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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1773号の1 判決 1999年2月16日

神戸市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大搗幸男

亀井尚也

正木靖子

松重君予

東京都千代田区<以下省略>

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

山之内明美

宮﨑乾朗

右訴訟復代理人弁護士

松並良

主文

一  被告は、原告に対し、二二〇万三二三二円及びこれに対する平成四年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、七三四万四一〇七円及びこれに対する平成四年一一月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告従業員の勧誘によって行った新株引受権証券(以下「ワラント」という。)の取引により損失を受けたことにつき、主位的には、被告従業員の勧誘行為が被告の会社ぐるみの組織的詐欺行為であるとして民法七〇九条に基づき、予備的には、被告の従業員の右勧誘に違法があったとして民法七一五条に基づき、被告に対し損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1(当事者)

(一)  原告は、昭和一一年生まれの男性で、高校卒業後、a株式会社(以下「a社」という。)で農業用機械部品の販売サービス部門に勤務する者であり、昭和五〇年七月ころから被告神戸支店において証券取引をするようになったが、主として株式や公社債の現物取引をしていた。

(二)  被告は、有価証券の売買、その媒介、取次、代理、引受、売出、募集等を目的とし、右事項について大蔵大臣から免許を受けた株式会社である。

2(原告のワラント取引)

原告は、平成元年三月ころ、原告の担当者となった被告従業員B(以下「B」という。)からワラント取引の勧誘を受け、同月九日、ヂーゼル機器ワラント02(以下「ヂーゼル機器ワラント」という。)を代金四四七万四六五〇円で購入したのを始めとして、B及び同年一〇月ころ同人の後任の原告担当者となった被告従業員C(以下「C」という。)の勧誘により、平成二年七月六日までに別紙取引一覧表中の買付欄記載のとおり、伊藤忠ワラント20(以下「伊藤忠ワラント」という。)、三菱レイヨンワラント12(以下「三菱レイヨンワラント」という。)、キャノンワラント41(以下「キャノンワラント」という。)、第九回一号ダイキン工業ワラント(以下「ダイキンワラント」という。)の五銘柄のワラントを購入し、また、右のうちダイキンワラントを除く各ワラントをそれぞれ別紙取引一覧表中の売付欄記載のとおり売却した(以下、右各ワラント売買を併せて「本件各ワラント取引」ともいう。)。

二  争点

本件各ワラント取引について、被告従業員の勧誘行為に違法があり、被告が民法七〇九条又は七一五条によりその損害賠償責任を負うか。

(原告の主張)

1 ワラント取引の危険性

ワラント取引には、価格変動が大きい、価格形成が不透明である、権利行使期間が存在している、為替リスクがある、権利内容が複雑・不明確であるなどの危険性がある。

2 被告ないし被告従業員であるB及びCの勧誘行為の違法性

(一) 公序良俗違反

ワラント、特に外貨建ワラントは、その危険性に照らして、およそ一般投資家には不向きな欠陥商品である上、被告は、証券取引の知識・情報において、原告に対し圧倒的に優位な地位にある。それにもかかわらず、被告ないしB及びCは、被告の企業利益を図るために、原告に対し本件各ワラント取引を勧誘したのであるから、右勧誘行為は公序良俗に反する。

(二) 適合性原則違反

(1) 証券会社は、顧客に対して忠実義務及び善管注意義務を負っており、また、証券及び証券取引について豊富な知識、経験及び情報収集・分析能力を有し、顧客はこれを信頼して取引を行うのが通常であるから、顧客が能力、経験、資力等において当該取引に適合するか否かを慎重に審査した上で、顧客に適合する取引のみを勧誘すべき義務を負う(適合性原則。大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」《昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号、以下、同通達を「投資者本位通達」という。》)。そして、ワラント取引につき適合性が認められるのは、独自の情報収集能力や経験、リスクを負担できる資金力を有するプロの投資家及び機関投資家が自発的に取引を行う場合に限られ、一般投資家にはおよそ適合性がない。

(2) 原告は、堅実な取引をしていた一般投資家にすぎず、平成元年ころの年収も約五〇〇万円で、ワラント取引のような複雑でハイリスクな取引に耐えられるだけの適性を有する者ではない。B及びCは、原告の堅実な投資意向を知っていたにもかかわらず、また、原告の資力等を全く把握しないまま本件各ワラント取引を勧誘したのであって、適合性原則に反し、違法である。

(三) 説明義務違反

(1) 証券会社は、顧客に対して忠実義務と善管注意義務を負い、また、証券取引に関する豊富な知識、経験、情報収集・分析能力を有し、顧客はこれを信頼して取引を行うのが通常であるから、顧客の証券会社に対する信頼は十分に保護されなければならない。また、顧客の自主的判断を確保する前提として、顧客が当該商品の内容を十分に理解する必要がある。したがって、証券会社は、顧客に取引を勧誘するにあたり、信義則上、顧客の職業、年齢、資力、投資の経験・目的等に照らして、顧客が当該取引の危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供し、顧客がこれを理解したことを確認すべき注意義務を負うというべきである。証券取引法、大蔵省令、同通達、日本証券業協会(以下「協会」という。)制定の公正慣習規則は、それぞれ右説明義務の存在を前提に投資家保護に関する規定を設けているが、証券会社が右注意義務に違反して投資勧誘を行った場合は、そのような勧誘行為は、私法上も違法というべきである。

特に、ワラント取引を一般投資家に対して勧誘する場合には、その危険性につき極めて慎重かつ具体的な説明・確認が行われるべきである。仮にその説明がされたとしても、電話により説明を行った場合には、ワラントの新規性や非周知性からすると、一般投資家がその内容を理解することは不可能であり、説明義務を尽くしたとはいえない。

(2) 原告の本件各ワラント購入は、以下のとおり、いずれもBやCからの電話による勧誘によるものであり、BやCは、原告の勤務先会社までも電話をかけて、ワラントについての十分な説明をしないまま、勤務中の原告が上司や同僚の手前、断りきれない状況にあることを利用して、次々とワラント取引を勧誘し、原告に各ワラントを買い換えさせたものであって、説明義務を尽くしたものでないのみならず、悪質な取引勧誘である。

① Bは、平成元年三月ころ、原告に対し、電話で、ワラントは転換社債とは異なる点があるが有利な投資であると説明してヂーゼル機器ワラントの購入を勧誘した。右電話でのワラントの説明は、せいぜい一五分程度のものである上、Bは、ワラントの危険性については何ら具体的な説明をしなかった。

