大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成4年(ワ)405号 判決 1996年8月30日

原告

櫻井謹三

被告

大塚悦子

主文

一  被告は、原告に対し、金一七六二万八七七四円及びこれに対する平成元年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、八四九四万六五〇三円及びこれに対する平成元年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により負傷した原告が、相手自動車の保有者である被告に対し、自賠法三条により、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成元年三月一八日午後五時五五分頃

(二) 場所 兵庫県三田市弥生が丘五丁目九二四番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告運転の普通貨物自動車(以下「原告車」という。)

(五) 態様 原告車と被告車が出合頭衝突した。

2  原告の治療経過

原告は、本件事故により、次のとおり入通院治療を受けた。

(1) 平成元年六月二一日から同年七月二二日まで三二日間及び平成二年六月一日から同年七月一三日までの四二日間兵庫県立柏原病院(以下「柏原病院」という。)入院

(2) 平成元年三月一九日から平成三年五月三一日まで柏原病院通院(実通院日数二七六日)

(3) 平成元年四月一九日なぎらクリニツク通院

(4) 平成元年五月一八日新須磨病院通院

3  被告の責任

被告は、被告車の運行供用者であり、自賠法三条により、原告の受けた損害を賠償する責任がある。

二  争点

1  原告の受傷の内容及び程度

原告は、本件事故により、頸随不全損傷、神経因性膀胱の傷害を受け、平成三年五月三一日症状固定したが、ほとんど寝たきりの状態であり、歩行困難のため車椅子生活を余儀なくされ、労働能力一〇〇パーセント喪失の後遺障害が残つた旨主張する。

被告は、原告には、頸髄不全損傷はなく、本件事故以前から腰椎、頸椎の椎間板ヘルニア、頸椎管狭窄症が既往症として存在していたが、たまたま本件事故後に神経因性膀胱として発症したものであり、自賠責保険においても非該当であつたから、本件事故による後遺障害は発生していない旨主張する。

2  過失相殺

3  原告の損害額

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の内容及び程度

1  証拠(甲一、二、一〇、一六、乙二の一ないし一八の各一・二、三ないし五の各一・二、六ないし八、九の九・一〇、一一〔一の一ないし五〇、二の一ないし四二、三の一ないし四五、四の一ないし一二一、五の一ないし一〇、六の一ないし四八、七の一ないし一八、八の一ないし三三、九の一ないし三一〕、一二の一ないし七、一三の一ないし一七、一四・一五の各一ないし三、一六〔一の一ないし三三、二の一ないし三五〕、一七の一ないし七、証人南久雄、同櫻井ツズ子、原告本人、鑑定、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告の病状歴

原告は、昭和六一年七月、尿路結石及び腰椎椎間板ヘルニアにより二四日間程度入院したことがあり、昭和六三年五月頃、腰椎椎間板ヘルニアにより、約六週間程度、通院し、休業した。

(二) 原告の本件事故による受傷の内容(主語である原告の記載は省略)

(1) 平成元年三月一八日、本件事故にあい、頸部捻挫が疑われた。当時、膝蓋腱反射、アキレス腱反射は正常であつたが、左側長母指伸筋、長母指屈筋の筋力が低下しており、腰椎椎間板ヘルニアの存在が考えられた。

同月一九日から、おむつを購入して使用するなど排尿障害が出現したが、医師にはそのことを告げなかつた。

同月二二日、耳介後部の疼痛があり、三叉神経障害による痺れと診断され、同月三一日、上腕二、三頭筋の腱反射が低下しており、握力も低下していた。

(2) 同年四月一九日、右半身の知覚障害が認められ、握力が低下していた。

同年五月一八日、右半身の温痛覚障害及び神経根症が認められ、MRI検査で第三、第四及び第四、第五頸椎間の腰椎椎間板ヘルニアも認められ、手術が必要であると診断された。

同月三一日、医師に対し、尿が出にくく、便失禁がある旨を訴え、その旨が初めてカルテに記載された。

(3) 同年六月二日、神経原性の低緊張性膀胱と診断され、同月六日、MRI検査を受け、第三、第四及び第四、第五頸椎間に異常が認められたが、神経症状との所見は一致しなかつた。

同月二一日、独歩で柏原病院に入院し、同月二六日、再度の脊髄造影が行われたが、頸椎間の椎間板ヘルニアによる圧迫は軽度であり、その後の検査の結果、手術的治療は行わない方が良いとの結論になつた。

(4) 同年七月二二日退院し、同年九月一八日から両感音性難聴のため補聴器を使用するようになり、同年一一月下旬頃から転倒が多くなり、めまい、物が二重に見えるなどの症状が出現した。

