓③及び④が封鎖されずに開閉可能な状態にあれば、三階の南側部分に充満した煙については一部が外部へ排出されることとなるから、より、避難までの時間を確保することができたと推認することができる。
そして、例えば、窓⑥を避難経路としてより大きな窓を設置し、また、屋上への避難はしごを直ちに利用可能な状態にしておいたり、物置の鉄箱に収納されていた折りたたみ式のはしごを使用して、窓③及び④から地上へ脱出するなどの避難経路が確保されていたならば、三階の各個室から上記窓③、④、⑥ないし物置までの距離がわずかなものであることからして、亡太郎ら他の客が本件店舗から避難することは、十分に可能であったと認めるのが相当である。
(3) だとすれば、上記二で認定した本件店舗の瑕疵がなければ、亡太郎の死亡は防ぐことが可能であったと認められるから、瑕疵と死亡との間には因果関係があると認めるのが相当である。
したがって、被告は、民法七一七条に基づき、亡太郎が死亡したことによる損害を賠償する責任を負うというべきである。
(4) 被告は、放火犯人による本件のような態様の火災発生を予見することは不可能であったと主張するが、以上に認定、説示してきたとおり、本件店舗に通常要求される程度の安全性が備わっていれば、亡太郎の死亡という結果を回避することは可能であったと認められるから、被告の上記主張は、以上の認定、判断を左右するものではない。
四 争点六(亡太郎及び原告らの損害額)について
(1) 亡太郎の損害
ア 逸失利益
《証拠省略》によれば、亡太郎は、本件死亡事故当時、E田株式会社で勤務しており、同人の平成一一年分の給与及び賞与の支払金額が六〇七万七一五〇円であったこと、亡太郎の本件死亡当時の年齢は三〇歳であり、妻である原告花子、子である原告一江及び同一郎を扶養していたことが認められるから、本件死亡事故による逸失利益は、下記の算式のとおり、五〇七七万八二三四円であると認められる。
607万7150円×(1-0.3)×16.7112(本件事故当時30歳であったから、就労可能年数37年に対するライプニッツ係数)=7108万9528円
イ 慰謝料
亡太郎の年齢、家族構成、被告従業員らの行為態様、本件事故の内容、その他本件に現れた事実関係を総合考慮すれば、本件不法行為による亡太郎の死亡慰謝料は、二七〇〇万円と認めるのが相当である。
ウ 上記ア及びイの合計金額を、原告らが法定相続分に従って相続したものであるところ、各原告の相続した金額は下記のとおりとなる。
(ア) 原告花子 四九〇四万四七六四円
(イ) 原告一江及び同一郎 各二四五二万二三八二円
(2) 原告らの損害
ア 葬儀費用
《証拠省略》によれば、亡太郎の死亡により原告らに発生した葬儀費用相当の損害は、一五〇万円であると認められ、各原告の損害額は、《証拠省略》によれば、原告花子が七五万円、原告一江及び同一郎が各三七万五〇〇〇円であると認められる。
イ 弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告らは、原告ら代理人に本件訴訟の提起追行を委任したことが認められるところ、本件事案の難易、認容すべき損害額等を総合して判断すると、被告に負担させるべき額としては、原告花子について五〇〇万円、原告一江及び同一郎について各二二五万円であると認めるのが相当である。
(3) 合計
よって、原告らの請求は、下記の各金額及び亡太郎の死亡日である平成一二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
ア 原告花子 五四七九万四七六四円
イ 原告一江及び同一郎 二七三九万七三八二円
五 結語
以上のとおり、原告らの請求は主文掲記の限度で理由があるから一部認容し、その余の請求を一部棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条本文、六六条を、仮執行宣言につき、同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 窪田俊秀 裁判官寺本明広は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 前坂光雄)
<以下省略>