神戸地方裁判所 平成4年(行ク)10号 判決 1993年3月05日
申立人
五代目山口組
右代表者組長
渡邉芳則
右申立人訴訟代理人
遠藤誠
ほか一五四名
相手方
兵庫県公安委員会
右代表者委員長
奥村輝之
右相手方訴訟代理人弁護士
大白勝
ほか三名
相手方指定代理人
青野洋士
ほか二三名
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
一申立ての趣旨及び理由
申立人の本件申立ての趣旨及び理由の要旨は、別紙申立ての趣旨及び申立ての理由記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙意見の趣旨及び理由記載のとおりである。
二本案訴訟の提起
本件記録によれば、相手方が平成四年六月二三日付けで申立人に対してした「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(以下「法」という。)三条の規定に基づく暴力団として指定する旨の処分(以下「本件処分」という。)について、申立人が国家公安委員会に対する審査請求(平成四年七月一五日付けで審査請求、同年一〇月一五日付けで審査請求棄却。)を経た後、本件処分は憲法一四条一項、三一条、二一条一項、一九条、二二条一項、二九条一項及び三五条一項に反するばかりか、事実の認定及び法の解釈適用を誤り、法の定める手続などにも反し、違憲、違法であるとして、その取消しを求める本案訴訟(当庁平成四年(行ウ)第四九号暴力団指定処分取消請求事件)を提起したことが一応認められる。
三回復の困難な損害を避けるための緊急の必要について
1 申立人は、次のような理由によって、回復困難な損害を避けるため本件指定処分の効力を停止する緊急の必要があると主張する。
(一) 本件指定処分の効力が停止されないと、申立人の構成員は、本件訴訟係属中、その一挙手一投足に至るまで警察の管理・支配を受け、本来なら不可罰であるはずの法九条各号、一五条一項、一六条、一八条、三八条の各行為をすれば、相手方による中止命令を介してではあるけれども、結局逮捕され、一年以下の懲役若しくは一〇〇万円以下の罰金に処せられ、又はこれを併科されることになる。
(二) 本件指定後、本日まで、申立人系の組の組員に対して発せられた中止命令は七〇件を数えるが、組員が少しでも脅迫(暗黙の脅迫をも含む。)や暴行をしていれば、警察は中止命令の発令などというまわり道をせずに直ちに脅迫罪、暴行罪、恐喝未遂罪等でその組員を逮捕しているはずであるから、中止命令の対象になった行為は何ら脅迫も暴行も伴っていない普通の行為にすぎない。
(三) したがって、これらの中止命令は、申立人系の組員が平穏裡に生活や営業を営むことを禁止することを意味し、組員に対し「死ね」と命じていることになるから、本件指定処分の執行ないし手続の続行として発せられる多数の中止命令によって生ずる申立人系の組員の損害は、回復が困難な損害ということができ、それを避けるために本件処分の効力を停止する緊急の必要がある。
2 法三条の指定に伴う規制について
(一) 法三条の指定に伴う規制の概要は、次のとおりである。
(1) 都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は、法による規制の対象となる者を特定するため、法三条各号の要件を満たす暴力団(構成員が集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体(法二条二号))について、その暴力団の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として指定(以下「三条指定」という。)する(法三条)。
(2) 三条指定された暴力団(以下「指定暴力団」という。)の構成員(以下「指定暴力団員」という。)は、次の各行為をすることが禁止され、指定暴力団員が右行為をし、その行為をされた相手方の生活の平穏が害されていた場合には、公安委員会は、その行為をした指定暴力団員に対してその行為の中止等の措置を命じることができる(法一一条、一七条、一九条)。
① 指定暴力団の威力を示して行う暴力的要求行為
(法九条)
イ 人に対し、その人に関する事実を宣伝しないこと又はその人に関する公知でない事実を公表しないことの対償として、金品等の供与を要求すること
ロ 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること
ハ 請負、委任又は委託の契約に係る役務の提供の業務の発注者又は受注者に対し、その者が拒絶しているにもかかわらず、当該業務の全部若しくは一部の受注又は当該業務に関連する資材その他の物品の納入若しくは役務の提供の受入れを要求すること
ニ 縄張内で営業を営む者に対し、各目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること
