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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)2180号 判決 1998年6月08日

原告

ヘルマンハイツ自治会

右代表者会長

松本正夫

右訴訟代理人弁護士

宮永堯史

宮野皓次

岡野英雄

布施裕

池上徹

右訴訟復代理人弁護士

宮本和佳

被告

神戸仏舎利塔建立奉讃会

右代表者会長

松下忠光

右訴訟代理人弁護士

高谷一生

吉岡一彦

今泉純一

福原哲晃

篠田健一

武川襄

被告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

朝山善成

岸本亮二郎

森本宏

被告

髙杉開発株式会社

右代表者代表取締役

春日健司

右訴訟代理人弁護士

家近正直

福田正

草尾光一

宮本圭子

桑原豊

右訴訟復代理人弁護士

村中徹

被告

グリーンアーバン株式会社

右代表者代表取締役

宮川尚文

右訴訟代理人弁護士

宮原民人

主文

一  原告と被告神戸仏舎利塔建立奉讃会及び同髙杉開発株式会社との間に、別紙(二)義務目録記載4、7及び8の各義務が現に存在しないことを確認する。

二  原告の被告甲野花子及び同グリーンアーバン株式会社に対する確認の訴え並びに被告神戸仏舎利塔建立奉讃会及び同髙杉開発株式会社に対するその余の確認の訴えをいずれも却下する。

原告の被告甲野花子に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告神戸仏舎利塔建立奉讃会及び同髙杉開発株式会社との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を右被告らの負担とし、原告と被告甲野花子及び被告グリーンアーバン株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告らとの間に、別紙(一)同意目録記載の同意が現に存在しないことを確認する。

2  原告と被告らとの間に、別紙(二)義務目録記載の各義務が現に存在しないことを確認する。

3  被告甲野花子は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成五年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(本案前の答弁)

原告の確認の訴えをいずれも却下する。

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告は、神戸市東灘区西岡本七丁目に所在する分譲住宅地である通称ヘルマンハイツ(以下「ヘルマン地区」という。)の約一六〇戸の居住者からなる自治会で、権利能力を有しない社団である。

(二) 被告甲野花子(以下「被告甲野」という。)は、昭和六二年四月ころから平成三年八月ころまで、原告の代表者である会長の地位にあった者である。

(三) 被告神戸仏舎利塔建立奉讃会(以下「被告奉讃会」という。)は、神戸市東灘区に所在する通称十文字山(以下「十文字山」という。)に仏舎利塔を建立することを目的として設立された団体であり、権利能力を有しない社団である。被告奉讃会は、平成二年ころ、ヘルマン地区に北接ないし東接する別紙(四)《略》中の所在地番目録記載の各土地(以下、これらの土地を併せて「十文字山地区」という。別紙(三)《略》図面の青色斜線部分)を所有し、同所に分譲住宅等を建設して宅地開発すること(以下「本件開発」とい、そのための開発ないし建設等の工事を「本件開発工事」という。)を計画していた。

(四) 被告髙杉開発株式会社(以下「被告髙杉」という。)は、同奉讃会と共同して、本件開発を計画していた者であり、同グリーンアーバン株式会社(以下「被告グリーンアーバン」という。)は、同奉讃会及び同髙杉による本件開発工事の設計監理を担当する予定の者である。

2  被告らに対する確認請求

(一) 被告甲野による協定及び同意書の作成

(1) 被告奉讃会及び同髙杉は、両者が計画していた本件開発を実行するに際しては、隣接地の所有者及び居住者である原告の構成員が右開発に対して同意することが必要であると考え、原告の会長であった被告甲野に対し右同意のとりまとめを依頼した。

(2) 被告甲野は、平成二年四月六日、原告会長名義で、被告奉讃会、同髙杉及び同グリーンアーバンとの間で、原告が別紙(二)義務目録(以下「本件義務目録」という。)記載の各義務を負うことを内容とする協定(以下「本件協定」という。)を合意して協定書を作成し(以下、これらを併せて「本件協定書」という。)、本件協定に基づいて原告が被告奉讃会に対し別紙(一)同意目録記載の事項に同意する旨意思表示し(以下「本件同意」といい、本件協定と併せて「本件協定及び同意」という。)、その旨記載した書面を作成した(以下、本件協定書と併せて、この書面を「本件同意書」ともいう。)。

(3) しかし、本件協定及び同意は、原告の総会を招集してその承認を得るべき事項であったにもかかわらず、被告甲野が独断でしたものであって、原告の意思表示としては何ら効力を生じないものである。仮に、本件協定及び同意が役員会の決議事項であるとしても、右決議はされていない。

(二) 被告らは本件協定及び同意は有効であり、原告と被告ら(被告甲野を除く。)間には、本件同意及び本件義務目録記載の各義務が存在していると主張している。

(三) 原告は、本件同意及び本件義務目録記載の各義務が存在しないことを確認する法的利益を有する。

(1) 原告は、本件協定及び同意が存在することにより、被告らによる本件開発の危険にさらされている。すなわち、本件協定及び同意は、原告、被告奉讃会、同グリーンアーバン及び同髙杉間において、本件開発に際しての具体的な権利義務を相互に定めたものとして法的拘束力を有する。したがって、原告は、本件協定及び同意が存在することにより、被告奉讃会、同グリーンアーバン及び同髙杉に対し、本件義務目録記載の各義務を履行する拘束を受けることになる。

そして、原告が所有する神戸市東灘区西岡本七丁目一二〇三番六五の土地(以下「一二〇三番六五」という。)は、その一部がヘルマン地区南側の道路(以下「本件道路」という。)として使用されているところ、本件協定において、被告奉讃会が、本件道路を開発区域への進入路として使用し、開発区域内の主要道路と接続する予定であるから、本件道路は拡幅されることになる。また、同じく原告が所有する同番七五の土地(以下「一二〇三番七五」という。)は、ヘルマン地区東南部に位置するところ、本件協定において、開発区域内の主要道路と本件道路との接続が予定される場所に所在するため、現状が変更されることになる(一般協定一五条)。そうすると、本件協定及び同意が存在することによって、原告の右各土地の所有権は制限を受けることになる。

(2) 本件開発による開発区域は、急傾斜地を多く含み、また、地質上、がけ崩れが生じやすい地域であるところ、このような土地を開発区域内に含む開発許可処分に対しては、開発区域の近接地に居住する住民は、がけ崩れ等により生命、身体等に直接的な被害を受けるおそれがあるから、右開発許可処分の取消を求める法律上の利益を有するものと解すべきである。そして、開発区域周辺住民による同意は、行政の運用上、行政庁による開発許可処分の前提とされることがあるから、原告は、開発許可処分を争う前提として、本件協定及び同意が存在しないことを確認する必要がある。

(3) 本件協定及び同意の対象である本件開発の事業主体は被告奉讃会及び同髙杉開発であるが、同甲野及び同グリーンアーバンは本件協定及び同意を有効であると争い、また、本件協定及び同意により利益を受けていることからすると、事業主に協力加担して原告の法的地位を脅かすおそれがあるから、原告の法的地位を保護するためには、被告甲野及び同グリーンアーバンに対しても本件義務目録記載の各義務及び同意が存在しないことを確認する必要がある。

3  被告甲野に対する損害賠償請求

(一) 被告甲野の不法行為による原告の損害

(1) 本件訴え提起による原告の損害

被告甲野が原告会長として忠実に任務を行うべき義務に反し、独断で原告を代表して本件協定及び同意をしたことは不法行為にあたる。原告は、本件協定及び同意が存在しないことを確認するために、弁護士である原告代理人に委任して本件訴訟を提起、追行することを余儀なくされた。原告が原告代理人弁護士に対し、その報酬として支払った三〇〇万円は、被告甲野の右不法行為と相当因果関係にある損害である。

(2) 本件同意書作成費用支払による原告の損害

被告甲野は、同グリーンアーバンに対し、原告を代表して、本件同意書作成料として三〇〇万円を支払った。しかし、右支払は原告総会における同意を経ていない。また、本件同意書は、原告会員で弁護士の朝山善成(以下「朝山弁護士」という。)が作成したものであり、被告グリーンアーバンが作成したものではないから、いずれにしても、原告が同被告に右金員を支払う理由はない。したがって、被告甲野が、その任務に反し、原告を代表して右金員を被告グリーンアーバンに支払ったことは、不法行為にあたる。原告は、右不法行為により右三〇〇万円の損害を被った。