また、原告は、ヂーゼル機器ワラントの購入にあたり、被告から、ワラント取引に関する説明書(乙九。以下「説明書」という。)ないしワラントの説明パンフレット(乙三《ないしは乙六の1》)を交付されておらず、被告からは、右ワラントの購入から相当期間経過後に「ワラント取引に関する確認書」(乙G三の1。以下「確認書」という。)の用紙のみが郵送されてきたにすぎない。

なお、被告は、ヂーゼル機器ワラントに先立ち、Bが昭和六三年八月ころ三菱石油ワラント購入を原告に勧めた際、原告に対し、ワラントについての説明をしたと主張するが、そのような事実はない。

② Bは、平成元年六月、原告に対し、電話で、伊藤忠ワラントの購入を勧誘したが、同ワラントは、原告が購入した時点で株価が権利行使価格を下回った(マイナスパリティ)ものであり、投資対象として最も不適当なものであったにもかかわらず、投資経験の浅い原告に対し、その旨の説明を何らしなかった。

③ Cは、平成元年一〇月ころ、原告に対し、電話でキャノンワラント購入を勧誘した際、権利行使期間やワラント価格について触れたものの、ワラントの具体的な内容を説明しなかった。右説明は、電話での短時間の説明であり、しかもキャノンワラントの有利性のみを強調した勧誘であったため、原告はワラントの仕組みや危険性について全く理解できなかった。

(四) 断定的判断の提供、虚偽・不実表示による勧誘

(1) 証券会社は、一般投資家に対して投資を勧誘する際、投資家の適正な判断に資するため、証券取引の性格、仕組み、危険性等の重要事項について正確かつ適正な情報を提供しなければならず、断定的判断や虚偽の情報を提供したり、あるいは重要な事項を説明しない等投資家の投資判断を誤らせる行為をしてはならない(証券取引法《平成四年法律第七三号による改正前のもの。以下「平成四年改正前の証券取引法」という。また、同改正後の同法を「平成四年改正後の証券取引法」という。》五〇条一項一号、五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号、協会制定の「証券従業員に関する規則」九条三項一号等)。

(2) 原告に対する断定的判断の提供

① Bは、平成元年八月ころ、電話で原告に対し「三菱レイヨンワラントがあるが、これは伊藤忠ワラントより確実な銘柄である。ぜひ三菱レイヨンワラントを買いなさい。」等と断定的判断を提供して三菱レイヨンワラント購入を勧誘した。

② Cは、同年一〇月ころ、原告に「キャノンワラントがあるが、キャノンという会社は、間違いがない。キャノンは伊藤忠、三菱レイヨン等より確実な銘柄であり、確実に上がるから、ぜひキャノンワラントに買い換えなさい。」等と断定的判断を提供して再三にわたりキャノンワラントの購入を強く勧誘した。

③ Cは、原告からキャノンワラントの値下がり幅が大きいとの苦情を受けて、その損失を取り戻すため、平成二年七月ころ、原告に対し、「確実な銘柄で、間違いなく確実に上がる、夏の間に利食いできる。」等として、短期間に確実に利益が得られる旨の断定的判断を示して、ダイキンワラントの購入を勧誘した。

(3) 原告に対する虚偽・不実表示による勧誘

① B及びCが、前述のように、原告に対し、ワラントの商品特性や危険性について全く説明をせず、確実に儲かる旨の表示をして次々にワラント取引を勧誘したことは、虚偽の表示又は誤解を生ぜしめるべき表示による勧誘にあたる。

② Bは、原告に伊藤忠ワラントの購入を勧誘した際、「このような機会はまたとない。」と述べて三五万ドル程度を投資するように執拗に勧誘し、原告がその三分の一くらいの額で取引する旨述べると、「三分の一の取引額では取引できない。」と述べる等して虚偽の情報を提供し、結局、原告は同ワラントを三五万ドル(九〇一万一五〇六円)で購入することとなった。

③ Bは、原告に三菱レイヨンワラントの購入を勧誘した際、同ワラントは伊藤忠ワラントより確実な銘柄でリスク分散になるとの説明をし、原告はそれを受けて、保有していた伊藤忠ワラントのうち二〇ワラントを処分し、その代金で三菱レイヨンワラントを購入した。しかし、ワラントの特性からすると、保有しているワラントを処分して他銘柄のワラントを購入することがリスク分散とはいえない上、三菱レイヨンワラントの権利行使期限は原告が処分した伊藤忠ワラントより早く到来するものであったから、Bがリスク分散のためとして三菱レイヨンワラントの購入を勧誘したことは虚偽・不実表示による勧誘にあたる。

3 被告の責任原因

(一) 被告は、ワラント取引の危険性を顧客に周知させるよう従業員に指導しないばかりか、ワラント取引による手数料稼ぎを目的として、従業員に対し厳しいノルマを課して、ワラントを有利なものとして積極的に一般投資家に売りさばくよう指導した。被告の従業員であるB及びCは、これに従って、右違法勧誘行為を行い、原告に損害を与えた。したがって、被告は、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

(二) B及びCは、被告の従業員であり、両名の前記違法な勧誘行為は、被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は民法七一五条により使用者責任を負う。

4 損害額

原告は、被告ないしB及びCの右不法行為により、少なくとも七三四万四一〇七円(キャノンワラント取引による損失相当分)の損害を被った。

(被告の主張)

1 違法性の判断について

(一) 投資家が、証券投資を行うか、行う場合にどのような証券にどの位の金額を投資するかは、そのリスクの大小を問わず投資家自身が自由に決すべきものである。他方、一般に証券会社等が投資家に提供する情報や助言等は、政治・経済情勢等の不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ず、投資家としては、証券会社等の助言等を重要な参考にするにしても、自らが取引を行う以上、その適否をあくまでも投資家自身が自己の責任において決すべきものである(自己責任の原則)。自己責任の原則は、近代私法の基本原理である契約自由の原則に基づいたもので、あらゆる経済取引に通ずる原則である。そして、証券取引は多かれ少なかれ危険を伴うものであり、かえって、全く危険なく取引が行われることはあってはならないとされている(損失保証・補填の禁止等)。

(二) 証券会社の顧客への投資勧誘については、投資家の自己責任を前提として、証券取引法等により適切な規制がされているが、それら公法上の取締法規達反が直ちに民法上の不法行為責任を帰結するものではない。不法行為の成否の判断にあたっては、自己責任の原則を前提として一連の勧誘行為を総合的に考慮し、それが取締法規のみならず社会通念上許容し得るものであるか否かについて、顧客の投資経験や財産基盤等に照らして個別具体的に判断されるべきである。