ホ 縄張内で営業を営む者に対し、その営業所における日常業務に用いる物品を購入すること又はその営業所における用心棒の役務その他の日常業務に関する役務の有償の提供を受けることを要求すること
ヘ 金銭を目的とする消費貸借上の債務であって利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超える利息の支払を伴い、又はその不履行による賠償額の予定が同法四条に定める制限額を超えるものについて、債務者に対し、その履行を要求すること
ト 人に対し、債務の全部又は一部の免除又は履行の猶予をみだりに要求すること
チ 金銭貸付業務を営む者以外の者に対してみだりに金銭の貸付けを要求し、金銭貸付業者に対してその者が拒絶しているにもかかわらず金銭の貸付けを要求し、又は金銭貸付業者に対して当該金銭貸付業者が貸付けの条件として示している事項に反して著しく有利な条件による金銭の貸付けを要求すること
リ 正当な権限に基づいて建物又はその敷地を居住の用又は事業の用に供している者に対し、その意思に反して、これらの明渡しを要求すること
ヌ 人から依頼を受け、報酬を得て又は報酬を得る約束をして、交通事故その他の事故の原因者に対し、当該事故によって生じた損害に係る示談の交渉を行い、損害賠償として金品等の供与を要求すること
ル 購入した商品若しくは提供を受けた役務に瑕疵がないにもかかわらず瑕疵があるとし、若しくは交通事故その他の事故による損害がないにもかかわらず損害があるとして、又はこれらの瑕疵若しくは損害の程度を誇張して、人に対し、損害賠償その他これに類する名目で金品等の供与を要求すること
② 加入の強要等(法一六条)
イ 少年に対し指定暴力団に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又は少年が指定暴力団から脱退することを妨害すること
ロ 人を威圧して、その者を指定暴力団に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団から脱退することを妨害すること
③ 事務所等における禁止行為(法一八条)
イ 指定暴力団の事務所の外周に、又は外部から見通すことができる状態にしてその内部に、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせるおそれがある表示又は物品として国家公安委員会規則で定めるもの(同規則二三条。a 指定暴力団が自己を示すために用いる文字若しくは図形若しくはこれらの結合による標章の表示又はその標章を付した物品であって、ことさらに当該標章の内容を広告していると認められるもの。b 銃砲刀剣その他の凶器として用いられるおそれがあると認められる物品)を掲示し、又は設置すること
ロ 事務所又はその周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること
ハ 人に対し、債務の履行その他の国家公安委員会規則で定める用務(同規則二四条。a 債務の履行、b 債務者の求めに応じて行う債務の内容又はその履行の条件の変更に関する交渉、c 当該者の債務の不履行による損害賠償を名目として金品その他の財産上の利益の供与を受けることに関する交渉、d 損害に係る示談の交渉、e 所持する手形についてその振出人の求めに応じて行う譲渡に関する交渉、f 当該者に関する事実を宣伝しないこと又は当該者に関する公知でない事実を公表しないことの対償として作為又は不作為を要求する用務、g 指定暴力団から脱退することを防止する用務)を行う場所として、事務所を用いることを強要すること
(3) なお、法において「威力を示す」とは、暴力団との関係を示す一切の行為のことであり、具体的には、次のような行為が考えられる。
① 自らが指定暴力団に所属していることを示す行為
② 指定暴力団の名称入りの名刺を示す行為
③ 指定暴力団のバッジ、代紋をことさらに示す行為
④ 指定暴力団の事務所内で、ことさらに指定暴力団の事務所内にいることを強調する行為
⑤ 指定暴力団の事務所に来訪すべきことを要求する行為
⑥ 指定暴力団員であることを知悉している相手に対して、ことさら暴力団員であることを再認識させる行為
⑦ 指定暴力団が付近一体を縄張りとしていることが公知に近い状態である場合に、「このあたりを仕切っとるもんや」というように、指定暴力団員であることを相手に推知させる行為
(4) 指定暴力団の相互間で対立抗争が発生した場合において、当該対立に係る指定暴力団の事務所が、当該対立抗争に関し、当該対立抗争に係る指定暴力団の指定暴力団員によって、
① 多数の指定暴力団員の集合の用
② 当該対立抗争のための謀議、指揮命令又は連絡の用
③ 当該対立抗争に供用されるおそれがあると認められる凶器その他の物件の製造又は保管の用