(二) 被告甲野の害意を裏付ける事情

被告甲野が、独断により本件協定及び同意並びに本件同意書作成費用の支払をするに際し、原告に損害を与え、あるいは自己もしくは第三者の利益を図る意図があったことは、以下の事情からも明らかである。

(1) 被告甲野は、一方で被告奉讃会の理事をしつつ、原告の会長に就任した。また、被告甲野は、同奉讃会の会長であった松下忠儀(以下「松下会長」という。)に対し五五〇〇万円以上を貸し付けていたところ、松下会長は被告髙杉から多額の金員を借用しており、被告甲野が松下会長から貸付金を回収するためには、被告奉讃会が十文字山地区内に所有する土地を住宅地として同髙杉に売却することが好都合であったが、住宅地として売却するためには、原告が本件協定及び同意をすることが必要であった。

(2) 被告甲野は、原告役員が再三求めたにもかかわらず、原告所有地の処分に関する資料や、本件同意書に関する資料を役員やその他の原告会員に閲覧させ、またはこれらの書類を引き渡すことを拒み続けてきた。これらの資料は、被告甲野が自ら関与した事項に関する資料である上、同人の個人的な資料ではなく原告の資料であるから、原告会長として当然保管しているはずであるし、不正が行われているのでなければ、当然に閲覧させ、引渡ができるものである。

(3) 被告甲野は、再三、原告会長としての任務に違背して、以下のとおり、原告所有地を自らの利得の具として処分してきた。

① 被告甲野は、平成元年一一月ころ、当時、原告が西尾靜夫及び堅田禮子(以下「堅田」という。)名義(共有持分各二分の一)で所有していた一二〇三番六五につき、原告に無断で、売買を原因としてケイコク産業株式会社(以下「ケイコク産業」という。)に対する共有者全員持分全部移転請求権仮登記をするとともに、同社のために債権額二億円の抵当権を設定した。

② 被告甲野は、平成二年一一月ころ、原告に無断で、原告が堅田名義で所有する神戸市東灘区本山町野寄字東坂口七六八番の二及び同町野寄字西坂口七六一番の一九の各土地(以下、これらの土地を併せて「野寄の土地」という。)の持分各二分の一を、国土利用計画法による届出義務に違反して、ケイコク産業に売却した。

③ 被告甲野は、平成三年四月ころ、原告に無断で、原告が堅田名義で所有する一二〇三番七五の土地に対する持分二分の一を株式会社日動開發に対して譲渡担保に供した。

4  よって、原告は、被告らとの間で、本件義務目録記載の各義務及び本件同意が現に存在しないことの確認を求めるとともに、被告甲野に対し、不法行為による損害賠償の内金として三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの本案前の主張

本件義務目録記載の各義務及び本件同意が存在しないことを確認する訴えには、確認の利益及び必要性がないから、右訴えは却下されるべきである。

1  確認によって保護されるべき原告の法的利益が存在しない。

(一) 原告の請求は、本件義務目録記載の各義務及び本件同意が現に存在しないことの確認を求めるというものであるが、実質的には、原告が本件協定及び同意をしたか否かという過去の事実の存否についての確認を求めるものである。そして、本件協定及び同意によっては、原告と被告ら間に何らの法的効果を生じず、精神的訓示的な効果を期待されているにとどまるのであって、本件協定及び同意は、原告に対し、具体的な法的義務を負わせるものではない。

また、本件開発主体は、被告奉讃会であり、被告甲野は、本件開発に全く関与しておらず、同グリーンアーバンも本件開発計画の設計と監理にあたるにすぎないから、本件開発工事に関して、右被告らと原告との間には何らの法的関係が生じない。したがって、右被告らに対する関係では確認の利益がないことは明らかである(被告甲野及び同グリーンアーバンの主張)。

(二) 一二〇三番六五及び同番七五の各土地について現状変更される可能性はない。すなわち、右各土地は、開発申請対象に含まれていないから、都市計画法三三条一項一四号でいう「当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地」(以下「開発区域」という。)であるとはいえない。また、本件道路の幅員は現状でも約八メートルあり、開発区域への進入路としては拡幅をしなくとも利用可能である。また、被告らは、住吉川に新たに架橋して開発区域へ進入する別の道路の設置を予定しているから、右各土地が開発区域への進入路として現状変更を受けることはない。

(三) 本件協定及び同意が存在しないことを確認しても、本件開発の許可処分には影響を与えない。

(1) 原告はヘルマン地区住民の自治会であるところ、開発区域周辺の住民自治会が開発に同意することは、行政庁の開発計画の許可処分をする際の法的要件ではない。

(2) 仮に、行政庁が開発計画の許可処分をするにあたって、開発区域周辺の住民自治会の同意を求める運用がされるとしても、都市計画法三三条一項一四号の要件は、原告の同意なしに満たされている。すなわち、同法三三条一項一四号にいう「当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意」とは、おおむね、①同号に規定する権利(土地については所有権、永小作権、地上権、質権、抵当権、先取特権等)を有するすべての者の三分の二以上の同意を得ており、かつ、②これらの者のうちの所有権を有するすべての者及び借地権を有するすべての者のそれぞれ三分の二以上の同意を得ている場合であって、さらに、③同意した者が有する土地の地積と同意した者が有する借地権の目的となっている土地の地積の合計が土地の総地積と借地権の目的となっている土地の総地積との合計の三分の二以上である場合を指すとされている(「都市計画法による開発許可制度事務の執行上留意すべき事項について(通達)」昭和四五年四月八日建設省計宅開発第九一号・四)。しかるに、本件開発区域の地積は合計一五万一六七六平方メートルであって、そのほとんどを被告髙杉が所有し、かつその土地の根抵当権者の同意を得ており、他方、一二〇三番六五及び同番七五の各土地の地積は合計七四四四平方メートルしかないから、都市計画法三三条一項一四号の右要件は、原告の同意なしに満たしているのである。

2  確認の即時確定の必要性がない。

原告の所有権等の法的地位に対する危険が現実化するのは、開発許可処分がされることによるのであるが、本件開発に関しては、被告奉讃会及び同髙杉が開発申出をしたにすぎず、未だ開発許可処分はされていない。また、被告らは、原告に対して本件義務目録記載の各義務の履行を具体的に求めておらず、将来にわたっても本件義務目録記載の各義務の履行を求めるか否かは不明である。したがって、現時点で本件協定及び同意の存否を即時に確定する必要性はない。

三  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2のうち、被告甲野が、原告を代表して本件協定及び同意をし、本件同意書を作成したことは認めるが、原告の総会決議を経ずに独断でしたとの点は否認し、本件協定及び同意に効力がないとの主張は争う。

3 請求原因3について(被告甲野)

原告に損害が生じたことは否認し、被告甲野の行為が不法行為であり、同人が損害賠償責任を負うとの主張は争う。

同(一)(1)のうち、原告が原告代理人弁護士に三〇〇万円を支払ったとの事実は不知。

同(一)(2)のうち、被告甲野が、本件同意書作成費用等として、原告を代表して被告グリーンアーバンに対し三〇〇万円を支払ったことは認めるが、原告に右金員を支払うべき理由がないとの主張は争う。本件同意書が被告グリーンアーバンの作成でないことは否認する。

同(二)(3)①ないし③の事実は否認する。被告甲野の行為が、原告会長としての任務に反したものであったとの主張は争う。

(主張)

1 本件協定及び同意について、原告の意思決定はされている。

(一) 本件協定及び同意について総会決議は必要ではない。

(1) 本件協定及び同意がされた当時の原告会則三一条では、役員会が業務執行にあたり、会長が役員会の委任を受けて業務執行に関する決定をすることができるとされている。本件開発に対する同意も原告の業務執行であるから、総会決議は必要ではない。

(2) 原告は、本件開発同意以前にも、ヘルマン地区周辺のマンション等の建築に同意し、迷惑料等として金銭を受領したことがあるが、その際にも、総会決議が必要とされたことはなく、担当役員に対し、明示又は黙示に交渉権限が与えられていたといえる。したがって、本件協定及び同意に際しても、原告から被告甲野に権限が与えられていたものであり、被告甲野は、原告から与えられた権限の範囲内で、原告の利益をはかるため、本件協定及び同意をしたものである。

(3) 被告甲野は、本件同意書を作成した後、原告役員らに本件同意書に署名したこと、本件同意によって被告奉讃会から一億円を受領したことを報告したが、役員らからは何らの異議も出されなかった。また、役員らは被告グリーンアーバンへの三〇〇万円の支払についても了解している。