また、ワラント取引については、その危険性のみを過度に強調すべきではなく、ワラントが株式信用取引や商品先物取引に比べて少ない資金とリスク(リスクは投資額の限度に止まる。)でそれらと同程度の投資効率を期待できるハイリターン商品であることにも留意すべきである。

2 公序良俗違反・適合性原則違反について

(一) 適合性原則は、行政的取締法規上の原則であり、民法上の原則ではなく、同原則に反することが直ちに民法上の不法行為責任を構成するものではない。また、ワラント取引は、株式信用取引や商品先物取引に比べて少ない資金とリスクでこれらと同程度の投資効率を期待できる利点があるから、一般投資家にワラント取引を勧誘すること自体は何ら違法ではない。

(二) 原告は、昭和五〇年に被告神戸支店で取引を始める以前から株式等の現物取引をし、昭和六三年三月ころから積極的に証券取引をするようになり、ヂーゼル機器ワラント購入までの約一年間に、ほとんどは一か月以内の保有期間でみずから銘柄を選定して現物株式二二銘柄(昭和六三年六月四日には日商岩井株式一万二〇〇〇株を約七五〇万円で購入したこともある。)、転換社債三銘柄、投資信託一銘柄の取引をし、また、ヂーゼル機器ワラント購入時点で、被告に約九〇〇万円もの多額の預り資産を有していたのであるから、右勧誘当時、ワラント取引を理解するだけの知識・経験を有し、かつ、ワラント取引は原告の投資意向に合致していたといえる。したがって、原告に対する本件各ワラント取引の勧誘は何ら適合性原則に反するものでない。

3 説明義務違反について

(一) 原告の主張する説明義務は、その根拠を信義則に求めるのみであって、被告が右義務を負う理由が明らかでないから、説明義務違反の主張は失当である。

(二) 仮に、ワラント取引の勧誘に際して、信義則上、被告が説明義務を負うとしても、その内容・程度については、顧客の証券取引の経験、知識等を考慮して個別具体的に決しなければならない。そして、自己責任の原則を前提とすれば、顧客が豊富な投資の知識・経験を有し、しかも、投資商品がワラントであることを知っている場合には、顧客がワラントの危険性について誤信していたことが客観的に明白で、勧誘者もこれを知りながらあえてその点について注意を喚起しなかったような場合でなければ、説明義務違反として不法行為を構成するとまではいえない。

(三) 前記のように、原告は相当の投資経験・知識を有しており、他方、被告ないしB及びCは、ワラントについて、原告に対し次のように説明しているのであるから、説明義務を尽くしたといえる。

(1) Bは、昭和六三年八月ころ、原告に対し、三菱石油ワラントの購入を提案し、その際、原告に対し、ワラント取引について、その仕組み、危険性、権利内容、権利行使価格、権利行使期限等を説明した。

(2) Bは、平成元年三月八日ころ、原告にヂーゼル機器ワラントの購入を提案した際にも、改めてワラントについて、ワラントは一定期間内に一定の価格で所定の株数の株式を買い取ることができる権利であること、ヂーゼル機器ワラントを一〇万ドル分購入すると同社の株式を一万五三三六株買い取ることができる権利を取得するので、一万五〇〇〇株強の株式を取得するのと同程度の投資効果があること、ワラントの価格は、一般的に株価が一上がれば三程度上がり、株価が下がればワラントの価格は同様に大きく下がること、転換社債は償還期限が来れば額面で償還されるが、ワラントは権利行使期限が過ぎれば価値がなくなること、ヂーゼル機器ワラントは外貨建てであるため為替の影響を受けること、同ワラントの権利行使価格は八七一円八〇銭であり、権利行使期限は平成五年七月五日であること、ワラントの価格には理論価格とプレミアムがあり、プレミアムとは将来値上がり期待値のようなもので、ヂーゼル機器ワラントの価格は三五ポイント位だが、理論価格は一七ないし一八ポイントで、残りがプレミアムであること等を説明した。また、Bは、原告に対し、外貨建ワラントは証券取引所では取引されず、新聞にもその価格は掲載されないので、その価格については、Bからも連絡するが、被告神戸支店に問い合わせをすれば報告することを伝えた。

(3) Bは、右勧誘に際して、原告に対し、ワラント取引を始めるに際して確認書を差し入れてもらう必要があり、説明書と確認書を郵送するので、署名押印の上、被告神戸支店に返送するよう伝え、その後すぐに、被告は、原告に確認書(乙G三の1)用紙及びワラント取引についてその特性や危険性を分かり易く説明したパンフレット(乙一〇)を郵送した。そして、原告は、ヂーゼル機器ワラントの購入約定から約一週間後に、右確認書用紙に署名押印して被告に返送した。

(4) 被告は、原告が本件各ワラントを購入した後、それぞれ外国証券取引報告書及び受渡計算書(乙一三の1・2)を送付したほか、預り証を交付した。同計算書には、「権利最終」として当該ワラントの具体的権利行使期限が記載され、また、少なくともキャノンワラント及びダイキンワラントの各預り証には、「権利行使期限」として各ワラントの具体的行使期限が記載されている(乙G八の1・2)。

(5) Cは、平成元年一〇月ころ、原告に対し三菱レイヨンワラント及び伊藤忠ワラントを売却してキャノンワラントを購入することを提案したが、その際、Cは、原告に対し、キャノンの株価が右ワラントの権利行使価格よりかなり高く、さらに上昇が見込まれること、為替相場が変化しないと仮定した場合のキャノンワラントの理論価格の具体的予想やプレミアム、同ワラントの権利行使期限等について説明した。

(6) Cは、平成二年七月ころ、原告に対しダイキンワラントの購入を提案した際に、同ワラントは国内ワラントであって、新たに国内ワラント取引の確認書が必要で、説明書、確認書の様式も変わったことから、ワラントの説明書とワラント取引の確認書を郵送するので、説明書を読んだ上、確認書用紙に署名押印して返送するように説明した。その後、被告神戸支店からワラントの特性や危険性について説明した「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙八)と「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙G三の2)の用紙が送付され、原告は、右確認書用紙に署名押印して被告神戸支店に返送した。