に供されており、又は供されるおそれがあり、これにより付近の住民の生活の平穏が害されており、又は害されるおそれがあると認めるときは、公安委員会は、当該指定暴力団の事務所を現に管理している指定暴力団員に対し、三か月以内の期間(必要があれば一回だけ期限を延長することができる。)を定めて、当該事務所を前記の用又は当該指定暴力団の活動の用に供することを禁止することを命じることができる(法一五条)。
(5) このような法の施行に必要があると認められるときは、公安委員会は、犯罪捜査のためにではないが、必要な限度において、指定暴力団員その他の関係者に対し報告若しくは資料の提出を求め、又は警察職員に事務所に立ち入り、物件を検査させ若しくは指定暴力団員その他の関係者に質問させることができる(法二二条)。
(6) (2)ないし(4)の措置の実効性を担保するため、それらの命令等に違反した者は処罰される(法三四条、三五条一ないし四号、三八条)。
(二) 右にみたように、法は、刑法その他の刑罰法規に抵触する行為はもちろん、従来、刑法その他の刑罰法規が対象としていなかった行為についても、その規制の対象としている。そして、本件処分によって、申立人の構成員は、指定暴力団員として、前記法令に規定する一定の行為をすることを禁じられ、それに違反した場合はその行為の中止等を、組間の対立抗争時には事務所の使用禁止を公安委員会から命じられ、それらの命令に違反した場合には処罰されるというのであるから、本件処分がされるまで不可罰であった行為について、本件処分の結果、行うことが禁じられ、かつ、禁じられた行為をした場合には、中止命令を介して処罰されることになるというのは申立人が主張するとおりである。
3 申立人が主張する被侵害利益について
(一) 申立人は、前述のとおり、公安委員会の命令によって申立人の構成員が規制を受ける行為は普通の平穏に生活又は営業を営む行為で、これを禁じることは申立人の構成員に死ねということであり、回復困難な損害に当たると主張する。
(二) 前記の法三条指定に基づいて申立人の構成員が指定暴力団員として禁じられる行為は、「著しく」などの規範的条項をも含んでいるものの、要するに、威力を示してする口止料や用心棒代の請求などのいわゆる民事介入暴力の典型的形態に当たる行為又はそれを促進する行為であったり、暴力団の威力を拡大するのに不当な方法を用いたり思慮の浅い少年に対するものであったり、事務所周辺の住民を不安に陥れるものであるということができる。これらの行為は、刑法その他の刑罰法規に抵触する場合はもちろん、刑罰法規に触れない程度のものであったとしても、いずれも、平穏に暮らしている一般の市民に対して著しい不安又は迷惑を与え、さらには行為の相手方の真の意思に反して被害を与えるおそれが強いなど、刑罰法規に触れないとしても社会的にそのまま放置することのできない行為であり、また、申立人の構成員による権利の行使という一面を有するものであったとしても、本来、他者の人権との関係で制約を免れることができないものである。
また、公安委員会は、指定暴力団同士の対立抗争事件が発生した場合、その事務所を多数の指定暴力団員の集合、抗争のための謀議、指揮命令、抗争に用いる凶器の製造などに利用することを禁止できるが、事務所をこれらの目的に用いる場合は、対立暴力団による襲撃の対象になる蓋然性が高く、近隣住民や通行人がその抗争に巻き込まれるおそれが非常に強いものであり、それらの事務所の周辺住民等に危険を及ぼす蓋然性が高いか又は周辺住民を不安に陥れるような行為であるということができる。したがって、これらの行為は、財産権の行使という一面を有するものであるとしても、周辺住民等の生活の安全、平穏等との調整のため制約を免れることができない性質のものである。
そして、申立人及びその構成員が本件処分によって受ける制約又は損害という観点から、右のような不当な行為を規制する方法について検討すると、指定暴力団員が規制の対象になる行為をしても、それに対して直ちに処罰をするのではなく、その行為の中止を命じたり、事務所の使用を禁じる等の刑罰よりもゆるやかな行政処分によって是正を図り、必要な限度で立入検査などの措置を取るなどして法の施行を確保し、刑罰はそれらの行政処分の実効性を確保するために用意されているにすぎないのであるから、これらの行為のもたらす弊害と比べて決して重い制約ということはできない。
(三) また、申立人の構成員は、威勢を示したり、少年に加入を勧めるなどの法が禁止する態様で行うのでなければ、自由に営業行為を行えるのであり、また、他の暴力団と対立抗争を起こしたりしなければ事務所の使用を制限されることもないのであるから、これらの規定によって、平穏な市民生活を営むことが制約されたということはできない。
