神戸地方裁判所 平成4年(ワ)2043号 判決 1994年2月17日
原告
川﨑智子
ほか三名
被告
野村年
ほか一名
主文
一 被告らは、原告川﨑智子に対し、各自、金一八万一八四二円及び内金一五万一八四二円に対する平成四年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告川﨑敏弘、原告川﨑有希子及び原告川﨑博文それぞれに対し、各自、金四四万七五四八円及び内金三九万七五四八円に対する平成四年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを一五分し、その一四を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 被告らは、原告川﨑智子(以下「原告智子」という)に対し、各自、金一二一一万一八九六円及び内金一一五三万六八九六円に対する平成四年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告川﨑敏弘、原告川﨑有希子及び原告川﨑博文(以下、右原告ら三名を「その余の原告ら」ともいう)それぞれに対し、各自、金四〇三万七三〇〇円及び内金三八四万五六三二円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故によつて死亡した亡川﨑牧雄(以下「牧雄」という)の妻である原告智子と子であるその余の原告らが、被告野村年(以下「被告野村」という)に対しては自賠法三条、民法七一五条に基づき、また、被告宮下哲男(以下「被告宮下」という)に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を求めたという事案である。
一 争いのない事実など
1 (本件事故の発生)
被告宮下は、平成四年四月七日午後五時三五分頃、普通乗用自動車(以下「被告車」という)を運転中、兵庫県豊岡市八社宮六二一番地先交差点(以下「本件交差点」という)において、西方から東方に直進するに当たり、北方から南方に直進してきた牧雄運転にかかる普通(軽四輪)貨物自動車(以下「原告車」という)に被告車を衝突させた(右事実は、本件事故現場の地番の点を除き、当事者間に争いがなく、右地番については、乙四号証によつてこれを認める。)。
2 (牧雄の受傷と死亡)
牧雄は、本件事故の結果、急性硬膜下血腫等の傷害を負い、同月一〇日、死亡した(争いがない)。
3 (被告らの責任)
(一) 被告宮下は、本件交差点内に進入するに当たり、その左方から進入してきた原告車の動静注視を怠つた過失により、本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条に基づき、原告らが同事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある(争いがない)。
(二) 被告野村は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告らが同事故によつて被つた損害(人損関係)を賠償すべき責任を負う。また、被告野村は、その当時、被告宮下を雇用し、同被告はその業務中に同事故を惹起したのであるから、民法七一五条に基づき、使用者としての責任を負う(争いがない)。
4 (原告らの地位)
牧雄の死亡により、原告智子は、牧雄の妻として、また、その余の原告らは、牧雄の子として、それぞれ相続により牧雄の地位を承継したところ、その相続分は、原告智子が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合である(争いがない)。
5 (損害の填補)
原告らは、自賠責保険から金二九八六万九一〇〇円の支払を受け、これを前記相続割合に応じて各自の損害の填補に充てた(争いがない)。
二 主たる争点
1 原告らの損害額の算定
被告らは、原告ら主張の損害の費目及び金額のすべてを争つているが、特に、牧雄の生前の農業所得額と厚生年金法に基づく老齢厚生年金の受給権喪失による逸失利益性を争つている。
2 過失相殺
(被告らの主張)
(一) 本件交差点は、信号機による交通整理の行われていない、農道の交差する交差点である。同交差点の北西角及び北東角には、大きなビニールハウスが設置されており、そのため、原告車及び被告車のいずれからも相手方車に対する見通しが悪い。