(7) 被告は、平成三年九月末から半年ごとに、ワラントを保有する顧客に対し、ワラントの時価や評価額、権利行使最終日、権利行使期間終了によりワラントが無価値となること等が記載された「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」(乙一一の1・2は、その例)を送付しているほか、権利行使期間満了の一年前から三か月おきに権利行使最終日、権利行使期間終了によりワラントが無価値となること等が記載された「新株引受権証券(ワラント)の権利行使期日のご案内」(乙一二は、その例)を送付している。

4 損害について

原告は、遅くともキャノンワラント購入時には、ワラントの危険性について認識していたから、仮に、B又はCに説明義務違反があったとしても、右義務違反と原告が請求する損害との間に因果関係は認められない。

第三判断

一  ワラントの特質について

証拠(甲一九、二〇、二八、四一、四四、四七の1ないし13、乙一ないし五、六の1・2、七ないし一〇、一一の1・2、一二、一三の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  ワラントは、昭和五六年商法改正により認められた新株引受権付社債のうち、分離型新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表章する証券であって、その権利を行使して発行会社の株式を取得するための期間(権利行使期間)と価格(権利行使価格)が当初から定められている。

2  そのため、ワラント取引は、転換社債や株式の現物取引等と比べ、次のような特質・危険性を有している。

(一) 権利行使期間が定められていることからの制約

ワラントは、権利行使期間が定められており、その期間を経過してしまうと、これらの権利行使ができなくなって、ワラントは経済的に無価値となる(もっとも、その場合に被る損失は、当該ワラントの購入代金額に止まる。)。のみならず、ワラントの発行会社の株価が権利行使価格を下回っているときに新株引受権を行使することは経済的合理性がないから、株価が権利行使価格を下回っているようなワラントは、権利行使残期間が短くなれば、その間の株価上昇期待分が少なくなるため評価が下がって取引されにくくなり、権利行使期間満了前でも無価値になることもある。わが国で取引されている国内企業のワラントは権利行使期間が四年と比較的短いものが大部分を占めるが、株価が権利行使価格を下回り、かつ、権利行使残期間が二年を切るようになった銘柄は、取引される割合が大きく低下する傾向がある。

(二) 価格変動の大きさと価格変動予測の困難性

ワラントの権利行使価格は、ワラント債発行の条件を決定する際の株価に一定割合を上乗せした価格で定められるが、そのようなワラントが投資の対象となるのは、将来、新株引受権の行使により時価より低い権利行使価格で株式を取得し、その株式を時価で売却して差益を取得することができる場合があることによるのであるから、ワラントの投資価値は、将来、株価が権利行使価格より値上がりする見通しを前提として成り立つことになる。

ワラントの理論価格(パリティ)は、株価と権利行使価格との差額に引き受けることができる株式数を乗じて得られるが、現実のワラントの市場価格は、この理論価格と、株価上昇の期待度や株価の変動性の大小、権利行使期間の長短、流通性の大小等の複雑な要因を内包する価格要素(プレミアム)とによって形成され変動する。しかも、外貨建ワラント取引については、証券取引所に上場されず、店頭市場における相対取引により取引されることもあって、一般の個人投資家がその価格形成過程を的確に把握することは容易ではない。

そして、ワラントの市場価格は、基本的にはワラント発行会社の株価に連動して変動するが、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがあるので(ギアリング効果)、株式投資より少額の投資でより大きな利益を得ることも、また、より大きな損失を受けることもある。もっとも、右の株価との連動性やギアリング効果は、理論価格については明確に認められるが、プレミアムについては必ずしも明確なものではない。したがって、特に、ワラント価格に占めるプレミアム部分が大きいワラントの値動きは、株価の変動と比べてより複雑になる傾向があり、その予測は更に困難なものとなる。

また、外貨建ワラントの場合は、売却する際の価格が為替変動の影響を受けるため、右に述べた価格予測困難性に加え為替変動のリスクが加わることになる。

(三) わが国では、当初、証券業界の自主規制により、分離型ワラント債の国内取引を禁止していたが、昭和六〇年一一月一日から解禁され、昭和六一年一月一日からは、国内企業が発行した外貨建ワラント債の国内取引も解禁された。その後、円高や株価の上昇に合わせて、外貨建ワラント債の発行及び流通市場が急速に拡大したが、市場整備が遅れ、上記のような価格予測の困難さなどが指摘されるようになった。そこで、協会は、平成元年四月一九日の理事会決議(「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」)により、協会を通じて、同年五月一日から流通性の高い銘柄の気配値を電子情報通信機関及び新聞等によって、随時投資家に提供することとし、ワラント取引勧誘の際には、顧客に説明書を交付し、顧客から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴求することとした。また、平成二年七月一八日の理事会決議(「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」)により、同年九月二五日から、業者間取引は原則として日本相互証券株式会社に集中させ、売買の多い二〇〇強の主要銘柄の気配値を公表し、店頭での顧客との取引については業者間取引価格等を基準に一定の値幅制限を設けることとした。しかし、右の気配値はポイント数で表示され、これからワラント価格を算出するには複雑かつ専門的な計算が必要である。

二  本件各ワラント取引の経緯等について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲G一の1・2、二、乙G一、二、三の1・2、四ないし七、八の1・2、九、証人B、同C、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、本件各ワラント取引の経緯等について以下の事実を認めることができる。これに反する原告本人の供述部分ないし陳述(甲G二)部分、証人Bの供述部分ないし陳述(乙G五)部分及び同Cの供述部分ないし陳述(乙G六)部分は、いずれも採用しない。

(一) 原告の証券取引経験等

(1) 原告は、昭和一一年生まれの男性であり、高校卒業後、平成八年九月に定年退社となるまでa社に勤務し、主として農業用機械のセールス等に従事し、平成元年当時の年収は五〇〇万円程度であった。

(2) 原告は、大井証券明石支店で神戸製鋼等の株式の現物取引を中心に証券取引をしていたが、昭和五〇年七月ころ、被告神戸支店に取引口座を開設し、被告を通じて証券取引を行うようになった。