そして、本件処分によって、申立人及びその構成員が受ける損害の性質、内容という観点から考えると、まず、申立人及びその構成員らが口止め料、用心棒代等の収入を得ることができなくなる等の損害は、財産的損害にすぎず、回復困難な損害ということはできない。
これに対し、申立人への加入を求めたり、脱退を妨害するような行為は、集会、結社の自由に関するものであり、これらの行為が禁止されることにより、申立人及びその構成員について、集会結社の自由が侵害されるという非財産的損害が生じているということができる。しかし、法が禁じているのは、思慮の浅い少年に加入を勧めたり、威迫を加えて成人に対し加入を勧めたりするなど前記のとおり、それ自体刑罰法規に触れないとしても社会的にみて相当ということができない行為である。したがって、これらの行為が禁止され、申立人及びその構成員に非財産的な損害が生じていることをもって執行停止を基礎づける「回復困難な損害」に当たるということはできない。
(四) 申立人は、本件処分後に申立人系の組の組員に対して発せられた七〇件の中止命令が、いずれも組員の生活の存立を脅かす、極めて行き過ぎたものになっているとして、そのことも、回復困難な損害の根拠としている。
しかし、実際に発せられた中止命令が法の定めを逸脱しているかどうかは具体的な中止命令自体の問題である。仮に法に定められた禁止行為以外の行為に対して行き過ぎた内容の中止命令が発せられ、それによって申立人に損害が生じたとしても、その損害は、違法な中止命令によって生じた損害であって、本件処分によって直接生じた損害ということはできない。
(五) 以上のとおり、指定暴力団員が法によって規制される行為は、そもそも他者の人権との関係で制約されるべき行為であり、その規制態様も比較的ゆるやかなものであり、他方で、規制によって指定暴力団員が平穏な市民生活を妨げられるわけではないから、申立人の主張する損害は、執行停止の必要性を根拠づけるに足りる回復困難な損害ということはできない。
4 以上のとおり、申立人の主張する損害は、執行停止の必要性を根拠づける損害ということはできないから、本件申立ては、行政事件訴訟法二五条二項の「処分…により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき。」との要件を満たさないものである。
四結論
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下し、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官北川和郎)
別紙申立ての趣旨
相手方が一九九二年六月二三日、申立人にたいしてなした、暴力団として指定する旨の処分(指定番号六三九二―一)の効力を、原告五代目山口組・被告兵庫県公安委員会間の御庁平成四年(行ウ)第四九号指定処分取消請求事件についての判決が確定するまで停止する。
との決定を求める。
申立ての理由
一 本件指定処分が、違憲・違法にして無効である理由は、本日提出した訴状に述べたとおりである。
二 しかして、本件訴訟係属中、本件指定処分の効力が停止されないと、申立人の構成メンバーは、その一挙手一投足に至るまで、警察の管理・支配を受け、本来なら不可罰行為であるはずの「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(以下「暴対法」という)九条各号、一五条一項、一六条、一八条、三八条の各行為をすれば、相手方による中止命令というワンクッションを置いてはあるけれども、結局において逮捕され、一年以下の懲役もしくは一〇〇万円以下の罰金に処せられ、またはこれを併科されるという、回復の困難な損害をこうむってしまう。
三 この点につき国家公安委員会は、本訴に先立つ国家公安委員会の審査請求手続において、「執行停止をしない旨の決定書」で、「申立人の言う損害は、申立人の構成員が、中止命令の違反行為を行わない限り生じないものであるから、指定により直接生ずるものとは認められず、かつ、この損害を避けるため指定の効力を停止しなければならない緊急の必要があると認めることはできない」と言う。
しかし、本件指定後、本日まで申立人系の組の組員にたいして発せられた中止命令は約七〇件を数えるところ、その内容は、別紙のとおり、組員の生活の存立をおびやかす、きわめて行きすぎたものとなっている。
すなわち、相手方の主張によれば、本件暴対法は、現行刑法で処罰できない行動を規制の対象としているということであるから、別紙一覧表の中止命令は、すべて現行刑法の恐喝未遂・強要未遂を構成しないもの、言い換えれば、何ら脅迫によらない行為、生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加えるべきことをもって脅迫していない行為、暴行も用いていない行為である。
これを列記すれば、