(二) 同交差点付近では、交通量は少なく、最高速度の規制はされていない。
(三) 被告宮下は、時速約四キロメートルの速度で本件交差点を東進しようとして本件事故を惹起したのであるが、同事故の発生については、牧雄が南進して同交差点内に進入するに当たり、減速、徐行するか又は一時停止して右(西)方の安全確認をするといつた措置を何ら講ずることなく、時速約七〇キロメートルの速度で進行したことが大きく寄与しているといわざるを得ない。
また、牧雄は、同事故当時、シートベルトを着用しないで運転していたため、衝突後に車外へ約七・五メートルも放り出されており、路上への落下、転倒による右頭顔部打撲が同人の直接死因となつた急性硬膜下血腫を生じさせたのである。
(四) 以下の本件交差点の状況、原告車の速度、シートベルト不着用等の諸事情を総合すると、本件事故の発生につき、牧雄には五、六割の過失があつたから、原告らの損害額の算定に当たつては右の割合による過失相殺をすべきである。
(原告らの認否と反論)
(一) 被告らの過失相殺についての主張のうち、一の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認し、過失割合についての主張は争う。
(二) 本件事故は、被告宮下が見通しの悪い本件交差点において左方優先車である原告車を発見しながら、先に同交差点内を通過できると軽信して同交差点内に進入したために発生したものであり、同被告の過失は極めて重大である。
また、本件交差点近くの電柱には、「農道につき一般車輌の通行ご遠慮ください。中筋北部土地改良区」との立看板が掲げられており、被告車のような一般車両の通行は差し控えられるべき立場にあつたのである。
一方、原告車の速度は、時速四五キロメートル程度の速度にすぎず、被告らのこの点に関する主張は事実に反しており、むしろ、被告車の衝突後の滑走距離と摩擦係数等から計算すると、同車の速度は時速約六八・六キロメートルを超えていた可能性がある。
第三当裁判所の判断
一 被告野村が自賠法三条、民法七一五条に基づき、また、被告宮下が民法七〇九条に基づき、それぞれ、原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任を負うべきことは、前記のとおり当事者間に争いがない。
二 損害額の算定
1 治療関係費(請求額金五万一五〇〇円) 金五万一五〇〇円
証拠(甲五、六号証、一七号証の一・二、一八号証、乙二号証)及び弁論の全趣旨によると、牧雄は本件事故当日の平成四年四月七日から同月一〇日(死亡日)までの間公立豊岡病院に入院して治療を受けたこと、原告らは、その間の右治療費として金四万七七〇〇円、文書料として金三八〇〇円の合計金五万一五〇〇円を要したことが認められる。
2 入院雑費(請求額金五二〇〇円) 金五二〇〇円
牧雄の本件事故による受傷の内容と程度等に照らすと、前記入院期間中(四日間)の入院雑費としては、一日当たり金一三〇〇円の割合によつてこれを認めるのが相当である。
3 休業損害(請求額金二万六八一一円) 金二万四六一四円
(一) 牧雄の生前の所得額
(1) (給与所得)
証拠(甲二〇、二一号証、乙七号証、原告智子本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、牧雄(昭和二年六月二七日生)は、昭和六二年六月に但馬菱農機械株式会社を定年退職したのち、豊岡市農業協同組合農機具センターに勤務し、平成三年には同組合から年額金一八六万二一八七円の給与を得ていたこと、また、同人は、出石町農業委員会の福祉委員に就いていたため、同年には同町から年額金二万〇四〇〇円の給与を得ていたことが認められ、以上の給与所得額は、合計金一八八万二五八七円となる。
(2) (農業所得)
また、証拠(乙一二号証、原告智子本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、牧雄は、右勤務の傍ら、自ら田畑を耕作して農業に従事し、米等の作物を農協に買い取つてもらうなどして収益を上げていたこと、そして、平成三年には金五六万四〇〇〇円の農業収入があつたが、同年には、農機具等の減価償却分を除いても、少なくともカントリー使用料(精米)として金一万九六七七円、水利費及び土地改良費として金四万四六三四円、小作料として金二万四一〇〇円、種苗代として金二万一三〇〇円の合計金一〇万九七一一円の経費を要していたこと、そして、原告智子は、夫牧雄の右農業の仕事につき、ほぼ毎日にわたつて同人の指示に従つて補助作業に従事してきたことが認められる。