原告は、昭和五四年ころには、被告神戸支店で、主に東京海上火災等の上場企業株式や公社債の現物取引を継続的に行い、株式の保有期間も半年位で、一回の取引額も多くは数十万円程度であったが、その後、次第に株式の保有期間も短くなり、一回の取引額も数百万円に上ることもあった。いわゆるブラックマンデー直後の昭和六二年一〇月二六日に川崎製鉄株五〇〇〇株及び神鋼鋼線株一〇〇〇株を代金合計二〇〇万円余で購入したほか、株式市況が活況を呈するようになった昭和六三年三月ころからは、株式の現物取引を中心に頻繁に証券取引を行い、同月一八日から平成元年三月八日までの約一年間に現物株式二二銘柄、転換社債三銘柄、投資信託一銘柄につき延べ三〇回以上の売買をした。右約一年間に売買した株式は、有名上場企業でも材料関係の値動きのある銘柄が多く、その保有期間は長くて二、三か月、短くて三日、ほとんどは一か月以内であり、一回あたりの取引額は、それまでの預り証券の処分代金をあてて数百万円に上ることもあり、たとえば、昭和六三年六月四日には東北電力株二七〇〇株を七九五万五五五二円で売却し、日商岩井株一万二〇〇〇株を七四九万六二一〇円で買い付けた。原告は、Bら被告従業員が推奨する銘柄を購入する場合が多かったが、会社四季報などから情報を得て、みずから銘柄を指定して被告神戸支店に買い注文したこともあった。

(二) 本件各ワラント取引の経緯等

(1) 昭和六二年三月に原告の担当となったBは、昭和六三年八月ころ、当時、三菱石油の株価が急騰していたことから、原告に対し、電話で、三菱石油ワラントの購入を提案した。Bは、その際、原告に対し、ワラントは一定期間内に一定の価格で所定数の株式を取得する権利であり、例えば、三菱石油ワラントを一〇万ドル分購入すると、その投資金額では三菱石油株は五〇〇〇株位しか買えないが、ワラントであれば株式を一万七〇〇〇株所有するのと同様の効果があること、権利行使期限は平成五年五月一二日までで、それを過ぎれば価値がなくなること、ドル建てであるため為替の影響を受けること、株価に比して値動きの幅が大きいことなどを説明したが、原告は、その際にはワラントに興味を示さず、結局、三菱石油の現物株式を買った。

(2) Bは、平成元年三月ころ、原告の自宅に三〇分程度電話して、先に提案した三菱石油ワラントを買っていれば二〇〇万円強の利益が出ていたと述べた上、ワラントは、一定期間内に一定の価格で所定数の株式を取得できる権利であること、ヂーゼル機器ワラント一〇万ドル分購入すると、その金額では同社の株式は四〇〇〇株位しか購入できないところを一万五〇〇〇株強の株式を取得するのと同じ効果があること、トラック輸送の需要増大に関連してヂーゼル機器の株式の値上がりが見込め、ワラントであれば株価よりも大きく値上がりすること、ワラントには権利行使期限があり、ヂーゼル機器ワラントは平成五年七月五日が期限であり、それを経過すると権利がなくなること、転換社債とは異なる点があるが有利な投資であること等を述べて、ヂーゼル機器ワラントの購入を勧誘したが、ギアリング効果がプレミアムには必ずしも働かないことまでは説明しなかった。原告は、ポイントで表示されるワラント価格(以下、単に「ワラント価格」という。)の意味及び権利行使期限を経過すると価値がゼロになることについてBに質問をしたところ、Bは、ワラント価格について説明した上、ヂーゼル機器ワラントの権利行使期限までは四年程あり、その間に同社の株価は十分上がると思うと述べたので、原告は納得した。原告は、Bの勧誘に応じることとし、保有していた日本航空電子一〇〇〇株、大同特殊鋼二〇〇〇株を売却した代金で同ワラントを一〇万ドル購入するようBに注文し、右注文は平成元年三月九日付けで実行された。

(3) Bは、右勧誘の際、原告に対し、ワラント価格は、一般紙に掲載されないので、Bから連絡するほか、被告神戸支店に問い合わせれば答える旨述べるとともに、ワラント取引開始にあたって確認書が必要であり、説明書とともに用紙を郵送するので署名押印して返送してほしい旨依頼した。被告神戸支店は、そのころ、取引確認書用紙及びワラント取引に関するパンフレットを原告に郵送し、原告は、ヂーゼル機器ワラントを購入した一週間ほど後に、確認書用紙に署名押印して被告に返送した。

右パンフレットには、その表紙に「外貨建てワラントその魅力とポイント」と記載され、一頁には、「ワラントとは」と題し、「ワラント債(新株引受権付社債)とは、定められた価格(行使価格)で一定期間内(行使期間)に所定の株数の株式を買い取れる権利が付与された社債のことです。この権利を「ワラント」と呼びます。」との記載があり、見開きの二頁及び三頁には、「ユーロドル建てワラント売買の実例」が具体的数値をもって記載され、見開きの四頁には、「Ⅰ ユーロドル建てワラントの魅力」との標題で、「ハイリスク、ハイリターンのワラント投資」の項目には、「※株価が下落した場合には上記とは逆にワラント価格の値下がり率が株価の値下がり率より大きくなることが考えられます。」との記載があるほか、同五頁には「Ⅱ 資金効率の高いワラント投資」との項目で、現物株式に比べて、ワラントのはうが投資効率が高いことが図解され、同六頁には「Ⅲ ワラント価格に変動がない場合、ドル高になれば為替差益をうけることになります。逆に為替が購入時より円高になれは為替差損を生じることになります。」との記載があり、同七頁には、「プレミアムについて」との標題で、ワラントのプレミアムについて数式をあげて説明が記載され、また、同九頁には、「Q2 ワラントの行使期間が過ぎればどうなるのですか。A行使期限の過ぎたワラントは、当然売却することも権利行使することも不可能となり、価値がゼロになってしまいますのでご注意下さい。」との記載がある。

また、確認書は、「ワラント取引に関する確認書」と標題が記載され、中央部に「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と大き目の文字で記載され、その上に住所・氏名・押印の欄がある。(なお、原告は、説明書等は送付されなかったと主張し、これに沿う供述ないし陳述をするが、原告が署名押印して返送した確認書の用紙には説明書を読んだ上で署名押印するよう記載されており、原告は説明書を受領していないとの異議を述べることなく確認書に署名押印したことに照らして、原告本人の右供述ないし陳述部分は直ちに採用することはできない。)

(4) Bは、原告に対し、ポイント数によりワラント価格を連絡していたところ、ヂーゼル機器ワラントのポイントは購入時より下がったものの、為替が円安になっていたため若干の利益が出ていたので、原告にその旨伝えて売却を勧め、原告は、これに応じて、平成元年六月一九日、同ワラントを売却して二一万二三一七円の差益を得た。