1 一九九二年七月二日の命令福岡。 巨大な騒音と振動を発するマンション建設工事に対し、生活権に基づき、何ら脅迫も暴行も伴うことなしに制止を求めた行為に対し。
2 同年七月一六日の命令 福岡。 少年に対し、何ら脅迫も暴行も伴うことなしに組への加入につき、穏やかに話をしたことに対し。
3 同年七月二四日の命令 熊本。 組員に対し、何ら脅迫も暴行もなしに、組からの脱退翻意につき、穏やかに話をしたことに対し。
4 同年七月二五日の命令 愛知。 会社員に対し、何ら脅迫も暴行も伴うことなしに組への加入につき、穏やかに話したことに対し。
5 同年八月一日の命令 大阪。スナック経営者に対し、何ら脅迫も暴行も伴うことなしに、警備の手数料につき話したことに対し。
6 同年八月七日の命令 大阪。パチンコ店経営者に対し、同じく脅迫も暴行もなしに、警備の手数料につき触れたことに対し。
7 同年八月一四日の命令 兵庫。 マージャン店の経営者に対し、同じく脅迫も暴行もなしに、警備の手数料について触れた行為に対し。
8 同年八月二八日の命令 大阪。 トラック運転手に対し、同じく脅迫も暴行もなしに、穏やかに組への加入の話をしたことに対し。
9 同年九月三日の命令 滋賀。近江八幡市内のホテルから借りたわずかの借金につき、脅迫も暴行もなしに、穏やかに「負けてくれ」と言ったことに対し。
10 同年九月八日の命令 大阪。不動産会社の社員に貸した貸金につき、サラ金業者なら取っている契約上の金利を、脅迫も暴行もなしに、穏やかに催促したことに対し。
11 同年九月一二日の命令 滋賀。 建設業者に対し、脅迫も暴行もなしに、穏やかに出所祝い金について話したことに対し。
12 同年九月一四日の命令 大阪。 組員の脱退話につき、脅迫も暴行も加えないで、穏やかに話し合ったことに対し。
13 同年九月一六日の命令 東京。 寄居東京連合会員に対し、脅迫も暴行もなしに、穏やかに「組に入らないか」と言っただけのことに対し。
四 以上の各行為は、それぞれくどく書いたように、いずれも脅迫も暴行も何ら伴っていない普通の折衝行為にすぎない。なぜならば、ちょっとでも脅迫行為(暗黙の脅迫をも含む)があれば、警察は直ちに脅迫罪(刑法二二二条)か恐喝未遂罪(同法二五〇条)か強要未遂罪(同法二二三条二項)で逮捕してるだろうし、暴行行為があれば、警察は直ちに暴行罪(同法二〇八条)か強要未遂罪(同法二二三条三項)で逮捕しているはずで、何も中止命令の発令などという、まわり道を通る必要がないからである。
五 そうすると、これらの中止命令は、申立人系の組員が、平穏裡に生活や営業を営むことを禁止することを意味し、組員に対し「死ね」と命じていることになる。
従って、相手方側の言う「回復の困難な損害は、申立人の構成員が、中止命令の違反行為を行わない限り生じないものである」ということも、申立人系の組員に「死ね」と言っているのに等しいことになる。
そうすると、本件指定処分の執行ないし手続きの続行として発せられる多数の中止命令によって生ずる申立人系の組員の損害は、まさに回復が困難な損害となってしまうのである。
六 以上の理を別の面から言い換えれるならば、本件執行停止決定がなされたとしても、犯罪行為の取り締まりは、刑法をはじめとする暴対法の別表にある二八個もの法律による検挙・処罰で充分にできるのであるから、本件停止決定が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ(行政事件訴訟法二五条三項)は、全くない。逆に暴対法は、警察権力が国民の基本的人権(結社の自由と職業選択の自由と財産権と罪刑法定主義と法の下の平等)を根底から否定し、日本の警察ファシズム国家化を企図して制定されたものであるから、これを否定し、その指定の効力を停止することこそが、公共の福祉に合致するのである。
七 さらに、本案事件には、憲法上の問題を含む膨大な争点が存在するため、現在の裁判の実情からして、一九九二年六月二三日の、指定日から三年間という指定の有効期間内に、本案事件の確定判決が得られる可能性は、殆どない。
そうすると、後日、本件指定の取消が認められるとしても、本案判決が確定して指定が取り消されるまでに、優に三年を超えると推定されるので、本訴中に本件指定処分がなくなってしまい、訴の利益消滅ということで請求が却下され、暴対法と憲法との関係等についての裁判所の判断を永久に受けられなくなってしまう。
従って、本件停止申立を却下することは、憲法三二条によって保障されている裁判を受ける権利にもとづき、憲法と暴対法との関係について裁判を受ける権利を、実質的に否定することになる。
八 以上の通り、本件申立ては、速やかに認容されるべきである。
別紙
第一 意見の趣旨
本件申立てを却下する
申立費用は申立人の負担とする
との決定を求める。
第二 意見の理由
一 意見の理由の要旨
本件申立ては、理由がないから、速やかに却下されるべきである。