(5) 平成二年六月二一日から三〇日まで入院し安静加療をしたが、症状は変わらなかつた。

(6) 同年八月頃から独歩することや右手でスプーンを持つことがしにくくなり、同年九月、自宅をマンシヨンの四階から一階に替え、同年一一月頃、家の中を這つたり、車椅子を使用して生活していた。

(7) 平成三年一月、手の筋萎縮はなく、同年三月頃、杖なしで歩いたことがあり、同年四月、視力障害はあつたが、器質的異常はなかつた。

(8) 同年五月三一日、症状固定と診断されたが、その傷病名は、頸随不全損傷、両感音性難聴、視力障害であり、知覚低下は左顔面、右上肢、両下肢にあり、両上下肢の筋力低下は著名、上腕二、三頭筋、大腿四頭筋の腱反射は正常であつたが、アキレス腱反射低下、ホフマン反射陽性、神経因性膀胱、直腸障害があつた。

(三) その後、自賠責保険事務所は、原告の後遺障害につき、非該当であると認定した。

(四) 岡山大学整形外科助手千田益生鑑定人は、平成七年八月、原告の後遺障害につき、次のとおりの理由で自賠法施行令第二条別表第七級四号(以下、単に「何級何号」と略称する。)に該当する旨鑑定した。

すなわち、原告の膀胱直腸障害は、検査結果として低緊張性膀胱と異なり、確かなものであり、常に尿漏れのある状態であるから、軽易な労務以外の労務に服することができないものに該当し、原告の身体障害の程度及び日常生活の障害の程度は、七級四号に相当する。

2  右認定によれば、原告の本件事故における後遺障害の内容、程度は、鑑定のとおり七級に該当すると認めるのが相当である。

これに対し、被告は、原告が主治医に対し、「初めて尿が出にくい。」「便失禁あり。」などと膀胱直腸障害を訴えたのは、平成五年五月三一日であり、本件事故後約二・五か月を経過しているから、膀胱直腸障害と本件事故と因果関係がない旨主張するが、原告は、本件事故の翌日からおむつを購入するなど排尿障害が出現していたことは前記認定のとおりであるが、これは本件以前から膀胱直腸障害があつたため、症状が重くなつた同年五月三一日まで医師に訴えなかつたものと考えられ(鑑定)、これに照らすと、被告の右主張は採用できない。

3  ところで、鑑定によると、原告の膀胱直腸障害は、本件交通事故以前にも存在していたが、本件事故後、重症化したもので、本件事故による頸椎捻挫と腰椎椎間板ヘルニアが複合した状態であると認められる。

そして、前記の原告の腰椎椎間板ヘルニアの病状歴、後記二で認定の本件事故、特に原告が受けた衝撃の内容、程度、原告の本件事故後の治療内容、経過等諸般の事情を考慮すると、原告の右後遺障害につき、原告の身体的素因が三分の一程度の三三パーセントは寄与していると認めるのが相当である。

なお、原告は、原告の後遺障害はすべて本件事故によるものである旨主張し、医師南久雄の証言及び同医師作成の意見書(甲一六)には、一部右にそう部分があるようであるが、これも全体的に考察すると、原告の身体的素因の寄与がないとまでの内容とは認められないから、右認定を左右するとはいえない。

二  過失相殺について

1  証拠(乙九の一ないし二五、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 被告は、本件事故直前、被告車を運転し、制限速度時速五〇キロメートルのところ、前方左右の確認を十分にはしないで時速約七〇キロメートルの速度で西進し、交通整理の行われていない、左右の見通しの悪い本件交差点の手前に一時停止の標識があるのに気づかず進行を続けていたが、同交差点手前の停止線の約一七メートル手前において、左方から進行して来る原告車を発見して危険を感じ、急制動の措置を講じたが及ばず、同車右前部に自車左前部を衝突させた。

(二) 原告は、本件事故直前、時速約四〇キロメートルの速度で原告車を運転して北進し、本件交差点の右方道路に対する見通しは悪かつたが、同道路には一時停止の標識が設置されていることを知つていたため、これを無視して同交差点内に進入して来る車両はないものと考え、時速三五キロメートルに減速したが、右方道路に対する安全確認を十分にはしないで同交差点に進入したため、被告車と衝突した。

(三) 右衝突の結果、原告車は八メートル左後方に押しやられ、右前輪四メートル、左前輪二・二メートルのねじり痕が残り、被告車は六・五メートル進んで停止したが、右前輪二三・二メートル、左前輪二一メートル、右後輪二四・二メートル、左後輪一三・四メートルのスリツプ痕が残つた。また、原告車及び被告車とも、前部が相当大破した。