(二) 仮に、本件協定及び同意について総会の承認決議が必要であるとしても、右決議はされている。

(1) 原告は、平成二年三月二五日開催の総会において、本件同意書作成に関する議題を承認しているから、本件協定及び同意をすることを事前に承認したといえる。

被告甲野は、平成三年八月ころ、原告の本件同意に関する議事録等の一切の書類を、その当時の会長に引き継いだが、原告の記録はボランティア役員による記録であって、もともと不完全である上、被告甲野が引き渡した後、被告らにとり不利益となるように破棄、改ざんされているおそれがあるから、議事録等の中に本件協定及び同意が承認されたとの記載がないことをもって、本件協定及び同意が承認されなかったということはできない。

(2) 原告は、昭和六二年三月一五日開催の総会において、十文字山地区及び北山地区の開発計画に対して同意しているところ(以下「六二年同意」という。)、右同意の効力は、本件協定及び同意にも及ぶ。すなわち、原告は、ヘルマン地区の後背地にあたる十文字山地区の宅地開発に対し、原告に有利な条件で同意を与え、後背地の地盤の安定性を確保するとともに原告の利益を確保することを基本方針としていたところ、西尾縫之助会長(以下「西尾会長」という。)時代の昭和六二年三月に、右方針に従い、所定の手続を経て、本件開発に対する同意書が作成され、同年五月の総会で承認されたのである。そして、本件協定及び同意は、六二年同意と同趣旨であり、開発対象区域が十文字山地区のみとされ約半分となったこと、原告が金銭給付を受けることとなったことによる変更が加えられたにすぎず、その内容・字句もほとんど同一であるから、六二年同意の効力は、本件開発に対する本件協定及び同意にも及ぶといえる。

(三) 仮に、原告が事前に本件協定及び同意を承諾したといえないとしても、以下のような事情からすると、原告は、平成三年四月一四日開催の総会のころには、被告甲野が本件協定及び同意をしたことを追認したといえる。

(1) 平成三年四月一四日開催の原告の総会において、被告奉讃会の本件開発に対する同意の件が報告され、また、本件開発同意金一億円の受領及び本件同意書作成料として被告グリーンアーバンに三〇〇万円を支払ったことが承認されている。

(2) 原告は、平成二年ころ、ヘルマン地区から阪急岡本駅ないしJR摂津本山駅付近までの無償バス(以下「ヘルマンバス」という。)を運行するための資金を獲得する必要があった。そして、原告は、被告奉讃会から受領した本件開発同意金一億円を資金としてヘルマンバスを運行している。また、原告は、平成三年度に、右一億円の預入利息を原告の収入として計上しているし、これまで、本件協定及び同意が存在しないとして、右一億円の返還を申し出たことはなかった。

(3) 被告甲野は、本件協定及び同意をした翌年である平成三年度は、健康上の理由などから会長を務める意思がなかったが、他の役員や会員一致の懇請を受け、平成三年度にも原告会長に選任されている。

2 損害賠償請求について(被告甲野の反論)

(一) 本件訴え提起による損害の主張について

被告甲野に対する無効確認は、前記のように、訴えの利益を欠き却下を免れないから、本件訴訟に要する費用等は、被告甲野が本件協定及び同意をしたことによる原告の損害とはいえない。

(二) 本件同意書作成費用支払による損害の主張について

本件同意書は被告グリーンアーバンが作成したものであり、文書作成料のほか、同被告のこれまでの原告に対する功績への報酬も含めて三〇〇万円が支払われることになったものである。右支払は会長の権限内の事務である上、平成三年四月一四日開催の総会に報告し、承認を得ているから、右費用の支払は不法行為とはならない。

(三) 被告甲野の害意を裏付ける事情の主張について

一二〇三番六五、同番七五及び野寄の土地の処分は、本件協定及び同意とは無関係である上、一二〇三番六五、同番七五の処分については、被告甲野は名義を冒用されたにすぎない。また、野寄の土地取引は、原告に無断でしたものでも、国土法に反するものでもないし、代金三〇〇〇万円はすでに原告に入金した。したがって、これらの土地取引は不法行為とはならない。

3 本件訴訟の不当性について(被告甲野の反論)

被告らによる本件開発は、前述のように、ヘルマン地区の後背地の地盤の安定性を確保し、住民の快適な居住環境を確保するために重要であり、本件協定及び同意が原告にもたらす利益は大きい。原告の現在の役員らは、本件協定及び同意の持つ右のような意味や、原告にもたらされる利益を考慮せず、何らの展望を有しないで、いたずらに十文字山の開発に反対しているにすぎない。そして、本件訴訟は、原告の現在の役員らが、本件開発に反対であることを誇示し、本件開発に賛成する被告甲野個人に対して攻撃を加えることのみを目的として提起したものといわざるを得ず、不当な目的による訴え提起である。

四  被告らの本案の主張に対する原告の反論

1  本件協定及び同意は総会の決議事項である。

(一) 原告は、権利能力のない社団であるが、権利能力のない社団においても、その意思決定に際しては、あらかじめ定められた意思形成手続によることが必要であるところ、原告会則によると、右意思形成手続として総会決議が必要であるとされている。したがって、原告の法的地位に重大な影響を与える本件協定及び同意は、当然、総会の決議事項である。

(二) なお、原告は、本件以前に、ヘルマン地区周辺地域での建物建築に同意することで、迷惑料として金銭を受領したことはあるが、それらについて会長等に専決権限が与えられていたことはない。しかも、本件開発はそれらの建物建築よりも格段に大規模であり、原告にとっては、単なる迷惑にとどまらない法的利害関係を有するのであるから、なおさら会長に専決権限があったとはいえない。

2  総会において、本件協定及び同意に対する承認決議はされていない。

(一) 原告は、本件協定及び同意に関して、原告の総会による事前の承認決議をした事実はなく、また追認決議をしたこともない。

(二) 六二年同意は、西尾会長らが独断でしたものであるから効力はない。なお、被告らは、本件開発に同意することが原告の以前からの方針であったと主張するが、そのような事実はない。

(三) 原告は、被告奉讃会から受領した一億円は、保管しているにすぎず、ヘルマンバスの運行は別資金によっているから、右一億円の受領によって、本件同意等を追認しているといわれるような事情はない。

3  仮に、本件協定及び同意をすることが原告の業務執行として役員会に権限が与えられているとしても、原告の役員会において、本件協定及び同意に関して事前承認ないし追認をしたことはない。すなわち、被告甲野は、原告役員らに被告奉讃会から一億円を受領したことを述べたことはあるものの、その際、本件同意書を作成したことは明らかにしなかったのである。書記担当役員が作成した記録にも役員会が承認したことを窺わせるような記載はない。

第三  証拠(省略)

理由

第一  被告らに対する確認請求について

一  被告らは、本案前の抗弁として、原告の本件義務目録記載の各義務及び本件同意が現に存在しないことの確認を求める訴えには、確認の利益がなく不適法であると主張するので検討する。

1  確認の訴えは、即時確定の利益がある場合、すなわち、現に原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するために被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に許されるものというべきである。

2  これを本件についてみるに、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件協定及び同意がされた経緯に関して、次の事実を認めることができる。

(一) ヘルマン地区は、阪本紡績株式会社(以下「阪本紡績」という。)がもと所有していた土地を、同社が宅地開発した上で分譲した別紙(三)《略》図面赤色斜線部分に所在する地区であり、同地区の東南端は、同図面青色斜線部分に所在し、被告奉讃会が所有する十文字山地区の南端と接している。また、同地区の北側(北山地区)は、東興殖産株式会社(以下「東興殖産」という。)が所有し、宅地開発を計画している(以下、十文字山地区と北山地区を併せて「裏山」ともいう。)。

十文字山地区は、山の尾根の東側に位置し、その北、東、西側はいずれも山林で急傾斜地であり、同地区に進入するには、同地区と接するヘルマン地区の東南部から同地区の南側を西に向かう幅員約八メートルの本件道路を通ることが最も簡便である。

(二) 原告は、ヘルマン地区の居住者であることを会員たる資格とし、会員相互の親睦と生活環境の保全向上を目的として結成された自治会であり、会則により代表者である会長やその他の役員、また、総会や役員会などの機関が置かれて運営されている。なお、会長やその他の役員は無報酬である。