相手方は、その理由として、本意見書において、まず、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成三年法律第七七号。以下「法」又は「暴対法」という。)の目的及び基本的構造並びに申立人に対する法三条に基づく指定(以下「本件処分」という。)の経緯を述べた上、①申立人には、本件処分により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性がないこと、及び②本件処分の執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを明らかにする。なお、本件申立ては、本案について理由がないとみえるときにも該当するものであるが、このことについては、追って提出する意見書(二)において明らかにする。
二 法の目的及び基本的構造
1 法の目的
法の目的は、暴力団員の行う暴力的要求行為等について必要な規制を行い、及び暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することにある(法一条)。
2 法の基本的構造
法は、法による規制対象となる者(暴力団員)を特定するため、都道府県公安委員会が、法三条各号の要件を満たす暴力団について、その暴力団の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として指定し(以下「三条指定」という。)、指定された暴力団(以下「指定暴力団」という。)の構成員(以下「指定暴力団員」という。)に対して、必要な規制を行うこととしている。
指定暴力団員は、法九条、一六条及び一八条に規定する行為を行うことが禁止される。指定暴力団員が右各規定に違反する行為をした場合には、都道府県公安委員会は、当該指定暴力団員に対し、当該行為の中止等を命ずることができることとされている(法一一条、一七条、一九条)。また、指定暴力団相互間で対立抗争が発生した場合において一定の要件を満たすときには、当該指定暴力団の事務所を現に管理している指定暴力団員に対し、一定期間、当該事務所を法一五条一項に規定する用に供することを禁止することを命ずることができることとされている(法一五条。以下、法一一条、一五条、一七条又は一九条の規定に基づく命令を「命令」という。)。そして、これらの命令の実効性を担保するため、命令違反行為について罰則規定が置かれている(法三四条、三五条)。
三 本件処分の経緯
相手方は、平成四年四月一〇日、申立人に対し法五条の聴聞を行い、同年六月四日、申立人について法六条の国家公安委員会の確認を受け、同月二三日、申立人に対し本件処分を行い、法七条一項に定める公示を行った。
四 申立人には、本件処分により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要がないことについて
1 申立人の主張する損害
申立人が、本件処分によっていかなる損害を被ると主張しているのかは必ずしも明確ではないが、一応、以下の内容のものを損害として主張しているものと考えられる。
(一) 申立人の構成員が、本来ならば不可罰的行為であるところの法九条、一五条一項、一六条、一八条、三八条に規定する行為をすると、命令という行為を介在させるが、処罰されることとなる。
(二) 申立人が本件処分を受けたことにより、申立人の構成員に対し命令が出されるおそれがあり、現に、既に七〇件を超える命令が出されているが、これら命令は、構成員が営業することを禁止し、構成員の生活の存立を脅かすものである。
2 申立人の主張する右損害が執行停止の要件である回復の困難な損害に当たらないことについて
(一) 処罰に係る損害について
(1) 損害が申立人固有の損害ではないこと
申立人は、申立人の構成員が命令違反をすると処罰を受けるおそれがあることを損害として主張するが、処罰は構成員個人に対するものであって、申立人自身が受けるものではない。したがって、仮に、処罰を受けるおそれを損害と解するとしても、右損害は、申立人に対する本件処分の執行停止の必要性を根拠づけるものではない。
(2) 本件処分と損害との間に因果関係がないこと
仮に、申立人の構成員が処罰を受けることによる損害を申立人固有の損害と解する余地があるとしても、右損害は本件処分によって生ずる損害ではない。すなわち、三条指定がない以上指定暴力団の構成員に対する命令は発出し得ず、さらに、命令が発出されてこれに対する違反がなければ処罰の対象とならないという関係から、三条指定と構成員が処罰を受けることとの間に条件関係があるといえるが、申立人の構成員は、本件処分によって、当然に処罰を受けるというものではない。申立人の構成員は、法九条等に定める暴力的要求行為等を行った場合に、命令を受け得る立場に置かれるにすぎず、法の規定に違反し又は申立人が他の指定暴力団と対立抗争を生じさせない限り、命令を受けるおそれは生じず、さらに、命令が発出された場合でも、当該命令に違反する行為をしなければ処罰の対象とならないものである。したがって、申立人の構成員が処罰を受けることによる損害は、本件処分によって生ずる損害とはいえない。