右認定の各事実によると、牧雄自身の同年における農業所得額は、次の算式のとおり、前記収入額から同経費額を控除した金四五万四二八九円につき、妻原告智子の寄与分を二割と考えてこれを控除した金三六万三四三一円(円未満四捨五入。以下同じ)と認めるのが相当である。
(五六万四〇〇〇-一〇万九七一一)×〇・八=三六万三四三一(円)
(3) (老齢厚生年金)
さらに、証拠(甲二〇号証、原告智子本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、牧雄は、老齢厚生年金として、平成三年には年額金一六一万三九〇〇円を得ていたところ、同年金は平成四年八月当時では年額金一六八万三九九六円になつたことが認められる。
(二) ところで、原告らは、牧雄の(1)及び(2)の合計年収額を基礎として、前記入院期間の四日間について休業損害を請求するところ、これまでに認定説示した事実関係によれば、牧雄は前記入院治療のため右期間について就労できず、そのため、休業損害が発生したものと認められるから、その間の休業損害額は、次の算式のとおり、金二万四六一四円となる。
(一八八万二五八七+三六万三四三一)÷三六五×四=二万四六一四(円)
4 死亡による逸失利益(請求額合計金二六七〇万〇七一五円)
合計金二二二四万六三七八円
(一) 給与所得及び農業所得の喪失分
(1) 証拠(乙七号証、原告智子本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、牧雄の前記農業協同組合及び農業委員会福祉委員の仕事は、同組合等から特に同人の経験や人格を頼られて委嘱されて行つていたものであること、また、同人は本件事故当時健康であつたことが認められる。
そして、右事実に加え、牧雄は、死亡時に満六四歳であり、同年齢男子の平均余命がいわゆる簡易生命表において一六・九〇年とされていることからすると、牧雄は、本件事故によつて死亡することがなければ、平均余命の二分の一である八年間(年未満切捨て。以下同じ)にわたつて、前記3(一)(1)及び(2)で認定した平成三年当時の給与所得及び農業所得と同額程度の所得を上げ得たものと推認することができる。
(2) また、証拠(乙七号証、原告智子本人の供述)によると、牧雄は、本件事故当時、妻原告智子のほか、長女原告川崎有希子及び次男原告川崎博文と一緒に暮らしていたが、子である原告二名はいずれも既に就職して自ら収入を得ていたことが認められる。
右認定にかかる牧雄の同居家族の事情と同人の年齢等を総合して考えると、同人の死亡による逸失利益算定の際の生活費控除割合は、これを三五パーセントと認めるのが相当である。
なお、原告らは、右生活費控除割合を三割と主張するが、同主張は、右認定事実に照らして採用できない。
(3) 以上の各事実を基礎とした上、中間利息の控除について新ホフマン計算方式を用いて牧雄の死亡による所得喪失に伴う逸失利益の現価額を算定すると、次の算式のとおり、金九六一万八七七四円となる。
(一八八万二五八七+三六万三四三一)×(一-〇・三五)×六・五八八六=九六一万八七七四(円)
(二) 老齢厚生年金受給権の喪失分
(1) 牧雄が死亡当時年額金一六八万三九九六円の老齢厚生年金を受給していたことは前記3(一)(3)で認定したとおりである。
(2) 原告らは、牧雄の死亡により得べかりし老齢厚生年金受給権を喪失したとしてその逸失利益を請求するのに対し、被告らは、右年金は労働の対価でない、あるいは右受給権は一身専属的なものであり、相続の対象にならないなどとして、その逸失利益性を争つている。
(3) そこで、検討するに、厚生年金法に基づいて支給される老齢厚生年金は、当該労働者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし同年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である(国民年金法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。)による国民年金(老齢年金)について、最高裁判所第三小法廷平成五年九月二一日判決(判例時報一四七六号一二〇頁)は右と同旨を述べる。なお、普通恩給については、右最高裁判決のほか、最高裁判所第三小法廷昭和五九年一〇月九日判決(裁判集民事一四三号四九頁)が同旨を述べている。