(三) 原告は、昭和五五年七月一四日、当時大阪地方裁判所において会社更生手続中であった阪本紡績から、ヘルマン地区の東側半分に所在する道路の敷地及びヘルマン地区に隣接する斜面地であった神戸市東灘区西岡本一二〇三番六五、公衆用道路、九〇一九平方メートルの土地(以下「元一二〇三番六五」という。)の無償譲渡を受けた。右譲渡は、大阪地方裁判所の許可を前提として、原告が、将来、その全部又は一部を神戸市に道路用地として寄付するとの条件が付されていた。

原告は、昭和六三年ころ、ヘルマン地区の近隣に建設が予定されていた西岡本マンション建設に関連して、元一二〇三番六五のうちヘルマン地区の東南にあたる斜面部分を、同番七三ないし七五として分筆し、うち同番七三をケイコク産業に代金七〇〇〇万円で売却し、その際、同社から、右建設工事に関するヘルマン地区内の道路使用迷惑料として三〇〇〇万円を受領した。

右分筆した残地が、現在の一二〇三番六五であり、その一部が本件道路の敷地となっている。一二〇三番七五は、本件道路に接してヘルマン地区南東部の斜面上に位置する三角形の三五平方メートルの土地であり、地目は公衆用道路であるが、現状は道路として利用されていない。

(四) 被告奉讃会は、十文字山に仏舎利塔を建立することを目的として設立されたいわゆる権利能力なき社団であるが、昭和五八年ころ、十文字山地区内の土地所有権について宗教法人大乗寺(以下「大乗寺」という。)との間で紛争を生じ、その解決資金を得る必要があったことなどから、十文字山地区に宅地を造成して分譲することを計画し、昭和六一年ころから、原告に対して、本件開発につき周辺住民としての同意を求めるようになった。

(五) 神戸市開発指導要綱では、2.5ヘクタール以上二〇ヘクタール未満の土地開発においては、開発区域内の主要道路の幅員は一〇メートル以上でなければならず、開発区域外の道路と接続する場合も、右主要道路の幅員以上の幅員を有する区域外道路と接続することが求められている(同要綱、神戸市開発基準第一九、第二〇)。

(六) 被告奉讃会は、別紙(四)《略》の同意書添付の説明書記載の事業計画につき、すでに神戸市に対し開発許可申請をしているが、開発区域外道路と接続するために本件道路を利用し、本件道路からヘルマン地区東南部の一二〇三番七五を経て十文字山地区に至る道路を開設することを計画している。

(七) 被告甲野は、平成二年四月六日、被告奉讃会が、十文字山地区に、同髙杉を共同事業主、同グリーンアーバンを設計監理者として行う本件開発工事に関し、別紙(四)《略》中の「一般協定書」及び「工事協定書」(これらは一対として効力を有するものとされている《一般協定二二条、工事協定一条》。)に原告代表者名義で署名押印し、これらの本件協定書と一体となった形でつづられ、「私達は今般、地区で組織されたヘルマンハイツ自治会と、神戸仏舎利塔建立奉讃会とで取り交わされた協定書に基づき、別紙説明書の内容を受諾し、一般協定書第十条の規定する開発建設工事に同意します。」との記載のある書面(同意書)に原告代表者名義で署名押印した。

(八) 本件協定書には、原告(本項では、ヘルマン地区住民も含めて「原告」という。)と被告ら(ただし、被告甲野を除く。)との関係について、以下の事項が規定されている。また、被告グリーンアーバンの地位について、同被告は、被告奉讃会の決定と指示に基づき事業計画の設計監理にあたり、専門技術的見地から同被告を補佐協力する義務を負う(一般協定五条、八条)が、対外的には同被告の管轄下にあって、被告グリーンアーバンのすべての活動は、同奉讃会の決定と必要によってされ、同被告がその責任を負う(一般協定七条)ことが規定されている。

(1) 原告は、被告奉讃会より提出された事業計画の内容を把握し、本件協定締結時に右事業計画に同意を与えること(一般協定三条)。

(2) 原告は、被告奉讃会が同グリーンアーバンに代理もしくはそれに準ずる活動をさせる場合は、これを了承すること(一般協定六条)。

(3) 原告より被告奉讃会に与えられる同意事項は、説明書記載の工事の開発工事及び建設工事とし、それ以外に新たに発生した不可分の関係にあるかこれに準ずる範囲の工事に対しても、原告は同一の取り扱いをすること(一般協定一〇条、一一条)。

(4) 被告奉讃会は、原告に対し、①原告の集会場用地として本件開発区域内の四〇〇平方メートルの土地を平地に荒造成した後、譲渡すること、②開発区域外に存在する道路の拡幅と、本件同意書添付図面記載の接続道路工事部(一二〇三番七五も含まれる。)の位置にヘルマン地区側への接続工事を行うこと(一般協定一五条)、③本件工事の迷惑料として一億円を支払うこと(一般協定二五条)。

(5) 原告は、被告奉讃会の原告に対する右(4)の寄付行為の内容を、他地域に表明したり運動したりしないこと(一般協定一七条)。

(6) 原告の会員が個別に右事業計画に同意することを示すための書類配布と回収は、原告の代表者もしくはその代理人が行い、原告の責任において右書類を被告奉讃会に提出すること(一般協定二七条)。

(7) 原告は、被告奉讃会の事業計画に関連した道路の掘削、諸設備配管の整合、結合等の工事に了承を与えること(一般協定三〇条)。

(8) 被告奉讃会が、本件工事着工前に、同会の名において、被告髙杉に原告の建物等についての事前調査を実施させるについて、原告は被告髙杉に了承を与えること(工事協定一〇条)。

(9) 右事前調査について、原告から提出された調査範囲に含まれないが、本件工事の施工上不可分の関係にあり、被告らにおいて調査の必要があると判断する箇所がある場合には、原告は、被告奉讃会の調査に同意をすること(工事協定一四条)。

(10) 被告髙杉が本件工事に直接起因してヘルマン地区内で人的、物的損害、損傷事故を発生させた場合に、同被告が負担する補修、補償の範囲は、右事前調査によって確認されていた箇所を原則とすること(工事協定三二条ないし三六条)。

なお、右(1)は本件義務目録記載1の、同(2)は同目録記載2の、同(3)は同目録記載3の、同(4)は同目録記載4の、同(5)は同目録記載5の、同(6)は同目録記載6の、同(7)は同目録記載7の、同(8)及び(9)は同目録記載8の、同(10)は同目録記載9の各義務に対応している。

(九) 昭和六二年二月ないし三月ころ、当時の原告代表者であった西尾会長は、被告奉讃会及び同グリーンアーバンとの間で、本件協定とほぼ同じ内容の「一般協定書」及び「工事協定書」を原告代表者名義で作成し、原告が、右協定に基づいて、被告奉讃会が行う十文字山宅地開発計画に同意し、同被告と隣地所有者である東興殖産が一体となり十文字山地区と北山地区を併せて全体計画として宅地開発計画を行う場合には、その計画に対しても同意する旨記載した「同意書」に原告代表者名義で署名押印した(乙一、六二年同意)。

六二年同意は、北山地区の宅地開発が併せて行われることを予定して同意対象としていること、また、同意の対価的意味を持つと思われる被告奉讃会の原告に対する寄付行為が、テニスコート四面、クラブハウス及び四〇台分の駐車場(敷地面積合計一〇〇〇坪以上)を設置し、所有権を原告に委譲するとされていたこと(ヘルマン地区側への道路の接続、拡幅を被告奉讃会において行うことは本件協定及び同意と同じ。)、迷惑料を支払う約定がないことが本件協定及び同意と異なるものであった。

3 右認定事実に照らして、原告が被告グリーンアーバン及び同甲野との間で、本件義務目録記載の各義務及び本件同意が存在しないことを確認する利益を有するかを検討するに、被告グリーンアーバンは、本件工事の事業主体ではなく、被告奉讃会の管轄下にあって同被告の指示と決定に従って行動する設計監理者にすぎず(一般協定七条、八条)、被告グリーンアーバンが同奉讃会の代理人として行動する場合があるとしても、同被告の授権の範囲内においてのみ行動するにすぎないから、同被告と別個独立に原告との間で権利義務関係を生じるものとは認められない。また、本件協定及び同意が存在することにより、原告と被告甲野との間に具体的な権利義務を生じるものと認めることはできない。