(5) Bは、平成元年六月二〇日、原告の勤務先に電話をし、伊藤忠ワラントについて、権利行使期限まで五年程あること、株価自体が直近の高値から二割程下がっていて上昇期待が高く、またとない機会であるとして、原告の保有するウェイストマネジメントインク株や東ソー株を売却して、同ワラントを三五万ドル分購入することを強く勧誘し、原告は、その勧めに従い、保有していたウェイストマネジメントインク株九〇〇株、東ソー株一〇〇〇株及び関西電力株二〇〇株を損切りして売却し、同月二一日付けで伊藤忠ワラントを三五万ドル分(九〇一万一五〇六円)購入した。同ワラントは、右購入当時、株価(九八五円)が権利行使価格(一〇二五円)を下回っており、理論価格はゼロで、そのポイントは全てプレミアムであり、ギアリング効果は期待できなかったが、Bは、そのことについて原告に説明しなかった。

(6) その後、伊藤忠ワラントの価格が予想通りに上昇しなかったことから、Bは、平成元年八月七日ころ、原告に電話をして、伊藤忠ワラントの値動きが思わしくないこと、三菱レイヨンという会社は光ファイバーや新素材等で業績が上向いていることを説明し、危険の分散のためにも、伊藤忠ワラントの一部を処分して三菱レイヨンワラントに切り換えるよう提案した。原告は、その提案に従い、同日、伊藤忠ワラント二〇万ドル分を売却し、新たに三菱レイヨンワラントを一五万ドル分購入した。

(7) Cは、平成元年九月にBの後任として原告の担当となった。Cは、Bから原告のワラント取引について特に引継は受けていなかったが、伊藤忠ワラント及び三菱レイヨンワラントの値動きが乏しく、キャノン株式の方が値動きがあったことから、同社のワラントの方が値上がりが早いのではないかと考え、同年一〇月上旬ころから、原告に対し、右のように説明して、三菱レイヨンワラント及び伊藤忠ワラントを売却し、キャノンワラントを購入することを提案した。原告は、当初、右売却による利益がないことや、新たに売買手数料が必要となること等から様子を見る旨返答した。

Cは、同月一一日、原告に電話をして、キャノンの株式及びワラントの相場が動意付いてきたとして、キャノンの株価や同ワラントの権利行使価格に基づき、為替相場が変動しないと仮定した場合のワラント価格の上昇見込みについて、株価の上昇に対応した具体的試算を示し、実際には、プレミアムにより、右見込みよりさらにワラント価格が上昇すると予測されること、権利行使期限が平成四年一〇月一四日であること等を説明して、再度キャノンワラント購入を提案した。原告は、これに従うこととし、三菱レイヨンワラント及び伊藤忠ワラントを全て売却し、その代金を購入資金に充てて、翌一二日付けでキャノンワラントを七万五一〇〇ドル分購入するよう注文し、Cは、翌日、その注文を実行した。なお、Cは、原告がパリティ等の専門用語を使って話していたことから、ワラントについても相当知識を有するものと考え、ワラントの具体的な仕組みや危険性について改めて説明をすることはしなかった。

(8) 右購入当時、キャノンワラントの価格は、六八・五ポイントであり、その後下落したものの、平成二年一月二四日ころには、六〇ポイント台まで回復したことから、原告は、キャノンワラントについては様子を見ることにした。しかし、その後さらにキャノンワラントの価格は上下を繰り返し、同年三月末には二五ポイントまで下落し、同年七月には六〇ポイント台まで回復したものの、原告が同ワラントを購入した当時の価格までは回復しなかった。

Cは、原告の損失回復を狙い、株価の調整局面では株式よりも投資効率のよいワラントが有効な投資手段であると考え、ダイキンワラントであれば、同社の業務内容から夏場に株価が上昇する可能性があり、短期間に利益を得ることが期待できると考えて、同年七月五日、原告に対し、右のような説明をして、ダイキンワラントを購入するよう勧誘した。原告は、これに従い、翌六日付けで、保有していたテーオーシー転換社債を売却して、同ワラント八〇〇万円分の買い注文をした。

(9) 右勧誘の際、Cは、原告に対し、ダイキンワラントは国内ワラントで、価格が新聞に掲載されていることを説明したほか、国内ワラントについての取引の確認書が必要であり、説明書や確認書の様式も変わったことから、ワラントの説明書と確認書用紙を郵送するので、説明書を読んだ上、同確認書用紙に署名押印して被告に返送するように依頼した。被告神戸支店は、そのころ、原告に対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント取引説明書」(乙八)と「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙G三の3)の用紙を送付し、原告は、確認書用紙に署名押印して、被告神戸支店に返送した。

右確認書は、B5版の用紙で、上部に「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券取引に関する確認書」との標題が記載され、その中央に、「私は貴社から受領した『国内新株引受権証券取引説明書』及び『外国新株引受権証券取引説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において下記の取引を行います。」との記載があり、その下には、「国内新株引受権証券の取引」と「外国新株引受権証券の取引」について確認したものに丸印を付すようになっており、中央上段には住所、氏名、押印の欄がある。

また、ワラント説明書は、二つの説明書が一冊にまとめられており、そのうち外国新株引受権証券取引説明書は、表紙に「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」と記載され、次の見開きの左頁には「新株引受権証券(以下「ワラント」といいます。)とは、一定期間内に一定の価格で一定数量の株式を買い取ることができる権利が付与された証券のことをいい、具体的には、新株引受権付社債(以下「ワラント債」といいます。)の発行後に、ワラントと社債券(エクスワラント)に分離された場合のワラントの部分を指します。」、「ワラントという商品は、その商品の性格や特徴が株式、債券、投資信託等、一般の有価証券とは異なったものとなっております。したがって、ワラント取引を行うに当たっては、本説明書の内容を十分に理解したうえで、ご自身の資力、投資経験及び投資目的に照らして行うことが肝要です。」との記載があり、二頁及び三頁目は見開きで、ワラントのリスクについての説明が記載され、二頁一行目には「ワラントのリスクについて」との項目が大きな活字で記載され、その下部には「1 ワラントは期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券です。」、「2 ワラントの価格は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。」、「3 外国新株引受権証券(略)に投資する際は、前記の留意点のほか、外国為替の影響を考慮に入れる必要があります。」と赤いアンダーラインとともに記載されている。

(10) ダイキンワラントは、Cの予想に反して、平成二年八月のイラクのクウェート侵攻により株式相場が低迷したこと等により下落した。原告は、Cに対し、同ワラントの値動きを電話で問い合わせ、苦情を述べた。

