神戸地方裁判所 平成2年(ワ)374号 判決 1991年6月26日
原告
関本有紗
被告
山上栄一郎
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一〇八八万六九八二円及びこれに対する昭和六二年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その四を被告らの各負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
以下、「被告山上栄一郎」を「被告山上」と、「被告橘高組こと橘高壽」を「被告橘高」と、各略称する。
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金一三四九万一九八二円及びこれに対する昭和六二年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、大型貨物自動車と衝突した普通乗用自動車(タクシー)の乗客が、右衝突により負傷したと主張して、右大型貨物自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、右車両の所有者に対し自賠法三条に基づき、損害の賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。
2 被告らの本件責任原因(被告山上につき法定最高速度違反、前方不注視、運転操作不適切の過失、被告橘高につき被告車の所有。)の存在。
3 原告が本件事故により受傷した事実。
4 原告主張の入院期間中同人が昭和六二年五月一二日から同年六月六日まで二六日間小原病院へ入院した事実。
5 原告が神戸市立中央市民病院形成科へ実治療日数二日、県立こども病院へ同六日、通院した事実。
6 原告の本件受傷が平成元年二月一六日症状固定し、後遺障害等級七級該当の後遺障害(右前額部の長さ三センチメートル、幅三センチメートルの、右瞼から右眼下にかけての長さ五センチメートル、幅三・二センチメートルの各瘢痕。)が残存した事実。
二 争点
1 原告の本件受傷の具体的内容。
2 原告主張の本件入通院期間及び実治療日数中前記争いのない期間及び実治療日数を除いた期間及び実治療日数。(以下、本件争点治療という。)
3 原告の本件損害の具体的内容及びその金額(弁護士費用を含む。)
(一) 原告主張の本件損害費目中特に問題となる費目は、次のとおりである。
原告の本件後遺障害(外貌の著しい醜状)の存在による逸失利益の存否。
(1) 原告の主張
(イ) 原告の本件外貌醜状の存在は、同人の身体的機能そのものに支障はないとしても、女子である原告が将来就職する場合において、その選択できる職業職場の範囲を著しく制限する。
この社会的事実から見て、原告は、右外貌醜状の存在により、その労働能力の一部を喪失したというべきである。
(ロ)(a) 原告の右後遺障害による逸失利益算定の基礎事実は、次のとおりである。
基礎収入 昭和六二年賃金センサス高校卒業女子労働者の年間平均給与額金二四六万七〇〇〇円
労働能力喪失率 二五パーセント
就労可能年数 四九年(一八歳から六七歳まで)
新ホフマン係数 一八・三八七
(b) 右基礎事実に基づくと、本件逸失利益は、金一一三四万〇一八二円となる。
(2) 被告らの主張
原告の本件醜状痕の存在自体は、同人の精神的肉体的活動機能を客観的に阻害し低下させるものでない。したがつて、原告が右醜状痕によつて、その労働能力の一部を喪失したということはない。
原告の主張する、同人の将来の就職における不利益は、あくまでも危惧の域を出ない。
仮に、原告主張のような右不利益があつたとしても、それ自体は、原告の労働能力の問題ではないから、同人が就職した場合の収入が本件後遺障害不存在の場合に比して下回るというものでない。
よつて、原告のこの点に関する主張は、全て理由がない。
(二) なお、原告の本件損害総額から同人において将来受領が予想される自賠責保険金金九四九万円を差引くことは、原告の自認するところである。
第三争点に対する判断
一 原告の本件受傷の具体的内容
証拠(甲三ないし一〇)によれば、原告は、本件事故当初顔面裂創・全身打撲の傷害を受けたが、右顔面裂創が、その治療経過とともに顔面挫創後肥厚性瘢痕、あるいは右外眥瘢痕拘縮・右前額右頬瘢痕と変化して行つたことが認められる。
二 本件争点治療
証拠(甲九ないし一〇)によれば、原告は、昭和六三年一月二五日から同年二月三日までの一〇日間公文病院へ入院し、同年一月一六日から平成元年一二月一六日までの間実治療日数四日右病院へ通院したこと、同人が昭和六二年五月一三日の一日神戸掖済会病院へ通院したことが認められる。
三 原告の本件損害の具体的内容及びその金額
1 入院雑費 金四万六八〇〇円
(一) 原告が小原病院へ二六日間入院したことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、同人が公文病院へ一〇日間入院したことは、前記認定のとおりである。