したがって、右被告らとの間で本件義務目録記載の各義務及び本件同意の不存在を確認することが、原告の法的地位に対する危険の除去のために適切かつ必要であるとは認め難いから、被告グリーンアーバン及び同甲野に対し、本件義務目録記載の各義務及び本件同意が存在しないことを確認することを求める訴えは、確認の利益を欠き不適法というべきである。

4  次に、右認定事実に照らして、原告と被告奉讃会及び同髙杉との間に本件義務目録記載の各義務が存在しないことの確認の利益の有無を検討する。

(一) 本件開発による開発面積は、約一六ヘクタールであるから、神戸市開発指導要綱上、開発区域内の主要道路及びそれに接続する区域外道路の幅員は一〇メートル以上であることが求められているところ、本件開発計画においては、開発区域である十文字山地区内に設置される主要道路を開発区域外の道路と接続するため、十文字山地区への進入が最も容易と思われるヘルマン地区東南部において、同地区内の本件道路と接続することが予定されている。その場合、一二〇三番六五の一部を敷地とする本件道路は、幅員が約八メートルであり、また、ヘルマン地区東南部に位置する同番七五は道路として使用されていないから、これらの土地が計画どおり十文字山地区への進入道路とされることになると、本件道路について拡幅工事や接道工事がされ、同番七五も道路として整備されることが予想される。そして、本件協定のうち前記(4)②は、形式上、被告奉讃会の原告に対する寄付行為(義務)として規定されているが、被告奉讃会ないし同髙杉が開発区域外に存在する道路を拡幅ないし接続するために原告所有地の現状変更が必要な場合には、原告がそれを受忍すべき義務(本件義務目録4記載の義務)を負うことを当然に含意しているものと解される。したがって、原告は、本件協定に伴う右義務の存在により、その所有地である一二〇三番六五及び同番七五の一部ないし全部について、その現状変更の受忍を強いられることにより、所有権を侵害される危険が現実に存在するものといえる。

被告らは、被告奉讃会が十文字山地区への進入道路として住吉川に架橋するなど別の道路を予定している旨主張する。しかし、本件同意書添付の図面の記載、十文字山地区とヘルマン地区との位置関係に照らして、本件開発計画においては、十文字山地区への進入道路の一つとして、ヘルマン地区内の本件道路に接道工事が実施される可能性が現実に存在しているものといわざるを得ない。

また、前記(7)ないし(9)の協定事項は、原告が、被告奉讃会ないし同髙杉が行う道路の掘削、諸設備配管の整合、接合等の工事や、原告所有地等に対する事前調査を受忍すること(本件義務目録記載7及び8の義務)を当然に含意するものであるから、これにより、やはり原告の土地所有権が侵害される現実的危険性が存在するものといえる。

したがって、原告が右にみた土地所有権侵害の危険を除去するには、これらの各義務について、その不存在を確認することが適切かつ必要であると考えられる。

(二)  これに対し、前記(2)の協定事項に対応する本件義務目録記載2の義務は、被告奉讃会が同グリーンアーバンを代理人として法律行為をするについての原告の了承義務であるが、右義務は本件開発工事の実行に何らの影響を及ぼさないから、その不存在を確認する利益があるとは認め難い。

前記(5)の協定事項に対応する本件義務目録記載5の義務は、被告奉讃会の前記(4)の協定事項による寄付行為を守秘する義務であるが、右寄付行為は本件協定及び同意に対する見返りとしての意味を持ち、前記(一)記載の各義務(本件義務目録記載4、7及び8の各義務。以下、右各義務を併せて「本件受忍義務」という。)が不存在であれば右寄付行為も当然履行されないことになるから、本件受忍義務の不存在を確認する以上に右守秘義務の不存在を確認する利益があるとは認め難い。

前記(10)の協定事項に対応する本件義務目録記載9の義務は、本件開発に直接起因して、被告髙杉がヘルマン地区内での原告の建造物その他関連施設に何らかの損害を与えた場合に、補修、補償の範囲を限定することを原告が受忍する義務であるが、本件受忍義務が不存在であれば、本件開発工事及びそれに関連する工事がヘルマン地区内で実施されることは考えられないし、右義務が本件開発工事の実行に何らかの影響を及ぼすものとも考えられないから、その不存在を確認する利益があるとは認め難い。

また、前記(1)の協定事項に対応する本件義務目録記載1の義務は、被告奉讃会の事業計画に同意を与える義務であり、前記(3)の協定事項に対応する本件義務目録記載3の義務は、本件同意の対象である開発工事と不可分の関係にある工事等に同意を与える義務であり、前記(6)の協定事項に対応する本件義務目録記載6の義務は、原告が被告奉讃会の開発工事に関してヘルマン地区住民の同意を取得する義務であるが、これらの義務の存在によって、直ちに原告の法的地位に危険を及ぼす可能性があるものとは考えられないし、仮に、右同意の対象である工事が原告の所有権に影響を及ぼす現実の危険性を生じた場合、本件受忍義務とは別に、右の同意を与える義務及び住民の同意を取得する義務が存在することによって、原告にその受忍義務が生じるものとも考えられない。したがって、原告にこれらの義務が存在しないことを確認する利益があるとは認め難い。

(三)  以上のとおりであるから、原告は、本件工事の共同事業主体である被告奉讃会及び同髙杉との間で、本件義務目録記載の各義務のうち、本件受忍義務に限り、これらが現に存在しないことを確認する法律上の利益があるということができる。

5 さらに、右認定事実に照らして、被告奉讃会及び同髙杉との間に本件同意が存在しないことの確認の利益の有無を検討する。

右認定事実によれば、本件同意は、本件協定の存在を前提として、被告奉讃会が本件開発計画の対象である土木工事、防災工事及び建設工事をすることを原告が同意するという趣旨のものであると解される。そして、本件受忍義務は、前記のとおり、本件協定に基づいて合意されたものであって、本件同意に基づいて本件受忍義務が合意されたという関係にはない。また、本件同意自体は、被告奉讃会が原告の所有地とは関係のない本件開発区域内の工事をすることについての同意であるから、これによって、直ちに原告の所有権に危険を及ぼす可能性があるということはできないし、仮に、右工事が原告の所有権に影響を及ぼす現実の危険性を生じた場合にも、本件同意が存在することだけで、直ちに原告にその受忍義務が生じるものとも考えられない。したがって、先にみたとおり、原告の前記の土地所有権侵害の危険を防止するために本件受忍義務の不存在を確認することが適切かつ必要であるということができるとしても、これとは別に、本件同意自体の不存在を確認することが右危険の防止のために適切かつ必要であるということはできないのであって、本件同意について、これが現在存在しないことの確認を求める利益は存在しないものというほかはない。

なお、原告は、本件同意が都市計画法三三条一項一四号の「相当数の同意」としての意味を有し、これによって開発許可処分がされる可能性があるから、原告には、右開発許可処分の取消を求める前提として、本件同意の不存在を確認する利益があるとの趣旨の主張をする。しかし、右都市計画法の要件は、都道府県知事が開発行為の確実性を認定するための要件であり、これが本件同意によって充足されているかどうかということと、被告らが現実に工事をするにあたって、本件同意が存在することによって原告の所有権が侵害される危険があるかどうかという問題とは直接の関係を有しないから、原告の右主張は理由がない。

6  被告らは、本件義務目録記載の各義務及び本件同意の不存在確認の利益に関し、開発許可処分との関係について主張するので判断しておく。

被告らは、開発許可処分がされていないから、原告の所有権の侵害のおそれは現実化していないと主張する。しかし、開発許可処分は、申請にかかる当該開発行為の内容が関係法規に適合していることを公権的に判断する行為であり、土地の区画形質の変更の一般的禁止を解除するものである。したがって、開発許可処分の有無と、右申請地ではない原告の所有土地について、本件義務目録記載の各義務に基づき、侵害の危険があることは、直接の関係を有しないというべきである。実際には、開発許可処分がされることをまって、本件道路等の土地について接道工事等が実施される可能性が高いといえるにしても、必ずしも、右許可処分が接道工事等の前提となるものではないことは本件協定からも窺うことができるのであって、開発許可処分がされていないことをもって本件義務目録記載の各義務の確認の利益あるいは必要性がないということはできない。

被告らは、また、原告の同意がなくとも都市計画法三三条一項一四号の要件は満たされており、本件同意の有無は開発許可処分に関係がないから、その不存在確認の利益がないとも主張する。しかし、前記のとおり、右都市開発法の要件は、都道府県知事が開発行為の確実性を認定するための要件であり、これが本件同意によって充足されているかどうかということと、被告らが現実に工事をするにあたって、本件同意が存在することによって原告の所有権が侵害される危険性があるかどうかという問題は直接の関係を有しないから、この点の議論は、本件確認の利益を判断する上での結論に影響を及ぼすものではない。