(11) 原告は、平成三年秋ころ、キャノンワラントについて、価格が低迷したまま権利行使期限が迫っていることから、Cに権利行使の具体的方法について相談し、Cは、権利行使代金や行使株数等を試算して原告に示した。原告は、権利行使代金を被告から借り受けたい旨希望したが、担保を要求されたことから、借入を断念し、権利行使はせずに売却の機会を待つことにした。

結局、原告は、キャノンワラントの権利行使期限直前の平成四年一〇月一二日になって、キャノンワラントの売り注文をし、同ワラントは一ポイント、八万九八五五円で売却された。

(12) 原告は、右に述べたワラント取引の期間を通じて、B及びCとはいずれも一度も顔を合わせたことはなく、B及びCの原告に対する投資勧誘は、本件各ワラント取引の勧誘を含め、全て電話による勧誘であった。

(13) 被告では、顧客が商品を購入した際には顧客に預り証を交付する扱いをしており、また、ワラントを購入した場合には預り証に加えて外国証券取引報告書及び受渡計算書(乙一三の1・2はそれらの例)を顧客に送付する扱いにしていた。原告に対しても右各書類が送付されたが、そのうち右計算書には「権利最終」として当該ワラントの具体的権利行使期限が記載されているほか、預り証には少なくともキャノンワラント及びダイキンワラントについては、「権利行使期限」として当該ワラントの具体的行使期限が記載されていた(乙G八の1・2)。

(14) 本件各ワラント取引により原告に生じた損益は、別紙取引一覧表中の損益欄記載のとおりである。

三  本件各ワラント取引勧誘の違法性の有無について

1  公序良俗違反の主張について

ワラント、特に外貨建ワラントは、前記のようなハイリスクな商品であるが、他面、株式の現物取引に比べて、少額の投資で同等の投資効率を得ることができ、損失も投資金額に止まるという有利な面も有するのであり、商法によりその発行が認められており、一般投資家が外貨建ワラントを取得することを一般的に禁止する法令等も存しない。また、一般投資家がワラント取引の特質・危険性を理解することは、その知識・経験等に応じて可能であるから、被告ないしB及びCがワラント取引を一般投資家を対象として勧誘すること自体が直ちに公序良俗に反するとまでいうことはできない。

2  適合性原則違反の主張について

(一) 先にみたようなワラントの特質、危険性に鑑みれば、被告は、顧客の意向、資力、投資経験、判断能力に照らして、ワラント取引の仕組みや危険性を十分理解できないような不適格者に対しては取引に参入させないよう配慮すべき義務があるというべきである。平成四年改正後の証券取引法五四条一項一号は、顧客の知識・経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘は行ってはならないとし、また、投資者本位通達は、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべきとし、協会もこれを承けて公正慣習規則九号においてこれを具体化する規定を設けている。

(二) 前記認定のとおり、原告は、昭和一一年生まれで本件各ワラント取引時には五〇歳代の男性であって、高校卒業以来a社に勤務する会社員であり、その当時の年収は五〇〇万円程度であった。また、原告は、昭和五四年ころには、被告神戸支店において継続的に、主として株式の現物取引を行い、ヂーゼル機器ワラント購入前の約一年間には多数回の株式等の現物取引を行い、一回あたりの取引高も約七五〇万円に達するものがあり、保有期間も一か月程度と短いものが多く、会社四季報等により情報を得て取引銘柄を指定して注文したこともあったというのである。

そうすると、原告は、長期的な資産形成よりも、むしろ短期的な投資利益の取得を目的として積極的に証券取引に臨んでいたことが窺われるのであり、本件各ワラント取引のころまでには、株式の現物取引については既に相当の経験を有し、自主的な判断に基づいて取引をしていたものということができる。そうだとすれば、原告は、ワラント取引についても、その特性や危険性を理解する経験、能力を有していたといえ、また、ワラント取引のようなハイリスク・ハイリターンな取引を勧誘したとしても、その投資意向に反していたともいえない。したがって、B及びCが原告にワラント取引を勧誘したことが適合性原則に違反するとはいえない。

3  説明義務違反について

(一) 一般に、証券取引においては、投資家自身が、諸般の事情を考慮し、自らの責任において、当該取引の危険性の有無、程度、自己の有する資産等をも勘案して当該取引への参加を判断すべきであり、このことは、ワラント取引においても妥当する。しかし、証券会社は、証券取引に関する知識・経験や情報収集・分析能力において一般投資家に対し圧倒的優位にあるのであり、それゆえ一般の投資家も証券会社を信頼し、その提供する情報、推奨等に基づいて証券市場に参入し、証券取引を行っているのが現状である。そのため、右証券会社の提供する情報、助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要があるところ、平成四年改正後の証券取引法四九条の二は、「証券会社…及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。」と規定し、また、同法五〇条一項一号(平成四年改正前の証券取引法も同じ)は、有価証券の取引等に関連し、有価証券の価格等が騰貴し又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止し、さらに、同項六号(平成四年改正前の証券取引法においては同項五号)の規定をうけた「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一号は、有価証券の取引等に関し「虚偽の表示をし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為」を禁止している。また、協会は、同様の趣旨から、証券取引に関する自主規制として、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」等を定めてその遵守を会員に義務付けているのである。

以上のことからすれば、証券会社及びその従業員は、投資家に対し証券取引を勧誘するにあたっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に応じて、当該証券取引による利益や危険性に関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務を負うものというべきである。そして、証券会社及びその従業員が右義務に違反して取引勧誘を行ったために投資家が損害を被ったときは不法行為責任を免れないものというべきである。

(二) そこで、以下、これを本件について検討する。

(1) 先にみたように、原告は、従前一応の証券取引経験と知識を有していたものであるが、信用取引や先物取引のような投機性の強い取引の経験はなかったのである。また、平成元年当時は未だワラントの市場整備が十分でなく、その具体的内容が一般に周知されているとまではいえない状況であったことを考慮すれば、B及びCは、本件各ワラント取引を原告に勧誘するにあたり、まず、ワラント取引の一般的特色を、株式の現物取引との対比において、的確に説明しなければならなかったというべきである。

すなわち、ワラントは、一定期間内に一定価格で一定数の新株を購入できる権利を有する証券であること、その価格が権利行使価格を上回る見通しがある場合にのみ投資の意味があること、権利行使期間を徒過するとワラントの権利行使ができなくなり無価値になる上、権利行使期間経過前であっても、株価が権利行使価格を下回っているような場合には、権利行使残期間が少なくなったワラントは売却が困難となること、さらに、ワラント価格は基本的には株価に連動して変動するものの、その変動幅は株価の変動幅と比べて格段に大きい場合がある(ギアリング効果)一方、ギアリング効果が明確に働くのは理論価格についてであって、プレミアムについては必ずしも働かないこと(その意味でハイリターンとはいえないことがあること)について、原告の理解を得るに十分な説明をすべきであった。