2  右認定によると、原告は、交通整理の行われていない、見通しの悪い本件交差点に進入しようとしたのであるから、右方道路に一時停止の標識があつたにかかわらず、相当減速のうえ、右方道路に対する安全確認をすべきところ、それらを怠つたものであるから、原告にも過失があるといわざるをえない。

しかし、被告は、一時停止の標識に気づかず、制限速度を相当程度超過して被告車を運転し、前方左右の確認も怠つて進行したため、原告車の発見が遅れて本件事故を発生させたものであるから、その過失は誠に大きいというべきである。

その他の諸事情を加味し、原告と被告の過失を対比すると、原告の過失が一割、被告のそれが九割とみるのが相当である。

三  損害について

1  治療費(請求〔但し被告〕及び認容額) 四四二万八七一五円

当事者間に争いがない。

2  入院雑費(請求及び認容額・七万五〇〇〇円)

原告は、本件事故により合計七五日間入院していることは前記のとおりであるところ、入院雑費が一日当たり一〇〇〇円は下らないから、原告請求の入院雑費は是認できる。

3  将来の看護費(請求額・一三五五万二二六七円) 〇円

前記認定の原告の後遺障害の内容、程度等諸般の事情を考慮すると、原告は、軽易な労務に服することができ、自分の身の回りのことはできるというべきであるから、原告主張の将来の看護費を認めることはできない。

4  休業損害(請求及び認容額・八〇〇万〇八九五円)

証拠(甲一四の一・二、原告本人、弁論の全趣旨)によると、原告は、昭和二三年九月生まれ(本件事故当時四〇歳)の男性であり、本件事故当時、岩本建設株式会社に勤務し、土木工事に従事ないしはその監督をし、昭和六三年分の給与支払金額は二八一万六四七五円であり、本件事故前の四か月分の給与は、昭和六三年一一月分が二四万八三七五円、同年一二月分が二六万六二五〇円、平成元年一月分が一八万四四四九円(但し、会社自体が大幅に休暇となり、一三日出勤)、同年二月分が三七万九九〇五円であつたこと、原告の本件事故後症状固定日までの休業日数は八〇五日であり、その間、給与等の支給を受けることができなかつたことが認められる。

右認定によると、原告の本件事故当時の平均賃金は、原告主張のとおり昭和六三年一一月、一二月及び平成元年二月の平均賃金である一日当たり九九三九円(円未満切捨、以下同)と認めるのが相当であり、原告の入・通院状況及び後遺障害の内容・程度等から、原告の休業日数の八〇五日間は相当な休業として認めざるをえない。なお、右一日当たりの平均賃金は、原告の昭和六三年分の給与支払金額を上回ることになるが、原告は、昭和六三年、腰椎椎間板ヘルニアにより約六週間通院して休業したことは前記のとおりであるから、右平均賃金の認定を左右するものではない。

すると、原告の休業損は、次のとおり、頭書金額となる。

9,939×805=8,000,895

5  逸失利益(請求額・四六三七万五五一三円) 三〇八九万九二六九円

前記認定によると、原告は、本件事故により七級の後遺障害が残り、その症状が固定した四二歳から就労可能年数の六七歳に達するまでの二五年間、五七パーセントの労働能力を喪失したとみるのが相当であるから、新ホフマン係数を使用して中間利息を控除し、本件事故当時における逸失利益の現価を求めると、次のとおり頭書金額となる。

9,939×365×0.57×(16.804-1.861)=30,899,269

6  慰謝料(請求合計額・二〇八五万円) 一〇三〇万円

原告の受傷・後遺障害の内容、程度及び入・通院期間その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、原告が本件事故によつて受けた精神的慰謝料は、一〇三〇万円をもつて相当とする。

7  右損害合計額 五三七〇万三八七九円

8  過失相殺等

原告の本件傷害特に後遺障害につき、原告の身体的素因が三分の一程度寄与していること及び本件事故につき原告の過失が一割であることは前記のとおりであるから、公平の観念により、前記損害合計額から右合計割合を減ずると、その後に原告が請求できる金額は、次のとおり三〇六一万一二一一円となる。

53,703,879×(1-0.1-0.33)=30,611,211

9  損害の填補

原告が本件事故により合計一四二八万三四三七円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記損害合計額から控除すると、一六三二万七七七四円となる。

10  弁護士費用(請求額・五〇〇万円) 一三〇万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告が弁護士費用として被告に求め得る額は一三〇万円が相当である。

四  結論

以上によると、原告の請求は、被告に対し、一七六二万八七七四円及びこれに対する不法行為の日である平成元年三月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判官 横田勝年)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例