二  本件受忍義務の不存在確認請求の当否(本案についての判断)

原告の被告らに対する本訴確認請求のうち、被告奉讃会及び同髙杉に対する本件受忍義務が存在しないことの確認を求める部分について訴えの利益が認められることは前記のとおりであるところ、これについて理由があるかを検討する。

1  原告における意思決定手続について

(一) 前記認定のとおり、原告は、ヘルマン地区の居住者を会員として組織される自治団体であり、代表者である会長及び役員の選出方法を定め、総会の運営及び業務執行方法を会則によって定めているから、いわゆる権利能力なき社団であるということができる。

(二) そして、権利能力なき社団にも、民法の法人についての規定が類推適用されると解されるところ、その意思決定をするための最高議決機関は、その構成員全員により組織される総会であり、多数決原理により決議されることが必要である。しかし、団体規約において、財産管理等の業務執行についての意思決定方法につき規定している場合には、それが多数決原理と相反し、効力を認め難いような場合を除いては、右規約によるべきである(民法六三条参照)。

これを原告についてみるに、昭和五四年七月一日に施行され、平成三年三月三一日まで効力を有した会則(以下「旧会則」という。)によれば、総会は、本会則で定めるもの及び役員会で必要と認める事項を決議すると定めているが(旧会則二五条)、総会の決議事項として具体的に定めているのは、規約の設定、改正、廃止(同六条)、会長及び監事の選挙、選考委員の選出(同一五条)、会則の変更(同三五条)のみであり、他に具体的な規定はない。そして、役員会が原告の業務執行機関とされる(同三一条)ところ、役員として会長一名、副会長一名、委員九名が置かれるほか監事一名が置かれ(同一二条)、会長と監事は総会で会員の中から選出され(同一五条)、副会長は委員の中から互選され、委員は各班(九班)から選出される(同一六、一七条)。役員会における意思決定は、過半数の役員出席の上、その過半数で決議することとされているが(同三〇条)、通常の事務の決定については、会長に一括して委任することができるとされている(同三一条)。

右会則の規定によれば、原告の業務執行機関として役員会が定められているが、その意思決定は、基本的に多数決原理により行われているといえるから、業務執行についての役員会の決定は、総会決議を経ずとも有効であると解される。また、通常の事務の執行についての会長への包括的な委任も有効ということができる。

(三)  右会則によれば、会長に委ねられている業務執行の範囲は通常の事務に限定されているのである。そして原告のような権利能力なき社団においては、本来的には、総会による多数決によって、その内部的な意思決定をするべきであるが、業務執行の便宜上、役員会及び会長という業務執行機関が置かれているのであり、このことからすれば、原告及びその会員の権利義務に重大な影響を及ぼす事項については、これを通常の事務として会長に包括的に委任するのではなく、多数決原理の働く役員会の決議に委ねられているものと認めることが相当である。

そうだとすれば、本件協定のような原告の所有土地や会員の生活環境に重要な影響を及ぼす可能性のある事項については、当然に役員会の承認決議を要するというべきであり、右決議を経ず会長の単独でした本件協定は原告の意思によるものとしての効力を生じないというべきである。なお、総会において、その承認決議がされた場合は、当然に原告の意思によるものとして有効であることはいうまでもない。

2  そこで、原告の総会あるいは役員会において、被告甲野のした本件協定について承認がされたといえるかを検討する。

(一) 証拠(略)によると、前記認定した事実のほかに次の事実を認めることができる。

(1) ヘルマン地区の後背地にあたる十文字山地区及び北山地区は、土質がもろく、大雨が降ると、ヘルマン地区の道路に水が流れ込み、同地区北側に土砂崩れが発生したこともあった。

(2) 原告では、被告奉讃会の十文字山地区の開発計画について、当初は反対意見が強かったが、原告の発足当時から代表者である会長を務めていた西尾会長は、十文字山地区及び北山地区が他人所有地である以上、開発を阻止することは不可能であり、防災に配慮した開発であれば、原告に有利な条件で開発に同意するほうが望ましいとの考えを有しており、その旨を被告甲野や当時の役員に述べていた。

また、昭和六一年三月二三日開催の原告総会では、朝山弁護士が、裏山の開発計画の進捗状況について、被告奉讃会が大乗寺との間で十文字山地区の土地売買無効を主張して訴訟継続中であること、そのため、当分の間、裏山開発には動きはなさそうであることなどを説明し、個人的意見として、いずれ開発を阻止できないのなら、しっかりした一つの企業体で開発し、裏山の開発にあたっては住吉川に架橋して西側から接道することが望ましいと考えていることなどを述べた。

(3) 昭和六一年初めころ、被告奉讃会は、原告に対し、本件開発に対する同意を求めるようになった。原告は、直ちには被告奉讃会の求めに応じなかったが、原告役員会では、十文字山の土質がもろく、がけ崩れ等によりヘルマン地区に被害を及ぼす可能性があるから、開発にあたっては防災対策を十分にしてもらう必要があること、また、大乗寺には墓地建設などの計画があり環境悪化の懸念があることなどが話題となることがあった。

(4) ヘルマン地区の周辺地域にマンション等の建築が予定され、右建築にあたり原告の同意が求められた際には、従来、会長や役員が、建築物の高さ制限やヘルマン地区の道路使用等について交渉し、迷惑料として金員の交付を受けることがあった。そして、右金員の授受は、その後の総会において報告され承認を受けていた。

また、原告は、昭和六一年一二月ころから、住民の交通手段としてヘルマン地区から阪急岡本駅などを結ぶバス(ヘルマンバス)の運行を開始したが、右バスの運行資金には、前記の迷惑料の受領などによって原告が預金した資金や、利用者から徴収した金員が充てられた。

(5) 昭和六二年二月一八日開催の原告の定例役員会で、朝山弁護士は、裏山の開発について積極的に協力して原告にメリットのある条件を付けるほうが得策であるとし、原告として被告奉讃会の開発計画に同意し、ヘルマン地区内の道路を使わせる見返りとして、一〇〇〇坪の土地(テニスコート四面、四〇台分の駐車場)をもらうこと、ヘルマン地区東南部分から甲南大学方面に至る道路をつけさせること、ヘルマン地区北西部分から住吉川右岸に至る橋を架けさせることなどを提案した。役員の中からは、総会を開いて決議すべきであるとの意見も出たが、結局、拍手で賛否をとって役員会の承認決議とされ、西尾会長が同意書を作成した。これについて、総会の承認決議はとられなかったが、同年三月一五日開催の総会において、入院中の西尾会長に代わって同人の息子である西尾靜夫が、昭和六一年度の経過報告として、被告奉讃会の開発計画に対する同意書を提出した旨の報告をした。

(6) 昭和六二年三月二四日開催の総会において、会長として被告甲野が選出された。

被告甲野は、昭和四九年ころ、ヘルマン地区に引越し、娘である堅田の家族と同居していたが、堅田が昭和五四年度の原告副会長になったものの体調不良であったことから、同人に代わって副会長の業務を行うことがあったほか、住居が西尾会長宅の隣で、被告甲野宅で原告の役員会が開催されたことがあったことなどから、原告の運営に深く関与するようになった。なお、被告甲野は、昭和五九年ころから約一年間、被告奉讃会の役員を務めたことがあり、これをやめた後も、昭和六二年から六三年ころまでの間に、松下会長に対し、十文字山の防災工事などの費用として、五五〇〇万円ほどを貸し付けたことがあった。

(7) その後、北山地区の宅地開発と本件開発とを別個に行うことになり、被告奉讃会は、平成元年秋ころ、同甲野に対して、あらためて本件開発についての同意書の作成を求めてきた。被告甲野は、これに応じることとしたが、神戸市宅地規制課から、寄付行為としてテニスコートや駐車場はふさわしくないとの見解を聞かされていたこと、本件道路等のヘルマン地区内の道路用地を神戸市に寄付するための測量等の費用が約一億円かかること、ヘルマンバスの運行費を捻出する必要があったことから、同奉讃会に対して寄付行為として三億円の迷惑料の支払を要求した。結局、被告グリーンアーバン代表者の仲介により、最終的に、同奉讃会が原告に対し、集会場用地として約四〇〇平方メートルの土地を寄付し、迷惑料として一億円を支払うことで合意した。

