神戸地方裁判所 平成3年(わ)207号 判決 1991年9月19日
主文
被告人甲を懲役二年六月に、被告人乙及び同丙をそれぞれ懲役一年六月に各処する。
この裁判の確定した日から、被告人甲に対し四年間、被告人乙及び同丙に対し各三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
被告人三名から、押収してある平成三年度兵庫県学力検査問題国語解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同数学解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同社会解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同理科解答用紙綴一三綴<押収番号略>及び同英語解答用紙綴一三綴<押収番号略>の各偽造部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人甲は、兵庫県加古川市<番地略>所在の兵庫県立農業高等学校(以下「県農」という。)の校長、被告人乙及び同丙は、いずれも同校教諭であったものであるが、被告人甲は、同校の平成三年度入学者選抜に関し、同校受検生の父兄の一部から、県議会議員や県農卒業生若しくは県教育関係者等の有力者らを介して、右受検生が合格するよう便宜を計ってもらいたいなどと依頼され、右依頼に応じれば、校長としての自己の実力を誇示できるうえ、同校の運営や設備拡充の面で右有力者らの協力を得やすくなるものと考え、その方法として、兵庫県教育委員会の実施する学力検査において、右依頼のあった各受検生の答案を改ざんしてその検査成績を引き上げようと企て、同年三月一三日、被告人乙及び同丙にその情を明かして協力を求めたところ、当初は協力を渋っていた右被告人両名も被告人甲の再三にわたる慫慂によりやむなくこれを承諾し、ここに被告人三名共謀のうえ、右学力検査終了後の同月一五日午後七時ころ、同校校長室において、同室内の金庫に保管中の右学力検査問題解答用紙を取り出し、被告人乙及び同丙において、別表記載のとおり、受検番号「男畜52」ことAら一〇名がそれぞれ作成した右解答用紙四四通について、いずれも行使の目的で、ほしいままに、国語問題の一・問一・①の空白の解答欄に鉛筆で「異」と記入し、あるいは同一・問六の解答欄の原記載を消しゴムで消去して鉛筆で「ウ」と記入するなどし、もって、公務所の用に供する文書である右解答用紙四四通をそれぞれ毀棄するとともに、右「男畜52」ことAら作成名義の私文書である新たな内容をもつ解答用紙四四通の各偽造を遂げたうえ、同月一六日午前八時五〇分ころ、同校会議室において、別表記載のとおり、同校の学力検査成績審査委員会委員松崎隆幸らに対し、右偽造にかかる解答用紙四四通をそれぞれ真正に成立したもののように装って提出して行使したものである。
証拠の標目<省略>
(法令の適用)
被告人三名の判示各所為のうち、公用文書毀棄の点はいずれも各解答用紙ごとに刑法六〇条、二五八条に、有印私文書偽造の点はいずれも各解答用紙ごとに同法六〇条、一五九条一項に、同行使の点はいずれも各解答用紙ごとに同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項にそれぞれ該当するが、右の公用文書毀棄と有印私文書偽造は各解答用紙ごとに一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、有印私文書の各偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪としてそれぞれ最も重い公用文書毀棄罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い別表番号12の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で被告人甲を懲役二年六月に、被告人乙及び同丙をそれぞれ懲役一年六月に各処し、被告人三名につきいずれも情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から被告人甲につき四年間、被告人乙及び同丙につき各三年間それぞれその刑の執行を猶予し、押収してある平成三年度兵庫県学力検査問題国語解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同数学解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同社会解答用紙綴一三綴<押収番号略>、同理科解答用紙綴一三綴<押収番号略>及び同英語解答用紙綴一三綴<押収番号略>の各偽造部分は、いずれも判示有印私文書偽造の各犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文をそれぞれ適用して、被告人三名からこれらを没収することとする。
(本件の法的評価について)
一 有印私文書偽造・同行使罪について
刑法一五九条一項にいう「事実証明に関する文書」とは、「実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書」であると解すべきところ、本件学力検査問題解答用紙は、右学力検査において当該受検生がいかなる解答を記載したかを客観的に証明するもので、右解答を採点することにより、右受検生の合否を判定し、高等学校への入学の可否という実社会生活上重要な事項を決定する重要資料となるものであるから、これが同条項にいう「事実証明に関する文書」に当たることは明らかである。