(二) 命令に係る損害について
(1) 損害が申立人固有の損害ではないこと
申立人が、命令によっていかなる損害が生ずると主張しているのか必ずしも明確ではないが、仮に、命令によって申立人の構成員が何らかの損害を受けるとしても、命令は指定暴力団である申立人に対する処分ではなく、指定暴力団員である個々の構成員に対する処分であるから、当該損害は構成員の損害であって、申立人固有の損害でない。したがって、右損害は、申立人に対する本件処分の執行停止の必要性を根拠づけるものではない。
(2) 損害発生の前提として申立人が主張する被侵害利益が法的に保護されるべき利益ではないこと
命令による行為規制に伴い申立人の構成員に生ずる不利益の内容を検討してみると、命令によって規制される行為というのは、指定暴力団の威力を示して行う暴力的要求行為(法九条、一一条)、指定暴力団相互間の対立抗争が発生した場合において、申立人の事務所を多数の指定暴力団員の集合の用、対立抗争のための謀議、指揮命令等の用又は凶器の製造、保管の用等に供すること(法一五条)、未成年者が申立人に加入することを強要・勧誘し、若しくは脱退を妨害すること又は人を威迫して申立人に加入することを強要・勧誘し、若しくは脱退を妨害すること(法一六条、一七条)、申立人の事務所に付近の住民等に不安を覚えさせるような看板等を掲示すること、事務所又はその周辺において著しく粗野又は乱暴な言動を行うこと、人に対し、債務の履行等を行う場所として申立人の事務所を用いることを強要すること等(法一八条、一九条)である。右の行為は、いずれも、多数の市民に被害、不安ないし迷惑を与える反社会的かつ不当な行為であり、このような反社会的で不当な行為を申立人の構成員が行うこと及びこのような行為によって申立人の構成員が何らかの利益を得ることは、法的に保護されるべき利益とは到底いえないものであり、これが侵害されることをもって行政事件訴訟法二五条二項の「損害」ということはできないというべきである。そして、申立人の構成員が右行為を行うことによって申立人に何らかの利益が及ぶという関係があるとしても、その前提となる構成員に生ずる利益が法的に保護されるべき利益といえない以上、それを前提として申立人に及ぶ利益も法的に保護されるべき利益といえないことはいうまでもない。
(3) 本件処分と損害との間に因果関係がないこと
仮に、命令によって申立人の構成員らが受ける不利益を損害と解する余地があるとしても、右損害は本件処分によって生ずる損害ではない。すなわち、三条指定がない以上指定暴力団の構成員に対する命令は発出し得ないという関係から、三条指定と命令との間に条件関係があるといえるが、申立人の構成員は、本件処分によって、当然に命令を受ける立場に立つというものではない。申立人の構成員は、法九条、一六条、一八条に違反する行為を行った場合又は申立人が他の指定暴力団と対立抗争を生じさせ、法一五条の要件に該当した場合に、命令を受け得る立場に置かれるにすぎず、申立人の構成員が法の規定に違反し又は申立人が他の指定暴力団と対立抗争を生じさせない限り、命令を受けるおそれは生じないのである。したがって、命令によって申立人の構成員が受ける損害は、本件処分によって生ずる損害とはいえない。
(4) 損害が回復の困難なものではないこと
また、命令を受けることによって申立人の構成員に生ずる損害は、回復の困難な損害ではないというべきである。すなわち、命令によって申立人の構成員が規制を受ける行為の内容は、前記(2)で述べたとおり、多数の市民に被害、不安ないし迷惑を与える反社会的かつ不当な行為であり、通常の社会生活を営む上では、これらの行為が規制されても何ら支障がないというべきであるから、それによる不利益は、社会通念に照らして、その回復の難易を考慮するのに値するほどのものとは到底いえないので、回復が困難な損害には当たらないというべきである。
また、行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」とは、行政処分を受けることによって被る損害のうち、金銭賠償あるいは原状回復が不能又は社会通念上その回復が容易ではないと認められる程度のものでなければならないと解されるところ、申立人主張に係る損害は経済的活動の制約を原因とするものであり、金銭賠償が可能であるので、回復が困難な損害に当たらないというべきである。
かえって、これらの損害を回復困難な損害と認めて本件処分の執行停止をすることになると、現に市民が暴力的要求行為等により被害を受けながらも、それを防止することができなくなるなどの事態に立ち至り、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。