(8) 平成二年三月二五日開催の総会では、本件開発について、大乗寺と被告奉讃会が十文字山地区の土地所有権をめぐって訴訟で争っており、収拾し難いこと、本件開発にあたっては工事車両等がヘルマン地区内の道路を通ること、本件開発にあたり隣接地の許可は絶対に必要というわけではないこと、原告としては、工事については十分に説明をしてもらい毅然とした態度で臨むことなどが報告されたが、被告奉讃会らとの間で本件協定及び同意をすることについては何ら報告されず、また、これにつき総会の決議に付されることもなかった。

(9) 被告甲野は、平成二年四月六日、役員会に諮ることなく本件協定及び同意をし、同奉讃会から額面一億円の小切手を受領した。その上で、当時、原告副会長であった柚木由美子(以下「柚木」という。)、副会長補佐であった宇田川静子(以下「宇田川」という。)のほか、会計係の役員二名を自宅に呼び寄せ、本件協定及び同意の事実を告げないまま、迷惑料として被告奉讃会から一億円をもらったことを報告し、これを他言しないように言った。また、被告甲野は、本件協定及び同意について被告グリーンアーバン代表者が仲介などの協力をしてくれたことに対する謝礼や本件同意書作成費用などの趣旨で、同被告に三〇〇万円を支払うこととし、役員会に諮ることなく、柚木ないし会計係に指示して、同月一二日ころ、原告の銀行預金から三〇〇万円を引き出し、被告グリーンアーバン代表者の宮川尚文に支払った。

(10) 被告甲野から右一億円の受領を知らされた柚木及び宇田川は、その趣旨を懸念し、翌日、当時原告の監事であった西尾靜夫(以下「西尾監事」という。)に相談したところ、同人から、開発工事について協定したものではなく、単なる迷惑料として受領したものであるとの説明を受けた。

その後、被告甲野は、平成二年六月六日の役員会において、被告奉讃会から一億円及び一五〇坪ないし二〇〇坪の集会場用地をもらったことを報告した。しかし、同年七月ころ神戸新聞に同被告の松下会長の横領疑惑が報じられたことから、同月二五日に柚木ら当時の原告役員が被告甲野宅に事情確認に赴いた際には、被告甲野は、右役員らに対し、右一億円は被告奉讃会ではなく被告髙杉からもらったものであるから安心してほしいと述べた。

(11) 平成二年一二月になって、被告甲野が、総会や役員会に諮ることなく、一二〇三番六五につきケイコク産業のために平成元年一二月二二日売買を原因とする共有者全員持分全部移転請求権仮登記をしていたことが原告会員の知るところとなったため、柚木ら当時の原告役員は、平成二年一二月二二日、役員会を開いて被告甲野に事情説明を求めた。被告甲野は、右仮登記は、北山地区が悪質な開発業者の手に渡らないようにするため、ケイコク産業に東興殖産との交渉権限を与えるためのテクニックであり、平成三年二月二八日までに抹消する予定である旨を述べた。

(12) 平成三年二月一日、被告甲野宅で、西尾監事及び委員の岡公子以外の役員が全員出席して役員会が開催され、役員らが被告甲野に対し被告グリーンアーバンへ支払った三〇〇万円の趣旨について質問したのに対し、被告甲野は、その説明のために、出席した役員らに本件同意書を初めて見せた。役員らは右同意書のコピーをとって各班に持ち帰り、検討することになった。その後、役員らの間では、右同意書の件や他の土地処分問題に関して、被告甲野の独断的行為を追及する意見が出るようになった。

(13) 平成三年四月一四日に開催された総会においては、被告甲野が一二〇三番六五などの原告所有地を処分したことなどについて、被告甲野らからその経緯が報告がされたほか、収入の部に被告奉讃会からの開発同意金一億円が、支出の部に本件同意書作成費用三〇〇万円がそれぞれ計上された会計報告がされ承認された。しかし、会員が、本件開発がどのような規模でいつから始まるのかと質問したのに対し、被告甲野は、十文字山地区が、都市計画上、準調整地域となったので、すぐ開発されるわけではないから心配いらない旨を述べたにとどまり、本件協定及び同意の内容についての具体的な討論はされなかった。

(14) 右総会においては、原告会則の変更が決議され、平成三年四月一日付けで施行された(以下「新会則」という。)。新会則においては、副会長が二名となり、従来の役員会が理事会と改称された。また、会長は本会を代表し、本会則及び規約並びに理事会の決定に従い本会の業務を総理執行することとされ(新会則一四条)、理事会は、会務の執行に関する事項、総会によって委任された事項、総会を開くいとまがない場合における緊急事項(この場合は次の総会における承認を得なければならない。)などを議決すること(同三一条)、総会は、原告の事業計画や収支について決議するほか、理事会で必要と認める事項、その他重要事項について決議すること(同二五条)などが規定された。

(二) 右認定事実に照らして、まず、総会において本件協定が承認されたかを検討するに、平成二年四月六日以前に、本件開発計画に対する協定ないし同意が原告総会において決議されたことを認めることはできない。

本件協定及び同意がされた一〇日前である平成二年三月二五日開催の定期総会においては、被告甲野などから十文字山開発についての経過報告がされているものの、本件協定及び同意の具体的内容が示されて決議、承認されたものではないし、六二年同意も総会の決議を経たものと認めることはできない。

被告甲野本人の供述ないし陳述中には、右総会で本件協定及び同意の承認を得た旨述べる部分があるが、右総会に関する書記記録の記載内容及び証人柚木由美子の証言に照らして直ちには採用し難い。

また、本件同意書が作成された後に開催された平成三年四月一四日の総会においては、前記認定したように、被告甲野が原告所有地を処分したことなどについて報告がされ、被告奉讃会から受領した一億円及び本件同意書作成費用三〇〇万円の支出が計上された会計報告を了承し、また、被告甲野を原告会長に再任する決議がされている。しかし、右総会では、裏山開発に関して、すぐに開発されるわけではないとの被告甲野らの説明により、結局、本件協定により原告の土地所有権が侵害される危険が存在することが会員に認識されないまま、議論が先送りされたことが窺われるのであって、右承認ないし再任の事実をもって、本件協定及び同意を追認したということはできない。

なお、被告らは、被告奉讃会から受領した一億円がヘルマンバスの運行資金になっているとし、このことをもって、原告が本件協定及び同意を追認したとも主張するが、ヘルマンバスの運行資金が右一億円であることを裏付けるに足りる証拠はない上、仮にそうだとしても、このことから原告が本件協定及び同意を追認したとみることも困難である。

(三) 次に、右認定事実に照らして、役員会において本件協定が承認されたかを検討するに、本件協定及び同意がされる前後を通じて、当時の旧会則に定める手続によって右承認決議(過半数の出席する役員会における過半数の賛成による決議)がされたことを認めることはできない。

そこで、役員会において、事実上、本件協定及び同意を承認していたものといえるかを検討するに、前記認定の事実経緯によれば、被告甲野は、本件同意等をするにあたって、朝山弁護士及び当時の西尾監事とは相談していたものと推認されるが、その他の役員には相談しなかったものである。その後も、役員会において本件協定及び同意を承認したような事情を認めることはできない。すなわち、右認定事実によれば、当時副会長であった柚木、副会長補佐であった宇田川及び会計係の役員は、平成二年四月六日に被告甲野から呼び出されて、被告奉讃会から一億円を受領したことを聞いたのであるが、その趣旨についての明確な説明を受けず、疑問に思った柚木及び宇田川が、翌日、西尾監事に説明を求めたところ、工事協定はしておらず、単なる迷惑料としての金員であると説明を受けたのみであり、役員らは本件同意書の存在を知らなかったのである。その後、被告甲野が、役員らから被告グリーンアーバンへの三〇〇万円の支払について説明を求められたのに対し、平成三年二月一日、自宅において、役員らに本件同意書を初めて見せたのである。そして、その後も、役員らが本件協定及び同意を承認したことを窺わせるような事情を認めることはできないのである。したがって、役員会において、本件協定及び同意を事実上承認していたものということもできない。

なお、六二年同意について、役員会の承認決議が得られていたとしても、六二年同意は、開発対象地域や寄付行為など、本件協定及び同意とその内容において大きく異なっているから、これをもって本件協定及び同意に対する承認とみなすことはできない。