したがつて、原告らの前記主張は理由があり、一方、被告らのこれに反する主張は採用できない。
(4) そこで、前記認定にかかる牧雄の年金額及び生活費控除割合を基礎として、前記平均余命である一六年間について新ホフマン計算方式を用いて右年金受給権喪失による逸失利益の現価額を算定すると、次の算式のとおり、金一二六二万七六〇四円となる
(一六八万三九九六×(一-〇・三五)×一一・五三六三=一二六二万七六〇四円(円)
(三) 以上によつて、牧雄の死亡による逸失利益額を合計すると、金二二二四万六三七八円となる。
5 慰謝料(請求額合計金二四〇五万八六六六円) 金二二〇五円
(一) 牧雄の受傷の内容と程度、入院期間及び後記三で認定説示する本件事故の態様等を総合して考えると、受傷による慰謝料は、金五万円が相当である。
(二) また、前記認定にかかる牧雄の家族に置ける立場、同人の年齢、本件証拠によつて認められる原告らの悲嘆の大きさ等一切の諸事情を十分斟酌して考えると、牧雄の死亡による慰謝料としては、金二二〇〇円をもつて相当と認める。
6 車両損害(請求額金六〇万円) 金五〇万円
証拠(甲二二号証、乙四号証中の車検証、原告智子本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告車(は普通(軽四輪)貨物自動車)は、牧雄が平成二年四月頃に金約七〇万円くらいで購入した新車であつたが、本件事故のために大破し、全損となつたこと、そして、原告車と同種同型の平成二年販売の中古車の時価額は、同事故当時、概ね金五〇万円程度であつたことが認められる。
右事実によると、原告車の同事故当時における時価額は、これを金五〇万円と認めるのが相当である。
7 葬儀費用(請求額金一五〇万円) 金一二〇万円
証拠(甲一九号証の一ないし四、原告智子本人の供述)によると、原告らは、牧雄の葬儀等に関し、総額金一五八万円余の支出を要したことが認められるが、その中の飲食代等の費目及び金額等に照らして考えると、本件事故と相当因果関係があるとして被告らに負担させるべき葬儀費用の額は、金一二〇万円と認めるのが相当である。
8 以上の各損害額を合計すると、金四六〇七万七六九二円となる。
三 過失相殺
1 本件事故の発生状況
まず、本件事故の発生日時、場所、態様等に関する事実と本件交差点が信号機による交通整理の行われていない、農道の交差する交差点であること、同交差点の北西角及び北東角には大きなビニールハウスが設置されており、そのために原告車及び被告車のいずれからも相手方車に対する見通しが悪いことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実と証拠(甲四、六、一五号証、乙四ないし一〇号証、検甲一ないし三号証)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、田畑やビニールハウス等の並ぶ農村地域内に位置し、交通量は少なく、主として農業関係者らの車両が通行している。
そして、同交差点北西角に所在するビニールハウスは高さが約二・四メートルあり、また、そのビニールは不透明なものであつて、前記見通しを不良にしている。
(二) また、同交差点では、南北道路の車道部分の幅員は約四・九メートル、東西道路の同幅員は約四メートルとなつている。これらの道路は、アスフアルト舗装がされているが、東西道路のうち同交差点のやや西側から以西の部分は簡易舗装となつている。
なお、同付近では、最高速度の規制がされていないため、道路交通法二二条一項、同法施行令一一条により、普通自動車の最高速度は、時速六〇キロメートルとされている。
(三) 被告宮下(型枠解体工)は、本件事故当日午後五時すぎ頃、被告車(乗車定員一〇名のワゴン車)に同僚ら八名を乗車させて作業現場を出発し、最寄りのJR久美浜駅に向かおうとしていたところ、急いでいたために豊岡市の市街地内を通行するのを避け、時速約五〇キロメートルの速度で前記東西道路を東進し、同交差点に差しかかつた。