また、本件入学者選抜の手続においては、審査の公正を期するため、入学願書受付から合格発表までの一連の手続において、受検番号(「男畜52」など)が氏名に代わる受検生識別の手段として用いられているが、右受検番号は、右選抜に要する比較的短い期間でのみ使用されるとはいえ、解答用紙の作成者を示す唯一の手段であり、かつ入学願書受付簿兼入学考査料徴収簿によって容易に氏名との対照をなしうるものであるから、右受検番号の記載は同条項にいう「署名」に当たると解すべきである。
そして、前記のとおり、右解答用紙が、当該受検生の記載した解答を客観的に証明するものであることから、右各記載は、その現状が厳正に維持、保存されるべき性質を有し、かつ各記載一つ一つが入学の可否という重要な事項を左右しうべき性質を有している。従って、右解答用紙においては、各解答欄の記載がそれぞれその本質的部分を構成していると認めるのが相当であり、たとえ一問のみであっても、既存の解答用紙の空欄に解答を記入し、あるいは原記載を消去して他の解答を記入するという行為は、右解答用紙の本質的部分を変更し、新たな証明力を有する文書を作り出すものと評価すべきであるから、これによって現実に合否の判定を左右しえたか否かに係わらず、同条項の「偽造」に該当するというべきである。
よって、被告人らの判示各所為については、有印私文書偽造罪(同法一五九条一項)が成立し、更に、右偽造にかかる各解答用紙を、採点の権限と任務を有する学力検査成績審査委員会の各委員に提示して採点可能な状態においたものであるから、同行使罪(同法一六一条一項)も成立することになる。
二 公用文書毀棄罪について
本件解答用紙は、前記のとおり、各受検生を作成名義人とする私文書であるが、公立高校である県農において実施された学力検査にかかるもので、これが回収されて同校校長室に保管された後、採点され、その結果を重要な判定資料として同校への入学の可否が決せられるものであるから、これが同法二五八条にいう「公務所の用に供する文書」に当たることは明らかである。
また、前記のとおり、右解答用紙においては、各記載の現状が厳正に維持、保存されるべきであるから、被告人らの判示各所為は、いずれも公用文書としての右解答用紙の効用を滅却するものと解さざるをえず、同条の「毀棄」に当たるということができる。
そして、公用文書毀棄罪が公務妨害犯としての性格をも有し、私文書偽造罪と保護法益を異にすることに鑑みれば、本件においては、有印私文書偽造罪と右公用文書毀棄罪とが別個に成立すると認めるのが相当である。
三 以上の理由により、本件各犯行につき、有印私文書偽造、同行使罪及び公用文書毀棄罪の成立を認めた次第である。
(量刑の理由)
本件は、公立高等学校の校長及び教諭である被告人三名が、同校入学者選抜学力検査に際し、同校受検生一〇名の解答用紙合計四四通に正解を記入するなどして改ざんを加え、これを真正に成立したものとして同校の学力検査成績審査委員に提示したという、公用文書毀棄、有印私文書偽造、同行使の事案である。
入学者選抜において学力検査の持つ意味は大きく、それが公正に行われることは入学者選抜制度(入試制度)において必要不可欠であり、そのため、厳正な手続がとられ、秘密保持が厳守されているものである。その解答用紙に改ざんが加えられることは通常では考えられないことであり、現に、本件依頼をした受検生の父兄や有力者らも、解答用紙の改ざんまでは予想すらしておらず、また、採点にあたった委員である同校教諭らも、解答用紙の改ざんのおそれを顧慮することなく採点にあたっており、一部の委員から改ざんの疑いの話が出たときも、ほとんどの委員はそのようなことはありえないこととして採点を終了していることからも、その異常さが窺われるところである。本件においては、受検生一〇名分の合計四四通という多数の解答用紙が改ざんされ、しかも、教育者として、公正な入試を実施し、教育の理念を実現していくべき立場にあった校長と教諭二名により行われた点で、県農関係者や教育関係者に与えた衝撃は大きく、また、本件が発覚し、報道されたことにより、同校受検生や関係者らの間に同校入試の公正さに対する不信感を抱かせたのみならず、社会一般の、公立高校の入試そのものや教師をはじめとする教育関係者に対する信頼感を大きく揺るがす結果となったものと推察され、本件各犯行が社会各方面に及ぼした影響は極めて大きいものがあるといわざるをえない。
被告人甲は、公立高等学校の校長という立場にありながら、判示の動機から本件各犯行を計画し、右各犯行を、いわば自己の手を汚さずに実行しようと考え、その地位を利用し、普段から何かと目をかけ当時積極的に同被告人の意を体して行動していた被告人乙及び同丙を執拗に右犯行に誘い込み、また、右被告人両名も、当初は消極的ではあったものの、平素から格別の厚遇を受けている校長からの再三にわたるたっての頼みとあって断りきれず、また、右誘いに応じた場合の自己の将来の処遇に対する期待と応じなかった場合の冷遇に対する憂慮の念とが交錯する中で、結局これを承諾し、本件各犯行を敢行したもので、その動機はいずれも自己中心的であり、悪質といわざるをえず、被告人らの刑事責任はいずれも軽視することができない。
しかしながら、本件各犯行は、その重大性に比し、改ざんの方法が稚拙かつ杜撰なことからも明らかなように、必ずしも綿密な計画のもとになされたものではなく、そのために幸い右改ざんが早期に発見され、入試の合否判定の不公正が未然に防止しえたとみられること、被告人三名はいずれも懲戒免職処分を受け、また本件が広く報道されるなどして既に社会的制裁を十分に受けていると考えられること、被告人らは保釈後謹慎の日々を送っており、本件各犯行につき深く反省しているとみられること、被告人乙及び同丙につきいずれも業務上過失傷害による罰金前科が各一犯あるほか、被告人らには前科がないことなど被告人らのために酌むべき事情も多々存するので、これら諸情状をも考慮したうえ、被告人三名に対し、いずれも刑の執行を猶予して社会内での更生を図るのを相当と認め、被告人各自の刑責の程度を勘案し、主文掲記の量刑をした次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉田昭 裁判官小川育央 裁判官森實有紀)
別表<省略>