(5) 執行停止の緊急性がないこと
さらに、命令を受けることによって申立人の構成員に生ずる損害が回復の困難なものと解する余地があるとしても、その損害を避けるためには、当該命令を受けた構成員によって当該命令の執行停止を求めれば足りるから、申立人には、右損害を根拠として、本件処分の執行停止を認める緊急の必要性はないというべきである。
3 公共の福祉との関係上、本件処分が不必要であるとの主張について
申立人は、申立人の構成員に対する犯罪行為等の取締りは、刑法を始めとする暴対法別表に定める二八個の法律による取締りで十分に対処できるから、本件処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはなく、かえって本件処分の効力を停止することにより、警察権力による国民の基本的人権の否定および警察のファシズム国家を企図して制定された法を否定することとなって、公共の福祉に合致する旨主張する。
しかしながら、前記二で述べたところから明らかなように、法が規制しようとする暴力団員による暴力的要求行為等は、多数の市民に被害、不安ないし迷惑を与える反社会的かつ不当な行為であるが、刑罰法令に定める犯罪行為に必ずしも当たらないことから、従来規制できないでいたものを新たに規制するために暴対法が制定されたのであり、三条指定は右規制手続の一環として設けられたものである。しかるに、本件処分の効力が停止された場合、申立人の構成員による暴力的要求行為等は、他の刑罰法令によっては規制し得ないから、結局、これが放置される事態となるが、かかる事態が公共の福祉に反するものであることは明らかである。また、そもそも本件処分によって申立人の構成員が規制を受けるのは暴力的要求行為等のみであって、その他の一般の社会生活上の活動は何ら制約を受けるものではない。要するに、本件処分の執行停止によって申立人の構成員に回復される利益というのは、暴力的要求行為等の規制がなくなるということにほかならないが、このような規制を受けないという利益が人権として保護されるべきものでないことは先に述べたとおりであり、申立人の構成員に対する暴力的要求行為等の規制をはずすことが公共の福祉に合致するものでないことはいうまでもないところである。
4 本案訴訟による救済の可能性がないとの主張について
申立人は、本案訴訟について、本件処分の有効期間内に確定判決を受ける可能性が少ないので、執行停止を認めないと、裁判を受ける権利を実質的に否定される旨主張する。
しかしながら、申立人の右主張は、仮定の議論である上、仮に、本件処分の有効期間が経過して、本案について訴えの利益がなくなることがあり得るとしても、訴えの変更の余地があるのであるから、実質的にみても裁判を受ける権利が否定されることにはならないというべきである。
5 小括
以上のとおり、申立人の主張する各損害は、いずれも執行停止の必要性を根拠づける損害ではなく、また、仮に、それらが右損害に当たる余地があるとしても、右損害を避ける緊急の必要性がないものであるから、本件申立ては、執行停止の積極要件である行政事件訴訟法二五条二項所定の「処分に…により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件を満たさないものである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては速やかに却下されるべきである。
五 本件処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることについて
1 申立人の構成員は、暴力的要求行為等を活発に行い、多くの市民に多大な被害、迷惑を与えてきており、暴対法は、このような反社会的かつ不当な行為を規制するために制定されたものである。しかるに、本件処分の効力が停止されると、申立人の構成員が行う反社会的かつ不当な行為である暴力的要求行為等を規制することができなくなり、その被害者は、右行為等を受けることによる恐怖、不安等の精神的苦痛をそのまま耐え忍ばなければならないことになる。このような申立人の構成員が行う暴力的要求行為等により市民の平穏で安全な生活が脅かされる事態が、公共の福祉の理念にもとることは明らかであるから、本件処分の執行停止は、行政事件訴訟法二五条三項にいう「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」といわなければならない。
2 小括
以上のとおり、本件申立ては、執行停止の消極要件である行政事件訴訟法二五条三項所定の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」との要件に該当する場合であるから、速やかに却下されるべきである。