また、その上で、BないしCが推奨する具体的ワラントについての権利行使期間、権利行使価格及び当該ワラントの理論価格とプレミアムの関係等、その具体的特質について明確な説明をすることが求められていたというべきである。

(2) Bの説明について

① 前記認定したところによれば、Bは、昭和六三年八月に三菱石油ワラントの勧誘をし、その際にワラントの特質、危険性につき一応の説明をしており、それにより、原告は、ワラントについて権利行使期限を経過すると無価値になることは理解したものと認められるが、電話による口頭での説明であり、その仕組みや危険性について十分な説明をしたものとは認め難い。

② Bは、その後、ヂーゼル機器ワラント取引の勧誘に際して、前記認定のように、原告に対し改めてワラント取引の特色について一般的な説明をしているが、これも電話により口頭で一五分程度したにすぎないのであるから、先にみたような現物株式とワラントとの差異やワラントの複雑な仕組みや危険性を的確に説明したものとは認め難い。しかも、Bは、その勧めどおり三菱石油ワラントを買っていれば儲けることができた旨述べてヂーゼル機器ワラント購入を勧めており、また、権利行使期間についての原告の懸念に対して、権利行使期限まで約四年あり、その間に同社の株価は十分上がると思うと述べているのである。このことからすれば、右説明はワラントの利益面を強調するものであり、権利行使期限経過前でもワラントが無価値になる危険性や価格変動予測の困難さに原告の目を向けさせ、これらを原告が的確に理解できる程度の説明がされたとは言い難い。

原告は、被告神戸支店から送付されたワラントについて説明したパンフレットを受領し、また、確認書用紙に署名押印して返送しているが、右パンフレットは、Bが右ワラント取引約定後に郵送したのみであるから、原告が右パンフレットを受領したことをもって、Bが説明義務を尽くしたものということはできない。

③ Bは、伊藤忠ワラント購入の勧誘にあたり、電話でその有利さのみを強調し、その購入時点で同ワラントが理論価格を下回っており、プレミアムのみであること、その場合ギアリング効果は働かないことについて何ら説明していないのであって、推奨するワラントの具体的な特質について明確な説明をしたものということはできない。

(3) Cの説明について

前記認定のように、Cは、Bの後任として原告の担当となったが、原告のワラント取引については特に引継を受けておらず、原告がパリティなどの専門用語を使って話していたことから、原告が十分ワラントを理解しているものと考え、キャノンワラントやダイキンワラントの勧誘に際して、改めてワラントの仕組みや危険性の説明をしていない。

前記のとおり、原告は、当初、キャノンワラント購入については消極的であったが、Cの勧誘により、売却益もないのに、三菱レイヨンワラントや伊藤忠ワラントを処分してキャノンワラントを購入し、また、キャノンワラントも利益を出すことができず、その損失を回復するために、Cの勧めにより、転換社債を売却してダイキンワラントを購入しているのである。このような事情からすると、Cも、原告に対しキャノンワラントを勧誘するにあたって、ワラントの危険性を指摘するよりも、その有利性を強調したことを窺うことができる。

なお、原告がダイキンワラント購入の約定後に送付された確認書に署名押印していることや、送付された各ワラントの受渡計算書や預り証に具体的な権利行使期限の記載があることのみから、原告がワラントの危険性を十分理解していたということはできない。

(4) 以上のとおり、B及びCの説明は、いずれも電話による口頭でのもので、説明書等を示しながら対面して説明したものではなく、ワラントのような複雑な商品の説明方法としては適切を欠く上、内容的にもワラントの有利さの強調に傾いたものであって、推薦するワラントの具体的な特質についても説明しておらず、原告の自主的な投資判断に資するに十分な程度に、ワラントの複雑な仕組みや危険性について説明したものということはできない。

(三) 以上みたところによれば、B及びCは、原告に本件各ワラント取引の勧誘をするにあたって、証券会社の従業員として尽くすべき説明義務に違反し、その結果、原告はワラント取引の危険性に対する十分な理解を欠いたまま、本件各ワラント取引を行ったといえ、右一連の勧誘行為は全体として不法行為を構成するというべきである。

したがって、原告の主張するその余の違反行為を論ずるまでもなく(なお、前記認定したところによれば、B及びCの勧誘行為が、不法行為に該当する程度の断定的判断を提供したもの、あるいは虚偽の内容を表示したものということはできない。)、B及びCの本件各ワラント取引の勧誘は不法行為を構成するものであり、被告は、民法七一五条に基づき、右不法行為により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

4  なお、原告は、本件各ワラント取引の勧誘について、会社ぐるみの組織的詐欺行為であると主張するが、被告が会社組織としてワラント取引につき違法な勧誘行為をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

四  原告の損害について

1  原告に生じた損害

前記認定、判断したところによれば、原告は、B及びCの一連の違法な勧誘により、別紙取引一覧表記載のとおり本件各ワラントの購入代金を支払い、右同額の損害を被ったといえるが、他面、それらを売却してその代金も得ている。そうすると、結局、B及びCの一連の違法勧誘と因果関係にある損害は、右購入代金合計額から売却代金合計額を控除した残額七三五万三九二五円であるということができるところ、原告は、右範囲内である七三四万四一〇七円を損害額として、その賠償を請求する。

2  過失相殺

原告は、一方、前記のとおり、株式等の取引経験が豊富であり、ワラント取引の危険性についても不十分ながら認識していたのである。そして、原告は、被告から交付されたワラント取引に関するパンフレットや説明書をよく読み、これに基づいてBやCにさらに詳細な説明を求めるなどの努力をして投資判断をすべきであったのに、これを怠り、本件各ワラント取引を行ったことにより前記損害の発生及び増大を防止できなかった点に過失が存在していたことも否定できない。

そして、前記認定した事実経過、その他本件にあわられた諸般の事情を考慮すれば、原告の過失割合を七割として、これを前記損害額から控除するのが相当というべきである。

したがって、右過失相殺後の原告の損害額は二二〇万三二三二円となる(一円未満切捨て)。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対して二二〇万三二三二円及びこれに対する平成四年一一月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 甲斐野正行 裁判官 井川真志)

<以下省略>

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