三 以上のとおりであり、本件協定は、原告の会則による意思決定手続を履行しておらず、無効であるといわざるを得ない。したがって、本件協定に基づく原告の本件受忍義務は、現在、存在しないものというべきであるから、原告の請求は、被告奉讃会及び同髙杉との間で、本件受忍義務が現に存在しないことの確認を求める限度で理由がある。

第二  被告甲野に対する損害賠償請求について

一  本件訴訟における弁護士費用相当額の損害賠償請求について

1  原告は、被告甲野が独断で本件協定及び同意をした不法行為により、弁護士に委任して本件訴訟の提起、進行を余儀なくされたものであって、そのための費用支出は被告甲野の右不法行為と相当因果関係を有する損害であり、被告甲野はその賠償責任を負うと主張するところ、原告が弁護士である原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起、追行したことは本件記録上明らかである。

2  そこで、被告甲野が、役員会の決議を経ることなく、原告代表者名義で本件協定及び同意をしたことが原告に対する不法行為を構成するかを検討する。

原告の旧会則によれば、本件協定及び同意は、会長に委ねられた通常の事務とはいえず、役員会の決定を要する業務執行であることは、先に判断したとおりである。そして、被告甲野が役員会の承認を得ずに本件協定及び同意をしたことは、原告の右内部的意思決定手続に違反するものであることも先にみたとおりである。

しかし、前記認定事実に照らせば、旧会則の業務執行機関の権限の分配規定自体、一義的に明確であるとはいえないし(従前、原告においては、役員会の業務執行の範囲や会長に委ねられた通常の業務の範囲が明確に意識されておらず、会員もこの点についての意識が薄いものであった。すなわち、従前、ヘルマン地区の近隣にマンションが建設されるに際して、役員が、特に役員会や総会での個別的な承認を経ることなく相手方と交渉し、迷惑料として少なからぬ金額を受領していたが、そのことについて、役員会や総会で問題とされたことはなかったのである。

そして、前記認定のその他の事実関係に照らしても、被告甲野が、本件協定及び同意をするにあたって、旧会則の業務執行に関する権限を逸脱することを意識していたとまで認めることはできない。また、被告甲野は、同奉讃会から一億円を受領した際には、その旨を副会長ら役員会の主な者には知らせた上、会計担当者に預け、その使途について、ヘルマンバスの運行資金など原告ないしヘルマン地区住民のために有効な運用を検討していることからすれば、被告甲野が、原告に損害を与え自己又は第三者の利益を図る意図をもって、役員会の承認を経ることなく本件協定及び同意をしたものと認めることもできない。むしろ、裏山の開発を完全に阻止することは不可能である以上、原告にとって有利な条件を容れてくれる開発業者に開発してもらう方がよいという観点から、被告甲野なりに原告の利益を図って本件協定及び同意をしたものと認められるのである。

3  右に検討したところに、原告が会員の親睦を目的とする、いわゆる団地の自治会であり、代表者である会長は特に専門的知識を有することを期待されていたわけではなく、無報酬でその職務を遂行することをも勘案すれば、被告甲野の前記違反が原告に対する関係で不法行為を構成するとまで解することは困難である。

なお、原告は、被告甲野が松下会長に多額の貸付金を有していたことや、一二〇三番六五などの原告所有土地を役員会に諮らずに処分したことなどからも、被告甲野に自己又は第三者の利益を図る意図があったことは裏付けられるとの主張をするが、このような事実から直ちに被告甲野の右意図を推認することもできない。

したがって、その余を判断するまでもなく、原告の被告甲野に対する弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がない。

二  本件同意書作成費用相当額の損害賠償請求について

1  原告は、原告が本件同意等をしたことはなく、また、本件同意書は被告グリーンアーバンが作成したものではないから、原告が本件同意書作成費用を負担すべき義務はなく、被告甲野が右支出をしたことは原告に対する不法行為であり、被告甲野は右損害を賠償すべき責任を負うと主張する。

2  被告甲野が、役員会の決議を経ずに本件協定及び同意を原告代表者名義でしたこと、被告甲野は、原告の会計担当者に指示して、平成二年四月一二日ころ、被告グリーンアーバンに対し、本件同意書作成料などとして原告の会計から三〇〇万円を支払ったことは前記認定したとおりである。

しかし、被告甲野が原告代表者名義で本件協定及び同意をしたことが、原告との関係で不法行為を構成すると解することができないことは先にみたとおりである。また、前記認定事実に照らしても、被告甲野が同グリーンアーバンに本件同意書の作成を依頼し、その費用として、会計担当者に指示して三〇〇万円を支出させたことが、原告に損害を与え、自己又は第三者の利益を図る意図によるものであることを窺わせる事情を認めることはできない。さらに、平成三年四月一四日開催の総会において、右三〇〇万円の使途を明示して計上された会計報告が承認されたことに照らせば、被告甲野の右行為が原告との関係で不法行為を構成すると解することは困難である。

したがって、原告の被告甲野に対する右請求も理由がない。

三  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告甲野に対する損害賠償請求は、いずれも理由がない。

第三  結論

よって、原告の請求は、被告奉讃会、同髙杉との間に別紙(二)義務目録記載4、7及び8の各義務が現に存在しないことを確認する限度で理由があるから認容し、被告奉讃会及び同髙杉に対するその余の確認の訴え並びに被告甲野及び同グリーンアーバンに対する確認の訴えは、いずれも訴えの利益がないから却下し、被告甲野に対する損害賠償請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・赤西芳文、裁判官・甲斐野正行、裁判官・井川真志)

別紙(一) 同意目録

一 同意内容

1 同意者 原告

2 同意日 平成二年四月六日

3 同意事項

(1) 開発工事

都市計画法及び関連法規、諸例則の定める一般的基準並びに開発指導要綱に基づく開発工事で建物を除外したもの(主として土木工事、防災工事)。

(2) 建設工事

開発工事に伴う施設工事で不可分の関係にある建物の工事、分譲集合住宅及び仏舎利塔とその関連施設の建設工事

二 同意対象事業内容

1 事業名 (仮称)神戸仏舎利塔開発建設工事

2 事業主 被告神戸仏舎利塔建設奉讃会

3 開発目的 仏舎利塔建設のための集合住宅建設とそれに基づく仏舎利塔建立

4 開発計画地

神戸市東灘区岡本字十文字山一二〇一―一 ほか七筆

右同所 字扇山一三一八―一 ほか一筆

右同所 七丁目一二〇二―二 ほか一二筆

5 開発面積 16.0ヘクタール

6 建設予定集合住宅数 約七〇〇戸(最大)

7 設計監理者 被告グリーンアーバン株式会社

8 共同事業主 被告髙杉開発株式会社

9 予定施工者 大阪市大淀区大淀南一丁目四番一五号

青木建設株式会社

別紙(二) 義務目録

別紙(一)同意目録記載の神戸仏舎利塔開発建設工事(仮称)に関し、原告と被告神戸仏舎利塔建立奉讃会(以下「被告奉讃会」という。)、被告髙杉開発株式会社(以下「被告髙杉」という。)及び被告グリーンアーバン株式会社(以下「被告グリーンアーバン」という。)との間の一般協定及び工事協定によって、原告に課せられる左記の義務

(一般協定関係)

1 被告奉讃会の提出する事業計画に原告が同意を与える義務(一般協定三条関係)

2 被告奉讃会が被告グリーンアーバンに被告奉讃会の代理人もしくはそれに準じる活動をさせることを、原告が了承する義務(同六条関係)

3 別紙(一)同意目録記載の開発建設工事と不可分の関係にあるかもしくはこれに準じる範囲の工事に対して、原告が同意する義務(同一一条関係)

4 被告奉讃会が開発事業区域外に存在する道路を拡幅し、原告の側へ接続する工事を行うことを原告が受忍する義務(同一五条関係)

5 被告奉讃会の原告に対する寄付行為を原告が守秘する義務(同一七条関係)

6 原告が、原告を構成する住民の同意を取得する義務(同二七条関係)

7 被告奉讃会の事業計画に関連した道路の掘削、諸設備配管等の工事を原告が承諾する義務(同三〇条関係)

(工事協定関係)

8 原告が被告奉讃会の事前調査を受忍する義務(工事協定一〇条、同一四条関係)

9 被告奉讃会の開発工事により事故が発生した場合の原告に対する補修、補償の範囲を、事前調査によって確認されていた箇所に限定することを原告が受忍する義務(同三六条関係)

別紙(三) <省略>

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