(四) そして、被告宮下は、同交差点中央の衝突地点から西側手前約二六、七メートル付近で時速約四〇キロメートルの速度に減速したのち、約一七・九メートルくらい東進した地点(同衝突地点から西方約八・八メートルの地点)において、前記南北道路を北方から南方に向かつて直進してくる原告車を同衝突地点から北方約一〇メートル付近に発見したが、同車よりも被告車の方が交差点により近いことから先に同交差点内を通過できるものと考え、そのままの速度で同交差点に進入した。
(五) そして、被告宮下は、同衝突地点の手前で原告車との衝突の危険を感じたものの、これを回避するための措置を講ずることができず、被告車左前部が原告車前部に衝突した。
(六) 一方、牧雄は、その頃、前記農協農機具センターから帰宅するため、原告車を運転し(シートベルト不着用)、時速約四五ないし五〇キロメートルの速度で右南北道路を南進し、同交差点に差しかかつたところ、右(西)方から同交差点内に進入してきた原告車を認めて、急ブレーキをかけたが、間に合わなかつた。
(七) 本件事故の結果、原告車は、やや回転して停車したが、牧雄は、同車の運転席から車外に放り出され、前記衝突地点から東放約七・五メートルの地点に落下、転倒し、右頭顔部挫滅創等の重症を負つた。
また、被告車は、同事故後、同交差点南東角に所在する田畑の中に突つ込み、同衝突地点から約二五メートル南東方向に進んで、ようやく停車した。
(八) なお、同事故当時、夕方ではあつたが、夕陽のために、同交差点付近ではなお明るかつた。
2 原告車及び被告車の各速度についての補足説明
(一) 原告らは、被告車の速度につき、同車の本件事故後の滑走距離と摩擦係数等から考えて、時速約六八・六キロメートルを超えるくらいであつた旨主張している。
しかしながら、前掲各証拠によると、被告車の速度は約四〇キロメートルであつたと優に認めることができるばかりか、原告らの右主張の前提となる摩擦係数に関しては、被告車は前記認定のとおり本件事故後田畑を走行しているのであつて、アスフアルト道路に関する係数を直ちに用いることはそもそも相当でないし、また、証拠(乙九号証)によると、被告宮下は、同事故後も、被告車の横転を恐れて急制動措置を講じずに、田畑の中をしばらく走行したことが認められるのであり、これらの事情に照らして考えると、原告ら主張の被告車についての速度計算方法は相当なものとはいい難い。
よつて、原告らの前記主張は採用できない。
(二) 一方、被告らは、原告車の速度につき、時速約七〇キロメートルであつた旨主張する。
しかしながら、本件全証拠を検討してみても、原告車がそのような高速度で進行していたことを認めるに足りるだけの的確な証拠はない。
かえつて、被告車の速度を右のとおり約四〇キロメートルとした上、前記認定にかかる被告宮下が最初に原告車を発見した時点での被告車及び原告車の位置関係と同時点から前記衝突までの間の各走行距離(被告車が約八・八メートル、原告車が約一〇メートル)を対比し、しかも原告車が急制動措置を講じていることを斟酌して原告車の速度を計算すると、原告車の右急制動前の速度は、時速約四五ないし五〇キロメートルであつたと認められるのである。
よつて、被告らの前記主張もまた、採用できない。
(三) そして、他に以上の認定判断を左右するに足りるだけの証拠はない。
3 牧雄の過失と過失割合
(一) これまでに認定説示した全事実関係によると、牧雄は、南北道路を南進して本件交差点に進入するに当たり、同交差点が右方の見通しの悪い交差点である以上、徐行すべき注意義務があつたといわなければならないところ(道路交通法四二条、二条一項二〇号所定)、同人は、これを怠つて前記認定の速度で同交差点に進入しようとした過失があつたと認めざるを得ない。
そして、同人の右過失は、本件事故の発生に寄与したものというべきである。
(二) また、牧雄が本件事故当時シートベルトを着用していなかつたことは前記認定のとおりであるところ、これまでに認定説示したところによれば、同人は、右不着用(同法七一条の二第一項違反)のために原告車外に放り出されるほどの衝撃を受け、落下、転倒によつて前記重傷を負うことになつたと推認し得るから、同人の右不着用が損害の拡大に寄与したことは否定し難いところである。
(三) 以上のような牧雄の過失の内容と程度のほか、被告宮下についてのこれまでの全認定説示、特に、牧雄と同様に同交差点の状況から徐行の上南北道路の安全を確認して同交差点内に進入すべきであつたにもかかわらずこれを怠つたことや同被告が原告車発見後に行つた同車に対する動静注視の懈怠、原告車が左方車に当たること、原告車及び被告車の各走行速度、本件交差点が農村地域の農道の交差する交差点であること等の諸事情を総合して考えると、牧雄については、同事故発生と損害の拡大につき、少なくとも三割の過失があつたと認めるのが相当である。