(二) 本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての入院雑費は、右入院期間三六日間中一日当たり金一三〇〇円の割合による合計金四万六八〇〇円と認める。
2 入院付添費
証拠(甲九、法定代理人関本本人。)によれば、原告が入院した公文病院は完全看護制を採つていること、右病院における原告の担当医も原告に対する付添看護の必要を認めていなかつたことが認められ、右認定各事実に照らして、原告主張の入院付添費(公文病院における母親関本真波の付添い分)金四万五〇〇〇円は、未だ本件損害と認め得ない。
3 原告の本件後遺障害による逸失利益 金一一三四万〇一八二円
(一)(1) 原告に後遺障害七級該当の後遺障害(右前額部の長さ三センチメートル、幅三センチメートルの、右瞼から右眼下にかけての長さ五センチメートル、幅三・二センチメートルの各瘢痕)が残存することは、前記のとおり当事者間に争いがない。
(2) 証拠(甲一〇、一三の二、二二、二三、検甲一ないし六、乙一、法定代理人関本本人)によれば、次の各事実が認められる。
(イ) 右前額部及び右瞼から右眼下にかけての各瘢痕は、いずれも褐色に色素沈着しており、特に右瞼から右眼下にかけての瘢痕は、その部位、形態等からも人目に立ち、その大きさは鶏卵大面以上である。右瞼から右眼下にかけての瘢痕は、右眼尻部を覆つているが、開瞼時に瞳孔領を覆う状態でない。
(ロ) 原告の右外貌が年月の経過により変化する可能性はある。しかし、受傷後二年以降は著名な変化はしない。
右各瘢痕の大きさは、原告が成長するにつれてやや大きくなり、色は除々に正常皮膚色又はそれより白い瘢痕へと変化する。
右各瘢痕は、今後更に形成手術を施行することで、より目立たない瘢痕になるよう修正し得る可能性はある。しかし、それも長時間にわたる経過観察をしたうえでの判断であり、現在において確実な予想をすることはできない。
(ハ) 原告は、本件症状固定時六歳(昭和五七年六月一七日生)の女子であるが、幼稚園入園当時、小学校入学当時、いずれも人前に出ると自分の顔面の本件瘢痕を気にして人見知りし、新しい環境に容易になじめなかつた。更に、近所の同学年の男子生徒から「お化け」とからかわれたこともあつた。
しかし、原告の学業成績は良く、本人は今後大学まで進学し就職したいとの希望を持つている。
(二) 原告の、右認定にかかる本件顔面醜状痕は、それ自体が同人の身体的機能の障害をもたらすものでないとしても、現在の社会情勢から見て、女子である同人が将来就職する際、右顔面醜状痕の存在がマイナス要因として作用し、同人の選択し得る職業の制限、あるいは就職の機会の困難さを招来する高度の蓋然性が、客観性をもつて推認される。
しかして、右蓋然性が肯認される以上、原告につき、右顔面醜状痕による労働能力の一部喪失が認められ、かつ、同人の将来の収入も、それに応じて減少すると予測するのが相当である。
右見地に立脚する限り、原告の本件後遺障害による逸失利益も、通常の後遺障害(身体的障害)による逸失利益の場合と同じく、これを肯認するのが相当である。
(三)(1) そこで、原告の右逸失利益を算定するに、前記認定にかかる、原告の性別・年齢・本件顔面醜状痕の部位・程度・将来の見通し等諸般の事情を総合すると、原告の本件後遺障害による労働能力喪失率は、二五パーセント、右喪失期間は同人の就労可能年齢の一八歳から六七歳までの四九年間と認めるのが相当である。
(2) 右逸失利益算定の基礎収入は、原告の主張にしたがい、昭和六二年度賃金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計・学歴計高校卒女子労働者の年間平均給与額金二四六万七〇〇〇円と認めるのが相当である。
(3) 右認定各事実を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算法にしたがつて算定すると、金一一三四万〇一八二円となる。(新ホフマン式係数は、一八・三八七。円未満四捨五入。)
246万7000円×0.25×18,387≒1134万0182円
4 慰謝料 金八〇〇万円
前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は金八〇〇万円と認めるのが相当である。
5 原告の本件損害の合計額 金一九三八万六九八二円
6 原告の自認額 金九四九万円の控除
原告の本件損害の合計額金一九三八万六九八二円から同人の前記自認額金九四九万円を控除すると、その後の右損害額は、金九八九万六九八二円となる。
四 弁護士費用 金九九万円
前記認定の本件全事実関係に基づき、本件損害としての弁護士費用を金九九万円と認める。
(裁判官 鳥飼英助)
事故目録
一 日時 昭和六二年五月一二日午前一一時五〇分頃
二 場所 神戸市長田区鶯町四丁目三九番地の二(市道夢野白川線)先路上
三 加害(被告)車 被告橘高所有・被告山上運転の大型貨物自動車
四 被害者 訴外湯口晃運転の普通乗用車(タクシー)に乗車していた原告
五 事故の態様 原告乗車(原告のほか同人の母と弟も同乗)の右タクシーが本件事故現場附近を走行していたところ、反対車線を走行して来た被告車が、スリツプして右タクシーの走行車線内に飛び込み、右タクシーの側面に衝突した。
以上