なお、原告らは、本件交差点近くの電柱に一般車両の通行を控えて欲しい旨の地元土地改良区設置の立看板の存在を指摘して、被告車のような一般車両は同交差点通行を差し控えるべきであつたことを主張する。
確かに、証拠(乙四号証中の添付写真、検甲一号証)によると、原告ら主張のような立看板が本件事故当時から同主張の位置に設置されていたことが認められるものの、右立看板の設置者に照らせば、同立看板の存在が、被告宮下の走行について法的に何らかの注意義務を加重させるだけのものとは到底認め難いから、原告らの右主張は採用できない。
(四) 以上によると、前記二で認定した各損害額について、過失相殺として、その三割を減額すべきである。
したがつて、被告らの過失相殺の抗弁は、右の限度で理由がある。
4 原告らの過失相殺後の損害額
以上に従つて、前記二の各損害額からその三割を控除するとともに、牧雄に生じた損害については前記相続割合に応じて承継したものとして計算するとともに、弁論の全趣旨によると、前記葬儀費用についても原告らが右割合によつて負担したものと認め得ないではないから、右と同様に計算すると、原告智子の損害額は、金一六一二万七一九二円となり、その余の原告らの損害額は、各金五三七万五七三一円となる。
四 損益相殺
1 自賠責保険金
原告らが自賠責保険金二九八六万九一〇〇円を受領し、これを前記相続割合に応じて各自の損害の填補に充てたことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、これによると、右填補額は、原告優子につき金一四九三万四五五〇円、その余の原告らにつき各金四九七万八一八三円となるから、これらを原告らの各損害額から控除すべきである。
2 遺族厚生年金
(一) 次に、被告らは、原告智子がこれまでに受領した遺族厚生年金一〇四万〇八〇〇円をその損害額から控除すべき旨主張するので、この点について検討する。
(二) 証拠(乙一三号証、原告智子本人の供述)によると、原告智子は、これまでに遺族厚生年金として合計金一〇四万〇八〇〇円を受給したことが認められる。
そして、遺族厚生年金の趣旨、目的からすると、牧雄の死亡に基づく老齢厚生年金の受給権喪失による逸失利益との関係上、損益相殺として、原告優子の損害額から右遺族厚生年金を控除するのが相当である(最高裁判所大法廷平成五年三月二四日判決(民集四七巻四号三〇三九頁参照))。
(三) しかるに、被告らは、本訴において、右遺族厚生年金の既給付額の損益相殺だけを主張、立証するにとどまるから、同主張に従い、損益相殺として、同原告の損害額から前記金一〇四万〇八〇〇円を控除すべきことになる。
3 原告らの損益相殺後の損害額
前記三4の原告らの各損害額について、右1及び2の損益相殺をそれぞれ行うと、原告智子の損害額は、金一五万一八四二円となり、また、その余の原告らの損害額は、各金三九万七五四八円となる。
五 弁護士費用(請求額合計金一一五万円) 合計金一八万円
本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額等を総合すると、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに対し賠償を求め得る各弁護士費用の額は、原告智子につき金三万円、その余の原告らにつき各金五万円と認めるのが相当である。
六 結論
以上によると、原告智子の本訴請求は、被告ら各自に対し、金一八万一八四二円及び内金一五万一八四二円に対する本件事故の日である平成四年四月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、その余の原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し、それぞれ金四四万七五四八円及び内金三九万七五四八円に対する右同日から支払ずみまで右同様の遅延損害金の各支払を求める限度で、それぞれ理由があるからその範囲内で認容することとし、原告らの各請求のその余の部分はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安浪亮介)